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[16850] 頑張れ!新入りヴォルケンリッター【リリカルなのは オリ主】
Name: 槍◆bb75c6ca ID:f93becd2
Date: 2010/11/07 07:53
 それは遥か昔、闇の書が『夜天の書』として正しく機能していた古の時代――。

 とある宿屋の広い一室。長いブロンドの髪を後ろで一括りにした夜天の書の主を中心に、黒い甲冑を身に付けた守護騎士達はとある議題について会話を広げていた。

「新たな、ヴォルケンリッターですか……」

 壁に寄りかかりながら、烈火の将シグナムは夜天の書をパラパラと捲っている主に向かってそう呟く。

「うん、まだ色々と試行錯誤してるけど、もう構想は出来てるんだ。オールマイティな戦闘を出来る子をね」

「……マスターは今の私達だけじゃ不満だってのか?」

 不機嫌そうな表情を夜天の主に向けるのは鉄槌の騎士ヴィータ。その表情からは読み取れないが、シグナムもまた同じく機嫌が悪そうだった。

 彼女達の不満はもっともだろう。『今の君達では戦闘が不安なので新しく増員します』とも取れる言葉を彼女らの主は言っているのだから。

 誇り高い騎士である彼女達からすればいくらマスターであろうと屈辱には違いなかった。

「そう機嫌を損ねるな2人とも。主には主の考えがあるのだからな」

 シグナムと反対側の壁に寄りかかりそう呟いたのは、盾の守護獣ザフィーラ。

「オールマイティ、ということは私達の連携を強化するということですか?」

 椅子に座りながら夜天の主にそう問うのは湖の騎士シャマル。

「そうだよシャマル。君達に不満があるわけじゃないんだ、みんなとてもよくやってくれているしね。
 でも最近は夜天の書を狙う輩も増えてきたし、君達の負担を少しでも減らせたらと思って」

 そうにこやかに微笑みながら、夜天の主は書に魔力を込め始める。するとベルカ式の魔法陣が浮かび上がり、いくつも輪を重ねていく。

「彼の名前は……雷の刺突、槍の騎士グレゴール……かな。完成したら面白い機能も付けてあげるんだ。皆の弟って事になるから、仲良くしてあげてね。愉快な子になると思うから、きっと楽しいよ」

 そう言ってウィンクをザフィーラに向ける夜天の主。ヴォルケンリッターの中で男性型が1人というザフィーラに対しての心遣いなのだろう。

 未だ見ぬ弟を、4人の守護騎士達は目を思い馳せる。

「槍兵ですか。鍛えがいがありそうですね」

「だらしない奴だったらアイゼンの錆にするからな」

「弟……か。なにやら新鮮な響だ」

「仲良くできるといいですね」

 その声を聞いて、夜天の主は嬉しそうに笑い、優しく夜天の書に向かって小さく呟いた。

「君はどうだい? ■■■」

『――はい、とても楽しみです』




 しかし――彼らがその弟を見ることは、無かった。



 宿屋で守護騎士達に彼らの弟を造ると話した、わずか数週間後の出来事。彼らはとある卑劣な罠によって戦力を分断され、数多くの魔導士に襲撃を受け、1人、また1人と命を落とす。

 その戦場から何とか脱出した夜天の主も、すでに致命傷の一撃を受け、どこぞと知らない裏路地の壁を支えに血まみれで座り込んでいた。

 息をするのも辛い。はっきり言ってもう助かる見込みはないだろうと、夜天の主自身、自分の死期を確信する。

「はぁはぁ……ははっ、これは、終わりかな……まあある意味僕に相応しい死に様か」

 誰に聞かせるわけでもなく、夜天の主は呟く。誰かに聞かせるわけでもなく、まるで時世の句のように。

「ヴォルケンリッターのみんなには、こんなマスターで、本当に申し訳ないな――心残りといえば、それだけか」

 血まみれの手で、愛しむように死守した夜天の書を撫でる。

「結局彼らの弟を造ってはあげられなかったし…………ああ、そうか……それくらいなら、残してあげられる」

 ふと、何かを思いつた夜天の主は、最後の魔力を振り絞り、夜天の書を起動させる。そしてその一部に、とある特殊なプログラムを施した。

「これで、よし……いつになるかはわからないけど……これで、グレ……ゴールは……きっと……■■■――彼を、君の弟を、頼んだ……よ……」

 夜天の書を閉じ、主は目を瞑る。そしてずるずると横に崩れ落ちた。

 眠るように息を引き取った主の顔は、最後まで自分に忠義を通してくれた親愛なる騎士達に、微かな手向けを出来たことに満足した、安らかな笑顔だった。

 その最後の言葉を聞いたのは、彼の腕の中で大事に抱かれていた夜天の書の中にいる名前の呼ばれた〝彼女〟だけ。

 彼女は、静かに、優しく、悲しみを我慢して……しっかりと、答えた。

『お任せください、主――』



 こうして、その時代の夜天の主と守護騎士達は命を落とす。新たに造られるはずだった槍の騎士グレゴールの構想の残滓だけを夜天の書の中に残し――。

 だが、運命は守護騎士達にとって残酷なものだった。夜天の書は悪意ある者に回収され悪質な改良、否、〝改悪〟を加えられる。

 新たな夜天の主が騎士グレゴールのことを知るはずもなく、またそれを知っていたはずの守護騎士と〝彼女〟は、以前の記憶を消去され、気づくことは無かった。

 そして時が流れ、夜天の書は闇の書と呼ばれるようになり、幾度の悲劇を巻き起こしながら新たな主を求め転生する。



 ■■■



 闇、闇、闇。

 俺の視界に移るのは常にそれだけだった。いったい、いつからここにいるんだったかもう思い出せねえぜ畜生。

 俺の名はグレゴール。偉大なる夜天の書のマスターに創られた槍の騎士。まあ創られたというか創りかけでずっと放置されてたんだけどね。

 この闇の中じゃ〝外〟のことはよくわからないんだけど、どうやら俺を創り終える前にマスターはお亡くなりになってしまい、その後の新しいマスター達にはその存在も気づかれてないみたいだ……。

 同じ守護騎士の先輩方も俺の事忘れてるっぽいし。いくら新入りのヴォルケンリッターだっていっても忘れられるとか泣きたくなるよ……。

 せめて性格がもっと機械っぽいならこんなことも考えることなかったんだろうけどなー。なんでも先輩方はみんな性格が硬いというか、暗い?

 とにかくそんなんだから新しい守護騎士の俺は雰囲気を盛り上げるように最初から愉快な性格になるようにプログラムされているらしい。

 性格がエンターテイナーって、守護騎士としてそれどうなんだろうな……。

 だが、だがしかし! こんな苦痛ももう終わる! なぜなら俺は少しずつ少しずつ自ら未完成だった己の体をプログラムし、ついに完成にいたったのだから!

 まあプログラムしたっていってもその辺に何か転がってた先輩方のデータをちょっとだけ弄って継ぎ接ぎみたいに縫い合わせただけなんだけどね。

 とまあそんなことは置いておいてと。つまり、次の夜天の書が起動する時、俺は先輩方と一緒に新たなマスターを守護できる! ようやく己の存在理由が果たせるってもんだ。長かったなぁ……この暗闇の中で何回先輩方と共に戦うことを夢みたか……。

 ……んん!? ってなこと考えている間に魔力反応が! これは夜天の書が起動しようとしている!?

 よっし! マスター、見ていてください。貴方の先輩方の負担を減らすという心遣いによって造られたこの俺、今こそその役割を果たすよ!

 デバイス持ったし、行くぜぇ! 待ってろ新マスター、先輩方! 雷の刺突、槍の騎士グレゴールいざ参る!



 ■■■



 それはとても信じられん光景やった。時計を見て夜更かしし過ぎたなーなんて思ってたら、本棚から一冊の本が飛び出して宙に浮いてるんやで?

 それで本を縛ってた鎖を吹き飛ばして喋ったし。しかも外国語や。この本は外国産やったんやろうか。

 あん、ふぁん? って感じの言葉を喋ったあと、えらい眩しい光が輝いた。

 思わず目がくらんでしもうたわ。んで白い光の玉が浮かんでると思ったら、さらに唖然とした光景がそこにはあったんや。

「夜天の書の起動を確認しました――我ら、夜天の主の下に集いし騎士。主ある限り、我らの魂尽きる事なし。この身に命ある限り、我らは御身の下にあり。
 我らが主、夜天の王の名の下に……あれ? 思わず1人で全部言っちゃった。先輩方も少しは喋ってくださいよ……え、ええ? 先輩? 先輩方は!?
 あれー!? シグナム!? ヴィータ!? シャマル!? ザフィーラ!?  管制人格!? みんなどこ!?
 なんで俺しか居ないの!? ちょ、夜天の書! 先輩方出してよ! なに、つっかえてんの!? それとも引きこもり中!?
 ボイコットでもしてんのかみんな!? 俺1人じゃ出来ること少ねえぞ!?」

 黒い、タンクトップやろうか? 不思議な服を着て真っ白な長い髪の綺麗なお姉ちゃんがわけのわからないことを喚きながら本をブンブン振り回していた。

 ……なんなんやろうなぁ、この状況――あ、あかん……なんか、気が……遠く……。

「夜天の書、頑張れ、頑張れって! やれば出来るだろ! それでもてめえは偉大なるマスターの魔導書か!? 先輩方出せー!
 ってうおおおお!? 新マスター気絶してるっ!? しっかりしてくれマスター! シャマル、助けてシャマルっ!」



 なぜか一人だけ召喚された新入りヴォルケンリッター。雷の刺突、槍の騎士グレゴール。

 未だ夜天の書が改変されていることも気づかず、全てのことが未体験の彼は、果たしてこの先八神はやてを守護していけるのだろうか。

 そして他の守護騎士達は?



 魔法少女リリカルなのは。頑張れ!新入りヴォルケンリッター、始まります――。



 ※このSSは『リリカルなのはのSSを語るスレ』に投稿されたアイデアの数々を使用して作られています。



[16850] 1話『騎士一人』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:f93becd2
Date: 2010/11/04 23:15
 ……知ってる天井や、なんてボケいらんよ。あー、それにしても昨日は変な夢見たなぁ。

 本が独りでに動き出して空飛んで喋っておかしなお姉ちゃん出てきてって、どんなファンタジーやねん。

 昨日夜中に読んでた本はミステリー小説やったんやけどな……まあ、確かに変やったけど、少し面白い夢やったなぁ。

 テンション高かったなーあの白髪のお姉ちゃん。夜天の騎士とかゆうてたっけ。

 なんなんやろそれ。っと、そろそろ朝ごはんの準備せな――。

「あ、おはようマスター。いい朝だよ、きっと今日はずっと良い天気だぜー」

「――夢やなかったああああああああああぁ!?」

「うぇ!?」



「で、お兄ちゃんはこの本、夜天の書のヴォルケンリッターいう守護騎士で、私はこの夜天の書の所有者ってことやな?」

「その通り!」

 元気やなー。しかし世の中不思議なこともあるもんや。魔導書とか魔法とかホンマモンのファンタジーやん。

 しかも選ばれたっていうのがアレやね。私は何処かの魔法少女物の主人公かと。

 というか、この人、男やったんやな。それが一番びっくりしたわ。確かに胸はないけど女顔すぎるで。しかもかなりの美人。

「でもマスター、残念なことに多分壊れてるんだよ夜天の書。俺が知ってる夜天の書と全然違うもん、なんというか物凄く禍々しい感じがするし、先輩方も出てこないし。というかページが真っ白だし」

「先輩方っていうのは、さっきいってた他の守護騎士のことやね? 巨乳のお姉ちゃんとロリっ子とおっとりお姉ちゃんとマッチョさんと天使みたいなお姉ちゃんゆう」

 巨乳のお姉ちゃんがチームリーダーのシグナム、ロリっ子が切り込み隊長のヴィータ、おっとりお姉ちゃんがサポーターのシャマル、マッチョさんがディフェンスのザフィーラ、天使みたいなお姉ちゃんが管制人格いう夜天の書の本体らしい。

 ……それホンマ騎士なんやろうか。なんで騎士にロリがいるんやろう。あ、でも巨乳はええなぁ……。というか天使みたいなお姉ちゃんの名前それ名前ちゃうやん。

「そうそう。みんなすげー強くてすげー格好良いの。あ、管制人格の顔ならすぐ見れるけど見る?」

「見る見る!」

 なんやろ、写真でも持ってるん?

「はい」

 そういって自分の顔を指さすグレゴール兄ちゃん……え? どういうこと?

「……あの、意味がわからないんやけど」

「あ、そうだよねごめんごめん。俺は元々未完成でさ、自分の体を自分でプログラムしたんだけど、その時に顔のモデル自体が無かったからたまたまあった管制人格のデータを代用したんだよ。だから俺の顔は管制人格の顔なの」

 管制人格ってめっちゃ美人でしょ? と笑う兄ちゃん。あ、そいうことな! だから兄ちゃんって凄く女顔なんや! でも兄ちゃん、何かそのセリフ、ナルシストみたいやで。

 ……にしても、自分の体をプログラムした、かー。よくわからんけど、兄ちゃんってホンマ普通の人間やないんやな。

 ――でも、そんなの関係ないよね。だって……。

「――兄ちゃんはこれから家族になるんやもんな!」

「……? マスター、俺は守護騎士だよ? 家族って」

「そうや、兄ちゃんは守護騎士や。せやから今日からここに住むんやろ? やったら家族やん!
 兄ちゃんだけやない、他の守護騎士のみんなも夜天の書から出てこれたら私が主として衣食住全部面倒みる!
 料理とか得意なんやで、私」

 そうなったら楽しいやろうなぁ。昨日まで誰もいんくて寂しかったこの家に、たくさん家族が出来るんやから。

「まあ、マスターがそういうなら」

「あっ、せや! マスターとして守護騎士グレゴールにお願いするで!」

 私がそういうと、兄ちゃんはいきなりキリっと表情を切り替えて私に向かって跪いた。

「はっ、なんでしょうマスター。それと貴女はマスターなのですからお願いなどと仰らずただ命令して下さればいいのです」

 びっ、びっくりした……急に真面目になり過ぎやでお兄ちゃん。キャラ作り?

「命令なんて嫌や。私達は家族になるんやで? だから、お願いや。〝私のことを名前で呼ぶように〟やで。あと兄ちゃんに敬語は似合わん、それも止めてな」

 ぽかん、とした表情で私を見つめる兄ちゃん。そしてまたさっきみたいな優しい綺麗な笑顔になった。

「わかった、はやて。これからよろしくね」

 私もよろしくやで、お兄ちゃん!

 えへへ、なんや、誕生日に家族が出来るなんて、神様も粋な計らいしてくれるなぁ……最高のプレゼントやん!

 今日の『8歳』の誕生日、楽しくなりそうや。そうや! その内管制人格の名前も考えてあげなあかんなぁ。管制人格なんて名前ちゃうもんな。



 ■■■



 不思議なマスターだ。夜天の書と俺達守護騎士はあくまで道具に過ぎない。

 俺を創ってくれたマスターも優しい人だったけど、このマスターは更に輪をかけて優しい人みたいだな。

 足が不自由なはやてに、魔法を蒐集すれば足を治る魔法があるかもしれないと持ちかけてみても、『その蒐集ってやつは人様にご迷惑をかけるんやろ? せやったらそんなんあかんて!』と叱られちゃったし。

 ……本当に優しいなぁ。そんな素敵なはやての足を治してあげられない自分が腹立たしいよまったく。

 シャマルがいればどうにかなるかも知れないのになー。本当に一体全体どうなってんだ夜天の書は。ページも全部白紙だし、中身もなんだかおかしいし……。

 バージョンアップでもしたのかな? 管制人格もまったく応答つかないぞ。先輩方がいれば話を聞けるのに。

「先輩方ー。出てきてくださいよー」

 夜天の書を逆さに振っても反応無し。

「この引篭もりどもめ」

 新人いじめ反対だ……本当に早く出て来いよ先輩方。はやて、先輩方に会うの楽しみにしてたよ? それに本当に良いマスターなんだぜ? みんな絶対気に入るね。

「……それに、俺は先輩方の弟みたいなもんだし。会いたいのははやてだけじゃないんだよーっと」

 ぽいっと夜天の書をベッドに投げ捨てる。はやてが『けーき』ってのを作るって言ってたっけ。手伝いに行こう。



 ■■■



「確かに闇の書が起動したんだな? ……なに、4タイプの誰とも違うヴォルケンリッターが現れた?
 ……わかった。そのまま監視を続けてくれ。ああ、頼んだよ」

 ピ、と電話を切ったのは初老の男性。深い思いつめた表情で、手を顔の前で組む。

「予想外か……だが、計画を多少修正すればいいだけだ――必ず、成し遂げてみせる。例え、幼き少女を犠牲にしようと、地獄に落ちようとも」

 その眼に宿るのは、暗い憎悪だった。

「君は、きっと私を許さないな……そうだろう、クライドくん」



 ■■■



 吹き上がる鮮血を被りながら、烈火の将シグナムは迫り来る敵を容赦なく斬り伏せる。

 斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って。

 此度の主は戦が好きだった。性格面はお世辞にも良いとはいえない彼は、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッター達と共に無数の屍を築きあげる。

 それに誇れるものがあるとするなら、此度の主は決して弱者は相手をせず、強者のみに戦いを挑んだということだろうか。

「大丈夫、シグナム? 大分魔力を消耗しているけど……」

「ふ、お前たちの将はそれほど軟弱には出来てはいない。安心しろ」

 心配をするシャマルにシグナムは不敵な笑みを浮かべて返す。

 それを見て、シャマルはやはり私達の将に相応しいのはシグナムなのだと改めて思う。

「でも、流石に敵の数も増えたわね。4人でマスターをカバー出来る人数を超えてきているわ」

「そうだな……1対1なら我らベルカの騎士に負けはないとはいえ、我々がいくら敵を斬り伏せても、主をやられては本末転倒だ。ザフィーラも頑張っていてくれるが、1人では体が足りまい」

「せめて、あと1人いたら状況は違うのに……」

「無いものねだりをしてもしょうがないだろう……ん? あと1人……か……。
 なぜかな、私は以前新たな仲間を楽しみにしていた時があった気がするよ……いつの日だったかは覚えていないが」

「……ええ、私もよ……」

 2人は空を見上げる。忘れてしまったものは何なのだろう。長き時を経て、その記憶が失われてしまった闇の書の守護騎士達。

 彼らがその記憶を思い出すのは、果たしていつの時に――。



 ■■■



 製作者のマスターが俺に『雷の刺突』と名づけたのには2つの意味がある。

 1つは、俺の魔法が『電撃』を有するものが多いからだ。魔力変換資質というものらしいけど、なんでも普通の魔導士が電撃を撃とうと思ったら、一々魔力を電気に変換しなきゃ駄目なんだけど、俺の場合は何とその変換工程が無くても魔力が勝手に電撃になるのだ!

 コンマ一秒を争う接戦だったら実に有利というほかない。相手が電撃を防ぐすべを持ってたら意味ない気がするけど。

 もう1つは、槍という戦術を最大限に活かす機動力。その動きはまさに雷の如く、人の知覚を超え、その俊足を持って敵を穿つ!

 目線の先には哀れな獲物。見るがいい――我はヴォルケンリッター、雷の刺突、槍の騎士グレゴール!

 駆ける! 風を切り裂き、一気に距離を消す尽くし――! 貰ったああああぁ!

「猫獲ったどおおおおおおおぉ!」

「にゃあああああああああぁ!?」

「よっしゃあああぁ! 猫鍋! やっぱ三味線か!?」

「に”ゃあああああぁ!? に”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?」

 ふははははは! 叫べ! 喚け! ベルカの騎士の前に現れたことを後悔するがいい!

「兄ちゃん猫イジめたらあかんてー」

 おお! 見てはやて! 猫、猫捕まえたよ! って痛てえ!? うわ、めっちゃ引っ掻かれた!?

 痛たたた……たまらず猫を離してしまったぜ。うわ! 逃げんのめちゃくちゃ速いなあの猫! 俺といい勝負だ……。

「ふっ、ライバルになれるかもな……」

「ライバル……猫と同格の騎士としてどうなんそれ……」

「でも人と猫が檻の中で闘ったなら、ヒトは日本刀を持って初めて対等と言えるだろうって格言がはやての持ってた文献の中に書いてあったよ!」

「漫画やん。範馬○牙やん」

「握力×体重×スピード=破壊力!」

「どうしたん兄ちゃん!? 最近はっちゃけすぎやで!?」

「いや、なんか毎日が楽しすぎて気が緩んでるというか、騎士として力を持て余してるというか」

「楽しむのはええことやけど気が緩みすぎや……そんなら、力を持て余してる兄ちゃんにお願いな。
 今日のクリスマスの料理の材料が足らんから買ってきて。お兄ちゃんもたまには社会勉強せんと」

 はい、とはやてからお金と買ってくる品物が書かれた紙を渡された。そうか、今日はくりすますという日でパーティーをするのだった。

 ん? パーティー!? ということは、ケーキが食えるのか!?

「はやて! ケーキ、ケーキは作るの!?」

「もちろん腕によりをかけて作るで。兄ちゃんケーキ大好きやもんなぁ」

 いやったあああぁ! ケーキとかマジ最高じゃん! ケーキは偉いよ! 美味いから偉いよ!

「おつりで好きなもん買ってきてええからな」

「了解! 槍の騎士グレゴールこの命確かに承りました! 〝グングニル〟!」

『Jawohl(了解)』

 俺のアームドデバイス、魔槍グングニルから光が溢れ、俺を包み込む。光が収まったあと、そこに現れたのははやてがデザインしてくれた騎士甲冑を着る俺。

 らいだーすーつという動きやすい服を元にしているそうだ。カッコいいから好き!

「ちょっと最速で行ってくる! 飛ぶぞ、グングニル!」

『Flug(飛翔)』

「飛ぶなー!?」



 ■■■



「この世界って魔法が認知されてないんだったね。忘れてたよはやて」

「兄ちゃんが来てもう何ヶ月もたってるんやからそんなぽんぽん忘れんといてなー」

 結局俺1人では不安ということではやてと一緒に買い物に行くことになった。

 マスターの手を煩わせるとはマジで駄目騎士だな……。

 でも悪いのは俺を狂わすケーキだ。全てケーキの美味しさが悪い。麻薬みたいなものだな、アレは。

「ごめんごめん。それと次はどこにいくの?」

「そうやなぁ。料理の材料は買ったし、パーティ道具も買ったし……せや、休憩がてら喫茶店行ってみん?
 ケーキが美味しいって評判の店があるんよ」

「おー、そりゃいいね! よーし! じゃレッツゴー!」

「おー!」

 がらがらーと車椅子を押しながら早歩き。されど荷物とはやてに振動が来ないよう、俺に宿る超バランスと筋力を使いながら繊細に。

 本当にヴォルケンリッターの能力を無駄使いしかしてないぁ俺。猫追いかけたりとか。



「ほんま美味しいなぁ、ここのケーキ。頼んだらレシピとか教えてくれんかな」

「うまうま」

 マジ美味いんだけどこのケーキ。はやてのケーキ並だ。翠屋っていったっけこの店。三ツ星だね。

 しっかし混んでるなー、まあこんだけ美味しければ人気が出るのも当然か。店員さんも美男美女ぞろいだし。

 みんなくりすますのパーティーケーキを買いに来てるんだろうな。

 ……俺ここで働けないかな。何でもこの世界は大人がずっと家にいて仕事してないと“にーと”という称号を得て忌み嫌われるらしい。

 誇り高き夜天の書の守護騎士としてそれはどうか。

 でもはやては『別にそんなん気にせんでもええってー』といってるしなー。それに働きに出たらはやての護衛がいなくなってしてしまうし……。

 ま、それを考えるのは先輩方が出てきたらでいいか。それまでは甘んじてにーとの称号を受けよう。

「それじゃ、そろそろいこか。店員さんも凄く忙しそうやし、いつまでも居ったら迷惑やね」

「了解ー」

 俺とはやての分のゴミをゴミ箱に捨てて、トレーを返し俺ははやての車椅子を押して出口に向かう。

「ありがとうございましたー! また来てくださいね!」

 俺達をそう見送ってくれたのはおそらくはやてと同年代くらいの女の子だった。



 ビリッ、と頭の中に電流が流れた様な感覚。

 ……なんだ? ……まあいいか。気のせい気のせい。



 ■■■



「メリークリスマース!」
「めりーくりすまーす!」

 パンパン! とクラッカーを鳴らす私と兄ちゃん。飾り付けた部屋で、テーブルにはちょっと作りすぎた大量の料理。

 まあお兄ちゃんならペロリと食べてしまうかもしれんけどな。細い体して一体どこに栄養がいってるんやろ。

「はやて! はやて! 早速食べよう!」

「あはは、ちょっと待ってなー。いま切り分けるで」

 兄ちゃんは本当にケーキが好きや。初めてケーキを食べたのは兄ちゃんが夜天の書から出てきたときに私の誕生日兼兄ちゃん歓迎会をやったときやっけ。

 あの時の幸せそうな顔は忘れられんなー。兄ちゃんの笑顔を見てると私も思わず楽しくなってしまうわ。

「あっ! そうだはやて。一枚だけめちゃくちゃうすーく切ってよ!」

「薄く? なにするん?」

「いいからいいから!」

 なんやろ? とりあえずいわれた通りに薄く切ってみる。ぺらぺらやね。

 それを皿に載せて兄ちゃんに渡すと、兄ちゃんは横の椅子に置いてある夜天の書を持ち出した。

 ちなみに夜天の書がなぜここにあるかというと、兄ちゃんいわく『天の岩戸作戦』らしい。

 私達が楽しくパーティをしていれば引篭もっている先輩方もアマテラスのように出てくるかも! っていってたっけ。

 兄ちゃんこの世界の常識は覚えんのにそういうことは図書館で無駄に覚えてくるからなー、まあええんやけど。

「先輩方、これがケーキってものなんですよー」

 しおりのようにケーキを夜天の書の中に挟んで、閉じた。ええええ!?

「何してるん兄ちゃん!?」

「ん? 先輩方にケーキの美味しさを味わって貰おうと思って。次は紅茶も味わってみてください、ケーキに凄くあうんだぜ」

 紅茶をちょろちょろと夜天の書にかける兄ちゃん。だ、大丈夫なんやろうか……なんか滲んでるけど……。

「そっ、それ味わえるん? 本痛まへん?」

「大丈夫! 夜天の書は最強の魔導書なんだから! はやての最高のケーキを俺だけ食べるなんて先輩方に悪いし!」

「……ま、大丈夫ならええか。夜天の書も家族やしね、私の料理しっかり味わってな」

 私も夜天の書を撫でる。ケーキは気に入ってくれるやろうか?

 早く他の守護騎士達にもあってみたいなー。シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラも管制人格も、みんなどんな子たちなんやろう。

 来年のクリスマスは、全員でパーティー出来たらきっともっと楽しいやろうね。

 ……今まで、来年を楽しみにするなんてなかったなぁ……。でも、今はほんま楽しみや。

 明日も明後日も、この先ずっーと楽しみなんやで。……そっか、きっと今私は未来が楽しみになるくらい幸せなんやろうね。

 ほんま、夜天の書にはお礼をいわなあかんわ。お父さんとお母さんが居なくなって、寂しかった私に楽しい家族をくれたんやから。

 夜天の書も、兄ちゃんも、ほんま来てくれてありがとう。

「じゃはやて! 俺達も食べよう!」

「うん! 食べよか!」

「「頂きまーす!」」


 この幸せが、ずっと続きますように……。



[16850] 2話『夢』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:f93becd2
Date: 2010/11/04 23:14
「兄ちゃん、この前なんや凄いことなかった? まるでこれからの展開がシリアスになるような酷い前フリが……」

「もぐもぐ。俺も何かどこかで戦ってた気がするけど、別にそんなことなかったよ? 夢じゃないかな」

「なんや夢か!」

「そうそう夢!」

「あははははは!」
「わははははは!」



 ■■■



 そんな談笑をしながら俺達は常連となりつつある喫茶翠屋で激うまなお菓子と紅茶を飲んでのんびりと過ごしていた。

 時が流れるのは早いもので、既に日付は4月。雪もほとんど解けて、吹く風は刺す様な冷たさではなく爽やかな涼しさを運んでくる。

 俺がはやての守護騎士として召喚されもう一年が過ぎようとしているんだなぁ。思わずこの一年を振り返ると……。

 ケーキ食べて、はやてと遊んで、ケーキ食べて、猫と遊んで、ケーキ食べて、近所の子供達と遊んで、ケーキ食べて、マジックの講演会やって、ケーキ食べて、近所の方々と交流深めて、ケーキ食べて――。

 ケーキ食って遊んでしかいないね、俺。何たる駄目騎士。まじでにーとの称号を思うがままにしてるよ。

 つってもやることないしなー。敵も居ないし、はやては夜天の書の凄い機能にあんまり乗り気じゃないから魔法の蒐集もしないし。

 守護騎士から戦うことを抜いたらなにが残るんだろう。まあ滅茶苦茶幸せだから不満なんてまったくないけど。

 戦うだけがすべてじゃないよね!

「いつもご来店ありがとう。これ、サービスだから食べてね」

 そういってケーキ二つと紅茶の入ったポットを持って来てくれたのはこの翠屋の主人である高町士郎さんだ。

 この店に通うようになってすっかり顔馴染みになった。『いつもので』と言えば笑顔を浮かべながら『いつものだね』と返してくれるくらい。

 ちなみにこの士郎さん、十代と言われても信じてしまいそうな見た目をしているが、実は37歳でしかも3児のパパだ。

 見えねえ。全力で見えねえ。奥さんの桃子さんもそれよりちょいと若いくらいの歳と聞いたけど、見えない。未だ女子高生でも通じるって。

 時が止まってる。正直俺と同じ歳を取らないヴォルケンリッターなんじゃね? と思わず疑った。

「おー今日も太っ腹だね! ありがとう士郎さん!」

「兄ちゃん! 目上の人には敬語つかわなあかんていうてるやん! ほんま私達の方こそいつもいつもサービスしてもろてありがとうございます」

「いいんだよはやてちゃん。妻のケーキをこれほど美味しそうに食べるグレゴールくんを見ているのはこっちも思わず楽しくなるからね」

「ここのケーキは最高だよ! まあでも一番ははやてのケーキだけど!」

「に、兄ちゃん!」

 はやてが真っ赤になりながら俺をぽかぽか叩いてくる。な、なぜ? 事実をいったまでだよ?

「あははは! グレゴールくんは本当にはやてちゃんが好きなんだなぁ」

 そんな俺達を見て声を出して笑う士郎さん。んん? そこまで笑うところあったか?

「うん、大好き! はやては俺のマスターだし優しいし可愛いし料理は美味いしいうことなし!」

「に……兄ちゃんの馬鹿ー!」

 ゆでタコより真っ赤に顔が染まったはやての右ストレートが俺に炸裂した。痛てぇ!?

「うんうん、仲がいいのはいいことだ」

 俺とはやての空になったカップに紅茶を注ぐ士郎さん。いや助けてよ!?

「あー! はやてちゃんとグレゴールさん来てたんだ!」

 救世主が現れた!



 ■■■



「もう兄ちゃんたら……」

「まあまあはやてちゃん。グレゴールさんも悪気があったわけじゃないんだから」

「そうだよはやて。正直に答えただけなのに」

「それが恥ずかしいいうとるんや! ……まあ好きっていってくれるのは嬉しいんやけど……」

 にゃははと笑うこの少女の名前は高町なのは。はやてと同年代で高町士郎さんの娘だ。

 歳のわりには落ち着きがありとても良い子である。はやてといいなのはといい最近の子供というのは大人びてるなぁ。

 あとこの子なぜか尋常じゃないくらい魔力があるんだよ。多分俺より高いんじゃねえかってくらい。

 魔導士になったらきっともの凄く強くなるんだろうな。ちょっとベルカの騎士の血が騒ぐ……。

 ま、この世界は魔法が認知されてないしなのはも己の内に秘める魔力に気づかず普通に暮らすだろうから、意味のない予想だけどね。

 それでいいのだ。俺としてもなのはには魔法なんてかかわらずに出来れば翠屋を継いで欲しいし。

 俺の素晴らしきケーキライフの為に。じゅる。

「そういえばはやてちゃんの誕生日って二ヵ月後だよね? その時になったらアリサちゃんとすずかちゃん達を呼んで翠屋でパーティーしようよ!」

「え!? そんなことして貰ってええん!? 迷惑ちゃう?」

「迷惑なんかじゃ全然ないよ! アリサちゃんもすずかちゃんもお父さん達も皆賛成してたの! だから、はやてちゃんが良かったらどう?」

 おお、そりゃいいね! はやての家で2人でパーティーするのも乙だけどやっぱ皆で騒いで祝った方が楽しいし!

「賛成! 賛成! 賛成! 皆でパーティーしようはやて! きっと凄く楽しいよ!」

「なのはちゃん、兄ちゃん……ありがとな、ほんま嬉しいわ……」

 うるうる涙目になりながら頷くはやて。うんうん、よきかなよきかな。

 いままで誕生日を祝ってくれるの石田先生とか病院の人しか居なかったらしいからなぁ……。

 1人は寂しいよな。俺も夜天の書の中に1人でずーーーーーと過ごしてたから痛いくらい分かる……。

 いかん、俺もなんだか貰い泣きしてきた……。

「にゃはは、泣かないではやてちゃん……ってうわぁ!? グレゴールさんも泣いてる!? 凄く泣いてる!? な、泣かないでよ2人ともー!」



 ■■■



「猫獲ったどおおおおおおおぉ!」

「にゃあああああああああぁ!?」

「よっしゃあああぁ! 猫鍋! やっぱ三味線か!?」

「に”ゃあああああぁ!? に”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?」

 ふははははは! 叫べ! 喚け! ベルカの騎士の前に現れたことを後悔するがいい!

「祝! はやての誕生日in翠屋記念! お前も祝ってくれよ我がライバル! ほれ高い高いー! ……ん? アレが付いてねえ!?
 ということはお前メスだったのか! 果てしない攻防を繰り広げて10ヶ月、衝撃の新事実発覚!」

「いやあああああああああああぁ!?」

 うおおおぉ!? 滅茶苦茶引っかいて来たぁ!? いつもの三倍超痛てぇ!

 そしていつもの三倍の速度で逃げてった! どうしたライバルよ!?

「兄ちゃん猫イジメたらあかんて何度もいうてるやんー。それ相手が人やったら完璧セクハラ超えとるで?」

「うううう、痛い、痛いよはやてー……すっげえ爪食い込んだ……血が、血がドバァーって……」

「そりゃ猫も怒るで。これに懲りたら今度から撫でるだけにしときー……それにしても猫って女性みたいな悲鳴上げるんやな、初めて知ったわ」

 俺も初めて知りました。それでもはやて、猫イジリは止められないんだよ……なんかあのつぶらな瞳を見ているとどうしても加虐欲がそそられるというか……。

「だってパーティーが楽しみすぎてテンション収まらないんだもん」

「気早すぎやってー。そりゃ私も凄く楽しみやけどまだ二ヶ月先の話やで? 今からそんな遠足前夜のテンションしてたら体もたへんよ」

 今は落ち着いているが翠屋から帰る間も帰ってからも騒ぎっぱなしだったはやてに言われたくない。

 というか今もめっちゃウキウキしてるし。うん、似たもの同士だよな俺ら。

「あと60回くらい寝なきゃ駄目かー。長いなー待ち遠しいなー」

「兄ちゃんの場合お昼寝が入るから120回は寝なあかんね」

「はやてだって一緒に昼寝するくせにー」

「だって兄ちゃんの腕枕気持ちええんやもん。仕方のないことやなー。
 あ、もうこんな時間や。それじゃ夕飯にしよかー」

「おー!」

 楽しみだなぁはやての誕生日……誕生日か。ひょっとしたら、今年は去年の俺みたいに先輩方が出てくるかもしれないな。

 そうなったらプラス4人でもっと楽しくなるぜ、パーティー。

 本当に、楽しみ!



 ■■■



 気がつくと、はやては果ての無い闇の中にいた。

「……あれ? どこやろここ?」

 きょろきょろと辺りを見回しても、やはり視界に映るのは闇、闇、闇。

 先ほどまでベッドで寝てたはずだったのに、と首を傾げると、唐突にはやての目の前に小さな光が現れる。

 はやては驚きながらもその光を見つめると、その光は徐々に変貌し、人の姿を形作り、その光から現れたのは――。

「え? 兄ちゃん!?」

 少女の良く知る夜天の書の守護騎士、そして大切な家族でもある槍の騎士グレゴールと同じ顔だった。

 しかしふと、少女の目がある部分に止まる。

「胸あるやん!? でか!? 性転換でもしたんか兄ちゃん!? ……ってなわけないやん!」

 1人でボケて1人で突っ込む。その微笑ましい光景を見てもグレゴールと同じ顔の女性はまったく表情を変えない。

 まるで感情が壊れているかの如く。

「あ! ひょっとして兄ちゃんが言ってた管制人格さん? 兄ちゃんの顔は管制人格の顔って言ってたもんな」

 その言葉を聞いて、管制人格は初めてぴくっ、と反応する。

「……その通りです、主。私は書の管制人格――此度は貴女にお伺いしたい事があり、この空間にお連れさせて頂きました」

 そう呟いて、管制人格ははやてに向かって片膝をつく。その光景はさながら一枚の絵画のように美しい。

「私に伺いたいこと? よっしゃ! 私は『夜天の書』の主やからな、遠慮せんとなんでも言ってな!」

 夜天の書、とはやてが何気なく言ったとき管制人格は一瞬だけ嬉しそうな、それでいて悲しげな表情を浮かべる。

 その微妙な表情の変化に、はやては残念ながら気づかなかったが――。

「ありがとうございます、主。では貴女が兄と呼ぶ者の存在、騎士グレゴールのことについてお話をさせて頂きたい」

「兄ちゃんの?」

「彼は、何者なのですか?」

 へ? とはやては一瞬だけ呆けた。質問の意味が理解できない。グレゴールは何者と問われても、それを一番良く知っているのは夜天の書の全てを司る管制人格ではないのだろうか、と。

「何者って言われても……夜天の書の守護騎士プログラムやっていうてたで兄ちゃん?」

「……彼は正式な守護騎士プログラムではありません。遥か彼方の昔から存在する小さな〝ブラックボックス〟――管制人格である私すらアクセスすることの叶わない不可侵領域の中から主の前に現れたのが、彼、騎士グレゴールなのですから」

「ブラックボックス? 不可侵領域? ……ごめんな、ようわからんわ……」

 そう言って申し訳なさそうに畏まるはやてを見て、管制人格は首を振る。

「いえ、わからないのならばいいのです……彼は、主から見てどのような人物なのでしょうか?」

「――そうやねえ。元気で明るくて優しくて気がよくてケーキが大好きで少しおっちょこちょいやけど、私のことを一番に考えてくれる自慢の家族やな、うん」

 管制人格はその言葉を聞いて少しだけ目を瞑り、何かを考えるようにして、その赤い瞳を開いた。

「……そうですか。主がそこまで仰るのならば、害は無いのでしょうね」

「害なんてあるわけないやん! 兄ちゃんと夜天の書が来てくれてほんま幸せなんやからな、私」

 満面の笑みを管制人格に向ける。その笑みを見て、管制人格はまた嬉しそうな、されど悲しそうな表情を作った。

 その顔を、はやては今度は見逃さない。

「……なんでそんな辛そうな顔をするん?」

「――なんでもありません。私の聞きたいことはそれだけでした、ありがとうございます主。元の場所にお返し致します」

「……そか……あ! そういえば管制人格さんと他の守護騎士さんはいつ書の中から出てこれるん? 私も兄ちゃんも楽しみに待ってるんやで?」

「――今年の主が誕生日を迎えられる午前零時。その時、守護騎士達は主の前に現れるでしょう」

「ほんま!? 去年の兄ちゃんみたいに私の誕生日に来てくれるんやね……嬉しいなぁ、なのはちゃん達も私の誕生日を祝ってくれるいうてるし、幸せすぎてバチがあたりそうやな」

 嬉しそうに、幸せそうに、はやては言った。ぎりっ、と管制人格ははやてに気づかれないよう唇を噛む。

「……すみません、主。やはり此度も私は――」

「え? なんか言うた?」

「……いえ――最後に一つ、主から騎士グレゴールに伝えてください。ケーキを書に挟んだり紅茶をかけるのは止めるようにと」

「……ケーキ口に合わんかった?」

 恐る恐るはやては管制人格にそう聞く。

「いえ、口に合う合わない以前に、書にケーキを挟まれても味を感じることも出来なければ消化することも出来ません。
 私からすればケーキを顔面にぶつけられて紅茶を頭からかけられたようなものです」

 ヒク、とはやての唇が引きつる。良かれと思ってやっていたグレゴールの行動はまったくの逆効果だったと知り、はやては複雑な気持ちだった。

「ご、ごめんな! 戻ったらすぐ兄ちゃんいっとくから! で、でも兄ちゃんも悪気があるわけやないんやで!?」

「ええ、それはわかっています。でなければ笑顔で『先輩方、風呂って気持ちいいでしょー』と書を湯船の中に沈めたり『管制人格、今日はお似合いの相手を連れて来たよ!』と百科事典や広辞苑を書の横に並べたりはしないでしょうから」

「兄ちゃんなにしとるんやー!? 酷い、善意が裏目に出すぎやって!? もはや嫌がらせやで!?」

「それでは、主。しばしのお別れを――」

 パチン、と管制人格は指を鳴らした。ごめんなあああぁ! と叫びながらはやては闇の中から消えていく。



 無音となった暗闇の中で、管制人格は静かに一滴の涙を流した。

「謝るのは私の方です、主。幸せそうな貴女を見て、真実さえも告げることの出来ない私をお許しください……」

 そう悲しげに呟きながら――管制人格もまた闇に向かって進んで行く。途中、足を止めた彼女は一度だけ振り向き、はやての居た場所を惜しむように眺めた。

「――槍の騎士グレゴール。闇の書に存在するはずの無い守護騎士……私は、何かを忘れているのか? この胸に浮かぶ想いは、なんだ……」



 ■■■



「はやてー! 朝だよ! 起っきろー!」

「うう~ん、むにゃむにゃ……あ、おはよう兄ちゃん……あれ? なんか私兄ちゃんにいわなあかんことがあったような……」

「ん? なに?」

「……思いだせんへん。あれ? ほんまなんやったんやろう?」

「あはは、なに寝ぼけてるのさはやて! 夢でも見てたんじゃないか?」

「……そやな! きっと夢やな」

「あははははは!」
「わははははは!」



[16850] 3話『さらばグングニル』
Name: 槍◆ad2fbd9e ID:f93becd2
Date: 2010/11/04 23:16
 暗い森の中、1人の少年と黒い靄の様な何かが対峙する。

 少年が手を翳し、浮かび上がったのは魔法陣。それを黒い霧にぶつけようとするが、黒い霧は咄嗟に身を引き、そのまま姿を消した。

 黒い霧を取り逃がしてしまった少年は力尽き、その場に崩れ落ちると最後の力を振り絞り念話を飛ばす。

 『誰か……僕の声を聞いて……力を貸して……魔法の、力を――』



 そんな、夢を見た。

「ふぁ~あ……なんか変な夢みたな」

 つーか最近変な夢ばっかみてる気がする……まあいいか。時計を確認。おお、丁度いい時間だ。はやてを起こしに行こう。

 カーテンを開ける。空は晴天。うん、今日もいい天気になりそうだ。



 ■■■



「あ、兄ちゃんもその夢みたん? 私もみたで」

「へーはやても? ということは正夢かもね。魔力があると偶にそういうことがあるらしいから」

 病院に向かいながら俺とはやてはそんな会話をしていた。ふむ、はやてもあの夢を見たのか。となると、あれは現実で起こった出来事かもしくはこれから起きる出来事なのかもしれない。

 大丈夫かなーあの少年。倒れて力尽きたあと黒い靄が戻ってきて食われてたりしてないといいんだけど……。

「そうなんや。大丈夫やろうかあの子……心配やわ……。兄ちゃんもし良かったら探しといてくれへん? 私も一緒に探したいけど今日は病院に泊まって検査受けなあかへんし」

 そうなのだ。今日は精密検査を受ける日ではやては病院に一泊しなければならないらしい。だから今日は完全に暇だ。

 その少年を探すのもいいね。夢に見たということは多分この近くで起こった出来事だろうし、個人的にも心配だ。

 それにあの黒い靄を放って置くわけにもいかない。ご近所の平和を守るのもまた守護騎士としての役割だ。

「OK、ばっちり探しとくから安心してよはやて。俺も頑張るからはやても検査頑張ってね!」

「あはは、検査はさすがに頑張れへんてー」



 というわけで、あの少年を探すことになったんだけど……なんか見つかるのは宝石だけだな。つーかこの宝石なんなんだ?

 俺の手にあるのは三つの青い宝石。デバイスで解析してみたところなぜか異常なほど魔力が秘められていることが分かった。

 神社や道に落ちているのを見つけた時はその魔力がいつ暴走してもおかしくないほど不安定だったので封印して事なきを得たが……。

 番号が彫ってあるんだよなぁ……XⅨ……19か? こっちはXⅥ。もう一つはⅩ……となると最低19個はあるってことかこれ……。

 やばいな。なんでこんな不発弾みたいなものがころころそこら中に転がってるんだろう。

 爆発とかの危険性はないと思うけど……嫌な感じがする。これはさっさと全部集めて保管した方がいいのかもしれない。

 しかし探知魔法に反応しないんだよな、これ。活性化しないと魔力反応は出ないようになってるのか。

「あの夢に出てきた少年……何か知ってるかも。早く見つけないと……グングニル、ここら辺に人の生体反応がないか探知してくれ」

『Jawohl――Es gibt keine Reaktion(了解――反応無し)』

「外れ……ここら辺の森じゃないみたいだな。んじゃ次は東の方にでも探してみるか」



 ■■■



「そして夕方になりました……」

 本当に見つからない。どこにいるんだよあの少年! やっぱり食べられてしまったのだろうか……。遺骨とか無かったけど、丸呑みされたら何も残らないし……。

 可哀想に……まだ全然若かったのに……。成仏してくれな少年、仇は取るぞ。あの黒い靄は必ず俺が倒す!

『……   ……』

 ――ん!? 今なんか聞こえたような。気のせい?

『……助けて……』

 っ! やっぱ聞こえた! どこだ!? 神経を研ぎ澄まして念話の発信源を探す――こっちだ!

 猛ダッシュで駆ける。急げ急げ! 森林を抜け出し道に出た瞬間、ドン! と誰かにぶつかった。

「痛たたた……あ! ごめんなさい! って、グレゴールさん!?」

「あれ!? なのはじゃん!? さっきの声ってなのはだったのか?」

「声…… グレゴールさんも聞こえたんですか?」

 先ほどの声はどうやらなのはとは違うらしい。まあなのはは魔力はあっても今の状態じゃ念話は使えないか。

 しかし、なのはがここに来たということは誰かが念話を発信したのは確かだ。

 となると、おお!? 道の真ん中にイタチらしき小動物が寝込んでる! さっきの念話はこのイタチか!?

「おい、大丈夫か!」

 ぺちぺちと顔を叩く。するとキョロっとした瞳が俺を見た……やっべ、可愛い。すっげーイジメめたい。

 ってそんなこと言ってる場合じゃないな。怪我してるのか? 回復してあげないと。

『グングニル、なのはに感づかれないように回復魔法。出来るか?』

『Ja. (はい) 』

 グングニルの待機状態は俺の右手の中指の指輪に偽装してある。多分なのはに気づかれることはないだろう。

 しかしこのイタチの首輪についてる赤い宝石……あの夢の少年が使っていた宝石か?

 ……かすかな魔力がある。ひょっとしてデバイス? なぜこのイタチが持ってるんだろう?

「グレゴールさん、この子どうしたんだろう……?」

「わからないけど、かなり衰弱してる。病院で見てもらう必要があるかも知れない」

 動物病院なんてこの辺りにあったかな。普通の病院ならはやての為に全部調べてあるんだけど……。

「ちょっとなのは! どうしたの……あ!? なんでグレゴールが居るのよ!?」

「あ、本当にグレゴールさんだ。こんにちは」

 ぜえぜえと息を切らせたアリサと普段通りに挨拶をしてくれたすずかがやってきた。2人ともなのは経由で知り合った少女達ではやての友達だ。

「いやなアリサ、ちょっと探しものしてて。あとすずかもこんにちは。あっ、そうだ2人とも沢山ペット飼ってたよな。
 この子怪我してるみたいなんだけどどこか良い動物病院しらないか?」

「えっ? あ、本当だ。イタチそれ? 動物病院……この辺りだったらえーと……」

「あ、私家に連絡して聞いてみる!」



 ■■■



 目を覚ますと、僕は5人の人達に囲まれていた。3人の女の子と2人の女性。

 えっと僕は……ジュエルシードの暴走体を取り逃がしてしまって魔力が尽きて倒れて……そのあと目を覚ましたときに念話で助けを求めたんだった!

 そうか、僕の声を聞いて来てくれたんだ……最後に感じた暖かい光、あれは回復魔法だった。ということは、この中に魔導士が?

「お、気がついたみたいだぞ。良かったなお前、怪我は大したことないってさ」

「良かったねー」

 小さなツインテールの女の子と大人の女性が僕に話しかける。――っ! 感じる、この2人から確かな魔力を……。

  ……事情を話したら協力して貰えないだろうか。ジュエルシードは危険だ、放っておくわけには行かない。

 この世界にジュエルシードがばら撒かれてしまったのは発掘者の僕の責任。

 本当なら僕だけでやらなければならないのに、不甲斐ないながら僕では暴走したジュエルシードに歯が立たない……。

 この2人から感じる魔力は膨大だ。しかもどちらかが、あるいは両方が魔導士。この秘めた魔力から考えて僕以上に魔法が使えるのは間違いないだろう。

 きっともうこんなチャンスは他にない。なんとか、なんとか協力を――。

『大丈夫か? なんか考え込んでるみたいだけど』

 っ!? これは念話! 発信元は女性の方からだ!

『はっ、はい! 大丈夫です! 助けてくれてありがとうございました!』

『いいよいいよ! 困ってるときはお互い様だからな!』

 そう言って笑いながら僕の頭を撫でる女性。ちょっとくすぐったいけど気持ち良い。

『しかしやっぱりあの広範囲念話を使って助けを求めたのは君だったのか。なにがあったんだ?』

『はい、実は……』

「あ! なのはっ、塾の時間!」

「えっ、本当だ! グレゴールさん、私達塾があるのであとはお願いしていいですか!」

「おう、任せとけ。なのは達も勉強頑張ってな」

『あっ、待』

『ストップ! あの子に念話禁止!』

『えっ……』



『そうですか……あの子、なのはは魔法の存在を知らないんですね。でもいいんですか? あんなに高い資質を持ってるのに。彼女なら凄い魔導士になれますよ』

 僕は彼女、いや彼、グレゴールさんの頭の上に乗せられながらそう念話を発した。随分と綺麗な顔をしているから普通に女性だと思ってたけどまさか男性だったとは……。

 グレゴールさんは魔導士ではなくベルカの騎士と呼ばれる存在で、彼のマスターである八神はやてという少女を守護して暮らしているらしい。

 といっても敵が存在しないので戦うことはなく日々遊び惚ける毎日だと苦笑いで言っていたけど。

『まあ俺も勿体無いとは思うんだけどさー。魔法のない普通の世界に生まれたらやっぱ魔法なんて知らずに普通に暮らすのが一番だと思うんだよ。
 それになのはって本当に良い子なんだ。自分に魔法が使える力があって、ユーノがジュエルシードのことで困ってるならきっと迷わず助けようとするくらいに。
 ジュエルシードの暴走体って危ないんだろ? だったらそんな危険なことは俺みたいな大人がやるべきだ。そしてなにより幸運なことに――』

 グレゴールさんは僕を両手で押さえくるりと体を一回転させて――。

『――ユーノが出会ったのはベルカの騎士。一対一なら例え相手が化け物だろうと、負けは無いんだなぁこれが』

 にひ、と屈託のない笑顔でそう言った。ああ、この人、『いい人』だ。

 僕が協力を求めた時にも二つ返事で「OKOK、任せとけ!」と返してくれたし、いずれお礼をしますからと言った時も「あ、ならもし腕利きの医者を知ってたら紹介してくれないかな? ちょっと俺のマスターが足の病気でさー、この世界の医学じゃ直らないみたいなんだよ」と要求したのはそんなことだった。

 こんな人と最初に出会えるなんて、僕はきっと、運がいいのだろう。本当にそう思う。

『……ところでさ、ユーノ。その赤い宝石ってデバイス?』

『はい、レイジングハートって名前なんです。レイジングハート、挨拶して』

『Nice to meet you(はじめまして)』

 チカチカと待機状態のレイジングハートが点滅した。するとグレゴールさんは僕に向かって右手の中指にはめている指輪を向けて来る。

『ご丁寧にどうも。グングニル、お前も挨拶しな』

『Sehr erfreut(こちらこそ)』

 レイジングハートと同じく点滅して指輪が念話を僕に伝える。気づかなかった、デバイスだったのか。

『それがグレゴールさんのデバイスなんですね。インテリジェントデバイスなんですか?』

『んにゃ、アームドデバイスって種類なんだけど、知ってる?』

『アームド……すみません、聞いたことがないですね。名前の響きからして攻撃に特化したデバイスなんですか?』

『おー、賢いねユーノ。その通り攻撃力ならアームドに勝るデバイスはちょっとないぜ……それと、そのデバイスってどこで手に入れたんだ?』

 ? なんでそんなことを聞くんだろうか。

『大切な人に貰いました』

 大切な人とはスクライアにいた頃僕に良くしてくれた恩師。発掘に行くときに護身用に貰ったんだ。

 僕には射撃の適正がなくて補助魔法しか使えなかったけど。

『そっか……大切な人に……許さねえ、あの黒い靄め……!』

 唐突に念話を震わせるグレゴールさん……どうしたんだろう。

『どうかしたんですか?』

『…… いや、なんでもないよ。ユーノ、安心してくれ! 仇は俺が取るから!』

 か、仇!? なぜ仇!?



  ■■■



 俺は頭にユーノを乗せながら様々な話を聞いた。スクライアという一族の出で幼くして発掘チームに参加。

 そしてジュエルシードを発掘し管理局という巨大組織に運搬中、原因不明事故が船に発生しジュエルシードがこの世界にばら撒かれてしまったこと。

 ユーノはジュエルシードを回収する為単独でこの世界にやってきたのはいいものの暴走したジュエルシードには歯が立たず封印出来なかったこと。

 そして傷つき倒れたところで広範囲念話で助けを求めたこと……。

 それらの話を聞いて、俺は気づいてしまった。あの俺とはやての見た夢の少年の話が出てこないのだ。

 あの夢の少年はレイジングハートを持っていた。しかし今はユーノがそのレイジングハートを持っている。

 ユーノは言った。『大切な人に貰いました』と。

 これらの話を纏めて、俺はその全貌を確信した。やはりあの夢の少年は黒い靄の暴走したジュエルシードにやられてしまったのだ。

 そしてユーノはあの夢の少年がその命を落とす前にレイジングハートを貰った。

 おそらくあの夢の少年はユーノと同じスクライアで、一緒にジュエルシードを発掘し、一緒にこの世界にジュエルシードを回収しにきたユーノの親友だったのだろう。でなければ大切な人とは言わないはずだ。

 ユーノが一切夢の少年に触れないのは、俺に余計な心配をかけたくないことからだ。いや、ユーノ自身ですらまだ親友の死を受けきれていないのかもしれない……。

 人間とフェレットという種族を超えた友情、しかし無残にもあの黒い靄の暴走体はそれを打ち砕いた!

 許せねえ……! 許せねえよ! ユーノみたいな責任感の強い良い子とその親友が何をしたっていうんだ!

 畜生……俺がもっと早くに2人を見つけていればこんなことには……!

 ユーノの親友、悔しかったろ……! 2人の明るい未来を打ち砕いたあの暴走体が憎いだろう……!

 天国で見ててくれ! お前の仇は俺が取る! 俺とグングニルが奴を貫く!

 待っていろ暴走体――! てめえは俺を怒らせた! ベルカの騎士を、夜天の書の守護騎士ヴォルケンリッターを怒らせたらどうなるか、その身を持って教えてやる!



 ■■■



 今日の分の検査は終わって、私はすっかり馴染んでしまった病室のベッドに入り込む。

 結果は、良くもなっていなければ悪くもなっていない。この分やと明日の検査も結果は同じやろうな。

 いつものこととは言え、やっぱり残念や。

 足が治れば、もっと兄ちゃんと走り回ったりして遊べるのに。……蒐集、ってのをすれば足が治る凄い魔法を使えるようになるって兄ちゃん言ってたっけ……まああかんけどな。

 人様に迷惑かけるくらいやったら足が動かんくても構わへん。

 それに――お父さんとお母さんはお星様になってしまったけど、私には楽しい兄ちゃんがいて、優しい友達がいて、あと5人も家族が出来る予定や。

 十分、今のままでも幸せ……ん? 携帯電話にメールが来とる。差出人は、兄ちゃん?

『検査どうだった? 俺の方は一段落つきそうだよ。また明日迎えにいく時に全部話すね』

 そかー、お疲れ様や……今、夜の9時やけどまさか今まで探してたんやないよね……メール返しとこか。

『お疲れ様。検査の方はいつもと一緒で変わらずや。夢の子は見つかった? 明日兄ちゃんの話を楽しみにまってます』

 送信っと。さて、少し早いけど明日に備えて寝るとしよ。お休みな、兄ちゃん……。



 ■■■



「どなたかに連絡を?」

「俺のマスターにちょっとね」

 俺は携帯電話をポケットに入れ地面に刺しておいたグングニルを手に取り軽く振り回す。

 うん、馴染む馴染む。今宵は俺達の初舞台だ、頼りにしてるぜグングニル。ユーノの親友の仇を取ると誓ったあと、俺とユーノは暴走体を探していた。どこかに隠れているのか一向に姿は見えなかったが。

 仕方がないので今は結界を展開し、ひたすら魔力反応があるのを待ち構えるのみだ。

「……あの、グレゴールさんのマスターって魔導士なんですよね? 念話は使わないんですか?」

「魔力はあるけどまだ魔導士とは言えないけどね、マスターは。それに俺念話より携帯電話の方が好きなんだよなー、色々便利だし」

 『はい、これ兄ちゃんにプレゼントや。私とお揃いやで』とはやてが買ってくれたのが俺との出会いだった。

 魔力のない人ともいつでもどこでも話せたりメールを送れる念話入らずのこの神器を俺はすっかり気に入ったよ。

 赤外線通信って便利だよね……っ!? 結界内に魔力反応! ついに来たか、暴走体!

「ユーノ! 反応があった! 行くぞ頭に乗ってくれ!」

「はい!」

 ぴょんと飛び跳ねたユーノの重みを頭に感じ、俺は一気に空高く跳躍する。ユーノの親友の為に、これ以上こんな悲しい犠牲を出す前に、一秒でも早く仕留めてやる!

「ユーノ、しっかり掴まってろよ! グングニル!」

『Raketenform(突撃槍形態)』

 ガシャン、と一発のカートリッジの空薬莢を排出しグングニルの形状が変化。柄の後方の装飾が二つに分かれその間からエネルギーが吹き荒れる。

 俺はそれを推力装置としてさらに加速! その速度は雷に勝るとも劣らない!

 夜景の綺麗な海鳴の街の空を飛び続けると――っ! 目線の先に映った物体。それは紛れもなくあの夢で見た黒い靄、ジュエルシードの暴走体!

 不意打ちだろうがなんだろうが、このまま貫かせてもらうぜ! もう一回カートリッジロード!

 空薬莢を排出し、蒸気が大量に吹き出す。カートリッジに詰め込まれた魔力はグングニルの先端に集結し、それは一筋の閃光を生み出した。

 この攻撃は何者にも防ぐことは出来ないぜ! 先輩方の1人、鉄槌の騎士ヴィータの技のデータを改良して作られた一撃だ! その名も――!

『Raketenspeer(ラケーテンシュペーア)』

「うっだらああああああぁ!」

 グングニルの切っ先がその体を貫き、暴走体は木端微塵に炸裂した。その破片が道路や塀、はては電柱にぶち当たり次々と破壊されていく。

 よっしゃあああぁ! なんかすっごくあっけないけど仇は、仇は取ったぞユーノの親友!

「っ! まだです!」

「んにゅ? ぐえっ!?」

 破片の一部が俺の鳩尾目掛けて飛んできた。畜生、地味に痛てぇんだぞ急所って!

 って、バラバラになった破片が集まって復活した!? 再生能力持ちか! ――だったら再生出来なくなるまで何千回とぶっ壊す!

「これは殺されたユーノの親友の分だ!」

 グングニルを突き刺し、そのまま抉りながら横に切り裂く! 雄たけびをあげる暴走体!

「これは親友を殺されたユーノの分だ!」

 連続して突きを繰り返しその体に無数の風穴を開ける! どうした!? 随分と苦しそうじゃないか! きっと、きっとユーノとその親友はその苦しみ以上のものを味わったんだ! もっと、もっと苦しんで後悔しやがれ!

「そして最後にこれは――そんな2人を救えなかった、自分自身に対する俺の怒りだあああああああああぁ!」

 本日3発目のカートリッジロード! もう一回ラケーテン行くぞグングニル! 疾走! 放つは鉄槌の一撃! 

『Raketenspeer』

 エネルギーを噴出するグングニル! それに合わせて加速する! くらえ! ラケーテンシュぺ――――あ。



 つるん、と俺の手から滑ったグングニル。



 担い手を失った魔槍の加速は止まらない。



 暴走体を再度木端微塵にし、どんどん高度を上昇させ――。



 きらん☆



 と夜空に消えた――――。



「…………」

 し、しまったああああああああああぁ!?

「ええええええええ!? なんで投げたんですかグレゴールさーん!? きらん☆って、きらん☆ってなりましたよグングニル!?」

「いや俺も投げたくて投げたんじゃないよユーノ! 滑った、滑ったんだって! これやばくないか!? どこまで飛んでったからわからないよ!?」

「も、もしグングニルの落ちた先に人が居たりしたら大惨事ですよこれ!?」

 さー、っと自分の頭から血の気が引いていくのが分かった。もしグングニルの落ちた先に人がいたら? そんなの……そんなのもしかしなくても死んじゃうじゃないか!?

 そんなことになったら俺このジュエルシード暴走体と変わらねえええええええ!?

「ユーノ、俺ちょっとグングニル探してくる!」

「ええ!? ジュエルシードの暴走体は!? って、グレゴールさん! 上、上!」

 上? ユーノに言われた通り上を向くと――再生した暴走体が俺目掛けて振って来た。

 ぶちっ! っと最後に俺が聞いたのはそんな漫画チックな効果音と、ユーノの悲鳴――。

「うわああああああああああぁ!? グレゴールさああああああああん!? 誰か、誰か助けてええええええ!」



「……? なんか今声が聞こえたような……気のせいだよね。ふぁあああ、そろそろ寝よう……あ、そういえばあのフェレットさんどうなったのかな? 明日グレゴールさんに聞きに行こーっと」






 設定補足

『Raketenform(ラケーテンフォルム/突撃槍形態)』
 ヴィータの持つ鉄の伯爵グラーフアイゼンの強襲形態を改造した物。
 爆発的な推進力を得て加速しながら動くことが出来る。

『Raketenspeer(ラケーテンシュペーア)』
 ラケーテンフォルム形態の技の1つ。
 切っ先にカートリッジの魔力を集め突き刺し、エネルギーを一気に開放し内部から破壊する。
 その際過分のエネルギーが生まれそれは加速の為の推進力として利用される。



[16850] 4話『海鳴ネットワーク』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:f93becd2
Date: 2010/11/04 23:18
 ……何をやっているのだろうか、あの騎士は。確かに自己再生能力は強力だけどそれ以外は魔力を持った魔獣程度の力だ。

 私ならあのジュエルシードの暴走体、という名前だったっけ。とにかくあの怪物が突っ込んできた所をプロテクションで迎え撃って一瞬で封印し終わらせられる。

 いや、そもそも最初に破壊した時になんで封印しなかったんだろ? 何やら仇がどうとか言ってたけど。

 そして何でデバイスを投げた? わからない、アイツの行動が読める気がしない……。

 そのせいで今ピンチっぽいし――――ふふふ! いい気味ね! ことある毎に私に抱きついたり頭に乗せたり撫でたり、挙句の果てには私のだ、大事なと、所を……!

 い、いくら猫状態だっていってもやっていいことと悪いことがあるわよ! お嫁にいけなくなったらどうするの! 別に嫁ぐ気はないけど!

 ――こほん。ま、とにかくこれであの怪物に殺されるようなら私の監視のお役目も晴れて御免ね。これでアリアと一緒に八神はやての監視だけに力を注げる……。

 ……そう、アイツが、死んだら…………あの馬鹿みたいに、明るい、アイツが、死んだら――。

 ――何を悩む必要がある私は! 元々あいつはお父様の計画の不確定要素! ここで消えてくれた方が都合がいいんだ! それにどの道ここで生き残っても計画が成功すればアイツは消える!

 ……っ、でも……。

「うわああああああああああぁ!? グレゴールさああああああああん!? 誰か、誰か助けてええええええ!」

 悲鳴を上げたのは駄目騎士と一緒にいた小動物――あ! そ、そうよ! 私は管理局員として例え小動物と言えど助ける義務があるわ!

 あの小動物を助けたら必然的にあの駄目騎士も助かることになるけど、しょうがないわよね! 人助け、もとい獣助け第一優先よ!

 勘違いしないでよね! 貴方を助けるんじゃないんだから! 私が『偶然』小動物を助けたら貴方が『勝手』に助かるだけよ!

 そうと決まれば、変身!



 ■■■



 僕が悲鳴を上げた瞬間、ジュエルシードの暴走体が吹き飛ばされた。な、なにが起きたんだ!?

 ……っ! 何時の間に!? 青い髪で長身の――男性? 仮面を被っている為断言は出来ないけど、とにかく仮面の戦士がそこに突如として現れた。

「はぁ!」

 仮面の戦士が声を上げて暴走体を蹴り上げる ――な!? 蹴りだけで暴走体の一部を消し飛ばしただって!?

 怒涛の様な攻撃は終わらない。高速の連続蹴りが暴走体を確実に潰していく。暴走体の核が露になった所で、仮面の戦士は腰のホルスターから一枚のカードを取り出し、核に投げつける。

「封印」

 その言葉と共に暴走したジュエルシードは元の小さい宝石に戻り、静かに地面に落ちた。

 ――す、凄い。グレゴールさんでも苦戦したあの暴走体をいとも簡単に……。

 ……いや、グレゴールさんもデバイスを投げ飛ばさなければ楽勝だったと思うけど……。

「あ、貴方は一体……」

「俺の事などどうでもいい。それよりそこで寝ている男の事を気にした方がいいんじゃないか?」

 そ、そうだ! グレゴールさんが!? いくらバリアジャケットを着ているといっても凄い勢いで潰されてたし――!

 僕は仮面の戦士にお辞儀してグレゴールさんの元に駆け寄る。

「グレゴールさん! グレゴールさん! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

「むにゃむにゃ――わーい……ケーキで出来た野球ドームだー……」

「グレゴールさーん!? どんな寝言なんですかそれー!?」

「…… はっ!? うおおおお!? しまった、気絶してた!? ユーノ、大丈夫だった!? あの暴走体は!?」

 ガバッ! っと起き上がり僕をガクガクゆするグレゴールさん。よっ、良かったぁ……酷い怪我はなさそうだ。

「はい! 僕は大丈夫です! 暴走体はあの人が封印してくれたんですよ!」

「あの人――?」

 仮面の戦士とグレゴールさんが見つめ合う。しばらく見つめ合ったあと、グレゴールさんはヨロヨロと立ち上がり、仮面の戦士に近づいていった。

「そっか! あんたがユーノと俺を助けてくれたのか! すまん、助かったよ! この恩は騎士として必ず返す! もし良かったら名前を教えてくれないか?」

「……ふん、勘違いするな。お前を助けたわけじゃない――受け取れ」

 そう言って封印したジュエルシードをグレゴールさんに投げつけた。受け取るのを見届けると、仮面の騎士は魔法陣を発現させ、空中に浮かぶ。どうやら立ち去る気らしい。あ! ちょ、ちょっと待って!

「待ってください! 僕からもちゃんとお礼を――!」

「そうだよ! それにまだ名前も聞いてない!」

 僕とグレゴールさんが立ち去ろうとしている仮面の戦士を呼び止める。すると仮面の騎士はグレゴールさんの方に振り向いて、呟いた。

「――騎士よ、俺達はいずれまた出会う事になるだろう。それまで精々生き延びるがいい」

 腰のホルスターから再びカードを取り出し仮面の戦士はそれを掲げると、再び別の魔方陣が現れる。これは、転送魔法?

「最後に一つ言っておく……猫を大事にしろ。じゃれつくのは良いが優しく撫でるか膝に置くくらいにしておけ」

 そういって、仮面の戦士は虚空に消えた――え、最後のセリフの意味は一体……?

 ……後に残ったのは僕とグレゴールさんとジュエルシード。

「……行っちゃいましたね」

「行っちゃったな。ああもう、名前も聞けなかったよ。騎士は恩義を重んじるものだってのにー……いずれ出会う、か。
 なら恩を返すのはその時だな……結界解除っと」

 グレゴールさんの結界が解除され、暴走体に破壊された部分が元の姿へと戻って行く。結界魔法が無かったら大惨事だったな、最初に空間保存の結界を張っておいて本当に良かった……。

 ……ふぅ、取りあえず終わったけど、グレゴールさんの拾った3つのジュエルシードとこの1個を合わせて4つ。残り17個、まだ先は長いや。

 それにあの謎の仮面の戦士。彼は味方なのだろうか? 僕達を助けてくれたし封印したジュエルシードは置いてってくれたのを見ると敵ではなさそうだけど。

 ――もし良ければ協力してほしいな。グレゴールさんと彼が協力してくれれば百人力だ。

「さて、帰ろうかユーノ。あと17個もあるんだ、ゆっくり体を休めようぜ」

「あ、はい。お世話になります」

「うん、今日はちょっと居ないんだけど俺のマスターの料理は最高だからな! 明日のご飯は楽しみにしてくれよ! ……それと、ごめんなユーノ……」

 え? なんでグレゴールさんが僕に謝るんだろう?

「俺がユーノの親友の仇を討とうと思ったのに、出来なかった」

 ……親友!? だ、誰それ!? そ、そういえばあの暴走体に攻撃してた時もなんかそんなこと言ってたような……も、もしかしてグレゴールさんなにかとてつもない勘違いをしているのでは!?

「あの! 僕に死んだ親友なんていませんよ!? 皆スクライアの所に元気で暮らしているはずですから!」

「――ユーノ! 認めたくないのはわかるよ! でも現実なんだ! あの少年から受け継いだレイジングハートが何よりの証拠じゃないか!」

『The meaning is not understood(意味がわかりません)』

 レイジングハートがそう伝える。うん、僕も意味がわからない。レイジングハートは恩師から貰った物で……ん? ひょっとして、グレゴールさんが言ってる少年って……。

「ひょっとして、その少年って僕のことですか?」

 僕はフェレット形態から人間形態へと元に戻る。そういえばグレゴールさんには言ってなかったっけ? フェレット状態だと魔力の消費が抑えられて、怪我の治りも早いから戻らなかっただけなんだけど……。

 あれ? グレゴールさん? なんでそんな幽霊でも見たような顔をしてるんですか?

「……い」

「い?」

「生きてたああああああああああああああぁ!?」

「ふぇっ!?」



 ■■■



「グレゴールさん、もう泣かないでくださいよー」

 うう、ひっぐ、良かった、生きてて本当に良かった! 俺はてっきりあの暴走体に骨も残さず食べられたものだとばかり――!

 そうかそうか! あの少年はユーノが変身した姿だったんだな! その発想はなかった!

「ぐすっ……でも、誰も死んだ人が居ないってわかったし、文句無しだ! これで気持ちよくはやてに報告できるよ!」

 はやてにどう説明しようかと必死に考えてたけど、暗い話になんなくて良かったー!

「しゃあ! なら今度こそ帰ろうかユーノ!」

「はい!」

 俺はユーノを頭に乗せて走りだす。明日からはジュエルシード探しだ。

 今回は俺の勘違いだったから良かったものの、似たような惨劇がいつ起こってもおかしくない。

 それに今度ピンチになっても仮面の戦士が助けてくれるとは限らないからな……しかし、ユーノも気になっているがあいつは何者なんだろうか?

 意味ありげなことを言ったり、猫を大事にしろといったり……。

 ひょっとしてあの仮面の戦士の正体はよく家の庭にいる猫だったりして――なんてな!

 ――あれ? なんか忘れてるような気がする……ま、いっか! その内思い出すさ。

 今日は疲れたし、早く帰って寝よーっと!



 ■■■



 大穴が空いた道場の天井を見つめながら、高町恭也はこの惨状を作り出した床に突き刺さっている槍を恐る恐る引き抜く。

『Schei?e(くそったれ)』

「……槍が喋った」

 それが、高町恭也と、魔槍グングニルとの不思議な出会いだった。



■■■



 何気なく商店街で見つけたアクセサリーが気に入り、それを買って俺の恋人である月村忍にプレゼントしたら『恭也がプレゼントなんて珍しいわね。明日は槍が降るのかしら?』と何気に失礼な事を言われたが、あれは壮絶な前振りだったらしい。

 ……振ってくるもんなんだな、槍って。

『Dank(感謝を)』

 しかも喋るし。だんけ? あー、確かドイツ語でありがとうだったかな……。床から抜いてくれてありがとうってことか?

 しかしどうやらこの槍、というか槍っぽい物はドイツ産らしい。ドイツからここまで飛んで来たのだろうかこの槍は。

 確か日本と9000キロくらい離れてたよな、ドイツって……凄い飛距離だ。次のオリンピックの槍投げ種目はドイツ人選手がメダルを占領することだろう。

 ……いかん、混乱してる。落ち着け、冷静になるんだ高町恭也。御神流の師範代なんだから、俺は。……今は関係ないか。

 とりあえず、会話を試みてみよう。喋ったり感謝が出来るということはおそらく人口知能の様な物が積まれているはずだ。会話くらい出来るはず。

「グーテンモルゲン!」

 まずは挨拶だ。挨拶は全世界共通の社交礼儀。というか知ってるドイツ語がこれくらいしかないのだが。

『Guten Morgen. Es ist jetzt mitterna"chtlich(おはようございます。と言っても現在真夜中ですが)』

 おお、挨拶を返してきてくれた。後半はなんと言っていたかわからんが多分『おはよう、今日はいい天気ですね』とかそんな感じの日常会話だろう。

 次は自己紹介だ。ドイツ語で名前を教える時は確か……。

「マインナーメイスト、タカマチキョーヤ?」

『ho"flich. Fruet mich, Sie kennenzulernen. Mein Name ist Gungnir. (ご丁寧に。初めまして、私の名前はグングニルと申します)』

「……」

『……』

「え?」

『Wie bitte?(え?)』



 ■■■



「そっかー、あの夢の子がこのフェレットさんやったんやね。私の名前は兄ちゃんから聞いてると思うけど八神はやてやで」

「はい、はやてさん。この度はグレゴールさんに助けてもらって本当に感謝しています」

「あ、呼び捨てでえーって。それとそんな硬い口調もできれば止めてほしいな、兄ちゃんの友達は私にとっても友達や!」

 翌日、俺とユーノは病院まではやてを迎えに出向き、そしてユーノを紹介して昨夜の出来事を報告。

 最初は「イタチが喋ったー!?」と大慌てだったはやてだが、次第に落ち着きを取り戻してくれた。

 でもイタチが喋るってそこまで驚くことかな? 地球にだって普通に喋る鳥とかいるのに不思議だね。

 なんにせよユーノとはやてが仲良くやってくれそうで嬉しいな。

「わかった、じゃはやてって呼ばして貰うよ。改めてよろしくね」

「うん! よろしくな!」

 がっちりと握手を交わすユーノとはやて。まあ握手といってもフェレット状態だからはやては小さいユーノの手をつまんでる感じだが。

「しっかしユーノくん可愛えなぁ。毛とかさらさらやね」

 そういってユーノを摘みあげ膝の上に乗せてはやてはユーノの首筋辺りを撫でる――気持ちよさそうなユーノ……。

 べ、別に羨ましくなんてないんだからな! ……後でこっそり変身魔法を教えて貰おう。出来れば猫とかになれるのを。

「それにしても願いが叶う宝石かー。兄ちゃんから魔法の存在は聞いてたけど、本当に何でもありなんやなー」

「うん……だからこそ危険でもあるんだ。ジュエルシードはどんな願いでも〝無理やり〟叶えてしまう。それが願った本人と望まない形だったとしても……僕がもっとしっかりしてればこんな危険な物をこの街に落とさせはしなかったのに……」

「もう、そんなのユーノのせいじゃないって言ってるのにー。輸送中の事故だろ? そんなの誰も予想なんて出来ないし、防げないって。過去を悔やむより今をどうするか考えようよ!」

 幸い怪我人とか酷い被害もまだ出てないし。俺以外。

「そうやでユーノくん。何事もポジティブにいかんとな! 私も探すの手伝うから!」

「……ありがとう、2人とも……」

「ええってええって。困った時はお互いさまや! なあ兄ちゃん、魔法でその宝石をパパっと全部探されへんの?」

「うーん、無理。発動したときには魔力反応が出るんだけど、普段は普通の宝石みたいなものだからなー。くそー、こんな時に〝シャマル〟がいれば……」

「シャマルさん? グレゴールさんのお仲間ですか?」

「兄ちゃんが前に言ってたおっとりしたお姉ちゃんやんな」

「うん。サポートに特化したあの魔法は凄いよ! 俺のサーチ魔法に比べたら天と地どころか太陽系と銀河系って感じ」

 といっても、実際に会ったことはないけどね。夜天の書の中でデータ見ただけだから……。

 本当に、こんなときみんながいてくれたらどれだけ力強いか……いや、こんな情けないこと思ってたら駄目だな!

 俺だって守護騎士の1人なんだ。まだ一人前とはいえないけど、これくらい難なくこなしてみせなきゃ守護騎士失格だよ!

 ふむ、何か良い方法がないかな……むむむ……。

「なあユーノ、ジュエルシードって近づいても危険なのか?」

「いえ、近づくだけなら平気です。身に着けた状態で強い願望を願わなければ普通の宝石と変わりませんから」

「そっか……だったら行けるかも……」

「お? 兄ちゃんなんか思いついたん!?」

 ああ! 閃いた! 名づけて、『皆の街は皆で守ろう作戦』!



 ■■■



「あ、グレゴールだ~!」

 公園の砂場で遊んでいた1人の少年がそう叫ぶと、それを聞いた子供達が一斉にグレゴールの元へ集まり始めた。

「わーい! グーちゃん! 遊ぼ遊ぼ!」

「グレ! いつもの手品やってー! あの電気バチバチするのとか空中に浮くやつ!」

「遊○王カードやろー! バ○ルスピ○ッツでもいいよ!」

「はやてちゃんもいるー! うわあ!? なにそれイタチさん!? 可愛いー! さわらせて!」

「ええでー、優しくしてあげてな?」

 次々と集まってくる子供達にもみくちゃにされ悪戦苦闘しつつ、ユーノは念話でグレゴールに問いかけた。

『ぐ、グレゴールさん。この子供達は?』

『ん? ああ、みんなこの公園で知り合った俺の友達だよ。公園で魔法の練習とかしてたらなんか懐かれちゃって』

『人前で魔法の練習してたんですか!? この世界って魔法が認識されてないんでしょ!?』

『いやー、鍛えないと駄目だと思って、手ごろな場所さがしてたらこの公園があってね。
 まあ今は手品ってことでみんな納得してるから大丈夫。今じゃ『海鳴の引田天功』って呼ばれてるし』

 天然というか、馬鹿というべきか、魔法の存在が知られていないこの世界でついつい魔法を連発してしまうグレゴールはテレビでマジックショーを見て『そうだ! 俺もマジックって言えば誤魔化せる!』と考え付いた結果、魔法を使ったら『グレゴールの大魔術でしたー!』と宣伝したのだ。

 それは電撃を放ちながら空を華麗に飛んだりと実際いくら手品と言ってもありえない光景ばかりだったが、基本的に大らかな海鳴市の住人たちからは『マジックなら仕方ない』と簡単に騙されていたりする。もちろんはやてにはこってり怒られた。

 ちなみにそれを監視していたリーゼ姉妹は絶句し、グレアムはめまいを起こしていたのは余談である。
 
『大丈夫じゃないでしょうそれ!? って、さっき思いついた作戦と何か関係があるんですか?』

『まあ見てなって』

「みんな注目ー! 今日はみんなにお願いがあるんだ!」

 子供達の視線がグレゴールに集中する。するとグレゴールは懐から昨日封印したジュエルシードを取り出す。

「綺麗ー。グーちゃん、なにそれ? 宝石?」

「残念ながら、ガラス玉だ」

 「ええーつまんなーい」と子供達は残念がった。もちろんガラス玉などではなく実際に価値ある宝石だが。

「それでグレ、お願いってなに? そのガラス玉と何か関係あるの?」

「ああ、実はこれ、ただのガラス玉じゃない。とある悪の秘密結社が作った兵器なんだよ!」

 「な、なんだってー!?」とMMRさながらの驚きっぷりで子供達は悲鳴を上げた。ちなみにその中にはユーノとはやても混じっている。『一体何を言うつもりなんだろうと』顔を引きつらせながら。

「グレゴ!? それさわって大丈夫なの!?」

「うん、この宝石はしっかり封印が施されているから大丈夫。しかし……現在この兵器は18個もこの海鳴市にばら撒かれているんだ!
 封印のされていないこの兵器をさわった者は……将来『禿げ』る! 確実にハゲる! 波平さんみたいになること間違いなし!」

 絶叫。その瞬間子供達は先ほどの非ではない悲鳴を上げる。『ハゲ嫌ー!』『波平さん嫌ー!』と阿鼻叫喚。いつの時代だって子供にとって将来ハゲるということは死亡宣告に近いことだ。好きで禿げている人達にとっては失礼極まりないが。

「あっ! わかった! グーちゃんのお願いってその兵器を私たちに探して欲しいんだね!」

「そう、その通り! ぐみ子ちゃん賢い! 今、この大変な危機を知っているのは俺達だけだ! この街を守れるのは俺達しか居ない!」

 グレゴールは叫ぶ。拳を高々と振り上げ、まるで何かの演説のように。

「みんな、ハゲは嫌か!?」

「「「嫌だ!」」」

「友達や家族がハゲるのは嫌か!?」

「「「嫌だ!」」」

「なら、やろう! 俺達がこの街を救うんだ!」

「「「おおー!」」」

「よーし! みんな携帯電話は持ってるな!? それでこの兵器を撮って、知り合いや家族にもメールしてみて! 
 沢山の人と協力して、一日も早くこの悪魔のようなこの兵器を集めるんだ! 見つけたり情報が入ってきたら俺の携帯に連絡して! 絶対にさわったら駄目だよ! ハゲるから!」

 ほとんどの子供が自分の携帯電話を取り出し、ジュエルシードを撮っていく。幼稚園児や小学生が全員携帯電話を持っているのは実に近代的な光景だった。

「よーし、探すぞー! 俺がみんなをハゲから守るよ! グレ!」

「私お兄ちゃんに聞いてみる!」

「俺も隣街の友達に聞く!」

 そういってジュエルシードを見つける為に、子供達は街へと繰り出していった。それを見つめながらグレゴールは感慨深く首を立てに振りながら「大成功」と呟く。

 はやてとユーノは唖然としながら、理解した。『皆の街は皆で守ろう作戦』の全貌を。

「に、兄ちゃん……大丈夫なんこれ? もしジュエルシードが暴走してもたら大変なことに……」

「大丈夫! みんな純粋な子ばっかりだから、ハゲると信じてるしさわらないよ。身につけさえしなければ大丈夫なんでしょ? ユーノ」

「え、ええ……」

「それに、知らずにほっておく方が逆に危ないってもんだぜ。ジュエルシードが暴走してから封印しに行ってたら被害が大きくなるばかりだし。それに俺はきっとやってくれると信じてる! この街の人達をさ! よーし、はやて、ユーノ! 俺達も探しに行くよ! 皆の街は皆で守るんだ!」



 ■■■



 ――とある学校。

「お、メールだ……はっ?」

「ん? どうした?」

「いや、妹からメールが来てな……この画像のガラス玉をどこかで見なかったかってさ」

「ふーん、探し物? 綺麗な細工してあんなこれ」

「なんかグレゴールさんが探してるって書いてあるけど……さわるとハゲるってなんだ?」

「グレゴールさん? 誰それ?」

「え、お前知らないのか? あのいつも手品やってる人だよ。ほら、空飛んだり電気放電するあれ」

「あー! 海鳴の引田天功な! 見たことあるよ。へー、名前グレゴールっていうんだ、知らなかった。というかやっぱ外人だったんだなあの人。白髪だし顔の作りも日本人離れしてるし」

「あれで男ってんだから驚きだよ……なあ、お前この後暇か?」

「そりゃ暇だけど……探すの手伝えってか? つーか探すのか? わざわざ?」

「……俺、あの人にちょっと借りがあるからな」

「初耳だぞ。どんなだよ?」

「いや、大したことじゃねーけどさ。結構前に俺、元カノに振られたじゃん? すっげー落ち込んでたときに公園であの人のマジックショーを見かけてな。
 しばらく見てたらあの人が近づいてきて『なに暗い顔してんだよ! そんな顔してたら人生損するぜー! ほら、初公開電撃リンボーダンス見せてやるからもっと近くに来い!』ってそのまま最前線でマジックみせられて」

「……いや、慣れなれしすぎね、それ」

「俺も最初はちょっとムカついたけどなー。なんか笑顔でリンボーダンスやって大失敗して感電して痺れてるあの人見てたらなんか落ち込んでるのが馬鹿らしくなってさ。
 気分が楽になったつーか……まあそんな感じで、あの人はどうとも思ってないだろうけど……暇だしこのくらいはお礼の代わりにやってやってやんのもいいだろ」

「ふーん……しゃあねえなぁ。後で何か奢れよー?」

「おう、美味しい喫茶店知ってるから探したあとそこ行こうぜ。あ、他の奴にも聞いてみるか……」



 ■■■



 ――とある集会場。

「おや……メールじゃ。孫からじゃの」

「おお、助さんケータイ持ってるのかい。ハイテクだのう」

「ふむふむ……」

「なんじゃって?」

「グレゴールちゃんが探し物しとるから手伝って欲しいんじゃと」

「へえ、グレゴールちゃんが。それは探してやらなあかんの。あの子にはいつも世話になっとるからなぁ」

「そうじゃな。この前も荷物を運んでもらったし、その前の前は孫と一日中遊んでもらったからの」

「この集会場でマジックショーを開いて貰ったこともあったのう。あれは凄かった……」

「失敗してグレゴールちゃんが血まみれになったのも今じゃいい思い出じゃな。演出かと思ったらマジじゃったからの」

「それでも笑って『失敗、失敗! 次は成功させるからね!』とふらふらで手品を続けたのは感動物じゃったな。警察沙汰になったが」

「どれ、ちょっと散歩がてら行ってくる」

「ワシも行くぞ。というかみんなにも聞いてみるか。暇人ばっかりじゃから手伝ってくれるじゃろ。枯れ木も山の賑わいだの」

「そうするか。あ、あとくれぐれもさわってはいかんと書いてあったの。なんでもハゲるらしい」

「ほっほ。それは困るの。ワシの頭には最後の一兵が残っとるからな」



 ■■■



 ――とあるネット掲示板。



 191 名前:海鳴の名無しさん
 だからこの街絶対忍者いるって。俺見たもん屋根の上走ってる人影。

 192 名前:海鳴の名無しさん
 それ海鳴の方の引田天功じゃね? よく空飛んでるしあの人。

 193 名前:海鳴の名無しさん
 いや、テンコーじゃねーって。日本刀とか持ってたし。あの人が持ってんの槍だろ?

 194 名前:海鳴の名無しさん
 >>192
 そういや飛んでるなーって思っちまったが、冷静に考えると空飛んでるって絶対おかしいよなwww

 195 名前:海鳴の名無しさん
 確かにwwwしかも槍持って手品するもんなあの人www突っ込みどころが多すぎて逆に突っ込めなくなってたwww
 
 196 名前:海鳴の名無しさん
 ※あの人実は女。マジ情報。

 197 名前:海鳴の名無しさん
 あんな可愛い子が女の子のわけがない

 198 名前:海鳴の名無しさん
 おまえらテンコー好きだなwwそんなおまえらに朗報だ。
 http://○○○.jpg
 なんでもテンコーがこの画像の石を探しているらしい。見たことある奴いたら情報書き込んでくれ。
 ああ、あとさわったらハゲるらしいからさわんなと。

 199 名前:海鳴の名無しさん
 さわったらハゲるとかどう考えても放射能漏れです本当にありがとうござい(ry
 つーかその石、○○公園のどっかで見たな。やべえ! 放射能で近所の俺ん家がやべえ!



 ■■■



「うわお。一気にメールが70通も来たぜ! よっしゃ! 早速しらみつぶしに探すよ!」

「海鳴ネットワークハンパない! というか兄ちゃんネットワークが凄いんやろか……?」

「まさかこんなめちゃくちゃな方法で情報がどんどん集まってくるなんて……でもこれで一気にジュエルシードが集まるかもしれないですね!」

「おう! グングニル出番だぜ! 最速で一気に……あれ? 指輪がない……あれ! あれ!? あれぇ!? ない、ないぞ!? グングニル!? どこいった!?」

「え!? 無くしたんですかデバイス!? ……ん? ってグレゴールさん! 昨日グングニル投げ飛ばしてませんでしたっけ!?」

 昨日? ――昨日はあのジュエルシードの暴走体と戦って……。

「……わ、忘れてたああああぁ!?」



[16850] 5話『最終兵器彼女』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:f93becd2
Date: 2010/11/04 23:19
 翌日、通訳を頼もうと忍の家を訪ねたのだが、例の槍を見せた途端に目の色が変わり槍と一緒に別屋に引きこもってしまった。

 仕方がないのでしばらくメイドさん達と何気ない世間話に花を咲かせていると、怒涛の勢いで忍が俺の前にやってきた。凄い形相だぞ。

「恭也、正直に答えて。これ一体どこで手に入れたの?」

「空から振ってきた」

「そう――ってそんなわけないでしょう!? なによこれ!? オーバーテクノロジーってレベルじゃないわよこの槍!
 私の研究室で解析しても詳細不能のオンパレードよ? この意味がわかる? これは地球に存在してない物質と技術の塊なの!
 もう凄いっていうしかないの! 他の言葉が見つからないの! 科学的価値に換算すればドラえもんの秘密道具並みなのよ!?」

 机をバンバン叩きながら熱く語る忍。彼女をここまで興奮させるとは、そんなに凄い物だったのかあの槍。ドラえもんの秘密道具レベルとは。

 なぜそんな物が家の道場に振ってきたんだろう? ふーむ、謎だな。

「といわれてもな、嘘は言ってないぞ。そんなに気になるなら直接あの槍に聞けばいいじゃないか。忍はドイツ語も出来たろ?」

 というかその為に持ってきたのだが。

「そんなのとっくに聞いたわよ。でも『マスターの許可無くお話することは出来ません』って言われたわ」

「マスター? 持ち主ってことか。そのマスターの名前も教えてくれなかったのか?」

「残念なことにね。あ、でもあの槍の名前だけ教えて思ったわ。グングニルって言うそうよ」

 グングニル。北欧神話に出てくるオーディンの持つ神の槍、だったかな。大掛かりな名前だ。

 しかし持ち主も不明とは困ったな。道場の修理費は誰に請求すればいいんだろう?

「持ち主を見つけないと前に進めないか……そういえば忍、俺どこかでこの槍と似たのを見たことある気がするんだが……」

「あ、それ私も思った。どこだったかしら……身近の誰かが似たようなのを持ってた気が……」

 誰だったっけなー。何か毎日会ってるようなないような……どこだ? どこで見たっけ……。

「忍様、恭也様。紅茶とデザートをお持ちしました」

 そういってノエルが2人分の紅茶とケーキを運んできた。礼を言って紅茶に口を付ける。

 ……ん、ケーキ? 

「「グレゴール!」」

 ああ! 形が随分と変わっていたからわかんなかったけど、この槍あいつが手品をやるときに使う槍と似てるんだ!

 ということは、グレゴールがこの槍の持ち主なのか? いや、例えそうでなくとも持ち主と知り合いの可能性は高いかもしれない。

 話を聞きに行かないとな。もしあいつが俺の家に槍を投げ込んだ犯人だとしたら……はやてちゃんに頼んで一週間のケーキ断食の刑だ。



 ■■■



「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№IV封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№XV封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№VⅢ封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№IX封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№Ⅲ封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№XⅡ封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№XI封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№Ⅱ封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№VⅡ封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№V封印!」

「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアル№XⅢ封印!」

 破竹の勢いとはまさにこのこと! 時には公園で、時には山で、時には川で、時には隣町で、時にはプールの中で、時には廃屋の中で、時には鳥の巣の中で、時には女風呂まで……。

 海鳴の人々から次々と送られてくるメールの情報を頼りに片っ端から探していった結果、なんと10個ものジュエルシードを集めることが出来た! まあ間違い情報も沢山あったけど。

 でもありがとうみんな! やっぱり協力する力ってのは凄いや。俺やはやて、ユーノだけだったらこうはいかなかった。

 新しい手品もとい魔法でも考えて、お返しに披露して楽しんで貰おう! うーん、ユーノに協力して貰って人体切断でもやろうかな?

 前に1人でやった時は失敗して血まみれになったからなー。あの時は失神させてごめんねお婆ちゃん……。

 でも、暴走前のジュエルシードに再度封印処理したけど、さすがロストロギア。俺の封印魔法じゃちょっと反応しにくくなるくらいだなこりゃ。意味ねえ。

「うわー、集まったなー」

「ま、まさかこれほど上手く行くとは……ジュエルシードの暴走も無かったし、凄い行動力ですねこの街の住人……」

「当然! 最高の人達だよ! あ、ユーノもありがとうね、デバイス貸してくれて。レイジングハートもありがとう、いい性能だった」

『it's pleasure.(どういたしまして)』

 ユーノやレイジングハートが使うミッドチルダ式というのは俺のベルカ式とはかなり仕様が違うから最初は苦労したけど、レイジングハートが補助してくれたおかげで何とか使うことが出来るようになった。

 これがインテリジェントデバイスかー。アームドとは方向性が違うけど、マジでいい性能だ……おっと、浮気はいかんね。俺にはグングニルがあるんだから。

 それにしてもグングニルどこ行ったのかな……ジュエルシードと一緒に探したのに見つからないなんて……大気圏超えてないよね? さすがに宇宙までは探せないぞ……。

「しっかし、兄ちゃん無駄にスカートが似合うな……」

「うん? そう?」

 くるりと一回転すると、スカートがふわりと捲りあがった。んー、ズボンと違ってちょっと違和感があるけど、動きやすくていいね。

 今の俺の姿ははやてにデザインして貰った騎士甲冑を少しアレンジしたバリアジャケットを着ている。白と青を強調したデザインだ。

 バリアジャケットをイメージしてくださいって言われたときに、たまたま通りかかった女の子の制服を見ちゃったからかな?

 なのはと同じ制服だったから印象に残っちゃった。まあはやてに似合ってるって言われたからいいかこれで。

 スカートの裾を引っ張ってパタパタと振る。あー、通気性いいなー、すーすーして気持ちー。

「ぶっ!? グ、グレゴールさん! パンツ! パンツ見えてます!」

「あかん! あかんて兄ちゃん!? ただでさえイメクラっぽいのにそんなことしたら襲われるから!」

「はやて、イメクラってなに? それに俺襲われても基本倒せるよ?」

「兄ちゃんはまだ知らんくていいことや! とにかくスカートをたくし上げるの禁止!」

「えー、気持ちいのにー」

 まあはやてがいうんなら仕方がない。止めるか。

「でもスカート少し気に入っちゃった。普段着でも着てみようかな?」

「止めて! ほんまそれは止めて! ただでさえ今でも兄ちゃん女の子説が蔓延してるんやから! スカートはき出したら私も姉ちゃんって呼んでしまいそうになるから!」

「というか俺にはその女の子説が納得いかないんだけどなー。俺ほど男らしい騎士はちょっといないぜ? なあユーノ、レイジングハート?」

「……ノーコメントでお願いします」

『Don't worry.(いいんじゃないでしょうか)』

 むー、納得いかねー……まあぶつぶつ文句をいうのは一先ず置いておいて。

「話を戻して、今俺達の手元にあるのが俺が最初に見つけた3つ、謎の仮面の人に封印して貰ったのが1つ、そして今回の10個を足して14個。あと7個だ、一気にゴールが見えてきたね」

 ちなみに俺達が集めた番号は2、3、4、5、7、8、9、10、11、12、13、14、15、19。残りは1、6、16、17、18、20、21だな。

「でも後のほうの送られてきた情報は、ほとんど外れでしたね。今日はこの辺で終わりますか?」

「日が暮れて来たでなぁ……」

 おお、太陽が真っ赤に染まってる。カラスの泣き声もどんどん増えてるしなー、もうすっかり夕方だ。

「なあ2人とも。私思ったんやけど、ジュエルシードはもう地上にないんと違う? あっても1、2個で後は海の中に落ちてしまったんやないやろうか」

「あ、その可能性はあるかもしれませんね。この街は海が近いようですし」

 確かにこれだけみんなで探して見つからないならそれは十分ありえるな。しかし……。

「海か。海、か…………はやて、今四月だよ?」

「そや、四月や」

「この前まで雪が降ってたんだよ?」

「今年は寒かったもんなぁ」

「……サンマが旬だよ?」

「シシャモも旬やな」

「か、カツオもいるよ?」

「サザエもいるで」

「……潜るの?」

「……一緒に潜ってやれん力不足の主を許してな兄ちゃん」

「……ユーノ、ゾーラの服持ってない?」

「なんですかそれ?」

「んにゃ、ゲームの話。そうだ、帰ったら64やろうよ! スマ○ラとか!」

「ええなぁ。ふふふ、私のリンクの回転斬りが唸るでぇ」

「ゲームですかー。全然やったことがないからなぁ」

「大丈夫大丈夫! 最初はちょっとコントローラーの操作に手こずるかも知れないけど慣れれば超楽しいよ!」

「ほんま任天堂にパーティーゲーム作らせたら世界一やからなー」

「本当ですか? 何だか楽しみになって来ました!」

「よーし帰ろう帰ろう! あ、そういやなのはからユーノがどうなったか見せて欲しいってメール着てたなぁ。なのはも呼ぼっか?」

「呼ぼ、呼ぼ! 今度こそなのはちゃんのぷりんを倒すで!」

 なのはは本当にゲームが上手いからなぁ。なんであの弱キャラであそこまで強いのか、俺なんてネスだよネス?

 それで勝てないって……まだまだ俺も未熟だってことだな。ドンキーの担ぎハメでもマスターしてみるか……。

 とりあえず、ジュエルシード片付けてっと……あ。

「カァ」

 目の前に一羽のカラスが羽をバタつかせていた。口ばしの中にはきらりと光る宝石が一つ。

「カァ! カァ!」

 ばさばさと、そのまま空高く舞い上がり――。

「しまったああああああああああああぁ!?」

「嘘おおおおおおおぉ!? カラス、カラスが持ってっちゃったで兄ちゃん!?」

「うわああああぁ!? グレゴールさん、追って! 追ってください!」

「レイジングハート! スクランブル! スクランブル!」

『……All idiots.(馬鹿ばっか)』



  ■■■



 ジュエルシードを銜え飛立ったカラスが何を思っていたのか、それはカラスにしかわからない。

 だが、運が良いのか悪いのか――おそらくは後者だろう。その口ばしの中にあったのはロストロギア・ジュエルシード。

 全ての願いを叶える究極の願望器。どれだけ抽象的であろうとも、どれだけ滅茶苦茶であろうとも。

 それが願いという概念である以上、『無理やり』にでも叶えてしまう。

 ジュエルシードに施されていた封印は壊れ、輝いた。その光の中から現れたのは――カラスであった面影など微塵もない、巨大な怪鳥。

 その怪鳥がふと街中を見渡すと、1人のツインテールの少女が目に映った。偶然だったのだろうか、彼女の持つ強大な魔力を感じ取ったのだろうか。

 それとも――彼女のポケットに入っている『青い宝石』に、カラスの願いを叶えたジュエルシードが共鳴したのか。

 なんにしても、魔法も武術も何も知らない普通の少女高町なのはに、人生最大の危機が迫っているということだけは確かだった。




  ■■■



 えっと、私は高町なのは。私立聖祥大学付属小学校に通う、ごく普通の小学3年生なのですが……。

「グガアアアアアアアアアアアアアアァ!」

 ――目の前にいる、大きな鳥さんはなんなのでしょうか? 真っ黒で、でっかくて、見るからに凶暴そうな……。

 いや、そもそも本当に鳥さん? 鳥さんって「カーカー」とか「ホーホケキョ」って鳴くもので、「グガアアア」なんて鳴かないよね?

 と、突然変異とかそんな感じの鳥さん……? あ、あの……私に何か用ですか?

「グガァ!」

 そう叫びながら、鳥さんの口ばしが私の頭の上に向かってき――あ……これ、死――。

 偶然、体がふらっと後ろに倒れました。腰が抜けたのか、それとも反射的に避けようとしたのか――いづれにしても私はなんとか助かったようです。

 口ばしが叩きつけられた、私が先ほどまで立っていた地面は粉々に砕かれていて――もし後ろに倒れなければ、私は今頃……。

「――ひっ」

 ぞくり、頭の中が恐怖で一杯に……助けを求めようとしても、口が上手く動いてくれない。

 なんで、こんなことに? 別に何の変哲もない普段と変わらない一日だったよね?

 何時も通りお母さんに起こして貰って、みんなと朝ごはんを食べて、アリサちゃんとすずがちゃんと一緒にバスに乗って、授業を受けて、2人と何気ない話をしながらお昼ごはんを取って、学校が終わって。

 塾に行って、勉強が終わったらアリサちゃんとすずかちゃんと別れて、帰ろうとして。

 そしたら花壇の中で何か光って、なんだろうと思って覗いたら綺麗な石が花壇の中に落ちてて、これどうしようななんて考えてて――。

「グルルルルッ!」

 再び、鳥の口ばしが大きく上がった。あ、駄目だ、逃げないと、あれ、身体が動かない、どうしよう、だ、誰か!

 お父さん! お母さん! お兄ちゃん! お姉ちゃん! アリサちゃん! すずかちゃん! はやてちゃん! グレゴールさん!

 誰か! 誰か! 誰か――!

「たっ――助けて!」

 私が最後に見たものは、ポケットから溢れた眩しくてとっても綺麗な綺麗な、輝きでした――――。



 ■■■



 やっべえええええええぇ! あの鳥、変身しちゃったあああああああああぁ!?

 途中でジュエルシードが暴走したんだ! しかも信じられないスピードで街中に下りていっちゃって見失ったぞ畜生!

 ヤバイヤバイヤバイ――! 早く見つけないと取り返しのつかないことになりかねん!

 くっそ俺のドジ! あ! 魔力反応をサーチすりゃ居場所なんて一発じゃん!

 落ち着け、落ち着け俺! 冷静にことを対処しろ! 前だってそれでグングニル投げて負けたんだ!

 またあの仮面の戦士が助けてくれるとは限らない! 俺は守護騎士――負けない! この前は負けたちゃったけど!

 今度こそまともにやり遂げてみせないと、先輩方にマジで合わせる顔が無いってもんだよ!

 魔力反応、検索――――! ……ん、2つ? 巨大な魔力反応が、2つ?

 1つはあのカラスだとして、もう1つはなんだ? あの仮面の戦士とも違う感じがするし……それに、どこかで感じたことがあるような……。

 くっ! とにかく行ってみりゃわかる! 全速力だ!



 ■■■



 ――なんだこりゃ。道路が穴とヒビだらけって……一体何が起きたんだ。まるで爆弾でも爆発したみたいじゃないか。

 そう思いながら地面に降りたとたん、ドゴォ! っと何かが砕かれる音と地響きが巻き起こった。

 バランスを崩し、よろめいていると先ほどのジュエルシードに取り付かれた怪鳥がサッカーボールのように跳ね飛ばされながら地面と壁を破壊し吹き飛んでくる。

 一瞬思考が停止した。反射的に地面に伏せた俺の上を掠めるように飛んでいく怪鳥。

 そのまま何度も転がったあと、ようやく止まった。怪鳥はそのままぐったりと動かない。

「たくよぉ……自分でやれることをやってから〝助け〟ってのは求めるもんだよなぁ。特にこれだけの力がだせる〝私〟なら尚更さぁ」

 大穴の開いた壁の向こう側から、そんなセリフが聞こえてくる……聞いたことのある声。だけど俺の知ってるこの声の持ち主が絶対にしない喋り方。

「ぎひひ――ま、お陰様で『私様』が生まれたんだからぁ……いいんだけどさ」

 瓦礫を踏み鳴らし、穴の中からひょこっと身を乗り出して来たのは――。

「――ああん? 誰だてめ……ああ、グレゴール、だったよなぁ。〝私〟の記憶の中にはそうあるが……なんでてめえがここにいるんだ?」

 ジュエルシードを額に付けた、ツインテールの女の子。

「……なの、は?」

「そうだよー? 〝お久しぶり〟、そして〝初めまして〟。高町なのは改め、〝高町なのはブラック〟でーす! みたいなー! ぎゃはは!」

 ……どう見ても、なのはがジュエルシードに取り付かれてるよねこれ……なんじゃそりゃあああああぁ!?



[16850] 6話『最強の敵、最大の味方』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:f93becd2
Date: 2010/11/04 23:24
 『高町なのは』は私立聖祥大学付属小学校に通う、ごく普通の小学3年生。

 だがその実体はロストロギア・ジュエルシードの力と本人の願いによって生まれた〝高町なのはブラック〟に変身し、愛と平和の為に日夜、悪と戦う正義のヒーローなのだ!



「って感じのナレーションで毎回登場しようと思うんだけどさぁ、どう?」

「リリカルマジカル! ジュエルシード№XI封印!」

『sealing.receipt number XI(封印。ジュエルシード№XI)』

「聞けよ」



 ■■■



 よし、とりあえずカラスに取り付いたジュエルシードは封印した。

 って、このカラス羽が折れてる!? 可哀想に、これじゃ飛べないし巣に帰ることも出来ないんじゃないか。

 ごめんな俺がジュエルシードから目を離してたせいで……後で治療してやるからしばらくだけ待っててくれな。

 カラスがとばっちりを食わないように隅に移動させ、俺はなのはブラック……めんどいから黒なのはでいいや。

 とにかく黒なのはに向かってレイジングハートを構える。

「おおおっとぉ? 問答無用って感じですかぁ、こっちはイタイケな少女ですよぉ? 見た目はな! ぎゃはは!」

 げらげらげらと大口を開けて笑う黒なのは。もはや元の面影がない、こんなの……! こんなのなのはじゃない!

「くっそ、なんでこんなことに!」

「ぎひひ。簡単な事だぜグーちゃんよぉ。〝たまたま〟ジュエルシードを身につけた状態で、そこで転がってる焼き鳥にすらなれやしねえ黒ずみに襲われただけだっつーの。
 身に付けた状態で強い願いを思う、ジュエルシードが発動する条件としては完璧だ。〝私〟は願ったぜー、助けて! ってな。だから助けてやったんだよ、〝これ〟がさぁ」

 こんこんと自分の額に張り付いているジュエルシードを指で突付きながら、黒なのはは続けて意気揚々としながら話す。

「〝助けて〟欲しいってことは前提として〝助けてくれる人〟が必要なわけだよなぁ。
 さすがの願いを叶える究極の宝石も零から人は作れねぇから、代わりにこの体を媒体に強ーい強ーい〝お助けヒーロー〟を生み出した、それが私様〝なのはブラック〟なわけですよー! ひゃははっ! ヒーローの誕生秘話としては少しドラマに欠けるかねぇ!」

「なるほど、話は分かった……だったらなのはの願いは叶えたんだからもういいだろ! とっととなのはを返せ!」

「だが断る。このなのはブラックが最も好きな事のひとつは自分で強いと思ってるやつに『NO』と断ってやる事だからー! あっは! カッコいいねぇ痺れるねぇ露伴先生はよぉー、知ってるか見てるか読んでるかぁージョジョ?」

「知らねえし見てねえし読んでねーよ!」

 はやての部屋にはあったけど!

「はん、非国民が!」

「外国人だ!」

 正しくはベルカ生まれの夜天の書生まれのベルカ人っぽい守護騎士だ!

「とっにかくぅ……せっかく〝生まれた〟んだからこのままバイバイさようなら~つーのは味気なさすぎるだろぉ?
 もっとさー、こう活躍してぇんだよ。それになぁ、私様こと〝なのはブラック〟も言っちまえば〝なのは〟だからなぁ。
 つまり〝助けて〟って願い事は、私様にも適応されるってことだぜぇ! だから私様を封印しようつーなら――」

 突然、黒なのははクラウチングスタートでも始めるように、両手を地に付け身を屈めた……一体なにを始


「お前は殺すぜグレゴール」


 っと〝後ろから〟発せられたその声を聞き取り終える前に、俺は衝撃と共に吹き飛ばされた。



 ■■■



 ――なんで俺は仰向けで倒れてるんだ……?

 えーと、確か黒なのはがクラウチングスタートの体制になって、消えたと思ったら後ろから声が聞こえて何枚か壁をぶち破って……。

「……しまったぁ!? やっべ街壊しちゃった! レイジングハート、結界を!」

『All right.(了解)』

 足元に発生した魔法陣が辺り一面に広がって行く。よし、これで多少は被害を気にせず戦える!

 っ!? 痛っ……! くっそあいつ、思いっきり不意打ちで後ろから腹蹴りやがって! バリアジャケットが無かったら粉砕骨折とか内臓破裂は確実な威力だったぞ!

 魔力反応は無かった……魔力で身体能力の上昇も無しの〝ただの蹴り〟でこの威力って、冗談だろ……。

『Caution. It comes!(警告、来ます!)』

 突如発せられるレイジングハートの警告。俺は魔力を込めプロテクションを展開する。

「死っねえええええええええぇ!」

 上から、飛んで来て、踵落とし!? プロテクション、全開っ!

『Protection(プロテクション)』

 黒なのはの蹴りとプロテクションが重なった。バキン! っと甲高い音が響き渡る。

 はぁ!? プロテクションにヒビが……!? 魔力も何も付属してない素手で、バリアブレイク並みの威力!?

「バリアなんて軟弱なもん使ってんじゃねぇぞぉ! オラオラオラァ!」

 一撃、二撃三撃四撃五撃六撃――目で追えない蹴りのラッシュが弾幕のようにプロテクションに叩きつけられる。

 急激に耐久度を失っていくプロテクション。ヒビの数が一撃を入れられるごとに増えて行く。駄目だ、このままじゃ破られる! ちっ、防御が駄目ならスピードでかく乱!

 猫とじゃれ合うくらいにしか使ってなかったけど、今こそ槍兵の機動力を見せてやる!

 プロテクションを解除し地面を蹴る! 魔力を利用し一気に最大加速でその場から離脱! そのスピードはまさに雷の如くってな!

 黒なのはと接近戦は不味い。グングニルがあるなら望むところなんだが、レイジングハートは遠距離砲撃型のデバイスだから不利。

 このまま距離を取って遠距離砲撃で片をつける! 手刀で当身とかで気絶させて出来るだけ傷つけたくなかったけど……もう四の五の言ってられねえ! 勘弁してくれよなのは! 後でケーキ奢ってやるから!

 よし、そろそろ引き離し……!?

「よー? 〝かけっこ〟で遊ぶにしちゃ、遅すぎやしねえかぁ?」

 ――嘘っそだろ、なんで、横にいるんだよ? 俺、全速力出してんだぞ!? 信じられねえ! 速度で負けた!?

「うっだらぁ!」

 顔面に飛んでくる黒なのはの上段蹴りをギリギリ皮一枚で避わす! ギリギリ!

 くっそっ! 防御、スピード。2つとも完全に負けてる! ジュエルシードが凄いのか、なのはの潜在能力が凄いのか――気絶させるどころか勝算が薄くなってきてないか!?

 っ、なら! 空に! 飛行魔法を使い急上昇。高く! もっと高く! さすがの黒なのはも空までは飛べまい! 上空から狙い撃ちだ!

「今度は空かぁ? いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもぉ! 逃げてんじゃねえぞ腰抜けがぁ!」

 そう叫びながら、黒なのはは近場の電柱を鷲掴みにして〝引き抜い〟た。はいぃ!?

「落ちろ、蚊トンボォ!」

 そしてそれを軽々と槍投げのように俺に向かって投げつける。もう、滅茶苦茶じゃねえか!? どんな馬鹿力なんだ!? こんなのアリかよ!?

『Protection(プロテクション)』

 ミサイルのように飛んでくる電柱を再びプロテクションで防ぐ! って、もう一発電柱が飛んで来た!? ぐっ、これもプロテクションで、弾ける!

 電柱を相殺する2つのプロテクションが火花を上げる。よし、何とか防ぎきった……。

「次にお前は、『どこのタオパイパイだ!』と言う」

 二本目の電柱の上に悠然と佇む、黒なのは。投げた電柱の上に、乗って来ただぁ!?

「どこのタオパイパイだ! ……はっ!?」

「ぎゃはは!」

 黒なのはの飛び蹴りが俺の顔面に入る。首から上が吹き飛んだと錯覚するような威力に脳を揺らされ、一瞬だけ〝意識〟が消えた。

 そのまま俺は重力の為すがままに地面に向かって落ちて行く。

『Master!(マスター!)』

 っ! 体が地面に叩きつけられる前に意識を覚醒させた俺は、三度目のプロテクションを展開。プロテクションで落ちる衝撃を緩和する!

 一瞬の浮遊感、しかしそれでも勢いのついた慣性は防ぎきれず地面に叩きつけられた。

「ぐぇっ!」

 ぐっ……流石に上空数百メートルからのヒモ無しバンジーはキツい……。

「地獄の断頭台!」

 空から俺目掛けて落ちてきた黒なのはの追撃は、俺を中心にクレーターを作り上げた。

 ゴギゴギゴギ! っと気味の悪い音が木霊する。



 ■■■



「あれだなぁ、お前が弱いんじゃねーよな。ただ単に私様が強すぎるだけだって奴!」

 砕けた俺を踏みつけながら黒なのははそう呟いた。ぐがっ……! 身体が動かない……!

 ダメージを食らいすぎた――治癒魔法も俺のスキルじゃ間に合わない……もう駄目か? 流石に。

 ――――諦めるな! 俺は守護騎士だ! だったら死なない限りは、負けじゃない! 最後まで、足掻け!

「ディバインシューター!」

『Divine Shooter』

 俺を踏みつける黒なのはの足を掴み、そのままディバインスフィアを生成。そこから魔法弾を放つ!

「てめっ――!?」

 初めて浮かぶ黒なのはの焦り。俺に足を封じられ避けることは出来ない! このまま蜂の巣になれ!

 十数個の魔法弾が黒なのはに突撃し、爆発する。レイジングハートは非殺傷設定をデフォルトにしてるから身体的ダメージはないにしろ、上等な〝痛み〟は与えたはず! ようやく一発返した!

 魔法弾の爆発で吹き飛んだ黒なのはを睨みつけ、俺はレイジングハートを杖代わりにして立ち上がろうとする。だが腕と足に力が入らない。というか激痛が酷すぎて、視界が安定しない……!?

「痛ってぇじゃねえかグーちゃんよぉ……窮鼠猫を噛むっちゃこのことだ。――ぜってえぶっ殺す」

 ダメージ、無しだと……。瓦礫を踏み鳴らしながら道端に設置されている道路標識をバキン、引き抜く。

 そして黒なのははゆっくりと俺に近づいてくる。やばい――刎ねられる。

 レイジングハートを構えようとするが、先ほどの攻撃で俺の身体は力尽きたのか、持ち上げることすら出来ない。

 くっそ……! 動けぇ!

「ひひひ、動けねえでやんのバーカ。そのまま羽毟られた虫みてえに己の無力さをかみ締めながらぁ――」

 道路標識を振り上げる。そしてそのまま懇親の力でそれは振り降ろされ――。

「死に晒せ!」






 ……夢でも見てるのか? 死を覚悟した瞬間、俺の目の前に現れた人物を見て、俺はそう思った。

「――人の妹に何をしてやがる……って違うな、逆だ」

 俺の無くしたデバイス――グングニルで黒なのはの電柱を弾いたその男。

「恭……也ぁ……?」

「人の妹に何をされたんだ? グレゴール?」

 高町恭也が、そこにいた!



■■■



 さて、忍の家を出てこの槍のことを聞きにグレゴールを探しているわけだが、全然見つからない。

 普段なら公園で遊んでるか家の喫茶店でケーキ食ってるかはやてちゃんの家で猫追っかけまわしてると言っていたが、どうやら今日は違うらしく、なんでも街中の住人を総動員して何かを探してあっちこっち移動しているらしい。

 ……おかげで日が暮れてきた。俺の休日が……。

「なあグングニル。お前のご主人様ってグレゴールなんだろ? 何処にいるかわからないか?」

『その質問にはお答えできません』

 左様か。こればっかりだなこの槍。まあ忍が作ってくれた『ドイツ語翻訳機』を取り付けたおかげで会話が出来るようになったのはありがたい。

 ……これを三分で作れるあたりあいつも大概だよなぁ。どこのキテレツ大百科だ。そのうち秘密道具どころかドラえもんを作れるんじゃないか?。

 そうなったら個人的には秘剣“電光丸”とか作って欲しいものだが。

「――む!?」

 なんだ? 地面が揺れてる、地震か? それほど震度は高くなさそうだが……。

『――魔力反応を確認。ジュエルシードです』

「魔力反応? ジュエルシード? なんだそれ」

『……』

 いやそこでだんまりかよ。ご主人様関連じゃないなら教えてくれたっていいだろうに。ふむ、魔力ね……魔力? それはあれか、漫画とか小説に良く出てくるMPっぽいものだろうか。

 ジュエルシード……よくわからんが魔力反応とはそれから出ているということか? 駄目だな、想像だけじゃ何もわからん。この槍が喋らないなら、自分の眼で見るしかないな。

 揺れは、あっちの方向だか。少し走るとしよう。

 と、走り出そうとした瞬間――――グワン、と一瞬だけ周りの風景が歪んだ気がした。

 ……なんだ? なんとなく〝この場から離れなきゃいけない〟感じがする。

 ――そうだ、早く遠くへ行かな

『抵抗(レジスト)』

 グングニルの音声が聞こえた瞬間、バキン、と頭の中で、何かが、弾けた。

 途端、先ほどまで俺の中で渦巻いていた〝離れなければ〟という思考が微塵も無く消えていく。

「――――あれ?」

『半径1キロ圏内に結界が張られました。認識阻害を解除、恭也様の思考、正常に安定』

「けっ、結界?」

 結界? 認識阻害? なんだ、一体なにが起きようとしているんだ。

「うおっ!?」

 んな!? 空から電柱が振ってきた!? あ、危なっ! ……異常だ、異常すぎる。魔力だの結界だの電柱だの。

 『裏』の世界の臭いがする。まさか、『夜の一族』や『龍』絡み――!? だとしたら、こんなところで驚いている暇はない。犠牲者が出る前に一刻も早く事を収めなければ。

 武器は、この槍とポケットに入っている鋼糸だけか。やつらと戦うことになるなら正直この装備では心もとないな……。父さんや美由希にも応援を頼むべきだ。

 携帯電話を取り出し、美由希の携帯電話に繋げる。出てくれよ美由希――!

『もしもし、どうしたの恭ちゃん?』

 繋がった!

「美由希、落ち着いて聞いてくれ。『龍』が現れたかもしれないんだ」

『――マジ?』

「いや、まだ確認は取れてないから違うかも知れないが、異常事態が起きてることは間違いない。俺はこのまま現場に向かってそれを確かめる。美由希は今、家か?」

『そ、そうだけど……1人じゃ危険だよ!』

「安心しろ、手に負えないようならちゃんと逃げる。美由希は父さんに連絡を入れたあと俺の部屋から武器を持ってきてくれ、頼んだぞ。場所は……」



 ■■■



 『龍』――それは俺にとって、いや、俺達家族全員にとって忌まわしき記憶となってしまったあの事件の原因。

 それはまだ父さんが要人の護衛という仕事を生業としていた頃の話だ。

 父さんがその仕事を最後に、引退し喫茶店という第二の人生を歩もうとした、幸福の絶頂の中それは起こった。

 父さんが護衛していた要人が襲撃された。そこでなんとか父さんはその要人は守ったものの意識不明の重体に陥ってしまった……。

 その襲撃を行った実行犯の正体こそ分からなかったが、父さんの仲間の人から聞いた話では、龍という巨大なマフィアが関わっていることを聞かされた。

 まあ、龍もその後壊滅したらしいが――残党が残っていないとは限らない。

 父さんが致命傷を受ける相手だ。この壊れた町の悲惨な惨状を見ても、おそらく犯人は常人ではありえないだろう。

 下手をすれば『夜の一族』クラスを相手にすることになるかもしれない。

 『夜の一族』、とある吸血鬼一族の総称。 吸血鬼と言っても妖怪や伝承に残る神代の怪物ではない。

 そこまで詳しくは俺も知らないが、人類が突然変異を起こしそれが定着し、その恩恵として美しい容姿と明晰な頭脳。高い運動能力や再生能力、心理操作能力や霊感など数々の特殊能力を使うことが出来る。

 ただし、その代償として人間、それも異性の生き血を求めなければならない。いまでこその夜の一族である月村忍と俺は恋人同士だが、夜の一族関連で忍やその家族、そして忍達を狙う組織とも随分色々とあったものだ。

「――くっ! それにしても……酷いな、これは」

 ショベルカーで掘り起こされたように荒れた地面、何本も根ごと引き抜かれた電柱、地面に頭の方から突き刺さった電柱、そして粉々に砕かれた塀の残骸。

 一体何をすればこれほど破壊されるというんだ!? そして――微かだが、微量に残っている……。

「〝血〟の――跡」

 血。誰のかはわからない。この惨状を作り出した犯人の物なのか……考えたくはないが、その犯人に襲われてしまった誰かなのか……!

 拳を握り閉める。そして、脳裏に思い浮かぶのは重症を負った父さんの姿。

 あの時ほど――自分が弱いことを許せなかったことはなかった。あの時ほど自分の拳が小さく感じたことはなかった。

 それから、ずっと剣を振り続けた。ひたすらに強くなる為に、修行を重ねた。

 ……そのことで、母さんや美由希、特になのはには迷惑をかけたと思う。自分の修行に明け暮れるばかりで、なのはに少しも構ってやれなかった気がする。

 なのはは、身内の贔屓目を除いても大人しくて、優しくて愛らしくて、良い子だ。……『我侭』を、一切聞かない程に。

 そのことだけは、後悔している。なのはの、『子供』で居ていい当然の『時間』を潰したのは、俺だと思うから。

 構ってやれなかったから――我侭を聞いてやれなかったから、なのはは『良い子』になった。良い子になるしかなかったのかも知れない。

 本人に直接聞いたわけじゃないから、正しいかは分からない。だが、なのははそうやって自分を納得させてしまったんじゃないか。

 ……それが悪いというわけじゃない。寧ろ一般的に見たら良い子でいるというのはいい事なのかも知れない。だけど……兄として、家族として、もっと我侭を言って貰いたいという気持ちがある。もっと甘えて欲しいという思いがある。

 恥ずかしくて、中々言えないけども。今更、そんなことを思う資格は俺にはないのかも知れないけども――。

「全ては、あの不幸な事件の為に……」

 こんな自分でも、剣を振り続けて――父さんが無事に退院して、鍛えて貰って、美由希と一緒に鍛え続けて……少しは強くなったと自認出来るようになった。

 父さんの仇打ちを、復讐がしたいんじゃない……いや、本音を曝け出してしまえば、今でも父さんを襲った奴に同じ目を味あわせてやりたいと少しは思う。

 けど、俺が力を手に入れたのは、強くなりたいと願ったのは――『守りたい』からだ。

 忍を、父さんを、母さんを、美由希を、なのはを、すずかちゃんを、アリサちゃんを、はやてちゃんを、あのバカを――。

 友達を、知り合いを、街の皆を。俺の守れるものなんて少ないのかもしれない。でも!

 守りたいんだ――! もうあんな無力を味わいたくない、あんな辛い感情を他の人にも味わせたくない!

 大事な人が傷ついて……そのことで涙を流す人達を作りたくない!

 守りたい――いや、守ってみせる! たとえ相手が人外だろうと化物だろうと魔法使いだろうと! 俺はもう無力じゃない。小太刀二刀御神流・師範代、高町恭也なのだから!

「――あれは!?」

 遠くの場所で巨大な土煙が上がった。響き渡る轟音、衝撃。

 あそこにいるのが、おそらくはこの悲惨を作り出した者――!

「神、速っ!」

 『神速』、それは御神流の奥義の一つ。限界まで鍛え上げ、練りこんだ全てを100%開放させる究極の高速移動術。

 集中力を極限まで高めた集中力は、己の時間感覚を引き伸ばし、モノクロへと姿を変えた世界を移動する。

 全てがスローモーションと化した世界を翔る。この世の何よりも速い速度で。目的地まで距離を一気に削る。

 待っていろ、見知らぬ敵。そして、もしもその敵に襲われている者が居たとするなら、諦めるな!

 絶対に、間に合ってみせる――!

 走れ、走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ!

 モノクロの世界を翔け、跳躍。壁を飛び越え、最短距離を! あの角を曲がれば、目的の場所!

 角を曲がる、そして俺が見たものは――。



「――――は?」

 俺のとてもよく知っている人物だが、その表情はとても凶悪で。

 一体その細い身体のどこにそんな力があるのか問い詰めたくなるような、自分の身長よりもデカイ指定方向外進行禁止のマークが描かれた道路標識を振り上げ。

 何故か俺の妹と同じ制服、いや、微妙に違うデザインだが、似たような服を着た女性に対してそれを思いっきり振り下ろそうとする……。

 俺の愛しくて愛らしい自慢の妹、〝高町なのは〟がそこにいた。



 ……ん? ……え!? はぁ!? ……あれか、俺は、久々に使った神速のせいで脳内麻薬とか垂れ流しちゃったせいで酷い幻覚を見てるに違いない、うん。

 はははは、俺の自慢の妹がそんなことをするわけがあるまい。……帰りに病院行っとくか、眼科とか。

「――――んなわけねえだろ畜生!」

 一回目の神速が切れてしまったので二回目の神速を発動する。連続使用は負担がでか過ぎるので余りしたくはないが、こんなわけのわからない緊急事態に出し惜しみしてられん!

 一日にこの奥義が使用出来るのは大体4回。そして一回に使える時間は約4秒だけしかないのだから慎重に使わなければならないってのに!

 ああもう、どうなってんだ!?

 全てがスローモーションになった世界で、俺は女性の前に立ち構え、なのはの振り下ろした道路標識をグングニルで弾き飛ばす。

「っ!?」

 グングニルと道路標識がぶつかった瞬間、信じられない衝撃が俺を襲う。全てがスローモーションと化しているとはいえ、そこに生まれる衝撃は変わらない。

 例えば、ゆっくり向かってくるとはいえ、拳銃から放たれた弾丸に当たってしまえば、その威力は本来の威力となんら変わらない。

 食らえば、肉が吹き飛び骨が砕ける。つまり、ただなのはの振り下ろした道路標識を『弾いた』だけでこれほどの衝撃が発生したということは――。

 信じられないほどの力と速度で、この道路標識を振り下ろしたことになる。馬鹿な――なのはの、どこにそんな力が!?

 ――考えるのは後だ! いまは後ろの女性を……。



 ……なんで、お前が襲われてんだグレゴオオオオオオオオル!?



 信じられない力を持つ妹に襲われていた女性だと思っていた人は、妹の親友であるはやてちゃんの兄貴的存在であり、俺の朝から探していた人物、グレゴールだった。

 なんで!? なんでこいつ俺の妹に教われてんだ!? めちゃくちゃボロボロじゃねーか!? こ、これなのはがやったとか、そんなわけあったりなかったり、やっぱりあったりする……のか……?

 つーかなんで妹の制服みたいなものを着てるんだこいつは!? 随分と似合っててまるでイメク、じゃねえ!?

 一瞬だけ、想像の斜め上を行く異常事態に緊張が途切れ神速が解除される。モノクロの世界に色は戻り、スピードも正常になった。

 瞬間、驚きの表情を浮かべるなのはとグレゴール。いや、その顔をしたいのは俺だ! と、とりあえず話を、話を聞かないと!

「――人の妹に何をしてやがる……って違うな、逆だ」

 どう見てもされたのはこいつでやったのは俺の妹。

「恭……也ぁ……?」

 ボロボロの表情で、傷だらけの身体を動かし、俺を見つめるグレゴール。その眼にあったのは、おそらく驚きと、希望。

 いや……本当に……お前。

「人の妹に何をされたんだ? グレゴール?」

 龍とか、夜の一族とか、全く関係なかったな…………。

 誰か俺に状況を説明してくれええええぇ!?



[16850] 7話『そう思うだろ? あんたも!』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:9d8ddd0f
Date: 2010/11/04 23:27
 ジュエルシードに乗っ取られブラック化したなのは、そのなのはブラックに打ち負かされ重傷のグレゴール、頭の中が疑問符で埋め尽くされた恭也。

 そこにあるのは異色の三つ巴。誰も言葉を発することなく、気まずい沈黙が支配する。

 ――その沈黙を打ち破ったのはなのはブラックだった。恭也に弾かれ折れ曲がった標識をまるで針金でも弄るように『グニャ』っと真っ直ぐに直すと、ニヤニヤ顔と歪めながら恭也に向かって呟いた。

「――これはこれは、強くてかっけーお兄様じゃありませんかぁ!? あっは! 〝始めまして〟お兄様ぁ! なのは改めなのはブラックでーす! 今後ともよろしく!」

 余りにもテンションが高く、余りにも見知った『妹』とは違いすぎる妹のセリフに恭也は絶句する。

「……なのは、なのか?」

 何とか捻り出した恭也の言葉を聞いて、なのはブラックは「ぎゃはは!」っと下品な笑い声を上げた。

「なのは、なのですよー? ぎっひひ! 私がなのはじゃなきゃなんなのさ? 死にまくっても諦めず惨劇を脱出した幼女じゃねーなのですー! にぱー!」

 再び、絶句。確かに目の前にいるのは高町恭也の愛する妹、高町なのはの姿をしている。だが、しているだけであり、その言動、その歪んだ表情は果てしなく違う。

 だが、高町恭也は理解する。感覚的ではあるが、直感でしかないが、〝高町〟の中に流れる血が、否応に目の前にいる妹は〝本物〟であると。

「――グレ! グレゴール! なのはがおかしくなってるぞ!? どうなってるんだ!? なにが起きた!? ついでにその格好はなんだ!? なんで似合ってんだお前は!?
 そしてなんで凄い怪我してんだ!? あとこの槍を道場に投げ込んだのはお前か!? 答えろ! というか答えてください!」

 突如襲ってきためまいと嫌な汗に耐えながら、恭也は慌てて振り返りグレゴールの肩を掴み盛大に揺らしながら問い詰める。

 怒涛のような質問の嵐、恭也の混乱は既に最高潮に達していた。一方質問を投げかけられぶんぶん揺らされているグレゴールは傷だらけの身体からにじみ出る激痛がさらに悪化し声にならない悲鳴を上げる。

 ――槍を持った二枚目の青年が息を荒くしながら、見た目女の子な魔法のステッキらしきものを持ったズタボロの青年に問いかける図。

 客観的に見て、本気で意味がわからない。

「~~~っ! 痛い、めっちゃ痛い! 答える! 答えるから揺らさないでぇ! ――って、恭也!」

 ぞわ、っと恭也が感じたものは、禍々しい程の〝殺気〟。

「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せないってなあああぁ!」

「っ!」

 瞬時に身体をグレゴールごと押し倒す恭也。――己の頭の上を通過する殺気に塗れた〝なにか〟と鋭い風切り音が耳に届く。

 それは勿論、なのはブラックがフルスイングした道路標識。とても鋭利とはいえないが、薄く鉄製、そして大重量という利点を持って、〝それを振りぬく力〟さえあれば人の首を刎ねるなどとてもた易い凶器と変わる。

「ちいっ! 避けっか今のぉ!? んならデンプシーロールの要領でぇ、もう、一丁ぉ!」

 不意打ちが失敗に終わったなのはブラックは盛大に舌打ちし、振りぬいた道路標識を再度逆方向へと持って行く。

 迫る道路標識。恭也はすぐさま起き上がりグングニルで応対し、それを防ぐ。重量級の車両同士の交通事故でも思い浮かばせる甲高い鉄の爆音。

「――ぐっ!?」

 グングニルを構える腕ごと引きちぎれそうな衝撃に、思わずうめき声を上げる。

(一体どんな馬鹿力で振れば――これほどの衝撃が生まれるって……言うんだ!?)

 当然恭也はなのはがジュエルシードに乗っ取られ、その身体能力が常軌を逸していることを知らない。

 だがそんなの関係ねえとも言わんばかりに、再度往復して恭也の元へと戻ってくる道路標識という名の凶器。

「2回、めぇ!」

 それをまた弾く。耐久力はグングニルの方が圧倒的に勝っているらしく、道路標識の方が弾かれる度にひしゃげていく。

 一方グングニルは全くの無傷。傷1つ追っていない。だが、使用者の身体はそうはいかなかった。

 弾く度に軋みを上げる恭也の腕。重すぎる一撃にダメージが蓄積されていく。

(返ってくるのが速すぎて防ぐだけで精一杯とは――! 俺の腕は、何時まで持つか…っ!
 だが、俺の後ろにはグレゴールが居る……ここは、退けん!)

「3回目ぇ! そろそろ辛くなって来たかぃお兄様ああああぁ!?」

 3度目の剣戟というには歪な音。弾き上がる2つの武器。

 発生した衝撃が2人の身体を伝わり地面にヒビを入れる。そんな威力をまともに受ける恭也の身体は、限界に近かった。

「恭也! 俺はいいから一旦退いて体制を整えて! このままじゃ、恭也の身体が持たない!」

 グレゴールの悲痛な叫びが恭也の耳に届く。だが、恭也は退かない。退けばなのははその隙を狙ってグレゴールを襲う。

 見たところ、グレゴールは動けない。というか動けるのなら未だに地面に寝そべってはいないだろう。

 何が起きたかも知らない。両者の間に何があったかも知らない。しかしこれだけは恭也にも分かっている。

 変わり果てた最愛の妹は、確かな〝殺意〟を持って自分とグレゴールの前に佇んでいるのだから。故に、恭也の取るべき行動はただ1つ――。

(このまま攻防を続けてグレゴールを守りつつ、なのはを出来るだけ傷つけないやり方で〝気絶〟させる!)

 説得はおそらく不可能。話し合いが通じる正気の状態でないことは一目瞭然だ。

(『グレゴールを守る』、そして『最愛の妹を攻撃する』――両方やらなくちゃいけないのが、お兄ちゃんの辛いところだ。
 ははっ……! まぁ、覚悟なんてとっくの昔に、出来てるけどな!)

 弱い自分に後悔しないように。大事な人を〝守れる〟ように。高町恭也は、その為に、〝強くなった〟のだから。

「4回目ぇ!」

「4回目っ!」

 声が揃う。ミシリと音を上げる恭也の腕。だが痛みを気にしている暇はない。

 4度に渡る攻防の末、ようやく掴んだ〝タイミング〟が、恭也にあったのだから。それは、なのはブラックが道路標識を振り戻す際に、一瞬だけ力を〝溜める〟瞬間。

 その瞬間だけは、その一瞬の刹那だけ、なのはブラックは〝止まって〟いる。

 狙うは、その瞬間。

「5回目ぇ!」

「5回目っ!」

 5度目。恭也の手から血が流れる。どうやら皮膚が破れたようだ。限界は近い。もう1、2度も持たない。ならばと、恭也は全神経を集中する。

 チャンスは一度。タイミングは一瞬。なのはブラックが道路標識を振り戻そうと、力を込めたその瞬間。

(神――速!)

 小太刀二刀御神流、最強の奥義は発動する。



 時間の止まった世界を、恭也は動く。狙うは『顎』の先端。

 本来人間を『気絶』させるということは難しい。テレビやドラマなどではみぞおちなど急所を殴ってよく気絶させるが、現実でやれば結果は〝痛い〟だけ。

 故に恭也は顎先を狙う。そこを突けば頭蓋が揺らされ脳震盪を起こす。

 既にガクガクになっている右拳を握る。威力は要らない。必要なのは正確に、まっすぐ突き上げること。

「なのは――ちょっと痛いの、我慢してくれよ」

 愛の篭った拳が、その言葉と共に――振り上げられた。



 ■■■



 地面に仰向けで倒れた黒なのは。そして同時に息を切らせながら肩膝を付く恭也。

 その光景を寝転がりながら見てた俺は、ただ一言――恭也強ええええええぇ!?

 なにあれ!? 黒なのはとまともに打ち合いすること自体それだけでも驚きなのに最後なんて動きが見えなかったよ!?

 まるで瞬間移動でも使ったような……な、なんで魔力も何もない常人があんだけ凄いの!?

 いままで気のいい普通のどこにでもいそうな兄ちゃんだと思ってたのに……。

 俺が歯が立たなかった黒なのはを瞬殺って……いや殺してないけど……しかも俺を庇いながらって……。

「はぁ……はぁ……グレェ……無事か……?」

「う、うん! それより恭也こそ大丈夫なの!?」

「な、なんとかな……血が出てヒビが入ったくらいで済んだ……ふぅー。さあ、グレゴール。話して貰うぞ、全部。さあきりきりスパッと吐け。一体俺の妹に何が起きた?」

 ええっと、何から説明すればいいのか……。

「えーと……恭也って魔法使いとか信じる?」

「……もうこの際魔法使いが居ようが魔王が居ようが信じるよ……」

「そっか……。多分今から話す話は恭也、というかこの世界に住む人には全然信じられないと思うんだけど……」



「なるほど……。要約すると世界は次元を隔てて無数に存在し、その中には魔導士と呼ばれる魔法を使うお前のような奴が沢山居る。
 なのはがおかしくなったのは別世界から発掘されたロストロギアと呼ばれる魔法使いもビックリの品物が取り付いたから。
 ついでにお前が俺の家に槍を投げ込んで天井を吹き飛ばしたのは事故……奇奇怪怪過ぎてアレだが……まあ今は信じるしかないか」

 どうやらなんとか理解して貰えたらしい。まあ信じてもらえないと困るんだけど。

 というかグングニル恭也の家の道場に飛んでったのか……ご、ごめんね。修理費は何とかして払うから!

「なら、さっさとなのはに取り付いたそのジュエルシードってのを封印してくれ。そうすればなのはは元に戻るんだよな?」

「もちろん! ……約束は出来ないけど」

「なんでだよ!? まて、なのはがあのまま戻らなかったら大惨事ってレベルじゃないぞ!?」

「だっ、だって人に、それも〝精神〟に取り付いたジュエルシードなんて初めて封印するし……」

 何らかの後遺症が残る可能性も否定できない……。もちろん俺だってそんなことがないとは思う。

 それに、これは俺のせいだ。俺が油断してカラスにジュエルシードを取られて、さらにはそれを取り付かせてなのはが『助けて』と願う原因を作らなければ……。

 全く関係のない巻き込まれただけのなのはが辛い目に合うなんて可哀想すぎる。

 俺に出来ることがあるならなんでもする。でも……。

「――――いいか、グレ」

 がしっ、と俺の両肩を掴む恭也。いででででででで!? ストップ! メリメリ、メリメリいってる! 圧力かけるの止めて!

「もしもなのはがこの先致命的な後遺症と一生付き合っていかなくなってしまったら――」

 あ、あの恭也さん? 顔近いよ? 鼻と鼻がくっつきそうだよ? というか瞳孔開いてるよ!?

「お前を殺して俺も死ぬ」

 ……ああ、〝人を殺せる殺気〟って、俺が今感じてるこれをいうんだろうなぁ――。

 助けてはやてえええええええええええええええええええええええええええええぇ!



 ■■■



「……ん?」

「どうしたのはやて?」

「いやなユーノくん。今誰か私に助けを求めた気がして……」

「そ、それってグレゴールさん!? ま、まさかグレゴールさんは今危険な状況に!?」

「くっ! ひょっとしたら途轍もない死闘を繰り広げて負けてしまいそうなのかもしれへん……!」

「で、でもグレゴールさんが助けを求める強敵って一体……」

「きっと鬼のように強いんやろうな……。いや、ひょっとしたら見た目も鬼そのものなのかも……待っててな兄ちゃん! 今すぐ追いつくでな!」





 夢を――夢を見ていました。

 夢の中の私は、お姫様の窮地に駆けつけた王子さまのようにとても強く、けれど同時にとても怖い人になっていました。

 その人は私を助けてくれました。私の助けを求める声に答えてくれました。私の望みを叶えてくれました。

 でも――その人は今、私の大事な人たちと戦っています。私の大切な友達と。私の大好きな家族と。

 私は叫びました。やめて……! やめて……! もうやめて! 私はそんなことを望んでない……!

 そう、強く叫び続けていたのです……。



 ■■■



「んで、なに〝宿主様〟は、んなどっかで聞いたことのあるナレーションしちゃってますかぁ? もっと輝けってか! ぎゃははは!」

「――っ!?」

 地平線の先まで真っ白で、私以外の誰も居なかった世界の中で――目の前に突如現れた『その人』は、屈託のない笑顔で笑っていた。

 目の前のその人は、まるで鏡写しのように『私』に似ています。

 いや、似ているどころじゃない。その人は、私と『同じ』――。

「そう! 〝同じ〟なんだぜ宿主様よぅ! 〝我は汝……汝は我……我は汝の心の海より出でし者……最強無敵なのはブラックなり〟ってな! 私はペルソナかっつーの! あははっ!」

「えっ!? いま、声に出して……」

「声に出してなくても分かるって! 言ってんだろぅ!? お前は私、私はお前! 鏡に映したもう1人の自分! お前が光にして私は影! お前はなのはホワイト! そして私はなのはブラック! ……あれ、なんかそう割り振ると私たちプリキュアっぽくね!?」

「全然ぽくないよ!? あなたみたいなプリキュアなんて放送禁止なの!」

「いいねぇふたりはプリキュア! マックスハートでスプラッシュしてYes!しながらGOGOしちゃってフレッシュしたらハートキャッチしようぜ!」

「ぶっちゃけありえない!?」

「ノリいいね宿主様! さすが〝私〟だけのことぁある! なんかもう大好きだぜ! ひひひ――本当、いつまでもこうやって話してたいんだけどなぁ」

 そういい終わると、困ったようにぽりぽりと頭を掻く鏡写しの私。

「……いきなりどうしたの?」

「ちょーと、〝外〟が大変なことになっててさぁ。見てみろよ、そこ」

 もう1人の私が指をさす。その指先に刺された場所を目で追うと、そこには先ほどまで地平線の先まで真っ白だった空間に、映像が流れていました。

 その映像の中には、私であって私じゃない〝誰か〟が、お兄ちゃんと戦い、そして倒されている場面が流されて……。

「こ、これ――私が、さっきまで、見てた、夢……」

「ところがどっこい……! 夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……! なーんてね。宿主様よぉ、ひょっとしてお前、まだ状況を〝理解〟してねーわけ? おいおいマジかよ! 馬鹿じゃねーの!?」

「ば、馬鹿じゃないもん!」

「お前、もしかしてまだ自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」

「死ぬの!? 私!?」

「下手すりゃ死ぬかもね~。つーかお兄様強すぎんだよ、なんだよあれ。生身で範馬勇次郎と互角にやりあえちゃいそうで怖いよ。やーいお前のお兄ちゃん鬼いちゃん!」

「意味わかんないし人の家族をさらっと人外扱いしないでよ!? そ、それはまあ時々お父さん達と練習してるの見てるとドラゴンボールみたいに消えたり現れたり大っきな岩を真っ二つにしちゃったり少し変だなとは思ったことあるけど……」

「いや少しじゃねえだろ。いや少しじゃねえだろ」

「二回言った!?」

「大事な事なので二回言いました!」

 そういいながら、鏡写しの私は私のおでこに手を近づけて、パーン! と派手な音を上げるくらいの威力でデコピンをかました。なんで!?

「~~~~っ! 痛っ~~~~~!」

 余りの痛さに思わずおでこを抑えて蹲ってしまいます。

「あっ――」

 ――その瞬間、頭の中に数々の〝情報〟が土石流みたいに流れ込んできた。巨大なカラスに襲われたこと。『助けて』と心の底から願ったこと。

 ポケットの中から光が溢れだしたこと。――もう1人の〝私〟が〝生まれた〟ことを。そして先ほどまで〝夢〟は――全て現実であることを。

「――なに、これ」

「余りにも宿主様がおバカさんだから、ちょっと脳みそこねこねコンパイルさせて貰ったよん。理解出来たろ? 〝色々〟とさぁ」

 理解、出来た? 理解出来たよ。とってもよく分かった。あなたが――私の大切な人達に何をしたか、とってもよく!

「なんで……! なんでグレゴールさんやお兄ちゃんに酷いことするの!? やめて! 私はそんなこと望んでない! 私が望んだのはあのカラスから助けて欲しいってことだけだよ!」

「そうだねぇ。確かにお前はそれだけを望んだのかもしれないさ。でもな、ジュエルシードが叶えた願いは〝高町なのはを助ける〟ことだ。あの2人は、消そうとしてんだぜ? 『私』をだ。私というもう1人の〝高町なのは〟をなぁ。
 だから私は助けてんだよ。高町なのはを消そうとするあいつらぶっ殺して」

「違う! あなたは私じゃない! 私なんかじゃ、ない! 私はそんなことしない!」

「私は貴女よ! 貴女は……私なのよ! 貴女は、私のいっとう激しいところだけを持った人でしょ!? ってな。ぎゃはは! これ死亡フラグじゃん! ぷるぷるぷるぷる~」

 ――げらげらと、人の必死さを踏みにじるように笑う。私は、鏡写しの私に向けていつの間にか右手を振り上げた。

「ふざけないで!」

 でも、私の手は虚しく空を切った。目の前にいたはずの鏡写しの私は、一瞬にして消えちゃったから。

『宿主様よぉ。これは〝対価〟さ。願いを叶える代わりのな。確かにジュエルシードはなんでも願いを叶える究極の願望機。魔法のランプだ。
 だが、〝世の中はそんなに都合のいい〟ことばかりじゃない。対価として破壊と殺戮が付属する。ジュエルシードを使うってのはそういうこと。それは決して偶然ではない。
 故に遺跡に封印されていた。もう使う者が現れぬように。もう悲しい厄災を振りまかぬように。スクライアの一族が掘り起こすまで、そんな〝願い〟を21個の『私達』に込めて過去の使用者達は封印した。
 暗い暗い真っ黒な息苦しい闇の中で、自分たちの〝願いを叶える〟という存在理由させ果たすことのなくなった私達。何百年、何千年と。
 酷い話だ。自分達の欲望の為に作っておいて、危険だと分かれば即お払い箱ってな』

 鏡写しの私の声だけが木霊する。どこ、どこにいるの!? 姿を現して!

『――ま、それは別にいいんだよ。ジュエルシードをどう扱おうがそんなものは意思を持つ者の勝手さ。
 でもな……私様は、生まれちゃったんだ。〝高町なのはを助ける高町なのは〟として。だから――消えたくない。
 私達の存在理由は、〝願いを叶える〟という為だけにある。それが出来なくなったら、私達に存在する意味はない。
 このまま消えたくない。死にたくない。生きていたい。〝お前の願いを叶え続けたい〟んだ。このまま封印されて、あの暗闇の中に戻るのは嫌だ』

 不意に、私の心の中に溢れる〝悲しみ〟に似た感情。私のじゃない。これは――鏡写しの、私の、感情……?

『だから――それを邪魔する奴はぁ、例え宿主様の親友だろうが家族だろうが皆殺しってなぁ! ぎゃは! ぎゃはははははははははははははははははははははははははははははは!』

 笑う。鏡写しの私が笑う。笑い声が大きすぎて頭の中がガンガン痛む。

「なんで――」

 狂気を含んだ笑い声の中で、私は無意識のうちに呟いていた。

「なんであなたは――」

 鏡写しの私――いや、認めてしまおう。あなたが私の考えを分かるというように、私ににもあなたの感情がわかってしまうのだから。ねえ〝もう1人〟の私。

 なんであなたは、そんなに〝悲しそうに〟――なんで、あなたは……そんな辛そうに。

「――泣いて、いるの?」

 その問に、答えは返ってこなかった。



 ■■■



 お前を殺して俺も死ぬ――これを冗談ではなく、本気で実行されそうな奴って世界に何人いるんだろうなぁ……。しかも男同士で。

 さっきから振るえが止まりません。助けて、助けてはやて……怖いよぉ……!

「――なんてな。安心しろグレ、冗談だ」

「嘘だ! 完全に殺るつもりだったよね!?」

「おいおい、さすがの俺もお前と心中なんてごめんだぞ。お前俺をなんだよ思ってんだよ。ちょっと本音がポロっと出ただけだ」

「やっぱり本気なんじゃねえか!? 恭也俺のこと実は嫌いなの!?」

「嫌いじゃねえよ。好き好き大好き超愛してる。――殺したいほど」

「怖っ!?」

「べ、別にお前なんか一緒に死にたくないんだからな!?」

「どうしたの恭也!? さっきからおかしいよ!?」

「……すまん、あまりにもなのはが心配だからちょっとテンパってる……」

 テンパりすぎだよ恭也……。

「――俺のことはいいからなのはを早く助けてやってくれ、頼む」

 っと! そうだ、確かにこんなことしてる暇なんてない。早くなのはに取り付いたジュエルシードを封印しないと!

 となれば……! より制度を高める為に俺の相棒を使わざるおえない!

「相棒! 久っさしぶりだぜ! どこ行ってたんだよ、心配したし散々探したんだぜ!?」

 なあグングニル! まさか恭也が持ってきてくれるなんて思いもしなかったよ!

『マスターが投げ飛ばしたんでしょう』

「それを言われると辛い……って、なんで日本語喋ってるんだ!?」

「ん? ああ、それ言葉がわかんなかったから忍が作ってくれた翻訳機つけたんだ」

「忍が?」

 あの恭也の彼女で、すずかの姉の。天才って聞いてたけど、ベルカ語をこんな短期間で日本語に翻訳できる装置作るってマジで凄いな。

 あ、でもそういえばはやてが『ベルカ語ってドイツ語に似てるんやなー』って言ってたっけ?

 そのドイツ語を参考にしたのかな? まあいっか!

『――ところで、そのマスターの格好、そしてデバイスは――なんなんですか?』

「ん? なんなんですかって……レイジングハートだよ。前にユーノに紹介して貰ったよな?」

『Long time no see. Gungnir(お久しぶりです、グングニル)』

『ええ、お久しぶりですレイジングハート……と挨拶をしている場合ではありません。マスター。なぜ彼女を使っているのですか? 誇り高きベルカの騎士でありながらインテリジェントデバイスなどと軟弱なものを使うとは言語道断。私がそんなに嫌ですか。私がそんなに使いにくいですか』

 ……え!? ちょ、いきなりなに言ってんだグングニル!? 別に軟弱じゃないだろインテリ! 結構使いやすいよ!?

 あれ!? お前ってインテリジェントデバイスが嫌いなんて設定あったっけ!?

『Are you trying to pick a fight? I will do it if I am dared to.(喧嘩を売っていますか? 買いますよ)』

「お前も言い返すなレイジング! いや待てグングニル!? お前が居なかったからユーノから借りただけだから! 別にお前のこと使いにくいとか俺って皆のサポート型として作られたのに戦術が接近戦仕様って変じゃね? とか今は思ってないから!」

『思ってるじゃないですか!? たとえ今思ってなかったとしても過去に思ってるじゃないですか!? 
 酷い……あんまりですマスター! 手品の公演のときに魔法のステッキ扱いするのはまだ許せました……。
 ですが! 普段戦闘がないからといって私を物干し竿代わりに使ったり、靴べら扱いして玄関に立てかけてあったりしたのはそういう他意があったからなんですね!? 私を投げ飛ばしたのはそういうことなんですね!?』

『That's not fair.(それはないわ)』

「だ、だって使わないのも勿体無いし……それに投げ飛ばしちゃったのは偶然だ! 汗が! 汗で滑ったの!」

『Donner wetter noch Einmal!(こんちくしょう!) Scheibe!(くそったれ!) Scheisskerl!(ケツの穴!)』

 最後ちょっと待て!?

『もういいです! マスター! いえ、グレゴール! 私はもうあなたに使われたくありません! ここに主従の契約を破棄します!』

「えええええええええええええええっ!?」

 デバイスの方から契約破棄されたあああぁ!?

『今後は恭也様に使って戴きます。よろしいですか恭也様? 貴方様の槍捌きは実に美しかった』

「……え? あ……いいんじゃ、ないか。というかそんなのどうでもいいから早くなのはを……」

「どうでもよくないよ恭也!? 一大事だよ! デバイスから契約破棄されるとか守護騎士生命に関わるよ!」

『Don't worry. I beg your kindness New Master.(いいじゃないですか。これからよろしくお願いします新しき主)』

「だからよくねーよ!? お前ユーノがいるだろうが!? グングニル、俺が悪かった! だから考え直して!」

『Du bist ein Idiot!(バーカ!)』

「てめえ!?」

「いやだからなのは……」

『グレゴールはそのインテリジェントデバイスを使ってればいいじゃないですか。お似合いですよ? 軟弱者同士』

『Dispose of junk?(廃棄処分にしてあげましょうか?)』

「グングニル! お前に見切られたら俺達を作ってくれた先代マスターになんていえばいいんだよ!? 俺、槍の騎士ってあだ名まで考えて貰ったんだぞ!? 俺とお前は兄弟みたいなもんなんだぞ!? 申し訳ないとは思わないのか先代マスターに!?」

『それは私のセリフです! 私をこんな扱いしておいて貴方こそ先代マスターに申し訳が立つのですか!? 兄弟みたいなものの扱いがこれですか!? 騎士の誇りをどこにやった!? 猫にでも食わせましたか!』

「な!? 俺だって、俺だってなぁ!」

「――いい加減にしろ馬鹿どもおおおおおおおおおおおおおおぉ!」

「ごふっ!?」

 痛っ!? めり込んだ! 恭也の拳いま俺の頭蓋にめり込んだ!? ゴンとかポコとかそんな可愛い擬音じゃなくてゴリィ! って音した! あ、頭がぁあああ!

「痴話喧嘩なら後でやれ! いまは何よりも俺のなのはが先決だろうが! グレ! 別に封印ってのはこの槍じゃなくても出来るんだろ!? だったら早くやれ!」

「そうだぜー? 主役置いてなに勝手に盛り上がってんだぁ? 泣いちゃうぞ私様」

「うううう……ごめんねなのは。今封印するか――――!?」



 っ!? しまっ――いつのまに起き――!



「まず1人」

 黒なのはの手刀が、俺の鳩尾に突き刺さった。じわりと腹から湧き上がる熱。痛み。

 それは次第にどんどん鮮明となっていき、はっきりと、悲鳴を上げたくなるような激痛と化した。

「がっ――!」

「そして駄目押し」

 〝音を置いていく〟蹴りが、俺の顎を突き上げる。脳をガンガンと揺らされた俺は――そのまま暗闇へと、意識を落とした。



 ■■■



「――グレゴール!」

 声を上げる。くそっ、気がつかなかった! いつのまに意識を取り戻していたんだ!?

 馬鹿な――あれから何分とたっていないんだぞ!? これほど早く意識が覚醒するわけが……!?

「たくよぉ……こちとら冒頭ですっげーシリアスなことしてたんだよ。これから悲劇の2人はどうなるの!? みたいな盛り上がりがあったんだよ。
 ――それをてめえらのくだらない雑談で台無しにしやがって。キレた。完全にキレた。怒りが倍どころじゃねー、乗算されたわ!」

 何をわけのわからないことをいってやがる――! くっ、俺はもう戦える状態じゃない。特に腕の損傷が激しい。

 長期戦になったら間違いなく負ける――。ならば、神速を使って速攻でもう一度気絶させる!

 今回は先ほどの完全に停止した状態は狙えそうにないか――。すまんなのは……! かなり痛いことになるかもしれんが、どうか我慢してくれ!

 今日はもう神速を3回使った。使えるのは精々あと一回。――最後の一回だ。

「はぁぁぁ――」

 身体に力を入れる。精神が焼き切れそうになるほど集中する。メリメリと体中の骨の悲鳴があがる。持てよ俺の身体――!

「お? 〝それか〟よ。ひひっ、お兄様、1つ面白いこと教えてやる――」

 なのはが何かを言っているが、気にする暇もなければ気にする意味もない。なのはじゃないなのはの声に、俺が声を傾けると思ったら大間違いだ!

「――神速!」

「その技、〝覚えた〟」



 時間が止まる。その絶対不可侵の空間に立ち入ることは誰にも出来ない。

 だが、その大前程を――目の前の妹の姿をした別の〝なにか〟は、打ち崩した。

「なん……だと……」

 俺の胸を打ち抜く、1つの拳。それは俺の拳を紙一重で交わした目の前の少女から伸びている。

 ゆっくりと、自分の骨が砕ける音を聞いて――俺の目の前は、真っ暗に……。



 ■■■



 そこ最後まで立っていたのは、ジュエルシードに取り付かれた少女、高町なのはのみ。

「ぎゃは! ぎゃはははは! 強靭! 無敵! 最強! この技凄げえなぁおい! 例えるならMP無限でマダンテ撃てるようになったってレベルじゃねえか!」

 楽しそうに。けれど、どこか悲しそうに、彼女は笑う。

「ひひひひっ! なぁ――そう思うだろ? あんたも!」

 彼女が空に向かって指をさした。その先に、1つの影が浮かんでいる。

「――なんとも、醜態。酷い有様だな、これは」

 仮面を被った、見るからに屈強な肉体をした青年が、そこにいた。



[16850] 8話『あいつを倒すのは、私なんだから』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:9d8ddd0f
Date: 2010/11/05 00:28
 私の現在の任務は、予想外の存在である『守護騎士グレゴール』の監視。

 前例のない未知数の存在。お父様の『目的』にどれほどの障害を及ぼすか確認するという重要な使命。

 時には猫状態で、時には人状態で後を付回すこと早10ヶ月余り。

 その月日で分かったことといえば……〝戦闘力は高くない〟、そして〝行動の予測が付かない〟ということだけ。

 監視対象が戦闘を行ったことはここ数日以外ほとんどない。時々公園や山裏などで魔法と格闘の訓練をしているが、それを見た限りはっきりいって〝大したことは無い〟。

 射撃は集束、分散、連打とオールマイティにこなせていたが、特に秀でたこともない。〝出来る〟だけといったレベル。

 どちらかといえば接近戦及び中距離の槍術の方が得意らしい。スピードは凄まじいものがあるし、パワーもある。だが、その得意分野ですら動きが〝素人〟すぎる。

 愚直に真っ直ぐ高速で攻めるだけの戦法。おそらく、グレゴールは〝戦い方を知らない〟のだ。持っている才能と能力を持て余している。

 この程度の相手ならば、私なら瞬殺はならずとも苦戦することは無い。愚直に突っ込んでくるだけの得物など美味しい的でしかないのだから。

 ……守護騎士なのに、戦い方が下手とはどういうことだろう。過去の守護騎士達の情報を解析するに、それぞれが高次元の戦闘能力を持っている。当然だ。彼らは闇の書の主を守る為に存在する最強の騎士なのだから。

 補助系統を担っている『湖の騎士シャマル』ですら、少なくともグレゴールよりは〝上手く〟戦えることだろう。

 ならば、〝その為に創られたはず〟の彼は、なぜ〝弱い〟?

 何か理由がある? 考えられるのはリミッター系統の戦闘能力制限がされていること、もしくはただ単に本気を見せていないだけ。

 ……カンだけど、両方ない気がするのは何故だろう。

 まあ弱いに越したことは無い。敵が弱ければ弱いほどそれだけお父様の『目的』が完遂しやすくなるのだから。

 しかし、〝行動が読めない〟という大問題に対すればそのようなことは些細なことだ。

 ……本当に、あいつの行動が読める気がしない。空を流れる雲の方がまだ読みようがあるというもの。

 なぜ魔法を目撃されたとき、『これはマジックの練習です』と言っていきなり公演を始める!?

 いや、誤魔化す理由としてマジックの練習と偽るのはいいだろう。だがなぜそこでノリノリで魔法を使いまくる!?

 射撃魔法で『なにもない空間から花火を出します』と言って射撃魔法を連射。

 浮遊魔法で『いまから自在に空を飛びます』といって空を飛び回る。挙句の果てにはギャラリーと一緒に飛ぶときもある。

 バレるわよ!? いくらなんでも! どう考えてもマジックじゃ説明つかないことをやったら駄目でしょう!?

 ……それを信じるこの街の住人たちも住人たちだけど。影に生きる闇の書の守護騎士が人気者になってどうするのよ……。

 他にも奇想天外な行動は多々あるが、一番酷いのは猫状態の私を見かけたら問答無用で追いかけ回すってなに!?

 最初は私の正体がバレてるのかと本気で心臓が飛び出るかと思ったわよ!

 猫状態じゃスピードが出せないからあっけなく捕まるのは仕方ない。でもそこから繰り広げられるセクハラは度を超えて酷い!

 お腹を撫で回すは顔をぐりぐり摺り寄せてくるは肉球をプニプニするはあいつの長くて綺麗な真っ白の髪で私を包んだり、鼻にキ、キスしてくるとか! ……それがちょっと楽しいとか思ったことなんて一回もないんだから!

 裁判で訴えたら絶対勝訴に出来るんだからね! まあ、なぜかアリアだけは猫状態でも襲ってないから、そこだけは褒めてあげてもいいけど。猫状態の私達を見分けられるのはお父様以外いないというのに。本当〝そこだけ〟は褒めてあげてもいいわ――ちょっと落ち着こう。



 ■■■



 とにかく、私の任務はグレゴールの監視だった。そう、過去形だ。

 今の任務は少し違う。この第97管理外世界、しかも狙ったようにこの街に偶然落ちてきた『ロストロギア』である『ジュエルシード』。

 お父様が掴んだ情報では、それを運搬中の船が事故で故障し、破損した倉庫から『ロストロギア』を含む荷物が全て弾き出され、次元を超えこの世界に落ちてきたということらしい。グレゴールが助けていた小動物はそれを追ってやってきたとか。

 ――はっきりいってこの事故、何か〝裏〟がある気がするのだ。お父様もそう言っている。

 運搬船が通っていた交通ルートはここ数年事故など一件も例がない超安全地帯。それが、ロストロギアという重要物を載せている今回に限って、事故。

 しかもその事故の原因が〝原因不明〟だという。原因不明。流星でもなければ船のメンテ不足による不具合でもない。

 これを、偶然だというのだろうか? 否、その可能性は限りなく低い。〝何者か〟の介入があったと考えた方が自然だ。

 介入があったと過程して、その目的は? ――当然、ロストロギアの強奪。

 もちろん不可解な点もいくつかある。事故を起こせるくらいならばその時点で奪えたのではないのか? など。

 まあこれらは考えても仕方がないことなので保留。いま大事なのは〝誰が何の目的で何をしようとしている〟のか。

 ロストロギアを強奪するのが目的だった場合――私達に取って不味いことになる。既にロストロギアの存在をグレゴールは知ってしまったし、いくつか手に入れてしまっている。

 ロストロギアを強奪するのが目的ならば、幾日もしない内にその何者か、もしくはその何者かの手の者がやってくるのは間違いがない。

 そうなれば、魔導士同士のロストロギアの奪い合いだ。あのロストロギアは凄まじい魔力と〝反応〟を持っている。下手をすれば〝次元振動〟レベルの〝厄災〟が起きても不思議ではない。

 とすればそれは自然、この世界に、この街にその反応を掴んだ『時空管理局』が来てしまうだろう。例えそれが起きなくともあの小動物は〝時空漂流者〟。何らかの手段で時空管理局に救援を求めるはずだから、どちらにせよ時空管理局の介入は確定的。

 それは不味い。この街に闇の書の主に選ばれた『八神はやて』がいることを気づかれる可能性がある。お父様の『目的』を遂行するには、この時点で発覚してしまうのは〝まだ早い〟。

 故に私の任務も変わった。グレゴールの監視から、『グレゴールが暴走しないように監視、場合によっては介入する』ことに。

 絶対にやり遂げなければならない。お父様の十数年の計画を泡にさせるわけにはいかないのだから。

 そう思っていたのに――!



 あの馬鹿は、こともあろうことか〝この街の住人を使ってジュエルシード探し〟を始めやがったのよっ!

 アホか!? 危険すぎるでしょうそんな方法!? 確かにジュエルシードは通常時全く魔力反応も無いから探すのは至難の業。

 だからといって普通の人間に探させるか!? 一気に暴走したらどうするつもりだったわけ!? 下手したらこの都市が焦土になるわよ!?

 というかなんで何百人って人がそんななんの得もないことを実行するのよ!? 人気者ってレベルじゃないわ! お前はこの都市の影の支配者かなんかか!?

 ……行動が読めないって、これだから怖いのよ……!

 もういっそこの手で今すぐ消してやりたい……。でも、そうすれば〝何が起こるか〟わからない……。

 普通に考えればいままでの守護騎士達のようにただ消えて次の主の所に転生するまで闇の書の中で眠ることになるのだろう。

 だが、闇の書はまだ完全な覚醒をしていない。本当にそうなるのか確信が無い。それにもしもあいつが闇の書の中でなにか重要な位置にいたら? もしもあいつを消した為に八神はやての精神に何か起きたら?

 IFを考えれば切りがない。一か八かの賭けに出るのは危険だ。くっ……忌々しい馬鹿騎士め! お前だけは絶対私が消してやる……!



 ■■■



 行幸と言うべきか、奇跡と言うべきか……いや、奇跡ね。こんな滅茶苦茶な方法にも限らずなんと何の被害も無しにあの馬鹿は計14個のジュエルシードを手に入れた。

 頭痛がしてくる。これを報告した時のお父様とアリアの絶句した顔が忘れられないわ……。

 公園でジュエルシードを地面に並べ無邪気に成果を喜ぶあの馬鹿――こっちの気も知らないで、いい気なものだ。

 だが、これはかなりの進展だ。事故を仕組んだ犯人が居たとしたらこれでかなりグレゴールは優位を保つことになる。

 いまだ姿を見せない敵。本人か、またはその手先か……いずれにしても何のアクションも起きてないことをみると、まだこの世界にはやって来てはいないらしい。

 聞き耳を立てるとジュエルシード探索も本日は打ち切るそうだ。私もようやく一息つける。

 そう思って、私も猫状態で地面にヘタれこんだその瞬間。完全に気を緩めていた、その瞬間――。



 カラスが、ジュエルシードをくわえて飛んでいった。



 はいいいいいいぃ!? 『しまったああああああああああああぁ!?』じゃないわよ!? こっちのセリフよそれ!

 ああくそ、私が居ながらこんな失態を! というかあの馬鹿はなんで飛立つ前に捕まえなかったのよ!?

 してよそのくらい! というか出来てよ! それでも私達の宿敵である守護騎士なの!? なんか切なくなるでしょう私達の使命が!

 カラスを追って飛んでいく馬鹿。私もその場を離れ、男性モードに変身して後を追いかけた。



 まさか、こんな展開が待ち受けているとは、思いもしなかったわ。

 私が追いついた時には、何故か少女とグレゴールが激戦を繰り広げていた。しかも、その少女をどこかで見たことがあると思えば、八神はやての友達であり、あの馬鹿の友達でもある〝高町なのは〟だったのだから二重に驚いた。

 『高町なのは』。精神年齢はその年齢からしたらずっと高そうな印象を受ける。けれど、至って普通の少女。

 その秘めた魔力の高さを覗けばだが。一目見ただけで、私は彼女の中に眠る膨大な魔力を察知した。それほど彼女の魔力は大きく、多い。

 でもあの馬鹿はそれを教える気はないようで、こちら側に引き込むことをしなかったから、どうでもいい人間だと思っていた。

 だけど、いまはどうだ。普段のあの温厚な少女からは想像も付かない邪悪で歪んだ笑みは。身体からにじみ出るあの黒々としたオーラは。そして、その額に付けられた青い宝石は。

 ジュエルシードに、乗っ取られたんだ……。

 彼女にどんな経緯があって、そんなことになっているのかはわからない。ただ分かっているのは1つ――今の彼女は、私が今まで出会って来た誰よりも。

 『強い』。

 ただ、それだけ。私の感が告げている。あれは危険だと。あれは相手にしてはいけないと。

 第六感が頭の中でガンガン危険を継げている。逃げろ、逃げろ、逃げろ――。

 誰が出来る? 片手で軽々と電柱を引き抜くことなど。スピードだけは私も負けかねないあの馬鹿にまるでかけっこでもするかのように追いつくことを。

 銃弾を防ぐプロテクションに、バリアブレイクも何も付属していないか弱そうな足の蹴りだけで砕くことを。

 槍投げでもするように電柱を空高く投げることを。あげくそれに乗って空を駆ける? 悪い冗談としか思えない。

 誰もが今の彼女を見ればこう思うだろう。『化物』と。

 唯一の救いといえば、いまだ体術のみしか使用していない、ということだろう。いや、あれを体術に含めていいものかは甚だ疑問ではあるが。

 彼女の中に眠る果てしない魔力。観測すれば恐らくは楽にSランクオーバーをたたき出すことは間違いない。

 グレゴールは間違いなくやられるし、私もきっと1人では勝てない。それほどの力があの少女にはある。

 そう、〝1人〟ならば――。

『アリア! アリア! 聞こえる?』

『聞こえてる。大変なことになってるみたいね、今そっちに向かってるわ』

 アリアもどうやら膨大な魔力を感じてこちらに向かっているようだ。さすが私の双子だけあって行動が早い。

 1人ならば到底あの少女には勝てない。だけど――〝2人〟ならば、私たちは誰にも負けはしない。

 私達は連携を持ってしてその真価を発揮する。今は存分に暴れればいい。私達が揃ったが最後、彼女の暴走は終わりだ。



 ■■■



 しまった……あの馬鹿が倒されるのが、思ったよりも速い――! いや、あの化物を相手にしてよく頑張った方と言うべきか。

 グレゴールは空高くから加速をつけて落ちてくる彼女の膝蹴り、というより、あれは膝蹴りなの? 本人は地獄の断頭台と叫んでいたけど……まあそれは一先ず置いておく。

 彼女はその膝蹴りでおそらく致命傷を受けたであろう馬鹿を足蹴にして、笑う。

 本来ならざまあみろと嬉しいはずなのに――何故だかわからないけど、少し、いらついた。

「ディバインシューター!」

 グレゴールの周囲に魔力弾が形成される。へえ、まだやるんだ。ちょっとは根性あるじゃない……ちょっと胸がスカッとしたわ。

 魔力弾は次々と彼女に向かい、爆発を起こし吹き飛ばした。さすがの彼女も多少はダメージを……。

「痛ってぇじゃねえかグーちゃんよぉ……窮鼠猫を噛むっちゃこのことかぁ? ――ぜってえぶっ殺す」

 そういいながら、道路標識をまるで雑草でも引きちぎるかのように毟り――平然と馬鹿に向かって歩き始めた。

 ……あれで、ちょっとだけ額から血を流す程度とは、恐れ入ったわ。というか、まさかあの標識を叩きつけるつもり?

 さすがに、それは死ぬだろう。ジュエルシードの暴走体を相手にして、危機に瀕したあの時のように……アリア、まだなの――!?

 徐々にあの馬鹿に近づいていく彼女。残り3メートル――2メートル――1メートル……駄目だ、もう我慢出来ない!

 あいつを倒すのは、私なんだから!

 っと、飛び出そうとしたその瞬間――2人の間に割って入るように、まるで継ぎ接ぎを間違えたフィルム映画を見ているように。

「――人の妹に何をしてやがる……って違うな、逆だ」

 あの馬鹿が投げ飛ばして行方不明になっていたはずのデバイス、グングニルで電柱を弾き。

「人の妹に何をされたんだ? グレゴール?」

 突然、そいつは現れた。……なんか、お姫様を守る王子様のようだったなんて……思ってないんだから。美味しいところを持っていかれたなんて、思ってないんだから!

 現れたその男、彼もまた知っている。確かあの彼女の兄で、高町恭也という名前だったはずだ。

 だが彼女以外の家族は魔力を持っていないことは事前に確認している。ならば、今の現象は一体どういうことなのだろう?

 余所見なんてしていなかった。したのは瞬きの一瞬のみ。その一瞬で、彼は現れた。

 ――魔法ではない。ならば考えられる可能性は……まさか、今のは、体術? 瞬間移動のようなあれが? そんな、馬鹿な。



 だけど、それは目の前で起きている戦いを目撃すれば、否応にも認めざる追えなかった。

 電柱を引き抜く脅威の腕力を持った少女相手に、まともに打ち合う彼を見れば。

 5度目の剣戟を交わし、再び彼は〝消えた〟。次の瞬間に起きたのは、顎を打ち抜く彼と、打ち抜かれるその妹という未曾有の光景。

「……た、倒しちゃった」

 思わず声が漏れる。魔力のない人間が、魔法も使えない人間が、私ですら単騎では倒せないと感じた化物を倒してしまったのだから。

 彼女の家族は、彼女を含め一体どうなっているのだろう……。

 そして彼があの馬鹿に近づき、話を始めた。お互い、何も知らないようで互いに驚きながら情報交換をしている。

 というか、そんなことしてる暇ないでしょう。早く封印しなさいよ!

 私の祈りが通じたのか、話は彼女を封印する流れになり、そこでまた一悶着。

 完璧に治せという彼。それは約束できないという馬鹿。なるほど、あの馬鹿は後遺症などの問題があるかもしれないと思っているらしい。そういうことを考える頭があったのね……。

 ガシ、っと馬鹿の肩を掴む彼。そして額と額がくっつきそうな距離まで顔を近づけ、

「――――いいか、グレ。もしもなのはがこの先致命的な後遺症と一生付き合っていかなくなってしまったら――お前を殺して俺も死ぬ」

 そういった……いやいやいや待て待て待て!? なんでそういう話になるのよ!? というかそのセリフは普通恋人とかに言うセリフでしょう!? 男同士でなに言ってるの!? それは私がいうセリフなのよ!? って違う、なにを言ってるの私は!?

 私の混乱を余所に、彼と馬鹿の会話に馬鹿のデバイス二機が加わりさらに状況はおかしくなっていった。

 デバイスに見切られる主とか始めて見たわよ……自業自得だけど、ちょっと同情するわ……。

 というかいい加減封印しないと彼女が起き――っ!?

 そう思った瞬間、彼女は起き上がり彼らの会話に平然と加わった。気絶から立ち直るのが、いくらなんでも速すぎる――!?

 彼女が起きたことにようやく気づいた彼らだが、すでに時は遅し。不意打ちを入れられ彼らは沈没した。

 しかも、彼を相手にしたときに彼女が見せた動き。それは彼が行っていたような瞬間移動の如く。

 ――さきほどの一瞬で、覚えたというの。ジュエルシードが与えている力は、思っていたよりもさらに凄まじいようね。

 彼女の下品な笑い声が響く中、念話が私に送られてきた。

『来たわ、ロッテ!』

 ――遅いわよ、アリア! いや、寧ろ目撃者がいなくなって丁度いいのだろうか。いづれにしても大した千両役者ね。

『アリア、事情を説明してる暇は無いわ。全力で彼女を倒す。いい? 〝全力〟でよ』

『……それほどなの? わかったわ。〝全力〟ね』

 これだけで作戦と連係方法は伝わる。私とアリアは一心同体、このくらいはお手のものね。

 飛行魔法を使用して空に浮かぶ。準備は整った。

「ひひひひっ! なぁ――そう思うだろ? あんたも!」

 彼女がそう叫びながら私を見る。素晴らしい感応だ。野生の虎でもこうも簡単に気配だけを探って見つけることは出来ないだろう。

 だけど、勝つのは私。負けるのは貴女。本当に散々好き勝手やってくれたわね。凄く癪だけど、あの馬鹿の敵を討ってあげる。

「――調子に乗るのは、ここまでだ」

 さあ、〝殲滅〟を始めよう。



 ■■■



「調子に乗るぅ? 私がいつ調子に乗ったってーんですかー? 最初からクライマックス、それが私様のデフォだぜタキシード仮面様よぉ!?」

 なのはブラックはそう叫びながら、足を180度垂直に高々と上げ、地面に力の限り叩き付けた。

 建設途中の高層ビルが崩れ落ちたような爆音が響き、なのはブラックを中心に小さなクレーターが出来上がる。

 砕けた地面の瓦礫の塊をサッカーボールのように右足でリフティングしつつ、鋭い眼光で空に浮かぶ謎の仮面の男を睨みつける。

「……つーか、それはこっちのセリフだ。ようやくこの2人にトドメを刺せるるって最高の場面にイキナリ現れやがってよぉ。てめーの方が、調子に乗ってんじゃ――」

 ポンポンと右足にリフティングされていた瓦礫の塊が、〝消え〟た。

「――ねえよ!」

 それは投石器で投下された石弓の速さを軽く超え、空気の壁を打ち抜いて仮面の男を貫こうと加速する。

 子供の頭程もあるコンクリートの瓦礫。そんなものが超高速で当たれば骨折では済まない、当たり所が悪ければ軽く死ねるだろう。

 だが、それを理解して尚、だからどうしたと言わんばかりに仮面の男は余裕を保ったまま動かない。

 当然だった。〝たかが〟石の塊を投げつけられた所で――そんなものは仮面の男の前に展開された『プロテクション』という防御魔法の前には、小石にも等しいのだから。

 仮面の男の前に張られたプロテクションに阻まれ砕けた瓦礫を見て、なのはブラックは「ひゅー」と口笛になってない気の抜けた音を出し、にやりと笑った。

「なるほど、ATフィールドか……てめーもグーちゃんと一緒ってわけだなぁ。まぁ空に浮いてる時点でそうだとは思ってたけどよぉ。
 ひひっ、なんだこの街! 人外魔境の巣窟かよ!? 魔法使いだか超能力者だか超人だかサイボーグだか知らねえが楽っのしいなぁおい! よーし、てめーら纏めてぶっ潰して海鳴王に私はなる」

 ボキボキと指を鳴らし首を捻る。不敵な笑みを浮かべ準備運動をするそんななのはを見て、仮面の男は静かに手の平を掲げる。

 その手の中に握られていたものは、一枚のカード。それをスパンっ! となのはブラックに向けて投げた。

「勝手になってろ」

 その言葉と同時に、カードが破裂しその中から複数の魔法弾が現れる。魔法弾はそれぞれが猛スピードで四方からなのはブラックを襲う。

 だが、なのはブラックは笑みを崩さない。右拳に力をこめ、魔法弾が眼前に迫ったところで――


「神速」


 〝全ての魔法弾が同時に〟なのはブラックの目の前で爆発した。いつのまに手にしたのか、標識部分が吹き飛び、もはやただの鉄の棒と化したそれをぷらぷら振りながら、彼女はより一層邪悪な微笑みを深め、呟く。

「甘めぇよ」

 常人には、いや、たとえ格闘の達人であったとしても今のなのはブラックの動きを一瞬たりとも出来なかっただろう。

 〝御神流〟という地上最強の一門である流派の奥義・『神速』。それは人の限界まで鍛え上げた身体と集中力が起こす奇跡にも似た究極の高速移動術。

 高町恭也という才能溢れた者が十数年の年月を賭け練り上げた身体と精神をもってして、それでさえもいまだ回数制限がかかるほどの酷使を必要とする、最難の奥義。

 だが、この少女はその奥義を〝数度見た〟だけでいともた易く習得してしまった。内に秘める〝高町の血〟とジュエルシードという全ての願いが叶う宝石が与えた屈強な肉体と精神が、それを可能としている。

 はっきり言って、この地球上で現在のなのはブラックに格闘で勝てる者は存在しない。それが例え熟練の魔導士であったとしても、摩訶不思議な力を持った化物であったとしても。

 ――そう、〝格闘だけ〟ならば。

「――がっ!?」

 唐突になのはブラックが呻き声を上げる。タラリと額から流れる一滴の血。魔法弾が一発、頭に直撃したのだ。これが非殺傷設定の付属されていない魔法だったのなら、それで終わっていただろう。

(打ち落とし損ねた……? この私様が?)

 なのはブラックに浮かぶそんな思考。神速を使い、時の止まった世界で彼女は放たれた全ての魔法弾を見切り、叩き落したはずだった。それなのに、今の一撃はどういうことだ、と。

「甘いな」

 そう言ったのは、仮面の男。いつの間にかなのはブラックの近くに降り立ち、ボクシングのようなファイティングポーズを構えていた。

「……今、何しやがった?」

「安心しろ、ちゃんと教えてやる――――〝敗北〟のついでに、だ」



[16850] 9話『決着』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:b0987ab9
Date: 2010/11/07 06:50
『安心しろ、ちゃんと教えてやる――――〝敗北〟のついでに、だ』

 仮面の戦士がそう呟いた瞬間、なのはブラックは邪悪な笑みを受けべることを止める。

 そして次の瞬間、そこには完全な『無表情』があった。なのはブラックはこの瞬間……本気で、〝生まれて初めてブチ切れ〟た。

「……別に、いいよ。どうせすぐ私様にさぁ――」

 道路標識を投げ捨て、なのはブラックの足に力が溜まる。殺意の篭った2つの瞳が仮面の戦士を見定める。

「ぶっ殺されて減らず口たたけなくなるんだからなぁ!」

 その言葉を喋り終えた瞬間に、ドン! っと地面が爆発を起こしなのはブラックの姿が消えた。

 そして連鎖するように一直線に〝爆発〟が仮面の戦士に向かって伸びて行く。なのはブラックの大地を〝駆ける〟速度、力が強すぎて、道路の耐久力を軽く超えていた為だった。

 拳銃から打ち出された弾丸のようなその速度は誰の目にも捕らわれることはない。御神流奥義『神速』。名を知らずともそれがいかなる境地であるか、仮面の戦士も一目見たときから理解している。

 だが同時に――〝時間が完全に止まる〟ほどではないことも理解していた。たとえそれが0秒に近いコンマ何秒であろうとも、完全無敵ではなく〝時間制限のある超加速〟ならば。

(〝やりよう〟は、あるのよ!)



 ■■■



 神速を発動し、全てがスローモーションのモノクロとなった世界を駆けるなのはブラックが、拳を振り上げ初めて自分を本気で起こらせた仮面の戦士を殴りつけようとした瞬間、それに気づいた。

(また〝あれ〟か! いつのまに張りやがったぁ!?)

 仮面の戦士を守るように四方八方に張り巡らされた『プロテクション』が展開されている。つい先ほどまでは無かったそれは、なのはブラックの進行を僅かに止めた。

 このATフィールドみてぇな防御璧を一瞬で張れるのか、ちっと厄介だな、と心の中でなのはブラックは舌打ちする。

(だったら……グーちゃんのときみてぇに、まずはそのふざけた幻想をぶっ壊す!)

 全力疾走状態から体制を立て直し、右腕を力任せにプロテクションに向かって振り下ろす。バキンッ! と甲高い音が上がったが、プロテクションはひび割れただけで未だに健在。

「硬っ」

 思わず口を滑らせる。グレゴールの防御壁と比べると、仮面の戦士の方がずっと強固だとなのはブラックは感じ、そして思わず潰しがいがあるじゃないかと憎たらしさをまさり嬉しさが浮かぶ。

 一撃で駄目なら二撃三撃続けるだけだと拳のラッシュを繰り返す。削岩機のような爆音と共に仮面の戦士のプロテクションは次々とヒビが増加されていく。

 と、もう少しで破壊出来そうなところまで来たというのに――。

(――っ! 〝速度〟が戻ってきやがった……この技、私様でも扱いきれねえってのかよぉ!?)

 なのはブラックの眼前に広がるモノクロの世界に〝色〟が戻りつつあった。ジュエルシードより生まれし強大な精神でさえ、ジュエルシードより作られし強靭な肉体を持ってしても、御神流の奥義は〝負担〟が大き過ぎる。

 精神が焼ききれる前に、身体が潰される前に、『なのはを守る』という〝願い〟より生まれたなのはブラックは、『なのはの身体』を守るために無意識下で神速を断ち切ったのだ。

 プロテクションの向こうで仮面の戦士がピクっと反応し、拳を動かした。どうやら〝見える〟ようになったらしい。そして同時に仮面の戦士の周りを囲んでいたプロテクションが解除される。

 あれを張っていたら、向こうも攻撃できねえのか。となのはブラックは察し、同じく拳を振り上げ力を込めた。

(私様とガチで殴りあう気かぁ……!? 上等! こんな技だけに頼らなくてもなぁ!)

 クロスカウンターの要領で拳と拳が交差する。僅かになのはブラックの方が〝速く〟拳を突き出している。

(もらっ――っ!?)

 なのはブラックの拳が刹那の差で仮面の男の仮面をぶち抜けると確信したその瞬間、彼女の後頭部に何かが〝直撃〟した。それは爆発音と共に決して軽くは無い衝撃を脳に伝え意識を飛ばしかけた。

(――な、なんだ!?)

 何が起きたのか、それを知る前に――仮面の戦士の拳がなのはブラックの顔面を打ち抜いた。

 クロスカウンターの直撃を受けたなのはブラックは思わずよろけ、かろうじて繋がっている意識を取り留める為に歯を食いしばる。だが、その隙を仮面の戦士見逃さない。

 追撃をするように再び拳を振り上げた。普通ならば意識を保っている方がおかしい衝撃とダメージを受けたなのはブラックは、それでもこれ以上の攻撃を貰うまいと痙攣する両腕を顔の前に上げガードの体制を取る。

 しかし、それが〝フェイント〟だと気づいたのは、完全に顔を中心にガードを固めてしまってからだった。

 仮面の戦士が、右腕を振り上げると同時に〝左足を蹴り上げ〟ていたことに気づくのが遅れたなのはブラックは、ガードを下げる暇もなく、死神の鎌のような回し蹴りが腹部に突き刺さる。

 ゴキゴキとジュエルシードによって強化された肉体ですら骨は悲鳴を上げ、なのはブラックの身体は数メートルほど宙に放りだされ――そこを、〝後ろ〟から霰のように降り注いだ〝魔法弾〟によって完膚なきまでに……壊された。



 ■■■



 魔法弾の爆風によって吹き飛ばされ、なのはブラックは地面に叩きつけられた。

 既に星々が輝き初めた夜空を仰向けで見ながら、そこでようやく全貌を理解する。

(――敵は……〝2人〟……いたって……こと、かよ……)

 最初の〝打ち損じた〟と思っていたあの謎のダメージをもっとよく考えるべきだったとなのはブラックは満身創痍になりながら今頃になって後悔していた。

 最初の邂逅の時に放たれた仮面の戦士の魔法弾。なのはブラックはそれを全弾確かに打ち落としていたのだ。仮面の戦士の動きを一部始終見逃すことはなく、観察していた。ゆえに魔法弾は全て見切ったと余裕をかましていたのに、一発の魔法弾を受けた。

 まさかそれが、第三者の存在から放たれたとは考えもしていない。最後の魔法弾のシャワーを浴びるまで気づかなかったとは、私は一体何をしている? なのはブラックは己自身を呪う。

 何よりも、『なのは』の身体をここまで傷つけさせてしまった自分を。

 慎重に行ってさえいれば察知することも可能なはずだった。ならば、何故……。

「慢心だな」

 なのはブラックの心情を知るかの如く、仮面の戦士はそういってなのはブラックの元に歩みよっていく。

「…………」

「最強の身体を得て、最強の技を得て、あの〝2人〟を圧倒した。だからといって自分は本当に最強だとでも思っていたか?
 まぁ、そのおめでたい脳みそのおかげで私は勝てたといってもいいが。感謝するよ、お前には」

「て……めぇ……」

 人を呪い殺せそうなほど視線で仮面の戦士を睨みつけるなのはブラックを無視して、ゴリッと仮面の戦士はなのはブラックの身体を踏みつける。それは奇しくもなのはブラックがグレゴールを踏みつけていた姿に酷似していた。

「私もこれ以上少女の身体を傷つけることは本心ではない。十分暴れただろう? 終わりにさせてもうぞ」

 腰にぶら下げたホルスターから一枚のカードを取り出し、なのはブラックに向ける。それを見て、なのはブラックは高らかに笑い始めた。

「く、くくく……あは、あはははははっ!」

 最後まで悪あがきを続けるかと仮面の戦士は踏みつけた足にさらに力を加える。しかし、反撃はない。それどころか手足をばたつかせることすらなのはブラックはしなかった。

「ぎゃはははははははは!」

「……ついに、狂いでもしたか?」

「ひゃははは! ――最後に、これだきゃ言わせて貰うぜぇ……」

 その言葉と共に、いままでなのはブラックが見せてきた中でも飛びっきりの憎悪を込めた瞳と邪悪な笑みが、突き刺さすように仮面の戦士に向けられる。

「光ある限り闇もまたある……私様には見えるのだ。再び第二、第三のなのはブラックが闇から現れよう……だがその時はお前は年老いて生きてはいま」

「封印」

 カードから魔法陣が現れ、渦を巻くように魔力が吸収されていく。なのはの額に張り付き光輝いていたジュエルシードは急速にその光をなくしていった。

「きひひ! 覚えてやがれぇお面野郎! てめえは殺す! 私様が殺す! いつか私様はてめえを殺しにてめえの前に現れる! 忘れるな私様を! 私様は! 私様の名前は――…………」

「安心しろ、もう忘れた」

 ――コロン、となのはの額から忌まわしき宝石は外れ、地面に転がった。



 ■■■



 私はグレゴールと高町恭也、そして穏やかな顔して眠る高町なのは、ついでに羽の折れたカラスを一列に並べ回復魔法をかける。

 幸いにも全員と一匹の損傷は打撃系と非殺傷設定の魔法弾のみだったので、酷い出血などは見られない。生命に関わることはないわね。

『お疲れ様、ロッテ。それにしても貴女って、美味しいところを持っていくよね』

 頭の中にアリアの念話が響く。うるさいわね、こっちだって好きでやってるんじゃないわよ!

 あんな化物相手にこの戦術なんて、本当に賭けみたいなものだったわ。超加速を使うその一瞬の直前に結界を張って、〝加速が切れる〟まで耐えるかなんて運次第だったもの。

 グレゴールのプロテクションを素手で壊してたからどうなることかと。アリアの神がかったタイミングの援護射撃がなかったらどうなってたか。

 出来ればこんなバカ騒ぎは二度とゴメンだ。まったく、この馬鹿騎士と関わると碌なことが起きないわ!

『あ! ロッテ、八神はやてと時空漂流者がそこに近づいてる! それに他の人間も2人反応があったよ』

 そう、だったらこいつらは八神はやてたちに任せましょう。客観的に見れば楽勝だったかもしれないけど、本当は紙一重の戦いでかなり疲れたし……。

 隠れ家に帰ってお風呂に入りたい……。

 私は小さな結界魔法を張り、あの時空漂流者に感づかれないように転送魔法を起動させる。

 ふと後ろを振り向くと、その凄まじい光景が目に入った。まるで爆撃機に空襲されたような、コナゴナのボロボロに破壊された街並み。

 道路は穴だらけ、電柱は何本も逆方向に地面に突き刺さり、壁という壁も瓦礫の山だ。

 グレゴールが結界を張っていたし、もうそろそろその結界も自壊するだろうから一応直るとはいえ……。

 まあ、つくづく思うわね。

 ホント、見事な暴れっぷりだった、と。



[16850] 10話『嘘は嘘を呼ぶ』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:b0987ab9
Date: 2010/11/09 05:18

 希望を胸にすべてを終わらせる時……!

「うらああああぁ! くらえジュエルシードⅩⅥ! 新必殺雷神槍突!」

「さあ来いグレゴール! オレは実は一回刺されただけで封印されるぞオオ!
 グアアアア! こ、このザ・フジミと呼ばれるジュエルシード四天王のⅩⅥが……こんな小僧に……バ……バカなアアアア」

「ⅩⅥがやられたようだな……」

「ククク……奴は四天王の中でも最弱……」

「魔導士ごときに負けるとはロストロギアの面汚しよ……」

「くらえええ!」

「「「グアアアアアアア!」」」

「やった……ついにジュエルシードを20個まで封印したぞ……これで黒なのはのいる翠屋の扉が開かれる!」

「よく来たなグーちゃん……待っていたぞ……」

「こ……ここが翠屋だったのか……! 感じる……黒なのはの魔力を……」

「グーちゃんよ……戦う前に一つ言っておくことがある。お前は私様を倒すのに『仮面の戦士』が必要だと思っているようだが……別になくても倒せる」

「な、何だって!?」

「そして恭也はやせてきたので最寄りの町へ解放しておいた。あとは私様を倒すだけだなクックック……」

「フ……上等だ……俺も一つ言っておくことがある。この俺に生き別れた守護騎士の先輩方がいるような気がしていたが別にそんなことはなかったぜ!」

「そうか」

「うおおおいくぞおおおお!」

「さあ来いグーちゃん!」

 グレゴールの勇気がはやてを救うと信じて…! ご愛読ありがとうございました!






「いよっしゃああああああああぁ勝ったあああああぁ! ……あれ? ここどこ?」

「うわぁおっ!?」

「兄ちゃん起きた!」

「お父さんお母さん! グレちゃんの目が覚めたよ!」



 ■■■



 どうやらさっきのはただの夢だったらしい。いや俺も途中からなんかおかしいなと思ってたけど。

 現在俺達は高町家の一室に全員が集合していた。俺とはやてとユーノ、恭也と美由希さんと士郎さんと桃子さん、そして布団の中に眠っているなのは。

 って、なのはの額からジュエルシードが取れてる! よかったぁー、無事に封印出来たんだ。

 ……でも誰がしたんだろう? 俺気絶したしユーノは出来ないって言ってたのに。

 そんなことを考えていると、士郎さんがおもむろに俺の顔を見て喋り始めた。

「話は大体皆から聞いた……私の娘が迷惑をかけたみたいだね……すまなかった」

 そういって頭を下げる士郎さん。え!? なんで俺謝られてんの!?

「ちょ……やめてよ士郎さん! なのはは何も悪くないし、というか多分俺のせいだよあれ!?」

 俺が目を離してカラスにジュエルシードを持っていかれなければすんだ話だと実に思う。しかも結局ぼっこぼこにされて恭也にも助けて貰ったし。

 ううう……俺情けない……。

「俺の方こそ、あんなことになる前になのはを助けられなくてごめんなさい! あと道場に穴あけたのも俺です本当にごめんない!」

 お互いに頭を下げるという奇妙な図がそこにあった。





 その後数分の間、重苦しい雰囲気のなか「いや私の娘が~」「いや俺が~」「それをいうと駆けつけたのに何も出来なかった俺が~」「だったらこの世界にジュエルシードを落とした僕が~」「恭ちゃんのお気に入りの小刀を欠けさせた私が~」「ちょっと待て美由希あれお前の仕業か!?」「ちっ、この状況ならサラっと流れると思ったのに……」などと後半はプチ暴露大会になっていた。

 延々と続くかと思われたが、「いい加減にしなさい」と笑顔の桃子さんの一喝に俺を含め全員が黙った。なんか、黒いオーラが見えてもの凄く怖かったよ……。

「この事件は誰かが悪意を持ってやったことじゃないでしょ? グレちゃんも恭也もなのちゃんも怪我をしたのは確かに悲しいけど、これは事故みたいなものなんだからどこかで踏ん切りをつけるしかないわ。
 それに、むしろみんながみんな善意で動いてくれてたじゃない。グレちゃんはなのはを助けようとしてくれて、恭也もグレちゃんとなのはを助けようとしてくれた。
 ユーノくんは魔法で3人を治してくれた。はやてちゃんは泣きながら私達に連絡してくれた。士郎さんと美由希は急いで3人を運んでくれた。
 だから、私は謝ることよりも先に、心からこう言いたいわ――みんな、本当に〝ありがとう〟」

 ちょっとだけ、涙ぐみながら桃子さんは笑顔でそう呟いた。みんなも頬をちょっとだけ赤くして照れている。

 そっか……そうだよね。

「士郎さん、俺なんかに謝ってくれてありがと! 恭也も、助けにきてくれて本当に嬉しかった!」

「私の方こそいわせてくれ。なのはを助けてくれて本当にありがとう、グレゴールくん」

「まあ俺はそこまで役に立てなかったと思うが……グレ、なのはのこと、ありがとうな。そしてユーノくんも治療ありがとう、凄いな魔法って」

 先ほどまでの重苦しい雰囲気はなくなって……笑顔で、ありがとうと俺達は言い合った。



 ■■■



 その後俺達は色々な秘密が公になってしまったので談笑しながらお互いについて語りあっていた。

 士郎さんは小太刀二刀御神流という代々続く歴史ある武術の継承者で、それを恭也達に教えているらしい。

 なんでも昔はボディーガードをしていてその筋では有名だったそうな。普通にすげー。

 まあ士郎さんたちからすると俺達の方が凄いらしいけど。喋るフェレットに魔法使い。ユーノはフェレットじゃなくて魔法で変身した人間だと説明したらさらに驚かれた。

 うーん、世界が違うと価値観って随分違うもんなんだなー。

 ちなみに俺がグングニルを投げて天井に大穴を空けた件については、士郎さんは別に気にしなくていいっていってたけどそれじゃ俺の気が納まらないので翠屋でアルバイトして返すことに落ち着いた。

 俺が壊したんだから俺が出来る限りのことしないとね! 休み時間とかにケーキ食えるかもだし! うしっ!

「あ。そういえばなのはに取り付いたジュエルシードの封印って誰がしたの? ユーノ?」

「え? グレゴールさんがしたんじゃないんですか?」

「俺封印する前にやられちゃったよ?」

「でも僕達が駆けつけたときには既に封印は終わっていました……なら、一体誰が?」

「うーむ……ひょっとして、あの『仮面の戦士』……なのかな。他に心当たりないし」

「またあの人が……あの人は一体何者なんでしょう? 僕達を助けてくれるのに、まるで知られたくないみたいに姿を消してしまう」

 マジで何者なんだあの仮面の戦士。助けてくれるのは本当にありがたいんだけど……。

「……ううん……」

 おっ!? なのはが起きそう!?

「……うん? みんななんで……」

「なのはあああああああああぁ!」

「大丈夫かなのは!?」

「どこかおかしいところはない!? おはようのキスとかいる!?」

「ちょ、お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん苦しいよ!?」

 怒涛の勢いでなのはに抱きつく士郎さんと恭也と美由希。なんというか、カオス。愛されてんなぁなのは。

「もう、みんな落ち着きなさい。おはようなのは」

「お、おはようお母さん。い、いったいどうしたの? ってグレゴールさんとはやてちゃんもいる!? なんで!?」

「え……!? な、なのは……ひょっとして、覚えてない?」

「……なにを? ……あれ? どうしてグレゴールさんとお兄ちゃん包帯してるの?」



 ■■■



 なのは、黒かったときの記憶なくしてるー!? ど、どうしよう!? 本当のこというか!? でも、なのはの本意では無いにしろあのことを正直に言ったら悲しむんじゃ……。

 あ、でも後遺症とかなさそうでよかった! 黒かった人格も消えてるみたいだ。

 しかしなのはが黒かった時の行動といえば……。

『〝お久しぶり〟、そして〝初めまして〟。高町なのは改め、〝高町なのはブラック〟でーす! みたいなー! ぎゃはは!』

『バリアなんて軟弱なもん使ってんじゃねぇぞぉ! オラオラオラァ!』

『なのは、なのですよー? ぎっひひ! 私がなのはじゃなきゃなんなのさ? 死にまくっても諦めず惨劇を脱出した幼女じゃねーなのですー! にぱー!』

 ……駄目だ! これをなのはに伝える勇貴は俺にはない! 恭也と士郎さんの目を黙って見つめる。2人とも『どうする!?』といった感じで俺を睨む勢いで見つめていた。

 そうだ、はやてに相談してみよう! なのはのことを一番の親友だと思ってるはやてならこんなときにどうするか分かるはずだ! 早速念話ではやてに!

『はやて! どうしよう!?』

『誤魔化そう!』

『速っ!?』

『はやてだけにな! っていわせんといてや兄ちゃん!』

『いわせてねぇよ!? で、でもはやて、本当に誤魔化しちゃっていいの? 嘘ついてるみたいでなんか気がひけるんだけど……』

『そりゃ嘘はあかんことやけどこの場合別や。なのはちゃんはちょっと〝思いつめすぎる子〟なんよ。ホンマに優しい子やからなぁ……。
 そんななのはちゃんとが実の兄ちゃんと私の兄ちゃんを傷つけたなんていうてみい、ショックで塞ぎ込んでしまうかもしれんへん!
 病み上がりやし、事実は後々笑い話に出来るようになってから話そ!』

 うーむ……わかった、ならここは誤魔化すことにしよう!

「け、喧嘩! 喧嘩したんだよ! 俺と恭也!」

「っ! そう、そうなんだ! ははは!」

 よし、恭也も乗ってくれた! 何とかなりそうだ!

「ええ!? お兄ちゃんとグレゴールさんが!? なんで!」

 理由を聞いて来たー!? 理由、理由!?

「えっと……忍さん! 忍さんのことでちょっとね! もう仲直りしたんだけど!」

「え!? あ、ああ! 忍のことでちょっと! もう過ぎたことだけどな!」

 ごめん忍さん! 恭也と俺が喧嘩する理由が思いつかなかった!

「忍さんのことで? それでどうしてお兄ちゃんとグレゴールさんが?」

 喧嘩の理由喧嘩の理由……喧嘩の理由って何があるんだろう!? 俺喧嘩なんてグングニルとくらいしかしたこと無い! えっと……グングニルと喧嘩した時は……。

『――ところで、そのマスターの格好、そしてデバイスは――なんなんですか?』

『ええ、お久しぶりですレイジングハート……と挨拶をしている場合ではありません。マスター。なぜ彼女を使っているのですか? 誇り高きベルカの騎士でありながらインテリジェントデバイスなどと軟弱なものを使うとは言語道断。私がそんなに嫌ですか。私がそんなに使いにくいですか』

 俺がグングニルを投げ飛ばして、レイジングハートを使ってたから怒ったんだよな……俺とグングニルとレイジングハートを、俺と恭也と忍に置き換えて、無理なく痴話喧嘩風に話を合わせると……!

「じ、実は、恭也に『俺と忍さんどっちが好きなの!?』って言っちゃって!」

 ……ん? あれ、なんかおかしくね?

「ええええええええええぇ!? ぐ、グレゴールさんってお兄ちゃんのこと、す、好きだったの!?」

 しまったあああぁ!? 配役完全に間違えたー!?

「ぶふっ!? ちょ、おま!」

 恭也が思わず吹き出した。ご、ゴメン! でももう言っちゃったし、このまま推し進めるしかない!

「そ、そうなんだよ! 恭也大好き!」

「……俺も初めて聞いたときは凄く驚いた! 男から告白されるなんて初めてだっぜぇ!? あっはははは!」

 もはやヤケクソ気味に叫ぶ恭也。許せ! 耐えろ! なのはのことを想うなら!

『兄ちゃんその話マジなん!?』

 うおっ!? はやてから念話が。

『いや嘘だよ!? 確かに恭也は友達として好きだけど!』

『……なんや』

『なんでがっかりしてるの!?』

「恭ちゃんとグレちゃんが……売れるわ」

 美由希さん!?

「若いっていいわねー」

 桃子さん!?

「モテる男は辛いな恭也」

 士郎さん!? 嘘だからね!? わかってるよね誤魔化そうとしてるの!?

「え、えっと私の中のグレゴールさんが世界崩壊しそうなんだけど……それでどうして喧嘩に?」

「それは……! 恭也が『俺が欲しければ俺を倒せ!』って!」

「……もちろん俺が勝ったからこの話はなかったことになったけどな!」

「そ、そんなことが……グレゴールさんは、それでいいの!? お兄ちゃんのことが好きなんでしょ!? そこで諦めて、グレゴールさんは幸せになれるの!?」

 なんでそこに食いついてくるんだなのはああああぁ!?

「だ、大丈夫! まだ辛いけど、恭也と戦って俺の心はすっきりしたから! それに忍さんって可愛い彼女がいるのに、これ以上恭也を困らせたくなかったしねぇ!?」

「グレゴールさん……健気なの……ところでなんで私も怪我してるの? なんだかわき腹が痛いんだけど……」

「轢かれたから!」

「轢かれたの!? 私!? 何に!?」

「ね、猫!」

「猫!? 猫に轢かれるほど私小さくないよ!?」

「そ、その猫はダンプカーくらい大きかったからね!?」

「怪物っ!?」

「成長期の猫だったら普通だよ!」

「それは突然変異っていわない!?」

「さ、さぁ! なのはも怪我をして記憶が混乱してることだし、もう一眠りしよ!? 疲れてるでしょ!?」

「ど、どうしたの急に……あ……でも確かになんか眠いかも……」

「なら怪我に備えて今日はもうお休みなさい! 俺達も寝るし!」

「お、お休みなさい……」

 よし! どうやら誤魔化しきったみたいだぞ! やれば出来るじゃないか俺!

 ぞろぞろとなのはを励ましつつ部屋から退出していく俺達。電気を切って「また明日!」と最後の俺も出て行く。

 その後恭也が顔面を真っ赤にしながら俺にめちゃくちゃ怒鳴ってきたことはいうまでもない。



 ■■■



 明りの消えた部屋の中で、私はなんとも言えない感情を抱えて布団の中に潜っていた。

 グレゴールさんの話だと私はどうやら猫に轢かれて気を失ったらしいけど……ダンプカーみたいな大きさの猫なんて本当に存在するのだろうか。

 そして、まさかグレゴールさんがお兄ちゃんのことを好きだったなんて……うううう、私明日からすずかちゃんに顔があわせにくいよー……。

 でもなんだろう、この胸の高鳴りは……お兄ちゃんとグレゴールさんが仲良くしている場面を思い浮かべると胸がドキドキする……。

 あ、あれ!? 何だか顔が熱くなってきた!?

「……痛っ」

 わき腹がズキっと痛む。本当に猫に轢かれたかどうかはわからないけど、怪我をしたのは確からしい。

 ……そのことを思い出そうとすると、何故か違和感を感じる。まるで思い出してはいけないような、思い出したくないような。

「――今日は寝よう。明日聞けばいいや……」

 何だか身体がとってもだるいし……お休み……みんな……また……明日……。











 ひひひ――――お休みなさいませ、宿主様ぁ



[16850] 11話『勘違いが勘違いを勘違い・前編』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:b0987ab9
Date: 2010/11/10 19:34

 朝だぜぇ、起きろ宿主様。

「うみゅ……はーい……」

 私は反射的にそう答えて、ぼんやりとした思考のままベッドから体を起こした。

 ぼやけた目を擦りながら時計を見る。うん、少し速いけど悪くない時間。でももうちょっと遅く起こしてくれても……。

「……あれ?」

 さっきの声、誰?



 ■■■



「おはよう、なのは。病院に行ってたらしいじゃない? 怪我でもしたの?」

「おはようなのはちゃん。心配してたけど、大丈夫そうだね」

「2人ともおはよう。あはは、なんだか轢かれちゃったらしくて……」

 学校につくといつものようにアリサちゃんとすずかちゃんに挨拶を返す。2人が言っているように私は朝一で病院行ってから学校に来ていた。

 お医者さんがいうには軽い打撲程度で、数日には痛みも消えるらしい。

 うーん、私まったく記憶がないんだけど一体どこで怪我をしたんだろう。昨日は塾が終わって……そのときかな?

 って……あー、すずかちゃんの顔を見てたら昨日のグレゴールさんとお兄ちゃんの話を思い出しちゃった……。いうべきかな、すずかちゃんに……。

「轢かれたの!? 自転車!? それとも自動車!?」

「……猫に」

「そう、良かった、ならたいしたことなさそうね……猫!? ……いや、なのは……あんたが運動神経がニブいのは知ってるけど、冗談にしてももうちょっとまともなこといいなさい!」

 アリサちゃんが呆れた顔をしながら私の頬をつねる。うー! だってグレゴールさんも家族のみんなもそういってたんだもんー!

「いひゃいいひゃい! わ、私もよくわからないんだよー! 気絶したらしくてそのときの記憶もないし!」

「なのはちゃんを轢くなんて、凄い猫さんだね」

「ううう……痛かった……あ、その猫さんなんでもダンプカーくらいの大きさだったらしいよ」

「そんな猫、存在するかー! もしそんな猫が本当にいたなら水着で翠屋に来店してやるわ!」

「捕まるよアリサちゃん!?」

「アリサちゃんって時々凄いこというよね」





 無事に午前の授業は終わって、私達はお弁当を食べる為にいつものように屋上に移動する。

 春の陽気がとても心地よくて、この場所で喋りながらお弁当を食べるのは凄く好き。

「でね、グレゴールさんがお兄ちゃんを好きらしくて、『俺と忍さんどっちが好きなの!?』って言ったらしいの。それでお兄ちゃんが『俺が欲しければ俺を倒せ!』って……」

「ほ、本当に……!? え!? グ、グレゴールって男よね!? なんでそうなってんのよ!?」

「禁断の愛って奴だね……なのはちゃん、もっと詳しく教えてくれる!?」

 結局、私は昨夜の出来事を2人に話した。お兄ちゃんの恋人の忍さんはすずかちゃんのお姉ちゃんだから、すずかちゃんは知っておいた方がいいんじゃないかと思ったから。

 それにしてもすずかちゃんの食いつきが半端じゃない。吐息を荒くして、頬も赤くなってる。

 うん、分かるよ。大事なお姉ちゃんのことにも関係ある話だもんね、知っておきたいよね。でも少し興奮しすぎじゃ……。

「それで!? グレゴールと恭也さんはそこから!?」

「結局グレゴールさんはお兄ちゃんに勝てなかったらしくて、身を引いたらしいの。『まだ辛いけど、恭也と戦って俺の心はすっきりしたから! それに忍さんって可愛い彼女がいるのに、これ以上恭也を困らせたくないし』って……なんだか、切ないよね……」

「ぶはっ!」

「きゃああああぁ!? すずかが鼻血吹いたー!?」

「す、すずかちゃん!? どうしたの、大丈夫!?」

「うふ、うふふ……でもグレゴールさんは恭也さんを諦め切れず、ずっと恋心を胸に秘めたまま過ごしていくの。そして数年後、2人はばったり運命の再開を果たして……」

「すずか!? すずか!? 怖い! 怖いわよ!? 何をぶつぶつ言ってるのよ!?」

「『ねぇ、恭也。忍さんとは上手くやってる?』『忍とは、別れたんだ』『えっ……!』『グレ、俺の心にはいつもお前がいた。やっと気づいたんだ、俺はお前が!』」

「すずかちゃーん!? やばい、鼻血の量がやばいよ!? 地面が!? 地面が殺人現場みたいに!?」

 そしてなに自分の姉とお兄ちゃんを勝手に別れさせてるの!?

「『ああ、飲み込んで俺のグングニル――』、いや駄目ね、グレゴールさんはやっぱり受け……でもリバもありよね。うふふふふふふふふ」

 すずかちゃああああああん!? 戻ってきてええええええええええぇ!? 



 ■■■



「ごめんね、なのはちゃんアリサちゃん。もう大丈夫だから……」

「ホントよね!? 信じるわよ!?」

「すずかちゃん、ティッシュ取り替えたほうがいいよ……真っ赤だよ……」

 あのあと、突然糸が切れた人形みたいにふらっとぶっ倒れたすずかちゃんを私とアリサちゃんは急いで保健室に運び込んだ。

 人間の中ってあんなに血が内蔵されてるんだー、なんて考えを思い浮かべてしまうほど私は混乱してたと思う。

 そしてすずかちゃんの脅威の回復力にも驚いた。もう病院に行かなくても平気らしい。

 絶対に私なんかより病院にいくべきだよ……脳外科とか。

 ぎゃはは! きっついこというねぇ!

「あ!? ご、ごめん! 悪気があったわけじゃ……」

「なに急に謝ってんのよ?」

「どうしたのなのはちゃん?」

 ふぇ……?

「え、いま誰か、私になにか言わなかった?」

「……別に言ってないと思うけど……」

「私も言ってないよ?」

 ……そ、空耳……? それにしてもやけにはっきり聞こえたような。





 カリカリカリ。鉛筆の音と先生の声だけが教室に響く。五時間目の授業は算数だった。

 ――何かおかしい。昨日の夜も思ったことだ。何か大切なことを忘れてる気がする。

 何か……忘れてはいけないことを……。

「ということなので……この問題はこの公式を使って……」

 なんだろう……なんなんだろう。この胸のモヤモヤは。思い出したくても、思い出せない……。

 おーい、そこの計算間違えてんぞ。

 あ、本当だ。ありがとう……っ!?

「誰っ!?」

「わぁ!? ど、どうしましたか? 高町さん……?」

 思わず声を張り上げてしまった。何!? なんなの、この頭の中から聞こえてくる声……!?

 ひひひ、忘れるとは酷いなぁ、宿主様よぉ。まぁ仕方ないね。あんだけ頭にダメージ受けてりゃな。私様はなのはブラ……いや、もう一人のお前だよん。

 も、もう一人の私……!? ぐっ!? あ、頭が痛い……。

 突如として頭の中を駆ける映像――。私が、私の姿をした何かがお兄ちゃんとグレゴールさんと■って……。

 この記憶はっ……! ううう……。

「ど、どうしたのなのは!? 大丈夫!?」

「なのはちゃん!?」

 だ、駄目……アリサちゃん、すずかちゃん――! 今の私に、私に……!

「私に近づかないで! 死にたくなければ近づかないでぇ!」

「はぁ!?」

「な、なのはちゃん……?」

 おいおい、何もしねぇよ。

 う、嘘だ……! 私の、心が……あなたを、危険だっていってるの!

 ちっ、埒があかねぇなぁ。悪いが、ちょっと無理やりにでも〝体〟借りるぞ。

 何をする気……!? う、うああああぁっ!?



 ■■■



 突然大声を上げ立ち上がったなのはを、アリサとすずかは何事かと見守っていた。

 とっさに駆け寄れば「死にたくなければ近づくな!」と謎の主張を続け苦しむように体を振るわせる彼女を、クラスメイトと先生は呆然と、あるいはおろおろと、何をしていいのわからないまま佇むしかない。

 それから少しの時間がたって、ピタリとなのはの震えが止まる。彼女うつむき気味だった顔を上げると、そこには満面の笑み。

「……やっと出られたか。この娘は意思が強くて困るぜぇ」

「な、なのは……?」

 アリサが危険物を取り扱うかのように慎重に声をかける。だがそれを無視するようになのはは先生に向かって、声を上げた。

「先生」

「は、はい!?」

「頭痛が酷いので早退させて貰う。いいな?」

「わ、わかりました……」

 先生の許可が下りると、なのはは即座に荷物をまとめ始めた。途中「くっ……静まれ宿主様よぉ」と額に手を当てたりしているのを見ると、頭が痛いのは本当らしい。

 ランドセルを担ぎ、教室から出ようとするなのはをアリサとすずかが止めに入った。

「ちょ、なのは本当にどうしちゃったの!?」

「ふっ、ジュエルシードを持たぬ者には分かるまい」

 アリサはわからなかった。意味が。

「な、なのはちゃん。具合が悪いなら車を呼ぶけど……」

「今の〝私〟には関わるのはよせ……死にたくなければな」

 すずかもわからなかった。意味が。

 そうして、呆然としたままの皆に見送られ、なのはは颯爽に教室から飛び出した。

 そのとき、クラスメイトと先生の心は、限りなく1つになっていたという。

 『なんだこれ』っと。


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