ドリーム小説
Day.3----遺志と意思
「チェックメイト」
はハリーのキングを倒した。
「俺の30勝0敗 お前は才能がないな」
改め、・マールヴォロ・リドルは、自分の黒いキングを振って、ニヤリと笑った。
この4時間ずっと、部屋の窓際に椅子を置いて座り、だんだん暗くなる通りを時折見つめながらチェスに興じていた。
部屋の中には雑多な持ち物や、ちまちましたガラクタがばら撒かれていた。
床にはふくろうの羽根やリンゴの芯、キャンディの包み紙が散らかり、
ベッドにはゴタゴタと丸められたローブの間に呪文の本が数冊、乱雑に転がっている。
そして机の上の明かり溜りには、新聞が雑然と広げられていた。
「が強すぎるんだよ」
ハリーが言った。
「それにしても、退屈だな いい加減チェスも飽きたぞ」
は伸びをして、机の上の新聞を何気なく手に取った。
新聞に派手な大見出しが見えた。
ハリー・ポッター 選ばれ者?
最近魔法省で「名前を言ってはいけないあの人」が再び目撃された不可解な騒動について、未だに流言蜚語が飛び交っている。
忘却術師の一人は、昨夜魔法省を出る際に、名前を明かす事を拒んだ上で、動揺した様子で次のように語った。
「我々は何も話してはいけない事になっている 何も訊かないでくれ」
しかしながら、魔法省のさる高官筋は、かの伝説の「予言の間」が騒動の中心となった現場だと確認した。
魔法省のスポークス魔ンはこれまで、そのような場所の存在を認める事さえ拒否してきたが、
魔法界では、家屋侵入と窃盗未遂の廉で現在アズカバンに服役中の死喰い人たちが、
予言を盗もうとしたのではないか、と考える魔法使いが増えている。
問題の予言がどのようなものかは知らされていないが、巷では「死の呪文」を受けて生き残った唯一の人物であり、
更に問題の夜に魔法省にいた事が知られている、ハリー・ポッターに関するものではないかと推測されている。
一部の魔法使いの間では、ポッターが「選ばれし者」と呼ばれ、
予言が「名前を言ってはいけないあの人」を排除できるただ一人の者として、ポッターを名指ししたと考えられている。
問題の予言の現在の所在は、ただし予言が存在するならばであるが、杳として知れない。
しかし、(2面5段に続く)
は新聞をポイッと床に放り捨てた。
2枚目の新聞が出てきた。
一面の大部分は、1枚の大きなモノクロ写真で占められている。
ふさふさしたライオンの鬣のような髪に、傷だらけの顔の男の写真だ。
写真が動いている―――――男が天井に向って手を振っていた。
スクリムジョール、ファッジの後任者
魔法法執行部、闇祓い局の元局長、ルーファス・スクリムジョールが、コーネリウス・ファッジの後を受けて魔法大臣に就任した。
魔法界はおおむねこの任命を歓迎しているが、就任の数時間後には、
新大臣とウィゼンガモット法廷・主席魔法戦士として復帰したアルバス・ダンブルドアとの亀裂の噂が浮上した。
スクリムジョールの次官は、スクリムジョールが魔法大臣就任直後、
ダンブルドアと会見した事を認めたが、話し合いの内容についてはコメントを避けた。
アルバス・ダンブルドアとは兼ねてから(3面2段に続く)
はまた新聞を放り投げた。
次の新聞は、「魔法省、生徒の安全を保証」という見出しがハッキリ見えるように折ってあった。
新魔法大臣、ルーファス・スクリムジョールは今日、
秋の新学期にホグワーツ魔法魔術学校に変える学生の安全を確保するため、新しい強攻策を講じたと語った。
大臣は、
「当然の事だが、魔法省は、新しい厳重なセキュリティ計画の詳細について公表するつもりは無い」
と語ったが、内部情報筋によれば、安全措置には、防衛呪文と呪い、一連の複雑な反対呪文、
さらにホグワーツ校の護衛専任の、闇祓い小規模特殊部隊などが含まれる。
新大臣が生徒の安全のために強硬な姿勢を取った事で、大多数が安堵したと思われる。
オーガスタ・ロングボトム夫人は次のように語った。
「孫のネビルは―――――たまたまハリー・ポッターと仲良しで、
ついでに申し上げますと、この6月、魔法省で彼と肩を並べて死喰い人と戦ったのですが―――――」
は残りの新聞を全部床に捨て、退屈そうに部屋をグルリを見渡した。
大きな鳥籠の中には見事な白ふくろうがいた。
琥珀色の眼で部屋を睥睨し、時々首をグルリと回しては、を油断なくジッと見つめた。
大きなハリーのトランクが部屋の真ん中に置かれていた。
蓋が開いている。
受け入れ態勢十分の雰囲気だ。
しかし、トランクの底を覆う程度に、着古した下着の残骸や菓子類、
空のインク瓶や折れた羽根ペンなどがあるだけで、ほとんど空っぽだ。
その傍の床には、紫色のパンフレットが落ちていて、目立つ文字でこう書いてあった。
魔法省広報
あなたの家と家族を闇の力から護るには
魔法界は現在、死喰い人と名乗る組織の脅威にさらされています。
次の簡単な指針を遵守すれば、あなた自身と家族、そして家を攻撃から護るのに役立ちます。
1.一人で外出しないこと
2.暗くなってからは特に注意すること 外出は、可能な限り暗くなる前に完了するよう段取りすること
3.家の周りの安全対策を見直し、家族全員が、「盾の呪文」「目くらまし呪文」
未成年の家族の場合は「付き添い姿くらまし術」などの緊急措置について認識するよう確認すること
4.親しい友人や家族の前で通用する安全のための質問事項を決め、
ポリジュース薬(2項参照)使用によって他人に成りすました死喰い人を見分けられるようにすること
5.家族、同僚、友人または近所の住人の行動がおかしいと感じた場合は、速やかに魔法警察部隊に連絡する事、
「服従の呪文」(4項参照)にかかっている可能性がある
6.住所その他の建物の上に闇の印が現れた場合は、入るべからず ただちに闇祓い局に連絡すること
7.未確認の目撃情報によれば、死喰い人が「亡者」(10項参照)を使っている可能性がある。
「亡者」を目撃した場合、または遭遇した場合は、ただちに魔法省に報告すること
は窓枠に目を向けた。
何年か前にハリーが修理した目覚まし時計が、窓下枠に置かれてチクタク大きな音を立てながら、11時1分前を指していた。
そのすぐ脇には羊皮紙が一枚、ハリーの手で押さえられていて、斜めに細長い文字が書き付けてあった。
3日前に届いた手紙だが、ハリーがそれ以来何度も読み返したせいで、固く巻かれていた羊皮紙が、今ではまっ平らになっていた。
親愛なるハリー
君の都合さえ良ければ、わしはプリペット通り4番地を金曜の午後11時に訪ね、
「隠れ穴」まで君を連れて行こうと思う。
そこで夏休みの残りを過ごすようにと、君に招待状が来ておる。
君さえ良ければ、「隠れ穴」に向う途中で、わしがやろうと思っていることを手伝ってもらえれば嬉しい。
このことは、君に会った時に、もう少し詳しく説明するとしよう。
このふくろうで返信されたし。
それでは金曜日に会いましょうぞ。
追伸:が休暇を利用して遊びに来ているようじゃが、
もちろん、もご一緒して構わぬぞ 彼にも、モリーから招待状を受け取っておる
信頼を込めて
アルバス・ダンブルドア
ハリーはもう内容をそらんじていたが、今夜は7時に窓際に陣取り、
とチェスに興じながら、数分おきに通りを見下ろしていた。
窓際からは、プリペット通りの両端がかなり良く見えた。
ダンブルドアの手紙を何度も読み返したところで、意味がないとが言い切り、
がダドリーから巻き上げた「借りた、と本人は言っていた」チェスをして暇潰しをしていた。
手紙で指示されたように、配達してきたふくろうに「はい」の返事を持たせて帰したのだし、今は待つより他ない。
ダンブルドアは、来るか来ないかのどっちかだ。
が夏休みを利用して、ハリーのところに遊びに来たのは、今から5日前だった。
玄関を開けたバーノン叔父さんは、玄関に立つを見て怒りに震えた。
しかし、が、
「あ、コレ宿代な?」
と言って差し出した札束に、バーノン叔父さんは目を白黒させた。
最高級のワインに最高級の珍味、それだけではプリペット通り4番地の固い門を潜った。
はハリーの嬉しい事に、が作ってくれた食べ物を沢山持って来てくれた。
「母さんは、誰かに手料理を作ってやるのが好きなんだ」
バウムクーヘンをハリーと一緒に食べながら、が言った。
「去年なんか、10人前の料理を作ったんだぞ 俺しかいないのにな?」
「羨ましいな 、料理がとっても上手いんだね」
ハリーはバウムクーヘンをもう1つお代わりした。
それから2日後に、ダンブルドアから手紙が届いた。
は既に荷物をまとめていたが、ハリーは荷物をまとめていなかった。
たった2週間ダーズリー一家と付き合っただけで救い出されるのは、話が上手すぎるような気がした。
何かが上手くいかなくなるような感じを拭いきれなかった―――――
ダンブルドアへの返事が行方不明になってしまったかもしれないし、
ダンブルドアが都合でハリーを迎えに来られなくなる可能性もある。
この手紙がダンブルドアからのものではなく、悪戯や冗談、罠だったと判明するかもしれない。
荷造りをした後でガッカリして、また荷を解かなければならないような状況には耐えられなかった。
唯一旅行に出かける素振りに、ハリーは白ふくろうのヘドウィグを安全に鳥籠に閉じ込めておいた。
「荷造り、本当にしなくていいのか?」
が聞いた。
ハリーは何も言わなかった。
「ダンブルドアは、来ると言ったら来るぞ」
目覚まし時計の分針が12を指した。
まさにその時、窓の外の街灯が消えた。
ハリーは、急に暗くなったことが引き金になったかのように立ち上がった。
窓ガラスに鼻を押し付け、ハリーは目を細めて歩道を見つめた。
背の高い人物が、長いマントを翻し、庭の小道を歩いて来る。
「ダンブルドアだ」
が言った。
ハリーは電気ショックを受けたように飛び上がり、椅子を蹴飛ばし、
床に散らばってる物を手当たり次第に引っ掴んではトランクに投げ入れ始めた。
ローブを一揃いと呪文の本を2冊、それにポテトチップスを一袋、
部屋の向こう側からポーンと放り投げた時、玄関の呼び鈴が鳴った。
1階の居間で、バーノン叔父さんが叫んだ。
「こんな夜遅くに訪問するとは、いったい何やつだ?」
ハリーは片手に真鍮の望遠鏡を持ち、もう一方の手にスニーカーを一足ぶら下げたまま、その場に凍りついた。
ダンブルドアがやって来るかもしれないと、ダーズリー一家に警告するのを完全に忘れていた。
大変だという焦りと、吹き出したい気持ちとの両方を感じながら、ハリーはトランクを乗り越え、部屋のドアをグイと開けた。
その途端、深い声が聞こえた。
「こんばんは ダーズリーさんとお見受けするが? わしがハリーを迎えに来ることは、ハリーからお聞き及びかと存ずるがの?」
ハリーは階段を一段飛ばしに飛び下り、下から数段目のところで急停止した。
長い経験が、できる限り叔父さんの腕の届かない所にいるべきだと教えてくれたからだ。
玄関口に、銀色の髪と顎鬚を腰まで伸ばした、痩身の背の高い人物が立っていた。
折れ曲がった鼻に半月メガネを載せ、旅行用の長い黒いマントを着て、とんがり帽子を被っている。
ダンブルドアと同じぐらいフサフサの口髭を蓄えた(もっとも黒い髭だが)バーノン・ダーズリーは、
赤紫の部屋着を着て、自分の小さな目が信じられないかのように訪問者を見つめていた。
「あなたの唖然とした疑惑の表情から察するに、ハリーは、わしの来訪を前以て警告しなかったのですな」
ダンブルドアは機嫌よく言った。
「しかしながら、あなたがわしを暖かくお宅に招じ入れたということに致しましょうぞ
この危険な時代に、あまり長く玄関口にぐずぐずしているのは賢明ではないからのう」
ダンブルドアは素早く敷居を跨いで中に入り、玄関ドアを閉めた。
「前回お訪ねしたのは、ずいぶん昔じゃった」
ダンブルドアは曲がった鼻の上からバーノン叔父さんを見下ろした。
「アガバンサスの花が実に見事ですのう」
バーノン・ダーズリーは全く何も言わない。
ハリーは、叔父さんが間違いなく言葉を取り戻すと思った。
しかももうすぐだ―――――叔父さんの米神のピクピクが危険な沸騰点に達していた。
しかし、ダンブルドアの持つ何かが、叔父さんの息を一時的に止めてしまったかのようだった。
ダンブルドアの格好がズバリ魔法使いそのものだったせいかもしれないし、
もしかしたら、バーノン叔父さんでさえ、この人物には脅しが効かないと感じたせいなのかもしれない。
「あ、ハリー、、こんばんわ」
ダンブルドアは大満足の表情で、半月メガネの上からハリーとを見上げた。
「上々、上々」
この言葉でバーノン叔父さんは奮い立ったようだった。
バーノン叔父さんにしてみれば、ハリーを見て「上々」と言うような人物とは、絶対に意見が合うはずは無いのだ。
「失礼になったら申し訳ないが―――――」
叔父さんが切り出した。
一言一言に失礼さがチラついている。
「―――――しかし、悲しいかな、意図せざる失礼が驚くほど多いものじゃ」
ダンブルドアは重々しく文章を完結させた。
「なれば、何も言わぬが一番じゃ ああ、これはペチュニアとお見受けする」
キッチンのドアが開き、そこにハリーの叔母がゴム手袋をはめ、寝起きの上に部屋着を羽織って立っていた。
明らかに、寝る前のキッチン徹底磨き上げの最中らしい。
かなり馬に似たその顔にはショック以外の何も読み取れない。
「アルバス・ダンブルドアじゃ」
バーノン叔父さんが紹介する気配が無いので、ダンブルドアは自己紹介した。
「お手紙をやり取りいたしましたのう」
爆発する手紙を一度送ったことをペチュニア叔母さんに思い出させるにしては、こういう言い方は変わっているとハリーは思った。
しかし、ペチュニア叔母さんは反論しなかった。
「そして、こちらは息子さんのダドリーじゃな?」
ダドリーがその時、居間のドアから顔を覗かせた。
縞のパジャマの襟から突き出したブロンドの馬鹿でかい顔は、
驚きと恐れで口をパックリ開け、体の無い首だけのような奇妙さだった。
ダンブルドアは、どうやらダーズリー一家の誰かが口を聞くかどうかを確かめているらしく、
僅かの間待っていたが、沈黙が続いたので、微笑んだ。
「わしが居間に招き入れられたことにしましょうかの?」
ダドリーは、ダンブルドアが前を通り過ぎる時に慌てて道を空けた。
ハリーは望遠鏡とスニーカーを引っ掴んだまま、最後の数段を一機に飛び下り、ダンブルドアの後に従った。
ダンブルドアは暖炉に一番近い肱掛椅子に腰を下ろし、無邪気な顔で辺りを観察していた。
ダンブルドアの姿は、甚だしく場違いだった。
「、お父上の様子はどうかね?」
ダンブルドアが意味深に聞いた。
は肩を竦めた。
「さあな 相変わらず何処かで引き篭もってるんじゃないのか? 父さんはそれほど俺に関心がないらしい」
「そうか・・・・」
「あの―――――先生、出かけるんじゃありませんか?」
ハリーは心配そうに聞いた。
「そうじゃ、出かける しかし、まずいくつか話し合っておかなければならないことがあるのじゃ それに、
おおっぴらに話をしない方がよいのでな もう少しの時間、叔父さんと叔母さんのご好意に甘えさせていただくとしよう」
「させていただく? そうするんだろうが?」
バーノン・ダーズリーが、ペチュニアを脇にして居間に入って来た。
ダドリーは2人の後をこそこそついて来た。
「いや、そうさせていただく」
ダンブルドアはあっさりと言った。
ダンブルドアは素早く杖を取り出した。
あまりの速さにハリーにはほとんど杖が見えなかった。
軽く一振りすると、ソファーが飛ぶように前進して、
ダーズリー一家3人の膝を後ろからすくい、3人は束になってソファーに倒れた。
もう一度杖を振ると、ソファーはたちまち元の位置まで後退した。
「居心地よくしようのう」
ポケットに杖をしまう時、その手が黒く萎びているのには気付いた。
肉が焼け焦げて落ちたかのようだった。
は眉を寄せた。
あの手はまるで―――――
「ダンブルドア、その手は―――――」
「、あとでじゃ」
ダンブルドアが言った。
「2人とも、お掛け」
とハリーは残っている肘掛け椅子に座り、ハリーは、驚いて口も聞けないダーズリー一家の方を見ないようにした。
「普通なら茶菓子でも出してくださるものじゃが」
ダンブルドアがバーノン叔父さんに言った。
「しかし、これまでの様子から察するに、そのような期待は、楽観的過ぎてバカバカしいと言えるじゃろう」
3度目の杖がピクリと動き、空中から埃っぽい瓶とグラスが6個現れた。
瓶が傾いて、それぞれのグラスに蜂蜜色の液体をたっぷりと注ぎ入れ、グラスがふわふわと6人のもとに飛んでいった。
「マダム・ロスメルタの最高級オーク樽熟成蜂蜜酒じゃ」
ダンブルドアはとハリーに向ってグラスを挙げた。
は自分のグラスを捕まえ、一口飲んだ。
これまでに味わったことの無い飲み物だったが、まあまあ上手い。
ダーズリー一家は互いに恐々と顔を見合わせたあと、自分たちのグラスを完全に無視しようとした。
しかしそれは至難の業だった。
なにしろグラスが、3人の頭を脇から軽く小突いていたからだ。
ハリーはダンブルドアが大いに楽しんでいるのではないかという気持ちを打ち消せなかった。
「さて、ハリー」
ダンブルドアがハリーを見た。
「面倒なことが起きてのう きみが我々のためにそれを解決してくれることを望んでおるのじゃ
我々というのは、騎士団のことじゃが しかしまずきみに話さねばならんことがある
シリウスの遺言が一週間前に見つかってのう、所有物の全てを君に遺したのじゃ」
ソファーの方から、バーノン叔父さんがこっちに顔を向けたが、
ハリーは叔父さんを見もしなかったし、「あ、はい」と言う他、何も言うべき言葉を思いつかなかった。
「ほとんど単純明快なことじゃ グリンゴッツのきみの口座に、ほどほどの金貨が増えたこと、
そしてきみがシリウスの私有財産を相続したことじゃ 少々厄介な遺産は―――――」
「名付け親が死んだと?」
バーノン叔父さんがソファーから大声で聞いた。
ダンブルドアもハリーもも叔父さんの方を見た。
蜂蜜酒グラスが、今度は相当しつこく、バーノンの頭を横からぶっていた。
叔父さんはそれを払い退けようとした。
「死んだ? こいつの名付け親が?」
「そうじゃ」
ダンブルドアは、何故ダーズリー一家に打ち明けなかったのかと、ハリーに尋ねたりはしなかった。
「問題は」ダンブルドアは邪魔が入らなかったかのようにハリーに話し続けた。
「シリウスがグリモールド・プレス12番地を君に遺したのじゃ」
「屋敷を相続しただと?」
バーノン叔父さんが小さい目を細くして、意地汚く言った。
しかし、誰も答えなかった。
「ずっと本部として使っていいです」
ハリーが言った。
「僕はどうでもいいんです あげます 僕はほんとにいらないんだ」
ハリーは、できればグリモールド・プレイス12番地に二度と足を踏み入れたくなかった。
シリウスは、あそこを離れようとあれほど必死だった。
それなのに、あの家に閉じ込められて、かび臭い暗い部屋をたった一人で徘徊していた。
ハリーは、そんなシリウスの記憶に一生付きまとわれるだろうと思った。
「それは気前のよいことじゃ しかしながら、我々は一時的にあの建物から退去した」
「何故です?」
「そうじゃな」
バーノン叔父さんは、しつこい蜂蜜酒のグラスに、
いまや矢継ぎ早に頭をぶたれてブツクサ言っていたが、ダンブルドアは無視した。
「ブラック家の伝統だ」
が言った。
「俺も母さんから聞いたことだが、あの屋敷は代々、ブラックの性を持つ直系の男児に引き継がれる決まりだそうだ
シリウス・ブラックはその系譜の最後の者だ 弟のレギュラスが先に死に、両名共に子はいなかった
遺言でシリウス・ブラックはあの屋敷をおまえに託したが、それでもあの屋敷には何らかの呪文や呪いが掛けられている
だからブラック家の純血の者以外は、何人も所有できないようになっていないとも限らない」
一瞬、生々しい光景がハリーの心を過ぎった。
グリモールド・プレイス12番地のホールに掛かっていたシリウスの母親の肖像画が、
叫んだり怒りの唸り声を上げたりする様子だ。
「きっとそうかも」
ハリーが言った。
「万一、そんな呪文が掛けられているなら、あの屋敷の所有権は生存している
シリウス・ブラックの親族の中でも最も年長の者に移る可能性が高い つまり、従姉妹のベラだ」
ハリーは思わず立ち上がった。
膝に載せた望遠鏡とスニーカーが床を転がった。
ベラトリックス・レストレンジ。
シリウスを殺したあいつが屋敷を相続すると言うのか?
「そんな」
ハリーが言った。
「まあ、我々も当然、ベラトリックスが相続しない方が好ましい」
ダンブルドアが静かに言った。
「状況は複雑を極めておる たとえば、あの場所を特定できぬように、我々の方でかけた呪文じゃが、
所有権がシリウスの手を離れたとなると、果たして持続するかどうかわからぬ 今にもベラトリックスが
戸口に現れるかも知れぬ 当然、状況がハッキリするまで、あそこを離れなければならなかったのじゃ」
「でも、僕が屋敷を所有することが許されるのかどうか、どうやったらわかるのですか?」
「幸いなことに、一つ簡単なテストがある」
ダンブルドアは空のグラスを椅子の脇の小さなテーブルに置いたが、
次の行動に移る間を与えず、バーノン叔父さんが叫んだ。
「このいまいましいやつを、どっかにやってくれんか?」
ハリーが振り返ると、ダーズリー家の3人が、腕で頭を庇ってしゃがみ込んでいた。
グラスが3人それぞれの頭を上下に飛び跳ね、中身がそこら中に飛び散っていた。
「おお、すまなんだ」
ダンブルドアは礼儀正しくそう言うと、また杖を上げた。
3つのグラスが全部消えた。
「しかし、お飲みくださるのが礼儀というものじゃよ」
バーノン叔父さんは、嫌味の連発で応酬したくてたまらなそうな顔をしたが、
ダンブルドアの杖に豚のようにちっぽけな目を止めたまま、
ペチュニアやダドリーと一緒に小さくなってクッションに身を沈め、黙り込んだ。
「よいかな」
ダンブルドアは、バーノン叔父さんが何も叫ばなかったかのように、ハリーに向って再び話しかけた。
「きみが屋敷を相続したとすれば、もう一つ相続するものが―――――」
ダンブルドアはひょいと5度目の杖を振った。
パチンと大きな音がして、屋敷しもべ妖精が現れた。
豚のような鼻、コウモリのような巨大な耳、血走った大きな目のしもべ妖精が、
垢ベットリのボロを着て、毛足の長い高級そうなカーペットの上に蹲っている。
ペチュニア叔母さんが、身の毛もよだつ叫びを上げた。
こんな汚らしいものが家に入って来たのは、人生始まって以来のことなのだ。
ダドリーはでっかいピンク色の裸足の両足を床から離し、ほとんど頭の上まで持ち上げて座った。
まるでこの生き物が、パジャマのズボンに入り込んで駆け上がって来るとでも思ったようだ。
バーノン叔父さんは、「一体全体、こいつは何だ?」と喚いた。
「―――――クリーチャーじゃ」
ダンブルドアが最後の言葉を言い終えた。
「クリーチャーはしない、クリーチャーはしない、クリーチャーはそうしない!」
しもべ妖精は、しわがれ声でバーノン叔父さんと同じくらい大声を上げ、
節くれだった長い足で地団駄を踏みながら自分の耳を引っ張った。
「クリーチャーはミス・ベラトリックスのものですから、ああ、そうですとも、
クリーチャーはブラック家のものですから、クリーチャーは新しい女主人様がいいのですから、
クリーチャーはポッター小僧には仕えないのですから、クリーリャーはそうしない、しなし、しない―――――」
「ハリー、見てのとおり」
ダンブルドアは、クリーチャーの「しなし、しない、しない」と喚き続けるしわがれ声に消されないよう大きな声で言った。
「クリーチャーはきみの所有物になるのに多少抵抗を見せておる」
「どうでもいいんです」
身を捩って地団太を踏むしもべ妖精に、嫌悪の眼差しを向けながら、ハリーは同じ言葉を繰り返した。
「僕、いりません」
「しない、しない、しない、しない―――――」
「クリーチャーがベラトリックス・レストレンジの所有に移る方がよいのか?
クリーチャーがこの一年、不死鳥の騎士団本部で暮らしていたことを考えてもかね?」
「しない、しない、しない、しない―――――」
ハリーはダンブルドアを見つめた。
クリーチャーがベラトリックス・レストレンジと暮らすのを許してはならないと分かってはいたが、
所有するなどとは、シリウスを裏切った生き物に責任を持つなどとは、考えるだけで厭わしかった。
「命令してみるのじゃ きみの所有に移っているなら、クリーチャーはきみに従わねばならぬ
さもなくば、この者を正当な女主人から遠ざけておくよう、他の何らかの策を講ぜねばなるまい」
「殺した方が早くないか?」
が言った。
クリーチャーをじっと見下ろしていた。
「知りすぎた者は消せばいい 一番安全で、しかも手っ取り早い」
「しない、しない、しない、しないぞ!」
クリーチャーの声が高くなって叫び声に変わった。
ハリーは他に何も思いつかないまま、ただ「クリーチャー、黙れ!」と言った。
一瞬、クリーチャーは窒息するかのように見えた。
喉を押さえて、死に物狂いで口をパクパクさせ、両眼が飛び出していた。
数秒間必死で息を呑み込んでいたが、やがてクリーチャーはうつ伏せにカーペットに身を投げ出し、
(ペチュニア叔母さんがヒーッと泣いた)両手両足で床を叩いて、激しく、しかし完全に無言で癇癪を爆発させていた。
「さて、これで事は簡単じゃ」
ダンブルドアは嬉しそうに言った。
「シリウスはやるべきことをやったようじゃのう
きみはグリモールド・プレイス12番地と、そしてクリーチャーの正当な所有者じゃ」
「僕―――――僕、こいつを傍に置かないといけないのですか?」
ハリーは仰天した。
足下でクリーチャーがジタバタし続けている。
「そうしたいなら別じゃが わしの意見を言わせてもらえば、
ホグワーツに送って厨房で働かせてはどうじゃな そうすれば、他のしもべ妖精が見張ってくれよう」
「ああ」
ハリーはホッとした。
「そうですね そうします えーと―――――クリーチャー
―――――ホグワーツに行って、そこの厨房で他のしもべ妖精と一緒に働くんだ」
クリーチャーは、今度は仰向けになって、手足を空中でバタバタさせていたが、
心底おぞましげに、ハリーの顔を上下逆さまに見上げて睨むなり、もう一度バチンという大きな音を立てて消えた。
「よろしい もう一つ、ヒッポグリフのバックビークの事がある シリウスが死んで以来、
ハグリッドが世話をしておるが、バックビークはいまや君のものじゃ 違った措置を取りたいのであれば・・・・」
「いいえ」
ハリーは即座に答えた。
「ハグリッドと一緒にいていいです バックビークはその方が嬉しいと思います」
「ハグリッドが大喜びするじゃろう」
ダンブルドアが微笑みながら言った。
「バックビークに再会できて、ハグリッドは興奮しておった ところで、バックビークの安全のためにじゃが、
しばらくの間、あれをウィザウィングズと呼ぶ事に決めたのじゃ もっとも、魔法省が、かつて死刑宣告をした
あのヒッポグリフだと気づくことは思えんがのう さあ、ハリー―――――、君のトランクの用意は?」
「母さんが後で送ってくれるそうだ」
が答えた。
「よろしい」
ダンブルドアが言った。
「えーと・・・・」
ハリーは口ごもった。
「わしが現れるかどうか疑っていたのじゃな?」
ダンブルドアは鋭く指摘した。
「ちょっと行って―――――あの―――――仕上げして来ます」
ハリーは急いでそう言うと、望遠鏡とスニーカーを慌てて拾い上げた。
必要な物を探し出すのに10分ちょっとかかった。
やっとのことで、ベッドの下から「透明マント」を引っ張り出し、
「色変わりインク」の蓋を元通り閉め、大鍋を詰め込んだ上から無理矢理トランクの蓋を閉じた。
それから片手で重いトランクを持ち上げ、もう片方にヘドウィグの籠を持って、1階に戻った。
ダンブルドアとが玄関ホールで待っていてくれなかったのはガッカリだった。
また居間に戻らなければならない。
誰も話をしていなかった。
は長い脚と腕を組んで、窓際に立っていた。
ダンブルドアは小さくフンフン鼻歌を歌い、すっかりくつろいだ様子だったが、
その場の雰囲気たるや、冷え切ったお粥より冷たく固まっていた。
「先生―――――用意が出来ました」
と声をかけながら、ハリーはとてもダーズリー一家に目をやる気にはなれなかった。
「よしよし」
ダンブルドアが言った。
「では、最後にもう一つ」
そしてダンブルドアはもう一度ダーズリー一家に話かけた。
「当然おわかりのように、ハリーはあと1年で成人となる―――――」
「違うわ」
ペチュニア叔母さんが、ダンブルドアの到着以来、初めて口を聞いた。
「とおっしゃいますと?」
ダンブルドアは礼儀正しく聞き返した。
「いいえ、違いますわ ダドリーより1ヶ月下だし、ダッダーちゃんはあと2年経たないと18になりません」
「ああ」
ダンブルドアは愛想良く言った。
「しかし、魔法界では、17歳で成人となるのじゃ」
バーノン叔父さんが「生意気な」と呟いたが、に睨まれて、ほとんど無い首を引っ込めた。
「さて、すでにご存知のように、魔法界でヴォルデモート卿と呼ばれている者が、この国に戻って来ておる
魔法界はいま、戦争状態にある ヴォルデモート卿が既に何度も殺そうとしたハリーは、15年前よりさらに
大きな危険に晒されているのじゃ 15年前とは、わしがそなたたちに、ハリーの両親が殺されたことを説明し、
ハリーを実の息子同然に世話するよう望むという手紙をつけて、ハリーをこの家の戸口に置き去りにした時のことじゃ」
ダンブルドアは言葉を切った。
気軽で静かな声だったし、怒っている様子は全く見えなかったが、
はダンブルドアから何かヒヤリとするものが発散するのを感じたし、
ダーズリー一家がわずかに身を寄せ合ったのに気付いた。
「そなたたちはわしが頼んだようにはせなんだ ハリーを息子として遇したことはなかった
ハリーはただ無視され、そなたたちの手でたびたび残酷に扱われていた せめてもの救いは、
2人の間に座っておるその哀れな少年が被ったような、言語道断の被害を、ハリーは免れたということじゃろう」
ペチュニア叔母さんもバーノン叔父さんも、反射的に辺りを見回した。
2人の間に挟まっているダドリー以外に、誰かがいることを期待したようだった。
「我々が―――――ダッダーを虐待したと? なにを―――――?」
バーノンがカンカンになってそう言いかけたが、ダンブルドアは人差指を上げて、静かにと合図した。
まるでバーノン叔父さんを急に口が聞けなくしてしまったかのように、沈黙が訪れた。
「わしが15年前にかけた魔法は、この家をハリーが家庭と呼べるうちは、ハリーに強力な保護を与えるというものじゃった
ハリーがこの家でどんなに惨めだったにしても、どんなに疎まれ、どんなに酷い仕打ちを受けていたにしても、そなたたちは、
渋々ではあったが、少なくともハリーに居場所を与えた この魔法は、ハリーが17歳になった時に効き目を失うであろう
つまり、ハリーが一人前の男になった瞬間にじゃ わしは一つだけお願いする ハリーが17歳の誕生日を迎える前に、
もう一度ハリーがこの家に戻る事を許して欲しい そうすれば、その時が来るまでは、護りは確かに継続するのじゃ」
ダーズリー一家は何も言わなかった。
ダドリーは、一体いつ自分が虐待されたのかをまだ考えているかのように、顔を顰めていた。
バーノン叔父さんは喉に何かつっかえたような顔をしていた。
しかし、ペチュニア叔母さんは、何故か顔を赤らめていた。
「さて、ハリー、・・・・出発の時間じゃ」
立ち上がって長い黒いマントの皺を伸ばしながら、ダンブルドアがついにそう言った。
「またお会いする時まで」
ダンブルドアは挨拶したが、ダーズリー一家は、自分たちとしてはその時が永久に来なくてよいという顔をしていた。
帽子を脱いで挨拶した後、ダンブルドアとはすっと部屋を出た。
「さよなら」
急いでダーズリーたちにそう挨拶し、ハリーも2人に続いた。
ダンブルドアとはヘドウィグの鳥籠を上に載せたトランクの傍で立ち止まった。
「これはいまのところ邪魔じゃな」
ダンブルドアは再び杖を取り出した。
「『隠れ穴』で待っているように送っておこう ただ、『透明マント』だけは持って行きなさい・・・・万が一のためにじゃ」
トランクの中がゴチャゴチャなので、ダンブルドアに見られまいとして苦労しながら、
ハリーはやっと「透明マント」を引っ張り出した。
それを上着の内ポケットにしまい込むと、ダンブルドアが杖を一振りし、トランクも、鳥籠も、ヘドウィグも消えた。
ダンブルドアがさらに杖を振ると、玄関の戸が開き、ヒンヤリした霧の闇が現れた。
「それでは、ハリー、夜の世界に踏み出し、あの気まぐれで蟲惑的な女性を追及するのじゃ 冒険という名の」