「1人暮らしですから掃除、洗濯をしました。本屋に行き、買った本を喫茶店で読みました。夜はテレビを見て寝ました」。林貢二被告(42)が週末の過ごし方を説明するのを聞き「自分と同じだ」と思った。どこにでもいそうな独身男性が、なぜ凶行に走ったのか。その疑問を胸に、傍聴を続けた。
林被告は68年生まれ。専門学校卒業後、配電設備設計会社に就職した。勤務態度はまじめで酒は飲まず、職場の飲み会ではウーロン茶を手に静かに談笑していたという。趣味はない。20年間、少しずつためた預金は1000万円を超える。
全身に炎症が起こる「全身性エリテマトーデス」を26歳で発症した。いつ再発するか分からない難病だ。「悲しむ人を作るので結婚はしない」。法廷ではそう説明した。
そんな被告がのめり込んだのが、江尻美保さん(当時21歳)が働く東京・秋葉原の耳かき店だ。ネットで店を見つけ、08年3月から1年間で154回通った。土日はほぼ欠かすことはなかった。必ず江尻さんを指名し、長い時は8時間いた。耳かきしてもらったのは1回目だけで、2回目以降は3畳ほどのスペースでコンビニ弁当を食べたり、会話をしたり。利用料は1時間5800円。少なくとも200万円以上を費やした。
店の同僚たちは「突然泣き出したり、困った人」「一方的に予約を入れる」と江尻さんが当惑していた様子を証言。一方、被告は江尻さんについて「適度に会話できる感じで比較的好印象でした」と冷静に語り「恋愛感情はなかった」と繰り返した。その言葉と行動の落差に戸惑った。
弁護人は「被告は自分の思いを正確に言葉にしたいという思いが強い」と言う。だが、その「正確さ」は誰のためのものなのか。秋葉原の無差別殺傷事件の公判で「自分の容姿への劣等感」を動機とされることに反発した加藤智大(ともひろ)被告(28)にも重なる「自己愛の強さ」を感じた。秋葉原事件が起きた08年6月8日の日曜日、林被告も現場近くの耳かき店に来ていたかもしれない。
事件後に体重が17キロ減った林被告は、ぶかぶかのスーツに身を包み「すべてが身勝手だった」と泣いて謝罪した。それでも裁判員らは反省の気持ちを何度も尋ねた。裁判員らは事件を起こした理由を必死で理解しようとしているように見えた。
「人生の最後の瞬間まで苦しみながら内省を深めることを期待する」。裁判員らは被告が公判中に変化したととらえ、無期懲役を選択した。死刑を「回避」したのではなく、積極的な願いを込めたのだと思う。その願いが被告に届くと信じたい。(社会部・伊藤直孝)
毎日新聞 2010年11月2日 1時11分