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【社説】

問われるのは対中外交 尖閣映像流出を考える

2010年11月12日

 尖閣沖で起きた中国漁船衝突事件の映像を流出させた海上保安官に同情が高まっています。背景には民主党政権の対中外交への根深い不信があります。

 海上保安庁という捜査機関の職員が知り得た情報を勝手に流すことは、あってはならないことです。それでは捜査の公正に疑いが、かけられることになります。

 もし、その情報が外交機密に属することであれば、一人の捜査員の判断が、国の運命を左右することになりかねません。

 今回、動画投稿サイトに流された映像が、国家公務員の守秘義務の対象となる「秘密」に当たるかどうか。刑事罰を科すべきかどうかは、法律の専門家の間でも意見が分かれています。

 外交のもたつき象徴

 しかし、捜査機関が守るべきルールを破ったことは間違いありません。「国民の知る権利を守る」として映像を流出させた海上保安官本人も、批判や処分は覚悟の上の行動でしょう。

 それにもかかわらず国民の同情が高まっているのは、このビデオ映像の取り扱いが日本外交のもたつきを象徴しているからです。

 九月上旬の事件発生直後、日本は漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきたと発表したのに対し、中国は巡視船が漁船にぶつかったと主張しました。そのとき映像が公開されていれば、日本の主張を裏付ける重要な根拠になり、国際社会の理解を得られ、中国も激しい対抗措置は控えたでしょう。

 政権内部ではただちに映像を公開すべきだという意見も強かったのですが、法務当局は公務執行妨害容疑で逮捕した船長の公判維持を考え、非公開を主張しました。

 結果として、日本は国際社会にアピールする、またとないチャンスを失いました。九月下旬、中国の対抗措置による圧力で那覇地検が船長を釈放してからは公判を開けなくなり、映像を公開しない理由はなくなったはずでした。

 秘密外交で非公開に

 しかし、船長釈放後も中国は日本に謝罪と賠償を要求し、強硬姿勢を緩めませんでした。困り果てた仙谷由人官房長官は中国進出の経営コンサルタントを通じ、中国側の反応を探り、事実上の政府特使として細野豪志前民主党幹事長代理を訪中させました。

 細野氏は胡錦濤国家主席の側近で外交を仕切る戴秉国国務委員(副首相級)と会談し中国で拘束されていた建設会社社員四人の釈放の約束を取り付けました。その際、関係緩和の環境づくりのためビデオ映像を非公開にするよう申し合わせたといわれています。

 日本の主張を裏付けるはずだった映像は公開されないことによって、関係緩和と首脳会談再開の「前提条件」になったのです。

 その決定のプロセスも含めて政権にとっては都合の悪い機密になったと言えなくもありません。

 十月初めブリュッセルで菅直人首相と温家宝首相の「廊下会談」が実現したことで一連の秘密外交は成功したかに見えました。

 しかし、真相をあいまいにした関係緩和には、日中両国で反発が表面化し十月下旬、ハノイで予定されていた首脳会談は、温首相に「ドタキャン」されました。

 十三日開幕のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議出席のため来日する胡主席と菅首相の会談も実現が危ぶまれています。「仙谷外交」が期待したほど成果を挙げていない原因は何でしょうか。

 日本は主張すべきことも主張せず国際社会の圧力を形成することもできませんでした。

 中国が対日関係の緩和に踏み切らざるをえなくなる内外情勢をつくりだすことなしに、国内に対外強硬論を抱える胡政権は、前に踏み出せません。

 日中関係は小泉純一郎元首相の靖国神社参拝をめぐり首脳往来が五年も途絶えました。その後、単に友好を唱えるのではなく、お互いに主張すべきは主張し共通利害に基づき「戦略的互恵関係」を打ち立てることで合意しました。

 本気さと迫力示せ

 ところが、尖閣事件に対し民主党政権はこの経験を十分に生かせず、相手の聞きたくないことは言わずに、好意に頼って首脳外交を再開しようとしました。

 挑発的な言葉をもてあそぶことはありませんが、外交は本気さと迫力を示さなければ相手は向き合おうとはしません。仙谷長官が意に反しビデオ映像が流出したことに腹を立て公務員の守秘義務に対する罰則強化や、秘密保全法制を持ち出したのは筋違いです。

 ましてや、日中外交をめぐる国会の真剣な論議も、首脳会談実現の環境を乱すことになりかねないという言説は本末転倒です。

 民主党政権は今こそ、これまでの反省に立って、真剣に対中外交の再建に取り組むべきです。

 

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