古に誰が発案したのか、ハコフグの箱型を鍋にしてしまった。試行錯誤というような研究ではなく、そこにたまさか味噌と長ネギがあったのだろう。丸焼きでは臭い腸がじゃまになり、脂の強い大きな肝は味噌と長ネギでたたくことによって調和した。おそらく流木をたき火にして、焼いたに違いない。数百年前に見つめた笑顔は、今もハコフグを焼く者によみがえる。
- 洗う
生きている状態で、ビニール袋に入れてしまう。ストレスで白い泡状の粘液を出し切った頃合いに、タワシで軽くこすりながら洗う。ハコフグが出す白い粘液はパフトキシンという毒素で、人体に害はないというが臭いは強烈だ。だがタワシでこすりすぎると、全体が白くなってつまらない姿になってしまうからほどほどに。
- 腹を割る
包丁で切ろうとすると、滑るので危険。調理バサミの先端を腹側の肛門に入れて、下あごまで切り開く。
- 内臓を出す
切り口を左右に大きく力一杯に開いて、大きな肝をそっくりと出す。肝に付いている胆のうは、破らないように取り捨てる。破れてしまったら水で洗い流し、肝だけ別に取り置いたら腸などは捨てる。血合いは洗うが、浮き袋は付けたままでよい。口元に残る小さな心臓も、そのままでよし。
アドバイス
運悪く死んでしまったハコフグは、白い粘液が体表を覆う。これも洗い流せば問題はないが、ハコフグは内臓が腐りやすいので鮮度には注意すること。腹側の表面に黒い染みがにじんだら、料理には使えない。
- 合える
刻んだ長ネギと味噌と、肝は半分量をあらかじめよくたたき合えておく。残りの肝は粗切りにして、たたき終えた肝味噌に混ぜる。長ネギは多めに、味噌の分量は肝の三分の一程度がいいだろう。
- 箱に詰める
ハコフグの空になった腹に、1)の肝味噌を詰め込む。
- 焼く
背を下にして、直火で燃やすように焼く。8割方火が通ったら、天火のオーブンで上部(腹側)をやや焦げる程度まで焼く。汚れを恐れてアルミ箔に包んで焼くと、蒸し焼きとなって香ばしさが失われる。
- 食べる
焼き上がった腹を左右に大きく開くと、湯気がまったりと匂い立つ。塊で残る肝に周囲の肝味噌を絡めて、熱々を口にはこぶ。背にわずかながら身肉があり、フグの仲間だけあって美味である。この白身に肝味噌を絡めると、天にも昇るような感動すら覚える。中心付近に火が通っていなくても大丈夫、ハコフグ焼きは焼き残しも味のうちなのだ。ぱらぱらと崩れ落ちる、五角形のウロコもおもしろい。
アドバイス
ガス台が汚れるのは、覚悟せねばならない。熱せられた肝から脂が垂れ落ち、それがぼうぼうと燃えてハコフグの箱の周囲にコクを付ける。流木を燃やすような強い炎に投げ込んでこそ、ハコフグ焼きは真価を発揮するのだろう。サンマなどの焼き魚は「強火の遠火」が基本だが、ハコフグ焼きに常識は通用しない。
酒のさかな...
ウミスズメ
箱のような堅い体をしているから、ハコフグ。静岡のチャンチャラフク、和歌山のハコマクラなども奇態な姿を言い表していておもしろい。
体表面から出る粘液にパフトキシンという毒を持つためと、フグ目であるとい理由で条例により有資格者以外の調理販売はできない県がある。仲間のウミスズメも無毒とされるが、肝が小さいせいか味はハコフグよりも劣る。
小さな漁船で、刺し網を揚げに行ったことがある。魚がまだ生きていれば船底の生け簀に入れるのだが、漁師はハコフグをつかむと足下に転がしたままだ。生け簀に入れると他の魚が死んでしまうと言いながら、「このハコフグで帰ったら、いっぺぇやんべぇ」には驚いた。漁師小屋のような家で、その料理は始まった。いや料理ではなく、ほとんど遊びである。うっへっへへぇ〜っ、奇声をあげながら、ぼうぼうと燃えるハコフグを見つめている。料理方は文字では丁寧に書いたが、実際は相当に荒っぽい。表面を洗うこともなく、味噌と長ネギは箱の中に直に詰めるようなもの。食べるときに、かき混ぜれば同じことである。どうだい! と言わんばかりの、真っ黒焦げのハコフグだった。
あれから30年が過ぎた。会社勤めを辞めて、自由な仕事を模索しだしたのは、あの頃からだった。気が付くと漁師料理なんて言葉を使って、生意気にも仕事にしているではないか。師はすべて、あの時代の漁師である。今も漁師船に乗るが、無邪気な感動は少ない。ハコフグも商品となって、3匹で五千円になった・・。