唐突だが自己紹介は大事だと思う、これを外すか決まるかで今後の学園生活がかかっていると言ってもいい。
前の席の生徒が立って自己紹介しているのを聞いて、俺は昨夜何度も考え子猫のポチを相手に練習した内容を思い出す。
前の人はどんな自己紹介をしているんだろうと、視線を向けてみたら白い背中が見えた。
(え? 白? 制服は黒一色のはず)
よく見てみればそれは巫女服だった、神社でよく見る女の人が着ているアレである。普通に校則違反だ、新入生にしては度胸があるなと思う。
「前原咲です、ゴーストハンターやってます。よろしくお願いします」
……はい?
一瞬思考停止、危うく自己紹介の内容を忘れるところだった。巫女服にしろ自己紹介にしろズレた女生徒である、周囲は呆れてるだろうなと思い見てみたら。
「凄い、ゴーストハンターだって。憧れるなー」
「巫女服萌え!」
「くっ、静まれ! 私の右手、あの子の霊気に封印していたモノが甦るっ!?」
「あー、彼女は特別だからな。校則違反とか言わないように、特に前原の後ろの奴」
……あれー? 賞賛されてますよ? 後、先生。貴女は心が読めるんですか、何故か周囲の視線が厳しくなったんですけど。
「うわ、サイテー。巫女服は憧れなのに、校則違反とか。頭おかしいのね」
「もう、アイツ無視しようぜ」
「賛成ー」
頭おかしいのはアンタ等だろ、そう声を大にして言いたい。でも俺の繊細な心は無視発言に傷ついたので言えなかった、同時に思う。
(終わったな、学園生活……)
その後のことは、記憶にない。
気が付いたら放課後、それ位ショックだったのだろう。帰ってポチに癒されようと鞄を手にし、席を立った所で声を掛けられた。
「……誰にでも、失敗はある。気にしないで頑張って」
鈴が鳴ったような澄んだ声音、ありがとうと言おうとして振り向くが誰もいない。それ以前に、教室には俺しかいない。
……。
夕暮れ、窓から淡い光が差し込まれる幻想的な教室内。一人佇む俺と謎の声、知らず冷や汗が浮かぶ。沈黙した俺に声は心配そうに“上”からした。
「あの……大丈夫ですか?」
意を決してバッと見上げる、茶色の忍装束を着た女の子が天井に張りついていた。
「……」
「……」
互いに沈黙、見つめあう俺とくノ一? しばらくして足を動かし走りだす、簡単に言えば逃げた。後ろから「あっ……」って淋しそうな声がしたが、ゴメン無理。心配してくれたけど、無理。
ゴーストハンターとかくノ一とか、俺が望む普通の学園生活とかけ離れている。だから……
「普通がいいんだよぉぉぉっ!」
絶叫して校庭を走る俺に、周囲は奇異の視線を向けてきたが気にならなかった。
夜、ポチに餌をやり愚痴を聞いてもらい肉球を触り癒されたところで弟から夕食ーと呼ばれたのでリビングに行く。
今日あった出来事を話したら、母は「ゴーストハンターか、昔は腕をならしたわね」と懐かしみ弟は「憧れるよな」と頷いていた。
(俺か、俺だけがおかしいのか!? 何なんだよ、ゴーストハンターって! そんなに憧れるものなのかよ!!)
家族に対してそう言いたかったが、やっぱり繊細な心なので黙っておく。いつから世界は、非日常になったんだ。そう思わざるをえない日だった。
翌日、校門で部活のビラ配りがあった。クラスで無視されても登校するのは皆勤賞が欲しいから、部活に入る気はないので通り過ぎようとしたらか細い声。
「怪奇倶楽部に興味はありませんか? 活動日は木曜です、一緒にあの世の謎を解き明かしましょう」
興味はない、ないはずなのに手が無意識にビラを受け取っていた。途端に嬉しそうに微笑むショートカットの少女、胸に何かが灯……
「るかぁぁっ! 非日常は望んでないんだよっ!」
叫びビラを少女に突き返す、その際「ちっ、薬の効き目が弱かったのね」と呟かれた。薬!? 薬って何だよ! 胸の内で突っ込んでその場を後にする、それが非日常の始まりだとは知らずに。
彼が望んだ日常は訪れるのだろうか。