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二年生期
第四十話 死海文書 ~Scrolls Of The Dead Sea~
<第二新東京市北高校 SSS団部室>

うだるような暑さが続く7月の昼休み、SSS団の昼食会が行われると言う事でアスカとシンジは部室へと向かった。

「冷たい!」
「うわ、何よこれ、寒いじゃない!」

部室のドアを開けるなり真冬のような刺すような冷気が体に突き刺さり、シンジとアスカは驚きの声を上げた。
先に部室に居た夏服姿のキョン達も腕を抱えて寒そうにガタガタと震えている。

「いったい何をやってるの、我慢大会!?」
「違うわよ、ほら、あんた達も席に着きなさい!」

ハルヒに促されて席に着くと、アスカとシンジはテーブルの真ん中に置かれたカセットコンロでおでんの入った鍋が湯気を上げているのに気が付いた。

「おでん!?」
「これって冬に食べるものじゃ……」
「朝倉さんの一番得意な料理らしいのよ!」

驚くアスカとシンジにハルヒが笑顔で言うと、視線はリョウコに集まった。

「私のおでんがすぐ食べたいって涼宮さんが……ごめんなさいね」

リョウコはそう言って軽く笑顔を見せた。

「冷房の効いた部屋でおでんを食べるなんて究極のぜいたくじゃない?」
「いくらなんでも寒過ぎだろう」

キョンのツッコミにアスカが室内の温度計に目を向けると、なんと室温は10℃となっていた。
天気予報での日中気温は33℃前後だったので、部室棟の廊下はそれより数度温度が高いと思われる。
急な温度差に体調不良を起こさなかった方が不思議なぐらいだった。
アスカはハルヒの言葉に小さくうなずいたユキの動きを見逃さなかった。
席を立ったアスカはユキに近づいてこっそりと耳打ちする。

「エアコンでここまで温度が下がるはずがない、ユキの仕業ね」
「涼宮ハルヒの提案はとてもユニーク」
「何をバカな事言ってんのよ、アタシ達に風邪を引かせる気? さっさと部屋の温度を元に戻しなさいよ」
「この服装なら問題ない」
「いつも冬服のカーディガンを着ているユキに言われたくないわよ」

アスカは苛立ってユキの胸倉をつかんで激しく揺すった。
ユキの頭がガックンガックンと大きく揺れ動く。
そんなアスカにハルヒがハリセンで叩いてツッコミを入れる。

「こら、ケンカは止めなさい!」
「だって……」

アスカは渋々自分の席へと戻り、今度はおでんを食べようと箸を伸ばしたところでハルヒに止められる。

「まだエツコちゃんとヨシアキ君が来ていないでしょう、我慢しなさい!」
「あれだけあるんだから、無くならないわよ」

アスカは奥のキッチンにあるずんどう鍋で煮えているおでんを指差してそう反論した。

「いただきますは全員が揃ってからだって、教わらなかったの」

ハルヒがあきれたようにそう言うと、アスカとシンジは気が付いたような表情になった。
2人には小さい頃からそのように言ってくれる人が居なかったのだ。
ミサトを待って食事をするようになったのも1年半前の事でまだ体に染みついていない事を思い知らされた。

「早く2人とも、来ないかな……」
「そうね……」

シンジとアスカがそう言いながら体を震わせ、キョン達も我慢の限界を迎えようとしたところに、エツコとヨシアキの2人が到着した。
居眠りをしていたエツコを起こすのに時間が掛かってしまったらしい。
キョン達は遅刻の原因を作ったエツコを少し恨めしそうな厳しい視線でにらみつけたが、エツコは気にしない様子。

「おいしそうだね、早く食べようよ涼宮先輩!」

能天気な声でそう言うのだった。

「みんな、食べながら聞いてくれる? 今度の夏合宿は海に決まったわ!」
「海? いいわね、去年は山でキャンプだったし」

ハルヒを言葉聞いたアスカは嬉しそうな反応を示した。
海と聞いたシンジは少し暗そうな表情だった。

「ミクルちゃんが泳げるようになりたいって言うから、特訓場所に海を選んだの。シンジも頑張りなさいよ!」
「でも、僕は浮く事ができないし」
「その心配はないわ」

不安そうにうつむくシンジに対してハルヒは堂々とそう答えた。



<第三新東京市 湯河原海水浴場 海の家『Vren』>

夏合宿までに全員分の旅行代金を貯めるためにアルバイトをする事に決めたSSS団。
そこでアスカが見つけて来たのが海の家のバイトだった。
いきなり10人近くのグループをまとめて雇ってくれる都合の良い話があるわけでは無く、店長が加持のネルフのやらせだった。
位置的にもネルフ本部に近かったので、海水浴客もネルフの職員も多く、警備ややらせ客の観点からも都合が良かった。
ハルヒはバイト以外に効率良く稼ぐためにリョウジの許可を得て店頭で『朝倉リョウコの夏おでん』と言う商品を1皿1,050円で発売した。
リョウコがネルフ中国支部に居た頃に見につけた秘伝のダシで長時間煮込んだおでんは、通常のおでんの4倍と言う価格に関わらず売れに売れた。
最初はネルフの職員が命令で買っていたのだが、その美味しさが広まってちょっと高級なおでんと認められたのだった。

「やっぱり超監督のあたしが撮ったCMの効果もあったわよね!」

ハルヒはおでんが売れた理由を自分が監督になって製作した20秒のCM映像が原因だと自慢していた。
その内容は、リョウコのおでんを食べたSSS団の団員がおいしさのあまり全身から拡散ビームを出し、口から出した極太ビームで宇宙に飛んで行ってしまうシュールなものだった。

「確かにハルヒのCMは凄いセンスだな」
「そうでしょう?」

キョンに褒められた(?)ハルヒはますます嬉しそうだった。

「海へ行くって、海の家のバイトの事だったんだね」

ゴミ拾いなどの仕事もあってしばらく海で泳ぐことのできないと分かったシンジは、ホッと安心したように息をついた。

「大丈夫よ、旅行先は外国のビーチを予定しているから」

ハルヒの言葉を聞いたアスカは目を輝かせる。

「アタシはコスタ・デル・ソルがいいわね、ドイツに住んでいた頃、行きたくて憧れていたの」
「それって、地中海の海岸よね」
「うん、海は穏やからだからきっとシンジも気に入るわよ」

アスカが微笑みかけると、シンジはすこし困った顔で笑った。

「地中海よりももっと穏やかな海だと思うから、安心しなさい」
「ねえスイカ割りはできる、涼宮先輩?」
「もちろん外国にもスイカ割りはあるわよ、でも棒を使って割るのは日本だけみたいね」

エツコの質問にハルヒはそう答えた。

「だから、ゴミ拾いをサボってスイカ割りをしようなんてしないように」
「ごめん、ヨシアキ」

エツコはヨシアキに引きずられて海岸のゴミ拾いへと戻るのだった。
『朝倉リョウコの夏おでん』の売上もあって、SSS団は予定より早く目標の金額を稼ぐ事が出来た。
そして、余ったバイト代は自分達の小遣いにした。



<エジプト航空飛行機 機内>

「海は海でも死海か、とんだぬか喜びだわ」

日本からエジプトのカイロに向かう飛行機の中で、アスカは不機嫌そうな気持ちを隠さなかった。
ハルヒが代表して申し込んだツアーはS.I.H.社の『エジプト・ヨルダン8日間ミステリーツアー』だった。
ハルヒはこれから到着するエジプトでピラミッドを観光できると聞いて目を輝かせて隣の席のキョンに話しかけている。

「世界の七不思議のうちの2つを見る事が出来るなんて、まさにミステリー、SSS団のツアーに相応しいわ! 後5つも是非制覇したいわね」
「同じ七不思議でも時代が違うみたいだぞ、さらに来年『新々・世界の七不思議』が決められるらしい」
「何よそれ、勝手に変えないでよ!」
「俺に怒っても仕方が無いじゃないか、痛てて」

ハルヒは怒ってキョンの胸倉をつかみ上げた。
2人だけの話に夢中になっているハルヒ達を尻目に、イツキはミクルに声をひそめて話しかける。

「どうして朝比奈さんは死海に行ってみたいなどと涼宮さんに言ったんです?」
「私達の居た未来では、死海は普通の海になっているんです」
「それはまた、なぜ?」
「死海の水位が下がってしまったのを期に、紅海と死海を繋げる運河が建設されたんです。そして、死海は塩分濃度が下がって海洋生物が暮らせる海になったんですよ」
「なるほど」
「だから、体が浮かぶって言う昔の死海を実際に体験してみたくなって」
「それなら、南極の海も元通りに?」
「南極一帯は……まだ生物の居ない死の世界です。過去の災厄の爪痕が残されていて私達に過ちを犯してはいけないと警告をしているような気がします」
「辛い事を聞いてしまったようですね」
「いえ……」

ミクルが落ち込んでしまったのを見て、イツキはそれ以上話をするのを止めた。

「職業病かな、飛行機に乗ると落ち着かない気分になるんだけど」
「そうね、ハイジャックしたり、されるのを未然に防ぐような仕事が多かったものね」
「飛行機の中で寝るなんて考えられない」
「私も葛城さんのおかげで、足を洗う事ができたのだけど、それから飛行機に乗るのは初めてよ」

マナとリョウコは互いを落ち着かせるために手を握り合って体の震えを抑えていた。

「この飛行機に乗るのは”2回目”じゃないか、どうせ見て回っても前と同じだと思うよ?」

離陸してシートベルトを外す許可が出た直後から席を立って散歩をしようとするエツコをヨシアキは引き止めた。

「お腹をすかせたグレムリンが居たら、私があめ玉を渡していたずらを阻止するの」
「また何を言っているんだ」

ヨシアキはエツコの言葉にあきれてため息をついた。
エツコはその後も言い訳を並べて、ヨシアキの側から早足で去って行った。

「あの人ってお花見漫才の時に来てたキョン先輩の友達に似ている……」

機内を歩き回ったエツコは、橘キョウコに似た少女の乗客が反対側の通路を横切るのを見た気がした。
その姿を確かめようと後を追いかけた時、橘キョウコの姿は煙のように消えていた。

「おかしいな、見間違えかな……」

橘キョウコ達の正体はミサトからも知らされていて見かけたら報告するようにと言われている。
しかし、エツコはいまいち自信が無かったのでヨシアキに相談することにした。

「居たとしても相手が手を出して来ないんじゃ、こちらからも何もできないからね」
「残念だな」
「どうして?」
「だって、旅行は一緒の方が楽しいよ」

笑顔でそう言うエツコをヨシアキは怒る事も出来ず、困った顔で笑った。
夏のエジプトは暑い。
場所によっては気温が50℃に達する。
カイロの空港に降り立ったSSS団も夏のエジプトの厳しい洗礼を受けた。
到着したSSS団はツアー客に混じって観光バスに乗って宿泊先のホテルへ。
ハルヒ達は警官隊が先導して観光バスを警備しているのに驚いた。
リョウコとマナがその理由について説明する。

「何年か前に外国人観光客を狙ったテロ事件があってね、それからエジプト政府は観光客の安全を確保するようにしているのよ」
「夜間は外出が禁止されているの、昼間は安全だけどね」
「ふうん、詳しいのね」

国際スパイだったリョウコやマナにとっては常識的な知識だった。

「と言う事だ、明日になればピラミッドも見れるんだから今日はホテルで大人しくして居ろ」
「わかってるわよ、みんなに心配を掛けるような事はしたくないし」

キョンに注意されると、ハルヒはそう答えた。
次の日、朝食を食べたツアーの一行は旅行会社の企画により、イスラムの民族衣装アバやチャドルに着替えて観光を行う事になった。
今日の見学予定は午前中はピラミッド、午後はエジプト考古学博物館。

「遺跡の中を自由に見させてくれてもいいのに」
「せっかく待ちに待った本物の遺跡なんだろう、素直に楽しめばいいじゃないか」
「そうね」

ガイドの案内でついて行く遺跡観光にハルヒは不満をもらしたが、キョンが声を掛けると笑顔に戻った。
ピラミッド見学を終えたSSS団はツアー客と一緒にスフィンクスとピラミッドを背景にして記念写真。
イスラムの民族衣装を着たハルヒやアスカはいつもと違った雰囲気だった。
記念撮影の次は砂漠でのラクダ乗り。
しかし、ラクダの背中のコブに乗るのは思いのほか難しかった。

「そんなに引っ張るな、俺までバランスを崩す!」
「べ、別に怖いから抱き寄せているわけじゃないんだからね! こうして体を重ねて重心を一つにした方が安定するのよ」

強引に背中をハルヒに押し付けられて、キョンは喜ぶべきなのだろうが、落ちないようにするのに必死で感覚を味わう余裕も無かった。

「ハルヒ、アタシ達は先に行っているわよ!」

以前の自転車競争での借りを返すかのようにアスカとシンジの乗るラクダはハルヒとキョンの乗るラクダの前を悠々と歩いている。

「エヴァの2人乗り(タンデム)シンクロみたいな感じだよね」
「そういうこと」

アスカはシンジの背中に自分の体を預けているので、バランスはとても安定していた。

「うう、惣流さんったらシンジ君とあんなに幸せそうに……」

その姿をマナは悔しそうに来ていたイスラムの民族衣装の布の端をかみしめた。
午後はカイロ市内に戻ってエジプト考古学博物館へ。
遺跡から発掘された20万点の秘宝が集められている。
見て回るのに数日掛かると言われているのに数時間しか見学時間が無い事にハルヒは不満だった。
そして人気のスポットには人の行列。
ミイラとツタンカーメン、どちらを見に行くかで意見が対立したハルヒ達とアスカ達は別れて行動する事になった。
そして両方に興味の無いイツキ達は比較的空いている他の展示物を見に行く。
キョンもミイラを無視してイツキ達について行こうとしたところをハルヒに首根っこをつかまれて引きづられた。

「キョン、あんたはあたしの恋人でしょ、一緒に来てくれないの?」
「ぐっ、こういう時にそれを持ち出すな……恋人ならそれらしくしてくれよ」

キョンが抗議するとハルヒはキョンの首根っこをつかんでいた手を放した。
そして、キョンに肩を近づけて腕をからませた。
キョンからの返事はなかった。
キョンは無言でハルヒと肩を並べて歩きはじめた。

「明日はヨルダンに出発ですね、8日間のツアーなのでもう少しエジプトに居たかったですね」
「同感、でも4日もヨルダンに居るんだからたっぷりと楽しめそうね」

エジプト考古学博物館を名残惜しそうに去ったSSS団一行。
イツキのつぶやきにハルヒはそう答えた。

「向こうに着いたらさっそく死海で泳ぎましょう」
「ふ、ふえっ、そ、そうですね」
「今から嬉しさのあまり緊張しているの? ミクルちゃんったら可愛いわね!」

ハルヒはミクルの背中を思いっきりバシバシと叩いた。



<ヨルダン 死海 海水浴場>

次の日、エジプトからは船でヨルダンへと入った。
そして、その後は遺跡見学となった。
ヨルダンには世界七不思議の1つぺトラ遺跡があって、ピラミッドに比べて長い時間じっくりと見る事が出来たハルヒは満足した様子だった。

「ヨルダンに来てから、ミクルちゃんとユキって仲が良くなってない? 何かあったの?」
「べ、別にそんな事無いですよ」

ハルヒが質問するとミクルは慌てたように弁解し、ユキはミクルの言葉に同調するように小さくうなずいた。
SSS団の部室の中でも、特にミクルとユキが親しげに話す事はあまりなかった。
ミクルの方がユキに遠慮しているような感じさえあった。
それがヨルダンに入ってからはハルヒが言う通り2人だけでボソボソと話をする事が多くなった。
アスカ達が尋ねてもミクルは特に理由は答えず不思議がった。
そしていよいよ待ちかねたイベントである死海の海水浴の時がやって来た。
入る前にSSS団のメンバーは体に外傷が無いか診断を受けた結果、リョウコとエツコは入る事は許されなかった。
死海は塩分濃度が高く、小さな傷でもしみるのだ。

「蚊に刺された後を思いっきりかくからいけないんだよ」

ヨシアキも文句を言いながらも入れないエツコに付き合って、沿岸でスイカ割りや泥遊びをする事になった。

「あーあ、残念。私はバックアップか」
「この辺りは治安が悪くないと思うけど、お願いね」

リョウコはSSS団の貴重品を預かる事になり、マナが声を掛けた。
ハルヒが広い所で思いっきり泳ぎたいと言ったので、他のツアー客のグループとは少し離れたところで泳ぐ事になった。

「死海って大きい湖ね」
「向こう岸はイスラエルですね」

アスカが感動して言葉をもらすとイツキがそれに続いてしみじみと言った。

「じゃあ、泳いで国境を越える事が出来るの?」
「そんな無謀な挑戦は止めて下さい、国境警備隊に撃たれてしまいますよ」

ハルヒが尋ねると、イツキはやんわりとそれを制した。

「じゃあ、さっそくミクルちゃん達の特訓を始めましょう」
「ちょ、ちょっと私は心の準備があんまり……」

ハルヒはミクルに目を濃い塩水から保護するゴーグルを掛けると、ミクルの手を引いて死海へと飛び込んだ。
アスカもシンジに同じようにゴーグルを掛けさせて一緒に死海へと入った。

「凄い、足が底に着かないのに体が浮いている!」
「ここなら心おきなく泳ぎの特訓が出来るでしょ?」

死海の中に入ったシンジはその浮遊感に驚きの声を上げた。
そのシンジの反応に満足したのか、ハルヒはそう宣言し、ミクルの泳ぎの特訓を開始した。
ユキは水面に浮かんで読書、マナはバシャバシャと盛大に水しぶきを掛けて泳ぎ、キョンとイツキもスピード勝負をしてそれぞれ楽しんでいた。

「そろそろ上がりましょう。しばらく泳いだら岸で休憩しないと健康に悪いそうですよ」

イツキの提案で、ハルヒ達が岸に上がろうとした時、辺りに突然濃い霧がたちこめた!

「きゃあ!」
「うわっ!」
「みんな、大丈夫!?」

悲鳴が上がり、混乱が広がった。
数cm先にある自分の手の指さえ見る事が出来ないのだ。
しかし数十秒後、霧は突然消えて辺りは晴れ渡った。
ホッとして顔を見合わせるハルヒ達だったが、その表情はすぐにまた厳しいものに変わった。
ユキとミクルの姿が見えないのだ。

「長門さんと朝比奈さんは?」
「ユキはそこで本を読みながら浮かんでいたはず……」

イツキの質問にアスカがぼう然としながら返事をした。
アスカが指差した先にはユキの姿は無い。

「ミクルちゃんは、あたしが手を引いてバタ足の練習をさせていたんだけど……」

ハルヒは信じられないと言った感じで自分の両手を見つめていた。

「おぼれて水の中に居るとか?」

シンジに言われてマナが水面に顔をつけて水中をのぞきこみしばらくして顔を上げる。

「潜水が得意な私でも潜れないほどなんだから、それはありえないわよ」
「じゃあ2人は神隠しに遭ったって事?」

アスカがそう言うと重い空気が辺りを満たした。

「あ、あたしがミクルちゃんの手をしっかりつかんでいなかったからだ……」

ハルヒは青い顔でワナワナと震えだした。
そして、その場に崩れ落ちそうになった。

「しっかりしろハルヒ!」

キョンがそんなハルヒを抱きかかえて岸へと連れて行った。
そして、アスカ達は待っているリョウコ達と合流した。
リョウコ達はキョンに抱きしめられながら泣いているハルヒを見てただ事ではないと仰天した。

「涼宮さんが泣いているなんて、一体何があったの!?」
「それが……突然長門さんと朝比奈さんの姿が消えてしまったんだ」

リョウコの質問に対してシンジはそう答えた。
泣きじゃくるハルヒをキョンに任せて、アスカ達はどうするべきか話し合う事にした。

「ネルフとは連絡が取れないの?」
「うん、携帯電話が通じない」

携帯電話をかけようとしていたシンジは厳しい顔でそう答えた。

「では、ツアーの添乗員に話して、ヨルダンの警察に一刻も早い捜索をお願いするしかありませんね」

イツキが困った表情を浮かべてそう言った。

「もしかして、エツコが見たって言う宇宙人の一味の仕業かもしれない」
「あ、私がエジプト行きの飛行機の中で見たかもしれないって言う橘さんって人?」
「それって本当なの?」

ヨシアキとエツコの言葉に、アスカは驚きの声を上げた。
他のSSS団のメンバーもとても驚いた。

「でも、それなら突然の霧の発生にも説明が付くわね。そんなことできそうなのは長門さんと周防クヨウって呼ばれているインターフェイスぐらいだもの」
「今起こっている電磁波の異常もそうかもしれない」
「ではヨルダン警察に捜索を頼んでも発見は難しいと言う事ですね」

リョウコとマナの言葉を聞いたイツキが結論を導き出すと、アスカ達の間にまた重い空気がたちこめた。

「あたしのせいでミクルちゃんとユキに何かがあったら……!」

そんなアスカ達の耳に、ハルヒの絶叫が聞こえて来た。
声を上げて号泣するハルヒをキョンは必死に抱きとめて慰めている。
そんな姿を見てアスカ達の胸は張り裂けそうなほど痛んだ。



<死海 湖底洞窟>

ハルヒ達の前から姿を消したミクルとユキは死海の底に口を開いた洞窟の中に足を踏み入れていた。

「この洞窟の奥に未発見の『死海文書』があるんですね?」
「そう」

ミクルの問い掛けにユキは小さくうなずいた。
歩き出したユキにミクルは慌ててついて行った。
ユキは振り返らずにミクルに声を掛ける。

「目標物の回収は私一人でも可能、あなたは直ちに涼宮ハルヒの所に戻るべき」
「長門さんだけじゃきっと苦戦するはずです! 万が一にも長門さんに何かあったら私も後悔してもしきれません」
「確かにこの空間は私に負荷を掛ける。しかし一部の能力が制限されるだけで問題は無い」

ユキは歩みを止めてミクルにそう答えた。

「でも、周防さんが現れたら……!」
「彼らは涼宮ハルヒに手出しはしない」

ユキが淡々と無表情で言い捨てると、ミクルはユキの両手を握って訴えかける。

「それは、長門さんには容赦しないかもしれないって事じゃないですか! 向こうは長門さんが自分達の技術を転用して創られたって事を知っているんですよ!」
「私が破壊されても、未来に存在する『有希』が死ぬわけではない」
「そんな、もう長門さんはこの時代にたくさんの友達が出来ちゃったじゃないですか!」
「友達……」

ミクルの言葉に、ユキは少しだけ頭を傾けた。

「長門さんが死んじゃったら涼宮さんは悲しんじゃって、閉鎖空間が大発生して世界は滅亡ですよ!」

ミクルが絶叫すると、ユキは無言でミクルの顔を見つめていた。

「……私だって、長門さんが居なくなったら寂しくて死んじゃいます!」

涙ながらに訴えるミクルの頭を、ユキはポンと撫でた。

「了解した。私について来て欲しい」

ユキがそう言うと、ミクルは泣くのを止めて顔を上げた。

「私が生き残る確率を上げるためにはあなたの協力が必要」
「よかった、2人で涼宮さんの所に無事に帰りましょう!」
「私は破壊されるわけにはいかない、涼宮ハルヒのために……そしてあなたのために」

ユキはミクルにカラーコンタクトレンズのようなものを渡した。

「これは?」
「装着して”ミクルビーム”と発声すると、正面にレーザービームを発生させることのできる光学兵器」

さらにユキはミクルに指輪のようなものを渡す。

「これは対物理的衝撃を防ぐ障壁を発生させる装置。スイッチを押す事によって一定範囲に障壁を発生させる」
「便利ですね」
「そうでもない。両方とも使えるエネルギーに限りがある」

ユキから装備を受け取ったミクルは嬉しそうな表情を浮かべた。

「今まで私は力が無くて、長門さんや綾波さんに頼ってばかりで、ただ見ているだけしかできなかったんです。夜に悔し涙を流した事も何回もありました……」
「あなたは戦闘向きでは無い、私のサポートに徹してくれると助かる。……無理はしないで」
「はい」

ユキから掛けられたミクルを気遣う言葉に、ミクルは表情を引き締めて答えた。
そして、2人は死海文書が眠る洞窟へとゆっくりと歩を進めた……。
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