2010年11月13日
重症のアトピー性皮膚炎で入院治療を受けた荻野美和子さん(31)は、8日間で快適な肌を取り戻した。その後も月1回、定期的に通院した。強い症状は治まり、「新しい自分」になった気がしていた。
2007年1月、あらためて就職活動を始めようと、就職支援塾に通い始めた。就職難の中で勝ち取った内定を辞退し、アトピーに悩んでふさぎ込んだ5年半を取り戻したかった。でも、過去を振り返るうち、アトピーが切っても切り離せない存在だと気づいた。「悔やみながら生きるのはやめよう」
経験を生かそうと思った。アトピーは、5年半もかけて闘病するような「難病」ではないことを、同じ境遇にいる人たちに伝えたかった。本を調べ、東京都内に拠点を置く患者会の一つ、NPO法人・日本アレルギー友の会に連絡した。事務局長の丸山恵理(まるやま・えり)さん(50)に面会して闘病体験を話すと、すぐ療養相談員に採用された。
相談員を始めた当初、自分の体験を伝えようと、力が入ることもあった。だが、最近は聞き役に徹している。「そうですね。つらいですね」と耳を傾けることで、患者の気持ちが少し和らぐ気がする。
もう一つ、できるだけイベントに参加して、きれいになった自分の肌を見てもらうようにしている。いくつも言葉を重ねるより、それが一番「届く」と感じている。
肌のケアは今も日課だ。状態がいいときは、市販のローションなどで保湿する。少し乾燥するときは保湿剤の白色ワセリンを、炎症が出そうな時は、弱めのステロイドの塗り薬やタクロリムス軟膏(なんこう)を使う。手荒れがひどければ、白い綿の手袋をはめて外出する。
毎日のケアは「みんなが毎日歯磨きをするのと一緒」だ。最近は、肌の状態を見て自分で判断し、炎症が起こる前にふさわしい処置を選べるようになった。
闘病中もずっと近くにいてくれた大学時代の同級生(31)と、09年に結婚した。今は夫と愛犬と一つ屋根の下で暮らす。
10月31日、友の会が主催するアトピー性皮膚炎の講演会が都内であった。荻野さんは司会進行役をした。グレーのスーツ姿で、数十人の参加者に向け、20代の青春時代を暗く過ごした自分の体験を紹介。「同じ患者だから分かることがあると思います。電話を下さい」と、力を込めて言った。(鈴木彩子)
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