2010年9月4日
国内各地で上演された脚本家・倉本聰さん(75)作・演出の舞台「歸國(きこく)」が先月27日、山口県の公演で今夏の日程を終えた。戦死した兵士の「英霊」が現代日本に戻ってくるという物語を、自分の生涯に重ねて見た人も少なくない。戦前の中国や旧満州国で「中国人女優、李香蘭(り・こうらん)」として人気を博した女優山口淑子(よしこ)さん(90)もその一人だ。
「楽しみ、というのとはちょっと違うのよ。正直に言うと、少し怖いの」
8月12日、東京都港区の赤坂ACTシアター。開演前、薄暗い観客席で、山口さんはつぶやいた。
「あの戦争ではたくさんの友達が死んだから……。お芝居ではその人たちが戻ってくるっていうんでしょ?」
幕が上がると、山口さんは食い入るように舞台を見続けた。一度だけ、ハンカチで目頭を押さえたシーンがある。若い兵士が死ぬ間際、恋人に向けて手紙をつづる場面。
「君に会いたい。話がしたい。戦争が終わったら、すぐに結婚して一緒になろう」
何度も涙をぬぐった。
◇
東京都内の山口さんの自宅の一室には、今も一枚の写真が飾られている。
軍服姿で笑う故・児玉英水さん(享年31)。
1920年、中国の旧奉天(現・瀋陽)近郊で日本人として生まれ、「中国人女優、李香蘭」としてデビューした山口さんは、20代のはじめ、日本公演で東宝社員の児玉さんと巡り合う。デートを重ね、互いの気持ちを確かめ合おうとした矢先、児玉さんはフィリピンに陸軍報道班員として出征した。
45年初夏、写真入りの手紙が届いた。
「こちらで1番人気はラウレル大統領。2番目が李香蘭です。こんな遠くであなたの評判を聞くのは、心楽しい」
戦死の知らせを聞いたのは敗戦後。南方にいた知人の作家が教えてくれた。
「児玉さんは勇敢だった。日本の民間人をすべて退避させてから、一人で敵陣に突っ込んでいったよ」
ペンダントの中には李香蘭の写真がはめ込まれていた。
◇
終演後、記者は山口さんを超高層ビル27階にある中華レストランに誘った。山口さんは窓に張り付くようにして、しばらくの間外を見ていた。
「日本がこんな風になるなんて夢にも思わなかったわ」
敗戦時、「漢奸(かんかん)」(日本に協力した中国人)として逮捕され、裁判にかけられた。新聞が「李香蘭は銃殺刑」と報じるなか、日本人であることが証明され、帰国。戦後、結婚し、女優やテレビ司会者、参議院議員などを務めて懸命に生きた。夫は他界し、今は都内で一人で暮らす。
戦中と戦後、そして現代。一番良い時代はいつでしたか――。そんな問いかけに、少し悩んで答えた。
「やっぱり今、かしらね。平和だし、会いたい人にも会うことができる」
ただし、と付け足した。
「それは『当たり前』ではないということを、今の若い人たちは知っておいてほしいのね。そのために大勢の人が死んだし、戦後も必死になって平和を築いた人がいた。平和は『当たり前』なんかじゃない。そうじゃなかった時代を、私たちはずっと生きてきたのよ」
眼下に広がる2010年の東京は、無数の光であふれていた。食事が終わると、山口さんは「お芝居はいいわね」と振り返った。
「苦しみや悲しみを忘れさせてくれる」
90歳の「李香蘭」は静かにそっと目を閉じた。(三浦英之)
著者:倉本 聰
出版社:日本経済新聞出版社 価格:¥ 1,575