2010年11月11日

不易の秩序

一、まず、皆さん私は行政書士になってもうすぐ12年目を迎えます。
いろいろな経験をしてきました。
頭がおかしくなる人々、そしてお金を踏む倒したり、私達を利用しようとして不幸な目にあったりと・・・・・・・。
次に行政書士の使命は国民の利便の向上です、「法律上の争訟」の解消ではありません。
また、究極は「行政」なのです。
今、憲法改正が問題になっていますが、行政書士は有利になっていくでしょう。
今の戦後政治体制は行政に無理難題を押付ける方式で、まさに占領憲法と言った性格を有しています。
しかし、今日本は変わらなければならない幕末に匹敵する大きな節目に来ているのです。
ここに「気づき」のある人と、そうでないいわば「阿Q」とは大きな運命の違いを体験するでしょう。
私は開業11年間苦しい思いをしてきました。
この礼政一致を超えた「無私」の精神に十牛図の「亡牛存人」を感じます。
1から5までは親の恩、社会の恩、師の恩で乗り切ってこれたと思います。
しかし、6から7の段階はこの11年だったと思います。
12年目に入り「自我」を無くすことを心がけなければならないと考えています。
二、次に、もし、弁護士資格に匹敵する資格が無試験で取れるとしたら、私は平成3年に受験し1回の試験で合格し平成10年に開業しました。
しかし、私達より前の人達、昭和61年以前の合格者は事実上無試験です。
無試験で宝の資格が手に入った、そこに人生の本当の試験が待っていたのです。
今、倫理で勉強しています、三つの恩を始めとする実践倫理が伴っていなかったために、頭がおかしくなったり、不幸な人生を送る同僚を数多く見て来ました。
私達の幼い頃は、一生懸命、まじめに努力しないと将来悲惨な人生を送ると言われてきました。
行政書士の世界は将にそのものの世界です。
「公共の福祉」といういわば公=おおやけを扱うのです、そこには「無私」の精神が反映していなければならず、家柄や学歴、職歴・賞罰の有無が大きく反映してきます。
反社会的な考え方を持っている人はほとんど頭がおかしくなります。
また、いい加減な気持ちをもつととんでもないことをしでかし・・・・、ここに強度な倫理観を必要としていることが伺えます。
行政書士は資格を取るのは比較的簡単ですが、開業して一人前になれるのは一握りの人間でしょう。
これは少子化社会を迎える日本の走りの現象なのです。
人間の犯罪に関する抵触率は14歳で決まると言われています。
良く映画で、昔悪そうだったが社会で立ち直った・・・・という話が映画になっていました、またテレビドラマにもなっていました。
ここに社会の錯覚があります。
幼い頃、悪い癖がついていて立ち直る人はほんの一握りの人間と言われています。
覚せい剤を濫用して立ち直る人の確立よりは高いかも知れません。
しかし、行政書士も開業して一人前になれる人は本の一握りの人で、誰でも開業してからはよっぽど勉強しませんと使い物にならず後悔の一念を残すことになると思います。
私は開業に当たり資本金2,000万円ぐらい使いました、それでも足らなかったぐらいです。
そして、地元で、しかも支援者が多く、かつ経費の掛からない自宅で、しかも私宅が博多区役所の上という恵まれた環境で開業しました。
行政書士の資格は、どの事についてもいえると思いますが、それほど重要な仕事なのです。
三、しかし、世のやっかみは凄まじかったと思います。
私は地元の大学を卒業し、一部上場企業に就職し、恵まれた社会環境にあったのかも知れません。
そして、簡単な試験と重要な国家資格行政書士事務所を手に入れたのです。
これは自分が「易者」だったからかも知れません。
今、易者さんは廃業される人が多いと言われています。
これある不動産会社の方から聞きましたが、譲渡で2億だそうです。
私もある易者さんの跡を継ぎます。
廃業の理由は、終戦当時9割の人が運勢が良かったという話でした。
お客さんが日本の人口の9割であり、1割は運命的に運勢が悪い人だったと・・・・・。
しかし、今は運勢が良い人は1割で商売にならないそうです。
いわゆる倫理観が落ち易者さんの目から見て、日本国は運勢の良くない人ばっかりになっている・・・という話でした。
私自身、経済に関しては予想は間違ったことは無いのですが、間違ったことを言って謝った人はいません、日本人の道徳観は地に落ちています。
そして良い訳と、詭弁、そして自らの努力不足を恥じず、人のせい、他人のせいです、運勢が良いはずはありません。
易学は良くお金さえ出せば・・・・と勘違いされる方が居られますが、引きません、易学は運勢の良い人=行いが正しい人でなければ当たらないし、そういう人はどうせ当たりませんから、易をひいてはいけないと言われています、どうせ不遇や失敗を運勢や易のせいにし「反省」市内でしょうから。
易者からみた倫理を実践した人とそうでない人との違いでした。
世の中を角度を変えて他人の視線で見てみると意外なことが解ります。
今、日本人の妬み=やっかみは凄まじいものがあります。
私は幸い経済学部出身者で今までの経済予測はぴったりと当たってきました。
これは学問というより、責任感、また正しいとまでは言いませんが、人間らしい行いの末に神様が当ててくださったのだと信じています。
間違っていても絶対謝らない国民、それが今の日本人なのです。
四、しかし、これは占領政策がもたらしたもので、これは憲法改正により解き放たれようとしています。
正しいものが傷つき、闇で儲けた、悪いことをしてお金を稼いだヤクザ者がお金を持っている日本社会。
しかし、今日本は変わったと感じています、因果応報です。
私もこの11年間いじめられ続けました。
「お前は態度が横着い。」ああ、やれ「行政書士なんて簡単な資格じゃないか?」とか・・・・これは行政軽視そのものなのです。
これは一時期ものすごかったのです。
しかし、権利義務と言うやつで、そこまで行政書士に厳しいことを言うあなたは・・・とう形で社会は制裁を与えているみたいです。
皆さん、行政書士は品位保持のためにおかしな言葉は使ってはいけない、・・・何をしてはいけないと言う人が、90日の免停処分を食らっているのですね。
駐車違反の常習犯だそうで。
そしてスピード違反だったそうです。
国民の免許書士者の半分がゴールド免許だそうですが、この人は殺人鬼が免許持っているようなものだと・・・・思っています。
人間ですから誰しも間違いはあります、交通事故を含めて。
しかし、常習犯はいけません。
頭に来たから相手に厳しいことを言った、それは自らにも適用があるみたいです。
これらの不徳を行う人には絶対幸福がやってきません、悪いことばっかり周りに起こり人が近づかなくなるのです。
今の日本国を象徴しています。
ここに「不易の秩序」が存在しているように私には思えてしようがありません。
最後に、徳川幕府はプロテスタントの立場からカトリックを主に取り締まったのであり、シーボルト始めプロテスタントは規制は受けましたが思想弾圧なんかされていません、名誉毀損だと思います。
もし、日本人が今倫理観の欠如から個人主義ではなく利己主義的だと思われていることに早く気が付けば・・・・と思って止みません。
相手を思いやる気持ち重要だと思います。
ここに占領政策下の衆愚制の民主主義から来る間違った平等観があるように思えてなりません。
民主主義とは行政の悪口を言うことじゃないのです、はやく発展途上国から脱皮してほしいと思います。
日本国に不易の秩序を最高至上の自主憲法を。
       
       以上
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posted by レオナルド at 19:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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