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[22485] 【習作・処女作】王様が復活しました。(真・恋姫+コミュ)
Name: まっぎょ◆c2d5ca72 ID:0beb1863
Date: 2010/11/06 21:26
 
 初めまして。まっぎょと言う者です。
 ここで色々な作品を見ているうちに、自分も何か書いてみたくなり、衝動的に作品を書いてしまいました。
 処女作ですので、文章構成やら話の流れやらが無茶苦茶になるかもしれませんが、何卒宜しくお願いします。
 
 この作品には、以下の特徴があります。
 ・主人公はコミュの登場人物である某王様です。一刀くん出ません。
 ・コミュ側はカゴメルート最中(若しくは終了)の時点です。
 ・コミュキャラは一応複数出す予定です。

 以上の事柄を苦なく許容できる方、ぜひ読んでやってください。
 そして、楽しんでいただければ幸いです。




 10/17 二話改訂

 11/6 三・四・五話 誤字等修正



[22485] 一話
Name: まっぎょ◆c2d5ca72 ID:0beb1863
Date: 2010/10/11 20:41



 我斎五樹は王である。

 それは、彼が何処に存在していても決して変わることは無い。

 才覚。能力。性格。意識。

 我斎五樹という人物が持つ、個としての性質そのものが、其れ即ち王たる者の持つべき素質。

 覇を唱える。世を制す。

 我斎五樹が目指すものこそが、其れ即ち王が欲し、求めるべきもの。

 彼は生来より、王たる者の素質を有し、王たる者と同じくを目指していた。

 故に、彼は王である。

 それは最早、宿命と言っても何ら差し支えのない事実。

 実際、彼は元の世界では王であった。

 現代、高倉市という新都市の闇に君臨する皇帝、カエサル。

 数多くの臣下を従え、自身にも強大な力を宿し、腐り果てた世界の破壊を心に決めた、一人の覇王。

 曰く、『千の敵を持つ王』。その仇名は、彼の持つ、巨大な王の化身の異名でもあった。

 高倉という異質な戦場にて、数多くの敵を屠り、力を蓄えた千の敵を持つ王。王の雄姿に魅了され、王に付き従うことを決めた軍勢、カエサルレギオン。

 それらの強大な力、それを手足の如く操る皇帝の前には、誰もが屈服せざるを得ない。

 彼の存在はそれほどまでに大きく、そして計り知れないものであった。

 だが、しかし。

 我斎五樹は敗れた。

 多大なる軍勢と並み外れた力を持ちながら、彼は唯一つの要因によって、地に落とされることとなった。

 黒き竜を駆る、たった五人の蛮勇によって。

 異形の黒き竜、名をバビロン。

 バビロンのコミュニティ、竹川紅緒、柚花真雪、春日部春、伊沢萩。

 そして、コミュニティを率いる『道化』、我斎五樹の対極であり、我斎五樹の意思を決して認めようとしなかった男、瑞和暁人。 

 彼ら『バビロンコミュ』の行動により、皇帝の玉座は陥落したのだった。

 要因は多々ある。だが、敗北の一番の理由は、我斎五樹の慢心であった。

 自身の驕り高さ故に敗北する。王の死に様としては典型的とも言える。

 しかしながら、我斎五樹は後悔などしていなかった。

 敗走し、惨めに逃げ落ち、混乱の最中に狂気を帯びた敵勢に無残に叩き殺される、という運命となっても、彼は決して自身の行動を悔やむことはしなかった。

 なぜならば、彼は生粋の王であったから。

 自身の覇道を貫いた。他人の意見に道を変えること無く、唯見据えた先を前進した。

 故の敗北。なればこそ、彼に後悔など生まれるはずもなかった。

 唯一つ、彼に未練があるとするならば。

 それは、彼が彼自身の望む王になれなかったこと。

 彼は、彼の軍勢を、彼の臣下を支配することはできた。

 しかしながら、彼は高倉市に潜む巨大な闇を御するには至れなかった。

 そう、彼は彼の望む目的、『革命』を成功させるには至らなかったのだ。

 それが、彼にとっての唯一の、生きることへの未練。

 覇王として、世を制することを欲す。

 一度死した彼の、今更叶うはずもないその願いは、肉片と化したその体の腐敗とともに消え行く筈であった。



 しかし、男の未練は摂理に反し、より明確な形を成して行くことになる。



 それは、新たなる外史の起点。

 王足り得る素質を持ちながら、終ぞ王として全てを統べることが出来なかった一人の男。
 
 戦乱の世を恨むも、自らの力無き故に民を救えぬ歯がゆさを噛み締め、自らを導く主足り得る存在を探す三人の少女。

 彼と彼女達が邂逅を果たす時、新たな外史が幕を開く。  

 始まりは、彼の死。そして、転生。

 摂理に反し、死から生へと転じた彼の、新たなる覇道は一体何処へと向かうのか。

 それは未だ、誰にも分からない。


























「ほらぁ~、二人とも早く早く~!」

 そう言って、後ろに続く少女二人を呼ぶ、一人の少女。 
 桃色の長髪が美しい彼女は、あどけなさの残る表情を浮かべてはいるが、その体付きは成熟した女性のそれに近い。
 少女は、その可憐な容姿と煌びやかな服装に反し、豪奢な装飾の施された一振りの剣を腰に携えていた。

「お待ちください、桃香様。お一人で先行されるのは危険です」

 続いて声を発したのは、先へと行く少女――桃香を諌める少女。
 艶のある長い黒髪を一つに纏めている彼女は、姿こそ若く華奢な女性ではある。
 しかし、その身に纏う鋭い空気と手に持った青龍偃月刀が、その少女が只の非力な女性ではない、ということを雄弁に物語っていた。

「そうなのだ。こんなお日様一杯のお昼に、流星が落ちてくるなんて、どう考えてもおかしいのだ」

 黒髪の少女の隣、未だ幼さの残る赤髪の少女が、桃香の判断に疑問を投げる。
 どう見ても子供にしか見えない彼女だが、凄まじく長大な蛇矛を軽々と担いでいることから、並みの子供では断じてない、ということが目に見えて分かる。

「鈴々の言う通りです。もしかすると妖の類かもしれません。慎重に近付くべきです」

 赤い髪の子供――鈴々の意見に同調する黒髪の少女。
 彼女達二人にとって、桃香という人物は、自分たちの身を犠牲にしてでも守らなければならない大切な存在。故に、軽率な行動は諌めなければならない。
 彼女の命を守るために。そして、桃香に仕える者として、彼女を正しき道へと導くために。

「そうかなぁ~? ……関雲長と張翼徳っていう、すっごい女の子たちがそういうなら、そうなのかもだけど……」

「お姉ちゃん、鈴々たちを信じるのだ」

「そうです。劉玄徳ともあろうお方が、真っ昼間から妖の類に襲われたとあっては、名折れと言うだけではすみません」

 必死に自分たちの主を危険から遠ざけようとする鈴々と黒髪の少女。しかし。

「うーん……じゃあさ、みんなで一緒に行けば怖くないでしょ? だから早く行こ♪」

 それに構わず、桃香は率先して危険へと歩いていく。
 それもそのはず。劉玄徳という人物は、自身の好奇心を抑えることが出来ない類の人物であった。

「はぁ~~~、分かってないのだぁ~~~」

「全く。……鈴々、急ぐぞ」

「了解なのだ」

 続く二人は呆れつつも、主の我が侭には逆らえないのだった。






「流星が落ちたのって、この辺りだよね?」

 幽州啄群、五台山山麓の荒野。流星の軌跡を追って、桃香達はその場所に辿り着いた。
 しかし、周囲には何もない。荒野には、何かが落ちた後どころか、粉塵一つ舞ってはいなかった。

「うーん……なーんにもないねぇ」

 周囲を見渡した後、後から来た二人の方に向きなおる桃香。期待したものが何も無く、その顔には落胆した表情が浮かんでいる。  
 だが、後に来た二人の表情は、明らかに桃香のそれとは違っていた。
 彼女たち二人の目に宿っているのは、警戒の色。

「桃香様、御気をつけ下さい。……誰か来ます」

「はぇ?」

「お姉ちゃんの後ろから、こっちに向かってくるのだ」

「後ろ? ……あ、ホントだ」

 振り返った先で桃香の目に入ったのは、白い服を着た長身の男。
 少しばかり遠くに居るが、その男は一直線に桃香達の方へ歩いて来ていた。

「よくわかったねぇ、愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも。私全然気付かなかったよ~」

 その感心の言葉に、鈴々と黒髪の少女――愛紗は、何も返せなかった。
 関雲長、張翼徳。彼女たちほどの武人ともなれば確かに、気配で人の居場所を察知することも難しくは無い。しかしながら、ここは荒野のど真中。障害物が無く見通しが良い場所なので、人が居ることに気付くのはむしろ当然のこと。
 本来ならば、この状況で不審な男の接近に気付かない桃香の不注意を責めるべき、なのだが。
 今回の場合は違った。彼女たちは、自発的に男に気付いたわけではなかった。

 気付かされたのだ。

 その濃密な存在感と、圧倒的な気配によって。
 男は、ただ歩いているだけだ。まだ距離も随分と開いている。
 にも拘らず、彼女たちの肌は男の存在を強く感じ取っていた。




 
 ――何なんだ、あの男は。

 愛紗は、男を想像する。

 これは武によって培われた気配ではない。むしろ、傲慢な為政者の空気に近いものだ。自信と驕りと、そして野心の塊。あの男は確実にそれを持っている。
 
 が、只の為政者にしてはおかしい。気配の密度が違い過ぎる。

 強大すぎるのだ。少なくとも、並みの人間が放つ気配ではない。だとすれば、彼は何なのか。

 覇王。

 愛紗の頭にふと浮かんだのは、そんな言葉だった。
 
 



 ――わけわかんないのだ。

 鈴々は、男に疑問を抱く。

 あの男は、自分より遥かに弱い。その評を下したのは、武人としての直感と、ここに至るまでに繰り返してきた戦いの経験だ。

 男の身から放たれる気は強いが、武人のそれとは別種のもの。男の持つ武の質自体は然程ではない。あの程度では、自分を倒せないのは間違いない。

 でも、自分はあの男を恐れている。

 一合あれば倒せる。それは事実だ。だが、何故か。自分の攻撃はあの男に届き様がないものなのだと、そう考えていた。

 あの男には勝てない。

 自身のたどり着いた結論に、鈴々は首を傾げざるを得なかった。





 徐々に自分達へと近付いて来るその男に、愛紗と鈴々は警戒を強めていった。 

「? どうしたの、二人とも? 何か顔が怖いよ?」

 そんなこととは露知らず、表情の硬い二人に首を傾げる桃香。未だその脅威に気付いていない彼女の相手をする余裕など、二人には欠片も残ってはいなかった。

「下がって下さい、桃香様」

「危ないのだ、お姉ちゃん」

「――ほぇ? ひゃぁあ!?」
 
 二人は、有無を言わさず桃香の両の腕を掴み、彼女を背後に引き下げる。

 ――あの男は、危ない。

 得体の知れない危機を感じ取った二人は、各々が持つ武器――青龍偃月刀と蛇矛を前方へと構えた。
 男はしかし、それに怯んだ様子は無く、ゆっくりと、しかし確実に、彼女たちへと近付いていく。
 決して男は焦らない。ただ、見据えた目標に向けて、着実に、大きく、歩を進めていく。

「あ、あの……二人とも? 何だか怖い、よ……?」

 男を凝視しつつ、武器を構えたまま動かない二人の少女に、桃香は当惑する。二人が突然臨戦態勢に入ったその理由を、彼女は理解できていなかった。

 ――あの男の人に、何かあるのかな?

 前方から近づいて来る男を、桃香は改めて視界の真中に収め、凝視する。
 そして、それと同時に、桃香は驚愕した。





 ――何、あの人……。
 
 見た目が普通ではないことは分かっていた。男が身に纏っているのは、見たこともない意匠の白い服。その服は何故か、陽の光を弾いて輝いている。あんなものが市に出回っているのを見たことが無い。珍しい品であることは間違いないだろう。

 が、服装よりも何よりも、彼の歩く姿、それそのものに、完全に目を奪われた。

 均整のとれたその端正な顔立ちには、人を引き付ける力と、人を畏れさせる力が溢れていた。そして、その黒い瞳からは、強く気高い意志の力を感じることが出来た。

 そう。男は、傍目から見て分かるほどの、凄まじい密度の『力』を持っていたのだ。

 ――すごい。

 一瞬にして、魅了された。
 
 感嘆するしかない。今の自分では決して持ち得ないその『力』を、今の自分が必要としているその『力』を、男は当然のように持っている。

 根幹から既に違う。目的のためにその『力』を欲している自分とは、完全に別の存在。恐らく彼は、その『力』を行使する立場になるために生まれてきたような人間だ。

 そんな人間が、自分の目の前に居る。

 これは、好機なのではないだろうか。
 
 いや、むしろ天佑、というべきことだ。

 今の自分に足りないものを、いずれは自分も手にしたいものを、彼は持っている。

 だとすれば、やることなんて決まっている。

 ――よし!

 そして、桃香は一人心の内に、ある覚悟を決めるのだった。





 沈黙が長く続いた。    

 少女たち三人は各々の思考により口を噤み、男は元よりただ歩いているのみ。
 先程から周囲に響いているのは、砂を踏む一対の足音のみ。
 そして今。

 その音が、不意に止んだ。

 完全に音が消え、周囲が静寂に満たされる中、四人は遂に対面する。  
 数瞬の睨みあいの後、初めに口を開いたのは、歩みを止めた男。

 覇王、我斎五樹であった。





「到着早々この扱いか。また豪く物騒な場所だな、地獄というのは」








[22485] 二話 改訂版
Name: まっぎょ◆c2d5ca72 ID:0beb1863
Date: 2010/10/17 22:46

 





「何者だ、貴様。何故このようなところを歩いている」

「怪しいのだ。普通の人は、こんなところを手ぶらで歩かないのだ」

 五樹は、彼女らの問いには答えなかった。
 代わりに、冷たい眼差しを三人に向ける。

「一つ、聞きたい」

 そして五樹は、何の表情を浮かべることも無く、言い放った。

「何を、怯えている?」

「――なっ」

 その言葉に、愛紗は顔を引き攣らせた。

「俺はただ、歩いていただけだ。なのに、何故お前たちは俺に武器を向けた?」

「……それは、おまえが怪しいからなのだ! 怖かったわけじゃ――」

「お前たちは、怪しい人間がいれば必ず武器を向けるのか?」

「――ッ、それは、違うけど……」 

 五樹の問いに、鈴々は悔しげな表情を見せ、言葉を詰まらせる。
 事実、五樹の例えようの無いほどの濃い気配に恐れを抱いていたことを、彼女達は否定できなかった。
 口を開こうとしない鈴々の態度に、五樹は恐れの色を見た。

「怯えられてもこちらが困る。俺はただの一般人なんだがな」

 変わらず無表情で、五樹は愛紗と鈴々の二人に話しかける。
 その態度に、愛紗は思わずいきり立つ。
 
「一般人が、あのような剣呑な氣を放つはずが無い! それに、今この時も、刃を向けられているのにその余裕……一体何なんだ、貴様は!」

「答えられんな。そうやってお前達が俺を脅しているうちは」

 刃の先に一瞬だけ目をやり、五樹は毅然と言い放つ。

「話を聞きたいのなら、相応の態度で臨むのが常識だ。……これがお前達の、話を聞く態度か?」

「くっ、言わせておけば――」 

 周囲に剣呑な空気が漂い始めた、その時。

「愛紗ちゃん、鈴々ちゃん。武器を仕舞って」

 その一言は、静かに響いた。

「桃香様、しかし……!」

「危ないのだ、お姉ちゃん!」

 愛紗と鈴々は、ここで引くわけにはいかない。
 彼女たちにも『君主を危険から遠ざける』という理由がある。
 しかし。
 
「お願い、武器を仕舞って。この人は、御使い様かもしれないんだよ?」

 その言葉に、二人はハッとした表情を浮かべる。
 彼女達がここへ来た目的を考えれば、桃香の言い分は確かに正しかった。
 だが、彼女たちの側にも理はある。
 
「それは、そうです……ですが、この者は危険です」

「そうなのだ。この人は危ないのだ。理由は分かんないけど、なんかそう思うのだ」

 二人が感じ取った五樹の氣は、人が放つことのできるような類の物では無かった。余りに強過ぎ、異質過ぎたのだ。
 言い様のない恐怖。二人がその氣から感じ取ったのは、そういったものだった。
 そんな危険に、自らの主を差し向けるわけにはいかない。二人が桃香を諌めるのも当然と言えた。
 だが桃香は、二人の言葉を聞き入れようとは思わなかった。

「桃香様、離れましょう、ここは危け――」

「――武器を、仕舞って。ここは、私に任せて欲しいの。お願い」

「っ、あ……」

「お姉、ちゃん……?」

 強く響いたその声に、愛紗と鈴々は驚いていた。
 二人が反射的に武器を降ろしてしまうほどに、その声には力が込められていた。
 強い意志の力と、決意の力が。
 そして、二人は思い出す。
 自らの君主が、ここぞという大事の選択を他人には決して任せない、頑固な人間であったということを。
 そして、その選択が誤ちだったことは、ただの一度も無かったということを。

「……分かりました、貴女にお任せします」

「鈴々たちが何言っても、今の桃香お姉ちゃんは聞きそうにないからなー。仕方ないのだ」

「あはは……ありがとう、二人とも」

 武器を降ろした愛紗と鈴々に礼を言った後、桃香は再び五樹の方へ向き直った。

「これで、良いですか?」

「……何のつもりだ」

「私は、あなたのことを知りたいんです。あなたに、聞きたいことがあるんです」

 真っ直ぐに五樹を見つめ、真っ向から言葉を放つ桃香。
 その高潔な眼差しと、武人二人を黙らせた言葉、何より自分に向けた真摯な態度に、五樹は興味を持った。
 何故、自分に拘るのか。五樹は、その理由を知りたくなったのだった。

「……いいだろう。聞いてやる」

「まずは、名前を。私の名前は劉備。字は、玄徳と言います。……ほら、二人も」

「我が名は関羽。字は雲長だ」

「鈴々は張飛なのだ。翼徳っていうのが字だぞ」

 少女達の名を別段感慨の無さそうに聞いた後、五樹も桃香達に倣う。 

「……我斎五樹だ」

「がさい、いつき……さん」

 五樹が短く名乗ると、桃香はその名を記憶に刻むように、声に出して繰り返した。
 そして、五樹に質問を投げかける。

「……我斎、さん。あなたは、このあたりに住んでいる人ですか?」

「違う。と言うよりそもそも、俺はここが何処なのか理解していない」

「? どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だ。俺は、気が付いたらここに居た。それ以上のことは分からん。……ここは何処なんだ?」

 問いかけた五樹は、本当に自身が何故ここに居るのかを理解していなかった。
 自らの身に起きた出来事の結末が、どうしてもこの場所には繋がらなかったのだ。

「ここは幽州の琢郡、五台山の近くです。……元々は何処に居たんですか?」

「……遠い場所だ。少なくとも、こんな景色のある場所ではなかった、とだけ言っておこう」

 五樹はあからさまに答えを濁した。それを察してか、桃香も深くは聞こうとしなかった。 
  
「そう、ですか。……あの、本当に、ここが何処か分からなかったんですか?」

「ああ、全く」

 その答えを聞き、桃香は「やっぱりそうだ……」と何かを確信したかのように呟いた。

「……私たちがここに来た理由は、ある占い師さんの占いを信じたからなんです」

「占い?」

「ええ。『乱世を平和へと誘う天の御遣い、流星に乗って地に降り立つ』。私たちはその、天の御遣いを探していたんです。乱世を救うために」
 
「……乱れているのか、この国は。そんな与太話を信用するほどに」

「……とても。町や村には盗賊の被害や飢饉が絶えず起きていて、それを収めなければいけないはずの王朝も私腹を肥やすことしか考えてなくて、
 人々の苦しみはずっとずっと続いています」

 その苦しみを共有しているかのように、桃香は悲しげな表情を浮かべる。隣では、愛紗と鈴々も苦々しい表情をしていた。
 彼女たちは乱世を、腐敗した国を、そして自分たちの力の無さを、憂い、悔いていた。

「私は、苦しんでいる人々を救いたい。そのためにいろいろの場所を旅して、人の役に立とうとしました。でも、力が全然足りないんです」

 力が足りない。その言葉で、五樹は少女達の意図を察した。
 
「……なるほど。それを補うための天の御遣い、と言う事か」

「はい。私たちの名前を広げるために、力を蓄えるために、嘘でもいいからそういう神聖な存在が必要なんです。
 ……あなたのような、不思議で神聖な存在が」

 そう言って、桃香は五樹の姿を見つめる。『ここではない別の場所』から降り立ったという、一人の男を。
 雄々しい長身を飾るのは、陽の光を跳ね返し、光り輝く天の衣。
 その正体が、その実取るに足らない物だったとしても、彼女の、この地の人間の目には、その姿は神聖に映る。
 だからこそ、彼女は五樹を求めたのだった。

「お願いします、我斎さん。私達に、力を貸して下さい」

「……私からも、頼む」

 そう言ったのは、愛紗であった。 
 先程までの怒気は完全に鳴りを潜め、彼女は縋る様な目で五樹を見つめている。

「桃香様は本気だ。それに、力の無さは私も強く感じている。貴方の、御遣いの威光があれば、あるいは私達も民を救える力を得られるかもしれない。
 ……頼む、協力してくれ」

「鈴々も、同じ気持ちなのだ。苦しんでる人を助けられるようになるんなら、なんだってするのだ。だから、力を貸してほしいのだ」

 そう続けた鈴々も、真剣な表情をしていた。 
 
「あなたがいれば、私たちは動きだせる、人々を救えるんです。だから……」

「何故、俺を選んだ」

 言葉を続けようとした桃香の声を遮り、五樹は問いを投げかける。

「先程の関羽と張飛の見解は正しい。俺は、お前たちから見れば怪しい人間のはずだ。なのに何故、会ったばかりの俺に助力を請う? 
 俺が天の御遣いとなり得る存在だからか?」 

「そうです。……そうですけど、それだけじゃないんです」
 
 桃香が五樹を選んだ、愛紗と鈴々も知らない理由。
 五樹を初めて見た時に感じた、衝撃。  
 同時に、心の中に芽生えた、ある感情。

「初めて見たんです。あなたみたいな、とても大きい人を」

「大きい?」

「存在感とか、雰囲気とか、心の強さとか、そういう力の大きさです。人を先導して、強く強く引っ張っていけるような力」

 彼女は、覚悟を持っていた。そして、人を惹き付ける魅力と徳を持っていた。
 大国を統べる器。桃香が師事していた士大夫・盧植をしてそう言わしめるほどに、彼女は優れた存在であった。

「そういう力って、経験とか知識とか、自分への自信とか、内にあるものから出てくるんだと思うんです」

 しかし彼女は、それだけでは満足しなかった。

「今の私には、そういうものが足りない」

 彼女は、自分の経験や知識が浅いものだということを理解していた。だからこそ、自分に対して自信が持てなかった。
 故に、旅をすることで人々を救うと同時に、自身の見聞を広げていたのだった。
 裏を返せば。
 自分がそんな力を、知識や自信を手に入れられれば、乱世に平和をもたらすことが出来ると、彼女は固く信じていたのだ。
 その、大きな力。それを持つ人間が、目の前に現れた。

 ――私に、その力があれば。

 五樹に触発され、一度に大きく膨れ上がった、向上心。それが、今の桃香を突き動かす、もう一つの要因であった。  

「だから、その大きい力を、自信を、あなたから学びたいんです」

 その決意は固く、そして強かった。
 全ては、乱世を治めるために。
 未だ三人という人数に過ぎない彼女らは、その身に余るほどの大望を抱いていた。
 叶うかは分からない。だが、信じ続ける。自らの夢を、理想を。
 その一途さを垣間見た五樹は、彼女達を認め始めていた。

「お願いします。私達に、力を貸して下さい!」
 
「……人を救うために、お前達は何を為す?」

 唐突に、五樹は問うた。

「乱世を平和へと誘う。それが御使いの役割と、お前達はそう言った。なら、世の中がどうなれば、平和になったと言える?」

 その突然の問いに、桃香は戸惑うこと無く答えた。

「本当の平和な世の中は、みんなが優しい気持ちを持った、争いの無い世界のことだと、私は思います」

「それはただの理想だ。目指すのは構わないが、絶対に実現は出来ない」

「それは、分かってます。目標や夢っていうには、それはあまりにも大きすぎますから」

「なら劉備、お前は何を目指す?」

 五樹の言葉の後、少しの間静寂が流れる。
 その沈黙は、桃香の迷いによるものではない。
 彼女は、言葉を選んでいた。目の前の男に、自身の目指す夢を端的に、確実に、伝えるための言葉を。
 そして、意を決して、彼女は言った。

「天下を一つにすること。ただそれだけを。……少なくとも、みんなが同じ気持ちになるためには、世界を繋がないといけませんから」

「……自分の言ったことの意味、理解は出来ているんだろうな」

「当然です。私は、この大陸を一つに纏め上げたい。そのためには、一番上に立たないといけない。絶対に」

「……そうか」

 その答えを聞き、五樹は一度だけ、首を縦に振った。
 その瞬間、桃香の目には、五樹がほんの少しだけ微笑んだように見えた。

「いいだろう。お前達に協力する」

「! ホントですか!?」

「ああ。断る理由は無い。精々俺を利用すると良い」

 少しばかり皮肉めいたその言葉には、敵意は含まれていなかった。

「私が言うのもなんだが、その……本当にいいのか?」 

「共に行ってくれるというのなら、むしろ助かる。何せ俺は、ここにいきなり放り出された身だからな。それに……」

 そう言って、愛紗から桃香に視線を移した五樹の顔には、何かを楽しみにしているかのような表情が浮かんでいた。 

「劉備には覚悟がある。それに付き従う関羽、張飛にも。ならば、それに応えるのも悪くは無い」

「じゃあ、決まりなのだ!」

 元気よく声を張った鈴々の言葉に、桃香達は明るい笑顔を浮かべる。

「ありがとうございます! これからよろしくお願いしますね、五樹さん♪」

 そう言って、桃香は自らの右手を差し出した。
 自分の信頼を預け、五樹の信頼を得るために。

「ああ、宜しく頼む」 

 そして、五樹は差し出された手をしっかりと握った。
 桃香達の願いに応え、理想を叶える力になるという、約束を違えぬために。

 だが。

 ――茶番にしては、面白い。

 真摯な桃香の願いはしかし、五樹に届いていなかった。

 ――全く、良く出来た空想だ。

 彼は、この世界を『現実』とは思っていなかったのだ。
 
 なぜならば、『我斎五樹』は既に死んでいる。
 比喩でなく、その身を砕かれて。
 それは、紛れもない事実。
 肉と骨が、質量に圧し潰され、奇怪な音と共に潰れ落ち、ただの肉塊と化したことを、覚えていた。
 自らの血が、壁に、地面に、化身の操者の嗤い顔に飛び散り、全て紅に染めた風景を、覚えていた。
 復讐と狂気に頭が染まり、下卑た笑いを周囲に響かせる、理性を失った人間の所業を、覚えていた。  
 何よりも、生きたまま肉体を潰された、激痛と言うには余りに生温い痛みを。
 そして、人間の底辺に位置するような下種から、その責め苦を受けているという屈辱を。
 五樹は強く、覚えていた。
 だからこそ、五樹は決して信じなかった。信じることが出来なかった。
 自分が生きている、などという、奇跡のような出来事を。

 故に、この世界は幻想であり、空想であり、妄想だ。
 現実などではあり得ない。
 劉備や関羽といった英雄の名が出たにも関わらず、五樹が一切反応しなかった理由もここにあった。
 これは、我斎五樹という死人が勝手に生み出した、生へのくだらない未練の残り滓。死者の妄想。
 故に如何なことが起きても不思議ではない。
 結局、何が起きようとも、この世界での出来事は全て、ただの幻想なのだと。
 そう、五樹は思い込んでいた。 

 ――消える前に、精々この空想を楽しんでおけ、ということか。

 つまらなさげにそう考える五樹の心の中の、『生きていた』頃の感情や意欲は、最早消えそうなほどに薄れていたのだった。
 藁にも縋る思いで信じた奇跡が現実となり、ようやく飛躍への道筋を捉えた桃香達。
 自らの死から生じたあり得ないはずの奇跡を、そうと信じられずに空想と断じ、目に映る世界を軽んじる五樹。
 お互いの意思に大きく齟齬を持ったまま、五樹と桃香達は、互いの手を取り合った。





















 以下あとがき


 戦ってもないのに激しく中二臭い文章で申し訳ないです。王様をイメージしたらこうなりました。
 しかも愛紗と鈴々が微妙に空気。文章って難しい…… 
 そして展開が亀。まだ荒野から一歩も動いてないってどんだけ……  

 次あたりコミュキャラ出します。多分。誰が出るかはまだ秘密です。
 あと、更新の速さは余り期待しない方がいいかと思います。
 それでは、御目汚し失礼しました。




 追記:時間経った後に自分で読み返してみてあまりに酷かったので、改訂しました。推敲ってやっぱり重要ですね。
    最後のほう以外結構大々的に変わってます。
    あと、桃香の考え方が原作より柔軟になってるかも?





[22485] 三話
Name: まっぎょ◆c2d5ca72 ID:0beb1863
Date: 2010/11/06 21:03






― ???side ―




 
 私は、救えなかった。


  
 私は、貫けなかった。



 あれだけ大きなことを言っておいて。あれだけいろんな人を巻き込んでおいて。 

 結局私は、何もできなかった。
 
 やり方を間違えた。
  
 状況を甘く見ていた。

 周囲を信じすぎていた。

 言い訳ならいくらでも浮かんでくる。後悔ならいくらでも滲み出てくる。

 もっと、周りを強く説得していれば。

 もっと、良く考えて行動していれば。

 もっと、力を付けていれば。

 あの後、独りになってから思い浮かんでいたのは、そんなことばかりだった。

 
  
 でも、あの後のことをずっと見ていて、ふと考えた。

 その「もっと」を達成できていたとして、私は彼らを救えていただろうか。

 私は、確かに最良を選び続けることは出来なかったけれど。
 
 仮に、そう出来ていたとして。

 強大な力によって、狂気に染まった彼らを。人の道を、半ば外れてしまっていた彼らを。

 果たして私が、止めることなど出来たのだろうか。

 恐らく、私が何をしても、結果は何も変わらなかった。

 私は弱い。一人では誰も救えないほどに弱い。 

 だからこそ、皆の手を借りようとした。手を取り合って、平和を作ろうとした。

 でも、そんなことをしたところで、自分の弱さは変わらない。人を集めても、結局は無駄だった。

 なぜ、気が付かなかったのだろうか。

 私は弱い。ただそれだけのことに。

 


「巫女様、御準備を」



「……はい」



 気付くのが遅かった。

 おかげで私は、何もかもを失った。

 もう、私には、何も残っていない。

 

「今、参ります」

 ゆっくりと瞼を開くとそこには、虚ろな目をした人々が、祈るようにこちらを見つめていた。 

 今の私には、何も無い。

 だから、考えることを拒絶していた。

 それが、どんな結果を生んだのかを知っているにも拘らず。








― ???side end ―















「……」

 荒野を黙々と歩く一人の男と三人の少女。
 協力関係にこそなったものの、彼らの間には冷たい空気が横たわっていた。
 理由は明白。五樹があまりにも喋らなさ過ぎているからだった。
 既に先程の出来事から三十分強。その間、会話らしい会話と言えば。



『い、いい天気ですね……』

『そうだな』

『あ、あはは……』



 これのみであった。非常に気まずい。

「……」

 五樹の顔は、お世辞にも優しさや柔らかさを持ち合わせているとは言い難い。端正だが迫力のある彼の顔は、見る人間に威圧感を与えている。
 そんな彼が、自分から何かを言うわけでもなく、ただ黙って歩いている。
 そこへ話しかけるためには、相当な勇気が必要だ。
 そのため、桃香は言うまでもなく、愛紗や鈴々でさえ気後れして何も話せないでいた。
 しかも、本人はそのことに気付いてすらいない。どころか、気を遣って何かを話してあげよう、という思考自体を五樹は持ち合わせていなかった。

「……」

 四人の周囲を包む空間には、実に微妙な空気が流れていた。
 そんな中。

「……今、何処へ向かっているんだ?」

 言葉少なな三人へ向けて言葉を放ったのは五樹だった。

「え、ああ、目的地ですか? えっと、前いた街で聞いたある村なんですけど、なんか妙な噂があるらしくって」

「妙な噂?」

「はい。何でも、龍が出てきて村人を襲ってるとか、っていう……」

 桃香の話に、あからさまに顔をしかめる五樹。その表情の変化を察してか、桃香は途端に饒舌になった。

「あ、り、龍っていうのは多分そこの村人さん達の見間違いとか勘違いですよ多分! でも何かの理由で村が困ってるのは確かだと思うし、それなら何とかしてあげたいって思いまして、だからその――」

「分かっている。その村を助けたいのだろう」

「……そ、そうです、ハイ」

 勢いを挫かれて桃香がしぼんだ。 

「お前達は、それを信じているのか?」

 五樹のその問いは、愛紗と鈴々に投げかけられていた。

「……話の信憑性は確かに薄い。だが証拠はある。少なくとも、その村で何かが起きているという証拠は」

 愛紗の言葉に、鈴々が続ける。

「お野菜の値段がいきなり高くなった、って言ってたのだ」

「野菜?」

「その村、ちょっとおっきめの農村なんです。前いた街に行商さんがいて、行商さんの仕入れ先がその村だったらしいんですけど、最近になって急に野菜の値段が跳ね上がって儲けがごっそり減った、って」

 桃香の補足に、五樹は僅かに首を傾げる。

「今の世の中は何処も戦だらけなのだろう? なら物価の高騰などよくある話のはずだ」

「それが、最近その農村の周辺では、戦や賊などの被害は一切出ていないらしい」

「……となれば、獣害か」

 その言葉に、愛紗は首を横に振った。

「いや、それも違う。行商が言うには、畑そのものは別段荒れていなかったらしい」 

「壊されちゃってるのはお家とか厩とかだけらしいのだ」

「……いよいよ分からんな」

 五樹は顎に手を当てて思案する。

「家屋だけが壊れているのなら、価格の高騰の説明が付かん」

「行商さんも首を傾げてました。『村の連中に聞いても「龍が出た」としか言わなくて、全く訳が分からん』って」

 それきり、四人は揃って口を噤んだ。今度は気まずさからではなく、事態の不可解さに、である。 
 それから暫し四人は思考を巡らせたが、各々が納得のいく答えに辿り着くことは無かった。  

「……とにかく、行ってみるしかないと思います」

「ええ。自らの目で確かめる以外に、方法はありませんね」

「というか、初めからそのつもりだったのだ。さっさと村へ向かうのだ」

「ああ、分かった」

 結論が出たところで、再び四人は歩き始めた。
 話し始める直前の、あの微妙な空気を漂わせながら。

「……」

 無言。響くのは足音のみ。
 先程少しだけ盛り返した周囲の雰囲気は、ほんの一瞬にして冷え切っていた。

「……」

「よ、よーし、しゅっぱーつ!」

 空元気を出しながら一人歩いていく桃香の背は、何処か寂しげであった。



 桃香が少し遠ざかったのを見計らい、

「……何時まで気を張っている」

 愛紗と鈴々の背後で、低い声が小さく響いた。

「――!?」

 驚く二人に、五樹は小声で呟く。

「……まだ、俺が怖いか」

「っそ、れは……」

 言い淀む愛紗の言葉を待たず、五樹は言う。 

「理解するまで遠くはない。直に教えてやる」

 それだけを言い、五樹は二人の間を通り抜け、桃香に続いて歩いていった。
 残された二人は、暫し考える。 



 御使い足る彼の協力は得た。しかし、自分達は彼を信用しても良いのか。
 君主は、何故か彼を信用している。だが、自分達には彼を疑う理由がある。
 異質な氣。人のそれでは決してない、余りに強大な氣。
 幾ら桃香が彼を信用しようとも、得体の知れない妖しげな物に頼るのはどうしても抵抗があった。
 恥を恐れずに言うのなら、ただその氣が余りにも、怖かった。
 あの氣の正体は、一体何なのか。それが分からない以上、彼には気を置いておく必要がある。
 気をつけなければならない。自分達が。 



「愛紗……」

「……我らが守るんだ、鈴々」 

 責任と共に恐怖心を飲み込み、彼女達は自らの主に追いつくために、少し早足で歩き始めた。















「……ひ、どい」

 桃香の呟きは、正に四人の心の内を代弁していた。 
 五樹たちの目の前で今まさに、数軒の家が潰れ、燃えていた。
 周囲には木が焼け焦げた匂いが立ち込め、赤い炎の熱い光に照らされている。
 弾けるような音を立てて上がる火の手は、砕けた柱を、崩れた壁を焼き尽くし、黒煙とともに天へと昇っていく。
 必死の形相で水を運び、火にかけて消していく村人たちは皆、理不尽への怒りを昇華するように、怒声を上げながら炎を鎮めていく。
 形を留めた家を挟んだ隣では、炎に包まれた瓦礫に飛びつこうとしている男を、他の男達が力ずくで止めている。炎に飛び込もうとした男の頬には、血混じりの涙が伝っていた。
 他へ目を向けると、傷だらけの子供が地べたに座り込み、燃える残骸を呆然と眺めている。その手に持っているのは、何かの残骸――否、誰かの肉塊であった。

「――みんな!」

「分かっています!」  

「村の人たちを助けるのだ!」

 惨状にいち早く反応した三人の少女は、それぞれが他方へ散り、村人へ助力していく。
 一方、村の惨状を眺めていた五樹は、言い様のない違和感を感じていた。



 ――何か、おかしい。

 具体的に何が、というわけではなかった。だが、心に何かが引っ掛かる。
 燃え上がる炎か、焼け落ちる瓦礫か、或いは泣き叫ぶ人々か。
 見たところは『ただの』惨劇の風景だが、何かが違う。
 
 ――何だ、一体何が……。



「五樹さん! こっち手伝って!」

 五樹の思考を遮るように、桃香の大声が響く。

 ――今は、事態の鎮静が先決か。

「……今そちらに行く!」

 五樹は思考を中断し、目の前の惨状を対処することだけに意識を集中させていった。
















「……龍の裁き、ですよ」

 村人達が消火活動を行なっている最中、少し離れた場所でその行動を見つめている集団があった。
 見たところ、水を運んでいる村人たちとさほど変わらない服装の、数人の男女。
 彼らは皆、一人の女性を守る様に囲い、じっと瓦礫が燃えていくのを見つめ続けていた。

「愚かですね。巫女様に逆らわなければ、このようなことにはならなかったものを」

 その中心、守られているのは、白い外套を羽織った神秘的な容姿の女性。

「巫女様、これ以上は危険です」 

「……はい」

 外套の頭巾に隠れたその瞳は、酷く虚ろな輝きを湛えていた。
 
「……社に、戻ります。皆さんも、共に」

「はっ。……全員、巫女様を守りつつ社へと導いて差し上げろ」

 そう言ったのは、その集団を率いていると思しき、一人の青年だった。
 外套を翻し、燃える家々に背を向けて歩き出した女性の後を、その青年と数人の従者が守護するように付き従う。
 そして彼らはゆっくりと、盛り昇る紅蓮から遠ざかっていった。

   



















 以下あとがき


 一話と二話を改めて見直してみると、微妙に流れが不自然で凹みました。しかも何処が悪いのかいまいち分からない……うまくいかないものですね。
 ここがダメ、とかここは不自然じゃね、とかあったら遠慮なく指摘してくれるととてもありがたいです。
 

 ちょっと短めの三話ですが、コミュキャラ出しました。でも、まだ誰なのかは伏せてます。……いや、バレバレか
 話の流れはいきなりオリジナルな感じに入っていきます。落ち着いたら蜀ルート本筋に戻ります。多分。
 それでは、お目汚し失礼いたしました。





 追記

 この話だけ行間が一文ずつになっていたので、修正しました。その他、細かいミスを修正しました。



[22485] 四話
Name: まっぎょ◆c2d5ca72 ID:51508118
Date: 2010/11/06 21:04







 ― ???side  ―








 そこは、静かで暗い場所。
 一切照明の無い、灰の壁に囲まれたその部屋には、ただ一つだけ光差す窓があり、そこからの白い光が木目の板を四角く切り取っている。
 舞う塵と埃が、床に描かれた光の四角の斜め上をゆらゆらと、きらきらと漂う。
 飾り気のない質素な部屋。そこは、「巫の間」と呼ばれていた。 
 裁きという名の暴虐を終えた翌日の朝、明瞭な朝の空気を心地よく感じるはずもなく、私はその「巫の間」で一人佇んでいた。
 すると、背後から扉の開く音がした。

「準備は整ったようですね、巫女様」

 聞こえてきたのは、若い男の声。
 振りかえると、そこにはやはり、見知った青年の姿があった。
 白い外套を羽織った私の姿を見て、青年は満足そうに頷く。

「……まだ、続けるんですか」

 朝でも薄暗いその部屋の中、私は幾度問いかけたか分からない。
 そして、その問いに返ってくる言葉も、全てが同じものだった。

「報復を終えるまで、僕は止まりませんよ。巫女様」

 彼の名前は、李白と言った。
 この村の生まれで、一度もこの村から出たことが無い。
 にも拘らず。
 彼は、村のコミュニティから完全に弾かれた身の上だった。

「……僕は、貴女を助けた。ならば貴女はその恩を、黙って返すべきではないでしょうか?」

 そう言って、濁った眼で李白は私を睨みつける。 
 その言葉と、彼の目に、私は逆らえないでいた。

「……分かって、います」

 だって、彼の行動を否定することが、出来なかったから。
 私怨で人を傷つけることはよくない。
 以前の私ならばそう言っていただろう。
 でも、今は違う。
 そうやって争いと力を否定した結果、私は何も為せなかったのだから。

「今回の一件で、僕達に逆らおうとする人間は居なくなったでしょう。後は彼らを、追い詰めていくだけです」

 李白は嗤っていた。とても濁った眼で。
 それを私は、悲しく思う。
 でも、彼のこの行動を否定できない。
 私が何を言おうとも、最早彼は止まらない。
 私の言う『綺麗事』なんて、『現実』を知った彼には届かない。

「頼りにしていますよ、龍の巫女……いいえ、奈々世さん」

 なら私は、せめて彼に報いるしかない。
 命を救ってもらった、その恩に。

「さて、行きましょうか」

 二人が居ても、話していても。温かみなど、喜びなど、そこには何もなく。
 そこは、静かで暗い場所だった。









― ???side end ―















 朝。雲一つない青空に、吹き抜ける風が冷涼な朝。日差しは強すぎず弱すぎず、程好い陽気を持って大地に降り注ぐ。
 そんな、空気『だけ』は清々しく感じられる朝、五樹は村の外縁にある広場のような場所に居た。丁度昨日、彼らが村の惨状を初めて目の当たりにした場所である。
 昨夜の傷痕は生々しく残り、心地よい空気は全てそれらの放つ陰鬱な気によって塗り潰されている。
 広場の周辺には、目の高さに達している物がほとんど見当たらない。そこにかつて在ったであろう家々は、瓦礫の山か、あるいは燃え滓の絨毯となって地面の上に横たわっている。
 広場付近で無事だったのは、火の手の及ばなかった家屋が三軒だけ。その家々は、活気無くそこに佇んでいた。
 焼かれず残ったその家は、傷を負った村人を収容し治療するための簡易的な病床と化している。
 村人たちは今、一晩に渡った消火活動と負傷者の救護によって疲れ果て、しかして悲劇による興奮と悲嘆に眠ることを阻害され、何も出来ずに燃え残った家の中で呆然と座り込んでいる。
 涙も声も枯れ果てた彼らには、静寂が必要だ。
 そう考えた五樹は、桃香達が寝ずに村人の世話をしている中、一人外へ抜け、誰もいない広場に立って思案していた。
 彼の目の前にあるのは、残った家々の周りに散乱する、黒と灰が混じった残骸の山。

「……やはり」

 やはり、不自然。
 炎による被害。ということはつまり、これは天災でなく人災であるということ。であるならば、賊や軍がこの場に攻め入ったと見るのが妥当である。
 しかし、そう考えると不自然な点があった。
 その主たるは、燃え残った三軒の家である。それら家々を良く見れば、燃え跡がほんの僅かに見えるだけで、ほぼ無傷の状態にあった。つまり、そもそも被害を受けていない。
 ということは、広場の近くにある手近な家屋であるにも拘らず、その家々はあえて見逃されていたということになる。ここを襲った集団がそのようなことをする自然な理由が見当たらない。
 そして、もう一つ。こちらは、家々の様子を見て、新たに浮かび上がった疑問。

「何故、この三つが残った」

 生き残った村人たちが集まっている、首長宅。怪我人を治療するための、診療所。治療が終わった怪我人を休ませる、宿。
 残った三つの家は、そのそれぞれが現状この村の生命線と言うべき施設であった。
 ここが、『あえて』残されている理由。それは何なのか。
 疑問はまだある。それは、視界が開けているこの時だからこそ分かる奇妙な情景。

「……どういうことだ」

 彼の周囲に見える惨状に反し、広場から遠く離れた場所には、一切の被害が無かったのだ。
 遠目から見る限り、被害のなかった場所には民家や蔵があるだけだ。防衛の要があるというわけでもない。何故、あそこは狙われなかったのか。
 五樹は、現状から発生した数々の疑問に、頭を悩ませていた。
 その時。



「――――――何、と」



 背後から聞こえてきた声に彼が振り返る間も無く、五樹の横を一人の少女が走り抜ける。
 少女は瓦礫の前で立ち止まり、色彩の欠けた残骸の絨毯を目の前に、暫し絶句したように固まっていた。
 硬直が解けたのも束の間、少女は手に持った朱色の槍を、掌が白く染まる程に強く握りしめる。

「何という……」

 短く碧い髪を揺らし、少女は五樹の方に振り返る。丈の短い着物の袖と、槍に付いた飾りが、風を受けて翻った。

「――答えろ。ここで、何があった?」

 険のある声、鋭い眼差し。女は冷静に問いかけたつもりなのだろうが、彼女の憤慨は誰の目から見ても明らかであった。
 他人を射殺せそうなその眼差しに臆することなく、五樹は徐々に近づいて来る彼女と視線を交わす。 

「それを今、調べているところだ」

「何だと? それはどういう――」

 立ち止った少女が言葉を続ける前に、五樹は仔細を付け加える。  

「俺達は、昨日ここへ来た。丁度、其処に散らばっている塵がまだ燃えていた頃にな。だから――」 

「事情は知らぬと、そういうことか」

 意趣返しか、言葉に割り込んだ少女の態度に、五樹は小さくため息を吐く。
 少女は五樹の態度に目を細めたが、それを受け流した五樹は、呆れた様な声色で言う。

「ああ、そうだ。詳しいことが知りたければ、急かずに待て。今は早朝だ」

「……待て、だと?」

 その一言が、張り詰めた彼女の糸に触れた。

「このような暴虐が起きた最中、朝も昼も関係があるものか! 早急に賊を見つけ出し始末せねば、またこのようなことが繰り返されるかもしれんのだぞ!」

 憤る彼女に、五樹は冷たい視線を浴びせる。
 反論は、容易い。

「被害を被ったのはこの村の人間だ。そして、それを鎮静したのもこの村の人間だ」

「ああ、そうだ! だからこそ、村人達を救わねばならん! こんなふざけたことをしでかした連中を許しては――」 

 自分の言葉の意を正しく理解しない少女に、五樹は苛立ちを隠さず、強く言い放つ。



「鬱陶しい」



「――っ、何!?」

 激昂しかけた少女の声は、それ以上は続かなかった。

「と、『精根尽き果てた』村の人間は、そう思うだろう。……もう一度言う。今は早朝だ。そして、被害を受けたのは村の人間だ」

 その言葉に、少女は出掛けた反論を飲み込んで、押し黙る。

「まだ理解出来んか」

 念を押す五樹の言葉に、少女は素直に頭を下げた。

「……済まない。どうやら少し、間違えたようだ」

「謝罪は必要ないな。お前はまだ、何もしていない」

「……、それもそうか」

 言葉の間に微かに混じった息が苦笑であるということに五樹が気付くには、少しの時間を必要とした。
 少女は五樹に背を向け、瓦礫の中に立つ一軒の家に目線を向ける。その先には、人影の覗いている窓があった。

「村人はあの中か。私はあそこで待たせて貰うとしよう」
 
 歩き始めた少女の背を見て、五樹は思い出したように声を上げる。

「もう一つ、言い忘れていた」

「……ん? 何だ」  

 振り返ってこちらを向いた少女を見て、五樹は先の言葉を出した自分を褒めてやりたい気持ちになった。

「……その顔で村の人間の前に出るな。下手をすれば追い打ちになる」 

「……………………」

 再びの絶句。そして少女は、自分の右頬に手を当てた。掌は左頬へ、顎へ、最後には右目と額を覆うように。
 そうして彼女は、ようやく自身の表情に気がついた。 

「……これは、失敬。少々、気が立ち過ぎていたようだ」

 僅かに表情を緩め、取り繕うように言った彼女に、五樹は冷たく返す。

「ああ、そうだな。敬を欠き過ぎて、見るに堪えなかった。呼び止めなければ惨事になっていたことだろう」

「……容赦が無いな、お主」

 今度こそ少女は、誰が見ても分かる苦笑を浮かべた。 















「趙雲、子龍」

 鸚鵡返しは間抜けであると知りつつも、五樹はそうせずには居られなかった。

「? 変わった名前では、無いはずだが?」

 ――十二分に、変わった名だ。

 ついそう返そうとした自身の口を何とか噤み、五樹は頭を抱えた。
 
「悩むようなことでもなかろうに。……知り合いに同じ名でもいたか?」

「……いや、そういうことではないんだが」

「む……分からん奴だな」

「ああ、俺もそう思う」

 ――こんな、妙な人間だったのか。
 
 それは無論、目の前に居る趙雲(女)と、加えて劉備・関羽・張飛(いずれも女)の存在を許容する、自身のことであった。
 この世界は、全てが幻想。
 走馬燈や桃源郷のような、瞬間に消え逝く泡沫の空想。
 消え逝く者が生みだした、生への願望であり、死へのモラトリアム。
 自らの死を受け入れた今の五樹にとって、その見方こそが唯一この世界における真実である。 

 となれば当然、ここに居る人間は自身の妄想の産物ということになるのではなかろうか。

 桃香達と会ったときから頭の片隅にあったその意識は、五樹には受け入れ難いものであった。
 著名な三国志の世界。誰でも知っているような名高い武将が、何故か自分に集まってくる。しかも全員が何故か、容姿端麗な女。
 俗な言葉で言うところの、御都合主義のハーレム展開、というものである。

 ――これは、拙い。

 具体的には何が拙いのか、五樹自身には理解できない。だがしかし、彼は言い様のないおぞましさに襲われていた。
 このままでは、自分が何かと駄目になるのではないか。
 そんな不安に、五樹は頭を抱えていたのであった。

「お主の名は何というのだ? 私ばかり名乗っていては不公平だろう」

 趙雲の声が、無駄な思考の混沌から五樹を引き上げた。

「……我斎。我斎五樹だ」

 少し声が低くなったのは、単に彼が落ち込んでいたからに過ぎない。

「ふむ、我斎殿か。では我斎殿、時を待つ間、少し聞きたいことがあるのだが」

 結局趙雲は家の中には入らず、五樹の傍で待つことを選んだ。

『いやなに、お主に少し、興味が湧いてきてな』 

 そう言って、五樹が聞きもしないうちに、彼女は名乗り始めたのだった。

「何だ。つまらないことで無いのなら聞こう」

「ふ、随分な前置きだな。……まずは、その服だ。なにやら面妖なまでに煌びやかで気になってな」

「……まずは、か」

 幾つも質問をする気なのかと内心面倒に思った五樹は、恐らく飛んでくる疑問全ての答えになるであろう言葉を選び、口にした。

「俺は、天の御使いという奴らしい」

「………………は?」

 趙雲は、意図しないどころか完全に予想の斜め上を行った五樹の言葉に、彼の正気を疑った。
 その趙雲の呆けた顔を気にせず、五樹はつらつらと説明を続ける。

「こことは別の世界から来た。だからこの服はここでは手に入らない特殊なものだ。他に普通と違うと感じることがあるのなら、それも恐らく俺が天の御使いだからだ」

「……御使い、というと……管輅の占いの、あれか」 

「そうらしいな。劉備も占いがどうのと言っていた」

「劉備?」

「俺の連れだ。他に二人、関羽と張飛というのがいる」

 連れがいるという言葉に何か思い当たるものがあったのか、趙雲は納得したように頷いた。

「……なるほど。真実どうあれ、お主は体の良い御輿というわけか」

「有り体に言えば、そう言うことだ」

 五樹が無愛想に言い捨てたのを見て、突然趙雲は吹き出した。

「っくく、はははっ! 面白いな我斎殿、お主は実に面白い」

「俺は全く面白くは無いが」

「そうか? 眉唾ものであるはずの占いをそうもあっさり肯定し、御使いは自分だと臆することなく言い張るばかりか、御輿にされる器たり得ると自信を持って言うその態度。
 ……くく、実に面白いではないか」

「……気のせいか。俺にはお前が喧嘩を売っているようにしか聞こえん」

 その言葉に、趙雲は悪びれる様子もなく、笑いを含みながら口を開く。

「ああ、言い方が悪かったか? いやなに、その得体の知れん度胸と器量の大きさに感服したまでの話だ。すまんすまん」

「相変わらず馬鹿にされているように感じるが」

 不貞腐れるような五樹の態度に、再び趙雲は大きく笑った。

「ふふ、っくははは。…………む? あまりに面白すぎて、何を聞こうとしていたか忘れてしまったではないか」

「……馬鹿かお前は」

「ふ、まあよい。どうせつまらぬことだ」

「つまらないことは聞くなと初めに置いたはずだがな」

 ひと通り趙雲が笑い終えた後、二人はどちらともなく黙り込む。
 やはり、目の前の情景が気が行ってしまっていた。
 何をしていても目の中に映り込む、惨劇の爪痕。 
 当初の猛りも何処へやら、落ち着いた様子の趙雲を見て、頃合いとばかりに五樹は問うた。

「……どう思う」

「酷いな。私が知る中でも、抜きん出ている」

 顔をしかめて言う趙雲は、心の内に静かな怒りを抱えていた。

「……だが……今更になって気付いたが、妙だな」

 そして、怒りと同時に趙雲は、五樹と同じ種の違和感を抱いていた。 

「家が不自然な位置に残っている。この広場から離れた場所には被害が無い。そして、燃えた家々の悉くが完膚なきまで砕かれている。賊がやったと見ていたが、どうやらそうとも言い切れんな」

「……家が、砕かれている?」

 五樹の気が付かなかった点を、趙雲は指摘していた。

「そうだ。幾ら火の手が強いと言えど、柱に使われるような太い木材が、あのように折れ砕けることなどあり得ない」

 趙雲の指差す先には、もはや元の形など見る影もない残骸の山――そこには、太く長い柱であったと見られる大きさの建材は、何一つ見当たらなかった。

「つまり、賊共は家を燃やす前か後に、鎚か何かで家を打ち壊した、ということになるだろう。しかも、見る限り十軒は下らない数の家を」

 自身の言葉に、趙雲は改めて首を傾げる。 

「……他の場所に盗める物は幾らでもあるのに、そんな悠長なことをする意味が分からん。というより、これだけの家を壊そうと思うこと自体が不自然だ」

 遠回しで非現実的な破壊。集中している被害。そして、不自然に残った村の心臓部。
 趙雲の言った言葉の意味を心の内で反芻し、五樹は慎重に推測していく。
 そして。

「ふむ。これでは、龍というのも、あながち与太と笑い飛ばせんな」

 趙雲のその言葉と同時に、五樹はその答えに辿り着いた。
 奇妙な事実の連なりの中、五樹が見出したのは、人間特有の甘い意志と、強大な『力』の影であった。

「――居る」

 あくまで可能性の一つではあるが、今の状況での最適解は、その推論によってのみ容易に導くことが出来た。
 そして五樹は、一つの確信を得た。
『それ』は確実にこの世界に存在している。そして、『それ』を扱える自分以外の人間もまた、この世界に存在している。
 五樹が今確信したのは、後者であった。
 前者は、既に分かっていた。この世界に来た時からずっと感じている奇妙な、しかし慣れ親しんだ――『それ』と『繋がっている』――感覚によって。 
 そして、今ここに五樹が確信した事実によって。
 
 ――なるほど。呼べば、使えると言うことか。

 五樹は、王の力が健在であるということを確認したのであった。
 
「居る、とは…………我斎殿、まさかとは思うがお主、龍の噂を信じているのではあるまいな?」

「……何だ、お前もそれを知っていたか」

 五樹がそう言うと趙雲は、少しだけ呆れたような表情を見せた。

「ああ。そもそも私がここへ来たのも、龍が出たなどという嘘臭い話を真に受けた凡庸な州牧殿が、回らん頭で妙な気を回したせいでな」

「……お前もなかなか手厳しいことを言うじゃないか」

「ん? ああ、いやいや、貶しているわけではないぞ? 伯珪殿はあれはあれで実に愛らしいお方だ。少し凡庸だが、それも愛でるべき長所となり得る」

「そうか。……で、龍だったか」

 特に興味のなさそうに返事をした五樹に、趙雲は再び問いかける。

「そうだ、龍だ。伯珪殿のことはどうでもいい。『居る』と言った時のお主が、妙に怖い顔をしていてな、気になったのだよ」 

「……そうだな、信じるかどうかは別として」

 そう前置いた五樹の口の端は、僅かに歪んでいた。



「夢のある話だ、とは思うがな。……実に、幻想的だ」



 じっと五樹の表情を見ていた趙雲は、ぽつりと言葉を漏らす。

「……夢や幻想を語るには、お主の顔は怖すぎるな」

「どういう意味だ、それは」

「ふ、言葉通りの意味なんだがな」

 趙雲が五樹の言葉に笑いながら答えた、その時。



「――いいから、こっから早く出て行ってくれ! 迷惑なんだよ、あんたら!」



 若い男の怒声が、燃え残っている家の中から大きく響いた。

「ふむ、どうやら揉め事のようだな」

「……面倒な」

 再びの波乱を予想しつつ、五樹は趙雲とともにその家へと駆け込んでいった。





















 以下あとがき

 四話です。思ったより長めになりました。今回のお目見えは、フライング登場の星さんと巫女・奈々世さん(一応)です。
 あとオリキャラ的なのが一人出てます。名前はそれっぽいのを適当に付けました。
 奈々世さんの動機ちょっと弱くね? との指摘をコメにて受けまして、ちょっとだけ彼女の事情を水増ししました。指摘ありがとうございます。
 今回は星さんと五樹の絡みで、二人がらしくない言動をしているかもしれません。あと、五樹が何かに気付くくだりも少し不安です。
 流石にこれはおかしいだろ、これは。とかあったら遠慮なく指摘して頂けるとありがたいです。

 この奈々世さん編(仮称)は、後二~三話、もしかするとそれ以上続くと思われます。
 さて、桃園まであとどれだけかかるんだろうねー……なんとか頑張って書いていきます。
 それでは、お目汚し失礼いたしました。




 追記

 李白の一人称が一ヶ所だけ私になっていたので修正。
 それと、伯桂 → 伯珪に修正。







[22485] 五話
Name: まっぎょ◆c2d5ca72 ID:0beb1863
Date: 2010/11/06 21:05



















「これで、一段落かな」

「ええ、怪我をしている村人は全て手当てしました」

「寝ちゃった人もちゃんと宿に連れてったのだ」

 桃香達三人は結局、早朝になるまで寝ずに村人たちの世話をしていた。
 現在彼女達が居るのは、この村の村長の家、その居間である。
 家自体は広く、居間に村人が数人集まっても、窮屈さはあまり感じられないほどであった。

「皆さん。もうお休みになられても、大丈夫ですよ?」

「後は私達が、村の見張りも怪我人の様子見もしますので」

「……ああ、そうか」

 一人の青年が、生気の籠らない声でそう返した。
 現在、その居間に居るのは、この家の家主である村長と、昨夜の一件で怪我をしなかった数人の若い村人たち。
 ここは、村内で起きた問題の諸々を解決する議論の場として使われていた。この場に村人が集まるのは、半ば習慣のことであった。
 些細な夫婦の喧嘩であったり、土地を巡ったいざこざであったり、盗賊への対処であったりと、様々な問題が村人たちの間で活発に話し合われ、そしてここで、解決されていた。
 しかし、今は誰一人として、この場で自ら口を開こうとしている村人は居ない。
 村人はそれぞれ、作りの単純な椅子にもたれながら天井の木目をじっと見ていたり、部屋の中心にある大きな円卓に突っ伏して呆けていたり、あるいは、灰色の床に座り込んで木の壁にもたれかかり、扉の方を見て放心してたりしていた。
 誰の目にも、意思は籠っていなかった。
 誰の心にも、思いは宿っていなかった。
 誰の体にも、力が入ることはなかった。
 そこには文字通り、何もなかった。

「むー、もっと元気出すのだ。こんなにへこんでても意味ないのだ」

「……んなこと、できるわきゃねえだろ。あんな訳分かんねえもんに、村ぁ壊され――」

 青年は言ってから、しまったと言わんばかりに口を噤む。見れば他の村人も、青年を咎めるような眼で見つめていた。

「おい! それ以上は……」 

「訳分かんないもの? なんなのだそれ」

「何でもねえよ。……ああ、何でもねえ」 

 明らかに取り繕うような青年の態度に、愛紗は何かを感じ取り、ついその言葉が口から出た。

「何かあったのか? 良ければ、私達が力を貸すが」

 その言葉に、村人の空気が一変した。
 気力を失った村人たちに、その瞬間、何か警戒感に似た気配が宿った。力無く俯いていた目は、何かに怯えるような色を湛え始める。
 何もなかった空間に、負の雰囲気がゆるりと広がり始める。
 その空気を知ってか知らずか、桃香は愛紗の言葉に深く頷き、持ち前の義と徳を発揮する。

「そうですよ。力になれることがあれば、何でもします。こんなひどい状態の村を放っては置けないですし、村が立ち直るまで私達もお手伝い――」

 だが、その心は村人には伝わらなかった。

「……あんたら、いつまで居るつもりだよ」

 盛り上がった心を一気に冷ますような、温度の低い言葉が響く。
 その温度は、周囲の村人に伝播するように広がった。

「――――――え?」

 冷たい言葉は、桃香の心に戸惑いをもたらす。
 
「そうだ。あんたらはこの村とは関係ないだろう。さっさと出ていってくれ」

「関係ない人間を受け入れるほど、あたしらに余裕はないんだよ」

「あ、あの……」

 あまりに突然に噴出した村人たちの拒絶の言葉に、桃香は呆然となった。
 
「助けてくれたことには、礼を言います。……その上で、不躾ながらお願い致します。理由は聞かず、この村からどうか、立ち去ってほしい」

 丁寧に、しかしながら拒絶の意思をはっきりと示したのは、髪の白い、腰の曲がった老人――村長であった。

「で、ですが、この村の惨状を、このままにしては置けません。助けられる物ならば私達も――」

 愛紗が戸惑いながらも自分達の意思を伝えようとするが、やはり村人には届かない。

「要らねえ世話だって言ってんだろうが。聞こえなかったのかよ」

「わたしたちの問題は、わたしたちで解決できます。だから、あなたたちの力は……」

 必要ない。そう言おうとして、村の少女は口を閉じた。そして、居間には剣呑な空気が満ち始める。
 今にも桃香達に殴りかかりそうな目で睨む若者もいた。何かに怯えるように頭を抱えている女性もいた。目を閉じながらも警戒感を隠さず、低く唸っている男もいた。
 しかし。
 村人たちの明確な拒否。それを見て尚、三人の少女は引き下がらない。弱きを助けるのが自分達の使命であると、少女たちは頑なに信じていた。
 喰い下がったのは、鈴々である。

「でも、このままじゃ元に戻るまでいっぱい時間がかかるのだ。その間に、もういっかいこんなの起こったら――」

 説得の意図があったその言葉はしかし、村人の触れてはいけないところに触れていた。
 鈴々の親切心は、突然立ち上がった青年の激昂に掻き消される。



「――いいから、こっから早く出てってくれ! 迷惑なんだよ、あんたら!」



 その怒声に、鈴々は思わず息を飲む。
 迷惑。何処か悲痛な色を湛えたその言葉は、三人の少女の胸に深く突き刺さった。
 そして、青年の心は、一回の怒声で収まるものではなかった。

「いいか、何回でも言ってやる。あんたらが居ると迷惑なんだよ! 親切のつもりか知らねえけどな、あんたらが居たら俺らは――」

「舜! ……それ以上はやめておきなさい」

 村長の声に、舜と呼ばれた青年は押し黙る。
 村長の威によって、という面もあったが、舜の言葉を止めたのは、彼の目に映る、目を潤ませている鈴々の姿であった。
 俯き、涙を溢さぬように堪えている鈴々の姿に、彼の良心が痛んだのだった。
 しかし、良心が痛んだとしても、彼の心根の部分は変わらない。

「……怒鳴って悪かった。でも、言いたいことは変わらねぇ。こっからさっさと出てってくれ」

「私からももう一度、申し上げます。この村から、立ち去って下さい。これは、私どもからの、心からの願いなのです」

 静かに親切心を撥ね退ける村長の言葉に、三人は返す言葉が見当たらなかった。

「で、でも……」

「お願いします、どうか……」

 桃香の言葉も、やはり遮られる。
 居間の空気が、桃香達の諦めと村人たちの拒絶に染まり変わっていった、その時。

「ふむ、来て早々に帰れと言われてしまったか。どうしたものかな、我斎殿」

 居間の扉が開くと同時に、おどけるような女の声が響いた。

「撥ね退けられたのは俺たちだけだ。お前も試しに村長に頼めばいい。もしかしたら居座れるかも知れん」

「そうだなぁ…………ふむ、そうしようとは思うのだがな。か弱い私は拒絶されれば、子供のように泣いてしまうかもしれん」

 同時に部屋に入ってきた男の問いに答えつつ、女――趙雲は、鈴々の方にちらりと目線をやった。
 その言葉に、鈴々はがばっと泣き顔を上げる。

「鈴々、子供じゃないのだ! 馬鹿にすんななのだ!」

「ふふ、別にお主に向けて子供と言ったわけではないのだがなぁ……もしや、心当たりでもあるのか?」

「う、うるさい、心当たりなんてないのだ! というか、お前誰なのだ!」

 見知らぬ女の登場にすっかり涙の引いた鈴々は、五樹の隣に立つその女に向けて半ば意地のような問いを投げつける。
 それを、自身に満ち溢れた表情で返そうとするあたり、やはり彼女は英雄然としていた。

「我が名は趙雲。字は子龍。幽州は州牧、公孫賛殿の意によりこの地に遣わされた――」

 しかしこの趙雲、あまり真剣に物事を通すことには向いていないようであった。

「そう、正義の味方だ」

 口の端を歪めて不敵な笑顔を浮かべた趙雲に反応したのは、意外なことに俯いていた桃香であった。

「公孫賛……白蓮ちゃん、が?」

「おや? そこの利発そうな乳の貴女は、どうやら伯珪殿のことを存じておられるようで」

「え、ええ。三年くらい前まで、一緒に盧植先生の下でいろんなことを学んでたんです。(……利発そうな乳って、何?)」

「なるほど、伯珪殿のご学友というわけか。それにしては乳が大きい……と、これでは並盛の伯珪殿に失礼だな。はっはっはっは!」

「あ、あははは……。(な、何なんだろう、この人)」

 下らない世間話は、村人の耳には入っていなかった。
 彼らの耳に届いたのは、この村から遠く離れた場所に居る筈の、州牧の名であった。

「……公孫賛様、だと? 何故、公孫賛様がこんな場所のことを……」

「誰だ、誰が言ったんだ!」

「……あの行商だよ、きっと。あたしらの話を盗み聞きしてた奴さ。あいつが言った場言った場で話してるんだ……」

「糞ッ、余計なことしやがって……」

 村人たちが口々に言う中、趙雲は不敵な笑いを崩さずに言う。

「ふむ、お主らはどうやら伯珪殿を侮っているようだな。そのようなことなど無くとも、彼女は気付いただろうさ。
 あの方は確かに凡夫且つ特徴のないことが特徴の御方だが、目端は利く方なのだよ」

「……どちらかと言えば趙雲殿の方が侮っているような」

 ぽつりと呟いたのは愛紗であった。

「まぁ、伯珪殿個人のことはどうでもいい。重要なのは、私が州牧殿から直接命を受けてここに来た、ということだ。今更何もせずには帰れんよ」

「そん、な……」

 その言葉に村人たちは、己の口を噤むより他は無かった。
 なぜならば。



「そうですか。既に州牧の耳には届いていると。……残念ですね、とても残念です」



『彼』がそのことを知ってしまえば、自分達の未来が閉ざされてしまうことを、理解していたから。

「……李、白」

 舜が呟く。開いたままの居間の扉に、何時の間にか二人の男女が立っていた。
 一人は、若い青年。もう一人は、白い外套の頭巾を深く被って、顔を俯けている女。

「外には知らせるな、人は呼ぶなとあれほど言い聞かせていたはずですが……結局、僕達の願いは聞き入れられなかったわけだ」

 冷徹に言い放つ青年――李白に、村人たちは縋るように叫ぶ。

「ち、違うんだ、これは、こいつらが勝手に入ってきただけで!」

「そうです! わたしたちが自分から言ったわけじゃ……」

「あたしらがやったわけじゃない、信じとくれよ、李白!」

 その懇願にも、李白は冷たく一瞥するだけであった。

「そう言うことではないのですよ。意図的であれ何であれ、あなた方が僕達との約定を破ったことには変わりない」

 そして李白は、居間の村人達を見渡したあと、薄く嗤った。

「となればこちらは、それなりの対応をしなければならない」

「ああ、李白、許してくれ! 俺達ぁもう、お前には逆らわねえ、だから……」

「……五月蝿いですね」

 溜息交じりに、李白は嗜虐的な目で村人たちをねめつける。その視線に、村人たちは全員が押し黙ってしまった。
 突然の状況変化に、一番早く理解を示し反応したのは、愛紗であった。
 彼女は直感で理解した。目の前の青年が、事態の元凶であるということに。

「……何だ、貴様達は。村人たちに何をした」

 その言葉に、俯いている外套の女が一瞬、怯えたような反応を見せる。
 しかし、口を開いたのは李白だけであった。

「いえいえ。僕達はただ、聞き分けの無い彼らに灸を据えたまでですよ」

「灸、だと?」

 怒りが徐々に積層していく愛紗に対し、李白は事も無げに言い放つ。 

「ええ。一度目は、巫女様の力を信じないばかりか、尊ぶべき彼女を侮辱した。二度目は、僕達の提示した約定を理由なく突っ撥ねた」

 その言葉に、今回のような暴虐が二度も行われていたということを、桃香達は理解する。
 そして。

「そして今、決められた約定を破った。……このひと月に三度。しかも、昨夜痛い目を見ているのにも拘らずこれです。……呆れてものも言えませんね」

 三度目が、彼らの手により行われるであろうことも、ここに理解した。
 愛紗は、溢れんばかりに溜まった怒りを、今度こそ相手に解き放つ。

「……貴様、こんなことをして、こんなに村人たちを苦しめておいて……ただで済むと、思っているのか!」

「そうなのだ! 村の人たちをこんなに苦しめて、絶対に許さないのだ!」

 鈴々も同じく、義憤に駆られて怒声を上げる。
 目の前に、惨状をもたらした明確な敵が現れ、彼女たちの怒りは既に天を衝く程に燃え上がっていた。
 その、怒りを目の前にして尚、李白の余裕は揺らがない。
 なぜならば、彼の後ろには、常に彼女が控えていたから。

「……許さないから、何なのですか? ただで済むと思っているから、やっているのですよ」

「――ッ、貴様ぁあ!」

 壁に立てかけた青龍偃月刀を掴み取り、愛紗は李白に斬りかかる。
 一瞬で間合いを詰めた愛紗が、右肩から袈裟に振り下ろそうとした時。

 ――甲高い、金属音が響いた。

「――――なに!?」

 見れば、愛紗の刃を止めていたのは、朱色に染まった直槍であった。
 その持ち手趙雲は、両の手で構えた槍で、愛紗の剛撃が李白に届く寸前の位置で止めていた。

「何故邪魔をする、趙雲!?」

 斬撃の軌道を防いでいる槍を超えようと、力任せに偃月刀を押さえつけながら、愛紗が叫んだ。

「冷静になれ、御仁。こ奴が消えたところで、村人を襲った賊全てが消え去るわけではあるまい」  

 趙雲は、愛紗の刃を防ぎながらも、親の仇を見るような眼で、李白の眼を射抜いていた。
 その趙雲の表情と言葉に、愛紗は自らの刃を下げる。 

「……済まない、趙雲殿」

「構わん」

「――っふ」

 その様子を見た李白は、なにが可笑しかったのか、手を叩きながら口を大きく開けて嗤い始めた。

「ふふふ、あっはっはははははは! あなた、大きな勘違いをしていますよ、趙雲さんとやら!」

「……どういう意味だ」

 静かに問うた趙雲の目には、隠すつもりの無い敵意の念。
 それを言葉にて受け流すかのように、李白の口は滑らかに動いていく。
 
「全てはね、『村の中』での出来事なんですよ。賊なんてものは居やしない。家を燃やしたのはね――」

 そして、李白は真実を口にする。



「この村の人達なんですよ」



 その言葉に、村人たちは悔しげに俯く。
 驚愕したのは、桃香達であった。

「……何だと」

 かろうじて反応出来た愛紗に答えるかのように、李白は言葉を紡いでいく。
 その顔には、変わらず濁った嗤いが浮かんでいた。

「今ここに居る人達はね、僕達の書いた約定に異を唱えた方々なんですよ。村長以下、広場あたりに住む人たちですね」

 李白は、心から愉しそうに嗤いながら、事実を語る。

「そして、家を燃やしたのは、今回被害を受けなかった方々。こことは別の方角の、村の外縁の方に住む方々です。
 彼らは一度目の時、既に私達のことを受け入れてくれていたのですよ」

 村人同士が、自分を起因として、凄惨な諍いを起こした。そのことを、李白は心の底から悦んでいた。

「しかし、このあたりの人々はそうではなかった。だから、私達はお願いしたのですよ。『村人』たちに、ね。……哀れですよねぇ。元の仲間を、こうも簡単に傷付けるのですから。
 ……親戚を焼き、友人を殺し、恩人を潰す。ああ、哀れですねぇ、実に」

「……貴様」

 悦に浸るように自身の言葉に酔っていく李白を、四人の少女は射殺さんばかりの視線にて、貫いていた。
 膨れ上がる彼女達の怒気が、周囲を包みこむ。
 それを承知の上、李白は未だ嗤い続けていた。

「ふふ、構いませんよ。怒りにまかせて僕の首を撥ねるのも、それはそれで良いでしょう。……しかしながらですね、運命はもはや、決まっているのです」

 そして、後ろに控えた外套の女を、自らの横に引き寄せた。

「この、龍の巫女様の手によってね」

 俯く女――龍の巫女の肩を抱きながら、李白は不遜に言い放つ。

「――龍の裁きは、必ず下ります」

 その言葉に、愛紗と鈴々は嘲りの表情を浮かべる。

「ハッ、何を言うかと思えば、龍だと? 脅しの文句ならば、もう少しマシな物を考えることだな!」

「龍なんていないのだ! そんなの分かりきってるのだ!」

 その言葉に、李白は初めて薄ら嗤いを消した。
 そして、天を仰ぐ盲信者のように純粋な目で、彼は言う。



「居ますよ。龍は居ます。だからこそ、村人は二つに分かれた。……それが理解できませんか?」



「――っ」

 不気味なまでに確信に満ちたその言葉に、愛紗達は理由も分からず気押されていた。
 それは、彼が現れるまで桃香達を拒み続けていた村人たちが皆、顔を伏せ怯えきっていることも無関係ではなかったのだろう。
 しかし、その場に二人、李白の言葉に揺らがなかった人物がいた。



「……許さない」



 一人。今までに無いほどに怒りをあらわにした、桃香である。

「あなたがどんな手を使ったのかは、知りません。でも、こんなことをするような人を、私は許さない」

「……だから、許さないから何だと言うのですか? どうせあなたは、龍によって裁かれ――」

「止めます。どんな手段を使っても、あなたを、止めます」

 怪気炎を纏い、桃香は意志を込めた視線を李白にぶつける。  
 その気迫に、武人二人に迫られて尚余裕を見せていた李白は、初めて気押されていた。

「……止められるものなら、止めてみると良いでしょう」

「ええ、言われなくても、必ず止めます」

 同じ言葉を、同じように繰り返す桃香に、李白はたじろいだ。

「っく……もう、ここに用はありません。行きましょう、巫女様」 

 そして、李白は去り際に言い放つ。

「あなた方の命は、最早今日までです。ゆっくりと、裁きの時を待つことですね」

 立ち去る李白に従って、龍の巫女と呼ばれた女が背を向けようとした、その時。
 この場に起きた何に対しても、動じることが無かった男が、一人。
 今まで沈黙を守っていた五樹が一言、龍の巫女へと投げかけた。



「……今夜か。愉しみに待っているぞ、龍の巫女」



 その言葉に、龍の巫女は振り返った。
 常に俯き、村人達を視界に入れまいと努めてきた巫女は、ここで初めて『彼』の姿を視界に入れる。
 彼女の顔は、一瞬にして驚愕に染まっていた。



「――カエ、サル」



 巫女――高遠奈々世が呟いた言葉の意味を、理解できるのは五樹だけであった。
 五樹は、本当に愉しそうな笑みを浮かべて、奈々世に今一度、言葉を掛ける。


  
「逃げられると思わないことだな、『パーシヴァル』」



 一瞬だけ五樹と目を合わせた奈々世は、何かから逃げるように、その場を後にした。
















 以下あとがき

 さて、奇跡的に二日くらいで書きあげることが出来た五話です。今回も前回と同じくらいの分量になってます。
 今回は結構どばっと情報出しました。小出しにしてると終わらないなぁ、と思いまして。
 そのせいで、少し展開が駆け足になってしまっているかもしれません。不自然なところがあれば、是非指摘の方宜しくお願い致します。
 
 次あたり、出てくると思います。なにがってそりゃあ、あれですよ、あれ。
 ちゃんと描写できるかどうかものっそい不安ですけど、頑張っていきたいと思います。
 それでは、お目汚し失礼いたしました。


 追記

 伯桂 → 伯珪に修正。
 その他舜の口調を少し修正。





[22485] 六話
Name: まっぎょ◆c2d5ca72 ID:51508118
Date: 2010/11/06 21:06













 李白と、龍の巫女。二人が去った後の部屋には、沈黙が流れていた。
 村人達の顔には、一切の生気が消えていた。宣告された龍の裁きが下るのは、今夜。
 今、彼らが想起しているのは、燃え落ちる家々と傷ついた仲間達、そして、咆哮を上げる翠緑の龍の姿。
 あの光景がまた、蘇る。
 昨夜に比肩するであろう今夜の絶望に、村人達は打ちひしがれていた。
 そして、一人の村人が、諦観と絶望を込めて、呟く。

「……あんた達のせいよ」

 それは、誰に向けた言葉なのか、分からない人間はこの場にはいなかった。

「あんた達が、余計なことしたから、こんなことになったんだ。……どうしてくれんのさ。ねぇ」

 静かな怒りは、他へと伝播する。

「……なぁ、助けた気にでもなっているのか? 残念だけど、迷惑にしかなってないんだよ」

「なんで、助けようとなんてしたの? あなたたちが来なければ、わたしたちも平和でいられたかもしれないのに……」

 口々に、桃香達への不平を出す村人に、彼女らは黙り込むより他は無かった。
 李白の言ったことが真実なら確かに、彼女達は村人達の命運を、最悪の方向へ転じさせた張本人と言える。
 彼女達は、その罪悪感を、少なからず感じていた。
 だが、彼女はそれでも貫き通す。

「私は、私達は、あの人達を必ず止めます。そして、これ以上誰も、不幸な目には遭わせません」

 そう、強い意志を込めて言い放つ桃香であったが、村人達の心は、その意志を感じられるような余裕など残されていなかった。

「適当なこと、言わないでよ。……そんなの、できるわけないじゃない」

「……あなたたちは、あの龍を見ていないから、そんなことが言えるんです」

「あれは、正真正銘の化物だ。人の身でどうこう出来るものじゃない」

「それでも、止めます。……何があっても、必ず」

 その桃香の言葉に、村人の一人が耐えきれずに立ちあがって、鬼のような形相で桃香を睨みつけた。

「出来もしないこと、言ってんじゃないわよ! あんた、身の丈なんて軽く超える龍と戦えるっての!? じゃあやってみなさいよ、あの化物を倒してみなさいよ! ねぇ!」

 その叫び声に、桃香は全く怯まなかった。ただ、その怒声を上げた村の女性を、強い眼差しで見つめていた。
 そして、叫んだ女性は、その真っ直ぐな目に居心地の悪さを感じ、桃香の目線から逃れるように、顔を伏せて床に座った。

「……何やったって、もう無駄なのよ」

 そう女性が呟いた後、再び部屋の中には沈黙が流れた。
 流れる静寂の中、一人の男が口を開く。

「一度目は何があった」

 彼は、村人の憤慨や落胆を意にも介さず、そう聞いた。

「……お前には、関係ない」

「ある。……答えろ、一度目は何があった」

「……」

 無論、村人達にはその問いにまとも答える気力も義理もなく、ただ俯いたままで五樹の言葉を流していた。
 ただ一人の、例外を除いて。

「……五軒、家が焼かれた」

「おい、舜!?」

 李白が去ってから沈黙を守ってきた舜の発した言葉に、村人達は驚いたように顔を上げた。
 舜は、半ば諦観した様子で、他の村人達に言う。

「良いじゃねえか、もう。どうせあいつらに知られたんだ、どのみち同じことだろ。…………それに、助けて貰った恩もある」

 少しだけ彼の表情が陰ったのは、村の手助けをしてくれた恩人に辛く当たってしまった負い目であろうか。
 そんな様子を見せる舜の言葉を、村人達はこれ以上遮ろうとはしなかった。
 間を見計らい、五樹が再び問う。

「いつの話だ?」

「……確か、今からひと月ほど前、だったと思う。村の端の方で騒ぎがあって、行ってみたら今のここらとおんなじに、粉々になった家が燃えてたんだ。
 ……そんで、そこらあたりに住んでたやつらが、やたらに怯えてた」

 舜は、その時の情景を思い出したのか、眉間に皺を寄せる。

「『龍が出た。李白が連れてきた。逆らったら殺される』……竹簡握りしめてさ、この世の終わりみたいな顔してた。
 ……ホント、あの怖がり方は異常だったよ。話も無茶苦茶だったし」

「竹簡……、ですか?」

「さっき李白が言ってただろ? 約定ってやつだよ。そこに書かれてる約束事を破ったら、龍の裁きが下る、ってな」

 嘲笑めいた表情を浮かべる舜。その嘲りは、果たして何処へと向いているのか。桃香には分からなかった。

「その竹簡、一体何が書かれていたんだ」

 趙雲も、気付けば身を乗り出して話に聞き入っていた。

「命令に従え。外に龍の話を広めるな。助けを呼ぶな。外に出るな。村長が持ってる権利を全部渡せ。……俺は字が読めねえから人づての話だけど、確かその五つだったと思う」

「村長の権利……なるほど」

 何かに納得して頷いた趙雲をちらりと見ながらも、舜は話を続けていく。

「内容があんまりふざけてたもんだから、俺達は本気にはしなかった。
 どうせたまたま起きた火事かなんかに李白が便乗しただけだ、龍だの何だのってのもあっち側の奴らが騙されてるだけだって、そんときは思ってた」
 
「それで、放っておいたというわけか」

 五樹の言葉に、舜は後悔しているような表情で頷いた。

「……しばらくは、な。なんせ気味が悪かった。あっちの村人がホントに馬鹿正直に李白に従いやがるから、傍目にゃあ怪しげな集団にしか見えなかったんだ。
 ……でもその後、どうしても我慢できねえことが起きた。奴ら、商人の連中を横取りしてやがったんだ」

「商人を横取り? どういうことなのだ?」

「この村じゃあな、作物でも何でも物を纏めて外に売るときにゃ、村長に話をつけて貰わねえといけねえんだ。交渉とかで商人に騙されねえように」

「ふむ、識者に意見を求める、ということか」

「ああ。でも、その月何人か来てた行商がさ、一人も村長んとこに来なかったんだよ。流石におかしいと思ったから聞きに行ったんだ。
 あっち側の奴らに」

 少しだけ、李白の言葉に熱がこもる。

「そしたら、ここに来た商人は全部、李白んとこに行かせた、って。売った物も、あっち側の奴らが作ったもんばっかだった。
 ……俺らは、何も知らされてなかったんだ」

 李白は、その時の怒りを思い出したかのように、歯噛みした。周囲の村人も、皆苦々しい表情を浮かべている。

「そこで勝手やられたら、俺らの稼ぎが無くなっちまう。だから、李白んとこに文句言いに行ったんだ。
 そしたら、『僕は約定に従い、権利を行使したまでです。それに反抗するようなら、あなた方にも痛い目を見て貰わないといけない』って」

「そうか、それで……」

「ああ、このザマだ。笑えねえよ、本当に笑えねえ。……だってさ、本当に龍なんてもんがいるだなんて、普通思わねえだろ?」

 その言葉を返すことが出来る人間は、この場にはいなかった。
 話を終えた舜が、弱々しい表情を五樹達に向ける。

「……あったのはそれだけだ。期待には添えたかよ」

 舜の言葉に、五樹はしばらく口を噤んでいた。 
 その様子を、舜は怪訝な表情で見る。顔を伏せ、返事すらしない彼の態度に、舜は少し苛立っていた。
 そして、沈黙に耐えかねた舜が口を開こうとした時。

「本当にそれだけか」

 五樹は、短くそう言った。 

「……どういう意味だよ」

「何故、あの李白という男は、この村に害を与えたのか。それが見えん」

 そう聞いた五樹に、舜は顔をしかめて答える。

「……知らねえよ、そんなこと。あんな奴のことなんか、誰が知るか」

「同じ村の人間なのにか」

 瞬間、舜の顔に驚きの色が広がる。

「……なんで」

「何故分かったのか、か? ……今の話で分からない方がおかしいな。初めに被害を受けた連中が李白という名を口にした。
 ならその連中は以前から李白を知っていたことになる。……分かるように言ったのはお前だ」

 つまらなさそうに舜の驚きに応える五樹だが、その言葉には強い響きが混ざり込む。

「村を襲う前から、李白はこの村に居た。……なら、同じ村の人間であるお前達は、何かを知っている。
 そう考えることは、別段不自然ではないだろう」

 静かに、問い詰めるようなその響きに、舜は気押され、言葉をせき止められる。 

「もう一度、今度は濁さず聞こう。李白という男がこの村を狙った理由。それは何だ」

「……それ、は」

 その問いは、舜だけでなく、この場に居る村人達全員に投げかけられていた。
 しかし、村人達は、俯くばかりでその問いには答えようとはしない。舜も言いかけたきり言葉を切っていた。
 村人たちの間で流れる空気は、先程の怒りや怯えを含むものとは異なり、何かをひた隠しにしているような気味の悪さを含んでいた。
 その様子に、五樹はまた、つまらなさげな表情を浮かべる。

「答えんか。まあいい」

 そう言って五樹は、持たれていた木の壁から離れ、居間の扉へと近付いていく。

「おい、何処へ行くんだ我斎」

 愛紗の声に振り向いた五樹は、淡々とした口調で言う。

「聞くべきことは聞いた。もうここに用は無い」

 五樹は、扉を開けて外へと出ようとする。

「待て。まだ奴らにどう対抗するのか決めていないだろう。それを今から――」

 引きとめようとした愛紗の声に、五樹は被せるように言い放つ。

「お前達だけでやれ。俺は知らん」

「――なっ!?」

 冷たく突き放した五樹は、そのまま何事もなかったかのように、扉の外へと歩いて行った。
 扉が閉まる音の、その余韻が消えた後。
 見計らったように――実際には偶然であったが――愛紗が怒りを露にする。

「何なんだ、あやつは!? 自分の聞きたいことだけを聞いて、ことを丸投げして逃げ出すなどと!」

「……今の態度は、流石に少し頂けんな」

 苦言を呈した趙雲も、冷静にではあるが怒りを内に抱えていた。
 対して、鈴々は飄々とした態度で、五樹に対して言及する。

「別にいーのだ。どうせあいつ、戦いになったら役立たずなのだ。どっかいっても、あんまり関係ないのだ」

「五樹さん……どうしたんだろ」

 一人、五樹に否定的な態度を取らない桃香に、愛紗は忠告するような口ぶりで言う。

「ふん、どうせ臆病風にでも吹かれたのでしょう。桃香様、あのような輩、放っておいて構いません」

「で、でも……」

「今は我斎殿よりも、李白と言う男と龍の巫女、そして例の龍とやらをどうするか。それを考える方が先決だと思うが?」

 趙雲の言葉は、この状況では何よりの正論であった。

「そう、だよね。……それじゃ、部屋移そうか?」

 今の村人達に聞かせる話ではない。その意図を含んだ桃香の言葉に、三人は意見すること無く頷いた。




 居間を出て、村長の家の玄関口を抜ける。
 抜けた正面からは、村の入口広場と、村の外へ続く道、その脇の林だけが見え、振り返らなければ、ここが凄惨な被害を受けた村だとは思えないほどであった。
 左を向くと、手前側に一つ、奥に一つ、間に瓦礫の山を挟んで、家が見えた。
 桃香達は、手前側にある、残存している中で最も大きな建物、宿へと歩く。
 時刻は、昼の少し前。
 春の陽気は清々しくあったが、彼女達がそれを楽しむ余裕はなかった。
 宿の扉を開けると、そこには誰もいなかった。カウンターのような机と、待合スペースのような場所が広がる場所には、人の居た痕跡はあるものの、人の気配はまるでなかった。
 それもそのはず、怪我人は全て寝台のある部屋で寝かせてある。ここにわざわざ出てこれるほどの元気のある村人は、この宿の中には居ない。
 宿の受付部屋、その待合スペースにあった机の周りに並んだ四脚の椅子に、彼女達は座り込んだ。
 机を囲み、暫し、間を図る沈黙が続く。
 初めに口を開いたのは、桃香であった。

「……どうすればいいんだろう、龍なんて」

 切実に言う桃香に対し、趙雲は少し表情を曇らせた。

「龍の方は、正直どうにもならんでしょうな。実物を見たわけではない以上、対策はとれない。それに、対策を施す時間もない。
 故に、当たって砕けるしかない」

「……そっか」

「鈴々、それ得意なのだ! 龍なんて、とりあえずぶっ倒せばそれでいいのだ!」

 深刻な表情の三人を無視したような鈴々の快活な言葉に、趙雲は少しだけ笑みを浮かべる。
 少しだけ、彼女の言葉に周囲が勇気づけられていた。

「ふ、威勢がいいのは結構なことだ。まぁ、龍の方は張飛殿の武勇に期待するとして、もう一つ、気にしなければならんのは――」

「向こう側の村人達、か」

「? 何で村の人を気にしなくちゃいけないの?」

「お忘れですか、桃香様。向こう側の村人達は、このあたりにあった家を全て、燃やしてしまったのですよ」

「……あ、そういえば」
 
 桃香が思い出したように呟いた。
 向こう側の村人達は、李白に脅されて暴徒と化した。で、あるのなら、彼らにも警戒を払わなければならない。

「つまり、下手をすれば龍を相手にしながらも、襲い来る村人達をいなしつつ、三つの建物を守らなければならない、と言うことになる」

「むー、厄介なのだ」

「しかし、その状況を打開する具体的な策は見当たらん。そこでだ」

 少し間を置き、趙雲が提案を口にする。

「休みを取ろう」

 その言葉に、愛紗はあからさまに顔をしかめた。

「はぁ? 何を言っているんだ。こんな非常事態にのんびりと休んでいられるか!」

「こんな時だからこそ、だ。それにな、私は昨夜、村に着く前に休んだが、お主達は救護なり火消しなりでまともな体力が残っておらんのではないのか?」

 愛紗は、その言葉を否定出来なかった。彼女もまた、口には出さないが、相当の疲労を負っていた。
 そしてそれは、鈴々や桃香とて同じであった。

「んー、言われてみると、なんか眠たいのだ……」

「……鈴々、真面目な話だ。しゃきっとしろ」

「んあ」

 半ば寝ぼけた返事を返す鈴々に、趙雲は少しだけ溜息をつき、苦笑した。

「こんな状態では、戦いどころか話し合いも満足にできんだろう。それに今回の件は、考えてもどうにもならなさそうなことが多い。なら、いっそ休めばいい」

 その言葉に、桃香は緊張の糸を解いた。

「……そうだね。私もちょっと、疲れたし」

「桃香様、しかし……」

 桃香が休むのは良い、むしろ休んで貰いたい。愛紗はそう思っていたが、自分も一緒に休むのでは意味が無い。
 桃香を守るのは自分である。愛紗は、その思いが強かった。
 しかし、桃香もまた、愛紗のことを心配していた。

「愛紗ちゃん。私はね、皆に無理はしてほしくないの。それに、私達は守らなきゃいけない」

 それは、先走り過ぎている愛紗にも、焦っている自分にも言い聞かせるような言葉であった。

「守る立場の私達が、いざって言う時に動けないと、困るでしょ?」

「……しかし、万が一私達が寝入っているときに、襲われでもしたら」

「そこはほれ、私が見張り番をしてやろう。私は特に寝る必要はないからな。酒でも飲みながら外を見ていてやるさ」

「だって。心配いらないよ、愛紗ちゃん。……もういっかい言うよ。私は、愛紗ちゃん達に、無理してほしくないの」

 思い遣りと心配の籠ったその言葉に、愛紗が首を横に振れる筈が無かった。

「……分かり、ました。休みます」

 少し、躊躇があったものの、渋々といった様子で愛紗は頷いた。
 そして、鈴々はどうするんだ、と彼女が聞こうとした、その時。

「………………ごぉ」

 鈴々の、短いいびきの声が響いた。三人が彼女に目線をやると、椅子にもたれかかった鈴々が、大口を開けて既に寝入っていた。
 その様子に一瞬だけ、三人は言葉を失う。

「……は、早いなぁ」

「……やはり、子供だな」

「……鈴々、お前と言う奴は」

 呆れたように、三人は呟いた。















 中天に、月があった。
 散るように浮かぶ金色の星々と、満月に少しばかり満たない銀色の円が、地を照らす。
 その神秘的な光はしかし、昨夜に続いて地に横たわる、痛ましい残骸を照らすばかり。
 花にでも降ればさぞ美しいであろうその銀色の光も、その照らす先が無粋であるのなら、月明かり自身もその精彩を欠く。
 淡い月光程度では、未だ消えずに周囲に残る、惨状の傷痕と鈍重な空気の、その暗さと惨さを誤魔化せない。
 周囲の景色はやはり、その凄惨さを消しきれず、未だ混沌としていた。
 そんな月天、その下で。

 ――地の底まで響き渡るような、鬨の声が発せられた。 

 
 
 

「――――!?」

 その地鳴りのような音に、宿の入り口近くで寝ていた桃香達は飛び起きる。

「――っ、何だ、一体何が起きた!?」

「今の何!? 何の音なの!?」

「まさか……龍が、龍が来たのか!?」

 宿の部屋から口々に聞こえる不安の声に、しかし桃香達は動じなかった。

「大勢の声、みたいに聞こえた……まさか」

 その時、宿の扉が勢い良く開き、趙雲が三人の寝ている場所へと駆け寄った。

「おい、起きろ! 鬨だ!」

「拙い……! っ、鈴々!」

「言われなくても、分かってるのだ!」

 鈴々の言葉を契機に、四人の少女達は各々の武器を手に取り、外へと飛び出した。





「最悪の事態は避けられた、ようだが」

 趙雲は、瓦礫の向こう、遠くから迫る集団を見ながら、静かに呟いた。
 農具や松明を持ち、瓦礫を踏み崩しながら徐々に近づいて来るのは、壊された家々の、向こう側に住む村人達。
 彼らは、恐怖と罪悪感を打ち払うために、人とは思えない狂乱した叫び声をあげて、迫っていた。
 龍は、まだ居ない。

「桃香様は、家の中に避難を」

「でも、村の人達が――」

「お姉ちゃん、ここに居たら危ないし足手まといなのだ。すっこんでてくれた方が、多分いいのだ」

 鈴々が正直にそう言うと、桃香は悔しそうな表情を浮かべたが、彼女も自分の非力さは承知している。
 桃香は直ぐに顔を引き締め、真剣な表情で鈴々に返す。

「分かったよ。私は、建物の中に居る」

「村人達が、先程の鬨に怯えていました。桃香様は、彼らを励ましてやってください。それと、龍が出た際には村人達を――」

 その先を言うまでもなく、桃香は大きく頷いた。

「うん、分かってる。命がけで村の人を逃がすよ。……じゃあ、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん、趙雲さん、ここは任せます。よろしくお願いしますっ!」

 そう言って、勢い良くお辞儀をした桃香は、愛紗達に背を向けて再び宿へと駆けて行った。
 彼女の姿が完全に家の中へと消えるのを見計らい、趙雲が切り出す。

「さて。……守るべき物は三つだ」

 村長宅、診療所、宿。趙雲は残った建物に順番に目線をくれ、最後に愛紗と鈴々を見る。 

「そして、我等は三人……いい具合に割れたな。何処を守る」

「「宿」」

 二人は同時にそう言った。そして、互いが互いの声と重なったことに気付き、二人はにらみ合う。

「……気持ちは分かるが、早く纏めてくれ。でないと間に合わん」

 趙雲が少し呆れ気味に言った言葉に、愛紗が一番に反応した。

「鈴々。お前、一番初めに寝て一番後に起きただろう。ということはお前が一番寝ている。不公平だ」

「……まさかそこを責めるか、お主」

 かなり大人げない愛紗の言葉であったが、鈴々にはそれなりに効いたようであった。

「う……でも、眠かったから仕方ないのだ」

「仕方なくは無い。それに、お前は寝起きの動きが悪い。万が一を考えれば、私が宿を守った方がいい」

 主君のために。その言葉が暗に含まれた愛紗の言い分に、鈴々は渋々頷いた。
 それに鈴々は、慣れない場所で寝たせいもあり、自身の体が十全な状態ではないことを分かっていた。

「むー、仕方ないのだ」

「では、私が宿を守る。鈴々は村長の家を、趙雲殿は診療所を頼む!」

「了解した!」

「合点なのだ!」

 そうして、各々が守る場所を確認し終えたところで、三人は揃って瓦礫の絨毯の広がる方向を向いた。
 既に、向こう側の村人達は、初めの位置から入口広場までの、半分以上の距離を詰めてきていた。

「殺すなよ」

「分かっている」

「大丈夫なのだ」

 最後にそう確認し合い、三人はそれぞれが守る場所へと散っていった。















 村に鬨の声が響き渡る、その少し前のこと。



 初めから、彼女達には勝ち目が無い。そのことは誰よりも、五樹が理解していた。
 だからこそ、五樹は一人、そこに居た。
 両側を林に囲まれた、一本の道の、その中央。
 そこに立った彼は、徐々に近づいて来る二つの人影を、ただ見据えていた。

「……来たか」

 五樹が呟く。
 二つの人影は、ほぼ同時に五樹に気付き、その歩みを止めた。
 その間合い、十メートル強。

「どうしました、そこの御仁! わざわざ迎えになど来なくとも、僕達はちゃんと村へと向かいますよ! 裁きを与えにね!」

 声を張り、自身に満ち溢れた表情で言う李白に一瞥をくれた五樹は、彼に対して一度だけ、憐れんだ表情を見せた。 
 
「……随分と、追いやられているものだ」

 五樹の表情も言葉も、李白に届くことは無かった。
 そして五樹は、只一言、告げる。   



「止まれ、高遠奈々世」


 
 離れた場所へでも確かに届く、その低く強い響きは、李白を眼を見開かせた。

「馬鹿な……何故、その名を!?」

 うろたえる李白に、奈々世は静かに言葉を掛ける。

「終わるんですよ。李白」

「な、奈々世さん。一体何を……」

「私は、あなたが思うほど強くはありません。……龍の巫女は、ただの幻想です」

 そう言って、彼女は外套の頭巾を脱いだ。
 瞬間、一つに纏めた亜麻色の髪が、一陣の風に吹かれ、外套と共にたなびく。
 顔を上げ、五樹を見据えたその瞳は、悲しみと安堵に彩られていた。

「だから、ここで終わるんです。あなたも、私も」

 奈々世は、李白の前へと進み出る。
 彼女は、自らが弱いということを自覚していた。そして、自分の考えが甘いことを知っていた。
 だからこそ、自分がここで終わるであろうことも、理解していた。

 ――でも。

 そう簡単に、終わるわけにはいかない。
 沈黙が辺りを占める中、奈々世は五樹に向かって言葉をかける。

「……お久しぶりですね、カエサル」

 周囲の静寂が、奈々世のか細い声さえも、五樹の耳元に運んでいた。

「久しいのか。俺はつい先日、お前と会った記憶があるのだがな」

「……あなたは、死んだはずではなかったのですか」

 五樹の声など聞こえていないかのごとく、奈々世はその質問をぶつけた。
 我斎五樹の死亡は、彼女にとって衝撃的であった。
 彼女達の『世界』で絶対強者であったはずの彼が、名も知らぬ輩に殺されるなど、彼女は思いもしなかった。
 故に、その事実は彼女の脳に鮮烈に記憶されていた。
 しかし。
 我斎五樹は生きている。現実、自分の目の前に。
 驚かないはずがない。気にならないわけがない。死した人間が蘇るなど、在り得ないのだから。
 だが、その在り得ない事実を前に、五樹は淡々とした態度であった。
 
「そのはずだった。だが生きている。何故だろうな」

 薄く嗤う五樹に、奈々世は薄ら寒さを感じていた。
 死という事実が翻ったことよりも、我斎五樹という王が生還したことそのものに、彼女は怯えていた。

「……あなたは、何処まで」

 その感情は、彼女が彼に初めて会ったときから、ずっと心の中に秘めていたものであった。
 震える声で、奈々世はそれを口にした。

「何処まで、恐ろしい人なんですか」 

 その言葉に、五樹の薄ら笑いは助長される。

「恐ろしいか。……お前こそ、随分とおぞましい女になった。あれだけの数の人を殺し、家を焼いて尚、まだ壊すつもりでいる。
 ……お前は慈善が趣味だとばかり思っていたが、あれは表向きのものだったのか」

「――っ、それは!」

 嘲るように言う五樹に、奈々世は敏に反応した。やりたくてやったわけではない、そう言いたげな、悲痛な声を上げた。
 彼女は、慈しみを、善行を忘れたのではない。
 ただ、それを捨てようとしただけであった。

「違います。……私は、ただ、あなたから、学んだだけです」

「学んだ?」

「ええ。……優しさでは足りない。意志でも足りない。目的のために必要なのは、力と数と、それを統べる技量であるということを」

 奈々世の声は、やはり震えていた。

「私は、間違えました。私が平和を説いたせいで……皆が傷付いて、崩れていって、失われて、最後には何も手元に残らなかった。
 ……もう、あんな思いはしたくない。あんな、虚しくて、辛い思いは、もう……」

 涙を流しながら、思い出すのは『円卓』の同胞。そして、彼女を支え、時に背中を押した、一人の青年。

「だから! 私は甘さを、弱さを捨てなければならなかった! 誰も彼もを救うのではなく、自分の大切な人を守るために!」

「ふん、大切な人か。……お前は全て失った。ならそんな人間はもういないのではないのか」

 五樹は、昂った奈々世に合わせることなく、あくまで冷静に問うた。
 奈々世は、その問いを掛けられて、意識することなく彼の、李白の方を向いた。

「私は、彼に、李白に救われました。誰もいない荒野へ飛ばされて、水も食べ物も見当たらない中、四日近く、一人で彷徨って」

 顔を向けられた李白は、先程の驚きの余韻を残した、俯き加減の表情のまま、何も言おうとはしなかった。 
 恐らく彼には、彼女の独白など耳に入ってはいない。彼は今、狂った計画を元に戻すために、戸惑った心を落ち着けることに腐心していた。

「空腹と、渇きと、疲れの中で私は倒れて。……そこを救ってくれたのが、李白でした」

 彼女の、心からの恩は、李白には届いていない。
 そもそも、李白は彼女を見てなどいなかった。

「彼は私を助けてくれた。食べ物や飲み物を用意してくれて、看病をしてくれて、薬も出してくれて……とても、感謝しています。
 ……感謝以上に、私は彼を信頼しています。彼だけが、私に残った最後の絆なんです」

「……たかがそれだけのことを、絆と言うか」

「命を救ってくれた恩は、決して軽くありません!」

 強く言う奈々世であったが、その声は依然として震え、眼は涙の余韻に濡れていた。
 
「お前がそう言うなら、それも良いだろう。しかし、その絆とやらのおかげで人が死んだ。それはどう釈明する」

 淡々と、冷静に。五樹の態度は変わることなく、奈々世にそう問いかける。

「確かに、初めは間違っていると、そう思いました。でも――」

 悔いるような奈々世の表情は、重く暗い。 

「彼が、私の仲間が、それを望んだら、私はそうするしかないんです。……私にはもう、何も残っていない。だからせめて、彼の望みだけは、私の力で叶えなければならない」

 何処か息苦しげにそう言った奈々世の目に宿るのは、過去の自分を遠ざけるための、冷たい眼差し。

「私はもう、あのときの私じゃない。無駄に争いを否定して、平和な世界を夢見るだけ――そんな、哀れな人間じゃないんです」

 痛い思いをもう二度と、繰り返すような真似はしない。だから彼女は、過去を切り捨てた。

「護りたい人だけを護る。だから私は、前に進めるんです。もう、以前のような苦しみを、味わいたくないから。……私はもう、やるしかないんです!」

 弱々しくも、強くなろうとした。そう言い張る奈々世に、五樹は。



「前に進むか。聞いて呆れる」



 相手の心を凍えさせるような冷笑を浮かべた。

「一つ、真実を教えてやろう。……お前は、何もしていない」

「……え」

 虚を突いたその言葉に奈々世は一瞬気が抜ける。しかし、五樹はそれを気にも留めない。
 無謀になった奈々世心に、その言葉を直に送る。

「反省も、判断も、決意も、行動も、後悔も、お前は何一つ為していない」

「ッ、そんなことは!」

 再び憤った奈々世は怒ろうとするも、五樹はやはり、彼女の感情には目を向けなかった。

「……なるほど、確かにお前は空だ。見事に中身が消え去っている。何もない、何も考えていない、何も為していない」

「そんなこと――」

 反論は許さない。そう言いたげに、五樹は奈々世の言葉を、自身の言葉で遮る。

「先程お前が何を言ったのか、俺がもう一度、教えてやる」

 そういって、五樹はやはり冷静に、淡々と語る。

「お前は、自分の考えが間違った方向に自分を導いたからと言い、俺の考えを肯定し、自分の考えを否定した。
 お前は、頼るものが無くなったからと言い、眼の前に突然現れた男に依存し、それを絆と言い換えた。
 お前は、進むべき道を失ったからと言い、依存する男の目的を、自分のそれにあてはめた」

 それは、ただ彼女が言ったことの繰り返し。

「お前は結局、自分を消した。間違えたからと言い、自分の短所を他人の真似事で塗りつぶそうとした……薄いな。それ以上に軽い」

「……違う。私は、自分で、自分の意志で――」

「他人の考え方、仮初の薄い絆、借り物の目的。それで自分が何かをしたと、そう言えるのならば言えばいい。だが俺は、今のお前を認めない」

 飽くまで冷静に。
 しかしその言葉には、先程の酷薄さが消えうせ、代わりに強い侮蔑が混ざり込んでいた。
 冷笑を潜め、五樹は射殺すような視線を、奈々世に向けて突き刺す。
 彼は、奈々世に対して、憤っていた。



「もう、お前は『パーシヴァル』ではなくなった。……高遠奈々世。お前の生に、もはや意味などありはしない」



 その言葉が、きっかけとなった。



「――カエサル!」

 その名を口にする。死んだはずの、その王の名を。
 最早彼の死の、その記憶には意味などない。
 目の前に立つ人間を、死んだはず、と否定したところで、その人間が消えることなどあり得ない。
 だからこそ奈々世は、対峙するより他無かった。
 逃げられるわけが無い。あの、我斎五樹から。それは、彼にあの名を呼ばれた時から、分かっていたことだった。
 奈々世は、震えながらも自らの、有終とは言えないみじめな最期を飾ろうとしていた。
 自らの罪を、拭い去るために。



「――来い、奈々世」

 パーシヴァル――『円卓卿』としての彼女の名前を封じ、五樹は彼女を迎え撃つ。
 一度は集団の頂点に立った彼女であるが、今やその姿は見る影もなく、奈々世は堕ちるところまで堕ちてしまった。
 ではなぜ、そのような腑抜けた彼女が自分の『夢』であるはずの、ここに存在しているのか。
 五樹には分からない。しかし、その疑問は、今や些事であった。
 奈々世は堕ちた。なら、殺す。
 五樹は、彼女を許すつもりなど無かった。



 沈黙の後、期せずして二人の声が重なった。



「――――高らかに謳え、フッフール!」



「――――制覇せよ、エル=アライラー」



 その声に呼応し、彼らの背後の中空からそれぞれに、青い燐光が放たれる。
 ゲート光。
 扉の役割を果たすその燐光は、徐々にその輝きを増していく。
 そして、直視出来ないほど煌く二つの光の、その『奥』から、異形の影が姿を覗いた。



 一方は、竜。
 龍ではなく、竜という字がより適当であろうその外観は、一言で表すならば、羽の生えた獣脚類。
 巨大な頭部に相応しい、怖気すら感じる竜の顎。生え揃う牙は全てが鋭く、異様な光沢を放っている。
 太く強靭で、しかししなやかさも見てとれる特徴的な脚部。足先に生える爪は、人の腕ほどの太さである。
 強靭な両足の後ろから生えるのは、長大な尾。太い部分では人の胴を軽く超え、その長さは竜の全長、その三分の一以上を占めている。
 腕は短く、生えている羽は虫のそれに近い。しかし、かえってその不自然な弱々しさが、外観の恐怖を水増ししている。 
 光が弱まるにつれて見えてくるのは、色鮮やかな翠緑の外殻。
 おぞましい外見に反するその色は、その竜に幻想的なイメージを印加していた。
 太古の暴竜と幻想種が一体となったその姿は、まさに異形というべきもの。

 ――翠緑の竜、その名をフッフール。
 


 一方は、騎士。
 しかしそれは、単純に人の形をしているとは言えなかった。
 まず、脚部に当たる部分が見当たらない。下半身は板状の装甲に覆われ、その下から何かの「噴出孔」らしきものが覗いている。
 目に付くのはもう一つ。背部より生える九本の剣。沈黙している剣達は、今の騎士にとっては動かぬ装飾に過ぎない。
 しかし、巨大な体躯を飾るその剣は、その騎士の荘厳な姿を彩るには十分であった。
 衰えるゲート光は、騎士の身を包む重厚な鎧の色を、頭部を覆う兜の色を、明らかにする。
 それは、一切の白銀。
 月と星の光を跳ね返し輝く騎士の鎧は、暗く深い夜を淡く照らす。
 そして騎士は、右手に持つ一本の剣を軽く振るう。騎士の身の丈近くの長さを誇るその洋剣には、淡い輝きが灯っていた。
 その威風、その荘厳は、まさに王たる者の姿。

 ――千の敵を持つ王、エル=アライラー。



 二体の異形が、同時に異界へと降り立った。

























 以下あとがき

 さて、前回よりも倍近く長くなってしまった六話です。何とかアバター登場までこぎつけました。戦闘は次に持ち越しです。
 そして、五樹君がまさかのSEKKYOU。……一度やってみたかったんです、こういうの。後悔はしていない。
 今回も少し駆け足気味かもしれません。気になるところがあれば、是非に御指摘お願い致します。

 現在、奈々世さん編(仮)が完全に長引いてます。しばらく終わりそうに無いです。無計画ですいませんでした。
 次回は、フッフールvsエル=アライラーと、出来れば村人達vs愛紗+鈴々+星の模様をお送りできたらいいな、と考えております。
 それでは、お目汚し失礼いたしました。







[22485] 七話
Name: まっぎょ◆c2d5ca72 ID:0beb1863
Date: 2010/11/13 22:59



――――――――――





 ある日、女を助けた。

 女が道で倒れているのを見て、家に運んできた。面倒とは思わなかった。助けないなんて言う選択肢は無かった。

 父さんと母さんも、きっとそうしていただろうから。

 あの、人の好い笑顔を浮かべて、親切を続けた僕の父さんと、父さんを理解して、支え続けた気の強い母さんなら。

 絶対に、そうしていたのだろうから。





 女は、意識が朦朧としていて、酷く熱を帯びていた。風邪だと気付くのに、それほど時間はかからなかった。

 見たところ、女に熱以外の目立った外傷も、発疹の様なものもなかった。これなら与えても問題ないだろう。そう思って僕は僕は、熱冷ましの薬を彼女に与えた。

 父さんから作り方を教わった、その薬を。 

 そのおかげか、女はしばらくすると、落ち着きを取り戻した。熱も、少しは下がっていた。

 そこで、事情を聞こうとしたが、今度は女が何も喋らろうとしなかった。女は満足に喋れないほどに衰弱していた。

 だから僕は、女に食事を与えた。山菜が入った汁物と、握り飯。母さんから教わったものだ。

 与えた食事を、女は時間をかけて、平らげた。弱っていても食欲はわくのだな、と感心して見ていたら、女は急に泣き出した。  

 ありがとう、ありがとうと。そう言いながら、女はずっと泣いていた。

 同じだった。母さんがあの時拾ってきた、あの男と、この女は同じことを言っていた。

 僕は、不安に思った。でも、ここで放りだす訳にはいかない。父さんも母さんも、そんなことは絶対にしないだろうから。

 だから僕は、父さんや母さんと同じことを言った。

『体がちゃんと治るまでは、ここでゆっくりしていってください』

 そういうと、女はやっぱり、あの男と同じように、また泣き始めた。





 
――――――――――










「あ、ああ……」

 ――まさか、そんなことが。

 その光と、内より出でた二体の異形、自身の背丈の三倍近くあるその怪物達に、李白は落ち着きを失っていた。
 彼は、想定していなかった。
 まさか、竜と同等の存在がもう一体、自分の目の前に現れるということなど、彼には想像出来なかった。
 それは、彼に生まれた敗北の、死の可能性。
 絶対強者であるはずの、彼の支配する龍の巫女、そして、翠緑の竜。それを盾にすれば、自らが傷付くわけが無い。その筈であった。
 自らの報復を達成するための、唯一無二の方法であり道具。そして同時に、人の力では到底太刀打ち出来る筈も無い、神の如く絶対なる存在。
 その、唯一無二、絶対であるはずの竜を、自らの生を確約した竜を、殺し得る可能性が今、彼の目の前には存在していた。
 同時にそれは、彼が初めてあの翠の竜を見た時の恐怖を、鮮明に思い出させていた。

「ああ、ぅあ……」
 
 足の力が抜け、李白は地面にへたり込む。その顔は涙に塗れ、酷く歪んでいた。
 それは、彼が二度目に抱く、恨みや報復などという混じり気のない、純粋な恐怖。

 一度目は、彼が歪んでしまうきっかけとなった。彼は、強い畏れの後に竜の正体を知り、その力を誤解してしまった。
 彼は、竜を利用していたわけではなく、その存在を心から信仰していた。竜の巫女という、自らが作り出した神聖な存在を。
 全ては、悪しき村人に裁きを下すために、自分に与えられたのだと、本当に信じていた。

 そして今度は、彼を歪めた竜に加えて、それを討たんとする異形の巨人。
 二度目の恐怖、それを味わった彼は今、自分の考えが誤りであったことに気付く。
 
 ――こんなものが、神聖であるはずが無い。

 神にも等しい絶対的な竜の存在は、彼の冷静な感覚を狂わせていた。幻想の翠にばかり目が行き、獰猛な眼と鋭利な牙に、彼は気がつかなかったのだ。
 つい昨夜まで、彼の眼に映る竜は狂おしい程に輝き、神秘的な姿を見せていた。
 だが、今はそうではない。
 鋭い牙の間から洩れる、野性に塗れた汚らしい吐息。何かを急かすように、指毎に下品に蠢く銀の爪。土を裂き、草花を踏み潰す傍若無人な足。
 それの何処が、裁きを与えるような聖性を持つ竜であるのか。
 こんなものは、ただの化物でしかない。
 そのことに、李白は今更になって気が付いたのであった。

「……ぅうあああああああぁぁああぁ!?」

 叫び声とともに、李白は道を外れて茂みへと逃げて行く。
 その悲鳴は奇しくも、鬨の声と同時に響き渡った。










 アバター。
 無造作に選び出した人間と繋がり、繋がった人間にその力を行使する権利を与える、正体不明の異能の怪物。
 アバターと繋がれた人間は接続者と呼ばれ、アバターの持つ強大な力を、召喚という形で自在に行使できるようになる。 
 接続者は、アバターの力が尽きていない場合を除き、何時どのような時に於いてもその異形、アバターを召喚することが可能になる。
 我斎五樹のように。あるいは、高遠奈々世のように。
 その力は、アバターという概念が存在し得ないこの異世界においても、発揮することが可能であった。
 翠緑の竜と白銀の王。現れた二体のアバターは、見た目には不備の無い形で、この世界に顕現したのであった。
 
 しかし、その異能はこの世界において、十全に再現されるものではなかった。

 異変は、召喚の直後に起きた。

「――――――っぐ!?」

 五樹の頭を襲ったのは、形容できない違和感と苦痛。
 耳鳴りと共に眉間から、こめかみから、釘を突き入れられているかのような激痛が走る。

「……っか、あ……っく……」

 苦痛にあえぐ五樹の体を、不快感が駆けまわる。頭の中をのた打ち回る痛みによって、吐き気が誘発する。
 その痛みは、頭痛というレベルではない。ともすれば脳が物理的な損傷をしていると錯覚してしまうほどに、その痛みは激しいものであった。
 視界は揺れて明滅し、耳からは甲高い異音と心音しか聞こえず、喉元までせり上がる胃液の臭いが鼻を潰す。
 外から来る情報の一切が、その激痛によって捻じ曲げられていた。

 ――何だ、これは?

 突如自身に訪れた異変に、五樹は混乱していた。
 顎を大きく開けて迫り来る翠緑の竜のことを、慮外に置いてしまうほどに。 

「――――――――■■■■■■■■■――――――――!!」

 爆音のような咆哮が竜の口から発せられ、その顎が白銀の王の喉元を捉える――

「――っ、弾け!」

 ――直前に、王が右手に持つ剣が、無造作に振り上げられた。
 
 瞬間、重量感のある高音が周囲に響く。

「■■■■■■■■――――――!?」

 王の剣は、竜の下顎に直撃した。しかし、その一撃を放ったのは、剣の刃ではなく腹であった。
 その『打撃』の衝撃に、竜は一瞬ひるみこそしたが、すぐさま体勢を立て直し、後ろに跳んで騎士との距離を取る。
 二体の距離は、召喚されたその時と変わらず、約十メートル。
 睨み合いの状態は、長くは続かなかった。

「……フッフール!」

 命じられた竜が、王の刃を全く恐れることなく襲いかかる。
 対する王は、不安定に剣を構え、踊り来る翠竜にその切っ先を突き付けた。
 そして。

「――――くっ!」

 五樹の念じるままに、翠竜へ向けて白銀の王が剣を振りかぶり、そのまま真上から刃を振り下ろす。
 しかし、その軌道は世辞にも美しいとは言えず、むしろ剣自身に振り回されているようにも見えた。
 その不格好な剣筋を、獰猛な竜の眼差しが見逃すはずもなく。

「かわして!」

 奈々世の声に反応し、竜が踏み込んだ右足の筋力を解放して、勢いを付けた身体を左へとずらした。
 その動きに反応出来なかった王の剣は、轟音を上げて竜の右側の空を斬る。
 その隙に左脚を着地させた竜は、再び足に力を溜めて顎を引き下げ、勢い良く己が頭蓋を騎士の腹へ向けて突貫させた。
 
 重い金属同士が打ち当たり、騎士の鎧から悲鳴のような音が上がる。

「――っく!?」

 音と同時に、白銀の王は衝撃に弾き飛ばされ、巨体の起こす風と共に林の中へ仰向けに倒れた。
 王はすぐさまに置き上がったものの、鎧の腹は変形し、その形は醜く歪んでいた。
 一方、勢い良く頭から突っ込んだフッフールも、体勢を崩して倒れてかけていた。
 しかし、奈々世の操作によって器用に体勢を立て直し、素早く王から身を離し、自らの主の前に立つ。
 起き上った王は、盾の役を果たすべく、五樹の前へと進み出た。 

 戦いは、五樹の思惑通りには運ばなかった。



「……苦しい、でしょう? 頭が、痛いんですよね? ……ふふ、私も、そうなんです」



 そう言う奈々世の表情も、五樹と同じく苦痛に歪んでいた。

「私達、世界に嫌われてるん、でしょうか? ……ねえ、カエサル?」

「……っ、戯言を」

「戯言なんかじゃ、ありません。……気付きませんか?」 

 言われて、五樹は瞬間に気付いた。
 突如始まったフッフールの攻勢に対処することばかりに気を割いて、彼は初めに見るべき物を見ていなかった。
 それは、彼の持つアバター、エル=アライラーの、能力値。

 ――!?

 五樹は、言葉無く驚愕した。

 召喚されたアバターの能力値は、そのアバターの接続者に自動的に送られる。それと同時に、接続者はアバターの現状を――アバターが知覚している物も含めて――把握することが出来る。
 戦闘を効率よく行なうため、アバターの力の管理をするために、自身のアバターの固有情報というものは非常に重要な要素である。
 そして、接続者が閲覧可能なアバターの能力値の一つに、魔力というものが存在する。
 魔力は、アバターが顕在し続けるために必要な力であり、その力が尽きると、アバターはゲートによって強制的に帰還する。
 召喚されているときは常に、アバターが活発に活動している際にはより早く、その魔力が消費される。
 魔力とは、言い換えるのならば、アバターがその世界に居続けるために必要な『体力』のようなものである。

 その、文字通りアバターの生命線とも言える魔力が、異常な値を示していた。
 召喚後、まだ数分と経過していないのにも拘らず、エル=アライラーの魔力値の底が既に見えかけていた。

 その残量、既に最大値の約二割。

 召喚直後のこの値は、まさに異様と言えた。

「……何故か、魔力が減るんですよ。そして、私達にはこの痛みが、与えられる。……ほら、嫌われてるでしょう?」

 そう言って、苦痛に耐えながら力無く微笑む奈々世の目には、僅かながらに涙が浮かんでいる。
 しかし、彼女の心の中では、ある種の自信が生まれていた。
 五樹の苦しみ方。そして、動きの鈍ったエル=アライラー。その様子に、彼女は見覚えがあった。
 それは、初めてこの世界で彼女がフッフールを呼んだときの、彼女自身の姿。
 予期しない痛みに驚きと苦痛を感じ、まともにアバターを操作出来なかった、その時の自分と同じ。
 だからこそ、彼女は勝機を見出した。
 今の五樹には、付け入る隙がある。 

「無理はしなくても良いんですよ、カエサル。もう、分かってますから」

 五樹は強く、奈々世を睨みつける。しかし、痛みにゆがんだその顔は、先程のような迫力には欠けていた。 
 力に欠けた五樹の顔をしっかりと見据え、奈々世はほんの少しだけ、余裕の出来た笑みを見せる。

「――楽にしてあげます」

 瞬間、フッフールが再び飛び出した。
 人の背丈の三倍近くある翠の巨体は、その外見からは想像もつかないほどの速さで疾駆する。
 十メートルなど、ものの一秒もかからない。次の瞬間には距離を半分以上詰め、白銀の鎧に喰らい付こうとする。

「……ち」

 エル=アライラーも、迫り来る巨体を前に即座に行動に移る。
 翠竜の突撃するタイミングを見計らい、右手の剣を両手で支え、勢いに任せて横に一閃、左へ薙いだ。
 先程の剣閃よりも、その攻撃は鋭く正確ではあった。
 が。

「遅いですよ!」

 巨体に迫った刃はしかし、翠の外殻に掠ることすら無かった。

「――っな!?」

 夜に映る白い刃の軌道を、フッフールは何と『跳んで』避けた。
 剣を振う初動を見切り、刃が自らに届く寸前、脚力全てを行使して、暴竜は空へと跳ね上がったのだ。
 高速で羽ばたく虫の羽も、竜の跳躍の助けとなり、疾走してきた勢いのまま、高さにして四メートルほど跳び上がった。
 そして、白銀の王の僅か上空より、翠の竜が凶悪な牙にて強襲する。
 月夜を受けて妖しく光る牙は、凄まじい疾走と跳躍した巨体の落下エネルギーを受け、凄まじいスピードで王へ向かって襲いかかる。
 その攻撃、受ければ致命傷は必須。回避は不可能。
 故にこれは、竜の決め手であるはずだった。

 しかし、奈々世は知らなかった。
 王の武装が、剣だけではなかったということを。

「――防げ!」 

 光と共に、竜と王との間の空に、紫電が僅かに迸る。

 ――直後、重い鉄の轟音。

 大きく開いた竜の顎は、何かに阻まれるように不自然な位置で宙に止まり、そして弾かれた。
 その唐突な停止の余波で、翠緑の竜は自らの突進の勢いをそのまま身に受け、後方に弾き飛ばされた。
 並木の道の真中に、鮮やかな緑が衝撃と共に横たわる。
 飛ばされた距離は短かったものの、竜の転倒にて上がった砂埃は、衝撃と風に乗って衣服や髪をはためかせ、奈々世の視界を覆ってしまうほどであった。
 自らの竜、その必中の急襲が、あり得ない位置で止まり、そして防がれた。
 ほぼ無意識のうちに竜を起こして体勢を立て直している間も、彼女はその事態に呆然としていた。
 そして彼女は、遅ればせながら驚愕する。
 思い出したのだ。自分が何を見たのかを、はっきりと。

「……何、今の、壁」

 紫電と共に僅かに空間が揺らぎ、透過した薄い壁の様なものが現れていたのを、奈々世は視界の中で捉えていた。その、注意しなければ容易には見えない壁に、フッフールは弾き出されたのだ。
 自らの突進のエネルギーを、謎の防壁によりカウンターの形で食らうことになった竜は、直接衝突した牙が数本折れ、頭部の外殻が僅かに歪んでいた。
 ダメージ自体は大したものではない。十分に戦闘を続行できる範囲の損傷である。
 しかし奈々世は、その不可思議な事態に、強く警戒せざるを得なくなった。
 アバター同士の戦いにて大きなウエイトを占めているその要素は、接続者には決して無視できない。
 自らの呟きに、奈々世は自分で答えを出した。
 
「……エル=アライラーの、EX」

 アバターが規格外の怪物であることのもう一つの証明。それが、各アバターが固有に持つEX――特殊能力。
 現実には決してあり得ないであろう、物理法則を明らかに無視した特異な状況を作り出す、魔法のような異形の異能。
 例えば、空気と風を自在に操る技能。あらゆるものを切り裂く不可視の刃。周囲を焼き尽くす超高温の熱波。
 字面にしてみれば妄想の類としか思えない、まさに超常的な力を、アバターという化物は行使できるのである。
 そして、フッフールの急襲を防いだのが、エル=アライラーの特殊能力、空間断絶。
 空間の連続性を魔力によって強引に引き剥がし、完全に空間同士を隔絶させるという、常識外も甚だしい異能。
 消費される魔力の余波ですら、小さな雷を起こすほど強大なその能力は、彼の王を王足らしめる要因の一つであった。
 まさに絶大。その異常な力を前に、奈々世は戦慄する。
 しかし、彼女の恐れは王の力の強大さへの恐れではなく、認識できない謎の力、未知に対しての恐れであった。彼女は未だ、彼の能力の本質には気づいていない。
 それ故に、フッフールの攻撃を防いだ『謎の壁』の正体を見抜けずにいた。

 ――広域の、防御能力? いや、それだけじゃないはず。

 エル=アライラーは、コミュネット――アバターに繋がった接続者達のコミュニティであり、高倉市の中にのみ存在した閉塞世界――の中で、最強の一角に上げられたアバターである。
 その名の知名度、又、それを操作する『カエサル』の知名度は、コミュネット内で群を抜いていた。
 しかし、それに反してエル=アライラーの能力値や特殊能力については、一切が謎に包まれていた。
 直接交戦をしたアバターはほぼ、その全てが破砕され消えていたからである。それ故、コミュネット内でも有力な位置に居た奈々世ですら、その能力を知らなかったのだ。
 そして今、彼女は初めてエル=アライラーと交戦し、その能力を垣間見た。
 そのことによって彼女が得た王の特殊能力の情報は、不可視の防壁を召喚出来る、ということだけである。
 彼女は、その防壁の召喚能力だけが特殊能力の全てであるとは、どうしても思えなかった。
 それだけでは、その程度の能力では、最強とは呼ばれない。有力なアバターを封殺できない。あそこまで恐れられる存在に、昇華するはずが無い。
 故に。

 ――まだ何かがある。

 何が出てくるのかを予想できない緊張感は、苦痛に捩れる奈々世の頭に、さらに重い負荷をかけていた。
 それから逃れるため、奈々世は一つ、決断する。

 ――撃ってみるのも一つの手、ですね。

 奈々世にも切り札はあった。人にも物にもアバターにも、等しく苦痛と破壊をもたらす切り札――EXが。
 しかしこちらは、五樹のそれとは違い、能力の詳細を知っている人間が複数存在していた。
 交戦し、勝ちを得たとしてもとどめは刺さず、降伏させることを選ぶ。奈々世の優しさ、その甘さが、コミュネットにその切り札の姿を露呈させていた。
 手の内は、恐らく読まれている。それでも彼女は、切り札を使おうとしていた。
 全ては、五樹の手の内を、EXの正体を少しでも知るために。

「……どう出ますか、カエサル」

 彼女は、自らの切り札を早々に切るために、翠竜の羽を大きく広げさせた。
 竜は、大きく呼吸する。
 その『歌』を、謳うために。





 ――……拙いか。
 
 一方、フッフールの強襲を防いだ五樹は、想像以上の危機に直面していた。
 エル=アライラーは素の能力値の高い強力なアバターではあるが、その分行動の際の魔力消費が高いという欠点がある。
 加えて、特殊能力の使用。やはりこちらも、強力であるが故に魔力を多大に喰ってしまう。一瞬とは言え空間断裂の盾を張ったことにより、魔力の減りは大きくなっていた。
 魔力の残量は一割と八分。わずか数十秒の交戦で既に、残存魔力の二割以上の値を消費してしまっていた。
 長期戦をするのは絶望的である。残りの魔力から見て、後数分程度しか魔力が持たないのは明白、ではあるが。

 ――奴、『私達』と言っていた。

 そう。何も魔力が低いのはこちらだけではない筈。五樹はそう考えた。
 残存している魔力がエル=アライラーと同程度なのかはそれ以上なのかは五樹には分からないが、少なくとも相手の魔力が低いことは、奈々世自身の言葉からはっきりしていた。
 と、するのなら、条件は互角に近い。ならば、エル=アライラーが負ける道理など無い。

 ――しかし。

 問題は、五樹自身にあった。
 今この瞬間も五樹の頭を掻き乱す、凶悪な激痛。鋭利な物で脳を掻き乱されるような痛みは、彼の集中力を大幅に減退させている。
 想像を絶する痛みの中にあって、正常且つ適切な思考を働かせることなど、不可能に近い。
 しかも、痛みによって五感は乱され、エル=アライラーから流れ来る視聴覚情報は活用できない。今の五樹には、アバターの操作を精緻に行う能力は無かった。
 しかし、この奇妙な頭痛に関しても、奈々世は『私達』と一括りにしていた。
 では果たして、本当にこの条件は同じであるのだろうか。
 奈々世の方は、苦痛に顔を歪めてはいるものの、操作に関してはそれほど粗は見つからない。一方五樹は、先程から精彩に欠ける動きしか見せていない。
 違う。明らかに差がある。この差は一体何なのか。
 彼が思い当たるのは、今のところ一つ。

 ――三回目。その慣れか。

 五樹は今回、この世界に来て初めてアバターを召喚した。対し奈々世は、今を入れて少なくとも三回の召喚経験がある。
 痛みに慣れたのか、痛みを抑える方法を見つけたのか。それは五樹には分からないが、少なくとも奈々世は、彼よりも正確にアバターを操れている。 
 この点に関しては、互角どころか奈々世の方が優位に立っているのである。
 つまり。
 アバター単体の能力値では、五樹が有利。
 魔力減少の影響では、共に互角。
 頭痛による操作技能への影響は、五樹に強く出ている。
 エル=アライラーのスペックの高さは、この異常な条件の下に、そのアドバンテージが帳消しとなっていた。

 ――気は抜いていられんか。

 絶対的な筈であった、エル=アライラーとフッフールの力量差。それを僅差にまで詰め寄られ、五樹は危機感を憶えると共に、意識を引き締めた。

 引き締めた、つもりであった。

 竜の転倒が巻き起こした砂埃。それが止み、五樹の視界の中、白銀の王のさらに向こうに、竜の姿がはっきりと現れる。
 大きく羽を広げ、今にも羽ばたかんとしている、翠緑の竜の姿が。
 その姿に五樹は、翠竜に秘められた異能の力を思い出す。
 
 ――まさか。

 五樹の中に密かに残っていた余裕が、全て消え去った。
 苦痛と焦りによって、彼は失念していた。フッフールの切り札足る、あの『歌』のことを。
 今あの『歌』を撃たれれば、五樹は、一度は必ず防戦に回るより他無くなる。
 そうなれば、今のエル=アライラーに残された僅かな魔力を、ほぼ全て防御に回さなければならなくなる。
 この状況で奈々世の打った、能力を探るためのその一手は、彼にとっては脅威以外の何物でもなかった。

「――く、エル=アライラー!」

 命じた五樹に反応し、エル=アライラーは、姿勢を低くして羽を広げているフッフールへ向けて突撃する――
 直前で、踏みとどまった。

 ――く、間に合わん!

 既に羽が動き始めていた。
 五樹は直ぐさまにエル=アライラーに構えさせ、空間断絶の盾を『球状』に、自身を包みこむように張る。
 目に見えて減少する魔力は、今は気にしてなどいられない。
 あれの直撃を食らえば、ただでは済まない。
 エル=アライラーが、ではなく、五樹自身の体が持たないのだ。 
 フッフールの切り札。それは、アバターにではなく、接続者にこそその威力を発揮するものであった。




  
 五樹が盾を張ったその直後、フッフールの羽の動く速度が、音を超えた。
 その瞬間、竜は高らかに謳い始める。



「――見せてください、あなたの力を。カエサル」



 ――そして、凄まじい怪音が、振動する羽から生まれ出る。
 フッフールの『エンデの歌』は、衝撃と共に森の木々を揺らし、新緑の葉を散らしながら、その一帯に響き渡った。














―――――――――




 女の名前は、高遠奈々世というらしい。
 
 聞いてもいないのに、そう名乗ってきた。少し変わった名だとは思ったが、それ以上は何も思わなかった。

 仕方なく、僕も名前を名乗った。そうしたら、女は驚いて固まり、しばらく後に訳の分からないことを言い始めた。

 にほん、だとか、たいむすりふ、だとか、意味の分からない言葉を言って、女は混乱し始めた。

 少しだけ、面倒だなと思った。でも、放っておくわけにもいかない。僕は、女が落ち着くまで待った。

 女は、しばらくして、ここのことを教えてください、と言った。聞き方があいまいだったので聞き返すと、この国のことを教えてください、と言い直した。

 それでもあいまいだったけども、僕は知っていることを女に教えることにした。

 政のこと、帝のこと、州のこと、村のこと。そのあたりのことを話すと、女は分かりましたと言って、頭を抱えて悩み始めた。

 分かったのに悩み始めるのは何故だろう、とも思ったが、あえて口には出さなかった。代わりに、父さんの真似をしてみた。

『あまり悩まない方がいいですよ。難しいことは、元気な時に考えるのが一番です』

 そう言うと、悩んでいた女は急に顔を上げて、しばらく黙った後、明るい声で、ありがとうございます、と言った。

 その元気な声は、少しだけ、母さんに似ていた。





 いつものことだった。

 女、奈々世さんが来て、食料の減りが早くなった。だから、家から出て、あの村に食料を買いに行った。

 その先で、陰口が聞こえてきた。

 人殺しの息子、だとか、不幸を呼んできた、だとか。正直、うんざりしていた。

 人殺しはどちらだ。不幸を持ってきたのは、お前たちだろうが。そう叫んでやりたかった。でも、出来なかった。

『僕は、間違ったことをした。だから、罰せられたんだ。……僕が悪いんだ。彼らは悪くない』

 父さんはそう言った。なら、本当なんだろう。この村は悪くない。だから、罰せられない。僕はそう信じる。

 それでも、腹は立った。ならなんで、父さんと母さんは。そう、何度も思った。でも、それを言ったところで、村は悪い存在ではないのだから、罰せられない。

 僕はいつものように、怒りを中に溜めこんで、家へと帰った。

 その晩の食事。山菜と野菜の炒め物と、握り飯。僕はそれを、無言で食べていた。

 いつもは、奈々世さんとそれなりに話す。彼女は、ここのような山の中の暮らしに余り慣れていないらしく、毎日毎日新しい発見があると言って僕に話をしていた。

 僕も、話の内容に突っ込みを入れたり、父さんから得た知識を教えたりと、それなりに奈々世さんとの会話を楽しんでいた。

 でも、その日はそんな話に付き合ってられる気持ではなかった。

 奈々世さんは、途中まではいつものように楽しく話していた。でも、ずっと黙っている僕の表情を見て、口を噤んだ。気を遣ったのだろう。

 僕は、そんな状況がふと、嫌になった。

 何で、今まで楽しく話していたのに、今日はそれが出来ないのだろう。思い出すのは、村の人の陰口。

 あの人達は、何処まで僕達を追い詰めれば気が済むのだろう。

 誰も喋ろうとしない食卓の中で、僕はふと、そのことが嫌になった。





――――――――――





















 以下あとがき

 七話。奈々世と五樹、エル=アライラーとフッフールの独壇場。そして恋姫勢の出番はゼロ。……クロス作品なのにね。
 今回、一応バトル回になりました。そんでもって、本作限定のアバター設定がお目見え。アバター達をかなり弱体化させました。
 魔力減ったり頭痛が強くなったりの詳しい理由は、後々出そうかなと思ってます。そこまで続けられるのかは謎ですが。
 今回出てきた諸々について、これはおかしいだろ、という所があれば、是非にご指摘いただけたらと思います。
 
 次は、結局書けなかった恋姫勢VS村人達の戦いと、まだ続いているアバターバトル、それプラス李白に関する云々を書けたらいいなと思ってます。
 では、お目汚し失礼いたしました。








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