今の日本は内政・外交ともに変化の波に洗われ、模索の時代が続いている。外国人研究者の目に日本はどう映っているのか。2010年度の国際交流基金賞を受賞し、来日したベン=アミー・シロニー氏(73)にインタビューした。シロニー氏はイスラエルのヘブライ大名誉教授で、日本学を専攻している。【聞き手は専門編集委員・布施広、写真は岩下幸一郎】
--最近の日本をどう思いますか。
◆士気が低下して国民が悲観的です。私は1965年に初めて日本に来ましたが、その時は将来への希望があって、今よりずっと士気が高く楽観的だった。経済的に発展して安定した社会を築いた日本は、他国の目には天国のように見えたのに、今は地獄と思えるような兆候がある。若者の自殺、引きこもりの増加、少子化もそうです。頑張って豊かになって、目標を失う。それは国家の近代化に伴う問題であり、矛盾です。西欧や米国も同じ道をたどるでしょう。日本はそのさきがけとして苦しんでいるのだと思う。
--日本への提言は?
◆新たな目標に向かう新しい価値観、新しい宗教、思想が必要です。環境問題への取り組みも選択肢の一つ。環境問題に取り組めば、天皇陛下が果たされる役割も出てくるでしょう。日本は変化の節目に直面した時、天皇を変わらぬ核として中国や西洋の文明を吸収してきました。日本にとって天皇制は「不変の核」です。
--尖閣諸島をめぐって中国との対立が生じました。
◆中国のやり方はけしからん。領土的主張をするなら、国際司法裁判所に行くのが筋です。中国の狙いは東アジア共同体の形成などではない。中国の皇帝が韓国やベトナムなどを従えていたように、「中国の優越」による序列を確立することでしょう。日本は長年、鎖国していたから、欧州の国々のように外交に熟練していない。中国と対峙(たいじ)するには軍事力の整備が必要です。日本が核を持てば、近隣諸国が反発して逆効果になりますが、中国を牽制(けんせい)するには、少なくとも核兵器を製造できる能力を保持することが大切です。
--日本の平和主義にとって試練の時ですか。
◆第二次大戦後、超国家主義の時代を過ぎて再出発した日本人は『軍事力への信頼が強すぎた』と考えた。ユダヤ人は逆に『自分たちは弱すぎたからホロコースト(大虐殺)のような悲劇を味わった』と考えてイスラエルを建国し、軍事力を増強した。ユダヤ人はホロコースト、日本人は原爆投下という悲劇を経験しましたが、戦後は正反対の道を行きました。でも今は、日本が『自分たちは弱すぎる』と感じているかもしれない。
--日本人とユダヤ人は似ていますか。
◆どちらもキリスト教文化圏に属さず、勤勉で利口な人々として発展をとげた。伝統を守りながら成功し、時に嫉妬(しっと)や恨みも買った。私はユダヤ人と日本人を『成功したのけ者』と呼んできました。戦前の日本はナチス・ドイツの同盟国なのにユダヤ人を迫害しなかった。アインシュタインをはじめとする学者や音楽家ら、ユダヤ系の天才を尊敬した。ヒトラーが人種主義者だったのに対し、日本は多民族、多人種の対話を目指した。無論、他民族の占領や支配は問題ですが、戦前の日本とナチスは違います。
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■人物略歴
ヘブライ大で広島、長崎への原爆投下について研究。国際基督教大、米プリンストン大への留学を経て、ヘブライ大東洋学部長、トルーマン平和研究所長などを歴任。00年に勲二等瑞宝章。
毎日新聞 2010年11月10日 東京夕刊