夏の魔女の憂鬱  



「梨花、少しは落ち着きなさいまし」
「なんのことですか?」 

私としては、いつもと変わらずいるつもりだった。 
だから、客観的に視ればいきなりそんな事を言った沙都子は不自然なわけで……

「あぅあぅ〜♪」
「……………」 

客観的な立場にいるはずの羽入が、明らかに見透かしてるような笑みを浮かべてる。

「どう考えても浮き足立っておりますことよ」
「あぅあぅ、今日来るお客さんがお客さんなので仕方ないのですよ〜」
「っ――!」 

ちっ違う! そんなんじゃ――! 
……驚いてしまって、舌もロクに回らない。 
えっと、とりあえず……

「綿流しにも来て下さったんですのよね?」
「そうなのです。赤坂は雛見沢をとても気に入っていますから」
「なんで鼻高々なんですの?」
「あ、あぅあぅ〜…」 

スクっと立ち上がり、冷蔵庫に向かう。 
沙都子との会話に夢中になってるのか、羽入はこっちに気づいてない。

「赤坂が来ると聴いて、梨花はずっとドキドキワクワクしっぱなしなのですよ。あぅあぅ〜♪」
「あぁ、やっぱりそれが原因でしたのね!」 

……………。

「オホホホ。これで私もようやく、梨花をからかえるネタが出来ましたわー!」
「沙都子、からかわれるのがそんなにイヤだったのですか?」 

冷蔵庫からブツを取り出す。 
耳を澄ませるまでもなく、愉快じゃない会話が耳に入ってくる。

「あぅあぅ。梨花は赤坂の前では猫被りが普段の三倍になりますです。にゃあにゃあなのですよ〜♪」
「しかも赤くなりますから、まるで何処ぞの彗星ですわねっ」
「……………」 

羽入……調子に乗りすぎたわね。 食らえ!

「……あむっ」
「〜――?! 〜! 〜〜――!?!」
「どっどうしたんですの、羽入さん!?」 

激辛キムチを指一杯に摘んで、一気に口に放り込む。 
瞬間、羽入が口元を抑え、藻掻き苦しみ始めた。 
今でも、味覚は共有してる。

「忘れていたのかしら、羽入〜? クスクス……」
「あっあぅあぅ〜…」 

涙で潤んだ眼をこっちに向けてくるけど無視する。
……ともあれ、久しぶりに会うんだし。 
やっぱり恥ずかしくないように、身だしなみくらいは整えといた方が、良いかな……?
鏡で、自分の髪型を視る。 
特におかしな所はない。 
部屋は……きちんと片付いてる。

「いつも私“が”掃除してますわよ」
「……にぱ〜☆」 

とにかく、準備は、出来たと考えていいと思う。 
もうそろそろ時間だし、私は下に降りる事にした。  


境内を降りたその先。 
前を見てみると、その姿が映った。

「やあ梨花ちゃん。久しぶりだね」 

赤坂……と、

「あら。梨花ちゃん、また大きくなったんじゃないかしら」
「みぃ〜、美雪も大きくなっていますですよ〜」 

雪絵、美雪。早い話御一行。 
なんとなく赤坂一人で来ると思っていた自分が、今となっては恥ずかしい。

「……期待すればしただけ、裏切られた時に辛いのですよ」
「……こんな状況で言われるとスゴくムカつくんだけど……」 

とりあえず、ドサクサに紛れて激辛キムチを食べる事によって、制裁は済んだ。 


「……?」 

久しぶりに会った梨花ちゃん。
なのに、なのかだから、なのか。とにかく、いつもと少し違うように見えた。 
少し、浮かない顔をしているように見える。

「どうしましたか、赤坂?」
「ん……? いや、なんでもないよ」 

今首を傾げているのは、いつもどおりの梨花ちゃんだ。
多分、気のせいだろう。

「まずは神社を見たいらしいので、案内しますですよ」 

軽やかに階段を上がってゆく。僕らもそれに付いていった。

「ここがオヤシロ様を祀っている神社なのです。ちなみに今オヤシロ様は大変な目に遭って泣いているのです」
「?」 

なんとなく『あぅ〜』という呻き声のようなものが聞こえた気がした。

「綿流しの時の盛り上がりは、既に識っていると思いますです。来年も来てくれると嬉しいのですよ、にぱ〜☆」 

ふと、こんな可愛らしいツアーコンダクターがいたら……なんて事を思った。
……いやいや。

「因みに向こうの方にあるプレハブ小屋がボク達のお家なのです」 

細く小さい指が指す先、懐かしいプレハブ小屋が見えた。

「小さなお家だねー」
「こっこら!」
「構わないのですよ。本当に小さな小さなお家なのです。住人もみんな小さいのですよー」 

ここに籠もって梨花ちゃんを狙う奴らの目を誤魔化していた数日間。 
それからもう大分経っているように思えたけど、まだ二ヵ月くらいしか経っていない事実に少しだけ驚く。 
それだけ、もう長い事、こうして親交を深めている気がした。

「赤坂が家に泊まりに来た事もあるのですよ」

……ん? 今の梨花ちゃんの発言で、微妙に空気が凍ったような気が。

「泊まった、ですか……。初めて聴く話ですね。どうして教えてくれなかったんですか?」 

にこやかな雪絵。 
マズい……これは多分、いや確実に誤解している。

「い、いや……内緒にしてたのは……」
「人に言えない事をしてしまったからなのですよ」 

……なんで頬を赤らめてるんだ、梨花ちゃん。

「人には言えない事って、なにかしら……?」
「……………」 

……その後の事は、あまり話したくない。 
薄れゆく意識の中聞こえてくる、美雪と梨花ちゃんの会話が、記憶に残った。

「いいなー。わたしも梨花ちゃんの家に泊まりたいー!」
「いつでも歓迎しますですよー、にぱ〜☆」 

……………。 
………。 
……。




「右手に見えるのが田舎ならどこにでもある田園風景なのです」 

小さな手をいっぱいに伸ばして僕らに紹介をする梨花ちゃん。 
何度観ても、決して飽きる事がない。

「二の腕を凝視されている気がするのです」
「しっしてないよ、してない!」 

……さっきの事もあるし、頼むから滅多な事を言わないでほしい。 
もちろん僕がジッと観てたのは梨花ちゃんじゃなくて、彼女が指している田園風景だ。

「本当に好いですね。とても和やかで」
「家の周り、コンクリートのお家ばっかりで退屈だもん」 

そんな場所にずっと暮らしてたら、きっと子どもの内に学ぶべき大切な事を学び損ねてしまう。 
東京から随分離れた雛見沢に、わざわざ一家揃ってくるのは、それも一つの大きな理由だった。 
勿論、僕自身がこの光景や空気の美味しさを気に入ってしまったのも大きい。 
さすがに頻繁には無理だろうけど、これからも綿流しの度くらいには行きたい、そう思った。

「おお赤坂さん、またきとったん。どうかね、今獲ったキュウリ食べんね?」 

たまたま農家のお爺さんと遇う。

「そのままでもとても美味しいのです。シャリシャリウマウマなのですよ〜」
「ホント……?」 

野菜嫌いの美雪が、反応を示す。これはチャンスかもしれない。

「本当なのです。もし美味しくなかったら家の冷蔵庫にある特大プリンをあげますです」
「……?」 

またどこかで『あぅ〜』という声が聞こえた気がした。

「わかった……食べてみる」
「美味しくてもプリン欲しさにマズイっていうのはナシなのです」
「そんなズルしないよっ」 

美雪がすすんで、キュウリを口に入れた。 
数回咀嚼して、

「……おいしい」 

驚いたような顔をして、そう呟いた。

「そりゃあこの雛見沢でわしが丹精込めて作ったキュウリですけぇ!」

『わっはっはっはっ』と大笑いする老人の声が、妙に心に残った。




「……………」 

みんなで一緒に回るのも、やってみれば悪くないわね。 
というかなんで赤坂と二人で行く事に固執してたのか、分からない。

「パパー! 疲れたからおんぶしてー」
「ダメだ。ちゃんと自分で歩きなさい」
「むぅ〜…てりゃっ」
「うわっ!」 

軽くジャンプして、赤坂の服に覆い被さるようにしがみついた美雪。 
一歩間違えば赤坂の首が著しく締め付けられるわけだけど、そうじゃなくて。

「まったく、しょうがないなぁ……」
「えへへ〜っ」 

……なんかムカつくんだけど。 
特に赤坂のあのマヌケ面。親バカもいいトコじゃない。 
……そういえば私も、結構歩いたから疲れてきた。 
別に、私も赤坂に甘えたくなったとか、そういう理由じゃないから。

「赤阪ー。ボクも歩き疲れてクタクタのヘトヘトなのです」
「え? 梨花ちゃんもかい? ちょっと連れ回しすぎちゃったかな……」
「ゴメンなさい。こう見えて子どもっぽい人だから、何かに夢中になるとたまに周りが目に入らなくなっちゃうの」
「雪絵!?」 

……イマイチ反応が面白くないわね。 
ここは圭一に教えてもらった必殺技でいくしかない!

「赤坂……」 

まずはか細い声で相手の名前を呼ぶ。

「うん?」 

そして振り向いた瞬間、身長差を利用して不自然にならないように上目遣いに見上げて少しだけ眼を潤ませて。

「もう歩けないのです。おんぶ、してもらうのは、ダメですか……?」 

少しだけ、恐る恐るという感じを含ませて、ゆっくりとした声でお願いする。

「なっ――!」 

……なんかよく判らないけど衝撃を受けてる。 
成功した、みたいね。  


その後私と美雪の二人を背負って、バテるまで赤坂は歩き続けた。
 その間も幾つか言葉を交わしたけど、美雪に話しかける時の声のトーンが、妙に気になった。 
私と話している時よりも楽しそうな気がして。 
私と話している時よりも自然に笑ってるような気がして。 
……やっぱり、親バカね。 
きっと、それに呆れてるだけ。 
私が知っていた赤坂は、もっと……だから。 


「あれ? 梨花ちゃん」 

一周して戻ってきて。境内の階段に腰掛けて黄昏ているのを、美雪に発見された。

「美雪。どうしたですか? こんなところで」
「んー…別にどうしたってわけじゃないけど……気になったから、かな?」
「そうですか……」 

興味がなくなったからまたそっぽを向く。

「……あ、けどせっかくだから、一個訊きたいな」
「……何をですか?」
「お父さんのこと、教えてほしいなぁ。梨花ちゃん、前にお父さんに助けられた事があるんでしょ?」 

……なるほど。 
確かに、赤坂は自分の娘に仕事の事を話す事はないだろう。 
というか、私も話せる事は少ない。 
それでも私は、美雪に当たり障りのない範囲で教える事にした。 
私がとある事情で悪い人に追われていて、私とその仲間達は、なんとか勝つ事が出来た。 
その一緒に戦った仲間の一人が赤坂。 絶体絶命のピンチに駆けつけて、一瞬で敵を倒してしまった。 
……解りやすく説明すると、スゴい安っぽい話に聞こえるわね……。

「あの時の赤坂は、とってもカッコ良かったのですよー」 

途中から、分かったこと。 
私は美雪に、美雪の知らない赤坂の事を話したかったらしい。 
その理由は……

「美雪ー、梨花ちゃーん!」
「あ、お父さんっ!」 

……………。
『梨花がまごついてるから今日はもうお別れの時間になってしまったのですよ〜』
「あんた、一日に何回激辛キムチ味わいたいの?」
『あぅー!』 
第一、まごつくも何も取り立ててやる事なんてない。 
赤坂は、妻子持ちだし。 
というか独り身だとしても、別に……。 
……………。 
………。 
……。

「じゃ、また来るよ。梨花ちゃん」 

こっちにはもうちょっとの間だけいるけど、雛見沢にいるのは今日だけ。 
次に会えるのは多分、早くても来年の綿流し。

「また遊ぼうね、梨花ちゃん!」
「今度はみんなと一緒にお祭りを引っ掻き回すですよーっ」 

美雪と、そんな約束を一つ。 
古手神社の巫女にあるまじき発言だけど、当のオヤシロ様もニコニコ笑ってるだけだから問題ないでしょ。 
そして……

「赤坂も雪絵も、また来てくれると嬉しいのです」
「もちろん。また大きな休みが出来たら、絶対に行くよ」
「それならもっとお仕事頑張らないといけませんね」

……………。 
多分、『子どものやった事』って流される、わよね。 
子どもの体である事がありがたいような、やっぱり憎たらしいような。

「じゃあ、そろそろ行くよ」
「赤坂」
「え…――?!」 

振り向いた赤坂の首に抱きついて、頬に口付ける。

「また今度、なのですよ」 

それだけ。 
それだけで、後は私は、また来年を待つ。  
百年待つのに比べれば、それはあっという間だから。 
今度はずっと、期待に胸を膨らませて、待っていよう。   









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☆あとがき☆
うっしゃあああっ!
ひぐらしSS4作目(うち一つは中編)で、ようやく書けました。赤坂×梨花!
はい。
こうして機微さんところの祭り参加作品としてある本作ですが、プロット立てた当初は普通のSSのつもりでした。
しかし機微さんがSS祭りをやると知ったので、このお話をそのまま祭りに使う事に決めました!(←暴露)
ハイ。赤坂×梨花イイです。ムチャクチャ。
カップリングだとこの組み合わせが一番好き。
今回ちょっとだけ出た、というキャラが多かったように思うので、あまり登場しなかったキャラの解説とか。
沙都子……プロット段階では普通に出すつもりでいたんですが、動かしづらかったので序盤のみに。
ちなみに友達と遊びに行ってます。
羽入……基本的には透明化した状態でずっと後ろにいます。    
そして梨花の様子を観ながら密かに「あぅあぅ♪」言ってます。
雪絵さん……えっと、一言だけ。それで察して下さい。ごめんなさい。
……と、奇妙な後書きとなってしまいましたが、ここまでお読み下さりありがとうございました。 

機微さん、今回はお誘い頂きありがとうございました。また何かお祭りやる時はよろしくです。
今回のお祭り、盛況のうちに終わると信じてこの作品を贈らせていただきます。
それでは改めて、ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。


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