ドリーム小説
Day.2----ふくろうのつぶて
「え?」
ハリーはポカンとした。
「あいつめ、行っちまった!」
フィッグばあさんは手を揉みしだいた。
「ちょろまかした大鍋がまとまった数があるとかで、誰かに会いに行っちまった!
そんなことしたら、生皮を剥いでやるって、あたしゃ言ったのに 言わんこっちゃない! 吸魂鬼!
あたしがミスター・チブルスを見張りにつけといたのが幸いだった! だけど、ここでグズグズしてる間はないよ!
急ぐんだ さあ、あんたを家に帰してやんなきゃ! ああ、大変な事になった! あいつめ、殺してやる!」
「でも─────」
路地で吸魂鬼に出会ったのもショックだったが、変人で猫狂いの近所のばあさんが
吸魂鬼の事を知っていたというのも、ハリーにとっては同じくらい大ショックだった。
「おばあさんが─────あなたが魔女?」
「あたしゃ、でき損ないのスクイブさ マンダンガス・フレッチャーはそれをよく知ってる
だから、あんたたちが吸魂鬼を撃退するのを、あたしが助けてやれるわけがないだろ?
あんなにあいつに忠告したのに、あんたになんの護衛もつけずに置き去りにして─────」
「そのマンダンガスが僕を追けてたの? ちょっと待って─────あれは彼だったのか!
マンダンガスが僕の家の前から『姿くらまし』したんだ!」
「そう、そう、そうさ でも幸いあたしが、万一を考えて、ミスター・チブルスを車の下に配置しといたのさ
ミスター・チブルスがあたしんとこに、危ないって知らせに来たんだ でも、あたしがあんたの家に着いた時には、
あんたはもういなくなってた─────それで、今みたいな事が─────ああ、ダンブルドアがいったいなんておっしゃるか?」
「ダンブルドアを知っているのか?」
少年が身を乗り出した。
フィックばあさんの目が少年を捉えた。
「あんたは誰だい?」
「ダンブルドアを知っているのか?」
少年はもう一度フィッグばあさんに聞いた。
「もちろん知ってるともさ ダンブルドアを知らん者がおるかい? おまえさん!」
ばあさんが甲高い声で、まだ路地に仰向けに引っ繰り返ったままのダドリーを呼んだ。
「さっさとでかい尻を上げるんだ 早く! さあ、さっさとするんだ─────また奴等が戻って来たら、
あたしゃ何にもできゃしない ティーバッグ一つ変身させることが無いんだから」
フィッグばあさんは屈んで、ダドリーの巨大な腕の片方を、萎びた両手で引っ張った。
「立つんだ 役立たずのどてかぼちゃ 立つんだよ!」
しかし動けないのか動こうとしないのか、ダドリーは動かない。
地べたに座ったまま、口をギュッと結び、血の気の失せた顔で震えていた。
「僕がやるよ」
ハリーはダドリーの腕を取り、よいしょと引っ張った。
さんざん苦労して、ハリーは何とかダドリーを立ち上がらせたが、ダドリーは気絶しかけているようだった。
小さな目がグルグル回り、額には汗が噴出している。
ハリーが手を離した途端、ダドリーの体がグラッと危なっかしげに傾いだ。
「急ぐんだ!」
フィックばあさんがヒステリックに言った。
ハリーはダドリーの巨大な腕の片方を自分の肩に回し、
その重みで腰を曲げながら、ダドリーを引きずるようにして表通りに向った。
少年はハリーの後ろを静かについて来た。
フィッグばあさんは、3人の前をちょこまか走り、路地の角で不安げに表通りを窺った。
「杖を出しときな」
ウィステリア・ウォークに入る時、ばあさんがハリーに言った。
「『機密保持法』なんて、もう気にしなくていんだ どうせメチャメチャに高いツケを払う事になるんだから
卵泥棒で捕まるより、いっそドラゴンを盗んで捕まる方がいいってもんさ 『未成年の制限事項』といえば・・・・
ダンブルドアが心配なすってたのは、まさにこれだったんだ─────通りの向こう端にいるのは何だ?
ああ、ミスター・プレンティスかい・・・・ほら、杖を下ろすんじゃないよ あたしゃ役立たずだって、何度も言ったろう?」
杖を掲げながら、同時にダドリーを引っ張っていくのは楽ではなかった。
ハリーはイライラして、いとこの肋骨に一発お見舞いしたが、ダドリーは自分で動こうとする気持ちを一切失ったかのようだった。
ハリーの肩にもたれ掛ったまま、でかい足が地面をズルズル引きずっていた。
「フィッグさん、スクイブだって事をどうして教えてくれなかったの?」
ハリーは歩き続けるだけで精一杯で、息を切らしながら聞いた。
「ずっとあなたの家に行ってたのに─────どうして何にも言ってくれなかったの?」
「ダンブルドアのお言いつけさ あたしゃ、あんたを見張ってたけど、何にも言わない事になってた あんたは若すぎたし
ハリー、辛い思いをさせてすまなかったね でも、あんたがあたしんとこに来るのが 楽しいなんて思うようじゃ、
ダーズリーはあんたを預けなかったろうよ わかるだろ あたしも楽じゃなかった・・・・しかし、ああ、どうしよう」
ばあさんは、また手を揉みしだきながら悲痛な声を出した。
「ダンブルドアがこのことを聞いたら─────マンダンガスのやつ、夜中までの任務だったのに
なんで行っちまったんだい─────あいつらは何処にいるんだ?
ダンブルドアに事件を知らせるのに、どうしたらいいんだろ? あたしゃ、『姿現わし』できないんだ」
「僕、ふくろうを持ってるよ 使っていいです」
ハリーはダドリーの重みで背骨が折れるのではないかと思いながら呻いた。
「ハリー、わかってないね! ダンブルドアは今すぐ行動を起こさなきゃならないんだ
なにせ、魔法省は独自のやり方で未成年者の魔法使用を見つける もう見つかっちまってるだろう きっとそうさ」
「だけど、僕、吸魂鬼を追い払ったんだ 魔法を使わなきゃならなかった─────魔法省は、
吸魂鬼がウィステリア・ウォークを浮遊して、何をやってたのか、そっちの方を心配すべきだ そうでしょう?」
「無駄だ」
突然、少年が喋ったので、ハリーは驚いて振り返った。
しかし、相変わらず少年は無表情だったので、顔からは感情が読み取れなかった。
「魔法省は吸魂鬼が何をしていたのかではなく、ここに現れたことさえ認めないだろう」
「どうして?」
ハリーは息も絶え絶えに聞いた。
「何故吸魂鬼がここを浮遊していたのかを調べるという事は、吸魂鬼がアズカバンから抜け出た事を
魔法省が認めるようなものだ 自らの汚名になる事を、魔法省がわざわざ公にするとは思えない」
すると、バシッと大きな音がして、酒臭さとムッとするタバコの臭いが辺りに広がり、
ボロボロの外套を着た、無精ヒゲのずんぐりした男が、目の前に姿を現わした。
ガニ股の短足、長い赤茶色のザンバラ髪、それに血走った腫れぼったい目が、バセット・ハウンド犬の悲しげな目付きを思わせた。
手には何か銀色のものを丸めて握り締めている。
ハリーはそれが「透明マント」だとすぐにわかった。
「どーした、フィギー?」
男はフィッグばあさん、ハリー、ダドリー、少年と順に見つめながら言った。
「正体がバレねえようにしてるはずじゃねえのかい?」
「おまえをバラしてやる!」
フィッグばあさんが叫んだ。
「吸魂鬼だ この碌でなしの腐れ泥棒!」
「吸魂鬼?」
マンダンガスが仰天してオウム返しに言った。
「吸魂鬼? ここにかい?」
「ああ、ここにさ 役立たずのコウモリの糞め ここにだよ!」
フィッグばあさんがキンキン声で言った。
「吸魂鬼が、おまえの見張ってるこの子を襲ったんだ!」
「とんでもねえこった」
マンダンガスは弱々しくそう言うと、フィッグばあさんを見て、ハリーを見て、またフィッグばあさんを見た。
「とんでもねえこった 俺は─────」
「それなのに、おまえときたら、盗品の大鍋を買いに行っちまった あたしゃ、行くなって言ったろう? 言ったろうが?」
「俺は─────その、あの─────」
マンダンガスはどうにも身の置き場がないような様子だ。
「その─────いい商品のチャンスだったもんで、なんせ─────」
フィッグばあさんは手提げ袋を抱えた方の腕を振り上げ、マンダンガスの頭を首の辺りを張り飛ばした。
ガンッという音からして、袋はキャット・フードの缶詰が詰っているらしい。
「痛え─────やーめろ─────やーめろ、このくそ婆あ! だれかダンブルドアに知らせねえと!」
「その─────とおり─────だわい!」
フィックばあさんは缶詰入り手提げ袋をぶん回し、何処も彼処もお構い無しにマンダンガスを打った。
「それに─────おまえが─────知らせに─────行け─────そして─────自分で─────
ダンブルドアに─────言うんだ─────どうしておまえが─────その場に─────いなかったのかって!」
「とさかを立てるなって!」
マンダンガスは身を竦めて腕で顔を覆いながら言った。
「行くから 俺が行くからよう!」
そしてまたバシッという音と共に、マンダンガスの姿が消えた。
「ダンブルドアがあいつを死刑にすりゃあいいんだ!」
フィッグばあさんは怒り狂っていた。
「さあ、ハリー、早く 何をグズグズしてるんだい?」
ハリーは、大荷物のダドリーの下で、歩くのがやっとだと言いたかったが、
既に息絶え絶えで、これ以上息の無駄使いはしないことにした。
半死半生のダドリーを揺すり上げ、よろよろと前進した。
「戸口までおくるよ」
プリペット通りに入るとフィックばあさんが言った。
「連中がまだそのへんにいるかもしれん・・・・ああ、まったく なんてひどいこった・・・・
そいで、おまえさんは自分で奴等を撃退しなきゃならなかった・・・・そいで、ダンブルドアは、
どんな事が遭ってもおまえさんに魔法を使わせるなって、あたしらにお言いつけなすった・・・・
まあ、こぼれた魔法薬、盆に帰らずってとこか・・・・しかし、猫の尾を踏んじまったね」
「それじゃ」
ハリーは喘ぎながら言った。
「ダンブルドアは・・・・ずっと僕を・・・・追けさせてたの?」
「もちろんさ」
フィッグばあさんが急き込んで言った。
「ダンブルドアがおまえさんを独りでほっつき歩かせると思うかい? 6月にあんな事が起こった後で?
まさか、あんた もう少し賢いかと思ってたよ・・・・さあ・・・・家の中に入って、ジッとしてるんだよ」
4人は4番地に到着していた。
「誰かがまもなくあんたに連絡してくるはずだ」
「おばあさんはどうするの?」
ハリーが急いで聞いた。
「あたしゃ、まっすぐ家に帰るさ」
フィッグばあさんは暗闇をじっと見回して、身震いしながら言った。
「指令が来るのを待たなきゃならないんでね とにかく家の中にいるんだよ おやすみ」
「待って まだ行かないで! 僕、知りたい事が─────」
しかし、スリッパをパタパタ、手提げ袋をカタカタ鳴らして、フィックばあさんはもう小走りに駆け出していた。
「待って!」
ハリーは追い縋るように叫んだ。
ダンブルドアと接触のある人なら誰でもいいから、聞きたい事がごまんとあった。
しかし、あっという間に、フィッグばあさんは闇に呑まれていった。
顔を顰め、ハリーはダドリーを背負い直し、4番地の小道を痛々しくゆっくりと歩いていった。
玄関の明かりは点いていた。
「君は・・・・どうするの?」
ハリーが聞いた。
少年はじっとハリーを見つめた。
それから何も言わず、背を向けて立ち去って行ってしまった。
ハリーはしばらく、少年の後姿を見つめていた。
不思議な体験をしたあとのように、手足が痺れていた。
ハリーは杖をジーンズのベルトに挟み込んで、ベルを鳴らし、ペチュニア叔母さんがやって来るのを見ていた。
叔母さんの輪郭が、玄関のガラス戸の漣模様で奇妙に歪みながら、だんだん大きくなってきた。
「ダドちゃん! 遅かったわね ママはとっても─────とっても─────ダドちゃん! どうしたの?」
ハリーは横を向いてダドリーを見た。
そして、ダドリーの脇の下からさっと身を引いた。
間一髪。
ダドリーはその場で一瞬グラリとした。
顔が青褪めている・・・・そして、口を開け、玄関マットいっぱいに吐いた。
「ダドちゃん! ダドちゃん、どうしたの? バーノン? バーノン!」
バーノン叔父さんが、居間からドタドタと出てきた。
興奮した時の常で、セイウチ口髭をあっちへユラユラこっちへユラユラさせながら、叔父さんはペチュニア叔母さんを助けに急いだ。
叔母さんは反吐の海に足を踏み入れないようにしながら、グラグラしているダドリーを何とかして玄関に上げようとしていた。
「バーノン、この子、病気だわ!」
「坊主、どうした? 何があった? ポルキスさんの奥さんが、夕食に異物でも食わせたのか?」
「泥だらけじゃないの 坊や、どうしたの? 地面に寝転んでたの?」
「待てよ─────チンピラにやられたんじゃあるまいな? え? 坊主」
ペチュニア叔母さんが悲鳴を上げた。
「バーノン、警察に電話よ! 警察を呼んで! ダドちゃん かわいこちゃん ママにお話して! あの子に何をされたの?」
てんやわんやの中で、誰もハリーに気づかないようだった。
その方が好都合だ。
ハリーはバーノン叔父さんが戸をバタンと閉める直前に家の中に滑り込んだ。
ダーズリー一家がキッチンに向って騒々しく前進している間、ハリーは慎重に、こっそりと階段へ向った。
「坊主、誰にやられた? 名前を言いなさい 捕まえてやる 心配するな」
「しっ! バーノン、何か言おうとしてますよ! ダドちゃん、なあに? ママに言ってごらん!」
ハリーは階段の一番下の段に足を掛けた。
その時、ダドリーが声を取り戻した。
「あいつ」
ハリーは階段に足を着けたまま凍りつき、顔を顰め、爆発に備えて身構えた。
「小僧! こっちへ来い!」
恐れと怒りが入り交じった気持ちで、ハリーはゆっくり足を階段から離し、ダースリー親子に従った。
徹底的に磨き上げられたキッチンは、表が暗かっただけに、妙に現実離れして輝いていた。
ペチュニア叔母さんは、真っ青でジットリとした顔のダドリーを椅子の方に連れて行った。
バーノン叔父さんは水切り籠の前に立ち、小さい目を細くしてハリーを睨めつけた。
「息子に何をした?」
叔父さんは脅すように唸った。
「何もにも」
ハリーには、バーノン叔父さんがどうせ信じないことがハッキリわかっていた。
「ダドちゃん、あの子が何をしたの?」
ペチュニア叔母さんは、ダドリーの革ジャンの前をスポンジで奇麗に拭いながら、声を震わせた。
「あれ─────ねえ、『例のあれ』なの? あの子が使ったの? あの子のあれを?」
ダドリーがゆっくり、ビクビクしながら頷いた。
ペチュニア叔母さんが喚き、バーノン叔父さんが拳を振り上げた。
「やってない!」
ハリーが鋭く言った。
「僕はダドリーに何にもしていない 僕じゃない あれは─────」
丁度その時、コノハズクがキッチンの窓からサーッと入って来た。
バーノン叔父さんの頭のてっぺんを掠め、キッチンの中をスイーッと飛んで、
嘴に銜えていた大きな羊皮紙の封筒をハリーの足下に落とし、優雅に向きを変え、
羽根の先端で冷蔵庫の上を軽く払い、そして、再び外へと滑走し、庭を横切って飛び去った。
「ふくろうめ!」
バーノン叔父さんが喚いた。
米神に、お馴染みの怒りの青筋をピクピクさせ、叔父さんはキッチンの窓をピシャリと閉めた。
「またふくろうだ! わしの家でこれ以上ふくろうは許さん!」
しかしハリーは、既に封筒を破り、中から手紙を引っ張り出していた。
心臓は喉仏の辺りでドキドキしている。
親愛なるポッター殿
我々の把握した情報によれば、貴殿は今夜9時23分過ぎ、
マグルの居住地区にて、マグルの面前で、守護霊の呪文を行使した。
「未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令」の重大な違反により、貴殿はホグワーツ魔法魔術学校を退学処分となる。
魔法省の役人がまもなく貴殿の住居に出向き、貴殿の杖を破壊するであろう。
貴殿には、既に「国際魔法戦士連盟機密保持法」の第十三条違反の前科があるため、
遺憾ながら、貴殿は魔法省の懲戒尋問への出席が要求されることとお知らせする。
尋問は8月23日午前9時から魔法省にて行なわれる。
貴殿のご健勝をお祈りいたします。
敬具
魔法省
魔法不適正使用取締局 マフォルダ・ホップカーク
ハリーは手紙を二度読んだ。
バーノン叔父さんとペチュニア叔母さんが話しているのを、ハリーはボンヤリとしか感じ取れなかった。
頭の中が冷たくなって痺れていた。
たった一つのことだけが、毒矢のように意識を貫き痺れさせた。
僕はホグワーツを退学になった。
全てお終いだ。
もう戻れない。
ハリーはダーズリー親子を見た。
バーノン叔父さんは赤ら顔を赤紫色にして叫び、拳を振り上げている。
ペチュニア叔母さんは両腕をダドリーに回し、ダドリーはまだゲーゲーやり出していた。
一時的に麻痺していたハリーの脳が再び目を覚ましたようだった。
魔法省の役人がまもなく貴殿の住居に出向き、貴殿の杖を破壊するであろう。
道はただ一つだ。
逃げるしかない─────すぐに、何処に行くのか、ハリーにはわからない。
しかし、一つだけハッキリしている。
ホグワーツだろうとそれ以外だろうと、ハリーには杖が必要だ。
ほとんど夢遊病のように、ハリーは杖を引っ張り出し、キッチンを出ようとした。
「いったい何処に行く気だ?」
バーノン叔父さんが叫んだ。
ハリーが答えないでいると、叔父さんはキッチンの向こうからドスンドスンとやって来て、玄関ホールへの出入り口を塞いだ。
「話はまだすんどらんぞ、小僧!」
「どいてよ」
ハリーは静かに言った。
「おまえはここにいて、説明するんだ 息子がどうして─────」
「どかないと、呪いをかけるぞ」
ハリーは杖を上げた。
「その手は食わんぞ!」
バーノン叔父さんが凄んだ。
「おまが学校とか呼んでいるあのバカ騒ぎ小屋の外では、おまえは杖を使うことを許されていない」
「そのバカ騒ぎ小屋が僕を追い出した だから僕は好きなことをしていいんだ 3秒だけ待ってやる 1─────2─────」
バーンという音が、キッチン中に鳴り響いた。
ペチュニア叔母さんが悲鳴を上げた。
バーノン叔父さんも叫び声を上げて身をかわした。
しかしハリーは、自分が原因ではない騒ぎの源を探していた。
今夜はこれで3度目だ。
すぐに見つかった。
キッチンの窓の外側に、羽毛を逆立てたメンフクロウが目を白黒させながら止まっていた。
閉じた窓に衝突したのだ。
バーノン叔父さんが忌々しげに「ふくろうめ!」と叫ぶのを無視し、ハリーは走って行って窓をこじ開けた。
ふくろうが差し出した脚に、小さく丸めた羊皮紙が括りつけられていた。
ふくろうは羽毛をブルブルッと震わせ、ハリーが手紙を外すとすぐに飛び去った。
ハリーは震える手で二番目のメッセージを開いた。
それは大急ぎで書いたらしく、黒インクの字が滲んでいた。
ハリー
ダンブルドアがたったいま魔法省に着いた 何とか収拾をつけようとしている。
叔父さん、叔母さんの家を離れないよう、これ以上魔法を使ってはいけない。
杖を引き渡してはいけない。
アーサー・ウィーズリー
ダンブルドアが収拾をつけるって・・・・どういう意味?
ダンブルドアは、どのぐらいの決定を覆す力を持っているのだろう?
それじゃ、ホグワーツに戻るのを許されるチャンスはあるのだろうか?
ハリーの胸に小さな希望が芽生えたが、それもたちまち恐怖で捻れた。
─────魔法を使わずに杖の引渡しを拒むなんて、どうやったらいいんだ?
魔法省の役人と決闘しなくちゃならないだろうに。
でもそんな事をしたら、退学どころか、アズカバン行きにならなけりゃ奇跡だ。
次々と色々な考えが浮かんだ・・・・。
逃亡して、魔法省に捕まる危険を冒すか、踏み止まって、ここで魔法省に見つかるのを待つか。
ハリーは最初の道を取りたいという気持ちの方がずっと強かった。
しかし、ウィーズリーおじさんがハリーにとって最善の道を考えている事を、ハリーは知っていた。
・・・・それに、結局、ダンブルドアは、これまでにも、もっと悪いケースを収拾してくれたんだし。
「いいよ」
ハリーが言った。
「考え直した 僕、ここにいるよ」
ハリーはサッとテーブルの前に座り、ダドリーとペチュニア叔母さんとに向き合った。
ダーズリー夫妻は、ハリーの気が突然変わったので、唖然としていた。
ペチュニア叔母さんは、絶望的な目付きでバーノン叔父さんをチラリと見た。
叔父さんの赤紫色の米神で、青筋のヒクヒクが一層激しくなった。
「忌々しいふくろうどもは誰からなんだ?」
叔父さんがガミガミ言った。
「最初のは魔法省からで、僕を退学にした」
ハリーは冷静に言った。
魔法省の役人が近づいてくるかもしれないと、ハリーは耳をそばだて、外の物音を聞き逃すまいとしていた。
それに、バーノン叔父さんの質問に答えている方が、叔父さんを怒らせて吠えさせるより楽だったし、静かだった。
「二番目のは友人のロンのパパから 魔法省に務めているんだ」
「魔法省?」
バーノン叔父さんが大声を出した。
「おまえたちが政府に? ああ、それで全て分かったぞ この国が荒廃するわけだ」
ハリーが黙っていると、叔父さんはハリーをギロリと睨み、吐き捨てるように言った。
「それで、おまえはなぜ退学になった?」
「魔法を使ったから」
「はっはーん!」
バーノン叔父さんは冷蔵庫のてっぺんを拳でドンと叩きながら吠えた。
冷蔵庫がパカンと開いた。
ダドリーの低脂肪おやつがいくつか飛び出して引っ繰り返り、床に広がった。
「それじゃ、おまえは認めるわけだ! いったいダドリーに何をした?」
「なんにも」
ハリーは少し冷静さを失った。
「あれは僕がやったんじゃない─────」
「やった」
出し抜けにダドリーが呟いた。
バーノン叔父さんとペチュニア叔母さんはすぐさま手でシッシッと叩くような仕草をして、
ハリーを黙らせ、ダドリーに覆い被さるように覗き込んだ。
「坊主、続けるんだ」
バーノン叔父さんが言った。
「あいつらは何をした?」
「坊や、話して」
ペチュニア叔母さんが囁いた。
「杖を僕に向けた」
ダドリーがモゴモゴ言った。
「ああ、向けた でも、僕、使っていない─────」
ハリーは怒って口を開いた。
しかし─────
「黙って!」
バーノン叔父さんとペチュニア叔母さんが同時に吠えた。
「坊主、続けるんだ」
バーノン叔父さんが口髭を怒りで波打たせながら繰り返して言った。
「全部真っ暗になった」
ダドリーはかすれ声で、身震いしながら言った。
「みんな真っ暗 それから、僕、き、聞いた・・・・何かを ぼ、僕の頭の中で」
バーノン叔父さんとペチュニア叔母さんは恐怖そのものの目を見合わせた。
2人にとって、魔法がこの世で一番嫌いなものだが─────その次に嫌いなのが、
散水ホース使用禁止を自分たちより上手く誤魔化すお隣さんちだ─────
有りもしない声が聞こえるのは、間違いなくワースト・テンに入る。
2人は、ダドリーが正気を失いかけていると思ったに違いない。
「かわい子ちゃん、どんなものが聞こえたの?」
ペチュニア叔母さんは蒼白になって目に涙を浮かべ、囁くように聞いた。
しかし、ダドリーは何も言えないようだった。
もう一度身震いし、でかいブロンドの頭を横に振った。
最初のふくろうが到着した時から、ハリーは恐怖で無感覚になってしまったが、それでもちょっと好奇心が湧いた。
吸魂鬼は、誰にでも人生最悪の時をまざまざと思い出させる。
甘やかされ、わがままで苛めっ子のダドリーには、一体何が聞こえたのだろう?
「坊主、どうして転んだりした?」
バーノン叔父さんは不自然なほど静かな声で聞いた。
重病人の枕元でなら、叔父さんはこんな声を出すのかもしれない。
「つ、躓いた」
ダドリーが震えながら言った。
「そしたら─────」
ダドリーは自分のだだっ広い胸を指差した。
ハリーには分かった。
ダドリーは、望みや幸福感が吸い取られてゆく時の、ジットリとした冷たさが肺を満たす感覚を思い出しているのだ。
「おっかない」
ダドリーはかすれた声で言った。
「寒い とっても寒い」
「よしよし」
バーノン叔父さんは無理に冷静な声を出し、ペチュニア叔母さんは心配そうにダドリーの額に手を当てて熱を測った。
「それからどうした?」
「感じたんだ・・・・感じた・・・・感じた・・・・まるで・・・・まるで・・・・」
「まるで、二度と幸福にはなれないような」
ハリーは抑揚のない声でそのあとを続けた。
「うん」
ダドリーは、まだ小刻みに震えながら小声で言った。
「さては!」
上体を起こしたバーノン叔父さんの声は、完全に大音量を取り戻していた。
「おまえたちは、息子にへんてこりんな呪文をかけおって、何やら声が聞こえるようにして、
それで─────ダドリーに自分が惨めになる運命だと信じ込ませた そうだな?」
「何度同じ事を言わせるんだ!」
ハリーは癇癪も声も爆発した。
「僕じゃない! 吸魂鬼がいたんだ! 2人も!」
「2人の─────なんだ、そのわけのわからん何とかは?」
「吸─────魂─────鬼」
ハリーはゆっくりハッキリ発音した。
「2人」
「それで、そのキューコンキとかいうのは、一体全体なんだ?」
「魔法使いの監獄の看守だわ アズカバンの」
ペチュニア叔母さんが言った。
言葉の後に、突然耳鳴りがするような沈黙が流れた。
そして、ペチュニア叔母さんは、まるでうっかりおぞましい悪態をついたかのように、パッと手で口を覆った。
バーノン叔父さんが目を丸くして叔母さんを見た。
ハリーは頭がクラクラした。
フィッグばあさんもだが─────しかし、ペチュニア叔母さんが?
「どうして知ってるの?」
ハリーは唖然として聞いた。
ペチュニア叔母さんは、自分自身にギョッとしたようだった。
オドオドと謝るような目でバーノン叔父さんをチラッと見て、口から少し手を下ろし、馬のような歯を覗かせた。
「聞こえたのよ─────ずっと昔─────あのとんでもない若造が─────あの姉にやつらのことを話しているのを」
ペチュニア叔母さんはぎくしゃく答えた。
「僕の父さんと母さんの事を言ってるのなら、どうして名前で呼ばないの?」
ハリーは大声を出したが、ペチュニア叔母さんは無視した。
叔母さんは酷く慌てふためいているようだった。
ハリーは呆然としていた。
何年か前にたった一度、叔母さんはハリーの母親を奇人呼ばわりした事があった。
それ以外、叔母さんが自分の姉の事に触れるのを、ハリーは聞いた事が無かった。
普段は魔法界が存在しないかのように振舞うのに全精力を注ぎ込んでいる叔母さんが、
魔法界についての断片的な情報を、こんなに長い間憶えていた事にハリーは驚愕していた。
バーノン叔父さんが口を開き、口を閉じ、もう一度口を開いて、閉じた。
まるでどうやって話すのかを思い出すのに四苦八苦しているかのように、三度目に口を開いて、しわがれた声を出した。
「それじゃ─────じゃ─────そいつらは─────えー─────そいつらは─────
あー─────本当にいるのだな─────えー─────キューコンなんとかは?」
ペチュニア叔母さんが頷いた。
バーノン叔父さんは、ペチュニア叔母さんからダドリー、そしてハリーと順に見た。
まるで、誰かが「エイプリルフール!」と叫ぶのを期待しているかのようだ。
誰も叫ばない。
そこでもう一度口を開いた。
しかし、続きの言葉を探す苦労をせずにすんだ。
今夜三羽目のふくろうが到着したのだ。
まだ開いたままになっていた窓から、羽根の生えた砲弾のように飛び込んできて、
キッチン・テーブルの上にカタカタと音を立てて降り立った。
ダーズリー親子3人が怯えて飛び上がった。
ハリーは、2通目の公式文書風の封筒を、ふくろうの嘴からもぎ取った。
ビリビリ開封している間に、ふくろうはスイーッと夜空に戻って行った。
「たくさんだ─────くそ─────ふくろうめ」
バーノン叔父さんは気を削がれたようにブツブツ言うと、ドスドスと窓際まで行って、もう一度ピシャリと窓を閉めた。
ポッター殿
約20分前の当方からの手紙に引き続き、魔法省は、貴殿の杖を破壊する決定を直ちに変更した。
貴殿は、8月12日に開廷される懲戒尋問まで、杖を保持してよろしい 公式決定は当日下される事になる。
ホグワーツ魔法魔術学校校長との話し合いの結果、魔法省は、貴殿の退学の件についても当日決定する事に同意した。
しだがって、貴殿は、更なる尋問まで停学処分である事と理解されたし。
貴殿のご多幸をお祈りいたします。
敬具
魔法省
魔法不適正使用取締局 マフォルダ・ホップカーク
ハリーは手紙を立て続けに三度読んだ。
まだ完全には退学にはなっていないと知って、胸につかえていた惨めさが少し緩んだ。
しかし、恐れが消え去ったわけではない。
どうやら8月12日の尋問に全てがかかっている。
「それで?」
バーノン叔父さんの声で、ハリーは今の状況を思い出した。
「今度は何だ? 何か判決が出たか? ところでおまえらに、死刑はあるのか?」
叔父さんはいい事を思いついたとばかり言葉を付け加えた。
「尋問に行かなきゃならない」
ハリーが言った。
「そこでおまえの判決が出るのか?」
「そうだと思う」
「それでは、まだ望みを捨てずにおこう」
バーノン叔父さんは意地悪く言った。
「じゃ、もういいね」
ハリーは立ち上がった。
独りになりたくて堪らなかった。
考えたい。
それに、ロンやハーマイオニー、シリウスに手紙を送ったらどうだろう。
「だめだ、それでいいはずがなかろう!」
バーノン叔父さんが喚いた。
「座るんだ!」
「今度は何なの?」
ハリーはイライラしていた。
「ダドリーだ!」
バーノン叔父さんが吠えた。
「息子に何が起こったのか、ハッキリ知りたい」
「いいとも!」
ハリーも叫んだ。
腹が立って、手に持ったままの杖の先から、赤や金色の火花が散った。
ダーズリー親子3人が、恐怖の表情で後退りした。
「ダドリーは僕と、マグノリア・クレセント通りとウィステリア・ウォークを結ぶ路地にいた」
ハリーは必死で癇癪を抑えつけながら、早口で話した。
「ダドリーが僕をやり込めようとした 僕が杖を抜いた でも使わなかった そしたら吸魂鬼が2人現れて─────」
「しかし、いったい何なんだ? そのキューコントイドは?」
バーノン叔父さんが、カッカしながら聞いた。
「そいつら、いったい何をするんだ?」
「さっき、言ったよ─────幸福感を全部吸い取っていくんだ」
ハリーが答えた。
「そして、機会があれば、キスする─────」
「キスだと?」
バーノン叔父さんの目が少し飛び出した。
「キスするだと?」
「そう呼んでるんだ 口から魂を吸い取ることを」
ペチュニア叔母さんが小さく悲鳴を上げた。
「この子の魂? 取ってないわ─────まだちゃんと持って─────?」
叔母さんはダドリーの肩を掴み、揺り動かした。
まるで、魂がダドリーの体の中でカタカタ音を立てるのが聞こえるかどうか、試しているようだった。
「もちろん、あいつらはダドリーの魂を取らなかった 取ってたらすぐわかる」
ハリーはイライラを募らせていた。
「追っ払ったんだな? え、坊主?」
バーノン叔父さんが声高に言った。
何とかして話を自分の理解できる次元に持って行こうと奮闘している様子だ。
「パンチを食らわしたわけだ そうだな?」
「吸魂鬼にパンチなんて効かない」
ハリーは歯軋りしながら言った。
「それなら、一体どうして息子は無事なんだ?」
バーノン叔父さんが怒鳴りつけた。
「それなら、どうして息子はもぬけの殻にならなかった?」
「僕が守護霊を使ったから─────」
シューッ。
カタカタという音、羽ばたき、パラパラ落ちる埃と共に、4羽目のふくろうが暖炉から飛び出した。
「なんたることだ!」
喚き声と共に、バーノン叔父さんは口髭をゴッソリ引き抜いた。
ここしばらく、そこまで追い詰められる事は無かったのだが。
「ここにふくろうは入れんぞ! こんなことは許さん わかったか!」
しかし、ハリーは既にふくろうの脚から羊皮紙の巻紙を引っ張り取っていた。
ダンブルドアからの、全てを説明する手紙に違いない─────
吸魂鬼、フィッグばあさん、魔法省の意図、ダンブルドアが全てをどう処理するつもりなのかなど─────
そう強く信じていただけに、シリウスの筆跡を見てハリーはガッカリした。
そんなことはこれまで一度も無かったのだが。
ふくろうの事で喚き続けるバーノン叔父さんを尻目に、
今来たふくろうが煙突に戻る時巻き上げた濛々たる埃に目を細めて、ハリーはシリウスの手紙を読んだ。
アーサーが何が起こったのかを、今、みんなに話してくれた。
何があろうとも、決して家を離れてはいけない。
これだけ色々な出来事が今夜起こったというのに、その回答がこの手紙じゃ、あまりにもお粗末じゃないか、とハリーは思った。
そして、羊皮紙を裏返し、続きはないかと探した・・・・しかし何も無い。
ハリーはまた癇癪が膨らんできた。
吸魂鬼を追い払ったのに、誰も「よくやった」って言わないのか?
ウィーズリーおじさんもシリウスも、まるでハリーが悪さをしたかのような反応で、
被害がどのくらいかを確認するまでは、ハリーへの小言もお預けだとでも言わんばかりだ。
「・・・・ふくろうがつっつき、もとい、ふくろうが次々わしの家を出たり入ったり 許さんぞ、小僧、わしは絶対─────」
「僕はふくろうが来るのを止められない」
ハリーはシリウスの手紙を握り潰しながらぶっきらぼうに言った。
「今夜何が起こったのか、本当の事を言え!」
バーノン叔父さんが吠えた。
「キューコンダーとかがダドリーを傷つけたのなら、何でお前が退学になる?
お前は『例のあれ』をやったのだ 自分で白状しただろうが!」
ハリーは深呼吸して気を落ち着かせた。
また頭が痛み始めていた。
何よりもまず、キッチンから出て、ダーズリーたちから離れたいと思った。
「僕は吸魂鬼を追い払うのに守護霊の呪文を使った」
ハリーは必死で平静さを保った。
「あいつらに対しては、それしか効かないんだ」
「しかし、キューコントイドとかは、何でまたそんなところにいた?」
バーノン叔父さんが憤激して言った。
「教えられないよ」
ハリーがウンザリしたように言った。
「知らないから」
今度はキッチンの証明のギラギラで、頭がズキズキした。
怒りはだんだん収まっていたが、ハリーは力が抜け、酷く疲れていた。
ダーズリー親子はハリーをじっと見ていた。
「おまえだ」
バーノン叔父さんが力を込めて言った。
「お前に関係があるんだ 小僧、わかっているぞ それ以外、ここに現れる理由があるか?
それ以外、あの路地にいる理由があるか? おまえだけがただ一人の─────ただ一人の─────」
叔父さんが、「魔法使い」という言葉をどうしても口にできないのは明らかだった。
「この辺り一帯でただ一人の、『例のあれ』だ」
「あいつらがどうしてここにいたのか、僕は知らない」
しかし、バーノン叔父さんの言葉で、疲れきったハリーの脳みそが再び動き出した。
何故吸魂鬼がリトル・ウィンジングにやってきたのか?
ハリーが路地にいる時、やつらがそこにやって来たのは果たして偶然だろうか?
誰かが奴等を送って寄越したのか? 魔法省は吸魂鬼を制御できなくなったのか?
やつらはアズカバンを捨てて、ダンブルドアが予想した通りヴォルデモートに与したのか?
「そのキュウコンバーは、妙ちきりんな監獄とやらをガードしとるのか?」
バーノン叔父さんは、ハリーの考えている道筋に、ドシンドシンと踏み込んできた。
「ああ」
ハリーが答えた。
頭の痛みが止まってくれさえしたら。
キッチンから出て、暗い自分の部屋に戻り、考える事さえ出来たら・・・・。
「おッホー! やつらはおまえを捕まえに来たんだ!」
バーノン叔父さんは絶対間違いない結論に達した時のような、勝ち誇った口調で言った。
「そうだ そうだろう、小僧? おまえは法を犯して逃亡中というわけだ!」
「もちろん、違う」
ハリーはハエを追うように頭を振った。
色々な考えが目まぐるしく浮かんできた。
「それなら何故だ─────?」
「『あの人』が送り込んだに違いない」
ハリーは叔父さんにというより自分に聞かせるように低い声で言った。
「なんだ、それは? 誰が送り込んだと?」
「ヴォルデモート卿だ」
ハリーが言った。
ダーズリー一家は、「魔法使い」とか「魔法」「杖」などという言葉を聞くと、後退ったり、
ギクリとしたりギャーギャー騒いだりするのに、歴史上最も極悪非道の魔法使いの名を聞いても
ビクリともしないのは、何て奇妙なんだろうとハリーはボンヤリそう思った。
「ヴォルデ─────待てよ」
バーノン叔父さんが顔をしかめた。
豚のような目に、突如分かったぞという色が浮かんだ。
「その名前は聞いたことがある・・・・たしか、そいつは─────」
「そう、僕の両親を殺した」
ハリーが言った。
「しかし、そやつは死んだ」
バーノン叔父さんが畳み掛けるように言った。
ハリーの両親の殺害が、辛い話題だろうなどという気配は微塵も見せない。
「あの大男のやつが、そう言いおった そやつが死んだと」
「戻って来たんだ」
ハリーは重苦しく言った。
外科手術の部屋のように清潔なペチュニア叔母さんのキッチンに立って、最高級の冷蔵庫と大型テレビの傍で、
バーノン叔父さんにヴォルデモート卿の事を冷静に話すなど、全く不思議な気持ちだった。
吸魂鬼がリトル・ウィンジングに現れたことで、プリペット通りという徹底した反魔法世界と、
その彼方に存在する魔法世界を分断していた、大きな目に見えない壁が破れたかのようだった。
ハリーの二重生活が、何故か一つに融合し、全てが引っ繰り返った。
ダーズリーたちは魔法界の事を細かく追求するし、フィッグばあさんはダンブルドアを知っている。
吸魂鬼はリトル・ウィンジング界隈を浮遊し、ハリーは二度とホグワーツに戻れないかもしれない。
ハリーの頭がますます激しく痛んだ。
「戻って来た?」
ペチュニア叔母さんが囁くように言った。
ペチュニア叔母さんはこれまでとは全く違った眼差しでハリーを見ていた。
そして、突然、生まれて初めてハリーは、ペチュニア叔母さんが自分の母親の妹だという事をハッキリ感じた。
何故その瞬間そんなにも強く感じたのか、言葉では説明できなかったろう。
ただ、ヴォルデモート卿が戻って来たことの意味を少しでも分かる人間が、
ハリーの他にもこの部屋にいる、という事だけがわかった。
ペチュニア叔母さんはこれまでの人生で、一度もそんな風にハリーを見たことはなかった。
色の薄い大きな目を(姉とは全く似ていない目を)嫌悪感や怒りで細めるどころか、恐怖で大きく見開いていた。
ハリーが物心ついて以来、ペチュニア叔母さんは常に激しい否定の態度を取り続けていた。
魔法は存在しないし、バーノン叔父さんと一緒に暮らしているこの世界以外に、別の世界は存在しないと。
それが今崩れ去ったかのように見えた。
「そうなんだ」
今度は、ハリーはペチュニア叔母さんに直接話しかけた。
「一ヶ月前に戻って来た 僕は見たんだ」
叔母さんの両手が、ダドリーの革ジャンの上から巨大な肩に触れ、ギュッと握った。
「ちょっと待った」
バーノン叔父さんは、妻からハリーへ、そしてまた妻へと視線を戻し、
2人の間に前代未聞の理解が湧き起こった事に戸惑い、茫然としていた。
「待てよ そのヴォルデなんとか卿が戻ったと、そう言うのだな」
「そうだよ」
「おまえの両親を殺したやつだな」
「そうだよ」
「そして、そいつが今度はおまえにキューコンバーを送って寄越したと?」
「そうらしい」
ハリーが言った。
「なるほど」
バーノン叔父さんは真っ青な妻の顔を見て、ハリーを見た。
そしてズボンをズリ上げた。
叔父さんの体が膨れ上がってきたかのようだった。
でっかい赤紫色の顔が、見る見る巨大になってきた。
「さあ、これで決まりだ」
体が膨れ上がったので、シャツの前がきつくなっていた。
「小僧! この家を出て行ってもらうぞ!」
「えっ?」
「聞こえたろう─────出て行け!」
バーノン叔父さんが大声を出した。
ペチュニア叔母さんやダドリーでさえ飛び上がった。
「出て行け! 出て行け! とっくの昔にそうすべきだった! ふくろうはここを休息所扱い、デザートは破裂するわ、
客間の半分は壊されるわ、ダドリーに尻尾だわ、マージは膨らんで天井をポンポンするわ、
その上空飛ぶフォード・アングリラだ─────出て行け! 出て行け! もうおしまいだ! おまえのことは全て終わりだ!
狂ったやつがおまえを追けているなら、ここに置いてはおけん おまえのせいで妻と息子を危険に晒させはせんぞ
もうおまえに面倒を持ち込ませはせん おまえが碌でなしの両親と同じ道を辿るのなら、わしはもう沢山だ! 出て行け!」
ハリーはその場に根が生えたように立っていた。
魔法省の手紙、ウィーズリーおじさんとシリウスからの手紙が、みんなハリーの左手の中で潰れていた。
何があろうとも、決して家を離れてはいけない。
叔父さん、叔母さんの家を離れないよう。
「聞こえたな!」
バーノン叔父さんが今度は伸し掛かって来た。
巨大な赤紫色の顔がハリーの前にグンと接近し、唾が顔に降りかかるのを感じた。
「行けばいいだろう! 30分前はあんなに出て行きたかったおまえだ! 大賛成だ! 出て行け!
二度とこの家の敷居を跨ぐな! そもそも、何でわしらがお前を手元に置いたのかわからん マージの言う通りだった
孤児院に入れるべきだった わしらがお人好し過ぎた あれをおまえの中から叩き出してやれると思った
おまえをまともにしてやれると思った しかし、おまえは根っから腐っていた もう沢山だ─────ふくろうだ!」
5番目のふくろうが煙突を急降下してきて、勢い余って床にぶつかり、大声でキーキー鳴きながら再び飛び上がった。
ハリーは手を上げて、真っ赤な封筒に入った手紙を取ろうとした。
しかし、ふくろうはハリーの頭上を真っ直ぐ飛び越し、ペチュニア叔母さんの方に一直線に向った。
叔母さんは悲鳴を上げ、両腕で顔を覆って身をかわした。
ふくろうは真っ赤な封筒を叔母さんの頭に落とし、方向転換してそのまま煙突に戻って行った。
ハリーは手紙を拾おうと飛びついた。
しかし、ペチュニア叔母さんの方が早かった。
「開けたきゃ開けてもいいよ」
ハリーが言った。
「でもどうせ中身は僕にも聞こえるんだ それ、『吼えメール』だよ」
「ペチュニア、手を離すんだ!」
バーノン叔父さんが喚いた。
「触るな 危険かもしれん!」
「私宛だわ」
ペチュニア叔母さんの声が震えていた。
「私宛なのよ、バーノン ほら、プリペット通り4番地、キッチン、ペチュニア・ダーズリー様─────」
叔母さんは真っ赤になって息を止めた。
真っ赤な封筒が燻り始めたのだ。
「開けて!」
ハリーが促した。
「済ませてしまうんだ! どうせ同じ事なんだから」
「嫌よ」
ペチュニア叔母さんの手がブルブル震えている。
叔母さんは何処か逃げ道はないかと、キッチン中をキョロキョロ見回したが、もう手遅れだった。
─────封筒が燃え上がった。
ペチュニア叔母さんは悲鳴を上げ、封筒を取り落とした。
テーブルの上で燃えている手紙から、恐ろしい声が流れてキッチン中に広がり、狭い部屋の中で反響した。
「私の最後のあれを思い出せ ペチュニア」
ペチュニア叔母さんは気絶するかのように見えた。
両手で顔を覆い、ダドリーの傍の椅子に沈むように座り込んだ。
沈黙の中で、封筒の残骸が燻り、灰になっていった。
「なんだ、これは?」
バーノン叔父さんがしわがれた声で言った。
「何の事か─────わしにはとんと─────ペチュニア?」
ペチュニア叔母さんは何も言わない。
ダドリーは口をポカンと開け、バカ面で母親を見つめていた。
沈黙が恐ろしいほど張り詰めた。
ハリーは呆気に取られて、叔母さんを見ていた。
頭はズキズキと割れんばかりだった。
「ペチュニアや?」
バーノン叔父さんがオドオドと声をかけた。
「ペ、ペチュニア?」
叔母さんが顔を上げた。
まだブルブル震えている。
叔母さんはゴクリと生唾を飲んだ。
「この子─────この子は、バーノン、ここに置かないといけません」
叔母さんが弱々しく言った。
「な─────なんと?」
「ここに置くのです」
叔母さんはハリーの顔を見ないで言った。
叔母さんが再び立ち上がった。
「こいつは・・・・しかしペチュニア・・・・」
「私たちがこの子を放り出したとなれば、ご近所の噂になりますわ」
叔母さんは、まだ青い顔をしていたが、いつもの突っけんどんで、ぶっきらぼうな言い方を急速に取り戻していた。
「面倒な事を聞いてきますよ この子が何処に行ったか知りたがるでしょう この子を家に置いておくしかありません」
バーノン叔父さんは中古のタイヤのように萎んでいった。
「しかし、ペチュニアや─────」
ペチュニア叔母さんは叔父さんを無視してハリーの方を向いた。
「おまえは自分の部屋にいなさい」
叔母さんが言った。
「外に出てはいけない さあ、寝なさい」
ハリーは動かなかった。
「『吼えメール』は誰からだったの?」
「質問はしない」
ペチュニア叔母さんがピシャリと言った。
「おばさんは魔法使いと接触してるの?」
「寝なさいと言ったでしょう!」
「どういう意味なの? 最後の何を思い出せって?」
「寝なさい!」
「どうして─────?」
「叔母さんの言うことが聞こえないの! さあ、寝なさい!」