赤木智弘の眼光紙背:第157回
今回は、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の録画映像が、流出した件について触れたい。
とはいえ、ビデオの内容そのものについて、深く触れるつもりはない。それよりも、私はビデオを流出させた人の意図が、どうにも理解できないのだ。
もし、このビデオに政府や検察が明らかにしない事実が映っていたのであれば、それは「勇気ある告発」であるといえよう。しかし私が見るに、流出したビデオには、あらかじめ政府が説明した以上のことは映されていない。これを証拠として見た場合に、処分保留という判断は、政治的配慮が先に動いた恣意的な判断であるとは、決して言えないだろう。
では、そんなビデオを、わざわざ流出させたのはなぜだろうか?
私は、ビデオを流出させた人間は「単なるお調子者な目立ちたがりや」ではないかと思う。
自分のやっていることが、誰にダメージを与え、誰に有益なのか。そんなことはなにも考えず、ただ手元にニュースで話題になっている映像があったから、流出させたのだろうと憶測している。
流出させた人にとってみれば、そこには義憤があったのかもしれないが、しかしそれは一切表明されていない。十分な理由の伴わないビデオ流出は、ただの「暴露」であって、決して「告発」ではありえない。
逆に言えば、そこに他人を説得できるだけの理由があれば、例え政府説明と同じ内容のビデオであったとしても、告発となりうる可能性はあっただろう。しかし、自分の本名と所属を名乗らずに、匿名で投稿したために、その可能性も失われてしまった。
元の映像は削除され、「sengoku38」のIDがyoutubeで使われる可能性もない以上、もはや流出させた人は、何の意図も表明できない。仮に今後彼が、自分が流出をさせた人間であることを表明した上で、何らかの表明をできるとすれば、それは残念ながら、法廷ということになってしまうだろう。
流出させた人が匿名でビデオを流出させて、それだけで自分の意図が通じると考えていたのであれば、少々考えが足りないのではないか。ネットの世界の一部では、匿名と実名の境は薄くなっているが、世間的にはまだまだ実名を出さないことは卑劣であると考えられてしまう。
実際、このビデオをコピーしたDVDを川口駅前に放置して、民主党政権を批判した人(*1)の訴えは、決して受け入れられることなく、単なる意味不明のイタズラとして処理されようとしている。
自身の意見を埋もれさせず、何かを意見したいと思うのなら、自らの所属や自分の考えを明らかにして、正々堂々と主張する以外にない。世間は「何ちゃんねるのどこどこ板+」と同じようにはできていないのである。
流出させた人間に許されざる罪があるとすれば、流出させたそのことではなく、流出させてなお匿名の裏側に隠れ、今もなお、したり顔で公務に就いているであろうことである。
そうした人間が公務に就いていると推測される限り、私たちは、日本の公務員に機密情報を握らせることに、不安を覚えるしかない。彼は、私たちの現政権に対する信頼ではなく、国そのものに対する信頼を失わせたのである。
資料をおもしろがって流出させ、なお匿名のまま公務の場に居続けるような人間がいるかもしれない官公庁を、我々はどうして信頼できるだろうか?
その政治信条によって、「隠そうとした民主党政権が悪い!」などと煽り立てる人もいるが、この問題でいちばんダメージを受けたのは、民主党ではなく「官公庁への信頼」である。
この投稿者が、地検の人間か、海上保安庁の人間であるか、もしくはその他の所属なのかは分からないが、匿名で投稿した結果、結局は「日本には機密情報も守れないダメな官公庁がある」という評価を得るだけの結果に終わる。そして、最終的に残るのは、単なる「官公庁不信」でしかない。