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第89回全国高校野球選手権大会 Yahoo! スポーツ

コラム

甲子園で最高の笑顔を見せるために
タジケン甲子園見聞録 Vol.1

2007年08月09日
(田尻賢誉)

5回表にタイムリーを放った文星芸大付の菊地
5回表にタイムリーを放った文星芸大付の菊地【 写真は共同 】

野球が楽しくなかった高校1年の冬

 震えが止まらない。足ががくがくする。
「これが甲子園か」
 そう思うと、平常心ではいられなかった。
 1回表2死三塁。いきなり巡ってきたチャンスでの打席は、ボール球に手を出して空振りの三振に終わった。
「あのときは、どーなるんかと思いました」
 そう言いながら、文星芸大付高・菊地香介は笑顔だった。

 1年生の冬。菊地は笑顔を失っていた。
 栃木・国本中から浦和学院高に入学。秋から背番号10でベンチ入りすると、ほぼ全試合に登板した。埼玉県大会決勝では春日部共栄高を1失点に抑えて完投勝利。関東大会では背番号1を背負った。冬には埼玉県選抜に選ばれ、オーストラリア遠征に参加。はた目には、順風満帆な高校野球生活に映った。
 ところが、菊地にはずっと違和感がつきまとっていた。野球が楽しくない……。好きで野球をやっているはずが、つまらない。24時間野球漬けの寮生活が苦痛だった。入学前には知らされていなかった「炭酸飲料禁止、おかし禁止」。そんなわずかなことすら、耐えられなくなっていた。ここから、逃げ出したい。野球をやめたい。指導者と目を合わせるのも嫌だった。1年生の1月半ばには退部し、退学。野球を続けるつもりもなかった。
「とりあえず野球はやめようと思ってました。あとは、とりあえずどこかの学校に入って卒業はしようと。それぐらいしか考えてませんでした」

1年間の出場停止を経て、投打に活躍

 そんな菊地の心を変えたのが、家族と小学校時代の監督だった。
「どんな形であれ、野球は続けてほしい」と願う家族。
「絶対に続けろ」と何度も説得に訪れた小学校時代の監督。
 熱意に押された。文星芸大付高には国本中時代にバッテリーを組んでいた赤川知宏もいる。もう一度、ここで頑張ってみよう。2月に編入。再スタートを切った。
 新しいチームは新鮮だった。何もかも指導者によって管理されていた浦和学院高とは違い、自由があった。のびのび、楽しくできる。寮生活から解放され、自宅でリラックスできる時間ができたのもありがたかった。
「やっぱり、楽しくやらなきゃ損だなと思いました。浦学では、指導者の目を気にしてピリピリしてましたけど、こっちではのびのびできる」
 野球が楽しい――再び、そう思えるようになった。

 もちろん、つらいこともあった。
 高野連の規定で転校生は1年間試合に出られない。昨夏は甲子園でプレーする選手たちを、アルプスから応援するしかなかった。
「出られないのはしょうがないですけど、同級生が出ているのを見るとやっぱり……」
 悔しさを紛らすため、全体練習後、自主練習を始めた。筋力トレーニング、走り込み……。出場資格を得ると同時に試合に出る。それを目標に一人で黙々と汗を流した。
 春の栃木県大会から復帰。四番・ライトで迎えた夏は主砲として25打数9安打、5打点、打率3割6分。投手としても3回戦の烏山高戦で2安打完封する活躍を見せ、チームの2年連続出場に貢献した。

甲子園でタイムリー! 野球をやめなくて良かった

 さまざまな思い、経験を経てたどりついた甲子園。
 震えが止まらないほどだった第1打席の緊張も、ライトの守備につくと落ち着いてきた。第3打席では外角のボール球を強引に引っ張ってレフト前にタイムリー。空振り三振に倒れた第5打席では「最後(の打席)なので思い切って行こうと思いました。大きいのを打ちたいなと……」とフルスイングする余裕さえ生まれていた。
 結果は4打数1安打1打点、1四球、1盗塁。満足はしていないが、十分楽しめた。
「自分にとって高校野球はつらいことばっかり。でも、あそこでやめていたら今ごろプラプラしてただけだと思います。やめなくて良かった」

 笑顔を取り戻した菊地。そんな菊地の帽子には、こんな言葉が書き込まれていた。
『楽しく スマイル』
 あとは、甲子園で最高の笑顔を見せるだけだ。

<了>

■田尻賢誉/Masataka Tajiri

 1975年神戸市生まれ。小学校6年から中学2年までを札幌で過ごす。学習院大学卒業後、ラジオ日本勤務を経て独立。スポーツライターとして高校野球、プロ野球、メジャーリーグなど幅広い取材、執筆活動を行っている。著書に木内幸男氏(前常総学院監督)との共著『木内語録』(二見書房)や『大旗は海峡を越えた』(日刊スポーツ出版社)がある。『スポルティーバ』(集英社)、『ホームラン』(日本スポーツ出版社)、『輝け甲子園の星』(日刊スポーツ出版社)、『ベースボールクリニック』(ベースボール・マガジン社)、『スラッガー』(日本スポーツ企画出版社)などに寄稿している。


■関連リンク
大会第1日(1回戦)・文星芸大付vs.市船橋=試合詳細(07.08.08)


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