ドリーム小説
Day.2----追悼
ハリーは血を流していた。
怪我した右手を左手で押さえ、小声で悪態をつきながら2階の寝室のドアを肩で押し開けた。
ガチャンと陶器の割れる音がして、ハリーは、ドアの外に置かれていた冷めた紅茶のカップを踏んづけていた。
「いったい何だ─────?」
ハリーは辺りを見回した。
プリペット通り4番地の家。
2階の階段の踊り場には誰もいない。
紅茶のカップは、ダドリーの仕掛けた罠だったのかもしれない。
ダドリーは、賢い「間抜け落とし」と考えたのだろう。
血の出ている右手を上げて庇いながら、ハリーは左手で陶器の欠片を掻き集め、
ドアの内側に少しだけ見えているゴミ箱へ投げ入れた。
ゴミ箱は既に、かなりぎゅうぎゅう詰めになっている。
それから腹立ちまぎれに足を踏み鳴らしながらバスルームまで行き、指を蛇口の下に突き出して洗った。
あと4日間も魔法が使えないなんて、バカげている。
何の意味も無いし、どうしようもないほど苛立だしい・・・・。
しかし考えてみれば、子の指のギザギザした切り傷は、ハリーの魔法ではどうにもならなかった。
傷の治し方など習った事はない。
そう言えば─────特にこれからやろうとしている計画を考えると─────
これは、ハリーが受けてきた魔法教育の重大な欠陥のようだった。
どうやって治すのか、に聞かなければと自分に言い聞かせながら、ハリーはトイレットペーパーを分厚く巻き取って、
こぼれた紅茶をできるだけ奇麗に拭き取り、部屋に戻ってドアをバタンと閉めた。
ハリーは、6年前に荷造りして以来初めて、学校用のトランクを完全に空にするという作業を、午前中一杯かけて続けていた。
これまでは、学期が始まる前にトランクの上から4分の3ほどを出し入れしたり
入れ替えしただけで、底のガラクタの層はそのままにしておいた。
古い羽ペン、干からびたコガネムシの目玉、片方しかない小さくなったソックスなどが残っていた。
その万年床に、ほんの数分前右手を突っ込み、薬指に痛みを感じて引っ込めると、酷く出血していたのだ。
ハリーは、今度はもっと慎重に取り組もうと、もう一度トランクの脇に膝を着いて、底の方に探りを入れた。
「セドリック・ディゴリーを応援しよう」と「汚いぞ、ポッター」の文字が交互に光る古いバッジが、
弱々しく光りながら出てきた後に、割れてボロボロになった「かくれん防止器」、
そして「R・A・B」の署名のあるメモが隠されていた金のロケットが出てきた。
それからやっと、切り傷の犯人である刃物が見つかった。
正体はすぐにわかった。
名付け親のシリウスが死ぬ前にくれた魔法の鏡の、長さ6センチほどの欠片だった。
それを脇に置き、他に欠片は残っていないかと注意深く手探りしたが、
粉々になったガラスが一番底のガラクタにくっついてキラキラしているだけで、
シリウスの最後の贈り物は、他に何も残っていなかった。
ハリーは座り直し、指を切ったギザギザの欠片を良く調べたが、自分の明るい緑の目が見つめ返すばかりだった。
ハリーは、読まずににベッドの上に置いてあるその日の「日刊予言者新聞」の上に、その欠片を置いた。
割れた鏡が、辛い思い出を一時に蘇らせた。
後悔が胸を刺し、会いたい思いが募った。
ハリーはトランクに残ったガラクタをやっつけることで胸の痛みを堰き止めようとした。
無駄な物を捨て、残りを今後必要な物と不要な物に分けて積み上げ、トランクを完全に空にするのにまた1時間かかった。
学校の制服、クィディッチのユニフォーム、大鍋、羊皮紙、羽根ペン、
それに教科書の大部分は置いていく事にして、部屋の隅に積み上げた。
ふと、おじさんとおばさんはどう処理するのだろうと、思った。
恐ろしい犯罪の証拠でもあるように、たぶん真夜中に焼いてしまうだろう。
マダムの洋服、透明マント、魔法薬調合キット、本を数冊、
それにハグリッドに昔貰ったアルバムや手紙の束と杖は、古いリュックサックに詰めた。
リュックの前ポケットには、忍びの地図と「R・A・B」の署名入りメモが入ったロケットをしまった。
ロケットを名誉ある特別席に入れたのは、それ自体に価値があるからではなく、
─────普通に考えれば全く価値のないものだ─────払った犠牲が大きかったからだ。
残るは新聞の山の整理だ。
ペットの白ふくろう、ヘドウィグの脇の机に積み上げられている。
プリペット通りで過ごしたこの夏休みの日数分だけある。
ハリーは床から立ち上がり、伸びをして机に向った。
ヘドウィグは、ハリーが新聞をパラパラ捲っては1日分ずつゴミの山に放り投げる間、ピクリとも動かなかった。
眠っているのか眠ったふりをしているのか、最近は滅多に鳥籠から出してもらえないので、ハリーに腹を立てているのだ。
新聞の山が残り少なくなると、ハリーは捲る速度を落とした。
探している記事は、確か夏休みでプリペット通りに戻って間もなくの日付の新聞に載っていたはずだ。
一面に、ホグワーツ校のマグル学教授であるチャリティ・バーベッジが辞職したという記事が小さく載っていた記憶がある。
やっとその新聞が見つかった。
ハリーは10面を捲りながら椅子に腰を落ち着かせて、探していた記事をもう一度読み直した。
アルバス・ダンブルドアを悼む エルファイアス・ドージ
私がアルバス・ダンブルドアと出会ったのは、11歳の時、ホグワーツでの最初の日だった。
互いにのけ者だと感じていたことが、2人を惹き付けたに違いない。
私は登校直前に龍痘にかかり、他人に感染する恐れはもうなかったものの痘痕が残っていたし、
顔色も緑色かかっていたため、積極的に近づこうとする者はほとんどいなかった。
一方、アルバスは、芳しくない評判を背負ってのホグワーツ入学だった。
父親のパーシバルが3人のマグルの若者を襲った件で有罪になり、
その残忍な事件が散々報道されてからまだ1年と経っていなかったのだ。
アルバスは、父親(その後アズカバンで亡くなった)がそのような罪を犯したことを、否定しようとはしなかった。
むしろ、私が思い切って聞いた時は、父親は確かに有罪であると認めた。
この悲しむべき出来事については、どれだけ多くの者が聞きだそうとしても、ダンブルドアはそれ以上話そうとはしなかった。
実は、一部の者が彼の父親の行為を賞賛する傾向にあり、その者たちはダンブルドアもまた、マグル嫌いなのだと思い込んでいた。
見当違いも甚だしい。
アルバスを知る者なら誰もが、彼には反マグル的傾向の片鱗すらなかったと証言するだろう。
むしろ、その後の長い年月、断固としてマグルの権利を指示してきたことで、アルバスは多くの敵を作った。
しかしながら、入学後数ヶ月を経ずして、アルバス自身の評判は、父親の悪評を凌ぐほどになった。
一学年の終わりには、マグル嫌いの父親の息子という見方は全くなくなり、
ホグワーツ校始まって以来の秀才ということだけで知られるようになった。
光栄にもアルバスの友人であった我々は、彼を模範として見習うことができたし、
アルバスが常に喜んで我々を助けたり、激励してくれたりしたことで恩恵を受けた事は言うまでも無い。
後年アルバスが私に打ち明けてくれたことには、既にその頃から、人を導き教える事がアルバスの最大の喜びだったと言う。
学校の賞という賞を総嘗めにしたばかりでなく、アルバスは間もなく、
その時代の有名な魔法使いたちと定期的に手紙のやり取りをするようになった。
たとえば、著名な錬金術師のニコラス・フラメル、歴史家として知られるパチルダ・バグショット、
魔法理論家のアドルバート・ワフリングなどが挙げられる。
彼の論文のいくつかが、「変身現代」や「呪文の挑戦」「実践魔法薬」などの学術出版物に取り上げられるようになった。
ダンブルドアには、華々しい将来が約束されていると思われた。
あとは、いつ魔法大臣になるかという時期の問題だけだった。
後年、幾度となく、ダンブルドアが間もなくその地位に就くと人の口に上ったが、
彼が大臣職を望んだことは、実は一度も無かった。
我々がホグワーツに来て3年後に、弟のアバーフォースが入学して来た。
兄弟とはいえ、2人は似ていなかった。
アバーフォースは決して本の虫ではなかったし、揉め事の解決にも、
アルバスとは違って論理的な話し合いよりも決闘に訴える方を好んだ。
とはいえ、兄弟仲が悪かったという一部の見方は大きな間違いだ。
あれだけ性格の違う兄弟にしては、上手く付き合っていた。
アバーフォースのために釈明するが、アルバスの影のような存在で有り続けるのは、必ずしも楽なことではなかったに違いない。
アルバスの友人であることは、何をやっても彼には適わないという職業病を抱えるようなもので、
弟だからといって、他人の場合より楽だったはずはない。
アルバスと共にホグワーツを卒業した時、私たちは、その頃の伝統であった卒業世界旅行に一緒に出かけるつもりだった。
海外の魔法使いたちを訪ねて見聞を広め、それから各々の人生を歩み出そうを考えていた。
ところが、悲劇が起こった。
旅行の前夜、アルバスの母親、ケンドラが亡くなり、アルバスは家長であり家族唯一の稼ぎ手となってしまった。
私は出発を延ばしてケンドラの葬儀に列席し、礼を尽くした後に、一人旅となってしまった世界旅行に出かけた。
面倒を見なければならない弟と妹を抱え、残された遺産も少なく、
アルバスは到底私と一緒に出かけることなど出来なくなっていた。
それからしばらくは、我々2人の人生の中で、最も接触の少ない時期となった。
私はアルバスに手紙を書き、今考えれば無神経にも、ギリシャで危うくキメラから逃れたことから、
エジプトでの錬金術師の実験に至るまで、旅の驚くべき出来事を書き送った。
アルバスからの手紙には、日常的なことはほとんど書かれていなかった。
あれほどの秀才のことだ、毎日が味気なく、焦燥感に駆られていたのではないか、と私は推察していた。
旅の体験にどっぷり浸かっていた私は、一年間の旅の終わりに近くなって、
ダンブルドア一家をまたもや悲劇が襲ったという報せを聞き、驚愕した。
妹、アリアナの死だ。
アリアナは長く病弱だった。
とはいえ、母親の死に引き継ぐこの痛手は、兄弟2人に深刻な影響を与えた。
アルバスと近しい者はみな─────私もその幸運な一人だが─────アリアナの死と、
その死の責めが自分自身にあると考えたことが(もちろん彼に罪はないのだが)
アルバスに一生消えない傷痕を残したという一致した見方をしている。
帰国後に出会ったアルバスは、年齢以上の辛酸を舐めた人間になっていた。
以前に比べて感情を表に出さず、快活さも薄れていた。
アルバスを惨めにしたのは、アリアナの死によって、アバーフォースとの間に
新たな絆が結ばれるどころか、仲違いしてしまったことだった。
(その後にこの関係は修復する─────後年、2人は親しいとは言えないまでも、気心の通じ合う関係に戻った)
しかしながら、それ以降アルバスは、両親やアリアナのことを
ほとんど語らなくなったし、友人たちもそのことを口にしないようになった。
その後のダンブルドアの顕著な功績については、他の著者の羽根ペンが語るであろう。
魔法界の知識を豊かにしたダンブルドアの貢献は数え切れない。
たとえば、ドラゴンの血液の12の利用法などは、この先何世代にも渡って役立つであろうし、
ウィゼンガモット最高裁の主席魔法戦士として下した、数多くの名判決に見る彼の英知も然りである。
さらに、いまだ、1945年のダンブルドアとグリンデルバルドとの決闘をしのぐものはないと言われている。
決闘の目撃者たちは、傑出した2人の魔法使いの戦いが、見るものをいかに畏怖せしめたかについて書き残している。
ダンブルドアの勝利と、その結果魔法界に訪れた歴史的な転換の重要性は、
国際機密保持法の制定もしくは「名前を言ってはいけないあの人」の凋落に匹敵するものだと考えられている。
アルバス・ダンブルドアは決して誇らず、驕らなかった。
誰に対しても、たとえ傍目にはどんなに取るに足りない者、見下げ果てた者にでも、何かしら優れた価値を見い出した。
若くして身内を失ったことが、彼に大いなる人間味と思いやりの心を与えたのだと思う。
アルバスという友を失ったことは、私にとって言葉に尽くせないほどの悲しみである。
しかし、私個人の喪失感は、魔法界の失ったものに比べれば何ほどのものでもない。
ダンブルドアがホグワーツの歴代校長の中でも最も啓発力に富み、最も敬愛されていたことは疑いの余地が無い。
彼の生き方は、そのまま彼の死に方でもあった。
常により大きな善のために力を尽くし、最後の瞬間まで、私が初めて彼に出会ったあの日のように、
龍痘の少年に喜んで手を差し伸べたアルバス・ダンブルドアそのままであった。
ハリーは読み終わってもなお、追悼文に添えられた写真を見つめ続けていた。
ダンブルドアは、いつものあの優しい微笑を浮かべていた。
しかし、新聞の写真に過ぎないのに、半月形メガネの上から覗いているその目は、
ハリーの気持をレントゲンのように透視しているようだった。
ハリーの今の悲しみには、恥じ入る気持ちが混じっていた。
ハリーはダンブルドアを良く知っているつもりだった。
しかしこの追悼文を最初に読んだ時から、実はほとんど何も知らなかったことに気づかされていた。
ダンブルドアの子供の頃や青年時代など、ハリーは一度も想像した事がなかった。
最初からハリーの知っている姿で出現した人のような気がしていた。
人格者で、銀色の髪をした高齢のダンブルドアだ。
10代のダンブルドアなんてちぐはぐだ。
愚かなハーマイオニーとか、人懐っこい「尻尾爆発スクリュート」を想像するのと同じくらいおかしい。
ハリーは、ダンブルドアの過去を聞こうとしたことはなかった。
聞くのは何だかおかしいし、むしろ無遠慮だと思ったのだろう。
しかし、ダンブルドアが臨んだグリンデルバルドとのあの伝説の決闘なら、誰でも知っていることだった。
それなのに、ハリーは、決闘の様子をダンブルドアに聞こうともしなかったし、
その他の有名な功績についても、一切聞こうとは思わなかった。
そうなのだ。
2人はいつもハリーの事を話したのだ。
ハリーの過去、ハリーの未来、ハリーの計画・・・・自分の未来がどんなに危険極まりなく不確実な物であったにせよ、
今にして思えば、ダンブルドアについてもっといろいろ聞いておかなかったのは、取り返しのつかない機会を逃した事になる。
しばらく考えに耽った後、ハリーは「日刊予言者新聞」の追悼文を破り取り、
きちんと畳んで「実践的防衛術と闇の魔術に対するその使用法」第一巻の中に挟み込んだ。
それから、破った残りの新聞をゴミの山に放り投げ、部屋を眺めた。
ずいぶんスッキリした。
まだ片付いていないのは、ベッドに置いたままにしてある今朝の「日刊予言者新聞」と、その上に載せた鏡の欠片だけだ。
ハリーはベッドまで歩いて、鏡の欠片を新聞からそっと滑らせて脇に落とし、紙面を広げた。
今朝早く、配達ふくろうから丸まったまま受け取り、大見出しだけをチラリと見て、
ヴォルデモートの記事が何も無いことを確かめてから、そのまま投げ出しておいた新聞だ。
魔法省が「予言者新聞」も圧力をかけて、ヴォルデモートに関する記事を隠蔽しているに違いないと思い込んでいたので、
ハリーは今あらためて、読み過ごしていた記事に気がついた。
一面の下半分を占める記事に、悩ましげな表情のダンブルドアが
大股で歩いている写真があり、その上に小さめの見出しがついていた。
ダンブルドア─────ついに真相が?
同世代で最も偉大と称された天才魔法使いの欠陥を暴く衝撃の物語、いよいよ来週発売。
銀の髯を蓄えた静かな賢人、ダンブルドアのその親しまれたイメージの仮面を剥ぎ、
リータ・スキーターが暴く精神不安定な子ども時代、法を無視した青年時代、
生涯にわたる不和、そして墓場まで持ち去った秘密の罪。
魔法大臣になるとまで目された魔法使いが、単なる校長に甘んじていなのは何故か?
「不死鳥の騎士団」と呼ばれる秘密組織の真の目的は何だったのか?
ダンブルドアはどのように最期を迎えたのか?
これらの疑問に答え、さらにさまざまな謎に迫る、リータ・スキーターの衝撃の新刊評伝
「アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘」
(ベティ・ブレイスウェイトによる著者独占インタビューが13面に)
ハリーは乱暴に紙面を捲って13面を見た。
記事の一番上に、こちらもまた見慣れた顔の写真があった。
宝石縁のメガネに、念入りにカールされたブロンドの魔女が、本人は魅力的だと思っているらしい
歯を剥き出しにした笑顔で、ハリーに向って指をごにょごにょ動かし、愛想を振り撒いていた。
吐き気を催すような写真を必死で無視しながら、ハリーは記事を読んだ。
リータ・スキーター女史は、辛辣な羽根ペン使いで有名な印象とは違い、会ってみるとずっと暖かく人当たりの良い人物だった。
居心地の良さそうな自宅の玄関で出迎えを受け、女史に案内されるままにキッチンに入ると、
紅茶とパウンド・ケーキと、言うまでもなく湯気の立つほやほやのゴシップでたっぷり接待された。
「そりゃあ、もちろん、ダンブルドアは伝記作家にとっての夢ざんすわ」
とスキーター女史。
「あれだけの長い、中身の濃い人生ざんすもの あたくしの著書を皮切りに、もっともっと多くの伝記が出るざんしょうよ」
スキーターは間違いなく一番乗りだった。
900ページに及ぶ著者を、ダンブルドアが謎の死を遂げた6月から僅か4週間で上梓したわけだ。
筆者は、この超スピード出版を成し遂げた秘密を聞いてみた。
「ああ、あたくしのように長いことジャーナリストをやっておりますとね、締め切りに間に合わせるのが習い性となってるざんすわ
魔法界が完全な伝記を待ち望んでいることはわかっていたざんすしね、そういうニーズに真っ先に応えたかったわけざんす」
筆者は、アルバス・ダンブルドアの長年の友人であり、ウィゼンガモットの特別顧問でもある
エルファイアス・ドージの、最近話題になっているあのコメントに触れてみた。
「スキーターの本に書いてある事実は、蛙チョコの付録のカード以下でしかない」という批判だ。
スキーターは仰け反って笑った。
「ドジのドージ! 2・3年前、水中人の権利についてインタビューした事があるざんすけどね
かわいそうに、完全なボケ 2人でウィンダミア湖の湖底に座っていると勘違いしたらしくて、
あたくしに、『鱒』に気をつけろを何度も注意していたざんすわ」
しかしながら、エルファイアス・ドージと同様に、事実無根と非難する声は他にも多く聞かれる。
スキーターは、たった4週間で、ダンブルドアの傑出した長い生涯を完全に把握できると、本気でそう思っているのだろうか?
「まあ、あなた」
スキーターは、ペンを握った私の節を楽しげに軽く叩いてニッコリした。
「あなたもよくご存知ざんしょ ガリオン金貨のぎっしり埋まった袋、『ノー』という否定の言葉には耳を貸さないこと、
それに素敵な鋭い『自動速記羽根ペンQQQ』が一本あれば、情報はザックザク出てくるざんす!
いずれにせよ、ダンブルドアの私生活を何だかんだと取り沙汰したい連中はうようよしてるざんすわ
誰もが彼の事を素晴らしいと思っていたわけじゃないざんすよ─────他人の、しかも重要人物の領域にちょっかいを出して、
かなり大勢に煙たがられてたざんすからね とにかく、ドジのドージ爺さんには、ヒッポグリフに乗った気分で、
偉そうに知ったかぶりするのは止めていただくことざんすね 何しろあたくしには、大方のジャーナリストが
杖を差し出してでも手に入れたいと思うような情報源が一つあるざんす これまで公には一度も話さなかった人ざんしてね、
ダンブルドアの若かりしころ、もっとも荒れ狂った危ない時期に、彼と親しかった人物ざんす」
スキーターの伝記の前宣伝によれば、ダンブルドアの完全無欠な人生を
信じていた人たちには衝撃が待ち受けていると、明らかにそう匂わせている。
スキーターの見つけ出した事実の中で、一番衝撃的なものは何かと聞いてみた。
「さあ、さあ、ベティ、そうは問屋が卸さないざんす まだ誰も本を買わないうちに、
おいしいところを全部差し上げるわけにはいかないざんしょ!」
スキーターは笑った。
「でもね、約束するざんすわ ダンブルドア自身があの髯のように真っ白だと、まだそう思っている人には
衝撃の発見ざんす! これだけは言えるざんすがね、ダンブルドアが『例のあの人』に激怒するのを聞いた人は
夢にもそうは思わないざんしょうが、ダンブルドア自身、若い頃は闇の魔術にちょいと手を出していたざんす!
それに、貢献寛容を説くことに生涯を費やした魔法使いにしては、若いころは必ずしも心が広かったとは言えないざんすね!
─────ええ、アルバス・ダンブルドアは非常に 薄暗い過去を持っていたざんすとも
もちろん胡散臭い家族の事は言うに及ばないざんす ダンブルドアは躍起になってそのことを葬ろうとしたざんすがね」
スキーターが示唆しているのは、ダンブルドアの弟、アバーフォースのことかと聞いてみた。
15年前、魔法不正使用によりウィゼンガモットで有罪判決を受け、ちょっとしたスキャンダルの元になった人物だ。
「ああ、アバーフォースなんか、糞山の一角ざんすよ」
スキーターは笑い飛ばした。
「いやいや、山羊と戯れるのがお好きな弟なんかよりはるかに悪質で、マグル傷害事件の父親よりもさらに質が悪いざんす
─────いずれにせよ、2人ともウィゼンガモットに告発されたざんすから、ダンブルドアは、どちらの件も揉み消す事は
出来なかったざんすけどね いいえ、実は、母親と妹のことざんすよ、あたくしが興味を引かれたのはちょっと
ほじくってみたら、ありましたよざんすよ 胸の悪くなるような巣窟が─────ま、先ほど言いましたざんすが、
詳しくは9章から10章までを読んでのお楽しみざんすね いまはただ、自分の鼻が何故折れたのかを、
ダンブルドアが決して話さなかったのも無理は無い、とだけ申し上げておくざんす」
家族の恥となるようにな秘密は別として、スキーターは、
多くの魔法を発見したダンブルドアの、卓越した能力をも否定するのだろうか?
「頭はよかったざんすね」
スキーターは認めた。
「ただ、ダンブルドアの業績とされているもの全てが、本当に彼一人の功績であったかどうかは、今では疑い人も多いざんすよ
第6章であたくしが明らかにしてるざんすが、アイバー・ディロンスビーは、
自分が既に発見していたドラゴンの血液の8つの使用法を、ダンブルドアが論文に『借用』したと主張しているざんす」
しかし、筆者はあえて、ダンブルドアの功績のいくつかが重要なものであることは否定しないと主張した。
グリンデルバルドを打ち負かしたという有名な一件はどうだろう?
「ああ、それそれ、グリンデルバルドを持ち出して下さって嬉しいざんす」
スキーターは焦らすように微笑んだ。
「ダンブルドアの胸のすくような勝利に目を潤ませる皆様には悪うござんすけど、心の準備が必要ざんすね
これは爆弾ざんすよ─────むしろクソ爆弾 まったく汚い話ざんす ま、伝説の決闘と言えるものが
本当にあったのかどうか、あまり思い込まないことざんすね あたくしの本を読んだら、グリンデルバルドは
単に杖の先から白いハンカチを出して神妙に降参しただけだ、なんていう結論を出さざるをえないかもしれないざんす!」
スキーターはこの気になる話題について、これ以上は明かそうとしなかった。
そこで、読者にとっては間違いなく興味をそそられるであろう人間関係に水を向けてみた。
「ええ、ええ」
スキーターは勢いよく頷いた。
「1章まるまる割いたざんすよ ポッター=ダンブルドアの関係の全てにはね 不健全で、むしろ忌まわしい関係だと
言われてたざんす まあ、この全容も、新聞の読者にあたくしの本を買ってもらうしかないざんすがね、ダンブルドアが
はじめっからポッターに不自然な確信を持っていたことは、間違いないざんす それがあの少年にとって最善だったかどうか
─────ま、そのうちわかるざんしょ とにかく、ポッターが問題のある青春時代を過ごしたことは、公然の秘密ざんす」
スキーターは2年前、ハリー・ポッターとの、かの有名な独占インタビューを果たした。
ポッターが確信を持って、「例のあの人」が戻って来たと語った画期的記事だったが、
今でもポッターと接触があるかどうかと尋ねてみた。
「ええ、そりゃ、あたくしたち2人は親しい絆で結ばれるようになったざんす かわいそうに、ポッターには真の友と呼べる
人間がほとんどいないざんしてね しかも、あたくしたちが出会ったのは、あの子の人生でも最も厳しい試練の時─────
三校対校試合の時だったざんす 多分あたくしは、ハリー・ポッターの実像を知る、数少ない生き証人の一人ざんしょね」
話の流れが、未だに流布しているダンブルドアの最期に関するさまざまな噂へと、上手く結びついた。
ダンブルドアが死んだ時、ポッターがその場にいたという噂を、スキーターは信じているだろうか?
「まあ、喋り過ぎないようにしたいざんすけどね─────すべては本の中にあるざんす─────しかし、
ダンブルドアが墜落したか、飛び降りたか、押されて落ちたかした直後に、ホグワーツ城内の目撃者が、
ポッターが現場から走り去るところを見ているざんす ポッターはその後、セブルス・スネイプに
不利な証言をしているざんすが、ポッターがこの人物に恨みを抱いていることは有名ざんすよ 果たして言葉どおり
受け取れるかどうか? それは魔法界全体が決めること─────あたくしの本を読んでからざんすけどね」
思わせぶりな一言を受けて、筆者は暇を告げた。
スキーターの羽根ペンによる本書は、たちどころにベストセラーとなること間違いなしだ。
一方、ダンブルドアを崇拝する多くの人々にとっては、その英雄像から何が飛び出すやら、戦々恐々の日々かもしれない。
記事を読み終わっても、ハリーは呆然とその紙面を睨み付けたままだった。
嫌悪感と怒りが反吐のように込み上げてきた。
新聞を丸め、力任せに壁に投げつけた。
ゴミ箱は既に溢れ、新聞はゴミ箱の周りに散らばっているゴミの山に加わった。
ハリーは部屋の中を無意識に大股で歩き回った。
空っぽの引き出しを開けたり、本を取り上げてはまた元の山に戻したり、ほとんど何をしているかの自覚もなかった。
リータの記事の言葉が、バラバラに頭の中で響いていた。
「ポッター=ダンブルドアの関係の全てには、1章まるまる割いた・・・・不健全で、
むしろ忌まわしい関係だと言われていた・・・・ダンブルドア自身、若いころは闇の魔術にちょいと手を出していた
・・・・あたくしには、大方のジャーナリストが杖を差し出してでも手に入れたいと思うような情報源が1つある・・・・」
「嘘だ!」
ハリーは大声で叫んだ。
窓の向こうで、芝刈り機の手を休めていた隣の住人が、不安げに見上げるのが見えた。
ハリーはベッドにドスンと座った。
割れた鏡の欠片が、躍り上がって遠くに飛んだ。
ハリーはそれを拾い、指で裏返しながら考えた。
ダンブルドアの事を、そしてダンブルドアの名誉を傷つけているリータ・スキーターの嘘八百を・・・・。
明るい、鮮やかなブルーがキラリと光った。
ハッと身を硬くした途端、怪我をした指が再びギザギザした鏡の縁で滑った。
気のせいだ・・・・気のせいに違いない。
ハリーは振り返った。
しかし、背後の壁はペチュニアおばさん好みの、気味の悪い桃色だ。
鏡に映るようなブルーの物は何処にもない。
ハリーはもう一度鏡の欠片を覗き込んだが、明るい緑色の自分の目が見つめ返しているだけだった。
気のせいだ。
それしか説明のしようがない。
亡くなった校長の事を考えていたから、見えたような気がしただけだ。
アルバス・ダンブルドアの明るいブルーの目が、ハリーを見透かすように見つめることは二度とない。
それだけは確かだ。