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[22190] とある世界の魔法少女(パラレルワールド) 魔法少女リリカルなのは×とある魔術の禁書目録
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/10/05 06:06
前書き

この小説は、魔法少女リリカルなのはの物語を中心として、禁書目録のキャラクターが数名登場致します。
そしてオリキャラも登場します。
オリジナルエピソードもあります。
(この作品は、小説家になろう様にも同時投稿をしております)
(あらすじ)学園都市内に魔術師が侵入したという知らせを受けた上条は、その魔術師を探す為に街の中を探索することとなった。そして魔術師を見つけた上条は、その人物に話しかける。すると相手が攻撃してきて、上条はそれを迎撃する。ところが、次の瞬間に上条の足元に穴が出現して……。

9/26(日) 無印『ジュエルシード』編連載開始



[22190] 無印『ジュエルシード』編 プロローグ
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/09/28 06:04
学園都市。
人口およそ二百万人のこの街は、そのほとんどを学生が占めていた。
その学生達というのも些かまともではなく、ここに住む学生のほとんどが、何らかの超能力を持っている。
その超能力というのが、学園都市独自のカリキュラムと、進んでいる科学力によって開発されたものなのだ。
超能力の理論まで科学を用いて解き明かしてしまった……学園都市とは、そんな科学都市なのだ。
そして、そんな学園都市に住んでいる学生の一人である、上条当麻という少年は今、

「うわぁあああああああああああああ!!」

街中に突然出現した穴から落下している途中であった。



そもそもこうなった原因は、上条の友人である土御門からの突然の連絡にある。
いつものように上条がのんびりと休日を過ごしていた時に、いつものふざけたような口調がなく、真面目である仕事モードの土御門からの電話が来た。
もちろん上条は居候であるインデックスを家に置いて、指定された場所に向かう。
するとそこには、金髪サングラスの土御門の他に、十四歳のくせに二メートルはあるだろうと思われる程馬鹿みたいに背が高く、何故かタバコをくわえている魔術師、ステイル=マグヌスの姿もあった。
理由を聞けば、学園都市に侵入した魔術師を捕まえろとのことだった。
どうやらその魔術師はインデックスを狙っている可能性もあるらしく、それが理由で上条も駆り出されたというわけだ。
まったくもって理不尽極まりない理由である。
そうして始まった魔術師探しだったが、三人で各場所を探すことになって、上条は学校周辺を探していたのだが……。

「あ、怪しい……」

上条は明らかに怪しい人影を発見。
全身を黒い服に包んでいるその人物は、上条からだと性別すらも判別不能だった。
だが、上条の勘が告げていた……この人物は魔術師に違いない、と。

「ちょっと待て」

前を歩く黒い服の人物に、上条は話しかける。
上条の声を聞いたその人物は、一瞬ビクッと身体を震わすも、こっちを振り向こうとはしなかった。
それでも立ち止まった為、上条はそのまま背後まで近づき、歩幅三歩分位の距離からその人物に話しかけた。

「この辺じゃ見ない顔だけど……テメェは誰だ?」
「……分かっているんでしょう? 私の正体が何なのかを」

冷静な声で、そう返ってきた。
声質から想像するに、この人物は若い男性。
そして、間違いなく……魔術師(クロ)。
そう思った上条は次に何かを言おうとして、

「そういう貴方は……上条当麻(イマジンブレイカー)ですよね?」
「なっ……!?」

いきなり自分の名前を告げられて、上条の顔は驚きに染まる。
謎の人物……魔術師は、気にせず言葉を続けた。

「貴方の存在は今回の計画を実行する上で邪魔ですからね……貴方をこの世界から消させて頂きます」
「ちっ……!」

魔術師は、上条から距離をとったかと思うと、即座に上条の方を振り向く。
そこまで来て、上条は気付いた。

「周りに……人がいない?」

そう。
ここにいるはずの一般人が、誰一人いないのだ。
それはつまり……考えられる可能性はただ一つ。

「人払いをしておきました。誰にも邪魔されたくなかったもので」
「余計なことを……」
「さて、そろそろ始めますよ!」

瞬間。
魔術師の周囲に、数個もの魔法陣が出現する。
そしてそこから、黒く染まった何かが出現した。

「な……なんだ!?」

それはまるで、機械のようにも見えた。
恐らく、魔術師が呼び出したものなのだろうが、普通に上条の身長と同じか、それ以上の大きさを誇っていた。
腕の部分には、ドリルみたいなものも見受けられる。

「異世界から引っ張り出してきたものです。とりあえずこれで実力を試させて頂きます」
「うをっ!」

全機突撃。
魔術師の言葉と共に、その機械は一斉に俺に突っ込んできた。
そこで上条は、心の中で呟いてしまった。

「(これは……右手で打ち消せるのか? もし打ち消せなかったら、俺は……)」

そこまで考えて、上条は思考を無理やり止める。

「いや、その前にまずは目の前の敵を倒そう」

目の前にいる敵を倒す方法を考えるのが先決。
上条はそう考えた後で、決意を秘めたように右手拳を握る。
そして、宣言した。

「いいぜ……何が目的なのかは知らないが、テメェが詰まらない野望(げんそう)を抱いているって言うのなら……まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!」

そして上条は勢いよく地面を蹴った。
まずは突っ込んでくる一体目の機械からの攻撃を避けて、続く二体目の攻撃を避けられないと判断した上条は、

「くそっ!」

一か八か、上条はそのドリルに向かって右手拳を喰らわせた。
瞬間、バキン! という世界が悲鳴をあげたような音が響いた。

「もしや……いける!?」

右手の効果が効く。
それが分かった瞬間、上条の前にいる敵が、未知の敵ではなく、壊すことが可能となった機械となった。
いくら機械と言えども、所詮は魔術によって生み出されたもの。
つまり、幻想殺し(イマジンブレイカー)で殺せる幻想なのだ。
分かってからの上条は強かった。
次々と機械を右手で打ち壊していき、とうとうすべての機械を打ち壊した。

「やるじゃないですか……すべて壊しきるなんて。言うだけのことはありますね」
「……これでも何回もこういった場面に遭遇してきたからな。ある意味こういう危険な出来事には慣れてるのかもしれないな」
「嫌な慣れですね……出来れば私はそんな慣れは経験したくないものです」
「俺だって嫌だっての」

上条とて、出来ることならこんなことには慣れたくはない。
平和な生活を望んでいるのに、相手方はなかなかその望みを叶えてくれないのが現実なのである。
そして、今回に至ってもそれは叶わなかった。

「ですが、今回もまた、貴方にはちょっと危険な出来事に巻き込まれて頂きます」
「え?」

魔術師がそう言った瞬間。
上条の足元に……突然魔法陣が出現したかと思うと、その範囲分の地面が、消滅した。

「なっ……!?」

それはあまりにも唐突過ぎて、上条はそんな声しか出せなかった。
上条の身体は、そこに出来た穴に引きずり込まれていく。
慌てて右手を差し出したが……何の反応も見せなかった。
なんとかその右手で地面に捕まると、上条は上を見上げた。
そこには、不敵な笑みを浮かべる魔術師がいた。

「残念でした……隠密術式を魔法陣の上に張ってましたから、その魔法陣が見えなかったんです。そして貴方は私の思い通りに動いてくれました。だから貴方はその穴に落ちてしまったのです。一応言っておきますが、幻想殺しは効きませんよ? 何しろ、それ自体は私が少し前に掘った、ただの穴ですから」
「く……そ……!! なんでそんなことが……!」
「わかっていたからですよ。貴方がこういったアクションを起こすことが」

その言葉に上条はわずかながらの違和感を感じつつ、こう思った。
ここから落ちたら、間違いなく……死。
だが、魔術師はそんな上条の思考を読み取ったのか、こんなことを言ってきた。

「安心してください。ここから落ちたところで貴方は死にませんよ。ただ……この世界ではなく、異世界に移ってしまいますが」
「い……世界?」
「並行世界(パラレルワールド)……とでも言いましょうか。貴方にはそこに行って貰います。言ったじゃないですか。貴方をこの世界から消させて頂きます、と」
「何が……目的だ?」

上条は必死に地面にしがみつく。
魔術師はそんな上条を愉快そうに眺めながら、言った。

「……世界の、再編成です」
「世界の……再編成?」
「私達の世界はあまりにも曲がり過ぎました。そんな世界はもう破滅を迎えるしかない。成長なんか望めないんです。ですから私は、その望みを平行世界に託しました。何処かにきっと曲がっていない世界があるはず。それを信じて……」
「……」

上条はあまりにも飛びすぎた話についていけず、何も言葉を返せずにいた。
体力は尽きてくるばかり。
このままだと上条の身体は、この穴を通じて落ちてしまう。
だが、魔術師は気にせず話を進めた。

「そして結局見つからなかったんです。どの世界も曲がっていて、間違った道を歩み続けている。どの世界にも、待ち受けている運命は破滅だけ……ならばすべての世界を、一度リセットしてしまえばいい。そして新たなる世界を……曲がることのない世界を創るんです。これが今私が抱いている野望(げんそう)です。貴方はそれでも、私を止めますか?」

魔術師は今にも落ちそうな少年に向かって尋ねる。
少年は、魔術師の顔を見て、答えた。

「止めてやるさ……そしてお前の抱いている野望(げんそう)が間違っていることを認めさせてやる……だから、俺が戻ってくるまで、せいぜい首を洗って待っていやがれ……もしくは、テメェも此方へ来い!」

目を見開く。
あまりにも強い宣戦布告に、魔術師は少しばかり驚きを見せた。
そしてその後に、魔術師は笑った。

「ハハハハハハハハハ! 面白い人ですね、貴方は……いいでしょう、その勝負、受けてたちましょう!」

そう言った後で、魔術師は更にこう付け足した。

「ですが、私はまだ戦うに相応しい舞台の準備を整えなければなりません」
「……まさか、他の奴も巻き込もうとしてるんじゃあ……!」
「そのまさかですよ。ですが、貴方が勝利した暁には、きちんと元の世界に戻してあげますよ。それとも、勝つ自信がないんですか?」

魔術師のそんな問いに、上条は答えた。

「いや、あるさ……当たり前じゃねえか」
「その意気です。それじゃあ始めましょうか、上条当麻(イマジンブレイカー)」
「ああ……魔術師!」

そう上条が言葉を返すと共に、

「あ、言い忘れていましたが、どこの世界に通じるのかは貴方次第ですからね?」
「え?」

呆気にとられたような表情を見せた後に、

「うわぁあああああああああああああ!!」

上条当麻は、穴の中に落ちた。
魔術師は、そんな上条の様子を一瞥してから、穴に背を向けて、言った。

「さて……それでは始まりですね。私の信念が勝つか、貴方の信念が勝つかのぶつかり合いが」

そしてその場から、人がいなくなった。
こうして上条当麻は、この世界から消え去った。
そして異世界にて新たなる出会いを果たし、新たなる事件に巻き込まれることになるのだが、この時上条は、そこまで予測することは出来なかった。

とある世界の魔法少女(パラレルワールド)、開幕。





















[22190] 無印『ジュエルシード』編 1
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/10/03 17:34
海鳴市。
そこは特に変わったような部分は見られない、いわば二十一世紀の日本をそのまま具現化したような感じのその街に、

「ここ……どこ?」

上条当麻は迷い込んでいた。
そもそもこの場所にいるはずのない上条だったが、先ほどの魔術師との戦いの結果、こうしてこの場所に来てしまったというわけである。
つまりここは、上条当麻から見てみれば異世界ということになる。

「マジで異世界に来ちまったぜ、俺……」

街中にいきなり現れた、上条当麻(イレギュラー)。
出現時、彼はものすごく黒い光に包まれながらこの世界に出現した。
もしそんな場面を誰かに見られていたとしたら、結構まずいことになっていたことだろう。
しかし、幸いにもここは路地裏だ。
こんな場所に来ることなどそんなにないはずなので、特に不審がられることもなかったのであった。

「とりあえず……まずは街の中を探索して、ここがどういう場所なのかを調べなきゃな」

ここに来たばかりである上条にとって、鳴海市という場所は未開の土地。
おまけに、今の上条はこの街の名前すら知らないのだ。
せめて街の中を……出来ることならこの街のことについても調べたいところでもある。

「そうなると一番手っ取り早いのは……図書館だな」

図書館に行けば、この街の歴史とかが載っている本がある。
街の名前だけでなく、歴史についても調べられるという、今の上条にとってありがたい場所なのだ。
とりあえず、その為にもまずは路地裏から出て街の中へと戻る。
まだ朝というだけあって、通学・通勤している人達がポツポツといた。
そんな中で上条は図書館に行こうとして、ここで一つ問題が発生。

「………………………………図書館、何処だ?」

先ほども述べた通り、上条はこの街に来たばかりである。
もちろん、この街の名前だって知らない。
そんな人物が、果たしてこの街にある建造物を知っているだろうか?

「……不幸だ」

思わず頭を抱えながら、そんなことを呟いてしまう上条。
まぁ異世界に来てしまったこともあるので、そんな彼が当惑するのも、当然と言えばそこまでだろう。
もっとも、事情を知らない人達から見れば、単なる変人でしかないのだが。
そんな上条(へんじん)に話しかける、物好きな……いや、心優しい人物がいた。

「あの……どうかしたんですか?」
「へ?」

背後から声が聞こえてきたので、上条は咄嗟に後ろを振り向く。
だが、目線の先にそれらしき人物はいなかった。
だが、間違いなく人の気配はする。
だというのに、目線の先には自分に話しかけてきただろう声の主はいない。
ここまで来て、上条はある一つの答えを導き出した。

「(まさか……)」

そしてその答えを確かめる為に、上条は顔を下に向ける。
するとそこには、心配そうな表情で上条のことを見つめている、茶色のツインテールの少女がいた。
少女は赤いランドセルを背負っており、白い服を着ていた。
恐らくその服は学校指定の制服なのだろう。
そして上条は、見た目小学校中学生位の少女に話しかけられたのだ。
しかもその理由は、上条が頭を抱えていたからだというもの。
どうやらこの少女、上条が悶絶している姿を見て、何処かが痛いのかもしれないと思ったようで、

「大丈夫ですか? 頭が痛いんですか?」

なんてことを、しきりに上条に尋ねていた。
だが、当の本人は至って健康体である。
夏休み以前の記憶が吹っ飛んでいることを除けば、だが。
今は記憶喪失の話は関係ないとして、とりあえず上条は怪我や病気を負っているわけではない。
これから自分がどうするべきなのかについて悩んでいただけなのだ。
だから上条は、自分を労ってくれる少女の目線に合うようにしゃがみ込むと、右手で少女の頭を優しく撫でながら、こう言ったのだった。

「いや、特にそういうわけじゃないから大丈夫だ。ありがとな、心配してくれて。優しいんだな」
「にゃはは……そう言われると、少し照れますね」

少し顔を赤らめて、少女はそう答える。
どうやら褒められたことが嬉しかったようだ。
そして上条は、何かを思い付いたかのような表情を浮かべると、少女にこう尋ねた。

「君はこの街の子? もしそうなんだとしたら、図書館が何処にあるか教えてくれないか?」
「図書館ですか? それなら場所知ってますけど……」
「本当か?」
「はい。ここを真っ直ぐ行って……」

少女は上条に丁寧に行き方を教える。
行き方自体はそんなに難しくはなかったので、上条はすぐに理解することが出来た。
そして説明を聞き終えたところで、

「ありがとう。えっと……」

名前を言おうとして、上条は少女の名前を知らないことに気付く。
少女はそんな上条の様子に気付いたのか、

「あ、高町なのはって言います」
「なのはか……俺は上条当麻。教えてくれてありがとう。それじゃあ俺は行くから。通学途中のところ、わざわざ教えてくれてありがとな!」

そう言うと、上条はもう一度なのはの頭を優しく撫でると、立ち上がって、なのはとは反対方向へと歩いていく。
ちょっと歩いた後で、上条はなのはに言った。

「また何処かで会った時には、よろしくな!」
「は、はい!」

そして上条は、その場から立ち去っていった。
この時、上条はまだ気付いていなかった。
この出会いこそ、今後訪れる自らの不幸を更に拡大させていることに……。



なのはに言われた通りの道を辿ってみると、そこにはきちんと図書館があった。
ここに来るまでに様々な不幸に巡りあっていたりするのだが、それはいつものことというわけで、ここでは省略することにしよう。

「はぁ……不幸だ」

ポツリと呟くと、上条は図書館の中へと入っていった。

「へぇ……思ってたよりは広いのな」

ただ、いくら広いと言っても、学校都市にある図書館と比べてしまうと少し狭く感じてしまう。
まぁそこら辺は仕方ないとはいえ、これでようやっと上条はこの街について調べられる。

「にしても、どの本から読めばいいことやら……」

まず上条は、どの本から読めばいいのかについて考える必要があった。
そんなわけで上条は、まずは街の歴史について書かれていると思われる本を探すことにする。
そうして本棚を漁っている内に、上条は何かを見つけた。

「ん?」

そこには、少女がいた。
自分よりも上にある本を取ろうと、必死に手を伸ばしている様子だった。
だが、どう頑張ってもその少女がその本を取ることは出来ない。
何故ならその少女は……車椅子に座っているからだ。
どうやらその少女は足が不自由なようで、上条はそれを悟ると、その少女の所まで歩み寄って、

「えっと……どの本が欲しいんだ?」
「へ?」

自然と、そう尋ねていた。
突然そんなことを言われた少女は、一瞬ポカンとしてしまう。
無理もないだろう……いきなり知らない男の人に、『どの本が欲しいんだ?』なんて尋ねられたのだ。
何か裏があるのではないかと、一瞬でも疑いたくなりそうだ。
とはいっても、上条はただの親切心から話しかけたようなものだ。
そして少女もまた、そんな上条のことをまったく疑うことがなく、笑顔で答えた。

「ちょうど一番上の棚の二番目のその本や」
「OK、これだな?」

上条程の背なら難なく届いたその本を、少女に手渡す。
すると、少女は嬉しそうにこう言った。

「おおきに!」

どうやら少女か関西地方の生まれらしく、関西弁を使用していた。
関西弁を聞いている上条の頭の中に、一瞬クラスメイトの青髪ピアスの姿が浮かんできたが、それを軽く振り払い、そしてふと疑問に思ったことを尋ねた。

「今って学校に行く時間じゃないのか? さっきランドセルを背負った女の子とかいたし……」

見た目小学三年生くらいのこの少女。
本来なら今の時間なら学校に行っていてもおかしくはない時間の筈なのに、どうしてこの少女はこんな時間から図書館なんかにいるのだろうか。
若干疑問に思いつつも、しかし上条は逆に質問を返された。

「それ兄ちゃんにも言えることやん」
「まぁ確かにそうなんだけど……学校へ行くに行けない状況で……」

現在上条は白いワイシャツに学生ズボンという格好でいる。
どう考えても世間一般の高校生の格好をしているのだが、上条が通う学校はこの世界とは別の場所に存在している為、行きたくても行けない状況なのだ。

「わたしもちょっとした事情があって、今は休学中なんや。せやから今はこうして図書館に来て、本を読んでんねん」
「そっか……」

上条は、少女の足を一瞬眺めて、視線を元に戻した。
恐らく少女の足は何らかの病気のせいで動かなくなってしまっていて、それが原因で休学中なのだろう。
そのことは口にせず、ここで上条は、自分がここに来た本来の理由を思い出し、

「あのさ……この街の歴史が書かれているような本って知らないか?」
「この街の歴史? せやったら、あそこの本なんかがちょうどええと思うけど……」
「あれか?」

少女が指差す方向には、確かに様々な歴史書が収められていた。
これだけあれば、きっと十分な資料を得られることだろう。

「ありがとな、親切に教えてくれて」
「何言うてんの。困った時はお互い様や。それに、わたしも本を取ってもろたしな」
「そっか。ギブアンドテイクって奴だな」

そう言い合った後に、二人は互いの顔を見て、思わず笑ってしまう。
だが、すぐにここが図書館だということを思い出して、それを止めた。

「俺、上条当麻」
「わたしは八神はやて。これからもよろしゅうな」
「こちらこそ」

そして少女―――八神はやてと上条は、互いの手を握り合う。
年齢差はけっこうありそうだが、これでこの二人は友達同士となったようだ。

「んじゃ、俺は調べ物に入るから。今日はこの辺で」
「それにしても、どうして今日になってこの街の歴史を?」
「……ちょっとした事情があってな」

実はこの街に来たのは今日が初めてで、しかも魔術師によって勝手に連れて来られました……などとは言えず、曖昧な返事しか返せなかった。
そんな上条を若干不審がるはやてだったが、特にそのことについて言及する気はないよいだ。

「それじゃ、わたしは別の棚に行くからこの辺で」
「おう。また何処かで会おうな」
「そんな曖昧なこと言わんでも、ここに来ればいつでもわたしに会えるで? この可愛い女の子に」
「自分で可愛い言うなよ……」
「突っ込まんといて。今こんなこと言うてしもうた自分に後悔してるところやから……」

身体が満足に動かせていたら、恐らく『OTL』 ←こんな格好をとっていたことだろう。
ツッコミを入れてしまったことに多少後悔する上条だったが、はやてがすぐに笑顔に戻った為、それに合わせて上条も笑った。

「んじゃ、また今度ここで」
「ああ、またな!」

今まで図書館なんて頻繁に通うことなんてなかった上条だったが、これなら時々なら通ってもいいかなと思えるような、そんな出会いだった。
だが、ここで忘れてはならないのは、上条の不幸スキルについてだ。

「んぎゃっ!」

はやてに言われた本棚まで行こうとして、何故か床にに落ちていたバナナの皮を踏んで、その場でこけてしまった。
……何故こんなところにバナナの皮が落ちていたのか等のツッコミは無視して、とりあえずそんな上条を見て、はやてが一言。

「……不幸やな」
「それは言わんといて……」

何故か方言で言葉を返す、上条なのだった。



ある程度街のことについて把握した上条は、昼過ぎになってようやっと図書館から出た。
分かったことと言っても、この街の名前とか、歴史とか、そう言ったことなのだが。
それでも、最低限の知識を得られただけでも随分マシになったと言うべきなのだろうか。
ともかく上条は、続けて散策を続けることにする。
だが、ここで一つ問題が発生。

「……………………飯、どうしよう?」

人間なので、上条も食事をとらなければならない。
だから何回か上条を襲ってきた空腹感も、決して幻覚なんかではなく、まさしく上条当麻が腹を空かせている証拠なのだ。
ここは学園都市ではない為、もちろん家に帰ることも出来ない。
それ以前に、ここは上条当麻が本来いるべき世界ではない為、例えコンビニで何かを買うにしても、通貨単位が合うのかどうかがまったくもって分からない。
更に突き詰めてしまえば、上条のズボンのポケットの中に、財布と呼べるものが存在しなかった。

「……不幸だ」

飯抜き。
それどころか、服を変えることも出来なければ、風呂にも入れない。
清潔さも保てないし、それ以前に自らの命がもつのかどうか分からない。
下手したら餓死する危険さえありそうだ。

「……ヤバい、考えるだけで腹が減ってきた」

すでに周りは暗くなっていて、そんな状態のまま身体をユラユラと揺らしながら、街の中を歩く。
その姿は見ていて痛々しく、とてもじゃないが、助けてあげたくなるような印象を与えた。
やがて住宅街の中を歩き回っている内に、

「あがっ!」

ドテッ!
何もないような場所で足を縺れさせて、その場に倒れ込んだ。
なんとか気合いを入れて立ち上がろうとするのだが………朝食&昼食抜きに加えて、こっちの世界に来るまでの魔術師との戦闘、更には街中を歩き回っていた結果、上条の体力はとうとう底を尽きかけてしまっていた。

「ああ……腹減った」

その言葉を最後に、上条は意識を失った。
その最中、

「だ……だい……です……!?」
薄れゆく意識の中、聞き覚えのある少女の声を聞いたような気がした。
そして、上条はやっとの思いで、一言だけ述べた

「腹……減った……」

そして上条の意識は、途絶えた。



高町なのはは、いつも通りに小学校に通い、そしていつも通りに家まで帰ってきた。
なのはの家はケーキ屋で、名前を翠屋という。
そんな彼女は、本日謎の声を聞いて森の中へ向かったところ、謎の声が聞こえてきた。
クラスメイトである二人の少女にはその声は聞こえていなかったみたいだが、曖昧にしか聞こえなかったその声は、次第に大きくなっていく。
その声が『助けて』と言っていることに気付いたなのはは、急いで森の中を走った。
そして、見つけたのだ。
傷だらけになっているフェレットを。
急いで近くの動物病院まで連れて行って、そこの院長に任せて、自分達は塾と向かった。
その帰り道。

「お父さん達に話して、どうするか決めないと……」

なのはは、傷ついたフェレットを家で飼う為に、本日は家族と話し合わなくてはならないのだ。
優しい少女故に、フェレットをそのままにしておくのは可哀想だと思ったのだろう。
友人二人は家の都合で無理だと言ったので、後はなのはの家だけとなったのだ。
そんなわけで本日、なのははある意味大勝負をしなければならなくなったのだ。
そんな決意を秘めた後の、出来事だった。

「……ん?」

家の近くまで辿り着いたところで、なのははなにかに気付く。
それは、謎の黒い影。
今なのはがいる市場からだとよくは見えないが、間違いなく何かがいる。
それだけは紛れもない真実であり、なのはは少しだけ身構える。

「(ふ、不審者さんとかだったらどうしよう……)」

なのはは身体を動かすのが苦手であり、体育の成績はいつも下の方。
もし不審者に襲われたとしても、逃げられない危険性があるのだ。
だが、誰かを呼ぼうにも周りに人はおらず、あの影を横切らなければ家の中には入れない。
……なのは、二回目の大勝負。
まさか一日で二回もこういった大勝負をしなければならなくなるとは、果たして誰が想像していただろうか?

「……うん、気付かれなければ大丈夫だよね……」

ボソッと呟くなのは。
……しかしそれは明らかに実現不可のようにも思えるが、この際細かいことは気にするべきではないのだろう。
なのはは忍び足で我が家へと近づく。
そうして家に近付いていく内に、次第に黒い影の正体がはっきりしてきた。

「……え?」

そして、一旦立ち止まった。
視界に写ってきたのは、白いワイシャツに黒い学生ズボン。
ツンツンした黒い髪の毛の……どう見たって何処かの学生だろう。
そして、なのはにとっては本日二度目の出会い。

「あれは……上条さん?」

そう。
朝なのはが登校途中に図書館までの道のりを教えてあげた男子学生こと、上条当麻だった。
だが、どう考えても様子がおかしい。
何だか、身体をフラフラとさせているようにも見える。

「……どうしたんだろう?」

そんな様子を不思議そうに眺めるなのは。
そして、事件は起きた。

「あっ!」

何もないところで上条が足を縺れさせたかと思うと、その場に転倒。
なんとそこから、上条は立ち上がらなくなったのだ。
早い話、倒れたままになったのだ。

「か、上条さん!」

すぐに危険を察知したなのはは、慌てて上条のところまで駆け寄る。
そして身体を揺らしながら、

「上条さん! 大丈夫ですか!?」

と、声をかける。
だが、何が原因なのかどうかは不明だが、とりあえず上条は立ち上がることが出来ないようだ。
そんな上条だったが、やっとの思いで開いたらしい口で、ある言葉を伝える。
それこそ、こんな状態で一番似合わないような言葉だった。

「腹……減った……」
「…………へ?」

そのまま上条は、次の言葉を告げなかった。
つまり……気を失ってしまったのだ。

「上条さん? ……上条さん!」

なのはは必死に身体を揺するが、それでも上条は起きる気配を見せない。
そんな時に、扉がガチャッと開く音がして……。

「どうしたなのは? 外で騒いだりなんかして……って、人!?」

父親らしき男―――いや、なのはの父親である高町士郎が家の中から現れる。
その人物は、何やら上条の姿を見るなりかなり驚いていた。
……まぁ無理もないだろう。
自分の家の前に、謎の人物が倒れているのだから。

「お、お父さん! この人、お腹空いてるみたいなんだけど……」
「腹が減ってる? 倒れる程腹が減ってるのか?」

事情を知らない士郎は、少しだけ戸惑ったような態度を見せる。
それでも、困った人を見逃せないのか、

「とりあえず、中に入れよう。話はそれからだな」
「う、うん!」

なのはと士郎は、急いで上条を家の中へと入れる。
そして、母親である桃子に指示を出して、とりあえずは客間に布団を敷いて、その上に寝かせることとなったのだった。



「哀れですね……」

建物の影から、上条となのはのやりとり(上条気絶Ver)を眺めていた、黒い服に身を包んだ人物。
上条の姿を見るなり、そんな一言を洩らしてしまっていた。

「まったく……私を説得しようと意気込んでいた上条当麻が、あの様ですか……やる気、あるんでしょうかねぇ……」

ボソッと呟くその言葉は、上条が聞いていたら怒りを見せるだろうと思われるような言葉ばかりだった。
しかし、第三者視点から見たとしても、空腹+過労で倒れるなんて、滑稽以外の何物でもないだろう。

「まぁ、計画はこれから始めるとしても、やっかいなのは上条当麻の右手でしょうか……もっとも、少し認識を改めなくてはいけないみたいですが」

その言葉には、何処か呆れも感じられた。
実際に呆れているのだからその通りなのだが……。

「せいぜいこの世界を満喫しているといいでしょう……私はその内に、役者を揃えなくてはなりませんからね」

呟いて、何もない空間に右手を差し伸べる。
瞬間、そこだけが黒く染まり……やがてそこには、大きな穴が広がっていた。
恐らく……いや、それはまさしく上条をこの世界に連れてきたものと同様の物。

「まずは……そうですね、身近な人と戦って頂きましょうか。だとすれば、あの人がちょうどいいですね……」

これからどうするかについて考えた後に、魔術師は黒き空間の中へと歩みを進める。
やがて魔術師の身体が完全に空間の中に入っていった時、謎の空間への入り口は段々と小さくなり、やがて完全に消滅した。
その場からは誰もいなくなり、そして魔術師が黒き空間の中に入っていく姿を見た者は、誰もいなかった。



「ん……」

目が覚めた。
目が覚めたと同時に上条の目に写ってきたのは、何処かの家の天井。

「知らない天井だ……」

なんだかそんな一言を呟かなくてはならないという勝手な思考が働き、思わずそんな一言を呟いてしまう上条。
もちろんその言葉に対して返答する声はなく、それが今の一言があまりにも虚しいものだということを示していた。
意味のない敗北感に襲われていた上条は、その後ですぐに急激なまでの空間感を感じた。

「腹減った……」

朝から何も食べていない上条にとって、そろそろ飯が欲しくなる時間帯だった。
だからといって、上条は財布を持っていないので、コンビニでおにぎり一つ食べるのも不可。
異世界から来たので家もないし、着替えもこの一着しかない。
……この世界においての上条は、衣食住すべてが揃っていないという、生存権が明らかに侵害されているような印象を受けた。

「それにしても……ここは何処だ?」

まず上条は、現在自分が何処にいるのかを知りたかった。
自分をここまで運んできてくれた人に対して、お礼を言いたいのだ。
そう考えていた、その時だった。

「あ、起こしちゃいましたか?」
「へ?」

誰かが部屋に入ってきたようで、上条に話しかける少女の声が聞こえてきた。
その声は何処かで聞いた覚えのある声で、確かめる為に身を起こしてみると、視線の先にはご飯と味噌汁、そしてその他のオカズを乗せたトレイを持っている、なのはの姿があった。
上条は即座に理解する……この家は、なのはの家なのだということを。

「ここ……なのはの家なのか」
「はい、そうですけど……」
「俺……なのはの家の前に倒れてたのか?」
「は、はい……」

確かめるようになのはに尋ねる。
そして、把握。

「悪い、なのは……運んできてもらった挙げ句に食事まで用意してもらって……」
「困った時にはお互い様ですから。にゃはは」

最後に照れたように笑顔を浮かばせて、上条にそう告げるなのは。
『困った時にはお互い様』。
そのセリフを聞くのは本日二度目のことだったので、少しだけおかしく感じてしまった。

「け、けど……いいのか?」
「何がですか?」
「俺なんかの為に食事まで用意してくれて……なのは達から見れば、詳しいことが何も分からない不審者でしかないだろうし……」
「上条さんが悪人であるはずがないってお父さんも言ってたし、それに、私も上条さんは悪い人じゃないって思ってますから」
「……そっか。優しい家族なんだな。なのはも含めて」
「にゃはは……そんなことないですよ。でも、私の自慢の家族です」

そう言った時のなのはは、明るい笑顔だった。
上条は素直にいい笑顔だと思い、その後で申し訳ないと言ったような表情を浮かべて、一言。

「とりあえず……食べていいかな?」
「あ、ごめんなさい! まだトレイを置いてませんでした……」

上条に指摘されて、少し慌てた様子でトレイを上条の前に置いたなのは。
上条は箸を手に取ると、即座に食事を開始した。
そして、味噌汁を飲んで、一言。

「美味しい……」

最近誰かの手料理を食べていなかった上条にとって、これはなかなかにうれしいことだった。
ここ最近は自分で作った料理ばかりを食べていたので、誰かが……特にこう言った感じで誰かの母親から作ってもらった食事というのは温かいものだった。

「そうですか? それならお母さんもうれしいと思います」

笑顔でそう答えるなのは。
と、ここで上条はあることに気づく。

「そう言えば、今から何処かにいくのか?」
「ふぇ?」
「いや、だって何だか外出するような格好をしてるし……」

現在、夕方を過ぎてもう夜。
外は街灯と月の光を頼りにしなければならないような、そんな暗さだった。
だというのに、まだ小学校中学年のなのはは、今から何処かへ向かおうとしていた。
上条としては、それが放っておけなかったのだ。
なのはは、少し困ったような表情を浮かべた後、こう答える。

「えっと……今から塾に……」
「時計だともう九時近くは回ってるけど……そんな時間から塾ってのはあるのか?」
「うっ……」

苦しい言い訳も、上条が時計を見たことで看破される。
もとより優しい少女なのだ。
嘘をつくのもきっと下手なのだろう。

「何か理由があるのか? あるんだったら、俺にも教えてくれないか?」
「…………だけど、まだ知り合ったばっかりですし……」
「あー、そういうのはなしにしないか? さっきも言っただろ、困った時にはお互いさまって。これは色々してくれたなのはに対するお返しということで」

上条としては、困っている人がいるのを放っておけないだけ。
何処に行っても、やはり上条当麻は困っている人を放っておけない性格のようだ。
そんな上条の優しさを信用して、やがてなのはは話し始めた。

「……実はさっき、『聞こえますか! 僕の声が、聞こえますか!?』って言うような声が響いてきて……」

それから、なのはは上条にすべてを話した。
頭の中に響いてきた『助けて』という言葉。
そしてその言葉を聞いた後に、森の中で傷ついたフェレットを見つけたこと。
そのフェレットは今、近くの動物病院に置いてもらっていること。
そして再び森の中で聞いた声が聞こえてきたこと。

「……」

聞いた後で、上条は一旦黙り込んでしまった。
なのはは、そんな上条を見て少し不安になった。
しかし、そんななのはの不安をかき消すように、上条は言った。

「もしかしたら、そのフェレットとやらが出したSOS信号かもしれない。だったら、その動物病院に行ってみた方がいいかもな……」
「え? 信用してくれるんですか?」

なのはは、自分の話をすべて信じてくれた上条に、驚きの表情を向ける。
そんななのはの頭に、上条は右手をポンと乗せた。

「ふぇ?」
「信じるさ。なのはは嘘をつくような女の子じゃなさそうだしな。なにより、信憑性もあるしな」
「あ……」

そして上条は、乗せた右手でなのはの頭を撫でた。
なのはは、自分の顔がどんどん赤くなっているのを感じた。

「よし、そうと決まれば、さっそく行動開始だな、なのは!」
「……はい!」

外はすでに暗くなっている為、親からの了承をとるのは難しいだろう。
なので二人は、家族にバレないように、こっそりと家を出ていったのであった。



そして二人は、件の動物病院の前までやってきた。
当たり前だが、辺りはすでに暗くなっていて、動物病院もすでに電気は消えていた。

「!!」
「どうした? なのは」

ここに来て、なのはが耳を抑えるような素振りを見せた。
しかし、なのはがそれに答える前に。

「「!?」」

自分達の横を、何かが通り過ぎる。
影の数は二つ。
一つは、なのはにとっては見覚えのある影だった。

「ふぇ、フェレット?」

上条がそう呟くが、しかし次の影を見た瞬間に。

「な、なんだよあれ!?」

叫んでいた。
いや、この場合叫ばざるを得なかったというべきだろうか。
何故ならもう一つの影は、身体に包帯を巻いているフェレットに向けて明らかなる殺意を放っていたからだ。
その殺意は、もはや動物の本能とかのレベルではない。
それに、上条の身体は察していた。
目の前にいる敵は……何か只ならぬ気配を帯びている、と。

「……!!」

敵はフェレットを追って木に激突した。
瞬間、その木は簡単にへし折れて、その上に登っていたフェレットは空中に身を投げ出される。
なのはと上条は、そこでフェレットにかけられている小さな赤い玉が、かすかに光ったのを見た。
そのフェレットの落下地点に、なのはがいた。

「なのはぁ! キャッチだ!!」
「は、はい!」

上条の言葉に答えるように、なのはは両手を広げてフェレットを迎え入れる準備をした。
そしてフェレットは、その胸の中に飛び込んできた。

「キャッ!」

ドスン!
少し勢いを殺し切れていなかったのが原因か、なのははその場に尻もちをつく。
そしてもう一度、折れた木の近くにいる影を見た。

「なになに……なんなの?」
「分からない……あれは、一体……」

正体不明の謎の影。
身体の周りには、何やら触手みたいのがうねっているのが見える。
はっきり言って、奇妙な生物としか形容出来ない。
その姿は、見る者に恐怖を植え付け、嫌悪感を抱かせるものだった。
そんな中、突如声が聞こえた。

「来て……くれたの?」
「ふぇ?」
「は?」

その声は、10代近くの少年のような声だった。
だが、この動物病院の前には、上条となのは、フェレットに謎の影しかいない。
謎の影が話すとは到底思えない。
残るは……このフェレットだけ。
以上のことから総計すると。

「「しゃ、喋った!?」」

なのはの胸の中にいるフェレットが、言葉を発したという結果に繋がった。
だが、驚いている場合ではない。

「なのは、危ない!!」
「!?」

喋るフェレットに夢中になっていたなのはの頭上に、影が迫ってきた。
なのはは目を瞑った。
恐怖から……現実を逸らすという意味から……。
しかし、いつまでたっても、痛みは訪れない。
かと思ったら、突然バキン! という悲鳴にも近い音が鳴り響く。

「……バキン?」

その音に疑問を感じたなのはは、目を開けた。
目の前には……上条当麻(せいぎのみかた)が、立っていた。

「上条……さん?」

上条は右手拳を前に突き出した状態で立っていた。
そして、謎の影は元いた場所まで吹き飛ばされていた。
つまり、上条が影を殴ったのだ。

「なのは! この場にいるのは危ない……どこか安全な場所へ!」
「は、はい!」

上条は、フェレットを抱えているなのはの手を左手で引いて、動物病院から抜け出す。
そして、夜の街を疾走する間、二人は喋るフェレットに色々と疑問をぶつけていた。

「一体何が起こってるんだよ!?」
「何が何だかよくわからないんだけど……」

そして、それらの疑問に答えるように、フェレットは言った。

「君には、素質がある……お願い、僕に少しだけ……力を貸して!」

だが、その言葉は彼らの疑問を解決するに値しない。
どころか、余計に疑問を増やすだけだった。

「資質?」
「一体、なのはになんの資質があるって言うんだよ!!」

焦りからか、上条は叫ぶように尋ねてしまう。
だが、それに対して驚く様子もなく、フェレットは言葉を紡いだ。

「僕は、ある探し物の為に、ここではない世界からやってきました」
「ここではない、世界……異世界からか?」

その言葉に、上条は少しだけだが何かを感じていた。
異世界からやってきた……その点において、今回の自分とまったく同じ状況だったからだ。

「しかし、僕一人の力では想いを遂げられないかもしれない……だから、迷惑だとは分かっているのですが、資質を持った人に協力してほしくて……!!」
「だからなんの資質なんだよ!!」

再び、上条は叫ぶ。
フェレットは、ある程度まで来たところで、なのはから降りる。
そして、なのはと上条の顔を見て、言った。

「お礼はします、必ずします! 僕の持ってる力を、貴女に使って欲しいんです! 僕の力を……『魔法』の力を!」
「「……魔法?」」

上条となのはは、声を合わせて呆れ果てたように呟く。
なのはは、そんなものなんてあるわけないという意味を込めて。
上条は、『魔法』ではなく『魔術』ではないのかという意味を込めて。
だが、魔術にしろ魔法にしろ、先ほどの謎の影に、上条の右手は反応した。
つまり、相手には何らかの異能の力が働いているということになる。
それだけは、紛れもない事実であった。

「!? またか!!」

またしても頭上より、敵が迫り来る。
その先には……なのはとフェレットがいた。

「くそっ!」

上条はなのはの前に立ち、咄嗟に右手を差し出した。
最初こそ、パァン! という音が鳴り響いたが、そこで上条はある違和感を感じる。

「(な……なんだこれ……右手で打ち消しきれない!?)」

完全に消滅出来ていない。
いや、打ち消した瞬間に再生しているのだ。
つまり……この謎の影を形成している、核みたいなものをどうにかしない限り、この影を消すことは不可能だということになる。

「上条さん!」

上条の後ろには、心配そうな表情で見つめてくるなのはの姿があった。
そんななのはに、上条は言った。

「俺がこうして時間を稼いでいる間に、なのははそのフェレットから力を借りろ!」
「で、でも……一体どうやって……」
「それはソイツに聞いてくれ!」

必死な表情を浮かべて叫ぶ上条。
やがてそんな上条の後を引き継ぐように、フェレットは言った。

「これを!」

そう言って、なのはに赤い玉を渡した。
それを手にしたなのはは、

「温かい……」

その玉が持つ温かさを、確かに感じた。
だが、いつまでもその温かさを体感しているわけにもいかなかった。

「それを手に、目を閉じて、心を澄ませて……僕の言う通りに繰り返して」
「……(コクリ)」

なのはは無言で頷く。

「いい? ……いくよ!」

そして、言葉が奏でられる。

「我、使命を受けし者なり」
「『我、使命を受けし者なり』」「契約の元、その力を解き放て」
「えっと……『契約の元、その力を解き放て』」
「風は空に、星は天に」
「『風は空に、星は天に』」
「そして、不屈の心は」
「『そして、不屈の心は』」
「「『この胸に』!!」」

瞬間。
なのはの周りが、強い光に包まれる。
その光は、赤い玉から発せられているものであり、色は桃色。
影を抑えている上条にも、その光の眩しさは感じられた。
そんな中、二人は締めの言葉を紡いだ。

「「『この手に魔法を、レイジングハート、セットアップ』!!」」

その言葉が告げられた瞬間。
辺りは先程よりも強い光に包まれる。
その光、前に立つ黒い影を打ち消さんばかりの強烈さ。
そして、その光の中で、何かがこう告げた。

『Stand by Leady,Set up!』

そしてその光が収まった後、上条に襲いかかっていた影は、急に距離を取っていた。
光が収まったのを確認して、上条が後ろを振り向いてみると。

「………………………………え?」

そこに立っていたのは、紛れもなくなのはだった。
ただし、ここまで来た時とは違って、白を基本とした服に身を包んで、大きな杖を持った、それこそまさしく、何かのアニメに登場するような、魔法少女そのものであった。

「よし、成功だ!」

そんななのはの姿を見て、フェレットは嬉しそうにそう言ったのだった。




[22190] 無印『ジュエルシード』編 2
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/11/10 19:24
「……はい? 成功?」

その言葉に、上条は少し違和感を覚えた。
違和感……というか、疑問とでも言うべきだろうか?
そして見事魔法少女に変身を遂げた本人であるなのはは、自分の姿が変わったことに驚いていた。

「ふぇ? ……ふぇええええええええええええええええええええええ!?」

だが、そう悠長に驚いている場合でもない。
こうしている内にも、相手が攻撃を止めてくれるわけではなかった。

「なのは! ……くそっ!」

なのはの魔力に反応してかしないでか。
影はなのはに向かって触手を伸ばしてくる。
上条は、影となのはの間に入り、その触手を右手で受け止める。
だが、受け止めたと思ったら……別の方向からきた触手によって、上条の身体は壁に突き飛ばされる。

「がはっ!」
「か、上条さん!!」

うめき声をあげる。
今の一発で、上条の身体は少しばかり悲鳴をあげる羽目になった。
だからと言って、上条が止まる要因にはならない……が。

「来ます!」
「「!?」」

フェレットの声が聞こえる。
それと同時に……影が一気になのはに向かって突っ込んできた。

「きゃっ!」

慌てて杖を突きだすなのは。
上条は慌てて間に入ろうとするも、距離的に間に合うはずがない。
そしてなのはが杖を突き出したと同時に、その杖からこんな声が発せられた。

『Protection』

瞬間。
なのはの目の前に、何やら魔力の壁みたいなものが作り上げられた。
その壁は、人一人を守るには十分過ぎる程の大きさであり、その壁に勢いよく衝突した壁は、辺り一面にその身を飛び散らしていた。
その衝撃で多少電柱や家の壁が破壊されたりしたが、この際そんなことを気にしている場合ではなかった。

「なんだよアイツ……また復活してきてやがる!」

飛び散ったはずの黒い影は、一つに集まり、やがて先程までの姿を、上条となのはとフェレットの前に現したのだった。
……上条の右手ですら完全に打ち消しきれないその影は、しかしその肉体は少し不完全なものとなっていた。
その影を見て、フェレットが解説を入れる。

「あれは魔力の塊です! 物理的な攻撃じゃ駄目だ……魔力を減らすとかして力を弱らせてからコアを封印しないと!」
「コイツ……全体が魔力によって出来上がってるのか?」
「はい!」

その言葉を聞いて、上条は気付いた。
右手で打ち消しきれていなかったわけではなかった。
確かに打ち消す度に相手はその身体を再生させていたが、その為に自らの魔力をどんどん消費してしまっていたのだ。
つまり、上条達の前にこうして不完全な状態で現れているのは、幻想殺し(イマジンブレイカー)のおかげだということに繋がった。
だとしたら、上条にやれることはただ一つ。

「なのは! 俺がコイツを引き付けている内に、何とかしてそのコアとやらを封印してくれ!」
「で、でも……どうやるか分からないし……私に出来るかどうか……」
「出来るさ! 俺はやり方を知らないけど、封印のし方とやらはそのフェレットに聞け! なのはは弱い人間なんかじゃない! 助けを呼ぶ声を聞いて誰かを助ける為に前へ踏み出せる……そんな強い人間なんだから!!」
「!?」

上条がなのはに言葉を告げている時。
影は攻撃対象を上条へと移し、一気に全身を使って突っ込んできた。
それはまさしく先程なのはにも繰り出した一撃。
しかし上条は、それを右手で受け止めた。
辺りには、黒い魔力が飛び散る。
なのはの前で右手を突き出して攻撃を防いでいる上条。
その姿はまさしく、正義の味方そのものだった。
上条は、その状態のまま、なのはに向かって叫んだ。

「俺がこうして相手の攻撃を受け止める。その隙に、なのははコアとやらを封印してくれ!!」
「……………………」

何も言わない。
なのはは少し迷っていた。
自分に本当に出来るのか。
そこまでの力が、果たしてあるのだろうか。
だが……やがてなのはは決意し、気付く。
今は一人なんかじゃない。
近くには名前こそ知らないが自分に助けを求めてきて、今この場を何とかする為の力を授けてくれたフェレットと、今自分の目の前に立って守ってくれている上条がいるのだから。

「……分かりました、上条さん。私、やってみます!」

そしてなのはは、完璧なる決意をした。
戦う決意を見せて、そして目を閉じた。
自分の呪文を、見つける為に。
程なくして、なのははその呪文をみつけた。

「『リリカル、マジカル……』」
「封印すべきは、忌まわしき器『ジュエルシード』!」
「『ジュエルシードを、封印!!」
『Sealling mode.Set up』

瞬間。
なのはの杖からは強烈な光が発せられ、それは勢いをつけて影まで伸びていく。
やがてそれらは影の全身を包んで、その魔力をどんどん消費させていく。
鼓膜を破るのではないかと思われる程の叫び声と共に、身体がどんどん消えていく。
そして眉間にローマ数字が浮かんだ時。

「今です!」

フェレットが叫ぶ。
そう、今この時こそ封印の時。
上条はその場から慌てて退避し、なのはは上条がその場からいなくなったのを確認すると、

「ジュエルシード、封印!」
『Sealling』

柄の部分が伸び、先に白い羽が生えたその杖を前に突き出して、なのはは叫んだ。
すると……どうだろう。
強烈な光に包まれた影は、次第にその身体を消滅させていく。
やがて身体を維持出来なくなって、完全にその姿は、消え去った。

「「……」」

辺りにはようやっと夜本来の静けさが戻ってくる。
思えばあれからまだそんなに時間は経過していなかったのだ。
ただ、上条となのはがいる周りの物は、戦いの爪痕をしっかりと残しており、もしこんな場面を誰かに見られたりすれば、間違いなく器物破損やら何やらで警察に御用となってしまうだろう。
だが、今はそのことを気にしている場合ではない。

「……早く、杖であの宝石に……」
「あ、うん」

先程まで影がいた場所には、変わりに小さな宝石みたいなものが浮かび上がっていた。
微かに光っているそれを見て、上条は心の中で呟く。

「(こんな小さな宝石が、あんなにでかい化け物になってたのか?)」

ジュエルシード。
それは果たしてどういったものであるのか。
その正体を知りたいと思う上条なのだった。
そしてなのはが杖の先の赤い宝石にてそれに触れると、空中に浮いていたそれは吸収され、

『Sealling』

これにて、今回の封印は完了した。
終わったことに対して素直に溜め息をついてしまうなのは。
一方上条は、事件を一つ解決したにも関わらず、何か嫌な予感を感じていた。

「ありがとう……ございました……」

パタン。
そこで今になって力が抜けてしまったのか。
包帯を巻いたフェレットが、その場に力なく倒れてしまった。

「お、おい!」
「だ、大丈夫!?」

上条が慌てて手を差し出そうとするが、その前になのはが地面に倒れ込んでいくフェレットの身体を寸前のところで受け止めた。
いつの間にかなのはの変身は解けていて、来た時の格好に戻っていた。

「疲れてたんだ……」
「まぁさっきまで傷だらけだったし、まだ対して治ったわけでもない状態からの敵襲だったからな……」

見た目以上に、この小さなフェレットは疲れを感じている。
思えばここまで全力で逃げてきたのだ……まぁ無理もないだろう。

「しかし……これどうしましょう……」
「だよな……」

二人は、周囲を見回して、思わず呟いた。
このままこの場にいたとしても無駄に終わるだろう。
ならば早くこの場から立ち去って家に帰ればいい。
そう考えていた、その時だった。

「……………………なぁ、何かサイレンみたいな音が聞こえないか?」
「ふぇ?」

何か遠くから音が聞こえる。
そしてその音は、今この状況において決して聞きたくはない音。
こればかりは、上条の右手でも打ち消せない音(げんじつ)だった。

「……なのは、この時俺達がとるべき行動はなんだ?」
「えっと……それは……」
「「ここから逃げる!」」

二人は声を合わせて、その場から全力疾走。
その際上条は、

「だぁあああああああ! 不幸だぁあああああああ!!」

お決まりのあのセリフを叫びながら、その場から走り去っていったのだった。



「なるほど……あの右手はこの世界の異能の力をも消せるというのですか……」

先ほどの上条となのはの戦闘を見ていた魔術師が、ボソッとそんなことを呟いた。
上条当麻の右腕……幻想殺し(イマジンブレイカー)は、それが異能の力なら何でも打ち消せるというものだ。
ただし、右手が届く範囲でしか消せない等の制約があったりするのだが、とりあえず今はその部分に関しては置いておくことにしよう。
彼は元居た世界では超能力だろうが魔術だろうが、例外なくその右手で打ち消してきた。
ただ、この世界にもその力は適応されるのかどうか分からなかったところだが、先ほどの戦闘のおかげでそれが適応されることが判明した。

「想定内の出来事ですが、たまには例外があって欲しいものですがね……」

悪態をつくのも無理はないだろう。
なぜならこの魔術師は、現在上条に勝負を挑んでいるのだから。

「まぁ、一人目は上条当麻の世界から連れてきたからそんな心配、関係ないと言ってしまえばそれまでなのですが……ところで、準備の方は大丈夫なんですか?」

魔術師は、隣にいる人物にそう尋ねる。
その人物は、魔術師に対してこう答えた。

「ああ、問題ないさ。彼女を泣かせたあの男を、僕は許す気はないからね」
「なるほど、そうですか……なら、思う存分やってしまっても構いませんよ? あ、ですが一つだけ注意しておきますね」
「何をだい?」

真夜中ということもあって、魔術師の隣にいる人物の姿を確認することは難しかった。
ただ、その人物周辺からは、タバコの煙らしきものが見えた。

「貴方の身体は上条当麻と違って曖昧な状態です。何せ、上条当麻から見れば貴方は並行世界の住人ということになりますから。つまり、正史である世界(オリジナルワールド)の住人ではない貴方の身体は少し不安定なんです。上条当麻の右手が触れてしまえば強制的に元の世界に戻されてしまいますので、くれぐれもご注意を」
「ああ、心得ておくよ」

やがて月明かりが彼らを照らすことで、ようやっと二人の姿が確認出来るようになった。
一人は黒いフードを被った、元の世界で上条当麻と戦った魔術師。
そしてもう一人は……口にタバコをくわえていて、身長は2mはあるだろうと思われる、赤毛の魔術師だった。

「決行日は明日の昼間。人払いの結界を用意しておいて下さいね」
「分かってるよ……魔術というのは守秘義務があるからね」

赤毛の魔術師は、全身を黒に包んだ魔術師の言葉に対してそう答えて、そしてその場から立ち去っていった。
黒き魔術師は、その後ろ姿を見ながら、呟く。

「楽しみですね……上条当麻。貴方がどのような戦いを見せてくれるのか。私は高見の見物といきましょう。それに、あの魔術師が負けたところで、次の刺客はすぐにでも現れますしね」

そして魔術師は、自らの目の前に黒き空間を作り上げて、その中へと入っていく。
その身体が空間の中に完全に収まり、入り口が完全に塞がれた時。
その場所にはもう誰もいなかった。
だが、今回はその様子を目撃した人物がいた。

「……今のは……魔法?」
「分からない……だけど瞬間移動したことは間違いないと思う。にしても、デバイスなしであんなことをするなんて……」

月をバックにしてその様子を目撃していたのは、二人の少女だった。
一人は黒を基本とした服で身を包んでいる、一本の杖を持った金髪の少女。
そしてもう一人は、その少女よりも背が高く、何もなしに宙に浮いているようにも見える少女。

「……とにかく、今日のところは引き返そう。このままここにいたって何も分からないだろうし……ね、アルフ」
「だな……フェイト」

そして二人は、この場からすぐに立ち去った。



先程のサイレンの音から逃げること、およそ数分後。
現場からは結構離れている公園のベンチに、フェレットを抱えているなのはと、多少服が汚れている上条の二人が並んで座っていた。

「ふぅ……どうなるかと思ったぜ」
「本当ですね……ふぅ……」

息を切らしながらも、二人はそんな会話を交わす。
そして、先程の戦闘を思い出す。
右手で何かを打ち消した感覚も夢なんかではなく、上条の目の前でなのはが何らかの力を使って変身したのも、決して夢ではなかった。

「なんかまた、不幸の予感がする……」

上条としては、異能の力関連の事件はこれが初めての経験というわけではない。
だが、怪物に襲われるというシチュエーションに関してだけを述べてしまえば、そんな経験はまだこれを含めて二回目くらいと言うべきだろうか。

「う……」

そんな時、なのはの胸の中で眠っていたフェレットが、少し苦しそうにうめき声をあげた。
それに気付いたなのはと上条は、

「お? 気付いたみたいだな」
「えと……起こしちゃった?」

上条はそう言葉を告げて、なのははフェレットを起こしてしまったことに少しばかり罪悪感を感じていた。
現状を説明してもらいたいという気持ちが先行するが、まず先にフェレット自身のことについて尋ねる。

「怪我……痛くない?」
「怪我は平気です。もうほとんど、治っているから……」
「治ってる? けど、まだ包帯ぐるぐる巻きじゃあ……」

上条が言葉を言い終える前に、フェレットが自分の身体に巻かれている包帯を器用に外していく。
するとどうだろう……その身体についているはずの切り傷などが、ほとんど跡形もなく消え去っているではないか。

「助けてくれたおかげで、残った魔力を治療に回させて頂きました……」
「……よく分かんないけど、そうなんだ……」

なのははホッとしたように呟く。
一方で上条は、魔力を使ってそんなことも出来るのかと少し感心していた。
元の世界にも治癒魔術はきちんと存在するのだが。
さて、いつまでも感心ばかりしている場合ではないのだが、まずは互いの名前を知ることが大切だ。
そう考えたらしいなのはが、こう切り出した。

「ねぇ……自己紹介してもいいかな?」
「え……ええ」

フェレットがそう答えたのを確認すると、なのははエヘンと言った後。

「私、高町なのは。小学校三年生。家族とか仲良しの友達とかは、なのはって呼ぶよ」
「俺は上条当麻。高校一年生だ。一応なのはとは今日知り合ったばかりなんだけど……」
「僕はユーノ=スクライア。スクライアは部族名だから、ユーノが名前です」
「ユーノ君、か……可愛い名前だね♪」

なのははフェレット……ユーノの名前を褒める。
しかし、褒められた本人であるユーノは、なのはの膝の上で力なくうなだれた。

「お、おい。どうしたんだよ」

思わず上条がそのことについて尋ねると、ユーノは申し訳なさそうにこう言った。

「すみません……僕のせいで貴殿方を巻き込んでしまって……」

ユーノが謝っているのは、自分のことに上条達を巻き込んでしまったこと。
昨日までは何も知らずに過ごしてきたなのはを、魔法の世界に誘ってしまったこと。
平和な日常をこれからも歩み続けるはずだった小学三年生の少女を、平和と戦いの狭間に追いやってしまったことだった。
しかし、二人は別にそのことに関しては気にしてなどいなかった。

「別に構わないって。こういった経験をするのが初めてってわけじゃないし、何より俺だってこの世界の住人ってわけじゃないから」
「「え?」」

二人は上条の言葉に驚きを見せる。
何処からどう見たって一般人にしか見えない男子生徒が、自分も異世界の住人だなんて言い出したのだから、無理もないだろう。
しかし上条がこの世界の住人ではないことは明らかなるものであり、だからと言ってそれを確かに証明するものがあるわけでもなかった。
だが、なのはとユーノが気になることと言えば、先程の敵を受け止めた右手の力。
そして上条は、その右手についての説明をした。

「俺の右手は、それが異能の力なら何でも打ち消せる、幻想殺し(イマジンブレイカー)って力が備わってるんだよ。こんな力、この世界には存在しないだろ?」
「た、確かに……魔法障壁ってわけでもありませんし……」

ボソッと呟くユーノだったが、しかしその声はなのはと上条には届いていなかった。

「ところで、色々と聞きたい話があるわけなんだけど……もう時間も遅いことだし、とりあえずなのはの家に行くか?」

上条としては、今回のこの出来事について聞きたいことが結構あったりする。
だが、その話をこの場でしていたら、何となく時間が足りないような気がしたので、そんな提案をしたのだ。
少なくとも上条の家ではないはずなのだが、今の上条には一日を過ごす場所として、そして落ち着いて話が出来る場所として、そして一人の少女の帰る場所である高町家に行く他なかった。

「そうだね……ユーノ君怪我してて落ち着かないだろうし……私の家に行こ?」
「え……でも……」
「拒否権はないぜ? 色々と話を聞かせてもらいたいし……いくら見た目が良くなってるからってまだ完全に治ったわけじゃないんだからな。ここはなのはの好意に甘えてやれよ」

上条がそう告げると、ユーノは少し考える素振りを見せた後で、こう言った。

「それじゃあ……よろしくお願いします」
「うん♪」

そしてなのは達は、その場からいったん離れて、なのはの家に向かうこととなった。
だが、ここで上条があることに気付いてしまった。

「なぁ、ところで……家族とかは大丈夫なのか……? 俺達、内緒で出て来ちまったわけだけど……」
「……あ」

とりあえずまずは、家族に見つからないように家の中に入らなければならないようだ。



夜の街中を歩いてきた二人は、やっとの思いでこの家まで到着することが出来た。
ただ、家に着いたからと言ってまだ安心出来ると決まったわけではない。
これから家の人にバレないようにしながら、中に入らなければならないのだ。

「なのは……準備はいいか?」
「……はい」

やがて二人とも決意を秘めたような表情を浮かべると、気付かれないようにそっと扉を開く。
そして誰も近付いてこないことを確認すると、そのままゆっくり扉を閉め、それぞれに用意された部屋の中へ入ろうとする。
もちろん、玄関は真っ暗であり、電気などついているわけがない。
それに人気もないことから、今は全員寝静まっているのだろう。
……だがこの時二人は気付くべきだった。
真夜中だというのに、鍵がかかっていなかったということに。

「……おかえり」
「「!?」」

その言葉と共に、突然パッと明かりがつく。
……スイッチが一人手につくはずがないし、ましてやこの状況下においてなのはや上条本人が電気をつけることなんて考えにくい。
つまり……誰かがこうなることを予測していて、待ち伏せしていたということだ。

「「た、ただいま……」」

上条となのはは、内心汗だらだら。
今にも部屋の中へ逃げてしまいたいような心境だった。
やがて二人の前に現れたのは、なのはの兄である恭也だった。
鋭い目付きが、上条のことを捕らえる。
不覚にも、それに圧倒されてしまって、上条の身体は完璧に動かなくなってしまっていた。

「こんな時間まで何処に行ってたんだ? それもこんな男と二人きりで……まさかお前! なのはに手を出したりしたんじゃないだろうな!!」
「しませんよ! 犯罪行為を進んでやるメリットなんてあるか!!」

多少検討外れな質問をされたような気がするが、まぁ妹を心配する兄の像があるといえばあるのだろう。
それにしたって、上条は高校一年生であり、なのはは小学三年生である。
もしこの二人が本当にそんなことをしてしまえば、間違いなく上条はお縄につくことになってしまうだろう。
ちなみに、上条より恭也の方が年上ということもあって、敬語で話していたのだが、途中で敬語を忘れてしまっていたようだ。

「か、上条さんは何も悪くないの! ただ……私がちょっと夜中に家を出ようとしたのを見て、心配してくれて……」

なのはは必死に弁明する。
しかし、そんななのはに恭也はさらに突っ込んだ質問を出す。

「じゃあ何をしに行ってたんだ?」
「「うっ……」」

見知らぬ化け物と戦う為に魔法少女になってました、とは言えなかった。
言ったとして信じて貰えそうにないのは分かっていたし、その後で嘘をつくなと言われるのが見えていたからだ。
だが、ここで助け船を出してくれた人物がいた。

「あら可愛い~!」
「「「え?」」」

メガネに三編みの少女であり、なのはの姉である、高町美由希(たかまち みゆき)が、なのはが恭也には見えないように後ろに隠していたユーノを見つけて、そう声をあげる。

「なのははこの子のことが心配だったんだよね~。それで貴方は……えっと上条君だったっけ? 上条さんは、そんななのはが夜道を歩くのを心配して、保護者代わりについていってくれたのよね? 初対面なのにわざわざありがとね?」
「あの、その、えっと……」
「い、いえ! どういたしまして。実はそういう話だったんです……」

見た目自分よりも年上そうな美由希を見て、少し緊張してしまう上条。
だが、しどろもどろしているなのはの代わりとして、きちんとその理由を説明した。
恭也は少し不満そうにしていたが、

「まぁ心配するのはいいが、こんな真夜中に一人で、しかも内緒で出かけるというのは頂けない。それに……ちょっとでもなのはに手を出してみろ。殺すから」
「いきなり殺人宣言!?」

まさかの『殺す』発言に、さすがに上条も動揺する。
なのはも驚きのあまりか、思わず目を丸くしていた。

「はいはい。もういいじゃない? 二人ともこうして無事に帰ってきてるわけだし。それに上条君だってそんなに悪い人には見えないわよ?」
「は、はぁ……ども」

美由希の言葉を聞いて、照れている上条。
恭也はそんな上条の顔を見て、『まぁいい』と一言漏らした後、

「なのははいい子だもんね? もうこんなことはしないわよね?」

と、美由希が笑顔でなのはにそう言った。
なのはは、申し訳なさそうな表情を浮かべて、

「その……お兄ちゃん? 内緒で出かけて、心配かけてごめんなさい」

ユーノを抱えたまま、恭也の前で頭を下げた。
横に並んでいた上条も、一緒に頭を下げる。
そんな二人を見た恭也は、とりあえずは納得したような表情を浮かべていた。
一連の流れを見て、美由希が一言。

「はい、これで解決!」



「一つ目のジュエルシードが封印されましたか……」

真夜中の空に浮かぶ月を仰ぎ見ながら、魔術師はボソリと一言呟く。
ビルの屋上から見る夜の街は、不自然すぎる程の静けさを漂わせていた。

「さて、ここからが試練の始まりです。あの赤き魔術師を相手に、貴方はどう動きますか? ……上条当麻」

そして何事もなかったかのように立ち去る魔術師。
赤き魔術師……その言葉が現す意味とは、はたして何なのだろうか?
魔術師が呟いた『試練』とは、一体……。



翌日。

「ん……」

客間で目を覚ました上条当麻は、いつの間にか自分の身体に布団が被せられていることに気付いた。
昨日の夜、なのはと一緒に帰って来てからの記憶が若干抜けかけている。
それは恐らく身体に溜まった疲れなどのせいであるのだろうが、今はそんなことは関係ない。

「ここは……なのはの家だよな?」

周りを確認する。
どう見ても、先日見た光景であり、学園都市にある男子寮の自分の部屋ではない。
つまり、世界を移動してきたという事実に変わりはないということだ。

「けど、変だよな……空間移動(テレポート)の類だったとしたら、俺の右手が反応しているはずなのに……」

上条当麻の右手には、幻想殺し(イマジンブレイカー)という能力が備わっていることはもうご存じだろう。
そしてその右手は、それが異能の力であるならば、魔術でも超能力でもお構いなしに打ち消すと言う代物だ。
だが、今回の世界移動の際には、それが通用しなかった。
右手で効果が打ち消されるはずなのに、それが適用されなかったのだ。

「あれは一体、どういうことなんだ? まさか、あれは三沢塾の時と同じで……いや、それはないか」

三沢塾。
今回はその話は関係ないので詳しい説明は述べないが、その時の事例通りだとすれば、中にある核を破壊しない限り、いくら幻想殺しを持っているとしても、その効力は上条当麻本人にも及ぶこととなる。
だが、はたして今回のような世界移動にまでそのような効力が働いているのかと聞かれると、少し疑問符を打たざるを得ないだろう。

「とにかく、今後どうするか……なのはの家にいつまでもいるわけにもいかないし、とりあえず今日は一度なのはの家を出よう。まだこの街のことについてよくわからないから、適当に散策でもしてみるか」

本日の予定を立てた後、上条はようやっと布団の中から出てきた。
そして、気付いた。

「……いつの間にか寝間着に着換えてるし」

自分で着替えた記憶のない寝間着にいつの間にか着替えていた上条。
元着ていた学生服は、布団の横に畳んで置いてあった。
恐らく、昨日の内にそれらのことを済ませてくれていたのだろう。

「ここまで世話になるなんて……何だかむず痒いな……」

誰が着替えさせてくれたのかという思考を、上条は頭の隅の方に追いやる。
まずは寝間着から制服に着替え、そして布団等をとりあえず畳んでおく。
それから寝間着を抱え、部屋を出る。

「あら、こんにちは」
「こ、こんにちは……?」

挨拶が微妙にずれている気がした上条は、壁に掛けられてあった時計を確認する。
そこに記されていた時間は、『12:19』。
つまり、今は正午ということになる。

「……俺、まるまる半日眠ってたってことか」
「大丈夫? 身体の方は」

テーブルの上に何やら食事を並べているのは、なのはの母親である高町桃子。
上条は、そんな桃子に若干見惚れながらも、

「は、はい。とりあえず今の所は大丈夫です……昨日は走り回りすぎて疲れてしまっただけですから」

事実、上条は昨日走り回っていた。
そして、戦っていた。
この世界に転移させられる前には、魔術師によって召喚された謎の機械と。
この世界に来てからは、『ジュエルシード』と呼ばれる謎の結晶から生み出された何かと。
たったひとつの身体に鞭を打ち、上条は戦っていた。
そんな事情を、もちろん桃子が知っているはずはない。

「そう……あ、とりあえずご飯食べる?」
「あ、はい……お腹空いてしまったんで、いいですか?」
「ええ。構わないわよ」

桃子からの許可が下りたところで、寝間着を桃子に渡した後、上条は席に着く。
『頂きます』と言ってから、箸を持つ。
本日のメニューは、ご飯と味噌汁、そして焼き魚等々。
恐らくは朝食として出す予定だったメニューだろう。
上条は、やはりまず味噌汁に手をつけた。

「本当にうまいっすね……昨日も俺の為にご飯を作ってくれて、ありがとうございました」
「いえいえ。困ってる人を助けるのは当然のことでしょ?」

上条の寝間着を洗濯機の中に入れてきた桃子が、笑顔でそう言った。
やはり、この家の人達は皆優しいと上条は考えていた(恭也は若干除かれかけているが)。

「それにしても、どうして貴方は私達の家の前に倒れてたの? 見たところこの辺に住んでる人じゃないって感じがしたけど」
「……あ~その、えっと……」

まさか、別の世界から来ましたなんて言えるはずもなく。
そんなことを言ったら、いい笑われ者になってしまうだろう。
とりあえず上条は、当たり障りのない説明をすることにした。

「この街ではないところからちょっとした事情があってここに来まして、そしたらお金も何も持ってなくて、食べるものがなくて、当てもなく歩きまわっていたら、こんなことに……」
「そうだったの……」

嘘は言っていない。
その話を聞いていた桃子は、気の毒そうに上条を見ていた。
上条は、そんな桃子の様子を見て慌てて繕った。

「だ、だけどおかげで助かりました! とりあえず今日の所は一旦この家から出て行くつもりですから! 決して邪魔だけはしません!」

これ以上この家に厄介になるつもりはない上条は、この家の人達を自分の事件に関わらせたくないという気持ちも混ぜながらそう言った。
しかし、桃子は何となく納得していないと言った表情を浮かべていた。

「そんなこと言わないで……しばらくの間この家にいてもいいのよ? 帰る場所とか、寝る為の場所とかはあるの?」
「……………………ないっす」

当然だろう。
上条はこの世界に自分の帰るべき場所などあるはずがない。
だからそう答えるしかなかった。
でも、上条はこう言った。

「とりあえず今日の所は一旦この家を出ます。そして夜になっても何処にも立ち寄れるような場所がなかった時は、この家に戻ってきます……これでどうでしょう?」
「……それなら大丈夫ね。なのはも、多分貴方が目覚めた姿を見たいでしょうから、今日の所はとりあえず戻ってきてくれないかしら?」
「あ……」

その言葉で、上条はようやっと気付いた。
上条は、今さっき目覚めたのだ。
だからなのはにはまだ会っていないのだ。
もしかしたら、なのはは上条のことを心配しているかもしれない……いや、桃子の口振りから予想するに、なのはは上条のことを心配しているのだ。

「……分かりました。今日は必ず、ここに帰って来ます」
「……お願いね」

そう桃子が頼んだ時には、すでに味噌汁は冷めてしまっていた。



一旦の別れを済ませた上条は、現在宛もなく街の中を歩き回っていた。
とりあえずここまでで分かったことは……。
まずこの世界は基本元いた世界とそこまで大きな違いがなく、学園都市の外の街にいるような感じだということだ。
科学技術はそこそこ発展しているが、学園都市程の進化を遂げているわけではない。
次に、この世界には『魔法』と呼ばれるものが存在する……らしい。
らしいというのは、まだその事例を一回しか見ておらず、しかもそれがなのはだったということにある。
先日知り合ったばかりの女の子が、謎のフェレット(ユーノのこと)を助けたが為に魔法少女になったというのは、あまりにも現実離れした光景だった。
もっとも、上条はそれ以上に現実離れした光景を見たことがあったので、そこまで驚いたわけでもなかったのだが。

「……あれ?」

そして、歩いている途中で上条は気付いた。
現在、時刻は午後1時近く。
普通の街であるはずならば、この時間ならいくら住宅街だとしても誰か人がいてもおかしくはない状況のはず。
だというのに……上条の周りには、およそ人と呼べるような存在がいなかった。
そう、まるで人払いでも済まされているかのように……。

「人払いの結界……まさか!?」

この光景を見ていて、上条が思い至った人物はただ一人。
だが、その人物がこの世界にいるわけがなかった。
なぜなら、その人物は上条当麻のいた世界にまだ残っているはずなのだから。
そのはずなのに……。

「やれやれ……また君とやり合う羽目になるなんてね」
「な……何で……」

赤き魔術師は、上条当麻の目の前に立っていて。
そしてその魔術師は、一言上条に告げた。

「あの子を泣かせた君を、僕は絶対に許さない……ここで君を、殺す」

魔術師、ステイル=マグヌスが、上条当麻に対峙していた。

「な、何でお前がこの世界に……それに、俺を殺すって……!!」

頭が混乱してくる。
ステイルは、少なくともこれまで上条のことを本気で殺そうとすることはなかった。
しかし、目の前にいるステイルからは、明らかなる殺気が放たれていた。
それこそまるで、誰かの仇でも討ちに来たかのように。

「君のせいで、あの子が助からなかった。君が過ちを犯したせいで、あの子は、あの子は……!!」
「インデックスが? インデックスは俺の部屋で笑って過ごしているはずだ……少なくとも、助からなかったはずがない!」

確かに、インデックスという少女は上条によって救われた。
だが、ステイルはその事実を否定している。
明らかなる、矛盾が発生していた。

「違う……あの子は結局助からなかった。君がミスをしてしまったおかげで、あの子は命を落としたんだよ!!」
「!?」

違う。
言おうと思って、上条は気付いた。
目の前にいるステイルは、自分が知っているステイルではない。
恐らく、上条とはまた違う世界からやってきた、上条の世界における『ステイル=マグヌス』の同一体。
もしくは、ステイル=マグヌスのある一つの結末とでも言うべきだろうか。
だとしたら、言えることはただ一つ。

「それでも、インデックスは救われた。俺のいた世界じゃ、インデックスは救われたんだ」
「黙れ!! あの子はお前のせいで……お前のせいでぇえええええええええええええ!!」

瞬間。
周囲が一気に炎に包まれる。
街中だと言うのに、お構いなしに魔術師は魔術を発動していた。

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎! その役は剣! 顕現せよ! 我が身を喰らいて力と為せ!!」

そして発動された。
魔女狩りの王(イノケンティウス)。
かつて上条がステイルと対峙した際に出された、ルーンの魔術を利用した術式。
炎を帯びた巨人が、上条当麻の目の前に現れる。

「なっ……!!」
「……殺せ」

呟き。
同時に、炎を帯びた巨人が、上条目掛けて襲いかかってきた。

「くそっ!」

通常、ルーンの魔術に対抗する方法は、そのルーンをすべて壊すこと。
しかし、最初に対峙した時とは違って、防水加工を施されているカードとなってしまっている為、街にあるスプリンクラー(ない可能性の方が高いが)を使ってのインク消去は不可能。
となると、この勝負は上条にとっては明らかなる不利……いや、勝ち目などないかのようにも思われた。
周辺に貼られてあるルーンを見ながら、上条はそう思った。
とりあえず、ステイルの射程距離内に入ってどうにか一発殴りたいところだが、それも叶いそうになかった。

「何だってお前までこっちの世界に来てるんだよ!!」

巨人の攻撃を避けながら、上条がステイルに尋ねる。
ステイルは、表情を特に変えることなく、その質問に答えた。

「君を殺す為だよ……まぁ、あの魔術師にしてみたら、僕は駒の一つに過ぎないのだろうけど」
「駒……? あの魔術師……? ……そうか、そういうことか」

そこで、上条は聞いた。
少し前に対峙した、黒き魔術師が言っていた言葉。
それは……『準備がある』というような感じの言葉だった。
つまり、今上条の目の前にいるステイルは、彼によって用意された出演者ということになる。
それも、『今ここにいる上条当麻』とは違う世界から引っ張られてきたステイル=マグヌスだ。

「お前は俺とは違うから連れてこられた、言わば『並行世界のステイル=マグヌス』ということか」
「まぁそうとも言うね……だけど、僕は君の存在を消す為にここまで来た。だから、大人しく消えてくれないかな?」
「……悪いがそうもいかねぇんだよ。俺には、会わなくちゃいけねぇ奴がいるからよ……ソイツに会うまでは、まだ倒れるわけにもいかねぇんだよ!!」

巨人からの攻撃を避けつつ、上条は叫ぶ。
その距離は未だに縮まることがないまま、一定の距離を保っていた。
時折、避けきれなかった炎が上条の身体を焼く。
軽いやけどが出来あがったりしていたが、今の上条にとってはそんなことは些細なことでしかなかった。

「ちっ……」

ステイルは加えていた煙草を、地面に落した。
そして、巨人による巨大な炎の剣が上条の右手によって抑えられている所を見て、次の攻撃を開始する。

「灰は灰に……塵は塵に……吸血殺しの、紅十字!!」

瞬間。
巨人の身体を突きぬけて、十字の炎が上条に覆いかかってきた。
上条はそれに向けて右手を突き出す。
すると、パァン! という音と共にそれは消え去った。
同時に、巨人すらもその場から消え去っていることに気付く。

「なっ……!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

ここぞとばかりに、上条は駆け抜ける。
狙うは、ステイルの顔面。
ステイルに近付きながら、上条は必死の形相を浮かべつつ、こう言った。

「お前の世界にいる俺は、目の前の現実から逃げちまったのかもしれない……けど俺は違う! 『俺』はインデックスを助けた!」
「ふざけるな! 君があんな状態のあの子を目前にして逃げ出したりしなかったら、あの子は……!!」
「そう思ったのなら、何故俺を引き止めなかった! どうして俺を見逃した! どうしてお前は、インデックスを助ける為の主人公になろうとしなかったんだ!!」
「君に……逃げ出した君に何が分かる!!」
「言っただろ! 俺は逃げなかった……だから俺は、インデックスを助けることが出来たってな!!」

叫びながら、上条はステイルの顔面に己の右手拳を喰らわせた。
ドゴッ! という音と共に、何故か世界が悲鳴をあげた。

「ぐはっ!」

短いうめき声が聞こえる。
それと同時に、あり得ないことが起きた。

「…………………………………………消えた?」

ステイルが、炎を帯びた巨人(イノケンティウス)が、上条の目の前から消えた。
それこそまるで、最初からそこにいなかったかのように、跡形もなく。

「まさか……俺の右手が反応した……? けど、生身の人間であるはずのステイルに効くなんて……どういうことだ?」

理由を解明出来るはずもなく、上条はしばらくの間その場に立ち尽くしていることしか出来なかった。



そんな光景を、ビルの屋上から眺めている人物がいた。

「……人が、消えた?」

金髪の少女は、魔法という通常ではあり得ない力を持っていながら、さらにあり得ない状況を目の当たりにしていた。
それこそ……人が一人、その場から突然消え去ったのだ。

「どうするフェイト……話を聞きに行く?」

隣にいる少女---アルフが、フェイトに尋ねる。
フェイトは、しばらく考える素振りを見せた後で、

「……うん。少し、話を聞いてみる。いや……何が起こったのかよくわからないから、とりあえず戦ってみる」
「了解。それじゃあ……行こっか?」
「……うん」

そして二人は、上条当麻に会いに行く。
それが、フェイトと上条当麻の初めての出会いだった……。




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