ドリーム小説
Day.2----マージおばさんの大失敗
翌朝、朝食に下りて行くと、ダーズリー家の三人はもうキッチンのテーブルの周りに座って、新品のテレビを見ていた。
居間にあるテレビとキッチンの冷蔵庫との間が遠くて歩くのが大変だと、
ダドリーが文句たらたらだったので、夏休みの「お帰りなさい」プレゼントに買ってあげたものだ。
ダドリーは夏休みの大半をキッチンで過ごし、豚のような小さな目はテレビに釘づけのまま、
五重顎をだぶつかせてひっきりなしに何かを食べていた。
ハリーはダドリーとバーノンおじさんの間に座った。
おじさんはガッチリ、でっぷりした大きな人で、首がほとんど無く巨大な口髭を蓄えていた。
ハリーに誕生日の祝いの一つも言うどころか、ハリーがキッチンに入って来た事さえ誰も気付いた様子が無かった。
しかしハリーはもう慣れっこになっていて、気にもしなかった。
あと数日もすれば、がやってくる。
僕を迎えに来るんだ。
トーストを一枚食べ、テレビをふと見ると、アナウンサーが脱獄囚のニュースを読んでいる最中だった。
<・・・・ブラックは武器を所持しており、極めて危険ですので、どうかご注意下さい
通報ホットラインが特設されていますので、ブラックを見かけた方はすぐにお知らせ下さい─────>
「ヤツが悪人だとは聞くまでも無い」
バーノンおじさんは新聞を読みながら上目遣いに脱獄囚の顔を見てフンと鼻を鳴らした。
「一目見ればわかる 汚らしい怠け者め! あの髪の毛を見てみろ!」
おじさんはジロリと横目でハリーを見た。
ハリーのクシャクシャ頭はいつもバーノンおじさんのイライラの種だった。
テレビの男は、やつれた顔にまといつくように、もつれた髪がボウボウと肘の辺りまで伸びている。
それに比べれば、自分は随分身だしなみが良いじゃないかとハリーは思った。
すると画面がアナウンサーの顔に戻った。
<農林水産省が今日報告したところによれば─────>
「ちょっと待った!」
バーノンおじさんはアナウンサーをハッタと睨みつけて噛み付くように言った。
「その極悪人が何処から脱走したのか聞いてないぞ!
何のためのニュースだ? 彼奴は今にもその辺に現れるかも知れんじゃないか!」
馬面でガリガリに痩せているペチュニアおばさんが、慌ててキッチンの窓の方を向き、しっかりと外を窺った。
ペチュニアおばさんはホットラインに電話したくて堪らないのだとハリーには分かっていた。
何しろおばさんは、世界一お節介で、規則に従うだけの退屈なご近所さんの粗探しをする事に、人生の大半を費やしているのだ。
「一体連中はいつになったらわかるんだ!」
バーノンおじさんは赤ら顔と同じ色の巨大な拳でテーブルを叩いた。
「あいつらを始末するには絞首刑しかないんだ!」
「ほんとにそうだわ」
ペチュニアおばさんは、お隣のインゲン豆の蔦を透かすように目を凝らしながら言った。
バーノンおじさんは残りのお茶を飲み干し、腕時計をチラッと見た。
「ペチュニア、わしはそろそろ出かけるぞ マージの汽車は10時着だ」
の家はどんな感じなのだろう、と考えていたハリーは、ガツンと嫌な衝撃と共に現実世界に引き戻された。
「マージおばさん?」
ハリーの口から言葉が勝手に飛び出した。
「マ、マージおばさんがここに来るの!?」
マージおばさんはバーノンおじさんの妹だ。
ハリーと血の繋がりはなかったが(ハリーの母親はペチュニアの姉だった)ずっと「おばさん」と呼ぶように言いつけられてきた。
マージおばさんは田舎にある大きな庭付きの家に住み、ブルドッグのブリーダーをしていた。
大切な犬を放っておくわけにはいかないと、プリペット通りにもそれほど頻繁に滞在するわけではなかったが、
その一回一回の恐ろしさがありありとハリーの記憶に焼きついていた。
ダドリーの5回目の誕生日に、「動いたら負け」というゲームでダドリーが負けないよう、
マージおばさんは杖でハリーの向こう脛をバシリと叩いてハリーを動かした。
それから数年後のクリスマスに現れた時は、
コンピュータ仕掛けのロボットをダドリーに、犬用ビスケットを一箱ハリーに持って来た。
前回の訪問は、ハリーがホグワーツに入学する一年前だったが、マージおばさんのお気に入りのブルドッグ、
リッパーの前足をうっかり踏んでしまったハリーは、犬に追いかけられて庭の木の上に追い上げられてしまった。
マージおばさんは真夜中過ぎまで犬を呼び戻そうとしなかった。
ダドリーはその事件を思い出すたびに、今でも涙が出るほど笑う。
「マージは一週間ここに泊まる」
バーノンおじさんが歯を剥き出した。
「ついでだから言っておこう」
おじさんはずんぐりした指を脅すようにハリーに突きつけた。
「マージを迎えに行く前に、はっきりさせておきたい事がいくつかある」
ダドリーがニンマリしてテレビから視線を離した。
ハリーが父親に痛めつけられるのを見物するのが、ダドリーお気に入りの娯楽だった。
「第一に」
おじさんは唸るように言った。
「マージに話す時は、いいか、礼儀を弁えた言葉を話すんだぞ」
「いいよ」
ハリーは気に入らなかった。
「おばさんが僕に話す時にそうするね」
「第二に」
ハリーの答えを聞かなかったかのように、おじさんは続けた。
「マージはお前の異常さについて何も知らん 何か─────
何かキテレツな事はマージがいる間一切起こすな、行儀よくしろ わかったか?」
「そうするよ おばさんもそうするなら」
ハリーは歯を食い縛ったまま答えた。
「そして、第三に」
おじさんの卑しげな小さな目が、でかい赤ら顔に切れ目を入れたように細くなった。
「マージにはお前が『セント・ブルータス更生不能非行少年院』に収容されていると言ってある」
「なんだって!?」
ハリーは叫んだ。
「お前は口裏を合わせるんだ いいか、小僧 さもないと酷い目に遭うぞ」
おじさんは吐き捨てるように言った。
ハリーはあまりの事に蒼白になり、煮えくり返るような気持ちでおじさんを見つめ、座ったまま動けなかった。
マージおばさんが一週間も泊まる─────ダーズリー一家からの誕生プレゼントの中でも最悪だ。
バーノンおじさんの使い古しの靴下も酷かったけど。
「さて、ペチュニアや」
おじさんはよっこらしょと腰を上げた。
「では、わしは駅に行ってくる ダッダー、一緒に来るか?」
「行かない」
父親のハリー脅しが終ったので、ダドリーの興味はまたテレビに戻っていた。
「ダディちゃんは、おばちゃんが来るからカッコよくしなくちゃ」
ダドリーの分厚いブロンドの髪を撫でながらペチュニアおばさんが言った。
「ママが素敵な蝶ネクタイを買っておいたのよ」
おじさんはダドリーのでっぷりした肩を叩いた。
「それじゃ、後でな」
そう言うと、おじさんはキッチンを出て行った。
ハリーは恐怖で茫然と座り込んでいたが、急にある事を思いついた。
食べかけのトーストを放り出し、急いで立ち上がり、ハリーはおじさんの後を追って玄関に走った。
バーノンおじさんは運転用の上着を引っ掛けているところだった。
「おまえを連れて行く気はない」
おじさんは振り返ってハリーが見つめているのに気付き、唸るように言った。
「僕も行きたいわけじゃない」
ハリーが冷たく言った。
「お願いがあるんです」
おじさんは胡散臭そうな目つきをした。
「ホグ─────学校で、三年生は、時々町に出かけてもいい事になっているんです」
「それで?」
ドアのわきの掛け金から車のキーを外しながら、おじさんがぶっきらぼうに言った。
「許可証におじさんの署名が要るんです」
ハリーは一気に言った。
「なんでわしがそんな事せにゃならん?」
おじさんがせせら笑った。
「それは─────」
ハリーは慎重に言葉を選んだ。
「マージおばさんに、僕があそこに行っているってフリをするのは、
大変な事だと思うんだ ほら、セントなんとかっていう・・・・」
「セント・ブルータス更正不能非行少年!」
おじさんが大声を出したが、その声にまぎれもなく恐怖の色が感じ取れたので、ハリーはしめたと思った。
「それ、それなんだ」
ハリーは落ち着いておじさんのでかい赤ら顔を見上げながら言った。
「覚えるのが大変で それらしく聞こえるようにしないといけないでしょう? うっかり口がすべったりでもしたら?」
「グウの音も出ないほど叩きのめされたいのか?」
おじさんは拳を振り上げ、ジリッとハリーの方に寄った。
しかしハリーはガンとしてその場を動かなかった。
「叩きのめしたって、僕が言った事を、マージおばさんは忘れてくれるかな?」
ハリーが厳しく言った。
おじさんの顔が醜悪な土気色になり、拳を振り上げたまま立ち竦んだ。
「でも、許可証にサインしてくれるなら」
ハリーは急いで言葉を続けた。
「どこの学校に行ってる事になっているか、絶対忘れないって約束するよ
それに、マグ─────普通の人みたいにしてるよ、ちゃんと」
バーノンおじさんは歯を剥き出し、こめかみに青筋を立てたままだったが、ハリーにはおじさんが思案しているのが分かった。
「よかろう」
やっと、おじさんがぶっきらぼうに言った。
「マージがいる間、お前の行動を監視する事にしよう 最後までお前が守る事を守り、
話の辻褄を合わせたなら、そのクソ許可証とやらにサインしようじゃないか」
おじさんはクルリと背を向け、玄関の戸を開け、思いっきりバシャーンと閉めたので、一番上の小さなガラスが外れ、落ちて来た。
ハリーはキッチンには戻らず、二階の自分の部屋に上がった。
本当のマグルらしく振舞うなら、すぐに準備を始めなければ。
ハリーはしょんぼりと、プレゼントと誕生祝カードをのろのろと片付け、床板の緩んだところに宿題と一緒に隠した。
それからヘドウィグの籠のところに行った。
エロールは何とか回復したようだった。
二羽とも翼に顔を埋めて眠っていた。
するとハリーは溜息をつき、チョンと突っついて二羽とも起こした。
「ヘドウィグ」
ハリーは悲しげに言った。
「一週間だけ、何処かに行っててくれないか エロールと一緒に行けよ
ロンが面倒を見てくれる ロンにメモを書いて事情を説明するから そんな目付きで僕を見ないでくれよ」
ヘドウィグの大きな琥珀色の目が、恨みがましくハリーを見ていた。
「僕のせいじゃない ロンややハーマイオニーたちと一緒にホグズミードに行けるようにするには、これしかないんだ」
10分後(脚にロンへの手紙を括りつけられた)ヘドウィグとエロールが窓から舞い上がり、彼方へと消えた。
心底惨めな気持ちで、ハリーは空っぽの籠を箪笥に仕舞い込んだ。
しかし、クヨクヨしている間は無かった。
次の瞬間、ペチュニアおばさんの甲高い声が、下りてきてお客様を迎える準備をしなさいと、二階に向って叫んでいた。
「その髪をなんとかおし!」
ハリーが玄関ホールに下りた途端、おばさんがピシャッと言った。
髪を撫で付けるなんて、努力する意味がないとハリーは思った。
マージおばさんはハリーにいちゃもんをつけるのが大好きなのだから、だらしなくしている方が嬉しいに違いない。
そうこうするうちに、外の砂利道が軋む音がした。
バーノンおじさんの車が私道に入って来たらしい。
車のドアがバタンと鳴り、庭の小道を歩く音がした。
「玄関の戸をお開け!」
ペチュニアおばさんが押し殺した声でハリーに言った。
胸の奥が真っ暗になりながら、ハリーは戸を開けた。
戸口にマージおばさんが立っていた。
バーノンおじさんそっくりで、巨大なガッチリした体に赤ら顔、それにおじさんほどではないが、口髭まである。
片手にとてつもなく大きなスーツケースを下げ、もう片方の腕に根性悪の老いたブルドッグを抱えていた。
「わたしのダッダーはどこかね?」
マージおばさんのだみ声が響いた。
「わたしの甥っ子ちゃんはどこだい?」
ダドリーが玄関ホールの向こうからヨタヨタとやってきた。
ブロンドの髪をでかい頭にペタリと撫でつけ、何重にも重なった顎の下から僅かに蝶ネクタイを覗かせている。
マージおばさんは、ウッと息が止まるほどの勢いでスーツケースを
ハリーの鳩尾辺りに押し付け、ダドリーを片手で抱きしめ、その頬いっぱいに深々とキスした。
ダドリーが我慢してマージおばさんに抱きしめられているのは、十分な見返りがあるからだと、ハリーにはよく分かっていた。
二人が離れた時には、紛れもなく、ダドリーのブクッとした手に20ポンドのピン札が握られていた。
おばさんは「ペチュニア!」と叫ぶなり、ハリーをまるで
コートかけのスタンドのように無視してその脇を大股に通り過ぎ、マージおばさんはペチュニアおばさんにキスした。
というより、マージおばさんが、大きな顎をペチュニアおばさんの尖った頬骨にぶっつけた。
今度はバーノンおじさんが入ってきて、機嫌よく笑いながら玄関のドアを閉めた。
「マージ、お茶は? リッパーは何がいいかね?」
おじさんが聞いた。
「リッパーはわたしのお茶受け皿からお茶を飲むよ」
マージおばさんはそう言いながら、みなと一緒に一団となってキッチンに入って行った。
玄関ホールにはハリーとスーツケースだけが残された。
かといってハリーが不満だったわけではない。
マージおばさんと離れていられる口実なら、何だって大歓迎だ。
そこでハリーはできるだけ時間をかけて、スーツケースを二階の客用の寝室へ引っ張り上げ始めた。
ハリーがキッチンに戻った時には、マージおばさんは紅茶とフルーツケーキを振舞われ、
リッパーは隅の方で喧しい音を立てて皿を舐めていた。
だが紅茶と涎が飛び散り、磨いた床にシミが付くので、ペチュニアおばさんが少し顔を顰めたのをハリーは見逃さなかった。
ペチュニアおばさんは動物が大嫌いなのだ。
「マージ、他の犬は誰が面倒を見てるのかね?」
おじさんが聞いた。
「ああ、ファブスター大佐が世話してくれてるよ」
マージおばさんの太い声が答えた。
「退役したんでね、何かやる事があるのは大佐にとって結構な事さ
だがね、年寄りのリッパーを置いてくるのは可哀想で わたしが傍にいないと、この子は痩せ衰えるんだ」
ハリーが席に着くと、リッパーはまた唸り出した。
そこで初めて、マージおばさんはハリーに気付いた。
「おんや!」
おばさんが一声吠えた。
「おまえ、まだここにいたのかい?」
「はい」
ハリーが答えた。
「なんだい、その『はい』は そんな恩知らずなものの言いをするんじゃない」
マージおばさんが唸るように言った。
「バーノンとペチュニアがお前を置いとくのは、大層なお情けってもんだ わたしならお断りだね
うちの戸口に捨てられてたなら、お前は真っ直ぐ孤児院行きだったよ」
ダーズリー一家と暮らすより孤児院に行った方がましだと、ハリーはよっぽど言ってやりたかったが、
ボグズミード許可証の事を思い浮かべて踏み止まった。
ハリーは無理やり作り笑いをした。
「わたしに向って、小バカにした笑い方をするんじゃないよ!」
マージおばさんのだみ声が響いた。
「この前会った時からさっぱり進歩が無いじゃないか 学校でお前に礼儀の一つも叩き込んでくれりゃいいものを」
おばさんはお茶をガブリと飲み、口髭を拭った。
「バーノン、この子をどこの学校にやってると言ったかね?」
「セント・ブルータス」
おじさんが素早く答えた。
「更生不能のケースでは一流の施設だよ」
「そうかい、セント・ブルータスでは鞭を使うかね、え?」
テーブル越しにおばさんが吠えた。
「エーッと─────」
おじさんがマージおばさんの背後からコクンと頷いてみせた。
「はい」
ハリーはそう答えた。
それから、いっその事それらしく言った方が良いと思い、「しょっちゅうです」と付け加えた。
「そうこなくちゃ ひっぱたかれて当然の子を叩かないなんて、腰抜け、腑抜け、間抜けもいいとこだ
十中八九は鞭で打ちのめしゃあいい お前はしょっちゅう打たれるのかい?」
「そりゃあ」
ハリーが受けた。
「なーんども」
おばさんは顔を顰めた。
「やっぱりお前の言いようが気に入らないね そんなに気楽にぶたれたなんて言えるようじゃ、鞭の入れ方が足りないに決まってる
ペチュニア、わたしなら手紙を書くね この子の場合には万力込めて叩く事を認めるって、ハッキリ言ってやるんだ」
バーノンおじさんは、ハリーが自分との取引を忘れては困ると思ったのかどうか、突然話題を変えた。
「マージ、今朝のニュースを聞いたかね? あの脱獄犯をどう思うね?」
マージおばさんがどっかりと居座るようになると、ハリーは、マージおばさんがいなかった時の
プリペット通り4番地の生活が懐かしいとさえ思うようになった。
バーノンおじさんとペチュニアおばさんは大抵ハリーを遠ざけようとしたし、ハリーにとってそれは願っても無い事だった。
ところがマージおばさんは、ハリーの躾をああだこうだと口やかましく指図するため、
ハリーを四六時中自分の目の届くところに置きたがった。
ハリーとダドリーを比較するのもお楽しみの一つで、ダドリーに高価なプレゼントを買い与えては、
どうして僕にはプレゼントが無いの? とハリーが言うのを待っているかのように、ジロリと睨むのが至上の喜びだった。
さらに、ハリーがこんなろくでなしになったのはこれこれのせいだと、陰湿な嫌味を投げつけるのだった。
「バーノン、この子が出来損ないになったからといって、自分を責めちゃいけないよ」
3日目の昼食の話題だった。
「芯から腐ってりゃ、誰が何をやったってダメさね」
ハリーは食べる事に集中しようとしていた。
それでも手は震え、顔は怒りで火照り始めた。
許可証を忘れるな、ハリーは自分に言い聞かせた。
ホグズミードの事を考えるんだ。
何にも言うな、挑発に乗っちゃダメだ─────
おばさんはワイングラスに手を伸ばした。
「ブリーダーにとっちゃ基本原則の一つだがね、犬なら例外無しに原則通りだね
牝犬に欠陥があれば、その仔犬もどこかおかしくなるのさ─────」
途端にマージおばさんの手にしたワイングラスが爆発した。
ガラスの破片が四方八方に飛び散り、マージおばさんは赤ら顔からワインを滴らせ、目をぱちくりさせながらあわあわ言っていた。
「マージ! 大丈夫?」
ペチュニアおばさんが金切り声を上げた。
「心配いらないよ」
ナプキンで顔を拭いながらおばさんがだみ声で答えた。
「強く握りすぎたんだろう ファブスター大佐のとこでも、こないだ同じ事があった
大騒ぎする事は無いよ、ペチュニア わたしゃ握力が強いんだ・・・・」
それでも、ペチュニアおばさんとバーノンおじさんは、揃ってハリーに疑わしげな目を向けた。
ハリーはデザートを抜かして、出来るだけ急いでテーブルを離れる事にした。
そして玄関ホールに出て、壁に寄りかかり、ハリーは深呼吸した。
自制心を失って何かを爆発させたのは久しぶりだった。
もう二度とこんなことを引き起こすわけにはいかない。
ホグズミードの許可証がかかっているばかりではない。
─────これ以上事を起こせば、魔法省とまずいことになってしまう。
ハリーはまだ半人前の魔法使いで、魔法省の法律により、学校の外で魔法を使う事は禁じられていた。
実は、ハリーには前科もある。
つい一年前の夏、ハリーは正式な警告状を受け取っている。
プリペット通りで再び魔法が使われる気配を魔法省が察知した場合、
ハリーはホグワーツから退校処分になるであろう、とハッキリ書いてあった。
ダーズリー一家がテーブルを離れる音が聞こえたので、ハリーは出会わないよう、急いで二階へ上がった。
それから3日間、マージおばさんがハリーに難癖をつけ始めた時には、
ハリーは「自分で出来る箒磨きガイドブック」の事を必死で考えて、やり過ごした。
これは中々上手くいったが、そうするとハリーの目が虚ろになるらしく、
マージおばさんはハリーが落ちこぼれだと、ハッキリ口に出してくどくどと言い始めた。
やっと、本当にやっとの事で、マージおばさんの滞在終了日の夜が来た。
ペチュニアおばさんは豪華なディナーを料理し、バーノンおじさんはワインを数本開けた。
スープに始まり、サーモン料理に至るまで、ただの一度もハリーの欠陥が引き合いに出される事なく進んだ。
レモン・メレンゲ・パイが出た時、バーノンおじさんが穴あけドリルを製造している自分の会社、
グラニングス社の事を、みんながうんざりするほど長々と話した。
それからペチュニアおばさんがコーヒーを入れ、バーノンおじさんはブランデーを一本持って来た。
「マージ、一杯どうかね?」
マージおばさんはワインでもうかなり出来上がっていた。
巨大な顔が真っ赤だった。
「それじゃ、ほんの一口もらおうか」
マージおばさんがクスクスッと笑った。
「もう少し・・・・もうちょい・・・・よーしよし」
ダドリーは4切れ目のオレンジケーキを食べていた。
ペチュニアおばさんは小指をピンと伸ばしてコーヒーを啜っていた。
ハリーは自分の部屋へと消え去りたくてたまらなかったが、
バーノンおじさんの小さい目が怒っているのを見て、最後まで付き合わなければならないのだと思い知らされた。
「フーッ」
マージおばさんは舌鼓を打ち、空になったブランデー・グラスをテーブルに戻した。
「素晴らしいご馳走だったよ、ペチュニア 普段の夕食は大抵有り合わせを炒めるだけさ
12匹も犬を飼ってると、世話が大変でね・・・・」
マージおばさんは思いっきりゲップをして、ツイードの服の上から盛り上がった腹をポンポンと叩いた。
「失礼 それにしても、あたしゃ、健康な体格の男の子を見るのが好きでね」
ダドリーにウインクしながら、おばさんは喋り続けた。
「ダッダー、あんたはお父さんと同じに、ちゃんとした体格の男の子になるよ
ああ、バーノン、もうちょいとブランデーをもらおうかね ところが、こっちはどうだい─────」
マージおばさんはグイッとハリーの方を顎で差した。
ハリーは胃が縮んだ。
「ガイドブックだ」
ハリーは急いで思い浮かべた。
「こっちの子は何だかみすぼらしい生まれ損ないの顔だ 犬にもこういうのがいる
去年はファブスター大佐に一匹処分させたよ 水に沈めてね 出来損ないの小さなやつだった、弱々しくて、発育不良さ」
ハリーは必死に12ページを思い浮かべていた。
「後退を拒む箒を直す呪文」
「こないだも言ったが、要するに血統だよ 悪い血が出てしまうのさ
いやいや、ペチュニア、あんたの家族の事を悪く言ってるわけじゃない」
ペチュニアおばさんの骨ばった手をシャベルのような手でポンポン叩きながら、マージおばさんは喋り続けた。
「ただあんたの姉さんはでき損ないだったのさ どんな立派な家系にだってそういうのがヒョッコリ出てくるもんさ
それでもってろくでなしと駆け落ちして、結果はどうだい? 目の前にいるよ」
ハリーは自分の皿を見つめていた。
奇妙な耳障りがした。
柄ではなく箒の尾をしっかり掴む事─────確かそうだった。
しかし、ハリーにはその続きが思い出せなかった。
マージおばさんの声が、バーノンおじさんの穴あけドリルのように、グリグリとハリーにねじ込んできた。
「そのポッターとやらは」
マージおばさんは大声で言った。
ブランデーの瓶を引っ掴み、手酌でドバドバとグラスに注いだ上、テーブルクロスにも注いだ。
「そいつが何をやっていたのか聞いていなかったね」
おじさんとおばさんの顔が極端に緊張していた。
ダドリーでさえ、ケーキから目を離し、ぽかんと口を開けて親の顔を見つめた。
「ポッターは─────働いていなかった」
ハリーの方を中途半端に見やりながら、おじさんが答えた。
「失業者だった」
「そんなこったろうと思った!」
マージおばさんはブランデーをグイッと飲み、袖で顎を拭った。
「文無しの、役立たずの、ゴクつぶしのかっぱらいが─────」
「違う!!」
突然ハリーが言った。
周り中がシンとなった。
ハリーは全身を震わせていた。
こんなに腹が立ったのは生まれて初めてだった。
「ブランデー、もっとどうだね!」
おじさんが蒼白な顔で叫び、瓶に残ったブランデーを全部マージおばさんのグラスに空けた。
「おまえは」
おじさんがハリーに向って唸るように言った。
「自分の部屋に行け! 行くんだ─────」
「いーや、待っとくれ」
マージおばさんはしゃっくりをしながら手を上げて制止した。
小さな血走った目がハリーを見据えた。
「言うじゃないか、続けてごらんよ? 親が自慢てわけかい、え?
勝手に車をぶっつけて死んじまったんだ─────どうせ酔っ払い運転だったろうさ─────」
「自動車事故で死んだんじゃない!」
ハリーは思わず立ち上がっていた。
「自動車事故で死んだんだ、性悪の嘘つき小僧め きちんとした働き者の親戚に、お前のような厄介者を押し付けていったんだ!」
マージおばさんは怒りで膨れ上がりながら叫んだ。
「お前は礼儀知らず、恩知らず─────」
マージおばさんが突然黙った。
一瞬、言葉に詰ったように見えた。
言葉も出ないほどの怒りで膨れ上がっているように見えた─────しかし、膨れが止まらない。
巨大な赤ら顔が膨張し始め、小さな目は飛び出し、口は左右にギュウっと引っ張られて喋るどころではない。
次の瞬間、ツイードの上着のボタンが弾け飛び、ビシッと壁を打って落ちた。
マージおばさんは恐ろしくでかい風船のように膨れ上がっていた。
ツイード上着のベルトを乗り越えて腹が突き出し、指も膨れてサラミ・ソーセージのよう・・・・。
「マージ!」
おじさんとおばさんが同時に叫んだ。
マージおばさんの体が椅子を離れ、天井に向って浮き上がり始めたのだ。
今やマージおばさんは完全な球体だった。
豚のような目が付いた巨大な救命ブイさながらに、両手両足を球体から不気味に突き出し、
息も絶え絶えにパクパク言いながら、フワフワ空中に舞い上がり始めた。
するとリッパーが転がるように部屋に入ってきて、狂ったように吠えた。
「やめろおおおおおお!」
おじさんはマージの片足を捕まえ、引っ張り下ろそうとしたが、自分の方が床から持ち上げられそうになった。
次の瞬間、リッパーが飛び掛り、おじさんの脚にガブリと噛み付いた。
止める間もなく、ハリーはダイニングルームを飛び出し、階段下の物置に向った。
ハリーが傍まで行くと、物置の戸が魔法のようにパッと開いた。
数秒後、ハリーは重いトランクを玄関まで引っ張り出していた。
それから飛ぶように二階に駆け上がり、ベッドの下に滑り込み、緩んだ床をこじ開け、
教科書や誕生祝プレゼントの詰った枕カバーをむんずと掴んだ。
そしてベッドの下から這いずり出し、空っぽのヘドウィグの鳥籠を引っ掴み、
脱兎の如く階段を駆け下り、トランクのところに戻った。
丁度その時、バーノンおじさんがダイニングルームから飛び出してきた。
ズボンの脚のところがズタズタで血塗れだった。
「ここに戻るんだ!」
おじさんががなり立てた。
「戻ってマージを元通りにしろ!」
しかし、ハリーは怒りで前後の見境がなくなっていた。
トランクを蹴って開け、杖を引っ張り出し、バーノンおじさんに突きつけた。
「当然の報いだ!」
ハリーは息を荒げて言った。
「身から出た錆だ、僕に近寄るな!」
ハリーは後ろ手でドアの取っ手をまさぐった。
「僕は出て行く もう沢山だ!」
次の瞬間、ハリーはシンと静まり返った真っ暗な通りに立っていた。
重いトランクを引っ張り、脇の下にヘドウィグの籠を抱えて。