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ニイルの教育思想を読む

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↑UA ううあ ドレミミズンド




  『問題の子供をもつ親達に ついて困ることは、 彼ら自身の 心理状態のいかんが、 子供の心理状態に 大いに影響する ということを、 どうしても承認しない 場合の多いことである。』 これは、霜田静志 (しもだせいし)氏から、 近年、私に贈呈して下さった 同氏訳ニイル原著の 『問題の親』(P.24)に、 見出される言葉である。 ニイルはむしろ 精神分析学者で、 精神分析を教育方面に 応用している新しい革命的 教育の創始者であり、 心霊学的に思想の 波動の客観的存在を 説いている人ではないが、 それでも子供の 教育しながらジッと その子供と親とを 見つめるとき、 氏は親の精神そのままが 現れていることを 発見してそれを 書いているのである。 子供の病気は親の病気、 子供の神経衰弱は 親の神経衰弱、 子供の夜泣きは 親の夜泣き、 子供の喘息は親の喘息、 子供の成績不良は 親の成績不良 だと云う。 ニイルはまた次の ようにも言っている。 『つまりそれは、 子供は母親の一部分であり、 子供の神経病は母親の 神経病だからである』 (同書P.26)だから 子供を無病健全に 育てようと思うならば 両親は子供を親の観念で 縛ってしまわないように しなければならないのである。 肉体は『自我の自由』 を縛るが故に聖者は 自分の肉体を 殺したくなる。 それと同じ理由で、 親は子供の『自我の自由』 を縛るときは、 子供は親を殺したくなる。 聖者はハッキリ肉体の 自殺を意欲しないと同じく、 子供もまたハッキリと 親を殺したい とは意欲しないが、 聖者が『肉体嫌悪』 に陥ると同様の理由で、 子供は 『両親または片親嫌悪』 に陥り、聖者が肉体を 苦しめる苦行によって 喜びを感ずるように、 子供は両親に反抗して それを苦しめて喜ぶ ようになるのである。 苦行の聖者と、 親不孝の子供とは全く 違っているように見えて 同じ物なのである。 親の束縛に対する 子供の反抗は往々にして 寝小便として 顕(あらわ)れる。 カエルは小便を 放(ひっ)て逃げて 行くであろう。 コガネムシを手で 捉えるとき彼は蒼黒い 不快な便をして逃げて 行くのである。 これらの虫は心に 浮かべたキタナイ念 (反対の念)を具象化して それぞれ小便・大便の 如きキタナイ物に あらわして逃げて ゆくのである。 ニイルは 『嘘をついたために 叩かれた子供が、 指をなめたり寝床を 濡らしたりするような 赤ん坊の習慣に帰る』 とその事実を 指摘している。 大人はさすがに キタナイ念を思い 浮かべても自省の念で、 子供や昆虫のように 大小便を放(ひ)り かけないのであるが、 痰(たん)を吐きかけ てやりたくなったり、 嘔吐を催す気がしたり することは往々にして あるのである。 しかし、 大人はたいていそんな場合、 自省の念でそれを 押し消してしまうが、 心に思い浮かんだ 念(おもい)は形に 表現されるか、 反対観念で打ち 消されるしか無い限り、 表面は平静でも、 消えないで いつまでも集積され、 やがて『縁』を得て、 具象化して、 その時の観念の象徴となる ような嘔吐を催す病気又は 痰咳(たん・せき)を 伴なう病気に具象化 してくるのである。  

生命の教育   谷口 雅春著




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転載元 転載元: climb a door 幸せは, まず家庭から。記事は本を引用

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