ドリーム小説
Day.2----ドビーの警告
ハリーは危うく叫び声を上げるところだったが、に口を押さえられて、やっとのことで堪えた。
ベッドの上にはコウモリのような長い耳をして、テニスボールぐらいの緑の目がギョロリと飛び出した小さな生き物がいた。
今朝、庭の生垣から自分を見ていたのはこれだ、とハリーは咄嗟に気付いた。
互いジッと見つめているうちに、玄関ホールの方からダドリーの声が聞こえて来た。
「メイソンさん、奥様、コートをお預かりいたしましょうか?」
生き物はベッドからスルリと滑り降りて、カーペットに細長い鼻の先がくっつくぐらい低くお辞儀をした。
ハリーはその生き物が、手と足が出るように裂け目がある古い枕カバーのようなものを着ているのに気付いた。
「あ─────こんばんは」
ハリーは不安げに挨拶した。
「ハリー・ポッター!」
生き物が甲高い声を出した。
きっと下まで聞こえたとハリーは思った。
「ドビーめはずっとあなた様にお目にかかりたかった・・・・とっても光栄です・・・・」
「あ、ありがとう」
ハリーは壁伝いに机の方ににじり寄り、崩れるように椅子に腰掛けた。
椅子の傍の大きな鳥籠でヘドウィグが眠っていた。
「、あれは何?」
ハリーがコソッと聞いた。
「『屋敷しもべ妖精』です それなりの魔法族の家計に仕える、いわば召使いのようなものです」
「あ─────そうなの あの─────気を悪くしないで欲しいんだけど、
でも─────僕の部屋に今『屋敷しもべ妖精』がいると、とっても都合が悪いんだ」
ペチュニアおばさんの甲高い作り笑いが居間から聞こえて来た。
しもべ妖精は項垂れた。
「知り合いになれて嬉しくないってわけじゃないんだよ」
ハリーが慌てて言った。
「だけど、あの、何か用事があってここに来たの?」
「はい、そうでございますとも」
ドビーが熱っぽく言った。
「ドビーめは申し上げたいことがあって参りました・・・・
複雑でございまして・・・・ドビーめは一体何から話してよいやら・・・・」
「座ってね」
ハリーはベッドを指差して丁寧にそう言った。
するとしもべ妖精はわっと泣き出した。
ハリーがハラハラするような煩い泣き方だった。
「す─────座ってだなんて!」
妖精はオンオン泣いた。
「これまで一度も・・・・一度だって・・・・」
ハリーは階下の声が一瞬たじろいだような気がした。
「ごめんね」
ハリーは囁いた。
「気に障ることを言うつもりは無かったんだけど」
「このドビーめの気に障るですって!」
妖精は喉を詰らせた。
「ドビーめはこれまでたったの一度も、魔法使いから
座ってなんて言われたことがございません─────まるで対等みたいに─────」
ハリーは「シーッ!」と言いながらも、宥めるようにドビーを促して、ベッドの上に座らせた。
ベッドでしゃくり上げている姿は、とても醜い大きな人形のようだった。
しばらくするとドビーはやっと収まってきて、大きなギョロ目を尊敬で潤ませ、ハリーをひしと見ていた。
「あなたは、あまり好い魔法使いに出会わなかったのですね? どこのお屋敷に仕えているのですか?」
はドビーを元気付けるつもりでそう言った。
ドビーは頷いた。
そして突然立ち上がると、何の前触れも無しに窓ガラスに激しく頭を打ちつけ始めた。
「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」
「やめて─────いったいどうしたの?」
ハリーは声を噛み殺し、飛び上がってドビーを引き戻してベッドに座らせた。
ヘドウィグが目を覚まし、ひときわ大きく鳴いたかと思うと鳥籠の格子にバタバタと激しく羽を打ちつけた。
「ドビーめは自分でお仕置きをしなければならないのです」
妖精は目をクラクラさせながら言った。
「自分の家族の悪口を言いかけたのでございます・・・・」
「君の家族って?」
「ドビーめがお仕えしているご主人様、魔法使いの家族でございます・・・・
ドビーは屋敷しもべです─────1つの屋敷、1つの家族に一生お仕えする運命なのです・・・・」
「その家族は君がここに来てること知ってるの?」
ハリーは興味をそそられた。
しかしドビーは身を震わせた。
「滅相も無い・・・・ドビーめはこうしてお目にかかりに参りましたことで、きびしーく自分をお仕置きしないといけないのです
ドビーめはオーブンの蓋で両耳をバッチンしないといけないのです ご主人様にばれたら、もう・・・・」
「でも、君が両耳をオーブンの蓋に挟んだりしたら、それこそご主人が気付くんじゃない?」
「ドビーめはそうは思いません ドビーめは、いっつも何だかんだと自分にお仕置きをしていないといけないのです
ご主人様は、ドビーめに勝手にお仕置きをさせておくのでございます 時々お仕置きが足りないとおっしゃるのです・・・・」
「何て酷い・・・・」
は顔を顰めた。
「どうして家出しないの? 逃げれば?」
「屋敷しもべ妖精は解放していただかないといけないのです ご主人様はドビーめを自由にするはずがありません
・・・・ドビーめは死ぬまでご主人様の一家に仕えるのでございます・・・・」
ハリーは目を見張った。
「僕なんか、あと4週間もここにいたら、とっても身が持たないと思ってた
君の話を聞いてたらダーズリー一家でさえ人間らしいって思えてきた 誰か君を助けてあげられなのかな? 僕に何かできる?」
そう言った途端、ハリーは「しまった」と思った。
ドビーはまたしても感謝の雨霰と泣き出した。
「お願いだから」
ハリーは必死で囁いた。
「頼むから静かにして おじさんたちが聞きつけたら、君がここにいることが知られたら・・・・」
「ハリー・ポッターが『何かできないか』って、ドビーめに聞いてくださった・・・・
ドビーめはあなた様が偉大な方だとは聞いておりましたが、こんなにお優しい方だとは知りませんでした・・・・」
ハリーは顔がポッと熱くなるのを感じた。
「僕が偉大だなんて、君が何を聞いたか知らないけど、くだらないことばかりだよ
僕なんか、ホグワーツの同学年でトップというわけでもないし の方がずっと偉大だよ」
「ハリー・ポッターは謙虚で威張らない方です」
ドビーは球のような目を輝かせて恭しく言った。
「ハリー・ポッターは『名前を呼んではいけないあの人』に勝ったことをおっしゃらない」
「ヴォルデモート?」
「あぁ、その名をおっしゃらないで おっしゃらないで」
ドビーはコウモリのような耳を両手でパチッと覆い、呻くように言った。
ハリーは慌てて「ごめん」と言った。
「その名前を聞きたくない人はいっぱいいるんだよね」
するとドビーはヘッドライトのような目を見開いて、ハリーの方に身を乗り出してきた。
「ドビーめは聞きました」
ドビーの声がかすれていた。
「ハリー・ポッターが闇の帝王と2度目の対決を、ほんの数週間前に・・・・ハリー・ポッターがまたしてもその手を逃れたと」
ハリーが頷くと、ドビーの目が急に涙で光った。
「あぁ」
ドビーは着ている汚らしい枕カバーの端っこを顔に押し当てて涙を拭い、感嘆の声を上げた。
「ハリー・ポッターは勇猛果敢! もう何度も危機を切り抜けていらっしゃった! でも、ドビーめは、
ハリー・ポッターをお護りするために参りました 警告しに参りました あとでオーブンの蓋で
耳をバッチンしなくてはなりませんが、それでも・・・・ハリー・ポッターはホグワーツに戻ってはなりません」
一瞬の静けさ─────
階下でナイフやフォークがカチャカチャいう音と、遠い雷鳴のようにゴロゴロというバーノンおじさんの声が聞こえるだけだった。
「な、なんて言ったの?」
言葉がつっかえた。
「僕、だって、戻らなきゃ─────9月1日に新学期が始まるんだ それがなきゃ僕、耐えられないよ ここがどんなところか、
君は知らないんだ ここには身の置き場がないんだ 僕の居場所は君と同じ世界─────ホグワーツなんだ」
「いえ、いえ、いえ」
ドビーがキーキー声を立てた。
あんまり激しく頭を横に振ったので、耳がパタパタいった。
「ハリー・ポッターは安全な場所にいないといけません あなた様は偉大な人、優しい人
失うわけには参りません ハリー・ポッターがホグワーツに戻れば、死ぬほど危険でございます」
「どうして?」
ハリーは驚いて尋ねた。
するとドビーは突然全身をワナワナ震わせながら囁くように言った。
「罠です、ハリー・ポッター 今学期、ホグワーツ魔法魔術学校で世にも恐ろしいことが起こるよう
仕掛けられた罠でございます ドビーめはそのことを何ヶ月も前から知っておりました
ハリー・ポッターは危険に身を晒してはなりません ハリー・ポッターはあまりにも大切なお方です!」
「世にも恐ろしい罠とは、一体どのようなことなのですか?」
が聞き返した。
「誰がそのような罠を?」
ドビーは喉を締められたような奇妙な声を上げ、狂ったように壁にバンバン頭を打ちつけた。
「わかったから!」
ハリーは妖精の腕を掴んで引き戻しながら叫んだ。
「言えないんだね 分かったよ でも君はどうして僕に知らせてくれるの?」
ハリーは急に嫌な予感がした。
「もしかして─────それ、ヴォル─────あ、ごめん─────『例のあの人』と関係があるの?」
ドビーの頭がまた壁の方に傾いで行った。
「首を縦に振るか、横に振るかだけしてくれればいいよ」
ハリーは慌てて言った。
するとゆっくりと、ドビーは首を横に振った。
「いいえ─────『名前を呼んではいけないあの人』ではございません」
ドビーは目を大きく見開いて、ハリーに何かヒントを与えようとしているようだったが、ハリーにはまるで見当がつかなかった。
「『あの人』に兄弟がいたかなぁ?」
ドビーは首を横に振り、目をさらに大きく見開いた。
「それじゃ、ホグワーツで世にも恐ろしいことを引き起こせるのは、他に誰がいるのか、全然思いつかないよ
だって、ほら、ダンブルドアがいるからそんなことはできないんだ─────君、ダンブルドアは知ってるよね?」
ドビーはお辞儀をした。
「アルバス・ダンブルドアはホグワーツ始まって以来、最高の校長先生でございます
ドビーめはそれを存じております ドビーめはダンブルドアのお力が『名前を呼んではいけないあの人』の、
最高潮の時の力にも対抗できると聞いております しかし、でござます」
ドビーはここで声を落として、切羽詰ったように囁いた。
「ダンブルドアが使わない力が・・・・正しい魔法使いなら決して使わない力が・・・・」
ハリーが止める間もなく、ドビーはベッドから飛び降り、ハリーの机の上の電気スタンドを引っ掴むなり、
耳を劈くような叫び声を上げながら自分の頭を殴り始めた。
一階が突然静かになった。
次の瞬間、バーノンおじさんが玄関ホールに出てくる音が聞こえた。
ハリーの心臓は早鐘のように鳴った。
「ダドリーがまたテレビをつけっぱなしにしたようですな しょうがないやんちゃ坊主で!」
とおじさんが大声で話している。
「早く! 洋服箪笥に!」
ハリーは声を潜めてそう言うと、ドビーを押し込み、戸を閉めた。
まさにその時、ドアがガチャリと開いた。
「いったい─────きさまは─────ぬぁーにを─────やって─────おるんだ?」
バーノンおじさんは顔を嫌というほどハリーの顔に近付け、食い縛った歯の間から怒鳴った。
「日本人ゴルファーのジョークのせっかくのオチを、貴様が台無しにしてくれたわ・・・・
今度音を立ててみろ、生まれてきた事を後悔するぞ わかったな!」
おじさんはドスンドスンと床を踏み鳴らしながら出て行った。
ハリーは震えながらドビーを箪笥から出した。
「ここがどんなところか分かった? 僕がどうしてホグワーツに戻らなきゃならないか、わかっただろう?
あそこにだけは、僕の─────つまり、僕の方はそう思ってるんだけど、僕の友達がいるんだ」
「ハリー・ポッターに手紙もくれない友達なのにですか?」
ドビーが言いにくそうに言った。
「たぶん、2人ともずーっと─────え?」
ハリーはふと眉を潜めた。
「僕の友達が手紙をくれないって、どうして君が知ってるの?」
ドビーは足をもじもじさせた。
「ハリー・ポッターはドビーのことを怒ってはダメでございます
─────ドビーめは良かれと思ってやったのでございます・・・・」
「君が、僕宛の手紙をストップさせてたの?」
が言っていた。
手紙は出したのに、返事が来なかったと。
「ドビーめはここに持っております」
妖精はするりとハリーの手の届かないところへ逃れ、着ている枕カバーの中から分厚い手紙の束を引っ張り出した。
見覚えのあるハーマイオニーのきちんとした字、のたくったようなロンの字、達筆なの字、
ホグワーツの森番ハグリッドからと思われる走り書きも見える。
ドビーはハリーの方を見ながら心配そうに目をパチパチさせた。
「ハリー・ポッターは怒ってはダメでございますよ・・・・ドビーめは考えました・・・・ハリー・ポッターが、
友達に忘れられてしまったと思って・・・・ハリー・ポッターはもう学校には戻りたくないと思うかもしれないと・・・・
あのに、あなた様はハリー・ポッターに会いに来てしまわれた・・・・せっかくドビーめが手紙を止めておいたのに」
ハリーは聞いてもいなかった。
手紙をひったくろうとしたが、ドビーは手の届かないところに飛び退いた。
「ホグワーツには戻らないとドビーに約束したら、ハリー・ポッターに手紙をさしあげます
あぁ、どうぞ、あなた様はそんな危険な目に遭ってはなりません! どうぞ、戻らないと言って下さい」
「嫌だ」
ハリーは怒った。
「僕の友達の手紙だ 帰して!」
「ハリー・ポッター、それではドビーはこうするしか他ありません」
妖精は悲しげに言った。
そしてハリーに止める間も与えず、ドビーは矢のようにドアに飛びつき、
パッと開けて─────階段を全速力で駆け下りて行った。
ハリーも全速力で、音を立てないように、後を追った。
背後から止めるの声なんて聞こえない。
口の中はカラカラ、胃袋は引っ繰り返りそう。
最後の6段は一気に飛び降り、猫のように玄関ホールのカーペットの上に着地し、
ハリーは辺りを見回して、ドビーの姿を目で探した。
食堂からバーノンおじさんの声が聞こえて来た。
「・・・・メイソンさん、ペチュニアに、あのアメリカ人の配管工の笑い話をしてやってください
妻ときたら、聞きたくてうずうずしてまして・・・・」
ハリーは玄関ホールを走り抜けキッチンに入った。
途端に胃袋が消えて無くなるかと思った。
ペチュニアおばさんの傑作デザート、山盛りのホイップクリームとスミレの砂糖漬けが、なんと天井近くを浮遊していた。
戸棚のてっぺんの角の方にドビーがチョコンと腰掛けていた。
「あぁ、ダメ」
ハリーの声が掠れた。
「ねえ、お願いだ・・・・僕、殺されちゃうよ・・・・」
「ハリー・ポッターは学校に戻らないと言わなければなりません─────」
「ドビー、お願いだから・・・・」
「どうぞ、戻らないと言って下さい・・・・」
「僕、言えないよ!」
ドビーは悲痛な目付きでハリーを見た。
「では、ハリー・ポッターのために、ドビーはこうするしかありません」
デザートは心臓が止まるような音を立てて床に落ちた。
皿が割れ、ホイップクリームが、窓やら壁やらに飛び散った。
ドビーは鞭を鳴らすような、パチッという音と共に掻き消えた。
キッチンに駆け込んだが見たのは、ハリーが頭のてっぺんから足の先まで
ペチュニアおばさんのデザートをかぶって、ショックで硬直して立っている姿だった。
「は、ハリー・・・・? 大丈夫ですか?」
はそっとハリーの肩に手を置こうとした。
しかしドタドタとけたたましい音を立てて、バーノンおじさんがキッチンに飛び込んできた。
ひとまずは、バーノンおじさんが何とかその場を取り繕って、上手くいったように見えた。
(「甥でしてね─────酷く精神不安定で─────この子は知らない人に会うと
気が動転するので、2階に行かせておいたんですが・・・・」)
おじさんは茫然としているメイソン夫妻を「さあ、さあ」と食堂に追い戻し、
ハリーには、メイソン夫妻が帰った後で、虫の息になるまで鞭で打ってやると宣言し、それからモップを渡した。
ペチュニアおばさんはの作ったトルテを持って行った。
ハリーは震えが止まらないまま、キッチンの床をモップで擦り始めた。
「・・・・君・・・・帰れるなら、もう帰った方がいいよ・・・・」
ハリーは蚊の鳴くような声で言った。
「ハリー・・・・」
「たぶん、僕、この後、物置に閉じ込められると思う おじさんは君を追い出したりはしないかもしれないけど、
君が嫌な思いをするのは嫌なんだ それに、君がダドリーと仲良くしてるのを、物置から見てるのは、凄く惨めだから」
は悲しそうな顔をした。
「わかりました 今日は帰りますが、後日、日を改めて、必ず迎えに来ます」
ハリーはの背中を泣きたい気持ちで見送った。
それでも、バーノンおじさんにはまだ商談成立の可能性があった。
─────ふくろうのことさえなければ。
ペチュニアおばさんが、食後のトルテをみんなに切り分けていた時、巨大なふくろうが1羽、
食堂の窓からバサーッと舞い降りて、メイソン夫人の頭の上に手紙を落とし、またバサーッと飛び去って行った。
メイソン夫人はギャーッと叫び声を上げ、ダーズリー一家は狂っている、と喚きながら飛び出して行った。
─────妻は鳥と名がつくものは、どんな形や大きさだろうと死ぬほど怖がる。
いったい君たち、これは冗談のつもりかね─────メイソン氏もダーズリー一家に文句を言うだけ言うと出て行った。
そしておじさんが小さい目に悪魔のような炎を燃やして、ハリーの方に迫ってきた。
ハリーはモップにすがり付いて、やっとの思いでキッチンに立っていた。
「読め!」
おじさんが押し殺した声で毒々しく言った。
ふくろうが配達して行った手紙を振りかざしている。
「いいから─────読め!」
ハリーは手紙を手にした。
誕生祝いのカード、ではなかった。
ポッター殿
今夕9時12分、貴殿の住居において「浮遊術」が使われたとの情報を受け取りました。
ご承知のように、卒業前の未成年魔法使いは、学校の外において呪文を行使することを許されておりません。
貴殿が再び呪文を行使すれば、退校処分となる可能性があります
(未成年魔法使いに対する妥当な制限に関する1875年法、C項)
念のため、非魔法社会の者(マグル)に気付かれる危険性がある魔法行為は、
国際魔法戦士連盟機密保持法第13条の重大な違反となります。
休暇を楽しまれますよう!
敬具
魔法省
魔法不適正使用取締局 マフォルダ・ホップカーク
ハリーは手紙から頭を上げ、生唾をゴクリと飲み込んだ。
「おまえは、学校の外で魔法を使ってはならんということを、黙っていたな」
バーノンおじさんの目には怒りの火がメラメラ踊っていた。
「言うのを忘れたというわけだ・・・・なるほど、つい忘れていたわけだ・・・・」
おじさんは大型ブルドッグのように牙を全部剥き出して、ハリーに迫ってきた。
「さて、小僧、知らせがあるぞ・・・・わしはおまえを閉じ込める・・・・おまえはもうあの学校には戻れない・・・・
決してな・・・・戻ろうとして魔法で逃げようとすれば─────連中がおまえを退校にするぞ!」
狂ったように笑いながら、ダーズリー氏はハリーを2階へ引きずって行った。
バーノンおじさんは言葉通り容赦なかった。
翌朝、人を雇い、ハリーの部屋の窓に鉄格子をはめさせた。
ハリーの部屋のドアには自ら「餌差入口」を取り付け、1日3回、わずかな食べ物をそこから押し込むことが出来るようにした。
朝と夕にトイレに行けるよう部屋から出してくれたが、それ以外は1日中、ハリーは部屋に閉じ込められた。
3日経った。
ダーズリー一家は全く手を緩める気配もなく、ハリーには状況を打開する糸口さえ見えなかった。
ベッドに横たわり、窓の鉄格子の向こうに陽が沈むのを眺めては、いったい自分はどうなるんだろうと考えると惨めだった。
魔法を使って部屋を抜け出したとしても、そのせいでホグワーツを退校させられるなら、なんにもならない。
しかし、今のプリペット通りでの生活は最低の最低だ。
ダーズリー一家は「目が覚めたら大きなフルーツコウモリになっていた」という恐れも無くなり、ハリーは唯一の武器を失った。
ドビーはホグワーツで世にも恐ろしい出来事から、ハリーを救ってくれたかもしれないが、このままでは結果は同じだ。
きっとハリーは餓死してしまう。
餌差入口の戸がガタガタ音を立て、ペチュニアおばさんの手が覗いた。
缶詰スープが一杯差し入れられた。
ハリーは腹ペコで意が痛むほどだったので、ベッドから飛び起きてスープ碗を引っ掴んだ。
冷め切ったスープだったが、半分を一口で飲んでしまった。
それから部屋の向こうに置いてあるヘドウィグの鳥籠にスープを持って行き、
空っぽの餌入れに、スープ碗の底に張り付いていた、ふやけた野菜を入れてやった。
ヘドウィグは羽を逆立て、恨みが増し目でハリーを見た。
「嘴を尖らせてツンツンしたってどうにもならないよ 2人でこれっきりなんだもの」
ハリーはキッパリ言った。
空の碗を餌差入口の傍に置き、ハリーはまたベッドに横になった。
何だかスープを飲む前より、もっとひもじかった。
たとえあと4週間生き延びても、ホグワーツに行かなかったらどうなるんだろう?
何故戻らないかを調べに、誰かを寄越すだろうか?
ダーズリー一家に話して、ハリーを解放するようにできるのだろうか?
部屋の中が暗くなってきた。
疲れ果て、グーグー鳴る空腹を抱え、答えのない疑問を何度も繰り返し考えながら、ハリーはまどろみ始めた。
夢の中でハリーは動物園の檻の中にいた。

と掲示板がかかっている。
鉄格子の向こうから、みんながじろじろ覗いている。
ハリーは腹をすかせ、弱って、藁のベッドに横たわっている。
見物客の中にドビーの顔を見つけて、ハリーは助けを求めた。
しかし、ドビーは「ハリー・ポッターはそこにいれば安全でございます!」と言って姿を消した。
ダーズリー一家がやって来た。
ダドリーが檻の鉄格子をガタガタ揺すって、ハリーの事を笑っている。
「やめてくれ」
ガタガタという音が頭に響くのでハリーは呟いた。
「ほっといてくれよ・・・・やめて・・・・僕眠りたいんだ・・・・」
ハリーは目を開けた。
月明かりが窓の格子を通して射し込んでいる。
誰かが本当に鉄格子の外からハリーをジロジロ覗いていた。
そばかすだらけの、赤毛の、鼻の高い誰かが。
ロン・ウィーズリーが窓の外にいた。