師走の路上生活は身も心も凍える。昼は競輪場で横になり、夜は寒風をしのぐため、ひたすら歩き続けた。
埼玉県の男性(69)は窃盗の刑期を終えて刑務所を出てからも盗みを重ねた。前科のある高齢者に仕事は見つからない。妻に先立たれ、身よりもない。再び逮捕され、刑務所に戻ることをどこかで願っていた。
4年前のクリスマス。繁華街にジングルベルが流れる。幸せそうな親子連れを目にして心が折れるのを感じた。年が明けてすぐ、顔見知りの刑事に電話をした。「今から自首したい」。逮捕に来た刑事の顔を見て、涙があふれた。
誰かに刑務所で聞いた。「行き先がないから出所してすぐに食堂でビールを飲む。無銭飲食で刑務所に帰れるよ」。昨年3月に再出所し、その誘惑にかられた。だが、刑事裁判の弁護士からもらった一枚の紙を思い出した。住所はさいたま市のNPO法人「ほっとポット」。「生活困窮者支援」とあった。
不安なまま事務所を訪ねると、副代表の社会福祉士、宮澤進さん(27)が笑顔で出迎えた。生活保護が認められ、「シェルター」と呼ばれる一戸建て住宅で共同生活できるようになった。ちらし配りの仕事を得て、昨年4月にアパートで1人暮らしを始めた。
夕日が差す一室から包丁の音が聞こえる。「昔働いたキャバレー仕込みで、料理は慣れている」という。
「今にも自殺しそうな顔でしたよ」「ここがだめなら事務所の軒下で首をつろうと思ってました」。宮澤さんと男性は初めて会った時を振り返り、笑い合えるようになった。
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ほっとポットの活動は路上生活者支援が中心だった。昨年9月からは埼玉弁護士会と連携し、起訴される前から仮住まいを用意して、検察の起訴猶予や裁判所の執行猶予判決を求めることも始めた。
宮澤さんは「刑務所生活は社会との距離をより遠ざける。帰る場所があれば再犯率も下がるはずで無理に刑務所に送る必要はない」と考えている。
住み込みの仕事を失い、8カ月の路上生活を送った男性(65)がいる。昨年8月、3日間何も食べない空腹から、スーパーでおにぎりなどを万引きして逮捕された。
宮澤さんは弁護士に依頼され、警察の留置場で男性と面会した。仮住まいを確保し、検察や裁判所に「帰住先あり」との支援計画を提出。判決は実刑ではなく、罰金刑に落ち着いた。
男性は留置場で「釈放されてもまた捕まる」とやけ気味だった。だが、釈放後に提供された住まいには新しい布団があり、お湯も出た。「人並みの人間になれた」。そう思ったという。
こうした活動は検察側に変化をもたらしている。さいたま地検の関係者は「帰住先があることで起訴猶予にした事件もいくつかあった」と明かす。ある検察幹部は指摘する。「万引きで実刑というのは刑罰のバランスとしてどうか、検事も悩む。刑事処分を決める上で選択肢が広がる動きはありがたい」
刑事司法に福祉の視点が浸透し始めている。【石川淳一、長野宏美】=つづく
毎日新聞 2010年10月18日 東京朝刊