おそらく市長選がらみで熨斗をやれという話だろう。
嫌な奴だが、むげにも断りづらい。
参議院選に落ちて収入がゼロになっていたころ、
松山市から財団法人松山コンベンション観光協会の会長に、と話が来た。
間違いなく死長の差し金。
人の足元をみるのが本当にうまい。
ロープウェイ街2階の小さなオフィスには一応個室もある。
仕事なんてほとんどないが、給料はたっぷり出る。
その時から既に知事選・市長選への布石だったのかもしれない。
奴ならそれぐらいのことはやりかねない。
自民党の市長候補の一本化に話が及んだとき、奴が身を乗り出してきた。
「先生、最後まで手を降ろさない方がいいと思いますよ。」
冷たい能面でささやいてくる。
やはりこれが今日の本題か。
こいつは、本当に筋金入りに腹黒い。
そして、悪知恵は恐ろしいほどよく働く。
確かにこいつのいうとおりかもしれん。
俺が手を降ろすまでは、界農や咳矢系県議らは絶対に身動きがとれない。
県連・市連もその間指をくわえてまってるしかない。
一本化調整が遅れれば、得をするのは熨斗。
しかし、そんなことをして俺になんのメリットがある。
「そういえば息子のたいらさん、お元気ですか。
来年春の県議選に出られるなら私も応援しますよ。」
こいつはこの12年で本当に人相が悪くなった。
昔はそれでも多少は可愛げがあった。
最近は腹の底が見えない能面に、目が笑っているのを久しく見たことがない。
ある種、哀れではある。
国政に戻りたくても戻れない屈辱。
この12年、一日も休まず復讐を考え続けてきた結果の人相か。
熨斗支援とタイラのバーターとは。
嫌らしい手を考えつくものだ。
キミ子は息子を政治家にしたくないとまた反対するだろうが、
県議ぐらいならまず落ちないだろうし、案外飲むかもしれない。
それにしても。
後継市長へのただならぬ執念。
やはり、こいつは相当やばいものを抱えているに違いない。
例の坂の上の雲ミュージアムの件か、それとも噂がではじめたもう一つの話か。
いずれにしてもこいつは好き放題やりすぎた。
最近は右翼関係者から揺さぶられているとも聞く。
まあ、いい。
次の市長が熨斗になろうが、暴士になろうが、知ったことではない。
どちらが勝ってもいいように保険をかけておけばいいのだ。
政治の極意は二枚腰、三枚腰。
これが咳矢流。
汐崎みたいな青二才には到底まねできまい。
俺の出馬に反対しやがった連中に、一泡吹かしてやるか。
ようやく面白くなってきた。
嫉妬、復讐、隠蔽、憎悪、強欲、保身。
人のあらゆる暗い業を呑み込んで、
伊予の秋の嵐はさらに激しさを増していく。