メタルマックス異聞禄
~砲火のガルム~
第一章 因縁のはじまり(3)
03
満足に草すら生えない荒野のど真ん中。
大岩が一つゴロリと横たわる茶色い大地に少々色合いの異なる何かが蠢いている。
デニム地のツナギにゴーグルキャップと言ういでたちの少年が必死に岩を動かそうとしているのだ。
「ち、くしょう……足元にマンホールが見えるってのに……これじゃあ入れやしない!」
じりじりと照りつける太陽に少年は汗だくとなり、ドサリと地面に腰を下ろした。
幸いかつてのアスファルト舗装の跡があり、尻も汚れはしない。
だが、何時間格闘しても小揺るぎもしない岩の重さに少年は辟易としていた。
周囲を見渡しても色あせた巨大な看板が一つあるだけで周囲は殺風景この上ない。
近くにモンスターや野党の類が居ないのがせめてのも救いか。
とは言え、誰にと言うことは無いが文句の一つも言いたくなるのが人情だろう。
「第一おかしいんだ。何で、こんな何も無い荒野のど真ん中に大岩が一個だけ……」
ぼやきながらも少年は期待に胸が膨らんでいるのに気付いていた。
父が殺され妹が浚われたというのに不謹慎だとは思うがどうにも止められない。
大岩は随分長い間ここにあったようだ。
不審に思い地面に積もった土をほろわねばマンホールを発見する事も出来なかったろう。
そしてその事実は、もう長い間この入り口が閉ざされたままであった事を示す。
……つまり、お宝がそのまま残されている可能性が高いのだ。
「もし本当に戦車があれば、ナナを連れ戻す事も親父の仇討ちも出来る……」
とは言え、このままでは意味が無い。
少年は村を追い出されるままにここに来た。
全財産でショットガンを買ってしまったので金も無い。
親父の机から自衛用の手榴弾を見つけていたので使ってみたが、それも大して効果は無い様だった。
「けど、これじゃあどうしようもないよな……仕方ない、近くに街は?」
少年は慣れない手つきでBSコントローラーを弄りだす。
ここでのたれ死んでも仕方ないと、近くの町で補給をする事にしたのだ。
まずはバイトでも何でもやって、この岩をどかす方法を見つけねばならない。
「えーと。街の検索検索……ってどうやるんだ?えーと、ここをこうしてこうやって……あれ?」
説明書も無い電子機器を総当りで操作していると、
コントローラーから突然響き渡るエマージェンシー。
地図の現在地が×マークからドクロマークに変化し、
挙句にカウントダウンまで始まった。
「な、何だ!?壊れたのか!?そんな……ん?」
違和感を感じた少年が顔を上げると、天が眩しい。
何だ何だと思っていると、天の光が一際激しく瞬く。
続いて大岩の辺りが赤く照らし出されたと思うと、光の本流が周囲を包み込んだ!
「本当に何なんだあああああああああっ!?」
呆然とする少年。だが、光が収まってみると周囲には激しく熱せられた跡があり、
大岩が砕け、彼でも動かせるサイズに砕け散っていた。
良く分からないが、障害は取り除かれたらしい。
「な、何だかわかんないけど取り合えず……結果オーライ、なのか?熱っ!?」
棚ボタとは言えこの機会を逃すかと彼が熱せられたマンホールの蓋に苦戦している時、
腰に下げたBSコントローラーにはこんな文面が浮かんでいた。
『衛星レーザー命中確認。キラー衛星再充電開始……充電完了時刻、不明』
大破壊以前のテクノロジーは極めて高度であった。
そう、それから長い年月が過ぎても未だ稼動する攻撃衛星が残っているほどには。
満足にメンテナンスもされていない衛星が何時まで使えるかは知らないが、
恐らく彼は、そして人間は壊れるまでそれを使い続けるのだろう。
それがこの時代の人間のあり方であり、同時にそれはこの時代の人間の限界であったのだから。
……。
「うわっ……真っ暗……じゃない」
少年がマンホールを開け中に入ると、漆黒の闇の中だったマンホール内に電灯が灯った。
作業員用に対人センサーにより自動で照明のスイッチをON,OFFするシステムなのだが、
この時代に生まれた少年はそんな事を知るよしも無い。
「訳分かんないが兎に角明るいのは良い事だよな、うん」
少々不気味に思いながらも少年は地下を、かつての下水道を進んでいく。
幸い長い年月と人類の激減により、下水の汚れは無いと行っても良いレベルだった。
少なくとも飲んだりはともかく水に足を突っ込んでも汚いと思わないほどには。
「……なんだ、あれ?」
そして、暫く進んだ所でノヴァはそれを見つけた。
丁度その辺は電球が切れ掛かっていたらしく明かりが時折明滅を繰り返していて良く見えない。
だが、粘着質の何かが蠢いているように彼には見えた。
「ヘドロ?いや、それにしては動きが大きい……まさか!?」
「しゃわしゃわ……」「しゃわしゃわ」
ノヴァの上げた声に反応し、それは振り向いた。
ぬめぬめとしたゼリー状の怪物。
伸縮自在の触手により動物、そして人間をも捕食するそのモンスター。
その一つしかない眼球が、目を血走らせてこちらを睨みつけていたのだ。
「もしかして、殺人アメーバ!?」
「しゃわしゃわ」
その軟体生物を人は殺人アメーバ、と呼ぶ。
それは人類がかつて作り出した遺伝子工学の結晶……そしてその負の面の体現者の一つ。
食用として作られたらしいが今では人類に牙を剥く捕食者でもある。
「くっ!……倒れろッ!」
「しゃわっ!?」
普通ならパニックになるところだが、そこそこ距離が離れていた事が少年に幸いした。
慌てて構えられたショットガンから放たれる散弾が、何かにたかっていたアメーバ達を吹き飛ばす。
その攻撃に構成物質の何割かを失ったアメーバは驚き、騒ぎ立て、そして下水の先へと逃げ出して行く。
そしてその場にはアメーバにたかられていた何かと飛び散った構成物質の欠片だけが残された。
「……驚いた……生きてるアメーバ見るのなんか初めてだ。数がいたら本当に人でも殺せそうだな」
少年にとって殺人アメーバとは最も一般的な食品の名前でしかなかった。
例えば読者諸兄の社会において豚肉とはスーパーでパック詰めにされているものが大半であり、
豚の飼育や食肉加工の工程を知る者はそう多くあるまい。
彼は己が良く食していたものがどういう存在であるのか今身を持っている事となったのである。
「ええと……まあ、何処かの酒場に持っていけば売れる、よな?」
動き出さないか心配だったが少年はこれも何かの役に立つだろうとぬめぬめした細胞片を袋に詰める。
そして、先ほどのアメーバたちが何にたかっていたのかと目を向けて、驚きの声を上げた。
「犬ぅ?」
「……くぅぅぅぅん」
己の血で毛皮が赤く染まっていたが、それは間違いなく白い毛皮の犬だった。
背中に壊れたバズーカを背負っている所を見るとバズーカドーベルだろうか?
いや、バズーカドーベルなら犬種はドーベルマンのはず。
それはいわゆる柴犬系の雑種のようだ。
どういう訳かは知らないが、腹を空かせ武器を失ってアメーバの餌になりかけていたらしい。
「アバラが浮きでてら……腹を空かせて迷い込んだのか?自分が餌にされてちゃ世話無いぞ?」
「……くぅぅぅぅん」
少年は周囲を見回し壊れた木箱を見つけると火炎瓶の栓を抜き、
先ほど手に入れたぬめぬめ細胞を軽くあぶった。
そして、回復カプセルと一緒にして犬に与える。
「俺自身の分も足りないってのに何やってるんだろ。でも伝説のハンターは犬連れてたって言うしな」
「キャン!」
傷が塞がって元気を取り戻したらしい犬は固定用ハーネスを食いちぎって壊れたバズーカを捨て、
身軽になってその場で軽く跳ねた。
「よしよし、この恩は一緒に戦って返してくれよ。俺、ハンターだし……って分からないよな」
「くぅん!?」
ノヴァの言葉を理解したのかしていないのか。
犬は軽く吼えると少し走り、そして立ち止まった。
「……もしかして、何かあるのかこの先に?」
「わん!」
吼えた犬に何かを見出したのか少年は犬の後を付いて行く。
時折アメーバが襲い掛かり触手でこちらに襲い掛かるがショットガンで吹き飛ばされたり、
元気になった犬の牙にかかったりして追い散らされていく。
「わふ!」
「……お、何か今までとは違うな」
そして子一時間すると下水が終わった。そこから先は異様に真っ直ぐな通路だ。
他の部分とは壁や床の材質からして違っているように見える。
何かの秘密の施設のようだ。
「さて、何が出るのか……ってもしかして例の戦車か?これは、まさか……」
「わふ!」
ノヴァが歩いて行くと犬が立ち止まった。
どういう訳かある所から先には決して行こうとしない。
そして突然吠え出したが何故なのか分からず、少年は気にせず先に進もうとする。
「わ、わん!わん!」
「……どうした?連れてきたのはお前だろ?」
犬は突然少年のツナギを噛むと、そのまま後ろに引っ張ろうとする。
……少年は気付かなかった。その先に何があるのかを。
少年は気付かねばならなかった。なぜこの犬が満身創痍で倒れていたのかを。
『警告、警告!当施設は一般立ち入り禁止です。関係者以外は直ちにお引き返し下さい』
「なんだ!?」
「きゃん!きゃん!」
突然、大音響の電子音が周囲に響き渡った。
セキュリティ警告など聞いたことの無いノヴァがきょろきょろと周囲を見回す間にも、
状況は更に変化していく。
『警告に従わない場合、排除されます。なお、これは対NO,A措置法に基づく緊急措置として……』
「な、なんだか物々しい雰囲気だな……何なんだこれ?」
「きゃいいいいいん!?」
少年は何も知らず、少し不安げに先に進んでいく。
犬は困り果てていた。最初は直前で立ち止まらせこの先の脅威を教えるつもりだったのだ。
だが少年は先に進み、あまつさえ警告をも無視している。
……犬は無知を甘く見ていた。
この犬は戦闘用に知能強化されたバイオドックの末裔で実戦経験も豊富だったが、
ここまで無防備に警戒態勢の中を進んでいける人間など見た事が無かったのだ。
個人的理由で少年を見捨てる訳にも行かないとは言えこの先のセキュリティは強力無比だ。
一部を破壊しても暫くすると修理が終わってしまう。
『最終警告。部外者は退去されたし。部外者は退去されたし。さもなくば、排除する!』
「何か生えてきたーーーーっ!?」
「きゃいいいいいいいん!?」
だが、本能には逆らえなかった。
壁から、天井から監視カメラや機銃がせり上がり、蛇のようなレーザー砲がその鎌首を上げる。
前進を拒むように武装した分厚い壁が降りてくる。
その光景に先日見た痛い目とその後アメーバに食われかかったという恐怖が犬を包み、
全身の毛皮を逆立てる。
「きゃあいいいいいいいいいん!」
「おい!?何処に行くんだ!?」
そして気が付けば、犬は本能の赴くまま元の道をひた走り続けていた。
……少年を置いていく事への罪悪感と、普段ならこんな無様はしないのにと言う悔恨を胸に。
だが、それでも全身を蝕む恐怖とそれによる本能的な逃げはどうしようもなかったが。
……。
『部外者の退去を確認。警戒レベルを引き下げます。職員のDNA確認……ようこそMr,ハウンド』
「な、なんだったんだ!?」
だが、少年は驚いて尻餅をつきながら呆然と座っていただけで危機を脱していた。
犬が視界から消えた頃、どう言う訳かセキュリティが警戒を解除したのだ。
前方を塞いでいた壁も何事も無かったかのように天井へと吸い込まれていく。
「……消えた」
そして、その場には少年一人だけが残された。
呆然としながら少年は脳細胞をフル回転させる。
今まで無いほどに考え抜いた少年の頭の中で電撃が走り、そして気付いた。
「MR,ハウンドって……親父のか!?じゃあ、俺は親父と勘違いされた……?」
でも何故かと考え、少年は父親の形見の帽子のお陰だと判断した。
実際はDNA鑑定なのでそれはありえないが彼は喧嘩ばかりしていた父親に感謝する。
兎も角さっきの警告は、要するに部外者と認識された犬だけの話で、
彼女は少年を引きとめようと警戒範囲に引っかかってしまったという話なのだが……。
まあどうであれ少年の前には道が現れた。
気を取り直した少年は後ろを振り向き、犬の気配が無い事に気付くと軽く溜息をついて立ち上がる。
「……探すのは奥を見て来てからでも良いか」
そして、通路の奥にある扉を潜るのであった。
余談だが幾ら親子とは言え別人と間違えるほど精度の低いセキュリティ?
もしそうならよく今までやってこれたものだと思うが……まあ、今回に関しては結果オーライである。
ともかく少年は何年も人が入る事の無かったその施設に足を踏み入れた。
……そこは曲がりくねった通路。
侵入者を徹底的に拒むようなその複雑な迷路を半日かけて抜け、
もう一つ下の階層に入り込む。
そこには……。
「うおおおおおおおおおっ!戦車だ!戦車がある!」
まごう事無き"戦車"がそこにはあった。
しかも、時間こそ経っているもののその戦車には"誰かが使用した跡が無い"。
つまり……それは間違い無く"新品"であった。
周囲では使われる予定も無いクレーンや大型ジャッキ等の作業機器が自動機械に整備されている。
そして無造作に置かれたネジの山や転がる工具、貼り付けられた何枚もの設計図から察するに、
ここは研究施設、もしくは試作工房だったのだろう。
……だが、少年にとってそれはどうでも良い事だった。
「おお、おおおおおっ!戦車だ、俺の戦車だ!俺の!俺のオオオオおっ!」
はしゃぎ回りながら彼は周囲を物色する。
戦車の起動用キーを捜すと共に、何か使えるものは無いかと思ったのだ。
残念な事に備蓄されていたであろう物資は殆ど誰かに持ち出されていたが。
「……っても親父以外にありえないよな。まあ、コイツを残してくれただけありがたいか」
少年はコツコツと戦車の装甲を叩く。
……戦車としては小さいそれはだが見た目よりはずっと強固に出来ているようだった。
「さて、ん?コンピュータ……まだ生きてる?これは覗くしかない!」
探し回った結果、鍵は責任者の部屋らしき場所で見つかった。
そして未だに空調の利いた仮眠室と思われる部屋にはまだ動く一台のコンピュータがあったのだ。
少年は早速それを起動させ、関連するであろう項目を探す。
「ん?セキュリティの設定項目……あ、親父の名前が無理やり登録してある……」
そして一番先に見つけたのは他ならぬ彼が襲われなかった理由であった。
職員一覧の最後に父の名が登録されている。しかも不正規なせいか欄外にだ。
……少年はその昔の父の事を思いつつ、自身の名前を所長の欄に上書きした。
『登録します、DNA採取のため採血を行いますので暫くお待ち下さい』
「……痛っ?でもないか」
すると、突然アナウンスが始まり、
通風孔から現れた小型の機械製の蚊が彼の首筋に小さな針を打ち、数秒後にまた飛んで行った。
……どうやらアレで採血を行ったらしい。
『再登録完了、ようこそ所長』
「所長か。うん、えらそうで良い感じだな!」
そして一気に開示される情報のレベルが上がったのを良いことに、関係しそうな情報を読み漁る。
「ええと、試作戦車の写真?……あ、あれだな!」
探していた情報はすぐに見つかった。
先ほど見つけた戦車の写真がデカデカと貼り付けられて居たのだから当然だ。
「ここは……ぶらどこんぐろまりっと?の第二試作戦車工房……機密レベルB、か」
恐らく外部向けの宣伝用らしい作りかけのウェブサイトに、その戦車の詳細が載っていた。
過度に装飾された文言が並ぶが、要約するとこうなる。
ブラドコングロマリット製試作軽戦車"ヘルハウンド"……それがあの戦車の名前。
極めて評価の高かった中戦車ウルフをベースに小型化とコスト削減を狙ったものらしい。
『反政府組織でも容易く扱える主力戦車、これで暴徒の皆さんも安心!空の敵にも対応します!』
をキャッチコピーに試作が進んでいたらしいが、どうやら計画自体が凍結されたようだ。
そして解体を待つ身の上だったが大破壊が起き、そのまま施設ごと放置されたらしい。
もし完成していればモスキートの重量にウルフの装甲を持つ優良戦車になる筈だったとの事。
戦車砲は対空仕様だが機銃二丁と特殊兵装(S-E)二機を搭載可能で、
同系兵装同時射撃を標準装備……と、良く分からないがともかく凄そうな代物だ。
だが、現実には"大破壊前に"計画凍結された。
つまりそれはその戦車に何らかの致命的な欠陥があったと言う事に他ならない。
「……貧乏してた親父が持ち出して売りもしなかったって事は相当酷いって事か?」
だが少年には他の選択肢が殆ど無い。どんな欠陥があろうが知ってさえいればどうにか。
そう考え、今度は内部向け……要は表に出せない情報を開き始める。
幸いにも所長と言うこの時代では意味の無い肩書きのお陰で、
何重にもプロテクトされたファイルがあっさりと開いていく。
かなり長い文面だがその中にはこんな事が書いてあった。
―――ヘルハウンドはブラドコングロマリット始まって以来の失敗作と言って良いだろう。
全てが高レベルで纏まったウルフをベースにした、それはいい。
だが同時進行で進められたガルム計画の主目的……超重戦車ガルムと違い、
軽戦車ゆえシャシーの小さくその内包するスペースは有限。
計画者たちはそれを分かっていなかったのだ!
結論から言おう。ヘルハウンドは計画凍結すべきだ。
戦車の命である主砲を対空砲とし主要火力を副砲やS-Eに任せるなど正気の沙汰ではない。
貧者の為の戦車と銘打ちながら、その弾薬費が極めて高騰するのが目に見えているではないか。
その対空砲も制式装備が20㎜だと?それじゃあアホウドリも満足に落とせん。無意味だ。
最大88mmを装備できると言ってもそもそもあの戦車の砲塔は対空戦闘には向いていない。
銃身が真上を向けるから良しなど何も分かっていない机上の空論だ。当たらねば無意味ではないか。
そして問題のS-Eだが要求どおり二基搭載出来るように設計はした。
だが、制式装備のチヨノフ型エンジンの出力ではまともな物が積めるとはとても思えん。
ツインターボ化したと仮定しても、満足な火力は得られないだろう。
しかも上位のエンジンに乗せ換えた場合は折角の低コストの強みが無くなると言うジレンマだ。
結論から言うとこの車を有効活用するには二門ある機銃に良いものを積む事だ。
強大な敵には全く刃が立たんだろうが掃除屋としては出番がある。
……だと言うのに何故上層部は7.7mm機銃二丁等と言う阿呆な決定を下したのか理解できない。
折角完成した機銃同期射撃攻撃……バルカンラッシュ・システムを飾りにする気か?
特殊兵装一斉射撃、ミサイルラッシュは前述の理由により役に立たないと断言させてもらう。
そうでもせねば装甲タイルが貼れない等と言うのは甘えだ。
S-E搭載能力を捨ててでも20mmオーバーのバルカン砲二門でも搭載するべきだったのだ。
何にせよ、我々はこの異端児を見捨てる決定を下した。
幸い向こうは人が幾ら居ても足りないとの事なのでガルム主計画に移籍させてもらう。
所長……もし、我々に残って欲しいと望むならCユニットから余計な機能を取り外してくれ。
全門発射を含めた三種類の一斉攻撃プログラムを初めとした複雑な仕様に圧迫され、
それが最後の、そして最も致命的な欠陥となったのは貴方も知っての通り。
車体に合わせるため取り外しも利かなくなった大型Cユニットなど害悪以外の何者でもない。
最小構成による最大火力などと言う夢物語は捨て、現実を見て欲しい。
貴方の賢明な判断を期待する。
ガルム副計画開発主任より。
……。
長々と続いた長文だが、要するに火力偏重が過ぎてまともな火器が載せられなくなったと言う事だ。
そしてそれを同期させるため専用プログラムが必要で、Cユニットの取替え……アップグレードが不可。
要らない火器は装備しないと言う選択もあるがその場合折角のハードポイントが無駄になる。
挙句に主砲の火力が劣悪と来たものだ。
そんな状況ゆえ最後には研究者達に見放される事となったらしい。
「……まあ、贅沢は言ってられないよな……考えてみれば主砲が細かったかも、だけど」
電源を落として立ち上がり、再び戦車の前へ。
期せずして父と同じハウンドの名を持つそのクルマは、誰に乗られることも無く幾つもの年月を越え、
そして、遂に主を得たのだ。
「……よっと。狭いな……まあ完全に一人用だし当たり前か」
砲塔上部のハッチを開き車体内部に入る。
主電源が入りエンジンに火が入る。それも恐らく試験以外では初めて。
「レンタルタンクで鍛えた俺の操作テクを……ってあれ?操縦系が無い……まあいい。先に装備確認を」
妙に項目の足りない特注のCユニットをポンポンポン、と操作していくと、
現在装備中の武装一覧がズラリと画面に並ぶ。
「20mm対空機関砲……ああ、話にあった奴か。機銃は7.7mmがニ丁と……S-Eは……あれ?」
主砲、20mm対空砲一門。副砲7.7mm機銃二門、と装備された武装が次々と表示されていく。
続いてエンジンにチヨノフ、Cユニットに特注品名称無しの文字が。
最後に最上段にシャシータイプ、ヘルハウンド試作型の文字が浮かんだ。
だが、このクルマの火力の要であるS-Eの表示が無い。
おかしいと思い設定を弄ってみると、
「ダミー、だって?」
装備品にダミーの文字が。驚いて上部ハッチから身を乗り出すと、
車体後部に設けられた特殊兵装用マウントに設置されているのは張りぼてのミサイルランチャーと、
穴埋め用の蓋だった。
「……用意できなかったのか。ミサイル一つも」
それとも片方には元々は何かが装備されていて父親がここに来た時持ち出したのか……。
兎も角現状のヘルハウンドは、戦車と呼ぶのもおこがましいみじめな状態だった。
これでは地獄の番犬どころかみすぼらしい子犬だ。
まあ、別のハンターに見つかって放置されるような戦車なのだからそれも仕方あるまい。
「ともかくようやくスタートラインに立った……で、どうやって動かすんだ?まさかマニュアル?」
何にせよ、ようやく手に入れた自分の戦車だ。
その力を試したいとあちこち触ってみるがどうしても駆動系の制御システムが見当たらない。
「まさか本当に攻撃以外をオミットしてあるとか?いや、この大きさでそれは無いよな……」
戦車での機動戦においてCユニットは画期的な発明だったそうだ。
本来操縦、攻撃を一度に行うのは困難だ。
それを機械に一部肩代わりさせる事によって操縦者単独での戦闘が可能になったのだ。
「一人じゃどっちかしか出来ないぞ。軽戦車の癖に足を止めて撃ち合えとか?無い、無いよな?」
本戦車はどう見ても二人乗りは出来ない。
操縦者の他に貨物スペースはあるがそこから操縦の手伝いは不可能だ。
「……え?まさか本当に……それが致命的な欠陥かよ!?」
ノヴァは目の前が真っ暗になった。
ただでさえ無理を通さねば妹一人助け出す事も出来ないのにこのハンデは絶望的だ。
通常のモンスターハントも満足に出来るかわからない。
「……どうしろって言うんだ。こんなの、売っても二束三文に買い叩かれる……ん?」
その時、少年の顔に父の形見のゴーグルがずり落ちてきた。
するとまるでそれを待っていたかのように虚空に様々な画面が浮き上がる。
「え?ホログラフ?これは一体……まさか!」
どうすれば良いか判らずオロオロしていると脳裏に操作方法が次々と浮かびあがる。
少し面食らいながらも操縦桿に手を置くとバチバチとCユニットの画面に軽くノイズが走り、
次の瞬間には今までとはまるで違う画面が映っていた。
「あ、必要な全システムが揃ってる……どうなってんだ?まあ良いけど」
しかも、Cユニットの命中補正値も5%だったのが15%に向上している。
……怪奇現象ではある。だがそんな事はどうでもよかった。少なくとも少年としては。
「よぉし。ヘルハウンド……出発だ!」
『試作戦車起動。ゲートオープン・ゲートオープン』
工房全面の分厚いシャッターが音を立てて開く。
その先には広い駐車場が広がっていた。
「とは言え、あるのは精々自転車くらいか……」
まさしく見捨てられた場所に相応しい寂しさだ。本来数十台は止まれる場所はもぬけの殻。
そんな寒々しいほどに広い駐車場を進むとクルマごと乗れるサイズの大型エレベータを発見した。
それに乗り、上階へ向かう。
到着すると着いた先……そこもまた駐車場だ。正確に言うと何処かのビルの地下駐車場だった。
恐らくビルの方はすでに倒壊しているだろうが……。
「あれ?消えた……いや、隠れたのか」
エレベータからヘルハウンドが降りると、ご丁寧に壁が動きエレベータを隠すと言う徹底振りだ。
こうまでして秘密を守って出来た物が欠陥品とは恐れ入るが、それもまたどうでも良い。
周囲の様子が駐車場らしからぬ様相を見せて居たのだ。
「……ここ、昔人間が篭ってたみたいだな。何か即席の陣地っぽくなってる」
かつての大破壊時、人類の生き残りがこの地下駐車場に立て篭もったのだろう。
既に鉄くずと化してはいたが、かつて戦車であったろう残骸がバリケードを形成していた。
そして、その奥で何人もの遺体が折り重なるように倒れている。
「バリケードが抜かれた様子も無いのにどうして……あ」
人々が殺到していたのは水のタンクだ。
すっかり空になっているその蛇口に手をかけたまま死んでいるのは軍人らしき遺体。
そして周囲の人々の服装は経年劣化だけでは片付けられないほつれや穴が。
「……弾薬より先に水や食料が無くなったのか……ごくり」
と、彼はここで気付いた。
弾薬が尽きる前に、と言う事は武器があるのではないかと。
幸いここは誰にも発見されていないようだ。役立つものがあるかもしれない。
「よし……何をするにも金がかかるし奴等に対抗するには力が必要だ……漁って行こう」
空になっていた食料庫らしい大型の木箱に人々の骨を片付け、少年は周囲を漁り始めた。
程なくして予備と書かれた箱の中に、彼は目当ての物を発見する。
「未使用の火炎放射器……しかも車載用だ!こっちは装備できないけど主砲か?……凄いぞ!お宝だ!」
少年は未だ少年のまま。大事な事に気付かない。
何故これだけの武器がある場所が誰にも気付かれていなかったのか?
それには大抵何かの理由があるのだと。
めちゃ……ぬちゃ……。
擬音化するとそんな風に聞こえる不気味な音が何処かから響いてきた。
入り口付近を占拠するその不気味な何かにノヴァが気付くのは、それから暫くしてから。
見つけた装備を嬉々としてクルマに取り付け、
転がっていたパック詰めの装甲タイルをシャシーに貼り付け終わった時の事であった。
続く