中国漁船衝突の映像流出事件は10日、神戸海保海上保安官(43)の「告白」で急展開した。保安官には国家公務員法の守秘義務違反容疑がかかるが、映像が「秘密」に当たるのか疑問視する声も多い。非公開を貫くつもりだった政府は海上保安官の流出という“身内”の行為に衝撃を隠せない。政府首脳は責任論回避に躍起になっている。
▽苦渋の報告
「上司に自分が映像記録を流出させた旨報告したと聞いた」。10日午後の衆院予算委員会の冒頭。「緊急に報告したい」とマイクの前に立った海上保安庁の鈴木久泰長官は顔をこわばらせ声を震わせた。
「いつ報告を受けたのか」「上司とは誰か」。矢継ぎ早に出される質問に鈴木長官の大きな体は萎縮。眼鏡の奥に映る目は、どこかうつろで涙ぐんだような様子で、顔全体は苦渋にゆがんだ。
「長官は進退を問われるだろう。捜査で明らかになるまでと猶予もあるのかも知れないが…」。ある海上保安庁職員は頭を抱える。仙谷由人官房長官は10日午後の記者会見で「長官には強い権限の代わりに強い責任がある」と述べ、鈴木長官の責任を強調した。
▽「既に公開」
守秘義務について国家公務員法は「職員が職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない」と規定。さらに1977年の最高裁決定は「実質的に秘密として保護するに値するものをいい、国家機関が形式的に秘密指定をしただけでは足りない」との判断を示している。
中国漁船が激しく巡視艇にぶつかるシーンを収めた流出映像は強いインパクトを残したが、2001年の不審船銃撃事件の映像など同種の映像はこれまでも海保が度々公表してきている。
すでに一部の国会議員に公開され、見た議員が、衝突シーンを報道陣に説明するなど内容はすでに広く伝わっている。
ある検察関係者は「公開前ならまだしも、限定的とはいえ既に公開されている。流出時に秘密だったと言えるかどうかは議論の余地がある」と指摘、「秘密」に当たるのか疑問を呈す。
保安官が所属する神戸海上保安部は本来、映像に接する機会がない部署。「職務上知り得たと言えるのかどうかという点でも疑問が残る」と検察関係者も首をかしげる。
▽警察の不満
当初、公開すべく海上保安庁が準備していた映像は、日中関係がこじれると「上の判断」(海保関係者)で非公開に。中国人船長の逮捕、釈放と外交と政治の影に揺さぶられてきた海保と捜査当局。今回も「火中のクリを拾わされる」と警察関係者に不満がくすぶる。
ある警察幹部は「国家公務員法違反にあたるかどうかの判断は極めて微妙で、政治的。今回は官邸や検察がそこを判断して捜査させられている」と話す。
一方、仙谷官房長官は「いくら政治主導でも、政治が介入してはならない分野があると言っている」と捜査機関の独立性を強調、「政治主導」と責任論の切り離しに躍起になった。政府高官も「犯罪というのはそんなに単純なものじゃない」と指摘。捜査の進展によって明らかになる事実が菅政権をさらに追い詰める恐れはぬぐい切れない。
「いくら国民が拍手喝采しても、これを許していたら刑事訴訟法が成り立たない」。ある検察関係者は立件に踏み切る姿勢を評価しながら「中国人船長は釈放で、海上保安官は罰するのかという意見も理解はできる。相当難しい判断になるだろう」と険しい表情を見せた。
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