随分昔に設定と一、二話だけ書いて放置してた作品があったのを思い出したので、これからボチボチ書いていこうと思います。○注意点○・本作は更新不定期です。完全に私の気まぐれで更新するので、間に何日何週間何ヶ月空くのかは、私にも分かりません。・本作は王道ファンタジーです。奇抜な設定も、ストーリーもありません。その上文章力は素人に毛が生えた程度です。・本作は仮想戦記物(になるはず。多分)です。しかし、あまり軍事関連の知識が無いので、筋の通らない部分が出る可能性があります。その時は間違いを指摘してくださるとありがたいです。・本作はネット小説初心者が書く小説です。高い文章力、構成力などは持ち合わせておりません。作者自身、レベルアップを望んでいるので文章や構成に対する批判は随時受け付けております。・本作はプロットもろくに書いてない小説です。決まっているのはキャラ設定と世界観ぐらいなものです。最終着陸地点さえ決まってはおりません。未熟者ですが、頑張るつもりですのでよろしくお願い致します。
ぼくらは森を駆けていた。日が沈んで随分と経った森は、月の光もろくに届かない。目の悪い人間なら、木の根と辺りに転がっている石を見分けることさえ困難だろう。小さい頃からこの森で遊んでいるぼく達にとって、それは何の障害にもならないのだけど。「で、何でハーンの野郎はいねぇんだ?」ぼくの左側、少し前の所を駆けていた影が言葉を発した。こんな場所じゃ輪郭ぐらいしか掴めないが、別にそれを見分ける必要もない。十年来、いや、もっと昔からの親友だ。木々の切れ間から漏れ出る光。そのぼんやりとした光に、一瞬だけ彼の姿が照らされる。月と同じ色をした髪と眼。ぼくより少しだけ高い身長。「ハーンさんは仕事だよ。本当かどうかは知らないけど」「ぜってぇ嘘だな。アイツが仕事なんかするかよ」確かに、あの人が仕事をしているのをあまり見たことはない。自分のことを神父だと言っているけれど、そもそもぼく達の村には教会が無いのだ。そしてハーンさんは、いつも何処かをうろつき回っている。村の中を回ることもあったし、国中を旅して回ることもあった。とことん働くのが嫌いな人なのである。たまに思い出したように働いたりするから、一概には言えないんだけど。「でも、今日の仕事はハーンさんがいなくても大丈夫だよね? 警備兵は殆どいないだろうし」「ハーンの野郎がいねぇのは想定外だが、大丈夫だろ。兵士の数が多かったら逃げればいいだけの話だ」ぼく達が目指している所。それは、貴族所有の食料庫だ。高い税率により、不要なまでに巻き上げた金。それを用いて不要なまでに蓄えた食料。その食料を、ぼく達は盗もうとしているのだ。貴族自身もあまりその食料庫に頓着していないらしく、管理もずさんだという話を聞きここまでやって来たわけだ。警備に気付かれないように中に入り、麻袋一杯の食料を盗ってくるぐらい、二人でもできるだろう。ぼく達は頷き合い、いっそう足に力を込めた。 ◯◯◯時折空を見上げて方角を確認しながら走ると、やがて開けた場所に辿り着いた。円形広場の中心には石造りの蔵が建っていた。大きさは、一般的な家を四つ並べた程度だろうか。石造りなだけあって随分と頑丈そうである。ぼくらは円形の外側、丁度境目辺りの梢の影に身を潜めた。「……この広場、わざわざ切り開いて作ったのか?」「そうじゃないの? 見晴らしがいいほうが守るときに便利だし、物資の搬入も楽だよ」「それもそうか。これに俺達の税金が使われてると考えると、泣けてくるぜ」「……これからぼく達は、その税金を盗みに行くんだけどね」正確に言えば、税金で買われた食料だけど。それほど違いがあるわけでもないから別に構わないだろう。それにしても困った。ここから食料庫まで、身を隠す物は何も無い。運が悪ければ、途中で見つかるだろう。円形だから、どこが最短ルートだということすら考えられない。周りを見渡すが、利用出来るものも特に見つからなかった。どうしたものかと頭を捻っていると、隣の親友――ウォレンが「なあ」と声をかけてきた。「どうしたの? 諦めて村に戻る?」「いや、なんで警備兵の一人もいねぇんだ? 普通、外に見張りの一人ぐらいいるだろ?」たしかに――そうだ。中に何人の兵がいるのかは分からないが、一人だけということはないだろう。少なくとも二人。実際のところ四、五人程度が現実的だろう。ならば、なぜ誰も外を見張らない? この切り開かれた土地を最大限利用するために、見張りは欠かせないはずだ。警備がずさん、ということでは説明できない。「……行ってみよう」外に見張りがいないなら、途中で見つかる心配もない。僕らは極力音を立てない様にして、食料庫に近寄っていった。食料庫のすぐ傍まで近付いてみるが、やはり見張りが現れる気配は無い。「……で、どうするんだ? 中に飛び込んでみるか?」ぼくの耳にやっと届く程度の声。手でゆっくりとウォレンを制し、壁に耳をくっつけた。石造りの建物は音が響きやすい。誰かいるのなら分かるだろう。もしかしたら人数まで分かるかもしれない。そのままの体勢で待ってみるが、一向に音は聞こえてこなかった。それ程、石壁が厚いようにも見えない。ということは誰もいないんだろうか。耳を離そうとした瞬間、カサリと微かな音がする。それは衣擦れの音のようにも思えた。「……どうする? 多分、中にいるのは一人だけだよ?」「一人? なんで一人なんだ?」「ぼくに訊かれても……。何か予期せぬ事態でも起きたんじゃないかな? そうでもなければ一人きりで警備なんてあり得ないよ」「成程な。じゃあ――お前に任せる」やっぱりか。いつも通りの会話に、溜め息さえつきそうになる。こいつはいつもそうなのだ。なにか決めるとなると、全部他人に丸投げする。当然、一番隣にいる機会が多いぼくが、いつも被害を受けるのだ。別にそれが嫌なわけじゃないけど、なんて言うか、重い。失敗は全部ぼくの責任になるってことだから。ゆっくりと息を吐き、頭を素早く動かす。進むべきか退くべきかを決めるために。息を吐き終わると共に、答えが出た。大きく息を吸ってから、はっきりと言葉を紡ぐ。「――進もう」 ◯◯◯進もうといったのは別に、勘や気分で決めたわけではない。ちゃんとした理由があるのだ。まず第一に、警備が一人しかいないということ。こんな田舎の貴族が屈強な兵、それこそ王国騎士団レベルの人間を雇えるはずがない。五人を相手取るよりずっと楽になるのは当然のことだ。そして第二に、時間がさほど無いということ。ぼく達がこんな犯罪紛いのことをやってるのは、孤児院の子供達を飢えさせないためだ。ここでチャンスを逃しては子供達が死んでしまう可能性だってある。そんなことを考えて、進むことを決めた。だが、食料庫の中の様子は予想の遥か斜め上をいっていた。予想通り、中にはただ一人の男が立っていた。黒色の、神父のような服を着ており、首から金のロザリオをかけている。髪は白銀の剣のように輝き、身長は山のように高いが、微笑みは優しげで、会った者に威圧感を与えることはまずないだろう。「随分と遅かったですね。何処か寄り道でもしていたんですか?」今すぐにでも懺悔をしてしまいたくなりそうな、その男の足元には――五人の警備兵が倒れ伏していた。警備兵のプレートメイルは全て、胸のところが打ち抜かれている。しかし、男の腕に武器のようなものは見えない。代わりに手の甲には、赤黒い液体があった。「「お前人間じゃねえよ!」」ぼくとウォレンの叫び声が重なる。大きな蔵に声が木霊した。「いやいや、これくらい練習すれば誰でも出来ますよ」そう言って笑い、手をひらひらと振る男。『プレートメイルを素手で打ち抜く男』。彼こそが、ぼく達の兄。ハーン・エルトゥルその人だった。
「プレートメイルって何で出来てるか分かってんのかテメェ。鉄だぞ鉄」「いえいえ、このプレートメイルは鉄の中でも脆いほうでしたし、物理衝撃よりも魔法衝撃に耐えるような構造でしたよ?」「そういう問題じゃねえ! 俺の剣でも斬れねえぞ、こんなん」「プレートメイルは斬撃に対して恐ろしく強いですからねえ」「そりゃそうだけどっ! …………もういい、何言っても無駄だ」二人が軽口を叩きながら、食料を袋に詰めている。いまさら一袋だけ盗んでも、結局気付かれるのだから、もう遠慮無しだ。倒れていた警備兵達は気絶しているだけのようで、朝日が登る頃には目を覚ますだろう。ぼくもさっさと手を動かそう。木箱に詰まった食べ物は、基本的に日持ちする物ばかりだ。中にはワインやビールといった嗜好品も混ざっている。口を動かしながら、二人ともひょいひょいと手を動かす。ちゃんと悪くなりかけているやつを分けているあたりは凄いと思う。「てか、何でお前はここにいんだよ」「いやいや仕事がキャンセルになったのですよ」絶対暇だったからだ。「お前、ちゃんと顔隠して襲撃したか? お前は特に目立つんだから、手配書が回ればすぐに見つかるぞ」「ちゃんと顔が見えないような速度で動きましたよ。彼らは人間に襲われたのかどうかも分かっていないでしょうね」本当にこの人は人間なのだろうか。「……なんでお前は武器を使わないんだ」「武器! それは僕の体自身ですよ! 神が僕個人に与えてくれた武器がこの拳です!」だからと言って、鉄を打ち抜くのはおかしいと思う。二人の会話を聞いていると、いつの間にか袋は食料で一杯になっていた。「……そろそろ村に戻ろうか。この人達が目を覚ます前に」「そうだな。村に着く頃には夜も明けてるだろ」「僕も君達と一緒に戻りましょうか。久し振りにお母さんの作った料理を食べたいです」ぼく達は、それぞれ一杯に詰まった麻袋を両手に持ち、村までの道を歩き出した。 ◯◯◯ぼく達の村は、大陸最西端の国フェルミ王国の中でも西の方、アドルノ山脈の麓に位置している。主要な産業は農業と畜産。典型的な田舎村だ。そんな村だから、戦争なんかとはまるきり無縁である。でも、そんな村だからこそ受ける害というのもある。まず、交通の便が悪い。これはしょうがない。そんな村は腐るほどある。戦争孤児が流れこむ。これも、まあしょうがない。ぼく自身もその口だが、村にはしっかりとした孤児院もあるので、さほど不便ではない。国からの手当もあるし。農作物が不作の年は、飢えに苦しむ。これが問題なんだ。生憎と今年は農作物が不作だった。ぼく達の孤児院にも国の手当は来るが、それだけではとても賄えない。孤児院には何十人もの育ち盛りが居るのだ。ぼくやウォレンみたいにとりあえず育ち盛りを過ぎた人間は耐えられるが、子供はそうもいかない。だからぼく達は、こんな事をしているのだ。皆を守るための、小さな反乱。村の人間はそれを知っているから、非難どころかむしろ応援してくれる。ここら一体を治めている貴族が嫌われているせいでもあるだろうけど。「そういえば、なんで食料庫なんて所を守ってる人が、あんな立派な装備だったの?」ふと思い立ったので聞いてみる。村までの道は長いので、雑談でもしなければすごく暇だし。「あー、そういやそうだよな。普通ああいう所を守ってる兵は、革製の防具だよな」プレートメイルの人間が五人。その人数に囲まれでもしたなら、僕とウォレンだけではとても敵わなかっただろう。その上、ハーンさんの話によれば、そのプレートメイルは対物理用ではなく、対魔法用。こんな田舎では、魔法なんて見る機会さえ無い。使い道は皆無だろう。「あの防具はひどく古かったですから、おそらく、ずっと昔の戦争で使用されたものだと思いまけど……なぜあのような場所の人間が着ていたのでしょうね? 第一食料庫ならともかく、あそこは第二食料庫ですから、あまり重要性は無いと思いますが」第一食料庫には高価な食べ物や、栄養価の高いものが収められている。それに対して第二食料庫は、あまり質の良くないもの――粗悪品が収められている。対魔法用プレートメイルの使用頻度は少ないが、決して価値が低いわけではない。王国の軍部や武具マニアにでも売れば、いい金になるだろう。ハーンさんが壊したから、もう売ることは出来ないだろうけど。「ハーンさん、この辺でなにか物騒な話は聞いてないよね?」「物騒な話が無いこともないですけど、魔法が絡んでくるほど物騒な話となると無いですね」「そうだよね……」魔法が絡んでくる話イコール戦争の話と言っても過言じゃないのだ。魔法は人間の命を対価に、超自然的な事象を起こす。命を対価にするわけだから、それなりにリスキーだ。使う機会なんて戦争ぐらいしか無い。「ハーン、魔法が絡まない物騒な話ってなんなんだ?」「よくある話ですよ? 隣町の近くに盗賊団のアジトがある、アドルノ山脈の道半ばで山賊が出るようになった、西の港町に海賊団が現れた、そんなところですかね」「……世も末だな」ぼく達が言えることじゃないと思うけど。……まあ、確かに、ここ数年そういう話を聞くことが多くなった。理由ははっきりしている。王が変わったからだ。前王は賢王と褒め讃えられるほど素晴らしい政治を行ったが、身体が弱かった。前王が病気で世をさり、その弟が国を治めるようになってから国は傾き始めたのだ。飢える人間が多くなれば、犯罪も増える。いくつかの地域では内乱紛いのことまで起きているらしい。……それこそぼくが言えることじゃないんだけど。「そろそろ夜が明けそうですね。お母さん達は起きているでしょうか?」「お袋は寝てるだろ。……親父は起きてるだろうが」いつの間にか、結構な時間が過ぎていた。耳を澄ますと、気の早い鶏の鳴き声も聞こえてくる。村までの距離もさほど無いようだ。「じゃあ急ごうか。夜が明ける前に村に着くように」「だな」「ですね」すでに月の光は無くなり、太陽の光はまだ差しこんでいない。星の輝きが一層映える時間。ぼくらは星の輝きを頼りに、家までの道を急いだ。あとがき物理衝撃よりも魔法衝撃に耐えるような構造って何なんでしょうね?ここまでが昔書いてた分です。いかに私が三日坊主であるかが分かりますね。ここからレベルアップしてるといいなぁ……。
「で、おめぇらはこんな時間まで何してやがったんだ?」朝。辺りの家々にも明かりが灯り、人々が農作業に出かけていく時間。新鮮な空気を体中に巡らせ、誰もがいきいきと動き出す時間。そんな、神聖にして崇高にして清浄な朝のひと時。ぼくらは――土下座していた。 ○○○ぼくらの養父バッカス・B・エルトゥルは稀代の大酒飲みである。朝も昼も夜も無く酒を飲み続け、仕事中であろうと酒の匂いを辺りにまき散らしている。生まれてこの方、ぼくは父さんが酔っていないところを見たことがない。しかし、仕事――鍛冶の腕は確かでありその腕によって作られた品は、王宮に仕える鍛冶職人と比較してもなんら遜色ないほどである。事実その技術が評価され、王宮から認定鍛冶職人を表す『B』の称号を贈られており、現在でも王都の貴族から依頼されることが年に数回ほどある。そんな、憎らしくも誇らしい父親に、ぼくとウォレンは居間のど真ん中で土下座させられていた。石床の冷たさが足の痺れを増加させているようにも思えてしまう。ちなみに、ハーンさんは母さんの手伝いをしている。父さん曰く『あいつはいいんだ』との事。贔屓だとしか思えない。「答えろ。おめぇらはまだガキだろ? だってぇのにこんな時間まで何やってやがったんだ?」「いや、俺らはもう19だぜ? ガキ呼ばわりは……」「『まだ』19だろうがよ! 酒が飲めねぇうちは10だろうと19だろうとガキだ!」父さんに無理やり酒を飲まされたことは数えきれない程あるが、ここでは何も言わないでおこう。酔っぱらいに反論して、実のある答えが返ってくるなんてことは街道を歩いていてドラゴンに遭遇するぐらいあり得ないことだ。ここは極めて正直に言うのが正解だと思い、ぼくは父さんに答えを返した。「父さん。ぼくらは昨日の夜、山の奥にある貴族の食料庫に忍び込んでいました」「ンなこたぁ分かってんだ! オレはそういうことを訊いてんじゃねぇんだよ! 『なんで』そんなことをしたのかって訊いてんだ!」「…………理不尽すぎない?」ぼくの解答は間違ってないはずだ。そもそもの質問は『こんな時間まで何やってたか』だった。だから、ぼくの解答はこれ以上無く正解。模範解答といって差し支えないだろう。ここで、怒ってもいけない。極めてクールに、大人な対応をするべきだ。そうしていればいつの間にか酔っぱらいは興味を無くしていく。大丈夫、いつものパターンだ。「『なんで』だと!? そりゃお前が全然働かずに酒ばっか飲んでるからだろうが!」うん。ここでウォレンが切れるのもいつものパターンだよね。分かってたよ。こうなってしまえば二人の喧嘩になってしまい、ぼくは完全に蚊帳の外に置かれることになる。ご近所への騒音が気になるほどの大声で罵り合う二人。今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうだが、いざとなったら母さんが止めてくれるだろう。母は父より強し。母さんの呼びかける声を今か今かと待ちながら、ぼくは麻袋の中身の酒は絶対に父さんの手に渡さないと固く誓った。 ○○○父さんとウォレンの口喧嘩はおおよそ十分程で終了した。案の定、母さんの一言で。と言っても、別に母さんが怒鳴ったりするわけでは無い。ただ一言「料理出来たわよー」とキッチンから呼びかけるだけである。この声に逆らって喧嘩を続ければ、無情にも朝食は下げられてしまう。そのことを二人とも理解しているので、呼びかけには素直に従い食堂の方へと歩いていく。父さんとウォレンは、どちらも熱しやすく冷めやすい性格をしている。なので大体、朝食を食べてしまう頃には和解――とはいかないまでも、普段どおりの関係に戻っていく。この日も、朝食が終わる頃には怒りも収まったようで「水」「ん」という家族的な会話が出来るぐらいにはなっていた。さて、ぼく達の家は孤児院ということもあって小さな子供達がたくさん暮らしているわけである。下は赤ん坊から、上はぼくとウォレンまでという年齢幅が非常に広い構成だ。20を超えた人は、職を見つけるなり結婚するなりしてここから出て行く。村に残っている人は殆どいない。残っているのは、せいぜいハーンさんぐらいのものだ。一つ屋根の下に子供が数十人――現在はぼくとウォレンを抜いて24人――居る。つまりこれは大型の台風が24個あるのと同じようなものだ。騒がしい。そして五月蝿い。ぼくらの義母シャルネイラ・エルトゥルは『子供は騒がしいもの』として教育している。他人様に迷惑をかけたり悪事を働いたりしない限りは、自由に生きていれば良いという考えだ。だからここの子供たちは遠慮無く騒ぐ。食事と学校の授業中以外常に動き回っていると言っても過言ではないだろう。食事と学校の授業中に騒がないのは母さんの教育のおかげだ。食事は自分達のために消えていった命に感謝をするため。そして、学校の授業は母さんが教鞭を振るっているためだ。うちの孤児院は村の初等学校も兼ねていて、離れに小さな子供たちを集めて授業をしている。母さんはそこで唯一の教師として毎日働いているのだ。朝食が終わってから学校が始まるまでの時間と、学校が終わってから夕食が始まるまでの時間はまさに戦場となる。母さんに無理させるわけにはいかないし、父さんはあてにならない。ぼくとウォレンが親代わりになるのだ。いつも通りヘトヘトになりながら子供たちを学校へ送り出すと、やっと一息つくことが出来る。この時間、家に居るのはぼくとウォレンとハーンさんだけだ。他の初等学校を卒業した弟妹たちは家の畑や牛の世話をしている。赤ん坊は母さんが学校に連れていき、父さんはいつの間にか消えている。多分村の酒場に行ったんだろう。今日は鍛冶の仕事も入ってないはずだし。「アイツら本気でうるせェ……」「まあまあ、君達も小さい頃はあれぐらい騒がしかったのですから。特にウォレン君は」「なんで俺だけ! ……いや、いいや疲れた」「ぼくらも五月蝿かったのかもしれないけど…………ハーンさんは世話してないよね?」この人は小さい頃から放浪癖があったはずだ。いつも、いつの間にやら後ろにいて、いつの間にやら消えている。そういう人間だった。放浪癖というよりは、都合の悪い時に気付かれずに逃げる能力と言った方が正しいのかもしれないけれど。ふと、湧いてでた疑問があったので二人に訊いてみることにする。二人というよりはハーンさんに、だけど。「そういえば、手配書なんかは出てるの?」あれだけ派手に倒したのだ、手配書が出ていてもおかしくない。ハーンさんの言葉によれば、顔は見られていないようだけど、それでも食べ物は盗んでいるのだから調べは入るだろう。「いやぁ、出ていないようなんですよねぇ。不思議なことに」「え? 警備の交代時間はとっくに過ぎてるから、発見されてないってことはないはずだけど……」「警備の交代は確か夜明けと同時でしたよね。発見から大体4時間ぐらいたってるはずです。手配書は出回らずとも、一番近い村に聞き込みにも来ないなんておかしいですね」こんな田舎じゃ他に仕事も無いでしょうし、と付け加える。たしかに一時間もあれば村中に噂が伝わる。それがたとえ、村外れの老人の鶏がいなくなったという噂だったとしてもだ。「意外とモンスターの仕業とかにされたんじゃねぇの? 普通プレートメイルに穴あける奴なんていないしさ」「その可能性は否定できないよ…………けど」確かに、プレートメイルに穴をあけるというのも人間業じゃないし、ぼくらが荒らした後はモンスターが荒らした跡に見えなくもない。腐りかけのものと大丈夫なものを仕分けしている辺り、特に。しかし、それ程楽天的だろうか。人間の仕業に見えなくともとりあえず聞き込みぐらいはするだろう。モンスターを見たという人間がいるのかもしれないし。いくら頭を悩ませても、答えは一向に出そうに無かった。これだ、と確信できるような証拠が無いのだからあたりまえだけど。「――ま、いいんじゃね? 普段どおりの行動してようぜ。下手に動いて捕まるよりは、ずっとましだろ」「それもそうですね。こうして悩んでるところを見つかって牢屋に入れられては面白くありません。クルト君もそれでいいですね?」「……うん、そうだね。とりあえずは様子見するべきだよね」三人で頷いて、いつも通りの日常に戻ることにする。ぼくとウォレンはいつも行っている森へ狩りに、ハーンさんは畑で働いている弟妹たちのための昼食作りへと。 ○○○狩り、といっても別にモンスターを狩るわけじゃない。野鳥や猪を狩り、山菜や果物を採りに行くのだ。ぼく達三人がもっている狩猟許可証ならモンスターを狩りに行っても問題はない。実際、コボルトやオーク程度のモンスターなら狩ったことだってある。狩らない理由はいくつかある。一つめは危ないから。二つめは大した稼ぎにもならないから。三つめは後味が悪いから。一つめは言うまでもなく。二つめは『ぼくらが狩れる』モンスター程度では小遣い程度にしかならないから。村が襲われているのを助ければ特別報酬が高くつくが、そうでもなければ一方的な殺害であり、国が金を払ってくれるわけでもない。三つめはまあ、罪悪感というやつだ。動物なら大丈夫なのに怪物(モンスター)はダメというのも可笑しな話だが、生理的なものだからしょうが無い。「ハンターに罪悪感は無いのかな?」「何だいきなり。……そりゃあるだろ、ハンターやってるのも同じ人間なんだから」「でも、普通に暮らしてるモンスターを一方的に殺したりするんだよ? 殺人鬼と何が違うのかな?」ぼくらは生い茂る草をかき分けながら、けもの道を歩いていた。今日は、森の奥の湖で魚と野鳥、果物なんかを手に入れる予定にしている。だから、ぼくが片手剣に弓矢、ウォレンが大剣に釣竿という格好だ。服は二人とも食料庫襲撃の時と同じ、レザーアーマーである。ぼくの質問に対し、前を行くウォレンは少々考え込んでいるようである。道を遮る枝を、大剣で二度ほど斬り捨てたところでやっとウォレンは答えた。「……暮らしていくためにどうしても必要なんじゃねえの? 俺らが反乱――ってか食料庫襲撃したのと同じもんだろ。普通に暮らしてるモンスターじゃなくて札付きのモンスター専門の奴だっているだろうしな」「うん、多分そうなんだろうね。ぼくもそう思うよ」「……お前、自分の中で答え出てたのに訊いたのか」別にいいけどさ、と呟いて剣を振り下ろす。ウォレンの胸ほどまでの長さの大剣は、辺りの木々を豪快に薙いでいく。後ろからついて行くぼくは草をかき分ける必要がないので、凄く楽だ。散歩気分ですらある。辺りの風景を見ながら悠々と歩くと、しばらくしてぼくらの目的地である湖が見えてきた。森の中に突如現れる湖は、空だけでなく青々とした木々もその湖面に映し出す。その水は、森の空気と相まってどこまでも透き通っているようにも感じられる。湖の中央には大木がそそり立っており、湖を上から屋根のように覆っていた。頻繁に来ている場所ではあるのだが、未だにこの景色は美しいと思える。あまり人に知られていないおかげで、踏み荒らされていないというところも美しさに拍車を掛けているのかもしれない。ぼくらはテキパキと役割を分担し、それぞれの仕事に入っていく。ぼくは弓で野鳥を、ウォレンは釣竿で魚を。森の中に入って鳥を探してみるが、見つからない。小さな鳥ならいくらでも見つかるのだが、食料になるほどの、というとそれほどいないものだ。これはよくあることなので、ぼくは『果物を探しながらついでに野鳥も探す』というスタンスに切り替え、森の中をさまよい歩いた。光の射しこむ位置が頭上を過ぎ、随分と傾いてからぼくとウォレンは帰路についた。収穫はぼくが果物各種様々、ウォレンがそこそこ大きい魚を四尾。多分、今日明日ぐらいには家の中から無くなっているだろう。家に着いたら待っているであろう弟妹たちとの闘い(午後の部)を想像し、少々げんなりとしながら、ぼくらは薄くオレンジ色に染まる道を来た時と同じように辿って行った。アトガキ1,2話の文量があまりにも少ないと思ったので、少し増やしました。これからはこれぐらいの量が基準になると思います。説明回になってしまいました。徐々に設定を出していければ良かったんですけどねぇ。次の更新は一週間以内に出来るよう頑張ります。
陽が少し、山の間にかかるぐらいの時間。ぼくらは家に到着した。学校が終わるのは陽が完全に沈むのと同じぐらいの時間なので、丁度いいタイミングだ。少し離れたところにある孤児院所有の農場では、早く作業の終わった奴らが歩いて帰ってきているのが見受けられる。風に乗って運ばれてくる料理の匂いは、特別美味しそうに感じた。「この匂いは、シチューか?」「きっとそうだね。材料も揃ってるし、なによりシチューはハーンさんの大好物だしね」ハーンさんはあまり食事をとらない。旅をしているせいか、全て携帯食料で済ませようとするのだ。その行為は『食事』というより『栄養補給』というのが正しい。そんなハーンさんが食べる数少ない料理の一つがシチューである。「あいつのシチューはマジでうめぇからな。あれだけはお袋の料理よりずっと旨い」「他の料理は母さんの方がずっと美味しいけど、あれだけはハーンさんの圧勝だよね」「シチューってのはそんなに味が変わるもんなんかね? 俺からすれば炒めて煮るだけに見えるんだが」「ぼくだって料理得意じゃないから……。やっぱり変わるんだろうとは思うけどね」そんな毒にも薬にもならないようなことを言いながら歩いていると、すぐに家の前に到着した。木製のドアを開けて奥の台所の方にまで進むと、いつもの神父服の上から白いエプロンを身につけたハーンさんが立っていた。上機嫌に鼻歌なんぞしながら大きな寸胴鍋をゆっくりと混ぜている。帰ってきたのに気付くと、手は止めずにぼく達の方へ「おかえりなさい」と言葉を投げかけた。返事をしてから近くの椅子に座り、そして、テーブルを挟んだ向かい側にウォレンも座る。ちらちらと寸胴鍋に目を向けたり、獣のように鼻をひくひくさせたりと忙しない。ハーンさんはこちらを僅かに見ると、微笑みを浮かべ、鍋を火から降ろした。「出来たのか!? シチュー出来たのか!?」「はい、出来ましたよ。あとはお母さんたちが戻ってくるのを待つだけですね」パンはお母さんが村から貰ってくるそうですし、と言いながら手を拭き、ウォレンの隣に腰を降ろした。肩のあたりで切り揃えられた銀髪がなびき、微かにシチューの匂いが漂ってくる。「ところで、ハーンさん。……やっぱり手配書は出てないの?」声のボリュームを落とし、尋ねる。この時間になっても出ていなければ十中八九ぼくらがやったということはバレないだろう。「手配書は出ていないようですねぇ。ですが、昼を過ぎた頃、貴族の私兵が村で聞き込みをしていました」「その人達はここにも来たの?」「はい。ですが、あまりやる気は無かったように見えましたね。恐らく、念の為に訊きに来たのでしょう。その兵士たちも隣町の盗賊たちがやったと思っているようでしたし」「おいハーン、隣町の盗賊ってのは昨日の夜――つうか今朝話してた奴らか?」さっきまでずっとシチューを見つめていたウォレンが突然、質問を挟んできた。どうしたのだろうか。いつもならずっと食事のことしか考えないのに。ハーンさんも少し驚いたようで「ええ、まあ」と小さく答えた。「その盗賊団ってのは、貴族の食料盗ったりする奴らなのかよ」「……いえ、今までに貴族の物を盗ったことはありませんね。どちらかと言えば商人や職人などの小金持ち程度をターゲットにしてるようです」兵士たちはその盗賊だと決めつけてるようでした。貴族の方がどう考えているかは分かりませんが……、と続ける。「ってことは別に義賊だったりはしねぇワケだな?」「ええ、盗みで手に入れた金品を町人に還元したという話は聞いていません」その言葉を聞いて、ぼそりと「義賊じゃねぇなら……いいか」と呟いたどういう事か訊こうと思って口を開こうとすると同時に、勢い良く扉が開いた。その音が石壁に反響し、家全体に鳴り響く。『ただいまー!』それは、これからの激闘を知らせる合図だった。 ○○○全員の食事と風呂が終わり(食事と風呂の間の時間が一番キツい)、寝室に押し込むと後はもう皆の自由にさせている。眠る前は、朝や夕方と比べ物にならないぐらい騒ぐが、どうせすぐに寝てしまうので放置している。逆に、早く寝ろ早く寝ろと言って寝かせようとすると、目が冴えてしまうのか、深夜近くまで騒いでたりするのだ。だから、この時間はぼくとウォレンで剣の稽古をしている。といっても、あまり長い時間はしていない。夏場は日が長いので、月が山の上に出るよりも早く終わったりする。いつもはぼくとウォレンで試合形式の練習をしたり、各自でトレーニングしたりしているが、今日はハーンさんがいるので稽古に付き合ってもらうことにした。僅かに陽の光が残り、まだ月が出ていない時間、ぼくらは一通りの準備をして孤児院脇の広場に来ていた。「じゃあ、ひとまず二人とも打ち込んで来てみて下さい。遠慮はしなくていいですよ?」ハーンさんはいつも通りの神父服、ぼくらはシャツの上にレザーアーマーを一式着けて向かい合っている。ハーンさんは素手、ぼくらはいつも使っている剣と同じ長さの木剣だ。「二人同時に……か?」「遠慮はしなくていいと言いましたが?」それは二人同時にでいいということだろう。剣を、ぼくは中段、ウォレンは脇に構える。「じゃあ――行くぜっ!」語尾を強く発し、ウォレンが地を蹴る。僅かに時間をずらしてぼくもその後ろを追った。ぼくらが近付いてもハーンさんはゆらりと立っている。まるで風景を眺めている時のように自然な立ち姿だ。その姿を隙だらけと見て、ウォレンはふっと息を吐き、膝のあたりに向かって剣を滑らせた。ぼくよりも長い剣を使っているのに、剣速はぼくよりもずっと速い。ぼくもウォレンの後ろから、剣を少し掲げ、左肩から右足へと袈裟を斬りに行く。出来る限り、ウォレンの邪魔をしないような動きだ。力を込め、振り下ろそうとするところで、驚くべきものを見た。何の構えもとっていなかったハーンさんが少し前に踏み込んで体を捻り、その捻る流れに従って腕を動かしウォレンの剣の柄をとる。ただそれだけでウォレンの動きは止められてしまう。ぼくは振り上げていた剣をどうすることも出来ずにそのまま振り下ろすが、ハーンさんはウォレンの手ごと持って剣を薙ぐことで、ぼくの剣をあっさりと受け流してしまった。「――――お前、バケモンだろ……」ウォレンが呆然とした表情で呟いた。それにはぼくも同感だった。自惚れていたわけではないが、ぼくもウォレンもそこそこに剣が扱える。一般的な兵士よりはずっと上手いと思っていた。それが、あんな一瞬で止められてしまうとは考えていなかった。ハーンさんがとてつもなく強いというのは重々承知していたが、それでもここまで歯が立たないとは。「いえいえ、君達が弱いだけですよ」結構キツイ台詞のはずだが、全くそのとおりだとしか思えなかった。ハーンさんを基準にすれば、ぼく達はとてつもなく弱いだろう。それこそ、人間と虫ぐらいの差があるのかもしれない。「君達には、十分な才能や素質があります。しかし、その素質にかまけて基礎的な所がなっていません」曰く、ウォレンは並外れた腕力に頼り切って、技が大振りになり、その出始めの所を抑えられれば簡単に止められたり、斬りつけるより先に自分が斬られたりする。曰く、ぼくは周りを見ることは出来ているが、それに対応するだけの能力がなく、後手に回っている。「今のままでも弱いモンスター程度なら倒せるでしょうから、問題ないといえば問題ないのですがね」「嫌だ。俺は孤児院を出たらハンターになるんだ。コボルトしか倒せないハンターなんて、何の役にも立たない」ウォレンの言葉に頷き返す。言葉通りぼくらはハンターになるつもりでいる。いや、正確に言えば世界中を旅するつもりでいる。子供らしい夢だとか言って馬鹿にする人もいるけれど、やっぱり憧れるものは憧れるのだからしょうが無い。「それじゃあ。もう一度おねがいしますね」ぼくとウォレンはハーンさんから距離をとって、再び剣を構えた。 ○○○稽古が終わったのはそれからしばらくしてだった。陽は完全に沈み、夜空には星たちが輝いている。月はまだ山の向こうに隠れているようだ。ぼくらは家に帰り、部屋に戻る。大体、孤児院の部屋は三人から四人部屋だ。人数の関係で、いつもはぼくとウォレンの二人なのだが、ハーンさんがいるので特別に三人となる。「ああ、痛ぇ。お前思いっきり投げてんじゃねェよ」「すみません。受身が取りやすいように投げたつもりだったのですが……」ウォレンがぼやくが、これは完璧にウォレンの方が悪い。当たり前だが、受身をとらなかったら凄く痛いのだ。とらない人間が悪い。「泥まみれだし……もういいや、水浴びてくる」そう言ってタオルを持って部屋を出て行く。外にある井戸にでも行くのだろう。井戸水はとてつもなく冷たいが、まあ夏だし大丈夫だろう。二段ベッドの下の段に腰を落ち着ける。この部屋は二段ベッドが両壁際に二つと、棚が一つあるだけなので、座るときは床に直接かベッドに座るしか無い。ハーンさんもぼくと反対側のベッドに腰掛けた。「それにしても、君達は頑張りますね。ハンターなんてそんなに楽しい職業でも無いでしょうに」「でも、やっぱり憧れだよ。ぼく達にとってハンターは恩人でありヒーローだから」小さい頃にぼく達の村はモンスターに襲われた。モンスター自体はオークという低級モンスターだったが、数が多く、村人の中にはモンスターと戦ったことのある人は一人もいなかった。だけど、偶然村に立ち寄っていたハンターの人があっという間に蹴散らし、村はほとんど損害を受けることがなかった。そのハンターを見て、ぼくとウォレンはハンターを目指すようになったんだ。「僕の友人にもハンターがいますが大抵、変な奴ですよ。まともな奴は一人もいません」「……うん、まあ。ハンターは精神的にも大変な仕事だからね」狂ったような人間が多いという話はよく聞く。ハンターだけでなく旅をする人は大体そうなる傾向にあるようだ。「ハンターになることは止めませんが、いくつか肝に命じておいて欲しいことがあります」「……何?」「無謀な行動はしない。下手に首を突っ込まない。そして、プライドを持たないでください」「プライドを持たないっていうのはどういう事?」他の二つは何となくわかるんだけど。「プライドなんて持ってるだけ邪魔です。特にハンターなんて血生臭い職業において、プライドの有る無しは生死に直接関係してきます」なるほど。確かに重要なことだ。名誉を守るために命を捨てるのは馬鹿のすることだ、という言葉もあった。「うん。肝に銘じておくよ」その言葉に被さるようにして、奇妙な音が聞こえた。獣の遠吠えのような音と駆ける音。「今の音はなんですか? 結構近くからのようでしたが……」モンスターかと思って耳をたててみるが、一向に音は聞こえてこなかった。何かの間違いだろうかと思うと同時に、一つの疑問が浮かんできた。「ウォレンが水を浴びに行ってから結構たってるよね? なんで水を汲む音も聞こえなかったのかな」ウチの井戸は随分と古い。水を引き上げようとすると、滑車がきしんで結構な音がする。静かな夜なら、孤児院中に響き渡るはずだ。「そう言えばそうですね。じゃあウォレン君は……?」疑問に思って立ち上がり、カーテンを開け、窓から外を見てみた。そこで一つ、忘れていた大きな事態を思い出した。「…………ハーンさん」「何です? 何か分かりましたか?」外を指でさす。そこには丁度、山から完全に顔を出した大きく、丸い月が浮かんでいた。「――――今夜は満月、だよ」