ドリーム小説






Day.4----再び「隠れ穴」へ






翌日11時までには、学用品やらその他一番大切な持ち物が全部、ハリーのトランクに詰め込まれた。
─────父親から譲り受けた「透明マント」やシリウスに貰った箒、
ウィーズリー家のフレッドとジョージから去年貰ったホグワーツ校の「忍びの地図」などだ。
緩んだ床板の下の隠し場所から、食べ物を全部出して空っぽにし、呪文集や羽根ペンを忘れていないかどうか
部屋の隅々まで念入りに調べ、9月1日までに日にちを数えていた壁の表も剥がした。
ホグワーツに帰る日まで、表の日付に毎日×印をつけるのがハリーには楽しみだった。

プリペット通り4番地には極度に緊張した空気が漲っていた。

魔法使いの一行が間もなくこの家にやって来るというので、ダーズリー一家はガチガチに緊張し、イライラしていた。
ウィーズリー一家が日曜の5時にやって来るとハリーが知らせた時、バーノンおじさんは間違いなく度肝を抜かれた。




「きちんとした身なりで来るように行ってやったろうな 連中に」


おじさんはすぐさま歯を剥き出して怒鳴った。




「お前の仲間の服装を、わしは見たことがある まともな服を着てくるぐらいの礼儀は持ち合わせた方がいいぞ それだけだ」


ハリーはチラリと不吉な予感がした。
ウィーズリー夫妻が、ダーズリー一家が「まとも」と呼ぶような格好をしているのを見た事がない。
子供たちは、休み中はマグルの服を着る事もあるが、ウィーズリー夫妻はヨレヨレの度合いこそ違え、いつも長いローブを着ていた。
隣近所がなんと思おうと、ハリーは気にならなかった。
ただ、もし、ウィーズリー一家が、ダーズリーたちが持つ「魔法使い」の最悪のイメージそのものの姿で現れたら、
ダーズリーたちがどんなに失礼な態度を取るかと思うと心配だった。

バーノンおじさんは一張羅の背広を着込んでいた。
他人が見たら、これは歓迎の気持ちの表れだと思うかもしれない。
しかし、ハリーにはわかっていた。 
おじさんは威風堂々、威嚇的に見えるようにしたかったのだ。
一方ダドリーは、何故か縮んだように見えた。
ついにダイエット効果が表れた、というわけではなく、単に恐怖のせいだった。
ダドリーがこの前魔法使いに出会った時は、ズボンの尻から豚の尻尾がクルリと飛び出す結末になり、
おじさんとおばさんはロンドンの私立病院で尻尾を取ってもらうのに高いお金を払った。
だから、ダドリーが尻の辺りをしょっちゅうソワソワ撫でながら、前回と同じ的を敵に見せまいと、
部屋から部屋へ蟹歩きで歩いているのも、全く変だというわけではない。

昼食の間、ほとんど沈黙が続いた。

ダドリーは(カッテージチーズにセロリおろしの)食事にも文句も言わなかった。
ペチュニアおばさんは何も食べない。
腕を組み、唇をギュッと結び、ハリーに向って散々投げつけたい
悪口雑言を噛み殺しているかのように、舌をモゴモゴさせているようだった。




「当然、車で来るんだろうな?」


テーブル越しにおじさんが吼えた。




「えーと」


ハリーは考えてもみなかった。
ウィーズリー一家はどうやってハリーを迎えに来るのだろう?
もう車は持っていない。
昔持っていた中古のフォード・アングリアは、いまはホグワーツの「禁じられた森」で野生化している。
でも、ウィーズリーおじさんは昨年、魔法省から車を借りているし、また今日も借りるのかな?




「そうだと思うけど」


ハリーは答えた。
バーノンおじさんはフンと口髭に鼻息をかけた。
いつもなら、ウィーズリー氏はどんな車を運転しているのかと聞くところだ。
おじさんは、どのくらい大きい、どのくらい高価な車を持っているかで人の品定めをするのが常だ。
しかし、たとえフェラーリを運転していたところで、それでおじさんがウィーズリー氏を気に入るとは思えなかった。

ハリーはその日の午後、ほとんど自分の部屋にいた。

ペチュニアおばさんが、まるで動物園からサイが逃げ出したと警告があったかのように、
数秒ごとにレース編みのカーテンから外を覗くのを、見るに耐えなかったからだ。

やっと、5時15分前に、ハリーは2階から下りて居間に入った。

ペチュニアおばさんは、強迫観念にに捕われたようにクッションの皺を伸ばしていた。
バーノンおじさんは新聞を読むふりをしていたが、小さい目はじっと止まったままだ。
本当は全神経を集中して車の近づく音を聞き取ろうとしているのが、ハリーにはよくわかった。
一方ダドリーは肘掛椅子に体を押し込み、ブクブクした両手を尻に敷き、両脇から尻をガッチリ固めていた。
ハリーはこの緊張感に耐えられず、居間を出て玄関の階段に腰掛け、時計を見つめた。
ところが、5時になり、5時が過ぎた。
背広を着込んだバーノンおじさんは汗ばみ始め、玄関の戸を開けて通りを端から端まで眺め、それから急いで首を引っ込めた。




「連中は遅れとる!」


ハリーに向っておじさんが怒鳴った。




「わかってる たぶん─────えーと─────道が混んでるとか、そんなんじゃないかな」


5時10分過ぎ・・・・やがて5時15分過ぎ・・・・ハリー自身も不安になり始めた。
5時30分、おじさんおばさんが居間でブツブツと短い言葉を交わしているのが聞こえた。




「失礼ったらありゃしない」
「わしらに他の約束があったらどうしてくれるんだ」
「遅れてくれば夕食に招待されるとでも思ってるんじゃないかしら」
「そりゃ、絶対にそうはならんぞ」


そう言うなり、おじさんが立ち上がって居間を往ったり来たりする足音が聞こえた。




「連中はあいつめを連れてすぐ帰る 長居は無用 勿論やつらが来ればの話だが
 日を間違えとるんじゃないか 全く、あの連中ときたら時間厳守など念頭にありゃせん 
 さもなきゃ、安物の車を運転していて、ぶっ壊れ─────ああああああああーーーーーーっ!


ハリーは飛び上がった。
居間のドアの向こう側で、ダーズリー一家3人がパニックして、部屋の隅に逃げ込む音が聞こえる。
次の瞬間、ダドリーが恐怖で引き攣った顔をして廊下に飛び出してきた。




「どうした? 何が起こったんだ?」


ハリーが聞いた。
しかし、ダドリーは口も聞けない様子だった。
両手でピッタリ尻をガードしたまま、ダドリーはドタドタと、それなりに急いでキッチンに駆け込んだ。
ハリーは急いで居間に入った。
板を打ち付けて塞いでいた暖炉の中から、バンバン叩いたり、ガリガリ擦ったり、大きな音がしていた。
暖炉の前には石炭の形をした電気ストーブが置いてあるのだ。




「あれは何なの?」


ペチュニアおばさんは後退りして壁に張り付き、恐々暖炉を見つめ、喘ぎながら言った。




「バーノン、何なの?」


2人の疑問は、一秒もたたないうちに解けた。
塞がれた暖炉の中から声が聞こえてきた。




「イタッ! ダメだ、フレッド─────戻って、戻って 何か手違いがあった─────ジョージに、ダメッて言いなさい
 ─────痛い! ジョージ、ダメだ 場所がない 早く戻って、ロンに言いなさい─────」
「パパ、ハリーには聞こえてるかもしれないよ─────ハリーがここから出してくれるかもしれない─────」


電気ストーブの後ろから、板をドンドンと拳で叩く大きな音がした。




「ハリー? 聞こえるかい? ハリー?」


ダーズリー夫妻が、怒り狂ったクズリのつがいのごとくハリーの方を振り向いた。




「これは何だ?」


おじさんが唸った。




「何事なんだ?」
「みんなが─────煙突飛行粉でここに来ようとしたんだ」


ハリーは吹き出しそうになるのをグッと堪えた。




「みんなは暖炉の火を使って移動できるんだ─────でも、この煙突は塞がれてるから─────ちょっと待って─────」


ハリーは暖炉に近付き、打ち付けた板越しに声をかけた。




「ウィーズリーおじさん? 聞こえますか?」


バンバン叩く音が止んだ。
そして煙突の中の誰かが「シーッ!」と言った。




「ウィーズリーさん ハリーです・・・・この暖炉は塞がれているんです ここからは出られません」
「バカな!」


ウィーズリー氏の声だ。




「暖炉を塞ぐなんて、全くどういうつもりなんだ?」
「電気の暖炉なんです」


ハリーが説明した。




「ほう?」


ウィーズリー氏の声が弾んだ。




「『気電』、そう言ったかね? プラグを使うやつ? 
 そりゃまた、是非見ないと・・・・どうすりゃ・・・・アイタッ! ロンか!」


ロンの声が加わって聞こえて来た。




「ここで何をモタモタしてるんだい? なんか間違ったの?」
「どういたしまして、ロン」


フレッドの皮肉たっぷりな声が聞こえた。




「ここは、まさに俺たちの目指したドンヅマリさ」
「ああ、全く人生最高の経験だよ」


ジョージの声は、壁にベッタリ押し付けられているかのように潰れていた。




「キャッ!」


女の子の声がした。




「ごめんなさい、ジョージ」


の声だ。
どうやらジョージにぶつかったらしい。




「気にするなよ、


フレッドの声だ。




「あ、ごめんなさい ぶつかってしまったのはフレッドの方だったのですね・・・・」
「気にするなよ、暗いから尚更わかんないだろうぜ」
「まあ、まあ・・・・」


ウィーズリー氏が誰に言うともなく言った。




「どうしたらよいか考えているところだから・・・・うむ・・・・これしかない・・・・ハリー、下がっていなさい」


ハリーはソファーのところまで下がった。
しかしバーノンおじさんは逆に前に出た。




「ちょっと待った!」


おじさんが暖炉に向って声を張り上げた。




「一体全体、何をやらかそうと─────?」


バーン!

暖炉の板張りが破裂し、電気ストーブが部屋を横切って吹っ飛んだ。
瓦礫や木っ端と一緒に、ウィーズリー氏、フレッド、ジョージ、ロン、が吐き出されてきた。
ペチュニアおばさんは悲鳴を上げ、コーヒーテーブルにぶつかって仰向けに倒れたが、床に倒れこむ寸前、
バーノンおじさんがそれを辛うじて支え、大口を開けたまま、物も言えずにウィーズリー一家を見つめた。
揃いもそろって燃えるような赤毛一家で、フレッドとジョージはそばかすの一つひとつまでそっくりだ。




!」


ハリーは倒れているに駆け寄り、手を伸ばした。




「ハリー」


はハリーの手を取って立ち上がった。




「これでよし、と」


ウィーズリー氏が息を切らし、長い緑色のローブの埃を払って、曲がったメガネを直した。




「ああ─────ハリーのおじさんとおばさんでしょうな!」


痩せて背が高く、髪が薄くなりかかったウィーズリー氏が、手を差し出してバーノンおじさんに近づいた。
しかしおじさんは、おばさんを引きずって、ニ・三歩後退りした。
口を聞くどころではない。
一張羅の背広は埃で真っ白、髪も口髭も埃まみれで、おじさんは急に30歳も老けて見えた。




「あぁ─────いや─────申し訳ない」


手を下ろし、吹っ飛んだ暖炉を振り返りながら、ウィーズリー氏が言った。




「全て私のせいです まさか到着地点で出られなくなるとは思いませんでいたよ
 実は、お宅の暖炉を、『煙突飛行ネッワーク』に組み込みましてね─────なに、ハリーを迎えに来るために、
 今日の午後に限ってですがね マグルの暖炉は、厳密には結んではいかんのですが─────
 しかし、『煙突飛行規制委員会』にちょっとしたコネがありましてね その者が細工してくれましたよ
 なに、あっという間に元通りに出来ますので、ご心配なく 子供たちを送り返す火を熾して、
 それからお宅の暖炉を直して、そのあとで私は『姿くらまし』いたしますから」


賭けても良い、ダーズリー夫妻には、一言も分からなかったに違いない、とハリーは思った。
夫妻は雷に打たれたように、アングリ大口を開け、ウィーズリー氏を見つめたままだった。
ペチュニアおばさんはヨロヨロと立ち上がり、おじさんの陰に隠れた。




「やあ、ハリー!」


ウィーズリー氏が朗らかに声をかけた。




「トランクは準備できているかね?」
「2階にあります」


ハリーもニッコリした。




「俺たちが取ってくる」


そう言うなり、フレッドはハリーにウィンクし、ジョージと一緒に部屋を出て行った。
一度、真夜中にハリーを救い出した事があるので、2人はハリーの部屋が何処にあるかを知っていた。
多分、2人ともダドリーを(ハリーから色々話を聞いていたダドリーを)一目見たくて出て行ったのだろうと、ハリーはそう思った。




「さーて」


ウィーズリー氏は、何とも気まずい沈黙を破る言葉を探して、腕をブラブラさせながら言った。




「なかなか─────エヘン─────なかなかいいお住まいですな」


いつもはシミ一つない居間が、埃とレンガの欠片で埋まっている今、ダーズリー夫妻にはこのセリフがすんなり納得できはしない。
バーノンおじさんの顔にまた血が上り、ペチュニアおばさんは口の中で舌をゴニョゴニョやり始めた。
それでも怖くて何も言えないようだった。

ウィーズリー氏は辺りを見回した。

マグルに関するものは何でも大好きなのだ。
テレビとビデオの傍に行って調べてみたくてムズムズしているのが、ハリーには分かった。




「みんな『気電』で動くのでしょうな?」


ウィーズリー氏が知ったかぶりをした。




「ああ、やっぱり プラグがある 私はプラグを集めていましてね」


ウィーズリー氏はおじさんに向ってそう付け加えた。




「それに電池も 電池のコレクションは相当なものでして
 妻などは私がどうかしてると思ってるらしいのですがね でもこればっかりは」


ダーズリーおじさんもウィーズリー氏を奇人だと思ったに違いない。
ペチュニアおばさんを隠すようにして、ほんの僅か右の方にそろりと体を動かした。
まるでウィーズリー氏が今にも2人に飛びかかって攻撃すると思ったかのようだった。

ダドリーが突然居間に戻って来た。

トランクがゴツンゴツン階段に当たる音が聞こえたので、
ダドリーが音に怯えてキッチンから出て来たのだと、ハリーには察しがついた。
ダドリーはウィーズリー氏を恐々見つめながら壁伝いにソロソロと歩き、母親と父親の陰に隠れようとした。
残念ながら、バーノンおじさんの図体でさえ、ペチュニアおばさんを隠すのには十分でも、
ダドリーを覆い隠すには到底間に合わなかった。




「ああ、この子が君の従兄か そうだね、ハリー」


ウィーズリー氏は何とかして会話を成り立たせようと、勇敢にもう一言ツッコミを入れた。




「そう ダドリーです」


ハリーはロンと目を見交わし、急いで互いに顔を背けた。
吹き出したくて我慢できなくなりそうだった。
一方ダドリーは、尻が抜け落ちるのを心配しているかのように、しっかり尻を押さえたままだった。
ところがウィーズリー氏は、この奇怪な行動を心から心配したようだった。
ウィーズリー氏が次に口を開いた時、その口調に気持ちが表れていた。
ダドリー夫妻がウィーズリー氏を変だと思ったと同じように、ウィーズリー氏もダドリーを変だと思ったらしい。
それがハリーにははっきり分かった。
ただウィーズリー氏の場合は、恐怖心からではなく、気の毒に思う気持ちからだというところが違っていた。




「ダドリー、夏休みは楽しいかね?」


ウィーズリー氏が優しく声をかけた。
ダドリーはヒッと低い悲鳴を上げた。
巨大な尻に当てた手が、さらにきつく尻を締め付けたのをハリーは見た。
するとフレッドとジョージがハリーの学校用のトランクを持って居間に戻って来た。
入るなり部屋をサッと見渡し、ダドリーを見つけると、2人の顔がそっくり同じに、ニヤリと悪戯っぽく笑った。




「あー、では そろそろ行こうか」


ウィーズリー氏がローブの袖をたくし上げて杖を取り出すと、ダーズリー一家が一塊になって壁に張り付いた。




「インセンディオ! 燃えよ!」


ウィーズリー氏が背後の壁の穴に向って杖を向けた。
たちまち暖炉に炎が上がり、何時間も燃え続けていたかのように、パチパチと楽しげな音を立てた。
そしてウィーズリー氏はポケットから小さな巾着袋を取り出し、紐を解き、中の粉を一摘み炎の中に入れた。
すると炎はエメラルド色に変わり、一層高く燃え上がった。




「さあ、フレッド、行きなさい」
「今行くよ あっ、しまった─────ちょっと待って─────」


フレッドのポケットから菓子袋が落ち、中身がそこら中に転がり出した。
─────色鮮やかな包み紙に包まれた、大きな美味そうなヌガーだった。
フレッドは急いで中を掻き集め、ポケットに突っ込み、
ダーズリー一家に愛想よく手を振って炎に向って真っ直ぐ進み、火の中に入ると「隠れ穴!」と唱えた。
ペチュニアおばさんが身震いしながらあっ!と息を呑んだ。
ヒュッという音と共に、フレッドの姿が消えた。




「よし、次はジョージ、お前とトランクだ」


ジョージがトランクを炎のところに運ぶのをハリーが手伝い、トランクを縦にして抱え易くした。
ジョージが「隠れ穴!」と叫び、もう一度ヒュッという音がして、消えた。




「ロン、次だ」
「じゃあね」


ロンがダーズリー一家に明るく声をかけた。
そしてハリーとに向ってニッコリ笑いかけてから、ロンは炎の中に入り、「隠れ穴!」と叫んで姿を消した。




「さあ、
「向こうで」


はハリーにそう言い、ダドリーに軽く頭を下げて炎の中に入り、「隠れ穴」と叫んで姿を消した。
ハリーとウィーズリー氏だけがあとに残った。




「それじゃ・・・・さよなら」


ハリーはダーズリー一家に挨拶した。
ダーズリー一家は何も言わない。
ハリーは炎に向って歩いた。
しかし暖炉の端のところまで来た時、ウィーズリー氏が手を伸ばしてハリーを引き止めた。
ウィーズリー氏は唖然としてダーズリーたちの顔を見ていた。




「ハリーがさよならと言ったんですよ 聞こえなかったんですか?」
「いいんです」


ハリーがウィーズリー氏に言った。




「ほんとに、そんなことどうでもいいんです」


ウィーズリー氏はハリーの肩を掴んだままだった。




「来年の夏まで甥ごさんに会えないんですよ」


ウィーズリー氏は軽い怒りを込めてバーノンおじさんに言った。




「もちろん、さよならと言うのでしょうね」


バーノンおじさんの顔が激しく歪んだ。
居間の壁を半分吹っ飛ばしたばかりの男から、礼儀を説教される事に、酷く屈辱を感じているらしい。
しかしウィーズリー氏の手には杖が握られたままだ。
バーノンおじさんの小さな目がチラッと杖を見た。
それから口惜しそうに「それじゃ、さよならだ」と言った。




「じゃあね」


ハリーはそう言うと、エメラルド色の炎に片足を入れた。
暖かい息を吹きかけられるような心地良さだ。

その時、突然背後で、ゲエゲエと酷く吐く音が聞こえ、ペチュニアおばさんの悲鳴が上がった。

ハリーが振り返ると、ダドリーはもはや両親の背後に隠れてはいなかった。
コーヒーテーブルの脇に膝を着き、30センチほどもある
紫色のヌルヌルした物を口から突き出して、ゲエゲエ、ゲホゲホ咽込んでいた。
一瞬なんだろうと当惑したが、ハリーはすぐにその30センチの何やらがダドリーの舌だとわかった。
─────そして、色鮮やかなヌガーの包み紙が一枚、ダドリーのすぐ前の床に落ちているのを見つけた。

ペチュニアおばさんはダドリーの脇に身を投げ出し、膨れ上がった舌の先を掴んでもぎ取ろうとした。
当然、ダドリーは喚き、一層酷く咽込み、母親を振り解こうともがいた。
バーノンおじさんが大声で喚くわ、両腕を振り回すわで、ウィーズリー氏は何を言おうにも大声を張り上げなければならなかった。




「ご心配なく 私がちゃんとしますから!」


そう叫ぶと、ウィーズリー氏は手を伸ばし、杖を掲げてダドリーの方に歩み寄った。
しかしペチュニアおばさんがますます酷い悲鳴を上げ、ダドリーに覆い被さってウィーズリー氏から庇おうとした。




「ほんとうに、大丈夫ですから!」


ウィーズリー氏は困り果てて言った。




「簡単な処置ですよ─────ヌガーなんです─────息子のフレッドが─────
 しょうのないやんちゃ者で─────しかし、簡単な『肥らせ術』です─────
 まあ、私はそうじゃないかと・・・・どうかお願いです 元に戻せますから─────」


ダーズリー一家はそれで納得するどころか、ますますパニック状態に陥った。
おばさんはヒステリーを起こして、泣き喚きながらダドリーの舌を千切り取ろうと我武者羅に引っ張り、
ダドリーは母親と自分の舌の重みで窒息しそうになり、おじさんは完全にキレて、
サイドボードの上にあった陶器の飾り物を引っ掴み、ウィーズリー氏目掛けて力任せに投げつけた。
ウィーズリー氏が身をかわしたので、陶器は爆破された暖炉にぶつかって粉々になった。




「全く!」


ウィーズリー氏は怒って杖を振り回した。




「私は助けようとしているのに!」


手負いのカバのように唸りを上げ、バーノンおじさんがまた別の飾り物を引っ掴んだ。




「ハリー、行きなさい! いいから早く!」


杖をバーノンおじさんに向けたまま、ウィーズリー氏が叫んだ。




「私が何とかするから!」


こんな面白いものを見逃したくはなかったが、バーノンおじさんの投げた二つ目の飾り物が片耳を掠めたし、
結局はウィーズリーおじさんに任せるのが一番良いとハリーは思った。
火に足を踏み入れ、「隠れ穴」と叫びながら後ろを振り返ると、居間の最後の様子がチラリと見えた。
バーノンおじさんが掴んでいた三つ目の飾り物を、ウィーズリー氏が杖で吹き飛ばし、
ペチュニアおばさんはダドリーの上に覆いかぶさって悲鳴を上げ、ダドリーの舌はヌメヌメしたニシキヘビのようにのたくっていた。

次の瞬間、ハリーは急旋回を始めた。
エメラルド色の炎が勢い良く燃え上がり、そして、ダーズリー家の居間はサッと視界から消えて行った。
























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