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【オピニオン】オバマ大統領のアジア歴訪に足りないもの

マイケル・オースリン

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 【ロンドン】米国のオバマ大統領と英国のキャメロン首相は今週、それぞれ訪印・訪中団を引き連れ、アジアを訪れている。両国での輸出売り込み作戦を終えた後は、いずれも韓国・ソウルで開催される20カ国・地域(G20)首脳会議に出席し、オバマ大統領は引き続き日本で行われる毎年恒例のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席する。

 オバマ大統領のアジア訪問は、ヒラリー・クリントン米国務長官が7月にベトナム・ハノイで行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)閣僚会議で、米国の海上における利益についてあらためて主張して以来初めてだ。

 アジア太平洋地域において、雇用、政治、安全保障のすべてがますます一体化しつつある ━ 新たな世界秩序のすう勢だ。米政府はインドとの新たな戦略的パートナーシップを大々的に宣伝し、地域での影響力拡大を狙うインドネシアに働き掛けを行っている。さらに、こうした政治的・経済的な駆け引きの背後で、米国は静かに安全保障上の立場の向上にも取り組んでいる。ゲーツ米国防長官は、オーストラリア駐留米軍の増強に向けて交渉に乗り出した。

Associated Press

インドネシア訪問に際してスピーチを行う米オバマ大統領(ジャカルタ)

 だが、任期満了をわずか2年後に控え、オバマ大統領は今、世界で最も重要な地域との関係において自らの痕跡を残す機会を急速に失いつつある。米中関係強化への強い意欲を胸に大統領に就任したオバマ氏だが、中国による海上での存在感の誇示や政治的暴挙(直近の例では、劉暁波氏に対するノーベル平和賞授与をめぐる圧力)、人民元の切り上げをめぐる両国間の経済的緊張の高まりをはじめ、さまざまな問題に悩まされている。

 象徴的なのは、オバマ大統領の今回の歴訪が、民主主義の価値観を共有する国に限定されていることだ ━ 大統領の訪問先はアジア最大、および最古の両民主主義国家、地域で最も活況を呈する民主主義国家、それに最も新しい民主主義国家の1つだ。

 オバマ大統領のアジア歴訪に欠けているのは、アジアの未来とそこで米国が果たす役割についての大局的な展望だ。政権発足当初から「フリーダムアジェンダ(自由と民主主義の拡大)」を強力に推進してきたブッシュ前大統領とは異なり、アジア地域との関係作りに関する納得のいくビジョンをいまだに示せずにいる。

 しかも、なお悪いことに、中国以外の国との関係もぐらついている。日本と米国は、在日米軍基地の移設をめぐるごたごたをへて、ようやく関係修復に向けて動き出したばかりだ。一方インドは、オバマ政権が同国に向ける関心がブッシュ政権よりも薄いことにいらだっている。オーストラリアにいたっては、オバマ大統領に3度も訪問をキャンセルされている。現在も大統領による訪豪の予定は立てられていない。

 米政府との関係に唯一明確な改善がみられるアジアの主要国の1つが韓国だ。韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は、今週行われるG20首脳会議の議長をはじめ、国際社会でより大きな役割を担う意欲を積極的にみせている。

 このように米大統領が数々の問題を抱え、明確なビジョンを欠いていることが、中国を助長させているかどうかは分からない。だが、その原因が何であるにせよ、いずれのアジア諸国も、中国の軍事的・経済的影響力の拡大の重みを鋭く感じ取っている。

 とりわけ中国ウォッチャーが懸念しているのが、9月の日本による中国漁船船長の逮捕をきっかけとした日中関係の悪化だ。この外交的な争いは、中国による経済的な恐喝行為にまで発展し、日本からの輸入の制限や重要な産業鉱物の対日輸出規制に踏み切るとともに、報復的措置として日本の民間人4人を拘束するにまで至っている。

 ここ英国においてさえも、筆者が話した政府当局者は、何か得られる教訓はないかと、中国の動向を注意深く見守っている。彼らは、米政府の対中政策についても、同じくらい熱心に洞察を得ようと努めている。英政府が最も関心を寄せているのが対中貿易の拡大だ。キャメロン首相の訪中もそのためだ。だが、英国は自らがアジアで果たすべき安全保障上の役割はないと感じており、安定性の維持は同盟国である米国に任せている。

 だが英国は、中国との通商関係が緊密化すれば、日本が今直面しているような経済的圧力に、いずれ自国もさらされる可能性が高まることも理解している。そのようななか、中国とのいざこざに際して、日本が唯一の同盟国である米国に支援を求めるのを目撃し、米国の継続的なプレゼンスをもってしか、アジアにおける問題の平和的解決は望めないとの印象を受けたにちがいない。

 そこで話は再び米国の対アジア政策に戻る。オバマ大統領の10日にわたるアジア歴訪は、二国間関係の拡大と多国間協議への参加がちぐはぐに交錯している。いずれにおいても、オバマ大統領は具体策を推進せず、アジア諸国の多くがひそかに米国に期待しているリーダーシップも発揮していない。

 オバマ大統領は、インドの自由貿易やインドネシアの民主主義について語る一方で、アジアの自由化を積極的に支援する具体策にはほとんど触れていない。また多国間協議においては、議題は骨抜きにされており、貿易促進や景気回復推進に向けた現実的な行動計画は作成されそうにもない。

 さらに、アジア諸国の多くが最も心配しているのが、安全保障と中国の強硬姿勢に対する懸念について、協議がほとんどなされていない点だ。特に日本がそうだ。日本の政府当局は、オバマ大統領が来日に際してAPEC参加に焦点を絞り、滞在を延長してその他の問題の協議を行う予定がないことに、ひそかに失望感を表している。

 そのため、日本をはじめとするアジア諸国は、米国がアジアにおける自らの相対力や中核的利益をどうみているかを、米政府の発言内容を分析し行動を観察することでしか、うかがい知ることができない。

 オバマ大統領は、アジアの諸問題の対処にあたるスタッフをたくみに配置する一方で、自らの政策の断片をつなぎ合わせる必要がある。雇用と安全保障をリンクさせるには何をすればよいか。それは自由貿易や市民社会、共通の行動規範を通じて実現される自由主義的価値の再確認にほかならない。それには、主要同盟国の支援に基づくアジア地域における米軍のプレゼンスの維持が不可欠だ。

 だが、そのためには単なる現状維持や自由の重要性を説くだけでは不十分だ。オバマ大統領は、インド、日本、韓国、台湾、インドネシア、オーストラリアをはじめとするアジアの主要自由主義国・地域を一つにまとめ、地域的な行動原則の策定、協調の精神に反する行為の明示的な糾弾、市民社会の強化に向けた取り組みの調整を行うべきだ。

 さらに、各同盟国の米軍施設への潜水艦、水上艦、航空機の増強配備によって、アジア地域における米軍事力を拡大し、それによって地域的な行動秩序のかく乱をもくろむ中国やその他の国に対し、問題解決を促す明確なシグナルを送るべきだ。

 アジア諸国の多くは今、米国と自由主義を掲げるそのパートナーの立場を危ぶんでいる。オバマ大統領はこうした国の警戒感に耳を傾け、米国が明確な道筋をつけることでしか、今後アジアの安定と繁栄は維持できないと納得させる必要がある。

(マイケル・オースリン氏はアメリカン・エンタープライズ研究所の日本部長で、本紙のコラムニスト)

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