二年生期
第三十九話 ライブ・アンド・ダイブ! ~アスカとシンジのマウス・トゥ・マウス~
<第二新東京市北高校 SSS団部室>
雨がしとしと降りつづける外を眺めながら、団長席に座っているハルヒは苛立った様子で怒鳴り立てる。
「毎日雨ばっかりでうざったいったらありゃしないわ!」
「梅雨なんだから仕方ないだろう、もうピークは過ぎただろうし、もう少しの辛抱だ」
「特にゲリラ豪雨ってのが腹立つのよね、アレのせいで何回もの試合が雨天中止になったのよ!」
「この時期に野球とかサッカーとかは雨天中止がつきものだろう?」
「でも、SSS団にスポーツが得意な部員が多数入部したのよ、このチャンスを逃したらもったいないじゃない!」
キョンの忠告に対してハルヒは猛抗議してマナやリョウコ、エツコやヨシアキ達を指差した。
確かに今年の新入部員は全員身体能力が優れていた。
ただし、エツコ以外の3人は軍事訓練経験者だったが。
もちろんハルヒだけにはその事は知らされていない。
「加持の妹さん(エツコ)は中学時代バスケのMVP選手だったんだろ? SSS団でバスケをすればいいじゃないか」
キョンがハルヒに勧めると、部室に居る女子全員の冷たい視線がキョンに突き刺さった。
「な、何だ俺、まずい事言ったか?」
「バカね、ディフェンスの時はパスやシュートを防ぐために相手に体をグッと近づけないといけないのよ」
「手が相手の胸やお尻に当たったりする事もあるし」
「あはは、私は別にキョン先輩に触られても構わないよー」
「ふふ、キョン君は背中で相手の胸を押し返してリバウンドの位置を守るブロックアウトはできるのかしら?」
「どうせ、押し付けるほどの胸はないですよ私は」
「ふええっ、そうなんですか? ……キョン君、えっちです」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃない、現に男女混合バスケの大学サークルとかあるじゃないか」
アスカとハルヒ、エツコとリョウコ、マナとミクルから総スカンを食らったキョンは慌てて言い返した。
「男女混合バスケは男性の方が女性に配慮して力加減をしながら、パスやシュートブロックを行う紳士的なスポーツです」
「あたしは真剣勝負がしたいのよ、それに力加減を知らないで全力でぶつかりあったらどうなるか分かってるの?」
「私は男の人に胸を触られたりするのは嫌です」
イツキが解説をして、ハルヒはさらにキョンを叱りつけた。
ミクルは胸に手を当ててそうつぶやいた。
「全くキョンってばバスケに関して無知なんだから。少し前にバスケ漫画が流行ったじゃない、『3ポイントシュートの三っちゃん』ってやつ」
「ああ、引きこもりでメタボの高校生が鬼教師に無理やりバスケをやらされる漫画か、一番有名なセリフしか覚えてない」
「何よそれ、あの漫画には名言が多すぎてあたしには分からないわ」
「先生、バスケをやったおかげで僕にも彼女が出来ました、が該当するセリフと思われる」
ユキがボソッと言うと、ハルヒはあきれた視線でキョンを見る。
「バスケと全然関係ない場面じゃないの。サッカーでも野球でも弓道でも、頑張って打ち込めば見てくれる人がいるわよ」
「バスケの話はそれぐらいで。それよりもそろそろ七夕にやる予定のバンドの打ち合わせや練習を始めた方がいいのでは?」
「でも、練習場所も楽器もないのに、始めるもなにもないんじゃない、本気でバンドやる気あるの?」
イツキの提案にアスカがあきれ顔でため息をついた。
しかし、ハルヒは余裕満々の態度を崩さない。
「それならもう手配はしてあるわ!」
ハルヒは胸を張ってそう宣言した。
視線がハルヒに集中する。
「鶴ちゃんの家はいろんなところに倉庫を持っているのよ」
「俺達が本探しの時に入った倉庫か」
「それで、遅くまで練習しても迷惑にならない、住宅地とかが近くに無い倉庫を貸してもらえる事になったの」
ハルヒがそう言うと、部室中から歓声と拍手があがった。
しかし、アスカは冷静にハルヒに対して次の質問をぶつける。
「でも、楽器はどうするのよ」
「鶴ちゃんの倉庫の中に入ってるやつなら、勝手に使って良いって。ホライゾンでもスティングレイでも自由に」
「それは……凄すぎるよ……」
ハルヒの言葉を聞いたシンジは開いた口が塞がらなかった。
軽音楽部の部員達がこの話を聞いたらよだれが止まらないだろう。
問題が無くなったところで、SSS団のバンド組み分けのミーティングが開始された。
パート名 ハルヒチーム アスカチーム
ボーカル&リードギター ハルヒ アスカ
リズムギター ユキ ヨシアキ
ベース イツキ エツコ
ドラムス キョン マナ
キーボード ミクル シンジ
パート名 ANOZ(ゲスト参加) 地球防衛バンドR(ゲスト参加)
ボーカル&リードギター レイ ヒカリ
リズムギター カヲル トウジ
ベース 財前マイ(元ENOZ) 谷口
ドラムス 岡島ミズキ(元ENOZ) ケンスケ
キーボード リョウコ 国木田
リョウコはキーボード担当が足りないANOZにヘルプとして参加する事になった。
この日からSSS団のメンバーや準団員とも言うべきハルヒやアスカの友人達は放課後になると鶴屋家の倉庫で練習を開始した。
<第二新東京市 鶴屋家の倉庫>
第二新東京市の鶴屋家の倉庫はぜいたくにも広い敷地の中に林立していた。
今までほとんど人気が無かった鶴屋家の倉庫街もSSS団の七夕ライブ出場者に使われる事になり途端に賑やかになった。
ANOZのメンバーも心おきなく練習できるので軽音楽部から場所をここに移し、ヒカリやトウジ達も放課後になると迎えのバスに乗り込んだ。
北高校の校門に集まって20人がバスで移動、管理職員のためなのか宿泊施設まで整った大人数滞在用の家屋もあった。
休憩時間はその家屋の中で会話を楽しみながら夕食を取ったり、さながら合宿のような光景が広がっていた。
地球防衛バンドRとしてSSS団ライブ大会に参加するヒカリ達5人は懐かしさと軽い気持ちで練習を始めたのだが、他の3チームの頑張りを見て、気合を入れ直した。
ボーカルのヒカリの歌声はコーラス部の阪中さん達からも誘いが来るほど素晴らしいもので、トウジ達はヒカリを引き立てる演奏をしなければいけないと誓い合った。
谷口は男子4人が重音楽部でヘビメタバンドを組む『ジュウオン!』と言う深夜アニメを見て、ベーシストが一番人気なのでもてようとベースを志願し、情熱を燃やしていた。
谷口はアニメでヒットした曲『授業をフケてサ店行こうぜ』に似た曲を作曲して来るほどの力の入れようだったが却下されてしまった。
トウジ達は無駄に目立とうとする谷口の暴走を抑えながら、ヒカリの歌声を活かせる新曲の練習を重ねた。
ヒカリも中学の時とは違い、リードギターを弾きながら歌うのでさらなる練習が必要になった。
「洞木さんって透き通るような声をしているから、清楚な感じのする曲が似合うよね」
「そうかしら……」
国木田に褒められて、ヒカリは顔を赤らめた。
「中学の頃やったバンドでは洞木さんは結構パンチのあるボーカルだったんだよ」
「あの時のヒカリはノリノリやったな」
「んもう、恥ずかしい事思い出させないでよ」
ケンスケとトウジがそう言ってヒカリを冷やかすと、ヒカリは少しすねた顔になった。
中学の文化祭で発表予定だった『奇跡の戦士エヴァンゲリオン』はネルフ勤務者の家族である生徒達が通う第三新東京市の第壱中学校だから歌う事を許されていたのだった。
今はゲンドウの発案で『新世紀エヴァンゲリオン』はアニメの1つだとネルフ関係者以外の一般人には認知させようとするイメージ戦略が株式会社ネルフによってなされている。
歌ってもアニメソングだと思われてしまうので、ケンスケは新たな曲を作詞作曲した。
参加4組の中では一番演奏技術に劣りそうな地球防衛バンドR、ヒカリの歌声で優勝を狙う。
「朝倉さん、難しいパートがあるけどついて来れる?」
「ええ、大丈夫よ」
リョウコはレイに笑顔でうなずき、その後の演奏も自分のパートをキッチリとこなした。
ANOZのメンバー達から歓声が上がった。
「ちょっと遅れてしまったわ、ごめんなさいね」
「ううん、とっても良かったよ!」
ドラムのミズキもとても嬉しそうにリョウコに声を掛けた。
「朝倉さん、あなたに涼宮さんを監視する役目を押し付けるようになってごめんなさい」
ミサトからリョウコがハルヒの側で監視する任務に就いたと聞いていたレイはそっとリョウコにささやいた。
するとリョウコは笑顔で首を横に振る。
「ううん、私だってSSS団に入って楽しいんだから」
「それならいいのだけれど」
「……それに、監視以外にも私にしかできない役目があるから」
「え?」
「別に、何でもないわ」
そしてパワフルなレイの歌声が部屋の中に響き渡った。
「マナ遅い、休憩時間はとっくに過ぎているわよ!」
「ごめん、相田君と話していたら盛り上がっちゃって」
マナは舌をペロッと出してアスカに軽く謝った。
「ケンスケと何の話をしていたの?」
「自動小銃のM16とAO-222のどっちが強いか勝負していたのよ」
「あ……そう」
マナの答えに退いたシンジを見てアスカはほくそ笑む。
「さあ、ハルヒ達は1秒を惜しんで練習しているわよ、アタシ達も負けずに気合を入れるわよ!」
「一層頑張らないといけないのはアスカじゃないの?」
「う、解ってるわよ」
マナに言い返されたアスカはふくれた顔になって口ごもった。
「大丈夫ですよ惣流先輩、お腹の底から力を入れて歌えば!」
「大きな声を出せば良いってもんじゃないのよ」
エツコが励ますが、アスカは少しうなだれて言い返した。
アスカチームの誤算は、ボーカルのアスカにあった。
今までアスカは歌が上手いと自信を持っていたのだが、歌唱力の低さが出てしまった。
リズムは遅れてしまうし、声に伸びが出ないのだ。
「曲をもっと歌いやすいものに変えた方がいいと思いますけど」
ヨシアキが提案してもアスカは首を横に振った。
「アタシはこの歌が歌いたいのよ」
「アスカ、あんまり無理してのどを痛めたら大変だよ。声を響かせようと力を入れなくても、僕に聞こえるように歌ってくれればそれで十分だよ」
「ありがとう、シンジ」
ウットリとした視線でシンジを見つめるアスカを見て、マナは少し悔しそうににらみつける。
「シンジ君に告白したのは私が先なのに、あの時惣流さんが素直になっていれば私もシンジ君を諦め切れていたのに……」
その小さなつぶやきは、アスカとシンジの耳には届かなかった。
「ミクルちゃん、また同じところで詰まってる」
「はわわ、ごめんなさい!」
ハルヒはキーボードのミクルが足を引っ張っている状態にイライラし始め、ピリピリとした空気で満ちて来た。
「朝比奈さんは元々不器用なんだから、上達するのにも時間が掛かるんだって」
「遅すぎ、それに何回も同じ間違いをするなんてやる気が無いんじゃないの? ただ演奏だけしていればいいって甘い考えでいるんでしょう」
キョンがフォローしたが、ハルヒは容赦なく言い捨てた。
「わ、私だってやる気が無いわけじゃないんです!」
ミクルが目に涙を溜めて言い返すが、弱々しいものだった。
「とりあえず今日は、朝比奈さん抜きで合わせられるところまで進めればいいではないですか」
イツキもミクルをかばおうとするが、ハルヒは真剣な顔で首を横に振って拒否する。
「ミクルちゃんが足を止めると、あたし達全員が止まってしまう事になるのよ、解ってる?」
「でも、私はドジだから……」
「そうやって自分の実力に線引きをして諦める所が甘ったれているのよ。ミクルちゃんもみんなからドジだって同情されたままでいいの?」
「そうですね、私も誰かを頼ってばかりじゃいられません!」
ミクルはそう言って口を真一文字に結んでハルヒを見つめた。
そのミクルの瞳には炎が巻き上がっているかのような熱い輝きがあった。
「気合入ったみたいね。これから寝る間も惜しんで猛特訓よ!」
「はい、涼宮さん!」
「あそこに輝いているのがあたし達の目指す星よ!」
ハルヒはミクルの肩を抱き寄せて、入口から見える一番輝きの強い星を指差していた。
「やれやれ、上手い形でまとまってくれたか」
キョンはもうフォローが不要になったのが解り、安心してため息をもらした。
しかし後でここに泊まり込みで特訓する事になる事を知って、キョン達は顔色を青くするのだった。
そして、ハルヒ達が泊まり込んでまで練習するのを知った他のチームも同様に宿泊し、生活の監督として顧問のミサトまでつき合う事になり、本物の合宿になってしまった。
合宿気分になったSSS団のメンバーとその仲間達総勢20人は友情を深め合ったと言う。
<第二新東京市 天竜川河川敷>
イツキが近郊のライブハウスを貸し切ろうと提案したのに対してハルヒは首を横に振った。
今年は『ジュウオン!』のヒットもあってライブハウスは予約でいっぱいなのに、それは悪いと辞退したのだった。
ハルヒは開けた場所で周囲に民家が無く、駐車場なども近くて足場の良い場所を知っていた。
心配なのは天気だったが、多少の雨が降っても大丈夫なようにテント屋根を設置して続行する事にした。
漫才ライブと違って、最初からSSS団七夕ライブ大会は4組のバンドだけで行うと決めていた。
広すぎる河川敷ではライブの規模が大きくなると統率しきれなくなる場合も出てくると心配したためだ。
宣伝もしていなかったにも関わらず、人づてにSSS団ライブのウワサが広まっていたようで、ハルヒ達のクラスメイトである阪中さんなどを中心に数十人の北高校の生徒が聴衆として来ていた。
勉強の合間の気晴らしにと、ハカセくんもハルヒによって招かれていたのだが、顔色が悪かった。
「キョンくん、今日のハカセくん様子が変だよ? 話しかけても上の空だし」
「最近ハカセくんの家に女の声で電話がかかってくるらしいのよ、川や海に近寄ると危険だって」
「そうなの?」
キョンが妹に尋ねられると、側に居たハルヒが代わりに答えた。
「でも、そんなこと気にするなって言って強引に連れ出して来ちゃった」
「あはは、さすがハルにゃんだー」
「そ、そんな……来てしまったの……」
ハルヒとキョンの妹が笑い合っていると、ミクルはハカセくんの姿を見て崩れ落ちた。
「大丈夫ですか朝比奈さん!」
「ミクルちゃん!?」
イツキとハルヒが驚きの声を上げて、ハルヒ達のチームはミクルに駆け寄った。
「すいません、ちょっと目まいがしちゃって……」
「驚かせないでよ、せっかく努力したのに本番の演奏が出来なくなるかと思ったじゃない」
ミクルが返事をすると、ハルヒはほっとため息を吐き出した。
「ミクルちゃんも手にマメが出来るほどキーボードを練習したんだから、絶対に優勝するわよ!」
ハルヒはミクルを抱き寄せながら、こぶしを天に向かって突き出した。
そしていよいよ、SSS団の七夕ライブが始まった。
一組一曲の一発勝負。
アンコールの多かった優勝者だけもう一度最後にさらに新曲を演奏できる。
優勝できなかったら2曲目の新曲は無駄になってしまうので、4組とも練習は真剣だった。
「それでは1組目は地球防衛バンドRの皆さんです」
凛としたミサトの司会でヒカリ達4人はテントに覆われたバンドスペースに立つ。
ドラムセットだけは準備が大変なので4組とも同じドラムを使用する事になった。
地球防衛バンドRの曲はしっとりとしたムーディーな音楽と、ヒカリの透き通るような高い歌声が響き渡るようなものだった。
曲名は『I'm here』。
熱くなる曲では無かったが、観衆の誰もがヒカリの歌声に酔いしれた。
「地球防衛バンドRの皆さん、ありがとうございました。次はANOZ、ボーカルのレイの熱いパトスを聴けぇ~!」
ミサトの絶叫とともにバンドスペースに立ったのは、肩まで露出したレイ達の姿だった。
今までひっそりと本を読むレイの姿しか知らなかった生徒達からは悲鳴に近い驚きの声が上がった。
レイが歌い始めると、知っている曲なので聴衆達から歓声が巻き起こった。
ANOZが演奏している曲は現在NTVで放映中のアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のオープニングテーマソング『残酷な天使のテーゼ』をアレンジしたものだったからだ。
1年生の生徒達からは『レイ姉』と歓声が飛び出していた。
この大人気にハルヒやアスカ達にプレッシャーが掛かった。
「ライブ会場も温まって来たところで、次はアスカ達の出番よ!」
盛り上がった組みの直後はとてもやりづらい。
でもアスカ達は負けるわけにはいかなかった。
聴衆達の大きな期待に答えてアスカは笑顔で大きく手を振った。
曲名は『初恋』。
アスカの本当の初恋の相手はリョウジなのだが、アスカはシンジと出会った頃の気持ちを歌詞にして、シンジに対して素直になれなかった自分の心を歌い上げた。
歌っているアスカはときどき振り返って視線をシンジの方に向けていた。
シンジもアスカに対して笑顔で見つめ返す。
ミサトをはじめとして聴衆達からは冷やかしの口笛が含まれた歓声が上がっていた。
反響はまずまずと言ったところだった。
大人気のANOZに勝てるかは分からなかったが、歌ったアスカは満足した笑顔を浮かべていた。
「それでは、トリを飾るのはこのバンド! 自称『嵐を呼ぶ風雲児』! 本当に嵐を呼ぶ事は出来るのか!」
ミサトのひと際大きい絶叫とごう音のような拍手で迎えられたのはハルヒ達のバンド。
何でも器用にこなすスーパープレイヤーとして知られるハルヒは歌手としても期待されていた。
「それじゃあ、God Knows歌うよ!」
ハルヒが宣言して曲が始まると、冒頭からのユキのギターテクニックに聴衆達は息を飲んだ。
盛り上がる最中、難しい顔をしたハカセくんが曲を聴いていたアスカに声を掛けた。
「あの、あなたに聞きたい事があるのですけど……」
「アタシに?」
アスカが不思議そうに自分を指差すとハカセくんはうなずいた。
「涼宮先生や他の方には内緒にしたい話なので」
ハカセくんがそう言うと、アスカは黙ってうなずいてハカセくんと一緒に聴衆の側から離れて川辺へと場所を移した。
「しばらく前から僕の家に女の人から電話が掛かってくるんです、そしてその声があなたに似ている気がするんです」
「どうしてアタシだと思うの、電話では声が少し違っていたりするでしょう?」
「前に涼宮さんの携帯に電話したらあなたが代わりに出た事があって覚えていたんです」
「そんな事もあったかもしれないわね」
「さらに涼宮先生がいない時間に掛かってくるので、知り合いのあなたなのかと確信が高まりました」
「でも、アタシは電話を掛けた事はないわ」
「そうですか……」
アスカがキッパリと否定するとハカセくんは気落ちしたようにうなだれた。
「いったいどんな電話の内容だったの?」
「危険だから川や海のような水辺には近づくなって……あ」
ハカセくんが気が付いた時はすでに鉄砲水が川辺に立っていた2人を押し流そうとしていた。
ライブをしていたハルヒ達も川の異変に気が付いた。
さらに辺りは突然の黒い雲に覆われ、激しい雨や風が吹き荒れた。
テント屋根が吹き飛ばされるほどの強風だった。
「あそこにいるのって惣流じゃないか!?」
ケンスケが増水した川の水面を指差して叫んだ。
川の中でアスカがハカセくんを抱えて必死に泳いでいる。
しかし川の流れに逆らうのが精一杯で、アスカ達は今にも流されそうだった。
「アスカ!」
シンジは迷いもせずにアスカを助けるために濁流の中に飛び込んだ。
「シンジのやつ、カナヅチやなかったか?」
「そうだよ、あいつは25メートルも泳げなかったはずだ!」
トウジとケンスケは青い顔をして言い合った。
シンジは水中に沈んだまま浮かび上がって来ない。
「シンジ君!」
マナが悲痛な叫び声を上げた。
「私達がATフィールドを展開させながら飛び込んで碇君とアスカ達を助け出す」
「それしかないようだね」
レイとカヲルが互いに顔を見合わせて川に飛び込もうとした直前、ユキがポツリとつぶやく。
「データ変更完了」
途端に空を覆っていた黒い雲が消滅し晴れ上がり、川の水位は一気に低くなった。
アスカとハカセくんは水音を立てながらハルヒ達のいる岸へと走って来た。
倒れ伏して気絶しているシンジはキョンやイツキによって運ばれ救出された。
そのタイミングを見計らうかのように川の水位はいつも通りに戻った。
言うまでも無くユキの仕業だった。
シンジは外傷が無かったので、顔を横に向けて水を吐きださせた後、気道を確保しすぐに人工呼吸を行った。
人工呼吸をしたのはアスカだった。
エヴァのパイロットだったアスカは人工呼吸の方法がうろ覚えだったが、マナのサポートもあってマウス・トゥ・マウスも迷わず行う事が出来た。
「何で泳げないのに飛び込もうとするの、死んじゃうところだったのよこのバカシンジ!」
「ご、ごめん……」
意識を取り戻したシンジにアスカは涙を流しながら思い切り抱きついた。
「碇君が助かって、本当によかったと思うのよね」
聴衆であった阪中さん達も貰い泣きをしていた。
大勢の前で抱き合ってしまったアスカとシンジは恥ずかしそうに体を離した。
聴衆達はニヤニヤ笑いを浮かべてアスカとシンジを見つめていた。
そんな雰囲気の中、企画者のハルヒがマイクを持って謝罪する。
「みんな、せっかくの楽しいライブ大会なのにこんな事になってごめんね」
「別に、涼宮さんのせいじゃないと思うのよね」
阪中さんの言葉に、聴衆の生徒達は同意した。
「もっと雨が激しかったら、あの2人だけじゃなくてみんなも巻き込まれていたかもしれない。梅雨の時期に河川敷でライブを企画したあたしが悪かったの」
テントの屋根が吹き飛ばされたバンドスペースの真ん中に立って頭を下げるハルヒの姿に会場は静まり返った。
「強風や雨でセットが壊されたりしちゃったから、ライブ大会はこれで終了、みんな気をつけて帰ってね!」
ミサトがそう言うと、聴衆の生徒達はざわめきながら帰り始めた。
「さあ、私達は後片付けを始めましょう!」
「うん……そうね」
ミサトの言葉に、ハルヒは元気の無い様子で答えた。
そんなハルヒを励まそうと、ミサトは明るく振る舞い続ける。
「ライブ対決は決着がうやむやになって残念ね!」
「水に流すって事だよね」
「あははエツコちゃん、面白いにょろ」
エツコの冗談に大笑いしていたのは鶴屋さんだけだった。
「あたしがいけないのよ、嵐を呼ぶバンドなんて言うからアスカとハカセくんがひどい目にあっちゃって」
「確かにゲリラ豪雨ってやつが原因だと思うけどなハルヒ、お前が実際に嵐を起こせると思うか?」
「そうよね、そんなアニメみたいな事はあるはずが無いわよね」
キョンの励ましにより、ハルヒは少しだけ元気を取り戻してライブの後片付けを始めた。
そして鶴屋さんの倉庫に戻ったライブ参加者20人は北高の校門で解散した。
<第二新東京市北高校 校門>
自分の家に戻るハルヒとキョンを見送った後、その他のSSS団のメンバーとレイ達はそのまま校門に残っていた。
「ごめんなさい惣流さん、私の、私のせいで……!」
ハルヒの姿が見えなくなると、ミクルはせきを切ったように涙を流し、アスカに向かって謝った。
「ちょ、ちょっと……」
「私はあの子が水難事故に遭う事を知っていたんです、だからそれを防ごうとしてあの子の家に川や海に近づかないように電話を掛けたんです」
「じゃあ、あの子が言っていた女の人の電話って、アンタが掛けたの?」
アスカの質問にミクルは首を縦に振った。
「私は正体を知られるわけにはいかなかったんです、だから私に似ていない他の人の音声を使ったんですけど……」
「それでアタシの声を使ったわけ?」
「違うんです、サンプルとして所持している音声データからランダムに選んで使ったんですけど、あの子は惣流さんの声だと思い込んでしまったようです、それに電話を掛けたのは鶴屋さんの家の倉庫からだったから……」
「ううん、結局は誤解なんだからアンタは悪くない」
アスカは優しくそう言って、ミクルの目からこぼれ落ちてほおを濡らす涙をハンカチでそっと撫でた。
「しかし、あのゲリラ豪雨はおかしい所がありますね。それに川の水位が上がるスピードが速すぎます」
イツキの言葉に、アスカ達も同感のようだった。
「あの瞬間、空間の情報データが書き換えられるのを察知した。私は書き換えられた情報データを元に戻そうとした」
「それは本当なの?」
レイが聞き返すとユキは小さく首を振ってうなずいた。
「私がデータを修正しようとしたところ妨害され速度が遅くなり、その結果2人を危険にさらす事になってしまった」
「長門さんの邪魔を出来る存在なんてそうそう居ませんね」
「周防クヨウ、天蓋空間から来たとされる対ヒューマノイドインターフェイスと私は情報戦を行っていた」
「えっ、でも父さん達の話だと僕達を監視しているだけじゃなかったの?」
「彼女達の言葉が真意なのか僕達にとっては確証が無いのですよ」
「あの少年を危険にさらして私達の出方を見る。昔の私の目的と似たようなものじゃないかしら」
リョウコがそう言うと、それが納得できる答えだったのか反論するものは居なかった。
「僕やレイもATフィールドを使ってシンジ君達を助けようとする寸前だったし、それが狙いだったのかもしれないね」
「そうなったら、ハルヒをごまかすのにアタシ達が悩まされる事になるわね」
「私達を試したのね、気に入らないわ」
カヲルとアスカがそう言うと、ミサトはイラついた顔をして吐き捨てた。
一応の結論が出たところで、アスカ達も解散する事になった。
リョウコが固い表情でうつむいているマナに気が付いてそっと声を掛けると、マナは暗い表情のまま答える。
「私、惣流さんには勝てそうにないなって思い始めたの」
「どうして?」
「泳げない碇君が惣流さんを助けるために迷いも無く飛び込んだから」
「私に諦めないように励ましてくれた霧島さんが弱気になっちゃってどうしたの? まだまだ勝負はこれからじゃないのかしら」
「はあ……今日の所は惣流さんに完敗だわ……」
心配そうにリョウコが見つめる中、マナは肩を落としながら帰って行った。
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