ドリーム小説
Day.4----ダイアゴン横丁
小屋に大男が入って行くのを岸辺から見つめていた人影は、波打ち際に立って水飛沫を足元の裾に受けていた。
黒ずくめで顔をフードですっかり隠した人影は、あの日動物園でハリーの隣に立った女性だった。
「様」
一人の男が背後に音もなく現れた。
25歳前後の、サラサラのブロンドを風に靡かせたハンサムな男性だった。
「アルバス・ダンブルドアから、例の物を預かってきました」
男は頭を下げたまま封筒をに差し出した。
エメラルド色で宛名が書いてある。
・アッシュフォード様
中から手紙を取り出し、は読んだ。
そしてすぐに手紙を封筒に戻した。
「明日、ダイアゴン横丁へ向われますか?」
男が聞いた。
「そうですね」
はそう答え、音もなくその場から消え去った。
翌朝、一人の少女が若い男性に手を取られながらロンドンを訪れていた。
サラサラの長い髪は輝くようなブロンド、両の瞳はアメジストの宝石を填め込んだかのようで、
昨夜までの美しい顔立ちの大人の女性の面影は何処にもなかった。
2人はちっぽけな薄汚れたパブを目指した。
気をつけて見ない限り、きっと見落としてしまっただろう。
足早に道を歩いていく人たちも、パブの隣にある本屋から反対隣にある
レコード店へと目を移し、真ん中の「漏れ鍋」には全く目もくれない。
扉を開けると、隅の方におばあさんが2・3人腰掛けて小さなグラスでシェリー酒を飲んでいた。
1人は長いパイプを揺らしている。
小柄な、シルクハットを被った男がバーテンのじいさんと話をしていた。
じいさんはハゲていて、歯の抜けたクルミのような顔をしている。
「様、あれを─────」
と全く同じなブロンドの髪とアメジストの瞳の青年、アインはパブのカウンターに目線を流した。
カウンターには大男が突っ立ち、店主のトムと何やら話をしていた。
ボウボウと長い髪、モジャモジャの荒々しい髭に隠れて顔はほとんど見えない。
でも毛むくじゃらの中から真っ黒な黄金虫のような目がキラキラ輝いているのが見えた。
そしてその隣では、黒髪の眼鏡を掛けた小柄な男の子が1人の魔女に何度も握手を求められていた。
するとはカツッ、とブーツの音を床に立てながらメガネの男の子に近付いた。
「グーテン ターク」
がニッコリ微笑んで言った。
「え?」
少年は目を丸くした。
「新入生でしょう? 私は・ヴァレンズ 彼は父の、アイン」
アインはヒゲの大男に握手を求めた。
「あ、僕はハリー・ポッター よ、よろしく 君も新入生?」
ハリーは頬を赤くしながらと握手した。
すっごく可愛い女の子だ。
父親も物凄くハンサムだった。
「もしよろしければ、学用品の買出しをご一緒しませんか?」
「こりゃいい ハリー、今のうちに友達をウンと作っておくとええ」
ハグリッドはハリーの背中をポンと押した。
その衝撃でハリーは前につんのめった。
4人はパブを通り抜け、壁に囲まれた小さな中庭に出た。
ゴミ箱と雑草が2・3本生えているだけの殺風景な庭だ。
するとアインはゴミ箱の上の壁のレンガを数え始め、手の甲で壁を3度叩いた。
たちまち叩いたレンガが震え、次にクネクネと揺れた。
そして真ん中に大きな穴が現れたかと思ったらそれはどんどん広がり、
次の瞬間、目の前に、ハグリッドでさえ十分に通れるほどのアーチ型の入口ができた。
その向こうには石畳の通りが曲がりくねって先が見えなくなるまで続いていた。
「ダイアゴン横丁です ようこそ、魔法使いご用達の場所へ」
驚いているハリーにアインが微笑んで言った。
4人はアーチを潜り抜けた。
ハリーが急いで振り返った時にはアーチはみるみる縮んで、固いレンガ壁に戻るところだった。
傍の店の外に積み上げられた大鍋に、陽の光がキラキラと反射している。
上には看板がぶら下がっていた。

「1つ買わにゃならんが、まずは金を取ってこんとな」
ハグリッドが言った。
目玉をあと8つぐらい欲しい、そうハリーは思った。
いろんな物を一度に見ようと、四方八方キョロキョロしながら横丁を歩いた。
お店、その外に並んでいるもの、買い物客も見たい。
薬問屋の前で、小太りのおばさんが首を振り呟いていた。
「ドラゴンの肝、30グラムが17シックルですって ばかばかしい・・・・」
薄暗い店から、低い、静かなホーホーという泣き声が聞こえて来た。
看板が出ている。

ハリーやと同い年ぐらいの男の子が数人、箒のショーウィンドウに鼻をくっつけて眺めている。
誰かが何か言っているのが聞こえる。
「見ろよ ニンバス2000新型だ・・・・超高速だぜ」
マントの店、望遠鏡の店、ハリーが見た事もない不思議な銀の道具を売っている店もある。
コウモリの脾臓やウナギの目玉の樽をうず高く積み上げたショーウィンドウ。
今にも崩れてきそうな呪文の本の山、羽根ペンや羊皮紙、薬ビン、月球儀・・・・。
「グリンゴッツだ」
ハグリッドの声がした。
小さな店の立ち並ぶ中、一際高くそびえる真っ白な建物だった。
磨き上げられたブロンズの観音開きの扉の両脇に、真紅と金色の制服を着て立っているのは・・・・。
「、あれ、何?」
ハリーが聞いた。
「小鬼、ゴブリンです」
そちらに向って白い階段を登りながら、がヒソヒソ声で言った。
小鬼はハリーより頭1つ小さい。
浅黒い賢そうな顔付きに、先の尖ったあごひげ、それに、なんと手の指と足の先の長いこと。
4人が入口に進むと、小鬼がお辞儀した。
中には2番目の扉がある。
今度は銀色の扉で、何か言葉が刻まれていた。
見知らぬ者よ 入るがよい
欲のむくいを 知るがよい
奪うばかりで 稼がぬものは
やがてはつけを 払うべし
おのれのものに あらざる宝
わが床下に 求める者よ
盗人よ 気をつけよ
宝のほかに 潜むものあり
「ここから盗み出そうなんて、とても狂気の沙汰とは思えませんね」
が言った。
左右の小鬼が銀色の扉を入る4人にお辞儀をした。
中は広々とした大理石のホールだった。
100人を越える小鬼が細長いカウンターの向こう側で、脚高の丸椅子に座り、
大きな帳簿に書き込みをしたり、真鍮の秤でコインの重さを計ったり、片眼鏡で宝石を吟味したりしていた。
ホールに通じる扉は無数にあって、これまた無数の小鬼が出入りする人々を案内している。
「おはよう」
ハグリッドが手のすいている小鬼に声を掛けた。
「ハリー・ポッターさんの金庫から金を取りに来たんだが」
「鍵はお持ちでいらっしゃいますか?」
「どっかにあるはずだが」
ハグリッドはポケットを引っくり返し、中身をカウンターに出し始めた。
カビの生えたような犬用ビスケットが一掴み、小鬼の経理帳簿にバラバラと散らばった。
小鬼は鼻に皺を寄せた。
ハリーは右側の方にいる小鬼が、まるで真っ赤に燃える石炭のような
大きいルビーを山と積んで、次々に秤にかけているのを眺めていた。
「あった」
ハグリッドはやっと出てきた小さな黄金の鍵をつまみ上げた。
すると小鬼は慎重に鍵を調べてから「承知いたしました」と言った。
「それと、ダンブルドア教授からの手紙を預かってきとる」
ハグリッドは胸を張って重々しく言った。
「713番金庫にある、例の物についてだが」
小鬼は手紙を丁寧に読むと、「了解しました」とハグリッドに返した。
「誰かに両方の金庫へ案内させましょう グリップフック!」
グリップフックも小鬼だった。
ハグリッドが犬用ビスケットを全部ポケットに詰め込み終えてから、
4人はグリップフックについてホールから外に続く無数の扉の1つへと向った。
「713番金庫の、例の物とはなんですか?」
が聞いた。
「それは言えん」
ハグリッドは曰くありげに言った。
「極秘じゃ ホグワーツの仕事でな ダンブルドアは俺を信頼してくださる
おまえさんたちにしゃべったりしたら、俺がクビになるだけではすまんよ」
グリップフックが扉を開けてくれた。
ハリーはずっと大理石が続くと思っていたので驚いた。
そこは松明に照らされた細い石造りの通路だった。
急な傾斜が下の方に続き、床に小さな線路がついている。
グリップフックが口笛を吹くと、小さなトロッコがこちらに向かって元気よく線路を上がってきた。
4人は乗り込んだ。
クネクネ曲がる迷路をトロッコはビュンビュン走った。
ハリーは道を覚えようとした。
左、右、右、左、三叉路を直進、右、左、いや、とても到底無理だ。
グリップフックが舵取りをしていないのに、トロッコは行き先を知っているかのように勝手にビュンビュン走った。
冷たい空気の中を風を切って走るので、ハリーは目がチクチクしたが、大きく見開いたままでいた。
一度は行く手に火が吹き出したような気がして、もしかしたらドラゴンじゃないかと身を捩って見たが、遅かった。
トロッコはさらに深く潜っていった。
地下湖の傍を通ると、巨大な鍾乳洞と石筍が天井と床からせり出していた。
「僕、いつもわからなくなるんだけど」
トロッコの音に負けないよう、ハリーはハグリッドに大声で呼びかけた。
「鍾乳石と石筍って、どうちがうの?」
「3文字と2文字の違いだろ 頼む、今はなんにも聞いてくれるな 吐きそうだ」
確かに、ハグリッドは真っ青だ。
「鍾乳石は」
が風に運ばれる髪を片手で押さえながら言った。
「鍾乳洞の壁や天井から垂れ下がる、二次生成物の一種です」
ハリーは必死にの声を聞き取った。
「天井から水の滴る点では、次第につららのように石灰岩が成長するものを、鍾乳石といいます
ただ、天井から落ちた雫が洞窟の底に落ちた地点でも再結晶化が起きるので、
石灰岩が盛り上がって、それが高く成長をしたものを石筍といいます
そして上から成長した鍾乳石と、下から伸び上がった石筍が繋がってしまうと、石柱と呼ばれるものに変化します
鍾乳石が1cm成長するのに約70年、石筍は約130年の時間を要するとされると言われているんですよ」
ハリーは物知りなに驚嘆した。
今更ながら、自分がマヌケな質問をした事を気恥ずかしく思った。
すると小さな扉の前でトロッコはやっと止まり、ハグリッドは降りたが、膝の震えの止まるまで通路の壁にもたれかかっていた。
グリップフックが扉の鍵を開けた。
緑色の煙がモクモクと吹き出して来た。
それが消えた時、ハリーはあっと息を呑んだ。
中には金貨の山また山。
高く積まれた銀貨の山。
そして小さなクヌート銅貨までザックザクだ。
「みーんなおまえさんのだ」
ハグリッドは微笑んだ。
全部僕のもの・・・・信じられない。
ダーズリー一家はこのことを知らなかったに違いない。
知っていたら、瞬く間に掻っ攫っていっただろう。
僕を養うのにお金が掛かってしょうがないとあんなに愚痴を言っていたんだもの。
ロンドンの地下深くに、こんなに沢山の僕の財産がずーっと埋められていたなんて。
ハグリッドはハリーがバッグにお金を詰め込むのを手伝った。
「金貨はガリオンだ 銀貨がシックルで、17シックルが1ガリオン、1シックルは29クヌートだ
簡単だろうが よーしと これで、2・3学期分は大丈夫だろう 残りはここにちゃーんとしまっといてやるからな」
ハグリッドはグリップフックの方に向き直った。
「次は713番金庫を頼む ところでもうちーっとゆっくり行けんか?」
「速度は一定となっております」
一行はさらに深く、さらにスピードを増して潜っていった。
狭い角を素早く回り込むたび、空気はますます冷え冷えとしてきた。
トロッコは地下渓谷の上をビュンビュン走った。
ハリーは身を乗り出して暗い谷底に何があるのかと覗き込んだが、ハグリッドは呻き声を上げてハリーの襟首を掴み引き戻した。
713番金庫には鍵穴がなかった。
「下がってください」
グリップフックがもったいぶって言い、長い指の一本でそっと撫でると扉は溶けるように消え去った。
「グリンゴッツの小鬼以外の者がこれをやりますと、扉に吸い込まれて、中に閉じ込められてしまいます」
グリップフックが言った。
「中に誰か閉じ込められていないかどうか、時々調べるの?」
ハリーが聞いた。
「10年に一度ぐらいでございます」
グリップフックはニヤリと笑った。
こんなに厳重に警備された金庫だもの、きっと特別な凄いものがあるに違いない。
ハリーは期待して身を乗り出した。
少なくとも眩い宝石か何かが・・・・中を見た・・・・なんだ、空っぽじゃないか、と始めは思った。
次に目に入ったのは、茶色の紙でくるまれた薄汚れた小さな包みだ。
床に転がっている。
ハグリッドはそれを拾い上げ、コートの奥深く仕舞い込んだ。
ハリーはそれがいったい何のか知りたくてたまらなかったが、聞かない方がよいのだとわかっていた。
「行くぞ 地獄のトロッコへ 帰り道は話しかけんでくれよ 俺は口を閉じているのが一番良さそうだからな」
もう一度猛烈なトロッコを乗りこなして、陽の光にパチクリしながら4人はグリンゴッツの外に出た。
バッグいっぱいのお金を持って、まず最初に何処に行こうかとハリーは迷った。
ポンドに直したらいくらになるかなんて、計算しなくとも、ハリーはこれまでの人生で持った事がないほど沢山のお金を持っている。
・・・・ダドリーでさえ持った事がないほどの額だ。
「様、まずはお召し物をお買い上げになられますか?」
アインが身体を折っての耳元で囁いた。
「そうですね」
は「マダム・マルキンの洋装店───普段着から式服まで」の看板を見た。
「なあ、ハリー 『漏れ鍋』でちょっとだけ元気薬をひっかけてきてもいいかな? グリンゴッツのトロッコにはまいった」
ハグリッドはまだ青い顔をしていた。
するとハグリッドはアインを見て言った。
「アイン、ちょいと、ハリーのことも頼めるか? 娘さんの学用品を集めるついでだ、頼めるか?」
「ええ、よろこんで」
アインは微笑んで答えた。
そして3人はハグリッドといったんそこで別れ、
ハリーはドギマギしながらとアインに続き、マダム・マルキンの店に入って行った。
マダム・マルキンは藤色ずくめの服を着た、愛想の良いずんぐりした魔女だった。
「お嬢ちゃん、坊ちゃん ホグワーツなの?」
アインに連れられて入って来たとハリーに、マダム・マルキンは声をかけてきた。
「全部ここで揃いますよ・・・・もう一人お若い方が丈を合わせているところよ」
店の奥の方では、青白い、顎の尖った男の子が踏台の上に立ち、もう一人の魔女が長い黒いローブをピンで留めていた。
マダム・マルキンはとハリーをその隣の台座に立たせ、頭から長いローブを着せかけ、丈を合わせてピンで留め始めた。
「やあ、君たちもホグワーツかい?」
男の子が声を掛けた。
「ええ」
「うん」
「僕の父は隣で教科書を買ってるし、母はどこかその先で杖を見てる」
男の子は気だるそうな、しかし気取ったように言った。
「これから、2人を引っ張って競争用の箒を見に行くんだ 1年生が箒を持っちゃいけないなんて、
理由が分からないね 父を脅して1本買わせて、こっそり持ち込んでやる」
ダドリーにそっくりだ、とハリーは思った。
「君は自分の箒を持っているのかい?」
男の子は喋り続けた。
「ううん」
「クィディッチはやるの?」
「ううん」
クィディッチ?
一体全体何だろうと思いながらハリーは答えた。
「僕はやるよ─────父は僕が寮の代表選手に選ばれなかったらそれこそ犯罪だって言うんだ
僕もそう思うね 君たちはどこの寮に入るかもう知ってるの?」
「ううん」
だんだん情けなくなりながらハリーは答えた。
「まあ、本当のところは、行ってみないと分からないけど そうだろう? だけど僕はスリザリンに決まってるよ
僕の家族はみんなそうだったんだから・・・・ハッフルパフなんかに入れられてみろよ、僕なら退学するな そうだろう?」
「ウーン」
もうちょっとマシな答えが出来たらいいのにとハリーは思った。
「君は? 後ろの人は君のパパかい?」
男の子は、後ろの壁に背を持たれかけさせて立っているアインを顎で指して言った。
長い脚と腕を組んでいるさまはとても絵になる。
するとアインはの視線を感じ、朝陽が似合うような微笑みを返してきた。
物凄く格好いい。
「ええ」
が答えた。
「君の両親も僕らと同属なんだろう?」
「魔法族かという意味で聞いているのでしたら、そうですよ」
「他の連中は入学させるべきじゃないと思うよ そう思わないか? 連中は僕らと同じじゃないんだ
僕らのやり方が分かるような育ち方をしてないんだ 手紙を貰うまではホグワーツのことだって
聞いたこともなかった、なんてやつもいるんだ 考えられないようなことだよ
入学は昔からの魔法使い名門家族に限るべきだと思うよ 君、家族の姓は何て言うの?」
が答える前に、マダム・マルキンが
「さあ、終わりましたよ、お嬢さん」と言ってくれたのを幸いに、は踏み台から降りた。
この子との会話をやめる口実が出来て好都合だった。
「じゃ、ホグワーツでまた会おう 同じ寮になれると良いね」
店を出ると、アインが買ってくれたアイスクリームを食べながら
(ナッツ入りのチョコレートとラズベリーアイスだ)ハリーは黙りこくっていた。
「どうかしましたか?」
が聞いた。
「なんでもないよ」
ハリーは嘘をついた。
次は羊皮紙と羽根ペンを買った。
書いているうちに色が変わるインクを見つけて、ハリーはちょっと元気が出た。
そして店を出てからハリーは聞いた。
「ねえ、アイン クィディッチってなあに?」
「魔法族のスポーツです マグルの世界では・・・・サッカー、でしょうか?
箒に乗って、空中でプレイするゲームですよ ボールは4つ ルールは、学校で説明してくれるでしょう」
「じゃ、スリザリンとハッフルパフって?」
「学校の寮名です 寮は全部で4つあります」
「ハッフルパフって、どんなところなの?」
「そうですね・・・・ハッフルパフには劣等性が多いと言う者がいるようですが、そんなことは決して・・・・」
「僕、きっとハッフルパフだ」
ハリーは落ち込んだ。
は絶対ハッフルパフなんかじゃない。
もしかしたら一緒の寮になれるかもしれないという期待は、儚くも崩れ落ちた。
次に教科書を買った。
「フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店」の棚は、天井まで本がギッシリ積み上げられていた。
敷石くらいの大きさの革製本、シルクの表紙で切手くらいの大きさの本もあり、
奇妙な記号ばかりの本があるかと思えば、何も書いてない本もあった。
本など読んだ事がないダドリーでさえ、夢中で触ったに違いないと思う本もいくつかあった。
アインは、ヴィンディクタス・ヴェリディアン著「呪いのかけ方、解き方(友人をうっとりさせ、
最新の復讐方法で敵を困らせよう───ハゲ、クラゲ脚、舌もつれ、その他あの手この手───)」
を読み耽っているハリーを引きずるようにして連れ出さなければならなかった。
「僕、どうやってダドリーに呪いをかけたらいいか調べてたんだよ」
「残念ながら、マグルの世界ではよほど特別な場合がない限り、魔法使用は規制されています
それに、呪いなんてものはあなたにはまだどれも無理ですよ そのレベルになるには、もっと沢山勉強しないといけませんね」
アインは、「リストに錫の鍋と書いてあるでしょう?」と言って純金の大鍋も買わせてくれなかった。
その代わり、魔法薬の材料を計る秤は上等なのを一揃い買ったし、真鍮製の折畳み式望遠鏡も買った。
次は薬問屋に入った。
悪くなった卵と腐ったキャベツの混じったような酷い匂いがしたが、
そんなことは気にならないほど面白いところだった。
ヌメヌメした物が入った樽詰が床に立ち並び、壁には薬草や乾燥させた根、鮮やかな色の粉末などが入ったビンが並べられ、
天井からは羽根の束、牙や捻じ曲がった爪が糸に通してぶら下げられている。
カウンター越しにアインが2人分の基本的な材料を注文している間、とハリーは、
1本21ガリオンの銀色の一角獣の角や、小さな、黒いキラキラした黄金虫の目玉(1さじ5クヌート)を眺めていた。
薬問屋から出て、アインはもう一度2人のリストを調べた。
「様のはだいたい揃いましたが・・・・あとは、ハリーの杖だけですね
ああ、そういえば、まだ誕生祝いを買ってあげていませんでしたね」
ハリーは顔が赤くなるのを感じた。
「そんなことしなくていいのに・・・・でも、僕、誕生日の事を教えましたっけ?」
「私は魔法使いですよ? 人の心を読むのは造作もないことです」
アインは意味深げに微笑み、人差し指を唇に当てて言った。
「動物をさしあげましょう ヒキガエルは駄目ですね 大分前から流行が遅れています
ふくろうなどどうですか? 子供はみんなふくろうを欲しがるでしょう? 役に立つ、頭の良い生き物ですからね」
イーロップふくろう百貨店は暗くてバタバタと羽音がし、宝石のように輝く目があちらこちらでパチクリしていた。
「のパパ、とっても優しくて好い人だね」
ハリーはイーロップふくろう百貨店に入って行ったアインの背中を見つめながら言った。
「ありがとうございます 自慢の家族ですから」
はまるで自分が誉められたかのように誇らしげに微笑んだ。
20分後、アインは大きな鳥籠を下げて出てきた。
雪のように白い美しいふくろうが羽根に頭を突っ込んでぐっすり眠っている。
ハリーは鳥籠を受け取ると、どもりながら何度もお礼を言った。
「大切にしてあげてください」
アインは微笑んで言った。
「さあ、最後の買い物を済ませてしまいましょう 杖を買いに行かなければ」
魔法の杖・・・・これこそハリーが本当に欲しかった物だ。
最後の買い物の店は狭くてみすぼらしかった。
剥がれかかった金色の文字で、扉に「オリバンダーの店───紀元前382年創業 高級杖メーカー」と書いてある。
埃っぽいショーウィンドウには、色褪せた紫色のクッションに杖が1本だけ置かれていた。
中に入るとどこか奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。
小さな店内に古臭い椅子が1つだけ置かれていて、アインはそれに腰掛けて待った。
ハリーは妙な事に、規律の厳しい図書館にいるような気がした。
そして、新たに湧いてきた沢山の質問をグッと呑み込んで、天井近くまで整然と積み上げられた何千という細長い箱の山を見ていた。
何故か背中がゾクゾクした・・・・埃と静けさそのものが、密かな魔力を秘めているようだった。
「いらっしゃいませ」
柔らかな声がして、ハリーは跳び上がった。
目の前に老人が立っていた。
店の薄明かりの中で、大きな薄い色の目が2つの月のように輝いている。
「こんにちは」
ハリーがぎこちなく挨拶した。
「おお、そうじゃ」
老人が言った。
「そうじゃとも、そじゃとも まもなくお目にかかれると思ってましたよ、ハリー・ポッターさん」
ハリーの事をもう知っている。
「お母さんと同じ目をしていなさる あの子がここに来て、最初の杖を買って行ったのがほんの昨日のことのようじゃ
あの杖は26センチの長さ 柳の木でできていて、振りやすい、妖精の呪文にはピッタリの杖じゃった」
オリバンダー老人はさらにハリーに近寄った。
ハリーは老人が瞬きしてくれたらいいのにと思った。
銀色に光る目が少し気味悪かったのだ。
「お父さんの方はマホガニーの杖が気に入られてな 28センチのよくしなる杖じゃった どれより力があって、
変身術には最高じゃ いや、父上が気に入ったと言うたが・・・・実はもちろん、杖の方が持ち主の魔法使いを選ぶのじゃよ」
オリバンダー老人が、ほとんど鼻と鼻がくっつくほどに近寄ってきたので、
ハリーには自分の姿が老人の霧のような瞳の中に映っているのが見えた。
「それで、これが例の・・・・」
老人は白く長い指で、ハリーの額の稲妻型の傷跡に触れた。
「悲しい事に、この傷をつけたのも、わしの店で売った杖じゃ」
静かな言い方だった。
「34センチもあってな イチイの木でできた強力な杖じゃ とても強いが、間違った者の手に・・・・
そう、もしあの杖が世の中に出て、何をするのかわしが知っておればのう・・・・」
老人は頭を振った。
「さて、それではポッターさん 拝見しましょうか」
老人は銀色の目盛りの入った長い巻尺をポケットから取り出した。
「どちらが杖腕ですかな?」
「杖腕?」
ハリーはに聞いた。
「利き腕のことです」
はコソッとハリーに耳打ちした。
「あ、あの、僕、右利きです」
「腕を伸ばして そうそう」
老人はハリーの肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から脇の下、頭の周り、と寸法を採った。
そして測りながら老人は話を続けた。
「ポッターさん オリバンダーの杖には1本1本、強力な魔力を持った物を芯に使っております
一角獣のたてがみ、不死鳥の尾の羽根、ドラゴンの心臓の琴線、一角獣も、ドラゴンも、
不死鳥もみなそれぞれに違うのじゃから、オリバンダーの杖には1つとして同じ杖はない
もちろん、他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないわけじゃ」
ハリーは巻尺が勝手に鼻の穴を測っているのにハッと気付き、慌ててに背中を向けた。
オリバンダー老人は棚の間を飛び回って箱を取り出していた。
「もうよい」
そう言うと、巻尺は床の上に落ちてクシャクシャと丸まった。
「では、ポッターさん これをお試し下さい ブナの木にドラゴンの心臓の琴線
23センチ、良質でしなりがよい 手に取って、振ってごらんなさい」
ハリーは杖を取り、何だか気恥ずかしく思いながら杖をちょっと振ってみた。
しかしオリバンダー老人はあっという間にハリーの手からその杖をもぎ取ってしまった。
「楓に不死鳥の羽根 18センチ、振り応えがある どうぞ」
ハリーは試してみた・・・・しかし、振り上げるか上げないうちに、老人がひったくってしまった。
「だめだ いかん─────次は黒檀と一角獣のたてがみ 22センチ、バネのよう さあ、どうぞ試してください」
ハリーは次々と試してみた。
いったいオリバンダー老人は何を期待しているのかサッパリ分からない。
試し終わった杖の山が古い椅子の上にだんだん高く積み上げられてゆく。
それなのに、棚から新しい杖を下ろすたびに老人はますます嬉しそうな顔をした。
「難しい客じゃの え? 心配なさるな 必ずピッタリ合うのをお探ししますでな・・・・さて、次はどうするかな
・・・・ああ、そうじゃ・・・・めったにない組み合わせじゃが、柊と不死鳥の羽根、28センチ、良質でしなやか」
ハリーは杖を手に取った。
急に指先が温かくなった。
杖を頭の上まで振り上げ、埃っぽい店内の空気を切るようにヒュッと振り下ろした。
すると杖の先から赤と金色の火花が花火のように流れ出し、光の玉が踊りながら壁に反射した。
「すばらしい いや、よかった さて、さて、さて・・・・不思議なこともあるものよ・・・・まったくもって不思議な・・・・」
老人はハリーの杖を箱に戻し、茶色の紙で包みながらまだブツブツと繰り返していた。
「不思議じゃ・・・・不思議じゃ・・・・」
「あのう 何がそんなに不思議なんですか」
ハリーが聞いた。
するとオリバンダー老人は淡い色の目でハリーをジッと見た。
「ポッターさん わしは自分の売った杖は全て覚えておる 全部じゃ あなたの杖に入っている不死鳥の羽根はな、
同じ不死鳥が尾羽根をもう1枚だけ提供した・・・・たった1枚だけじゃが あなたがこの杖を持つ運命にあったとは、
不思議なことじゃ 兄弟羽が・・・・なんと、兄弟杖がその傷を負わせたというのに・・・・」
ハリーは息を呑んだ。
「さよう 34センチのイチイの木じゃった こういうことが起こるとは、不思議なものじゃ
杖は持ち主の魔法使いを選ぶ そういうことじゃ・・・・ポッターさん、あなたはきっと、
偉大なことをなさるに違いない・・・・『名前を言ってはいけないあの人』もある意味では、
偉大なことをしたわけじゃ・・・・恐ろしいことじゃったが、偉大には違いない」
ハリーは身震いした。
オリバンダー老人があまり好きになれない気がした。
杖の代金に7ガリオンを支払い、オリバンダー老人のお辞儀に送られて3人は店を出た。
夕暮れ近くの太陽が空に低くかかっていた。
「の杖は、どんな杖なの?」
ダイアゴン横丁を元来た道へと歩きながら、ハリーはに聞いた。
「柊の木に大蛇の鱗 29センチ、高度な魔術に耐える強靭な杖です」
3人は壁を抜けて、もう人気のなくなった「漏れ鍋」に戻った。
するとは立ち止まり、ハリーに言った。
「私たちは、ここで失礼します」
「あ、そうなんだ・・・・それじゃ、また、学校で、かな?」
ハリーは別れを渋った。
「もしよろしければ、駅までご一緒しませんか?」
「え?」
「この荷物では、移動が大変でしょう? 私の車でお送りしますよ」
アインも頷いた。
「それじゃ、お願いしてもいいかな?」
ハリーは言葉に甘えることにした。
ダーズリーに駅まで送ってくれるよう、頼まなくて済むに越した事はない。
それに、ダーズリーとアインならばアインの方が断然いい。
「僕の家は、プリペット通り4番地だよ」
「ええ、よく、存じています」
は含むような笑みを浮かべた。
そしてハリーが瞬きした途端、とアインの姿は消えていた。
セルジュと馬が合うのはアイン、アギトと馬が合うのはツヴァイ。