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2010年11月11日(木)付

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海保ビデオ―独断公開が投じた課題

尖閣沖の中国漁船の映像は自分が流出させた、と神戸海上保安部の保安官が上司に申し出た。捜査当局は国家公務員法違反の疑いで調べている。ビデオの取り扱いをめぐっては、非公開を[記事全文]

八ツ場ダム―改めて中立からの検証を

今後、中止の方向性には一切、言及しない。予断をもたずに検証する。馬淵澄夫国土交通相が、群馬県の八ツ場ダム建設現場を視察して、こう発言した。10月から始まった国交省と関係[記事全文]

海保ビデオ―独断公開が投じた課題

 尖閣沖の中国漁船の映像は自分が流出させた、と神戸海上保安部の保安官が上司に申し出た。捜査当局は国家公務員法違反の疑いで調べている。

 ビデオの取り扱いをめぐっては、非公開を決めた政府を批判する声と、理解を示す声との双方がある。だからといって、現時点での外交関係を踏まえた政府の高度な判断を、一職員が独自の考えで無意味なものにしてしまっては、行政は立ちゆかない。

 まだ供述の断片しか伝えられず、詳しい経緯や動機、背後関係などもはっきりしない。問題の映像が刑事罰を科してまで守るべき秘密であるかどうかに関しても、様々な意見がある。捜査の行方を冷静に見守る必要がある。

 政府が保有する秘密と、主権者としてその情報の本来の所有者である国民との関係をどう考えるか。かねて議論されてきた問題だが、インターネットが広まり、だれもが利用できる時代を迎え、局面は大きく変わった。

 これまでは社会に情報を発信する力は少数のマスメディアにほぼ限定されていた。メディアが表現の自由や報道の自由を主張できるのは、国民の「知る権利」に奉仕して民主主義社会を発展させるためとされ、その裏返しとしてメディアも相応の責務を負った。

 情報の真偽に迫り、報道に値する内容と性格を備えたものかどうかを見極める。世の中に認められる取材手法をとり、情報源を守る。時の政権からの批判は言うまでもなく、刑事上、民事上の責任も引き受ける――。

 だが、ネットの発達によりマスメディアが発信を独占する状況は崩れた。

 情報が広く流通し、それに基づいて国民が討論して決める機会が増える。そんな積極的な側面がある一方で、一人の行動によって社会の安全や国民の生命・財産が危機に陥りかねない。難しい時代に私たちは生きている。

 この状況を国民一人ひとりが自分の問題として認識し、政府が持つ膨大な情報をどこまで公開し、どこを秘匿するか、発信する側はどんな責任を負うのか、絶えざる議論が必要になる。

 秘密とすべきものか、明快な一線を引くのは難しい。情報の内容を精査して、国民が得る利益と損失を測り、そのつど判断するしかない。秘匿に傾く政治権力や官僚機構と、公開を求める国民との間に緊張をはらむ攻防がこれまで以上に生じることになるだろう。

 そのせめぎ合いの中でも、情報をできる限り公にして議論に付すことが民主主義を強めていくという、基本的な方向を社会で共有したい。

 事態を受けて政府は、情報管理のありようを検討する委員会を設けることを決めた。検討を否定するものではないが、築いてきた表現の自由が脅かされることのないよう、政府の動きにしっかり目を光らせる必要がある。

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八ツ場ダム―改めて中立からの検証を

 今後、中止の方向性には一切、言及しない。予断をもたずに検証する。

 馬淵澄夫国土交通相が、群馬県の八ツ場ダム建設現場を視察して、こう発言した。10月から始まった国交省と関係6都県による検証を円滑に進めたいとの狙いだろう。前原誠司前国交相の「中止の方向性を堅持しながら検証する」に比べて中立の姿勢を強めた。

 これから検証を進める担当大臣として妥当な方針だ。総選挙のマニフェストに掲げてあったとはいえ、頭ごなしに中止を打ち出し、地元や関係都県の反発を買った前大臣と同じ道を歩むことはない。

 八ツ場ダムをめぐる昨年来の混乱で学習したのは、こうした巨大事業を転換するには丁寧な合意形成が必要だということだ。半世紀の歳月をかけて説得され、生まれ育った土地の水没に苦悩のすえに同意した地元の人たちの思いは無視できない。事業費を分担してきた関係都県も同様だ。

 しかし同時に、建設の方針にただ戻っていいわけでもない。「動きだしたら止まらない」と言われてきた巨大公共事業の在り方を変える。政権交代を選んだ有権者がもつ、この考え方への期待を裏切ってはいけない。

 検証の過程で解明しなくてはいけないことがある。利根川水系で想定された200年に一度の大洪水で、毎秒最大2万2千立方メートルの水が流れると推計した資料が国交省で見つからない。

 最近50年の最大流量は1万立方メートルにおよばない。想定が高すぎないか。戦後の山の保水力回復を反映しているのか。疑問の声も上がっている。

 国交省は大臣から再計算を指示された。流量を1万5千立方メートル程度と想定してもダムの必要性は変わらないという意見もあるそうだが、どの数値をとるにせよ、根拠を示すべきだ。長野県の浅川ダムをはじめ、各地で同じ論争が起きている。ほかのダムや水系も含め、十分説明してほしい。

 八ツ場ダムの検証では、こうした基本に戻る議論が必要だ。利水面では、人口が減っていくのに新たな水源がいるのか。4600億円の事業費の7割を使い切ったが、さらに膨らむ危険はないのか。堤防改修の方が高くつくという計算の根拠は何か。

 さらに、中止する場合には、地域をどう再建するかの説明も必要だ。約束通り用地は買うのか。もとの温泉街復活を支援するのか。中止論争の一方で、現地では大型ダンプが走り回り、ダム湖をまたぐ高さ100メートルの巨大橋もすでにほぼ完成している。住民が混乱せず、将来像を描けるようにしなくてはいけない。

 国交相は、来年秋の概算要求までに結論を出すと期限を切った。限られた財源で国土と暮らしをどう守るか。国民的な議論をするときがきた。

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