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[21215] MM異聞禄・砲火のガルム(メタルマックス・サーガシリーズ)
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/10/19 19:21
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

本作はメタルマックス3発売を祝って執筆を開始したファンフィクションになります。

世界観はメタルマックス、サーガ全シリーズごちゃ混ぜのパラレルワールド。

いわゆる"はんた"が2をクリア後1、Rの舞台で暴れた後という設定になっております。

私の軍事関係を筆頭とした知識が不足している為、

現実に存在するタイプの戦車はスペックなどがおかしく、

オリジナルの厨性能戦車が多数登場する可能性がありますがご了承下さい。

あの世界観を書ききれるかどうかは分かりませんが、

自分なりに噛み砕いて書き進めていこうと思います。

もし宜しければお付き合い下さい



[21215] 01 第一章 因縁の始まり
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/16 22:01
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第一章 因縁のはじまり

01



世界が終わってしまってから、一体どれだけの時が流れただろう。

ある日、誰も飛ばした覚えの無いミサイルが世界中を飛び回り、

誰も流した覚えの無い流言飛語がネットの海を駆け巡った。

人々は疑心暗鬼に陥り、そして遂に未曾有の戦乱が大地を覆う事になる。


「……お前。まだそんな事を言っているのか?」

「ああ、そうだ。親父、俺……ハンターになる」


それが、古臭いB級SFのような展開で引き起こされた事に人類が気付いた時には、

既に人類は施しようが無いほどの危機的状況に追い込まれて居たのだ。

見覚えの無い奇怪な生物が町を闊歩し、最新型の無人兵器が何故か人間を襲うようになっていた。

……人類文明が崩壊したのは、それからそう遠くない時の事だった。

生き残った人々は、それを"大破壊"と呼んでいる。


「駄目だ。お前はこの修理工場を継げ。それなら確実に食って行く事が出来る」

「……食ってくのが精一杯じゃないか。大破も直せない二流整備工が何を言ってるんだか……」


それから幾年月。

技術の粋を集めて建造された巨大建造物は巨大な廃墟となり、

文明を滅ぼすほどの破壊によって無茶苦茶にされた生態系は癒される事も無く、

ただ緩慢に、荒野と砂漠を広げていくばかりだった。


「そうだな。だがお前には未来がある……いっぱしの整備工になれば食いっぱぐれは無いんだ」

「それがこの荒野でどれだけ価値ある物か今のお前には分からんだろう……だよな?聞き飽きたよ」


だが、それでも人類は滅亡していなかった。それでもまだしぶとく生きていた。

砂漠に埋もれた廃墟から文明の残り火を掘り出し、そして……大抵の場合は使い潰して。

生産性も未来もあったものではなかったが……それでも人々は必死に生きて居たのだ!


「分かったらさっさとスパナを握れ馬鹿息子。大破して無きゃ今のお前でも直せるだろ?」

「ああ。この間、初めて客のクルマを直したよ。一週間で……200Gになった」


「なっ?地道に稼いでいけるだろう?ハンターなんぞ危ない流れ者としか見てもらえないからな」

「けど、コイツを倒せば一晩で1000Gになるよな」


錆付いた荒野の片隅に、クルマの残骸やジャンク品で作られたバリケードに囲まれた集落がある。

ローストエデン。そう名付けられたこの集落はちっぽけな井戸に人が群がって出来た。

最初にまだ綺麗な水が出る井戸を見つけ、そして何時しか村長と呼ばれるようになった男が、

"昔は良かった。わしら家族だけが暮らしていた頃は思う存分水が飲めた……危険ではあったが"

そうぼやいていたのを聞きつけた荒野の商人達により名付けられたのがこの集落だ。


「ポスター?……賞金首か!しかもコイツは!正気か?コイツは小物でもバックがでか過ぎる!」

「心配ないって!コイツ、何か知らないけどただこっちをボーっと見張ってるだけだ。連絡もしてない」


「おい。お前まさか……見に行ったのか!?賞金首を!」

「ああ、偵察って奴さ。で、驚くべき事にあいつ、戦車まで持ってやがるんだ!」


その片隅に、木の枠組みを錆びたトタン板で覆っただけの簡素な小屋があった。

バス一台が入ればそれでいっぱいになってしまいそうなその小屋は、この町唯一の車両整備工場。

腕の悪い事で有名な、整備工ハウンドが経営するその整備工場。


「だったらなおの事危ないじゃないか!?死にたいのかお前!?ここにはドクターも居ないんだぞ?」

「医者がどうしたってんだ!傷なんか錠剤一つで大体治るだろ?な、だから一回だけ試しても!」


「駄目だ駄目だ駄目だ!俺はお前をそんな世界に飛び込ませるわけには行かない!」

「石頭!これで駄目だったら諦めるからさ!なあ、良いだろ!?」


そこで、とある父と息子が口論をしていた。

内容はこの世界だったら良くあるような話……息子の進路についてだ。

この世界には、ハンターと呼ばれる者達が居る。

戦闘用にチェーンされたクルマを駆り、荒野に蠢くお尋ね者を狩り立てる賞金稼ぎだ。

無論荒くれ者も多く、町に定住する者達からすると近づきがたい人種である事は確かであろう。


「馬鹿野郎!後々の事考えろ!?普通死んじまったらそれで終わりなんだ!」

「……いいじゃないか。例えそうなったって……俺の……人生なんだからよ」


だが、それでもハンターに憧れる少年達は後を立たない。

ましてや、それを身近に見る機会が多いのならばなおの事だ。

だからこれは麻疹のようなもの。クルマに関わる職種の息子の業病なのである。


「っ……いいだろう。ただし!……もう、この家の敷居をまたぐのは許さん!勘当だ!出て行け!」

「よおし、その言葉を待ってたぜ!あばよ親父!もう帰らないからな!」


普通なら、この後少年は挫折を覚えるかあえなく散るかのどちらかだ。

万一に才能と運を持っていたのなら、そこからのし上がる事も無い訳ではないが。

だが、もし彼に比類なき悪運があったとしたら?


少年の名は、ノヴァ。

こうして一人の少年が一獲千金に憧れ家を飛び出したのだ。

それは、この世界では極めてありきたりな物語の開幕であった……。


……。


財布だけを片手にノヴァ少年は町に飛び出した。

とは言っても、人口数十人クラスの集落での話だ、たいして行く所などあるわけが無い。

彼が向かったのは大破壊前はコンビニだった建物だ。

この辺では大きい部類の建造物だがガラスは既に無く窓は板で打ち付けられて散々な姿を晒していた。

因みに今は旅人の宿代わりでもある酒場として機能している。


酒場として考えると小さいが、この小さな集落の中心としては十分すぎる大きさなのだ。

ドア代わりの暗幕を開けて店内に入ると、店内には昼間だというのに酒と汗の匂いが充満している。

周囲に怠惰で退廃した空気が流れる店内。

そしてその隅には持ち込んだ寝袋に座る旅商人トレーダーの姿があった。


「いたいた……なあおじさん。約束どおり金は持ってきたぞ?」

「そうかい。武器だったな?お勧めはこの猟銃だ。散弾だから威力も命中率もいい感じだぜ?」


その内の一人にノヴァは声をかけた。

実は以前やって来た時に予め声をかけて、ハンターが使う武器の値段などを聞いて居たのだ。

彼が修理屋の真似事をして金を稼いでいたのはそのためである。

父親は息子が真面目に働いていると嬉しそうだったが、親の心子知らずと言うもの。


「よお。ハンターになるって言うのなら、せめてこれぐらいは持っておかないとな……でもなぁ」

「でも?」


顎髭を蓄えた壮年のトレーダーは売り物のショットガンを荷物から取り出し軽く銃身を撫でて見せた。

だが少年がそれを見て目を輝かせるのを見ると、ふうと一息ついて荷物にそれを仕舞いこむ。


「持ち金200Gかよ……悪いがそれじゃあ売れんな。前言ったようにコイツは250……」

「もったいぶらないで欲しいぜ。そいつ、他じゃ180Gで売られてるそうじゃないか」


しかし、世間知らずのボウヤを軽くぼったくろうと仕舞いこんだ腕は、

その言葉に一瞬固まり、そしてトレーダーはニヤリと笑うと再びそれを取り出した。


「ちっ。やるな坊主、何処で調べた?」

「アンタが別な町を回ってる時に来た別なトレーダーにちょっとね」


それに対し少年もニヤリと言う笑みで応じる。

こういう場合騙された方が馬鹿。

街の中に篭って一生を終えるつもりなら兎も角、荒野には法も保安官もない。

自分の身は自分で守る。それが錆付いた荒野の数少ないルールの一つなのだ。


「……いいだろ、合格だ。ほれ、ついでに回復カプセルもつけてやる。速攻で死ぬんじゃ無いぞ?」

「ああ、分かってるさ」


少年は念願の武器を片手に酒場から駆け出した。

それを横目で見ながら壮年のトレーダーは周囲にたむろする連中にポツリと呟いた。


「さて、あの坊主。これからどうなるかね?」

「さあな。まあ遅かれ早かれ荒野に屍を晒す事になるだろ。ハンターならな」

「100に一つの幸運を掴めたら成功するかも知れないぜ?」

「クルマさえ手にはいりゃ俺だってハンターになったさ。ま、ここで上手く行くかどうかじゃねえの?」


そして店内の男達は駆け出した少年を酒の肴に、

エタノールのほうがまだマシな感じの粗悪なアルコール飲料を喉に流し込んでいく。

生産性は無いが飲酒は辛い現実を忘れさせてくれる、それだけは間違い無い事だったから。


「あ、ナナちゃん。アメーバの和え物ひとつ追加ねー」

「はーい。って今お兄ちゃん来てませんでしたか?」

「……ああ。ショットガンを買って行ったぜ」


壁中に薄汚れたポスターやその切れ端が張られた店内。

その中を注文を聞きながら走り回っていたウエイトレスがトレーダーの言葉にピタリと立ち止まる。

そして、彼らの元へ駆け寄ると少し焦ったように声をかけた。


「え?それって……」

「ああ。新米ハンター様のご誕生って訳だな」


「……マスター。すいませんけど、今日……早退しますね?」

「え?こ、困るなナナちゃん!?ちょ、待って!?」

「はい!馬鹿兄貴に妹さんのデリバリー入りましたー、アハハハハハハ!」

「昼間から、っく。五月蝿ぇよ酔っ払いが!」

「お前もな……ヒック」


そして、無言でカウンターのほうに歩み寄ると酒場のマスターに声をかけ、店を飛び出る。

わたわたと駆け出した彼女が天幕を跳ね上げると当の少年は道端の崩れたコンクリート塀に足をかけ、

武器の試射をしようと崩れかけたブロックの上に足をかけ、

割れかけたレンガを重ねた台に置かれた空き缶へ狙いを定めている所であった。


「そらっ!」


掛け声と共に空き缶が破壊されながら吹っ飛んでいく。

周囲のコンクリートにも傷跡を残すその威力に少年は感慨深そうに口笛を吹いた。


「ひゅー。流石本物は違うな」

「何馬鹿な事言ってるのよ!」


「うわっ、ナナか?どうしたんだ。バイトは?って、落ちる!?やばっ、やばあっ!?」

「いきなりお兄ちゃんが馬鹿な事始めようとしてるから止めに来たんだよ!?正気なの?」


後ろから突然声をかけられて少年は驚きの声を上げる。

そしてその拍子に取り落としそうになった古めかしい銃を数回お手玉し、最後には必死に抱き止めた。


「ふーっ、ふーっ!危ない危ない。えーと、なんだって?」

「ハンターになるって話!本気で言ってるの?って言ったの。危ないよ?」


少女はエプロンがけのままで少し上半身を前に乗り出すようにし、

片手を腰に当て、もう片方を突き出して人差し指で兄の鼻を突付くようにしながらそう言った、

一見強気に見える言い草だが、その目には困惑と不安が入り混じっている。


「……ああ。本気だ、これから向こうの丘にある監視小屋の賞金首を倒しに行こうと思ってる」

「ええっ!?あの人NGA……軍隊だよ?いくら伍長って言っても相手が悪いよ」


だが、少年の憧れはそれで揺らぐような弱い物ではなかった。

もっとも、それは無知から来る知らぬが故の強さだったのだが。


「それに、ショットガン一丁で戦車に向かって行こうって訳?無理だよ……死んじゃうよ!?」

「心配要らないって!」

「……おいおい。そんなの聞いてないぜ?」


若さゆえの強みで故無き自身を見せる少年に、横から声がかかる。

兄妹が揃って横を向くと先ほどのトレーダーが、よぉ、と手を軽く上げていた。


「……アイツが車を持ってるなんて知ってたら俺でも止めてたさ。旦那の息子を死なせるのは御免だぜ」

「おじさん!銃売ったのおじさんなの?確かに状態の良い銃みたいだけど……戦車の装甲を抜けるの?」


「怒るなよ。俺だって知らなかったんだ……坊主、その銃じゃ戦車はやれない。やめとけ」

「ははは。まさかこの日の為に用意したのがこれだけだと思ったのか?」


酒の肴の追加の為、兄妹のやり取りを盗み聞きしていたようだが、

狙いの賞金首がクルマを持っていると聞いて、黙っていられなくなったのだろう。

不敵に笑っているように見えて、トレーダーの額には一筋の汗が流れていた。

だが、心配そうにする二人を尻目に少年は背負っていたリュックを開いた。


「へへへ。これだけあれば戦えるんじゃないか?」

「ほぉ……手榴弾3発に火炎瓶。回復カプセルに至っては10粒以上か。良く集めたな」

「そんなに沢山の武器、何処で手に入れたの!?」


そして少年は手榴弾をポンポンと弄びながらにっと笑ってこういったのだ。


「そして俺は一人でもない」

「え?」

「じゃじゃーん!俺様の出番だぜ!俺もハンターになるのさ!」

「酒場の息子のデコじゃねえか!?」


少年の台詞に呼応するかのように手近なマンホールの蓋が開き、中からもう一人の少年が現れた。

ひょろりとした体格で、分厚いメガネをかけていて、正直ハンターなど向いているとは思えない。

そしてデコの名の通り、額の広いどちらかと言うと事務仕事の似合いそうな少年だった。

腰のピストルも威力より反動を減らす事に重点を置いた、どちらかと言うと女性の護身用に近い物だ。

だが、悪戯そうな顔で鼻を擦る態度は悪戯坊主のもの。

要するに今回の事は村の悪ガキコンビの大規模な悪戯に近いものだったのだ……程度の差こそあれ。


「でも、命落とす可能性もあるんだよ!?二人とも無茶したら駄目だよ!?」

「そうだな……そのポスター、NGAの構成員のもんだろ?奴等だけは止めとけ……奴等はヤバイ」

「ま、普通ならそう言うだろうさ。でも、今回は俺様達にも切り札ってもんがある」

「……ふふふ、見よ。昨日近くの街まで行って用意してきたこれを!」


そして、町外れの廃墟にカバーをかけて隠されていた物を反対する二人に見せ付けた。

その目には、悪戯っ子二人の目には……最早勝利しか映っていない。


「じゃあ行こうか戦友よ!俺達のハンター人生の始まりだぜ……」

「おお、俺様達の力を並み居る賞金首どもに見せ付けてやるのさ!」


それは傍から見れば典型的な中二病であり、反抗期そのものであった。


「ナナ!勝ったら美味い物一杯食わせてやるからな!」

「俺様からは……そうだな、アクセサリーを贈ろう」

「要らないよ!お願いだから二人とも無茶は止めて!?」


だが、妹の懇願も空しく二人のハンター見習い達は連れ立って走り去る。

……残された二人は深い溜息をつくほか無かった。


「ねえ、おじさん……"アレ"で勝てると思う?」

「どうだろうなあ。普通なら無理と言うところだなんだが……」

「いや、恐らく勝つだろ……勝っちまう可能性もあるだろ」


残された二人が振り向くと続いての乱入者が現れる。それは兄妹の父親だった。

汚れたツナギを着て、頭をポリポリかきながら少年達の向かった先を見つめている。


「お父さん。お仕事は?」

「あるわけ無いだろ。修理下手の整備工に仕事なんぞ……アイツがそっちの道に進んでくれればなぁ」

「……そんな体たらくだから息子が一獲千金狙うんじゃないか?旦那だって昔……」


「へっ。その結果どうなったか知ってやがるだろ?……人生地道なのが一番なのさ」

「お兄ちゃん、きっとボロボロになって帰ってくるよね。それで諦めてくれると良いんだけど」

「そんな事よりナナちゃん。まず生きて帰ってくる方を心配してやれ。本当に危ないんだぞ?」


怪我云々じゃ済まないだろうとトレーダーが冷や汗をかくと、

父親はポリポリと頭をかいた。


「……まあ、それは心配して無いんだが……はぁ……まあ……仕方ないな。おいナナ。準備するぞ?」

「え?じ、準備!?じ、準備って何の準備なの?お父さん?」

「おいおい、旦那。まさか葬式の準備とかっては言わないよな!?」


そして困惑しどこか挙動不審になる娘と最悪の展開を想像し冷や汗をかくトレーダーに向かい、

既に自宅へ足を向けながらクルリと振り向いた父親は苦笑しながらこう言うのだった。


「ははは。そんなの……戦修理用具の準備に決まってるじゃないか。戦車のな?」


……。


NGA……ネオグラップル・アーミー。

かつて壊滅した武装集団バイアス・グラップラーの名を騙る似非軍事組織である。

以前のグラップラーとの繋がりはないが、

その名と組織化された軍事力は国家すら崩壊したこの世界において無視できない力を持っている。

しかも厳しい訓練と軍隊式の階級制度による統制により、その力の及ぶ地域はかなりの範囲に及び、

従いさえすれば生きて行く事は出来る故にそれなりの信奉者も存在するので厄介さは並みではない。

特にこの地方の大都市のいくつかは彼らの支配下に置かれていると行っても過言ではないのだ。


「ふぁ……ふぁあああああ……」


とはいえ。

そんな鉄の規律もただ一人辺境の寒村を見張る、

などと言う退屈極まりない任務にかかっては台無しのようだ。

見張り小屋の上に立ち、村のほうを見張る。

……と言うかぼんやり眺める男の目には、緊張感と言うものが欠落していた。


「本日も異常なしっつーの。しかしなんでこんな所で一人寂しく見張りなんかしてるんだってーの」


男の名はセーゴ。NGAの伍長である。

この見張り小屋は彼の名を取って"セーゴの見張り台"と呼ばれている。

一応そこそこの戦果を出していたらしく、数年前に1000Gの懸賞金をかけられたが、

丁度その頃支部の一つを任せる、と言う名目でこの地に飛ばされてからと言うもの、

毎日こうやって眼下の集落を見張るだけの毎日だ。

最初はそれでも真面目にやっていたが、一年経ち二年経つ内にこの様だ。

今では軍服代わりのトゥルー・ブルー(警官の服)が無ければ、彼が軍人だとは分からないだろう。

……まあ、要するに彼はこの日も何事も無い一日が続くと思っていたのだ。


「ん?なんだ?あの土煙は。……異常事態、なのかってーの!?」


少なくとも、丘の下から土煙が上がるのを見るまでは。


「味方の車両か?いや、だったら無線で連絡くらい入るはずだってーの。じゃあハンター……まさか」


とは言え彼はまた、それは無いと踏んでいた。

この辺りには凶悪な生き物は居ない。

モンスターと呼称されるような遺伝子操作された怪物や暴走機械もこの辺りには殆ど存在していない。

また、この時代で最も貴重な戦略物資である水資源も少なく、当然の如く土も痩せている。

ならば賞金首狙い?……とここで、彼はこの辺りで賞金をかけられているのは彼自身のみだと気付いた。


「けど。俺にはNGAってバックが……まさか見捨てられた!?」


セーゴの顔色が変わる。

彼の視線は周囲を埋め尽くすセクシーな女性のポスターや、転がるコーラの空き瓶に注がれる。

そして自分が決して真面目にやっていた訳では無い事を思い知らされた。

故に彼は冷や汗をかきつつ大破壊……世界が滅びる前に作られたという無線機。

その生き残りである愛用の通信機の前に突っ走り、涙ぐみつつ大慌てで本部に通信を入れたのである。


……。


それから数分後の事だ。

それ程大きくない見張り小屋には似つかわしくないほどのクルマがシャッターを突き破るように現れた。

そして、それに呼応するかのように丘の上へと二台のクルマが上がってくる。


……丘の上で待ち構えるのはシャーマン。

大破壊前の戦車の中でも旧式に分類される第二次世界大戦時の戦車だ。

無論最新型の兵器で強化されている車も少なくは無いが、

このクルマの場合、原型となった車体に比べてもその砲塔から突き出る砲身があまりに頼りない。

そして弱弱しい主砲の代わりのように車体脇に対戦車ミサイルが据えつけられていた。

更に機銃座はあるものの肝心の機銃が見当たらない。全体的にお粗末な印象を受ける戦車であった。


「オラオラオラーーッ!ビビらせやがってーの!お陰で給料査定駄々下がりだってーの!畜生!」

「賞金首セーゴ・スズキだな!?俺達がお前をぶっ潰す!」


愛車の上に足をかけ、賞金首セーゴは叫んだ。

勇み足のせいで彼がどんな目にあったのかは聞くまでも無い。

何処かアンバランスなクルマの上で男は涙目で吼えていた。


「なんだと!?はっ!借り物戦車のガキがNGAに逆らうのかっつーの!身の程知らずが!」

「知るかよ!お前の首にかかった賞金は頂くぜ!?」

「俺様達の栄光のロード……その最初の獲物になってもらうぞ!ふふふふふ……」


対する二台も異様な車両だ。まずおかしいのはそのカラーリング。

あろう事かその車体表面のあちこちに何かの広告が散りばめられている。

そして車体正面と脇にデカデカと描かれた"R"のマーク。


この崩壊した世界を生き延びる為に生まれた一つのビジネスの形。

それがこの賃貸車両……レンタルタンクだ。

この時代、レンタカーを借りるように戦車を借りる事が出来る。

少年達の自信、その最大の出所がこれだったという訳だ。

無いのなら何処かから持って来ればいい、それが彼らの出した結論だったと言う訳である。


「いくぜっ!レンタ1号……なあ戦友。俺のはジープじゃないか。他に良いクルマ、無かったのか?」

「いやあ、残りがこれだけだったんだよな!じゃあ行くぜ4号!」


運転席の脇に機銃の付いたジープと、75mm砲搭載の二つの意味で4号な中戦車が左右に分かれた。

そして、シャーマンを囲むように配置に付こうと車輪とキャラピラを全力で稼動させている。

……だが、当然の事ながらこの時既に戦いは始まっていた。


「うっしゃ!じゃあ俺は陽動行くぜ!?頼むぜ戦友!」

「まあ俺様の7.5cm砲、いや75mm砲が火を吹くぜ!」

「ハハハッ!そんな上手く行くもんじゃ無いってーの!それにお前らの力じゃないってーの!」


砲身が軽いせいか意外なほどに早く動くシャーマンの砲塔は、

すぐさま敵に狙いをつけると容赦なく弾丸を脆そうなほう……レンタ1号に叩き込む。

砲煙が軽く周囲を包む中、煙から出てきたジープは意外なほどに無傷に近い姿だった。

ただ、唯一機銃だけが軽くひしゃげているが。


「甘いぜ賞金首!装甲タイルが俺とコイツを守ってくれた!見ての通り被害は機銃だけだぜ!?」

「馬鹿野郎!?ノヴァ!唯一の武器なしでどうやって戦うんだよ!?いきなり作戦崩壊か!?」


酒場の息子の剣幕に、少年は特に問題ないと胸を張る。

機銃こそ破損したがまだ撃てない訳ではないし、そもそも車両本体は装甲タイルのお陰で無事だ。


……因みに装甲タイルとは装甲の上に貼り付ける文字通りタイル型の外部増加装甲で、

衝撃を吸収し自らが破壊される事で本体へのダメージを吸収するというつくりになっている。

破損タイルが剥がれれば内部は無事と言う技術で大破壊を人類が生き延びた理由の一つでもあった。


「慌てるなよ!何のための、コイツ等だ……っと!」

「おお、火炎瓶か!ジープならそのまま投げられるもんな!」


そして少年の投げた火炎瓶はシャーマンの装甲に当たり周囲に炎を巻き起こした。

走り回れさえすれば戦えるし陽動には十分。彼はそれを証明した……ように見えた。


「……俺様は知ってるんだ。そのタイプは初期型!つまり火に弱い筈!」

「やったぜ戦友!戦果が増えるぜ!」

「ま、確かにそうだがこれぐらいで戦車はどうなるもんじゃ無いってーの……それにな」


軽く燃え上がるシャーマンに少年達は喝采を浴びせる。

だが枯れても軍人であるセーゴは慌てる事も無く、少年達をあざ笑う。

彼は時を待って居たのだ……そして、異変は起きた。


「な、何だッ!?戦友!クルマが、クルマが勝手に……うわああああっ!?」

「ノヴァっ!?何やってるんだ!いきなりクルマから飛び降り……いや、放り出されたのか!?」

「馬鹿野郎。そんな事も知らないのかってーの……レンタルタンクの規約、読んだのかってーの?」


レンタルタンクの規約にはこんな一文がある。

レンタルタンクの部品が一つでも破損した場合、クルマは使用者を置いて勝手に帰還する、と。

これは大破を予防し自力での帰還が不可能になるのを防ぐ意味と修理費用の低減と言う意味があるが、

レンタルタンクの制御を行うコンピュータであるCユニット(コントロールユニット)は特別製で、

その規約を忠実に守り、利用者を見捨ててでもクルマを帰還させるのである。

無論、その結果利用者が戦闘で死亡しても当然レンタルタンクはその責任を負う事は無い。


「……つまり、借り物故にタイルが尽きたら戦えないのがレンタルの弱点だってーの……ひよっこが」

「う、ぐう……くそぉ……うああああああっ!?」

「く、くうっ!だけど、主砲のデカさはこっちが上だ。俺様一人でもやってやる!」


クルマから放り出され、地面を転がる少年を最早相手にならずと判断したか、

地面に転がる少年へ主砲を一撃だけお見舞いするとシャーマンは4号に向かっていく。

だが、4号のほうも相手に主砲を向け、既に臨戦態勢を整えていた。


「そんなちっぽけな大砲で俺様の千枚を越える装甲タイルを張ったこいつに勝てるか!?」

「代用品の37mm砲とは言え舐めてもらっちゃ困るってーの!それに……これもあるっつーの!」


薄れ行く意識の中、ノヴァ少年の白く染まりかけた視界に映った物。

それは、至近距離で砲煙を上げる仲間の75mm砲と敵戦車側面から発射される対戦車ミサイルの……。


……。


タン、タン……何処かからそんな音が聞こえる。

ノヴァ少年はその音に目を覚ました。幸い大して時間は経っていないようだった。

……そして必死に身を起こしたその時、彼は信じられないもの見る羽目になる。


「ったく。ガキの癖にしぶといってーの……はぁ、はぁ……でも、これで終わりだってーの!」

「ひっ、ま、待って……も、もうハンターなんか辞めるから、ゆ、ゆる」


「許せるかってーの!お陰で小屋もクルマもボロボロだってーの!?……くたばれ」

「……ガハッ!?」


額から血を流し、戦友を足蹴にして拳銃を突き付ける賞金首と、

泥まみれで転がされ、手足に銃弾を受けた戦友の額から血飛沫が上がるのを……!


「うわああああああああああああああっ!」

「……なっ!?な、何で生きてるんだってーの!?ありえないってー……ギャッ!?」


気が付くと、ノヴァは走り出していた。

ショットガンを乱射し、残った手榴弾をぶん投げながら!


「うあ、ああああああああああああああっ!」

「ひっ!?なんだ、何だコイツはっ!?ありえない、ありえないってーの!?」


高揚しきった精神が脳内麻薬を大量分泌したのだろうか?

敵の銃撃すら物ともせず、自身にめり込む銃弾にも構わず、少年はただひたすらに敵に肉薄する。

そして、


「ウガアアアアアアアアアッ!?」

「ぎゃあああああああああああ!」


敵のどてっぱらに至近距離から猛烈なタックルをかまし、更にそこへショットガンを撃ち込む。

とどめに転がった敵が慌てて逃げようとしたところへ最後の手榴弾を投げ込んだ!

……吹き飛んだ敵は丘の斜面を転げ落ち、そして……動かなくなった……。


……。


戦いは終わった。

よろよろとリュックから回復カプセルを取り出した少年はそれを飲み込み、

更に体に入り込んだ銃弾をナイフの先で抉り出す。

銃弾を抉り出した傷がカプセル内の良く分からない成分の効用で急速に埋まっていく中、

少年は今度は倒れたままの親友の下に向かい、カプセルをその口の中に押し込んだ。

……だが、その傷は治らない。


「何でだよ……俺よりよっぽど傷だって少ないじゃないか……なのに、何でだよ?」

「……」


戦友は。親友は何も言わない。何も言えない。

……死人が何か言う訳が無い。

少年が周囲を見渡すと、装甲が焦げ付き砲塔が砕けたシャーマンが今も煙を上げていた。

レンタ4号は当然のように影も形も無い。あるのは轍だけだ。


「薄情もんめ……」


言っておいてなんだが、少年は自分でもその怒りが意味の無いものだと分かっていた。

そして同時に、家族や街の人がどうしてハンターになるのを止めたのかもようやく理解し始めていた。

だが、もう遅い。

例え今から辞めたとしても、友人を死なせてしまった以上彼はもうあの集落には居られない。

何せデコの父親、つまり酒場の親父は村長の息子でこの集落の事実上の取りまとめ役だったのだから。

そして、もう一つ。


「許さないぞ、NGAの賞金首ども……俺が、俺が仇を取ってやるからな!」


彼は友人の仇討ちを望んだのだ。

そしてそれを成す為には、ハンターとして成功する以外に道は無い。

……少年はそれを成すべく、まずは力を付ける事にした。


「それじゃあ、まず……デコを埋めてやらないとな」


友の亡骸を戦闘で空いた穴に仮に埋葬した少年は、続いて砲塔を破壊された戦車に目を向ける。

……それから数日の間、半壊した小屋の周囲には常に金属音が響いていた……。


……。


「よし、これで何とか走れるな……」


数日後、半壊した車庫から一台の戦車が姿を現した。

セーゴの残したシャーマンだ。

ノヴァは数日かけて下手ながらも大破した砲塔とエンジンを修理し、

辛うじて走れる状態に持って行ったのだ。


「……普通なら、これで親父を見返してやる、とか言う所なんだけどな……はぁ」


とは言え、彼の目に歓喜の表情は無い。

視線を粗末な墓に向け、寂しげに溜息をつくのみだ。

とは言え、成さねばならぬ事も出来たし一度集落に帰らねばならないのも事実だ。

……友の家族に訃報も伝えねばならない。


「気が重いな……」


故に彼は気付かなかった。

いや、仮に浮かれていたら更に気付かなかっただろう。

そんな彼の姿を身を潜めて監視していた影があった事など……。


かくしてここに一つの因縁が産声を上げた。

彼がいかなる運命を辿るのか。

それはまだ誰にも分からなかった……。


続く



[21215] 02
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/16 22:35
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第一章 因縁のはじまり(2)

02



まだ危なっかしい操作系を操り、まるで年老いた犬のようにその戦車は丘を下っていく。

数日前にハンターになったばかりの少年ノヴァ。だが彼は賞金首を倒してこのクルマを手に入れた。

まさに想像を超える大成功だ、と言えるだろう……普通なら。


「……しかし、デコの親父さんに何て言えば良いんだ」


とは言え、彼の表情に歓喜は無い。

あの戦いで彼自身も共に旅立った親友を失っている。

今から帰る故郷の集落にはその友の家族が居るのだ。


……親友を死なせておいて自分はクルマを手に入れて帰る。

それを彼の父親がどう受け取るか。少年には想像も付かなかった。

きっと責められるのだろう。人殺しと罵られるのだろう。そして……最早この街には居られない。

それはもう、どう考えても間違いない。


だが、それはある意味杞憂に終わった。

……無論、悪い意味で。


「あれ?何だ……村のほうから、煙?」


少年が異常を察知したのは、既に集落がその視界に入って暫くしてからの事だった。

辛うじて走れる、と言った状態のクルマを騙し騙し走らせていた上、

エンジンから時折上がる煙のせいで、彼はそっちの煙だと勘違いして居たのだ。


「……焦げ臭い……おかしい、おかしいぞ?」


だが、その焦げ付いた血のような匂いが充満するにつれ、彼もその異様さを理解し始めていた。

……そう、街が燃えている。いや、既に半ば焼け落ちている!


燃え盛る故郷。

粗末なバリケードは破られ、まさにジャンクの山と化している。

……そして彼はそれを見つけた。


「おじさん!?」

「……よお、お前か……」


ついさっきまで怒鳴られるのを覚悟していた友人の父親……酒場の経営者が血みどろで倒れて居たのだ。

こちら側を向いて倒れ、後方に転々と血の跡を残して。


「どうしたんだよ!?何があったんだよ!?」

「……どうしたもこうしたもあるか……うちの馬鹿息子もお前も……この、疫病神、が……はっ」


「おじさん!?おじさん!?」

「……」


そして、彼は血を吐き倒れ、そのまま命を落とす。

致命傷は背中から撃たれた銃による傷と出血多量。

恨まれる覚悟をしていた人は、怒りを受ける以前に倒れ、居なくなってしまった。


「何で?何があったんだよ!?」


困惑しながらも少年は彼を近くに寝かせると戦車に戻り、町へと近づいていく。

ただし、緊張の面持ちで。

……そして彼は、己の成した事の"結果"を知る事になった。


……。


「よお、ひよっこ野郎……先日はよくもやってくれたんだってーの!」

「お、お前は……!?生きていたのか!?」


町の中央広場に集められた村人達。その周囲を完全武装の兵士達が取り囲んでいる。

そして、広場の真ん中に居る数名の男達の中に、ここに居てはならない者が居たのだ。

片腕を三角巾で吊ってはいたが、その顔は少年にとって忘れられないもの。

……自ら殺した筈の男が生きてそこに居たのだ。


「賞金首セーゴ……確かにその腹へショットガンをぶち込んだ筈なのに」

「死んだふりだ!確認しに来なかったお前の落ち度だってーの!」


確かにそうだ。その瞬間はそれ以上の余裕が無かったとしても、

仲間の様子を見た後で確認する事は出来た。

生きてさえいれば後は薬が"直して"くれる。

世界がこうなる前のテクノロジーは極めて偉大だったのである。

ならば、相手の息の根を止めたかどうかの確認は重要。

ハンターを名乗るのならむしろ相手の遺体から戦利品をもぎ取る気概が必要な筈なのだ。

無論、心得も出来ていない少年にそれを求めるのは少々酷だったのかも知れないが、

何にせよ、生き延びた敵が報復を行おうとしてこうなったのは明白であった。


「……さて、NGAに逆らったお前にはそれなりの報いを受けてもらうってーの。大佐、お願いします」

「ふむ。伍長、それにしてもこんなひよっこ相手に戦車を奪われたのかね?」


「うっ……もうしわけありません」

「まあいい。総員展開、敵を包囲せよ」


シャーマンの砲塔から頭を出した状態の少年はその時初めて気が付いた。

村のあちこちに何両もの戦車が伏せられていたのを。

唾を飛ばして叫ぶセーゴの脇には赤くカラーリングされた戦車の上に立つ一人の男の姿。

この時代には珍しいアイロンまでかけられた迷彩服の上に士官用の豪奢な上着を羽織ったその男。

階級章に書かれたそれは間違いなくそれはNGAの上級士官のものに他ならなかった。


ただでさえノヴァは片田舎の修理屋の息子だ。

何両もの戦車が一つの生き物のように動く所など見た事があるわけも無い。

それもカラーリングまで統一された一個部隊だ。

……ありえないほどの大戦力に少年は思わず呻く。


「なんだこれ……見た事も無いぞ、こんなの」

「ふむ。NGAの殲滅部隊"深紅の群狼"だよ少年。常人ならば見る事など無いのが普通だ」

「ヒャッハー!凄えぜ!ははは、この方達が近くに居たのがお前の不幸だってーの!」


恐らく100mmを越える砲を搭載すると思われる多種多様の戦車達が満身創痍のシャーマンを取り囲む。

……車体側面に備え付けてあったミサイルはもう無い。

主砲は相手の装甲を抜けるとは思えないし、そもそも走行系以外は大破したままだ。

辛うじて走るといった状態のクルマに何が出来ると言うのだろう。


「……くう……畜生。殺すなら殺せよ!」

「お、お兄ちゃん……」


最早少年には開き直る以外の選択肢は無かった……逃げ出そうにも、集められた村人の中に妹も居る。

ここで逃げれば残った皆がどうなるか。彼もこの期に及んでそれが分からないほど馬鹿ではない。

少年の脳裏には最悪の事態。即ち己の死が明確な像を結ぼうとしていた。


「……ファイア」

「うああああああああっ!?」


敵指揮官が腕を振り上げ、そして振り下ろした。

その指揮官の号令とともに旧世界でも主力級の火力が壊れかけの車体へ一斉に叩き付けられる。

当然ながら次の瞬間には車体はおろかエンジンやCユニットに至るまで修復不能な鉄くずに変えられ、

少年自身も吹き飛ばされて地面に転がった。

いや、弾き飛ばされただけで済んだ分彼は幸運だったののかも知れない。


「あ、ぐぁ、あ、あああ……」

「お兄ちゃん!?ひ、ひどいよ、ひどいよ!」

「ヒャーッハッハッハ!良いざまだ、良いざまだってーの!」

「伍長。君はもう少し自身の油断について考えたほうが良いぞ?」


全身火傷、打撲……恐らく骨折もしているだろう。

兄の凄惨な状況に集められていた人々の中から少年の妹がたまらずに駆け寄る。

そして、息があるのを確認するとNGAのほうを向いて泣きながら睨みつけた。

しかし軍服姿の一団はそれをどうともせずに話を先に進めていく。


「ふむ。不穏分子の粛清完了、か……伍長。君はもう少し上手くやってくれると思っていたが」

「す、すいません大佐……ガキ二人がレンタルタンクまで持ち出しやがってーの、とは流石に……」


「まあいい。有る意味監視任務は終わりだ。明日より本部にて再教育課程を受けてもらう。いいな?」

「は、はいぃぃっ」


部下の不始末に溜息をつきながら、敵の指揮官はクルリと広場の中央を向いた。

そう、捕まった村人達の方向だ。


「よろしい。では……この村に対する処分だが」

「「「「ひっ!?」」」」


村人達は怯え、竦みあがった。タダでさえ何両もの戦車に集落を占拠されていたのだ。

そして、今この目で見た大口径砲の火力に腰が抜けたものも少なくは無い。

……だが、敵の指揮官は努めて平静にこう言った。


「私はNGAのウォルフガング大佐だ。我が軍に対する敵対行為についての決定事項を伝える」

「……わ、私らは何もしておりません……」


名目上の村長……酒場の初代経営者でありデコ少年の祖父であった老人が震える声で訴える。

しかし大佐は構わずに続けた。


「そうだ。この集落に罪は無い。問題なのは我等に楯突いた二人の少年である」

「……おお、では!」


ざわり、と集められていた村人達の間から感嘆の溜息が漏れる。

それは期待であり不安であり、そして安堵に近いもの。


「うむ。問題を起こした彼ら二人に対価を支払わせる事で今回の件は決着としたい。いかがか?」

「「「はい、も、勿論で御座います!ああ、ありがたい、ありがたい!」」」


村人達は予想より余程マシだった決定に胸を撫で下ろした。

この村には満足な自警団すらない。実際の所バリケードを破られた時点で勝ち目など無いのだ。

それを当事者のみで許すというのならそれに越した事などある訳が無い。


「では、それで決着だ。さて、少年……ノヴァと言ったな。覚悟は出来ているか?」

「……好きに、しろよ。賞金首ども……」

「駄目!お兄ちゃん駄目ぇっ!」


どっちにしろ、火傷と骨折でもう満足に体を動かす事も動かす事も出来なかった少年は、

せめてもの反抗として出来うる限りの悪態をついた。

これで死ねば全て終わりだ。だからせめてハンターとして生きた証を残したいと思ったのかも知れない。

だが、その答えは最初から聞いていないとばかりに大佐は少年を一瞥し、妹の腕を掴んだのだ。


「では、そうさせて貰う。さてお嬢さん……自由時間は終わりだ」

「……!」

「なっ!?妹は関係ないだろ!?」


妹の腕を掴む敵の姿に少年は思わず起き上がろうとして、蹴り飛ばされ再び地面に転がる。

咳き込む少年に大佐はチッチッチ、と軽く指を振る。

そして倒れた少年の腕に足をかけ、万一にも銃を撃てない様にしながら哀れむように続けたのだ。


「いや、君には生きて貰う。生きて生き抜いて我等に逆らった事を後悔し続けてもらう事になった」

「そんなの。そんなの有りかよ!?」

「さて、お嬢様はこっちだってーの。別にとって食いはしないからそこは安心するってーの」

「……分かりました」


観念したかのように腕を引かれるまま歩いて行く妹の先で装甲車のドアが開いた。

少年は理解した。いやこの場にいる全ての人間が一瞬で理解した。

この娘がこの装甲車に乗せられたら最後、最早ここに戻ってくる事は無いと。


「クソッ!ナナ、逃げろっ!逃げるんだ!」

「無理言うなよひよっこハンター?どう考えても逃げ切れる訳無いってーの」

「分かっていると思うが君が逃げた場合お兄さんの安全は……」

「分かります。どうすれば良いか。どうしなければならないか……分かりますから」


今や少年には叫ぶ以外に反抗の方法が無かった。

だが兄が必死に無駄な足掻きを続ける間にも、妹はただ黙って装甲車に乗せられ、連れ去られていく。

……誰がこんな展開を想像出来るのか。勿論、少年にはそんな事を想像する余地も無い。

いや、相手に銃口を向けて倒し損なった時点でどうなるかと考えればある意味この展開は……。


「同情の余地は無い。君は自らの成した結果を知る必要がある……では、予定通りに」

「……親父!?」

「よお。馬鹿息子」


そして最初の因縁。その始まりはその最終段階を迎える。

さっと上げられた腕に呼応するかのように一人の男が少年の前に連れてこられる。

少年の父親だ。彼は後ろ手に縛られたまま息子の前に立つ。

そして、妙に透明な笑顔で息子にニヤッと笑いかけた。


「ノヴァ。なっ?ハンターなんか成るもんじゃないだろう?……今後は何処か遠くで、平凡に……」

「宜しいですね?では、時間です」


言葉が最後まで続けられる事は無かった。

後ろ手に縛られた彼の父親は、眉間に容赦なく銃口が突きつけられ、

そして……。


血飛沫が、舞った。


……。


日が暮れた。

あの後解放された村人達は、少年に文句を言う訳でもなくそそくさと家に戻っていった。

だが、その戸板は硬く閉ざされ広場で倒れる少年などまるで無いもののように扱っている。


「親父……ナナ……」


あの後、わざわざ少年を父親の亡骸まで連れて行き死亡確認までさせた敵の一団は、

仕事は終わりだといわんばかりの迅速さで集落を去っていった。

わざわざ少年に回復用ナノマシンのたっぷり詰まった回復剤を服用させてという徹底ぶりだ。

生きて後悔し続けろ……それは決して脅しでもなんでもなかったのだ。

今や村の広場には倒れたままの少年とまだ熱を持ったままの戦車の残骸以外何も無い。

いや、後は戦車砲による砲撃痕とそれによる残骸か。


「……なんか、実感沸かないな」


空に浮かぶ星空だけは子供の頃から何も変わらない。

だが、少し視線をずらすと砲撃により破壊された我が家の残骸。

そして殺された父と連れ去られた妹。

……それを思い返した瞬間、少年の心に小さな火が灯る。


「畜生……NGAの賞金首どもめ……!」


それは八つ当たりであったかもしれない。第一この様は自業自得以外の何物でもなかっただろう。

だが、その暗い炎は少年を突き動かす原動力となった。


「ぐうっ……」


まだ全身に走る痛みを押し殺し、焼け焦げたリュックに手を伸ばす。

……まだ数錠残っていた回復カプセルを残らず口に押し込み、そして無理やりに飲み込んだ。

体の奥底から湧き上がる熱。それが彼に生きているという実感を与える。


「一応、まだ五体満足。だよな?」


動きたくないと駄々をこねる足を叱咤し、未だふらつく頭に活を入れる。

そして少年は夜空を見上げ、半壊した自宅へ向かって歩き出した。


……。


思い出の我が家は天井と壁の大半を失い、

そして床も様々な物が散乱して酷い有様だった。

少年はひとまず比較的マシな部分を片付け、そのまま倒れこむ。


……日が再び昇り、人々は恐る恐る表に出てくるようになっても、

少年の家に近づく者はいないし、また少年に話しかけようというものは居なかった。

そう。当日に引き続き少年は居ないものとして扱われたのだ。

いや、これ以後も同じように扱われるか……、

もしくはそう遠くない将来この地からの退去を求められる事になるのだろう。


「……だったら、こっちから出て行ったほうが良いよな。お互いに」


昨日までと全く一緒に見えて全然違うようにも見える空をぼんやりと眺めながらノヴァはそう思う。

そして、黙々と自宅の片づけを始めた。

……場を濁すだけ濁して出て行くのもどうかと思ったのだ。

もしくは何も考えたくなかったのかも知れない。


無心になってただひたすら瓦礫とゴミを片付ける事三日。

……彼は最後にありえないものを見つけた。


「親父のタンスの中から……ゴーグルキャップ?それにBSコントローラーも」


父親の半壊したタンスからサルベージされたのはゴーグルの付いた戦車帽。

そして大破壊前に打ち上げられた衛星にアクセスする為の端末、BSコントローラー。

一言で言えばそれはハンターの象徴と必需品。

古めかしいそれは、どう考えても一介の修理工が持っている筈の無いものだった。


「そっか。親父、ハンターになるのを反対する訳だ」


そしてノヴァは気付いた。父親がハンターになるのを反対し続けた訳を。

きっと父親もこうして挫折を覚えた事があるのだ……流石にここまで酷い物ではなかったにせよ。

……多分当たらずとも遠からずだろう。

その経験が父親を息子がハンターになりたいと言った時、絶対反対という態度に固執させたのだ。

何にせよ、何を今更な話ではある。

少年は半ば無意識にそのゴーグルキャップを被り、BSコントローラーを手にした。


そして気付く。

ゴーグルに何かが挟まっているのを。


「……これは、地図?しかもこのマーク……戦車!?」


父親の戦車帽に挟まっていた古ぼけた地図。

そこにはデフォルメされた洞窟と戦車が手書きで書き足されていた。


少年の心にぞくりとした感覚が芽生える。

彼にとって父親は物心付いた時からメカニックだった。

だとしたらこの地図は下手をすると20年近くも昔のものだ。

……当然ここに書かれた場所の戦車は誰かが見つけた後だろうし、

そもそもこれが本当に戦車の在り処を書いたものだとは限らない。


「だけど……行ってみる価値はある」


第一少年には行き先はおろか最早帰る所すら無くなるのだ。

だとしたら、行くべき先が見つかった事を喜ぶべきだろう。

少年はあの激戦で辛うじて無事だったショットガンを握り締める。

……もう既に心は決まっていた。


……。


そしてそれから一数間ほど経ったある日の事。

幕ではなく頑丈な扉で外と区切られるようになった酒場の一角で、

久方ぶりに家業に復帰したある老人が愚痴をこぼしている。


「で、あの疫病神はどうなったんだい?」

「……ああ、三日ほど半壊した自宅に篭ってたが、その後ふらりと出て行ったよ」


「そうかい。奴さえ居なけりゃうちの息子や孫も死なずに……」

「いや。それは彼同様の自己正当化でしかないな」


「ひっ!?あ、貴方はこの間の!?あ、あの……一体どうかしましたか?あの馬鹿はもう村を」

「ウォルフガングだ。いやな、私とした事が命令を遵守しきれていなかったのでね」


「そ、そうでしたか……して、遣り残した事とは?」

「ふむ。……もう一人のハンターにまだ身内が残っていると聞いたのでね」


「え?」

「村長……君だよ」


……これは少年の与り知らぬ事だが、村は少年が旅立ってから数日後、謎の消滅を遂げた。

ローストエデン。失われた楽園は焼け焦げた楽園へとその姿を変えたのである。


「隊長。焼却処理が終了いたしました」

「宜しい」


腕組みをする大佐に対し、周囲を火炎放射器で焼き払っていた部下が戻ってきて報告を始めた。

仕事は迅速、かつ完璧にこなされている。

それが精鋭の精鋭たる所以なのだろう。


「それにしても、あの自業自得の少年が生き延びて村の者達が皆殺しとは、皮肉なものですね」

「命令だからな」


「思うのですがあの少年、自分が悪い事を全然気付いてないのではないですか?あれでは」

「こちらを恨むだけで……かね?」


そして話はノヴァ少年へと移る。

部下は少年に対する処置が不満だったのか眉をしかめて続ける。


「そうです。あの手の手合いはいつか正義の御旗を持って我等の前にまた立ちはだかると思うのですが」

「その時は指摘するさ……それにこんな時代だ。正しいのはある一つの要素以外有り得んよ」


その上司の言葉に部下は不敵な笑みで応じた。


「力こそ正義、ですね」

「そうだ……この荒野では強者こそが正しい。彼がそれを貫き通せたら、それはそれで正しいのだよ」


そしてまた、不敵な笑みが彼らからこぼれる。

それは十分な実力に裏打ちされた自信から来る笑みであった。


「まあ、自分達が居る限りそれは不可能でしょうがね」

「その通りだ」


そうこうしている内に、何両もの戦車達が仕事を終えて集まってくる。

大破壊以後、世界が崩壊してからこれだけの戦力が集うのは正直珍しい。

そして彼らはそれを可能にする、ある意味人類の精鋭とでも言うべき存在なのだ。

例え、それが一部の人間以外には深刻な被害を与えるものだとしても。


「……集まったな?これより我が部隊は新たに見つかったミュータントOX群生地帯へと進撃する!」

「「「「サー、イエッサー!」」」」


男は部下に対し声を張り上げ、部下も一斉に応答する事でそれに応える。


「モンスターどもに見せ付けてやれ!我等人の底力を!」

「「「「サー、イエッサー!」」」」


「では早速だがそこをうろつくバルカンチュラを掃討しつつ前進する!この程度に足を止めるなよ!」

「「「「人類に勝利あれ!」」」」


かつて集落であった廃墟を背に戦車の群れは走る。

人類に仇成す銃器を生やした巨大な蜘蛛を轢き殺しながら。


「第一陣!ガトリング砲掃射開始!」

「「「イエッサー!」」」


大破壊。そう呼ばれる大惨事の頃からこの世界にはモンスターと呼称される異形が蔓延りだした。

ただひたすらに人間を襲う、人を滅ぼす事が目的のような怪物たち。

それは時として遺伝子操作の果てに生まれた動植物であり、制御装置の狂った機械のなれの果て。

共通点はただ一つ……明確な意思を持って人類に敵対する事。


「レーダーに反応?総員!ミサイラスだ……撃たせるな。敵射程外より射撃を行う。用意、撃てッ!」

「「「ファイア!」」」


世界中を異形のモンスターがのし歩き、食料はおろか清浄な水を得る事すら困難な世界。

だが、それでも人は必死に生きていた。

……無論それは他者に害を成し、その首に賞金をかけられた者達とて例外ではないのだ。


そしてその頃。先ほど話題に出てきたとあるひよっこハンターも必死に生き抜き、

遂に巧妙に入り口の隠された小さな入り口に辿り着いた所であった……。

続く



[21215] 03
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/19 20:52
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第一章 因縁のはじまり(3)

03


満足に草すら生えない荒野のど真ん中。

大岩が一つゴロリと横たわる茶色い大地に少々色合いの異なる何かが蠢いている。

デニム地のツナギにゴーグルキャップと言ういでたちの少年が必死に岩を動かそうとしているのだ。


「ち、くしょう……足元にマンホールが見えるってのに……これじゃあ入れやしない!」


じりじりと照りつける太陽に少年は汗だくとなり、ドサリと地面に腰を下ろした。

幸いかつてのアスファルト舗装の跡があり、尻も汚れはしない。

だが、何時間格闘しても小揺るぎもしない岩の重さに少年は辟易としていた。

周囲を見渡しても色あせた巨大な看板が一つあるだけで周囲は殺風景この上ない。

近くにモンスターや野党の類が居ないのがせめてのも救いか。

とは言え、誰にと言うことは無いが文句の一つも言いたくなるのが人情だろう。


「第一おかしいんだ。何で、こんな何も無い荒野のど真ん中に大岩が一個だけ……」


ぼやきながらも少年は期待に胸が膨らんでいるのに気付いていた。

父が殺され妹が浚われたというのに不謹慎だとは思うがどうにも止められない。


大岩は随分長い間ここにあったようだ。

不審に思い地面に積もった土をほろわねばマンホールを発見する事も出来なかったろう。

そしてその事実は、もう長い間この入り口が閉ざされたままであった事を示す。

……つまり、お宝がそのまま残されている可能性が高いのだ。


「もし本当に戦車があれば、ナナを連れ戻す事も親父の仇討ちも出来る……」


とは言え、このままでは意味が無い。

少年は村を追い出されるままにここに来た。

全財産でショットガンを買ってしまったので金も無い。

親父の机から自衛用の手榴弾を見つけていたので使ってみたが、それも大して効果は無い様だった。


「けど、これじゃあどうしようもないよな……仕方ない、近くに街は?」


少年は慣れない手つきでBSコントローラーを弄りだす。

ここでのたれ死んでも仕方ないと、近くの町で補給をする事にしたのだ。

まずはバイトでも何でもやって、この岩をどかす方法を見つけねばならない。


「えーと。街の検索検索……ってどうやるんだ?えーと、ここをこうしてこうやって……あれ?」


説明書も無い電子機器を総当りで操作していると、

コントローラーから突然響き渡るエマージェンシー。

地図の現在地が×マークからドクロマークに変化し、

挙句にカウントダウンまで始まった。


「な、何だ!?壊れたのか!?そんな……ん?」


違和感を感じた少年が顔を上げると、天が眩しい。

何だ何だと思っていると、天の光が一際激しく瞬く。

続いて大岩の辺りが赤く照らし出されたと思うと、光の本流が周囲を包み込んだ!


「本当に何なんだあああああああああっ!?」


呆然とする少年。だが、光が収まってみると周囲には激しく熱せられた跡があり、

大岩が砕け、彼でも動かせるサイズに砕け散っていた。

良く分からないが、障害は取り除かれたらしい。


「な、何だかわかんないけど取り合えず……結果オーライ、なのか?熱っ!?」


棚ボタとは言えこの機会を逃すかと彼が熱せられたマンホールの蓋に苦戦している時、

腰に下げたBSコントローラーにはこんな文面が浮かんでいた。


『衛星レーザー命中確認。キラー衛星再充電開始……充電完了時刻、不明』


大破壊以前のテクノロジーは極めて高度であった。

そう、それから長い年月が過ぎても未だ稼動する攻撃衛星が残っているほどには。

満足にメンテナンスもされていない衛星が何時まで使えるかは知らないが、

恐らく彼は、そして人間は壊れるまでそれを使い続けるのだろう。

それがこの時代の人間のあり方であり、同時にそれはこの時代の人間の限界であったのだから。


……。


「うわっ……真っ暗……じゃない」


少年がマンホールを開け中に入ると、漆黒の闇の中だったマンホール内に電灯が灯った。

作業員用に対人センサーにより自動で照明のスイッチをON,OFFするシステムなのだが、

この時代に生まれた少年はそんな事を知るよしも無い。


「訳分かんないが兎に角明るいのは良い事だよな、うん」


少々不気味に思いながらも少年は地下を、かつての下水道を進んでいく。

幸い長い年月と人類の激減により、下水の汚れは無いと行っても良いレベルだった。

少なくとも飲んだりはともかく水に足を突っ込んでも汚いと思わないほどには。


「……なんだ、あれ?」


そして、暫く進んだ所でノヴァはそれを見つけた。

丁度その辺は電球が切れ掛かっていたらしく明かりが時折明滅を繰り返していて良く見えない。

だが、粘着質の何かが蠢いているように彼には見えた。


「ヘドロ?いや、それにしては動きが大きい……まさか!?」

「しゃわしゃわ……」「しゃわしゃわ」


ノヴァの上げた声に反応し、それは振り向いた。

ぬめぬめとしたゼリー状の怪物。

伸縮自在の触手により動物、そして人間をも捕食するそのモンスター。

その一つしかない眼球が、目を血走らせてこちらを睨みつけていたのだ。


「もしかして、殺人アメーバ!?」

「しゃわしゃわ」


その軟体生物を人は殺人アメーバ、と呼ぶ。

それは人類がかつて作り出した遺伝子工学の結晶……そしてその負の面の体現者の一つ。

食用として作られたらしいが今では人類に牙を剥く捕食者でもある。


「くっ!……倒れろッ!」

「しゃわっ!?」


普通ならパニックになるところだが、そこそこ距離が離れていた事が少年に幸いした。

慌てて構えられたショットガンから放たれる散弾が、何かにたかっていたアメーバ達を吹き飛ばす。

その攻撃に構成物質の何割かを失ったアメーバは驚き、騒ぎ立て、そして下水の先へと逃げ出して行く。

そしてその場にはアメーバにたかられていた何かと飛び散った構成物質の欠片だけが残された。


「……驚いた……生きてるアメーバ見るのなんか初めてだ。数がいたら本当に人でも殺せそうだな」


少年にとって殺人アメーバとは最も一般的な食品の名前でしかなかった。

例えば読者諸兄の社会において豚肉とはスーパーでパック詰めにされているものが大半であり、

豚の飼育や食肉加工の工程を知る者はそう多くあるまい。

彼は己が良く食していたものがどういう存在であるのか今身を持っている事となったのである。


「ええと……まあ、何処かの酒場に持っていけば売れる、よな?」


動き出さないか心配だったが少年はこれも何かの役に立つだろうとぬめぬめした細胞片を袋に詰める。

そして、先ほどのアメーバたちが何にたかっていたのかと目を向けて、驚きの声を上げた。


「犬ぅ?」

「……くぅぅぅぅん」


己の血で毛皮が赤く染まっていたが、それは間違いなく白い毛皮の犬だった。

背中に壊れたバズーカを背負っている所を見るとバズーカドーベルだろうか?

いや、バズーカドーベルなら犬種はドーベルマンのはず。

それはいわゆる柴犬系の雑種のようだ。

どういう訳かは知らないが、腹を空かせ武器を失ってアメーバの餌になりかけていたらしい。


「アバラが浮きでてら……腹を空かせて迷い込んだのか?自分が餌にされてちゃ世話無いぞ?」

「……くぅぅぅぅん」


少年は周囲を見回し壊れた木箱を見つけると火炎瓶の栓を抜き、

先ほど手に入れたぬめぬめ細胞を軽くあぶった。

そして、回復カプセルと一緒にして犬に与える。


「俺自身の分も足りないってのに何やってるんだろ。でも伝説のハンターは犬連れてたって言うしな」

「キャン!」


傷が塞がって元気を取り戻したらしい犬は固定用ハーネスを食いちぎって壊れたバズーカを捨て、

身軽になってその場で軽く跳ねた。


「よしよし、この恩は一緒に戦って返してくれよ。俺、ハンターだし……って分からないよな」

「くぅん!?」


ノヴァの言葉を理解したのかしていないのか。

犬は軽く吼えると少し走り、そして立ち止まった。


「……もしかして、何かあるのかこの先に?」

「わん!」


吼えた犬に何かを見出したのか少年は犬の後を付いて行く。

時折アメーバが襲い掛かり触手でこちらに襲い掛かるがショットガンで吹き飛ばされたり、

元気になった犬の牙にかかったりして追い散らされていく。


「わふ!」

「……お、何か今までとは違うな」


そして子一時間すると下水が終わった。そこから先は異様に真っ直ぐな通路だ。

他の部分とは壁や床の材質からして違っているように見える。

何かの秘密の施設のようだ。


「さて、何が出るのか……ってもしかして例の戦車か?これは、まさか……」

「わふ!」


ノヴァが歩いて行くと犬が立ち止まった。

どういう訳かある所から先には決して行こうとしない。

そして突然吠え出したが何故なのか分からず、少年は気にせず先に進もうとする。


「わ、わん!わん!」

「……どうした?連れてきたのはお前だろ?」


犬は突然少年のツナギを噛むと、そのまま後ろに引っ張ろうとする。

……少年は気付かなかった。その先に何があるのかを。

少年は気付かねばならなかった。なぜこの犬が満身創痍で倒れていたのかを。


『警告、警告!当施設は一般立ち入り禁止です。関係者以外は直ちにお引き返し下さい』

「なんだ!?」

「きゃん!きゃん!」


突然、大音響の電子音が周囲に響き渡った。

セキュリティ警告など聞いたことの無いノヴァがきょろきょろと周囲を見回す間にも、

状況は更に変化していく。


『警告に従わない場合、排除されます。なお、これは対NO,A措置法に基づく緊急措置として……』

「な、なんだか物々しい雰囲気だな……何なんだこれ?」

「きゃいいいいいん!?」


少年は何も知らず、少し不安げに先に進んでいく。

犬は困り果てていた。最初は直前で立ち止まらせこの先の脅威を教えるつもりだったのだ。

だが少年は先に進み、あまつさえ警告をも無視している。


……犬は無知を甘く見ていた。


この犬は戦闘用に知能強化されたバイオドックの末裔で実戦経験も豊富だったが、

ここまで無防備に警戒態勢の中を進んでいける人間など見た事が無かったのだ。

個人的理由で少年を見捨てる訳にも行かないとは言えこの先のセキュリティは強力無比だ。

一部を破壊しても暫くすると修理が終わってしまう。


『最終警告。部外者は退去されたし。部外者は退去されたし。さもなくば、排除する!』

「何か生えてきたーーーーっ!?」

「きゃいいいいいいいん!?」


だが、本能には逆らえなかった。

壁から、天井から監視カメラや機銃がせり上がり、蛇のようなレーザー砲がその鎌首を上げる。

前進を拒むように武装した分厚い壁が降りてくる。

その光景に先日見た痛い目とその後アメーバに食われかかったという恐怖が犬を包み、

全身の毛皮を逆立てる。


「きゃあいいいいいいいいいん!」

「おい!?何処に行くんだ!?」


そして気が付けば、犬は本能の赴くまま元の道をひた走り続けていた。

……少年を置いていく事への罪悪感と、普段ならこんな無様はしないのにと言う悔恨を胸に。

だが、それでも全身を蝕む恐怖とそれによる本能的な逃げはどうしようもなかったが。


……。


『部外者の退去を確認。警戒レベルを引き下げます。職員のDNA確認……ようこそMr,ハウンド』

「な、なんだったんだ!?」


だが、少年は驚いて尻餅をつきながら呆然と座っていただけで危機を脱していた。

犬が視界から消えた頃、どう言う訳かセキュリティが警戒を解除したのだ。

前方を塞いでいた壁も何事も無かったかのように天井へと吸い込まれていく。


「……消えた」


そして、その場には少年一人だけが残された。

呆然としながら少年は脳細胞をフル回転させる。

今まで無いほどに考え抜いた少年の頭の中で電撃が走り、そして気付いた。


「MR,ハウンドって……親父のか!?じゃあ、俺は親父と勘違いされた……?」


でも何故かと考え、少年は父親の形見の帽子のお陰だと判断した。

実際はDNA鑑定なのでそれはありえないが彼は喧嘩ばかりしていた父親に感謝する。

兎も角さっきの警告は、要するに部外者と認識された犬だけの話で、

彼女は少年を引きとめようと警戒範囲に引っかかってしまったという話なのだが……。


まあどうであれ少年の前には道が現れた。

気を取り直した少年は後ろを振り向き、犬の気配が無い事に気付くと軽く溜息をついて立ち上がる。


「……探すのは奥を見て来てからでも良いか」


そして、通路の奥にある扉を潜るのであった。

余談だが幾ら親子とは言え別人と間違えるほど精度の低いセキュリティ?

もしそうならよく今までやってこれたものだと思うが……まあ、今回に関しては結果オーライである。


ともかく少年は何年も人が入る事の無かったその施設に足を踏み入れた。

……そこは曲がりくねった通路。

侵入者を徹底的に拒むようなその複雑な迷路を半日かけて抜け、

もう一つ下の階層に入り込む。

そこには……。



「うおおおおおおおおおっ!戦車だ!戦車がある!」



まごう事無き"戦車"がそこにはあった。

しかも、時間こそ経っているもののその戦車には"誰かが使用した跡が無い"。

つまり……それは間違い無く"新品"であった。

周囲では使われる予定も無いクレーンや大型ジャッキ等の作業機器が自動機械に整備されている。

そして無造作に置かれたネジの山や転がる工具、貼り付けられた何枚もの設計図から察するに、

ここは研究施設、もしくは試作工房だったのだろう。


……だが、少年にとってそれはどうでも良い事だった。


「おお、おおおおおっ!戦車だ、俺の戦車だ!俺の!俺のオオオオおっ!」


はしゃぎ回りながら彼は周囲を物色する。

戦車の起動用キーを捜すと共に、何か使えるものは無いかと思ったのだ。

残念な事に備蓄されていたであろう物資は殆ど誰かに持ち出されていたが。


「……っても親父以外にありえないよな。まあ、コイツを残してくれただけありがたいか」


少年はコツコツと戦車の装甲を叩く。

……戦車としては小さいそれはだが見た目よりはずっと強固に出来ているようだった。


「さて、ん?コンピュータ……まだ生きてる?これは覗くしかない!」


探し回った結果、鍵は責任者の部屋らしき場所で見つかった。

そして未だに空調の利いた仮眠室と思われる部屋にはまだ動く一台のコンピュータがあったのだ。

少年は早速それを起動させ、関連するであろう項目を探す。


「ん?セキュリティの設定項目……あ、親父の名前が無理やり登録してある……」


そして一番先に見つけたのは他ならぬ彼が襲われなかった理由であった。

職員一覧の最後に父の名が登録されている。しかも不正規なせいか欄外にだ。

……少年はその昔の父の事を思いつつ、自身の名前を所長の欄に上書きした。


『登録します、DNA採取のため採血を行いますので暫くお待ち下さい』

「……痛っ?でもないか」


すると、突然アナウンスが始まり、

通風孔から現れた小型の機械製の蚊が彼の首筋に小さな針を打ち、数秒後にまた飛んで行った。

……どうやらアレで採血を行ったらしい。


『再登録完了、ようこそ所長』

「所長か。うん、えらそうで良い感じだな!」


そして一気に開示される情報のレベルが上がったのを良いことに、関係しそうな情報を読み漁る。


「ええと、試作戦車の写真?……あ、あれだな!」


探していた情報はすぐに見つかった。

先ほど見つけた戦車の写真がデカデカと貼り付けられて居たのだから当然だ。


「ここは……ぶらどこんぐろまりっと?の第二試作戦車工房……機密レベルB、か」


恐らく外部向けの宣伝用らしい作りかけのウェブサイトに、その戦車の詳細が載っていた。

過度に装飾された文言が並ぶが、要約するとこうなる。


ブラドコングロマリット製試作軽戦車"ヘルハウンド"……それがあの戦車の名前。

極めて評価の高かった中戦車ウルフをベースに小型化とコスト削減を狙ったものらしい。


『反政府組織でも容易く扱える主力戦車、これで暴徒の皆さんも安心!空の敵にも対応します!』


をキャッチコピーに試作が進んでいたらしいが、どうやら計画自体が凍結されたようだ。

そして解体を待つ身の上だったが大破壊が起き、そのまま施設ごと放置されたらしい。

もし完成していればモスキートの重量にウルフの装甲を持つ優良戦車になる筈だったとの事。

戦車砲は対空仕様だが機銃二丁と特殊兵装(S-E)二機を搭載可能で、

同系兵装同時射撃を標準装備……と、良く分からないがともかく凄そうな代物だ。

だが、現実には"大破壊前に"計画凍結された。

つまりそれはその戦車に何らかの致命的な欠陥があったと言う事に他ならない。


「……貧乏してた親父が持ち出して売りもしなかったって事は相当酷いって事か?」


だが少年には他の選択肢が殆ど無い。どんな欠陥があろうが知ってさえいればどうにか。

そう考え、今度は内部向け……要は表に出せない情報を開き始める。

幸いにも所長と言うこの時代では意味の無い肩書きのお陰で、

何重にもプロテクトされたファイルがあっさりと開いていく。


かなり長い文面だがその中にはこんな事が書いてあった。


―――ヘルハウンドはブラドコングロマリット始まって以来の失敗作と言って良いだろう。

全てが高レベルで纏まったウルフをベースにした、それはいい。

だが同時進行で進められたガルム計画の主目的……超重戦車ガルムと違い、

軽戦車ゆえシャシーの小さくその内包するスペースは有限。

計画者たちはそれを分かっていなかったのだ!


結論から言おう。ヘルハウンドは計画凍結すべきだ。

戦車の命である主砲を対空砲とし主要火力を副砲やS-Eに任せるなど正気の沙汰ではない。

貧者の為の戦車と銘打ちながら、その弾薬費が極めて高騰するのが目に見えているではないか。


その対空砲も制式装備が20㎜だと?それじゃあアホウドリも満足に落とせん。無意味だ。

最大88mmを装備できると言ってもそもそもあの戦車の砲塔は対空戦闘には向いていない。

銃身が真上を向けるから良しなど何も分かっていない机上の空論だ。当たらねば無意味ではないか。


そして問題のS-Eだが要求どおり二基搭載出来るように設計はした。

だが、制式装備のチヨノフ型エンジンの出力ではまともな物が積めるとはとても思えん。

ツインターボ化したと仮定しても、満足な火力は得られないだろう。

しかも上位のエンジンに乗せ換えた場合は折角の低コストの強みが無くなると言うジレンマだ。


結論から言うとこの車を有効活用するには二門ある機銃に良いものを積む事だ。

強大な敵には全く刃が立たんだろうが掃除屋としては出番がある。


……だと言うのに何故上層部は7.7mm機銃二丁等と言う阿呆な決定を下したのか理解できない。

折角完成した機銃同期射撃攻撃……バルカンラッシュ・システムを飾りにする気か?

特殊兵装一斉射撃、ミサイルラッシュは前述の理由により役に立たないと断言させてもらう。

そうでもせねば装甲タイルが貼れない等と言うのは甘えだ。

S-E搭載能力を捨ててでも20mmオーバーのバルカン砲二門でも搭載するべきだったのだ。


何にせよ、我々はこの異端児を見捨てる決定を下した。

幸い向こうは人が幾ら居ても足りないとの事なのでガルム主計画に移籍させてもらう。


所長……もし、我々に残って欲しいと望むならCユニットから余計な機能を取り外してくれ。

全門発射を含めた三種類の一斉攻撃プログラムを初めとした複雑な仕様に圧迫され、

それが最後の、そして最も致命的な欠陥となったのは貴方も知っての通り。

車体に合わせるため取り外しも利かなくなった大型Cユニットなど害悪以外の何者でもない。

最小構成による最大火力などと言う夢物語は捨て、現実を見て欲しい。


貴方の賢明な判断を期待する。

ガルム副計画開発主任より。


……。


長々と続いた長文だが、要するに火力偏重が過ぎてまともな火器が載せられなくなったと言う事だ。

そしてそれを同期させるため専用プログラムが必要で、Cユニットの取替え……アップグレードが不可。

要らない火器は装備しないと言う選択もあるがその場合折角のハードポイントが無駄になる。

挙句に主砲の火力が劣悪と来たものだ。

そんな状況ゆえ最後には研究者達に見放される事となったらしい。


「……まあ、贅沢は言ってられないよな……考えてみれば主砲が細かったかも、だけど」


電源を落として立ち上がり、再び戦車の前へ。

期せずして父と同じハウンドの名を持つそのクルマは、誰に乗られることも無く幾つもの年月を越え、

そして、遂に主を得たのだ。


「……よっと。狭いな……まあ完全に一人用だし当たり前か」


砲塔上部のハッチを開き車体内部に入る。

主電源が入りエンジンに火が入る。それも恐らく試験以外では初めて。


「レンタルタンクで鍛えた俺の操作テクを……ってあれ?操縦系が無い……まあいい。先に装備確認を」


妙に項目の足りない特注のCユニットをポンポンポン、と操作していくと、

現在装備中の武装一覧がズラリと画面に並ぶ。


「20mm対空機関砲……ああ、話にあった奴か。機銃は7.7mmがニ丁と……S-Eは……あれ?」


主砲、20mm対空砲一門。副砲7.7mm機銃二門、と装備された武装が次々と表示されていく。

続いてエンジンにチヨノフ、Cユニットに特注品名称無しの文字が。

最後に最上段にシャシータイプ、ヘルハウンド試作型の文字が浮かんだ。

だが、このクルマの火力の要であるS-Eの表示が無い。

おかしいと思い設定を弄ってみると、


「ダミー、だって?」


装備品にダミーの文字が。驚いて上部ハッチから身を乗り出すと、

車体後部に設けられた特殊兵装用マウントに設置されているのは張りぼてのミサイルランチャーと、

穴埋め用の蓋だった。


「……用意できなかったのか。ミサイル一つも」


それとも片方には元々は何かが装備されていて父親がここに来た時持ち出したのか……。

兎も角現状のヘルハウンドは、戦車と呼ぶのもおこがましいみじめな状態だった。

これでは地獄の番犬どころかみすぼらしい子犬だ。

まあ、別のハンターに見つかって放置されるような戦車なのだからそれも仕方あるまい。


「ともかくようやくスタートラインに立った……で、どうやって動かすんだ?まさかマニュアル?」


何にせよ、ようやく手に入れた自分の戦車だ。

その力を試したいとあちこち触ってみるがどうしても駆動系の制御システムが見当たらない。


「まさか本当に攻撃以外をオミットしてあるとか?いや、この大きさでそれは無いよな……」


戦車での機動戦においてCユニットは画期的な発明だったそうだ。

本来操縦、攻撃を一度に行うのは困難だ。

それを機械に一部肩代わりさせる事によって操縦者単独での戦闘が可能になったのだ。


「一人じゃどっちかしか出来ないぞ。軽戦車の癖に足を止めて撃ち合えとか?無い、無いよな?」


本戦車はどう見ても二人乗りは出来ない。

操縦者の他に貨物スペースはあるがそこから操縦の手伝いは不可能だ。


「……え?まさか本当に……それが致命的な欠陥かよ!?」


ノヴァは目の前が真っ暗になった。

ただでさえ無理を通さねば妹一人助け出す事も出来ないのにこのハンデは絶望的だ。

通常のモンスターハントも満足に出来るかわからない。


「……どうしろって言うんだ。こんなの、売っても二束三文に買い叩かれる……ん?」


その時、少年の顔に父の形見のゴーグルがずり落ちてきた。

するとまるでそれを待っていたかのように虚空に様々な画面が浮き上がる。


「え?ホログラフ?これは一体……まさか!」


どうすれば良いか判らずオロオロしていると脳裏に操作方法が次々と浮かびあがる。

少し面食らいながらも操縦桿に手を置くとバチバチとCユニットの画面に軽くノイズが走り、

次の瞬間には今までとはまるで違う画面が映っていた。


「あ、必要な全システムが揃ってる……どうなってんだ?まあ良いけど」


しかも、Cユニットの命中補正値も5%だったのが15%に向上している。

……怪奇現象ではある。だがそんな事はどうでもよかった。少なくとも少年としては。


「よぉし。ヘルハウンド……出発だ!」

『試作戦車起動。ゲートオープン・ゲートオープン』


工房全面の分厚いシャッターが音を立てて開く。

その先には広い駐車場が広がっていた。


「とは言え、あるのは精々自転車くらいか……」


まさしく見捨てられた場所に相応しい寂しさだ。本来数十台は止まれる場所はもぬけの殻。

そんな寒々しいほどに広い駐車場を進むとクルマごと乗れるサイズの大型エレベータを発見した。

それに乗り、上階へ向かう。

到着すると着いた先……そこもまた駐車場だ。正確に言うと何処かのビルの地下駐車場だった。

恐らくビルの方はすでに倒壊しているだろうが……。


「あれ?消えた……いや、隠れたのか」


エレベータからヘルハウンドが降りると、ご丁寧に壁が動きエレベータを隠すと言う徹底振りだ。

こうまでして秘密を守って出来た物が欠陥品とは恐れ入るが、それもまたどうでも良い。

周囲の様子が駐車場らしからぬ様相を見せて居たのだ。


「……ここ、昔人間が篭ってたみたいだな。何か即席の陣地っぽくなってる」


かつての大破壊時、人類の生き残りがこの地下駐車場に立て篭もったのだろう。

既に鉄くずと化してはいたが、かつて戦車であったろう残骸がバリケードを形成していた。

そして、その奥で何人もの遺体が折り重なるように倒れている。


「バリケードが抜かれた様子も無いのにどうして……あ」


人々が殺到していたのは水のタンクだ。

すっかり空になっているその蛇口に手をかけたまま死んでいるのは軍人らしき遺体。

そして周囲の人々の服装は経年劣化だけでは片付けられないほつれや穴が。


「……弾薬より先に水や食料が無くなったのか……ごくり」


と、彼はここで気付いた。

弾薬が尽きる前に、と言う事は武器があるのではないかと。

幸いここは誰にも発見されていないようだ。役立つものがあるかもしれない。


「よし……何をするにも金がかかるし奴等に対抗するには力が必要だ……漁って行こう」


空になっていた食料庫らしい大型の木箱に人々の骨を片付け、少年は周囲を漁り始めた。

程なくして予備と書かれた箱の中に、彼は目当ての物を発見する。


「未使用の火炎放射器……しかも車載用だ!こっちは装備できないけど主砲か?……凄いぞ!お宝だ!」


少年は未だ少年のまま。大事な事に気付かない。

何故これだけの武器がある場所が誰にも気付かれていなかったのか?

それには大抵何かの理由があるのだと。


めちゃ……ぬちゃ……。


擬音化するとそんな風に聞こえる不気味な音が何処かから響いてきた。

入り口付近を占拠するその不気味な何かにノヴァが気付くのは、それから暫くしてから。

見つけた装備を嬉々としてクルマに取り付け、

転がっていたパック詰めの装甲タイルをシャシーに貼り付け終わった時の事であった。

続く



[21215] 04
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/24 00:04
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第一章 因縁のはじまり(4)

04


幸運にも戦車装備を手に入れ装備更新を行った軽戦車ヘルハウンド。

ひよっこハンターノヴァは装備更新を車内で確認するとゆっくりと車を走らせはじめた。


「……トランクも拾った装備で一杯だ。破損してるのも多いから売る前に一度直して、ん?」


そして気付く。

前方……地上に向かうスロープはおろか自身の視界をも遮る巨大な物体を。

ぶよぶよしたそれがぬめぬめ細胞……即ち殺人アメーバのものであることには流石に一発で気付く。

だが、それは一つだけおかしかった。そう、


「何このでかいの!?」


それは、やたら巨大だったのだ。


「何だよコイツ……そうだ、そう言えば酒場のポスターで見た事あるぞ!?」


ノヴァは少し前、酒場で賞金首のポスターを見た時の事を思い出していた。

場所は比較的手近で戦車まで付いて来るセーゴの方に気を取られていたが、

実はもう一枚、賞金首のポスターが貼られていたのだ。


「超アメーバ……って言ったっけ?殺人アメーバの親玉だって話だけど……でか過ぎやしないか?」


賞金首、超アメーバ。

鮮やかなピンク色をした超巨体の殺人アメーバである。

どれだけでかいのか誰も知らないほどのその巨体はまさに脅威。

だが特に何もしないし、人里離れた崩れかけの廃ビル郡に生息していて人間が寄り付く要素も無い。

ただ昔ここに迷い込んだハンターが居て、食い殺されたと言う例があるらしく、

殺されたハンターの相棒が僅かばかりの財産から賞金をかけた、と言う経緯がある。


つまりここはその廃ビル郡の地下と言う訳だ。

その特徴はと言うと……、


「デカイ、強い、鈍い……だっけ?けど、問題はそれじゃないよな」


ぶよぶよした巨体は小型の機銃弾など物ともしない。

耐久力も要塞級と称される……くせに賞金額はたったの500G。

世界一割に合わない賞金首とも言われているそうだ。

それもこれも危険性が無い上、最初に殺されたハンターが伝説級のツワモノだった事が問題なのだ。

その後名を上げようと何名ものハンターが現れ、そして返り討ちにあった。

無論、自業自得ゆえ誰も賞金の上乗せをしようともせず、

遂に関わるだけ損だ。と言う評価を得るに至ったのである。

故にこの廃ビル郡には今や誰も近寄るものが居ない。


お宝がそのまま残っていたのもそのお陰だろう。

どんな宝も持ち出せねば意味が無いのだ。

彼の父がこの車を置いて行ったのも欠陥車だからと言うだけでは無かったのかも知れない。


……だが、ノヴァはこれを何とかせねば表に出られない。

例の下水道から遡ると言う策はあるが、それは戦車を諦めると言う事と同義だ。

ただ幸いな事に、彼には一つだけ幸運が舞い降りていた。


「……この火炎放射器が命綱だよな……」


彼の軟体の持つ最大の弱点が火であることはポスターにも書かれていた。

そして今彼の戦車には先ほど搭載した火炎放射器。

つまり、有効的な武装が偶然とは言え存在する。


「問題は火炎放射器の燃料が尽きる前に倒せる、もしくは脱出路を確保できるか、か」


何にせよ、幾つもの偶然に生かされ彼はここに居る。

それぐらいの自覚はあった。

暫く前にトレーダーの護衛で流れのハンターが村に来た際、

酔った勢いで始めた自慢話の中で、

戦車を手に入れる際は、最初の一台が大問題だと言っていた。


戦車一台保有するだけで世界が変わる。

と、そのハンターは言っていたがそれは紛れも無い事実。

戦闘力も移動範囲も生身とでは比べ物にならないし、

新たに見つかるクルマは大抵自走不可能で、

それを己の物にするにはまず修理工場まで運ばねばならないのだが、

自分の車が他にあれば何の問題も無い。極普通に牽引すればそれで良いのだから。

ところが他人の力を当てにした途端にぼったくりや送り狼、

そんな禄でもない話に派生する事が多いのだと言う。

当然だ。クルマは荒れ果てた世界で最も判りやすい力、そして財産でもある。

温厚な人物がこればかりは豹変すると言う話もあるほどにその価値は高い。

レンタルタンクを使えと言う意見もあるが、嬉々としてクルマを借りに来る輩が居ると、

大抵の場合禄でもない誰かが後ろをつけてくると言う。

……当然ながら危険度は跳ね上がる。

つまり、二台目以降を手に入れるのと一台目を手に入れるのではその難易度がまるで違うのだ。


「折角動くクルマを手に入れたんだ……ナナを一日も早く救い出すためにも!」


故に少年はこの機会を逃す訳には行かなかった。

既に千載一遇の機会を逃し、そのしっぺ返しを食らったばかりだ。

幾らなんでも三度目の奇跡は起きまい。今ある機会を最大限に生かす必要があるのだ。


……ノヴァは意を決すると静かにクルマを前進させ始めた。


……。


キャタピラを唸らせ戦車が走る。

段々と速度を上げるそれを発見し、通路を埋める巨大な軟体がウネウネと触手を伸ばしてきた。

だが、流石にそれは想定の範囲内。

操縦をコンピュータに任せ、ノヴァは攻撃を開始した。


「まずはこれだ……7.7㎜機銃、発射!」


迫る触手に対し、砲塔上部に据えつけられた機銃が唸りを上げた。

本体に撃ち込んでも何の意味も無いだろうが触手は別だ。

数は多いが他のアメーバ達となんら変わりの無い触手は次々と撃ち落され、

バラバラの細胞片となって散らばっていく。


「しゃわっ?」

「……出たな目玉っ!」


触手の異常に気付いたのかぬめぬめとした体細胞より目玉が露出した。

普通のハンターなら、そして普通の殺人アメーバなら特に気にするべきではない要素だ。

だが、相手は幾多のハンターを返り討ちにしてきた賞金首。

脆そうな部分は重点的に攻めるべきだと半ば野性の本能じみた勘に従い、

先ほど装備したばかりの火炎放射器を稼動させる!


「し、しゃわしゃわしゃわっ!?」

「よし!怯んでる怯んでる!……引いた?逃げたのか……まあいい、何にせよチャンスだ!」


人間装備ではこうは行かない濃密な炎に怯んだか、

通路を埋め尽くしていた軟体が波が引くかのように下がっていく。

……進路は開かれた。

ノヴァは車を全速前進させ、通路をひた走る。


「しゃわしゃわしゃわしゃわ……」

「……お、追ってきたぁっ!?」


暫く通路を進むとスロープが見え、そしてその先に太陽の光が差し込んでいることに気付く。

……出口だ。

少しばかり車体が浮き上がるほどに加速しつつ、全速力で出口に向かう。

だが気が付けば横の通路からも敵の軟体が波のように迫って来ていた。


「ど、どんだけでかいんだコイツ!?」


ともかく前以外の全てを囲まれ、彼は追われる様に太陽の下へ躍り出た。

……そして彼なりに理解する。

名うてのハンター達が次々とやられていった理由を。


「なんだこれえええええっ!?」


まさしく超アメーバ。それは廃墟全域を覆う軟体。

何処と無く甘い匂いを漂わせたそれは、廃屋の窓、廃ビルの入り口や屋上、

そのありとあらゆる場所にそのピンクの軟体を覗かせている。

まるでこの廃ビル郡全てがその巨体に飲み込まれているかのようだ。


「ああ、こりゃ無理だ……勝てるわけが無い、いや、どうやったらこんなにでかくなるんだよ……」


下手をしたら地図上に地名として載れそうな勢いだ。

……街の連中はこの事実を知っているのだろうか?

ここまで育たれると一気に賞金が跳ね上がりそうなものだが……。

とは言え、それについては今は関係ない。

ノヴァは……ヘルハウンドは気が付くと四方をピンクのぬめぬめとした壁に囲まれていた。

要するに半ば敵の体内に取り込まれたようなものだ。

壁が四方から迫る。はっきり言って、迷っている余地は無かった。


「か、火炎放射開始っ!」


半ば本能的に危険を感じ、とりあえず一番この廃墟の端に近い方向に火炎を放射しながら走行。


「……別に勝つ必要は無いんだ。まずはここから逃げ出す事を!」


だがそれで逃げ切れるのならここに挑んできた連中は少なくとも生きて帰る事は出来た筈。

それが彼の心に一抹の不安を抱かせた。

……そしてそれは極めて分かりやすい形で現れる。


「み、道が無い!?袋小路だって!?」


走り続け、辿り着いたのは断崖絶壁。

走り続けこの先を曲がれば出口だ、と思ったところでとんでもないどんでん返しだ。

崖の前には骸骨が数体その屍を晒している。

つまりこれは……。


「誘い込まれたって言うのか!?」


アメーバ如きにそんな知恵があるのかよ?とノヴァは驚くが、それを言っても始まらないのだ。

実際の所、このアメーバは一度それで上手く行ったので、

ただ同じ事を繰り返しているだけなのだが少年はそれを知るよしも無い。


だが何にせよこのままでは四方を囲まれやられるだけだと意を決し、

三度火炎放射器を稼動させようとして、少年は気付いた。


「……燃料が、もう無い」


地下からの脱出よりここまでの道中で火炎放射器の燃料はその大半を失っていた。

敵がそれを狙っていたのかは分からない。ただの偶然かもしれない。

だが、このままでは敵に対抗する手段を失うのは必死だ。

7.7mm機銃や20mm対空砲では迫る敵細胞を撃退出来ても、

厚く堆積した細胞の壁を後退させるには至らない。

そうこうしている内に全方位から圧殺されるのが落ちだ。

無論厚さ数十メートルの細胞に取り込まれ身動き出来なくなったら終わりなのは言うまでもない。


「後何秒放射していられる?……三分くらい?それでこの包囲から抜け出せるのか!?」


だらりと脂汗か冷や汗かも分からない嫌な汗が少年の背筋を伝う。

最早地下の別ルートで逃げる事も出来ない。クルマに拘ったが故に退路はもう無いのだ。

まだ牙はある。だが、この桃色の地獄から抜け出せるルートが判らない以上それも意味が……!


「HAーHAーHAーHA!」

「何だ!?」


その時だ。近くのビルの屋上から何かがこちらに降ってきた。

恐るべき事に地上十数階という高所から飛び降りても何とも無いようにそれはこちらに歩み寄り、

足を引きずりながらおもむろに砲塔の上によじ登ったのである。


そして、続いてホースのような物を取り出したかと思うと、

背中に背負ったガスボンベのような物から超高密度の火炎を放射し始めたのだ!


「よう!流石のミーも危ない所だったよHAHAHA!」

「え?いや、むしろ助かったのはこっちのような……」


「おいおいおい!そんな事より走りな!?こっちの燃料も残りがやばいんだ。分かるだろヒャッホー!」

「え?あ。は……はい!」


ともかく良く分からないがチャンスなのは確かだ。

少年はとりあえず自身のクルマからも火炎放射を開始しつつ、袋小路からの脱出を試みる。

一気に倍増した火線に慄いたのか、ピンクの肉壁は一気にその姿を消していく。

そして敵が消えた事で生まれた道を戦車はキャタピラを唸らせ突撃した!


「あ、あの……ここから出るにはどうすれば良いか分かります!?」

「何ぃ?お前ミーを助けに来ておきながらそれは……ってうちの連中じゃないのかい!?こりゃ失礼!」


走りながらノヴァは上部ハッチを開け上の男に声をかけた。

この人なら何か知っているかもと期待を込めて。

するとどうやら仲間の救援を待っていたらしいその男は、

かけていたサングラスを押し上げるとぐっと指を突き出して言った。


「OK向こうだぜ少年。何にせよ助かったなぁ……こっちは足の骨が折れてるんでな。HAHAHA!」

「あっち?あっちが出口なのか!?」


「出口って言うかどっちかって言うと入り口だけどな!少年も腕試しに来た口かい?」

「ええと。むしろ迷い込んだって言うか……」


その答えに何が可笑しいのかその男はHAHAHAと笑った。


「もしやお前ひよっこかな?ハンターならこう言う時は出来る限り強がるもんだよ?HAHAHA!」

「ぐっ……ヒヨッコで悪かったな!」


そしてポリポリとモヒカン頭をかくと、自分の構えていたホースを覗き込みながら喋り続ける。


「いやスマン。ミーにもこういう頃があったと思ってねぇ……さて、まだ家の弟分どもは来ないかな?」

「そうだ!燃料、間に合うか?俺のほう、後一分もしたら燃料切れなんだけど」


軟体が占拠しているせいか何処か濡れそぼった地面の上を戦車はひた走っていた。

時折路地裏などから覆いかぶさろうとするアメーバを必死に迎撃しつつ先に進んでいるが、

果たして制限時間以内にこの廃ビル郡の入り口まで辿り着けるかは未知数だ。


「HAHAHA……ミーはもうガス欠よ。しかし主砲も副砲も貧相な。少年、良く生き延びてるね?」

「好きでこんな装備な訳じゃないっ!……くそっ、ここまで来ておいて!」


苦し紛れに怪しげな場所に機銃を撃ち込み、

前方にも牽制するかのように主砲を撃ち込んでみるが、

正直な所貧相さを助長するだけだった。

長年放置されていたせいか元の火力がこうなのか、

アスファルトを軽く削るくらいしか出来ない主砲に上の男も呆れ顔だ。


「なあ……お前、手榴弾か何か持ってないか?ミーはもうすっからかんでなぁ……HAHAHA……」

「えーと。ああ、駄目だ……さっき手に入れた火炎瓶が一本しかない!」


操縦しながら荷物を漁るが出てきたのはそれだけ。

まあ、彼の現状からして何か一つ見つかっただけでも奇跡だった。

とは言え、火炎瓶一つで何が出来るというのか……。

少年は歯を食いしばる。


「いや、悪く無い。悪く無いよ?……それ、貰っておくね?……炎だヒャッホーイ!」

「何この人……怖いんだけど」


だが何か考えがあるのか上のハッチから手を伸ばした男はその火炎瓶を持ち、にっと笑う。

次にハッチを閉めると戦車の砲塔の上に仁王立ちになった。

そして取り出したチェーンで自分を砲塔にくくり付けると火炎瓶に火をつけ……。


「燃えるぜ燃えるぜ!アジャヂャヂャヂャ!?」

「自分を燃やしたーーーーーーっ!?」


己にその炎を引火させ、クルマまで辿り着いたアメーバに抱きついたのだ!

自分に飛びつく炎に驚いたのかアメーバの体が一気に引き下がっていく。

そして地面に放り出された男はその後何事も無かったようにチェーンを伝ってまた車に登って来た。

……炎に巻かれたまま。


「だ、大丈夫なのかよ……」

「かすり傷だねHAーっHAっHA!」


パリンと装甲タイルが割れる音がする。

何だかんだでとんでもない高熱なのにも拘らず、男は燃えたまま砲塔の上で仁王立ちを続けていた。


「しゃ、しゃわしゃわ……」

「近づいて来なくなった、のか?」

「HAHAHA!ミーに恐れをなしたようだね!」


その勇姿、と言うか異様な姿に恐れをなしたかそれから暫くの間アメーバの動きが鈍る。

二人はその隙に廃ビル郡から逃げ出す事に成功したのであった。

そして……男の体から火が消える頃、ピンクの肉壁が一気に遠くへ引いていった。


「どうやら、アイツの縄張りからは逃れたみたいだな!HAHAHA!」

「た、助かった……」


こうしてノヴァにとって始めてのモンスターとの戦いは終わったのであった。

賞金首を倒す事こそ出来なかったが生き延び、新たな力を得た。

それは彼のこれからの人生にとって大きな財産になるに違いなかった。


ハッチが再び開き、上から手がぐいと伸ばされた。

ノヴァは自動操縦をセットすると片手を伸ばしその手を握り返す。

走行中の戦車で硬い握手が交わされたのである。


「じゃ、悪いけど近くのキャンプまで連れて行ってくれないかな?ミーの仲間がそこに居るから」

「分かった。あんたのお陰で助かったしな……俺は、ノヴァ。駆け出しのハンターさ」


その言葉に男は少し考え込んだが、ふうと息を吐いて自身の自己紹介を始めた。


「ミーはチャックマン。結構名は売れてると思っていたんだけど……ま、駆け出しじゃ仕方ないね!」

「え?有名な人なの?それは、あー、ごめんなさい」


その答えに男は……チャックマンは噴き出した。


「ぷっ。それで謝られちゃミーの立場が無いよ?まあいい、ノヴァ……お礼だよ、受け取ってね!」

「何だこの袋……ぬめぬめ細胞?いや、何だこの甘い匂いは?」


良く見るとチャックマンの腰にはきび団子でも入っていそうな袋がいくつかぶら下がっていた。

彼はその一つを手にすると、上からノヴァに手を伸ばしたのだ。

ノヴァが受け取ると、中にはぬめぬめとした桃色の塊がぎっしりと詰まっている。


「世界でここでしか手に入らないあまあま細胞、もしくはスイーツ細胞ね!煮詰めると砂糖になるよ!」

「砂糖!?そりゃ凄い!」


この世界では甘味など中々手に入るものではない。

味付けの無い食料で飢えをしのいでいる者も多いくらいなので、調味料はそれなりに貴重だ。

上質の砂糖ともなればその値は幾らになるか想像も付かない。


「残念だけど質はあまり良くないよ?でもミーは何時もこれでお小遣い稼ぎしてるよHAHAHA!」

「……何時もって……」


「ノヴァ。世の中には裏って物がある。どうしてアレの賞金が高騰しないのか、分かるかい?」

「誰も賞金をかけないからだろ?自業自得だって……あれ?もしかしてそれだけじゃない?」


そして理解した。賞金をかけないのではない。かけたくないのだ。

……誰も金の卵を産むニワトリを殺したくはないし、他に知る者は少ない方が良い。

そんなハンター達の想いの果てに、このマイナーで強くて割に合わない賞金首が誕生した訳だ。


「そういう事だね。君は運が良いよ?君も今日からここでお小遣い稼ぎできるし」

「……ちょっと意外だな。ハンターだったら有無を言わさず賞金首なら狩るもんかと思ってた」


それは偽らざる少年の本音だったろう。

けれど、それはまたもHAHAHAと笑い飛ばされる。


「ハンターに夢を持っちゃいけないよ?ミーも昔はそんなイメージだったけど、結局は人間だし」


ハンターと行ってもピンキリで、困っている人の為に戦う人から、

金が全ての奴。戦えればそれで良い連中。

挙句に賞金首から賄賂を貰って見逃す事例もあるという。


「ま、生業だからね。ノヴァもなりたいタイプのハンターになれば良いと思うよ。HAHAHA!」

「俺のなりたいハンターの姿?」


ふとそこで考える。そして少年は気付いた。

ハンターと言う名前、賞金稼ぎと言う生き様に憧れたは良いものの、

なっただけで満足し、どんな風に……とまでは考えていなかったのだ。

既に後戻りできなくなってからそれに気付くとは何と言う皮肉だろうか。

……少年が自問自答を始めると、男は身を乗り出して少年の頭をぽんとたたいた。


「悪い!あんまり悩んでも仕方ないよ?人生なるようになる、だから!」

「……うん。そうだな。あ、チャックマン……キャンプってあれかい?」


それに元気付けられた少年が頭を上げると、Cユニットの前方カメラに煙と幾つかのテントの姿が。

ノヴァがそれを行き先かと確認すると、男は嬉しそうに額に手をかざした。


「おお、そうそう!……HAHAHA!今日も無事に生き延びたよ!危なかったけどね!?」

「小遣い稼ぎで死んだら意味ないもんな!ははは!」


「……あれ!?チャックマンさん!?そのクルマどうしたんですか!?」

「つーか傷だらけじゃないっすか?どうしたんす!?」

「り、リーゼントがアフロに!?いきなりイメージチェンジ!?」


車が近づくと、エンジン音に気が付いたのかテントから何人かが這い出してくる。

そしてチャックマンの状態に驚きの声を上げた。


「お前ら!ミーが出した救難信号、無視した?彼のお陰で助かったけど危うく死ぬところだったよ?」

「あれ?通信が途絶えてると思ったらそんな事に!?」

「旦那ー。通信機壊れてませんかー?」

「つーかそいつ誰っすか?」


チャックマンは自分の通信機を取り出し、そして壊れているのに気付いてがっくりと肩を下ろした。


「出来れば、通信が途絶えたら助けて欲しかったね……ミーは強いけど不死身じゃないよ?」

「いやあ、旦那が死ぬところなんか想像も付かなかったっすから」

「ま、ともかくその軽戦車は味方って事ですね?とりあえず真水でも出すから上がって貰いましょう」

「どーぞ、こっちだよ!」


そしてドタバタしているうちにノヴァもその日、そのキャンプに世話になる事になったのである。


……。


そしてその晩。

装甲車二台に守られたそのキャンプで、ささやかな宴会が開かれていた。

リーダーの無事帰還と新たな友人の誕生を祝ってのものである。

ネズミの肉とメロンっぽい何かに大破壊前の遺跡から発掘された旧時代の缶詰。

酒はまあ、エタノールよりは上等と言った所か。

けれどもそれは、彼らにとって精一杯のご馳走で。

だからだろうか?彼らは今と言う地獄を忘れるため、浴びるように酒を飲む。


「てな訳でよ。床を踏み抜いて足を折ったのがケチの付き初めでね……」

「回復薬全部落っことすとかありえない失態っすね、チャックマンの旦那」

「で、身動きできないまま半日が過ぎた所に颯爽と坊主の登場って訳か」

「実際は敵に追い込まれたんだけどな……」


彼らはこの辺では名の知れたハンターの一団で、名を"アームズパーティー"と言う。

賞金額一万クラスの賞金首を幾つも打ち倒した実績を持ち、

今も名を上げている最中であった。

最強格のソルジャーである"フレイムスロアー"チャックマンを筆頭に、

コードネームに武器の名を持つ十数名の男女によって構成されているとの事だ。

クルマも兵員輸送用装甲車二台を所有する精鋭の賞金稼ぎ集団である。


「……ふーん。えーと、じゃあノヴァ君は倒しそこなった賞金首に一家惨殺されたって事かな?」

「あ、あは、あはははははは……その、ごめん」

「ふん、間抜けているな。折角の恵まれた環境を己で捨ててしまった訳か」

「やめなさいよ!まだ若いんだからそんな事予測できる訳無いでしょ?」

「馬鹿野郎!そもそも人のトラウマ抉るんじゃねえよ!?人でなしかお前らは!」


そして何時しか話はお互いの身の上話に及んでいた。

ノヴァが喋りたがらないのを良い事に、何人か居るお喋り好きが誘導尋問を開始、

そして出てきた笑えない現状に場の空気が一気に寒々しいものに変わる。


「ま、確かにそうかもな。でも俺はとにかく奴を……そしてNGAを許さない!」

「NGAだとぉっ!?」


だが、それに構わず決意表明をしてみたノヴァの言葉に今度はチャックマンが過剰反応した。


「どうしたんだチャックマン!?」

「いや、ノヴァ……お前の戦っているの"も"NGAの奴らなのかい!?」


続いてお前"も"の部分に今度はノヴァが過敏に反応する。


「あ、アンタもなのか!?」

「ああ。ミーは奴等の凶行を止めたいのね」


……情報交換した結果はこうだ。

結論から言うとチャックマンは元々NGAの開発した生体兵器の一種だったらしい。


NGAは生物化学など各分野で、大破壊前に匹敵する技術を保持している。

そしてある時過去のデータを元に、一人の男を再生する事に成功したのだと言う。

それは旧グラップラーの大幹部であり、とある地方で最強を誇った賞金首だった。


「ミーは、生まれてからずっと賞金首になるための、人々を惨殺するための訓練を受けてきたよ」

「……そんな」


だが、そんな人生に嫌気が差したチャックマンはある日NGAを脱走した。

そして戦うしか能の無かった彼は生身で戦う戦士……ソルジャーとして一旗あげたのだと言う。


「幸い、ミーの事を理解してくれる仲間も出来たよ。皆には感謝してる」

「何いってんだい!助けられてるのはあたしらのほうさ!」

「そうっすよ。スラムの錆付いたコンテナの中で死を待つだけだった俺をアンタは助けてくれた!」

「まったくです。恩義に感じられると逆にこちらも困ります……」

「へっ。参ったねこりゃ」


「……信頼できる仲間、か……デコ……アイツは……」


その後はまあ、ある程度順風満帆。

人々に仇成す為の力は皮肉にも彼らを守る力にもなったのだ。

後に力を付けた彼らは主にNGAメンバーと戦うハンター集団となった。

その合間には各地を巡り破壊された旧時代の遺物を修復し、

人々の生活をかつてのレベルに戻していくと言うボランティアじみた活動もしている。


チャックマンは言う。

父……この場合元になった存在が賞金首だからと言って自分も道を踏み外す必要は無い筈だ、と。

そしてこんな自分でも世の役に立つ事が出来ると証明して見せるのだと。


そんな彼がかつて世話になったのがハウンド=タルタロス。ノヴァの父親だったと言うのだ。

彼の決意を知り、逃げる算段を手伝ってくれたのだと言う。


「しかし、ハウンドさん……タルタロス家が無くなってしまったなんて、本当に信じられないよ」

「昔は世話になったもんな」

「破損だけとは言え金が無けりゃツケで修理してくれたよな。ありがたかったよ」

「つーか、あの時横で遊んでたチビ助なのかお前……でっかくなったな。お姉さんは元気か?」

「え?俺には妹しか居ないけど……」

「そうなのかい……亡くなったんだろうか?アンタあの頃は小さかったし覚えて無いのかもね」


しかも、チャックマンをNGAから逃がしたのは他ならぬノヴァの父、ハウンドだと言う。

更に父はかつて最強と呼ばれたハンターだったと言うのだ。

ノヴァが驚くと、チャックマンは誇らしげにそれを語った。


曰く、彼は最強のハンターだったと。

曰く、彼はこの周囲の賞金首を狩り尽くすほどの凄腕だったのだと。

曰く、彼は色々あって血生臭い生活に疲れ果て、辺境に隠遁したのだと……。


「昔さ……君の父親はNGAと取引したのね。今後はお互いに手出ししないって言う」

「え?じゃあ、まさか俺が先に手を出したから約束破りは親父って事になったのか!?」


ノヴァは驚き戸惑う。彼の知る父とあまりにも違いすぎる。

そしてセーゴの見張り台は父を見張るための物だった事にようやく気が付いた。

そんな筈は無いと思いたい。

だが話せば話すほど、それが自分の父の事であると納得せざるを得なくなっていた。


ともかく父は自分を庇って死んだ。それもいくらでも逃れようがあったというのに。

……その事実は少年の心を鋭く抉る。


「否定は無しだよ。ミーだって正直泣きたいよ……最悪の事態だからねHA,HA,HA……」

「そんな……だから、だから手向かいもしなかったのか?勝てる相手なのに?……親父……」


……何時しかノヴァは声を上げて泣いていた。

周りの全員が沈痛な表情を見せる中、チャックマンが努めて力強く彼の肩を叩いた。


「ノヴァ……君のお父さんは今も君が幸せになることを望んでいると思うよ」

「……そうかな」


「無論だよ。君に奴等が干渉するのを防ぐ為に、あの人は奴等の言う事を飲んだ筈だよ?」

「本当は、一網打尽に出来たのに、か」

「……いや、流石にあの人でもクルマも無しじゃ無理だろ……」

「黙れ!無くてもそこそこ抵抗は出来た筈でしょ!?」


ふっ、とノヴァは顔を上げる。

そしてチャックマンに一つ質問をした。


「じゃあ、奴等はとりあえずこっちが突っかかるまでは手出ししてこないのか?」

「……だと思う。指揮官があのウォルフガングなら、総帥の意を違える事は無いよ」


その回答にノヴァは少し考え、おもむろに立ち上がる。

そして物も言わずに歩き出した。


「ちょ、何処に行くんだい?今日はミー達のキャンプで休んでいくんじゃなかったのかな?」

「おい!自暴自棄にはなるなよ!?親父さんの決意が無駄になる!」

「……俺、強くなるよ」


自分の戦車を向いたままポツリと呟くノヴァの雰囲気に、しん、と周囲が静まり返った。

焚き火に照らされた彼の顔にはまるで表情らしい表情が浮かんでいない。


「いつか強くなって親父の仇を取る。最強のハンターの息子なら、それぐらい出来る筈だろ?」

「言っておくけど今は無理だよ?才能は磨いてこそだからね!?」


ノヴァは首だけ彼らに向けて頷く。

その姿にむう、と唸ったチャックマンは一つ彼に質問をした。

その時のノヴァに何か危険な兆候を感じたのだ。


「……どうするのかな?」

「あいつらは許せないけど今は置いておく。とりあえず生き抜いてみるよ。妹を探しながらね」

「そうね、妹さんは可哀想だものね」


「うん。可哀想なんだ……だからどんな事をしても探し出して助け出すよ」

「かわいそう、ね。うん、それはそうだけど……他に何か思うべき事があるんじゃないのかな?」


彼はその言葉に僅かに反応したが暫くすると「いや分からない」とだけ答え、

そのまま走り出すとクルマに飛び乗り、その場から走り去った。

……チャックマンは僅かに不安に思う。


「自分の責任まで奴等に擦り付けてる印象があるね。あれじゃあ駄目。何時か壁にぶち当たるよ」

「うわ、筋肉ダルマが黄昏てるよ。にあわねー!」


仲間の茶化す声に、彼は少しムウと唸りながら答える。

責任転嫁は時として心を守るためには必要だが、同時に人の成長を妨げ無用な軋轢を引き起こす。

ノヴァの態度に彼はその危険性を感じ取っていた。


「駄目かい?あのままじゃ彼、失敗を全部人に擦り付けるようになるかもしれないと心配でね?」

「なあに、運がありゃ訂正してくれる奴も現れるさ。無いならそもそも生きていないだろ?な?」

「そうですよ。それに彼がもしこのまま道を踏み外したら……私達が引導を渡してあげれば良いのです」

「お前何気に酷いなアックス……まあ、そうならない様に祈るわ」

「そうね……あの子を支えてくれる人、見つかると良いけど」


何処か沈痛な周囲を見回したチャックマンは暫く佇み、そして親指をぐっと突き出した。

そして豪快に笑う。今までのお通夜のような空気を吹き飛ばすが如く。


「HAHAHA!確かにミーにしんみりは似合わないね!たまに様子を見に行けば良いよね!?ね?」

「あ……そう言う事っす!さ、酒が冷めちまったけど宴会の続きを!」

「「「賛成ーっ!」」」


そして、グラス代わりのプラスチックケースを持ち上げ一気に飲み干した。


「よっしゃーーーっ!」

「一気飲みだ!」

「流石リーダーっ!」


周りの仲間達から不安が消えたのを確認し、彼は用を足すと言ってその場から離れた。

そして天を仰ぐ。


「ねえハウンドさん……あなた、これで本当に良かったの?彼、まだまだ未熟者だよ?」


ぐしゃりとケースは潰れ、ぎしりと歯が軋む音がする。

サングラスの奥から覗く瞳が感情の高ぶりに反応し、暗く紅に輝いた。


「とは言え。ミーも人の事言えないけどね……だってミーも……お口にチャックマンだから……」


そう自嘲したチャックマンは雑草を束ねた手製の葉巻を咥えると、

愛用の凶悪火炎放射器ブロイラーボンベを器用に使って着火した。


「……それにしてもハウンドさん、命を粗末にしすぎ。もうDr,ミンチも居ないのに……ね」


その細いタバコの煙は静かにたなびき、チャックマンの唇を焦がすまで消える事は無かった。

……この日の出会いが何をもたらすのか。それは誰にも分からない。


ただ一つだけ言えることがある。

この日、良くも悪くも本当の意味で一人のハンターが生まれた。

その行く末には数多の出会いと別れ。

そして戦いの日々が待っているに違いない、と。


第一章 完


続く



[21215] 05 トンネルタウンの守銭奴達
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/10/25 13:07
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(1)

05


ハンター達のキャンプから飛び出したノヴァが辿り着いたのは、トンネルタウンと言う名の街だった。

生まれて始めてみる故郷以外の街。その光景に彼は……、


「何これ」


呆然としていた。

それはそうだろう、育った集落は街全員が顔見知りレベルの小ささだった。

ところがこのトンネルタウンはかつて海底を縦断する為に作られただけあって規模が大きく、

千人を超える人々が住んでいると聞き及んでいたからだ。

さぞや巨大な町が広がっていると思っていたのだろう。

ところが、来て見ればトンネルの入り口は鉄の扉とコンクリートブロックで硬く閉ざされ、

トンネル入り口前何件かの小屋が建つばかり。


正直寂しいものがある。

死んだ親友はこの町で車を借りてきたらしいが、レンタルタンクの店はトンネルの奥にあるらしかった。

特に用は無いが見ておこうとトンネルを通ろうとするとその前に陣取る男に呼び止められた。

この男は入り口付近に暮らす町の住人で、このトンネルを通るには結構な通行料がかかると言う。


「なんでだよ……まあ、確かに今の所無理に向こうに行く用事は無いけどさ」

「入り口一帯はうちの私有地なんだよ。この通行料で暮らしてんだ。貧乏人は帰りな!」


トンネル入り口ですべなく追い返され、やむなく近くに建てられたハンターオフィスに向かう。

これは賞金首の情報をハンター達に提供する組織で、賞金の管理と運用により運営されている。

そのためハンターは無料で情報が得られるのだ。


「いらっしゃい。あら、可愛いハンターさんね」

「馬鹿にするなよ……まあいいか。この辺で賞金首の情報はある?」


むかしスチュワーデスと呼ばれた職業の制服姿をしたオフィスの受付嬢がにこやかに辛らつな事を言う。

まあ、どうみてもハンター志願の子供にしか見えないかも知れない。

更にたとえ怒りのままに銃でも振りかざしてすごんでみても、相手はその手合いにも慣れている。

逆に鼻で笑われるのがオチに違いない。


「あるけど……戦力はどれくらい?それによって紹介できる相手も変わってくるの」

「軽戦車一台。砲はしょぼいけど火炎放射器付いてるよ」


え、と言う顔をして表を覗き込んだ受付嬢は、現に戦車があるのを見ると驚いた顔のままで呟いた。


「いいとこのお坊ちゃんなの?」

「いや、旧時代の遺跡で見つけた」


その言葉に彼女は目を見開く。

続いて突然少し艶のある視線で、


「へえ、その話良く聞かせて欲しいなあ」

「もう何も無いよ。親子二代で何もかも持ち出したから」


何か目がやばそうだったので軽く拒絶。

まだ空調も生きてるとか言ったら何かとんでもない事になりそうだし。

案の定彼女は残念だったとでも言う風に言葉を続けた。


「折角勤務評価上がると思ったのに……まあいいか。クルマはあるけど実績は無し……ならこれかな?」

「賞金首ハードロック?……賞金額は1000Gか」


「そそ。近くの谷に最近現れたみたい。硬いだけがとりえの岩の化け物で武器も音波系と体当たりのみよ」

「あっさり言うけどかなり厄介なんじゃないか?それ」


ハードロックはこの町の近くに最近現れた岩の化け物だ。

岩の癖に何処からか声をあげ、昼夜を問わず叫び声を上げながら転がってくるのだと言う。

幸いあまり遠くには動かないし、町まで声が届くほど近くと言う訳でもないが、

付近を通るトレーダーが危険を感じ賞金をかけたらしい。

賞金首としては最安値に近いがそれも実力相応との事だ。

まあ、確かに駆け出しの相手としては相応しいのだろう。


だが岩の体は固い上に複数の攻撃手段を持つのは侮れない。

それに安くとも賞金が付く以上、一筋縄で行く相手ではないだろう。

そして岩の体には炎の効き目は薄いと思われる。

攻撃力の高い武器が火炎放射器しかないヘルハウンドには相性が悪い。

こうなると、はっきり言えばこれに関してはパスしたほうが無難だと言えよう。


「んもう。何もしないで諦めたらハンター失格よ?それに、横のお店の武器があれば問題ないわ!」

「結局宣伝かよ!?いやまあ、とにかく助かった。ありがとう」


とは言え、他は一気に賞金額が数倍に跳ね上がる。つまり強敵ばかりと言う事だ。

彼の装備で狙えそうな賞金首は他に居ないようだった。

後ろで手を振る受付を半ば無視してノヴァは対策を考える。

まず絶対必要になるのは資金だ。先日手に入れた武器の余りとあまあま細胞を売ってみるべきだろう。

後は武器屋の品揃えを見て、戦うかどうかはそれからでも遅くは無い。


そう考えた彼は酒場に細胞を売りに向かう。

町の酒場は自宅を思い出すトタン張りのバラックだった。

幸いそこそこ良い値段が付いたので即座に売り払い、

意気揚々と次に向かうもそこで問題が発生する。


「火炎放射器の燃料が何でそんなに高いかって?そりゃお前、それは希少価値がだな」

「戦車の砲弾が安いのは一杯あるからなのか……!?」


彼は燃料や弾薬、装甲タイルの補給を行う満タンサービス、

そのトンネルタウン支店で火炎放射器の燃料代に驚いていた。


同じ弾薬費でも機銃弾はほぼ無料のくせに火炎放射器の燃料は異様に高くついていたのだ。

しかもゲームと違い、火炎放射器の燃料補給には数日かかると言う。


「本部から取り寄せになるからな。まあS-Eの弾薬を網羅してる店なんかそうそうありやしないよ」

「……早くしないと獲物を奪われかねないな。今回は火炎放射器無しで行く?いやそれは無理だよな」


まあ、相手は岩石の塊のようなものらしいので元々火炎放射器には出番が無いのだが。

兎も角どうしようかと彼が悩んだそぶりを見せると店員はちょいちょいと手招きした。


「そうかい。だが使わない武装はデッドウェイトだぜ?どうだい、この機に新しい装備を新調しちゃ」

「……ここ、武器屋もやってるのか」


見ると看板には二つのマークがついている。

とは言え車両に関連する店が集まっているのはそれ程珍しい話でもないのだが。


ともかくその商魂に彼が呆れを見せると、店員はニヤつきながら奥から何かを台車に載せて持ち出してきた。

どうやら単発式のミサイル発射装置のようだが店員はそれを見せると、ぐっと親指を立ててくる。


「まあ見てみな。普通より強力で頑丈な特別製対戦車ミサイルだ……お前さんのはまともな主砲が積めないしな」

「だけど一発だけだろ?外したら終わりじゃないか」


「そう言うなって……何なら二発撃てるように二基買えば良い。下取りすれば足りるだろ?」

「廃ビルで拾った戦利品全部売ってギリギリか。賭けになるな」


賭け、の言葉に店員が反応。

恐ろしいほど嬉しそうにもみ手をして煽りだす。


「賭け?大いに結構。派手にやらかしてこそハンターってもんだろ?」

「派手にやってこそハンター、か」


と、その時何処か出来た事のあるような声が彼を現実に引き戻す。


「……やめておけ。後ろに用意してある物からするにそれは罠だ」

「え?罠?っていうか君は誰だ?」

「あっ!こりゃどうも……っていきなり何言うんだ……あ、ははははは……」


猛烈な売込みに辟易としながらも、これで賞金首を倒せれば……、

と購入に傾いていたノヴァを正気に引き戻したのは見知らぬ誰かだった。


何事かと後ろを振り向くとヘルメットを被った小柄な女ソルジャーが呆れ顔で腕を組んで立っている。

そして、隠すように店の隅に置いてあった"ある商品"を指差すとノヴァに対し警告を発したのだ。


「そこの親父の常套手段だ。後ろでカバーをかけてる商品、何だと思う?」

「え?あのブルーシートの下?まあ、形からするにエンジン、かな」

「うっ」


流石にメカニックの経験があるだけにノヴァにはそれが何であるか一目で判った。

そして何故かその指摘に店員がおののく。


「そうだ。それは改造品でな。中戦車クラスでも二基も乗せれば重量オーバーだよ……そこから借金漬けにするのが」

「借金漬け!?あ、そうか……動かない戦車に意味は無いじゃないか!」


「あー!止めてくれよシロさん!?何だって今日はいきなり……」

「私は以前あこぎな真似は止めろと言った筈。お前のせいで何人被害にあったと思っている?」


そしてその言葉に観念したのか店員は手口を白状した。

今回売りつけようとしたミサイル、それ自体は悪いものではない。むしろ上物だ。

普通の対戦車ミサイルを手間隙かけて改造し威力と装甲を強化したものなのだ。

それだけなら素晴らしい商品なのだがこの話には罠がある。


徹底的に強化された代償に、このミサイル発射装置……重いのだ。

普通の対戦車ミサイルだと思って購入した者はその余りの重さに辟易とし、

大抵はそのまま返品する事になる。

無論、店側には売値と買値の差額が転がり込んでくると言う具合だ。


「しかもこの男、戦車の装甲タイル量を見て話を持ちかける……ノヴァ、お前の戦車はどうだ?」

「あ、あはははははは……」

「動けなくなったらこっちのもん、か」


そして満足な装甲も張れない貧乏ハンターに出会ったら動けなくなるよう買い物を勧め、

その後で困り果てるハンターに新しいエンジンを売りつけると言う訳だ。

折角買ったミサイルを手放そうが、他の装備を泣く泣く手放そうが店側が困る事は無い。

最高なのは借金をして買わせる事だ。後はケツの毛まで抜くのみ。


「一応商売としての契約は成り立っているし、こんなご時世だ、騙された方が馬鹿だって訳だな」

「……ぶっ殺す」

「ひ、ひいいいいいっ!?」


怒りと共にショットガンを抜こうとしたノヴァの手を、

女ソルジャーはその華奢な体からは想像も出来ない豪腕で押さえつけた。

そして、片手の人差し指を立てて続ける。


「で、こうして激昂した客は"満タンサービス"を襲ったとして賞金をかけられるわけだ」

「……え?」

「ちっ。まあ毎回上手く行くわけねえわな」


ノヴァは血の気が引いた。

あの怯えた態度まで計算づくだったのかと。


「上層部に賄賂を贈ってるらしいし怒るだけ損だ。ま、私の目に留まったのは運が良かったな」

「どんだけ酷いんだよ」

「悪い悪い。ま、騙されなけりゃ品揃えも悪く無いぜ……賢く生きるのが長生きのコツなのさ」


そしてネタが割れたら今度は開き直り。しかも手を出すとこっちが損と来たものだ。

あんまりと言えばあんまりな展開にノヴァは世間の厳しさを思い知り、

とりあえず積んでいた使用不可能な武装やダミーのS-Eを売り払うだけに留める事にした。

この状況下、この店で買い物が出来るほどに彼はまだ肝が据わっていなかったのだ。


「毎度あり!火炎放射器の燃料は三日もすれば届くからまた来てくれよ?」

「また、か……まあ満タンサービスにはな」


そして店の外に出ると疲れたように溜息をついた。


「どんだけ世知辛いんだ……」

「まあ、仕方ないな。で、私へのお礼はどうするつもりだ?」


え、と横を振り向くとにんまりとする女ソルジャー。


「アンタも守銭奴かよ!?」

「失礼な。正当な報酬を望んで何が悪い」


渡る世間は鬼ばかりか?

と、ノヴァは思わず天を仰いだのであった。


……。


結果から言うとノヴァは運が良かった。

彼女が要求したのはその日の夕飯だけだったのだから。


そしてその日の晩。街から少し離れた小高い丘の上で、戦車の脇に焚き火が燃えていた。

そこでノヴァと女ソルジャーは酒場で手に入れた良く分からない野菜を焼いて食っている。

何故二人が一緒にいるかと言うと、ソルジャーから一つの提案があったからだ。


「……トレーダー殺し?」

「そうだ。旅人を狙う無人戦闘車両でな。今週奴等を倒せば一台ごとに報奨金がもらえる」


ハンターオフィスには各週ごとに特定のモンスター討伐強化週間を設け、

指定より一週間に限り、指定されたターゲットに小額の賞金がかけられる事がある。

これは生態系を崩すほどに増えたモンスターに対する処置であり、

またハンターが食いっぱぐれ、野党と化す事が無いようにする為の配慮でもあると言う。


「で、今週は手の届く所にターゲットが群れを成していると?」

「うん。そうだ……だが、歩いて行くには少し遠い」


「で、俺の戦車に乗せろと言う事か」

「報酬は報奨金総額の二割でどうだ?」


つまり取り分8:2と言う事になる。

流石に少なすぎるとノヴァが不満を口にした所、女ソルジャーはうんうんと頷いた。


「ならばその後でお前の狙っている賞金首の打倒に力を貸そう……無論賞金はそちらのものだ」

「まあ、そう言うことなら……金も余ってる訳じゃないしさっき助けられたしな」


もし足を用意するために助けたのだとすれば彼女も相当なものだが助けられた側としてはそれは言いずらい。

ともかく契約は成立した。

少年は自分より頭一つ小さい女ソルジャーと握手を交わす。


「よし、契約成立だな。私はシロだ……変わった名だとは思うだろうがこの通り生まれながらに髪が白くてな」

「宜しくシロ。俺はノヴァ、ご覧の通り駆け出しのハンターだ」


かくしてヘルハウンド号は砲塔に一人同乗者を乗せ、荒野をひた走る事となった。

翌日は日の出と共に旅立ち、大体半日ほど走り続ける。


……。


そしてそれが現れたのは夕闇が周囲を包みだす時間帯だった。


「これは、壮観だな……」

「ひいふうみい。200台は居るな。うん、ターゲット指定される筈だ」


まっさらな荒野を縦横無尽に駆け回る軽戦車の群れ、群れ、群れ。

こんな物どうやって屠れば良いんだろうかと普通なら困惑する所だ。

だが、そんなやわな精神ではこの世界で生き延びる事など出来ない。


現に群れの端っこ辺りから砲声が聞こえる。

何組かのハンターが既に狩りを開始しているのだ。

彼らの目にはこの群れが宝の山に見えているに違いなかった。


「私達も急ぐぞ……獲物を取られては敵わん」

「分かった!って言っても機銃じゃ意味が……あ、普通に貫通する」


そしてノヴァとシロもまたその数を気にせず突入を試みた。

7、7mm機銃二丁の一斉射撃がその薄い装甲に突き刺さり、

SMGグレネード(小型グレネード付属のサブマシンガン)を持って敵陣に突入するシロは、

文字通り一度に数両を片付けていく。


「こんなに脆いんじゃ報奨金も大した事が無さそうだな……まあ。たまには楽な仕事も良い」

「相手の攻撃じゃあ殆どタイルも剥がれないしな。ブリキ細工かコイツ等」


ノヴァもこう言っているが実際トレーダー殺しはそんなに強くは無い。

とは言え、一般人では普通に殺されるのだが。

ところがハンターの中にはドスで穴を空ける猛者も居るほどに狩りやすい獲物で、

対戦車戦の練習相手には丁度良いと言われている。

何故こんなに集結していたのかは謎ではあるが、ともかくハンター達にとっては良い飯の種だ。


「撃って撃って撃ちまくれ……って対空砲の水平発射も限界か。もう弾が無い」

「残弾ゼロまで撃ち尽くすのは愚かだぞ。帰り道もある事を忘れるな」


ともかく虐殺と言ってもいいレベルで敵は狩り尽され、

そして気が付けば、1時間を待たずに大地を覆いつくすほどだった車両の群れは新しい屑鉄の山と化していたのである。


「俺は6台か……結構稼いだな」

「まあ、そっちには範囲攻撃が無いから仕方ない……私は、うん。まあこんな物かな」


ノヴァが自分の戦果に満足げな笑みを浮かべている頃、シロは冷静に自分の戦果を確認していた。

流石に50台片付けたとは、横で満足げにしている少年には言えなかったらしい。


「ま、俺も新米ハンターにしては良くやったんじゃないか?」

「お前、実戦経験はさておき実年齢は私より二つほど上だろうに……満足していいのかそれで」


はぁ、と溜息をついていたシロだがふと顔を上げ、

突然残骸と化していたトレーダー殺しの残骸に発砲した。


「なんだ!?」

「まだ動いてる奴が居た!よし、破壊数に一台追加と」


良く見ると、各坐した車両の砲塔がゆっくりと動きこちらに狙いを定めようとしていたらしい。

危ない所だったとも言えない事も無いが、実際相手は現状のヘルハウンド以下の豆鉄砲。

当たっても実際はどうと言う事は無かったのかも知れない。


(……これじゃあどっちが狩る側なのか分からないな)


ふと周囲を見渡すノヴァ。各坐した無人戦車の残骸が大地を覆い、その上で凱歌を上げるハンター達。

彼はモンスターは人を襲う恐ろしいものだと思っていたが、これでは逆ではないか。

ふとそんな風に考えてしまう。


「さて、他のハンター連中が残骸を漁り始めた。温度も下がったようだし私達も漁るとするか」

「何をだ?」


すると今までヘルハウンドの砲塔に座っていたシロが立ち上がると周囲の残骸をなにやら弄り始めた。

どうやら使えるパーツが無いか調べているらしい。


「現代において機械部品を手に入れる方法は二つだ。こうして破壊した暴走機械から取り外すか」

「旧時代の遺跡から掘り出すか、か」


大破壊から幾年月。既に人類は大半のテクノロジーを失っていた。

今や満足に稼動する工場は皆無といって良いだろう。

ネジ一本ですら満足いく精度の物を作るには職人の業に頼る他無いのが今の人類の現状だ。

また過去の技術を保持する集団も大抵はその技術を秘匿し、その恩恵に一般人が与れる事はまず無い。

ところがそれにも関わらず、人類は最低限の機械文明を維持出来ている。


それは何故か?


暴走機械の無人生産工場はどこかで動き続けているらしいが、

皮肉にもそれが人類に最低限の部品を提供し続けているのだ。

それが無くなれば数年を待たずにして人類は産業革命以前に戻るとまで言われている。


「まるでハイエナだな。俺、人間はもっと……何て言うか理性的な生き物だと思ってたよ」

「違いないな。まあ、それを良しとしない連中もごまんと居るさ」


比較的状態の良いネジやボルト、曲がっていない砲身などの部品を持ってシロが残骸の山から現れた。

そしてドサドサとヘルハウンドのトランクに積み込んでいく。


「お前が一緒に来てくれて助かったよ。車載用品を運ぶのにはどうしてもクルマが要るからな」

「そういや、親父もよくこう言うのを修理部品として仕入れてたっけ。こうやって集められてたんだ」


エンジンをふかし、まだ辛うじて動く事を確認した少年はゆっくりとクルマを走らせ始めた。

他のハンター達も残骸を漁るだけ漁って段々とその姿を消していく。

そしてそれと入れ違うように軽トラが何処からともなく集まってきた。

残った鉄くずを回収する業者だ。これはこれで量さえあればそこそこの稼ぎになるらしい。

こんな世界では鉄くずも大切な資源なのだ。

鉄くずは溶かされ、また新しい機械の材料になる。


「皆、必死に生きてるんだな」

「今更何を言っているんだ?そんな事当たり前だろう……?」


悲鳴を上げるエンジンを宥めつつ、ふとノヴァは自分の今までを思う。

この崩れかけた世界で自分はどれだけ恵まれていたのかと。

そしてそれを崩したNGAに対する怒りを新たにしたのだ。

ただ……まだその大本たる自分の責任にまで思いが至る事は無かったが。


……。


そして数日後。

火炎放射器の燃料も届き整備の終わったノヴァが愛車を見に行く。

すると……それはそこにあった。


「これは……」

「艦載型近接防御火器システム、CIWS。その中でもファランクスと呼ばれるものだ」

「シロさん、毎度お買い上げありがとーごぜーやす!」


愛車の空いていたS-E枠に白いカプセルのような被り物をした機関砲が乗せられていた。

本来イージス艦などに搭載されているはずの20㎜級のガトリング砲だ。

同じ口径でもヘルハウンドの主砲である20mm機関砲とは技術レベルの差なのか威力において隔絶した差がある。

本来陸戦兵器に載せた時点でCIWSでは無くなるのだが、まあそんな事は些細な事。

大事なのはそれが極めて強力な兵器である、と言うその事実だ。


「この店の奥で埃を被っていたようだったのでな。まあ、この火力なら雑魚賞金首くらい楽勝だろう」

「いや、だってそんなの載せたらエンジンが……」

「シロさんに頼まれてチヨノフも改造、ツインターボにしておいたぜ!へへっ、大儲けだ」


更にその重量に見合うようエンジンにも改良を施しておいたらしい。

ただし、持ち主に無断で。


「いや、何勝手に人のクルマを改造してるんだよ!?」

「一つだけ言っておくが、お前の狙ってるハードロックは炎に耐性がある。火炎放射器は無意味だ」


「そうじゃなくて、支払える額じゃないって。借金は嫌だぞ!?」

「心配ない。これは私が払う……まあ先行投資のようなものだと思っておいてくれ」


正直ノヴァは怪しさを感じざるを得なかった。

何故見ず知らずの他人の自分にここまでしてくれるのかと。


「なあ、ここまでしたらどう考えても赤字だろ?何か……裏を勘ぐっちまうんだけど」

「あ、俺もそう思うぜ……って睨むなよシロさん!?」


もっともその疑問がそのまま口について出る辺りが、まだ未熟だと言う事なのかも知れないが。

兎も角それを聞かれるのは想定の範囲だったらしく、

本来ある意味無礼極まりない台詞にもシロは特に気にもせずに答えた。


「実際の所、理由はある……あるのだが言えん。私からはこれだけだ……嫌なら取り外させるが?」

「うっ……わ、分かったよ。確かに必要なのは確かだ」

「よっしゃ!じゃあ色々細かい所はおまけして12000G!お買い上げ有難うござーっしたーっ!」


目の前の小柄な女ソルジャーにどんな理由があるかは知らないが、

ともかく性能を確認しようと店から出るや否やクルマに乗り込み戦闘システムを起動させる。


『……oasyetemstandby』

「エンジン出力は3割り増しか……でも重いな。装甲タイルが二百枚張れないじゃないか!?」

「流石にそこまで面倒は見切れん。これでも予算ギリギリなんだ」


CIWSは本来艦載用、軍艦の装備としては軽いほうだがそれでも戦車に載せるのは少々無理がある。

だが火力は絶大で単位時間あたりの火力評価においては他の機銃や機関砲とは威力が一桁違い、

火炎放射器と比較しても倍近いダメージを叩き出すとコンピュータは判断していた。


「一応言っておくが誰かが用意してくれるレールはここまでだ。後はお前が道を切り開け」

「なあ。それって誰かが俺に支援してくれてるって事だよな。誰なんだ?」


出会った時から節々に感じられるこちらへの好意的な対応。

どう考えても誰かが背後にいるような物言い。

裏が見えないだけにかえって不気味な状況に少年は更なる不安を感じる。

結局、彼女が自分に近づいてきたのも自分の知らない誰かの意思と言う事なのだ。

それが味方だとどうして言い切れよう。それに味方だとしても正体を明かさないのは怪しすぎる。


「……さあ?だがお前に死んで欲しくない人間も居ると言う事は確かだな」

「そっか。まあいいや、考えたって仕方ない……やれる事をするしかないもんな」


とはいえ、だからと言ってその援助を断れるほど状況は楽観視出来ない。

気を取り直してクルマのエンジンに火を入れ、

ノヴァは少し重く感じる操作系統に慣れようとしながらアクセルペダルを力強く踏みしめ、

戦車を発車させる。


「とりあえず、今はハードロック、だっけ?そいつを倒す事だけ考えるさ」

「ああ、それがいい。しっかりしてくれよ。私もあまり長く付いていてやる訳には行かないんだからな」


ふとノヴァが上を見ると、ヘルメット姿の少女がにこりと笑いかけてきた。

……何故か彼はそこに妹の面影を見出す。


「……ナナ?」

「ん?私はシロだぞ?あの出来の良い妹と勘違いするな」


何でそう感じたのかは兎も角、不意の感覚にノヴァは戸惑う。

だが何故かそれを指摘する事は出来なかった。

……記憶の奥にある何かがそれを認めてはいけないと拒絶したのだ。


「あ、そ、そうだな……ええと、行き先は何処だっけ?」

「おいおい。ここから歩いて3時間ほど行った所にある崖の下だ……がクルマだと遠回りしないとな」


「どれだけかかる?」

「さあなあ。私はソルジャーだからクルマは良く分からん。まあ、丸一日は覚悟しろ」


結局、遠回りに大回りを重ね、崖の下に辿り着いたのはその日の夜の事。

生息範囲に入る前に軽く仮眠を取り、夜明けと共に攻撃を開始する事となった。


「じゃあ、先に寝てくれ。6時間ほどしたら交代で見張りを頼む」

「ああ」


……その日、ノヴァは夢を見る。


その夢の中で彼は生まれ故郷の近くを流れる川を流されていた。

川と行っても川上にあるらしい暴走機械の工場からいまだに垂れ流される廃液の川だ。

無論飲める訳も無いし浸かるのも危険。

そんな川で流されている事自体が異常だが、そもそも川幅もおかしい。

その川は精々水深1mで幅は2mもない。

だと言うのに彼の足は底に付かないし、腕を伸ばしても岸は遠い。


(な、何なんだこれ!?)


足掻こうとしても満足に体も動かない中、彼はただ流れに任せて川を下っていく事しか出来ない。

状況の把握も出来ない中何時しか体温を奪われ意識が朦朧としてきた頃、


「父さん!?ねえ、あれ見て!あの子!」

「んあ?なっ!?………だと!?」


何故か川に飛び込んできた巨人に抱きかかえられていたのだ。


「幾ら………………からってこんな酷い事……」

「ま、珍しい事じゃねえ。おい、イチコ……お前コイツをどうするつもり」


ふと、ノヴァは頭上を見上げる。

心配そうにしている善良そうな瞳と目が合った。

けれど、彼にはそれを気にしている余裕など無かったのだ。

何故なら。


「あ、思ったより元気そう……ねえ父さん、とりあえず体が冷えてるからお湯を沸かしてくれる?」

「……あ、ああ……分かった!」


その巨人は、妹と同じ顔を、していたのだから。


続く



[21215] 06
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/10/25 13:06
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(2)

06


はっとして目を覚ました。

思わず拭った手にはびっしょりとした汗。

そして……それが夢である事に気付いた。


「何なんだよあの夢……」

「ん?起きたか。まあ、丁度良い……そろそろ見張り交代だ」


訳の分からない悪夢にかぶりをふっていると、頭上から声がかかる。

そして少年は自分の置かれた状況と今何故ここに居るのかを思い出した。


「あ、ああ。ところでモンスターとかは出てきたのか?賞金首は?」

「野生の獣は火を恐れる……モンスターどもの場合は警戒する。まあ喧嘩を売る相手ぐらい選ぶって事さ」


見るとハチドリらしき残骸がそこいらに転がっている。

すっかり冷え切っている所を見ると数時間前に一度襲撃を受けたがそれ以後は平和だったらしい。


「実力差を思い知れば近寄ってもこないよ。それも出来ないならとうに誰かの餌だ」

「なるほど」


それだけ言うと、ソルジャーの少女は毛布を被り、岩陰に隠れるように丸くなった。

そしてさっさと寝てしまう。


「後は任せる。おやすみなさい」

「……了解」


少年はゆっくりと戦車から這い出すと、焚き火に薪代わりの廃材を放り込んだ。

ぐるりと周囲を見渡すと岩陰などから弱小モンスターが何種類か顔を覗かせ、気付かれた事に気付くとこそこそと逃げ出した。

逃げなかった連中にも明らかな警戒が見て取れる。いや、何か隙をうかがっているような?


「もしかして、俺のほうが組し易いと思われてる?」


とは言えまあ当然か、と思ったノヴァはさっと車内に戻るとスリープ状態にあった戦闘システムを起動。

7.7mm機銃を動かしその銃口を岩陰に向けた。

これが威嚇になれば、程度の軽い気持ちだったのだが、


「「「キキキキキッ!」」」

「うわっ!?びっくりしたぁっ!」


次の瞬間、岩陰からいっせいにモンスター達が逃げ出していく。

想像以上に威嚇の効果は高かったらしい。

逃げていく影も嘴が銃になった二足歩行の鳥やらバーナー背負ったサルやら多種多様。

それがいっせいに四散していくのはそれはそれで見ごたえのある光景だった。


「ふう、びっくりした……想像してたのの三倍は居たぞ!?」


騒々しくしてしまったので周囲をまたキョロキョロと見回してみるが、

この程度の騒音は慣れているのかソルジャーの少女は起きる気配が無いしそれで周囲が何か変わったわけではない。

もしかしたらやばい真似をしてしまったのではと心配したが、それは杞憂だったようだ。

ふうと溜息をつくと、ノヴァは見張りの続きを開始した。


「……あれ?」


のだが、すぐに彼は異変を察知する。

というか……眼前の風景が明らかにおかしい。

夜の谷底は暗く、先など見えない筈なのに突き当りが見えている。

いや、違う。

動いているのだ、それは。


「落石?いや、違う……っと、まさか!」


まさかも何も無い。

アレだけ騒いで存在がばれない方がおかしいのだ。

故に平穏を崩された"それ"は敵対者に気付き排除に現れた。

それは当然の帰結なのである。


「賞金首……ハードロック!」


それは巨大な丸い岩の塊だった。

そしてその中央部にスピーカーらしいものがついていて、

そのスピーカーからは耳障りなほどの電子音を響かせこちらを威嚇する。


「五月蝿い奴だな」


多分向こうも同じ事を思っているに違いない。

とは言えそんな事は全く気付かずにノヴァは兵器の安全装置を流れるように解除し、

戦闘準備に入っていく。


「……今度こそ、今度こそしとめてやる。もうあんな結末はごめんだからな!」

『ギャイイイイイィィィン!』


下手なエレキギターじみた電子音とキャタピラの駆動音が騒々しい不協和音を生み出し静かな夜を破壊していく。

何故こんなものがうろついているのか。そして何のために生み出されたのか。

そんな事は知らない。

大事な事はこれに迷惑と恐怖を感じる人達が居て、その首に賞金がかかっていると言う一点のみ。


「ぶっ壊してやるよ岩野郎!」

『ジャカジャカジャンジャン!』


ゆらっ、と岩が揺らぎ……そして動き出す。

そしてそれに呼応するようにキャタピラも動き出した。


「大岩の体当たりなんか食らってたまるか!」

『ギュィィィィイイイイイイイン!ジャジャジャジャジャン!』


正面から転がってくる大岩をヘルハウンドはバックの車庫入れの要領で回避する。

そしてそのまま通り過ぎた相手の後ろを横切るように前進しながらその砲塔を相手に向けた。


「まずは牽制だ……機銃、連動射撃開始!」


この世界において、車載用としての最低レベルではあるが7.7mmと言えど機銃は機銃。

無数に撃ち出される機銃弾は僅かづつとは言え敵の体を削っていく。

幸いな事に動き回るとは言え所詮は岩、射撃を回避できるほどの機動性は持ち合わせていないようだ。


「よし、このままこのまま……ってほど楽には勝たせてくれないよな!」

『GYAAAAAAAIIIIIIINN!』


とは言え敵も黙って見ているだけではない。

鋭く、とは言えないがぐるりと円を書くように旋回し、今まさに己の体を削っていく敵の元へと突き進んでいく。


「だから当たってやるかよ!」


無論、黙っているだけではないのはノヴァも同じだ。

単調な攻撃でも当たるのでCユニットに射撃を任せ、自分は敵に追いつかれないよう車体を移動させ続ける。

逃げながら撃ち続けるものと必死に追いかけるもの。

その戦いはさながら命がけの鬼ごっこだ。


「……!?」


その追いかけっこに終止符が打たれたのは意外な事にヘルハウンドの停車をもって、だった。

気が付くとノヴァは谷の最奥部……最早旋回もままならない袋小路に居た。いや追い込まれて居たのだ。

先ほどから銃身の冷却が必要なほどに銃弾を撃ち込まれていたにも関わらず、ハードロックはその外側の岩が剥がれたのみで健在。

そして谷の出口に続く唯一の通路を塞ぐようにするとそこで回転をピタリと止めている。


「もしかして誘い込まれた、のか!?」

『……』


どうやって動くのかさえ不明な巨大岩石は黙して語らない。

だがノヴァはその怪物がニヤリと笑ったような気がしていた。


「このっ、このっ、このっ!」


足掻くかのように20mm機関砲と火炎放射器を交互に叩き付ける。

だが20mm機関砲は7.7mm機銃より威力は大きくとも連射速度が遅いせいか同程度に岩の外側を砕く事しか出来ず、

火炎放射器に至ってはまるで効果が無いように見えた。


『……YYYYYAAAANN……』

「ん?」


そして悪魔は吼える。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAANN!』

「!?」


突如として岩体中央部のスピーカーより超大音量の轟音が響き渡った。

狭い袋小路でその轟音は酷い反響を起こし、まさに暴力的なまでの騒音公害を引き起こす。

ノヴァもこれが言われていた敵の音波兵器であり、ここに誘い込んだ最大の理由である事には気が付いた。

だが、どうしようもない。

いっそこちらから体当たりを、とも考えたが相手のほうが質量が上だ。逆にこちらがひしゃげるだけ。

焦りと脳髄にまで響き渡る大音響でまともな思考が出来なくなる中、

遂に割れ始めた装甲タイルとその減っていく残数が更に新米ハンターに焦りを与え思考能力を奪っていく……。


……。


「いい加減にしろおおおおおおっ!」

「!?」

『GAAAAAAAA……AA!?』


その時、頭上から何かが降ってきた。

音響兵器をかき鳴らすハードロックの頭上に颯爽と降り立ったそれは懐から何かを取り出すと、屈んでスピーカー目掛けて叩き付ける。

……それが手榴弾である事にノヴァが気付いたのはスピ-カーが爆発と共に破損し轟音が止まってからだ。

ハードロックから飛び降り今度はヘルハウンドの砲塔に飛び乗ったその人影はゴンゴンと搭乗用ハッチを叩く。


「何をやっているんだ!?折角買った新兵器を飾りにしておくつもりか!?」

「……えっ?あっ!?」


はっとしてCユニットを凝視するノヴァ。

そして気付いた。

手に入れたのは良いがCIWSを武装としてCユニットに設定していなかった事に。

手順は簡単でただ接続された新しいハードの検索をかけ必要項目を登録するだけ。

それをしていなかったが為にメニューに新装備は現れず、突然の戦闘の中ではその存在に思い至らなかったのだ。

何とも愚かしい、そして恐ろしいミス。

ノヴァは急いで検索を開始するも当然それには時間が掛かる。


「検索……メニューに登録……まだか……!?」

「それはこっちの台詞だ!おい、奴が転がり始めたぞ!?何をしている!?ねえ、急いでよ!」


しかもスピーカーを潰され暫く沈黙していた大岩は我に返ったかのようにこちらに向けて転がり始めた。

いや、後ろに下がり始めたのだ。

そして、暫く下がった所で一時停止し……、


「助走のつもりか……バズーカさえあればあの程度の突撃など正面から迎え撃てるのに!」

「80%、85%、90%……もう少し、もう少しだ!」


無言で突撃を敢行してきた!


「来たぞーーーーーーーーーっ!」

「ああああああっ……よし完了!食らえええええええっ!」


迫り来る大岩に対しソルジャーの手持ちを含めた全火力が叩き込まれる。

まるで細切れのスローモーションのようにゆっくりと流れる時間。

砕けていく大岩、迫ってくる岩。

そして、ヘルハウンドの正面装甲にぶち当たったもの。それは……。


……。


「何とか、なったか」

「……正面の装甲タイル、半分くらい持って行かれたけどな」


雪だるまの胴体ほどに小さくなったハードロックは火線を抜け、

戦車正面にぶつかると共に弾け飛んだ装甲タイルにより砕け散った。

……ノヴァは操縦席で車体に異常が無いかチェックしながら荒い息をついている。

そしてそんな彼をソルジャーの少女が半ば呆れたような目で見つめていた。


「……楽に勝てるはずの相手だったんだがなぁ?」

「ぐっ……」


大岩の七割を砕いたのは新兵器のCIWSだった。

もしこれが戦闘開始直後から動いていたら谷の奥に追い込まれる事も無く勝負は決していただろう。

そう考えるとこれはノヴァの失策以外の何物でもない。


「だ、誰にだって間違いはあるだろ!?」

「そうだな。……間違いで済むレベルで良かったじゃない。取り返しの付かない事だってあるんだよ?」


だが、まだノヴァはそれを認められないようであった。


「ぐっ……と、ところでシロは一体何処に居たんだ?上から降ってきたみたいだったけど!?」

「ん?私か?」


とはいえ内心では気付いていたのかノヴァはぐっと言葉に詰まる。

誤魔化すように声が出たのがその証拠だ。

シロもそれ以上突っかかる気も無かったのか話題転換に応じる。


「何だか騒がしいと思ったら頭上の岩が剥がれ落ちてきた。急いで飛び起きたらお前とハードロックがもう戦闘開始しているじゃないか」

「ちょっと敵を迎撃したら気付かれたみたいだったんだよな……ははは……」


少女は全く仕方が無いなとでも言わんばかりの表情でふーん、と呟く。


「それで、生身であの中には立ち入れないから急いで谷をよじ登った。戦況を上から確認する為だったが、まあそれが幸いしたな」

「それで追い込まれる俺を見つけたわけか……」


頷いた少女はヘルメットの横をコツコツと叩く。


「正直、なんでCIWSを使わんのか理解できなかったよ。アレをぶっ放せばそれで勝負は付いていたからな」

「……」


「で、流石にあそこまで追い込まれたのを知らぬままにも出来ずに音波攻撃の届きにくいスピーカーの後ろに降り立った訳だ」

「……正直助かった。ありがとな」


「しかしまさか設定を確認していなかったとは。兵器の整備不良で死ぬ兵は怠慢であり自業自得以外の何者でも無いんだけどなぁ?」

「ぐうっ……」


初勝利に随分とケチの付いた形になった少年は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「くそっ。あの店の親父も積むついでにそれぐらいサービスしてくれても……」

「確かにな。だが確認をしていないのはお前の怠慢だ。人のせいにするのも良いが、それが続くと何時か取り返しの付かない事になるぞ」


「もう、なってるよ。……どうせ、知ってるんだろ?俺の事情くらい」

「…………うん」


何となくこの少女ソルジャーも親父の関係者なんだろうなとノヴァが思う中、

当の少女は誤魔化すようにアハハと笑うと強引に話題転換を試みた。


「さ、さて町に戻るか!もう夜が明ける。賞金貰って次の獲物を探そうじゃないか!」

「……そうだな。って付いて来る気か!?」


「やかましい!第一お前生半可な起こし方じゃ起きもしないだろうが!?寝てる最中に襲われたらそのまま殺されるぞ!?」

「なっ!?今日は誰にも起こされずに起きたじゃないか!それに必要があれば起きられるようになるさ、俺だって!」


結果的にこの言い合いはノヴァが殴り飛ばされて終わった。

痛む頬を撫でながらふとノヴァは思う。


(何かコイツとは初めて会った気がしないな。何処か妹に似てるからか?……いやいや。第一ナナに戦闘経験なんか無い筈)


口煩い所があるせいかもな、と結論付けてノヴァは砲塔の上の少女を見る。

すると向こうもそれに気付きこちらを見下ろしてきた。


「どうした?」

「いや……ところでシロはソルジャーになって長いのか?」


ちょっとした誤魔化しの様なものだった。

何の脈絡も無く妹に似てる気がした、何て言える訳も無い。


「ああ。幼い頃からだからもう10年にもなる。それこそ小さな頃からあちこちの戦場を駆け回ってるな」

「そっか。うちみたいに家族全員村から出ない奴等も居ればそう言う生き方もあるんだよな」


「…………そうか」

「まあ、それもあのNGAの連中にぶっ壊されちまったけど」


と、その時だ。

何処か見覚えのある戦車がこちらに向かって来ている事に気付いたのは。


「ん?何だ?……っ!?あのシャーマンはNGAの!?」

「何だと!?そんな訳が……何故こんな所に部隊が展開している!」


整然と、とはいかないが隊列を組んだ歩兵を引き連れその戦車はやって来た。

万一に備え車体を正面に向けたヘルハウンドは全装備の安全装置を解除したままそれに相対する。

そう、それはあの日大破、いやロストしたはずの"あの"シャーマンだったのだ。


……。


「よお!お互い無事で何よりだってーの。くっくっくっく……」

「NGAの……セーゴ・スズキ!」


二両の戦車は正面から向かい合う。

セーゴの言葉は友好的に見えるが込められた感情は正反対のものだし、ノヴァは嫌悪感を隠そうともしない。

まさにそれは一触即発といった光景だった。


「何をしに来た?」

「何を?お前のせいでこっちは訓練からやり直しだってーの。新兵連れて訓練した帰りに見飽きた顔があったから挨拶だってーの」


NGAの新兵達はあるものは緊張の面持ちで、あるものは舌なめずりをしながら。

様々な反応を見せつつ銃口を向けたまま立っている。

それは彼らが今までどんな生き方をしてきたかの縮図だ。

無論、いずれはNGAと言う色に染まっていくのだろうが……。


「……意趣返しかよ……だがこっちもタダじゃ負けない」


向こうはあの状態から何とか修理したのか別な車体なのかは知らないが、前回と同じ装備。

しかもミサイルを使い切っている。

それに対しこちらは幸いな事に火炎放射器燃料はほぼ丸々残っているし、それ以外も残弾は十分だ。

敵歩兵の装備もピストルか、良くてショットガンであり戦車を相手にするには力不足。

正直な所やってやれない相手ではなくなっていた。

……だが。


「おいおい。いいのか?前回俺に手を出してどうなったか忘れたのかってーの」

「……ぐっ」


「まあ安心しな。総帥のご命令でお前に対しちゃ、こっちからは手を出すなだってーの……ま、精々後悔しながら生き延びろってーの」

「……」


言いたい事だけ言ってセーゴは去って行った。

その後姿は隙だらけだったがそれが誘いなのは今のノヴァですら判る。

父親や妹が体を張って助けてくれたのを無にする訳には行かなかったのだ。


「ふう。短慮を起こさないでくれて良かったよ」

「……本当は妹の……ナナの行き先を聞き出したかったんだけどな」


万一に備え、近くの瓦礫に潜んできたシロがゆっくりとやってくる。

ノヴァはそれに対しこう答えたがそれは紛れも無い本心だったであろう。

ただ、どう考えても相手が悪かった。

下手に聞いてもまともな答えが帰ってくるわけが無いし、下手に意識させてしまえば妹が更に不利な状況に追い込まれる可能性もあった。

危険な橋、と言うか恐らくそれは地雷以外の何物でもないだろう。


「ただ、アイツがまともに答えてくれるはずも無いしな……今は、今はこうやって下手に出るしかない」

「そうか。だが……何と言うか妹の事は諦めた方がいいぞ。特に奴等の元に行ったのなら」


ただ、そこまでは自制したのだが不意に切り出された不吉な言葉にノヴァの視線が鋭くなる。


「そう睨むな。何故かと言うとな、奴等の得意分野は遺伝子操作なんだ。人体改造なんかお手の物でな」

「なんだって!?」


「……おそらくもうお前の妹は人間ではない。そんな姿、兄に見られたくは無いだろう。忘れてやるのが情けと言うものだ」

「ふざけるな!」


想定していた最悪をはるかに超える言い草に思わずノヴァはシロの襟首を掴む。

ノヴァも最悪の事態は想定していたがその最悪は怪しげな店で変な親父に酒を注いでいる所まで。

まさかそれ以下があるとは思いもよらなかったのだ。


「私に苛立ちをぶつけられても困る!忘れろ。そして自分の幸せを探せ……それが誰の為にも一番良いんだ」

「そんな訳あるか……そんな訳……!」


それから暫く無言の時間が続く。

しばらくして力が抜けるように襟首を離したノヴァは無言でクルマに乗り込み、

一言も発する事無く静かにトンネルタウンに向けて走らせだしたのだった。


……。


「うっわーっ。おめでとう御座いまーす!ハードロックの賞金は1000Gになります!お受け取りになりますか!?」

「……うん」


そして翌日の昼下がり。

満足に立ち直る事も出来ないまま、彼らはともかく賞金の受け取りをしようとここに来ていた。

ハンターオフィスの一角で受付嬢の我が事のような喜色満面な笑みと声が響く中、当のハンターは何処か上の空。

普通ではありえない状況だがそれにも気付かずに受付嬢は賞金の入った袋を奥の金庫から取り出した。


「これで世の中ちょっとは静かになりますね!そして貴方の事はきっと街の噂になりますよ!」

「そっか」


「……もう、少しは喜んで下さいよ!?私だって他人事ながら嬉しいんだから!」

「よく言う。担当にも臨時ボーナスがあるのではなかったか?」


「うふふふふ、流石はシロさん。良くご存知で!あ、そっか……シロさんに活躍の場を取られてしょげてるのかな?」

「かもな」

「……いい加減にしておけ。過ぎた事をくよくよしても始まらんぞ?と言うか今頃現状を認識したのか?後悔するのが遅すぎだ」


手渡された袋を引っ掴むようにしてノヴァはオフィスを出る。


「また来てくださいねー?」

「ああ」

「ほら、そんな事より手元がお留守だ。スリが狙っているぞ……まったくもう……」


その言葉に驚き急いで金の袋を懐に押し込む。

近くをウロウロしていた浮浪者らしき人影がそれを見てちっと舌打ちをして消えていった。


「まったく、油断も隙もあったもんじゃない」

「……それだけ気が抜けてれば邪心を抱く者の一人や二人出てくるだろうさ」


やれやれと肩をすくめるシロ。

しかし、その動きがぴたりと止まり、視線が突然鋭くなる。

その瞳の先にはざわめく人だかりが写っていた。


「何かあったのか?随分騒がしいが」

「ん?おおシロさん……また連中ですよ」

「昨日ですけど、NGAの部隊が近所の村を焼いたらしいんです」

「生き残りが命からがら逃げ込んできてるぜ」

「……なんだって!?」


思わずノヴァがその輪に割って入る。


「なあ、詳しく教えてくれないか?」

「ん?ああ、何時もの事さ」

「金目のもの奪っていくなんぞ悪党の専売特許だろ?」

「ただ今回は何の抵抗も出来ないただの集落に戦車まで持ち出したらしいぜ?酷い事するよな」

「ま、この町には自警団とかも居るし他人事だけどよ。やっぱおっかないわ」


それから暫し……喧騒から離れ、クルマの元へ戻る道。

ノヴァはシロに話しかけた。


「なあ、例の村を襲ったのって、やっぱり」

「セーゴの奴だろうな。確かに新兵の訓練には丁度いいだろう」


「訓練で村を焼くのか?それが奴等のやり口なのか?」

「ああ。奴等だって新人を無駄に殺したくなんぞ無いのさ」


先日のあの邂逅。その時既に一つの村が消えていたのだ。

その事実にノヴァは頭を殴り付けられたような衝撃を受ける。


「あの時ぶっ飛ばしておけば良かった!」

「いや、既に手遅れだ。それにな……他人の事を心配してる場合か?」


「う」

「お前は既に目を付けられている。それを忘れるな」


だがそう、人の心配をしている場合ではないのだ。


「想像以上に、ヤバイ奴等を敵に回しちまったんだな」

「はぁ。さっきも言ったが今頃気付いたのか?」


周りから呆れかえられる程度には彼の現状もまた危険極まりないのだから。


「いいか?NGAは現代では稀な規模の軍隊なのだ。個人で相手など出来んぞ?」

「……とは言え、俺は奴等を出し抜かなきゃならないんだよ」


本人としては出来るだけ力強く断言したつもりであろう。

だが、それを見た戦場暮らしの長い少女は少しばかり哀れむように言い切った。


「まあ、好きにせよ。どうせ止めようも無いのは分かりきっていた事だしな」

「……無駄だと言わんばかりだな……ちくしょう」


多少なりとも空元気なのは自分で分かっていたのだろう。

ノヴァは足元の小石を蹴り飛ばす。

折角手に入れた賞金と言う喜びも最早何処へやらだ。


「ふう、仕方ないな……ともかく今は力と金を手に入れるべきだ。それなくしてはどんな叫びも負け犬の遠吠えに過ぎんからな」

「ん?張り紙?さっきのハンターオフィスにはこんなの張ってなかったと思ったけど?」


そんなノヴァを見かねたのか、何処か寂しげに笑いながら一枚の張り紙を手渡すシロ。

それはきちんと四つ折りにされた一枚の賞金首のポスターだった。


「昨日賞金が付いたばかりの新顔だそうだ。ここいらも田舎だ。オフィスにも明日か明後日あたりでもないと回って来るまい」

「へぇ……何だこれ?」


そのポスターには1000Gの賞金と、

荒野を砂煙を上げて泳ぎ回る異形の海洋生物、だったと思われる怪物の不鮮明な写真が映し出されていた。


「スナザメと言う。最近何処かの阿呆がこの近くの砂漠化地帯に放流したそうだ。既にトレーダー数名が犠牲になっている」

「何だってそんな真似を。いや、まさか!」


苦虫を噛み潰したようなシロの顔。それを見たノヴァは何かに気が付く。

そして多少食って掛かるようにシロの胸倉を掴んだ。

……当のシロはまるで気にもしないで気楽に答えを言い放ったが。


「NGAか!?連中、一体何を考えてやがる!?」

「隣町との交通路はあの砂漠を除けばNGAの検問所のある旧街道しかない、と言えば分かるか?」


つまり、通行料を効率的に取るためと言う事だ。

危険を冒しても遠回りする商魂逞しいトレーダーに業を煮やし、

自分達の支配するエリアを通過する方がどちらかと言うとマシと言う状況を作り上げたという訳だ。


「ビームを放つハチドリ程度の危険なら命をかける奴も居ようが、砂漠を泳ぐサメが相手では萎縮もするさ」

「だったら金を払う方がマシって事か」


そして暫く考え込んで、少女の意図に気付いた駆け出しハンターはニヤッと笑う。


「連中と直接好戦するのはまだまずい。だが俺はハンター、賞金首を狩って何が悪いって事か」

「そういう事だ。私としても無差別に被害が出るのは避けたい」


応えてソルジャーの少女もニッと笑う。

そして。


「弾薬と装甲、それにシャシーも傷ついてるから修理代を込みで800Gになるぜ!」

「マジか!?」

「最後、敵の体当たりをまともに食らっていたからな……ま、足が出なかっただけマシだと思えひよっこめ」


業突く張りな満タンサービスの親父もニヤリと笑うのであった。


「コイツは金には五月蝿いが腕は確かだし仕事は真摯だ。まあ信じてよかろう」

「……いや、判るよ。俺だってメカニックの経験あるし」

「まいどありがとーござーっしたー!ひゃっほーい!払いの良い上客だぜーっ!」


こうして彼らの次なる目標は決まった。

新米ハンターの次なる獲物はスナザメ。

地中を迫る牙持つ怪物である。


「また来いよー?」

「ちくしょう!また来るよ!来るしかないよ!」

「まあ、この辺で稼ぐなら自然と拠点になる街だからな。ここは」



少年は行く。

何時かその道が仇を討ち妹を取り戻すことに繋がるのだと。

今はただ、そう信じて。


続く



[21215] 07 
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/11/01 19:51
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(3)

07


砂塵の立ち込める荒野を一台の戦車が駆け抜ける。


「シロっ!敵は何処行った!?」

「背びれが見えないのか?向こうのビルの残骸から大きく回り込もうとしているぞ!」


戦車の前を先導するかのように、前方の敵を追いかけ駆け抜ける少女ソルジャーが声を張り上げた。

呼応するように砲塔が旋回し20mm機関砲が唸りを上げて銃弾を吐き出していく。

だが、その銃弾の雨も空しく荒野の砂を叩くのみだ。


「砂に潜っている間のスナザメはほぼ無敵だといって間違いない!体が露出した瞬間を狙って!」

「うっ、くっ……わ、分かってるよ、分かってるけどさ!」


戦場慣れしているシロとしては歯痒いばかりだが、

未だ移動しながらの戦闘に慣れていないのかノヴァは決定的な隙を見逃しては、

逆に手痛い反撃を幾度と無く食らっていた。


「奴に勝てぬようならハンターなど続けて行けんぞ!?獲物の匂いだ!獲物の気配を感じ取れ!」

「分かるかよそんなの!?」


賞金首スナザメ。

本来ならばもう少し強力な兵器が売っている地域に住まう"地中を泳ぐ"サメの怪物である。

いや、彼の種族の生息域で人類が生きていくにはそれ相応の武装が必要といった方が正しい。

故に何らかの理由でこのような危険な生物の少ない辺境に現れると特別に賞金がかけられる事が多いのだ。

その場合新米ハンターの登竜門とされる事も多く、

一部ではこれを倒せるか否かで家業が続けていけるか否かが分かる……とまで言われている。


ただし、この個体は人為的にこの地に連れてこられた、

という普通ではありえない部分はあったが。


「……!来るぞ!?正面、食いついてくる!」

「なっ!?あ、うわあああああっ!?も、燃えろぉぉぉぉおおおおおっ!」


ともかく強敵である事は疑う余地も無い。

機動力のある相手に翻弄されながらも車体前面に食いつこうと正面に姿を現したスナザメに、

ノヴァは半ば本能で反射的に火炎放射器を叩きつけていた。


「叫び声!効いているぞ!」

「沈んだ!?逃げたのか?」


濃密な炎に包まれたスナザメは魚類とは思えない叫び声を上げつつ、装甲に食いつく直前に再び地面に沈んでいく。

その直前に見せた焼け焦げた皮がそのダメージを物語っていた。

その光景にノヴァは思わず操縦席でガッツポーズを取る。


「よし!まず一撃だ」

「馬鹿!相手はこれで手負いだ、畳み掛けろ、反撃を許すな……死にたくなければ!」


そして次の瞬間、ヘルハウンドは自他からの強い衝撃に宙を舞った。

……とは言え数十センチ程度。すぐにまた地面に落ちる。

だがその衝撃は車内のノヴァとその脳髄を揺さぶるには十分であり、容易くその意識を刈り取る。


「おい、ノヴァ?返事をしろ!?おい……ねえ早く起きてよ!?」

「う、ぐぅ……」


敵の動きが止まったのを悟ったのだろう。

スナザメは悠々と戦車の周りと数周すると少しばかり離れ、そして狙いを定めるように車体へその頭を向けた。


「……えーい!もう見てられん……!」

「!?」


だがそこへ突進する小さな体。

ヘルメットのバイザーを下ろし防塵対策をすると、女ソルジャーはその経験と本能の赴くまま敵目掛けて突撃を敢行する。


「スナザメの最大の弱点……それは!」


こちらに迫る生き物に気付いたのだろう。スナザメもまた迎撃にかかる。

遊弋するままその身を捻ると、牙も露にその口を大きく開ける!

そしてそれに対しシロは……、


「遠隔攻撃の手段を持たないことだ!」


その眼前で横に飛んだ!

更にその無防備な顔面にサブマシンガンによる猛攻を加えたのである。


「そして……それが故にお前達はその最大の武器を思うように生かせない」


スナザメは怒りの声を上げつつ砂の中に消えた。

一度体勢を立て直すつもりなのだ。

無論、自分をここまで追い込んだ獲物を逃がすつもりなど毛頭無い。

どちらにせよ、地中の自分達を攻撃する事など出来ないのだ。

スナザメはそう思っていたに違いない。


「故に攻撃する為にはその身を……弱点を晒さねばならない。ましてやお前達の最大の武器は」


だが、その時地面が爆ぜた。

続いて頭部を失ったスナザメが体半分ほど地面から飛び出して来る。

そしてその生命活動は停止していた……勿論永遠に。

一体何が起きたのか?


「その牙だ。最大の武器であるがその攻撃の瞬間は同時に最も無防備な体内を晒す瞬間でもある」


シロは数個の手榴弾を一纏めにして居たのだ。一つピンを抜けば全て誘爆するように。

密閉された地中と言う空間、それも体内で大規模な爆発を起こされた結果流石のスナザメも息絶えたという訳である。


「……ふう。まったく、先が思いやられるな」


シロは周囲の瓦礫を見渡す。

地面には無数の銃弾が転がっている。

そしてそれの大半は敵に有効な効果を上げる事無く、ただばら撒かれただけ。

その惨状にシロはノヴァの今後を心配し思わず天を仰ぐ。


「まあ、弾薬費と修理費で赤字、はあるまいが……後々が思いやられるな」

「う……あ、敵、は……?」


その時、ノヴァが起き出してくる。

脳震盪でも起こしたか何処かふらふらと砲塔から顔を出していた。


「起きたか?もう終わったぞ。だが幾ら相手が地下に隠れるからとは言え命中弾2割以下は無いのではないか?まったく」

「嘘だ!」


思わず叫んだノヴァに呆れたような、そして諭すようなシロの声がかかる。


「嘘など言ってどうする。相変わらず格好付けるのが好きだな?」

「いや、そうじゃなくてあれ!」


だが違ったようだ。

ん?となってシロが指差されたほうを向くと、

そこには……遊弋する背ビレ。


「何!?いや、だがそこに死体はあるぞ!?それ、見てみろ!」

「じゃあ、アレは何なんだよ!?まさか……」


動き続ける背ビレ。そして確実にそこにある死体……それの意味する所は一つだった。

そして、二人の声がハモる。


「「もしかして、二頭居るのか!?」」


驚きの余り二人の声が揃う。だが、それは大きな間違いだった。

何故ならそれは致命的な隙に他ならなかったからだ。

当然次の瞬間ぐわっ、と大口を開けてスナザメが背後から迫り、


「!?なっ、まさか……油断した!」

「三頭目だって!?」


シロを飲み込んで砂の中に消えていったのである。


……。


「どうする……?」


ノヴァは困惑していた。

さっきまで周囲を走り回っていたソルジャーは敵の腹の中。

丸呑みにされたこともあり多分まだ生きているだろうが、それも時間の問題だ。


「残弾も、あまり余裕は無い」


恐らく、敵が砂に潜らなければ両方とも楽に倒せるだけの弾薬が残っている筈だ。

だが今のノヴァの腕では全弾使いきろうが片方倒せるか倒せないか。

先ほどようやく一頭倒した(しかも自分では一撃食らわせただけ)ばかりだと言うのにまだ敵は二頭も存在している。

しかも、


「シロを飲み込んだの……どっちのサメだっけ?」


ノヴァにはスナザメの区別がつかなかった。

今や遥か遠方まで泳いでいった事もあり背ビレだけではどっちが目的の相手なのか知れたものではない。


「見捨てるのも寝覚めが悪い、って言うかどう考えても親父の知り合いだしな。死なせたら地獄に居る親父に合わせる顔が無い」


とは言え、今更見捨てるという選択肢は無かった。

短期間とは言え既に色々世話になりすぎた。

それを冷静に見捨てられる程ノヴァは割り切れても居ないし冷酷でもない。

良くも悪くも彼はまだ少年の範疇だったのだ。


「だったらやる事は一つだ。でもシロの息が続くかも分からないし、今ある戦力でやるしかないんだよな」


彼は車内に戻りCユニットから車の状態を確認する。

そして、顔が引きつった。


「装甲タイル全壊。シャシー小破、20mm機関砲大破、火炎放射器残弾ゼロ……CIWSは?……残弾は少ないがまだいけるな」


はっきり言ってこれは酷い。

特に残弾量は壊滅状態。どれだけ無駄撃ちすればこうなるのか。

撃てば当たるような前回と違い、的確に回避してくる敵の相手は彼にはまだ早かったのかも知れない。


「……とは言え、これで諦めるような奴がNGAに勝てるわけも無し、だよな」


だがノヴァは自分を奮起させるようにそう呟くと、

戦闘システムを起動させ、攻撃力評価を呼び出す。

そして沈黙する事暫し……。


「通常時は7.7mmで牽制して、隙を見せたらCIWSをぶち込む。これしかない」


結論はあっさり出た。いや、元からそれ以外の結論など無かったのだ。

幸いな事にCIWSの攻撃力はまともに当たれば並みの主砲すら凌駕する。

クルマに積める弾薬量ではそう長い間撃ち続ける訳にも行かないが、現状でもいざと言うときの切り札としては十分だろう。


「さて、行けるよなヘルハウンド?」


先ほど吹っ飛ばされた影響で装甲板に歪みこそ出ていたが、全く不調を感じさせない滑らかな動きでヘルハウンドは動き出した。

ゆっくりと、だが確実にクルマは遊弋するニ頭のサメに向かっていく……。


「で、結局シロはどっちの腹の中に居るんだ?」


しかしどう覚悟を決めようが現実は変わらない。

一対ニと言うだけでも不利なのだが、今のノヴァの腕では残弾も既にニ頭倒せる分あるかは微妙だ。

必然的に攻撃を集中し、当たりに賭けるより他には無いのだが……。

当のノヴァには攻撃するべきそれがどれだか分からない。

残念な事に彼はハンターらしい勘を持ち合わせては居ないようであった。


「……まあ仕方ないよな。俺も覚悟を決めるか!」


とはいえ迷っている暇は無かった。

向かってくる敵に感づいたニ頭は散開し、周囲を取り囲むように旋回する。

迷っていてはこちらも敵の餌だとノヴァは眼前の一頭に狙いを定める事にした。


「来たっ!」


その時だ。突然砂煙が激しくなり背びれの速度が一気に上がる!

前後から一斉にスナザメ達が突っ込んできたのだ。


「これは、どう考えても一斉攻撃!?」


まるで逃げ場は無いと言っているかのような狙い済ました連携技。

最初の一頭ですら苦戦していたノヴァに勝ち目など無い、かのように思えた。

とにかく黙っていてはただの的だとノヴァはクルマを斜め四十五度に走らせた。


「いや、だけどこれじゃあ逃げてるだけだよな……って、あ!」


さっきまでヘルハウンドが居た辺りで交差するように飛び上がる巨体。

まるで波飛沫のように砂煙と轟音を上げながら交差した二頭は再びヘルハウンドを囲むように周囲を回り始める。


「またやる気だ……いや、だけどそれならそれで!」


再び前後で挟み込むような動き。

そして前後から背びれがこちらに突っ込んできた時、ノヴァは動いた!


「何処で、何時出てくるか分かってれば……嫌でも当たるさっ!」


急停止から斜め後方へのバックダッシュ。

エンジンを酷使する無茶な動きだがヘルハウンドはそれに耐え切った。


「機銃同期開始……ファイアッ!」


そして、再び交差するように地面から飛び出した二頭のサメを弾丸の嵐が歓迎する。

スナザメの皮膚は決して重厚な装甲ではない。

住んでいる場所にも因るが、ここに居る個体たちは小口径の機銃弾でも貫ける程でしかなかった。


「この野郎!逃がさん、逃がしてたまるか!」


のたうち、地中に逃げようとする二頭。

だがノヴァは、そしてヘルハウンドは攻撃の手を休めずその銃弾の雨をもって敵の巨体を転がし、その場に敵を押し止める!


「た、弾が無い!糞っ!早く死んでくれ!もう後が!……ああもうエンプティだろうが関係あるか!火炎放射器放射だあっ!」


機銃に叩かれ貫かれたその傷口に、僅かに残った燃料から生み出された炎が最後の一撃を加える。

ノヴァは聞いた。明らかに今までとは質の違う怯えたようなスナザメの咆哮を。

そして燃料が底を付き自動的に攻撃が停止したその時残っていたものは……、


「よしっ!やったぞ!?」


……のたうち回り、血塗れで地面を転がる二頭のサメだった。

既に地面に潜る力も無いのか、

大地の上でまな板に載せられたかのように力無く横たわり、

そして、ただ恨めしそうな視線をノヴァに向けている。


「……ぐっ」


彼らとて別に来たくてここに来た訳ではない。実際の所ここへは無理やり連れて来られたのだ。

その理不尽に対する怒りは当然だったろう。


無論、そんな事はノヴァには関係無い事だ。

そう。関係ない……はずなのだが何故か居たたまれなくなったノヴァ。、

彼は気が付くとまるで介錯のようにCIWSに残った全弾を瀕死のスナザメに叩き込んでいたのであった……。


……。


それから数十分後。

大型ナイフを手にし、スナザメの腹を割き血塗れになりながら困惑する新米ハンターの姿があった。


「こっちにも居ない?そんな馬鹿な!?」


そう、居ないのだ。

先ほど飲み込まれたはずのシロが、何処にも。


「万が一……でもたったアレだけの時間で跡形も無く、なんてありえないぞ!?」


だが、現に二頭スナザメの腹の中にはシロは居なかった。

精々キャビアらしきものと稚魚が居たくらいだ。

胃の中は空っぽで何かを食った形跡も無い。


「そんな馬鹿な……だとすると……」


ぞくり、と悪寒が走る。

最悪を越えた最狂のシナリオが脳裏をよぎる。

そして、何かを感じ恐る恐る振り向くと。


「GAAAAAAAAAAAA!」

「まだ居たーーーーーーーーーっ!」


そう。スナザメは三頭どころか少なくとも四頭居たのだ。

そして仲間の断末魔を聞いて駆けつけてきたらしいその個体は怒りを隠そうともしないまま、

クルマから降りて無防備なノヴァの横っ腹に……、



「HAHAHA!そうはいかないんだよ!?」

「え!?チャックマン!?」



食いつこうとした所をゴツイ巨体に蹴り飛ばされて吹っ飛んでいく。


「浮いてる!?あの巨体が!」

「さあ、やっちゃってよ皆?」

「「「「イエッサー!」」」」


更に空中で身動きが取れないスナザメに追い討ちをかけるように銃弾やらレーザーやらが突き刺さり、

そしてほんの数瞬だけ空中で痙攣すると、そのまま爆散して果てたのである。


「ミー達にかかればこの程度の相手、楽勝だねHAHAHA!」

「隊長、でもコイツ賞金1000Gぽっちですよ?」

「まあまあ。皆さんだってこの程度に苦労していた頃があったでしょう?」

「確かにねぇ。懐かしい時代だわぁ」


ノヴァがアレだけ苦労したのに、まるで三時のおやつでも口にするかのようにテキパキとスナザメを片付けていく彼ら。

その姿にノヴァは呆然と格の違いを見せ付けられていた。


「さ、流石にベテランは違うんだな……チャックマン?」

「まあね。これ位出来ないよチーム名なんか恥ずかしくて名乗れないよ!……とにかく無事でよかったよ、ノヴァ?」


半ば呆然と呟くノヴァに駆けつけた男達の長……チャックマンはぐっと親指を立てて応えた。

それを見て新米ハンターは思わずへたり込んだのである。


……。


さて、ノヴァは助かった。そうすると次に浮かんでくるのは疑問だ。

近くに居たのは偶然としても、ここに都合よく現れるのは少しばかりおかしい気もする。


「ところで、どうしてここに?」

「ん?そりゃあ君がピンチだって聞いたからね。助けに行ける位置だから助けに来たんだよHAHAHA!」


誰に?と問う暇は無かった。

チャックマンに横から話しかける影があったのだ。


「チャックマン!私としては早いうちに残りのスナザメを掃討を進言しますが?」

「ん?そうだねアックス……じゃあ頼むよ?とりあえず戦力が偏らない編成で三人一組で動けば良いかな?」


現れたのはきびきびと生真面目に話を進める青年だった。

彼は必要事項の許可を貰うと軽く一礼してその場を離れようとする。

と、ここでまるで今気付いたかのようにノヴァに話しかけてきた。


「はい。それで宜しいかと思います。それでは……ああ。貴方がノヴァさんですね?」

「あ、ああ……そうだけど?」


ノヴァが応えると青年は目を細めた。


「私、アックスと申します。このチーム、アームドパーティーでは参謀の真似事をやっています」

「そっか。宜しく……ってこの間会ってたよな?」


そういえば以前例の廃墟近くで彼らと出会った時、彼もまたその場に居た。

確かに、はじめまして……はおかしいかも知れない。


「はい。ですがまともに会話したのはこれが最初。でしたら初対面と変わりませんよ。そんな事も分からないのですか?」

「……そ、そう言うものなのか!?」

「HA,HA,HA……ゴメンよノヴァ。アックスは真面目な良い奴なんだけど何かと言い方がきつくてね……」


だがそれに対する応えは辛辣だった。

あまりと言えばあまりの物言いに絶句するノヴァと冷や汗をかくチャックマンを他所に、

アックスと名乗った青年は鋭過ぎるほどに鋭いその舌をいつの間にか自分の隊長にも向け始めていた。


「辛らつ、ですか。まあ良いでしょう。言いたい事もありますし。……隊長もそろそろ本気を出されたらいかがか?」

「ん?どういう意味だい?別に手を抜いてる訳でもないしこの辺の敵に本気を出す事も無いと思うけどね?」


「いえ、そうではなく私達も力を付けました。そろそろNGAの幹部クラスと戦うべき時かと……勇気があるならば」

「うーん。ミーとしては仲間を危険に晒すより、直接世の中に被害を出してる末端を丁寧に潰して行きたいよ」


「いいえ。むしろ敵の幹部や総帥クラスを狙うべき……人間は寄る辺に集まる習性がありますし、禍根は根から断つべきです」

「…………アックス。気持ちは分かるけど、お客さんの前だよ?」


ただ、それはこの場で言うべき事ではないと気付いたのだろう。

アックスはその口を閉じた。

代わって冷や汗をかいたチャックマンがノヴァに話しかけた。


「悪いねノヴァ、彼にも色々事情があるんだよ。さ、残りのスナザメを」

「スナザメ?……ってあああああああああっ!シロっ!?」


そしてノヴァ、再起動。

あまりの展開に呆然としていたノヴァだが、スナザメと言うキーワードで現状の危機を思い出したのである。


「そ、そうだチャックマン助けてくれ!シロが、あ。えーとシロって言うのはソルジャーで……」

「……私ならここに居るが?」


しかし、慌てて叫んだノヴァだが……何故か明後日の方向から返って来た返事に固まった。


「あれ?」

「まったく。誰がこやつ等を呼んだと思っているんだ?」

「どうやらシロさんを助けようとしていたらしいですね。まだ雛鳥のような存在のくせに剛毅で健気な事で」

「アックス……言葉にトゲがあるよ?気をつけないと無駄に敵を作るからその性格は直した方が良いと思うけどね……」


そこに居たのはシロだ。間違いない。

先ほどスナザメに飲み込まれたはずのシロが居た。

どう言う事か分からずポカンとするノヴァ。


「なんで?」

「内側から食い破ったに決まっているだろう」

「驚いたよ?警戒してたらいきなりスナザメが地中から飛び上がったと思うと、今度はお腹が裂けて女の子が出てきたんだから!」

「幸運でしたね。私が偶然見つけた最新情報を頼りにスナザメ狩りに来ていなかったらノヴァさんは今頃サメの餌でしたよ」


つまり、だ。


「え?じゃあ俺の頑張りは……」

「無駄以外の何物でもありません。そもそも高位のソルジャーがあの程度の相手に本気で遅れを取るとお思いでしたか?」

「いや、私としては心配してくれた事が嬉しいぞ?それに二頭も倒したか……意外と追い込まれると強いタイプだったんだ……」

「ま、何にせよ結果オーライ、だよね?HA・HA・HA・HA!」


要するに、シロは腹の中からスナザメを倒して自力で脱出したという訳だ。

見つけた二頭を見てノヴァが"どっち"などと考えたのは本当に見当違いでしかなかった。

当のシロを飲み込んだスナザメは腹の中で暴れられた為に痛みでのたうち回り、

シロが内側から腹を突き破った時には遥か彼方まで移動した後だった、と言うのが事の顛末。


つまりノヴァが武器の確認を行っている間に、

問題のサメはとっくに荒野の彼方に泳ぎ去っていたと言う訳である。


「とにかく感謝する。高名なるチャックマンよ、貴方に会えて良かった」

「気にしないでよシロ君!困った時はお互い様だからね!HAHAHA!」


結局仲間のピンチは幻であり、ノヴァの手元にはボロボロになった戦車とスナザメ二頭を倒したという事実だけが残った訳だ。

その事実にノヴァは更に呆然とするのであった……。


……。


それから暫くしてからの事だ。


「頑張ったんだけどな……空しい……」

「いやいや、スナザメを倒せればヒヨッコ卒業だぞ?私としては誇っても良いと思うけどなぁ……」


夕暮れの空の下、愛車の上で黄昏るノヴァをシロが慰めている。

その遥か視線の先ではまだ複数残っていたらしいスナザメを追い回すアームドパーティーの姿。

囮や挟み撃ちは当然としても即席の罠まで用いた高度な戦闘を目の当たりにし、ノヴァは多少自信が揺らぐのを感じていたりする。

勿論何を今更ではあるのだが……。


「それにしてもNGAも無茶をしますね。これだけの数のスナザメをこんな辺境に解き放つとは」

「あ、えーと……アックス、だっけ?」

「ふむ、1、5に2、3。4、6と8で7、と……うん、まだ7頭も残っておるな。確かに洒落にならん数だ。上層部も何を考えて……」


そんな時だ。先ほどのアックスと言う青年がやって来たのは。

先ほどは慌てていて良く見ていなかったが、よく見てみるとはっきり言って戦士の装備ではない。

細身の体に白衣を纏い、ノートパソコンを小脇に抱えて分厚いメガネをかけている。

腰に下げた斧が辛うじてアックスと言う名を肯定していた。

……正直言って場違いと言う他無い。


「恐らく、奴等はつがいを数組連れて来たのでしょう。繁殖させるつもりだったのかも知れません」

「かも知れんな。スナザメは比較的倒しやすく新米ハンターへの丁度良い登竜門だ。消費に供給が追いつかんからな」

「何だよそれ……賞金首になるような凶暴なモンスターを増やしてどうするんだ!?」


そんな彼が切り出したのは今回のスナザメの異常性についてだ。

トレーダーを黙らせるだけなら一頭か二頭居れば良い。

十頭を超える群れを放つ必要など無いはずなのだ。

その疑問にアックスは淡々と答えた。


「そうですね……これは私の予測ですが、NGAは賞金首を管理する事によって世界を支配しようとしているのかも知れません」

「なっ!?」

「……単にハンターの飯の種の為に賞金首が居なくならないよう放ってるだけだろ。無論自分達に有利になるようにはしてるだろうが」


それは恐るべき予測であった。

もしそれが事実なら時間を置けば置くほど敵は強大になると言う事に他ならない。

逆にシロは楽観が過ぎるのではないかと言うほどの楽観的な予測を立てる。

……当然二人の口論は軽く熱を帯びていった。


「そうでしょうかね?賞金首を世に放ち、自分達は村々を襲い次々に街を支配する……私には侵略にしか見えませんが」

「うん。それもまた否定できん事実だ。組織と言う奴は大きくなりすぎると自己目的化するしな」

「侵略軍か。こんな時代になんて時代錯誤な……あ、じゃあセーゴの奴も村を狙って見張ってたのか?」


ノヴァの脳裏にあの日の記憶が蘇る。

父を殺され、妹を連れ去られた忌まわしい記憶だ。

思わず内心が口を突く。

だが、そこから話は想定外の方向へと転がり始めた。


「奴等、やっぱり狂ってやがる。見てろよ、何時か絶対にぶっ潰してやる!」

「ああ、そうでしたね。ノヴァさん……貴方も親御さんを奴等に殺されていたんでした」

「何……貴方"も"だと?」


"も"の文字にシロが反応する。

そして当然ノヴァも。


「あ、アンタも親を奴等に殺されたのか!?」

「……ええ。20年ほど前に母を……母さんを奴等の総帥に……その日から私は……そう、復讐の為に生きてきたのです!」

「そうか。道理でチャックマンにNGA打倒を強く言って居たのだな。しかし今の総帥が就任したのは10年ほど前なのだが……」


シロが疑問を呈する。現在のNGA総帥は就任してから10年程しか経っていないのだ。恐らく仇本人ではあるまい。

だが、そんな事復讐者には関係無いのだろう。

思わぬ接点にノヴァも思わず感情的になって泣きながら手を差し出す。


「何でしょう?いきなり手を突き出したりして」

「握手に決まってるだろ!?俺達は共通の仇を持っている。何だか他人とは思えないんだ!」


いきなり差し出された手にアックスは少々面食らったようだが、

ノヴァの言葉を聞くと気を取り直したようにその手を取った。


「……ああ、そう言う事ならば確かに私達は同士ですね。私はハッカーのアックス。何時か共にNGAを滅ぼしましょう」

「ああ、心強い仲間が増えた!その時は宜しく頼むぜ、アックス!」


そして男二人で強く両手を握り合う。


「シロ、その時はシロも手伝ってくれるか?」

「え?あ、いや私は……えーと、流石にそれに命をかけるというのも……」

「部外者を無理に立ち向かわせる必要はありませんよ。所詮は他人なんですから」


「そうか!けど、アックスは一緒に戦ってくれるんだよな!?」

「無論です。……そうですね、その時は例え隊長に止められようが共に奴等を地獄に叩き落しましょう!」

「……ぅ……」


無駄に暑苦しいノリだった。

無駄に感情的な誓いだった。

そして。


「コホン!……ところで、だ。クルマが大破しているが修理費は大丈夫か?」

「ん?シロ?いや、それは大丈夫だろ。スナザメ一頭1000Gとして俺の分だけでも二頭で2000G貰えるし」


「いえ。そう言えば危ないかも知れません。相手は悪名高きトンネルタウンの守銭奴集団ですから」

「え!?」


突然現実的な問題が彼らを襲う。

意味が判らず困惑するノヴァを尻目に、シロとアックスの顔色は悪くなる一方だ。

特にシロは酷い。蒸し暑いノリを逸らす為に適当に話を振ったのだろう。

自分から話を振っておきながら顔色が真っ青だ。


「どういう事だ?」


そしてノヴァはまだ気付いていなかった。

しかし次の会話で否応無く現状を理解する羽目となる。


「簡潔に言えば、回ってきたポスターは一枚……と言う事は全滅で1000Gと言い張られる可能性があります」

「まだ倒しておらんならともかく、もう倒した後だ。向こうの出方次第だが、奴等相手にそれを求めるのはな」


要するに、ハンターオフィスもこれだけのスナザメが出ているとは思って居ない可能性があるという事である。

そして守銭奴で有名なトンネルタウンの人間が自分が損をするような発想をする訳が無い、

それはノヴァ自身が身に染みて良く分かっている事だ。


「あれ、もしかしてこれだけ倒したのに1000Gしか貰えないって事か!?」

「甘いわ!倒した比率から行けば私達の取り分は200Gくらいだ!」

「これは……修理代だけで足が出ますね……」


ノヴァ達だけで四頭にも及ぶスナザメを退治してたったの200G。

そりゃあ個人の資産としては一財産だが、戦車を運用するとなると最低限の額にもならない。

しかもヘルハウンドは満身創痍。修理費だけで足が出るのは確実で弾薬費までは回る訳が無い。


「や、やばい!やばいぞ!?しかも今走れる状態じゃない!」

「ああ、それでしたらうちの装甲車に牽引してもらえば良いでしょう……ただ、資金不足だけはいかんともし難いですね」

「私もCIWSの購入で貰った予算が尽きているぞ!?……どうしたものか」


背筋を伝う嫌な汗と、脳裏を埋め尽くす"破産"の二文字。

ようやくヒヨッコの文字が取れたばかりの新米ハンターにはありがちで、かつ壮絶な試練だ。


どうすれば良いのかとノヴァが頭を抱えていると、

HAHAHAと笑い声を響かせ、余りにも頼りになるみんなの兄貴分がノシノシとやって来た。


「話は全部聞かせてもらったよ!まあ、ミーに任せてよ!」

「む、チャックマン……何か良案があるのか?私には奴等を説得する自信が無い」


そして何やら考えがありそうな様子を見せる。

弱気なシロの言葉にもチャックマンは親指を立てる事で応じた。


「だったら、別な街で話をすれば良いよ!話の判るオフィスもいくつか心当たりがあるしね」

「おお、成る程!」

「流石は隊長……ではこちらの取り分の件もありますし、危険度に応じた賞金額の増額をオフィス本部に問い合わせてみましょう」


チャックマンの言葉に即座に反応したアックスが手元のパソコンを使ってどこかと通信を開始した。

その間にシロは他のメンバーに街までの牽引を依頼し始める。

その手際の良さにノヴァが何も出来ずボーっとしていると、横に巨体がドシンと腰を下ろして来た。


「皆、動きがきびきびしてるな……俺、何して良いのか分からないんだけど」

「HAHAHA!まあ、慣れないと誰でもこんなもんだよ?とにかく街まで送っていくから賞金の話が付くまでのんびりしててよ!」


そうして数分後。装甲車に牽引されて荒野を走るヘルハウンドの姿があった。

トンネルタウンに戻り次第ついでに借りた大型テントに入れて、修理が終わるまでお休みと言う予定だ。


まあ、その修理でもひと悶着起こる事になるのだが、

それはまた次の話である……。

続く



[21215] 08
Name: BA-2◆45d91e7d ID:830230fd
Date: 2010/11/10 15:45
メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~

第ニ章 トンネルタウンの守銭奴達(4)

08


何とかスナザメの一家を撃退したノヴァ達。

幸いな事に運良く駆けつけてくれたハンター集団アームズパーティー(AP)の手により戦車も牽引してもらい、

トンネルタウン近くの空き地にテントを張って大破したクルマを置いておく事になった。


「しかし、修理代が無い。交渉に行ったチャックマンだけが頼りとはな」

「まあ今だけの辛抱だ……賞金の増額が成ったらお釣りが来るさ。ほれ、今は出来る分だけでも修理しておけ」


とは言え、タダの破損とは違い大破状態ともなると修理代が高騰するものだ。

ならば出来る所で節約をするほか無い。

数日間の間、破損状態の少ないパーツをひたすらしこしこと修理する新米ハンターの姿が見られたのである。


「ま、自力で破損修理が出来るだけましなんだぞ?普通ハンターにそれは出来ないからな」

「メカニックぽくて嫌なんだけどな……ま、贅沢は言えない事ぐらい流石に分かってるさ」


まあ、ここで何か事件が起きた……例えば賞金増額が叶わなかった、とかと言うのならそれもまたよくある話だ。

だが今回の問題は想定外の部分で起きた。

賞金を受け取って店に出向いた時、予想外の事態がノヴァを襲ったのである。


……。


数日後。

ノヴァは自分の手に負えなかった20mm機関砲を大破させたまま賞金を持って満タンサービスに訪れていた。

ただ賞金は届いたとオフィスから連絡があったがチャックマン達がこの街に来る事は無かった。

そのまま交渉に行った街で新たな賞金首を狙うらしい。


「ま、あのレベルじゃここいらの賞金は少なすぎるだろうしな」

「俺も早くそう言うレベルになりたいもんだ……ま、今はまず修理だな」


この街ではクルマ関連の施設が一纏めになっていて補給、武装の売買の他に修理までやっていたのだ。

まあ、経営者が経営者なだけにぼったくられる可能性は捨てきれなかったが、それでも他の街までは遠い。

そこで本格的にオーバーホールを考えて居たのだがそこで問題が発生した。


「修理できない?」

「ああ」


軽く中を見るなりいきなりこの言い分である。

流石にノヴァも怒り心頭だ。


「おいおい!?今までそんな話聞いたことが無いぞ!20mm機関砲が曲がってるぐらい本職なら直せるだろ!?」

「そうだな。このレベルなら直せる職人を何人も知って……と言うか出来ないようでは職業整備士失格だ!」

「落ち着けよ二人とも!?いやそっちは直せるし、むしろ買い替えをお勧めしたいんだけどよ!?」


そう言って店主は装甲を外した中から、あるものを指差した。


「見ろ。Cユニットが焦げ付いてやがる……良くこれで異常を察知できなかったもんだな?普通は動かないか武器が使用できなくなるぜ」

「ふむぅ……確かに。しかも汚れ具合などから見るに数日前どころの話ではないな。良く機能停止しておらんもんだ」

「あれ?確かに今さっきまで普通に動いてたんだぞ?」


そこには画面の裏が配線からマザーボードまで完全にショートしたCユニットの姿があった。

しかも、明らかにスナザメとの戦い以前からこうだった様子だ。

はっきり言って、爆発していないのが不思議なほどであった。


「今さっきまではともかく今後これで動かしてあんたの無事は保障出来ないぜ……そこでだ、いいCユニットの出物が……」

「取り付けから設定までそっちで責任持ってやれるって言うならどんなに高くても買うが?」

「おい!?正気か!?」


しかし、ノヴァはニヤ付いたまま動かない。

それを見て店主は何かを感じ取ったようだ。


「で、何か条件でも有るのか?」

「ああ。こいつに積まれてる戦闘システムを完全に移植してくれ」


その笑みに何か嫌なものを感じ取ったのか店主は暫くCユニットを弄っていた。

そして脂汗を垂らしつつ結論付ける。


「あー、こりゃ無理だわ……これ、戦闘システムを弄りすぎだ。走行系が何一つ入っちゃ居ねえし!?どうやって運転してるんだよ

!」

「え?でもそれこそ今さっきまで普通に走ってたぞ!?」

「まあ、拾った所のデータでもそうなってたな……まあ、記録を残した後で改良したんだろうけど」


ここで思い出してもらいたいがヘルハウンドはそのコンパクトかつ火力偏重と言う設計の歪みのせいで、

Cユニットを交換できるようには出来ていないのだ。

今回はその弊害が一気に出た形になる。


「ま、そう言う訳だ。これに代えは無いから修理してくれ……言いたくは無いけど金に糸目はつけない」

「専用装備か、まあ使い難い代物だが仕方ないな」


故に修理する他ないのだ、と結論付けた所で店主の額に汗が。


「いや、そのお言葉は俺、凄い大好きなんだけどよ……無理だわ」

「だから本職なら大破状態から直せよと」


「……だってよ。言いたかないが……部品が足りないんだよ」

「「は!?」」


無茶苦茶悔しそうに発せられたその言葉に、ノヴァとシロの声が見事にハモるのであった……。


……。


結論から言うと、ヘルハウンドも試作品なら装備品もまた試作品だったのだ。

当然全てが特注品。

勿論容易く替えの利く機関砲や機銃などは何の問題も無い。

シャシーも元の形さえ分かれば修復は容易かった。

だが、ここでもCユニットの特異性が仇になったのだ。

走行系を完全に外した(ように見える)特殊な造りだ。下手に弄ると逆に壊しかねないのだと言う。


「部品そのものにもかなりの負荷がかかった跡があるしよ……こうなりゃ何種類かを組み合わせて新作するつもりで行くしかねえ」

「それが為に、技術代、加工費だけで3000Gもの大金を取る気だと?」

「確かに金に糸目を付けないと行ったのは俺だけどさ。いや、あのままの方がよほどヤバイのは判るが」


頭を抱えるノヴァに店主はしたり顔で言う。

……半ば本気の憂いを込めて。


「そうそう。それが分からないまま半壊で出て行って死んだハンターが多いんだわ」

「笑えんな」

「こう言うのもメカニック視点だよな……まあ良いけど」


とにかく組み合わせる部品は99式神話やラクターなどを中心に無名な物まで色々と集めねばならない。

しかも、その一部分だけ買うわけにも行かない為まともに作れば材料費が易々と万の桁に達する。

それをどうしたものかと思った所で……シロが口を開いた。


「ま、そんな金欠ハンターに朗報がある……実はな、無人兵器の生産工場に心当たりがある」

「シロ!?マジか!?」

「へぇ。流石歴戦のソルジャーじゃねえか。まあ大抵は荒らされて何も残ってないのがオチだが……ひとつふたつはあるかもな」


かつてノアの反乱において、システムを乗っ取られ機械側の兵器生産拠点となった工場は世界中に存在した。

大半は人間の手によって破壊されたがそれでもまだ今も稼動中の工場もあるという。

そして、破壊され放置された工場跡地も現在の人類にとっては宝の山だ。

機械部品一つ、ネジの一本が結構な額の財産に化けるのだから。

無論、当時の警備システムが生きていて返り討ちに遭うことも多いのだが……。


「よし!じゃあ俺はさっそく修理の準備にかからせてもらわぁ……へへっ。あんたからは大口の依頼が多くて助かるぜ!」

「うん。お前の腕だけは信頼しているからな。ノヴァ、今回クルマは使えん……レンタルタンクを呼ぶからそれに乗っていくぞ?」

「分かった。しかし廃工場の探索か……腕が鳴るぜ!」


こうしてCユニット修理の為の廃工場探索が始まる。

……筈だったのだが。


……。


そうして数日後。

シロが呼んだレンタルタンクに乗り込んだ二人はシロの知っていると言う無人兵器の生産工場にやって来ていた。

レンタルタンクをシロが無線で返却している内に軽く偵察、としゃれ込んだノヴァだが、

……数十秒で血相を代えて戻ってきた。


「おいシロ!?」

「どうした騒々しい」


何故なら。


「何で工場が稼動してるんだよ!?」

「止まっていると言った覚えは無いが?」


その工場は未だに無人兵器を生産し、

今この瞬間も、殺人兵器を世に送り出し続けて居たのだから。


「……なんでそんな所を黙って放置してるんだよ!?」

「色々込み入った事情があるのだ。そしてな、人間の警備も居るがお前はそれに見つかってはならない」


ここで生産される兵器はただひたすらに人を殺す為のもの。

それを知りながら見過ごしてきたシロにノヴァの怒りが爆発する。

別に正義を気取っている訳ではないが、それは人として許せなかったのだ。


「何でだよ!?おかしいじゃないか!警備ロボだってぶっ壊せるだろ!?」

「少なくとも今のお前にはここを破壊する事は許されない。アレを見ろ」


そして、シロの指差したほうを向き、絶句する。

古めかしい工場の片隅に比較的新しいエンブレムが印字されている。

しかもそれは……。


「NGAのロゴ、だって!?」

「そうだ。ここを発見したのはNGAだ。それ以来無人兵器の死角から警備さえしている。見つかれば奴等とて討たれるがな」


ノヴァには分からない。

余りにも無茶苦茶だ。

無人兵器にとってはNGAも敵でしか無いはず、

それなのに何故こんな事を?


「それこそ何で!?」

「分からんか?」


静かに、と口に手を当て注意を促すとシロは歩き出す。

その後ろを足音を立てないように歩くノヴァ。

そして結論はやけにあっさりと出た。


「私達がここに何をしに来たのか、それを考えれば自ずと答えは出るよね?」

「部品をこっそり掻っ攫って……運び出してるのか」


「そうだ。そしてその部品はNGAのみならず一般の人々の間にも出回るのだ」

「……連中の資金源としてか?なまじ世の中の役に立ってる分、更に腹が立つな」


ノヴァは納得した。シロがここを知りながら何もしないのも人々の為を思っての事なのだろう、と。

そして今から自分も奴等と同じ事をせねばならないのだ苦虫を噛み潰したような顔をする。


「嫌だなぁ……ここを放置したまま部品だけ持って行くのって奴等のやり口と同じじゃないか」

「我慢しろ。選べる立場でもあるまいに」


そう言ってシロは足取りも軽く工場内に侵入していく。

最初の部屋は無警戒で走り抜け、続く部屋でノヴァに何かを指差した。


「さて、この先にカメラがあるが」

「ああ、見つからないように横をすり抜ける。動き方からするに部屋の隅に死角があるみたいだし」


指の先にはこれ見よがしの監視カメラ。

そしてその動きを良く観察したノヴァがそう結論付けると……シロはにんまりと笑う。


「くふふ、外れーっ。あれダミーだよ?本当のカメラはほら、部屋の隅の壁にある5mmくらいの穴の奥!」

「あれか!?ブービートラップなのか!?と言うかその口調は何だーーーっ!?」


「あ……まあ冗談はさておき、あのカメラは無人兵器側の管轄なので壊す事は許されん。警戒態勢に入られるからな」

「じゃあどうやって奥に?」


それに対しシロはいやにあっさりと答えた。


「匍匐全身」

「……そんなローテクな」


とは言え、下手な最新鋭装備より単純なこれらの策のほうが効果が高い事もある。

元を正せばノアをも倒した伝説のハンターが発見したらしいこの工場は、

今やこの近辺で数少ない大破壊前のパーツの手に入る場所でもある。

例え何がどうしようが……そう、ここで生産される兵器で死人が出ようが、今更ここを破壊する事は許されない。


今の人類に大破壊前のテクノロジーを再現する事は不可能だ。

そう、たとえネジ一本と言えども精度の高いものを手に入れるためにはこうする他無いのだ。


「まあ、件のノアもまさか自分達が結果的に人類の文明を守っているとは夢にも思うまい」

「そりゃそうだ。口癖が人間=悪魔のサル!だしな……気付いてたら即閉鎖だろ、どう考えても」


床に這い蹲りカメラと赤外線センサーを掻い潜る。

長い時間の果てに下段のセンサーは経年劣化で破損し、その破損を知らせる為のセンサーも同じく死んでいた。

ノヴァは長い年月を愚直に壊れるまで働いたセンサーに敬意を払いつつ先に進む。

そして、ほんの少しづつ空いた警戒網の隙間を縫うように工場の奥へと進んで行くのだ。


「おっと、この奥の部屋はかつてここは休憩所だった場所で今はNGAの警備室だ。今から無線でニセの命令を送る。待ってろ」

「またか……これで5つ目だぞ!?しかも今の所全部騙されてくれてるし……」


途中幾つかの警備室があったが"NGA以外の侵入者を許さない鉄壁の守り"、

と言う触れ込みが掲示されている割に嫌にあっさりとシロの無線で騙されていく。

随分ザルな気もするが所詮は大破壊後のニセ軍隊、と言う事なのだろうか。


『あーあー、こちら総帥直属のハウンドドッグ少佐です"別にスカートの中に上半身を格納したりはしないよ"』

『"別にスカートの中に上半身を格納したりはしないよ"の符号確認!少佐殿、どうされました?』


『うん。侵入者が来たみたい……エリアNRX055に潜伏中の様子だよ?ここは私が守るから向こう見てきてね』

『はっ!では少佐がご到着次第』


『軍曹っっ!私は教官時代お前をそんなノロマに鍛えた覚えは無いよ!?たった三年で忘れたのかな!?今すぐ行きなさいっ!』

『は!サーイエッサー、ところでさっきここで待機と言われた件は……』


『返事はマムだよ!命令変更も分からないの!?もう、しょうがないなぁ!』

『い、イエスマム!……猟犬怖ぇーー……(小声)』


『 聞 こ え て る よ 』

『も、申し訳ありませーーーーーん!』


そうして今回もまた哀れな犠牲者が妙に手馴れた様子で無線機を使うシロに騙され、

誰も居ない倉庫らしき場所に誘導されていく……。

傍から見ていると本当に見事としか言いようが無い。


「しかし手馴れすぎだ。どうなってるんだ!?」

「うむ。先ほどの会話にあった少佐とは面識があってな。今日はここに来て居るらしいから利用させてもらった」


要するに人となりが分かるなら真似るのは容易と言う事だろうか。

真似られた方はたまったものではあるまいが……。

ともかく上手く行ったのは確かだ。気にするべきではないだろうとノヴァは考える。


「見つけられたら色々と厄介だ。この奥に部品の一時置き場がある……そこで必要なものを探そう」

「急がないと騙したのがばれる、か」


そう、時間をかける訳には行かないのだ。

警備システム、そしてNGA。

その双方から隠れ通さねばならないのだから。


「まあそういう事だ」

「よし、じゃあ急ごう。ヘルハウンドも待ってるしな!」


……そして、二人は特に妨害も無く部品を手に入れる事に成功する。

その後は荷物を満載した箱を背負ったノヴァが先に脱出し、

それに乗じてシロが騒ぎを起こしてノヴァが安全圏に逃げ切るまでの時間を稼ぐ事に決まった。


「悪いな」

「気にするな。それに、戦闘能力で考えれば妥当だろう?」


そう言ってシロは工場の奥へと消えていく。

ノヴァは少し心配もしたがスナザメの腹を食い破るような相手を心配するだけ失礼かと思い直し、

今は部品の持ち出しが最優先だ、と指示された方に走っていったのである。


……。


そして十数分後。

現在は使われていない、と言うか機能を停止した製造ラインの一角にシロとそれを取り囲むNGAの兵士達の姿があった。


「見つけたぞ!」

「よくも騙してくれたな!?」

「……何も無い倉庫に集まった俺達が馬鹿みたいじゃないか!」


五人の兵士がシロを取り囲んでいる。


「やれやれ、ようやく追いついたのか……なあ少佐。最近の新兵は質が落ちたんじゃないか?」

「そう言う事言わないでよ。そんなのシロだって分かりきってる事でしょ?」


そして屈強な男達に混じり、正面から対峙する二人の少女。


「少佐!さっさとやっちまいましょう!」

「誰かは知らないがここに迷い込んだのが運の尽きだぜ!?」

「あ、でもこっちを無線で騙したって事は迷い込みじゃ無いだろ」

「どっちでも構いやしねえぞ!このヘルメット野郎をぶっ潰せ!」


「そうだね。……じゃあシロ、この子達の相手をしてあげてよ?」

「いいだろう、お前を抜かして五人か。何分持つかな?」

「「「「「ふざけるんじゃねえ!」」」」」


少佐と呼ばれた少女が手を振り下ろす。

それを合図に周囲の男達が一斉に飛び掛った。


「このっ!」

「まず一人」


だがシロは慌てず騒がず先頭に立って駆け寄ってきた男の足を撃ち抜く。


「うわっ!いきなり倒れるな……ああっ!?」

「二人目っと」


そして体制を崩した仲間の背中に突っ込む羽目になった二人目が倒れた所を見計らい、

靴の爪先で鼻の下辺りを蹴り飛ばした。


「手前ぇぇぇええええっ!?」

「囲め!囲めええええええっ!」

「撃てっ!近寄らせんな!」


流石に実力差に気付いた残り三人は周囲を取り囲む。

そしてそれを見た少佐はうんうんと頷いて……そして呟く。


「はあ。決断が遅いよもう」


次の瞬間には一人が足払いを受けて宙に舞っていた。

ドサリと無様に尻餅をついたその男の後ろに回りこんだシロはそのまま腕の関節を決め、

更に襟首を掴んで自分を狙う残り二つの銃口の前にかざす。


「ぐっ、仲間を盾にしやがった!」

「泡吹いてる!?首が絞まって気を失ってやがるぜ!?」

「その隙が命取りだ」


そして最後は仲間を盾にされ躊躇したその一瞬の隙を突き、二発の銃声が響き渡る事となった。

各自の腕から銃が飛ぶ。

シロの放った銃弾に弾かれた二挺の拳銃はくるくると回りながら部屋の隅へと滑っていく……。


「し、少佐……コイツ強ぇ……」

「やばいですよ!?どうします?」


貫かれた手の甲を押さえながら上官の後ろに下がる生き残り二人。

それに対し少佐は軽く腕時計を見てふうと息を吐くと口を開いた。


「シロ?時間稼ぎは成功したみたいね」

「まあな」

「「えっ!?」」


唖然とする部下に諭すように少佐は続けた。


「ここに侵入者が来るとしたら大破壊前の高度な工業製品目当てに決まってるでしょ?それでシロは何も持ってないじゃない」

「「ああっ!?」」

「まあ、そういう事だ。うちの相方は既にそっちの警戒網を抜けた頃だぞ」


シロのにっとした笑いにNGAの兵士二人はぐっと歯を食いしばる。

そして残った腕に武器を手に取ろうとし……すっと横に伸ばされた腕に止められた。


「二人とも、そこで伸びてる三人を医務室に連れて行って。シロは私が相手するから」

「少佐!?……分かりました。ご武運を」

「くそっ!皆、無事かっ!?」


上官の指示のままに負傷者を背負い、引き摺りながら去っていく兵士達。

そして残された二人の"少女"は……。


「お疲れ様ー。後始末は私がやっておくから早く撤収してね、シロ?」

「うん。では後の事は頼んだぞ」


何故か顔を見合わせて深い溜息をついていた。

心底くたびれたのか、ぐりぐりと腕を回して肩を鳴らしている始末だ。

どう考えても侵入者に対する対応ではない。


「でもさ、連絡してくれれば幾らでも警備ザルにしたよ?何で黙って侵入してくるの?」

「阿呆か。そんなあからさまな事をしたら私達の事がばれるではないか!」


そう言ってシロは侵入と戦闘のために汗で蒸れたヘルメットを取る。


「あ、そうだね。ばれちゃ拙いんだった」

「まったくお前は……第一あの馬鹿兄貴と会ったら、お前何も考えずに抱きつくなり何なりしていたろう!?」


「うん」

「うん、ではないわ!?後先考えろこの直情娘が!」


……二人は全く同じ顔をしていた。


「あはは。でもお兄ちゃん元気そうで良かったよ。私、心配してたんだから」

「分かっている。だが今のままでは生き延びれんな。まあその為に私が居るんだが」


「頼むね。お兄ちゃんちょっと夢見がちだったし」

「……もうそろそろ現実を思い知った頃だと思いたいがな?」


そしてシロは再びヘルメットを被る。

少佐と呼ばれた少女はと言うと無線で何処かへ連絡を始めた。


「では私は行く。今回は私が敗走した事にしておけ」

「うん。それに今のまま戦ったら装備の分私のほうが強いもんね!」


そしてシロは自信有りげに胸を張る少女に背を向けて走り出す。


「ではさらばだ!妹よ!」

「うん、シロも元気でね。お兄ちゃんにも宜しく!」


二人は手を振りながら別れる。

一人は工場を走りぬけ、重い荷物を背負って走り続けるノヴァの下へ。

そしてもう一人は、


「ふう、ようやく侵入者を追い払ったよ!」


「お、流石は少佐」

「取り逃がしたのは残念ですが……」

「でも話にあったシロって奴は我等の作戦行動をよく邪魔してる奴じゃないか?」

「名うてのソルジャーですか。あの狂犬に狙われて命があっただけマシって事ですかね」


工場の医務室に集まった"部下"達の元へ向かう。


「かもね。じゃ、きっと盗まれた物があるだろうし傷の浅い者は貨物の点検してきてよ?」

「「「イエスマム!」」」


テキパキとした指示とそれに従う者達の対応は一朝一夕で身に付くものではない。

だがその姿はノヴァの妹そのもの。だとしたらそれはどう言う事だろう?

……そしてここにもそれを疑問に思う者は居た。不審げな顔を隠せず額に皺を寄せている。


「なあ少佐……一つ質問があるんですけどってーの」

「どうしたの、伍長」


男の名はセーゴ。ノヴァの因縁の相手にして妹であるナナを連れ去った当人であった。


「……あの娘はどうなったんだってーの?」

「ナナの事?うん。元気にしてるけど?」


そう。このセーゴは彼女にナナを引き渡している。

……まるで同じ顔のこの少佐に。

その事に気づいたのは引き渡したその時だったが、

その瞬間、彼は彼なりに驚愕したものだった。


そして、それ以来ナナ=タルタロスと言う少女を見た者は誰もいないのだ。

それどころか話題にすらならない。

セーゴにとって、それは余りにも不気味な事だった。

普通なら、自分達に逆らった奴の家族なんてその末路が酒の肴となり、

噂として自分の耳に届いていてもおかしくないのに、だ。


「いや、なんてーか。NGAに逆らった奴の妹の割りにその後どうなったかって全然話にならないってーの、って思いまして」

「……ふーん」


目が、笑っていなかった。

セーゴはまな板に載せられた魚のような気分のまま、自分が地雷を踏みつけた事を悟る。

そして、少佐と呼ばれた少女はセーゴに軽く近づくとその頭をがしりと掴んで呟いたのだ。


「居ないよ。……ナナ=タルタロスと言う少女はもうこの世の何処にも居ない……分かったかな?」

「……は、はぃっ……!?」


小さな体に見合わない野生の獣が如き殺気に気圧されセーゴは呼吸困難に陥った。

そして、その手が離されても暫く荒い呼吸が戻らないで居る。

ぐるぐるぐると視界が回る。

圧迫された精神が安定を求め低きに、安きに流れて行く。

流れて行く。そう、それはまるで水の流れにも似て……。

流されていく。感情も、記憶も、そして……。


「ゼハーッ。ゼー、ゼーっ……」

「話は、以上だよ」


圧迫感が消える。

もう消えろと言わんばかりの上官の態度に救いを見出し、

セーゴは駆け出すようにその場から離れていく。

そして。


「はぁはぁ。いやあ、やばかったってーの……もう金輪際あの事は……あの事?」


彼は一人、暗い通路に立ち尽くす事となる。

何故なら彼は、


「あの事って……何だったんだってーの!?」


疑問に思ったことを、

何一つ、

覚えていなかったのだ。


続く


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