ドリーム小説
Day.4----7人のポッター
ハリーは2階に駆け戻り、自分の部屋の窓辺に走り寄った。
丁度、ダーズリー一家を乗せた車が、庭から車道に出て行くところに間に合った。
プリベット通りの端で右に曲がった車の窓ガラスが、沈みかけた太陽で一瞬真っ赤に染まった。
そして次の瞬間、車の姿はもうなかった。
ハリーはヘドウィグの鳥籠を持ち上げ、ファイアボルトとリュックサックを持って、
不自然なほどすっきり片付いた部屋をもう一度グルリと見回した。
それから、荷物をぶら下げた不恰好な足取りで階段を下り、
階段下に鳥籠と箒、リュックサックを置いて玄関ホールに立った。
陽射しは急速に弱まり、夕暮れの薄明かりがホールに様々な影を落としていた。
静まり返った中にたたずみ、まもなくこの家を永久に去るのだと思うと、何とも言えない不思議な気持ちがした。
その昔、ダーズリー一家が遊びに出かけた後の取り残された孤独な時間は、貴重なお楽しみの時間だった。
まず冷蔵庫から美味しそうな物を掠めて急いで2階に上がり、ダドリーのコンピュータ・ゲームをしたり、
テレビを点けて心行くまで次から次とチャンネルを替えたりしたものだ。
その頃を思い出すと、何だかちぐはぐで虚ろな気持ちになった。
まるで死んだ弟を思い出すような気持ちだった。
「最後にもう一度、見ておきたくないのかい?」
ハリーは、拗ねて翼に頭を突っ込んだままのヘドウィグに話しかけた。
「もう二度とここには戻らないんだ 楽しかった時のことを思い出したくないのかい?
ほら、この玄関マットを見てごらん どんあ思い出があるか・・・・ダドリーを吸魂鬼から助けたあとで、
あいつ、ここで吐いたっけ・・・・あいつ、結局、僕に感謝してたんだよ 信じられるかい?
・・・・それに、去年の夏休み、ダンブルドアがこの玄関から入ってきて・・・・」
ハリーはふと、何を考えていたか分からなくなった。
ヘドウィグは思い出す糸口を見つける手助けもせず、頭を翼に突っ込んだままだった。
ハリーは玄関に背を向けた。
「ほら、ヘドウィグ、ここだよ─────」
ハリーは階段の下のドアを開けた。
「僕、ここで寝てたんだ! そのころ、君はまだ僕の事を知らなかった
─────驚いたなあ、こんなに狭いなんて 僕、忘れてた・・・・」
ハリーは、積み上げられた靴や傘を眺めて、毎朝目が覚めると階段の裏側が見えた事を思い出した。
だいたいいつも、クモが1匹か2匹ぶら下がっていたものだ。
本当の自分が何者なのかを、全く知らなかった頃の思い出だ。
両親がどのようにして死んだのかも知らず、何故自分の周りで、色々と不思議なことが起きるのかも分からなかった頃のことだ。
しかし、既にその当時から自分に付きまとっていた夢の事は覚えている。
緑色の閃光が走る、混乱した夢だ。
そして一度は─────ハリーが夢の話をしたら、バーノンおじさんが危うく車をぶつけそうになったっけ。
─────空飛ぶオートバイの夢だった・・・・。
突然、どこか近くで轟音がした。
屈めていた身体を急に起こした途端、ハリーは頭のてっぺんを低いドアの枠にぶつけてしまい、
バーノンおじさんとっておきの悪態を2言3言吐いた。
それからすぐに、ハリーは頭を押さえながらよろよろとキッチンに入り、窓から裏庭をじっと覗いた。
暗がりが波立ち、空気そのものが震えているようだった。
そして、1人、また1人と、「目くらまし術」を解いた人影が現れた。
出現した人たちは次々に箒から下り、2頭の羽の生えた骸骨のような黒い馬から降りる人影も見えた。
ハリーはキッチンの裏戸を開けるのももどかしく、その輪に飛び込んで行った。
ワッと一斉に声が上がり、ハーマイオニーがハリーに抱きついた。
ロンはハリーの背をバンと叩いた。
「計画変更だ」
マッド・アイが唸るように言った。
マッド・アイは、膨れ上がった大きな袋を2つ持ち、魔法の目玉を、暮れゆく空から家へ、庭へと目まぐるしく回転させていた。
「お前に説明する前に、安全な場所に入ろう」
ハリーはみんなをキッチンに案内した。
賑やかに笑ったり話したりしながら、椅子に座ったり、ペチュニアおばさんが磨き上げた調理台に腰掛けたり、
染み1つない電気製品などに寄りかかったりして、全員が何処かに納まった。
ロンはヒョロリとした長身、ハーマイオニーは豊かな髪を後ろで1つに束ね、長い三つ編みにしている。
フレッドとジョージは瓜二つのニヤニヤ笑いを浮かべ、ビルは酷い傷痕の残る顔に長髪だ。
頭の禿げ上がった親切そうな顔のウィーズリーおじさんは、メガネが少しずれている。
歴戦のマッド・アイは片足が義足で(昔がもぎ取ったのだが)明るいブルーの魔法の目玉がグルグル回っていた。
トンクスの短い髪は相変わらずくすんだ茶色で、リーマスは白髪も皺も増えていた。
フラーは長い銀色の髪を垂らし、ほっそりとして美しい。
黒人のキングズリーは剥げていて、肩幅がガッチリしている。
マンダンガス・フレッチャーは、バセットハウンド犬のように垂れ下がった目と、
もつれた髪の、おどおどした汚らしい小男だ。
みんなを眺めていると、ハリーは心が広々として光で満たされるような気がした。
みんなが好きでたまらなかった。
前に会った時には絞め殺してやろうかと思ったマンダンガスでさえ、好きだった。
「キングズリー、マグルの首相の警護のはずでは?」
は腕組しながら、部屋の向こうから呼びかけた。
「一晩くらい私がいなくとも、あちらは差し支えない」
キングズリーが言った。
「ハリーの方が大切だ」
「さあ、さあ 積もる話はあとにするのだ!」
ガヤガヤを遮るように、ムーディが大声を出すと、キッチンが静かになった。
ムーディは袋を足元に下ろし、ハリーを見た。
「が話したと思うが、計画Aは中止せざるをえん バイアス・シックスネスが寝返った
これは我々にとって大問題となる シックスネスめ、この家を『煙突飛行ネットワーク』と結ぶことも、『移動キー』を
置くことも、『姿現わし』で出入りすることも禁じ、違反すれば監獄行きとなるようにしてくれおった お前を保護し、
『例のあの人』がお前に手出しできんようにするためだという口実だが、まったく意味をなさん お前の母親の呪文が
とっくに保護してくれておるのだからな あいつの本当の狙いは、お前をここから無事には出させんようにすることだ」
「もう1つの問題は─────」
全員がを見た。
「あなたは未成年です すなわち、『臭い』をつけているという事です」
「僕、そんなもの─────」
「『臭い』ですよ、『臭い』」
が微笑んだ。
「『17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』 魔法省が未成年の魔法を発見する方法です
あなた、もしくはあなたの周辺の者が、この場からあなたを連れ出す呪文をかけると、
シックスネスにそれが伝わり、死喰い人にも嗅ぎつけられるということです
ですが、私たちはあなたの『臭い』が消えるまで待つわけにはいきません 17歳になった途端、
リリーが与えた守りは全て失われます 要は、バイアス・シックスネスは、あなたを追い詰めたと思っています」
面識のないシックスネスだったが、ハリーもシックスネスの考えどおりだと思った。
「それで、どうするつもりなの?」
「残された数少ない輸送手段を使います 『臭い』を嗅ぎつけられない方法です 箒、セストラル」
ハリーはこの計画の欠陥が見えた。
しかし、がその点に触れるまで黙っている事にした。
「リリーの呪文は、2つの条件のどちらかが満たされた時のみに破られます
ハリーが成人に達した時、もしくはこの場所を、ハリーの家と呼べなくなった時です
あなたは今夜、おじとおばとは別の道へと向かいます 二度と一緒に住む事はないとの了解の上です そうですね?」
ハリーは頷いた。
「さすれば、今回この家を去れば、あなたはもう戻る事はありません ハリーがこの家の領域から外に出た途端、
呪文は破られます 私たちは早めに呪文を破る方を選択します もう1つの方法では、あなたが17歳になった途端、
ヴォルデモート様があなたを捕らえに来ます それを待つだけになってしまいますからね 私たちにとって、1つ有利なのは
今夜の移動をヴォルデモート様が存ぜぬということです マッド・アイにご協力頂き、魔法省に嘘の情報を流してもらいました
死喰い人は、ハリーが30日の夜中までは発たぬと思っています しかし、相手はヴォルデモート様です
日程を間違えることだけを当てにすることは無意味でしょう 万が一の為に、この辺りの空全体を死喰い人に
巡回させているはずです あらかじめ、12軒の家にできうる限りの保護呪文をかけてきましたが・・・・
そのいずれも、私たちがあなたを隠しそうな家です 騎士団と何らかの関係がある場所ばかりですね
マッド・アイの家、キングズリーの場所、モリーのおば御のミュリエルおばさまの家─────お分かりですね?」
「うん」
返事はしてみたものの、必ずしも正直な答えではなかった。
ハリーにはまだ、この計画の大きな落とし穴が見えていた。
「ハリー、あなたはトンクスさんのご両親のお宅へと向かいます 一度、騎士団のみなさんが
かけておいた保護呪文の境界内へと入ってしまえば、『隠れ穴』へと向う移動キーが使えます ご質問は?」
「あ─────そうだなぁ」
ハリーが言った。
「最初のうちは、12軒のどれに僕が向うのか、あいつらには分からないかもしれないけど、でも、もし─────」
ハリーはさっと頭数を数えた。
「─────14人もトンクスのご両親の家に向って飛んだら、ちょっと目立たない?」
「いいえ 14人がトンクスさんのご実家へと向うわけではありません 今夜は7人のハリー・ポッター
空を移動します それぞれに随行をつけて それぞれの組が、別々の安全な家へと向かいます」
が言った。
ムーディはそこで、マントの中から、泥のようなものが入ったフラスコを取り出した。
それ以上の説明は不要だった。
ハリーは計画の全貌をすぐさま理解した。
「駄目だ!」
ハリーの大声がキッチン中に響き渡った。
「絶対駄目だ!」
「きっとそう来るだろうって、私、みんなに言ったのよ」
ハーマイオニーが自慢げに言った。
「僕のために6人もの命を危険に晒すなんて、僕が許すとでも─────!」
「─────なにしろ、そんなことは僕らにとって初めてだから、とか言っちゃって」
ロンが言った。
「今度はわけが違う 僕に変身するなんて─────」
「そりゃ、ハリー、好きこのんでそうするわけじゃないぜ」
フレッドが大真面目な顔で言った。
「考えてもみろよ 失敗すりゃ俺たち、永久にメガネを掛けたやせっぽちの、冴えない男のままだぜ」
ハリーは笑うどころではなかった。
「僕が協力しなかったらできないぞ 僕の髪の毛が必要なはずだ」
「ああ、それがこの計画の弱みだぜ」
ジョージが言った。
「君が協力しなけりゃ、俺たち、君の髪の毛をちょっぴり頂戴するチャンスは明らかにゼロだからな」
「まったくだ 我等13人に対するは、魔法の使えないやつ1人だ 俺たちのチャンスはゼロだな」
フレッドが言った。
「おかしいよ」
ハリーが言った。
「まったく笑っちゃうよ」
「力尽くでもと言うことになれば、そうするぞ」
ムーディが唸った。
魔法の目玉がハリーを睨みつけて、今やワナワナと震えていた。
「ここにいる全員が成人に達した魔法使いだぞ、ポッター しかも全員が危険を覚悟しておる」
マンダンガスが肩を竦めてしかめっ面をした。
ムーディの魔法の目玉がグルリと横に回転し、頭の横からマンダンガスを睨みつけた。
「議論はもうやめだ 刻々と時間が経っていく さあ、いい子だ、髪の毛を少しくれ」
「でも、とんでもないよ そんな必要はないと─────」
「必要はないだと!」
ムーディが歯を剥き出した。
「『例のあの人』が待ち受けておるし、魔法省の半分が敵に回っておってもか?
ポッター、うまくいけば、あいつは疑似餌に喰らいつき、30日にお前を待ち伏せするように計画するだろう
しかし、あいつもバカじゃないからな、死喰い人の1人や2人は見張りにつけておるだろう
わしならそうする お前の母親の呪文が効いているうちは、お前にもこの家にも手出しができんかもしれんが、
まもなく呪文は破れる それにやつらは、この家の位置の大体の見当をつけている
囮を使うのが我等に残された唯一の途だ 『例のあの人』といえども、体を7つに分けることはできまい」
ハリーはハーマイオニーと目が合ったが、すぐに目を逸らせた。
「そういうことだ、ポッター─────髪の毛をくれ 頼む」
ハリーはチラリとロンを見た。
ロンは、いいからやれよと言うように、ハリーに向って顔を顰めた。
「さあ!」
ムーディが吠えた。
全員の目が注がれる中、ハリーは頭のてっぺんに手をやり、髪を一握り引き抜いた。
「よーし」
ムーディが足を引きずって近付き、魔法薬のフラスコの栓を抜いた。
「さあ、そのままこの中に」
ハリーは泥状の液体に髪の毛を落とし入れた。
液体は、髪がその表面に触れるや否や、泡立ち、煙を上げ、それから一気に明るい金色の透明な液体に変化した。
「うわぁ、ハリー、あなたって、クラップやゴイルよりずっと美味しそう」
そう言った後で、ハーマイオニーはロンの眉毛が吊り上がるのに気づき、ちょっと赤くなって慌てて付け足した。
「あ、ほら─────ゴイルのなんか、鼻糞みたいだったじゃない」
がクスクス笑った。
「よし では偽ポッターたち、ここに並んでくれ」
ムーディが言った。
ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、そしてフラーが、ペチュニアおばさんのピカピカの流し台の前に並んだ。
「1人足りないな」
リーマスが言った。
パチン、とが指を鳴らすと、マンダンガスの襟首が持ち上げられ、フラーの傍らに落ちた。
フラーはあからさまに鼻に皺を寄せ、フレッドとジョージの間に移動した。
「言っただろうが 俺は護衛役の方がいいって」
マンダンガスが言った。
「その選択は、得策とは言えませんね」
が言った。
「死喰い人は、ハリーを捕まえようとはしますが、殺しはしません ヴォルデモート様ご自身が、
ハリーを殺したいのですから 心配すべきは護衛の方ですよ 死喰い人は、躊躇なく護衛は殺します」
「それは、あんたの場合でもか?」
マンダンガスが不貞腐れたように聞いた。
その質問に、全員がを見た。
「そうですね・・・・殺すでしょう」
は躊躇いもなく言った。
「もはや、私は用済みでしょうから」
マンダンガスは、格別納得したようには見えなかった。
しかしムーディは既に、マントから茹で卵立てほどの大きさのグラスを6個取り出し、
それぞれに渡してポリジュース薬を少しずつ注いでいた。
「それでは、一緒に・・・・」
ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、フラー、そしてマンダンガスが飲んだ。
薬が喉を通る時、全員が顔を顰めてゼィゼィ言った。
たちまち6人の顔が熱い蝋のように泡立ち、形が変わった。
ハーマイオニーとマンダンガスが縦に伸び出す一方、ロン、フレッド、ジョージの方は縮んでいった。
全員の髪が黒くなり、ハーマイオニーとフラーの髪は頭の中に吸い込まれていくようだった。
ムーディは一切無関心に、今度は持って来た2つの大きい方の袋の口を開けた。
ムーディが再び立ち上がった時には、その前に、ゼィゼィ息を切らした6人のハリー・ポッターが現れていた。
フレッドとジョージは互いに顔を見合わせ、同時に叫んだ。
「わおっ─────俺たちそっくりだぜ!」
「しかし、どうかな、やっぱり俺の方がいい男だ」
ヤカンに映った姿を眺めながら、フレッドが言った。
「アララ」
フラーは電子レンジの前で自分の姿を確かめながら言った。
「ビル、見ないで頂戴─────わたし、いどいわ」
「着ているものが多少ブカブカな場合、ここに小さいのを用意してある」
ムーディが最初の袋を指差した。
「逆の場合も同様だ メガネを忘れるな 横のポケットに6個入っている 着替えたら、もう1つの袋の方に荷物が入っておる」
本物のハリーは、これまで異常なものを沢山見てきたにも関わらず、今目にしているほど不気味な物を見た事がないと思った。
6人の「生き霊」が袋に手を突っ込み、洋服を引っ張り出してメガネをかけ、自分の洋服を片付けている。
全員が公衆の面前で臆面もなく裸になり始めたのを見て、
ハリーは、もう少し自分のプライバシーを尊重してくれと言いたくなった。
みんな自分の体ならこうはいかないだろうが、他人の体なので気楽なのに違いない。
「ジニーのやつ、刺青のこと、やっぱり嘘ついてたぜ」
ロンが裸の胸を見ながら言った。
「ハリー、あなたの視力って、ほんとに悪いのね」
ハーマイオニーがメガネをかけながら言った。
洋服を着替え終わると、偽ハリーたちは、2つ目の袋からリュックサックと鳥籠を取り出した。
籠の中にはぬいぐるみの白ふくろうが入っている。
服を着てメガネをかけた7人のハリーが、荷物を持って、ついにムーディの前に勢揃いした。
「よし」
ムーディが言った。
「次の者同士が組む マンダンガスはわしと共に移動だ 箒を使う─────」
「どうして、俺がおめえと?」
出口の一番近くにいるハリーがブツクサ言った。
「お前が一番目が離せんからだ」
ムーディが唸った。
確かに魔法の目玉は、名前を呼び上げる間もなく、ずっとマンダンガスを睨んだままだった。
「アーサーはフレッドと─────」
「俺はジョージだぜ」
ムーディに指摘された双子が言った。
「ハリーの姿になっても見分けがつかないのかい?」
「すまん、ジョージ─────」
「ちょっと揚げ杖を取っただけさ 俺、ほんとはフレッド─────」
「こんな時に冗談はよさんか!」
ムーディが歯噛みしながら言った。
またしても、はクスクス笑った。
「もう1人の双子─────ジョージだろうがフレッドだろうが、
どっちでもかまわん─────リーマスと一緒だ ミス・デラクール」
「僕がフラーをセストラルで連れて行く」
ビルが言った。
「フラーは箒が好きじゃないからね」
フラーはビルのところに歩いて行き、メロメロに甘えた顔をした。
ハリーは、自分の顔に二度とあんな表情が浮かびませんように、と心から願った。
「ミス・グレンジャー、キングズリーと これもセストラル」
ハーマイオニーはキングズリーの微笑みに応えながら、安心したように見えた。
ハーマイオニーも箒には自信がない事を、ハリーは知っていた。
「残ったのは、あたなと私ね、ロン!」
トンクスが明るく言いながらロンに手を振った途端、マグカップ・スタンドを引っ掛けて倒してしまった。
ロンは、ハーマイオニーほど嬉しそうな顔をしなかった。
「ハリー、あなたは私と」
がハリーに近付いて言った。
「箒で行きます あなたは私の後ろに乗って下さい」
ハリーは黙って頷いた。
ムーディは、偽ポッターたちの洋服が入った袋の口を閉め、先頭に立って裏口に向った。
「出発すべき時間まで3分と見た 鍵など掛ける必要はない
死喰い人が探しに来た場合、鍵で締め出すことができん・・・・いざ・・・・」
ハリーは急いで玄関に戻り、リュックサックとファイアボルト、それにヘドウィグの鳥籠を掴んで、みんなの待つ暗い裏庭に出た。
あちらこちらで、箒が乗り手に向って飛び上がっていた。
ハーマイオニーはキングズリーに助けられて、既に大きな黒いセストラルの背に跨っていたし、
フラーもビルに助けられてもう一頭の背に乗っていた。
は長い髪を1つに束ね、フードを被って頭を隠していた。
「準備は宜しいですか?」
「うん」
は、ハリーの荷物を自分の箒に括りつけた。
「ではいいな」
ムーディが言った。
「」
リーマスが箒に跨りながら言った。
「死ぬなよ」
「あなたこそ」
はフードに隠れた顔の下で、薄っすらと微笑んだ。
「全員、位置に着いてくれ いっせいに飛び立って欲しい さもないと誘導作戦は意味がなくなる」
全員が箒に跨った。
「さあ、ハリー しっかり捕まって、振り落とされないように」
が言った。
ハリーは申し訳無さそうな目でこっそりリーマスを見てから、両手をの腰に回した。
「全員、無事でな」
ムーディが叫んだ。
「約1時間後に、みんな『隠れ穴』で会おう 3つ数えたらだ いち・・・・に・・・・さん」
ハリーは急速に空を切って上って行った。
目が少し潤み、髪の毛は押し流されてはためいた。
ハリーの周りには、箒が数本上昇し、セストラルの長く黒い尻尾がさっと通り過ぎた。
あまりの速さに、危うく最後に一目プリペット通り4番地を見るのを忘れるところだった。
気がついて下を見下ろした時には、どの家がそれなのか、最早見分けがつかなくなっていた。
高く、さらに高く、一行は空へと上昇して行った─────
その時、どこからともなく降って湧いたような人影が、一行を包囲した。
少なくとも30人のフードを被った姿が宙に浮かび、大きな円を描いて取り囲んでいた。
騎士団のメンバーは、その真っ只中に飛び込んできたのだ。
何も気づかずに─────
叫び声が上がり、緑色の閃光が当たり一面に煌いた。
飛んで来た閃光を、は箒を180度回転して回避させた。
ハリーには方角が分からなくなった。
頭上に街灯の明かりが見え、周り中から叫び声が聞こえた。
ハリーは必死でにしがみ付いていた。
ヘドウィグの鳥籠、ファイアボルト、リュックサックがグラグラ揺れている。
その時、緑の閃光が、箒と荷物を縛っている紐を切った。
「ああっ─────ヘドウィグ!」
籠がキリキリ舞いしながら落ちていったが、ハリーはやっとの事でリュックの紐と鳥籠のてっぺんを掴んだ。
ほっとしたのも束の間、またしても緑の閃光が走った。
白ふくろうがキーッと鳴き、籠の底にポトリと落ちた。
「そんな─────嘘だー!」
箒が急速に前進した。
が囲みを突き破って、フードを被った死喰い人の横を電光石火のように擦り抜けた。
「ヘドウィグ─────ヘドウィグ─────」
白ふくろうはまるでぬいぐるみのように、哀れにも鳥籠の底でじっと動かなくなっていた。
ハリーは何が起こったのか理解できなかった。
同時に他の組の安否を思うと恐ろしくなり、ハリーは振り返った。
すると、ひと塊の集団が動き回り、緑の閃光が飛び交っていた。
その中から箒に乗った2組が抜け出し、遠くに飛び去って行ったが、ハリーには誰の組なのか分からなかった─────
「 戻らなきゃ 戻らなきゃ!」
風の轟音を凌ぐ大声で、ハリーが叫んだ。
杖を抜き、ヘドウィグの鳥籠を支えながら、ヘドウィグの死を認めるものかと思った。
「! 戻ってくれ!」
は何も言わなかった。
「止まれ─────止まれ!」
ハリーが叫んだ。
しかし、再び振り返った時、左の耳を2本の緑の閃光が掠めた。
死喰い人が4人、2人を追って包囲網から離れ、を標的にしていた。
は急旋回したが、死喰い人がに追いついてきた。
背後から次々と浴びせられる呪いを、は巧みな箒捌きで回避し続けた。
「ハリー、しっかり捕まっていてください」
が言った。
慌ててしがみ付く間もなく、は箒をグンッと加速させた。
あっという間に死喰い人はに引き離された。
しかし、待ち伏せていたかのように、2人の死喰い人がの前に突然現れ、
はギリギリのところで急降下し、「死の呪い」を避けた。
ハリーは襲って来る死喰い人の真ん中の1人を狙って叫んだ。
「インペディメンタ! 妨害せよ!」
呪詛が真ん中の死喰い人の胸に当たった。
男は見えない障壁にぶつかったかのように、一瞬、大の字形の滑稽な姿を晒して宙に浮かび、
死喰い人の仲間の1人が、危うくそれに衝突しそうになった─────
暗闇からまた2人の死喰い人が現れて、だんだん近づいて来た。
追っての放つ呪いが、再び目掛けて矢のように飛んで来たが、は全て回避していた。
追っ手に向って、ハリーは次から次へと「失神呪文」を放ったが、辛うじて死喰い人との距離を保てただけだった。
追っ手を食い止めるために、ハリーはまた呪文を発した。
一番近くにいた死喰い人がそれを避けようとした拍子に、頭からフードが滑り落ちた。
ハリーが続けて放った「失神呪文」の赤い光が照らし出した顔は、奇妙に無表情なスタンリー・シャンパイク─────スタンだ。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
ハリーが叫んだ。
「あれだ あいつがそうだ あれが本物だ!」
もう1人の、まだフードを被ったままの死喰い人の叫び声は、風の轟音をも乗り越えてハリーに届いた。
次の瞬間、追っ手は2人とも退却し、視界から消えた。
しかし、ハリーは不安だった。
フード姿の死喰い人が、「あれが本物だ」と叫んだ。
どうして分かったのだろう?
一見何もない暗闇をじっと見つめながら、ハリーは迫り来る脅威を感じた。
奴らはどこへ? 間違いなくい追っ手が来るはずだと左右を見回しながら、ハリーは恐怖がヒタヒタと押し寄せるのを感じていた。
・・・・連中は何故退却したのだろう? 1人はまだ杖を持っていたのに・・・・あいつがそうだ。
あれが本物だ・・・・スタンに武装解除呪文をかけた直後に、死喰い人は言い当てた。
「もうすぐです、ハリー」
が言った。
ハリーは、箒が少し降下するのを感じた。
しかし地上の明かりは、まだ星のように遠くに見えた。
その時、額の傷痕が焼けるように痛んだ。
死喰い人が箒の両側に1人ずつ現れ、同時に、背後から放たれた2本の「死の呪い」は、ハリーをすれすれに掠めた─────
そして、ハリーは見た─────ヴォルデモートが風に乗ったように、煙のように、箒もセストラルもなしに飛んで来る。
蛇のような顔が真っ暗な中で微光を発し、白い指が再び杖を上げた─────
は箒を急旋回させ、一気に降下した。
ハリーは生きた心地もせずしがみ付きながら、夜空に向って失神呪文を乱射した。
誰かが物体のように傍を落ちて行くのが見えたので、1人に命中したことは分かったが、
またしても緑の閃光が、幾筋か2人をかすめて通り過ぎた。
ハリーは上も下もわからなくなった。
傷痕はまだ焼けるように痛んでいる。
ハリーは死を覚悟した。
間近に箒に乗ったフード姿が迫り、その腕が上がるのが見えた─────
「俺様のものだ!」
もうおしまいだ。
ヴォルデモートがどこにいるのか、姿も見えず、声も聞こえなくなった。
死喰い人が1人、すっと道を開けるのがチラリと見えた途端、声が聞こえた。
「アバダ─────」
傷痕の激痛で、ハリーは目を固く閉じた。
「ハリー! 杖を使うのです! 何でもいい、何か呪文を─────」
の声が遠くに聞こえた。
マシンガンのように隙なく迫り来る死の呪いを、は必死になって避け続けた。
その時、ハリーの杖が独りでに動いた。
まるで巨大な磁石のように、杖がハリーの手を引っ張っていくのを感じた。
閉じた瞼の間から、ハリーは金色の炎が杖から噴出すのを見、バシンという音と共に、怒りの叫びを聞いた。
1人残っていた死喰い人が大声を上げ、ヴォルデモートは「しまった!」と叫んだ。
「お前の杖だ セルウィン、お前の杖を寄越せ!」
ヴォルデモートの姿が見える前に、ハリーはその存在を感じた。
横を見ると、赤い両眼と目が合った。
きっとこれがこの世の見納めだ。
ヴォルデモートは再びハリーに死の呪いをかけようとしている─────
ところがその時、ヴォルデモートの姿が消えた。
下を見ると、遠くだったはずの明かりがすぐ目の前に来ていた。
耳を劈き、地面を揺るがす衝突音と共に、ハリーとを載せた箒は池の泥水の中に突っ込んだ。