ドリーム小説






Day.5----ヌラーがべっとり






ハリーととダンブルドアは、「隠れ穴」の裏口に近づいた。
いつものように古いゴム長靴や錆びた大鍋が周りに散らかっている。
遠くの鳥小屋から、コッコッと鶏の低い眠そうな鳴き声が聞こえた。
ダンブルドアが三度戸を叩くと、台所の窓越しに、中で急に何かが動くのがとハリーの目に入った。




「誰?」


神経質な声がした。
ハリーにはそれがウィーズリーおばさんの声だとわかった。




「名を名乗りなさい!」
「わしじゃ、ダンブルドアじゃよ ハリーとを連れておる」


すぐに戸が開いた。
背の低い、ふっくらしたウィーズリーおばさんが、着古した緑の部屋着を着て立っていた。




「ハリー、、まあ! まったく、アルバスったら、ドキッとしたわ 明け方前には着かないっておっしゃったのに!」
「運がよかったのじゃ」


ダンブルドアがハリーとを中へと誘いながら言った。




「スラグホーンは、わしが思ったよりずっと説得し易かったのでな
 もちろんハリーのお手柄じゃ ああ、これはニンファドーラ!」


が見回すと、こんなに遅い時間なのに、ウィーズリーおばさんは一人ではなかった。
くすんだ茶色の髪にハード形の青白い顔をした若い魔女が、大きなマグを両手に挟んでテーブル脇に座っていた。




「こんばんは、先生」


魔女が挨拶した。




「よう、ハリー、
「・・・・。」
「やあ、トンクス」


ハリーはトンクスがやつれたように思った。
病気かもしれない・・・・無理に笑っているようだったが、
見た目には、いつもの風船ガムピンクの髪をしていないので、間違いなく色褪せている。




「わたし、もう帰るわ」


トンクスは短くそう言うと、立ち上がってマントを肩に巻きつけた。




「モリー、お茶と同情を有難う」
「わしへの気遣いでお帰りになったりせんよう」


ダンブルドアが優しく言った。




「わしは長くはいられないのじゃ ルーファス・スクリムジョールと、緊急に話し合わねばならんことがあってのう」
「いえ、いえ、わたし、帰らなければいけないの」


トンクスはダンブルドアと目を合わせなかった。




「おやすみ─────」
「ねえ、週末の夕食にいらっしゃらない? リーマスとマッド・アイも来るし─────?」
「ううん、モリー、だめ・・・・でもありがとう・・・・みんな、おやすみなさい」


トンクスは急ぎ足でダンブルドアとの傍を通り、庭に出た。
戸口から数歩離れたところで、トンクスはクルリと回り、跡形もなく消えた。
ウィーズリーおばさんが心配そうな顔をしているのに、ハリーは気付いた。




「さて、ホグワーツで会おうぞ、ハリー、


ダンブルドアが言った。




「くれぐれも気をつけることじゃ モリー、ご機嫌よろしゅう」


ダンブルドアはウィーズリー夫人に一礼して、トンクスに続いて出て行き、全く同じ場所で姿を消した。
誰もいなくなると、ウィーズリーおばさんは戸を閉め、ハリーとの肩を押して、
テーブルを照らすランタンの明るい光の所まで連れて行き、ハリーとの姿を確かめた。




「ロンと同じだわ」


ハリーを上から下まで眺めながら、おばさんが溜息を衝いた。




「2人ともまるで『引き伸ばし呪文』にかかったみたい この前ロンに学校用のローブを買ってやったから、
 あの子、間違いなく10センチは伸びてるわね ああ─────でも、、あなたはあまり変わらないようね?」


ウィーズリーおばさんはを見て言った。




「2人とも、お腹空いてない?」
「うん、空いてる」


ハリーは、突然空腹感に襲われた。




「お座りなさいな 何かあり合わせを作るから」


腰掛けた途端、ペチャンコ顔の、オレンジ色の毛がふわふわした猫が膝に飛び乗り、喉をゴロゴロ鳴らしながら座り込んだ。




「じゃ、ハーマイオニーもいるの?」


クルックシャンクスの耳の後ろをカリカリ掻きながら、ハリーは嬉しそうに聞いた。




「ええ、そうよ 一昨日着いたわ」


ウィーズリーおばさんは、大きな鉄鍋を杖でコツコツ叩きながら答えた。
鍋はガランガランと大きな音を立てて飛び上がり、竃に載ってたちまちグツグツ煮え出した。




「もちろん、みんなもう寝てますよ あなたたちがあと数時間は来ないと思ってましたからね さあ、さあ─────」


おばさんは、また鍋を叩いた。
鍋が宙に浮き、ハリーとの方に飛んできて傾いた。
ウィーズリー叔母さんは深皿をサッとその下に置き、トロリとしたオニオンスープが湯気を上げて流れ出すのを見事に受けた。




「パンはいかが?」
「いただきます」
もどう?」
「俺はいい」


おばさんが肩越しに振り返ると、パン一塊とナイフが優雅に舞い上がってテーブルに降りた。
パンが勝手に切れて、スープ鍋が竃に戻ると、ウィーズリーおばさんはハリーの向い側に腰掛けた。




「それじゃ、あなたがホラス・スラグホーンを説得して、引き受けさせたのね?」


口がスープで一杯で話せなかったので、ハリーは頷いた。




「アーサーも私もあの人に教えてもらったの 長いことホグワーツにいたのよ
 ダンブルドアと同じころに教え始めたと思うわ あの人のこと、好き?」


今度はパンで口が塞がり、ハリーは肩を竦めて、どっちつかずに首を振った。




「そうでしょうね」


おばさんは訳知り顔で頷いた。




「もちろんあの人は、その気になればいい人になれるわ だけどアーサーは、あの人のことをあんまり好きじゃなかった
 魔法省はスラグホーンのお気に入りだらけよ あの人はいつもそういう手助けが上手なの 
 でもアーサーにはあんまり目を掛けた事がなかった─────出世株だとは思わなかったらしいの
 でも、ほら、スラグホーンにだって、それこそ目違いってものがあるのよ
 ロンはもう手紙で知らせたかしら─────ごく最近のことなんだけど─────アーサーが昇格したの!」


ウィーズリーおばさんが、初めからこれを言いたくてたまらなかったことは、火を見るより明らかだった。
ハリーは熱いスープをしこたま飲み込んだ。
喉が火ぶくれになるような気がした。




「すごい!」


ハリーが息を呑んで言った。




「やさしい子ね」


ウィーズリーおばさんがニッコリした。
ハリーが涙目になっているのを、知らせを聞いて感激していると勘違いしたらしい。




「そうなの ルーファス・スクリムジョールが、新しい状況に対応するために、
 新しい局をいくつか設置してね、アーサーは『偽の防衛呪文ならびに保護器具の発見ならびに没収局』の
 局長になったのよ とっても大切な仕事で、今では部下が10人いるわ!」
「具体的には何をするんだ?」


が尋ねた。




「ええ、あのね、『例のあの人』がらみのパニック状態で、あちこちでおかしな物が売られるようになったの
『例のあの人』や『死喰い人』から護るはずのいろんな物がね どんな物か想像がつくというものだわ─────
 保護薬と称して実は腫れ草の膿を少し混ぜた肉汁ソースだったり、防衛呪文のはずなのに、実際は両耳が落ちてしまう
 呪文を教えたり・・・・まあ、犯人はだいたいがマンダンガス・フレッチャーのような、まっとうな仕事をしたことが
 ないような連中で、みんなの恐怖につけ込んだ仕業なんだけど、時々とんでもない厄介な物が出てくるの 
 この間アーサーが、呪いのかかった『かくれん防止器』を一箱没収したけど、死喰い人が仕掛けたものだということは、
 ほとんど間違いないわ だからね、とっても大切なお仕事なの それで、アーサーに言ってやりましたとも
 点火プラグだとかトースターだとか、マグルのガラクタを処理できないのが寂しいなんて言うのは、バカげてるってね」


ウィーズリーおばさんは、点火プラグを懐かしがるのは当然だと言ったのがハリーであるかのように、厳しい目付きで話し終えた。




「ウィーズリーおじさんは、まだお仕事中ですか?」


ハリーが聞いた。




「そうなのよ 実は、ちょっとだけ遅すぎるんだけど・・・・真夜中頃に戻るっておっしゃっていたから・・・・」


おばさんはテーブルの端に置いてある洗濯物籠に目をやった。
籠に詰まれたシーツの山の上に、大きな時計が危なっかしげに載っていた。
ハリーはすぐその時計を思い出した。
針が9本、それぞれに家族の名前が書いてある。
いつもはウィーズリー家の居間に掛かっているが、
今置いてある場所から考えると、ウィーズリーおばさんが家中持ち歩いているらしい。
9本全部がいまや「命が危ない」を指していた。




「このところずっとこんな具合なのよ」


おばさんが何気ない声で言おうとしているのが、見え透いていた。




「『例のあの人』のことが明るみに出て以来ずっとそうなの 
 今は、誰もが命が危ない状況なのでしょうけれど・・・・うちの家族だけということは無いと思うわ・・・・
 でも、他にこんな時計を持っている人をしらないから、確かめようが無いの あっ!」


急に叫び声を上げ、おばさんが時計の文字盤を指した。
ウィーズリーおじさんの針が回って「移動中」になっていた。




「お帰りだわ!」


そしてその通り、間もなく裏口の戸を叩く音がした。
ウィーズリーおばさんは勢いよく立ち上がり、ドアへと急いだ。
片手をドアの取っ手に掛け、顔を木のドアに押し付けて、おばさんが小声で呼びかけた。




「アーサー、あなたなの?」
「そうだ」


ウィーズリーおじさんの疲れた声が聞こえた。




「しかし、私が『死喰い人』だったとしても同じ事を言うだろう 質問しなさい!」
「まあ、そんな・・・・」
「モリー!」
「はい、はい・・・・あなたの一番の望みは何?」
「飛行機がどうして浮いていられるのかを解明すること」


ウィーズリーおばさんは頷いて、取っ手を回そうとした。
ところが向こう側でウィーズリーおじさんがしっかり取っ手を押さえているらしく、ドアは頑として閉じたままだった。




「モリー! 私も君にまず質問しなければならん!」
「アーサーったら、まったく こんなこと、馬鹿げてるわ・・・・」
「私たち2人きりの時、君は私に何と呼んでほしいかね?」


ランタンの仄暗い灯りの中でさえ、ハリーはウィーズリーおばさんが真っ赤になるのが分かった。
ハリーも耳元から首が急に熱くなるのを感じて、
できるだけ大きな音を立ててスープと皿をガチャつかせ、慌ててスープをがぶ飲みした。

おばさんは恥ずかしさに消え入りたそうな様子で、ドアの端の隙間に向って囁いた。




「かわいいモリウォブル」
「ブ───ッッ!!!」


ハリーは口に溜めたスープを一気に皿に吐き戻してしまった。




「正解」


ウィーズリーおじさんが言った。




「さあ、中に入れてもいいよ」


おばさんが戸を開けると、夫が姿を現わした。
赤毛が禿げ上がった細身の魔法使いで、角縁メガネを掛け、埃っぽい旅行用マントを着ている。




「あなたがお帰りになるたんびにこんなことを繰り返すなんて、私、未だに納得できないわ」


夫のマントを脱がせながら、おばさんはまだ頬を染めていた。




「だって、あなたに化ける前に、死喰い人はあなたから無理やり答えを聞き出したかもしれないでしょ!」
「わかってるよ、モリー しかしこれが魔法省の手続きだし、私が模範を示さないと
 何かいい匂いがするね─────オニオンスープかな?」


ウィーズリー氏は、期待顔で匂いのするテーブルの方を振り向いた。




「ハリー! ! 朝まで来ないと思ったのに!」


3人は握手し、ウィーズリーおじさんはハリーの隣の椅子にドサッと座り込んだ。
おばさんがおじさんの前にもスープを置いた。




「ありがとう、モリー 今夜は大変だった どこかのバカ者が『変化メダル』を売り始めたんだ
 首に掛けるだけで、自由に外見を変えられるとか言ってね 十万種類の変身、たった10ガリオン!」
「それで、それをかけると実際どうなるの?」
「だいたいは、かなり気持ちの悪いオレンジ色になるだけだが、何人かは、
 体中に触手のようなイボが噴き出してきた 聖マンゴの仕事がまだ足りないと言わんばかりだ!」
「フレッドとジョージならおもしろがりそうな代物だけど」


おばさんがためらいがちに言った。




「あなた、本当に─────?」
「もちろんだ! あの子たちは、こんな時にそんなことはしない! みんなが必死に保護を求めているという時に!」
「それじゃ、遅くなったのは『変化メダル』のせいなの?」
「いや、エレファント・アンド・キャッスルで性質の悪い『逆火呪い』があるとタレ込みがあった
 しかし幸い、我々が到着した時にはもう、魔法警察部隊が片付けていた・・・・」


ハリーは欠伸を手で隠した。




「もう寝なくちゃね」


ウィーズリーおばさんの目は誤魔化せなかった。




「フレッドとジョージの部屋を、あなたたちのために用意してありますよ 自由にお使いなさいね」
「でも、2人はどこに?」
「ああ、あの子たちはダイアゴン横丁 悪戯専門店の上にある、小さなアパートで寝起きしているの
 とっても忙しいのでね 最初は正直言って、感心しなかったわ でも、あの子たちはどうやら、
 ちょっと商才があるみたい! さあ、さあ、あなたたちのトランクはもう上げてありますよ」
「おじさん、おやすみなさい」


ハリーは椅子を引きながら挨拶した。
クルックシャンクスが軽やかに膝から飛び降り、しゃなしゃなと部屋から出て行った。
も立ち上がった。




「おやすみ、ハリー、


おじさんが言った。
おばさんとハリーに続いて台所を出る時、は、おばさんがチラリと洗濯物籠の時計に目をやるのに気付いた。
針全部がまたしても「命が危ない」を指していた。

フレッドとジョージの部屋は3階にあった。

おばさんがベッド脇の小机に置いてあるランプを杖で指すと、すぐに明かりが灯り、部屋は心地良い金色の光で満たされた。
小窓の前に置かれた机には、大きな花瓶に花が生けてあった。
しかし、その芳しい香りでさえ、火薬のような臭いがただよっているのを誤魔化すことは出来なかった。
床の大半は、封をしたままの、何も印の無い段ボール箱で占められていた。
ハリーの学校用とランクもその間にあった。
部屋は一時的に倉庫として扱われているように見えた。

大きな洋箪笥の上にヘドウィグが止まっていて、ハリーに向って嬉しげにホーと一声鳴いてから、窓から飛び立って行った。
ハリーが来るまで狩りに出ないで待っていたのだと、ハリーには分かっていた。
ハリーはおばさんにおやすみの挨拶をして、パジャマに着替え、2つあるベッドの1つに潜り込んだ。
枕カバーの中に何やら固い物があるので、中を探って引っ張り出すと、紫とオレンジ色のベタベタした物が出てきた。
見覚えのある「ゲーゲー・トローチ」だった。
ハリーは独り笑いしながら横になり、たちまち眠りに落ちた。




















数秒後に、とハリーには思えたが、大砲のような音がしてドアが開き、ハリーは起こされてしまった。
ガバッと起き上がると、カーテンをサーッと開ける音が聞こえた。
眩しい太陽の光が両眼を強く突くようだった。
ハリーは片手で眼を覆い、もう一方の手でそこいら中を触ってメガネを探した。




「どうじだんだ?」
「君たちがもうここにいるなんて、僕たち知らなかったぜ!」


興奮した大声が聞こえ、ハリーは頭のてっぺんにキツイ一発を食らった。




「ロン、ぶっちゃだめよ!」


女性の声が非難した。
ハリーの手がメガネを探し当てた。
急いでメガネをかけたものの、光が眩しすぎてほとんど何も見えない。
長い影が近づいて来て、目の前で一瞬揺れた。
瞬きすると焦点が合って、ロン・ウィーズリーがニヤニヤと見下ろしているのが見えた。




「元気か?」
「最高さ」


ハリーは頭のてっぺんを擦りながら、また枕に倒れ込んだ。




「君は?」
「まあまあさ」


ロンは、ダンボールを一箱引き寄せて座った。




「いつ来たんだ? ママがたったいま教えてくれたんだ!」
「今朝一時ごろだ」
「マグルのやつら、大丈夫だったか? ちゃんと扱ってくれたか?」
「いつも通りさ」


そう言う間に、ハーマイオニーは、まだ寝ているを起こそうと体を揺すっていた。




「連中、ほとんど僕に話しかけなかった 僕はそのほうがいいんだけどね ハーマイオニー、元気?」
「ええ、私は元気よ 、起きて、!」


ハーマイオニーが言った。
は一向に起きる気配がなく、寧ろハーマイオニーの目覚ましを煩わしく思っているようだった。
ついに、ハーマイオニーは、の布団を剥ぎ取るという強硬手段を取った。




「おい、何だ?」


は不機嫌そうに起き上がった。
上半身裸で寝ていたので、ハーマイオニーは慌てて顔を反らした。




「もう朝なのか?」


恥ずかしげもなく、は欠伸をしてハーマイオニーを見た。




「いま何時?」


ハリーが聞いた。




「朝食を食べ損ねたかなあ?」
「心配するなよ ママがお盆を運んでくるから 君が十分食ってない様子だって思ってるのさ」


まったくママらしいと言いたげに、ロンは目をグリグリさせた。




「それで、最近どうしてた?」
「別に、叔父と叔母のところで、どうにも動きが取れなかっただろ?」
「嘘付け!」


ロンが言った。




「君たちはダンブルドアと一緒に出かけたじゃないか!」
「そんなにワクワクするようなものじゃなかったよ ダンブルドアは、
 昔の先生を引退生活から引っ張り出すのを、僕に手伝ってほしかっただけさ 名前はホラス・スラグホーン」
「なんだ」


ロンがガッカリしたような顔をした。




「僕たちが考えてたのは─────」


ハーマイオニーがさっと警告するような目でロンを見た。
ロンは超スピードで方向転換した。




「─────考えてたのは、たぶん、そんなことだろうってさ」
「本当か?」


は含み笑いを浮かべて、探るような目でロンを見た。




「ああ・・・・そうさ、アンブリッジがいなくなったし、
 当然新しい『闇の魔術に対する防衛術』の先生がいるだろ? だから、えーと、どんな人?」
「ちょっとセイウチに似てる それに、前はスリザリンの寮監だった ハーマイオニー、どうかしたの?」


ハーマイオニーは、今にも奇妙な症状が現れるのを待つかのように、
ハリーを見つめていたが、慌てて曖昧に微笑み、表情を取り繕った。




「ううん、なんでもないわ、もちろん! それで、んー、スラグホーンはいい先生みたいだった?」
「わかんない アンブリッジ以下って事は、ありえないだろ?」
「アンブリッジ以下の人、知ってるわ」


入口で声がした。
ロンの妹がイライラしながら、突っかかるように前屈みの格好で入って来た。




「おっはよ、ハリー、
「いったいどうした?」


ロンが聞いた。




あの女よ」


ジニーはのベッドにドサッと座った。




「頭に来るわ」
「あの人、今度は何をしたの?」


ハーマイオニーが同情したように言った。




「わたしに対する口のきき方よ─────まるで3つの女の子に話すみたいに!」
「わかるわ」


ハーマイオニーが声を落とした。




「あの人、ほんとに自意識過剰なんだから」


ハーマイオニーがウィーズリー夫人の事をこんなふうに言うなんて、とハリーとは顔を見合わせた。
ロンが怒ったように言い返すのも当然だと思った。




「2人とも、ほんの5秒でいいから、あの女をほっとけないのか?」
「えーえ、どうぞ、あの女をかばいなさいよ」


ジニーがピシャリと言った。




「あんたがあの女にメロメロなことぐらい、みんな知ってるわ」


ロンの母親の事にしてはおかしい。
ハリーは何かが抜けていると感じ始めた。




「誰の事を─────?」


質問が終わらないうちに答えが出た。
部屋の戸が再びパッと開き、ハリーは無意識に、ベッドカバーを思い切り顎の下まで引っ張り上げた。

入り口に女性が立っていた。

息を呑むほどの美しさに、部屋中の空気が全部呑まれてしまったようだった。
背が高く、スラリとたおやかで、長いブロンドの髪。
その姿から微かに瓶色の光が発散しているかのようだった。
非の打ち所無い姿をさらに完全にしたのは、女性の捧げていたどっさり朝食が載った盆だった。




「アリー」


ハスキーな声が言った。




「おいさしぶーりね!」


女性がさっと部屋の中に入り、ハリーに近づいて来たその時、
かなり不機嫌な顔のウィーズリーおばさんが、ひょこひょこと後から現れた。




「お盆を持って上がる必要はなかったのよ 私が自分でそうするところだったのに!」
「なんでもありませーん」


そう言いながら、フラー・デラクールは盆をハリーの膝に載せ、ふわーっと屈んでハリーの両頬にキスした。
ハリーはその唇が触れたところが焼けるような気がした。




「わたし、このいとに、とても会いたかったでーす わたしのシースタのガブリエール、あなた覚えてますか?
『アリー・ポッター』のこと、あの子、いつでもあなしていまーす また会えると、きーっとよろこびます」
「あ・・・・あの子もここにいるの?」


ハリーの声がしゃがれた。




「いえ、いーえ、おばかさーん」


フラーは玉を転がすように笑った。




「来年の夏でーす そのときわたしたち─────あら、あなた知らないですか?」


フラーは大きな青い目を見開いて、非難するようにウィーズリー夫人を見た。




「まだハリーに話す時間がなかったのよ」


おばさんが言った。
フラーは豊かなブロンドの髪を振ってハリーに向き直り、その髪がウィーズリー夫人の顔を鞭のように打った。




「わたし、ビルと結婚しまーす!」
「ああ」


ハリーは無表情に言った。
ウィーズリーおばさんもハーマイオニーもジニーも、
決して目を合わせまいとしている事に、嫌でも気付かない訳にはいかなかった。




「ウワー、あ─────おめでとう!」


フラーはまた踊りかかるように屈んで、ハリーにキスした。




「ビルは今、とーても忙しいです アードにあたらいていまーす そして、わたし、グリンゴッツで
 パートタイムであたらいていまーす えーいごのため それで彼、わたしをしばらーくここに連れてきました 
 家族のいとを知るためでーす あなたがここに来るというあなしを聞いて嬉しかったでーす─────」


フラーはに振り返った。




「あなたがでーすか? わたし、フラー・デラクールでーす あじめましてでーす!」


は瞬きしてフラーを見た。
フラーは花のように優雅に微笑んだ。




「あなたたちがここに来るの、わたし、とーても楽しみにしてまーした お料理と鶏が好きじゃないと、
 ここはあまりすることがありませーん! じゃ─────朝食を楽しんでね アリー!」


そう言い終えると、フラーは優雅に向きを変え、ふわーっと浮かぶように部屋を出て行き、静かにドアを閉めた。
ウィーズリーおばさんが何か言ったが、「シッシッ!」と聞こえた。




「ママはあの女が大嫌い」


ジニーが小声で言った。




「嫌ってはいないわ!」


おばさんが不機嫌に囁くように言った。




「2人が婚約を急ぎすぎたと思うだけ、それだけです!」
「知り合ってもう1年だぜ?」


ロンは妙にフラフラしながら、閉まったドアを見つめていた。




「それじゃ、長いとは言えません! どうしてそうなったか、もちろん私にはわかりますよ 『例のあの人』が戻って来て
 いろいろ不安になっているからだわ 明日にも死んでしまうかもしれないと思って だから、普通なら時間をかけるような事も、
 決断を急ぐの 前にあの人が強力だった時も同じだわ あっちこっちでも、そこいらじゅうで駆け落ちして─────」
「ママとパパも含めてね」


ジニーがお茶目に言った。




「そうよ、まあ、お父さまと私は、お互いにピッタリでしたもの 待つ意味が無いでしょう? ところがビルとフラーは
 ・・・・さあ・・・・どんな共通点があると言うの? ビルは勤勉で地味なタイプなのに、あの娘は─────」
「派手な雌牛」


ジニーが頷いた。




「でもビルは地味じゃないわ 『呪い破り』でしょう? ちょっと冒険好きで、
 ワクワクするようなものに惹かれる・・・・きっとそれだからヌラーに参ったのよ」
「ジニー、そんな呼び方をするのはおやめなさい」


ウィーズリーおばさんは厳しく言ったが、ハリーもハーマイオニーも笑った。




「さあ、もう行かなくちゃ・・・・ハリー、、温かいうちに卵を食べるのよ」


おばさんは悩み疲れた様子で、部屋を出て行った。
ロンはまだクラクラしているようだった。
頭を振ってみたら治るかもしれないと、ロンは耳の水を弾き出そうとしている犬のような仕草をした。




「同じ家にいたら、あの人に慣れるんじゃないのか?」


ハリーが聞いた。




「ああ、そうさ」


ロンが言った。




「だけど、あんなふうに突然飛び出してこられると・・・・」
「救いようがないわ」


ハーマイオニーが腹を立てて、ツンケンしながらロンから出来るだけ離れ、壁際で回れ右すると腕組みし、ロンの方を向いた。




「あの人に、ずーっとうろうろされたくはないでしょう?」


まさかと言う顔で、ジニーがロンに聞いた。
ロンが肩を竦めただけなのを見て、ジニーが言った。




「とにかく、賭けても良いけど、ママが頑張ってストップをかけるわ」
「どうやってやるの?」


ハリーが聞いた。




「トンクスを何度も夕食に招待しようとしてる ビルがトンクスの方を好きになればいいって期待してるんだと思うな
 そうなるといいな 家族にするなら、わたしはトンクスの方がずっといい」
「そりゃあ、うまくいくだろうさ」


ロンが皮肉った。




「いいか、まともな頭の男なら、フラーがいるのにトンクスを好きになるかよ
 そりゃ、トンクスはまあまあの顔さ 髪の毛や鼻に変なことさえしなきゃ だけど─────」
「トンクスは、ヌラーよりめちゃくちゃいい性格してるよ」


ジニーが言った。




「それにもっと知的よ 闇祓いですからね!」


隅の方からハーマイオニーが言った。




「フラーはバカじゃないよ 三校対校試合選手に選ばれたくらいだ」


ハリーが言った。




「あなたまでが!」


ハーマイオニーが苦々しく言った。




「ヌラーが『アリー』って言う、言い方が好きなんでしょう?」


ジニーが軽蔑したように言った。




はどう思うの、ヌラーのこと 男の子の意見として」


ジニーがずいっとに詰め寄った。




「俺とあの女は初対面だぞ?」


が言った。




「好きか嫌いかって意味よ」
「随分幅の無い2択だな」
「ジニー、僕はただ」


ハリーは、口を挟まなきゃ良かったと思いながら言った。




「ヌラーが─────じゃない、フラーが─────」
「わたしは、トンクスが家族になってくれたほうがずっといい」


ジニーが言った。




「少なくともトンクスは面白いもの」
「このごろじゃ、あんまり面白くないぜ」


ロンが言った。




「近頃トンクスを見るたびに、だんだん『嘆きのマートル』に似てきたな」
「そんなのフェアじゃないわ」


ハーマイオニーがピシャリと言った。




「あのことからまだ立ち直っていないのよ・・・・あの・・・・つまり、あの人はトンクスの従兄だったんだから!」


ハリーは気が滅入った。
シリウスに行き着いてしまった。
ハリーはフォークを取り上げて、スクランブルエッグをガバガバと口に押し込みながら、
この部分の会話に誘い込まれることだけは、何としても避けたいと思った。




「トンクスとシリウスはお互いにほとんど知らなかったんだぜ!」


ロンが言った。




「シリウスは、トンクスの人生半分ぐらいの間アズカバンにいたし、
 それ以前だって、家族同士が会ったことも無かったし─────」
「それは関係ないわ」


ハーマイオニーが言った。




「トンクスは、シリウスが死んだのは自分のせいだと思ってるの!」
「何故そう思うんだ?」


が聞いた。




「だって、トンクスはベラトリックス・レストレンジと戦っていたでしょう? 自分が止めを刺してさえいたら、
 ベラトリックスがシリウスを殺すことは出来なかっただろうって、そう感じていると思う」
「生き残った者の罪悪感か・・・・」


が言った。




「ルーピンが説得しようとしているのは知っているけど、トンクスはすっかり落ち込んだきりなの
 実際、『変身術』にも問題が出てきているわ! いままでのように姿形を変えることができないの」
「ショックか何かが、トンクスの能力に変調を起こしたのか?」


が聞いた。
ハーマイオニーが頷いた。




「でもきっと、本当に滅入っていると・・・・」


ドアが再び開いて、ウィーズリーおばさんの顔が飛び出した。




「ジニー」


おばさんが囁いた。




「下りてきて、昼食の準備を手伝って」
「わたし、この人たちと話をしてるのよ!」


ジニーが怒った。




「すぐによ!」


おばさんはそう言うなり顔を引っ込めた。




「ヌラーと2人きりにならなくてすむように、わたしに来てほしいだけなのよ!」

 
ジニーが不機嫌に言った。
長い赤毛を見事にフラーそっくりに振り、両腕をバレリーナのように高く上げ、ジニーは踊るように部屋を出て言った。




「君たちも早く下りてきたほうがいいよ」


部屋を出しなにジニーが言った。
束の間の静けさに乗じて、ハリーはまた朝食を食べた。
は朝食には手を付けず、フレッドとジョージのダンボール箱を覗いた。
ロンは、のトーストを勝手に摘み始めたが、まだ夢見るような目でドアを見つめていた。




「これはなんだ?」


しばらくしてが、小さな望遠鏡のような物を出して聞いた。




「さあ」


ロンが答えた。




「でも、フレッドとジョージがここに残して行ったぐらいだから、
 たぶん、まだ悪戯専門店に出すには早すぎるんだろ だから、気をつけろよ」
「店は好評だと聞いた 商才があるみたいだな?」


は望遠鏡をハーマイオニーの方に放り投げながら言った。




「それじゃ言い足りないぜ」


ロンが言った。




「ガリオン金貨をざっくざく掻き集めてるよ 早く店が見たいな 僕たち、まだダイアゴン横丁に行ってないんだ 
 だってママが、用心には用心して、パパが一緒じゃないとダメだって言うんだよ 
 ところがパパは仕事がほんとに忙しくて でも、店は凄いみたいだぜ」
「それで、パーシーは?」


ハリーが聞いた。
ウィーズリー家の三男は、家族と仲違いしていた。




「君のママやパパと、また口をきくようになったのかい?」
「いンや」


ロンが言った。




「だって、ヴォルデモートが戻って来たことでは、初めから君のパパが正しかったって、パーシーにもわかったはずだし─────」
「ダンブルドアが仰ったわ 他人の正しさを許すより、間違いを許す方がずっと容易い」


ハーマイオニーが言った。




「ダンブルドアがね、ロン、あなたのママにそう仰るのを聞いたの」
「ダンブルドアが言いそうな、へんてこりんな言葉だな」


ロンが言った。




「ダンブルドアって言えば、今学期、僕とに個人教授してくれるんだってさ」


ハリーが何気なく言った。
ロンはトーストに咽せ、ハーマイオニーは息を呑んだ。




「そんなことを黙ってたなんて!」


ロンが言った。




「いま思い出しただけだよ」


ハリーは正直に言った。




「ここの箒小屋で、今朝そう言われたんだ」
「おったまげー・・・・ダンブルドアの個人教授!」


ロンは感心したように言った。




「個人教授? 俺もか?」


は驚いた顔をしていた。




「冗談じゃない この俺が特別授業だと? バカにしてるのか、あの年よりは」
、そんな事言うものじゃないわ!」


ハーマイオニーがたしなめた。




「俺はガキの頃から父さんに闇の魔術を教えられてきたんだぞ? 今さら俺に何を教えるって言うんだ」
「そりゃあ、『例のあの人』が知らないような防衛呪文とか?」


ロンが言った。




「防衛呪文は母さんから習っている」
「でも、ダンブルドアはどうしてまた・・・・?」


ロンの声が先細りになった。
ハーマイオニーと目を見交わすのを、ハリーは見た。
ハリーはフォークとナイフを置いた。
ベッドに座っているだけにしては、ハリーの心臓の鼓動がやけに早くなった。
ダンブルドアがそうするようにと言った・・・・今こそその時ではないか?
ハリーは、膝の上に流れ込む陽の光に輝いているフォークをジッと見つめたまま、切り出した。




「ダンブルドアがどうして僕たちに個人教授してくれるのか、
 ハッキリとわからない でも、予言のせいに違いないと思う─────」


ロンももハーマイオニーも黙ったままだった。
ハリーは、3人とも凍りついたのではないかと思った。
ハリーは、フォークに向って話し続けた。




「ほら、魔法省で連中が盗もうとしたあの予言」
「だが、予言の中身は誰も知らないだろう?」


が言った。




「予言は砕けた」
「ただ、『日刊予言者』に書いてあったのは─────」


ロンが言いかけたが、ハーマイオニーが「シーッ」と制した。




「『日刊予言者』にあったとおりなんだ」


ハリーは意を決して3人を見上げた。
ハーマイオニーは恐れ、ロンは驚いているようだった。




「砕けたガラス球だけが予言を記録していたのではなかった ダンブルドアの校長室で、僕は予言の全部を聞いた
 本物の予言はダンブルドアに告げられていたから、僕に話して聞かせる事ができたんだ その予言によれば」


ハリーは深く息を吸い込んだ。




「ヴォルデモートに止めを刺さなければならないのは、どうやらこの僕らしい・・・・
 少なくとも、予言によれば、2人のどちらかが生きている限り、もう1人は生き残れない」


4人は、一瞬、互いに黙って見つめ合った。
その時、バーンという大音響と共に、ハーマイオニーが黒煙の陰に消えた。




「ハーマイオニー!」


ハリーもロンも同時に叫んだ。
朝食の盆がガチャンと床に落ちた。
煙の中から、ハーマイオニーが咳き込みながら現れた。
望遠鏡を握り、片方の目に鮮やかな紫の隈取がついている。




「これを握り締めたの そしたらこれ─────これ、私にパンチを食らわせたの」


ハーマイオニーが喘いだ。
確かに、望遠鏡の先からバネ付きの小さな拳が飛び出しているのが見えた。




「大丈夫さ」


ロンは笑い出さないようにしようと必死になっていた。




「ママが治してくれるよ 軽い怪我ならお手のもん─────」
「ああ、でもそんなこと、いまはどうでもいいわ!」


ハーマイオニーが急き込んだ。




「ハリー、ああ、ハリー・・・・」


ハーマイオニーはハリーのベッドに腰掛けた。




「私たち、いろいろと心配していたの 魔法省から戻った後・・・・もちろん、あなたには何も言いたくなかったんだけど、
 でも、ルシウス・マルフォイが、予言はあなたとヴォルデモートに関わる事だって言ってたものだから、
 それで、もしかしたらこんなことじゃなかって 私たちそう思っていたの・・・・ああ、ハリー・・・・」


ハーマイオニーはハリーをジッと見た。
そして囁くように言った。




「怖い?」
「今はそれほどでもない」


ハリーが言った。




「最初に聞いた時は、確かに・・・・でも今は・・・・
 なんだかずっと知っていたような気がする 最後にはあいつと対決しなければならないことを・・・・」
「ダンブルドア自身が君を迎えに行くって聞いた時、僕たち、
 君に予言に関わることを何か話すんじゃないか、何かを見せるんじゃないかって思ったんだ」


ロンが夢中になって話した。




「僕たち、少しは当たってただろ? 君に見込みが無いと思ったら、ダンブルドアは個人教授なんかしないよ
 時間のムダ使いなんか─────ダンブルドアはきっと、君に勝ち目があると思っているんだ!」
「そうよ」


ハーマイオニーが言った。




「ハリー、いったいあなたに何を教えるのかしら? 
 とっても高度な防衛呪文かも・・・・強力な反対呪文・・・・呪い崩し・・・・」


ハリーは聞いていなかった。
太陽の光とは全く関係なく、体中に暖かいものが広がっていた。
胸の固いしこりが溶けていくようだった。
ロンもハーマイオニーもも、見かけよりずっと強いショックを受けている事は分かっていた。
しかし、3人は今もハリーの両側にいる。
ハリーを汚染された危険人物扱いして尻込みしたりせず、慰め、力づけてくれる。
ただそれだけで、ハリーにとっては言葉に言い尽せないほどの大きな価値があった。




「・・・・それに回避呪文全般とか」


ハーマイオニーが言い終えた。




はそれで良いの?」


ハリーはずっと気になっていた事を口にした。




「一応、その・・・・ほら、ヴォルデモートは君のパパだろ 僕が倒すことに─────」
「異論はないかって?」


が言った。
ロンとハーマイオニーもを見つめた。




「別に、好きにすれば良いさ 今の俺はどっちつかずだ─────それに言っておくが、父さんは強いぞ」


はニヤッと笑った。
一瞬、沈黙が流れた。
しばらくして、ハーマイオニーが口を開いた。




「まあ、少なくともあなたたち2人は、今学期履修する科目が1つだけハッキリ分かっているわけだから、
 ロンや私よりましだわ O.W.L.テストの結果は、いつ来るのかしら?」
「そろそろ来るさ、もう1ヶ月も経ってる」


ロンが言った。




「そういえば」


ハリーは今朝の会話をもう一つ思い出した。




「ダンブルドアが、O.W.Lの結果は、今日届くだろうって言ってたみたいだ!」
「今日?」


ハーマイオニーが叫び声を上げた。




今日? なんでそれを─────ああ、どうしましょう─────あなた、それをもっと早く─────」


ハーマイオニーが弾かれたように立ち上がった。




「ふくろうが来てないかどうか、確かめてくる・・・・」




















10分後、ハリーとが服を着て、空の盆を手に階下に下りていくと、
ハーマイオニーはジリジリ心配しながら台所のテーブルの傍に掛け、
ウィーズリーおばさんは、半パンダになったハーマイオニーの顔を何とかしようとしていた。




「どうやっても取れないわ」


ウィーズリーおばさんが心配そうに言った。
おばさんはハーマイオニーの傍に立ち、片手に杖を持ち、
もう片方には「癒者のいろは」を持って、「切り傷、擦り傷、打撲傷」のページを開けていた。




「いつもはこれで上手くいくのに まったくどうしたのかしら?」
「フレッドとジョージの考えそうな冗談よ 絶対に取れなくしたんだ」


ジニーが言った。




「でも取れてくれなきゃ!」


ハーマイオニーが金切り声を上げた。




「一生こんな顔で過ごすわけにはいかないわ!」
「そうはなりませんよ 解毒剤を見つけますから、心配しないで」


ウィーズリーおばさんが慰めた。




「ビルが、フレッドとジョージがどんなに面白いか、あなしてくれまーした!」


フラーが、落ち着き払って微笑んだ。




「ええ、笑いすぎて息も出来ないわ」


ハーマイオニーが噛み付いた。
ハーマイオニーは急に立ち上がり、両手を握り合わせて指を捻りながら、台所を往ったり来たりし始めた。




「ウィーズリーおばさん、ほんとに、ほんとに、午前中にふくろうが来なかった?」
「来ませんよ 来たら気付くはずですもの」


おばさんが辛抱強く言った。




「でもまだ9時にもなっていないのですからね 時間は十分・・・・」
「古代ルーン文字はめちゃめちゃだったわ」


ハーマイオニーが熱に浮かされたように呟いた。




「少なくとも1つ重大な誤訳をしたのは間違いないの それに『闇の魔術に対する防衛術』
 の実技は全然良くなかったし 『変身術』は、あの時は大丈夫だと思ったけど、いま考えると─────」
「ハーマイオニー、黙れよ 心配なのは君だけじゃないんだぜ!」


ロンが大声を上げた。




「それに、君の方は、大いによろしいの『O・優』を10科目も取ったりして・・・・」
「言わないで! 言わないで! 言わないで!」


ハーマイオニーはヒステリー気味に両手をバタバタ振った。




「きっと全科目落ちたわ!」
「落ちたらどうなるのかな?」


ハリーは部屋のみんなに質問したのだが、答えはいつものようにハーマイオニーから返ってきた。




「寮監に、どういう選択肢があるかを相談するの 先学期の終わりに、マクゴナガル先生にお聞きしたわ」


ハリーの内臓がのた打った。
あんなに朝食を食べなければ良かったと思った。




「ボーバトンでは」


フラーが満足げに言った。




「やり方が違いまーすね わたし、そのおおがいいと思いまーす 
 試験は6年間勉強してからで、5年ではないでーす それから─────」


フラーの言葉は悲鳴に呑み込まれた。
ハーマイオニーが台所の窓を指出していた。
空にハッキリと黒い点が4つ見え、だんだん近づいて来た。




「間違いなく、あれはふくろうだ」


勢いよく立ち上がって、窓際のハーマイオニーの傍に行ったロンが、掠れ声で言った。




「それに4羽だ」


ハリーも急いでハーマイオニーの傍に行き、ロンの反対側に立った。




「俺たちに、それぞれ1羽だな」


ハリーの隣に立ったが言った。




「ああ、だめ・・・・ああ、だめ・・・・ああ、だめ・・・・」


ハーマイオニーは、ハリーとロンの片肘をガッチリ握った。
ふくろうは真っ直ぐ「隠れ穴」に飛んで来た。
きりりとしたモリフクロウが4羽、家への小道の上をだんだん低く飛んで来る。
近づくとますますハッキリしてきたが、それぞれが大きな四角い封筒を運んでいる。




「ああ、だめー!」


ハーマイオニーが悲鳴を上げた。
ウィーズリーおばさんが3人を押し分けて、台所の窓を開けた。
1羽、2羽、3羽、4羽と、ふくろうが窓から飛び込み、テーブルの上にきちんと列を作って降り立った。
4羽揃って右足を上げた。

ハリーが進み出た。

ハリー宛の手紙は真ん中のふくろうの足に結わえ付けてあった。
震える指でハリーはそれを解いた。
その左右で、ロンとが自分の成績を外そうとしていた。
ハリーの右側で、ハーマイオニーがあまりに手が震えて、ふくろうを丸ごと震えさせていた。

台所ではだれも口を聞かなかった。

ハリーはやっと封筒を外し、急いで封を切り、中の羊皮紙を広げた。





ハリーは羊皮紙を数回読み、読むたびに息が楽になった。
大丈夫だ、占い学は失敗すると、初めから分かっていたし、試験の途中で倒れたのだから、魔法史に合格するはずは無かった。
しかし他は全部合格だ! ハリーは評価点を指で辿った・・・・変身術と薬草学は良い成績で通ったし、
魔法薬学でさえ「期待以上」の良だ! それに、「闇の魔術に対する防衛術」で「優・O」を修めた、最高だ!

ハリーは周りを見た。

ハーマイオニーはハリーに背を向けて項垂れているが、ロンは喜んでいた。




「占い学と魔法史だけ落ちたけど、あんなもの、誰が気にするか?」


ロンはハリーに向って満足そうに言った。




「ほら─────替えっこだ─────」


ハリーはざっとロンの成績を見た。
「優・O」は一つも無い・・・・。




「君が『闇の魔術に対する防衛術』で良い線いってたのは、わかってたさ」


ロンはハリーの肩にパンチを噛ました。




「俺たち、よくやったよな?」
「よくやったわ!」


ウィーズリーおばさんは誇らしげにロンの髪をクシャクシャっと撫でた。




「7ふ・く・ろ・うだなんて、フレッドとジョージを合わせたより多いわ!」
「ハーマイオニー?」


まだ背を向けたままのハーマイオニーに、ジニーが恐る恐る声を掛けた。




「どうだったの?」
「私─────悪くないわ」


ハーマイオニーがか細い声で言った。




「冗談やめろよ」


ロンがカツカツとハーマイオニーに近づき、成績表を手からサッともぎ取った。




「それ見ろ─────『優・O』が9個、『良・E』が1個、『闇の魔術に対する防衛術』だ」


ロンは半分面白そうに、半分呆れてハーマイオニーを見下ろした。




「君、まさか、ガッカリしてるんじゃないだろうな?」


ハーマイオニーが首を横に振ったが、ハリーは笑い出した。




はどうだったの?」


ジニーが言った。
ジニーはの成績表を後ろから覗き込んで、「うわーっ!」と声を上げた。




「オール『優・O』よ! さすがだわ!」
「当然だ」


はフフンと笑った。




「さあ、諸君、我らはいまやN.E.W.T学生だ!」


ロンがニヤリと笑った。




「ママ、ソーセージ残ってない?」


ハリーは、もう一度自分の成績を見下ろした。
これ以上望めないほどの良い成績だ。
ただ一つだけ、後悔に小さく胸が痛む・・・・闇祓いになるという密かな野心はこれでおしまいだった。
「魔法薬学」で必要な成績を取る事が出来なかった。
できないことは初めから分かっていたが、それでも、改めて小さな黒い点「良・E」の文字を見ると、胃が落ち込むのを感じた。
ハリーはいい闇祓いになるだろうと、最初に言ってくれたのが、変身した死喰い人だったことを考えるととても奇妙だったが、
何故かその考えが今までハリーを捉えてきた─────それ以外になりたいものを思いつかなかった。
しかも、1ヶ月前に予言を聞いてからは、それがハリーにとって然るべき運命のように思えていた。

・・・・一方が生きる限り、他方は生きられぬ・・・・

ヴォルデモートを探し出して殺す使命を帯びた、高度に訓練を受けた魔法使いの仲間になれたなら、
予言を成就し、自分が生き残る最大のチャンスが得られたのではないだろうか?
























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