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【海保職員「流出」】菅政権、「矮小化」と「論点すり替え」
中国漁船衝突事件のビデオ映像流出という問題提起を、1人の海上保安官の「個人的犯行」に矮小(わいしょう)化してはならない。ここに至る菅政権のドタバタは、領土・領海に対する菅政権の認識がいかに心もとないかを明らかにし、国民の知る権利がどれほどないがしろにされているかを、白日の下にさらしたからだ。
「治安に関与する職員が情報を故意に流出させたとなれば、大阪地検特捜部の(押収資料改竄(かいざん)・犯人隠避)事件に匹敵する由々しい事案だ」
仙谷由人官房長官は10日の記者会見で強調した。事件は悪質だと言いたいのだろうが、全く異なる2つの事例を同列に並べた時点で論理は破綻(はたん)している。
9日の衆院予算委員会でも、仙谷氏は「(映像を故意に流し)逮捕された人が英雄になる風潮があっては絶対にいけない」と述べている。一見もっともらしいが、衝突事件で逮捕された中国人船長を“超法規的”に釈放し、中国での英雄扱いを招いたのは政府だ。
船長釈放で事実上、捜査は終結しており、公判が開けないことは仙谷氏も認めている。なぜビデオ映像公開ができないのか。
仙谷氏は10日の衆院予算委で、映像を秘匿する理由として「(海保の)海上の取り締まり、追跡、そういうものが分かる」ことなどを挙げた。とはいえ、平成11年の鹿児島・奄美大島沖の北朝鮮工作船事件では、もっと生々しい銃撃戦の映像を事件発生2日後には公開しているではないか。
「どのくらいですか? 多いというのは。国民の過半数がそう思っているとは私は全く思っていない」
10日の記者会見で仙谷氏は「ビデオを流出させた保安官に寛大な措置を求める声も多い」との質問が出ると気色ばんだ。だが映像流出後、海保に寄せられた電話やメールの8割が流出に肯定的だったのは事実だ。
保安官を本当に守秘義務違反の罪に問えるかどうかは、学者や検察幹部の間でも意見が分かれている。ところが、仙谷氏は「そんな解釈は成り立ち得ない」とあくまで“唯我独尊”だ。
結局、初動段階で中国の顔色をうかがうあまり、海保が準備していた映像公開を止めた政府の判断ミスを糊塗(こと)し、正当化したいだけなのだ。姑息(こそく)な論点すり替えは見逃せない。
菅直人首相は10日、仙谷氏に対し、政府の情報保全システムのあり方を検討する有識者を交えた委員会設置を指示した。
政府の情報保全力を高めることはけっこうだが、情報をどう取り扱い、利用するかはトップ次第だ。首相は「最終的に外交の方向性を決めるのは国民」と語ったはずだが、その首相が国民から情報を遮断した揚げ句、判断を誤り続けるようでは話にならない。
10日夜には、慌てて首相官邸に各省庁の事務次官を集めて再発防止の徹底を呼びかけたが、印象に残るメッセージはなかった。
ほぼ3年前、自民党との「大連立」に失敗した民主党の小沢一郎元代表は記者会見で「民主党に政権担当能力が本当にあるのか」と疑問を呈した。衝突事件をめぐる大混乱は、菅政権に改めてその問いを突きつけている。(阿比留瑠比)