ドリーム小説






Day.3----隠れ穴






ロン!


ハリーは声を出さずに叫んだ。
窓際に忍び寄り、鉄格子越しに話ができるように窓ガラスを上に押し上げた。




「ロン、いったいどうやって?─────なんだい、これは?」


窓の外の様子が全部目に入った途端、ハリーは呆気に取られて口がポカンと開いてしまった。
ロンはトルコ石色の旧式な車に乗り、後ろの窓から身を乗り出していた。
その車は空中に駐車している。
ロンの隣でが手を振っていた。
前の座席からハリーに笑いかけているのは、ロンの双子の兄、フレッドとジョージだ。




「よう、ハリー、元気かい?」
「いったいどうしたんだよ」


ロンが言った。




「どうして僕の手紙に返事くれなかったんだい? 手紙を一ダースぐらい出して、家に泊まりにおいでって誘ったんだぞ
 そしたらパパが家に帰って来て、君がマグルの前で魔法を使ったから、公式警告状を受け取ったって言うんだ・・・・」
「僕じゃない─────でも君のパパ、どうして知ってるんだろう?」
「パパは魔法省に勤めてるんだ 学校の外では、僕たち魔法をかけちゃいけないって、君も知ってるだろ─────
「自分のこと棚に上げて」


ハリーは浮かぶ車から目を離さずに言った。




「あぁ、これは違うよ パパのなんだ 借りただけさ 僕たちが魔法をかけたわけじゃない
 君の場合は、一緒に住んでるマグルの前で魔法をやっちゃったんだから・・・・」
「言ったろう、僕じゃないって─────でも話せば長いから、今は説明できない ねぇ、ホグワーツのみんなに、
 説明してくれないかな おじさんたちが僕を監禁して学校に戻れないようにしてるって 当然、魔法を使って出て
 行くことも出来ないよ そんなことしたら、魔法省は僕が3日間のうちに2回も魔法を使ったと思うだろ だから─────」
「ゴチャゴチャ言うなよ」


ロンが言った。




「僕たち君を家に連れて行くつもりで来たんだ」
「だけど魔法で僕を連れ出すことはできないだろ─────」
「そんな必要ないよ 僕が誰と一緒に来たか、忘れちゃいませんか、だ」


ロンは運転席の方を顎で指して、ニヤッと笑った。
フレッドがロープの端をハリーに放って寄越した。




「それを鉄格子に巻きつけろ」
「おじさんたちが目を覚ましたら、僕はおしまいだ」


ハリーが、ロープを鉄格子に堅く巻きつけながら言った。




「心配するな 下がって」


フレッドがエンジンを吹かした。
ハリーは部屋の暗がりまで下がって、ヘドウィグの隣に立った。
ヘドウィグは事の重大さが分かっているらしく、ジッと静かにしていた。
エンジンの音がだんだん大きくなり、突然バキッという音と共に、鉄格子が窓からスッポリ外れた。
フレッドはそのまま車を空中で直進させた─────
ハリーが窓際に駆け戻って覗くと、鉄格子が地上スレスレでブラブラしているのが見えた。
ロンが息を切らしながらそれをと一緒に車の中まで引っ張り上げた。
ハリーは耳をそばだてたが、ダーズリー夫婦の寝室からは何の物音も聞こえなかった。
鉄格子がロンと一緒に後部座席に無事収まると、フレッドは車をバックさせて、出来るだけハリーのいる窓際に近づけた。




「乗れよ」


ロンが言った。




「だけど、僕のホグワーツのもの・・・・杖とか・・・・箒とか・・・・」
「置いて行ってしまっては、あの夫妻のことです、ハリーの物を全て燃やしてしまうかも」


が言った。




「どこにあるんだよ?」
「階段下の物置に 鍵がかかってるし、僕、この部屋から出られないし─────」
「まかせとけ」


ジョージが助手席から声をかけた。




「ハリー、ちょいと退いてろよ」


フレッドとジョージがそーっと窓を乗り越えて、ハリーの部屋に入って来た。
ジョージが何でもない普通のヘアピンをポケットから取り出して鍵穴に捻じ込んだのを見て、ハリーは舌を巻いた。
─────この2人には、まったく負けるよな─────




「驚きましたね・・・・ピッキングなんて、いったいどこで・・・・」


ジョージの後ろからが小さな声で囁いた。
その時、初めてハリーはの肩に黒いワタリガラスが乗っていた事に気付いた。
首から青い勾玉をぶら下げた奇妙なカラスだった。
ハリーはカラスが鳴いてしまわないかハラハラしたが、カラスはとても静かだった。




「マグルの小技なんて、習うだけ時間のムダだってバカにする魔法使いが多いけど、知ってて損はないぜ ちょっとトロいけどな」


フレッドがニヤッと笑って言った。
直後、カチャッと小さな音がして、ドアがハラリと開いた。




「それじゃ─────僕たちはトランクを運び出す─────君は部屋から必要なものを片っ端から掻き集めて、ロンに渡してくれ」


ジョージが囁いた。




「1番下の階段に気をつけて 軋むから」


踊り場の暗がりに消えていく双子の背中に向かって、ハリーが囁き返した。
ハリーは部屋の中を飛び回って持ち物を掻き集め、に手伝ってもらいながら窓の向こう側のロンに渡した。
それからフレッドとジョージが重いトランクを持ち上げて階段を上って来るのに手を貸した。
バーノンおじさんが咳をするのが聞こえた。
フーフー言いながら3人は、やっと踊り場までトランクを担ぎ上げ、それからハリーの部屋を通って窓際に運んだ。
フレッドが窓を乗り越えて車に戻り、ロンと一緒にトランクを引っ張り、ハリーとジョージとは部屋の中から押した。
じりっじりっとトランクが窓の外に出て行った。
バーノンおじさんがまた咳をしている。




「もうちょい」


車の中から引っ張っていたフレッドが、喘ぎながら言った。




「あと一押し・・・・」


ハリーとジョージがトランクを肩の上に載せるようにしてグッと押すと、トランクは窓から滑り出て車の後部座席に収まった。




「オーケー 行こうぜ」


ジョージが胸を押さえて喘いでいるの手を握った。
しかしハリーが窓枠を跨ごうとした途端、後ろから突然大きな鳴き声がして、
それを追いかけるようにおじさんの雷のような声が響いた。




あのいまいましいふくろうめが!
「ヘドウィグを忘れてた!」


ハリーが部屋の隅まで駆け戻った時、パチッと踊り場の明かりがついた。
ハリーは鳥籠を引っ掴んで窓までダッシュし、籠をロンにパスした。
それから急いで箪笥をよじ登ったが、その時、すでに鍵の外れているドアを
おじさんがドーンと叩き─────ドアがバターンと開いた。

一瞬、バーノンおじさんの姿が額縁の中の人物のように、四角い戸口の中で立ち竦んだ。
次の瞬間、おじさんは怒れる猛牛のように鼻息を荒げ、ハリーに飛びかかり、足首をむんずと掴んだ。
ロン、、フレッド、ジョージがハリーの腕を掴んで、力の限り、ぐいと引っ張った。




「ペチュニア!」


おじさんが喚いた。




「やつが逃げる! やつが逃げるぞー!


おじさんは離さなかった。




「ムニン! お願いしますっ」


の肩に止まっていたカラスは羽をバサッと広げ、飛び立つと、カーッとひと鳴きして鋭い嘴をおじさんに剥いた。
バーノンおじさんはカラスを払い除けようと、片手をハリーの足首から離した。
ウィーズリー3兄弟が満身の力でハリーを引っ張った。
ハリーの足がおじさんの手からスルリと抜けた。
そしてハリーが車に乗り、ドアをバタンと閉めたと見るや否や、ロンが叫んだ。




「フレッド、今だ! アクセルを踏め!」


そして車は月に向って急上昇した。

自由になった─────ハリーはすぐには信じられなかった。
車のウィンドウを開け、夜風に髪をなびかせ、後ろを振り返ると、カラスが風を切ってついて来ていた。
プリペット通りの家並みの屋根がだんだん小さくなっていくのが見えた。
バーノンおじさん、ペチュニアおばさん、ダドリーの3人が、ハリーの部屋の窓から身を乗り出し、茫然としていた。




「来年の夏にまたね!」


ハリーが叫んだ。
ウィーズリー兄弟は大声で笑い、ハリーも後部座席にロンとと一緒に収まって、顔中をほころばせていた。




「ヘドウィグを放してやろう」


ハリーがロンに言った。




「後ろからついてこれるから ずーっと一度も羽を伸ばしてないんだよ」


ジョージがロンにヘアピンを渡した。
間もなく、ヘドウィグは嬉しそうに窓から空へと舞い上がり、
白いゴーストのように、カラスと一緒になって車に寄り添い、滑るように飛んだ。




「さあ─────ハリー、話してくれるかい? 一体何が遭ったんだ? は本人から聞けって言うし」


ロンが待ちきれないように聞いた。
ハリーはドビーのこと、自分への警告のこと、スミレの砂糖漬けデザート騒動のことなどを全部話して聞かせた。
話し終わると、しばらくの間、ショックでみんな黙りこくってしまった。




「そりゃ、くさいな」


フレッドがまず口を開いた。




「まったく、怪しいな」


ジョージが相槌を打った。




「それじゃ、ドビーは、いったい誰がそんな罠を仕掛けてるのかさえ教えなかったんだな?」
「教えられなかったんだと思う 今も言ったけど、もう少しで何か漏らしそうになるたびに、ドビーは壁に頭をぶっつけ始めるんだ」


ハリーが答えた。




「もしかして、ドビーが僕に嘘ついたって言いたいの?」


フレッドとジョージが顔を見合わせたのを見て、ハリーが聞いた。




「ウーン、なんと言ったらいいかな」


フレッドが答えた。




「『屋敷しもべ妖精』ってのは、それなりの魔力があるんだ だけど、普通は主人の許しがないと使えない
 ドビーのやつ、君がホグワーツに戻ってこないようにするために、送り込まれてきたんじゃないかな
 誰かの悪い冗談だ 学校で君に恨みを持ってるやつ、誰か思いつかないか?」
「いる」


ハリーとロンがすかさず同時に答えた。




「ドラコ・マルフォイ あいつ、僕を憎んでる」


ハリーが説明した。




「ドラコ・マルフォイだって?」


ジョージが振り返った。




「ルシウス・マルフォイの息子じゃないのか?」
「たぶんそうだ ざらにある名前じゃないもの だろ? でも、どうして?」
「パパがそいつのこと話してるのを、聞いた事がある 『例のあの人』の大の心棒者だったって」
「ところが、『例のあの人』が消えたとなると」


今度はフレッドが前の席から首を伸ばして、ハリーを振り返りながら言った。




「ルシウス・マルフォイときらた、戻ってくるなり、全て本心じゃなかったって言ったそうだ 
 ウソ八百さ─────パパはやつが『例のあの人』の腹心の部下だったと思ってる」


ハリーは前にもマルフォイ一家のそんな噂を聞いたことがあったし、噂を聞いても特に驚きもしなかった。
ドラコを見ていると、ダーズリー家のダドリーでさえ、親切で、思いやりがあって、感じやすい少年に思えるぐらいだ。




「マルフォイ家に『屋敷しもべ妖精』がいるかどうか、僕知らないけど・・・・」


ハリーが言った。




「まあ、誰が主人かは知らないけど、魔法族の旧家で、しかも金持ちだね」


フレッドが言った。




「あぁ、ママなんか、アイロンかけする『しもべ妖精』がいたらいいのにって、しょっちゅう言ってるよ
 だけど家にいるのは、やかましい屋根裏お化けと庭に巣食ってる小人だけだもんな
『屋敷しもべ妖精』は、大きな館とか城とかそういうところにいるんだ 俺たちの家なんかには、絶対に来やしないさ・・・・」


ジョージが言った。
ハリーは黙っていた。
ドラコ・マルフォイがいつも最高級のものを持っていることから考えても、
マルフォイ家には魔法使いの金貨が唸っているのだろう。
ドラコが大きな館の中を威張って歩いてる様子が、ハリーには目に浮かぶようだった。
「屋敷しもべ」を送って寄越し、ハリーがホグワーツに戻れなくしようとするなんて、まさにドラコならやりかねない。
ドビーの言うことを信じたハリーがバカだったんだろうか?




「とにかく、迎えに来てよかった」


ロンが言った。




「いくら手紙を出しても返事をくれないんで、僕、ほんとに心配したぜ 初めはエロールのせいかと思ったけど─────」
「エロールって誰?」
「うちのふくろうさ 彼はもう化石だよ 何度も配達の途中でへばってるし だからヘルメスを借りようとしたけど─────」
誰を?
「パーシーが監督生になった時、パパとママが、パーシーに買ってやったふくろうさ」


フレッドが前の座席から答えた。




「だけど、パーシーは僕に貸してくれなかったろうな 自分が必要だって言ってたもの」


ロンが言った。




「パーシーのやつ、この夏休みの行動がどうも変だ」


ジョージが眉を潜めた。




「実際、山ほど手紙を出してる それに、部屋に閉じこもってる時間も半端じゃない・・・・
 考えてもみろよ、監督生の銀のバッジを磨くったって、限度があるだろ・・・・フレッド、西にそれ過ぎだぞ」


ジョージが計器盤のコンパスを指差しながら言った。
フレッドがハンドルを回した。




「じゃ、お父さんは、君たちがこの車を使ってること知ってるの?」


ハリーは聞かなくても答えは分かってるような気がした。




「ン、いや」


ロンが答えた。




「パパは今夜仕事なんだ 僕たちが車を飛ばせたことを、ママが気付かないうちに車庫に戻そうって仕掛けさ」
「お父さんは、魔法省でどういうお仕事なの?」
「1番つまんないとこさ マグル製品不正使用取締局」
「なに局だって?」
「マグルの作ったものに魔法をかけることに関係があるんだ つまり、それがマグルの店や家庭に戻された時の問題なんだけど
 去年なんか、あるおばあさん魔女が死んで、持ってた紅茶セットが古道具屋に売りに出されたんだ
 どこかのマグルのおばあさんがそれを買って、家に持って帰って、友達にお茶を出そうとしたのさ
 そしたら、酷かったなあ─────パパは何週間も残業だったよ」
「いったい何が起こったの?」
「お茶のポットが大暴れして、熱湯をそこいら中に噴き出して、そこにいた男の人なんか
 砂糖つまみの道具で鼻をつままれて、病院に担ぎ込まれてさ パパはてんてこ舞いだったよ 同じ局には、パパともう1人、
 パーキンスっていう年寄りきりいないんだから 2人して記憶を消す呪文とかいろいろ揉み消し工作だよ・・・・」
「だけど、君のパパって・・・・この車とか・・・・」


フレッドが声を上げて笑った。




「そうさ 親父さんたら、マグルのことには何でも興味津々で、家の納屋なんか、
 マグルのものがいっぱい詰ってる 親父はみんなバラバラにして、魔法をかけて、また組み立てるのさ
 もし親父が自分の家を抜き打ち調査したら、たちまり自分を逮捕しなくちゃ お袋はそれで気が狂いそうさ」
「大通りが見えたぞ」


ジョージがフロントガラスから下を覗き込んで言った。




「10分で着くな・・・・よかった もう夜が明けてきたし・・・・」


東の地平線がほんのり桃色に染まっていた。
フレッドが車の高度を下げ、ハリーの目に、畑や木立の茂みが黒っぽいパッチワークのように見えてきた。




「僕等の家は」


ジョージが話しかけた。



「オッタリー・セント・キャッチボールっていう村から少し外れたとこにあるんだ」


空飛ぶ車は徐々に高度を下げた。
木々の間から、真っ赤な曙光が差し込み始めた。




「着地成功!」


フレッドの言葉と共に、車は地面を打ち、一行は着陸した。
着地地点は小さな庭のボロボロの車庫の脇だった。
初めて、ハリーはロンの家を眺めた。

かつては大きな石造りの豚小屋だったかもしれない。
あっちこっちに部屋をくっつけて、数階建ての家になったように見えた。
クネクネと曲がっているし、まるで魔法で支えているようだった(きっとそうだ、とハリーは思った)
赤い屋根に煙突が4本、5本、ちょこんと載っかっていた。
入口近くに看板が少し傾いて立っていた。





と書いてある。
玄関の戸の周りに、ゴム長がごた混ぜになって転がり、思いっきり錆び付いた大鍋が置いてあった。
丸々と太った茶色の鶏が数羽、庭で餌を啄ばんでいた。




「大したことないだろ」


ロンが言った。




すっごいよ


ハリーはプリペット通りをチラッと思い浮かべ、幸せな気分で言った。
5人は車を降りた。




「さあ、みんな、そーっと静かに2階に行くんだ」


フレッドが言った。




「お袋が朝食ですよって呼ぶまで待つ それから、ロン、お前が下に跳びはねながら
 下りて行って言うんだ 『ママ、夜の間に誰が来たと思う!』そうすりゃハリーを見て
 お袋は大喜びで、俺たちが車を飛ばしたなんてだーれも知らなくてすむ」
「了解、じゃ、ハリー、おいでよ 僕の寝室は─────」


ロンはさーっと青褪めた。
目が一箇所に釘付けになっている。
あとの4人が急いで振り返った。

ウィーズリー夫人が庭の向こうから、鶏を蹴散らして猛然と突き進んでくる。
小柄な丸っこい、優しそうな顔の女性なのに、鋭い牙を剥いた虎にそっくりなのは、なかなか見物だった。




アチャ!


フレッドが言った。




「こりゃ、ダメだ」


ジョージも言った。
ウィーズリー夫人は5人の前でピタリと止まった。
両手を腰に当て、罰の悪そうな顔を1人1人ずいーっと睨み付けた。
花柄のエプロンのポケットから魔法の杖が覗いている。




それで?


と一言。




「おはよう、ママ」


ジョージが、自分では朗らかに愛想良く挨拶したつもりだった。




「母さんがどんなに心配したか、あなたたち、わかってるの?」


ウィーズリー夫人の低い声は凄みが効いていた。




「ママ、ごめんなさい でも、僕たちどうしても─────」


3人の息子はみんな母親より背が高かったが、母親の怒りが爆発すると、3人とも縮こまった。




ベッドは空っぽ! メモも置いてない! 車は消えてる・・・・事故でも起こしたかもしれない・・・・
 心配で気が狂いそうだった・・・・わかってるの?・・・・こんなことは初めてだわ・・・・
 お父さんがお帰りになったら覚悟なさい ビルやチャーリーやパーシーは、こんな苦労はかけなかったのに・・・・

「完璧・パーフェクト・パーシー」


フレッドが呟いた。




パーシーの爪の垢でも煎じて飲みなさい!


ウィーズリー夫人はフレッドの胸に指を突きつけて怒鳴った。




「あなたたち死んだかもしれないのよ 姿を見られたかもしれないのよ 
 お父さんが仕事を失うことになったかもしれないのよ─────」


この調子が何時間も続いたかのようだった。
ウィーズリー夫人は声が嗄れるまで怒鳴り続け、それからの方に向き直った。




「あなたも、どうしてこのバカ息子たちを止めてくれなかったの? あなたなら、事の重大さが分かっていたはずでしょう?」
「・・・・申し訳ありません 返す言葉もありません」


は申し訳無さそうに俯いた。




「ママ、が悪いんじゃないよ 僕たちが提案したんだ」


ジョージが言った。




「それに、が僕達を止められると思うかい?」


フレッドが言った。




「お黙んなさい!」


ウィーズリー夫人はハリーの方に向き直った。
ハリーはたじたじと、後退りした。




「まあ、ハリー、よく来てくださったわねえ 家へ入って、朝食をどうぞ」


ウィーズリー夫人はそう言うと、クルリと向きを変えて家の方に歩き出した。
ハリーはどうしようかとロンをチラリと見たが、ロンが大丈夫というように頷いたので、後について行った。

台所は小さく、かなり狭苦しかった。

しっかり洗い込まれた木のテーブルと椅子が、真ん中に置かれている。
ハリーは椅子の端っこに腰掛けて周りを見渡した。
ハリーは魔法使いの家にこれまで一度も入ったことがなかった。
ハリーの反対側の壁に掛かっている時計には針が1本しかなく、数字が1つも書かれていない。
その代わり、「お茶を入れる時間」「鶏に餌をやる時間」「遅刻よ」などと書き込まれていた。
暖炉の上には本が3段重ねに積まれている。
「自家製魔法チーズの作り方」「お菓子をつくる楽しい呪文」「1分間でご馳走を─────まさに魔法だ!」などの本がある。
流しの脇に置かれた古ぼけたラジオから、放送が聞こえて来た。
ハリーの耳が確かなら、こう言っている。




<次は『魔女の時間』です 人気歌手の魔女セレスティナ・ワーベックをお迎えしてお送りします>


ウィーズリー夫人は、あちこちガチャガチャいわせながら、行き当たりばったり気味に朝食を作っていた。
息子たちにには怒りの眼差しを投げつけ、フライパンにソーセージを投げ入れた。
時々低い声で、「おまえたちときたら、いったい何を考えてるやら」とか
「こんなこと、絶対思ってもみなかったわ」と、ブツブツ言った。




あなたのことは責めていませんよ」


ウィーズリー夫人はフライパンを傾けて、ハリーのお皿に8本も9本もソーセージを滑り込ませながら念を押した。




「アーサーと2人であなたのことを心配していたの 昨夜も、金曜日までにあなたからロンへの返事が来なかったから、
 わたしたちがあなたを迎えに行こうって話をしていたぐらいよ でもねえ」


今度は目玉焼きが3個もハリーの皿に入れられた。




「不正使用の車で国中の空の半分も飛んでくるなんて─────誰かに見られてもおかしくないでしょう─────」


彼女が当たり前のように流しに向って杖を一振りすると、中で勝手に皿洗いが始まった。
カチャカチャと軽い音が聞こえて来た。




「ママ、曇り空だったよ!」


フレッドが言った。




「物を食べてる時はお喋りはしないこと!」


ウィーズリー夫人が一喝した。




「ママ、連中はハリーを餓死させるとこだったんだよ!」


ジョージも言った。




「おまえもお黙り!」


ウィーズリー夫人が怒鳴った。




「だいたいおまえたちは、事あるごとにを連れ回して! 朝起きて、彼女がベッドにいないのを見たら、
 ジニーがどんなに驚くと思ってるの? お母さんは、彼女のお父様から『よろしくお願いします』と言われているんですよ!
 もし、に何か遭ったら、お母さんはどう責任取ればいいと思ってるの? 怪我してからじゃ、遅いのよ!」
「大丈夫だよ、ママ 僕が護るから」


ジョージが言った。




「僕たちだろ? それに、怪我なんてさせるもんか」


フレッドも言った。
はどう返していいのか分からず、様子を窺うようにウィーズリー夫人をチラッと見た。
おばさんはハリーのためにパンを切って、バターを塗り始めると、前より和らいだ表情になった。
その時、みんなの気を逸らすことが起こった。




「ママ、がいないの? もう起きてる?」


ネグリジェ姿の小さな赤毛の子が台所に現れたと思うと、「キャッ」と小さな悲鳴を上げて、また走り去ってしまったのだ。




「ジニー」


ロンが小声でハリーに囁いた。




「妹だ 夏休み中ずっと、君の事ばっかり話してたよ」
「あぁ、ハリー、君のサインを欲しがるぜ」


フレッドがニヤッとしたが、母親と目が合うと途端に俯いて、あとは黙々と朝食を食べた。
5つの皿が空になるまで─────あっという間に空になったが─────あとは誰も一言も喋らなかった。




「なんだか疲れたぜ」


フレッドがやっとナイフとフォークを置き、欠伸をした。




「おば様、庭小人の駆除を、先に済ませてしまいますね」


食器を片付けたが言った。




「うえー、、君、本気かよ?」


フレッドが驚嘆の眼差しでを見上げて言った。




「眠くないのか?」
「多少眠気はありますが、庭小人の駆除をすることは先日からの約束でしたから
 それに、夜中起きていたのは自分の責任ですし、約束は約束です 
 ですが、私は庭小人を見た事がありませんし、駆除の仕方も知らないので、どちらか手伝って下さると助かるのですが」
「その通りです」


ウィーズリー夫人が言った。




「おまえたち3人もです」


夫人はフレッドとジョージとロンをギロッと睨み付けた。




「少しはを見習いなさい ハリー、あなたは上に行って、お休みなさいな
 あのしょうもない車を飛ばせてくれって、あなたが頼んだわけじゃないんですもの」
「僕、みんなの手伝いをします 庭小人の駆除って見た事がありませんし─────」


バッチリ目が覚めていたハリーは、急いでそう言った。




「まあ、優しい子ね でも、つまらない仕事なのよ さて、ロックハートがどんなことを書いているか見てみましょう」


ウィーズリー夫人は暖炉の上の本の山から、分厚い本を引っ張り出した。




「ママ、僕たち、庭小人の駆除のやり方ぐらい知ってるよ」


ジョージが唸った。
ハリーは本の背表紙を見て、そこにデカデカと書かれている豪華な金文字の書名を呼んだ。

「ギルデロイ・ロックハートのガイドブック 一般家庭の害虫」

表紙には大きな写真が見える。
波打つブロンド、輝くブルーの瞳の、とてもハンサムな魔法使いだ。
魔法界では当たり前のことだが、写真は動いていた。
表紙の魔法使い─────ギルデロイ・ロックハートなんだろうな、
とハリーは思った─────は、悪戯っぽいウィンクを投げ続けている。
ウィーズリー夫人は写真に向ってニッコリした。




「あぁ、彼って素晴らしいわ 家庭の害虫についてほんとによくご存知 この本、とてもいい本だわ・・・・」
「ママったら、彼にお熱なんだよ」


フレッドはわざと聞こえるようなささやき声で言った。




「フレッド、バカなことを言うんじゃないわよ」


ウィーズリー夫人は、頬をほんのり紅らめていた。




「いいでしょう ロックハートよりよく知っていると言うのなら、庭に出て、お手並みを見せていただきましょうか
 あとで私が点検に行った時に、庭小人が1匹でも残ってたら、そのとき後悔しても知りませんよ」


欠伸をしながら、ぶつくさ言いながら、ウィーズリー3兄弟はダラダラと外に出た。
とハリーはそのあとに従った。
広い庭で、ハリーにはこれこそ庭だと思えた。
ダーズリー一家はきっと気に入らないだろう。
雑草が生い茂り、芝生は伸び放題だった。
しかし、壁の周りは曲がりくねった木でグルリと囲まれ、花壇という花壇には、
ハリーが見た事もないような植物が溢れるばかりに生い茂っていたし、大きな緑色の池は蛙でいっぱいだった。




「マグルの庭にも飾り用の小人が置いてあるの、知ってるだろ」


ハリーは芝生を横切りながらロンに言った。




「あぁ、マグルが庭小人だと思っているやつは見たことがある」


ロンは腰を曲げて芍薬の茂みに首を突っ込みながら応えた。




「太ったサンタクロースの小さいのが釣り竿を持ってるような感じだったな」


突然ドタバタと荒っぽい音がして、芍薬の茂みが震え、中からロンが立ち上がった。




これぞ


ロンが重々しく言った。




「ほんとの庭小人なのだ」
「放せ! 放しやがれ!」


小人はキーキー喚いた。
なるほど、サンタクロースとは似ても似つかない。
小さく、ゴワゴワした感じで、ジャガイモそっくりのでこぼこした大きなハゲ頭だ。
堅い小さな足でロンを蹴飛ばそうと暴れるので、ロンは腕を伸ばして小人を掴んでいた。
それから足首を掴んで小人を逆さまにぶら下げた。




「こうやらないといけないんだ」


ロンは小人を頭の上に持ち上げて(「放せ!」小人が喚いた)投げ縄を投げるように大きく円を描いて小人を振り回し始めた。
ハリーとがショックを受けたような顔をしているので、ロンが説明した。




「小人を傷つけるわけじゃないんだ─────ただ、完全に目を回させて、巣穴に戻る道がわかんないようにするんだ」


ロンが小人の踵から手を放すと、小人は宙を飛んで、5・6メートル先の垣根の外側の草むらにドサッと落ちた。




「それっぽっちか!」


フレッドが言った。




「俺なんかあの木の切り株まで飛ばしてみせるぜ」


ハリーもたちまち小人が可哀想だと思わないようになった。
捕獲第一号を垣根の向こうにそっと落としてやろうとした途端、
ハリーの弱気を感じ取った小人が剃刀のような歯をハリーの指に食い込ませたのだ。
ハリーは振り払おうとしてさんざんてこずり、ついに─────




「ひゃー、ハリー、15・6メートルは飛んだぜ・・・・」


宙を舞う庭小人でたちまち空が埋め尽くされた。




「な? 連中はあまり賢くないだろ」


一度に5・6匹を取り押さえながらジョージが言った。




「庭小人駆除が始まったと分かると、連中は寄ってたかって見物に来るんだよ
 巣穴の中でじっとしている方が安全だって、いいかげん分かってもいい頃なのにさ」
「キャッ!」


後ろから小さな悲鳴が聞こえ、4人が振り返った。
が、しがみ付く庭小人を引き離そうと奮闘していた。
庭小人はてこでも離れまいとしてのローブにしがみ付き、両手での胸をわし掴みにして踏ん張っていた。




「こいつ!」


フレッドとジョージが引き離しに掛かり、ようやく引き離された庭小人は今日で最長記録、22メートルも吹っ飛んだ。
やがて、外の草むらに落ちた庭小人の群れが、あちこちからダラダラと列を作り、小さな背中を丸めて歩き出した。




「また戻ってくるさ」


小人たちが草むらの向こうの垣根の中へと姿をくらますのを見ながらロンが言った。




「連中はここが気に入ってるんだから・・・・パパったら連中に甘いんだ 面白いやつらだと思ってるらしくて・・・・」


丁度その時、玄関のドアがバタンと音を立てた。




「噂をすれば、だ!」


ジョージが言った。




「親父が帰って来た!」


5人は大急ぎで庭を横切り、家に駆け戻った。
ウィーズリー氏は台所の椅子にドサッと倒れ込み、メガネを外し、目を瞑っていた。
細身で禿げていたが、わずかに残っている髪は子供たちと全く同じ赤毛だった。
ゆったりと長い緑のローブは埃っぽく、旅疲れしていた。




「酷い夜だったよ」


子供たちが周りに座ると、ウィーズリー氏はお茶のポットをまさぐりながら呟いた。




「9件も抜き打ち調査したよ 9件もだぞ! マンダンガス・フレッチャーのやつめ、
 私がちょっと後ろを向いた隙に呪いをかけようとし・・・・」


ウィーズリー氏はお茶をゆっくり一口飲むと、フーッと溜息をついた。




「パパ、なんか面白いもの見つけた?」


フレッドが急き込んで聞いた。




「わたしが応酬したのは精々、縮む鍵数個と、噛み付くヤカンが1個だけだ」


ウィーズリー氏は欠伸をした。




「かなり凄いのも1つあったが、わたしの管轄じゃなかった モートレイクが引っ張られて、
 なにやら酷く奇妙なイタチのことで尋問を受けることになったが、ありゃ、実験的呪文委員会の管轄だ やれやれ・・・・」
「鍵なんか縮むようにして、なんになるの?」


ジョージが聞いた。




「マグルをからかう餌だよ」


ウィーズリー氏がまた溜息をついた。




「マグルに鍵を売って、いざ鍵を使う時には縮んで鍵が見つからないようにしてしまうんだ・・・・もちろん、
 犯人を挙げることは至極難しい マグルは鍵が縮んだなんて誰も認めないし─────連中は鍵を失くしたって言い張るんだ
 まったくおめでたいよ 魔法を鼻先に突きつけられたって 徹底的に無視しようとするんだから・・・・
 しかし、我々の仲間が魔法をかけた物ときたら、まったく途方も無い物が─────」
たとえば車なんか?


ウィーズリー夫人が登場した。
長い火掻き棒を刀のように構えている。
ウィーズリー氏の目がパッチリ開いた。
そして奥さんをバツの悪そうな目で見た。




「モリー、母さんや く、くるまとは?」
「ええ、アーサー、そのくるまです」


ウィーズリー夫人の目はランランだ。




「ある魔法使いが、錆び付いたおんぼろ車を買って、奥さんには仕組みを調べるので分解するとか何とか言って、
 実は呪文をかけて車が飛べるようにした、というお話がありますわ」


ウィーズリー氏は目をパチクリした。




「ねえ、母さん 分かってもらえると思うが、それをやった人は法律の許す範囲でやっているんで
 ただ、えー、その人はむしろ、えへん、奥さんに、なんだ、それ、ホントのことを・・・・
 その車を飛ばすつもりがなければ、その車がたとえ飛ぶ能力を持っていたとしても、それだけでは─────」
「アーサー・ウィーズリー あなたが法を作った時に、しっかりと抜け穴を書き込んだんでしょう!」


ウィーズリー夫人が声を張り上げた。




「あなたが、納屋いっぱいのマグルのガラクタに悪戯したいから、だから、そうしたんでしょう!
 申し上げますが、ハリーが今朝到着しましたよ あなたが飛ばすおつもりが無いと言った車でね!」
「ハリー?」


ウィーズリー氏はポカンとした。




「どのハリーだね?」


ぐるりと見渡してハリーを見つけると、ウィーズリー氏は飛び上がった。




「なんとまあ、ハリー・ポッター君かい? よく来てくれた ロンがいつも君のことを─────」
あなたの息子たちが、昨夜ハリーの家まで車を飛ばしてまた戻ってきたんです!


ウィーズリー夫人は怒鳴りつけた。




「何か仰りたいことはありませんの え?」
「やったのか?」


ウィーズリー氏はウズウズしていた。




「うまくいったのか? つ、つまりだ─────」


ウィーズリー夫人の目から火花が飛び散るのを見て、ウィーズリー氏は口ごもった。




「そ、それは、おまえたち、イカン─────そりゃ、絶対イカン・・・・」
「2人にやらせとけばいい」


ウィーズリー夫人が大きな食用蛙のように膨れ上がったのを見て、ロンがハリーとに囁いた。




「来いよ 僕の部屋を見せよう」
「それでは、私はジニーのところへ戻ります」


3人は台所を抜け出し、狭い廊下を通ってでこぼこの階段に辿り着いた。
階段はジグザグと上の方に伸びていた。
3番目は踊り場のドアが半開きになっていて、中から明るい鳶色の目が2つ、ハリーを見つめていた。
ハリーがチラッと見るか見ないうちにドアはピシャッと閉じてしまった。




「ジニーだ」


ロンが言った。




「妹がこんなにシャイなのもおかしいんだよ いつもならお喋りばかりしてるのに─────」
「きっと、照れているのですよ それじゃ、またあとで会いましょう?」


はジニーの部屋に入って行った。
それから2つ3つ踊り場を過ぎて、ペンキの剥げかけたドアに辿り着いた。
小さな看板がかかり、「ロナルドの部屋」と書いてあった。
中に入ると、切妻の斜め天井に頭がぶつかりそうだった。

ハリーは目をしばたいた。

まるで炉の中に入り込んだように、ロンの部屋の部屋の中はほとんど何もかも、
ベッドカバー、壁、天井までも、燃えるようなオレンジ色だった。
よく見ると、粗末な壁紙を隅から隅までビッシリと埋め尽くして、ポスターが貼ってある。
どのポスターにも7人の魔法使いの男女が、鮮やかなオレンジ色のユニフォームを着て、箒を手に、元気よく手を振っていた。




「ご贔屓のクィディッチ・チームかい?」
「チャドリー・キャノンズさ」


ロンはオレンジ色のベッドカバーを指差した。
黒々と大きなCの文字が2つと、風を切る砲丸の縫い取りがしてある。

「ランキング9位だ」

呪文の教科書が隅の方にグシャグシャと積まれ、その脇の漫画本の山は、
みんな「マッドなマグル マーチン・ミグズの冒険」シリーズだった。
ロンの魔法の杖は窓枠のところに置かれ、その下の水槽の中はびっしりと蛙の卵がついている。
その脇で、太っちょの灰色ネズミ、ロンのペットのスキャバーズが日溜りでスースー眠っていた。
床に置かれた「勝手にシャッフルするトランプ」をまたいで、ハリーは小さな窓から外を見た。
ずーっと下の方に広がる野原から、庭小人の群れが1匹また1匹と垣根をくぐってこっそり庭に戻って来るのが見えた。
振り返るとロンが緊張気味にハリーを見ていた。
ハリーがどう思っているのか気にしているような顔だ。




「ちょっと狭いけど」


ロンが慌てて口を開いた。




「君のマグルのとこの部屋みたいじゃないけど それに、僕の部屋、屋根裏お化けの真下だし、
 あいつ、しょっちゅうパイプを叩いたり、呻いたりするんだ・・・・」


ハリーは思いっきりニッコリした。




「僕、こんな素敵な家は生まれて初めてだ」


ロンは耳元をポッと紅らめた。
























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