人類の歴史は闘争の歴史である。
まだ記憶に新しい湾岸戦争。世界を二つに分けて争った二度に渡る世界大戦。ヨーロッパ中を巻き込んだナポレオン戦争。古代までさかのぼるとアレクサンドロスの大遠征やギリシアとペルシア間の大戦争など、その数は限りなく枚挙に暇が無い。
しかし、人類の闘争とは、なにも人と人との戦いだけではない。
人類が他の種を押しのけて、生態系の頂点へ上りつめることに使った闘争の時間と数は、先に挙げた争いの比ではないのだ。
太古の時代、他より少しばかり賢い猿の集団が山から野に下った。
その猿達は、道具を使うこと覚え、火を熾し、身体能力では適わなかった他の動物に対抗できる力を模索し続ける。そして、少しずつ時間を掛けて自分達の勢力圏を広げ、幾多のグループを作っていった。
つたないながらも続けられた彼らの創造行為は、一つの文化的行為と呼べるものとなり、彼らが手にする武器はますます強力なものになっていく。
彼らは戦いに戦いを重ねて、ついに時と状況さえ良い条件を揃えれば、彼らはどんな動物にでも対抗できる力を持つに至った。
彼ら人類は確信した。もはや、自分達に敵はいないのだと。自分達がこの地上で最も強い種であると。
そして安堵する。もはや、自らの命を削ってまで力を磨かなくてよいことを。無意味に怯えて暮らす必要がないことを。
ところが、その思いは、ある時を境に一変する。
ソレらはどこからか現れた。
その生物群は、これまで人類が経験したことの無い強大な力を備えており、その力で彼らを殺し、壊し、打ちのめした。
この圧倒的なまでの暴力に比べて、これまで人類が磨いてきた力はなんと頼りないものなのだろう。
人類のあるグループは、絶望に打ちひしがれて生きることを諦めた。死体の山ができた。
人類のあるグループは、自分達が適わないことを悟り、敵方へ恭順の意を示して従属を申し出た。死体の山ができた。
人類のあるグループは、生存を諦めず、生き残る術を磨き、新たな武器を作り、磨いた牙で抵抗した。死体の山ができた。
しかし、生き残ることを模索し続けた最後のグループだけは、全滅の憂き目に会う前に、少数が逃げのびることに成功する。
彼らは数を増やし、先の経験を生かした武力を形成し、再度殺されてもまた逃げのびて数を増やし、さらなる牙を磨く。
賽の河原で石を積み上げる童子とそれを崩す鬼のように、一見、不毛なこのサイクルは延々と続けられた。
その膨大な時間と試行錯誤の回数によって、少しずつだが確実に人類はソレに対抗できる力を手にし始める。
そのことを危険視したソレらは、さらに苛烈な攻勢に出るものの、状況の変化はあまり見られなかった。
原因はソレらが種として増えにくいことにあった。
ソレらの数は、人類とソレが邂逅した当時と大差なかった。その結果、かなり減少したとはいえ、もともと数に勝る人類に対して、ソレらはついぞ効果的な駆逐を実現できなかったのだ。
数は強大な暴力である。
この事実に人類が気付くことには、それほど時間が掛からなかった。その後の人類の方針は単純明快である。
“産めよ増やせよ、牙を研げ。我が子らに安息と繁栄の祝福を”
このスローガンを元に人類はソレとの闘争史上、初めて攻勢に出た。
さすがに、種として桁違いの力をもつソレ相手に良い成果はなかなか出なかったが、次第に事態は人類にとって好転し始める。
才溢れる勇士達の到来が、偉大な賢者の出現が、奇跡の救世主の誕生が、人類の攻勢に拍車をかける。
そしてなによりも、人類の数が増えることに繋がる時間の恩恵は、彼らの強い味方となった。
ソレらは恐怖した。自分達一人に対して馬鹿みたいな数を当てて攻めてくる畜生どもと、畜生に討たれていく同胞達を目の当たりにして。
ソレらは恥じた。少し前まで、他の動物と同様の畜生扱いしていた人類に対して、背を向けて逃げねばならないことを。
ソレらは口惜しんだ。すでに大手を振って闊歩できる地上はなく、自分達が闇に生きるしかないことを。
最後まで正面きって抵抗する一部を除いて、ソレらの多くは趨勢の変化を感じとって闇へと潜っていく。
しばらくして、地上に残って抵抗していた最後のソレが倒れた時、ようやく人類は再び繁栄の日々を取り戻した。
それは、人類の全ての者が夢見た世界だった。
だが、人類は驕らないし忘れない。
陽の当たらない闇の世界には、いまだ自分達より遥かに格上の生物が存在することを、彼らは決して忘れはしない。しかるに、改めて決意する。
“我らの安息はいまだ成らず。闘争はいまだ終わらず。闇夜の蠢きを狩り尽くすまで”
これは、「お前達を殲滅する」という一言に集約された当時の人々の決意表明であり、内外へ向けられたメッセージでもあった。
このメッセージを受け継いだ者達は、敵を求めて戦いの場を世界の闇へと移す。
そして、いつしか彼らとソレの姿は歴史の表舞台から消えていった。
現代、彼らの闘争が時代の影に隠れて久しい。今となっては、ソレとの戦いの歴史は、単なるお伽話や眉唾の民俗誌でしかない。
しかしながら、水面下では現在もなお、その闘争は日々続いているのだ。
くり返す。人類の歴史は闘争の歴史である。
しかし、それが真に意味するものは人と人の争いにあらず。人とは隔絶した力を持つ種族との闘争を意味する。
その種族の名はヴァンパイア。
そして、メッセージの継承者を、ヴァンパイア・ハンターと呼ぶ。