ドリーム小説
Day.3----先発護衛隊
僕はさっき吸魂鬼に襲われた。
それに、ホグワーツを退学させられるかもしれない。
何が起こっているのか、いったい僕はいつここから出られるのか知りたい。
暗い寝室に戻るや否や、ハリーは同じ文面を3枚の羊皮紙に書いた。
最初のはシリウス宛、2番目はロン、3番目はハーマイオニー宛だ。
ハリーのふくろう、ヘドウィグは狩に出かけていて、机の上の鳥籠は空っぽだ。
ハリーはヘドウィグの帰りを待ちながら、部屋を往ったり来たりした。
目がチクチク痛むほど疲れてはいたが、頭がガンガンし、次々と色々な思いが浮かんで眠れそうになかった。
ダドリーを家まで背負ってきたので、背中が痛み、窓にぶつかった時とダドリーに殴られた時の瘤がズキズキ痛んだ。
歯噛みし、拳を握り締め、部屋を往ったり来たりしながら、ハリーは怒りと焦燥感で疲れ果てていた。
窓際を通るたびに、何の姿も見えない星ばかりの夜空を、怒りを込めて見上げた。
ハリーを始末するのに吸魂鬼が送られた。
フィッグばあさんとマンダンガス・フレッチャーがこっそりハリーの跡を追けていた。
その上、ホグワーツの停学処分に加えて魔法省での尋問─────
それなのに、まだ誰も何も教えてくれない。
それに、あの「吼えメール」は何だ?
いったい何だったんだ?
キッチンに響いた、あの恐ろしい、脅すような声は誰の声だったんだ?
どうして僕は、何にも知らされずに閉じ込められたままなんだ?
どうしてみんな僕の事を、聞き分けのない小僧扱いするんだ?
「これ以上魔法を使ってはいけない 家を離れるな・・・・」
通りがかりざま、ハリーは学校のトランクを蹴飛ばした。
しかし、怒りが収まるどころか、かえって気が滅入った。
体中が痛い上に、今度は爪先の鋭い痛みまで加わった。
片足を引きずりながら窓際を通り過ぎた時、柔らかく羽を擦り合わせ、
ヘドウィグが小さなゴーストのようにスイーッと入って来た。
「遅かったじゃないか!」
ヘドウィグが籠のてっぺんにふわりと降り立った途端、ハリーが唸るように言った。
「それは置いとけよ 僕の仕事をしてもらうんだから!」
ヘドウィグは、死んだカエルを嘴に銜えたまま、大きな丸い琥珀色の目で恨めしげにハリーを見つめた。
「こっちに来るんだ」
ハリーは小さく丸めた3枚の羊皮紙と革紐を取り上げ、ヘドウィグの鱗状の脚に括りつけた。
「シリウス、ロン、ハーマイオニーに真っ直ぐ届けるんだ 相当長い返事を貰うまでは帰って来るなよ
いざとなったら、みんながちゃんとした手紙を書くまで、ずっと突っついてやれ わかったかい?」
ヘドウィグはまだ嘴がカエルで塞がっていて、くぐもった声でホーと鳴いた。
「それじゃ、行け」
ヘドウィグはすぐさま出発した。
その後すぐ、ハリーは着替えもせずベッドに寝転び、暗い天井を見つめた。
惨めな気持ちに、今度はヘドウィグにイライラをぶつけた後悔が加わった。
プリペット通り4番地で、ヘドウィグは唯一の友達なのに。
シリウス、ロン、ハーマイオニーから返事を貰って帰ってきたら優しくしてやろう。
3人とも、すぐに返事を書くはずだ。
吸魂鬼の襲撃を無視できるはずがない。
明日の朝、目が覚めたら、ハリーをすぐさま「隠れ穴」に連れ去る計画を書いた、
同情に満ちた分厚い手紙が3通来ていることだろう。
そう思うと気が休まり、眠気がさまざまな想いを包み込んでいった。
しかし、ヘドウィグは次の朝戻って来なかった。
ハリーはトイレに行く以外は一日中部屋に閉じこもっていた。
ペチュニア叔母さんが、その日の三度、叔父さんが3年前の夏に取り付けた猫用のくぐり戸から食事を入れて寄越した。
叔母さんが部屋に近づく度に、ハリーは「吼えメール」の事を聞きだそうとしたが、
叔母さんの答えときたら、石に聞いた方がまだマシだった。
ダーズリー一家は、それ以外ハリーの部屋には近づかないようにしていた。
無理やりみんなと一緒にいて何になる、とハリーは思った。
また言い争いをして、結局ハリーが腹を立て、違法な魔法を使うのがオチじゃないか。
そんな風に丸3日が過ぎた。
ある時は、イライラと気が昂ぶり、何も手に付かず、部屋をうろつきながら、
自分が訳の分からない状況に悶々としているのに、放ったらかしにしているみんなに腹を立てた。
そうでない時は、全くの無気力に襲われ、一時間もベッドに横になったまま
ボンヤリ空を見つめ、魔法省の尋問を思い、恐怖に苛まれた。
不利な判決が出たらどうしよう?
本当に学校を追われ、杖を真っ二つに折られたら?
何をしたら、何処に行ったらいいんだろう?
ここに帰ってずっとダーズリー一家と暮らすなんてできない。
自分が本当に属している別な世界を知ってしまった今、それはできない。
シリウスの家に引っ越す事が出来るだろうか?
一年前、やむなく魔法省の手から逃亡する前、シリウスが誘ってくれた。
まだ未成年のハリーが、そこに一人で住むことを許されるだろうか?
それとも、何処に住むという事も判決でき決まるのだろうか?
国際機密保持法に違反したのは、アズカバンの独房行きになるほどの重罪なのだろうか?
ここまで考えると、ハリーはいつもベッドから滑り降り、また部屋をウロウロし始めるのだった。
ヘドウィグが出発してから4日目の夜、ハリーは何度目かの無気力のサイクルに入り、
疲れきって何も考えられず、天井を見つめて横たわっていた。
その時、バーノン叔父さんがハリーの部屋に入って来た。
ハリーはゆっくりと首を回して叔父さんを見た。
叔父さんは一張羅の背広を着込み、語満悦の表情だ。
「わしらは出かける」
叔父さんが言った。
「え?」
「わしら─────つまりおまえの叔母さんとダドリーとわしは─────出かける」
「いいよ」
ハリーは気のない返事をして、また天井を見上げた。
「わしらの留守中に、自分の部屋から出てはならん」
「オーケー」
「テレビや、ステレオ、そのほかわしらの持ち物に触ってはならん」
「ああ」
「冷蔵庫から食べ物を盗んではならん」
「オーケー」
「この部屋に鍵を掛けるぞ」
「そうすればいいさ」
バーノン叔父さんはハリーをジロジロ見た。
サッパリ言い返してこないのを怪しんだらしい。
それから足を踏み鳴らして部屋を出て行き、ドアを閉めた。
鍵を回す音と、バーノン叔父さんがドスンドスンと階段を降りてゆく音が聞こえた。
数分後にバタンという車のドアの音、エンジンのブルンブルンという音、そして紛れもなく車寄せから車が滑り出す音が聞こえた。
ダーズリー一家が出かけても、ハリーには何ら特別な感情も起こらなかった。
連中が家にいようがいまいが、ハリーには何の違いもない。
起き上がって部屋の電気を点ける気力もなかった。
ハリーを包むように、部屋がだんだん暗くなっていった。
横になったまま、ハリーは窓から入る夜の物音を聞いていた。
ヘドウィグが帰って来る幸せな瞬間を待って、窓はいつも開け放しにしてあった。
空っぽの家が、ミシミシ軋んだ。
水道管がゴボゴボ言った。
ハリーは何も考えず、ただ呆然と惨めさの中に横たわっていた。
やおら、階下のキッチンで、ハッキリと、何かが壊れる音がした。
ハリーは飛び起きて、耳を済ませた。
ダーズリー親子のはずはない。
返って来るには早すぎる・・・・それにまだ車の音を聞いていない。
一瞬シーンとなった。
そして人声が聞こえた。
泥棒だ。
ベッドからそっと滑り降りて立ち上がった。
─────しかし、次の瞬間、泥棒なら声を潜めているはずだと気付いた。
キッチンを動き回っているのが誰であれ、声を潜めようとしていないことだけは確かだ。
ハリーはベッド脇の杖を引っ掴み、部屋のドアの前に立って全神経を耳にした。
次の瞬間、鍵がガチャッと大きな音を立ててドアがパッと開き、ハリーは飛び上がった。
ハリーは身動きせず、開いたドアから二階の暗い踊り場を見つめ、何か聞こえはしないかと、さらに耳を済ませた。
何の物音もしない・・・・ハリーは一瞬躊躇ったが、素早く、音を立てずに部屋を出て、階段の踊り場に立った。
心臓が喉まで飛び上がった。
下の薄暗いホールに、玄関のガラス戸を通して入ってくる街灯の明かりを背に、人影が見える。
8・9人はいる─────ハリーの見る限り、全員がハリーを見上げている。
「おい、坊主、杖を下ろせ 誰かの目玉をくり貫くつもりか」
低い唸り声が言った。
ハリーの心臓はどうしようもなくドキドキと脈打った。
聞き覚えのある声だ。
しかし、ハリーは杖を下ろさなかった。
「ムーディ先生?」
ハリーは半信半疑で聞いた。
「『先生』かどうかはよくわからん」
声が唸った。
「なかなか教える機会がなかったろうが? ここに降りて来るんだ おまえさんの顔をちゃんと見たいからな」
ハリーは杖を下ろしたが、握り締めた手を緩めず、その場から動きもしなかった。
疑うだけのちゃんとした理由があった。
この9ヶ月間もの間、ハリーがマッド・アイ・ムーディだと思っていた人は、なんと、ムーディどころかペテン師だった。
そればかりか、化けの皮が剥がれる前に、ハリーを殺そうとさえした。
しかし、ハリーが次の行動を決めかねているうちに、2番目の、少し掠れた声が昇って来た。
「大丈夫だよ、ハリー 私たちは君を迎えに来たんだ」
ハリーは心が躍った。
もう一年以上は聞いていなかったが、この声も知っている。
「ル、ルーピン先生?」
信じられない気持ちだった。
「本当に?」
「私たち、どうしてこんな暗いところに立ってるの?」
3番目の声がした。
全く知らない声、女性の声だ。
「ルーモス! 光よ!」
杖の先がパッと光り、魔法の灯がホールを照らし出し出した。
ハリーは目を瞬いた。
階段下に塊った人たちが、一斉にハリーを見上げた。
よく見ようと首を伸ばしている人もいる。
リーマス・ルーピンが一番手前にいた。
まだそれ程の歳ではないのに、リーマスはくたびれて、少し病気のような顔をしていた。
ハリーが最後にルーマスに別れを告げた時より白髪が増え、ローブは以前よりみすぼらしく、継ぎ接ぎだらけだった。
それでも、リーマスはハリーにニッコリ笑いかけていた。
ハリーはショック状態だったが、笑い返そうと努力した。
「わぁぁあ、私の思ってた通りの顔をしてる」
杖灯りを高く掲げた魔女が言った。
中では一番若いようだ。
色白のハート型の顔、キラキラ光る黒い瞳、髪は短く、強烈な紫で、ツンツン立っている。
「よっ、ハリー!」
「うむ、リーマス、君の言っていた通りだ」
一番後ろに立っている禿げた黒人の魔法使いが言った─────深いゆったりした声だ。
片方の耳に金の耳輪をしている─────
「ジェームズに生き写しだ」
「目だけが違うな」
後ろの方の白髪の魔法使いが、ゼイゼイ声で言った。
「リリーの目だ」
灰色まだらの長い髪、大きく削ぎ取られた鼻のマッド・アイ・ムーディが、
左右不揃いの目を細めて、怪しむようにハリーを見ていた。
片方は小さく黒いキラキラした目、もう片方は大きく丸い鮮やかなブルーの目─────
この目は壁もドアも、自分の後頭部さえも貫いて透視できるのだ。
「ルーピン、確かにポッターだと思うか?」
ムーディが唸った。
「ポッターに化けた『死喰い人』を連れ帰ったら、いい面の皮だ
本人しか知らないことを質問してみた方がいいぞ 誰か『真実薬』を持っていれば話は別だが?」
「ハリー、君の守護霊はどんな形をしている?」
リーマスが聞いた。
「牡鹿」
ハリーは緊張して答えた。
「マッド・アイ、間違いなくはハリーだ」
リーマスが言った。
みんながまだ自分を見つめている事をハッキリ感じながら、ハリーは階段を下りた。
下りながら杖をジーンズの尻ポケットにしまおうとした。
「おい、そんなところに杖を仕舞うな!」
マッド・アイが怒鳴った。
「火が点いたらどうする? おまえさんよりちゃんとした魔法使いが、それでケツを失くしたんだぞ!」
「ケツを失くしたって、いったい誰?」
紫の髪の魔女が興味津々でマッド・アイに尋ねた。
「誰でもよかろう とにかく尻ポケットから杖を出しておくんだ!」
マッド・アイが唸った。
「杖の安全の初歩だ 近頃は誰も気にせん」
マッド・アイはコツッコツッとキッチンに向った。
「それに、わしはこの目でそれを見たんだからな」
魔女が、「やれ、やれ」というふうに天井を見上げたので、マッド・アイがイライラしながらそう付け加えた。
リーマスは手を差し伸べてハリーと握手した。
「元気か?」
リーマスはハリーをじっと覗き込んだ。
「ま、まあ・・・・」
ハリーは、これが現実だとはなかなか信じられなかった。
4週間も何もなかった。
プリペット通りからハリーを連れ出す計画の気配さえなかったのに、突然当たり前だと言う顔で、
まるで前々から計画されていたかのように、魔法使いが束になってこの家にやって来た。
ハリーはリーマスを囲んでいる魔法使いたちをザッと眺めた。
みんな貪るようにハリーを見つめたままだ。
ハリーは、この4日間髪を梳かしていなかったことが気になった。
「僕は─────みなさんは、ダーズリー一家が外出していて、本当にラッキーだった・・・・」
ハリーが口ごもった。
「ラッキー? ヘ!フ!ハッ!」
紫の髪の魔女が言った。
「私よ やつらを誘き出したのは マグルの郵便で手紙を出して、『全国校外芝生手入れコンテスト』で
最終候補に残ったって書いたの 今頃授賞式に向ってるわ・・・・そう思い込んで」
「全国芝生手入れコンテスト」がないと知った時の、バーノン叔父さんの顔がチラッとハリーの目に浮かんだ。
「出発するんだね?」
ハリーが聞いた。
「すぐに?」
「間もなくだ」
リーマスが答えた。
「安全確認を待っているところだ」
「何処に行くの? 『隠れ穴』?」
ハリーはそうだといいなと思った。
「いや 『隠れ穴』じゃない 違う」
リーマスがキッチンからハリーを手招きしながら言った。
魔法使いたちが小さな塊になってその後に続いた。
まだハリーを繁々と見つめている。
「あそこは危険すぎる 本部は見つからないところに設置した しばらくかかったがね・・・・」
マッド・アイ・ムーディはキッチン・テーブルの前に腰掛け、携帯用酒瓶からグビグビ飲んでいた。
魔法の目が四方八方にクルクル動き、ダーズリー家のさまざまな便利な台所をじっくり眺めていた。
「ハリー、この方はアラスター・ムーディだ」
リーマスがムーディを指して言った。
「ええ、知ってます」
ハリーは気まずそうに言った。
一年もの間知っていると思っていた人を、改めて紹介されるのは変な気持ちだった。
「そして、こちらがニンファドーラ─────」
「リーマス、私のことニンファドーラって呼んじゃだめ」
若い魔女が身震いして言った。
「トンクスよ」
「ニンファドーラ・トンクスだ 苗字の方だけを覚えて欲しいそうだ」
リーマスが最後まで言った。
「母親が『可愛い水の精ニンファドーラ』なんてバカげた名前を付けたら、あなただってそう思うわよ」
トンクスがブツブツ言った。
「それからこちらは、キングズリー・シャックルボルト」
リーマスは、背の高い黒人の魔法使いを指していた。
紹介された魔法使いが頭を下げた。
「エルファイアス・ドージ」
ゼイゼイ声の魔法使いがコクンと頷いた。
「ディーダラス・ディグル─────」
「以前にお目にかかりましたな」
興奮しやすい性質のディグルは、紫色のシルクハットを落として、キーキー声で挨拶した。
「エメリーン・バンス」
エメラルド・グリーンのショールを巻いた、堂々とした魔女が、軽く首を傾げた。
「スタージアス・ポドモア」
顎の角ばった、麦わら色の豊かな髪の魔法使いがウィンクした。
「ヘスチア・ジョーンズ」
ピンクの頬をした黒髪の魔女が、トースターの隣で手を振った。
紹介されるたびに、ハリーは一人ひとりにぎこちなく頭を下げた。
みんなが何か自分以外のものを見てくれれば良いのにと思った。
突然舞台に引っ張り出されたような気分だった。
「そして・・・・マッド・アイ、を見なかったか?」
リーマスは辺りをキョロキョロ見回して言った。
「庭先で見張りをしている」
ムーディが唸るように言った。
「! こっちへ来い!」
ムーディが外に向って叫んだ。
すると、玄関から足音が聞こえて来た。
ハリーがキッチンから振り向くと、見覚えのある少年が入って来た。
「ハリー、彼がだ」
リーマスが言った。
「君!」
ハリーは口をあんぐり開けた。
4週間前、ハリーが遭遇した謎の少年だった。
ただし、今はマグルが着るようなジャケットとジーンズを着ていた。
「ハリー、と会った事があるのか?」
リーマスが驚いた顔をした。
「え? あ─────うん 前に一度ね」
ハリーが言った。
は腕を組んで、ドアに寄りかかって目を伏せていた。
ハリーは、どうしてこんなに大勢いるのかも疑問だった。
「君を迎えに行きたいと名乗りを上げる人が、吃驚するほど沢山いてね」
リーマスが、ハリーの心を読んだかのように、口の両端をヒクヒクさせながら言った。
「俺は違う」
がピシャリと言った。
「ダンブルドアの命令でね」
リーマスがハリーに言った。
「ダンブルドアが、彼を常に見ているようにと、我々全員に言いつけたんだ
だからも連れて来た 目の届くところに置いておきたかったからね」
「どうして?」
ハリーが聞いた。
「は、ダンブルドアが養子に引き取った子なんだよ、ハリー」
「え?」
ハリーはを見つめた。
ダンブルドアが・・・・この子を養子に?
自分の息子として引き取った?
ハリーは、リーマスが言った事がすぐには理解出来なかった。
「ダンブルドアの・・・・養子?」
ハリーはを見つめた。
はハリーを見ようともしなかった。
「私も詳しくは知らされていないんだけどね どういうわけか、ダンブルドアが養育権を請け負ったんだ
寮は君と同じグリフィンドールだよ 寝室は・・・・ベッドが1つ空いていたね? そこをに貸してあげて欲しい」
ハリーは、胃の中がフツフツ沸騰してくる感じがした。
ダンブルドアは、4週間も僕を無視し続けておきながら、こんな正体不明の男の子を息子として引き取っていたんだ。
そして、その少年は相変わらずだんまりで、必要なことをちっともハリーに話そうとはしなかった。
「ポッター、わしらは、おまえの護衛だ」
ムーディが暗い顔で言った。
「私たちは今、出発しても安全だという合図を待っているところなんだが」
リーマスがキッチンの窓に目を走らせながら言った。
「あと15分ほどある」
「すっごく清潔なのね、ここのマグルたち ね?」
トンクスと呼ばれた魔女が、興味深げにキッチンを見回して言った。
「私のパパはマグル生まれだけど、とってもだらしないやつで 魔法使いも同じだけど、人によるのよね?」
「あ─────うん」
ハリーが言った。
「あの─────」
ハリーはリーマスの方を見た。
「ルーピン先生? いったい何が起こってるんですか? 誰からも何にも知らされない いったいヴォル─────?」
何人かがシーッと奇妙な音を出した。
ディーダラス・ディグルはまた帽子を落とし、ムーディは「黙れ!」と唸った。
「えっ?」
ハリーが言った。
「ここでは何も話すことができん 危険すぎる」
ムーディが普通の目をハリーに向けて言った。
魔法の目は天井を向いたままだ。
するとムーディは魔法の目に手をやりながら、怒ったように毒づいた。
「動きが悪くなった─────あの碌でなしがこの目を使ってからずっとだ」
流しの詰りを汲み取る時のようなプチュッという嫌な音を立て、ムーディは魔法の目を取り出した。
「マッド・アイ、それって、気味が悪いわよ わかってるの?」
トンクスが何気ない口調で言った。
「ハリー、コップに水を入れてくれんか?」
ムーディが頼んだ。
ハリーは食器洗浄機まで歩いてゆき、奇麗なコップを取り出し、流しで水を入れた。
その間も、魔法使い集団はまだじっとハリーに見入っていた。
あんまりしつこく見るので、ハリーは煩わしくなってきた。
「や、どうも」
ハリーがコップを渡すと、ムーディが言った。
ムーディは魔法の目玉を水に浸け、突いて浮き沈みさせた。
目玉はクルクル回りながら、全員を次々に見据えた。
「帰路には360度の視野が必要なのでな」
「どうやって行くんですか?─────何処へ行くのか知らないけど」
ハリーが聞いた。
「箒だ」
リーマスが答えた。
「それしかない 君は『姿現わし』には若すぎるし、『煙突ネットワーク』は見張られている
未承認の移動キーを作れば、我々の命がいくつあっても足りない事になる」
「リーマスが、君はいい飛び手だと言うのでね」
キングズリー・シャックルボルトが深い声で言った。
「すばらしいよ」
リーマスが自分の時計で時間をチェックしながら言った。
「とにかく、ハリー、部屋に戻って荷造りした方がいい 合図が来た時に
出発できるようにしておきたいから 、ハリーを手伝ってあげてくれるかな?」
はチラッとハリーを見た。
そして無言のままホールから階段へと、ハリーについてきた。
ハリーが部屋に入って、明かりを点けた。
ハリーの部屋は、家の中の何処よりずっと散らかっていた。
最低の気分で4日間も閉じこもっていたので、後片付けなどする気にもなれなかったのだ。
本は、ほとんど全部床に散らばっていた。
気を紛らわそうと次々引っ張り出しては放り出していたのだ。
ヘドウィグの鳥籠は掃除しなかったので悪臭を放ちはじめていた。
トランクは開けっ放しで、マグルの服やら魔法使いのローブやらがごちゃ混ぜになり、周りの床にはみ出していた。
ハリーは本を拾い、急いでトランクに投げ込み始めた。
手にした「イギリスとアイルランドのクィディッチ・チーム」の本の上から、ハリーはを見た。
は、黙って床に散らばった本を掻き集めていた。
「ねえ、君がダンブルドアの養子になったって、本当なの?」
ハリーが聞いた。
しばらくはだんまりだったが、こう言った。
「ああ」
ハリーはを見つめた。
「君─────えっと、は、そのためにダンブルドアを探してたの?」
「そうだ」
は本をまた数冊拾い上げた。
それ以上、はハリーが何を聞いても、何も答えなかった。
は本と服、望遠鏡と秤をトランクに詰めた。
「これで全部か?」
が言った。
ハリーはコクンと頷き、トランクを持って部屋を出て行くを見つめていた。
ハリーはヘドウィグの籠と、ファイアボルトを左右の手に持ち、あとに続いて階段を下りた。
キッチンではムーディが魔法の目を元に戻していた。
洗った目が高速で回転し、見ていたハリーは眩暈がした。
キングズリー・シャックルボルトとスタージアス・ポドモアは電子レンジを調べ、
ヘスチア・ジョーンズは引き出しを引っ掻き回しているうちに見つけたジャガイモの皮剥きを見て笑っていた。
リーマスはダーズリー一家に宛てた手紙に封をしていた。
「よし」
とハリーがキッチンに入って来るのを見て、リーマスが言った。
「あと約一分だと思う 庭に出て待っていた方がいいかもしれないな
ハリー、叔父さんと叔母さんに、心配しないように手紙を残したから─────」
「心配しないよ」
ハリーが言った。
「─────君は安全だと─────」
「みんなガッカリするよ」
「─────そして、君がまた来年の夏休みに帰って来るって」
「そうしなきゃいけない?」
リーマスは微笑んだが、何も答えなかった。
「おい、こっちへ来るんだ」
ムーディが杖でハリーを招きなから、乱暴に言った。
「おまえに『目くらまし』をかけないといかん」
「何をしなきゃって?」
ハリーが心配そうに聞いた。
「『目くらまし術』だ」
ムーディが杖を上げた。
「ルーピンが、おまえには透明マントがあると言っておったが、
飛ぶ時はマントが脱げてしまうだろう こっちの方がうまく隠してくれる それ─────」
ムーディがハリーの頭のてっぺんをコツンと叩くと、ハリーはまるでムーディがそこで卵を割ったような奇妙な感覚を覚えた。
杖で触れたところから、体全体に冷たいものがトロトロと流れていくようだ。
「うまいわ、マッド・アイ」
トンクスがハリーの腹の辺りを見つめながら感心した。
ハリーは自分の体を見下ろした。
いや、体だったところを見下ろした。
もうとても自分の体には見えなかった。
透明になったわけではない。
ただ、自分の後ろにあるユニット・キッチンと同じ色、同じ質感になっていた。
人間カメレオンになったようだ。
「行こう」
ムーディは裏庭のドアの鍵を杖で開けた。
全員が、バーノン叔父さんが見事に手入れした芝生に出た。
「明るい夜だ」
魔法の目で空を入念に調べながら、ムーディが呻いた。
「もう少し雲で覆われていればよかったのだが よし、おまえ」
ムーディが大声でハリーを呼んだ。
「わしらはきっちり隊列を組んで飛ぶ が先頭で進路を取る トンクスはおまえの真ん前だ、
しっかり後に続け ルーピンはおまえの下をカバーする わしは背後にいる 他の者はわしらの周囲を旋回する
何事があっても隊列を崩すな わかったか? 誰か一人が殺されても─────」
「そんなことがあるの?」
ハリーが心配そうに聞いたが、ムーディは無視した。
「─────他の者は飛び続ける 止まるな 列を崩すな もし、奴等がわしらを全滅させておまえが生き残ったら、
ハリー、後発隊が控えている 東に飛び続けるのだ そうすれば後発隊が来る」
「そんなに威勢のいいこと言わないでよ、マッド・アイ それじゃハリーが、私たちが真剣にやってないみたいに思うじゃない」
トンクスが、自分の箒からぶら下がっている固定装置に、ハリーのトランクとヘドウィグの籠を括りつけながら言った。
「わしは、この子に計画を話していただけだ」
ムーディが唸った。
「わしらの仕事はこの子を無事本部へ送り届ける事であり、もしわしらが使命途上で殉職しても─────」
「誰も死にはしませんよ」
キングズリー・シャックルボルトが、人を落ち着かせる深い声で言った。
「箒に乗れ 最初の合図が上がった!」
リーマスが空を指した。
ずっとずっと高い空に、星に交じって、真っ赤な火花が噴水のように上がっていた。
それが杖から出る火花だと、ハリーにはすぐ分かった。
ハリーは右足を振り上げてファイアボルトに跨り、しっかりと柄を握った。
柄が微かに震えるのを感じた。
また空に飛び立てるのを、ハリーと同じく待ち望んでいるかのようだった。
「第二の合図だ 出発!」
リーマスが大声で号令した。
今度は緑の火花が、真上に高々と噴き上げていた。
ハリーは地面を強く蹴った。
冷たい夜風が髪をなぶった。
プリペット通りのこぎれいな四角い庭がどんどん遠退き、たちまち縮んで暗い緑と黒の斑模様になった。
魔法省の尋問など、まるで風が吹き飛ばしてしまったかのように跡形もなく頭から吹っ飛んだ。
ハリーは嬉しさに心臓が爆発しそうだった。
また飛んでいるんだ。
夏中胸に思い描いていたように、プリペット通りを離れて飛んでいるんだ。
家に帰るんだ・・・・このわずかな瞬間、この輝かしい瞬間、
ハリーの抱えていた問題は無になり、この広大な星空の中では取るに足らないものになっていた。
すると、ハリーの横を、一羽の大きな、それは見事なイヌワシが矢のように横切っていった。
左右の眼が違う色だ。
赤と藤色・・・・切れ長の鋭い瞳を見て、ハリーにはそれが誰なのか分かった。
だ。
イヌワシは大きな両翼を広げて、風を切ってハリーの前を飛来していった。
「左に切れ 左だ! ! マグルが見上げておる!」
ハリーの背後からムーディが叫んだ。
イヌワシが左に急旋回し、トンクスとハリーも続いた。
トンクスの箒の下で、トランクが大きく揺れるのが見えた。
「もっと高度を上げねば・・・・400メートルほど上げろ!」
イヌワシが上昇した。
上昇する時の冷気で、ハリーは目が潤んだ。
眼下にはもう何も見えない。
車のヘッドライトや街灯の明かりが、針の先で突いたように点々と見えるだけだった。
その小さな点のうちの2つが、バーノン叔父さんの車のものかもしれない・・・・。
ダーズリー一家が有りもしない芝生コンテストに怒り狂って、
今頃空っぽの家に向う途中だろう・・・・そう思うとハリーは大声で笑った。
しかしその声は、他の音に呑み込まれてしまった─────みんなのローブがはためく音、
トランクと鳥籠を括りつけた器具の軋む音、空中を疾走する耳元でシューッと風を切る音。
この一ヶ月間、ハリーはこんなに生きていると感じた事はなかった。
こんなに幸せだったことは無かった。
「南に進路を取れ!」
マッド・アイが叫んだ。
「前方に町!」
一行は右に上昇し、雲の巣状に輝く光の真上を飛ぶのを避けた。
「南東を指せ そして上昇を続けろ 前方に低い雲がある その中に隠れるぞ!」
ムーディが号令した。
「雲の中は通らないわよ!」
トンクスが怒ったように叫んだ。
「ぐしょ濡れになっちゃうじゃない、マッド・アイ!」
ハリーはそれを聞いてホッとした。
ファイアボルトの柄を握った手がかじかんでいた。
オーバーを着てくればよかったと思った。
ハリーは震え始めていた。
一行はマッド・アイの指令に従って、時々コースを変えた。
氷のような風を避けて、ハリーは目をギュッと細めていた・・・・耳も痛くなってきた。
箒に乗っていて、こんなに冷たく感じたのはこれまでたった一度だけだ。
3年生の時の対ハッフルパフ戦のクィディッチで、嵐の中の試合だった。
護衛隊はハリーの周りを、巨大な猛禽類のように絶え間なく旋回していた。
ハリーは時間の感覚がなくなっていた。
もうどのぐらい飛んでいるのだろう?
少なくとも一時間は過ぎたような気がする。
「南に進路を取れ!」
ムーディが叫んだ。
「高速道路を避けるんだ!」
体が冷え切って、ハリーは、眼下を走る車の心地良い乾いた空間を羨ましく思った。
もっと懐かしく思ったのは、煙突飛行粉の旅だ。
暖炉の中をクルクル回転して移動するのは快適ではないかもしれないが、少なくとも炎の中は温かい・・・・。
キングズリー・シャックルボルトが、ハリーの周りをバサーッと旋回した。
禿頭とイヤリングが月明かりに微かに光った・・・・今度はエメリーン・バンスがハリーの右側に来た。
杖を構え、左右を見回している・・・・それからハリーの上を飛び越し、スタージアス・ポドモアと交代した・・・・。
「少し後戻りするぞ 跡を追けられていなかどうか確かめるのだ!」
ムーディが叫んだ。
「マッド・アイ、気は確か?」
トンクスが前方で悲鳴を上げた。
「みんな箒に凍り付いちゃってるのよ! こんなにコースを外れてばかりいたら、
来週まで目的地には着かないわ! もう、すぐそこじゃない!」
「下降開始の時間だ! !」
リーマスの声が聞こえた。
「に続け、トンクス、ハリー!」
トンクスはイヌワシに続いて急降下した。
一行は、ハリーが今まで見てきた中でも最大の光の集団に向っていた。
縦横無尽に広がる光の線、網。
その所々に真っ黒な部分が点々と存在している。
下へ下へ、一行は飛んだ。
ついにハリーの目に、ヘッドライトや街灯、煙突やテレビのアンテナの見分けがつくところまで降りてきた。
ハリーは早く地上に着きたかった。
ただし、きっと、箒に凍りついたハリーを、誰かが解凍しなければならないだろう。
「さあ、到着!」
トンクスが叫んだ。
イヌワシがスイーッと地面に向って飛来し、降下中に人間の姿に戻った。
ハリーの思った通り、大きなイヌワシはだった。
はイヌワシの「動物もどき」だった。
数秒後、トンクスが着地した。
そのすぐ後からハリーが着地し、小さな広場のボサボサの芝生の上に降り立った。
トンクスはもうハリーのトランクを外しに掛かっていた。
寒さに震えながら、ハリーは辺りを見回した。
周囲の家々の煤けた玄関は、あまり歓迎ムードには見えなかった。
あちこちの家の割れた窓ガラスが、街灯の明かりを受けて鈍い光を放っていた。
ペンキが剥げかけたドアが多く、何軒かの玄関先には階段下にゴミが積み上げられたままだ。
「ここはどこ?」
ハリーの問いかけに、は答えず、ズボンのポケットから銀のライターを取り出した。
カチッと鳴らすと、一番近くの街灯が、ポンと消えた。
はもう一度ライターを鳴らした。
次の街灯が消えた。
広場の街灯が全部消えるまで、はカチッを繰り返した。
そして残る明かりは、カーテンから漏れる窓明かりと頭上の三日月だけになった。
「それ、何?」
ハリーが聞いた。
「『灯消しライター』だ ダンブルドアに借りた」
は「灯消しライター」をポケットにしまった。
「窓からマグルが覗いていも、俺たちには気付かない」
「さあ、行くぞ、急げ」
ムーディはハリーの腕を掴み、芝生から道路を横切り、歩道へと引っ張って行った。
そのあとにが続き、リーマスとトンクスが、2人でハリーのトランクを持って続いた。
他の護衛は全員杖を掲げ、5人の脇を固めた。
一番近くの家の二階の窓から、押し殺したようなステレオの響きが聞こえて来た。
壊れた門の内側に置かれた、パンパンに膨れたゴミ袋の山から漂う腐ったゴミの臭気が、ツンを鼻を突いた。
「ほれ」
ムーディはそう呟くと、「目くらまし」がかかったままのハリーの手に、一枚の羊皮紙を押し付けた。
そして自分の杖明かりを羊皮紙の傍に掲げ、その証明で読めるようにした。
「急いで読め、そして覚えてしまえ」
ハリーは羊皮紙を見た。
縦長の文字は何となく見覚えがあった。
こう書かれている。
