さて、教皇即位三周年記念式典が始まった。
聖堂の外では教皇の姿を一目見ようと敬虔なブリミル教徒たちが最早暴徒と化している。
水精霊騎士隊はその混乱の真っ只中で交通整理のような仕事を行なっていた。
「はいはーい。押さないでくださーい。聖堂内は関係者以外立ち入り禁止となっていまーす」
「やいコラ!こっちはゲルマニアからわざわざ旅してきたんだ!ちょっとぐらいかまわねぇだろう!」
「はいはーい、そのままゲルマニアまで回れ右してくださーい」
「帰れと言うのか!?」
「この子牛に聖下から祝福をいただくまでは、俺は国に帰れないんだ!」
「はいはーい、こんな人がごった返しているところに子牛なんぞ連れてくるもんじゃありませーん。帰れー」
「はっきりいいやがった!?」
「教皇聖下に一目でいいからお会いさせろ!」
「そんな権限は俺たちにはありませーん。今は大人しく良い子にして待ってなさーい」
「話にならねぇ!?もっと偉い奴連れてきやがれ!」
「御免ねぇ?こっちも仕事だー。堪忍してくれー」
「うるせえ!怪我したくなかったらすっこんでろ!」
人間と言うのは集団であればあるほど気が強くなる傾向がある。
俺たちの前で暴徒と化しているブリミル教徒たちもその例に漏れずに警備をしている俺たちに怒りの矛先を向ける。
「こいつらをやっちまえ!」
ギーシュたちは魔法探知装置があるせいで魔法が使用できないらしい。
それはとても不便だが、俺には全く関係のないことである。
俺に向かって突進してくるブリミル教徒たち。
俺は黙って彼らに向かって前転をするのだった。
その日から聖堂を警護する騎士たちに反抗するものがいなくなったのは言うまでもない。
「顔が痛い・・・」
「腰が痛い・・・腕も痛い・・・」
ぼやく同僚達は俺の前転による効果に巻き込まれたものたちである。俺も頭が痛い。
ブリミルの暴徒達や水精霊騎士隊、そして聖堂騎士達まで巻き込んだ黒い塊は4,5分で消失したが、後に残ったのはぐったりした人間たちだけだった。
奇跡的に死傷者はいないが、平衡感覚が変になったものは続出した。
円滑な祭りの進行には多少の無茶も許容範囲だと思います。
「おい・・・お前ら・・・警備の交代の時間だ・・・」
息も絶え絶えの聖堂騎士達の仕事熱心ぶりに涙が出そうである。
「大丈夫か?すでに死にそうなんだが?」
「こ、これも仕事だ・・・仕事を放り出す訳にもいかん・・・早く交代しろ・・・」
「いいじゃないかタツヤ。休憩しようよ」
マリコルヌは俺の肩を叩きながら言う。
まあ、確かに小便にすら行かずに突っ立ってたしな。
ここは聖堂騎士達のご好意に甘えて休むとするか。
さて、我らが隊長ギーシュは式典の最中にガリアが攻めて来ると踏んでいる。
そこで休憩中の話題は『ガリアって、ドンだけ強いの?』ということだった。
軍の錬度はハルケギニア最強と言われているガリアである。
しかし俺たちは具体的な強さなど知らない。
「ならばタバサが尖兵と考えてみよう」
「彼女が尖兵クラス?ギーシュ、どういうことだ?」
「まあ、女性の身で尖兵とは感心しないが、タバサの実力は皆も知っての通りだろう。ガリアにはあのクラスのメイジが跋扈していると考えてかかれ!」
「いや、流石に死ぬから僕ら!?」
「タバサのような少女がぞろぞろいると言うのか!?何という楽園なんだ!一人ぐらい僕が好きと言う娘はいるだろうか・・・?」
「読書に夢中でお前には眼もくれないだろうよ」
「よーし、タツヤ。君の売った喧嘩、買ってあげようじゃないか」
「あのタバサがよりにもよって異性に興味をもつとでも思っているのか!」
「何だと!?彼女はまさか同性愛推奨者だとでも言うのか!?」
「クソッ!何て時代だ!あの騒ぎのせいで一体何人の乙女が百合の世界に目覚めてしまったんだ!」
「だからと言ってお前らは同姓に興味をもつなよ?真剣なら応援はするが対象が俺及び気の迷いでそんな事をすれば隊員全員から粛清されます」
「袋叩きかよ!?」
「当たり前だ!俺たちはそんな愛を育む為に集まったのではない!」
俺たちがこうやって集まったのはアンリエッタの陰謀じゃないか。
そこを忘れるなよ。ははは。
さて、そういえばルイズ達はどうしてるだろうか?
そろそろ巫女としてのお仕事のお祈りも休憩時間じゃなかったか?
さて一方のルイズ達は聖ルティア聖堂の祭壇での祈りを終えて昼餐に向かおうと立ち上がっていた。
窓の外の観衆に愛想を振りまくと、歓声が沸く。
何か自分やティファニアは聖女扱いされているようだ。
う~む、ちやほやされるのは実にいい気分だが、長くここにいたいという気にはなれない。
そもそも教皇ヴィットーリオという人物は愉快だがどこか胡散臭いのだ。
どうも始祖ブリミルや虚無の力を過信しすぎている気がする。
自分や彼が持つ虚無の系統は教皇曰く「神から選ばれた系統」らしいが、それならもっと乱発しても疲れないものにして欲しかった。
「ガリアはやっぱり私たちを襲うのかな・・・」
ティファニアが不安そうに自分に言う。
前例がある為間違いなくガリアは自分達を狙うだろう。
「・・・大丈夫よテファ。この辺りはロマリアで最も安全な場所の一つだから」
教皇の御身を守らなければならないためか、ヴィットーリオの周りの警備は厳重である。
その教皇の近くにいる自分達の安全もある程度は保障されているだろう。
そもそも戦争が起こってしまえば何処にも安全な場所などないのだが。
今まで戦争とは無縁の世界で過ごしていたティファニアをこのような戦争に巻き込むことは神の意思で片付けられるはずはない。
戦争を起こすつもりなのだ、この教皇は。
それにトリステインや自分達は巻き込まれるという迷惑すぎる話なのだ、これは。
使えるものは全て使ってしまおうとでも考えているのだろうか。
「その使えるものの中には貴方の力じゃないのも混じってるのは分かっているのかしら・・・?」
ルイズの呟きは誰にも聞こえない。
と、その時聖堂の裏口が開いた。
「おっ、まだいたようだな!」
「・・・ギーシュ?何よその格好?」
「見れば分かるだろう。道化師の格好だよ。それより今から昼餐だろう?ちょうど僕たちも暇なんだ。アクイレイア名物のゴンドラにでも乗って、のんびり息抜きしようじゃないか」
「息抜きかぁ・・・気遣いは嬉しいけど、何時襲撃があるかわからないし・・・」
「この街の罠の配置は完璧だった。少数レベルでの襲撃は不可能だと思う。まあ、軍隊でも持ってきたら罠も何もないだろうがね。その場合はすぐ分かると思うし心配する事はないと思うよ」
ギーシュは警備中にさりげなく街中を見て回り襲撃できそうな場所はないか見ていた。
その結果、そんなの何処にもないという事が分かった。
「そうね。ま、息抜きは必要よね。テファ、行きましょう?」
「う、うん・・・」
そろそろ猫かぶりの笑顔を浮かべるだけの作業は疲れて来た所だ。
こっちを勝手に呼んでおいて拘束するのは筋違いだとルイズは思う。
だからこのくらいの自由は貰う。誰が何と言おうと貰う。
いざとなったら責任はギーシュに擦り付ける!
「・・・そういえばギーシュ」
「何だい?」
「その格好に意味はあるの?」
「勿論さ。元の格好で休憩していたら民衆にサボっていると思われるからな。ロマリアの神官達がやりたい放題しているせいで彼らを襲って金品を奪う事件も起きているらしいからな。貴族らしい格好で休むのは危険だと聖堂騎士の人間が言っていた」
「・・・じゃあ私たちも着替えるべきかしら」
「君たちは神聖な巫女様だからね。逆にその格好でいる限り民衆は崇めるだけで手出しは出来ないだろう。まあ・・・手を出すという馬鹿はガリアの手の者だろうし」
「休憩とか言って下手すれば囮じゃないのよ」
「陛下と君たちを守るために僕らは派遣されたんだぜ?ちゃんと守るよ。今はお祭りだから巫女の周りに道化師がいてもおかしくないさ」
ギーシュは任せろと言ってルイズ達を連れてアクイレイア名物のゴンドラへ向かった。
水路に浮かべられたゴンドラの近くには仮装した水精霊騎士隊の面々が待ち構えていた。
全員、あの生真面目そうなレイナールでさえ道化師の格好をしていた。
・・・いや、「全員」じゃなかった。若干一名道化師ではなく別の何かに変装していた。
そいつは何処で調達したのか修道女が着る修道服に身を包んで仁王立ちしていた。
しかも薄く化粧まで施されている。阿呆か。どういう拘りだろうか。
「タ、タツヤ・・・アンタ・・・そんな趣味があっただなんて・・・!」
「人を女装癖があるように言うな。しかしその反応からすればかなりキモい事になっているみたいだな・・・」
「分かってるなら何でそんなに堂々としてんのよ」
「いや、恥じらいを出したら特殊な人たちに萌えられる恐れがあるので開き直って堂々としているんだが」
「そんな妙な方面の心配をしてどうすんのよ!?」
「ええい!気になる!誰か鏡を持ってこい!」
「大丈夫だよタツヤ。かわいいよ?」
「・・・いや、テファ。そんな純粋で可憐な眼で言うな。この状況においてかわいいという言葉は誉め言葉に値しないから」
「美しいとでも言って欲しいと言うのかね君は」
「ギーシュ、お前は頭が沸いているのか?そんな言葉を言われて誰が得をするというのだ」
この状況においては似合わないと言われるか爆笑されるかが正しい反応なのだが、誰も笑ってはくれないし似合わないとも言ってくれない。
酷い世の中である。正しいツッコミをしてくれないと身体を張ってボケる者は放置されて死んでしまう。
より良いツッコミがいてこそよりよい笑いは起きるというのにこの世界はどうなっているんでしょうか?
折角このような格好をしてるのだ。神様とやらに祈って聞いてみるか。
・・・・・・当然何も聞こえる筈がなかった。
その頃、ガリアの背骨と言われる火竜山脈を南北に突き破る街道にある関所ではちょっとした騒ぎが起きていた。
虎街道と呼ばれる街道は整備された頃、昼でも薄暗いので人食い虎の住処となっていた。
虎自体は既に討伐隊によって退治されたが、その次には山賊の住処になってしまった。
その山賊たちを恐れた人々が、山賊をかつての人食い虎になぞらえ、この街道を虎街道と呼ぶようになった。
しかし現在は山賊も出ず、ロマリアとガリアをつなぐ平和な街道の一つとして旅人達に愛される街道になっていた。
しかしそんな街道のガリア側の関所で、旅人や商人達は足止めをくらっていた。
「お役人さん、通れないってどういうことなんです?」
「うむ。教えてやりたいがな、我々も国境を封鎖しろとの命令しか受けておらぬ。追って沙汰があるまですまんが待っていただきたい」
「しかし、困るんですが。明日の晩までにこの荷をロマリアまで運ばないと、私の商売もあがったりなんですが」
「すまんな。だがこの国境封鎖によって出る民間の金銭的損害は全て国が保障するとのことだ」
「私は式典を楽しみにしていたんですがね・・・」
「それは私もだがこのような状況だ。まことに申し訳ない」
「サルディーニャに嫁いだ娘が病気なんですが」
「嫁ぎ先に任せるしかあるまい・・・この封鎖はいつになったら解かれるのか・・・今は共に待とうではないか」
集まった人々は困ったように顔を見合わせる。
その時、馬に乗った騎士が勢い込んで駆け込んできた。
「急報だ!」
「どうなされました?」
「両用艦隊で反乱だ!現在虎街道方面に進撃中!見れば分かる!」
騎士が指し示す方向から小さな点がいくつも現れ、徐々に大きくなって艦隊の形を取り始めた。
確かにあの艦隊は両用艦隊だが、軍艦旗を掲揚していない。それはガリア王政府からの指揮下を離れたという事だ。
艦隊はロマリア方面に向けて進撃している。亡命するつもりなのか?
「お役人さん、あの戦艦が吊っているやつは何ですか?ゴーレムかガーゴイルか分かりませんが」
「あの謎人形、甲冑着てるぞ?あんな巨大な甲冑良く造るよな」
「おいおい、この先はロマリアだぞ?」
役人は上空を通り過ぎていく艦隊を見て、眉を顰めるのであった。
元両用艦隊旗艦『シャルル・オルレアン』号の上甲板。
艦隊司令のクラヴィル卿は基本的に政治に興味がなく宗教にも疎い武人だった。
彼が受けた命令はこれだけである。
『反乱軍を装い、ロマリアを灰にせよ』
単純明快な命令ながらハルケギニアの人々の大多数の心の支えとなっているブリミル教の総本山を灰にせよとは神をも恐れぬ所業である。
この作戦が成功すればロマリアはそっくりそのまま自分にやるとあの王は言った。
世間では無能と言われているがあの王はやると言ったものはそのままやる男だ。
ロマリアほどの規模の土地ならば、王と呼ばれてもおかしくない。
クラヴィル卿の隣に控えるリュジニャン子爵が口を開いた。
「領土を灰にして如何なさるおつもりなのですかな、我が陛下は」
「何、宗教色が強い土地だ。神の土地から人間の土地に変える為の掃除と思えばいいのだよ」
「そこに住む人々まで巻き込んでですかな?」
「・・・思うところがないわけではないさ。国は人がいて成り立つのだからな。だがあの国の神官どもは死ねばヴァルハラに行ける等と言う事を本気で信じているようだからな。ならばその手伝いをしてやろうではないか。そんな場所があるというのならば死ぬのも奴らは怖くなどなかろう」
「ロマリアに住まう一般市民は如何なさいます?」
「さて・・・何処まで灰にするかは俺の裁量だ。ロマリアの命は神官どもだ。少なくとも奴らはそう思っているだろう。彼らだけを廃して俺が人々に対して善政を敷けば俺は後世に残る英雄のような存在になるんじゃないのか?」
「そこまで上手くいけば面白いのですがね。ですがそれには不安要素があります。サン・マロンで乗せたあの女とこの艦に括りつけた巨大な騎士人形。奴らは完全にロマリアを灰にしかねません。あの女の指揮下にあるのですからね、この艦隊は」
「ふむ・・・そうだな。今回の戦は腑に落ちない点はかなりある。それは士官達も同様だろう」
「ええ、風の噂では王都で花壇騎士団による反乱騒ぎが起こったようです」
「ああ、聞いている。だがすぐに鎮圧されたのだろう?全く命令に従いたくない気持ちは分かるがな、立場を考えろと忠告したいな」
「ええ、我々の仕事は上の命令に従う事が基本ですからね」
「そうして出世したんだもんな、俺たちは。まあ、若かったのさ」
「若さは羨ましい時もありますがね」
「子爵、艦隊の士官には全員領地をくれてやると伝えてくれ。俺一人じゃロマリアは治め切れんからな」
「クラヴィル卿。まだ我々は戦ってもいないのですぞ」
「ああ、勝ったらの話だよ。まあ、戦う以上負けるつもりもないがね」
「一応触れは出しておきます。ところでこの陰謀(笑)で何人死ぬのでしょうね」
「陰謀か・・・俺たちがやるべき事はこっちの損害を最小限にして勝つことさ。正直良心は痛むが、俺は今軍人として戦うのだ。神の使いとやらに挑んでやろうではないか」
クラヴィル卿は持っていたコインを弾く。
その時見張り員が震える声で叫んだ。
「左前方!ロマリア艦隊です!」
「ほう、国境付近に艦隊とは・・・随分と用意がいいな」
「神の国ですか・・・向こうも此方と戦いたくて仕方なかったようですな」
リュジニャン子爵は目を細めて言った。
クラヴィル卿は後ろに控えていた副官に向けて言った。
「旗を掲げずに敵を奇襲する事など若い頃には幾度もやっている。今更どうという事はない!全乗組員に伝えよ!敵はすでにやる気だ!神の使いを気取る者達を人の力をもって駆逐せよ!我々はガリアの奇襲隊である!皆、生き残れよ!以上!」
一方、『シャルル・オルレアン』号の砲甲板ではヴィレール少尉が不満そうな様子だった。
彼の回りにいる士官達は、先日訳も分からずに出撃準備を行なわされここまでやって来た。
噂では、ロマリアに戦を仕掛けるとの事だった。その意味が分からない。
「この戦に大義が欠片でもあるのか・・・?」
「分からない・・・何故僕たちがロマリアと戦わなければならないんだ?」
その時、先程までクラヴィルらの後ろに控えていた副官が上甲板から下りて来て、士官達に告げた。
「艦隊司令長官より両用艦隊全乗組員へ。今回の任務は奇襲戦である。そのはずだったのだが敵軍はすでに臨戦態勢で我々を待ち構えていた」
ざわめく士官達。副官はなおも続ける。
「敵はロマリア軍である。ロマリアの現状は神官のみが甘い汁を啜っており、本来の本分を果たしていないと我が王及び司令長官はお考えである。よってロマリア市民の為、我々は元凶となるロマリアの神官及び教皇を畏れながらも粛清する。なお、当作戦に参加した全将兵には特別恩賞が約束される。内容は全士官に爵位を与えることだ。兵には貴族籍を与えるとのこと。そのためには皆は生き残れ!以上!」
「ロマリアは同盟国ではありませんか!?」
「我々は反乱を起こしたと聞きました。それはガリアにたいしてでありますか?」
「違う。我々が叛旗を翻すのは神(笑)だ。さて、諸君らには選択肢が用意されている。内容は簡単だ。この艦を降りガリアの敵になるか、ガリアに残りロマリアと戦うかだ」
恐ろしいのはロマリアの現状についてこの副官は何ら嘘をついていないことである。
確かに人間を大事にする者ならばロマリアの現在の状況は捨て置かない筈だ。
だが、それは単なる詭弁ではないのか?
「つまり・・・我々に信仰心を捨てろとおっしゃるのか?」
「違うな、間違っているぞ少尉。我々が駆逐するのは民衆の困窮に目を貸さない神の使いどもと、彼らが信仰する形を変えた神だ。少尉の信ずる神はそのままだ」
その時、伝令がすっ飛んできた。
「ロマリア艦隊接近中!砲戦準備!」
「・・・詳しい話はお互い生き残ってからだな、少尉」
「・・・く!」
「お前の悔しさも分からんでもないがな、少尉。ならば神様に守ってもらうか?」
「人間を守るのは人間といいたいのでしょう!存じておりますよ!」
そう言ってヴィレールは持ち場へと走っていった。
接近してきたロマリア艦隊は五十隻ほど。どれも新造の艦ばかりである。
数では勝るガリア艦隊だが、油断は禁物だ。
ロマリア艦隊の全艦はすでに砲撃体形を取っている。
そのロマリア艦隊は信号を送って寄越してきた。
「接近中の国籍不明の艦隊に告ぐ。これより先はロマリア艦隊なり。繰り返す・・・」
「我々はガリア義勇艦隊なり。悪政を敷く王政府に耐えかね、正当な王を据えるべく立ち上がった義勇軍である。ついてはロマリアの協力を仰ぎたい。亡命許可をくださいな」
クラヴィル卿は笑いを堪えながら思った。
我ながら下手糞ないい訳である。子爵に任せたほうが良かったか。
「本国政府に問い合わせるゆえ、しばし待たれたし」
と返しながらもロマリア艦隊は更に距離をつめて来た。
おいおい、まだ問い合わせの返答には早すぎだろう。それ以上近づいたらあの女がどう動くか分からんではないか。
不用意に近づくという事は敵対行動と取られても構わんという事だ。
「迂闊にも程がありますな」
「いや・・・あの動き・・・こちらと一戦構えてもいいという動きだ」
「・・・我々は誘われたような状態というわけですかな?」
「誘われるなら美女がいいものだな」
「全くですな」
「司令長官」
いつの間にか自分達の後ろにいたのか。
陛下直属の女官という触れ込みの女、シェフィールドが立っていた。
「我々を降下させよ」
「ここは国境付近だが、良いのですか?」
「作戦は一刻を争います。ロマリアの艦隊の動きを見るに向こうもやる気のようですわ。このままだとこの艦隊は十ほど沈められても文句は言えませんよ?」
「分かりました。では・・・各艦に下令。積荷を投下すべし」
こうしてロマリアの地にヨルムンガルドが投下されていくのだった。
ロマリアを屠るべく投下された積荷の肩にシェフィールドは飛び乗り、凄惨な笑みを浮かべる。
そう、この時より虐殺が開始されるのだ。
全ては愛するジョゼフの為・・・愛に生きる女は狂気の作戦に感じる事はただそれだけだった。
愛の為にロマリアへ向かい、愛の為に全てを灰にしようとする女が一人。
全ては愛のため。そう、愛のため。
彼の愛を受けるならば自分はどのような行為もやる。
一途過ぎる愛は狂気にも繋がる。
ヨルムンガルドという力の前に、ロマリアの砲兵部隊は瞬く間に沈黙していく。
炎が兵士達を焼き尽くす。戦争など生温い。これは虐殺だ。
榴弾が兵士達の目の前で爆発する。壊滅していくロマリア軍。足止めにもならないようだ。
ロマリア軍が誇る砲亀兵の砲撃も効かないこの化け物相手になす術はない。
この化け物達が一斉に走り出した瞬間、その場は地獄と化した。
そう、聖なる国と言われるロマリアの地に地獄が出現してしまったのである。
辺りに響く悲鳴を聴きながら、シェフィールドは恍惚の表情を浮かべていた。
やはりこうなった、とアンリエッタは思ったが、今の自分に出来る事は何もないことに歯噛みした。
ガリアが戦を仕掛けてきた。ただその情報が事実としてアンリエッタの頭に染渡っていった。
民は今でも苦しんでいるのに戦で尚も苦しむ事だろう。
ロマリアの民はロマリアに生まれたことを不幸に思うことになるかもしれない。
既に杖は振られた。もう交渉や調停など生温い状況である。
昨日まで同盟国だった二国が血で血を洗う戦いをする。笑い話にもならない。
「聖下とガリアの王・・・わたくしにはどちらも同じに思えますわ」
彼女の呟きは誰にも聞こえなかったのが幸いだった。
なんて馬鹿なことをしているのだ。これが馬鹿なことと言わずに何と言うのか。
アンリエッタの目の前で、若き教皇は宣言していた。
「ガリアの異端どもは、エルフと手を組み、我らの殲滅を企図しています。わたくしは始祖と神の僕としてここに聖戦を宣言します」
そんな言葉がアンリエッタの耳に入る。
今、この男は何と言った?
聖戦。この世で人だけが行なう、果てのない殺し合い。
味方が全滅か敵の全滅で終結する狂気の戦だ。
「聖戦の完遂は、エルフより聖地を奪回する事により為すものとします。全ての神の戦士たちに祝福を」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
あえて言いたいが、そこまで付き合うつもりはないんですよ?私は。
そして断言してあげましょう、聖下。
貴方は、愚か者です。
戦争を起こした私も十分愚かですが、貴方はそれ以上の大馬鹿者です!
何故、何故男の人は戦いになるとこんなに生き生きするのだろうか?
何故ガリアの王はルイズ達を狙うんだ?何故教皇はこうまでして戦争をするんだ?
二人とも馬鹿だ!泣くのは民じゃないのか!?
二人の馬鹿の陰謀(笑)により始まったこの戦は聖戦となった。
戦いに聖なる要素が何処にあるのかは疑問であるが、とにかく聖戦は発布された。
神を打倒しようとする馬鹿と神を信仰しすぎる馬鹿が戦う。
お互いに相容れない存在であろう。争うのは時間の問題だったはずだ。
だがアンリエッタ、忘れるな。
お前の側にも彼らとは違うが前置きのつかない馬鹿がいたはずだ。
「ぶえっくしょい!!」
「きゃあああああ!?巫女服に鼻水がー!?」
「おいおい、大丈夫かいタツヤ?」
「すまん。生理現象を止めるなど、俺には出来なかった。無力なもんだな、人間って」
「クシャミする時は口を押さえなさい!?」
ルイズにむがああああ!と言った感じに詰め寄られた俺は彼女の頭を押さえてギーシュに渡された紙で鼻をかんだ。
ああ、テファさんや、風邪じゃないので慌てなくとも良いんだぜ。
誰かを愛する者がいる。
ある者を愛する者達は彼の言う事は神の声と同義だった。
またある者を愛している者も彼を絶対的な存在として彼の為に全てを灰にしようとしていた。
その者たちの不幸は、想いが一方的であることなのだ。
ある者は神などではないし、ある者は彼女の事など愛してはいなかった。
では、お前はどうなのだ?
―――その想いは誰にも負けることはなく
―――その想った月日も負けはしない。
―――私たちには確かに絆がある。
―――それだけで、それだけで不幸などではないのだ。
―――人間のように欲深くはないんですよ、私はね。
(続く)