「この子を私は育ててみせる! 貴様が私を捨てたこと未来永劫後悔するほどの逸材に育ててみせる! 」
そう母親になった一人の吸血鬼は宣言し、それを見事に実現して見せた。この物語は本当にただそれだけの話だ。極めて単純な話。一人の女性が深い愛情を持って子供を育て、その子供が巣立っていく話だ。
始まりは失恋と裏切り。
ある吸血鬼がとても強い魔法使いに恋をした。一方通行な片思い。二人は長い紛争で荒廃した大地を旅し続けた。寄り添う恋人というよりも仲の良い悪友という表現が適切で、彼らの周りには徐々に仲間が増えてきた。どことなく、彼らは魅力的だったが故に。
旅の途中に吸血鬼には息子ができた。身籠ることが本来できないはずの彼女に血の繋がった息子ができたのだ。その事実に彼女は歓喜した。
涙を流し、生まれたばかりの息子を青空に向かって抱き上げ、ただ、喜びの涙を流した。
それを魔法使いやその仲間は非常に冷めた目で見つめていた。何故なら、吸血鬼の息子は恐ろしい力を持って生まれてしまったからだ。何事にも動じず、大胆に、豪快に、優秀から世界最高の魔法使いになった青年ですら、嫌悪するような力を。
その魔法使いは大概のことは気にしない器の大きさを持っていたが、それでも吸血鬼の息子の力を嫌悪した。何故なら、その力は彼が止めたいと願っている戦争を永続させる。それは彼が愛した王族の女性の死を意味する。戦争を永続させる効果のある力。そんなな能力を生まれ持った子供はどう生きればいいのだろう。
「ナギ! この子の父親になれ! 私と共にこの子の親に成れ! 一人の女としてお前を愛している! 」
その時の吸血鬼の姿は美しいの一言に尽きるものだった。二十代半ばの外観を保ち、金色の絹の様な髪を腰まで流した姿は。誰もが息を飲むようなそんな光景だった。だが、その誘いを魔法使いは断った。
「ワリィ、俺はもう決めた女がいるんだよ」
「私を選んではくれないのか? 」
「無理だ。俺は姫さんを選ぶ。だから、そのガキをどうにかする」
「奪うというのか!? 私からこの子を!」
淡白な拒絶。そして、魔法使いは吸血鬼の子供の能力を奪うと宣言した。方法は極めて単純。力の核となっている左目を潰すこと。眼球という人体の主要器官を潰す。
「ふざけるな! 血に狂ったか! 」
「赤ん坊の目を抉るなんて、やりたいわけねえだろうが! 」
魔法使いとて友人の息子の身体の一部を奪うなどという行為をしたいはずがなかった。だが、その力を排除しなければ彼が愛する女性を救えないという事実がある以上、彼躊躇しない。するわけにはいかない。
ここで吸血鬼は一つの取引を持ち出した。それは魔法使いが驚愕のあまり杖を落とし、仲間の数人が涙を流すほど壮絶な賭けであり、世界中にこれほどの愛を捧げることができる母親がどこにいるだろうかと思わざるを得ない内容。
魔法使いは吸血鬼を選ばなかった。彼には他に愛する女性がいたが故に
吸血鬼は息子を愛した。故に犠牲を払った。残酷な犠牲を。尊い犠牲を。
まだ言葉を知らない無垢な赤ん坊はただ、母親の腕の中で安らかに眠っていた。
母親によく似たブロンドの髪が風に揺れ、両目は閉ざされたままだった。
最終的にお姫様を魔法使いが救い、結ばれた。後に行方不明となるが、彼は幸せで裕福な家庭を築いた。そんな絵に描いた様なハッピーエンド。吸血鬼は魔法使いに殺され、歴史から抹消された。
少なくとも表向きは。
Will (意志)
この子が強い意志を持てる子供でありますように。そんな願いを込めて吸血鬼は息子を
ウィル・A・K・マクダウェル
そう名付けた。
これはそんなマクダウェル家の優しくて、歪で、数奇な物語だ。
無常で、吐いては捨てるほど人が生まれ、死ぬこの世界の中で、人間関係とは脆く、安く、薄い。それは覆しのない事実。だから、ごく稀に人が見せる愛情劇が尊く思える。
人は生涯に一人しか愛せない。
自分と後一人だけ。それ以外を選んで、切り捨てる。その結果が生み出した。一つの物語