第二話 生き恥をさらしたかいがあったというもの(後編)
色々とあった一日であったが、最終的にはやての機嫌は最上値を検出していた。
夕飯を食べ、お風呂にも入り、ベッドの上で後は寝るだけ。
一日の終わりが直ぐそこにまで来ているという段階にいたってもまだ、機嫌のメーターは上昇を続け、振り切れそうであった。
携帯電話を握り締めながら、はやてはベッドの上をゴロンゴロンと転がる。
ベッドの脇で本を読むグラハムが落ち着けと言っても、はやては止まらない、止められない。
携帯電話にメールが入らないかと、待って待って待ち続けている。
それは夕方に公園で劇的な出会いをした、同年代の初めての友達達からの連絡を待っていた。
「はやて、もう十時だ。子供が起きている時間ではない。君の友達も、既に眠ってしまっているはずだ。それに連絡は十分に取り合ったはずだろう」
「もうちょっと、あと十分だけ。こっちからはメールせえへんから、ええやろ?」
「なら、あと十ふッ……なに?」
はやてから連絡を入れて困らせるような事がなければと、許しを出そうとすると頭に痛みのような何かが走る。
耳元で石でも削ったような音による一瞬の痛み、信号にも似た何か。
「ハム兄……駄目?」
「十分だけ、許可しよう」
痛みに気を取られたグラハムが不許可を出すと思ったのか、再度伺われてしまう。
甘いと思いつつも許可を出し、うたた寝防止の為に、布団を被らせる。
しっかり首元まで布団を寄せ、確かめるように軽く布団を叩いていると、はやてが見上げてきた。
にやにやとした笑みのまま、尋ねられる。
「ハム兄、もしかして妬いとる?」
普段ははやてが寝るまで手を繋いだり、お喋りをしているのだ。
先ほどの沈黙もあって、そう行き着いたらしい。
「公園での競り合いを繰り返す腹積もりかね?」
「もう……ちょっとぐらい乗ってくれたってええやん、馬鹿」
十三年と六ヶ月早いと間接的に言うと、拗ねられてしまった。
はやては布団の中で頑張って寝返りをうち、グラハムのいない壁側へと体を向ける。
それは残念だったなと口にすれば、再びはやてを興奮させかねないと布団を数度叩く。
それからしばらくは、会話の一切ない無音の時間が過ぎていった。
ただし、グラハムの頭の中にはチクチクと奇妙な痛みが断続的に続いていた。
(これは、なんだ。通信? 周波数が合っていない時の雑音に似た……何か)
痛みに耐えるように本を熟読して忘れようとするが、それは不可能であった。
しかも感覚が鋭敏になるように、その通信に似た何かが何処から放たれているのか感覚で掴めるようになってきた。
それと同時に、そこへ赴かなければならない焦燥感が湧いてくる。
ちらりとはやてへと振り返ると、何時の間にか寝入ってしまったようで携帯を握り締めながら寝息を立てていた。
ほっとし、その寝顔を覗き込む事で、胸の中に燻っていた炎がまた小さくなるのを感じる。
そして、不覚と言うべきなのか、思い出してしまった。
(この雑音、ガンダムが現れた時と同じ!?)
GN粒子が散布されると通常の通信が不可能となる。
その状況下に良く似ていると気付き、よろめくように立ち上がった。
そのまま一歩下がったところで学習机の椅子にけつまづいて、後ろに差し出した手で机に体重を預け体を支える。
はやてとのふれあいで僅かに小さくなってくれていた炎が、それを覆し、さらに大きく成長していた。
まさかという思いはある。
ここは自分がいた時代の三〇〇年も昔であり、太陽炉は存在しないはずだ。
それどころか宇宙太陽光発電システムや軌道エレベーターでさえ存在しない。
それらの作成は技術的にまだ絶対に不可能なのだ。
衣服の胸を握り締め、雑音の発生先の方角と、目の前にて穏やかに眠るはやてを見比べる。
行くなと、理性はこれを見逃し、平穏な生活の中で歪みを強制しろと言っていた。
だがその歪みそのものが、その先にある何かを求めている。
「我慢弱い自分を、これ程悔やんだ事はない。すまない、はやて……」
ベッドで眠るはやての姿を振り切るように顔を背け、部屋を後にする。
一度動き出した足は、一瞬たりとて止まる事なく、グラハムを運んでいく。
階段を駆け下り、玄関にて靴を履いて飛び出す。
そしてガンダムがいるかもしれない方角へと、突き動かされるように駆けて行った。
人通りが絶えた住宅街を駆けるグラハムは、何時しか自分が異次元にでも迷い込んだような気分となっていた。
脳裏に響く雑音に導かれるまま、歩きなれない街を進み、気付く。
この深夜に人通りが絶えてしまうのは分かるが、人の気配そのものがない。
民家の窓から家庭の灯りが漏れる事もなければ、あの嗅ぐに耐えない排気ガスを振りまくガソリン自動車さえ通らなかった。
仮にこれが夢であり、実ははやてのベッドにもたれうたた寝をしている。
それでもおかしくはないと思えた。
だがこれが現実である事は、脳裏に響き続ける雑音が示している。
そして、さらにグラハムへと現実を知らせる光景が見えた。
それ程距離は離れていない、場所から天へと伸びる薄紅色の閃光。
「あれは、ガンダムのビームライフル!?」
呼吸が荒く乱れていく。
長い距離を走ったからではなく、胸に燻っていた炎が暴れ出したからだ。
何故かは分からないが、この三〇〇年も前の時代にガンダムがいる。
「だとしたら、私は、私は……」
見間違いだと思いたい、そして何事もなかったかのようにはやてのもとへと帰りたい。
決めたのだ、知ってしまった自分の歪みを正そうと。
はやての手を借りて、少しずつ少しずつ。
「リリカル、マジカル。ジュエルシード、シリアルナンバー二十一封印!」
通りの角を飛び出した直後、激しい閃光が辺り一体を照らしていく。
あまりの光の強さに直視する事はかなわず、グラハムは目元に腕をかざして影を作る。
数秒、数十秒、一分あまりと、光が収まるまでじっとグラハムは耐えていた。
あくまでそれはグラハムの体感時間である。
実際は数秒で終わりを迎えていたのだが、グラハムはまだ迷っていた。
帰るべきだと訴える理性と、胸の内で猛る歪みの炎の間で。
「レイジングハートを近づけてみてください」
「こう?」
「Receipt No.XXI」
聞こえたのは二つの子供の声と、一つの機械音声。
そのうちの一つは何処かで聞き覚えのある声であり、自然と掲げていた腕が下りていった。
腕によりさえぎられていた視界が開け、その光景をグラハムは目の当たりにした。
純白の外観に、空よりも濃い青で縁取りをされ、ワンポイントの赤が映える。
一般的にトリコロールカラーと呼ばれる配色は、仇敵の少年が乗るガンダムを彷彿とさせた。
グラハムの直ぐ目と鼻の先に佇む、変わった形のGNビームライフルを持つガンダムは。
「そう来るか、ガンダム」
あまりの衝撃に膝がよろめき、視界がぐらりと揺らめく。
まるで心の葛藤を示す天秤を、歪みの炎の方へと傾けるように。
だからこそ目の前に現れた新たなガンダムだけは、見逃さないようにしっかりと捕らえていた。
「散々私の人生を弄び、時代の壁により諦めたというのに……いや、私が諦めたからこそ姿を現したか」
笑う、はやてに見せるのとは全く異なる笑みをグラハムは見せていた。
「身持ちの堅い堅物かと思いきや、なかなかどうして。このガンダムは魔性の女性だ。その策にあえて踊らされ、言わせて貰おう。生き恥を晒したかいがあったというものと!」
叫びながら一歩を踏み出す。
「あ、あの人は……」
「え、グ……グラハムさん!?」
ガンダムの声は、グラハムには届かない。
「誘ったのは君だ。据え膳喰わぬは男の恥、付き合ってもらうぞ、ガンダム。私のフラッグに!」
空へと向かい今再び叫んだグラハムの体から、深い血の色に似た閃光が迸る。
その光はグラハムの体を包み込み、全く別のものへと変質させていく。
夜の闇より深く黒い、メタリックな輝きを持つ存在へと。
百二十ミリ口径のリニアライフルを主軸に、人型モビルスーツの体を収納し、二対の翼を広げている。
グラハム専用ユニオンフラッグカスタム。
サイズこそ実物の十分の一、生身のグラハムと変わらない一メートルと八十センチ程であった。
だが実物と変わらないエンジンが火を噴いて、夜空へと舞い上がっていった。
音の壁を突き破ろうとする風がガンダム、なのはを襲う。
「きゃあぁッ!」
「傀儡兵!? それとも召喚、それなら彼は何処に!」
初動によりソニックブームが生まれておらず、幸運にもなのはは尻餅をつくだけに留まっていた。
風に煽られなのはが悲鳴を上げている間に、夜空を斬り裂いたグラハムが旋回し、銃口を向ける。
破壊力の大きい単射モードと高速戦闘に対応した連射モードを持つリニアライフル。
グラハムは後者を選び、上空より撃ち放った。
射撃音が射撃音を撃ち貫くように、連続した轟音が夜の街へと響いていく。
「まずい、レイジングハート彼女を!」
「Protection」
頭を屈めて手で押さえているなのはの代わりに、その肩にいたフェレットが叫ぶ。
するとなのはの周りを薄紅色の障壁が覆い、リニアライフルの弾丸を弾いてく。
全ての弾丸を弾き、それでも防御の為の障壁は健在であった。
「ちィ、あいもかわらずの硬度か。手ごわい、だがそれが良い。それでこそ、ガンダム!」
なのはがいる上空を通り過ぎ、再度の強襲の為にグラハムは旋回行動にはいる。
「撃ってこない、今のうちに。君、立ってくれ。逃げないと」
「無理、足が震えて。怖いよ……お父さん、お母さん!」
フェレットの言葉を、首を振りながら跳ね除ける。
本能的に感じてしまったのだ、アレは人の命を奪う為に作られたものだと。
つい先程、彼女が封印したジュエルシードとはまた違う。
アレには意識が介在しない、だからこそ純粋無垢で対抗する力さえあれば恐れる事はない。
だがグラハムが変わり果てたフラッグという姿は、まさしく兵器であった。
しかもその兵器がなのはの命を奪おうと、矛先を向けてきていた。
「そんな事を言っている場合じゃ……くッ、来た!」
震える少女を奮い立たせる事も出来ず、悔やむフェレットが空を見上げ睨んだ。
「何故反撃してこない。ならば決めさせてもらう!」
リニアライフルの銃口を再びなのはに向け、さらにそのモードを変更する。
連射モードから単射モードへと。
夜空はおろか、街全体を震わせるような轟音と共に、電磁加速された弾丸が放たれた。
「レイジングハート、もう一度!」
「Protection」
今一度張られた薄紅色の障壁がなのはを覆い隠す。
そこへ弾丸が着弾するが、先ほどの連射モードで放たれた弾丸とは違い、弾かれる事はなかった。
薄紅色の障壁と拮抗し、火花を散らしながらそれを食い破ろうとしていた。
完全に拮抗したかに見えたが、やがて薄紅色の障壁にヒビがはいる。
そして、駄目押しの二発目が放たれた。
「まずい、伏せて!」
フェレットがなのはを蹴飛ばすように倒れさせた直後、障壁が破られた。
二発目が着弾した直後でもあった。
倒れこんだなのはの上を二つの弾丸が通り過ぎ、アスファルトの道路を穿ち、その下の大地でさえ食い破りながら突き進んでいく。
その弾道は震動でひび割れたアスファルトが示していた。
「この程度で破れるだと……手を抜くか、それとも私を侮辱するか。ガンダム!」
土煙に巻かれながらフェレットは見た。
飛行形態から変形し、人型へと空中にて変形したグラハムが剣のようなものを抜く所を。
ソニックブレイド、刃を高周波振動させ切断力を増大させるだけでなく、刀身からプラズマを発生させる武器である。
詳しい事は一瞬では分からなかっただろう。
ただ死が迫っている事だけはしっかりと理解していたはずだ。
自分はおろか、自分の救命の念話を聞いて駆けつけてくれただけの少女までも。
「今さらかもしれない……けれど、僕が護らないと。コレが最後の力だとしても!」
グラハムは見た、土煙が浮かぶ地上から飛び出してくる何かを。
自分へと向けて飛びあがってくる棒状の何か。
「ファング、やはりただでは転ばんか」
迎撃の為にソニックブレイドを振るい、それが良く見知った若草色の光の壁に受け止められた。
「なに、GNフィールドを発生させるのかこのファングは!?」
「まだ、まだァッ!」
方円状の光の壁から、数本の鎖が伸びてグラハムの体を縛り上げる。
「奇抜すぎるぞ、ガンダム!」
若草色の鎖に絡め取られ、姿勢制御を失う。
無重力状態でない以上、一度失った姿勢を取り戻すのは難しく、その為の高度も今はない。
グラハムは鎖に絡め取られたまま、それを発生させたファングと共に落下した。
アスファルトの上に墜落し、陥没させると、元々状態が不安定だったのか元のグラハムの姿へと戻ってしまう。
「不覚、ガンダムは……逃げたか」
もうもうと上がる土煙の中、辺りを見渡すがその姿は見えない。
ガンダムが敵を討てる好機を見逃す場合、既に撤退の命令が出ている時だ。
先ほどのファングは、逃走用の使い捨てかと勝手に納得して、立ち上がる。
やがて風が土煙を押し流していき、視界がクリアになっていったところで、グラハムは見てしまった。
平穏だと評した街に自分で穿った紛争の跡。
リニアライフルの弾丸が破壊した民家の壁、民家そのものに被害がなかったのは単純な幸運だろう。
貫かれひび割れたアスファルト、穴の数は無数にある。
その中でも特に酷く穴を開けられたアスファルトの傍にて倒れる、一人の少女。
「なん、だと……」
まさかと手を伸ばしながら踏み出した足の下の柔らかな感触に、一歩下がる。
足元に倒れていたのは、一匹のフェレット。
ガンダムとの戦いに夢中なばかりに、少女を、はやての友達を巻き込んだ。
己の歪みが直ぐ目の前にある。
誰かに指摘されたものでも、理性と理論によって導いたものでもなく、現実という形となって現れていた。
「私は……私の歪みは、全くと言って良いほど断ち切れていないぞ、ガンダムッ!!」
膝から崩れ落ち、両手をアスファルトに叩きつける。
元々脆くなっていたのか小さくひび割れ、グラハムの嘆きの声を響かせていた。
目を覚ましたら、自分以外の誰かがベッドにいた。
それだけでも十分驚愕に値する事柄だが、その誰かが自分に抱きついていれば尚更だ。
はやては自分の胸より下に抱きつかれている事実に、非常に困っていた。
たった一人の同居人であるグラハムとは、確かに十三年後云々でやりあったがもちろん冗談だ。
家族愛はあっても、恋愛はこれっぽっちもない。
だがグラハムの本心は、どうだったのだろうか。
確かに何度か寝られるまで手を繋いでもらったり、添い寝を頼んだりはしたが、それが引き金か。
二十七歳と九歳、アウトだ。
四十歳と二十二歳よりもよっぽどアウトだと、思い切って抱きついている誰かに視線を向けた。
その茶色い髪に覆われた頭から、二本の触覚が伸びている。
「て、この短いツインテはなのはちゃんかい。なんでやねん」
「うにゃ」
ペコンと胸の辺りにある頭を叩くと、面白い悲鳴が上がった。
寝ぼけた頭で楽しくなってしまい、ペコンうにゃを何度か繰り返す。
「ん~、お姉ちゃん。起こすなら普通に……おはよう。はやてちゃん」
「おー、おはようさん。なのはちゃん」
お互いの寝ぼけ眼が一気に覚めて、跳ね起きる。
「な、なんでなのはのベッドにはやてちゃんがいるの!?」
「それはこっちの台詞や。それにここはまちがいなく私の部屋や。ほら車椅子もあるで!」
「本当だ、アレ。私、昨日の……昨日」
「なのはちゃん?」
突然、体をかき抱いて震えだしたなのはを、怪訝な瞳ではやてが伺う。
「昨日、怖かった。凄く、怖かった」
「夢か? 私も極最近、悪夢を見たからな……気持ちは分かるわ。そういう時はこうや」
はやてが見たのは現実世界での悪夢だが、なにはともあれ震えるなのはを抱きしめた。
そのまま赤子にするように背中をぽんぽんと叩いては撫でる。
なのはの震えが収まるまで辛抱強く、はやては撫で続けていた。
やがてなのはも震えが収まり始め、友達に抱きしめられる気恥ずかしさの方が上回ったらしい。
顔を赤くして俯き加減に、はやての腕のなかから抜け出した。
「ありがとうね、はやてちゃん」
「これぐらいおやすいごようや。なかなかの抱き心地やったしな」
「変な事を言わないでよ、もう」
より一層、恥ずかしくなったなのはは、話題を変えると共に原点回帰を果たした。
何故自分がはやての家の、しかもベッドで寝ていたのか。
はやての同居人であるグラハムの顔が直ぐに浮かんだが、それはそれでおかしくて首を傾げる。
はやてのベッドに放り込む為だけに、襲ったわけではあるまいに。
「ようわからんけど、朝ご飯ぐらい食べてき。お腹空いとるやろ?」
「あ、私も手伝うよ」
「大丈夫や。それに私は車椅子で台所をごろごろ移動するから、あんま人が居ても逆に大変なんや。だからなのはちゃんはもう少し寝とり」
慣れた手つきでベッドから移動し、車椅子に乗ってはやては行ってしまう。
勧められたからといって、分かりましたと二度寝が出来る程なのはは図太くはない。
どうしようと困っていると、昨晩外へと飛び出す事になった原因の声が頭の中に響いてきた。
『聞こえるかい?』
「あ、うん……そうだフェレットさん。今何処にいるの?」
『君がいる部屋に向かう途中。ただし、昨日の男の人も一緒だよ』
それを聞いて、どうしようと慌てふためいて、なのははとりあえず布団の中に逃げ込んだ。
お尻だけが布団から出ているのは、もはやお約束か。
『落ち着いて、彼に話を合わせるんだ。少なくとも、バリアジャケットを着ていない時の君は敵と見なされない』
「バリアジャケットってなに。もう足音が直ぐそこまで。魔法はもうこりごりだよぉ」
「失礼する」
ノックの後間もなく、件のグラハムが部屋の中へと入ってくる。
もう駄目だと布団の中でぷるぷる震えていたなのはは、グラハムが腰掛ける事でベッドがたわむのを感じた。
丸めた背中の上に手の平を乗せられ、体が強張った。
小さく悲鳴まで漏れてしまったが、その後にその手がぽんぽんと背中を叩いてきた。
そのテンポと込められた感情に、強張りが僅かにほぐれる。
全く同じだったのだ、はやてが撫でつけ叩いてくれた手の平と。
昨晩感じた恐怖は、何故か襲ってはこなかった。
「許して欲しいとは言わない。ただ、謝罪させて欲しい。私とガンダムの戦闘に巻き込んだ事に」
「ガン、ダム?」
「そうだ、ガンダムだ。君は知らないだろうが、ガンダムとは紛争根絶の為に武力で介入するソレスタルビーイングという組織のモビルスーツ、兵器だ」
良く分からない単語が続き混乱したが、はっきりと聞き取れたものもあった。
紛争根絶の為の、兵器。
喋るフェレットからとんでもないものを渡されたと、首に掛けられていたレイジングハートを摘みムンクの如き表情を作る。
「本当にすまなかった。私の事は許してくれなくて良い。ただ……勝手を言ってすまないが、はやての友達だけは止めないで欲しい。それと、昨晩見た事は内密に願いたい」
頼むと、願いを込められた手の平が、最後になのはの背中を叩いた。
『彼はそのガンダムと因縁があるみたいなんだ。そして君を見て、そのガンダムと誤認した。昨日の彼の様子からも、魔法の事は黙っていた方が良い』
魔法、兵器じゃないのかとなのはは頭がこんがらかってきた。
自分がガンダムを手にしている事を伝えるのは止した方が良いというのは、確かに賛成だ。
それにこんなにも優しい手を持つグラハムに、自分を撃った事を教えたくはなかった。
グラハムが腰を上げた事でベッドが浮き上がり、代わりに何か軽い足音がベッドの上を歩く。
それからグラハムの足音が遠ざかっていく。
もうなんだか良く分からないが、このまま行かせられはしないと引きこもっていた毛布を跳ね除ける。
「あの、グラハムさん。私ははやてちゃんの友達です。それと、全く気にしてないって言うのは嘘になっちゃうけど、それでも気にしてません。グラハムさんは優しい人です!」
「そうか……寛容な君の心に感謝する。ありがとう」
沈んだ表情ながら僅かに見せてくれた笑みに、やっぱりと確信する。
グラハムの優しさと、昨日の行動は全く誤解であった事を。
その誤解の原因となったレイジングハートを目線にあわせるように掴み取ったなのはは呟く。
「ガンダム……これって戦争の道具なんだ」
「No, I'm device」
「レイジングハートの言う通り、違うからね。デバイスって言うのは魔法の。痛たた……」
身をていしてなのはを護ったフェレットの、本当の困難はまずなのはの誤解を解くことから始まった。
-後書き-
ども、えなりんです。
魔法少女の変身中は正体がわからないのがお約束。
今回もグラハム無双な回でした。
戦績は以下。
ガンダム(なのは) → 撃墜
ファング(ユーノ) → 使い捨て
さすがグラハム、性能差もなんのその。
きっとこの勢いであらゆる魔法少女を撃墜してくれるに違いない。
とりあえず……グラハムは眼科いけ。
魔法少女をガンダムと間違えるとか、ねーよw
さて、次回は水曜更新です。
それでは。