しかし、政治家は落ちればただの人。
いや、栄光からどん底に突き落とされた人間の惨めさたるや
ただの人の比などではない。
暗澹たる悔惨が、いつしか敗者の正気を惑わせる。
建設大臣まで歴任までした名門・咳矢。
サッカー選手にまさかの敗北を喫してもう3年が経つ。
世間は薄情なもので、近頃は訪ねてくる人もめっきり減った。
街を歩けば憐れみの視線で見られている気がしてしょうがない。
このままで終わりたくない。
このまま忘れられたくない。
なぜこの俺がこんな惨めな屈辱に耐えなければならないんだ。
市長選に出てみようか、
最初はほんの冗談のつもりだった。
しかし、途端に議員や記者から電話がかかり始めた。
「建設大臣まで務めた方にはもったいない」
お世辞なのか、本気で止めようとしているのかわからない。
が、自分の一挙手一投足に周りが右往左往する感覚が懐かしく心弾む。
地元紙に「元国会議員が出馬を検討」という記事を読むたびに、
なぜか一日テンションがあがりっぱなしだ。
あの時雄だって国会議員から市長に転身した。
俺にだってできないわけがない。
元秘書の界農や井毛元が出たくてうずうずしているのは百も承知。
が、あんな奴には百年早いわ。
9月下旬。
グルメレポーター出馬の不穏な噂が流れ始めたころ、
近しい後援会幹部や地方議員ら15人以上に密かに集まってもらった。
「市長選にでることを考えている。みんなの本音が聞きたい。」
ごくり、皆が息をのむ音が今聞こえた。
さあ、どうだ。
グルメレポーターに任せるわけにはいくまい。
反対しなければそれでいい。
「恐れながら、やめた方がいいと思います。」
「今はタイミングじゃありません。」
「先生、さすがに今回は厳しいです。」
井毛元も、界農も、ひげの爺さんもその場の全員が反対しやがった。
それにしても一人残らず反対とは誤算だった。
国会議員の時から今まで散々甘い汁を吸わせてきてやったにもかかわらず、
よくも俺に面と向かってそんなことをいいやがって。
許せん。
俺を馬鹿にしやがって。
俺は絶対諦めん。
俺は絶対このままじゃ終わらない。
貴様ら今に見てろ。
(続く)