ドリーム小説






Day.3----ダーズリー一家去る






玄関のドアがバタンと閉まる音が階段を上がって来たと思ったら、叫び声が聞こえた。




「おい、こら!」


16年間こういう呼び方をされてきたのだから、おじさんが誰を呼んでいるかは分かる。
しかしハリーは、すぐには返事をせず、まだ鏡の欠片を見つめていた。
いましがた、ほんの一瞬、ダンブルドアの目が見えたような気がしたのだ。
小僧!」の怒鳴り声でようやくはハリーはゆっくり立ち上がり、部屋のドアに向った。
途中で足を止め、持って良く予定の物を詰め込んだリュックサックに、割れた鏡の欠片も入れた。




「グズグズするな!」


ハリーの姿が階段の上に現れると、バーノン・ダーズリーが大声で言った。




「下りて来い 話がある!」


ハリーはジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま、ブラブラと階段を降りた。
居間に入ると、ダーズリー一家3人が揃っていた。
全員旅支度だ。
バーノンおじさんは淡い黄土色のブルゾン、ペチュニアおばさんはキチンとしたサーモンピンクのコート、
ブロンドで図体が大きく、筋骨隆々のいとこのダドリーはレザージャケット姿だ。




「何か用?」


ハリーが聞いた。




「座れ!」


バーノンおじさんが言った。
ハリーが眉を吊り上げると、バーノンおじさんは「どうぞ!」と付け加えたが、
言葉が鋭く喉に突き刺さったかのように顔を顰めた。

ハリーは腰掛けた。

次に何が来るか、分かるような気がした。
おじさんは往ったり来たりし始め、ペチュニアおばさんとダドリーは心配そうな顔でその動きを追っていた。
バーノンおじさんは、意識を集中するあまりどでかい赤ら顔を紫色の顰め顔にして、やっとハリーの前で立ち止まって口を開いた。




「気が変わった」
「そりゃあ驚いた」


ハリーが言った。




「そんな言い方はおやめ─────」


ペチュニアおばさんが甲高い声で言いかけたが、バーノン・ダーズリーは手を振って制した。




「戯言も甚だしい」


バーノンおじさんはブタのように小さな目でハリーを睨みつけた。




「一言も信じないと決めた わしらはここに残る どこにも行かん」


ハリーはおじさんを見上げ、怒るべきか笑うべきか複雑な気持ちになった。
この4週間というもの、バーノン・ダーズリーは24時間ごとに気が変わっていた。
その度に、車に荷物を積んだり降ろしたり、また積んだりを繰り返していた。
ある時など、ダドリーが自分の荷物を新たにダンベルを入れたのに気づかなかったバーノンおじさんが、
その荷物を車のトランクに積み直そうと持ち上げた途端押し潰されて、痛みに大声を上げながら悪態をついていた。
これがハリーのお気に入りの一場面だった。




「お前が言うには」


バーノン・ダーズリーはまた居間の往復を始めた。




「わしらが─────ペチュニアとダドリーとわしだが─────狙われるとか 相手は─────その─────」
「『僕たちの仲間』、そうだよ」


ハリーが言った。




「うんにゃ、わしは信じないぞ」


バーノンおじさんはまたハリーの前で立ち止まり、繰り返した。




「昨夜はその事を考えて、半分しか寝とらん これは家を乗っ取る罠だと思う」
「家?」


ハリーが繰り返した。




「どの家?」
この家だ!」


バーノンおじさんの声が上ずりになり、こめかみの青筋がピクピクし始めた。




わしらの家だ! このあたりは住宅の値段がウナギ上がりだ! お前は邪魔なわし等を追い出して、
 それからちょいとチチンプイプイやらかして、あっという間に権利証はお前の名前になって、そして─────」
「気は確かなの?」


ハリーは問いただした。




「この家を乗っ取る罠? おじさん、顔ばかりか頭までおかしいのかな?」
「なんて口の利き方を─────!」


ペチュニアおばさんがキーキー声を上げたが、またしてもバーノンが手を振って制止した。
顔を貶されることなど、自分が見破った危険に比べれば何でもないと言う様子だ。




「忘れちゃいけないとは思うけど」


ハリーが言った。




「僕にはもう家がある 名付け親が残してくれた家だよ
 なのに、どうして僕がこの家を欲しがるってわけ? 楽しい思い出が一杯だから?」


おじさんがぐっと詰った。
ハリーは、この一言がおじさんにはかなり効いたと思った。




「おまえの言い分は」


バーノンおじさんはまた歩き始めた。




「その何とか卿が─────」
「ヴォルデモート」


ハリーはイライラしてきた。




「もう何百回も話し合ったはずだ 僕の言い分なんかじゃない 事実だ
 ダンブルドアが去年おじさんにそう言ったし、キングズリーもウィーズリーさんも─────」


バーノン・ダーズリーは怒ったように肩をそびやかした。
ハリーはおじさんの考えている事が想像できた。
夏休みに入って間もなく、正真正銘の魔法使いが2人、
前触れもなしにこの家にやって来たという記憶を振り払おうとしているのだ。
キングズリー・シャックルボルトとアーサー・ウィーズリーの2人が戸口に現れたこの事件は、
ダーズリー一家にとって深い極まりない衝撃だった。
ハリーにもその気持ちはわかる。
ウィーズリーおじさんは、かつてこの居間の半分を吹っ飛ばしたことがあったのだから、
再度の訪問にバーノンおじさんが嬉しい顔をするはずがない。




「─────キングズリーもウィーズリーさんも、全部説明したはずだ」


ハリーは手加減せずにぐいぐい話を進めた。




「僕が17歳になれば、僕の安全を保ってきた守りの呪文が破れるんだ そしたら、おじさんたちも僕も危険に晒される 
 騎士団は、ヴォルデモートが必ずおじさんたちを狙うと見ている 僕の居場所を見つけ出そうとして拷問するためか、
 さもなければ、おじさんたちを人質に取れば僕が助けに来るだろうと考えてのことだ」


バーノンおじさんとハリーの目があった。
その瞬間ハリーは、果たしてそうだろうか・・・・と互いに訝っているのが分かった。
それからバーノンおじさんはあまた歩き出し、ハリーは話し続けた。




「おじさんたちは身を隠さないといけないし、騎士団はそれを助けたいと思っているんだよ
 おじさんたちには厳重で最高の警護を提供するって言ってるんだ」


バーノンおじさんは、何も言わず往ったり来たりを続けていた。
家の外では、太陽がプリペットの生垣に掛かるほど低くなっていた。
隣の芝刈り機がまたエンストして止まった。




「魔法省とかいうものがあると思ったのだが?」


バーノン・ダーズリーが出し抜けに聞いた。




「あるよ」


ハリーが驚いて答えた。




「さあ、それなら、どうしてそいつがわしらを守らんのだ? わしらは、お尋ね者を匿っただけの、
 それ以外は何の罪も無い犠牲者だ 当然政府の保護を受ける資格がある!」


ハリーは我慢できずに声を上げて笑った。
おじさん自身が軽蔑し、信用もしていない世界の政府だというのに、
あくまで既成の権威に期待をかけるなんて、全く何処までもバーノン・ダーズリーらしい。




「ウィーズリーさんやキングズリーの言った事を聞いたはずだ」


ハリーが言った。




「魔法省にはもう敵が入り込んでいるんだ」


バーノンおじさんは暖炉まで行ってまた戻って来た。
息を荒げているので巨大な黒い口髭が小刻みに波打ち、意識を集中させているので顔はまだ紫色のままだ。




「よかろう」


おじさんはハリーの前で立ち止まった。




「よかろう たとえばの話だが、わしらがその警護とやらを受け入れたとしよう
 しかし、何故あのキングズリーとかいうやつがわし等に付き添わんのだ 理解できん」


ハリーはやれやれという目付きになるのを辛うじて我慢した。
同じ質問にもう何度も答えている。




「もう話したはずだけど」


ハリーは歯を食い縛って答えた。




「キングズリーの役割は、マグ─────つまり、英国首相の警護なんだ」
「そうだとも─────アイツが一番だ!」


バーノンおじさんは、点いていないテレビの画面を指差して言った。
ダーズリー一家は、病院を公式見舞いするマグルの首相の背後にピッタリ従いて、
さり気なく歩くキングズリーの姿をニュースで見つけたのだった。
その上、キングズリーはマグルの洋服を着こなすコツを心得ているし、ゆったしりた深い声は何かしら人を安心させるものがある。
それやこれやで、ダースリー一家は、キングズリーを他の魔法使いとは別格扱いにしているのだ。
もっとも、肩耳にイヤリングをしているキングズリーの姿を、ダーズリー達が見ていないのも確かだ。




「でも、キングズリーの役目はもう決まってる」


ハリーが言った。




「だけど、ヘスチア・ジョーンズとディーダラス・ディグルなら十分にこの仕事を─────」
「履歴書でも見ていれば・・・・」


バーノンおじさんが食い下がろうとしたが、ハリーは我慢できなくなった。
立ち上がっておじさんに詰め寄り、今度はハリーがテレビを指差した。




「テレビで見ている事故はただの事故じゃない─────衝突事故だとか爆発事故だとか脱線だとか、
 そういうテレビニュースの後にも、いろいろな事件が起こっているに違いないんだ
 人が行方不明になったり死んでいる裏には、やつがいるんだ─────ヴォルデモートが
 嫌と言うほど言って聞かせたじゃないか アイツはマグル殺しを楽しんでるんだ
 霧が出る時だって─────吸魂鬼の仕業なんだ 吸魂鬼が何だか思い出せないのなら、息子に聞いてみろ!」


ダドリーの両手がビクッと動いて口を覆った。
両親とハリーが見つめているのに気付き、ダドリーはゆっくり手を下ろして聞いた。




「いるのか・・・・もっと?」
「もっと?」


ハリーは笑った。




「僕達を襲った他にももっといるかって? もちろんだとも 
 何百、いや今はもう何千かもしれない 恐れと絶望を食い物にして生きるやつらのことだ─────」
「もういい、もういい」


バーノンおじさんが怒鳴り散らした。




「お前の言いたい事は分かった─────」
「そうだといいけどね」



ハリーが言った。




「何しろ僕が17歳になった途端、連中は─────死喰い人だとか吸魂鬼だとか、たぶん亡者たちまで、つまり
 闇の魔術で動かされる屍のことだけど─────おじさんたちを見つけて、必ず襲ってくる それに、おじさんが昔、 
 魔法使いから逃げようとした時の事を思い出せば分かってくれると思うけど、おじさんたちには助けが必要なんだ」


一瞬沈黙が流れた。
その短い時間に、ハグリッドがその昔ぶち破った木の扉の音が遠く響き、
その時から今までの長い年月を伝わって反響してくるようだった。
ペチュニアおばさんはバーノンおじさんを見つめ、ダドリーはハリーをじっと見ていた。
やがてバーノンおじさんが口走った。




「しかし、わしの仕事はどうなる? ダドリーの学校は?
 そういうことは、のらくら者の魔法使いなんかにゃ、どうでもいいことなんだろうが─────」
「まだわかってないのか?」


ハリーが怒鳴った。




やつらは、僕の父さんや母さんとおんなじように、おじさんたちを拷問して殺すんだ!
「パパ」


ダドリーが大声で言った。




「パパ─────僕、騎士団の人たちと一緒に行く」
「ダドリー」


ハリーが言った。




「君、生まれて初めてまともなこと言ったぜ」


勝った、とハリーは思った。
ダドリーが怖気づいて騎士団の助けを受け入れるなら、親も従いていくはずだ。
可愛いダディちゃんと離ればなれになることなど考えられない。
ハリーは暖炉の上にある骨董品の時計をチラリと見た。




「あと5分ぐらいで迎えに来るよ」


そう言ってもダーズリーたちからは何の反応もないので、ハリーは部屋から出た。
おじ、おば、そしていとこの別れ─────それも多分永遠の別れ─────
心の準備をするのに、あまり悲しまなくてすむ別れだった。
にも関わらず、何となく気詰まりな雰囲気が流れていた。
16年しっかり憎しみ合った末の別れには、普通、何と言うのだっけ?

ハリーは自分の部屋に戻り、意味もなくリュックサックを弄り、
それから、ふくろうナッツを2個、鳥籠の格子から押し込むようにヘドウィグに差し入れたが、
2つとも籠の底にポトッと鈍い音を立てて落ち、ヘドウィグは見向きもしなかった。




「僕たち出かけるんだ もうすぐだよ」


ハリーは話しかけた。




「そしたら、また飛べるようになるからね」


玄関の呼び鈴が鳴った。
ハリーはちょっと迷ったが、部屋を出て階段を下りた。
ヘスチアとディーダラスだけでダーズリー一味を相手にできると思うのは期待しすぎだ。
しかし、ハリーが玄関を開けた途端、意外な人物が立っていた。
ブロンドヘアーの細身の男が、見事にスーツを着こなし、深々とハリーにお辞儀していた。




「アイン! 久しぶりだね」


ハリーが言った。
アインはニコリと笑みを返した。




「ハリー」


その後ろから、が歩み出た。
ハリーの心臓が弾んだ。




「またお会いできて光栄です 彼はアイン 私の一族に代々仕えてくれている従者です」


はアインを、ダーズリー一家に紹介した。




「少々、事情が変わられたため、真に勝手ではありますが、
 先のお二方ではなく、アインならびにツヴァイを、ご親戚の方々の警護につかせて頂きます」


ハリーが庭先を覗くと、アインの愛車だろう、超高級車のロールス・ロイス・ファントムが停まっていた。
窓の部分は相変わらずフィルムが貼られてあったので、内部はどうなっているか分からないが、どうやらもう1人いるらしい。
アインの格好が幸いしたのか、ダーズリー一家の気が変わるような心配はしなくてすみそうだ。




「荷造りはお済でしょうか?」


アインは辺りを見回し、銀の懐中時計で時間を確かめた。




「我々はハリー・ポッターよりも先に出発致します この屋敷で魔法を使う行為はとても危険を要するためです
 彼はまだ未成年なため、魔法省が彼を逮捕する口実を与えてしまいますからね そのため、我々は車で15・6キロほど
 移動いたします そして、みなさんのために我々が選び抜いた、安全な場所へと『姿くらまし』致しましょう」


アインが丁寧に言った。




「ハリー、私たちは」


が話しかけた。




「こちらで護衛の到着を待ちます」
「どういうこと?」


ハリーが急き込んで聞いた。




「マッド・アイが来て、『付き添い姿くらまし』で僕を連れて行くはずだけど」
「いいえ」


が短く答えた。




「私たちは、ハリー、あなたがこの家から出発する時間と、ご家族が『姿くらまし』する時間を合わせようと考えました
 そうすれば、呪文が破られると同時に、あなたがた全員が安全なところへと向っている算段になります」


はダーズリー一家に振り向いた。




「準備はよろしでしょうか?」


誰も答えなかった。
バーノンおじさんは愕然とした顔だった。




「アイン、少し席を外して差し上げましょう」


が言った。
ハリーとダーズリー一家が、涙の別れを交わすかもしれない親密な場所に同席するのは、無粋だと思ったに違いない。




「そんな気遣いは」


ハリーはボソボソ言いかけたが、バーノンおじさんの
「さあ、小僧、ではこれでおさらばだ」の大声で、それ以上説明する手間が省けた。
ダーズリー氏は右腕を挙げてハリーと握手する素振りを見せたが、間際になってとても耐えられないと思ったらしく、
拳を握るなり、メトロノームのように腕をブラブラ降りだした。




「ダディちゃん、いい?」


ペチュニアおばさんは、ハンドバッグの留め金を何度もチェックすることで、ハリーと目を合わすのを避けていた。
ダドリーは何も答えず、口を半開きにしてその場に突っ立っていた。
ハリーは巨人のグロウプをチラリと思い出した。




「それじゃあ、行こう」


バーノンおじさんが言った。
おじさんが居間のドアまで行った時、ダドリーはボソリと言った。




「わかんない」
「かわい子ちゃん、何が分からないの?」


ペチュニアおばさんが息子を見上げて言った。
ダドリーは丸ハムのような大きな手でハリーを指した。




「あいつはどうして一緒に来ないの?」


バーノンおじさんもペチュニアおばさんも、ダドリーがたったいま、
バレリーナになりたいとでも言ったように、その場に凍り付いてダドリーを見つめた。




「なんだと?」


バーノンおじさんが大声を出した。




「どうしてあいつも来ないの?」


ダドリーが聞いた。




「そりゃ、あいつは─────来たくないんだ」


そう言うなり、バーノンおじさんはハリーを睨みつけて聞いた。




「気たたくないんだろう え?」
「ああ、これっぽっちも」


ハリーが言った。




「それ見ろ」


バーノンおじさんがダドリーに言った。




「さあ、来い 出かけるぞ」


ダーズリー氏はさっさと部屋から出て行った。
玄関のドアが開く音がした。
しかしダドリーは動かない。
2・3歩躊躇いがちに歩き出したペチュニアおばさんも立ち止まった。




「今度はなんだ?」


部屋の入口にまた顔を出したバーノンおじさんが喚いた。
ダドリーは、言葉にするのが難しい考えと格闘しているように見えた。
いかにも痛々しげな心の葛藤がしばらく続いた後、ダドリーが言った。




「それじゃ、あいつは何処に行くの?」


ペチュニアおばさんとバーノンおじさんは顔を見合わせた。
ダドリーにギョッとさせられたに違いない。




「ですが・・・・あなた方の甥御様がどこへ向われるか、よもや、ご存じないわけではないでしょう?」


が戸惑いがちに聞いた。




「知ってるとも」


バーノンおじさんが言った。




「お前たちの仲間と一緒に行く そうだろうが? さあ、ダドリー、車に乗ろう」


バーノン・ダーズリーは再びさっさと玄関まで出て行った。
しかしダドリーは従いて行かなかった。




「いいんだ、


の顔色を見て、ハリーが慌てて言った。




「僕なんか、粗大ゴミだと思われてるんだ でも僕、慣れてるし─────」
「おまえ、粗大ゴミじゃないと思う」



ダドリーの唇が動くのを見ていなかったら、ハリーは耳を疑ったかもしれない。
ハリーはそれでも尚ダドリーを見つめ、今喋ったのが自分のいとこだと納得するのに、数秒掛かった。
間違いなくダドリーがそう言った。
1つには、ダドリーが赤くなっていたからだ。
ハリーも決まりが悪くなったし、意表を衝かれて驚いていた。




「えーと・・・・あの・・・・ありがとう、ダドリー」


ダドリーは再び表現しきれない思いと取り組んでいるように見えたが、やがて呟いた。




「おまえは俺の命を救った」
「正確には違うね」


ハリーが言った。




「吸魂鬼が奪い損ねたのは、君の魂さ」


ハリーは不思議なものを見るように、いとこを見た。
今年も、去年の夏も、ハリーは短い間しかプリペット通りにいなかったし、
ほとんど部屋に篭りきりだったので、ダドリーとは事実上接触がなかった。
しかし、ハリーはたったいま、はたと思い当たった。
今朝がた踏んづけたあの冷めた紅茶のカップは、悪戯ではなかったのかもしれない。
ハリーは胸が熱くなりかけたが、ダドリーの感情表現能力がどうやら底をついてしまったらしいのを見て、やはりホッとした。
ダドリーはさらに1・2度、口をパクパクさせたが、真っ赤になって黙り込んでしまった。

ペチュニアおばさんはウッと泣き出し、駆け寄ってダドリーを抱き締めた。




「な─────なんて優しい子なの、ダッダーちゃん・・・・」


ペチュニアは息子のだだっ広い胸に顔を埋めてすすり泣いた。




「な─────なんて、い、良い子なんでしょう・・・・あ、ありがとうって言うなんて・・・・」
「お子さんは、『ありがとう』などとは仰られてはおりませんが?」


アインが言った。




「ただ、『ハリーは粗大ゴミじゃないと思う』と、仰られただけですよ」
「うん、そうなんだけど、ダドリーが言うと、『君が大好きだ』って言ったようなものなんだ」


ハリーは説明した。
ペチュニアおばさんがダドリーにしがみ付き、まるでダドリーが、
燃え盛るビルからハリーを救い出しでもしたかのように泣き続けるのを見て、
ハリーは困ったような、笑いたいような複雑な気持ちだった。




「行くのか行かないのか?」


居間の入口にまたまた顔を出したバーノンおじさんが喚いた。
アインは一歩前に踏み出し、ハリーの手を握った。




「─────お元気で またお会いしましょう ハリー・ポッター」
「あ─────」


ハリーが言った。




「うん」


アインはハリーの手を放し、に向き直った。




「では─────様・・・・」
「ええ、彼らを頼みます」


は柔らかい笑みを見せた。




「アイン、今までありがとう」


アインの顔は悲痛そうだった。
ハリーには、それがどうしてなのか理解できなかった。




「ツヴァイとドライにも、伝えてください─────『今まで、ありがとう』と・・・・」
「─────必ず」


アインは頭を下げた。




「できることならば・・・・再び、生を受けることが許されるのならば 
 ─────その時は、平和な来世で、またあなた達とお会いしたいですね」


アインは涙を堪えているようだった。
そして、震える声でこう言った。




「貴方様は、私が尽くしてきたアッシュフォード家ご当主の中で、最も誇りに思える、偉大なお方でした」


アインはをしっかりと見つめ、部屋を出て行った。

ダドリーはしがみついている母親からそっと離れ、ハリーの方に歩いてきた。
ハリーは魔法でダドリーを脅してやりたいという衝動を抑えつけなければならなかった。
ダドリーは、やおら大きなピンクの手を差し出した。




「驚いたなぁ、ダドリー」


ペチュニアおばさんがまたしても泣き出す声を聞きながら、ハリーが言った。




「吸魂鬼に別な人格でも吹き込まれたのか?」
「わかんない」


ダドリーが小声で言った。




「またな、ハリー」
「ああ・・・・」


ハリーはダドリーの手を取って握手した。




「たぶんね 元気でな、ビッグD」


ダドリーはニヤッとしかけ、それからドスドスと部屋を出て行った。
庭の砂利道を踏みしめるダドリーの重い足音が聞こえ、やがて車のドアがバタンと閉まる音がした。
ハンカチに顔を埋めていたペチュニアおばさんは、その音で辺りを見回した。
おばさんは濡れたハンカチを慌ててポケットにしまいながら、
「じゃ─────さよなら」と言って、ハリーの顔も見ずにどんどん戸口まで歩いて行った。




「さよなら」


ハリーが言った。

ペチュニアおばさんが立ち止まって、振り返った。
一瞬、ハリーは、おばさんが自分に何か言いたいのではないかという、不思議な気持ちに襲われた。
なんとも奇妙な、おののくような目でハリーを見ながら、ペチュニアおばさんは言おうか言うまいかと迷っているようだった。
しかし、やがてくいっと頭を上げ、おばさんは夫と息子を追って、せかせかと部屋を出て行った。
























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