幌峰ステーションから十数キロ先にある中央公園、その名のとおりこの街のほぼ中心に位置しており、観光客で賑わいを見せるだけでなく、市民の憩いの場所として長く親しまれている。そのまたほぼ中央に位置している百年記念塔は、街のシンボルでもあり、住民たちにも親しまれているスポットだ。これは文字通り、街ができて百年を迎えたことを記念して作られて時計塔である。時間ごとに鳴り響く鐘は市民に愛される存在であり、また面白いことに、この塔自体が日時計となっているのも注目すべき点だ。その内部は街全体を見渡せる展望室だけでなく、観光客向けの土産物屋やレストランなども設けられたことで、街での人気名所第一位の座を守り続けている。
夜が更けつつあるこの時間では、当然のことながらどの店も営業を終了している。しかし、塔の一角にあるレストランの座席に一人で着いている人物がいた。暗がりの中で、ゆったりとした姿勢でイスに座っているその男の、四本の指に色とりどりの宝石をたたえた指輪をはめている右手で、香ばしい香りとともに湯気が立ち上るコーヒーカップを口元へ運び、その香りを存分に堪能する。熱々としたコーヒーの入ったカップに口をつけると、その苦みを反芻するかのようにゆっくりと喉元へ流し込んだ。
「ほう・・・・ここで、ようやくバーサーカーの正体が明らかとなったか。まあ、タイミングとしては程好いところか」
この時代には似つかわしくない、神官のような服を纏った男、キャスターはゆったりとした姿勢で窓を眺めていた。しかし彼が眺めているのは、窓から見下ろせる夜景などではない。彼が駅に放った使い魔を通して送られる構内での様子、特にアーチャーとバーサーカーとの一戦を映像として窓に投影されていた。その様子はまるで映画鑑賞でもしているかのようだった。
古より蘇りし魔術師であるキャスターがこの現代にて、今口にしているこのコーヒーという飲み物がいたく気に入っていた。その苦みがキャスターの嗜好に合っていたし、何よりも飲めば頭が冴える感覚がするのも大きな理由だ。そして砂糖を一切入れず、ミルクで味を調える飲み方が彼のこだわりである。そのミルク独特のまろやかさがコーヒーの苦みを引き立たせるからだ。
コーヒーを飲み干したキャスターは、いったんカップをソーサーに置くと新たにコーヒーを注ぐべくポットに手をかけようとした。しかしそのポットはキャスターの手に触れる前にひとりでに割れてしまい、テーブルクロスが闇に侵食されるかのようにコーヒーの液体が染み込んでいく。
キャスターの顔から薄ら笑みが消えた。
「おやおや。王ともあろう者が、人のコーヒータイムを邪魔して良いものかの?」
キャスターが振り返ってレストランの入り口のほうに視線を送ったその先には、ライダーが腕組みをして近くに四、五人の鮮血兵を控えさせて立っていた。
「貴様の都合など知ったことか。そんな泥水を啜りながら呑気にしていた貴様が悪い」
「やれやれ、この至高なる味の程が理解できぬとは・・・・漢族が貴様らを夷狄と蔑むのもわかるような気がしてきたのう」
ライダーの不遜な物言いに対して、キャスターはただ肩をすくめるのみだった。
「そんなことはどうでもいい。それよりも貴様、随分と大胆な真似をしたものだな」
「はて?何のことかのう?」
「とぼけるな」
ライダーはキャスターの言葉をばっさりと切り捨てた。
「貴様が今眺めているそれだ。そいつのせいで神奈の奴、出遅れたと言ってずいぶんと癇癪を起こしていたからなあ。俺としてはあそこで何人死のうが知ったことではないが、あれでもあいつはこの街を統べる者だ。それゆえ、貴様の勝手に我慢ならなかったのだろう。もっとも、俺としてはいい迷惑だがな」
「それは、それは。お互い苦労するのう」
「で?貴様、一体どういうつもりだ?」
ライダーはあからさまな敵意のこもった目でキャスターを睨みつける。だが、そのキャスターは相変わらず薄ら笑みを浮かべていた。
「それよりも、どうも貴様もそのマスターも大きな誤解をしておるようだ」
「何?」
「ワシはただ、バーサーカーのマスターの代わりにあれを預かる者として、最低限のことを果たしておるつもりじゃ。何しろ、バーサーカーというクラスは魔力を食う上に制御が難しいからのう。ゆえにワシがバーサーカーの制御を買って出たのじゃが、生憎こちらが目を放した隙に暴走してしまったので、一旦転移の魔術を使って奴を人目に付かない所へ移動させようとしたのじゃ」
そこで一度キャスターは言葉を切って、それから続ける。
「しかし、慌てて行使したのがまずかったのか、移動先がどうも都合の悪い場所だったようでのう。その結果、ああいうことになったのでワシはどうにか四苦八苦しながらもバーサーカーをあの駅に拘束することができたのじゃよ。いやはや、あそこにいた者たちにも、そしてお前のマスターにも悪いことをしたと思っておるよ」
「・・・・戯言を」
ライダーはその敵意を決して緩めることはせず、キャスターを見据えて問い詰める。
「貴様ほどの魔力の持ち主が、バーサーカーを制御できぬはずも、そして転移先も誤るはずもなかろう。そしてあの駅の有り様で、よくもそんな白々しい言葉をよく吐けるものだな」
「ワシの言う事が、白々しいと・・・・・・?」
「貴様が何を企んでいようが、そんなことは俺にとってはどうだっていい。だがこれだけは聞いておこう、キャスターよ」
「ほう。ワシに答えられることなれば何なりと」
「貴様、最初からバーサーカーを切り捨てるつもりだったろう?」
一瞬、暗いレストランが沈黙に包まれ、ライダーとキャスターが静かに睨み合っている。最初に口を開いたのは、キャスターのほうだった。
「・・・・・・して、その根拠は?」
「簡単なことよ。貴様がこれまでやってきたことといえば、獲物を逃がさないようにすることと、そして今に至ってはあの混乱の演出だけだろうが」
「・・・・すまんが、ワシにわかりやすく説明してくれんかの?」
ライダーの怒気を逆撫でするような口調で話すキャスターに構わず、ライダーは続ける。
「貴様は先ほどこう言ったな、“バーサーカーのマスターの代わりにあれを預かる者”と。にもかかわらず、アーチャーとの戦闘に突入している奴の援護など一切せず、貴様はのんびりとあの泥水を啜っていた。つまりは、奴の手助けをするつもりなど、初めからないのだろう?」
「・・・・・・ふ、く、くっくっくっ・・・・・・・・」
すると突然、キャスターが含み笑いを始めた。
「さすがは覇道王。かの征服王と並び証されるだけあるのう。そうじゃ、貴様の言う通りじゃ。これは聖杯戦争、最後の一組になるまで戦い抜くもの。にもかかわらず、何が悲しくて、このワシがあのような愚鈍な輩の面倒を見なければならないのじゃ?」
キャスターは先ほどの卑屈さから強気な態度に一変したのを見て、ライダーは呆れたように言う。
「随分と開き直りが早いな、貴様・・・・」
「態度や姿勢はところどころで変えていくもの、周りを取り巻く状況が時とともに変わっていくのと同様じゃ」
「確かにな。だが、一つだけ解せぬことがある」
ライダーは言葉を区切り、語気をさらに強める。
「バーサーカーを始末したいのであれば、何故あそこまでやる必要がある?あんな事態だ、神奈だけでなく他のマスターやサーヴァントも敵に回すことぐらい、貴様ならわかりきっているだろうに」
「・・・・・・それを、ワシが言うと思うか?それに、ワシの企みなど知ったことではなかったのか?」
「やはり、何かあるようだな・・・・」
今度はライダーがキャスターに向けて、薄ら笑みを浮かべた。
「それにじゃ。貴様と同じ事を言うようじゃが、駅で何人の人間が死のうとワシの知った事ではない。それに、貴様が生涯で殺し、あるいは死に追いやってきた人間どもに比べれば、まだ可愛いほうじゃろうに」
「そうだな。貴様のやっていることなど、俺に言わせれば目くそ鼻くそにすぎぬ」
ライダーの顔から笑みが消え、瞬く間に自分の短弓を手に取り、目にも止まらない速さで矢を放った。その矢はキャスターの頬をかすめた。
「だが、軽率だったな。俺がこれまで蹂躙してきた奴らを軽々しく口にすること、俺の覇道への侮辱と知れ。そしてこれ以上貴様の耳障りな屁理屈を聞く気もない。そのことを悔やみながら逝ね」
「フン、戯言を・・・・それにしても貴様お得意の勧誘はこのワシにはせんのか?」
「する必要はない。貴様が気に食わん。それだけで敵対する理由は十分だ」
「思ったよりも短絡的な男じゃな、貴様」
ライダーはキャスターの言葉を気にすることなく続ける。
「それにあえてもう一つ加えるとするならば、俺が王である以上、貴様もセイバーも俺が倒すべき俺の敵だ。王は、この世に俺一人で十分だ」
その言葉を聞いた瞬間、キャスターの笑みで緩んでいた口元が真一文字に引き締められ、その目を細めた。
「・・・・・・どうあっても、ここでワシを打ち滅ぼしたいようじゃな・・・・よかろう。これより我が知恵の深淵を以って、貴様を跡形もなく呑みこんでくれよう」
キャスターが手のひらをライダーたちに向けると、ライダーたちのいる空間が歪んできた。するとライダーらは間髪を入れず、二手に別れるように側面に飛び退いたその直後、ライダーたちのいたレストランの入り口が大爆発を起こした。
騎兵と魔術師、二人のサーヴァントの戦いが、爆炎を開戦の狼煙として勃発した・・・・
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けっこう距離は開いているはずなのに、唸り声がここまで聞こえてくる・・・・その主であるバーサーカーは、牛の頭を丸出しにしてアーチャーさんと睨み合っていた。
「ア、 アーチャーさん。あれって、まさか・・・・・・!?」
「そうさ、あんたの思っている通りさ。“ミーノスの牡牛”の名とともに語り継がれる迷宮伝説の恐怖の主人公、ミノタウロス。それがあいつ、バーサーカーの正体だ。まあ、真名って意味だったら、アステリオスって名前のほうがそうなんだろうが」
わたしはただ、口をポカンと開けて呆けたようにしていた。無理もないかも。何しろ目の前にいるのが、ある意味ではチンギスカンやアキレウスよりも有名な怪物なのだから。
するとわたしは、あることに気付いて思わず声を大にして言った。
「で、でもおかしくないですか!?サーヴァントって昔の英雄がなるものなんですよね!?なのに、どうして英雄でもなんでもない、怪物のミノタウロスがサーヴァントとして召喚されているんですか!?」
「英雄、つーか英霊ってのも一括りじゃないってことさ」
アーチャーさんはバーサーカーの角に刺されたお腹を庇いながらも、いつもの調子と態度で喋っていた。
「英霊にも色々いてな、何も世間一般の英雄的行為でそうなったヤツ以外にも、そいつのやった悪行が善を呼び込んだり、そいつ自身が恐怖の的になったり・・・・そういう連中は“反英雄”ってカテゴリに分類されるわけさ。現にあいつの場合、怪物ミノタウロスって存在が英雄テセウスをもたらしたわけだが、野郎が正規の反英雄かどうか少し疑問だけどな」
わたしは自分から聞いておきながら、目の前にいる牛の怪物を恐れおののいていたせいで、アーチャーさんの言うことを話半分ぐらいにしか聞いていなかった。でも、あのバーサーカー、ミノタウロスみたいなのがサーヴァントとして現代に蘇ったことだけは確かだ。
「いいか、サオリ」
アーチャーさんが真剣な表情でわたしに話しかけてきた。無論、今度はちゃんと聞けるようにしている。
「オレがあの牛野郎を引き付けておく。あんたはその間に友達を連れてできるだけ遠くへ逃げな。それぐらいはわかるよな?」
わたしはその言葉に刻々と頷いた。さらにアーチャーさんは続ける。
「それとこいつが一番重要なことだ、よく聞けよ。友達を助けたきゃ、オレがあんたの目の前でどんなことになろうとも、絶対に悲鳴をあげたり、オレのそばに近づいたりするなよ」
その言葉を聞いてわたしは一瞬、顔面蒼白になったような感覚がした。なぜなら、それはアーチャーさんを見捨てて逃げろって言っているようなものだから・・・・
「安心しな。オレがあんな牛にやられると思うか?オレはあんたの弓になると誓った男だぜ?だったら、オレのこと信じてくれてもいいだろ?な?」
そう言ってアーチャーさんは無邪気な笑顔を浮かべながら、ウインクをしてきた。それを見たわたしはただ、ただ頷くしかなかった。いや、頷かなきゃ・・・・この人の思いに応えなきゃと思った。
「それでいい。それでこそ最高の女・・・・もといオレのマスターだ」
アーチャーさんは向かいにいる敵に向き直った。その敵は、何度も足踏みをしていた。
「さあ、行きな!」
アーチャーさんのその言葉と共に、わたしは気を失っていて動けない引沼さんを懸命に運んでこの場から離れた。それと同時にバーサーカーが闘牛のように突進してきた。アーチャーさんはそれに矢を恐るべき速さで次々と射掛けるものの、バーサーカーは全く気にも留めなかった。
引沼さんを運んでいるわたしの目に、アーチャーさんがバーサーカーに衝突され吹き飛んでいくのが見えた。バーサーカーは標的をすぐにわたしたちのほうに変えようとしたけれども、アーチャーさんは空中からバーサーカーに矢を放った後で、グシャリという音を立てて地面に落ちた。その執拗な攻撃に苛立ったのか、バーサーカーは再びアーチャーさんに突進してきた。
わたしがもう少し早く動くことができたなら、こんな光景を目にしなくてすむのに・・・・そう思いながら、わたしは目を瞑ろうとしたけれども、何かがそれを拒んだ。
ようやっとのことで暴風圏から脱出すると、先ほどまでわたしたちのいた場所からはバーサーカーの怒号しか聞こえなくなった・・・・
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「全く、どうなっているのよ!もう!!」
幌峰ステーション地下街のとある一角、サラ・エクレールは駅にいた人間の治療に当たっていた。彼女は自分が築き上げた、何重にも編まれた茨の障壁と自分特製の花粉や蜜で生成した靄の結界、侵入すればたちどころに深い眠りに着いてしまう、を張り巡らせていた。その中で彼女は、助けられるだけの人間をここに連れ込んで傷を治し、そして今日ここであったことを一切思い出さないように記憶操作をも施した。
「仕方なかろう。あの混乱の中では動きもほとんどとれず、しかも中にはこちらに襲いかかってくる者もいたほどだ。それに、このような者達を救うのも、高貴なる者の務めではないのか?」
不機嫌そうにしているサラに、セイバーはそう言って諭す。現に彼らがここに到着した時点では、まだ駅の中は混乱の真っ最中で、殺し合いをする者や発狂して襲撃する者さえいた。そうした人間の相手をしている間に、気付いたらこういうことになっていたという寸法だ。ちなみに、彼女たちが一番乗りだったりする。
「そりゃまあ、そうだけれど・・・・ここの人たちを見捨てた日には寝目覚めも悪そうだし、仮にそんなことをしたら、末代までの恥よ。けれども、戦いに来たはずがこうして人命救助をするなんて思ってもみなかったわ」
サラは文句を言いつつも、負傷者の治癒に当たっている。これでもこの少女はここに到着したときよりも大分ましになっているものだ、とセイバーは思った。それもそのはず、サラたちがこの駅に着いたときには、中には凄惨な光景が広がっていた。いくらサラが優秀な魔術師だといえども、まだ年若い娘。魔術師としての経験も少なく、まだ成熟しきっていないのだ。そんな少女が、あのような地獄絵図を目の当たりにしてしまえばどうなるか、想像に苦しくない。幻覚によって狂わされた人間たちが襲い掛かってきたときも、セイバーが彼らに当て身を食らわせなければどうなっていたことか。
そして今に至るまで、数少ない生存者の救出をしているうちにサラのモチベーションもどうにか元に戻りつつある。このような文句を言っていればほとんど問題ないだろう。
「それよりもセイバー。確認するけれど、本当にキャスターは何にも仕掛けてこないのよね?」
「うむ。あくまで予測の域でしかないが、おそらくはこれ以上何もないだろう。奴は我らのうちのいずれかにバーサーカーを討ち取らせ、あわよくばその上で我らの戦力を削る算段でいるのだろう」
「そう・・・・どっちにしても気に入らないわね」
「全くだ」
サラの魔力を込めている腕に力が入る。彼女は正義を振りかざすつもりなど毛頭ないのだが、少なくともこの惨劇の張本人に怒りを覚えていた。魔術師というものは、魔術を秘匿した上でその探求を行う者。そのためならばどのような犠牲も厭わないのだが、サラの怒りはそれとは違う。まだまだ若輩であるがゆえだろうし、それは彼女の気質でもあるのだが。くわえて、この殺戮の下手人であるとはいえ、協力関係にあるバーサーカーを見捨てる気でいるキャスターが気に食わないのだ。
そして、それはセイバーも同じである。彼はむしろ、自らの手でこの非道を働いた輩どもを成敗したいと思っているようだ。しかし彼とてサラのサーヴァント。敵地のど真ん中であるこの場所でマスターである彼女を置き去りにしてバーサーカーに向かっていく真似など彼にはできない。もっとも、彼女がそういう命令をすれば話は別なのだが。
「ああ、もう!ここの管理人は何やっているのよ!?本当だったらこれ、あっちがやるべきことでしょう!!」
苛立ちがピークに達した少女は怒りの矛先を、ある意味見当違いな方向へと向けたのだった。
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駅からどれほど離れているのか、人気のない道路で激しくぶつかり合っている二つの人影、睨み合ったまま動かない二つの人影、“動”と“静”二対の対決が繰り広げられていた。
そのうちの一方である睨み合いをしている二人、狩留間鉄平とシモン・オルストーの二人は互いの出方を伺っているようだ。一見すると、徒手空拳のシモンよりも日本刀を手にしている鉄平のほうが有利のように思える。しかし仮にもシモンは魔術協会から派遣された魔術師だ。知識はあるものの、魔術への耐性を持たない鉄平にとっては油断ならない相手だ。しかもこうして対峙しているということは、何らかの戦闘用の礼装を保持していると見ていいだろう。
だというのに、当のシモン本人はオーソドックスなファイティングポーズをとっているだけだ。鉄平は一瞬、自分の考えすぎとも思ってしまうほどだ。
「どうした?かかってこいよ」
しかし鉄平はシモンの言葉に耳を貸さない。
「おいおい、びびったのかよ。それとも何か?妖怪退治はできても、人殺しはできませんってか?」
明らかに挑発だ。鉄平はそれに一切応じず、それに比例するかのようにシモンの顔に険しさが増す。
「・・・・・・さっきからだんまりを決め込みやがって。なめてんじゃねえ!!!」
痺れを切らしたのか、シモンが鉄平に向かって直進し、そのまま大振りのパンチを打った。しかし鉄平がそれをあっさりと左に回りこんでしまったので、パンチが当たることはなかった。そうして鉄平は刀を振り上げ、そのままシモン目掛けて一気に振り下ろした。だが、その一閃はガキンという音とともに防がれてしまった。そして大きく見開かれた鉄平の目は驚愕に満ちていた。鉄平の刀を受け止めた“それ”は、なんとシモンの“腕”そのものだった。しかも肌が露になっているので、何かを仕込んでいるとも思えない。
刀と腕、この奇妙極まりない鍔迫り合いの最中、シモンが空いているほうの腕でフック気味のパンチを放ったことで、鉄平は後ろに飛び退き間合いを開けた。
「今のは・・・・・・」
時間は数秒かそこら程度だったが、戦闘という極限状態においては状況を一転させるのに十分過ぎる時間である。そういう時間があったおかげで、鉄平は頭を落ち着けることができた。
「今の音や手応え・・・・・・金属のものだな」
鉄平の言葉を聞いて、シモンはしてやったという顔をした上で待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「Melt Down.」
シモンが何か、呪文を詠唱した途端に、彼の両腕が赤く変色すると同時にそこからおびただしいまでの熱気が立ち上る。
「Shape Shift, Reformation.」
そしてその変化はすぐに現れた。シモンの腕が肩当と篭手が備わっただけに思えるが、先程よりも腕が一回り太くなっている。そしてそれは明らかに人間のものではないことは確かだ。
「随分と変わった腕をしているな。まさかどこかのマンガみたいに、禁忌に手を出してそうなった、とか言うんじゃないんだろうな?」
「んなわけあるか。単純におれん家のゴーレムの暴走で腕が二本ともなくなっただけだよ。その代わり、そのゴーレムの腕が今のおれの腕ってわけだが」
「ゴーレムの腕・・・・?そんなものが義手みたいになるのか?」
「今はそんなこと、どうだっていいだろ?それよりもおまえがここを切り抜けられるかどうかが大事なんじゃねえの?」
「・・・・・・確かにな」
シモンが過去にどういう経緯で腕を失い、今の鉄平にはそれどころではなかった。鉄平は頭の中にかすかに残っている疑問を打ち消し、刀を構え直してシモンを見据える。
「そうそう、それでいいんだよ。そういうわけで、戦闘再開だ!」
するとシモンは広げた掌を鉄平に向けて、それで彼を掴もうとでもいうのか、そのまま突っ込んでくる。無論鉄平はさっきと同じ要領で回避するも、シモンはそれに追い討ちをかけるかのように突き出していた腕を振るうのだった。これも後ろ跳びで鉄平はどうにかかわすことができた。
ギリギリかすったのか、鉄平の服が少し破れてしまった。しかも破れ目から焦げ臭い臭いがする。
「これ、魔術っていうより異能だろ・・・・」
鉄平はシモンの魔術らしきものがどういったものかを看破した。どうもシモンは熱を操作しているらしく、それで腕を変形させたり、一箇所に熱を集中させたりできるようだ。
追撃してきたシモンは拳を振り下ろす。鉄平はこれを難なく回避できた。しかし先ほどまで彼の立っていた場所にシモンのパンチが炸裂したことで、アスファルトの地面が大きく砕けてしまった。動作があまりにも大振りだったので、鉄平はその隙にシモンに斬りかかる。だがまたしてもシモンの腕に阻まれてしまった。向こうもそれなりに戦闘経験が豊富なようだ。
次の瞬間、鉄平はいつの間にか視界が天に向いてしまい、背中より強い衝撃を受け、息が詰まってしまった。迂闊にも、鉄平はシモンの腕ばかりに集中しすぎて、足による攻撃、今の足払いまで注意が向かなかった。
「こいつはけんかだ!パンチでもキックでも・・・・刃物も魔術もありのルール無用のけんかだぜ!!」
立ち上がったシモンが倒れている鉄平を踏みつけるべく、上げた足を一気に下ろす。しかし突発的とはいえ、倒れた際に頭を打たなかったおかげで鉄平は転げ回ってシモンの連続の踏み付けを避けた。そしてほぼ本能的に転がった反動を利用して立ち上がった。
「ぐっ・・・・・・かはぁあっ!!」
ようやく体内にたまっていた息を一気に吐き出し、それから鉄平は呼吸を整えた。鉄平の視線の先にいるシモンは、挑発的な目線を彼に送っていた。
「思ったよりもやるじゃねえか・・・・あの反応、ちょっとやそっとでできるようなものじゃねえ。だが、こっちもこれまでと思われちゃ、困るな」
「なに・・・・・・?」
先程よりも呼吸が安定してきたとはいえ、鉄平は息も絶え絶えだった。
「Melt Down.」
シモンが先ほどの呪文を詠唱し始め、鋼鉄の豪腕が赤い熱を帯びた。
「Shape Shift, Acute Blade!」
すると腕が見る見るうちに、文字通り鋭い剣のような形に変形していった。手のあった場所である切っ先には指があったため、それが握ったり閉じたりという動作が行われている。
「こっちはいろいろと変形できるんだ。なめてかかると痛い目見るぜ?」
「くそっ・・・・・・!お前、本当に魔術師かよ・・・・?!ほとんど異能者だろ!?」
鉄平とシモン。しばし睨み合いが行われた後、一気に間合いを詰め、お互いの刃で打ち合い、火花を散らす。
打ち合いを演じているのは、彼らのサーヴァントであるアサシンとランサーとて同じだ。
ランサーは右腕に槍、左腕に盾を構えているので、ほとんど片腕で槍を繰り出している形となっているが、それでも凄まじいまでの突きと薙ぎを次々とアサシンに見舞う。しかし、突風や旋風となって襲いくるランサーの攻撃をアサシンは逆手持ちの忍刀一振りでこれらを捌いていた。そのさまはまさしく、柳そのものであった。
ランサー最大の弱点である踵の腱。それが判明しているからといってそうやすやすと狙えるわけでもない。そこに目を向けすぎていては、他への警戒がおざなりになってしまうし、あからさまに攻撃しようとしてもそれが決まるわけでもない。要するに隙がないのだ。ランサーの武技は、最大の弱点をも補ってあまるほど強大なものなのだ。
しかしアサシンとて、防戦一方というわけではない。これまでにも、本当に針の穴ほどの隙をついて反撃を試みているのだ。しかしそのせっかくの機会も、ランサーによってそのことごとくが潰されてしまっていた。しかもランサーの攻撃も繰り出せば繰り出すたびに加速していっている。それにもかかわらず、アサシンはランサーの怒涛の攻撃を防ぎきっている。
このとめどない打ち合いの中、ランサーは独楽のように身を反転させ槍を水平に薙ぎ払う。しかしそこへすかさず、アサシンが振り抜かれようとしている槍に向けて何かを放り投げた。それは野球ボールほどの大きさの玉だった。それが槍にぶつかった瞬間に炸裂すると同時に、大量の煙がランサーとアサシンの周囲を覆いつくした。
「なっ・・・・・・目晦ましか!?」
一瞬のうちにアサシンの姿を見失ってしまったランサーだが、戦闘体勢を元に戻すのにそれほど時間がかからなかった。
「この程度でオレを煙に巻けるとでも思ったか!」
彼はすぐさま、煙に歪が生じている箇所を見つけ、そこに向けて渾身の突きを放った。案の定、その歪の向こうにアサシンがいたが、アサシンはするりとランサーの槍をすり抜けるように前進し、低く地に沈むかのような姿勢へと移行した。狙うべきは一つ。
「クソが!」
「ぬっ!?」
ランサーはアサシンの頭部側面目掛けて膝蹴りを水平に打つが、寸前のところで一気に沈み込むと同時にランサーに刃を食い込ませ、そのまま斬り裂く。しかし思わぬ反撃により、当初の狙いである弱点の踵ではなく太腿を切り裂く結果となってしまった。手応えはあったが、沙織たちの話のとおりにランサーの傷を負った箇所は瞬く間に回復してしまった。
結果はともあれ、アサシンは低い大勢から一気に飛び上がり、軽業師のような早業で煙の中へと姿を消した。
「猪口才な!」
ランサーが槍を大きく旋回させると、煙は一気に四散した。そしてアサシンはランサーの間合いの外に立っていた。
「今の一撃、悪くなかったぜ。あれでちゃんと狙い通りにいっていたんならオレを斃せたかもな」
「・・・・・・・・・・・」
「なんだ?不思議そうな顔しやがって・・・・別にほめているわけじゃねえぞ」
「いや。主のことだから、てっきり怒りをぶちまけるとばかり思っていたのでな」
「ん?別にどうということはないぜ。戦場じゃ騙し討ちも定法中の定法。はめられたヤツから死んでいくだけの話だ。それはオマエのほうが一番よくわかっているだろ?」
ランサーという男はもっと感情的な男かと思われたが、意外にも割り切っている部分はあるようだ。確かに、盟友パトロクロスの仇であるヘクトルを討ち取った後、彼の亡骸を散々辱める真似をしておきながら、あまりの仕打ちに嘆くトロイ王プリアモスに同情してその息子の亡骸を返還するといった、全く真逆の残虐性と人間性が同居しているのだから。そういう意味で、戦士としての“静”と“動”を併せ持っているのだろう。
それだけに、アサシンは彼に関して一つの疑問を抱いていた。
「一つ、問おう」
「なんだ?せっかくの戦いに水を刺すつもりか?」
「どう捉えようとも主の勝手だ。話を進めさせてもらうが、主の望みは戦いそのものだそうだな」
「それがどうした?」
「主はかのトロイの戦役にて、数々の武勲と栄誉を手にした身の筈。にもかかわらず、何故これ以上の戦を求めるのだ」
兜の下に隠れてよく見えないが、あからさまにランサーの顔が険しくなっている。
「・・・・・・まさか、本当に水を刺しやがるとはな。ふざけやがって・・・・」
「やはり、その不死の体の故か?」
ランサーの不死の肉体、宝具“この身に満つる悲嘆(コープス・ステュクス)”には一つの由来がある。彼の母親である海の女神テティスが息子の死を恐れて、彼を不死身にすべくその体を、冥府を流れる川のうちの一つであるステュクス川に浸し、結果彼は文字通りの不死身となった。しかしその際にテティスが掴んでいた箇所は不死身とならなかったために、そこをトロイ戦争の原因の一旦である王子パリスに射抜かれて死ぬこととなる。これが後にアキレス腱と呼ばれることになる。
「バカ言え。この体は、お袋が良かれと思ってオレにやったことだ。それを感謝こそすれ、どうして恨みに思えるんだよ?」
どうやら違っていたようだ。その不死ゆえに満足のいく戦いができなかったと思われたが、当てが外れてしまった。そのせいでアサシンの疑問は深まった。
「ならば、一体・・・・?」
「あの戦い、オマエらがトロイ戦争と呼ぶソイツがどうして起こったか、知っているか?」
「無論だ」
トロイ戦争。アキレウスが活躍し、それをホメロスが謳い上げた伝説の戦・・・・この詩、“イリアス”は征服王イスカンダルに深い感銘を与え、また失われたトロイへの情熱を燃やすシュリーマンの飽くなき原動力となったように、後世に多くの影響を与えている。
事の起こりはこうだ。ペレウスとテティス、アキレウスの父母となるこの二人の結婚に神々が祝福を与え、宴席を設けた。ただ一柱呼ばれなかった不和の女神エリスはこの扱いに怒りを覚え、アフロディテ、ヘラ、アテナの三柱のうちのいずれかに黄金の林檎を与えるといった。しかし誰がこの輝かしい林檎にふさわしいか一悶着となってしまい、当初はゼウスにその審判を委ねたものの、彼はそれを避け、トロイの王子パリスにそれを押し付けてしまった。女神たちはこの若き王子に各々の条件を出すことで黄金の林檎を手にしようとした。結果、パリスに選ばれたのは美の女神アフロディテだった。アフロディテの出した、“世界一の美女を与える”という条件によりパリスはそれに該当する絶世の美女、ヘレネを娶った。しかしヘレネはメネラオス王の妻だった。突然妻が強奪されたことにより激怒したメネラオスは兄弟のアガメムノンの助けもあって、妻を取り戻すべくトロイに出兵する。
これが神代最大規模の戦いのうちの一つ、トロイ戦争である。
「一体、それが主の動機とどう繋がりがある?」
「わからねえか?オレたちが神々のいいように躍らされていたってことに・・・・!ヤツらは自分らの不始末を他所に押し付けるだけじゃなく、あろうことかオレたちの命がけの戦いをダービー代わりにして楽しんでいやがった・・・・!だが、一番気に入らねえのはあの色ボケ親父だ!!」
「・・・・・・大神ゼウスか」
「そうだ。元はといえば、ヤツの不始末から出たサビだ。しかも事が起こったら起こったで、人間のちょうどいい数減らしだとよ。そのくせ、オレが生まれる前に、散々お袋に色目を使っておきながら、お袋との間に生まれる子が自分の地位を脅かすと知った途端にキッパリと諦めたのも気に入らねえ。わかるか?野郎の身勝手さが?それのせいでオレたちが振り回される羽目になった・・・・!!それは、オレたちの誇りを踏みにじったも同然だ・・・・・・・・!!!」
怒りに震えるランサーは声を荒げる。ランサーの神々、特にオリンポス十二神に対する怒りは並々ならぬものを感じた。彼からすればゼウスは自分たちを弄んだ元凶、そしてかの太陽神は場合によっては自分の息子の仇でもあるのだ。もっとも、それは息子の自業自得ともいえるが。
鉄平とシモンが打ち合う金属音だけが響き、怒りを発散させたおかげか、ランサーはさきほどよりも落ち着いた声で言った。
「だがよ、そんなオレにもチャンスがかかったんだ」
「それが、聖杯戦争か」
「そうだ。それなら神々の余計な茶々もねえ。もちろん魅力はそれだけじゃねえ。不死の因果を断つ武具の持ち主、オレの再生が追いつかねえほどの技の使い手・・・・そんな連中とぶつかるかもしれねえんだ。疼くなって言われても無理な話だ」
静かながらも、狂喜に近いものを含んだランサーの言葉。それが終わった直後に、ランサーは盾を背に担ぎ、槍を両手で構え直した。
「そういうテメエこそ、何者だ?不意打ちとはいえ、オレよりも先に一撃を叩き込んだんだ。そしてテメエのあの技量はどう考えてもアサシン程度のものじゃねえ。あれは、おそらくはランサーかセイバーのクラスに匹敵するそれだぜ」
対するアサシンは、無形の位に近い、自然体でランサーに臨んでいた。
「・・・・主ほどの男が言葉で問うか?某が・・・・・・・・俺が何者か知りたくば、その槍で語れ」
その言葉に満足したのか、ランサーの口元が裂けんばかりの笑みで浮かんでいた。
「いいぜ!それでこそ全力を出すに値するってもんだ!最初は他愛ない時間潰しぐらいにしか思っていなかったが、本当に時間が過ぎていくのも忘れるぐらい楽しめそうだぜ・・・・・・!!さて、オレをがっかりさせるなよ?」
槍と影の対峙、その上空で鳥が一羽旋回していた・・・・
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否。それは鳥に非ず。ハンググライダーのような器具を用いてつくしが幌峰の夜空を滑空していた。彼女はその出自ゆえ、夜目が非常に利く。
「はあ~・・・・めんどくさ~・・・・・・誰かが余計なことしたせいでこっちの仕事増えたよ~・・・・・・しかもお嬢から手抜きするなって言われたし・・・・・・めんどくさ」
いかにもかったるそうな口調で愚痴をこぼすつくしは今、いつものメイド服ではなかった。闇に溶け込まんばかりの色合いをした山伏を思わせる衣服、これが彼女本来の服装である。
そもそも、何故彼女がこんな時間に単独飛行をしているのかというと、原因はバーサーカーらの駅での凶行にあった。それの勃発後に探知したために、彼女の主である神奈は後手に回ってしまったことに激しく憤った。おまけにライダーが勝手にいなくなったこともそれに拍車をかけた、もっとも感覚共有で彼がキャスターの下へ向かっていることを知り、また彼から鮮血兵数隊を任されていたこともあって、そこまで怒りが激化することもなかったのだが。そうして執事の佐藤一郎が操縦するヘリコプターに主とともに搭乗し、幌峰ステーションの上空まで飛行した。そしてつくしにはあるもののために降下、後に滑空しながら彼女に任せられた任務を果たすことだったが、降下直前にもかかわらず彼女は眠っていた。これには神奈も一郎も大いに呆れ果てたが、開かれたヘリのドアから寝返りを打ったつくしが落下、しかしそれと同時に目を覚ましたつくしはメイド服を脱ぎ捨て、グライダーの装着を完了していた。
そして、現在に至る。
「ま、いっか。どーせこれで最後だし、これ終わったらさっさと寝なおそっと」
そう言って、彼女はグライダーの後部に繋がれているもの、凧状で下に何かの数字のようなものが描かれている石がぶら下がっているそれを結んでいる糸を、札状の紙を投げつけて切り離した。糸の切れた凧はそのまま空中に浮遊、一郎特製の制御装置を取り付けられているため、安定を失うことなくそのままぷかぷかと浮かんでいた。
つくしはそれを確認すると、装着している発信機に向かって応答した。
「あ~、こちらつくし~。全部設置し終えたから、もう戻るよ~」
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「お嬢様。つくしさんから連絡入りました。どうやら霊石の設置をすべて完了した模様です」
「そう。わかったわ。それじゃ、すぐに術式を発動させるから、所定の位置まで移動して」
「かしこまりました、お嬢様」
佐藤一郎はヘリコプターを転換させる。つくしは神奈の魔力の込められた絵の具の力を十全に発揮できる霊石を駅周辺の特定の場所に空中から設置していたのだった。場所によっては高度や地形のせいでヘリコプターが入り込むには難しい箇所もあったために、より小回りの利くつくしのグライダーに委ねたのだった。
そうして数分もしないうちに、神奈たちの乗ったヘリは所定の場所まで移動し終えた。ここからは、炎の壁に囲まれている幌峰ステーションがよく見える。それが目に入ったのか、神奈は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「よくも、ここまで好き勝手やってくれたわね・・・・・・!」
「お嬢様。術の発動直前ですので、どうかお心を乱されぬように」
「わかっているわ、爺」
一郎に諭され、神奈は深呼吸をしてから、詠唱を始めた。
「我、天よりの秘法をかのサモスの賢人を祖とせし探求者たちの意思を継ぎし者なり」
詠唱とともに、神奈の魔力がうねり始めた。
「天舞う息吹、地伏す蛇龍・・・・それらの恩恵、今ここに集い給え」
そして地上から魔力が立ち上り、それらが空中の霊石に収束していく。
「我が意、秘められし言の葉を持って今示さん」
霊石に込められた魔力が溢れ出し、他の霊石へと繋がろうとしている。
「空に渦巻きし奔流、その力にて邪なる因果断たんとす」
輝かんばかりの魔力が、巨大な数秘紋となって幌峰ステーションの上空に形成された。
「これを以って、その洗浄の光輝を体現せよ!!」
夜なお暗い幌峰に、眩いばかりの魔力が駅全体を包み込んだ・・・・
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その光景は、地上からでも窺うことができた。魔力が収まると、駅を覆っていた炎の壁が消え失せていた。おそらくは、駅の中に立ち込めていた何とも言い難い狂気の根源も絶たれたことだろう。
「おっ!どうやら、うまくいったみたいだな」
戦闘の最中だというのに、シモンは飄々とした口調で言った。もっとも、鉄平もあまりにも突然のことであったために、戦いの手を止めていた。そして、アサシンもランサーも・・・・盛り上がろうとしていたランサーが不機嫌そうな顔をしたが、どうやら戦闘はほぼ中断と見ていいようだ。
「ランサー!盛り上がりそうになっているところで悪いが、そろそろ切り上げろ!!」
「・・・・・・ちっ!仕方ねえ」
ランサーは渋々ながらもシモンに従って武器を収めた。一応戦意がなくなったと判断したアサシンもそれに倣った。
「・・・・どういうつもりだ?」
鉄平は当然の疑問をシモンに投げかけた。いつの間にか、シモンの腕が普通の人間の腕の状態に戻っている。
「言っただろ?時間潰しだってな」
シモンはそれにさも当たり前といわんばかりの口調で続ける。
「バーサーカーもキャスターも今まで好き放題やってきたが、なかなか尻尾を出さなかったからな。そこでこの騒動だ。こいつのせいで管理人のお嬢ちゃんの逆鱗に触れちまったってわけだ。一応他のマスターとも一時休戦のつもりで呼びかけたんだが、これが意外にも捕まらなくてな・・・・それでたまたま連絡のついたおれが協力することになったわけだ。まあ、結果的におまえらはバーサーカーたちに敵対しているみたいだし、しかもセイバーたちもあの中でボランティアしているみたいだしな」
鉄平は構内にいる残り一体のサーヴァントがキャスターだと思っていただけに、セイバーたちがあの中にいること自体が驚きだった。確かに、セイバーのマスターであるサラの性格を考えればそれも当然かもしれないが。
鉄平は後で知ったことだが、神奈は駅周辺に鮮血兵を配備し、魔力による浄化の後に構内に突入、バーサーカーと敵対しているサーヴァントの援護を行いつつ、生存者の救助を目的としていたらしい。少なくとも、バーサーカーやキャスターに対する包囲網がほぼ出来上がっているようだ。
「そういうわけだ。さっさと行くとしようぜ?基本的にやつらに対抗するやつらはみんな味方みたいなもんだからよ」
確かに、鉄平たちとシモンらの目的は同じだろう。それだけに、鉄平は一つ腑に落ちないことがあった。
「とりあえず、俺たちの目的もわかっていたってことだよな?」
「ああ」
「それにもかかわらず、駅に仕掛けられた魔術を解除している間の暇潰しだけのために俺たちに喧嘩売ってきた、と?」
「まあ・・・・悪く言えばそうなるな」
「それは別にいい。見方によっては俺たちの力量を測っていたっていう解釈もできるからな。で、もしもその暇潰しのせいで俺たちがやられたらどうするつもりだったんだ?」
すると、シモンの目線があらぬ方向に泳いでいた。これで、何も考えていなかったことだけははっきりした。
鉄平に睨みつけられて、シモンは慌てたように取り繕った。
「と、とにかくだ!一応共同戦線が確立したことだし、これでこのことは水に流そうぜ!?そういうわけだから、改めてよろしく頼むぜ!!」
そう言って、シモンは右手を差し出した。握手でも求めているのだろう。そして鉄平も右手を差し出した・・・・ように見えたが、鉄平の突き出された右拳はシモンの右手の横を通り過ぎ、シモンの顎にクリーンヒット!思わぬ攻撃をくらってしまったシモンはそのまま後ろに倒れこんだ、ゴッという鈍い音を立てて・・・・
それを見ていたランサーは額に手を当てて呆れていた。
「あーあ、だから言ったんだよ。向こうがきれるからやめとけって」
「ほう。ちゃんと言ったのか?」
「ああ。一応な」
「で?ちゃんと行動に移すことで、それを止めたのか?」
「いや、全然。どうせぼんやり待ってたってヒマだろうしな」
今の発言で、サーヴァントのほうも本気で止めようとしなかったことが浮き彫りとなった。というよりも、止める気もなく悪乗りしていたのだろう・・・・ランサーが寒気を感じた瞬間、アサシンは蹴り上げた。そのとき、うっそうと生い茂るジャングルにそびえるように立っているヤシの木、そこになっている黄金色のヤシの実二つが見事に割れた・・・・・・どこからか、鐘が鳴った。
仰向けに倒れ魚類のように口をパクパクとさせているシモン、股間に痛覚が残留しているためにそこを押さえてうずくまっているランサーを置いて(ちゃんとヤシの実は再生している)、鉄平とアサシンは駅へと向かっていった。
暗い夜空の下にありながら、二人の心は非常に晴れやかなで清々しいものだった。
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「炎が・・・・・・消えた?」
わたしは駅のホームに上がり、電車の中の座席に引沼さんを寝かせていた。思ったとおり、ホームには人の姿もほとんどなく、電車も止まっているものがほとんどだった。今日の運行はもう終わっているはずだから、多分もうここに電車がくることはないだろう。それにしても、引沼さんを連れて階段を上がるとき、本当にきつかった・・・・きっと、今までの人生の中で一番体力を使った瞬間かもしれない。現に上りきった後はしばらく動けなかったし。
ともかく、電車の中で応急手当を済ませたわたしは、その中で息を潜める。人気のなくなったホームといっても、いつどうなるかわかったものじゃない。だから隠れる意味もこめて、このホームに移動した。
今頃、アーチャーさんは命懸けであのバーサーカーと戦っているはず。大丈夫だと思いたいけれど、心配になってくる。先輩たちは、どうしているんだろう・・・・?炎も消えたし、駅の中にも入りやすくなっただろうな・・・・
ジリリリリリリリリ・・・・・・!!!
え?な、何?
『間もなく、5番ホーム、紬山線、木野代行きの列車が発車いたします。閉まるドアにご注意ください』
な!?ど、どういうこと!?!この電車は動かないはずだし、運転手の人もいないことも確認したのに・・・・・・!ああ!ドアが閉まっちゃった!!電車も動き出している・・・・・・!!!
何が・・・・一体、何がどうなっているの!?!
~タイガー道場~
佐藤一郎「皆様。今回も・・・・」
シロー「ちょっと待ってもらおうか」
佐藤一郎「おやおや、シロー様。人が挨拶している最中に話しかけるとは、いただけませんなあ」
シロー「そんなことはどうだっていい。だが、ここの主が長期不在で、しかも我々が長く居座っていること自体が問題だと思うのだが」
佐藤一郎「ああ、そういうことですか。確かに、この状況では看板に偽りありの状態ですからね。少々お待ちください」
(佐藤一郎、一時退場)
ガチャガチャガチャ・・・・
とんっ、とんっ、とんっ!
(佐藤一郎、再登場)
佐藤一郎「お待たせいたしました。さて、これで文句はないでしょう」
~タイガー道場/えくすとら~
シロー「問題だらけだろうが!勝手に他所の看板をいじるな!!」
佐藤一郎「何を仰いますか。これは、藤村様とイリヤスフィール様のお二方による“タイガー道場”が“Fate/Extra”への出演を祈願しての命名なのですぞ」
シロー「そもそも、割り込める余地があるのか・・・・?というよりもだな、私はここで好き勝手するほうが問題だと言っているのであって・・・・」
佐藤一郎「さて、前回申しましたように、今回は角がチャームポイントのサーヴァント、バーサーカー様についてお話したいと思います」
シロー「(やはり無視したか・・・・)では、まずはステータスから見てもらおう」
クラス名:バーサーカー
真名:アステリオス
属性:混沌・狂化
マスター:???
身長:203cm
体重:173kg
イメージカラー:青銅
特技:なし
好きなもの:なし
苦手なもの:閉所、暗所、人間
ステータス
筋力:A+
耐久:A-
敏捷:C
魔力:D
幸運:E
宝具:B
スキル
狂化:A 筋力と耐久を2ランク、その他を1ランクアップさせるが、理性の大半を奪われる
※
怪力:A 一時的に筋力を増幅させる。魔物・魔獣のみが持つ攻撃特性。使用することで筋力を1ランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
戦闘続行:D
神性:E-
佐藤一郎「ミノタウロスという名前でおなじみの牛の頭を持つ世界的に有名な怪物でございます。バーサーカーという名前から斧使いのイメージが先行してしまったために、早い段階から登場の決まっていたサーヴァントの一体となりました」
シロー「それで、何故バーサーカーが“斧使い”なのだ?」
佐藤一郎「それは某手強いシミュレーションのイメージからです」
シロー「・・・・確か、あれにも斧を使わないバーサーカーが初期のものにいたはずだが?」
佐藤一郎「そこは気にしない方向でお願いいたします。この方で難産だったのが、宝具でした」
シロー「確かに、バーサーカーの宝具といわれてもぱっと出てくるものではないからな」
佐藤一郎「色々とアイディアが浮かんでは消えました。そして、結果的にどういうものが生まれたのか、それは後のお楽しみということでご容赦ください」
シロー「その割には、バーサーカーも今戦っているアーチャーも今回そんなに出てこなかったな」
佐藤一郎「はい。実は、当初マスターやサーヴァントを全員出す予定は一切ありませんでした。それがだいたい一ヶ月ほど前にふとしたきっかけ(こちらに関しましてはお察しください)でインスピレーションが沸いて出てきてしまったために書くこととなりました」
シロー「初めのうちはどうするつもりだったのだ?」
佐藤一郎「シモン様とランサー様は通常通りに狩留間様とアサシン様と対戦なされまして、後はキャスター様とライダー様が対峙するという形でした。そうして次回の展開にもっていくつもりだったようです」
シロー「そうなると、本来であれば守桐神奈やセイバー組の出番はなかったわけか。確かに、彼女らの性格を考えればこのまま黙って見ているわけもないか。だが、今回の場合は少し焦点があっていないのではないのか?」
佐藤一郎「まあ、そこは思いついたものは仕様がないということで勘弁願います」
シロー「仕様がないで済ますな」
佐藤一郎「他にもいい方法があったのでしょうが、今となっては後の祭りにございますからなあ。それにこういう格言もございます。“これは、これで、イイ”と」
シロー「格言でもなんでもないだろう。というかなんだ?そのトラックのバック走行で連続大量殺人でも始めそうな喋り口調は?それとむしろ頭冷やせ」
佐藤一郎「そうですね。そういうわけですので、ランサー様の動機を上手く書けたかどうかを気にしつつ、今回はここでお開きとさせていただきます」
シロー「む?前回から始まろうとしていたアレは・・・・?」
佐藤一郎「それでは皆様。ごきげんよう」
シロー(なかったことにしたか・・・・)