ドリーム小説
Day.16----秘密の部屋
「僕たち、あのトイレに何度も入ってたんだぜ? その間、マートルはたった小部屋3つしか離れてなかったんだ」
ロンは翌日の朝食の席で悔しそうに言った。
「あの時なら聞けたのに、今じゃなぁ・・・・」
「無理でしょうね」
クモを探す事さえ簡単にはできなかったのだから、ましてや先生の目を盗んで女子トイレに潜り込むなど、
特に、最初の犠牲者が出た場所の、すぐ脇の女子トイレだし、とても無理だった。
ところが、その日最初の授業、「変身術」で起きた出来事のお陰で、ハリーは数週間ぶりに「秘密の部屋」など頭から吹っ飛んだ。
授業が始まって10分も経った頃、マクゴナガル先生が、一週間後の6月1日から期末試験が始まると発表したのだ。
「試験?」
シェーマス・フィネガンが叫んだ。
「こんな時にまだ試験があるんですか?」
ハリーのすぐ後ろでバーンと大きな音がした。
ネビル・ロングボトムが杖を取り落とし、自分の机の脚を一本消してしまった音だった。
マクゴナガル先生は杖の一振りで脚を元通りにし、シェーマスの方に向ってしかめっ面をした。
「こんな時でさえ学校を閉鎖しないのは、みなさんが教育を受けるためです」
先生は厳しく言った。
「ですから、試験はいつものように行ないます みなさん、しっかし復習なさっている事と思いますが」
しっかり復習! 城がこんな状態なのに、試験があるとはハリーは考えてもみなかった。
教室中が不満たらたらの声で溢れ、マクゴナガル先生はますます怖いしかめっ面をした。
「ダンブルドア校長のお言い付けです 学校はできるだけ普通通りにやって行きます
つまり、私が指摘するまでもありませんが、この一年間に、みなさんがどれだけ学んだかを確かめると言う事です」
ハリーは、これからスリッパに変身させるはずの2羽の白ウサギを見下ろした。
今年一年何を学んだのだろう?
試験に役立ちそうなことは、何一つ思い出せないような気がした。
ロンはと見ると、「禁じられた森」に行ってそこに住むようにと、たった今、命令されたような顔をしている。
「こんなもんで試験が受けられると思うか?」
ロンは、丁度ビービー大きな音を立て始めた自分の杖を持ち上げて、ハリーとに問いかけた。
最初のテストの3日後、朝食の席で、マクゴナガル先生がまた発表があると言った。
「よいお知らせです」
途端にシーンとなるどころか、大広間は蜂の巣を突っついたようになった。
「ダンブルドアが戻ってくるんだ!」
何人かが歓声を上げた。
「スリザリンの継承者を捕まえたんですね!」
レイブンクローの女子生徒が黄色い声を上げた。
「クィデッチの試合が開催されるんだ!」
ウッドが興奮してウオーッという声を出した。
やっとガヤガヤが静まった時、先生が発表した。
「スプラウト先生のお話では、とうとうマンドレイクが収穫できるとの事です
今夜、石にされた人たちを蘇生させる事ができるでしょう 言うまでもありませんが、
そのうちの誰か一人が、誰に、または何に襲われたのか話してくれるかもしれません
私は、この恐ろしい一年が、犯人逮捕で終わりを迎える事ができるのではないかと、期待しています」
歓声が爆発した。
ハリーがスリザリンのテーブルの方を見ると、当然の事ながらドラコ・マルフォイは喜んではいなかった。
逆にロンは、ここしばらく見せた事がなかったような、嬉しそうな顔をしている。
「それじゃ、マートルに聞きそびれた事もどうでもよくなった! 目を覚ましたら、
多分ハーマイオニーが全部答えを出してくれるよ! けど、あと3日で試験が始まるって聞いたら、
きっとあいつ気が狂うぜ 復習してないんだからな 試験が終るまで、今のままそっとしておいた方が親切だと思わないかな」
その時、ジニー・ウィーズリーがやって来て、の隣に座った。
緊張して落ち着かない様子だ。
膝の上で手をもじもじさせているのには気がついた。
「どうかなされましたか?」
が優しく尋ねた。
だがジニーは黙っている。
グリフィンドールのテーブルを端から端まで眺めながら、怯えた表情をしていた。
「ジニー?」
はジニーの顔を覗き込んだ。
言ってはいけないような事を漏らそうかどうか、躊躇っている表情だった。
「あたし、言わなければいけない事があるの・・・・」
ジニーはの顔を見ないようにしながらボソボソ言った。
「私たちにですか?」
ジニーはなんと言っていいのか言葉が見つからない様子だ。
「いったいなんだよ?」
ロンがジニーを見つめながら促した。
ジニーは口を開いた。
が、声が出てこない。
は少し前屈みになって、ジニーだけに聞こえるような小声で囁いた。
「『秘密の部屋』に関すること・・・・いえ、『日記』に関することですね?」
ジニーは目を大きく見開いての顔を見た。
「どうして、そのことを・・・・」
するとは人差し指を自分の唇に当てて、「シー」と言った。
ジニーはスーッと深呼吸した。
その瞬間、折悪しく、パーシー・ウィーズリーがゲッソリ疲れ切った顔で現れた。
「ジニー、食べ終わったのなら、僕がその席に座るよ、腹ペコだ 巡回見回りが、今終ったばかりなんだ」
ジニーは椅子に電流が走ったかのように飛び上がって、パーシーの方を怯えた目でチラッと見るなり、そそくさと立ち去った。
パーシーはの隣に腰を下ろし、彼女が差し出した紅茶をがぶ飲みした。
「パーシー!」
ロンが怒った。
「ジニーが何か大切な事を話そうとしたとこだったのに!」
紅茶を飲んでいる途中でパーシーが咽せ込んだ。
「どんな事だった?」
パーシーが咳き込みながら聞いた。
「僕たち、ジニーが何かおかしなものを見たのかも知れないと思って、そしたらジニーが何か言いかけて─────」
「ああ─────それ─────それは『秘密の部屋』には関係ない」
パーシーはすぐに言った。
「なんでそう言える?」
ロンの眉が吊り上がった。
「うん、あ、どうしても知りたいなら、ジニーが、あ、この間、僕とバッタリ出くわして、その時僕が─────うん、
なんでもない─────要するにだ、あの子は僕が何かするのを見たわけだ それで僕が、その、あの子に誰にも言うなって
頼んだんだ あの子は約束を守ると思ったのに 大した事ないんだ ほんと ただ、できれば・・・・」
ハリーは、パーシーがこんなにオロオロするのを初めて見た。
「一体何をしてたんだ? パーシー」
ロンがニヤニヤした。
「さ、吐けよ 笑わないから」
パーシーの方はニコリともしなかった。
「、パンを取ってくれないか 腹ペコだ」
明日になれば、自分たちが何もしなくても、全ての謎が解けるだろうとハリーは思ったが、
マートルと話す機会があるなら逃すつもりはなかった─────そして、嬉しい事に、その機会がやって来た。
午後の授業も半ば終わり、次の「魔法史」の教室まで引率していたのがギルデロイ・ロックハートだった。
ロックハートはこれまで何度も「危険は去った」と宣言し、その度に、たちまちそれが間違いだと証明されて来たのだが、
今回は自信満々で、生徒を安全に送り届けるためにわざわざ廊下を引率して行くのは、全くの無駄だと思っているようだった。
髪もいつものような輝きがなく、5階の見廻りで一晩中起きていた様子だった。
「私の言う事をよく聞いておきなさい」
生徒を廊下の曲がり角まで引率してきたロックハートが言った。
「哀れにも石にされた人たちが最初に口にする言葉は『ハグリッドだった』です
全く、マクゴナガル先生が、まだこんな警戒措置が必要だと考えていらっしゃるのには驚きますね」
「その通りですね、先生」
ハリーがそう言ったので、ロンは驚いて教科書を取り落とした。
「どうも、ハリー」
ハッフルパフ生が長い列を作って通り過ぎるのをやり過ごしながら、ロックハートが優雅に言った。
「つまり、私たち、先生というものは、色々やらなければならない事がありましてね
生徒を送ってクラスに連れて行ったり、一晩中見張りに立ったりしなくたって手一杯ですよ」
「その通りです」
ロンがピンと来て上手くつないだ。
「先生、引率はここまでにしてはいかがですか あと一つだけ廊下を渡ればいいんですから」
「実は、ウィーズリー君、私もそうしようかと思う 戻って次の授業の準備をしないといけないのでね」
そしてロックハートは足早に行ってしまった。
「授業の準備が聞いて呆れるぜ」
ロンがフンと言った。
「髪をカールしに、どうせそんなところでしょうね」
はクスクス笑いながら言った。
グリフィンドール生を先に行かせ、3人は脇の通路を駆け下り、「嘆きのマートル」のトイレへと急いだ。
しかし、計略が巧くいったことを互いに称え合っていたその時・・・・。
「ポッター! ウィーズリー! ヴァレンズ! 何をしているのですか?」
マクゴナガル先生が、これ以上固く結べまいと思うほど固く唇を真一文字に結んで立っていた。
「僕たち─────僕たち─────」
ロンがモゴモゴ言った。
するとが2人の前に出た。
「すみません、先生 でも私たちは、もう長い事ハーマイオニーの姿を見てはいません」
はハリーとロンに目配せしながら言った。
「医務室は面会謝絶にされていますから ですから、こっそり医務室に忍び込んで、
せめて彼女に、マンドレイクがもうじき採れる事を報告しようと思ったのです」
マクゴナガル先生はから目を離さなかった。
一瞬、ハリーは先生の雷が落ちるかと思った。
しかし、先生の声は奇妙にかすれていた。
「そうでしょうとも」
ハリーは先生のビーズのような目に、涙がキラリと光るのを見つけて驚いた。
「そうでしょうとも、襲われた人たちの友達が、一番辛い思いをして来た事でしょう・・・・よくわかりました
ミス・ヴァレンズ、勿論、いいですとも ミス・グレンジャーのお見舞いを許可します ビンズ先生には、
私からあなた達の欠席の事をお知らせしておきましょう マダム・ポンフリーには、私から許可が出されたと言いなさい」
ハリーとロンは、罰則を与えられなかった事が半信半疑のままその場を立ち去った。
角を曲がった時、マクゴナガル先生が鼻をかむ音が、ハッキリ聞こえた。
「あれは迫真の演技だったぜ、」
ロンが熱を込めて言った。
こうなれば医務室に行って、マダム・ポンフリーに
「マクゴナガル先生から許可を貰ってハーマイオニーの見舞いに来た」と言う他はない。
マダム・ポンフリーは3人を中に入れたが、渋々だった。
「石になった人に話しかけても何にもならないでしょう」
そう言われながら、ハーマイオニーの傍に座ってみると、ハリーとロンは「全くだ」と納得した。
見舞客が来ていることに、ハーマイオニーが全然気付いていないのは明らかだった。
ベッド脇の小机に「心配するな」と話しかけても効果は同じかもしれない。
「でも、ハーマイオニーが自分を襲った奴を本当に見たと思うかい?」
ロンが、ハーマイオニーの硬直した顔を悲しげに見ながら言った。
「だって、そいつがこっそり忍び寄って襲ったのだったら、誰も見ちゃいないだろう・・・・」
はハーマイオニーの顔を見てはいなかった。
右手の方に興味を持った。
屈み込んでよく見ると、毛布の上で固く結んだ右手の拳に、くしゃくしゃになった紙切れを握り締めている。
マダム・ポンフリーがその辺りにいない事を確認してから、はそっと紙を引っ張り出した。
「それ何?」
ロンが興味深げに覗き込んできた。
図書館の、とても古い本のページが千切り取られていた。
ハリーもロンも屈み込んで一緒に読んだ。
我らが世界を徘徊する多くの怪獣、怪物の中でも、最も珍しく、最も破壊的であるという点で、バジリスクの右に出るものはない。
「毒蛇の王」とも呼ばれる。
この蛇は巨大に成長する事があり、何百年も生きながらえる事がある。
鶏の卵から生まれ、ヒキガエルの腹の下で孵化される。
殺しの方法は非常に珍しく、毒牙による殺傷とは別に、バジリスクの一睨みは致命的である。
その眼からの光線に捕われた者は即死する。
蜘蛛が逃げ出すのはバジリスクが来る前触れである。
何故ならバジリスクは蜘蛛の宿命の天敵だからである。
バジリスクにとって致命的なのは雄鶏が時を作る声で、唯一それからは逃げ出す。
その下に、には見覚えのあるハーマイオニーの筆跡で、一言だけ書かれていた。
『パイプ』
まるでハリーの頭の中で、誰かが電灯をパチンと衝けたようだった。
「ロン! !」
ハリーが声を潜めて言った。
「これだ、これが答えだ! 『秘密の部屋』の怪物はバジリスク─────巨大な毒蛇だ!
だから僕があちこちでその声を聞いたんだ 他の人に聞こえなかったのに 僕たちは蛇語が分かるからなんだ・・・・」
は周りのベッドを見回した。
「バジリスクは視線で人を殺害します ですが誰も死んではいないのは、きっと誰も直接眼を見ていないのでしょう
コリン・クリービーはカメラを通して見ました バジリスクが中のフィルムを焼き切ったようですが、
コリンは石になっただけです ジャスティンは、『ほとんど首無しニック』を通して見たに違いありません
ニックはまともに光線を浴びましたが、2回は死ねません、ゴーストですから
そして、ハーマイオニーとレイブンクローの監督生が見つかった時、傍には鏡が落ちていました
ハーマイオニーは怪物がバジリスクだと気付いたのでしょう・・・・これは憶測ですが、
最初に出会った女子生徒に、どこか角を曲がる時には、まず鏡を見るようにと忠告していたのかもしれません」
ロンは口をポカンと開けていた。
「それじゃ、ミセス・ノリスは? 猫は鏡を持てないよね?」
ロンが小声で急き込んで聞いた。
はハロウィーンの夜の場面を思い出してみた。
「水です」
は落ち着いた声で言った。
「あの晩、廊下には『嘆きのマートル』のトイレから水が溢れていました ミセス・ノリスは水に映った姿を見た筈です
そして、致命的なのは『雄鶏が時をつくる声』 ハグリッドの雄鶏が殺されたのが、何よりの証拠です
『秘密の部屋』が開かれたからには、『スリザリンの継承者』は、城の周辺に雄鶏がいて欲しくないと思ったはずです」
それに「蜘蛛が逃げ出すのは前触れ」何もかもピッタリだった。
「だけど、バジリスクはどうやって城の中を動き回っていたんだろう?」
ロンは呟いた。
「とんでもない大蛇だし・・・・誰かに見つかりそうな・・・・」
「パイプだ」
ハリーが言った。
「パイプだよ・・・・ロン、やつは配管を使ってたんだ 僕には壁の中からあの声が聞こえてた」
ロンは突如ハリーの腕を掴んだ。
「『秘密の部屋』への入り口だ! でももしトイレの中だったら? もし、あの─────」
「─────『嘆きのマートル』のトイレだったら!」
ハリーが続けて叫んだ。
信じられないような話だった。
体中を興奮が走り、3人はそこにじっと座っていた。
「・・・・ということは」
ハリーが口を開いた。
「この学校で蛇語を話せるのは、僕だけじゃないはずだ
『スリザリンの継承者』も話せる そうやってバジリスクを操ってきたんだ」
「これからどうする? すぐにマクゴナガルのところへ行こうか?」
「職員室へ行こう」
ハリーが弾けるように立ち上がった。
「あと10分で、マクゴナガル先生が戻って来るはずだ まもなく休憩時間だ」
3人は階段を下りた。
どこかの廊下でグズグズしているところを、また見つかったりしないよう、真っ直ぐに誰もいない職員室に行った。
広い壁を羽目板飾りにした部屋には、黒っぽい気の椅子が沢山あった。
ハリーとロンはとは違って興奮して座る気になれず、室内を往ったり来たりして待った。
ところが休憩時間のベルが鳴らない。
代わりに、マクゴナガル先生の声が魔法で拡声され、廊下に響き渡った。
「生徒は全員、それぞれの寮に速やかに戻りなさい 教師は全員、職員室に大至急お集まり下さい」
ハリーはクルッと振り向き、ロンとに目を合わせた。
「また襲われたのか? 今になって?」
「どうしよう?」
ロンが愕然として言った。
「寮に戻ろうか?」
「いいえ」
はスネイプの椅子から立ち上がり、素早く周りを見回した。
左側に、やぼったい洋服掛けがあって、先生方のマントがぎっしり詰っていた。
「どうせ私たちの方が確信を知っています 先生方が何を掴んだのか、聞いておいた方がいいでしょう」
3人はその中に隠れて、頭の上を何百という人が、ガタガタと移動する音を聞いていた。
やがて職員室のドアがバタンと開いた。
黴臭いマントの襞の間から覗くと、先生方が次々と部屋に入ってくるのが見えた。
当惑した顔、怯えきった顔。
やがて、マクゴナガル先生がやって来た。
「とうとう起こりました」
シンと静まった職員室でマクゴナガル先生が話し出した。
「生徒が一人、怪物に連れ去られました 『秘密の部屋』そのものの中へです」
フリットウィック先生が思わず悲鳴を上げた。
スプラウト先生は口を手で覆った。
スネイプは椅子の背をぎゅっと握り締め、「何故そんなにハッキリ言えるのですかな?」と聞いた。
「『スリザリンの継承者』がまた伝言を書き残しました」
マクゴナガル先生は蒼白な顔で答えた。
「最初に残された文字のすぐ下にです 『彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう』」
フリットウィック先生はワッと泣き出した。
「連れ去られたのは、誰ですか?」
腰が抜けたように、椅子にへたり込んだマダム・フーチが聞いた。
「ジニー・ウィーズリーです」
マクゴナガル先生が言った。
ハリーは隣で、ロンが声もなくヘナヘナと崩れ落ちるのを感じた。
「全校生徒を明日、帰宅させなければなりません」
マクゴナガル先生が言った。
「ホグワーツはこれでお終いです ダンブルドアはいつも仰っていた・・・・」
職員室のドアがもう一度バタンと開いた。
一瞬ドキリとして、ハリーはダンブルドアに違いないと思った。
しかし、それはロックハートだった。
ニッコリ微笑んでいるではないか。
「大変失礼しました─────ついウトウトと─────何か聞き逃してしまいましたか?」
先生方が、どう見ても憎しみとしか言えない目付きで、ロックハートを見ている事にも気付かないらしい。
するとスネイプが一歩進み出た。
「なんと、適任者が」
スネイプが言った。
「まさに適任者だ ロックハート、女子生徒が怪物に拉致された
『秘密の部屋』そのものに連れ去られた いよいよあなたの出番が来ましたぞ」
ロックハートは血の気が引いた。
「昨夜仰いましたなぁ『秘密の部屋』への入り口はとうに知っていると」
スネイプは畳み掛けるように言った。
「私は─────その、私は─────」
ロックハートはわけのわからない言葉を口走った。
「我輩は確かに覚えておりますぞ ハグリッドが捕まる前に、自分が怪物と対決するチャンスがなかったのは、
残念だとか仰いましたな 何もかも不手際だった、最初から、自分の好きなようにやらせてもらうべきだったとか?」
「私は・・・・何もそんな・・・・あなたの誤解では・・・・」
「では決まりですね、怪物はあなたにお任せしましょうギルデロイ 伝説的なあなたのお力にね」
マクゴナガル先生が言った。
「今夜こそ絶好のチャンスでしょう 誰にもあなたの邪魔をさせはしませんとも
お一人で怪物と取り組むことができますよ お望みどおり、お好きなように」
ロックハートは絶望的な目で周りをジーッと見つめていたが、誰も助け舟を出さなかった。
今のロックハートはハンサムからは程遠かった。
唇はワナワナ震え、歯を輝かせたいつものニッコリが消えた顔は、うらなり瓢箪のようだった。
「よ、よろしい」
ロックハートが裏返った声で言った。
「あーでは、へ、部屋に戻って、し─────支度をします」
ロックハートが出て行った。
「さてと」
マクゴナガル先生は鼻の穴を膨らませて言った。
「これで厄介払いができました 寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったかを知らせてください
明日一番のホグワーツ特急で生徒を帰宅させる、と仰ってください
他の先生方は、生徒が一人たりとも寮の外に残っていないよう見廻ってください」
先生たちは立ち上がり、一人また一人と出て行った。
その日は、ハリーの生涯で最悪の日だったかもしれない。
ロン、、フレッド、ジョージたちとグリフィンドールの談話室の片隅に腰掛け、互いに押し黙っていた。
パーシーはそこにはいなかった。
ウィーズリーおじさん、おばさんににふくろう便を飛ばしに行った後、自分の部屋に閉じこもってしまった。
午後の時間が、こんなに長かった事は今だかつてなく、これほど混み合っている
グリフィンドールの談話室が、こんなに静かだった事も、いまだかつてなかった。
日没近く、フレッドとジョージは、そこにじっとしている事がたまらなくなって、寝室に上がって行った。
「ジニーは何か知っていたんだよ、」
職員室の洋服掛けに隠れて以来、初めてロンが口をきいた。
「だから連れて行かれたんだ パーシーのバカバカしい何かの話じゃなかったんだ
何か『秘密の部屋』に関する事を見つけたんだ きっとそのせいでジニーは─────」
ロンは激しく目を擦った。
「だって、ジニーは純血だ 他に理由があるはずが無い」
は夕日を眺めた。
地平線の下に血のように赤い太陽が沈んでいく─────
確かに、が本気になればジニーを助け出すことはできるかもしれない。
しかしそれではダメだ。
ハリーがいなくては、ハリーに、あの「日記」を破壊させなければならないのだ。
「」
ロンが話しかけた。
「ほんのわずかでも可能性があるだろうか つまり─────ジニーがまだ─────」
「生きているか?」
引き受けてが言った。
ロンはゴクッと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「そうだ! ロックハートに会いに行くべきじゃないかな?」
ロンが言った。
「僕たちの知ってる事を教えてやるんだ ロックハートは何とかして『秘密の部屋』に入ろうとしているんだ
それが何処にあるか、僕たちの考えを話して、バジリスクがそこにいるって、教えてあげよう」
他にいい考えも思いつかなかったし、とにかく何かしたいという思いで、ハリーもロンの考えに賛成した。
談話室にいたグリフィンドール生は、すっかり落ち込み、ウィーズリー兄弟が気の毒で何も言えず、
3人が立ち上がっても止めようとしなかったし、3人が談話室を横切り、肖像画の出入り口から出て行くのを誰も止めはしなかった。
ロックハートの部屋に向って歩くうちに辺りが闇に包まれ始めた。
ロックハートの部屋の中は取り込み中らしい。
カリカリ、ゴツンゴツンに加えて慌しい足音が聞こえた。
ハリーがノックすると、中が急に静かになった。
それからドアがほんの少しだけ開き、ロックハートの目が覗いた。
「あぁ・・・・ポッター君・・・・ウィーズリー君・・・・ヴァレンズさん・・・・」
ドアがまたほんの僅か開いた。
「私は今、少々取り込み中なので、急いでくれると・・・・」
「先生、僕たち、お知らせしたい事があるんです」
ハリーが言った。
「先生のお役に立つと思うんです」
「あー─────いや─────今はあまり都合が─────」
やっと見える程度のロックハートの横顔が、非常に迷惑そうだった。
「つまり─────いや─────いいでしょう」
ロックハートはドアを開け、3人は中に入った。
部屋の中はほとんど全て取り片付けられていた。
床には大きなトランクが2個置いてあり、片方にはローブが、翡翠色、藤色、群青色など、
慌てて畳んで突っ込んであり、もう片方には本がごちゃ混ぜに放り込まれていた。
壁いっぱいに飾られていた写真は、今や机の上にいくつか置かれた箱に押し込まれていた。
「どこかへいらっしゃるのですか?」
ハリーが聞いた。
「うー、あー、そう」
ロックハートはドアの裏側から等身大の自分のポスターを剥ぎ取り、丸めながら喋った。
「緊急に呼び出されてしまって・・・・しかたなく・・・・行かなければ・・・・」
「そんな! 僕の妹はどうなるんですか!?」
ロンが愕然として言った。
「そう、そのことだが─────全く気の毒な事だ」
ロックハートは3人の目を見ないようにし、引き出しをグイッと開け、中の物を引っくり返してバッグに入れながら言った。
「誰よりも私が一番残念に思っている─────」
「『闇の魔術に対する防衛術』の先生じゃありませんか!」
ハリーが言った。
「こんな時にここから出て行けないでしょう! これだけの闇の魔術がここで起こっているというのに!」
「いや、しかしですね・・・・私がこの仕事を引き受けた時は・・・・」
ロックハートは今度はソックスをローブの上に積み上げながら、モソモソ言った。
「職務内容には何も・・・・こんなことは予想だに・・・・」
「先生、逃げ出すっておっしゃるんですか?」
ハリーは信じられなかった。
「本に書いてあるように、あんなに色々な事をなさった先生が?」
「本は誤解を招く」
ロックハートは微妙な言い方をした。
「ご自分が書かれたのに!」
ハリーが叫んだ。
「まあまあ坊や」
ロックハートが背筋を伸ばし、顔を顰めてハリーを見た。
「ちょっと考えれば分かる事だ 私の本があんなに売れるのは、中に書かれている事を全部私がやったと思うからでね
もしアルメニアの醜い魔法戦士の話だったら、たとえ狼男から村を救ったのがその人でも、本は半分も売れなかったはずです
本人が表紙を飾ったら、とても見られたものじゃない ファッション感覚ゼロだ 要するに、そんなものですよ・・・・」
「それじゃ、先生は、他の沢山の人たちのやった仕事を、自分の手柄になさったんですか?」
ハリーはとても信じる気になれなかった。
「自分じゃ何も出来ないってこと?」
ロンが唖然として言った。
「ハリーよ、ハリー」
ロックハートはじれったそうに首を振った。
「そんなに単純なものではない 仕事はしましたよ まずそういう人たちを探し出す
どうやって仕事をやり遂げたのかを聞き出す それから『忘却術』をかける
するとその人たちは自分がやった仕事の事を忘れる 私が自慢できるものがあるとすれば、『忘却術』ですね
ハリー、大変な仕事ですよ 本にサインをしたり、広告写真を撮ったりすれば済むわけではないんですよ
有名になりたければ、倦まず弛まず、長く辛い道程を歩む覚悟がいる」
ロックハートはトランクを全部パチンと締め、鍵を掛けた。
「正直、『例のあの人』の右腕だった、・アッシュフォードを倒した者がいれば、もっと良かったのですがね
そう巧くはいかない 聞くところによると、彼女はヴィーラすらも凌駕する程の絶世の美女だというではないですか?
もし私と出逢っていれば、恋に落ち、己の悪行を悔い改め、改心していたかもしれないのに 実に勿体無い」
ロックハートは体を起こした。
「さてと これで全部でしょう いや、一つだけ残っている」
ロックハートは杖を取り出し、3人に向けた。
「君たちには気の毒ですがね、『忘却術』をかけさせてもらいますよ
私の秘密をペラペラそこら中で喋られたら、もう本が一冊も売れなくなりますからね・・・・」
ハリーは自分の杖に手を掛けた。
しかしの方が速かった。
ロックハートの杖が振り上げられる直前に、は唱えた。
「アウォンドディスティーナ! 武器よ去れ!」
ロックハートは後ろに吹っ飛んで、トランクに足をすくわれ、その上に倒れた。
杖は高々と空中に弧を描き、それをロンがキャッチして窓から外に放り投げた。
ロックハートはまた弱々しい表情に戻ってを見上げていたが、はロックハートに杖を突きつけたままだった。
「わ、私に何をしろと言うのかね?」
ロックハートが力なく言った。
「『秘密の部屋』が何処にあるかも知らない 私には何も出来ない」
「運の良い人ですね 『部屋』の在り処は私たちが知っています あなたはついてくるだけでいい」
はロックハートの首筋に杖を押し当て、「サーペンソーティア」と唱えた。
すると杖先からシュルッとヘビが飛び出し、まるでマフラーを巻くようにロックハートの首に巻きついた。
ロックハートは引き攣ったような声を上げたが、ヘビは大きく口を開けて、ロックハートの首筋に牙を突き立てた。
「妙な事をすれば、その子の牙が皮膚に喰い込みますよ」
が冷徹にも言った。
「クサリヘビの毒症状は、患部に激痛と腫れが起こり、痛みが徐々に全身に広がっていきます
そして皮下や内臓、古傷からの出血、腎機能障害、吐き気、血便、血尿等が起こり、二次的な被害として、
血管がダメージを受けることにより、急激な低血圧等も起こります 性質上、神経を麻痺させる神経毒に比べると
死亡率は高くないものの、後遺症は出血毒の方が重篤化することもありますので、組織が壊死することにより、
手足の切断に至るケースも少なくありません─────あなたも、そうなりたくはないでしょう?」
はニッコリ笑った。
それから3人はロックハートを追い立てるように部屋を出て、一番近い階段を下り、
例の文字が闇の中に光る暗い廊下を通り、4人は「嘆きのマートル」の女子トイレの入り口に辿り着いた。
まずロックハートを先に入らせた。
ロックハートが震えているのを、ハリーは良い気味だと思った。
「嘆きのマートル」は、一番奥の小部屋のトイレの水槽に座っていた。
「アラ、あんただったの」
の顔を見るなりマートルが言った。
「今度は何の用?」
「貴女が亡くなられた時のご様子を、お聞きしたいのです」
マートルはたちまち顔付きが変わった。
こんなに誇らしく、嬉しい質問をされた事がないと言う顔をした。
「すごーく怖かったわ」
マートルはたっぷり味わうように言った。
「まさにここだったの この小部屋で死んだのよ よく覚えてるわ オリーブ・ホーンビーが私のメガネの事を
からかったものだから、ここに隠れたの 鍵を掛けて泣いていたら、誰かが入って来たわ 何か変な事を言ってた
外国語だった、と思うわ とにかく、嫌だったのは、しゃべってるのが男子だったって事
だから、出てってよ! って言うつもりで、鍵を開けたの─────そしたら─────」
マートルは偉そうにそっくり返って、顔を輝かせた。
「死んだの」
「いきなり? どうやって?」
ハリーが聞いた。
「わからない」
マートルがヒソヒソ声になった。
「覚えてるのは大きな黄色い目玉が2つ、体全体がギュッと金縛りにあったみたいで、それからふーっと浮いて・・・・」
マートルは夢見るようにハリーを見た。
「そして、また戻って来たの だって、オリーブ・ホーンビーに取っ憑いてやるって固く決めてたから
あぁ、オリーブったら、私のメガネを笑ったこと後悔してたわ」
「その目玉、正確にはどこで見たのですか?」
が聞いた。
「あの辺り」
マートルは小部屋の前の、手洗い台の辺りを漠然と指差した。
ハリーとロンとは急いで手洗い台に近寄った。
ロックハートは顔中に恐怖の色を浮かべて、ずっと後ろの方に下がっていた。
普通の手洗い台と変わらないように見えた。
3人は隅々まで調べた。
内側、外側、下のパイプの果てまで。
そして、の目に入ったのは─────銅製の蛇口の脇のところに、引っ掻いたような小さなヘビの形が彫ってある。
蛇口を捻っても水は出てこない・・・・壊れたままだ。
「ハリー、何か言ってみろよ 何かを蛇語で」
ロンが言った。
「でも─────」
ハリーは必死で考えた。
なんとか蛇語が話せたのは、本物の蛇に向かっている時だけだった。
小さな彫物をじっと見つめて、ハリーはそれが本物であると想像してみた。
「開け」
ロンの顔を見ると、首を横に振っている。
「普通の言葉だよ」
ハリーはもう一度ヘビを見た。
本物のヘビだと思い込もうとした。
首を動かしてみると、蝋燭の明かりで、彫物が動いているように見えた。
「開け」
言ったはずの言葉は聞こえてこなかった。
代わりに奇妙なシューシューという音が、口から出た。
そして、蛇口が眩い光を放ち、回り始めた。
次の瞬間、手洗い台が動き出した。
手洗い台が沈み込み、見る見る消え去った後に、太いパイプが剥き出しになった。
大人一人が滑り込めるほどの太さだ。
ハリーはロンが息を呑む声で、再び目を上げた。
何をすべきか、もうハリーの心は決まっていた。
「僕はここを降りて行く」
ハリーが言った。
行かないではいられない。
「秘密の部屋」への入口が見つかった以上、ほんの僅かな、幽かな可能性でも、
ジニーがまだ生きているかもしれない以上、行かなければ。
「僕も行く」
ロンが言った。
「もちろん、私も」
も言った。
一瞬の空白があった。
「さて、私はほとんど必要ないようですね」
ロックハートが、得意のスマイルの残骸のような笑いを浮かべた。
「私はこれで─────」
ロックハートがドアの取っ手に手を掛けたが、首に巻きついたクサリヘビが、
シャッと素早く頭を動かして、ドアノブを握るロックハートの手の甲を噛もうとした。
「ひっ!」
「先に降りてください」
が言った。
顔面蒼白で杖もなく、ロックハートはパイプの入り口に近づいた。
「君たち」
ロックハートは弱々しい声で言った。
「ねえ、君たち、それが何の役に立つというんだね?」
ハリーはロックハートの背中を杖で小突いた。
ロックハートは足をパイプに滑り込ませた。
「ほんとうに何の役にも─────」
ロックハートがまだ何か言いかけたが、ロンが押したので、ロックハートは滑り落ちて見えなくなった。
すぐ後にが続いた。
ゆっくりとパイプの中に入り込み、それから手を放した。
ちょうど、果てしのない、ヌルヌルした暗い滑り台を急降下していくようだった。
あちこちで四方八方に枝分かれしているパイプが見えたが、自分たちが降りて行くパイプより太いものはなかった。
そのパイプは曲がりくねりながら、下に向って急勾配で続いている。
は学校の下を深く、地下牢よりも一層深く落ちて行くのがわかった。
後から来るハリーとロンが、カーブを通る度にドスンドスンと軽くぶつかる音を立てているのが聞こえた。
やがてパイプが平らになり、出口から放り出され、ドスッと湿った音を立てて、暗い石のトンネルのジメジメした床に落ちた。
トンネルは立ち上がるには十分な高さだった。
ロックハートが少し離れたところで、全身ベトベトで、ゴーストのように白い顔をして立ち上がるところだった。
ハリーとロンもヒューッと降りてきたので、はパイプの出口の脇によけた。
「学校の何キロもずーっと下の方に違いない」
ハリーの声がトンネルの闇に反響した。
「恐らく湖の下でしょう」
暗いヌルヌルした壁を目を細めて見回しながら、が言った。
「ルーモス 光りよ」
が杖に向って呟くと、杖にまた灯りが点った。
「行きましょう」
があとの3人に声をかけ、4人は歩き出した。
足音が、湿った床にピシャッピシャッと大きく響いた。
トンネルは真っ暗で、目と鼻の先しか見えない。
杖灯りで湿っぽい壁に映る4人の影が、おどろおどろしかった。
「いいですか」
が忠告するように、低い声で言った。
「何か動く気配がしたら、すぐに目を閉じてください」
しかし、トンネルは墓場のように静まり返っていた。
最初に耳慣れない音を聞いたのは、ロンが何かを踏んずけたバリンという大きな音で、それはネズミの頭蓋骨だった。
が杖を床に近づけてよく見ると、小さな動物の骨がそこら中に散らばっていた。
ジニーが見つかった時、どんな姿になっているだろう・・・・。
そんな思いを振り切りながら、は暗いトンネルのカーブを、先頭に立って曲がった。
「、あそこに何かある・・・・」
ロンの声がかすれ、の腕をギュッと掴んだ。
4人は凍りついたように立ち止まって、行く手を見つめた。
トンネルを塞ぐように、何か大きくて曲線を描いたものがあった。
輪郭だけが辛うじて見える。
そのものはじっと動かない。
「ここにいて下さい」
は息を潜めて、後ろの3人に言った。
ロックハートはしっかりと目を押さえていた。
ゆっくりと、できるだけ素早く対応できるよう、杖を構えてはその物体に近寄った。
杖灯りが照らし出したのは、巨大な蛇の「抜け殻」だった。
毒々しい鮮やかな緑色の皮が、トンネルの床にとぐろを巻いて横たわっている。
脱皮した蛇はゆうに6メートルはあるに違いない。
それにまだ新しい。
「なんてこった」
ロンが力なく言った。
後ろの方で急に何かが動いた。
ギルデロイ・ロックハートが腰を抜かしていた。
「大した勇気の持ち主だよ」
呆れたようにロンが言った。
するとは杖を一振りし、ヘビをロックハートの首から消し去った。
「ほら、立てよ」
ロンがロックハートに杖を向け、きつい口調で言った。
するとロックハートは立ち上がり─────ロンに飛び掛って床に殴り倒した。
ハリーが前に飛び出したが、間に合わなかった。
ロックハートは肩で息をしながら立ち上がった。
ロンの杖を握り、輝くようなスマイルが戻っている。
「君たち、お遊びはこれでお終いだ! 私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう
君たち3人はズタズタになった無残な死体を見て、哀れにも気が狂ったと言おう さあ、記憶に別れを告げるが良い!」
ロックハートは「スペロテープ」で張り付けたロンの杖を頭上にかざし、一声叫んだ。
「オブリビエイト! 忘れよ!」
杖は小爆弾並みに爆発した。
ハリーは蛇のとぐろを巻いた抜け殻に躓いて、滑った。
「ハリー! 危ない!」
はハリーの腕を掴んで、グイッと引いて走った。
トンネルの天井から、大きな塊が、雷のような轟音を上げてガラガラと崩れ落ちてきたのだ。
「─────っ!」
巨大な岩が左肩を打ったのを、は感じた。
次の瞬間、岩の塊が固い壁のように立ち塞がっているのを見ながら、とハリーはそこに立っていた。
「! 大丈夫か!?」
ハリーは、歯を食い縛って左肩を押さえているを見た。
「肩が・・・・腕も、折れてしまったようですね」
「僕を庇ったから・・・・」
ハリーは愕然とした。
「ロンは?」
は岩の壁を見つめて言った。
「ローン!」
ハリーが叫んだ。
「大丈夫か? ロン!」
「ここだよ!」
ロンの声は崩れ落ちた岩石の影からぼんやりと聞こえた。
「僕は大丈夫だ でもこっちのバカはダメだ─────杖で吹っ飛ばされた」
ドンと鈍い音に続いて「アイタッ!」と言う大きな声が聞こえた。
ロンがロックハートのむこう脛を蹴っ飛ばしたような音だった。
「これからどうする!?」
ロンの声は必死だった。
「こっちからは行けないよ、何年もかかってしまう・・・・」
はトンネルの天井を見上げた。
巨大な割れ目ができている。
魔法で砕くのは簡単だったが、その衝撃でトンネル全体が潰れたら元も子もない。
なにせ、ここは城の何キロも下の地下だ。
すると岩の向こうから、また「ドン」が聞こえ、「アイタッ!」が聞こえた。
時間だけが無駄に過ぎていく。
ジニーが『秘密の部屋』に連れ去られてから何時間も経っている。
ハリーには道は一つしかないことが分かっていた。
「そこで待ってて」
ハリーはロンに呼びかけた。
「ロックハートと一緒に待っていて 僕が先に進む 1時間たって戻らなかったら・・・・」
もの言いたげな沈黙があった。
「そうすれば君が─────帰りにここを通れる だからハリー─────」
「それじゃ、またあとでね」
ハリーは震える声に、何とか自信を叩き込むように言った。
するとも立ち上がって、床に転がっていた杖を拾った。
「君はここにいなくちゃ、その腕じゃ─────」
ハリーが言いかけた。
「杖腕は無事です 片腕が使えなくとも、あなたの役に立つことは出来ます」
そして、ハリーとは巨大な蛇の皮を越えて先に進んだ。
ロンが力を振り絞って、岩石を動かそうとしている音もやがて遠くなり、聞こえなくなった。
トンネルはクネクネと何度も曲がった。
体中の神経がキリキリと不快に痛んだ。
ハリーはトンネルの終わりが来ればよいと思いながらも、その時に何が見つかるかと思うと、恐ろしくもあった。
またもう一つの曲がり角をそっと曲がった途端、ついに前方に固い壁が見えた。
2匹の蛇が絡み合った彫刻が施してあり、ヘビの目には輝く大粒のエメラルドが嵌め込んであった。
「どうやら、ここのようですね」
が言った。
ハリーは近付いて行った。
喉がカラカラだ。
今度は石のヘビを本物だと思い込む必要はなかった。
ヘビの目が妙に生き生きしている。
何をすべきか、ハリーには想像がついた。
咳払いをした。
するとエメラルドの目がチラチラと輝いたようだった。
「開け」
低く幽かなシューシューという音だった。
壁が二つに裂け、絡み合っていた蛇が分かれ、両側の壁がスルスルと滑るように見えなくなった。
ハリーは頭のてっぺんから足の爪先まで震えながらその中に入って行った。