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[11932] マクロスF:Operation ANGEL HALO (× R-TYPE)
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/01/15 02:20
今回の投稿からその他板に移動しようと思いますのでよろしくお願いします


とりあえずタイトル決定


これはマクロスFに異物をぶちこんだネタ作品です

物語の先は余り想定しておらず、行き当たりばったりで書いていきますし、あくまでネタ作品なんで投げやりな部分も多いです
それと、この作品はマクロスFを見たことが無い人にはあまりにも説明が少ないかもしれません

独自解釈やら適当書いたりもしますし、誤字脱字や間違いがあったら教えて下さい
ネタ作品ですがその辺は直す方向です



[11932] 1.運命
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/20 18:07
 俺の日常は、ある日を境に大きく変化していった
 目の前で人がバジュラに殺されたから?
 遺された機体を操ってバジュラと戦ったから?
 民間軍事機関S.M.Sに入隊したから?
 違う。 どれも違う
 どれもが切欠に過ぎず、それ1つで大きな変化を生んだとは言い切れない
 じゃあ、何が人生を変えたんだ? そう、それはミス·マクロスが終わって大統領から非常事態宣言が発令され、S.M.Sでも特例B項が発動されてから初めての出撃の時だった……




「遅いぞアルト!」

「すいません!」

 シェリルの所に行っていたせいで遅れ、その遅れを取り戻す為に自分の機体に走り寄る。 前回の遭遇戦で壊した機体は、破損状況や機体のデータ取りの為に未だに廃品レベルでしまわれている
 だから今回の搭乗機であるVF-25Fは予備機であり、新品に近いパーツに対する信頼性は高い。 だけど、それがどうした! 信頼性なんて関係無い…… 機体を動かすのは俺だし、俺はコレをシェリルに返さないといけないんだから!
 シェリルから渡されたイヤリングをコックピットに飾り、出撃準備を終えて待機する。 出撃したらその先は戦場だ……

『総員フォールドに備えよ』

 艦長の声に心が引き締まる。 確かに実戦は乗り越えたが、あくまであれは偶発的な遭遇戦であり、今回のような大規模な会戦じゃない
 前回は前だけ見ればよかったのは、それはバジュラが1体しか居なかったからであり、大規模なバジュラが相手になるなら周囲を見渡して戦わないとならない。 シミュレータは時間が有れば乗っていた。 後は実戦だけだ!

『お前らも聞け。 いいか、誰1人死なせはしない。 必ず生きて…… フロンティアに帰ってくるぞ!』

 隊長からの全小隊員に向けた訓示が、これから戦場に向かうんだと俺を追い込む。 大丈夫、大丈夫だ。 その為の訓練で、その為の機体なんだから!
 訓示が終わるとまだ少し慣れないフォールドの感覚を越え、全機に発艦命令が出された。 スカル1から順に発艦していき、終にはスカル4――俺の順番に回ってきた
 全て訓練通りにシミュレータ通りに機体を動かし、刻一刻と戦場に足を進めていく。 ゆっくりと着実に前へ進み、甲板へと流れるようにエレベーターで揚げられて発艦準備を済ます
 画面に映るスタンバイの文字を見て、小さく唾を飲み込む。 この先は命を賭けた戦場。 その賭けに負ければ、俺も命を……

『発艦どうぞ!』

 その言葉にスロットルレバーを入れ、エンジンを思い切りふかして発艦する。 いつもの訓練通りの発艦と、いつもの訓練通りの宇宙
 それでも戦場ってだけで、暗い星空に輝く光は小さな心を握り潰そうとしてるんじゃないかとすら思えてくる

『スカルリーダーより各機へ、俺達は軍の露払いだ。 ついでにバジュラのデータ収集もある』

『試作のフォールド通信システム良好。 これならバジュラに撹乱されずに済む筈です』

『了解だ。 それからアルト…… アルト?』

 戦場に向けて巡航するなかで、隊長やルカの通信が入って来るが俺にはそれに返す余裕が無い。 俺は返事をするよりも機体制御に手間取っていた

『おいアルト、お前は戻れ』

「なっ! これくらいじゃ問題ない!」

『き、危険ですよ先輩! だって、パックのスラスターが1つ着いてないじゃないですか!』

 そう、それが機体制御を難しくしている理由。 発艦は機体のスラスターだけを使っていたから気づかなかったが、巡航に入ってからスーパーパックを点火してみると4つの内の3つしか点火せず、そのせいで機体のバランスがおかしくなり制御だけでも手間がかかっていた
 何度か着火シークエンスをやり直してみたが、何度やり直しても異常が検出されずに点火がなされなかった

「くっ…… スーパーパックを投棄すれば」

『お前は増槽や武器が満載されたスーパーパックを棄てて、ちょっとの燃料と小さな鉄砲だけで戦うって言うのか?』

「だけど!」

『上官命令だ、お前は艦に戻れ』

 隊長から下された無情な決断は、俺の艦への帰投だった。 上官命令に対して俺には抗う術がない
 戦うなんて考えて覚悟をシェリルに見せたのに、何もしてないのにこのザマか……

『艦に戻って新しいのをここに持ってこい。 着いたら俺を呼べよ! ヒヨッコのエスコートも仕事の内だ!』

「はっ、はい!」

 苦笑する隊長にそう言われ、生きてるスラスターに全力で火をいれて艦に俺は帰投して行った




 宇宙を彩る美しい花火を尻目に、艦橋は重苦しい空気に包まれていた。 あの爆発の1つ1つはミサイルだろうか? それともバジュラか人間か……

「どういう事ですか艦長!」

「そのままの意味だよキャシー。 機体の慣熟訓練すらしていないのに、あの機体で出撃させる訳にはいかん」

 重苦しい空気の元凶は、新統合軍から派遣されたキャサリン·グラス中尉が出していた。 そもそも彼女がここに居るのには様々な理由があり、その理由の1つが発艦していないことに苛ついていた
 彼女だってガキの使いでS.M.Sに来ている訳ではなく、歴史とした軍人として政府の息のかかった使者としてこの艦に送られている。 だからこそ、彼女には与えられた任務を遂行する義務も意思もあった
 与えられた任務は幾つかあるが、その1つは[無人宙域で発見された機体の運用及びデータ収集]であり、これは政府からS.M.Sにも下達されている命令である。 それなのに、命令を知っていながら無視する艦長に苛立っていたのだ

「君も軍人だからわかるだろう? パイロットが自分の愛機に馴染む為に、どれだけシミュレータや実機訓練に励む事で機体に慣熟して運用しているかを」

「知っています。 ですが、アレを実戦で使うチャンスなんです!」

「ふむ……」

 顎髭を撫でながらキャシーを見る艦長の元に、緊急性は低いが準備の必要な話が飛び込んでくる

「艦長! スカル4より通信です。 『スーパーパックの故障を確認。 帰投するので代替機を用意して欲しい』との事です」

「帰投を許可しろ」

 緊急性の低い案件とはいえ、この空気を霧散させるには丁度いい内容だった。 キャシーが畳み掛けようとしたタイミングで、その出鼻を挫いてくれるとは彼に感謝せねばならない。 だがしかし、そんな感謝の気持すら吹き飛ばしかねない話が聞こえてくる

「代替機って言っても、彼が乗ってるのは25Fよね? 予備機は標準の25しかないわよ」

「スーパーパックだけ換装するのはどうでしょう?」

「たしか予備機の中に、スーパーパックを着けて訓練したのがあったはずよん」

「しかし、そのスーパーパックはオーバーホールしてませんが……」

 オペレータ達から悲観的な意見が艦長に寄せられる。 元々スーパーパックは使いきりで投棄でき、分類としては消耗品になっている。 そのスーパーパックも明後日には追加が納入される筈だったが、今回の戦闘の為に発進して納入されていない
 旗色が悪くなってきた…… とにかく何か機体を用意しないとならないんだが

「艦長」

「……何だねグラス中尉」

「スカル4であるアルト准尉の機体が無いならば、アレに乗って出撃させて下さい!」

「しかしだな……」

「25Fと25には性能に小さな差がありますし、オーバーホールされていないスーパーパックを搭載させるのは危険です」

 早乙女君には済まないが、彼にはアレで出てもらうしかなさそうだ。 少し憮然としたそんな表情の艦長を眺め、キャシーはアレでの出撃を確信してその機体のスペックに高揚していた。 艦長も興奮を隠せないキャシーをみやりながらも、小さく呟いていた

「――アレは動かせるのかね?」

「問題ありません。 あの機体にはISCを搭載しましたし、推進機にも制限はかけてあります」

 我が意を得たりと胸を叩きかねない彼女を冷たい視線で見つつ、心の中で小さく「そうじゃない」と考える。 自身が案じて居るのは機体の事ではなく、それに乗るパイロットの事だ

「……アレは人間に動かせるのかね?」

 今度の呟きは誰にも聞こえなかったのか、命が煌めく宇宙を眺める艦橋に溶けて消えた



 艦に帰投して機体を降り、乗り換える代替機を探すように走り出す。 事前に連絡が言っている筈なので、俺が乗り換える機体がスクランブル状態の筈なんだが……
 そんな時に、目の前に全く見たことの無い機体が置かれていた

「何だよ…… これ?」

 それはVF-25Fの半分程度しか幅のない大きさの機体で、今までのバルキリーが持っていた鋭角さを無くし、全体的に丸みを帯びた機体がそこにあった

「これは貴方の出撃する機体です」

「これが?」

 やって来たあの女軍人の話しは、華奢と言ってはなんだが、バルキリーのような大きな翼もない小さな機体。 こんなので戦えと言う内容だった

「この機体は、無人宙域で偵察中に発見し鹵獲したものです」

「無人宙域に?」

「はい。 発見した際にはキャノピーが破損していて搭乗者はいませんでしたが、それを回収してブラックボックスだらけの機体を出来る範囲で修理したものです」

「そんな機体で大丈夫なのか?」

「試験では戦力として考えるならば、VF-25Fの5機以上に値するとでています」

 その説明に息を飲む。 こんな小さな機体がVF-25Fを5機以上の戦力なのか? 武装もそんなに派手に着けてる様には見えないが……

「メイン武装はレールガンで、ガンポッド以上の連射が可能です。 更には機体上下に追尾式のミサイルが搭載されています」

 出てくる武装は、あくまで普通でしかない。 この程度じゃ標準のVF-25にすら値しないと思うが、どういう事だ?

「そして、ブラックボックスにしてこの機体の特徴は、未だに軍が全力を挙げても解析できない通称[ザイオング慣性制御システム]です。 これは異常なまでの推進機で、最大速度はM15を優に超えます」

「待ってくれ! VF-25FですらM5が最大速度なんだぞ!?」

「最後まで聞いて下さい。 さすがにそこまで出ると体が耐えきれないので、リミッターをかけてM6までしか出ないようにしてあります。 そして武装にして最大の特徴は、前方に特殊な力場を形成し、エネルギーを収束させベクトルを付与した後に開放、放出する能力です。 破壊力はメイン武装のレールガンを遥かに上回ります。 発射を機体前方でする関係で、物理的な砲口は存在していません」

「何なんだよこの機体は……!」

「我々は便宜上この機体をR-9Aと呼んでいます。 暗号名はアロー·ヘッド」


 俺の日常は、ある日を境に大きく変化していった
 初めての実戦に出撃したから?
 偶々スーパーパックが故障したから?
 代わりの機体が見つからなかったから?
 違う。 どれも違う
 どれもが切欠に過ぎず、それ1つで大きな変化を生んだとは言い切れない
 じゃあ、何が人生を変えたんだ? そう、それはこの機体との出会いだった



[11932] 2.遭遇
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/19 02:24
 発艦準備を済ませ、このR-9Aに乗り込む
 不思議な感覚だが、壊れていたコックピット周りや操縦周りは修理の際に出来る限りVF-25に似せたらしく、未知の機体だけど慣れた手付きで甲板へでてくる
 説明を受けた内容には、この機体における幾つかの注意点を受けている
 その注意点とは――
 1.この機体に変形機構は無く、あくまで強力な戦闘機でしかない
 2.最大速度は人体に危険であり、1分間しか出すことを許可しない
 3.機体にある波動蓄積ゲージは50%までしか蓄積してはならない
 ――この3点だけである
 これだけの制限を受けてなお、スペックだけならR-9Aの方がVF-25Fより強いだろう。 そんな機体に俺が乗るんだ……!

『戦場は小康状態ながらも、徐々に終結に向かっていますが御武運を』

 発艦して戦場を目指して飛び立って、余りにも軽い操縦感覚に驚いてしまう。 機体が思う以上に動かし易く、これなら想像以上の機動だって不可能じゃない
 巡航速度でなんか飛ばず、スロットルをいれて高速で戦場を目指す

「もうすぐ戦場に着きます!」

『遅すぎるぞ! 今から行くから待ってろよ、ヒヨッコでも生き残れるよう指導してやる!』

 戦場の端に着くと、そこにはスカルリーダーが俺を待っていた。 その機体は戦場を巡っていた筈なのに、遠目には傷すら見受けられない

『その機体は…… どうしてお前が』

「艦に戻ったら、これに乗れと言われたんで」

『どういうつもりなんだ、キャシー?』

「隊長?」

 俺の乗り込む機体に驚愕する隊長に違和感がする。 が、それも一瞬でしかなかった

『まあいい、獲物が少なくなる前に行くぞ!』

 先行するように飛び出す隊長を追いながらも、その機体操縦に感嘆する。 あっちは重いアーマードパックなのに、こんな機動だなんて…… でもそれより、このR-9Aも異常だ。 バトロイドに変形する能力は無いが――

「……ぐっ!」

 ――どれだけの速度を出していても、零コンマの時間だけで機体をストップするどころか、後進さえもできるなんて。 そのおかげで肉体にかなりのGを受けるが、それでも旋回に円の動きを使わずに直角での回避運動すら可能にしている
 このレールガンも、トリガーを1秒でも引きっぱなしにすれば大型のバジュラすらミンチに変えてしまえるし、追尾ミサイルもマイクロミサイルみたいな弾幕は出せないが、その分1発の破壊力が高く当たれば肉片だって残さない

「それに――これだって!」

 トリガーの1つを握りしめると、有視界キャノピーの外に何かが震えるように溜まりだす。 メーターの数値を眺めると、トリガーを引きっぱなしにすると段々と%が増えていく
 そして、メーターが50%を示すと表示が赤くなった。 そこで敵のバジュラにそれを向けてトリガーを離せば、理解の外にある力が解放されて破壊の痕を宇宙に映し出す。 初撃に当たった大型バジュラは粉になり、それだけではとどまらないと波動砲はバジュラを貫通していき7体ものバジュラを粉に還した
 これを見れば、本当にVF-25Fの5機分の戦力も納得できる。 無茶苦茶な機動を可能にし、この破壊力を持った波動砲…… いったいどうしてこんなものが宙域に堕ちてたんだ?

『ボケッとするな!』

 言われて前を見ると、バジュラが網を張るようにてぐすね引いて待っていた。 それを直角すら用いた機動を使い、レールガンと波動砲を併用して網を喰い破るように撃破する
 ただ少し問題があるとすれば、さっきから波動砲の威力が強く貫通してしまい、気をつけろなければバジュラを貫通してフレンドリーファイアを引き起こしかねない
 こっちが劣勢で敵が壁のように残っていれば貫通による突破力は魅力的だが、既に天秤がこっちに傾いた戦場ではその貫通力が仇になりかねない。 だからって、手をこまねいて見てる訳にはいかないんだよ!
 そんな時だった、通信からどよめきが聞こえて宇宙が光輝く。 光源は救出しようとしていたカイトス…… それをやったのは、フォールド断層を無視して出てきたあねバジュラの母艦!

『スカル3! ルカ、出すぎるな!』

『わかってます! でも、こいつをもっと……』

 そう言って、母艦に向けて先行するルカ…… って、あのバジュラはルカを狙ってやがる!?

「ルカ!」

『え? うわっ』

 ルカに近寄ったバジュラは、何故かそれを撃墜せずに腕を出して鹵獲して母艦に戻っていく。 でも、機体が爆発はしていなかった…… なら、まだ助かる!
 隊長が艦橋とオープン通信しているが、そんなのは関係ない! とにかく早くアイツの元に行って、助けてやらないと!
 たった1分間しか使えないが、今使わないとなんの為の最速M6だ!

『やめろ! お前1人で何ができる!』

『アルト! 相手は針鼠みたいな艦なんだぞ!』

「針鼠だろうが何だろうが、波動砲の突破力と機体の加速力があれば!」

 俺は制止を振り切って、吠えるように50%まで溜めた波動を宇宙に解き放つ。 すると、機体も俺に追随するように波動砲を放ち大きく吼えた
 波動砲が対空砲火もバジュラも関係なく、それらを等しく粉にしながら道を作り出す。 その道を全力で飛ばしながらも、それを阻止しようと弾幕を張るバジュラにレールガンや追尾ミサイルをお見舞いする

「邪魔を、するなぁ!」

 銃身が焼けついても構わんばかりに、弾を湯水のように四方八方のバジュラに向けて撃ちまくる。 そして邪魔を削りながら、復帰した対空砲火を避けながら母艦へと突っ込んでいく
 最初は突っ込んで行く俺に集中しがちだった迎撃も、隊長やミシェルの援護を受けて分散しだし、遂には母艦の口元にレールガンを叩き込んで潜入に成功した
 潜入した先は通路のような場所だったが、生物的な外見とは裏腹に内部はホースのようなコードのような物が敷き詰められていて、機械的な印象を与えられる
 中に入ったからかスカル3であるルカの機体の場所が探知出来たので、次は周囲を索的してルート選定に入る

「こっちか……」

 あまり遠くないのが救いだが、ここは敵地だから注意しないとならない。 それでも一刻一秒でも早くルカを助けないと、アイツの命が危険に晒される!
 直線は容赦なく加速し、曲がり角では伏兵を想定してゆっくりと飛び出し…… これは――共食い?
 バジュラの母艦内通路に落ちている、明らか殺されたであろうバジュラの死体。 こいつらも、内部では生存競争で殺しあって……

「っ! 弾痕!?」

 ここには誰か他にも居るのか?
 もう一度確かめるように試すが、味方機の反応はスカル3以外には近くに存在していない。 なら、敵なのか?
 そんな事は後でいい…… 今はこの先に居るルカを救出して

「ルカ!」

 そこには両翼をもがれたスカル3が、まるで有機的な触手に囚われたように捕らえられていた。 俺はそれを救うべく近づいて

「ぐあっ!? 奇襲か!」

 前進だけでなく後進も使う事で、後ろから来たバジュラの背後に回り込んでレールガンでミンチにしてやる。 そしてチラリと見えた方に追尾ミサイルを放つと、伏兵として機会を伺っていたバジュラを吹き飛ばしてやった

「ルカ! しっかりしろ!」

 捕らえられていたスカル3のキャノピーを開き、肩を揺すってやるとルカは目を開いて俺を見たが、ゆっくりとまた目を閉じてしまった。 クソッ、死なせてなんかやるものか!
 ルカを機体から引っ張り出して、R-9Aの複座席に座らせる。 どうやって脱出する? 来た道を戻るか、もう一度この母艦に穴を開けてやるか……!

「考えるまでもない!」

 波動砲をチャージしようとトリガーに指をかけた瞬間、今度は避けられたがまた奇襲を…… これは、バルキリー?
 赤い機体が無言で佇み、自分に銃を向けている。 いったいコイツはなんなんだよ!
 睨み合いが続くなか、周りは動きがあるのか母艦がまた口を大きく開け始めた

『スカル3スカル4、応答して下さい!』

「マ、マクロス!」

 開いた口を閉じさせんとばかりに、巨人のようなマクロス·クォーターが手足で口を抑え込む。 それに目を取られた隙に、赤い機体は飛び去ってしまった
 それに一歩遅れるように、俺のR-9Aも口から飛び出した。 それを確認したマクロスは、重量子反応砲をバジュラの母艦の口にぶちこんだその瞬間、そこにはもうかつて存在していたバジュラの母艦の形は影も残って居なかった

『ったく、無茶しやがって……』

『後でたっぷり絞ってやる…… だが、よくやったアルト』

 勝利に浮わつく空気が流れるが、それでも俺はそんな気分にはなれなかった。 あの赤い機体…… たぶんアレがバジュラの死体を作ったやつだとして、何でそれが俺に撃ってきたんだ?
 それに、この機体…… これは異常なんてもんじゃない。 この機動と火力は、まるで1機だけでバジュラだって潰しかねない力がある
 それが未知の技術を持って宇宙に漂っていたって事は、それに準じる力をもった文明が在るのか在ったのか
 正直に言ってしまうと、自分がVF-25Fに乗っていたとしても、このR-9Aに勝てる瞬間がまるで想像すらできない。 如何に練度の高いエース…… 例えば隊長だったとしても、このR-9Aとまともにやりあって勝てるかどうかわからない
 そんな機体に乗れる高揚感と興奮、そしてこんな異常な機体性能への恐怖に俺は帰投して着艦するまで打ち震えていた




 戦場を少し離れたフロンティア1の一室で、男は小さくほくそ笑んでいた
 余りにも想定外にして、余りにも異常なその戦闘力。 これも少し手として使えればと思っていたが、これは余りにも妙手になりうる強力な鬼札

「これがR戦闘機……」

 この男が思うのはフロンティア3の研究所で、そこは表向きではヴァジュラを研究している。 だが、その皮を剥いてしまえば、そこには最強の機体を引き立てる使途不明の装備を、新設された研究専門チームであるTEAM·R-TYPEに研究させている
 余りにも不明であり余りにも強力だったので、暴走を恐れて遅々として進まない研究に使わせていたが、これはやはりR戦闘機に使わせるべきかもしれない
 さあ、全ては予定通りだ。 私は私の道を進もう



[11932] 3.転機
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/20 18:09
 今はここに無くなったR-9Aを思い、小さなため息を吐く
 着艦したR-9Aは、他の機体がオーバーホールされている中でも手をつけられず、着弾した事すら無かったかのように放置されていた
 何でもあの機体は機密とブラックボックスの山らしく、ここでオーバーホールせずにフロンティアに戻ってから研究所に回され、そこでデータ収集をしながら修理されるらしい。 そして、そこで直された機体はこのマクロス·クォーターに帰ってくる
 その話しも含めて、俺はフロンティア1の行政区に呼び出しを受けて登庁していた

「――そういう訳で、機体はS.M.Sに送り戻せる事になった。 そこで1つ君に頼みがある」

 椅子に深々と座って俺を眺める三島さんは、まるで困ったとでも言わんような顔で話を続ける

「君が乗ってわかった通り、この機体は高性能故に乗り手を選ぶ機体だ。 だから、データ取りに関してもエースないしエースになりうる者にやって欲しいと頼んでいたんだが、どうにもS.M.Sは乗り気ではないらしく運用する気がない。 そこでだ、その役を君に頼みたいんだよ」

「俺に、ですか?」

「特例B項が出ているが、これは軍からの命令ではなく個人的な頼みだ。 またあのVF-25Fで戦いたいならば、断ってもらっても構わない。 しかし、君が乗らないならば誰も乗らないS.M.Sには送り戻すのは無駄になるのか……」

 今度は本当に「困ったものだ」と小さく呟いて、背もたれに沈むように肩を竦める。 だがしかし、俺にはそんなものは視界の端にも入りはしなかった
 それよりも、今一番俺の心を掴んで放さないなは、この話を受けたらあの化物――R-9Aにまた乗れるって事だ
 もしこれを断ってVF-25Fに乗るとして、俺はこの先あの程度の機動しかできない機体で我慢できるのか? あれだけの圧倒的な機動を体感し、自分の思うままに動かしておきながらそれを捨てられるのか?
 技術に関してはルカと違って門外漢だけど、これだけは断言できる。 あの化物みたいな機動を可能にする機体は、軍や民間がどれだけ力を入れても作れないだろう…… そんな機体に乗れるチャンスを、千載一遇としか言えないチャンスを俺は捨てるのか?

「急な話で済まない。 やはり、この機体は練度の低い軍の方で運用試験をするしかないようだ」

 よくわからない紙の資料を纏めつつ、三島さんは立ち上がって俺に退室を促そうとして――

「……ります」

 ――無意識の内に口が開いていた

「俺が乗ります!」

「いや、しかし、これは我々新統合軍の問題でもある」

「お願いします! 俺に乗らせて下さい!」

「そこまで熱意があるならば、君に頼ませてもらおうか」

 俺の意見を聞いて席に座り直し、腕を組んで頷いた。 なんとか俺の熱意を汲んでくれるようだ
 そして、三島さんは纏めていた資料から1枚の紙を取り出して、受け取れと俺に「これを」と渡してきた。 それを手にとって眺めると、そこにはR-9Aに乗るにあたっての辞令が書かれていた

「これは……」

「乗ってもらえるならば、我々も君を後押しするつもりだ」

《1.R-9Aに対する命令はS.M.S内部の命令より上位に位置する
 2.戦場に出る際は機体が損傷等で出撃不可能な場合を除き、必ずR-9Aに搭乗するものとする
 3.R-9Aに搭乗しての作戦は、敵の撃滅よりも生還を重要とする
 4.新統合軍はS.M.Sに対しR-9Aの弾薬やパーツの供給を無償でおこなう》

「他に要望があればS.M.Sに出向しているグラス中尉に言って欲しい」

 そう言って、今度こそ資料を纏めて俺に退室を促す三島さんに頭を下げ、俺は部屋から出ていく。 今はアレに乗れる高揚感からか、やたらと足取りが軽く感じてしまう
 ハイテンション過ぎて、気が緩めば今すぐにでもスキップだって始めそうだ。 飛びそうな頭を少し抑える為に、ポケットに手を突っ込んで

「んあ?」

 ポケットの中から不思議な手触りがして、それを取り出してみればそれは紫の宝石をあしらったイヤリングだった。 これは確か、シェリルのイヤリングだったよな?

「ヤベッ、返すの忘れてた」

 携帯の時間を確認すると、時間的にはまだ学校に間に合う時間だからシェリルに連絡しつつ、俺は学校へ向かった




 幾つかの作業を終えて、レオン·三島は背もたれに深々と沈みつつ画面に映るものに釘付けになっていた。 そこに映るのは、バジュラ相手に善戦するS.M.Sを嘲笑うようにバジュラの母艦へと消える赤い機体と、その赤い機体の機動すら既に過去のものだと言わんばかりに縦横無尽に母艦へと消えるR-9A
 S.M.Sに提出させた映像で第三者視点でR-9Aの動きを確認し、続いてR-9Aから抜き出した映像でその機動の異常さを垣間見るだけで動悸が上がり、この拾い物たちの素晴らしさに感動する
 ランカ·リーも役に立つだろうが、今すぐ効果を及ぼす事はない。 しかし、これは違う。 これほどまでに強力な機体は、どれだけ素晴らしい即効性をしめすだろうか
 そうと決まったならば、R-9Aとともに佇んでいた未だになんら解析のなされていない物体、便宜上フォース呼ぶアレをあの少年に預け、ついでとして運用試験でこの任務にあたらせよう
 手にとった紙には未だに検疫中のダルフィムから寄せられた話で、何でもあの戦場から更に先の宙域にバジュラの小規模前進基地らしきものを発見したので、可及的速やかに攻撃されたしと書かれている
 距離としてはかなりのものがあるが、バジュラがそんな場所に橋頭堡を築いたとなればこちらの戦略的な失点は大きい。 となれば今すぐにでもそこを叩くべきだが、私としては少しでもバジュラの情報を収集しないとならない訳だが…… しかし、バジュラの生きたままの捕獲は難しいだろう
 巣か何かであれば捕獲は容易いだろうから、それが見つかるまでは撃滅の方向で行くべきか? いや、待てよ。 小規模前進基地であるならば、あのR-9A単機による殲滅は可能だろうか?
 ふむ…… フォースの性能評価試験にもなるだろうから、私の方からS.M.Sに働きかけてみるか
 ペンを片手に窓から射し込む夕日に目を細めつつ、次の一手への準備にとりかかった




 マクロス·クォーターの艦橋は、また重苦しい空気に包まれていた。 出動待機でオペレータ席に座るモニカは、いつもとは全く違い不機嫌を隠そうとしない艦長に戸惑っていた
 何かに苛つくように座る艦長の手には2枚の紙があり、それを渡したグラス中尉は無表情で艦長を見ていた。 渡された1枚目の紙を艦長が読み始めた時は、まるで狐につままれたような顔をしながら読んでいたが、2枚目の紙を読み始めたその時に雰囲気が大きく変わった
 まるでその紙を睨むように見終え、その場から動かずに立っているグラス中尉に視線を移した

「これは本気か?」

「はい。 23:00よりS.M.Sには指定宙域に存在するとされる、小規模なバジュラ前進基地を叩いてもらいます」

「そこまでは理解できるが、これはどういう事だ?」

「……早乙女アルト准尉は本日をもって、TEAM·R-TYPEの一員を兼任してもらいます。 S.M.Sの皆さんにも命令権はありますが、こちらの命令権の方が上位になります」

 聞こえてくるのは、感情のない無機質な話し声。 それだけを聞いても、別に艦長がそこまで不機嫌になる内容じゃないと思うけど……

「では、このR-9Aは何故22:30に出撃なのかね?」

「……対バジュラ殲滅兵器としてのR戦闘機性能評価試験だと聞いています」

「君も詳細を知らされていないのか…… よし、スカル小隊に第1種警戒体制を出してブリーフィングルームで待機させろ」

 バジュラの前進基地にアルト君だけで行かせるの?! だって、バジュラが集まれば空母や戦艦だって墜ちるのに!
 それでも上からの命令に、私たちが反抗する術はない…… 仕方ないと割り切って、私たちはR-9Aの出撃準備を整え始めた




 スカル小隊の面々がブリーフィングルームに呼び出され、全員がそのあまりの内容に絶句していた。 別に難解なミッションを与えられた訳ではない。 元々バジュラ相手にS.M.Sに回ってくる任務の種類は少なく、今回の任務も例に漏れずその内の1つである
 だいたい回ってくる任務は、バジュラの捜索を主眼にした索敵や威力偵察か、既に起きている戦線に向かいバジュラを迎撃するか撃滅する事である。 そして、今回の任務も小規模な前進基地への攻撃であり、分類するならば撃滅任務にあたるだろう
 しかしながら、この任務の過酷さはその程度の言葉では言い切れない。 何度もルカに至っては命令書に穴が空くほど読み返し、何度読んでも変わらない文面に憤りを覚えながらも、チラチラと心配そうに俺を見てくるが、それと対照的に隊長とミシェルはむしろ俺を怪訝そうに見てくる
 今回の任務内容は簡潔と言えば簡潔であり、要約してしまえば22:30に俺がR-9Aで向かって前進基地を攻撃し、その30分後にスカル小隊が後詰めで出撃して掃討戦に入ってバジュラを殲滅するだけである
 いや、だけであると言えば簡単だが、小規模とはいえバジュラの前進基地に単機で進出しての攻撃…… しかも、味方はどれだけ早くても30分はやって来ない
 そんな恐ろしい任務に、俺は全身の震えが止まらなかった

「おい、アルト。 駄目そうなら早く言え! 俺が艦長に直訴してきてやる!」

「そうですよ先輩! こんな任務は無理ですよ!」

 俯いた俺の身を案じる隊長とルカだが、そんな俺の顔が見えたのかミシェルだけは態度が全く違った

「アルト、お前…… 笑って?」

 そう、俺は全身が震える程に笑っていた。 出撃機の欄にはR-9Aと書かれていて、しかも隣には新装備とまで書かれている
 あんな化物機体の新装備…… 全く想像ができない。 それでも、こんな馬鹿げた任務を寄越したって事は、上はその装備があればこの任務は可能だと考えてるって事だ
 なら、やってみたい…… あのR-9Aを宇宙に駆けさせて、圧倒的な数のバジュラと戦ってみたい!
 あくまで私情であり好奇心でしかないが、それでもR-9Aで負ける気なんて全くしない!

「俺は行けます! R-9Aさえあれば、負けたりなんてしません!」

 感情の昂りが止められず、俺は愛機になるべき機体に向けて走って行った



[11932] 4.強襲
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/19 19:21
 マクロス·クォーターの甲板から発艦して10分程度が経つが、未だにレーダーに感はない
 巡航速度より少し出しつつ、体を慣らすように暗礁群を独特な機動で突破していく。 最初はキツイと思っていたGも今では心地よくすら感じてしまうし、この暗い星空が輝いてすら見えてくる
 しかしながら、少し不満がある。 それは、どんなものだと期待させられていた新装備なんだが、それはよくわからない丸い物体だった。 何でも予測だとバジュラの攻撃程度じゃ壊れないらしく、盾がわりにでも使えるらしい
 それと、R-9Aからエネルギーをフォースに送れば、それを増幅してビーム弾を発射するとか何とか…… とにかく実際に使ってみなければ、この赤く光るフォースが本当に使える物なのかがわからない
 まあそれでも、このR-9Aさえあればバジュラだって根絶やしにできるさ!
 そんな事を考えている内に、レーダーがやっと獲物――バジュラを捉えた。 それを目標に近づいていくと、そこには本当に前進基地があるのか一気にレーダーが赤く染まる
 バジュラはまだこっちに気付いていないのか、一切警戒体制を敷かずにぼんやりと宇宙に浮かんでいる。 獲物であるバジュラの余りにも無防備なその姿に、俺は苦笑さえしてしまいそうだ
 素早く最前列のバジュラに近づけば、やっとこのR-9Aに気付いたのかぼんやりと浮かんでいただけのバジュラが一斉に俺を向き、その敵意を叩きつけてくる。 そんな敵意にお構い無しに、俺が準備していた波動砲のトリガーから指を放すのと、大量のバジュラが飛び出してくる隕石から対空砲火が舞うのは同時だった
 R-9Aから獣の咆哮のように放たれた波動砲は、その破壊の顎門を魅せ付けるように射線上に居た10体以上ののろまな大型バジュラを狂的なまでに粉砕しつくし、そのおまけだとばかりに小型バジュラも幾つか巻き込んで消えていった
 この破壊力! この破壊力があれば、バジュラの根絶やしだって夢じゃない!
 俺の操るR-9Aを蜂の巣にせんと襲い来る対空砲火も、この機体にかかれば踊るように流れるように回避できるし、少し懸念はあったがバジュラの砲撃もフォースで問題なく打ち消せた
 避ければ避ける程に密になる弾幕を回避し、前回の戦闘では使う事の無かったトリガーに指をかけて、大型バジュラに狙いを定め…… ロックが合った瞬間にトリガーを弾く。 すると、機体の前に着いていたフォースが機体から飛び出して行き、そのまま大型バジュラにぶつかって吹き飛ばした

「まだまだぁ!」

 まだフォースと大型バジュラが離れない内に、もう1つのトリガーを引くとR-9Aからフォースへとエネルギーが送り込まれ、ほぼ零距離で外す事のないビームでの射撃を開始する。 すると予想以上にビームの火力が高いのか、ほんの数発をその硬い装甲に受けただけでバジュラは爆発四散して宇宙の藻屑になった
 俺はそれを見て喜ぶ事もなく、急いでスラスターをふかせて速度を出してフォースを装着せずに追い抜き、そこで今一度フォースを飛ばしたトリガーを引いてやる
 すると、さっきまでは機首に装着されていたフォースが素早くこっちに向かって来て尾翼に装着された。 それを見てすぐさまトリガーを2つ引くと、尾翼に着いたフォースが背後に向かってビームの弾幕を張って、R-9Aの尻に喰いつこうとしていた小型バジュラを一網打尽に消し飛ばし、挟撃しようと正面からも狙っていた大小バジュラをレールガンでミンチに変えた
 そのまま縫うように対空砲火をかわし、遠くから俺のもとに殺到しようと塊で向かって来た大量のバジュラに波動砲を打ち込んで消滅させ、前進基地外部で粗方狩り終えたので今度は基地内部を目指してR-9Aを操った




 数字だけで見ればそんなに距離は感じないし、訓練や実戦だけでもその何倍の距離をバルキリーに乗って飛んでいたかなんて数えられもしない。 だがしかし、たったこの程度の距離を飛ぶだげでこれほどまでに焦った事はあったか?
 速度は巡航速度なんて忘れたように最大戦速で飛ばしており、後ろを飛んでいるミシェルやルカに気をつける事すら億劫になる。 これだけの速度で飛べば、その辺に浮いている小型の隕石にぶつかるだけで大惨事になるだろうが、それでも1分1秒でも早くアルトのもとに行かないと、不本意ながらランカが悲しむだろう
 急いで行くから生きてろよ! ランカを泣かせたら承知しないぞ!


 コックピットを電子音と荒い呼吸が支配する

「くっ……」

 余りにもスピードを出しているので、ゴーストに細かな修正や指示を送る為にコンソールから手を離せず、まともに自機すら操縦する暇がない
 それでもルカの目には諦めも疲れも存在しない。 そこにあるのは、若干の不安と強い決意のみ
 そう、ルカが決意して求めるものは早乙女アルトの救出のみ。 たった1人で孤独にバジュラと戦っているアルトに比べたら、高々スピードを出してドライブするくらいはどんなものでもなかった
 絶対に助けますからね先輩! 少しだけ待っていて下さい!


 左目は計器をチラリと見やって先行する機体を視野に収める。 そして残りの右目は、先行する機体の先にある戦場を幻視していた
 まだ見えはしない戦場…… 自身の中のリアリストな部分が「間に合いはしない」と口を開く。 アルトの生存に悲観的な意見だが、冷たい部分ではもう無理だろうと諦めをみせていた
 敵がバジュラ1体なら話しは違うが、今アルトが1人で相手にしているバジュラの数は想像すらできず、その弾幕なんて悪夢のようなものだろう
 如何にアイツの腕が立つからって、如何にアイツの乗る機体が高性能だからって、1対多なんて数の暴力に勝てはしない
 何度もそう考えてから、1つの結論に達している。 その結論は

「……間に合えよ!」

 これだけ悲観的な意見を寄せ集め、リアリストが出した結論はこれだった。 何だかんだ言ってもアルトは仲間であり、それを助ける為ならば全力を出すことも厭わなかった
 俺が援護するまで死ぬんじゃないぞ!




 バジュラの前進基地に突入した俺は、ところどころで飛び出してくるバジュラを掃討しつつ、奥へ奥へと向かっていた。 今も尾翼に装着したフォースからビームを撃つ事で2体ぐらい消し飛ばし、正直に言ってこの戦いだけでどれだけなるのかわからない撃墜スコアを増やしていく
 最初に少しだけこの任務に対する不安はあったが、この機体にしてみればそれが杞憂でしかないと思い知らされた。 もしもR-9Aをコピーできる日が来たならば、もうバジュラのような外敵に怯える事もなく戦えるだろう
 段々と少なくなってきた接敵に寂しさすら覚えながら、目標はないが基地の中心へと舵取りをしようとした時、急にR-9Aが大きく震動した

「ぐぁっ?!」

 驚いて後ろを見れば、そこにはあの赤い機体が俺に銃を向けていた
 そこで俺は小さく息を飲む…… 偶々尾翼にフォースを装着していたから助かったが、もしも機首に着けていたら確実に戦死していた。 戦果に浮かれるのは自由だが、それで死んだらもともこもない
 通路の角から隠れるように弾幕を張るように撃ってくる赤い機体に対して、このR-9Aは機動と破壊力は他の追随を許さないが、それでも隠れながら撃つようなそんな器用な事は難しい
 となると、ああいった手合いとの曲がりくねった狭い通路での戦闘は不利だ…… とにかくここを脱出して、外の広い宙域で機動戦を仕掛けないと!
 そこまで考えたならば、俺は即座に波動砲のトリガーに指をかけて蓄積を開始する。 相手が角から撃ってくるならば着いてこいと言わんばかりに、赤い機体とは反対の奥へと突っ込んで行く。 それを追撃してくる赤い機体の攻撃をフォースを使って半ば無視して、溜めた波動砲を壁に撃ち込んで外までの穴を作ってそこから脱出する
 飛び出した俺がするべき事は決まっていて、即座に回頭してレールガンを穴に照準させると同時にフォースを機首に移動させ、俺を追って飛び出してくるであろう赤い機体を待ち構える
 いつ来ても大丈夫なように準備する俺に向かって、最初に穴から飛び出して来たのは大量のミサイルだった

「ちっ!」

 唸るように加速するミサイルに対して、俺はフォースとレールガンをもって出迎える。 近寄せないようミサイルを迎撃すると、穴の周辺が爆炎で隠されてしまった
 完全にしてやられたような形に、自分のそういった搦め手に対する経験の無さが露呈した結果に、内心忌々しく思いながらも飛び出してくる赤い機体を血眼になって探す
 小さく時計を見やれば、爆炎で穴が見えなくなってから既に2分と経過した。 さすがに2分も爆炎が残る事はなく、今では隕石に開いた穴がよく見える
 トリガーにかける手から汗が滲んできた…… 途切れた集中力が無駄な思考を呼び覚ます。 そもそも赤い機体はこの穴からくるのか?
 冷静になって考えてみろ。 相手だってそれを考えたうえでミサイルを撃ってきた訳だし、それを迎撃されれば待ち伏せを確信してるだろう
 でも、じゃあどこから出てくるんだよと考えた時に、自分の思考にあった大きな落とし穴に気付いた。 赤い機体や俺が基地に突入したように、元々の入り口があるじゃないか!
 だとすれば大問題で、俺は態々2分もの貴重な時間を捨てた事になり、脱出を除いた残りの時間をむざむざと赤い機体に俺を狙う場所選びに使わせた事になる!
 即座にスラスターをふかして離脱しようとした瞬間、背後の方で爆発音が鳴り響く。 そっちを向けば赤い機体が銃を持っていない左腕を破壊されていた

『生きてたかアルト!』

『大丈夫ですか先輩!』

『間一髪だな』

 やって来たスカル小隊を見て、ミシェルに助けられたと直感する。 赤い機体はそれをみて不利を感じたのか、ミサイルと銃を前進基地に向けて撃つと戦場を離脱して行く
 そうはさせるかと全員の意識が赤い機体に集中したその時、どれだけの威力があるのか隕石でできた前進基地は粉微塵と吹き飛ばされていた。 あまりの出来事に俺達が驚愕している内に、赤い機体にはまんまと離脱されてしまっていた



[11932] 5.映画
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/19 23:41
 半信半疑の報告ではあるが、それでもこの圧倒的な戦果に心が激しく震えていた
 あくまでR-9Aの戦力はカタログスペックだけの話であり、能力の高い機体であればあるほどに優位ではあるが、それだけでしかないはずだった。 だからこそ、今回出した任務は機体とフォースの性能評価試験として単機で出撃させ、最初の辞令通りに危険になって離脱させる腹積もりであった
 しかし、この報告には離脱した形跡は無く、R-9Aから取り出した記録からは戦場に降り立った鬼神の如くバジュラを圧倒するさまが見られ、これも報告通りに離脱するシーンを見受けられない
 だとすれば、本当にこの機体は単機だけでなみいるバジュラを蹴散らして、バジュラが作っていた前進基地を壊滅させたことになる。 赤い機体についての考察も報告として入って来てはいるが、そんなものはこの機体に関する報告に比べたら微塵の程も価値を感じない
 そうか、この機体にはそれだけの力と価値が存在するのか! あの117船団の娘もそうだが、これはとびきりの鬼札になるだろう。 ならば他の機体の性能も見てみたくなる…… R-9Aよりも損傷が激しかったが修理と改修を急がせよう。 それと、バジュラ対策とでも銘打って少しずつでも偵察範囲を広げさせ、付近宙域にR戦闘機が落ちていないか徹底的に洗わせねばならないな
 こんな楽しくも素晴らしい話であれば、それをなすための根回しすら薔薇色に感じてしまうから思考は現金なものだ
 命令の文面を考える為にPCを使い始めると、画面に着信を伝えるマークが点灯をする

「何かあったかいキャシー?」

『TEAM·R-TYPE所属のアルト少尉だけど、シェリルのドキュメンタリー撮影としてVF-25Fに乗って貰う話が来てるけど、構わないわよね?』

「ああ…… たしかそんな話が来ていたな。 問題ない、彼には宜しく伝えておいてくれ」

 何でも彼女はギャラクシー船団に帰れないからか、話しによればフロンティアの学園に通い始めたらしく、そのついでに学園やS.M.Sと連携してドキュメンタリーの撮影をすると連絡を受けている。 その程度の為ならば、彼が元のVF-25Fに乗るのも問題はない
 しかし、そうなるならば尚更のこと機体の捜索に力を注がせるか…… 残念ながら、現状の我々が持つ技術力では未だにR戦闘機はブラックボックスの塊であり、飛躍的な技術の革新がない限りは理解すら及ばないだろう

『ねぇ…… 本当にあの機体は何なの? 単機であの戦果は既に異常よ』

「あれはそうだな…… バジュラを相手に暗雲に見舞われた我々を、その暗雲に食らい付いて本物のフロンティアまで光輝く道を創るエンジェル·ハイロウだ」

『エンジェル·ハイロウ、ね。 そう、詳細は教えてもらえないのね』

「すまないキャシー」

 そのまま2言3言話してから通信を切り、ゆったりと背もたれに寄りかかる
 エンジェル·ハイロウ…… そう、あの機体は力の無い我々に贈られた天使の輪であり、他者を圧倒的する恐ろしいまでの力の輪さ




 青空に白い砂浜、そんな美しい風景すら今の俺の心になんら感慨も与えない。 頭にあるのはR-9Aの戦術機動だけで、今は近くに居ないが人間の脅威であるバジュラに親愛の情すら浮かんでくる

「―――ト!」

 それにしても、なんで俺がこんな所に居なきゃならないんだよ! こんな安全な場所に居るくらいなら、俺はR-9Aに乗って戦場に居たほうがどれだけ気が楽か

「―――ト!」

「はぁ…… 何で俺がこんなとこに」

「聞いてるのアルト! 無視するとはいい度胸じゃない!」

「え? 呼んでたのか」

「もう、どうしちゃったのよアルト? 最近やたらと上の空じゃない」

 目の前でガミガミと怒るシェリルを受け流しつつ、何度目かわからないがとりあえずその格好で近づくなとだけ伝えてやる。 その度にニヤニヤされるから、そろそろ疲れてきた

「何でもない。 で、どうしたんだ?」

「やっぱり聞いてなかったのね…… だから、そろそろランカちゃんがこの島に着くくらいだから、あっちに行くわよ」

「わかっ……! わかったから腕を引っ張るなよ!」

 離してやらんとばかりに俺の腕を掴むシェリルに引き摺られ、鳥の人の撮影現場に連れて行かれてしまう
 最近きちんとランカに会ってないから少しばかり気恥ずかしいな
 と、そんな俺を引き摺っていたシェリルは何か聞こえたのか、ずかずかとテントに向かって1人歩いて行ってしまう。 俺としても、あの格好のシェリルに何とか離して貰えて助かっている訳だが、ランカにただ会うだけなのに心の準備が……

「ア、アルト君!」

「よ、よぅランカ」

 シェリルに気をとられてたからか、後ろから近づいて来ていたランカに気づかなかったらいし。 気を抜くのは自由だが、もし相手がバジュラでこんな風になってたならば、俺はもう星の1つになっていただろう

「どうしたのアルト君? 凄く雰囲気が怖いよ?」

「えっ? 何でもないよ」

「ランカちゃんもそう思うでしょ? 最近アルトったら、やたらと上の空になったり考え込んだりするのよ」

 困ったやつめと肩を竦めながら寄ってくるシェリルに、やたらと困惑気味で俺を見てくるランカだが…… そんなに変わっただろうか?
 たしかにR-9Aに乗って以来、気がつけばバジュラとの戦について考えてしまったりはするが、それでもそこまでどうこうといった気はしないけど




 今日はいっぱいいっぱいになる1日だ…… 端役でも初めての映画撮影っていう大舞台に、私には知らなかったアルト君の話を知る事ができた
 実はアルト君の実家は歌舞伎役者の家系で、パイロットになる前は人気のある役者だったなんて…… それに、話を聞くかぎりじゃシェリルさんもルカ君もみんな知ってたみたいだけど、私だけアルト君の事を知らなかったんだ
 元々が役者だったアルト君に、私ったら電話でお芝居の事がわかるのが凄いだなんて…… 私なんかより、ずっとずっとお芝居を知ってるのになに言ってるんだろ

「……はぁ」

 気持ちを落ち着かせる事も含めて、私はルカ君に伝えて岬の方へ歩いて向かっている
 爽やかな自然の緑を掻き分けると、そこには一面の海を見渡せる岬に着いた。 余りにも綺麗な風景に、気がつけばゆっくりとそこに座って私は歌い始めていた
 それにしても、アルト君…… 雰囲気が怖くなってたよね。 何があったのかみんなは知ってるのかな?
 シェリルさんも知らないなら、私にだけでも話して欲しいな
 そんな事を考えながらゆっくり歌って心を落ち着けていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた

「――ンカー! おーい、ランカー!」

「ここだよー、ここに居るよアルト君!」

「お、いたいたランカ。 そろそろ戻って欲しいってさ、みんな探してるぞ」

「うん、ごめんねアルト君」

 戻るのが遅くてみんなを心配にさせちゃったみたい…… でも、アルト君が迎えに来てくれて嬉しいな!

「なに笑ってんだ?」

「何でもないよ、アルト君。 早く行こっ!」

 何だかさっきみたいな怖い雰囲気が無くなったアルト君を見て、私は嬉しくなって手を引っ張って走り出しちゃった。 でもアルト君…… なんで最初からちょっと顔が赤かったのかな?
 引っ張られて苦笑するアルト君と一緒に撮影現場に戻ると、そこは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた

「ランカちゃん! ニュースですよ! ウルトラスーパービッグニュースです!」

「えっと、どうしたんですか?」

「いいからいいから、監督の所に来て下さい!」

 動揺したエルモさんに連れられて、私まで動揺していたのかアルト君を引っ張る手を離さないで来てしまった
 エルモさんに連れられた先には監督が立って私を待っていたが、周囲は慌ただしくて女の人が「マオは私の役」だと叫んではそれを囲むスタッフが頭を下げている

「……………」

「えっと、君が歌ってるのを見て気に入ったから、マオ役を君に任せたい。 だそうです」

「あたしがマオを!?」

「しかも、ランカちゃんの歌っていた歌を、メインテーマに使いたいって!」

「えっ?!」

 急に与えられた話しに私は少しついて行けなかった
 恥ずかしながら、盛大なドッキリだっていわれた方が信じられる程のスケールの話しに、私は思考を放棄しそうにまでなった
 映画どころかお芝居すらした事のなかった端役の私が、マオでしかもメインテーマに?!

「よかったじゃないか」

 後ろに居たアルト君に頭を撫でてもらって、初めてこれが夢じゃないし嘘じゃないって理解できた。 だって、アルト君が私に嘘をつくはずないもん!

「待てよ…… お前がマオ役って事は――――――俺とお前が、キス、することに?」

「キスって?」

 言ってる意味がわからなくてアルト君の顔をまじまじと見ると、今までに見たこと無いくらいに顔を真っ赤にしてたじろいだアルト君がそこには居た
 えっ? でもキスってどうして? そもそもアルト君が私に嘘をつかないって事はホントの話だから……

「えぇぇぇえ!?」

 ふってわいた真実に驚いた私には、その場で叫ぶ事しか出来なかった




 ランカの初々しいながらも荒い演技に苦笑しつつ、思いの外板にはまっているマオ役に驚いていたりする。 実はランカのやつは役者の才能もあるんじゃないか?
 ミシェルに脇腹を小突かれたりして顔が熱いのを無視しながらも、既に上映が終わりスタッフロールに入ってエンディングの歌に聞き入る
 あのキスシーンについての詳細を知ってるやつらはこいつらだけだが、ルカ達なら大丈夫だろうけどミシェルが知ってる時点で高校に行きたく無くなってくる……
 舞台に呼び出されてスタンディングオベーションを受けるランカを見て、自然と口から言葉が漏れてしまっていた

「おめでとう、ランカ」

「それは本人に言ってやれよ」

「う、うるせぇ」

 ニヤニヤと俺を見るミシェルを尻目に、俺はこの気持ちを届けてやる為に舞台のランカに拍手を贈っていた



[11932] 6.約束
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/20 11:56
 不機嫌というよりはやる気のなさそうなオズマと話していれば、何とも不思議な任務の話をしたしだ

「ガリア4で慰問公演? シェリルさんが?」

「ああ、その護衛で人を回せないかと打診があったんだが……」

「受けたの?」

「いや、何せあそこに派遣されている新統合軍の部隊といえば、かの有名な第33海兵部隊だからなぁ」

 少し頭を捻るようにして思い出そうとするが、第33海兵部隊ってなんだったかしら? えっと、たしかガリア4に送られた…… と言うよりは厄介払いされたあの部隊は

「まさかあの、ゼントラーディー主体の?」

「そう。 あの部隊だ」

 そう言ってから急に真剣な目で私を見るオズマに、ちょっと動悸が上がりそうになったけど顔には出さないように努力する。 オズマだって、こんな顔をすればまだ……

「妙だよな…… 最近の政府の動きは」

「えっ、あっ…… ええ、そうね」

「どうした? 疲れてるのか?」

「なっなな、何でもないわ」

 怪訝そうに「そうかぁ?」と首を傾げるオズマを見て少しだけストレスが溜まる。 もっとオズマにも女性の気持ちを理解する能力さえあれば別れる事だって…… って、今はそんなの関係ないわよ!
 とりあえず、勝手に何かを納得したらしいオズマは話の先を続けるが、その辺りの話しは私も不信感があったので問題なくきく事ができる。 もしも私がオズマに少し会ってない間に、もっとフロンティアに盲目的な忠誠を誓ってたら国家転覆を目論む予備軍としてマークされてるわよ? まあ、その辺は変に私を信頼してるんでしょうね
 そこでふと思い出し、オズマにそれとなく聞いてみたのが

「ところで、あのR-9Aをどう思う?」

「異常だな。 あれについて言うなら異常につきる」

「この間の出撃だけで、記録上の撃墜スコアは50を超えてるわ」

「50以上のバジュラを相手に、もしも俺がVF-25Sで出されたら冷や汗ものだな」

「冗談じゃないのよ? まったく…… 私にも深くは知らされてないから、私にわかるのはあなたたちと同程度でしかないし、いったいなんなのかしらね?」

 たった1機でバジュラに攻撃を仕掛け、更には不可能だとばかり思っていた単機による前進基地の撃破までやりとけだ機体…… いったいどうやったらあんな機体を造れるのかしら?
 それはオズマにとっても疑問があるらしく、そもそも開発思想すら違うんじゃないかとまで話が膨らんでいく。 しかし、楽しい時間は早く過ぎていくもので、時計を見たらそろそろ私が出かける時間が近づいてきた
 席を立った私を見て、憮然とした態度で「出るのか?」と目で訴えてくるオズマに、いつもの仕返しとばかりに爆弾を落としてやる

「ランカさんの映画、観たわよ。 羨ましいわね、あんな初々しいキスまでしちゃって」
「ぶっ!」

「せっかくランカさんが活躍してるんだから、保護者として観てあげたら?」

「うるさい! 誰がなんと言おうが、俺は絶対に観ないぞ! こんな低俗な映画!」

 猛ったオズマが会った時から丸めて握りしめていた雑誌を、立ち上がった勢いに任せてテーブルに叩きつけた。 叩きつけられたその雑誌の表紙には、主役の男性と水中でキスするランカさんの写真がクローズアップされていて、何だかんだ言ってもランカさんが気になると言わんばかりの反応が少しだけ滑稽で、私の溜飲もちょっとだけ下げてくれていた




 今日も今日とて相変わらず俺達は、別に教室かどこかの部屋に行って椅子にでも座ればいいものを、何故か好き好んで学校正面の階段に腰かけていた

「次の任務の話?」

「何でもシェリルさんがガリア4の慰問に行くらしく、僕かミシェルさんにその護衛任務が来るみたいです」

「護衛って話なら、アルトの方が俺より適任じゃないか?」

 何故かミシェルはその内容に意見があるらしく、自分より俺の方が向いてるとか言い出した。 いや、まあ狙撃と援護主体の機体よりも、俺のR-9Aの方が護衛に適任ではあるんだが……


「何でですか?」

「シェリルの護衛だぞ? アルトだったら身を挺してでも守るんじゃないか?」

「なっ!?」

 これも相変わらずニヤニヤと俺を見るシェリルだが、声には出さないが苦笑しているルカを少しだけ睨んでおくのは忘れない
 小さい声ですみませんと謝るルカに溜飲を下げつつ、ニヤニヤ見てくるミシェルを無視してとりあえず話題を変えてみる

「ところで、そのガリア4ってのはどんな星なんだ?」

「えっと、ガリア4ですが―――」

 ルカがPCを俺達に見やすくしてから弄ると、画面上にガリア4に対する様々な情報が映し出されて、その中でも必要そうな内容を口答で教えてくれる。 乗ってる機体もそうだが、ルカはこういった事が得意だし説明も上手い器用なやつだ

「へぇ…… ガリア4って大気があるんだ」

「確かに呼吸可能な大気が確認されています」

「そうか、大気が……」

 少しだけ薄れかけた記憶が頭をよぎるが、ぼんやりと浮かんだと思った時には消えていた。 大気のある高い空を飛びたいと思った事もあったが、それでも今はR-9Aに乗れて満足している
 いや、本音を言えばあれ以上の機体に乗りたいのが、今の俺の夢なのかもしれない

「それにしても、慰問なんて珍しいな。 この前やったドキュメンタリーの第2段?」

「さぁな。 そもそも、俺が知らなかった任務なんだから知るわけないだろ」

「いくらシェリル嬢と離れるからって拗ねるなよアルト」

「拗ねてねぇよ!」

「あはは…… 落ち着いて下さいよアルト先輩」

 ルカに宥められて階段に座り直すけど、別に俺はシェリルとなんか離れても問題なんか

「アルトさん」

 最近聞かなかった声が俺を呼んだ。 いや、もう聞くことはないだろうと思っていた声だった。 その声は聞き慣れないものじゃなく、むしろ聞き慣れ過ぎた声だった
 心臓を鷲掴みにされたような緊張感のなか、ゆっくりと間違いであってくれと願いつつ声のした方へ向くと、そこにはこの学校では明らかに浮いているが、明らかに見慣れた格好の人物が立っていた

「……兄さん」

「お久しぶりです。 急で申し訳ないんですが、少しだけお時間もらえますか?」

「えっと……」

「俺達なんかいいから、兄と行ってこいよ」

「そうですよ先輩」

 援護を求めた俺は七瀬さんの方を見るが、むしろ行った方がいいと顔に書かれていて小さくため息を吐く

「わかった。 悪いなみんな」

「車が待ってるので乗りましょう」

 正門の前に停まっていた車に乗り込み、フロンティアの中央にある高層の喫茶店まで連れられる。 車内では俺があまり積極的に話さなかったからか、特に会話が弾むような事もなく重苦しい空気が充満していた
 この喫茶店特有のエレベーターに乗り込み、兄さんが鳥の人のパンフレットを見せてすぐに俺の携帯が音を鳴らした

「えっと、ごめん」

「お構い無く」

 喧しく鳴り響く携帯を取り出して、兄さんに背を向けるように耳にあてる。 少しだけ焦っていたのか、誰からの電話かすら確認してないな……

「はい」

『あ、あの、アルト君!』

「何だランカか」

『何だってのは酷いと思うんだよアルト君……』

 確認出来なかった電話の先に居たのは、絶賛学校に来ていないランカだった。 正直に言うと、兄さんと出会って固くなりかけていた心が少しだけほぐれる気がする

「で、何の用だ?」

『さ、最近会えてないからさ』

「お前なぁ…… 会えてないからって結局電話じゃ変わんないだろ」

『そ、そうなんだけどね。 あははは…… それでね、それでねアルト君! 誕生日の話をななちゃんから聞いたの。 それでよかったら何だけど、その日に会いたいなって』

 妙にテンパっていたランカに、いったい何を言われるのかと勘ぐっていた訳だが、意を決して言われた言葉は呆気ないものだった

「誕生日に?」

『うん。 あのね、グリフィスパークの丘で待ち合わせ。 必ず行くから…… だから!』

「ふぅ…… そんな事なら構わないよ。 任務が入らなきゃ行ってやる」

『うわぁ! ありがとうアルト君! えっ? ごめん、もう撮影に行かなきゃ! じゃあねアルト君!』

 言いたい事だけ言って切られる電話に、ランカのそそっかしさが出ていて笑ってしまう。 振り返ってみれば、その話を聞いていたのか兄さんも笑っていた

「誕生日にお約束ですか?」

「グリフィスパークで待ち合わせって言われたけど、そう言えば時間については何も言われてないな?」

「ランカさんは、そそっかしいお嬢さんなんですね」

「えっと、まあ世間じゃあんなに人気なやつだけど、本来はそんなやつです」

「そうですか…… ところでアルトさん、私はあなたの予定を知らなかったのでタイミングの悪い話をしないといけないようですね」

「兄さん?」

 そこからは今度は兄さんが黙りで、気難しい顔をした兄さんは喫茶店の階まで口を開いては貰えなかった




 紫色の宝石を睨みつつ、聞こえてくる通信に耳を傾ける。 そこから聞こえてくるのは耳障りのいい内容で、引き渡しの成功を伝えてくる

『スペックはその設計図通り。 LAIの技研は狂喜してました』

「機体の方は?」

『正直なところ、現状ではあのナノマシンに関しては凄すぎる事しかわからないらしく、LAIのマイクロマシンの部門から何名かTEAM·R-TYPEに引き抜いて、継続して研究にあたらせます』

「ふむ…… 新しい機体を確保した報告が無い今は、その機体だけが研究材料だからそのつもりで頼む。 これから先も波動砲や推進機が理解できませんでは済まないからな」

『了解です』

「ところでもう1機の修復状況はどうなってる?」

『もう1機は損傷が酷く、未だに修復が難航しています。 それと、こっちの方は大半の修復を済ませて無駄なキャノピーの機構は取り除いたので、後は壊れていたメイン武装にレールガンをデットコピーさせたものを搭載すればいつでも飛べます』

「わかった。 君はそっちの指揮も頼む」

 光を通して輝く宝石を見つつ考えるのは、報告にあったフェアリーがガリア4に向かう話だ。 本来ならばこのフェアリーを重要な札の1枚と考えていたが、それでもこのナイト――R戦闘機と言う札には敵わないだろう
 この鬼札さえ握り込めば、更なる飛躍すら私にはできる!



[11932] 7.誕生日
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/20 17:58
 暗い星空に光の軌跡を残しながら目の前を横切るバルキリーの編隊を眺めつつ、俺の頭の中はこの星空に負けないくらいに暗雲がたれこめて暗くなっていた
 今日の兄さんとの久しぶりの再会が、俺に影をさす。 家を出てから今まで会う事のなかった兄さんが態々会いに来てまで伝えてきた内容は、親父の容態が悪くなってしまったと言う事と、誕生日の日にランカとの約束を蹴って家に帰れば勘当を解くという話だった
 それについて悩んでいれば急にシェリルからここに呼び出され、全員で打ち合わせてわざとやってるのか聞きたくなるような話だが、広い大空を飛べるからガリア4での慰問公演に護衛で着いてきてと言われた。 その慰問公演に着いて行くには、フロンティアを誕生日の朝には出発しなければならず、急遽として誕生日の1日に3本もの予定が組まれていた
 どうするべきか…… いや、より正確に言うならどうしたいのか

「はぁ」

 まず始めに考えるのは実家に帰るのかだが、やはり個人的にそれは1番認められない。 俺は俺の意思でパイロットを目指して、だからこそS.M.Sに入ったんだから、今更破門を解かれても関係ない!
 選ぶならシェリルかランカの話だが、やっぱり大空は飛んでみたい。 飛んでみたいが…… 今の俺にはそこまで空への魅力を感じられなくなっているし、それに

「最初に連絡を受けたのも、約束しちまったのもランカだしな」

 さっきS.M.Sからの連絡で出された指令は、ミシェルによるシェリルの護衛だった。 もしあそこでごねればお鉢が俺に回ったか、それとも俺も追加されてミシェルと2人で護衛して行くことになっただろう
 それでも俺は最初にしたランカとの約束を優先し、早々て休む為に部屋へと戻って行った




 今日の私は朝から凄く忙しかった。 撮影が入ってるから9時には家を出なきやいけないから、朝早く起きてアルト君にあげるプレゼント――クッキーを焼く準備に勤しんでいた
 初めて手作りでクッキーを焼くけど、アルト君の為ならば頑張れるよ! 混ぜたり捏ねたり一生懸命作って、それをオーブンに入れてから重要な事に気付いて直ぐにアルト君に電話してた
 せっかくアルト君と会う約束をしてたのに、私ったら待ち合わせ場所を伝えただけで時間の話をしてないよ!
 その事を電話でアルト君に伝えると、アルト君ったら私がおっちょこちょいだとか言って酷いよね! それでも最初の目的を済ませて、アルト君にはグリフィスパークに18時くらいに来てもらうようにお願いしておいた
 そして、今の私は――

「はぁ、はぁ…… 遅れちゃってるよ」

 公園を1人、約束の丘に向かって走っていた。 撮影が少しだけ遅れて、その分だけ私が出るのが遅れたのが原因だ
 腕時計は既に約束を20分以上遅れていると示していて、もしかしたらアルト君が怒って帰っちゃったんじゃないか心配になる
 全力で走り続けて呼吸が苦しくなるけど、不安がよぎって速度を緩める事ができないまま丘の階段を登りきる

「アルト、君……」

 疲れてるのか、丘の上のモニュメントに座りながら寄りかかって、そのまま寝息をたててるアルト君がそこに居た

「アルト君、待っててくれたんだ」

 嬉しくなって疲れも吹き飛んだ私は、そのまま駆け寄るようにアルト君の隣に走って行く。 とにかく隣に座って1度大きく深呼吸して、それから寝ているアルト君の肩を揺らす

「起きて、ねぇアルト君」

 ただ、アルト君は一向におきそうにない。 せっかくだからその寝顔を堪能しようと思い、揺らすのをやめてアルト君の顔を覗き込む
 すると、ちょっとだけ悪戯心のわいてきた私は、気づいたら寝てるアルト君のその頬を指でつついていた

「アルト君、アルト君は私をいつも助けてくれたよね。 私は凄く嬉しいんだよ? だからね、だから私はアルト君の事がね――――」

 早起きの代償なのかな? それとも疲れてたのかな?
 急に凄く眠くなってきた私は、そこで意識の手綱から手を放して眠りの世界に誘われていた




 すっぽかされたのか、10分経った今もランカから連絡すら来ていない。 ただ、それでもランカだったら絶対に来るだろうと考える俺は、何故かこんなところで待ちぼうけてたりていて、そこで疲れて寝ちまった筈だ――その筈なんだが

「どうしてこいつは俺を起こさなかったんだ?」

 何故か俺の肩に頭を寄せて眠るランカに、俺は起こさないようにだが盛大にため息を吐いてしまう。 何で俺を起こさないでこいつも寝てるんだよ……
 何となく手持ち無沙汰になった俺は、隣に眠るランカの柔らかい頬をこねくりまわしてやる。 こんなところで眠ちまって、一応だけどこいつも自分がスターだって自覚はないんだろうか
 頬をつつけばつついた分だけ返ってくる反応に苦笑しつつ、流石に暗くなった空を見上げてランカを起こしてやる

「おいランカ、ランカ起きろ」

「むにゅ……」

「いいから起きろランカ!」

「ん…… あれ、私なんで……」

「やっと起きたか」

 今目が覚めましたとばかりにぼんやりと虚ろなランカは、何故か俺の顔を近くから覗き込むようにまじまじと見てくるので、ちょっとのけ反るような体勢になってしまう

「……だ」

「えっ? 何だって」

「アルト君だ」

「うわっ?! おい、ランカ!?」

 そのままランカはぼんやりとしたまま、ゆっくりとした動作で近づいて来て――俺に抱き着いた

「ランカ! 頼むから目を覚ませランカー!」

「アルト君だアルト君だアルト君だぁ」

 抱き着いたまま頭を擦り付けてくるランカに驚きながらも、とにかく起きてもらう他にない俺はとにかく起こそうと努力はするが、ランカのぼやけた頭を起こすには努力が足りないらしい
 だがしかし、そんな時間も長く続く事はない…… 時間の経過でやっと頭が冴え始めて北のか、急にその動きをまるで心臓ごと止めたんじゃないかってぐらいに、ランカが急にピタリと止まった

「おい、ランカ…… ランカ?」

 動きの固まったランカを離そうと肩に手をかけるが、さっきまでとは違って逆に固くて離れてくれないんだが…… そんなランカに困惑していると、ギシギシと油の切れた機械のような動きで何とも言えない笑顔でランカが俺を見た

「ア、アアアルト君?!」

「ラ、ランカ?」

「きゃぁぁぁぁ! ごごごごめんねアルト君! 私ったら寝惚けてたみたいで、あの、その、えっと」

 顔を真っ赤にして慌てるランカをみて、俺はまたため息を吐いた。 人間は自分より慌ててる人物が近くに居ると、それを見て自分は冷静になれるように作られてるらしい。 だから、取り乱してるランカが気付いていない事を冷静に指摘してやる

「その前に、少し離れてくれないか」

「えっ?」

 1人でわたわたしてるランカだったが、気付いてないのか言い訳をしながらも俺に抱き着いたままの体勢であり、正直言って顔が近くて困る。 それと、いくら冷静だからって声が上擦ったのは俺に責任はない
 するとランカはよくわからないわめき声をあげながら、今度は弾けるように俺から離れて身振り手振りで言い訳を始める。 最初は整合性のなかった言い訳も、段々喋っていて冷静になってきたのか要約すれば「俺が寝ていて、それを見ていたら釣られて寝ていて」そうだ

「お前ってやつはなぁ……」

「ごめんねアルト君…… 誕生日なのに待たせちゃって」

「いや、それはいいよ」

「それでね、これをアルト君にもらって欲しいんだ!」

「これは…… ライブのチケット?」

 カバンから取り出して笑顔でランカがチケットを渡してくる。 そのチケットには大きくランカが描かれていて、ファーストライブと銘打たれている。 だけどそこで疑問におもったが、この類いなら態々ランカが持って来なくても郵送ででも送ればよかったんじゃないか?

「あのね、アルト君には直接受け取って欲しかったの」

「ランカ……」

「それと、これも…… ハッピーバースデーだよ」

 渡されたのはピンクの包みの袋で、持った感じは軽い。 とりあえず開ける許可をランカにとって、それから袋を開けて中身を手に取ると…… そこにはバルキリーに似せた飛行機の形を模したクッキーが入っていた

「初めてクッキー作ったから、本みたいに上手にできなかったんだけど……」

「嬉しいよ、ありがとうランカ」

 困った顔をするランカの頭に手を置いて、俺はクッキーを1つ口に放り込んで――世界の色彩が減少した気がした

「さ、最近こんなお菓子を食ってなかったけど、これが有名な甘さ控え目ってやつなのか?」

「え? そのクッキーは甘いお菓子だよ?」

 小首を傾げながら、純粋な瞳で「何を言ってるのアルト君?」と言わんばかりのランカに、俺の手は止まってしまう
 そんな俺を疑問に思ったのか、ランカが袋からクッキーを1つ取り出して口に運ぼうとして――何故か緑色の小動物に奪われてそれを阻止されていた
 クッキーをもきゅもきゅ食べる小動物は癒されるけど、正直今はそれどころじゃない

「ランカ? その…… 完成して味見とかはした?」

「してないよ。 初めて作ったクッキーは、一番最初にアルト君に食べて欲しかったから」

「キュ?」

 満面の笑顔のランカだが、その思いがこんな事態に陥った理由になっている…… とりあえず袋から1つクッキーを取り出して、それをランカの口元に押しつける。 すると、真っ赤になりながらもおずおずと口を開いたから、その口にバルキリーのようにパンチの効いたクッキーを入れてやる

「苦っがーい!?」

「……水」

「あっ、えっ、待っててねアルト君、いま買って来るヒャッ?!」

「お、おい、ランカ!」

 残酷な真実を知って慌てるばかりか、足を縺れさせて転びそうになるランカを支えてやる。 何とか間一髪間に合ったようだ……

「ありがとうアルトく……」

「大丈夫かラン……」

 時が止まる…… あまりにいきなりで咄嗟に支えたからか、完全にランカを抱き抱えている俺がそこに居た

「え、あ、その…… わりぃ」

「う、うんう、私は気にしないから!」

 そう言って手をふり走り出すランカを見て、今日何度目かわからなくなってきたため息を吐いた
 まったくあいつはと考えながらも、何故か俺は小さく笑っていたのが自分でもわからなかった



[11932] 8.手術
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/21 05:29
 ミシェル達がフロンティアを出ていき2日が経過したその日も、俺は最近になって与えられるようになった任務の為にR-9Aで宇宙へと出撃していた
 与えられた任務は普通なら過酷な任務だが、俺とR-9Aがあればそこまで難しい任務じゃない。 そう、最近俺によく与えられる任務とは、新統合軍の偵察で発見されたバジュラの小集団を単機で撃滅する事だ
 あの前進基地にいた山のような量のバジュラとは比べる事もおこがましい量だが、新統合軍のバルキリーからすれば10体程度の集団でも致命傷になるんだろう。 だから俺はその宙域に呼び出されては、バジュラ相手にR-9Aの力を遺憾なく発揮しているわけだ

「そこっラスト!」

 照準にあった最後の大型バジュラを頭からレールガンで吹き飛ばし、今回の任務を終わらせる。 もうどれだけバジュラを墜としたかすらわからないくらいに当たり前になってきてどうって事はない任務だが、少しだけ懸念する事がでてきた
 それは、ほんの少しだが最近あの化物染みた加速力がなりを潜め始め、機体のポテンシャルが少し下がったような気がしてしょうがない。 他の機体なら異常がわかれば分解して整備員でも直せるが、このR-9Aは特別で未だに推進機も何もかもわかっていないので、機体の外損程度なら手工業でパーツを作って直すことができるが、オーバーホールしたところで直しかたすらわからない現状では多少の内損すら直す事はできない
 まあ、それでもこの状態のR-9Aですらバルキリーの追随を許さない機体だから、バジュラの小集団が相手ならば今のところ問題は起きていない

「任務完了。 帰還します」

『了解…… お疲れさまです』

 何故か少し暗い通信で不安になるが、とにかく今は帰る以外にやる事はない。 そんな不安を捨て去るように、帰還の為に最大戦速でマクロス·クォーターに向かって飛んだ


 そう言えば、前もこんな形での対談だったなと考えつつも、態々TEAM·R-TYPEに関する話だと俺を呼び出した三島さんを見る。 任務からマクロス·クォーターに帰ってきてから俺に与えられた次の任務は、兼任するTEAM·R-TYPEの一員としてまたこの建物で三島さんと会談する事だったのだ

「よく来てくれたね。 ずっとR-9Aに乗ってもらっているが、乗り心地はどうかね?」

「あれは凄い機体です!」

「そうか、それはよかった」

 俺の色好い返事に気をよくしたのか、三島さんは目をつむりながら腕を組んで1人頷いた。 けど、それを聞く為に呼ばれたのか?

「それでその…… TEAM·R-TYPEの件ってのは?」

「ああ、君に1つ聞きたかったんだよ」

「聞きたい事…… ですか?」

「あの機体のポテンシャルで君は満足しているかね?」

「どういう意味です?」

「君はあの機体に長く乗っているから考える部分が多いだろうが、研究所の方で違う型でR-9Aの後継機と思われるR戦闘機の改修が完成に近づいているのだが、君にはまだそれに乗る資格がないんだよ」

 心臓を鷲掴みにされて空気が凍る。 違う型のR戦闘機が…… あるだって?
 渡りに船と言えば不謹慎だが、R-9Aの後継機ってことは俺の今の夢である更なる高性能機の可能性は十分にあるわけで、その機体は他人に乗らせずに俺が専属で乗りたい!

「し、資格が無いって…… どういう事ですか?」

 だからこそ知りたい。 俺はR-9Aでも結果は出してるし、出された任務も問題なくこなして来た筈だ。 そんな俺に何で資格が無いって事になるんだよ! これじゃ足りないって言うのなら、見つけてさえ貰えば前進基地だろうと巣だろうと単機で潰してみせる!

「君はVF-25Fをどうやって操縦していた?」

「え?」

「それにR-9Aもだが、どうやって操縦しているかね?」

「それはその…… 操縦桿で動かしてます」

「その通り。 君は手を使って操縦し、宇宙で機体を飛ばしているのだよ」

 そんなわかりきった事を、三島さんは聞き分けのない子供を見るように少し苦笑しつつ、俺にゆっくりと説明する。 しかしながら、それが俺の資格が無い事となんの関係があるかわからず、多少イラつきながらも顔に出さないよう努力して先を促す
 そんな俺に「じゃあ、資格について話をしよう」と前置きしてから、その内容について教えてくれた

「あと数日で出来上がる機体なんだが、これは君が当然のように今までやってきた[手で操縦する]と言うプロセスを飛ばし、頭で考えて飛ばす機体になっているのだよ」

「考えて、飛ばす?」

「別に計器の類いが壊れていると言った話ではなく、そのままの意味だよ」

 少し試すように座ったまま片目を閉じている三島さんだが、いったい頭で考えて飛ばすってどういう意味なんだ?
 そもそも、どんなに頑張ったところで触らなければ操縦が出来ないわけだし、ルカの機体のゴーストみたいに外から繋いで操縦してもらうか…… 繋いで? 確かに繋げば手で触らないし、まさしく頭で考えて飛ばす事になる

「イン…… プラント」

「ご名答。 次に上がってくる機体は元々が頭を機体と繋げるもので、機体の性能を極限まで出しきって、その圧倒的なポテンシャルを人間の反応速度で1秒の狂いもなく動かせるものだ」

「でも、ここじゃそれは違法……」

「そう、これは通常ならば違法にあたる。 しかし、バジュラ相手にR-9Aが1機で勝てるとおもうかい? 圧倒的な物量で2正面作戦を取られたならば、我々は抵抗虚しく潰えるだろう…… フロンティアには――人類には後がないのだよ」

 三島さんは、そこまで言ってから無言で目を閉じる。 インプラントはフロンティアで禁止された技術だ…… でも、最低限それがないとその後継機に乗る資格が得られず、後継機はどこかの部隊に回されて性能評価試験を受けるだろう
 そんなのが俺に我慢できるのか? その機体が圧倒的なポテンシャルをもって、バジュラを落とすのを見ているだけで我慢できるのか?
 インプラントを要求する程の反応性の高い乗りたい…… 頭を機体に繋げるって事は、今まではバジュラの攻撃を避けようと考えてから、それを実行する為に手で操縦していたのが大きく変わり、避けようと考えてから避けるんじゃなく――避けようと思った時には既に避けている事になる
 そんな魅力的な話を…… 俺はどうしたら!

「インプラントに対する罪の意識があるのなら、それは気にしなくて構わない」

「え?」

「インプラントと言っても、それはR戦闘機との繋ぎの為だけのインプラントであり、特別法律に違反したものではないし、それをしたからと言って我々が君の生活を制限する気はない」

 それに、費用は全額用意するからだから安心してくれと言う三島さんだけど、やっぱり自分の体を弄るのには抵抗がある。 でも、それでも、体を弄らなきゃ乗れないんなら俺は……!

「……がい、します」

「責任は私や大統領が持つ。 インプラント手術を受けてくれるのかい?」

「お願いします!」

「君に全てを擦り付けるような形になって済まない。 本来ならば我々大人がやるべきものなんだが…… 許してくれとは、口が裂けても言えないな」

 そこから話がトントン拍子に進んでいき、明後日にはその手術を俺は受ける事になった。 それから保障についての話や契約書の記入等をして、俺はまだ見ぬR戦闘機に思いを馳せてS.M.Sに戻って行った




 S.M.Sに戻って行く少年を見やり、自分も彼もR戦闘機に魅せられているんだと考えさせられる。 いや、あれだけの力を前にして魅せられない人間が居るだろうか? 言ってしまえば、我々人類が接触した文明が持った軍事力の根底を覆し、現存する最高の技術を持ってしてもR戦闘機の後塵に触れる事すらできないのだ
 しかしながら、彼女はR戦闘機がこれだけの絶対的な戦果を上げたと言うのに未だ懐疑的で、このR戦闘機の価値すら理解できていない
 このままフェアリーがガリア4に到着したならば、彼女の提案したシナリオの通りつまらない程に呆気なく、そして完璧に事は推移していくだろう
 だからこそのR戦闘機であり、最後にはこの鬼札と早乙女アルトという駒をもって他人に描かれたチェス板をひっくり返してやり、私が全てを出し抜いてチェックメイトにもっていくのだ




 目覚めはあまりにもいつも通り過ぎて、逆に心配になってしまいそうだった
 清潔感溢れる白いベッドに白いカーテン、そしてほのかに消毒液の臭いがする白い部屋で目覚め、執刀したと言うふくよかな主治医が「成功です」と言った笑顔で握手を求めて北からそれに受けたが、インプラントしたのに特に何も変化を感じないのが不可解だった

「えっと、変化を感じないんですけど……」

「君のそれは特殊だからね。 サイバーコネクトで繋げるのは軍事機密になってる機体だけで、電脳としてあっちこっちと通信は出来ないようになってるのさ」

「体も特に……」

「何を言ってるんだい。 君のそれは本当にそれだけの為のものだから、繋ぎでもしない限りはサイボーグ化のような自覚症状はなんら起こらないんだよ。 それより、首の後ろのそれ」

 医者が首の後ろをとんとんと叩いてみせ、それに習うように首の後ろを触ってみてから、指先に金属の冷たい感触が触れた

「そこにある蓋はスライド式だから、上にずらしてみなさい」

 首の真後ろにある親指程度の大きさがある楕円形の金属板に触り、そのまま恐る恐る慎重に力を込めてゆっくりと確認する。 その手の動きに合わせ金属板が上にするすると上がっていきカチャリと填まると、そこには人差し指程度の大きさの穴が俺にあいていた
 それを何度も確認するように撫でて、ゆっくり頭に染み込ませていく。 正直言って、首の真後ろに穴があるっていう事が未だに理解出来ない

「宇宙を探せば全身を機械化している者も少なくはない今、君のサイバーコネクトくらいは世間じゃどうといったものでもないさ。 だから、そんなに不安がる必要はない」

 そう言って俺の肩を叩いてシニカルに笑う医者は、「一応だが、拒絶反応の有無を調べる為に2日だけ入院してゆっくりそれに馴染んでくれ」と忘れていたのか付け足すように言ってから、俺の病室をあとにした



[11932] 9.賢人
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/21 18:44
 それほどの変化があったわけじゃないが、手術して入院してから初めてくる学校は随分と懐かしいような、不思議な感覚だった

「ねぇ、大丈夫なのアルト君?」

「だから、さっきから大丈夫だって言ってるだろ?」

「だって入院してたんでしょ?」

「入院はしてたけど、退院したって事は医者が大丈夫だって認めてくれてるんだよ」

 不安そうに俺を見ているランカに苦笑しつつ、その頭をゆっくりと撫でてやる。 そんな俺の行動にランカは黙ってしまい、それだけを確認したら手を頭からどけてルカのPCに視線を向けた
 そこに映る映像はガリア4にシェリルが到着し、慰問公演と言う名のライブの準備をしている様子だ。 客観時間では7日もの旅の距離だが、ガリア4とフロンティアの間には中継ポットを設置してあるので、だいたい2時間程度のタイムラグでフロンティアにいながらにして現地の様子を見る事ができる

「でも、シェリルさんはやっぱり凄いね……」

 画面上で歌い始めたシェリルを見て、ランカが感慨深げにため息を吐いた。 だが、そんなランカを放っておけない人物がここには居る

「ランカさんだってシェリルさんに負けないくらい凄いです! 明後日のライブは絶対に行きますからね!」

「ありがとうナナちゃん!」

 きゃあきゃあと盛り上がって抱き合う2人にため息を吐きつつ、画面なんかどうでもいいと言わんばかりにナナセを見ているルカにもため息が出る
 それにしても、画面上で歌ってるシェリルを見るが、やっぱりこいつは歌ってる時が一番生き生きしてるよな。 それと、ガリア4までの護衛として着いて行かなかった件は、帰って来たらすぐにでも謝らないと何をさせられる事になるか……

「どうしたのアルト君?」

「いや、少し悪寒が……」

「やっぱりまだ病気が治ってないんじゃ」

「だから、それは大丈夫だって言ったろ? そもそも病気じゃないんだから」

「じゃあ、アルト君はなんで入院してたの?」

 何をさせられるか考えていたら、やたらとリアルに嫌な想像ができてしまって悲しくなりつつも悪寒に震えていたら、シェリルのライブに集中していた筈のランカに目ざとく見つかった。 こいつは抜けてる事が多いくせに、偶に手におえないぐらい鋭いよな
 そのせいで動揺を隠しきれず、病気じゃなかったと嘯いてしまったわけだが…… どうやってこの質問をかわせばいいんだ? 小首を傾げるランカに苦笑しながらめ、賢明に頭を回転させて言葉を考えていたその時に、画面上で歌いたシェリルが何かに驚く声を上げて中継映像はノイズだけを映し出した

「あっちで何かあったんですかね?」

「ライブが見れなくなっちゃったね……」

 それから10分ぐらいは、やれ「中継ポットが故障した」だとか「撮影機材がひっくり返った」だとか言いあって、たいした心配もせずに俺達は笑いながら喋っていたが、この時の暢気な俺を過去に戻る事ができたなら殴ってやりたいとすら思える。 いや、そもそも過去に戻れたならば、シェリルをガリア4に行かせはしなかったのに!




 さっきまでシェリルの慰問公演のライブを見て和やかなムードだったマクロスの艦橋は、急に途絶えた中継の回復を待ちながらも艦長を筆頭にみな困惑気味だった

「まだ復旧しそうにないかね?」

「……ええ、各ポイントの中継ポットを確認しましたが、どの中継ポットも異常はありません」

 何度もこっちから中継ポットと通信を行いシステムチェックをさせているけど、今のところどの中継ポットも異常なしで中継ポットに問題はないみたいだ

「だとしたら、やはり撮影機材がひっくり返ったんじゃないのか?」

「ちょっとオズマ、それ本気で言ってるのかしら? もう1時間以上止まってるなんておかしいじゃない」

「なんだキャシー、TEAM·R-TYPEとやらの新型機の搬入は終わったのか?」

「さっき終わったわ。 聞くかぎり性能は相変わらずデタラメの一言ね」

 グラス中尉はそう言って肩を竦めてるけど、そんなに高性能な機体をTEAM·R-TYPEはどうやって作ってるのかな?

「――え?」

 オズマ少佐と話すグラス中尉から目を離して艦長の方を向こうとして、大きく異常が映し出されたモニターが目に入って息を飲む

「かっ、艦長!」

「どうしたモニカ君?」

「正体不明のフォールド断層を確認…… ほ、星が…… ガリア4がフォールド断層に、飲み込まれていきます」

「なにっ!?」

 全員が私の声を聞いてモニターを見ると、そこには球体状に発生したフォールド断層がゆっくりとガリア4を削りとっている姿があった。 球体状のフォールド断層が大きくなるスピードはあまりにも緩慢な動きだけど、縮尺比を直せば異常なスピードで成長しているのがわかる

「今すぐミシェルに通信を繋げ!」

「試しましたが無理ですオズマ少佐…… ガリア4周辺のフォールド断層が乱れています」

「くそっ!」

「落ち着いてオズマ! まだそうと決まったわけじゃないのよ」

「……すまん、取り乱した。 艦長、今すぐスカル小隊を艦に呼び出します」

「頼む」

 学校に居るみんなを呼び出す為に、オズマ少佐とグラス中尉の2人は艦橋から出て行ってしまい、広い艦橋を更に広く感じてしまう
 私は近くに立って帽子を深く被りなおした艦長の指示を受けようと振り返むいた時に、今度はレーダーが警報をかき鳴らした

「今度はどうした?」

「正面宙域に多数のデフォールド反応を確認…… バジュラの艦隊です!」




 呼び出されてブリーフィングルームにルカと入ると、そこには妙に機嫌の悪い隊長が立っていた

「遅いぞお前達!」

「すみません」

「ちっ…… ふぅ、まあいい、任務だ。 それも極上のな」

 そう言って映し出されるフロンティア船団の状況に息を飲む。 フロンティア船団の正面に、フォールドで飛んできたバジュラの大艦隊が網をはるように待っていた

「空母級が2、戦艦級が7、飛び交うバジュラは数えるのも億劫な程に居る」

「バジュラが…… こんなに」

「ルカはいつも通りの機体に、アルトはTEAM·R-TYPEが引っ張ってきた新型機とやらに乗れ」

「新型機!?」

「お前の力を見せてみろ!」

 新型機と言う言葉に心臓が跳ね上がる。 やっと新型機に――あのR-9A以上の機体にのれるのか!
 渡された封筒の封を開けると、そこには何枚か紙が入れられていた。 それを血眼になって読むと、内容としては今回から乗れる新型機R-9W――暗号名ワイズ·マンはR-9Aよりも機動力が高く、しかもあの凶悪な波動砲を自分の意思で操作する事ができるらしく、その攻撃力はかなり上がっているらしい
 しかしながらその反面として、鹵獲した段階で既に存在しなかった為にR-9Wにはフォースが装備されておらず、事前に研究所でR-9Aのフォースを移植する事も考慮されたが不可能だったらしい
 それでもあの化物と言っても過言じゃないR-9Aの後継機であり、波動砲が更によくなったR-9Wに死角はないだろう

「すげぇ…… この機体があれば、バジュラなんていけますよ!」

「そうか、ならそれを実戦で証明してこい」
「わかりました! この機体さえあれば、ガリア4に行ってるミシェルの分までやってみせます」

 俺がちようど言い終わったタイミングで出撃待機が出され、次なる力を持った機体に向けて俺は全力で走って行く。 ただ少し気になったのは、隊長がミシェルの名前を出した時に隠そうとしながらも、何故かやたらと動揺してたように見えたのが頭の片隅に焼き付いて離れなかった


 準備された機体に乗り込み、俺はあれから返していないシェリルのイヤリングを見える場所に引っ掛ける。 これは何度もシェリルに返そうとしたんだが、何故かシェリルは受け取らないうえに「それはアルトに預けておくわ。 私が返して欲しくなったら言うから、なくさずにそのままちゃんと持っときなさいよ!」とまで言われて持たされてしまっていて、しょうがないからきちんと肌身はなさず出撃でだって持ってきている
 現実逃避はそこまでにして、そろそろ俺も現実を直視しないとならない。 乗ってからイヤリングを引っ掛けたりシェリルについて考えたりしていたが、未だに俺は機体と体を繋いでいないのだ
 問題が無いのは確実だろうが、それでもやはり例のケーブルを手に取ると、これを自分の首の後ろにある穴に突っ込んで繋ぐとなると気後れしてしまう
 しかしながら、ここで俺がしり込みしている時間は無いと言っていいだろう。 いまこの悩む一瞬でさえ、迎撃に出ている誰かの命の上にあるのかもしれないのだから……
 そこで覚悟を決めた俺は、力任せにケーブルを繋ごうとして――サイバーコネクトを防護する蓋にケーブルの挿入を阻まれていた

「くくくっ…… 何やってんだよ」

 さっきまでの俺は余程緊張していたのか、そんなスライド式の蓋をどかすなんて初歩的な事すら思い付かなかった事に苦笑しつつ、そんな精神状態で出撃までしていたらどうなっていたかと安堵する。 勝手に緊張して自滅なんて笑えた話じゃない
 今度は確認するように蓋をスライドさせてどかし、ゆっくりとケーブルを――このR-9Wを自分に繋いでいく
 ケーブルを繋いで最初に感じたのは、変な事だがむず痒さだった。 視界が広がったような感覚や神経が広がった感覚は、俺にそんな形で慣れない違和感のようなものを与えていた。 だけど、その違和感は嫌な感じは全くしない
『いいか諸君、まさに背水の陣だ。 護衛陣の内側に1匹たりとも通してはならん!』

 いつもならスピーカーから耳を通して聞こえてくる通信も、機体と体を繋いだからか頭の中から聞こえてくる…… 少し不思議な感覚だ

『全艦、トランスフォーメーション!』

 艦長の声と共に、マクロス·クォーターのトランスフォーメーションが始まった。 俺はケーブルを繋ぐのに手間取ったせいで、マクロス·クォーターの変形が終わり次第の出撃だ

『スカル4、発進どうぞ!』

「了解! スカル4発進する!」

 いつもの動作は必要ない。 いつもの動作を頭の中で反芻する…… それだけで、機体は俺の制御下で勝手に動き出して――甲板から星空へとはばたいて行った



[11932] 10.代償
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/22 18:17
 甲板を飛び出してから更に実感する。 今まで俺達は宇宙を見るのに船団やバルキリー、それに宇宙服のような容器に入ってそこから見える世界だけを感じていたのに、この機体に乗って感覚を機体と繋げたからかその容器さえも飛び出して、今までよりも更に宇宙に近づいた気さえする

『スカルリーダーより各機、攻撃を開始する! スカル4も戦線に到着次第攻撃を開始しろ!』

『了解! 行けぇシモン、ヨハネ、ぺテロ!』

「了解!」

 まだ少し戦線との距離がある内に、頭でR-9Wに指示をだして波動砲のパワーを溜め始める。 前線ではもう既にバジュラの軍勢が射程圏内に入っているのか、全艦隊からタイミングを合わせた艦砲による一斉射撃が行われ、青白い光芒の軌跡を宇宙に照らし出している
 その美しい光の道筋は終着点であるバジュラの群れの中に入ったのか、艦砲が通った周囲に多くの赤い花を咲かせては消えていく。 これだけでも、このフロンティア船団に向かって来るだろうバジュラはかなり減った筈だ!
 急ぎ前線に向かって行くが、右翼に配置された新統合軍はバジュラとの交戦が始まったようで、撃ち出されるマイクロミサイルの軌跡があちこちで爆発を起こしている。 新型機に乗って新統合軍なんかに負けたら恥だと思い、俺はそのまま左翼に展開されたS.M.Sの部隊が受け持つ戦線に向けてR-9Wを突っ込ませて行った




 戦端が艦砲で開かれてどれだけの時間がたっただろうか? まだ5分も経っていないような気もするし、もう1時間以上経過しているような気もする。 要するに、もう時間の感覚が薄れるくらいに私たちはバジュラと戦い続けている
 今もピクシー小隊の面々を率いながら、クァドラン·レアを操っては死角を補いあいながら、3人で確実に戦果を上げていっている
 だけどその程度で私の時間の感覚が無くなる筈はなく、その理由を突き止めればアレのせいだと言えるだろう。 視界の端で戦場を駆け巡るあの機体…… 早乙女アルトの乗っているあの機体だ
 最初あの機体は発艦にすら手間取っていたのか、私たちが出撃してマクロス·クォーターが変形した後で、やっとこさ発艦していた
 それから私たちが群れるバジュラに向かって、クァドランの武装であるレーザーパルスガンやビームキャノンを撃ってちまちまとバジュラの数を削っていたところにアレはやって来て、連射力の高いレールガンや高出力のビームをバジュラに撃って撃墜スコアを稼いでいた
 しかも、私たちの武装ではバジュラを撃墜するのにレーザーパルスガンだとかなりの着弾が必要だし、ビームキャノンを当ててもその当たったバジュラしか倒せなかった。 それに比べてあの機体は、レールガンですら数発当てるだけでバジュラに致命傷を与えているのはまだしも、あの高出力のビームに至っては当たったバジュラを蒸発させた挙げ句にそのまま奥にいるバジュラもまとめて消し飛ばしている。 それにさっきから気になっていたが、あのビームは何故かバジュラの群れを転々と誘導されて渡って行くように、ビームの軌道を途中で曲げたりしながら周囲のバジュラを駆逐していく
 アルトの元にはそう言えばTEAM·R-TYPEから新型機が届いていたと聞いてはいたが、あれはもうVF-25や私たちのクァドランとは既に次元が違い過ぎる……
 それにしても、軍はあんな機体をどうやって生産したんだ? あそこまで高い性能をまざまざと見せつけられると、技術のブレイクスルーどころか異常の一言につきるだろう
 しかしそれでも、あの性能は素晴らしい…… たしかアルトが元々TEAM·R-TYPEから受領していた機体はマクロス·クォーターにしまってあるが、アレに乗れたなら私だってもっとミシェルを守れるに違いない
 そんなふうに目の前に居る大型バジュラをビームキャノンで粉砕しながらそんな事を考えていたその時だった。 私にあんなせっぱつまった声が届いたのは

「危ないお姉さま!」

「――え?」

 命を取り合う戦場で集中していなかった私は、モニターに映るネネの顔に数瞬驚いてから振り返って見ると、少し遠い位置に居た大型バジュラが私に向かって強力なビームを放っていた
 それを視認してからは、あの位置からビームが当たるまでの数秒を引き延ばして、世界が駒送りに進んでいく
 クァドラン·レアとはいえど、あのビームに当たれば問題なく装甲が溶けて私は散るだろう。 そこに思い至ってから考えるが、どうにも私は死にそうなのにやたらと冷静で居られるようだ。 いや、今更慌てても何も変わらないからか
 思えば短い人生だったのかもしれない…… 頭に浮かんで来るのは私以外の女にうつつを抜かしてへらへらしているミシェルだが、結局私は拒絶されるのが怖くて何も伝える事ができなかったな
 けど、もしも…… もしも私がゼントラーディじゃなくて普通の大きさの人間だったなら、ミシェルの隣に私は立っていたんだろうか?
 そんな仮定しかない全く意味のない疑問が頭に浮かんでは死ぬと言うのに……
 そして、死ぬ直前だからこそ冷静になって周りがよく見えてしまう。 死ぬ直前だからこそ冷静になって見たくないものまでよく見えてしまう
 やめろ…… バカな真似はよせ…… 失敗したのは私なんだ…… だから…… 悪いのは私なんだ…… だから、だから!

「やめろぉ!」

『お姉さま…… お慕いしていました』

 横から飛んできたネネの乗るクァドランに私のクァドランは力ずくで押しのけられ、モニターの中で微笑むネネが私の身代わりになってそのビームを受け――機体を爆散させた

「あぁぁぁぁぁ!! ネネ! ネネ!」

「ダ、ダメです! 落ち着いて下さい!」

 爆散した現場に飛び出そうとする私のクァドランを、近くまで来たララミアのクァドランが押し留める。 だってアイツは、ネネは、私なんかの代わりに死んでいいやつなんかじゃない!
 だってアイツは、いつも笑顔で私の行く先々に着いてきてくれたし、私を慕ってS.M.Sでもずっと一緒に居てくれたんだぞ! そんなネネが…… ズルいじゃんか…… 最後まで笑顔で私を慕ってくれるなんて
 私を押し退けた時に怨み言でも言ってくれれば、それは私の罪として刻まれるのに…… 最期に慕ってますだなんて言うなよ!

『隊長…… ピクシー3よりサジタリウス1へ。 ピクシー小隊は後退します』

「な、ララミア、何を勝手に!」

『こちらサジタリウス1了解。 帰艦を許可します』

「私はまだ戦える!」

『ピクシー1へ、帰艦は命令だ』

「………………ピクシー1了解」

 勝手に話が進められて私は異を唱えたが、艦長に帰艦命令をだされて私はララミアに引っ張られるようにマクロス·クォーターへ向かって行く。 私にもっと力があればっ……!
 視界の端で放たれた高出力のビームがバジュラを食い荒らしながら進み、その先にいた戦艦に止めをさして吹き飛ばす光すら今の私には色を感じられなかった




 頭が割れる様に痛い…… 俺はいま呼吸をしているのかすらわからない。 視界は広大な戦場を曇りなく俺に見せつけ、最初に例えで言ったが本当に容器から放り出されて宇宙に追い出された気さえする
 そこで思ったが、容器から出て宇宙に追い出されたのはいい例えかもしれない…… 宇宙空間には大気がないのだから、今のように呼吸できないのも当然だ
 自嘲して笑いたくなるが、一々その程度の為だけに脳の容量を使ってしまっては、それこそ冗談ではなく文字通り頭が割れてしまう
 溜めた波動砲をバジュラの群れに向けて撃ち、波動砲の軌道とバジュラの群れの軌道を3次元的に考えて波動砲の軌道を修正し、一番バジュラを巻き込める位置から波動砲を群れに突入させる。 もう何度目かわからない行為だが、これのおかげで既に2隻のバジュラ戦艦を波動砲で爆砕し、かなりの数の大小バジュラを蒸発させてきた

『―――ト!』

 しかし、戦端が開かれて撃った最初の波動砲は頭脳に多少の疲れを残す程度だったが、もう何発撃ったかわからなくなってきた今では撃つ度に酷い頭痛が頭を突き破ろうとしていた

『おいスカル4! 聞いてるのかアルト!』

「……隊長?」

『ボケッとしてるな! 大統領命令で俺達は配置がえだ』

「そう、ですか」

『どうした顔色が悪いぞ? まさか被弾したのか?』

「いえ、大丈夫…… です。 この機体には…… かすらせてもいません」

『そうか? まあいい、反応弾の使用が許可されたからマクロス·クォーターに帰艦するぞ!』

「了解」

 既に反転を始めているマクロス·クォーターに向けて飛ぶように意識すると、R-9Wはその意思にかなうようマクロス·クォーター目指して加速を始める
 周囲にいた後僅かしか残っていないバジュラは、俺のR-9Wが背を向けたのを確認した瞬間に四方八方から組織だった射撃を行なってくるが、そんなバジュラを無視して後退しつつも俺は波動砲を散り散りになっているバジュラたちを逃がさないように誘導していた




 甲板に戻って来た私たちは、いそいそと自機であるクァドランに反応弾の搭載を始めていた。 さっきまではフロンティアとバジュラの戦力が互角で、自分が少し冷静になる為に戦闘中とはいえ休んでいたが、今回はなんと後続のバジュラ艦隊が陽動なんて作戦を取ってきたらしく、反応弾の使用許可と同時に私たちピクシー小隊の出撃が命令された
 クァドランに反応弾を搭載しながら次の出撃に思いを馳せる。 出撃さえできればバジュラ相手にネネの敵討ちができるし、今度こそ戦闘に集中すれば無駄な思考をしなくてすむだろう
 しかし、思考を振り切る為に戦いを求めるなんて…… 私もやはりゼントラーディの血が強く流れているんだな

「よし、出るぞララミア!」

『はい!』

 フロンティア船団後方にデフォールドしてきたバジュラ艦隊目指し、私たちは反応弾を抱えて突っ込んで行く。 後方にはまだまだバジュラが減らされていないので、対空砲火も含めてバジュラからの攻撃に気を抜く事ができない

「死ねぇ虫けら!」

『反応弾撃ちます!』

 バジュラ艦隊の正面に陣取りあまねくバジュラを消し去る為に反応弾を叩き込み、その大爆発で虫けらを消し飛ばす。 ミシェルの帰る場所くらい私が守るんだ!



[11932] 外伝 『友軍機撃墜事件』調査報告
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/23 00:11
「ええ、だから何度も言ってるじゃないですか、私は狂ってなんかいないですよ。 少なくとも、あなた方に同じ事を何度聞かれても同じ返事ができるくらいには正常です」

 窓の無い狭い小さな1室に、2人の男が小さな机を挟んで座っていた。 そう言って苦笑するのは壁側に座る新統合軍の下士官軍服を着た男で、もう1人はそんな苦笑する男を扉側から厳しい目で睨め付けており、その男も見事に将校の軍服を着こなしている

「何度聞かれても事実は変わらないのに、何度も聞く意味はあるんですか?」

「……それが私の任務でもある。 率直に私の気持を言えば、君のような輩は今すぐにでも銃殺してやりたいさ」

「残念ですが中佐、何度だって私は言いますがあれは事実です。 あなたに私を銃殺する事はできない」

「ふん…… では、当時の情況を話せ」

「わかりました。 これから言うことは全て事実で、信じがたいのは察しますが理解する努力はして頂きたい」

 苛立ちを隠そうともしない男を前にそう言って肩を竦めた被告人であるカール·マンシュタイン中尉は口を開いた

「あれは、そうですね。 我々がバジュラとの交戦宙域から離脱し、あの4機の残骸を発見して後日拾ってから1週間後の話です。 機体の調査をする研究所と発見した我々を含め、政府の上層部から内々に回収した残骸であるR戦闘機を調査する独自機関であるTEAM·R-TYPEの発足に参与するように話が来ていました」

「その政府上層部と言うのは?」

「私の…… そして、あなたの上司でもある三島補佐官ですよ。 まあそれは今だから言える事ですが、最初に話が来た時点では知りませんでした」

「話を続けろ」

 少し茶化すような物言いに感じるものがあったのか、脱線しかけた話を戻すように促す。 それに対し、カールは机のコップから少し水を飲んで喉を潤し、それから続きを話し始める

「宇宙で拾った機体は4機で、内訳は同じ機体が2機と別々のものが1機ずつ。 その内、比較的損傷の少なかったのがR-9Aの2機です。 あの機体には不思議な魅力がある…… まるで心を奪われたようだった」

 そう言って遠くを見つめるカールには、まるで目の前にR-9Aが見えているかのように恍惚としており、その言葉に嘘が無いという真実味が溢れていた

「そして、修理の終わったR-9Aの1機を性能評価試験として、1度だけ宇宙で飛ばす事になった。 当然ながらそれには搭乗するパイロットが必要なわけで、私はそれに立候補していた。 あの時のTEAM·R-TYPEのパイロットでは私が1番古参の上官だったから、私が乗るものだと思っていたが現実は違った」

「君より若くて素質に溢れるハンス少尉がパイロットに選ばれた」

「その通りです。 私はそれを心から悲しんだ…… あれのテストパイロットでありたいと心から望んでいた。 しかし、結果として落ちた私はせめてR-9Aの勇姿が見たいと思い、彼を護衛する任務にルイス少尉と出る事になった」

「そこで、君は怨みからハンス少尉を自らの手で殺し、それを目撃しているルイス少尉を口封じに撃墜して殺した」

「いえ、だから違いますよ。 たしかにハンス少尉が羨ましかったですが、殺したいなんておもいません。 元々不思議な任務だったので、そう思ってしまうだけですよ」

「では、どういう事だ?」

「そうですね、性能評価試験として我々が出るにあたって、変わった命令が三島補佐官から出されていました。 それは、護衛に出る私たちのVF-25に搭載されたカメラを取り外し、更にはR-9Aについて保存する機材や計器の全てを無くして出撃したんです」




 計器の数が少なくなった寂しい操縦席に座り、右前方に位置するR-9Aを目に焼き付けるように眺めてため息を吐く。 あのR-9Aに乗る事はできなかったが、それでも近くで飛べる事を神に感謝していた
 いま現在私たちが乗っている機体は、フロンティアの最先端企業であるLAIが独自に開発し発展させた最新鋭機であるVF-25であるが、それと比べて見るだけでもあのR-9Aの異常性が際立って見えてくる
 私たちの乗るVF-25は遠目に見ても明らかに戦闘機の発展型であり、大気圏内でも問題なく飛べるように考えられて設計された翼を持った機体だが、あのR-9Aはどうだ?
 どう見てもVF-25の半分程度しかない小さな翼をつけ、それでいて大気圏内すらこのVF-25より早く飛べるんじゃないかとまで言われている
 ここまでくれば元々の開発コンセプトが大きく違うのは明白で、どうやってこんな機体を考えついた上に、どうしてこれほどまでの機体が破損したのか気になった。 むしろ、これほどの機体を要するにはどんな理由があったのか

『こちらリドル3、予定宙域に到着しましたよ隊長』

「よし、リドル3はゆっくりと準備を始めて加速試験から始めろ」

『聞いたかリドル3? ゆっくり準備してから試験を始めろよ。 中尉殿はお前のR-9Aをじっくり見ていたいんだからな! おっと、加速試験はゆっくりやるなよ』

「黙れリドル2。 一応だが任務中だぞ」

『大丈夫ですよ中尉殿、あいつらの徹底ぶりったら通信の会話記録すら残させないようです』

『こちらリドル3、どうせ記録に残らないんですから乗り換えますか?』

「これは上が決めた事だ…… 準備が済んだらハンスが始めろ」

『了解』

 周囲に誰も居ない宙域で始まった性能評価試験は、やたらと厳重な情報統制が敷かれていて、私やルイスの乗るVF-25は性能評価試験の随伴機でありながら何の記録用機材も積んでおらず、それどころか元々機体に搭載されているカメラや通信機すら根こそぎ取り外されており、ルイスが先程言ったが会話記録すら残らないようになっていた
 そのせいでいくつかの問題があり、その中で1番の問題がバジュラだった。 もしもここにバジュラが襲撃して来たならば、私たちはフロンティアとの通信すらできずに私たちだけで戦わねばならない。 その為の私とルイスだが、それでもバジュラの数が多いと厳しくなる

『準備完了、これより加速試験と機動試験から始める』

「リドル1、了解。 今後は私が乗るチャンスもあるかもしれないので、絶対に壊してくれるなよ」

『リドル3が機体を少し壊すごとに、中尉殿の態度が変わるから気をつけろ。 あんまり壊しすぎると、キャノピーごと機体に傷つけずに撃たれるぞ!』

「黙れリドル2!」

 いつも通り軽口を言うルイスに頭痛を感じながらも、カールはR-9Aの複座席に置かれた記録用の機材を起動させてから加速を始める。 この記録用の機材もご丁寧にかなりのビンテージ物になっていて、通信機能すらなく直接データを抜かないとならないものになっている
 さすがにここまで情報統制に力を入れられると多少は不安にもなってくるが、それでも目の前で急加速や旋回を行うR-9Aの前では些末な問題に過ぎない
 目の前で繰り広げられるR-9Aの美しい動きに心を奪われていたが、楽しい時間は早く過ぎていくもので後は武装の試験を残すだけになっていた。 その武装試験もレールガンの連射性能に驚いたり、撃ち出された波動砲に感嘆したりと進んで行き、とうとう最後のフォースを使った試験になった

『これよりフォースを射出します』

『やれやれ、これで最後か。 中尉殿がご所望ならリドル3に試験をまだまだやらせますが、どうします?』

「とても魅力的な提案だが、まだR-9Aは機体に不安定なところがある。 終わり次第帰還だ」

『帰っても俺達飛行機乗りには仕事が無いってのに、TEAM·R-TYPEに帰ってどうするんですか…… って、そう言えば中尉殿は破損してる機体でも見てれば満足できるんでしたね』

「リドル2を無視して始めろ」

 試験中も合間を見ては軽口やらちゃちゃを入れるルイスに呆れはしたが、たしかにこのR-9Aをまだまだ見て居たいのは事実だから強くはルイスに言えない。 そしてそんな私の心がわかるのか、ルイスも苦笑だけして静かになる
 問題が起こったのは、この最後に行われたフォースの試験だった。 私たちは技術屋じゃないから外見では異常を見とれないし、あのR-9Aに乗っているハンスも初めて乗る機体に興奮していたのもあるし、そもそもR-9Aは乗り慣れない機体だから乗って異常がわからなかった
 R-9Aの機首に装着された赤い光を放っているフォースの射出を開始し、ビームの発射や尾翼への装着を行なってから機首にフォースを戻したその時だった。 先程まで赤い光を放っていたフォースが、急に一瞬だけ青い光を発した
 すると、今まで順調に試験を行なっていたR-9Aが動きを止めた

『おいおいリドル3、いくら中尉殿がまだまだ見ていたいからって試験を止めるなよ』

 それを見たルイスはゆっくりとR-9Aのキャノピーへ近づいて行く。 それに対しても返答がなく、少し訝しみながらも私はゆっくりとR-9Aの後ろに周り始めた時に確かに見た。 尾翼付近であるR-9Aのスラスター近辺に、まるで生き物の血管のようなものが浮き上がり――胎動していたのを
 私は見間違いだと思いつつも、本能的に急いでルイスに近づいて行くのをやめるよう通信しようとしたが、このR-9Aの方が動きが早かった

『うわっ?! 何するんだハンス!』

「どうしたリドル2!」

『レールガンだ! 垂直尾翼をやられた!』

 そう言うルイスを見ると、垂直尾翼が吹き飛ばされながらも距離を取っていた。 それから私はハンスに通信を試みたが全てを無視され、試験の時とは比べ物にならないぐらい緩慢な動きでR-9Aが私たちに照準を向けていた




「それから私とルイス少尉は、そのまま攻撃を仕掛けてくるハンス少尉を共同で撃墜。 そして、撃墜したR-9Aを調査しようとした時に……」

「ルイス少尉の機体も異常をきたし、君に攻撃を始めた?」

「そこから私は何とかルイス少尉を撃墜し、死にもの狂いで帰還しました」

「ふむ…… 帰還した君の機体に異常は無かったが?」

「そこから先は私にはわかりません」

 そこまで話して目を瞑るカールに、将校の男は無言で腕を組む。 しかし、やはりその目には信用は一切なく、まるで狂人を眺めているようだった




 部屋に拵えられた執務机を挟んで、目の前で再生され画面に映っていた将校とレオンが話していた

「それで、彼の精神鑑定は?」

「精神鑑定も薬も調べさせましたがどちらも白です」

「それなら事実だと?」

「三島補佐官は、まさかその与太話が事実だと?」

「バジュラに襲われて2人が撃墜され、そのショックで記憶が乱れた可能性は?」

「付近でバジュラは確認できませんでしたし、あまり言いにくいのですが…… 撃墜されたらしい2機の残骸も発見されませんでした」

 それを聞いてレオンは腕を組んだ。 まさか、我々がバジュラの死骸を回収するように、バジュラが残骸を回収した? いや、それは今まで報告例がないからありえないだろう
 だとすれば、フォースは危険な物なのか? 当初は分解すらも考えられたが、明らかに外見からして構造が厳重だった上に、機体の技術からいって2つしかないフォースを分解するのは危ういとされ、今は推進器等を重点的に研究させている
 だがしかし、本当にフォースが危険だった場合を考えるなら封印も考えられる。 性能評価試験の結果がわからない今は封印し、フォース以外の性能がわかり次第再調査しよう

「それで三島補佐官、この件ですが……」

「軍法会議の話だったな。 友軍機撃墜の件で有罪にして銃殺にしろ。 それと、R-9Aの件はあまり漏らすな」

「了解しました」

 部屋を出るのを見て背もたれに寄りかかり、あのR-9Aについて考える。 この機体についてギャラクシーにはあまり知らせる気はない
 最後に勝つのはR-9Aを持った私だ。 その為には、危険を知られて研究を止める訳にはいかないのだ



[11932] 11.撤退
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/23 21:38
 回頭を済ませ、反応弾の装備させた部隊から順繰りに出撃を許可していく。 現在のS.M.Sに与えられた大統領任務は敵の主力部隊撃破であるが、それ以前にアイランド1が攻撃を受けていたようにバジュラの攻撃がフロンティア船団に集中していたのに対し、そこに我々が攻撃する事で船団への攻撃を我々に向けさせフロンティア船団の被害を少なくする事にある

「艦長、セルリアン小隊着艦開始します」

「補給と反応弾の搭載を急がせろ」

「反応弾の搭載完了。 ピクシー小隊とエメラルド小隊は出撃して下さい!」

『ピクシー1、了解』

『エメラルド1、了解した』

「バジュラが本艦に接近中!」

「デストロイド·ジャイアン2の砲身を焼き付かせて総取り替えにしても構わん!」

 与えられた大統領命令をこなす為に艦橋は賑わっており、誰も彼もが自分の仕事をするだけで精一杯であり、指示を出す者や指示を仰ぐ者と数値情報の処理や操舵をする者が自身の仕事に没頭していた。 そして、そこで偶々聞こえた通信に気付いたのはある意味では幸いであり、またある意味では頭痛の種だった

『――ル4! おいアルト聞こえないのか!』

「オズマ? アルト准尉がどうかしたの?」

『あの馬鹿が反応弾の搭載どころか、着艦して弾薬の補給すらせずにふらふらと主力部隊に向かって行きやがった!』

「何ですって!? わかりました。 通信はこっちからやっておくから、スカル小隊は着艦して反応弾を搭載してちょうだい!」

『了解。 おいスカル3も着艦しろよ!』

『は、はい! 大丈夫です』

 そこで通信が切られ、オズマ達が着艦を開始した。 そこですぐにスカル4であるアルト准尉と通信を繋ぐが、顔色が蒼白なアルト准尉が映し出されて着艦するよう求めたが、歌がどうこうと要領の得ない事を口走るだけでまともな会話がなされなかった
 本来ならばそんな状態では危険なので帰還させるべきなのだが、未だにあの機体は驚異的なスピードで撃墜スコアを更新しており、へたなバルキリーよりも戦力の柱となっている今は、フロンティア船団がこの危機的状況を脱するまでは帰還させられないだろう

「反応弾の搭載完了。 スカル小隊は出撃して下さい!」

『スカル1、了解!』

「ねえオズマ、可能ならクラン大尉を見てくれない」

『何かあったのか?』

「ローラ中尉がクラン大尉を庇って……」

『……わかった。 スカル3、ピクシー小隊の方にゴーストを1機頼む』

『了解しました! お願いぺテロ!』

「艦長。 反応弾を撃つ援護がわりに、あの大型艦にマクロスキャノンなんてどう?」

「……よし、マクロスキャノン発射準備をしろ!」




 もう頭痛を痛覚で感じる事すらできなくなってきた…… 隊長が何か言っていた気もするが、そんな事よりも頭が溶けそうなほど気になる事があった
 視界の端でキャノピーに引っ掛けられたイヤリングが光を放った。 あのバジュラの大型空母を見た瞬間、気のせいかもしれないがガリア4に向かっていたシェリルの声が――歌が聞こえた気がした
 今の俺は頭にその曲が聞こえて、熱に浮かされたように大型空母の元へと向かっている。 ただ、その間にも周囲を飛び回るバジュラにレールガンや追尾ミサイルを撃ち込み、曇る思考を無視して波動砲をバジュラの群れに突入させる
 主力部隊の周囲にいるバジュラを蹴散らしながら大型空母を目指していると、視界の端で1機のゴーストとクァドランがバジュラに消し飛ばされていたが、そんなものは無視して前進のみを続けないと……

『ララミア?! ララミアァァァァァ!!』

 拾った通信すら頭に響くが心に響かない。 周囲で爆発する反応弾の間を切り抜け、着実に大型空母へ近づいて行く
 すると、R-9Wの横を射線上のバジュラを巻き込みつつマクロスキャノンが大型空母目指して放たれる。 それに気付いたのか大型空母は回避を始めるが、その動きはあまりにも遅く完全に回避する事に失敗し、その威容の下半分をマクロスキャノンによって吹き飛ばされた
 俺は第2射が始まるよりも早く到着しようと思いR-9Wを加速させようとして…… 機体を大きく横に逃がした
 その逃げる前に居た空間を、赤い軌道を残して強力なビームが突き抜けていく。 ビームが飛んできた方向を注視してみると、あの赤い機体が回避に成功したR-9Wを狙って武器を構えていた

「邪魔を、する…… な!」

 赤い機体は俺を撃墜すると言うよりは、ここに張り付けておくように無視して前進しようとすれば牽制を仕掛けてきて、こちらが攻勢をかけようとすればすぐに退く構えをみせる。 波動砲さえ撃てれば撃墜する自信はあるが、溶解しそうな頭と赤い機体の牽制が波動砲のチャージを妨害し、虎の子の波動砲を撃てそうにない
 敵の徹底的なまでの遅延戦術に苛立ってくる…… 視界に映る大型空母を含めたバジュラ艦隊は戦場を放棄するのか、半壊した陽動部隊も同時期にフォールドを始めようとしていた
 このままじゃ間に合わないと思った瞬間に隙を付かれ、赤い機体がマイクロミサイルの弾幕をR-9Wに向けて放って来たので回避しながらレールガンで撃ち落とし、今度は反撃だと思った時には赤い機体は戦域を全速で離脱して、バジュラ艦隊のフォールドに突っ込んで行きフォールドに巻き込まれて消えた
 それを機に、周囲からバジュラが全て居なくなる

『敵の主力部隊、陽動部隊ともにフォールド?! バジュラ艦隊が全て撤退しました!』

『くそっ! どうなってやがるんだ!』

 頭に響く艦橋やスカル1、そして宙域を飛び交う通信の不協和音。 そんなものは今はどうでもいい…… 今は少しでも早くマクロス·クォーターに帰ってから眠りたい
 気持ち悪いまでに全身を汗にぬらし、俺は虚ろな状態でゆっくりと艦に戻って行った




 マクロス·クォーターに帰って来た俺は、腕を組んでやつの帰還を待つ。 確かにアルトはあの機体に乗ってエースと言って過言じゃないくらいの働きはみせたが、それでも上官である俺や艦長の方針を無視して着艦せずに、勝手に主力部隊に向かって行ったのは許容できるものじゃない
 俺の後に戻って来たルカもピクシー小隊に向けたゴーストを撃墜され、その後にレレミア少尉が撃墜されたことに責任を感じながら部屋へ帰って行った。 ルカには悪い事をしたと思う…… 元々は俺が頼まれていたピクシー小隊の援護をルカのゴーストに頼み、そこからこの撃墜に繋がってしまったのだから

「やっと来たか……」

 エレベーターからゆっくりと降りてきた異形の機体を見て、俺は歩み寄って行く。 今度の異形は以前アルトが乗っていたR-9Aとは違い黒が基調になっており、R-9Aにあった機体の丸みが無くなって全体的に尖った印象を受ける
 しかしながら、この機体もあのTEAM·R-TYPEから送られたR-9Aの後継機に恥じるような事のない性能と、その性能に裏打ちされた結果を残していた
 格納庫に送られた機体の前まで行き、キャノピーを開けて出てくるであろうアルトをどやす為に待機する

「…………?」

 格納庫に入ってからもう3分は経ったが、一向にアルトが機体から降りてくる気配がない。 一瞬俺が外で待機しているから怖くて降りて来ないんじゃないかと思って更に憤りを感じたが、それも5分を過ぎた辺りで憤りよりも訝しんでしまう
 このままだと埒があかないと思い、横から機体によじ登りキャノピーを開く。 すると、そのには顔面蒼白で衰弱したアルトが倒れていた

「アルト?!」

 もしや被弾していたのかと考えたが、ここに入って来た時にはそんな痕は存在していなかった。 とにかくアルトを機体から降ろそうと操縦席を見て、大きな違和感を感じた。 見慣れたものであり、操縦席に無くてはならないものが全く存在していない

「操縦桿どころか…… 計器類すら無い?」

 それでも降ろすのが先決だと考えて、アルトの脇の下に腕を通して引き降ろそうと持ち上げてから、この機体とアルトがケーブルで繋がれている事を知った。 そのままケーブルを引き抜いてみれば、アルトの首の後ろにはインプラントの手術をしていたのか穴が確認された




 ここはアイランド1にある大統領官邸、その1室でそのあまりにも大きな損害に沈痛な面持ちで大統領は座って居た

「アイランド15、通称コード"エバーグリーン"は現状のまま投棄。 アイランド14も再利用可能な資源の抽出後に投棄します」

「それは了承しよう」

「ありがとうございます。 そして流出した空気は800億立方m、有機物の損失は15000tし水は2万tが消失。 50以上のエリアが化学処理、または濾過プラントでの浄化が決定しています。 それと――」

「もういい…… 少しだけ黙ってくれ」

 そう言ってグラス大統領は不味そうに煙草を吸い、絶望もろとも煙を肺から吐き出した

「それで、君のこの話の件だが?」


 しかめっ面をしたまま煙草をくわえ、三島が持ってきた紙を突きつける。 いつもならそんな事をしないグラス大統領だが、この未曾有の事態に精神的余裕は無いようだ

「それは、今回のバジュラによる襲撃を合わせ、我々もバジュラを知る為の調査の立案です」

「それで、どうしたいのかね?」

「研究所の調査の結果、今回の大規模襲撃をしてきたバジュラはガリア4付近からフォールドしてきたものと突き止め、その直前にガリア4で起きた不可解なフォールド断層とともに現地調査をさせようと思っています」

「第2次資源統制モードに入った途端に軍事行動をおこなうと?」

「S.M.Sにはガリア4にシェリル·ノームの護衛を出させていて、その捜索を含めた調査だと伝えれば飛びつくかと。 それにもし、あのフォールド断層がバジュラの仕業だった場合、なんの備えも無いのは危険です」

「ふむ…… わかった。 そのガリア4調査を許可する」

「ありがとうございます大統領。 では、私は他の仕事があるので失礼します」

 頭を下げて官邸を出て車に乗り込む。 最近S.M.Sのうるさい鼠が私の回りを嗅ぎまわっているが、残念ながら君たちには事を起こす時にここに居られては困る
 君たちは何も発見できない宙域に向かい、戻って来る時には全てを終わらせておこう。 だから、さよならだキャシー



[11932] 12.不信
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/25 06:23
 ここはマクロス·クォーターにある執務室の1つ。 そこで、私とオズマの2人は今回S.M.S出された命令に対して意見を出しあっていた
 先程与えられたガリア4の偵察任務は重要な任務であり、添付された資料を読む限りでは調査の末に今回の襲撃を企てたバジュラの大部分はガリア4からのフォールドであり、更にはその寸前にガリア4では不可解なフォールド断層の発生が確認されており、それがバジュラの兵器によるものかも調査対象になっている。 そして何より、ガリア4に向かってから連絡の取れなくなったシェリル·ノーム等の捜索が含まれており、これを読んでオペレータ陣はミシェルの捜索も含まれていると喜んでいたが……

「オズマはどう思う?」

「額面通りに受け取るならば英断だな」

「そう?」

「ああ。 今回のバジュラによる襲撃は組織だっていたし、その原因か何かがガリア4で確認できて、あわよくば他の情報も手に入れられれば完璧だろう。 そして何より、バジュラが組織的に撤退した事が大きい」

「バジュラの撤退が? たしかに、あそこで撤退されずにそのまま戦っていたならば、最終的にはバジュラを殲滅できたかもしれないけど被害は甚大だったわよ」

 そう、今まで個々の敗走こそあったものの、ここまで機を見計らった組織的な撤退みたいなものはバジュラに無かった…… いや、そもそも陽動といい戦術的な統制された動きは存在せず、ただただ全力を正面からぶつけるだけだった

「このバジュラに、戦術として撤退の概念ができたのが大きい。 数が売りのバジュラが撤退に転じたという事は、あれもこれ以上殲滅されては困るんじゃないかと軍部は受け取って、バジュラもすぐには大規模侵攻ができないと考えているらしい。 だからこんな大胆な絵図が描ける」

「大胆ね……」

 命令書には参加兵力が書かれており、そこには『旗艦マクロス·クォーター以下S.M.S機動部隊全兵力』と書かれていた

「S.M.S無しで調査期間10日と、往復だけで14日…… バジュラが来たら船団は沈むんじゃないかしら」

「しかし、このフォールド断層がバジュラの仕業だった場合、情報の有無は生死をわける。 だからこそ、そういう意味で英断なんだ」

 そこでオズマは壁に背を預け、次の質問を促すように小さく頷いた。 その態度が少し気に入らないが、結論をわかっていながらも形式上オズマに続きを聞いてみる

「額面通りに受け取らなかったら?」

「簡単だ。 俺達S.M.Sをフロンティア船団から引き離したいんだろう。 それも、ただの偵察じゃなくて威力偵察の面があるこの任務には、俺達S.M.Sはうってつけだからよそは違和感を何も感じない」

「やっぱり…… レオンが何か考えているのかしら」

「それはわからん。 そもそも、俺達が嗅ぎまわっているのに気付いたからか、最近やつは尻尾すらだしはしない。 おかげで未だに目的はわからんままだ」

「でも、何をするにしても事を起こすなら私たちがガリア4に居る間よね」

「ああ。 しかし、だからと言ってこの任務に行かない訳にはいかない……」

 頭を掻きながらそう言って、そのまま頭を壁に預けて遠いどこかを見る
 そう、私たちはこの任務に絶対に行かないとならない。 そこに如何に邪な陰謀が隠されていたとしても、シェリルを含めた仲間の捜索を許されているのに突っぱねるわけにはいかないのだ。 何かがあると理性ではわかっていても、感情がそれに納得することはできない
 だから私たち上が今回の任務を襲撃による被害が大きいと断りでもすれば、S.M.Sの隊員内で仲間の捜索をするチャンス――命を見捨てたとして隊員に受け取られて内側から瓦解するだろう
 レオンの出方がわからない以上は、これだと後手に回る事になるが瓦解するわけにもいかずに受ける以外の選択肢がない

「私たちだけでも残れば……」

「いや、それだけじゃ難しいだろう。 レオンが軍と内通していた場合、やつの動きに対して軍が内応したらS.M.Sなしじゃ対応できない。 それにな…… ピクシー小隊も壊滅したいま、そのせいで追い込まれたルカとあんな状態のアルトを置いて、俺がスカル小隊を離れるわけにはいかないだろう?」

「ところで、アルト少尉は……?」

「カナリアの見立てだと重度の疲労らしい」

「疲労?」

「知らなかった話だが、アルトはたぶんあの機体に乗る為だけにインプラント手術を受けていたみたいで、可能性としては初めての感覚で疲労を起こしたのか――あの性能を出す為の犠牲がそこなのか」

「あのR-9Aに出会ってからアルト少尉は少し変わったわよね…… まるであの機体に魅いられたみたい」

「しかし、現実としてアイツが戦力の要になってしまっている以上、機体から降りろとは言えはしない」

 執務室に2人の大きなため息がこだまする。 残された選択肢はあまりにも少なく、そして険しい事を再確認していた




 渡された辞令の紙を読み、未だに後悔の消えない心が涙を流す。 ここはピクシー小隊の3人が使っていた部屋で、目の前には荷物をダンボールにまとめられて空のロッカーが2つ置かれている
 ネネもララミアも私のせいで死んでしまった…… 私が戦闘中にR戦闘機に気をとられ、自分のミスから撃墜されそうになっていたところをネネに庇われ、彼女が私のかわりに犠牲になった
 それを後悔した私は反応弾を装備して出撃し、一切の油断を捨ててバジュラの撃滅だけを目指して全力を傾け、ゴーストの援護をいいことにただただ戦闘に没頭していた。 そして小隊の仲間同士で助け合うべきをかえりみず、目の前だけに集中してしまったせいで援護をしていたゴーストが撃墜され、援護を失ったララミアもバジュラに殺されてしまった
 泣きそうになりながらも、私はピクシー小隊の隊長として誰も帰って来ないロッカーで敬礼をし、止まらない涙とともに私がいまなせる唯一のピクシー小隊生き残りである隊長として最後の仕事をまっとうする

「――本日をもって、ピクシー小隊は…… 解散とする!」

 誰も帰って来ないロッカーの前で、私は泣きながら前だけを睨み据える。 次なる任務はフォールド断層が発生して壊滅したガリア4…… そこにはシェリルの護衛としてミシェルが向かっていた
 でも、あいつはどんな困難な任務に向かっても、あの気障ったらしい顔で私の前に帰ってきた…… だからきっと、ミシェルはまだ生きてる! 生きてるに決まってる!
 震える腕を両手で抑え、私は艦橋へと歩いて行く。 私にももっと明確な力が欲しい…… 誰にも負けないくらいの、そう、あのR-9Aのような力が!




 艦長は自室にこもっており、オズマとキャシーも居ない艦橋はオペレータ3人がかしましくも見事に作業を進めていた

「どう、物資の搬入は進んだ?」

「まだです。 反応弾も1会戦分を融通してくれるそうですが、それの搬入が遅れてます」

「それにしても、今回は本当に至れり尽くせりよね」

「そうですよね。 撃つな使うなが基本の反応弾すら融通してくれるなんて」

「まあ、政府もそれくらい私たちを信用してくれてるのよ」

 モニターには弾薬庫に反応弾が運び込まれる様子が映っているが、その作業を急ぐように督促するわけにはいかない。 この搬入作業すら政府が好意から行なってくれるものであり、さすがにそれを「急げ」と言うのは憚られる

「そう言えば、新任の少尉さんはどうなの?」

「アルト君の衰弱は疲労かららしいわよ」

「あっ、ボビー中尉。 大丈夫なんですか?」

「そうねぇ、疲労だからよかったのか悪かったのか…… 危険な病気だったら確かに大変だったけど、あそこまで衰弱してるとはいえ疲労だと睡眠と点滴以外にやれることがないのよね」

「疲労は薬じゃ治せませんしね……」

「それでも、早ければ3日で遅くても1週間ちょっとで復帰は何とかなりそうらしいわ」

「でもそんな衰弱するほど疲れてたなんて……」

「それは、その…… あ、反応弾の搬入が終わったみたいよ」

 衰弱したアルトについて、あまり無闇矢鱈に話さないようにすると皆で決めてある。 アルトが倒れた原因が疲労であるのは事実であるが、その理由だと思われるインプラントについて話が漏れれば根も葉もない噂になりかねない
 だから少し苦しいとは思いつつも、話題を変えようと努力していた

「あ、本当に終わってたみたいです」

「じゃあ艦長への報告は…… モニカちゃんがお願いね」

「え、は、はい!」

 艦長への報告を頼まれて頬を少し赤らめるモニカちゃんに青春を感じつつ、そう言えば伝えとかないとならない重要な事を思い出した

「それとね、みんなにお願いがあるんだけど……」

「何ですかボビー中尉?」

「あのね、もしも塞ぎこんだりしてるクランちゃんを見たら、それとなく支えてあげて欲しいの」

 クランちゃんの名前を出されて艦橋の空気が暗くなる。 前回の襲撃で新統合軍もS.M.Sもかなりの被害を出していたが、その内のS.M.Sにとっての一番の被害を出したのはクランちゃんが率いるピクシー小隊だった
 クァドラン3機編成のピクシー小隊は、隊長であるクランちゃんを残して2機が撃墜されてピクシー小隊は壊滅してしまい、1機の小隊という訳にもいかずにピクシー小隊は解散されてクランちゃんはミシェル君の居ないスカル小隊への異動が出されていた
 だからこそ私たちは絶対にガリア4でミシェル君たちを発見し、クランちゃんに心の支えをしてあげないとならない。 心が折れて砕けてからじゃ遅いのだから

「でも、もし見つからなかったら……」

「まだ捜索も始まってないのに悲観的な事は言わないの」

「そうですよ」

「そうだぞ、我々の救助を待っているかもしれんのだ」

「か、艦長!」

「反応弾の搬入は終わったのか?」

「はい。 先程終了したようです」

「よし、キャシーを呼び出してマクロス·クォーターは出航する。 進路はガリア4で救助を待っている銀河の妖精以下、我々の部下が居る場所だ!」

 艦長席に座って深く帽子を被り直し、前だけを見据えて発艦準備をさせる。 何かしらの陰謀はあるだろう…… しかし、それに動揺して不安を艦内に伝搬させるわけにはいかない
 ただ今すべきはガリア4での調査であり、そして迅速な行方不明者の捜索及び救助だけである



[11932] 13.災害
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/09/27 07:08
 ガリア4…… そこは人類の居住地としてはそこまで適したものではないが、それでもガリア4に住み着いている原生物も多く様々な進化の過程を経た生物が生活していた筈の星だった
 そう、それは既に過去形でしかない…… フォールドでガリア4上空宙域に出たマクロス·クォーターの乗員は、艦長から整備士まですべからくがモニターに映し出される惨状に息を飲んでいた
 確かに言葉では聞いていた。 しかし、言葉で聞いただけではそれが如何にオブラートに包まれており、現実は如何に悲惨であったことか

「……酷い」

 それを見て、誰かがポツリと呟いた。 それは見た全員の気持であり、誰が呟いてもおかしくない言葉だった
 モニターに映るのガリア4は聞いた通り…… 全くもって一切の語弊がない程まで聞いた通り状況だった
 正体不明のフォールド断層が発生したガリア4は、そのフォールド断層によって惑星球体の4割以上を抉り取られてしまっていた

「……モニカ君、ガリア4からフォールド断層は確認できるか?」

「いいえ…… 結果としてガリア4がああなっている以外に、フォールド断層にはなんの痕跡もありません」

「だとすると、やっぱりこれはバジュラの仕業なのかしら? ところで艦長、着陸なんですが……」

「厳しいな……」

 あまりにも惑星の被害が大きすぎていた。 大きく抉られた大地は既に星に異常気象を引き起こしており、更にはこのままではいつ惑星が崩壊してもおかしくはない
 そうなればそんな状況下で着陸などしていれば二次災害に巻き込まれ、こちらも少なくない被害を出してしまうだろう。 酷い場合には、フロンティアから我々を捜索する部隊すら派遣されかねない

「マクロス·クォーターは降下せずに待機する。 各小隊から降下志願者を集め、10名を選抜してガリア4居住可能区域を中心にバルキリーで捜索させる。 選抜はオズマ少佐に一任する」

「スカル小隊は……」

「どこからバジュラが来るかわからない以上、スカル小隊を地上にやるわけにはいかん。 スカル小隊は――彼女等がガリア4を脱出していた場合にそなえ、周辺宙域の捜索を任せる」

「はっ!」

 艦橋から飛び出して行くオズマ少佐を見やり、帽子を深くかぶり直す事で他の面々から表情を隠す。 我々はガリア4に対する見通しや認識が、あまりにも甘かったと言わざるを得ない
 ここまで近寄ってわかったのは、座標上ではフォールド断層発生地点が第33海兵部隊が駐屯していた基地の真横であり、そこからの脱出が絶望的ではないかということだ
 しかし、だからと言って可能性が0というわけではない。 慰問団や護衛でだしたミハエル少尉の生存可能性や、海兵部隊の生き残りを助ける為に迅速な地表捜索をさせないとならない

『艦長、選抜が終了しました。 地表捜索の隊長はクラン大尉に任せます』

「駄目だ」

『な、何故です艦長! ミシェルを探しに行くならば、私を地表捜索の隊長にして下さい!』

「クラン大尉。 我々は行方不明の者たちは勿論のこと、君たちの命も大切なのだ。 ガリア4は惑星としていつ崩壊するかはわからん…… そんな危険な場所へ君を行かせ、まともな判断ができるか?」

『で、でも……』

「クラン大尉を含めたスカル小隊は、宇宙に脱出した可能性を追ってもらう。 出撃準備はしておけ」

『……はい』

 画面の先で小さな体を更に小さくするクラン大尉に厳命を出す。 とにかく我々が更なる被害を出す訳にはいかない上に、クラン大尉は今回の任務に私情が多すぎて地表で引き際の機微を読むのは難しいだろう
 被害を出さぬようにするのは指揮官の務めであり、命令を受けた者にどう思われようと心を鬼にして適材適所で配置して、最大の効率を最小の被害で遂行しないとならない。 だからこそ、クラン大尉を地表に送るわけにはいかないのだ




格納庫に並べられた2機のR戦闘機に感慨を感じつつ、ゆっくりと丸みを帯びた白い機体でありアルトの乗っていない方の機体――R-9Aへと近づいていく
 これも私が望んでいたもの。 ミシェルを捜索するために地表に降下して探したかったけど、それは艦長に許可を貰えなかった…… そんな私が望んで捩じ込んだもう1つの望みは、いまのS.M.Sにある力の象徴と言っても過言じゃない機体である、このR-9Aに乗る事だった
 そしてこのR-9Aに乗るにあたり、先駆者であり名実ともにトップエースであるアルトに話を聞いておきたいのだが、R-9Aの後継機であるR-9Wのコックピットに座るアルトの顔色は悪く、どう見ても体調が万全に治っているとは言い難いだろう。 しかしそれでも、もしもの遭遇戦等を考えるとアルトを欠かす事は難しい

「本当に大丈夫なのかアルト?」

「体のダルさも無くなったし、もう大丈夫ですよ」

 R-9Aに似たコックピットに身を沈めているアルトは、自分の不調を隠すように笑顔を溢している

「……でも、なんでクラン大尉がR-9Aに?」

「私は前回の戦闘で部下を――ネネとララミアを失った。 それは完全に私に非があったんだ…… だから、2度とそんな間違いを起こさないように。 そして、ミシェルがもしもの時の為に、私には力が必要なんだ!」

「クラン大尉……」

 私の独白に蒼い顔を辛そうにするアルトを見て、少しばかり言葉を誤ったかと思う。 こんなに辛そうなアルトを心配させるなんてな…… もう少し言い方があったかもしれない
 だけど、これが私の本当の気持…… これを偽る事なんて私にはできない!

「そのR-9Aは、その…… クァドランに乗った事が無いから説明が難しいんですが。 えっと、VF-25Fとの比較でいいですか?」

「バカ者。 私だってマイクローン化してVF-25Fにくらい乗った事はある」

「それなら、そうですね…… VF-25Fの操縦桿が羽みたいに軽いとしたら、R-9Aの操縦桿は空気を動かすみたいに軽いですね」

「空気みたいに?」

「それに、機体の反応にも遊びが無いですし、加速力も運動性も比較にならないくらい凄いです」

「そんなに凄いのか?」

「正直に言って、多少のバジュラが相手なら1機で殲滅できるくらいの戦力はあります」

 あまりにも凄い性能に舌を巻いてしまう。 普通ならば眉唾物の話で真に受けないような話だが、今までこのR-9Aに乗って事実獅子奮迅の戦果を挙げてきたアルトの話ならば、その全てが真実でありこの機体の異常性を物語っている
 そこから更に込み入った機体操縦の説明やアドバイスをアルトにもらい、それからR-9Aのコックピットに乗り込む

『ではパープル小隊、ブラウン小隊、ベージュ小隊、そしてスカル小隊の順で発進どうぞ!』

『聞いたかスカル小隊!』

『スカル3了解!』

『……スカル4了解』

「スカル5了解!」

『今回の俺達スカル小隊の任務はさっきも言ったが、ガリア4上空宙域での捜索だ! いいか、バジュラの痕跡から脱出の痕跡までしらみ潰しに探せ! ただし、痕跡だけじゃなくバジュラを発見したらマクロス·クォーターを護りつつ、俺達に喧嘩を仕掛けてきたバジュラを殲滅するぞ!』

 出撃の前にオズマ少佐の――隊長の任務確認と訓示が行われている。 しかし、私の耳にはあまり入ってこない…… 自制が切れれば今すぐにでも外に飛び出して、そのまま勝手にミシェルの捜索を始めてしまいそうだ

『スカル小隊、出撃どうぞ!』

『全機出るぞ!』




 ガリア4の抉られた大地を眼下に収めつつ、星屑すら存在しない宙域の捜索に没頭する。 ここはフォールド断層が発生した地点のちょうど上空であり、この惨状を見る限りフォールド断層は大地だけには留まらず、この宙域に存在する小さな星々まで無惨にも飲み込んでしまったようだ
 そんな宙域を捜索していれば気が滅入ってしまうし、ここまで酷いと考えたくない事まで頭に浮かんでしまう
 周囲には何の反応もなく、ただただ何もない空間が浮かんでいる。 こんな状況では、ミシェルたちはもう……
 そんな時だった…… 何の反応も示さないレーダーに先んじて、微弱な通信が入ったような気がした

「スカルリーダーよりスカル3。 そっちでいま何かしら感じなかったか?」

『こちらスカル3。 いま一瞬ですが、ガリア3の方から微弱ですが救助信号のようなものが……場所の詳細までは』

「スカルリーダーよりマクロス·クォーター。 いまさっきスカル3がガリア3の方から、微弱な救助信号のようなものを傍受したらしいんだが」

 小さな発見だが、それでも大きな発見に繋がる可能性がある情報をマクロス·クォーターに送り、はやる心を抑えてそこからの指示を仰ぐ

『ガリア3の方から救助信号を確認したの?』

「ああ、俺もスカル3も一瞬だが感知した」

『こっちでは確認できなかったけど…… ちょっと待って、ガリア3に一番近いのは――パープル小隊ね。 ガリア3への調査はパープル小隊に任せるので、スカル小隊は調査を続行して下さい』

「……スカル1了解」

 通信先からキャシーに出された任務続行に歯噛みしつつ、俺達はこの場での調査を続行しないとならないらしい
 しかし、だからと言ってここの調査を蔑ろにするわけにはいかない。 ここを調査する事によって、いきなり発生したというフォールド断層の原因がわかるかもしれず、原因等を特定できれば今後は事前察知等により被害を抑えられるかもしれない
 そして、星すら無い宙域をひたすら30分以上探し続けていた時だった

『パープル1? パープル小隊応答して下さい』

 急にマクロス·クォーターからオープンでパープル小隊との通信が流れてきた

「どうしたキャシー?」

『えっと…… ガリア3に向かっていたパープル小隊のマーカーが、私たちのレーダー上から消えたわ』

「何だって?」

『バジュラと遭遇したっていう報告も入ってないし……』

「わかった。 俺達ガリア3にが出る」

『お願いできる?』

「ああ、少しでも情報が欲しいからお安いご用さ」

 ガリア3で何があったのか…… 少し気を引き締めてから通信を開く

『スカルリーダーよりスカル小隊全機へ! ガリア3に向かったパープル小隊に何かがあったらしい。 その調査に向かうぞ!』



[11932] 14.災厄
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/10/02 02:25
 疲労感は抜けきらないが、弱音を吐いた体に鞭を打ってR-9Wに乗り込み調査に出撃していたが、今はマクロス·クォーターから与えられた不可思議な任務を受けてガリア3宙域の、パープル小隊が消息を絶った座標に向かってひた走っている
 ガリア3宙域までフォールドはせずに、例え小さな計器の異変すら逃さぬように、着実に現場宙域に近づいていた
 もう目標座標まで500kmまで近づき、頭に計器が浮かんでいながらこう言うのはなんだが、目を皿にして計器を覗き込んで移動していたわけだが、何の前振りもなく急に機体内の空気が引き締まった気がした……

『アルト先輩――あれ!』

 頭に浮かんできた画面上のルカは、そういって機体の右側を指差した。 それにひかれるように右側に視線をずらしてみると、そこには無惨にも引き千切られ翼を砕かれた

『あれは…… パープル1のVF-25F』

『どうしてこんな事に…… まさか、バジュラがやったのか!?』

 冷静にその残骸を、消息を絶っていたパープル小隊の隊長機であるパープル1だと判断する隊長に対し、そのあまりにもVF-25Fの無惨なさまを見て、バジュラへの復讐に燃えるクラン大尉は猛っていた
 しかしながら、やはりそんな状態でも今は自分を見失わないのか、全周囲に対する警戒を怠っている様子はない。 むしろ、クラン大尉のR-9Aは明確な敵との出会いに悦ぶかのように、その圧倒的な機体ポテンシャルを解き放って機動のキレをますます鋭くしている

『スカル3よりスカル1へ…… ヨハネの進路上にパープル小隊残りの2機と思われる残骸を発見』

『スカル小隊全機に告げる! パープル小隊を襲ったバジュラを発見し、それの撃滅をもって戦死者を弔うぞ!』

『『了解!』』

「……了解」

 パープル小隊の敵討ちに燃えるスカル小隊は、ゆっくりと索敵をおこないつつガリア3に近づいて行く。 すると、やってガリア3が肉眼で見えるまで近づいて来た
 ガリア3は居住不適合な惑星で、有毒ガスが地表を覆った不毛の大地を持った惑星である。 そんな惑星を視界に収めつつ移動していたその手、急に強力なジャミングが発生してレーダー類が黙り込んだ

『スカルリーダーよりスカル小隊全機へ。 ジャミングを受けているようだが、不具合の発生した機体はあるか?』

『こちらスカル3。 レーダー類が沈黙して、マクロス·クォーターとの連絡もつきません』

「こちらスカル4…… スカル3と同じくレーダー類沈黙。 通信も繋がりそうにない」

『こちらスカル5。 ダメだな、私もマクロス·クォーターと繋がりそうにない』

『そうか…… 全機警戒を怠るな!』

 周辺の索敵を密に行いつつ、ゆっくりとガリア3に近づいて行く。 現在地の座標がわからなくなったが、それでもそこには要救助者がいるかもしれないので、俺達はそこ目指して向かって行く
 そして、さっきから気になっていたんだが、強力なジャミングを受け始めたその時から頭の中に浮かぶ計器のメーターが1つ、ゆっくりとだが数値を伸ばしていた。 それは全く意味のわからなかったメーターで、前回のバジュラ襲撃による襲撃ではうんともすんともしなかったメーターだ
 それが段々とメーターに表示された数値を伸ばし始めてきた。 いや、数値を伸ばすだけには留まらず、急にメーターが赤くなって明滅を始め、更にはアラートが脳内で警鐘を鳴らし始めた

「……くそっ、何なんだ?」

 頭に響く警鐘とメーターの明滅にたじろぎつつも、そのメーターの上に書かれた文字を読む。 言葉の意味はわからなかったが、それでもこの機体――R-9Wに頭を繋いでいるからか、その言葉はしっくりと頭に入り込むと本能的に敵だと認識できた

「バイド係数が上昇してる?」

 メーターは小さくしか振れてはいないが、鳴り止まないアラートに顔をしかめて前方に集中してみると、そこには何もない暗い宇宙空間にひっそりとぼんやりと透き通ったもやがかかっていて、それが段々と実態を持ち始めてその全身を露にした

『なっ…… スカル3! デフォールドか?!』

『えっ!? デフォールド反応が確認できません!』

『そんな、急に現れたんだぞ?!』

 蜂の巣をつついたような騒ぎになる通信だが、急に現れた事よりも俺は気になっているものが1つあった。 それは――

「スカル4よりスカル1へ。 この機影は…… デネブ級宇宙戦艦?」

『言われてみると、そうだな…… だが、あれはこんなに武装していたか?』

 言われてもう1度機影をよくみるが、言われてみればデネブ級宇宙戦艦はここまで攻撃的なフォルムで、その全身に針鼠のような対空砲を搭載してはいない
 だがしかし、その増設された対空砲さえ無ければデネブ級宇宙戦艦にしか見えない

『スカル3よりスカル1へ。 そ、そんな…… あの戦艦よりIFFを確認……』

『IFFがどうした?』

『バカな…… あの戦艦のIFFはデネブ級宇宙戦艦…… バジュラに撃沈されたカイトスです!』

『何だと!?』

 ルカからもたらされた情報は、俺達スカル小隊の全員を混乱に陥れた。 デネブ級宇宙戦艦カイトスと言えば、バジュラの襲撃によりギャラクシーから離脱して来たところをフロンティア船団で発見し、それを保護しようと防衛戦で善戦したがデフォールドしてきたバジュラの空母の主砲にやられて轟沈した筈である
 味方識別であるIFFが同じ艦が2隻とあるはずがなく、だとすればあの戦艦は何なのか…… しかしこれだけは言えるのは、あれがデネブ級宇宙戦艦の1隻であり、出現のしかたこそ理解不能だったものの味方であると言う事である
 だから、最初にルカのゴーストが1機爆散した時には誰も理解が追い付かず、間抜けにも息を飲んでその場に佇んでしまっていた。 そのせいで後手にまわってしまい、その光景を確認した時には敵が何なのか悩んでしまったくらいだ

『スカルリーダーよりスカル小隊全機へ! 周囲にバジュラが見えるか!?』

『こちらスカル3! 周囲にバジュラは居ません!』

『こちらスカル5! 弾道を考えればアレは私たちを狙ってるぞ!』

「こちら…… スカル4! 攻撃許可を!」

『くっ! 誰かあの艦との通信に成功したか?』

『通じません隊長! それより、あの艦です! あの艦が救助信号の発信源です!』

『何だとっ?!』

 現状に対する正確な情報は少ないが、それでも今の俺達が陥った状況を纏めてみる
 眼前に現れた武装の違う轟沈したはずのデネブ級宇宙戦艦カイトスが救助信号の発信源であり、それに誘き出されて寄ってみれば攻撃を受けている…… もしもこのジャミングすらこの戦艦の仕業だったとしたら、まるで罠を張られていたような気さえしてくる

「どうするんですか隊長!」

『――全機攻撃態勢をとれ!』

『でも隊長、味方の可能性が……』

『これだけ狙い撃たれて味方も何もあるか!』

『スカル3は俺と船底から、スカル4とスカル5は艦橋へ反撃するぞ! 全機レッツ·ファイヤー!』

隊長から下された反撃命令を受けて、俺とクラン大尉の2人は飛び交う対空砲火を踊るように避けて進み、船底を目指した隊長とルカとは反対に戦艦の頭を押さえこむように一層対空砲火が激しい艦橋方面に向かって行く
 最初はただただ対空砲だけが唸っていた戦艦だが、こちらが近づき始めたと理解するやいなや対空砲に混じって追尾レーザーやミサイルに加え、戦艦に備わる副砲や主砲までをも攻撃の手段に使い始めた

『まずは主砲を潰すぞアルト!』

「了解」

 雨あられと降り注ぐ対空砲の弾雨を潜り、その単調だが隙間ない弾雨の間をアクセントのように飛び交うミサイルをレールガンで迎撃し、そこまで高い追尾能力ではないが軌道を変えてくるレーザーを機体にかすらない程度で避けながら突撃する。 見ればクラン大尉もR-9Aのフォースを上手く使い、避けられるものは避けるが突撃の邪魔になる対空砲火等はフォースに当てて機体を突き進める
 戦艦の攻撃を避けながらも、こっちも攻撃の準備は緩めていない。 戦艦との距離はあるが対空砲を狙いながらミサイルやレールガンを撃ち込んだり、機体前方では波動砲のチャージも怠っていない

『くそっ! どうなってるんだこの戦艦は!』

「……速い!」

 しかしながら、如何に俺達が戦艦の攻撃を上手く避けているところで、実際には戦艦にそこまで近づけていない。 この戦艦は俺達の突撃を理解したのか、さすがにR戦闘機程とまではいかないが、それでもあんな大型艦にしては尋常でないような速度で後退を始めた
 R戦闘機の性能を引き出してこの状態だと、船底から攻め上がろうとしていた隊長達のバルキリーじゃ逆に離される可能性すらある。 もとよりスピードだけなら問題無く追い付けるだろうが、それは真っ直ぐを全力で飛ばした場合であって、空間を埋めるような対空砲火を複雑な機動で避けながら進むのでは話が違う

『波動砲撃つぞ!』

 まだ戦艦とそれなりの距離はあるが、それでもじわじわと距離は縮まってはいる。 だがしかし、そんな遅々として進まない現状の打開を目指し、うるさい対空砲を黙らせるべくR戦闘機の真価である波動砲を解き放つ
 脳細胞が焼けつくような痛みに耐えながら、まるで搭乗員なんてお構い無しに無茶苦茶な機動をする戦艦に狙いをつけるように、全力で頭を駆使して波動砲を追走させる。 俺より先にクラン大尉のR-9Aが放った波動砲は、その予想外の嘲笑うかのような戦艦の高機動に翻弄され、戦艦の主砲等には当たらないで装甲を焼くに留まっている
だからこそという訳ではないが、波動砲のチャージに時間がかかる以上はこの1撃を外すわけにはいかない。 とにかく波動砲を避けようともがく戦艦へと誘導して、そのまま主砲めがけて走らせる。 しかし、せっかく主砲の砲塔に当たろうとしていた波動砲は更なる異常な加速によって避けられ、その砲身の半分を消し飛ばすに留まってしまった
 だが、それでも砲身を半分消し飛ばせばもう使えなくなるだろう。 戦力としては大きく下がったはずだ

『波動砲のチャージが終わったら追撃をかけるぞ!』

 通信から頭に聞こえてきたクラン大尉の話を聞き、波動砲を操作しながらもチャージしていたトリガーを軽く撫でる。 次は直撃させる!
 こちらに向いている主砲の砲身を無視して波動砲による攻撃を仕掛けようとしたその時、半分が消し飛ばされた主砲が歪んだ砲身ごと自身を傷つけつつも、俺達目掛けて主砲を撃ってきていた



[11932] 15.狂機
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/10/05 13:23
 宇宙空間に滲み出るように現れた戦艦を攻撃する為にアルトやクランと別れ、ルカと船底から機関部目指して攻撃しようとした結果、俺達バルキリー勢はあまりにも不可思議で予想外の事態にみまわれていた

『隊長! このままじゃ……!』

「全力で追いかけろ!」

 大型戦艦としてはありえない曲芸のような高機動に加え、あの搭乗員への慣性による負担を無視するような狂気的な加速力…… パッと見ただけでも最高速度から0へ、0から最高速度への切り替わりがノータイムで行われていて、だいぶ的外れな話だがあの戦艦が無人のゴーストかと思ってしまうほどだ
 しかも、こちらの高機動を押さえ込む為に張られる弾幕は、その目論見通り完全に俺とルカを戦艦に近づける事はなく、相対距離は近づいて行くどころかゆっくりとだが確実につき離され始めている
 そんな状況下で反対側である戦艦上方に居るであろうアルト達の方を見てみれば、あっちもあっちで対空砲には手を焼いているようで、俺達のように離されようとはしていないが遅々として近づいていけないようだ。 それにしてもこっちのバルキリーは完全に舐められているのか、副砲や主砲はアルト達だけを狙っていてこっちには1発も飛んで来る事はない
 だがそれでもアルト達はあの戦艦の動きに俺達以上についていけているのか、戦艦に見劣りしない高機動で対空砲の弾幕だけではなく飛び交う主砲や副砲も翻弄し、その合間合間にレールガンや追尾ミサイルで反撃を行なっているようだった

『R戦闘機…… 凄い性能ですね』

「俺達のバルキリーだと…… こんな体たらくなのにな」

『こんな激しい弾幕にあの高機動だと、僕たちのバルキリーやゴーストじゃ全然近寄れません……』

「まだ諦めるな! 隙さえあれば戦局は打破できる!」

 あまりの状況に悲観的になり始めたルカを、追いつけないという現状に甘んじようかと思い始めた自身とともに叱咤し、いつ何時に何が起きても対応できるよう戦場に集中する
 しかし、集中すればするほどになおのこと思ってしまうが、あの戦艦の高機動といいR戦闘機といい規格外にも程がある。 まるで動きや機動に近いものも感じるが…… まさか全部が三島の罠か?
 いや、それこそありえない。 こんなところで態々こんな虎の子たる戦艦を見せる意味もなければ、そもそもTEAM·R-TYPEの機体を鳴り物入りの戦艦にぶつける必要が存在しない。 だとすると、この戦いは奴にとってもイレギュラーになるのか?
 飛び交う弾幕だけを残して俺達を突き放す化物のような戦艦に歯噛みしつつも、俺は置かれた現状について考察を始めていた。 別に本来は攻撃精神が旺盛であって敗北主義者というわけではないが、それでもR戦闘機と戦艦の戦いを見て、自分も気付かないところで本心はこの戦いに諦めがあって思考に逃げていたのかもしれない




 S.M.Sの旗艦であるマクロス·クォーターの艦橋は、まるで蜂の巣をつついたように慌ただしくなっていた

「スカル小隊との通信途絶! 全機ロストしました!」

「そんな!?」

「何があったの!」

「壊滅したパープル小隊の報告を最後に、レーダー上からマーカーが消失しました!」

 この報告は艦橋に深刻なまでの激震を走らせ、艦長以下艦橋のクルーを含めて心理的なパニックに陥った。 S.M.Sにとってオズマ少佐の率いるスカル小隊は、それこそ懐刀といっても過言ではない程の破壊力を持った看板とも言える1枚板である
 その小隊員も階級さえ高ければどこの部隊長にしてもおかしくない技量の上に、部隊の再編成に伴って解散されたピクシー小隊の隊長だったクラン大尉を小隊員に加え、より一層板に厚みをもたせた精鋭中の精鋭であり、その信頼感はこういった状況では逆にそこからくる脆さが露呈した結果だ。 信頼するあまりそれは依存に近くなってしまい、依存する対象であるスカル小隊との通信途絶によって冷静な処理を誰もできなくなったのだ

「と、とにかくオズマに通信を!」

「ですからスカル小隊との通信は途絶しています!」

「まさか、スカル小隊全機が急襲されて全滅……?」

「いえ、4機同時にマーカーが消失したので、その可能性は低いかと…… ただパープル小隊が壊滅していた地点から近いので、どちらにせよ予断を許せません!」

 モニカがスカル小隊全滅の可能性が低いと言ったが、それでも艦橋には凍ったような沈黙だけが残っている。 可能性はたしかに低いかもしれないが、それでもパープル小隊が全滅した地点から近い最前線での通信途絶を考えると、いやがおうにも悪い方へ思考が流れていってしまう
 そんな重たい空気の中で黙っていた艦長が急に立ち上がる

「不安になるのはわかるが、今は落ち着くんだ」

「しかし……」

「いいか、もし本当にスカル小隊が全滅していた場合は、それほど強力なバジュラを我々が止めないとならん…… それに、まだ全滅したと決まったわけでもないし、スカル小隊にはあのR戦闘機が配備されているんだ。 そうそうやられはせんよ」

 すると、艦橋のクルーの目にゆっくりと希望の光がが灯り始めた。 S.M.Sに所属する者は知っている、あの最強を形にしたR戦闘機を…… どんな困難な任務にも単機で挑み、作戦目標を達成して帰ってくるR戦闘機の勇姿を。 それほどまでに強固な信頼性をもった悪魔の兵器、TEAM·R-TYPEより受領したR-9AとR-9Wのバルキリーを遥かに凌ぐ圧倒的なまでの戦力を、S.M.Sは指揮官から整備士に至るまで全員が理解していた

「総員、第1種戦闘配備! 周囲へ捜索に出ている小隊を呼び戻し、マクロス·クォーターをもってスカル小隊の消失したガリア3の当該宙域に進撃する!」

 艦長の号令に慌ただしく動き出す艦橋。 しかし、世の中は全てタイミングが全ての成否をわけるが、それを考慮した場合このタイミングは最悪だった
 スカル小隊と言う最強の矛であり盾を失って絶望感が艦橋に蔓延し、艦長の号令でやっと少し盛り返して慌ただしく準備を始めたこのタイミングは、全くもって誰もが注意力を散漫にしていて、通常では犯さないような大きな失態を犯していた
 誰もが進撃の準備を行なっているさなか、マクロス·クォーターにフロンティア船団から通信が届いていた。 それはフロンティア船団から送られた非常用の簡易信号であったが、偶々このタイミングでは艦橋の誰もがそれを見落としていて、誰もが気づかずに簡易信号は消えてしまっていた
 あえて誰が悪いかを求めるならば、それは信号を気づけなかったマクロス·クォーターの艦橋のクルーだろうか? もしくは、そんな非常用の簡易信号をださなければならないほどに追い込まれたフロンティア船団だろうか?
 誰も見ていないモニターの端に映って消えたその信号は、『バジュラ幼成が船団内部で発生し、大統領はバジュラの凶弾に倒れる。 S.M.S全兵力は至急帰還せよ』と書かれていた
 もしこの通信に気づいていたならどうなっただろうか? 更なる混乱に陥ったのだろうか? それとも混乱しすぎるあまり、逆に冷静になれたのだろうか?
 しかし、現実は無情であり戻すことまかりならない…… 艦橋はただ眼前につきつけられたスカル小隊の安否だけを心配し、不測の事態に陥ったフロンティア船団をはからずしも無視する形で、着々と進撃準備だけを進めていた




 飛び交う対空砲の弾幕を避けて突き進み、そこを狙い撃つ副砲や追尾レーザーを流れるように回避し、負けじと波動砲を撃つがアルトと違って直線にしか進まない波動砲は、あの戦艦のランダム機動に表面装甲をかすらせて少量の対空砲を焼き溶かす程度の結果しか得られていない
 そして、波動砲を撃ち終えた隙を狙って主砲を撃たれるが、それを戦艦の機動に負けじと急速で回避しながら追尾ミサイルを放つ
 それにしても、あの戦艦に乗っているのは狂人だけなのか? 対空砲から止まない弾雨を避けているが、見たかぎりでは半分が消し飛ばされた主砲を含め、波動砲の熱で砲身がねじ曲がった対空砲すら止めずに弾幕を張ろうと撃ち続け、ところどころで対空砲が耐えきれずに爆発を起こしている
 そもそも砲身が少し曲がるだけでも発射は危険だというのに、それでも撃ち続けるなんてのは狂気の沙汰でしかない。 常識を持った人間が戦艦の中に居たとすれば、まずこんな事はさせずに止めさせるだろう

「当たらないぞアルト!」

『……狙って、下さい』

 それとさっきから気になっているが、通信画面に映るアルトが段々虚ろになっているような気がする。 前回の出撃から帰還して倒れる前は目に強い意志が灯っていたアルトだが、今の画面に映るアルトの目は曇ったガラスのように濁っているかのような印象を受ける
 今回だって出撃前に話した時はもう少しまともに会話の対応をしていた気がするが、今となっては会話をするというより単語をしゃべって返してくるというのに近い
 出撃前にオズマ少佐も言っていたが、アルトはやっぱり完治していないんだろうか?
 そもそも、そこまで私はアルトと一緒にいたわけじゃないから詳しくはわからないが、半日に留まらず数日も昏睡したのは疲労だけなんだろうか? こういう時こそミシェルのやつに聞けば一発なんだが、あいにく今回の任務はそのミシェルの捜索も含まれているから聞けるわけもない
 でも、じゃあアルトは何であんなに消耗してるんだろうか? 今のアルトと出撃前のアルトの違い…… それは単純な部分だがR戦闘機に乗っているかいないかの違いがある。 今はあのR-9Wに乗っているが、さっきまではR-9Wに乗っていなかった。 それに、乗って捜索してる間はそんなに辛そうじゃなかったが、戦闘が始まってから酷く消耗したように見える
 もしかすると、あのR-9Wには何かしら秘密があるのかもしれないな……
 そこまでアルトについて考えたその時、戦艦から大きな爆発音が私のR-9Aまで聞こえてきた。 大きな爆発とともに四散するのは主砲の残骸で、とうとう歪んだ砲身に耐えられなくなって自爆したようだった
 その主砲の爆発によって戦艦の船体のバランスが崩れたのか、今までの高機動が嘘のように動きを止めて戦艦がその場に停止した。 当然ながらこれは私たちにどっては好機でしかない!

「今がチャンスだ! 行くぞアルト!」



[11932] 16.胎動
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/10/11 13:55
 ちまちまと船底方向から近づこうとしても半ば相手をされず、更には主砲や副砲等のほぼ全力の対空砲火はクランやアルトにだけ向けられ、向けられない対空砲だけでこっちに弾幕を張られただけで距離を離される有り様に歯噛みしつつ、それでもチャンスは訪れると諦めずに突き進んだ結果、どうやら俺達の努力は実を結んだらしいようだった

『対空砲が少し止みました!』

「今のうちに全力で近寄るぞ!」

 チャンスを得たからには確実にものにしたい! 1秒すら惜しいと出力を最大まで延ばし、さっきの嵐のような弾幕と比べてしまえばぬるいとしか言いようのない対空砲の薄い弾幕を駆け抜け、とにかくここで少しでもと思い対空砲と機関部に向けてミサイルの雨をばらまいてやる
 すると、さっきまでよりは弾幕が薄くなってるとはいえど、撃ったミサイルの約7割が弾幕によって撃ち落とされはしたが、それでも当たるどころか近づけなかった時と比べてしまえば3割のミサイルが命中させられた事は大きい
 生き残ったミサイルの大半は、その狙いを違わずに飛んでいき少なくない対空砲を砕き、何発かは船底の装甲吹き飛ばした。 そしてこれは幸運な事だが、何故か対空砲は自分に向けて飛来するミサイルだけに熱心に迎撃したおかげか、戦艦が誇る化物のような高機動の足止めにとスラスター付近に撃ったミサイルはあまり迎撃がなされずに、直撃したミサイルが内部の推進剤に引火して大きな火の玉を作っていた
 これであのがむしゃらな高機動も多少は制限され、それによって俺達バルキリーも仕事をこなせるようになるだろう。 これが波動砲だったなら船体に風穴――宇宙は無風だが――をあけてやれたんだが、俺の機体に装備したアーマードパックに搭載されたミサイルではこの程度の破壊しかできない
 足を止められたからか一層激しくなる弾幕だが、さっきの時点で幾らかの対空砲を黙らせる事に成功している今では、そこまで酷い弾幕だとは思えない。 そもそもあの弾幕は戦艦の高機動と合わさっていたからこそ凶悪だったわけだが、その高機動に制限さえ入ってしまえばどうとでもできる
 さっきまでは戦艦に近づく事すら出来なかったが、今では弾幕の合間を縫うように戦艦へ近寄る事すらできる。 しかもただ近づいて行くだけに留まらず、こっちからも攻撃を仕掛ける事で確実に随所に設置された対空砲を制圧しつつある
 そして、戦艦に近寄って見えてきた訳だが、俺達にさっきから撃ってくる対空砲に違和感が生まれた。 遠目には戦艦に毛が生えたと言うかトゲが生えていた風にしか見えなかった対空砲だが、ここまで近づいて来ればその全容が見てとれる

「これは…… クァドランの装備か?」

 戦艦の全身にくまなく張り巡らされた対空砲は、そのどれもがクァドランの武装を流用して作られたものだった。 いくら武装を流用して生産ラインをまとめた方が生産効率がいいとはいえ、これだけクァドランの武装を量産したとは聞いた事がないが…… もしかすると、本体の修理などで2個1にして武装だけ余っていたのだろうか?
 さすがに戦艦の全面を見れていないから推測にしかならないが、これだけの数の武装の量だけクァドランがあったとするならば、それこそ惑星への派遣部隊に匹敵する量の武装が対空砲に流用されているだろう

「まさかゼントラーディの新型艦なのか? しかし、今更ゼントラーディが新型艦1隻でクーデターに成功するなんて考えんだろうし…… いや、そもそもミシェルやシェリルがガリア4に来た理由が、もしかするとゼントラーディの海兵部隊が暴動を起こす可能性があるという事だったか。 本来なら暴動に呼応しての新型艦投入だったのか?」

 思考の海は深い深い底無しの如く広がっていく。 それらしい事だけですら想像に事欠かない状況では、そこから正確な情報だけを絞り込むのは不可能に近い。 どれもがありそうで、それでいてどれもがなさそうだと言える現状に頭が痛くなる

「いっそのこと、この戦艦がバジュラの戦艦だったら楽なんだがな……」

 そうであれば、裏の意図に関しては考えなくてよくなり、それこそわかりやすいくらいに攻撃だって「敵だから」と一言で片付けられる。 クァドランの武装も、破損したのを回収して使ってるとか真似して作ったとか、相手がバジュラならその程度の考察で済んでしまうものだ
 未知の技術だって、そもそもバジュラが俺達にとってみれば未知の塊でしかないわけだし…… ここまで俺達の武装や戦艦の形にこだわってなければ、本当にその程度の話でしかなかったんだがな

『た、隊長! 戦艦が!』

 驚いたルカの声を聞き流しながら、俺は目の前で起きているあまりの非常識に目をみはっていた
 俺達はスラスターのいくつかを叩く事に成功しており、そのせいで確実に戦艦の左右の推進力のバランスは崩れている筈だが、それなのにこの戦艦の搭乗員はあろう事か生き残ったスラスターを全力でふかし始めたのだ。 そのせいであちこちで小さな爆発が起こったり、そもそも左右でバランスが崩れたスラスターに同じ量の力を出せるはずもなく、まるで船体が捻れるかのような轟音をあげながら装甲を軋ませて移動を始めていた




 波動砲のチャージを済ませ、スラスターをやられたのか動かなくなった戦艦の艦橋目掛け波動砲を撃った

「これで終りだ!」

 あともう少しで命中といった瞬間に、まるで戦艦が捻れるようにその位置をずらす事で避けられてしまう

「チッ!」

 戦艦が回避を始めると一層と、対空砲火による弾幕が厚くなる。 そうなれば私は近距離で戦艦に取りついている訳にもいかず、弾幕から逃れるように外へ外へと移動しつつアルトのR-9Wを見るが、アルトの操るR-9Wの高機動にかげりはないが確実に波動砲が放たれる頻度が下がっていた
 今もチャージされたエネルギーがR-9Wの機首を光らせているが、明らかにチャージ済みなのに未だに放たれる事はない。 波動砲を撃つようアルトに通信も何度か試みてはいるが、そのどれもを黙殺されてしまっている
 とにかく、この戦艦は私がどうにかして沈める以外に活路はない! 飛び交う弾幕のいくつかをフォースにぶつける事で消し去り、再び戦艦の艦橋目指して突撃を開始する。 さすがにもう戦艦にはさっきまでの全速力をだす余力がないのか、あっさりと至近距離への突撃が成功するが、近づけば近づける程に弾幕が私だけを狙う形で厚くなっていく
 それでも私は艦橋を狙って波動砲を構え、前後から迫る追尾レーザーを避ける為に全力で離脱した

「……ふぅ」

 近距離での追尾レーザーは、それこそ気を抜けば私に死を幻視させる。 遠ければ荒い追尾でしかないが、近距離では確実に追尾レーザーは私を殺しにくる
 突撃をいなされて撃ち損ねた波動砲を、距離はあるけど牽制がわりに艦橋目指して撃ち込んでやる。 すると、同じタイミングでアルトも波動砲を撃ったらしく、2本の波動砲は対空砲を消しながら戦艦という的を目指して飛んでいった
 その時だった、隊長とルカの攻撃が功を奏したのかスラスターに火柱が上がり、当初の予測進路とは少しずれて戦艦はその移動を止めていた。 そのおかげで私の波動砲は戦艦上部から船底目指して風穴をあけるという形で直撃し、アルトの方も艦橋の上部を消し飛ばす形で命中していた

「やった!」

 爆発を起こして止まる戦艦だが、未だに対空砲火は止む事なく弾幕を吐き出し続けてはいるが、船体に風穴をあげられ戦艦の上級指揮官を失ったとなればすぐに止むだろう
 だから私は気を抜いて風穴を見た瞬間、その不思議な物体に気づけたんだろう。 未だに波動砲のチャージを続けているアルトを尻目に、私は風穴から見える赤い球体のようなものに心を奪われていた
 それはまるでゆりかごに眠る赤子のようであり、人の心の底にある檻に閉じ込めて秘められた欲望の権化のようであり、世界の滅びを喚く終末思想者のみる悪夢が現実になったと想わせるようなものだった
 その球体はあちこちに鉄片のようなものが合わさって作られていて、それ以外にもバジュラの顔の部品のようなものから人間の手足と、更には全く見たこともないような生き物も組み合わさって球体を形成していた
 そんな無機物と有機物を纏めて作ったような球体は、この世への誕生を夢見て小さく嘲笑するように胎動を繰り返していた
 そんな吐き気をもよおすようでありながら神聖とも言えるものに目を奪われていた私が、戦艦のその動きに気付けたのは奇跡としか言いようが無かっただろう
 いつの間にか対空砲は止んでおり、私は周囲に気を配らずに艦橋前から風穴を覗いていたわけだが、いつの間にかその艦橋に大きな異変が起きていた。 艦橋とはあくまで戦闘指揮所であり、そこ自体に攻撃する力は無いはずである。 だからこそ気にも止めずにいたが、視界の隅で上部を消し飛ばされた艦橋から何かが飛び出して私を狙っていた
 黒光りするその筒は、周囲にスタビライザー状の開閉式モーメントバランサーを8基設置し、私のR-9Aを射抜く為だけに構えられていた。 そう、それはまさしくG型が装備する精密狙撃用ライフルであるSSL-9Bドラグノフ·アンチ·マテリアル·スナイパーライフルだった

「――何で?」

 艦橋という本来なら人が居るべき場所から突き出すような銃身に驚愕しつつ、その銃口から弾頭を炸薬と電磁力の二段加速によって超高速射出される55mm超高速徹甲弾SP-55Xが吐き出される前に射線から抜け出し、回避に成功していたわけだが…… 私がそこから回避してすぐに真後ろから爆発音が聞こえてきた
 R-9Aに備え付けられたレーダーからは、避ける前の私の真後ろにはアルトのR-9Wが居た事が記されており、避けて移動した今の位置からすればR-9Aの機影に隠れていたドラグノフ·アンチ·マテリアル·スナイパーライフルの射線にR-9Wが残っていた事がわかる
 そこで後ろを振り返って初めて、R-9Wの機体後方が抉り取られているのを私は確認していた



[11932] 17.死の宣告
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/12/25 21:15
 凍えるような絶望感が心を苛み、獣のような殺意が仇を討てと私を駆り立てる。
 既に私の脳味噌はゼントラーディの血によって沸騰寸前まで熱されていて、心は極寒の大気のように凍え静謐としている。 何も考えたくない…… 後ろで風穴をあけられたR-9Wに乗っているアルトの生死を考えたくないし、このVF-25Gのスナイパーライフルがなんでここにあるかも考えたくない!
 ただただ、目の前の敵を撃滅する。 私はその為の部品でしかなく、このR-9Aを動かす装置でしかない…… だから、今すぐ殺す。 ただの1秒だって早く、その1秒をこの戦艦が、この化物が存在していることを私は微塵たりとも許せはしない。
 本能がアレを撃てと嘯き、理性がアレを討てと叫び声をあげる。 善意が化物の絶滅を求め、悪意が化物の破滅を宣誓する。 そして何より、私の乗るこのR-9Aが敵の殲滅だけを願い猛り狂っていた。
 そこから私はR-9Aに導かれるように、この戦艦の"生きた部分"に対して攻撃を仕掛ける為に波動砲のチャージを済ませ、私の殺意が具現化した破壊の衝動たる波動砲が謎の生命体に向かって行った事までは私も覚えていた。
 だけど恥ずかしながら、私にそこで何があったのか細かな記憶が残っていないのだ…… 大雑把に覚えているのは、R-9Aの波動砲に生きた部分を貫かれた戦艦はその活動を止めてゆっくりと爆散して沈黙し、R-9Wの操縦席で気を失っていたアルトを回収してからマクロス·クォーターの甲板に戻っていたのだ。 さすがの私もこれには驚いてオズマ少佐に戦闘経過等の情報を求めたが、私の記憶と齟齬がなかったので問題はないだろう。
 ……それにしても、ミシェルは大丈夫だろうか? 今の艦橋とフロンティアの置かれた状態からすれば、私達にはもう一刻たりともこの宙域に残って捜索を続けるわけにはいかない…… 私は何度でも探しにくるから、絶対に生きてろよミシェル!



 止んだ対空砲にじょうじて俺はルカのゴーストとともに、なめるように戦艦の近くを飛行していた。 視界の端ではアルトの乗る化物――破壊されたR-9Wが映っていて、それを助ける為にも全力で機体を駆けているのだ。
 しかし、こうやって戦艦の近くを飛べば飛ぶほどにその異様さが際立ち、対空砲の群れの中にバジュラの物と同じと思われる砲が利用されているのを見た時は、もしかしたらやはりこの戦艦はバジュラが建造したものではないかと考えてしまったくらいだ。 それに戦艦にポツリと着いていたあれは、まるで星間移動用の機体の翼のようなものに見えたし、まるでバルキリーの翼のようなものも着いていた風に――だが、今はそんな雑念は後回しだ! ただの一秒でも早くR-9Wのもとに辿り着き、アルトを助けてやらないとならない。
 アルトを救出の為に俺がR-9Wとの距離を縮めていたその時、クランの乗るR-9Aから破壊の奔流たる波動砲が放たれ、戦艦の内部が爆発を起こして戦艦の穴から火柱を吐き出した。 そして、そこから世界が明らかな異常に包まれた。
 まずは当初の予定通りだが、俺たちの通信を妨害していた強力なジャミングはなりをひそめ、今ではマクロス·クォーターとの通信も回復していた。 だがこれは、あまりにも程度の低い変化でしかなかった。
 爆発を起こしていた戦艦から様々な信号が発信され、俺たちはそれを否応なく拾っていた。 そう、それはガリア4に居たであろうゼントラーディの海兵隊所属を示すクァドランの、通常から緊急まで全ての回線を埋め尽くす信号に加え、その絶望を絞り出した悲鳴だけが埋め尽くす音声回線。 俺はそれに眉をしかめながらもR-9Wに近付いた時に、その通信を見てしまった…… そして、聞いてしまっていた。
 画面を埋め尽くす情報の奔流の中で、俺たちに最も関わりがあり信じたくなかったもの。

「耳を塞げクラン!」

『へ?』

 即座に俺は通信機ごしに大声を出すが、それはクランに対する警告として機能するよりも驚愕にしかならなかったようで、最悪の流れになってしまっていた。 特にクランは通信を切ってしまい、耳を塞いで目を瞑っていてさえ欲しいと願ってしまった。
 通信機からいつものあいつなら考えられないような、冷静さを欠片も残さないつんざく悲鳴が耳に叩きつけられる。 それは人間の負の感情だけを抽出し、悪意の釜で絶望に焦がれる怨嗟の声。 人と言う生命体が死ぬ前には――いや、死んだ後ですら出せないような憎悪の塊。
 その声はミシェルを1人でガリア4に向かわせた俺に与えられた咎であり、絶対に逃れられない指揮官の罪。 だが俺は叫び続ける…… 自分の肩を掴む自責から逃れるように、耳元で『ミシェ…… ル?』という通信機ごしのクランの声に生気を感じられなかったが為に。
 俺はアルトの救出を第一にしながらも、出来る限りの声をクランに向けて叫んでいた。 ルカもそんな俺の声を聞いたのか、クランに対してらしくないような大声をかけていた。 そのルカの声からは焦燥を感じられ、自身を覆い隠す焦燥感から逃れる為に大声を出しているようですらある。
 だが、クランの機体はミシェルの悲鳴が聞こえてからは挙動がなく、通信すら一切が止まってしまっていて俺の声が功を奏したのか、ルカの叫びが届いているのか全くうかがい知る事はできなかった。

「スカル3! 俺につけているゴーストをクランに回してやってくれ!」

『了解です! 隊長は…… ?』

「俺はこのままアルトの救出に向か――」

『隊長?』

 俺の機体から離れていくゴーストを眺めていた時、船体から大小様々な規模の爆発を起こしていた戦艦に見間違いかもしれないが、明らかに不可解極まりない変化が起きていた。 半分消し飛ばされていた艦橋が一瞬胎動したかとおもえば、まるで粘着性に富んだような液体を垂らし始めると金属の装甲板が弾性をとりまるで腐肉のようなものへ変化しだしていたのだ。
 あまりにも意味不明。 あまりにも理解不能。 あまりにも規格外。
 まさに自身の知識や経験は全く役に立たないものに成り下がり、ただただ新しい道理が生まれて過去の産物になってしまっていた。
 しかし、そんなものに驚いている暇は俺たちには与えられなかった。 まるで1つの生命の誕生ともいえるそれは、微動だにしなかったR-9Aから解き放たれた波動砲によって塵へと変えられており、非現実的なあれが白昼夢のような夢でしかなかったのではないかと俺に訴えかけてくる。
 何がなんだかわからないが、とにかく俺はアルトのR-9Wへと機体を近付けるが、R-9Wは機体の後部を抉られただけで操縦席近辺に破壊の跡がみられないので安堵のため息を吐き、そういえばさっきから通信機から聞こえていた艦橋に居るであろうキャシーのがなり声に苦笑してしまった。 冷静に思い出してみれば、ジャミングが無くなってからも連絡を試みてすらいなかったな。

「こちらスカル1、通信が回復したんだったな」

『いいから早くマクロス·クォーターに帰還して!』

「こっちはアルトのR-9Wが撃墜されてるんだぞ?」

『機体は投棄してアルト少尉を回収して、早く帰還してちょうだい! フロンティアがバジュラに襲われているらしいわ!』

「なっ!?」



 艦橋を重たい空気が包んでいた。 艦長は無言で帽子を深くかぶって黙り込んでおり、オペレーター陣も沈痛の面持ちで席に座っていた。
 通信が回復してから即座に帰還するよう伝えたスカル小隊を含む全小隊は既に回収しており、今は身体に怪我がなかったアルト少尉を部屋のベットに休めてデフォールドの最中である。 オズマは私の言葉に最初は驚いていたが、どうせ修理できる技術力がないと伝えたら納得してR-9Wを投棄してきており、S.M.Sとしては大きな戦力低下は否めないものである。
 しかし、だからと言ってフロンティアの危急を無視できるはずもなく、低下した戦力のままでフロンティアに向かってはいるが…… この艦に乗る誰もが間に合うとは思っていなかった。 通信に2時間の誤差があり、移動にも7日間が要求されるとなれば間に合えるとは思わなかった。
 それに、通信が回復してから傍受したそれが確実に私達の士気を蝕んでいた。 地獄の釜を開いたような様々な悲鳴は精神を砕き、そこに流れたミシェル少尉の声は希望を踏みにじり、銀河の妖精たるシェリル·ノームの悲鳴は再度立ち上がる気力さえ奪いつくしていた。
 それだけじゃない、クラン大尉は帰還してから私達にこう聞いてきた。

「ミシェルは見つかったか?」

 私はそれを聞いて声を失った…… もっとクラン大尉の話を聞けば謎の戦艦との戦闘中から帰還までの間の記憶が曖昧らしく、本当の事を伝えるかミシェル少尉の死を隠すべきかも悩んでいた。
 おかげで私達はスカル小隊が撃破したという戦艦については深く話さなかったし、とにかく今はフロンティアへの帰還と援護についてだけ考えていた。
 そう、深くは考えたくなかった。 この捜索が最悪の結果である全滅しか得られなかったことも、もしかしたら故郷たるフロンティアが到着する頃には滅んでいるんじゃないかということも…… だからこそ誰もが口を閉じていたのかもしれない。
 だけど、そんなものもあと数分の問題である。 あと体感時間にして1分でフロンティアへのデフォールドに成功し、現実が見えてくるだろう。 無意識に唾を飲み込み、眼前に映るもののみに集中し――世界が変わった。
 そこに見えるのはあまりにも…… あまりにも変わり果てたフロンティア船団の姿だった。
 私達が出撃した時よりも船団は半数程度に減っており、見える範囲ではまだ大火に呑まれている船すらある。 しかしながら、落伍した船もあれば大火に呑まれているものもあるが、バジュラとの戦闘は一切確認できなかった。
 だから誰もが戦闘が集結している事を疑問に持ちすぎるあまり、その通信が言っている意味が理解できなかった。
 通信画面に大写しになるのはレオンだった。

『こちらフロンティア船団大統領、レオン·三島だ。 帰還して早々だが報告は後回しにし、君たちS.M.Sには船団の復興支援を命令したい』



[11932] 18.深謀
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2009/12/30 01:48
 色の無い世界が広がっている…… いや、正確には光すら無い世界が広がっている。
 他の色など忘れたかのように、ただただ無感動に黒のみで塗りつぶされたその世界の中心に、俺は佇んでいた。
 ここはいったいどこなんだ?
 目を開けているのか閉じているのかわからないような漆黒と、耳が痛い程の静けさが支配するその空間は冷たい空気に満ち溢れ、知らず俺は歯の根があわずにガチガチと鳴らしてしまっていた。
 完全に狂った時間感覚の中で数時間を体感した時に、この空間に変化が起こった。 色のないこの世界に、小さな紫色の光が生まれたのだ。
 その光はか細くて弱々しく、それを見た俺は何故か苦しいまでの焦燥感にかられてまるで掴めない距離感の中で、その光源に向けて全力で向かっていた。
 だが、近付けど近付けど距離は縮まらず、むしろ遠のいているんじゃないかとすら感じられるなか、それでも何かにとりつかれたかのように荒い呼吸をしてでも光源を目指し、終にはその紫色の光源へと辿り着いていたのだった。
 この空間で俺がみつけた唯一光を放つそれは、小さな小さなイヤリングだった。 何処かで見たことがあるかのような、何故か心が暖まるイヤリング。 それを見るだけで心が芯から震え、涙すら流れてくるイヤリング。
 その美しい髪を思い出して、その美しい顔を思い出して、その美しい声を思い出して、その美しい瞳を思い出して俺の口が開くが声は出てこない。 この頭に浮かぶ少女が誰だか思い出せない…… 大切な誰かだというのはわかるが、そんな少女に心当たりがなかった。
 爛々と輝きを放つイヤリングは段々と皹が入って明滅を始めたが、その明滅の消える時間がゆっくりと長くなっていけばいくほどに少女への感慨は消えていき、イヤリングが砕け散って消えた時にはそもそも少女の存在なんて俺の中から消えてしまい、周囲の空間に白が混ざり始めると一瞬で灰色から白色のみの世界に変化し、俺の意識は別の世界へと引き上げられていた。


 痛む頭を押さえ、ゆっくりと起き上がり周囲を見回す。 そこは白を基調とした部屋であり、俺の知らない部屋だった。

「……ここは」

「起きたかアルト」

 声のしたほうを見れば、そこには心底不機嫌そうな顔のオズマ少佐が椅子に座っていた。 あいにくと機嫌を悪くするような事をした覚えがないが、何かしら虎の尾を踏んだのか思いだそうとして――記憶が曖昧だという事に気付いた。
 ガリア4に向かって戦艦の奇襲を受けて戦闘をしたことまでは覚えているが、その先の帰還については全く思いだせなかったのだ。

「俺は戦闘に出て――それから?」

「お前のR-9Wは敵に撃墜された。 俺はR-9Wから意識不明のお前を回収し、今はフロンティアに戻って来ている」

「その、ミシェルは?」

「ふぅ…… ミシェルとシェリルは行方不明のままだ」

 そう口を開くオズマ少佐の表情は苦々しく歪んでおり、ミシェルとシェリルとやらの事を悔やんでるようだけど…… スカル小隊にシェリルなんて奴が居たか?
 いや、もしかしたらシェリルは他の小隊の行方不明者かもしれないし、オズマ少佐の個人的な友誼があって名前がこぼれ出たのかもしれない。
 それにしても、ミシェルは行方不明のままか…… S.M.Sに入る時に自分の戦死は覚悟してたけど、仲間が――あのミシェルがこんな風になるなんて想像すらしたことがなかった。
 いや、それでも行方不明ならまだ100%生死が決まったわけじゃないし、俺たちがミシェルのやつの生存を信じないでどうするんだ!

「それとアルト、これをお前も見ておけ」

 そう言ってリモコンを弄った先のモニターには、大写しで記者会見を行なっている三島さんが映って何かを話していた。

『――皆さん。 このフロンティア船団に住む全ての住民の皆さん。 我々人類にとって、バジュラは災厄を運んでくる外敵でしかありません。 奴等は人類に対して何を感じているのかはわかりませんが、私はただただ深い憎悪を――冷酷な殺意だけを感じています。 外から攻めてくる害獣だったバジュラは内に潜み虎視眈々とチャンスをうかがい、フロンティア船団の主力たるS.M.Sが居ないと知るや内側から攻勢を仕掛け、その勢いを持ってフロンティア船団の3分の1を破壊してから殲滅されました。 幾つもの船で殺戮が繰り広げられ、人々は失意の中で大火にのまれて消えていき我々の平穏は脆くも崩れさったのです。 我々の敬愛すべき大統領は我が物顔で暴れるバジュラに義憤を抱き、全ての住民――ひいては人類の為にバジュラに抗い我々に闘う意志を残して倒れました。 そして、その気高き意志を引き継いで立ち上がった少女――ランカ·リーさんの歌声によって我々は存亡の危機から脱する事に成功したのです! 彼女の歌は我々人類の希望であり、かつてより人類の危機を救ってきた歌という輝かしき力を持った歌姫なのです!』

 三島さんの演説が進めば進む程にオズマ少佐の機嫌は目に見えて悪くなっていくが、今は無視をして俺は画面にのみ集中してそれを見続ける。

『人類にとって更なる吉報もあります。 この度フロンティアの研究所が、ついにバジュラ本星の座標特定に成功しました。 人類への侵略者たるバジュラの本星は、我々人類の生存と繁栄に適した素晴らしい星であり、まさにこの船団の名と同じくフロンティアと言うべき場所でしょう。 そんな星の存在を知り――我々人類の敵たるバジュラの拠点を知り、私達のとるべき最善の一手はなんでしょうか? 今すぐ尻尾を巻いて逃げ出すのも手段の1つでしょうし、他の船団に援護を求めて合流するのもまた手段の1つでしょう。 しかし、しかしです。 我々はバジュラにとって狩られるだけの存在なんでしょうか? ただただ指をくわえ、人類の敵から逃げるだけなのでしょうか? 否、否です! 我々人類は侵略者たるバジュラに屈する事はないと、奴等は狩人ではなく人類の獲物でしかないと声高らかに叫びたい! 皆さん、フロンティア住民の皆さん、フロンティアの守りには気高き意志を継いだ歌姫が居ます。 ならば矛を――今回のバジュラの攻撃によって志半ばで倒れた幾百幾千幾万の誇り高き住民の意志を継ぎ、悪意の源泉たるバジュラ本星を我々人類が逆に征服してやりましょう! 私レオン·三島はフロンティア政府大統領として、バジュラ本星攻略作戦[Operation ANGEL HALO]の発動を宣言します!』




 大統領府で新しく自室となった部屋に入り、膝から力が抜けて椅子に深く腰かける。 人前で話すのには慣れていたつもりだが、やはり大統領としての初仕事だけに知らないうちに緊張していたようで、今になって汗が額に浮かんできていた。
 そう、とうとう私はフロンティア政府の最高権力者である大統領に就任したのだ。 そう思えば今更ながら感慨深く、わがことながら感動のあまりバジュラによって大統領が予定外に殺された時には、あからさまに私を支援するなにかに感謝さえしてしまいそうだった。
 実際に大統領はTV中継でフロンティア中に映るなか、フロンティアに産卵されたと思われるバジュラによって殺害され、世間には何の疑惑すらなく私は大統領に就任する事になった。
 本来ならばS.M.S――いや、私を嗅ぎまわるキャシーとオズマ·リーをガリア4に行かせ、邪魔なく暗殺をする手筈だったがそこはバジュラが肩代わりしてくれた形になったが、その代償も大きかった。 フロンティアの主力たるS.M.Sが居ないだけで軍は烏合の衆に成り下がり、もしも大統領の殉職を士気高揚に用いなければ早々にフロンティア船団は更なる被害にあっていたかもわからないし、、バジュラに対するランカ·リーという駒がきちんとはまらなければ船団は瓦解して宇宙の藻屑と消えたかもしれない。
 机上に置かれた紫色の石片を指で弄びつつ、モニターに映る美しい星に目を向ける。 この緑と青に包まれた星こそが発見されたバジュラの本星であり、1つ前のバジュラとの会戦でバジュラとともにデフォールドする事でマクロス·ギャラクシーに所属するブレラというサイボーグ兵が発見したものである。
 そんな手柄を挙げた少年も今はグレイス女史とともにVIP待遇を受けながら、最高級ホテルにて様々な古典的な監視機器にてもてなしを受けている。 サイボーグやインプラントをした人間は電波等にあざとく、外と監視機器が繋がっていれば一瞬で掌握されてしまうだろうが、そういった類いの人間ほど古くさい物を見逃しやすい。
 リアリタイムの情報は不要な現状では、下手に外とデータ通信を繋げたりせずに、現地で録画や録音を済ませてそれを後日回収する方が安全なのである。 2人にはきちんと泳いでもらい、少しでも失言を溢してほしい。 それこそが今回の作戦であるOperation ANGEL HALOの骨子になっている。
 彼女は…… いや、ここは味方ではないと扱う為に奴と呼ぶが、奴はこのフロンティア――ひいては人類にバジュラをぶつけた戦犯である可能が濃厚であると言わざるを得ない。 隠す気があるのか無いのか知らないが、かの第117調査船団にそのままの名である『グレイス·オコナー』という名前で研究に携わっていた奴は、我々の調査の結果としてバジュラについて熟知しているであろうと結論づけられている。
 今回の作戦はギャラクシー船団から抽出された軍との共同によるバジュラ本星への強襲作戦であり、ギャラクシーはギャラクシーで腹に一物も二物も含んでいそうだが、最後に笑うのは我々フロンティア船団である。
 何が目的かはわからないが、人類にバジュラをぶつけたのは政治的失策でしかないだろう。 これをネタにバジュラ本星の開発利権の独占ないし、ギャラクシー船団の接収すら可能だと踏んでいる。
 軍事的観点からも政治的観点からも矢面に立たざるを得ないが、それも逆に言ってしまえばフロンティア船団が世界の旗頭になる可能性を孕んでいると言っても過言ではないという事であり、私の更なる英達や躍進の機会があるというわけになる。
 そうなれば地球の新統合政府の本部にすら影響を与える事は容易く、将来的には人類最高の権力者の座すらあり得るだろう。 ギャラクシー船団にはその為の華として、私の輝かしき経歴の礎となってもらうのだ。



[11932] 19.幸せだった日々
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/01/05 22:35
 今のフロンティアでTVをつけた場合、それはつけた時間帯にもよるものだがそれでも映るものは限られている。 まずよく目にするのはフロンティア大統領による1週間後に予定されるバジュラに対する反抗作戦の演説であり、次に見るのはランカが歌う華やかなライブ映像である。 そして最後によく目にするものは、軍やS.M.Sによるフロンティア船団の復興支援だ。
 新しく就任した大統領の演説によってフロンティア市民は明日への勝利を願い、ランカの歌を聞いて市民は明日への希望を抱く。 では、フロンティア船団の復興支援を観るとどう思うだろうか?
 明日への活力か? 明日への期待か?
 明るい話があれば暗い話があるのは当然であり、復興支援の映像とともに確認された死者の名簿だけではなく行方不明者の一覧が発表されている。 これだけの惨劇ともなれば被害者の数は相当数にのぼり、復興支援をするS.M.Sに所属する隊員の家族にもかなりの被害者が出ていた。
 そういった者には艦長から辞令が出ており、否応なく3日間の休暇を申し付けられて作業から引き離されていた。
 そして、休暇を与えられた者はみながみな暗い面持ちで家族の訃報を聞くものや、重傷の家族を病院へ見舞いに行くなど様々であり、俺も今は自分がどんな顔をしているかわからないが実家だった場所の前にいた。
 そう、そこは実家だった場所であり、今となっては半分が消し飛ばされてクレーターになり、残りの半分は過去の面影など欠片もない瓦礫の山となっており、半壊して残る門だけがここが俺の実家だと理解させる唯一のものになっていた。 そんな変わり果てた我が家の前に俺は着いてから、既に1時間は経過しただろうが俺の足は1歩も動かない。
 ここに来たのは当然3日間の休暇を申し付けられたからであり、言葉にしてみれば短いものであるが『早乙女乱蔵以下一門7名が行方不明である』というものだった。 なんでもバジュラ襲撃寸前までいつも通り稽古の最中であり、そこを襲撃されて親父を含めて一門は行方不明になっているらしかった。

「ア、アルトさん」

「……兄さん?」

 後ろから声をかけられて振り向けば、そこには目の周辺を赤く泣き腫らした兄さんが幽鬼の如く立ち尽くしていた。 最後に会ったのは俺の誕生日だった気がするが、そこで会った時とは違いいつものような悠然とした表情はなく、憔悴しきった瞳とやつれた頬をした路頭に迷う子供のような兄さんがいた。

「……お帰りなさいアルトさん」

「ただいま兄さん…… その、みんなは?」

「捜索はされましたが、まともな遺体すら発見されなかった、ようです」

 そう言うと兄さんは両の瞳から涙を滂沱と流し、弱々しく頭を振ると地面に膝をついてしまった。 そんな兄さんが心配になって俺は近づこうとするが、兄さんは涙を流しながらも片手で俺を制して寄るなと明確に意思表示する。

「アルトさん…… 最後にあなたが乱蔵先生と正面から向き合ったのはいつですか?」

「親父と?」

 俺が最後に正面から向き合ったのはいつだっただろうか? 最後に見たではなき会ったでもなく、最後に正面から向き合った日…… そう考えてみれば、まともに正面から向き合ってなどいなかったと気付かされた。
 いつも親父を見るときは、歌舞伎というワンクッションを置いて俺は親父を見ていた。 俺は勘当されてここを飛び出してからというもの、ただの1度でも親父の事をそのクッション無しで見ただろうか?

「思い出せませんか」

「………………」

「先生は今では歳の波に呑まれ、車椅子による生活すら念頭におくほど体調を崩してあたとご存知でしたか?」

「体を…… そんなに体を悪くしてたのか?」

「ええ。 それでも早乙女一門の頭として、そしてアルトさん…… あなたがいつこの家に帰って来ても芸を教えられるように、日々体調に苦心しながらもやってきていたのです!」

 それを聞いた途端――周囲の空気が凍った。
 親父が俺がいつ家に帰って来てもいいように、日々体調に苦心していた?
 そんな事はありえない…… あっちゃいけない!

「そんなの嘘だ!」

「いいえ、事実です」

 そこで今となっては俺が地面に膝をついて、それを正面に兄さんが無表情で立って俺を見下ろしている事に気付いた。 立場や状態は丸きり入れ替わり、地に膝を着く俺の呼吸は浅く細かくなっており、兄さんはそんな俺を無心で冷静に静かに見下ろしていた。
 だがそんな空気すら一瞬で消え失せた。 無心で俺を見ていた兄さんのその目に、小さくゆっくりとだが憎悪の念が燃え始めたのだ。

「私はね、アルトさん。 乱蔵先生の血を…… まさしく歌舞伎役者の名門たる血を継いだあなたが羨ましかった。 その血は濃く、あなたに隠しようもない才能を与えた。 それなのにあなたは先生を捨て、自らの夢だと空を目指した」

「お、俺は捨ててなんか……」

「私も頭では理解できているんです…… それでも、それでも感情を――この激情を抑える事のできない矮小な私を許してください。 あなたは歌舞伎から逃げて先生を捨て、大空を求めてS.M.Sに入ったんじゃないんですか?」

「なんでそれを……!」

「お忘れになったんだすかアルトさん? 早乙女家はフロンティアでも名士であり、その長男が入ったとなれば噂は流れます」

「……俺は別にS.M.Sに入りたかったわけじゃ」

「それが何だと言うんです?」

「え?」

 兄さんの声が急に冷たく、まるで機械音声のようなものに変化した。 さっきまでは冷たく見おろしていた視線も、今では酷薄に見くだす視線へとその性質を大きく変じさせている。

「どんな理由で入ったとしても、それはあなたにもフロンティアの住民を助けたいという意志が確実にあった筈です。 その助けたいというアルトさんの願いの中に先生は――――あなたのお父さんは入っていなかったのですか! どうして…… どうして先生を救ってくれなかったのですか! 答えてくださいアルトさん…… いや、早乙女アルト!」

 そう叫び俺を睨む兄さんの瞳は暗く深淵に続く窖のようであり、怒りや悲しみ等の負の感情をない交ぜにした表情は人のものとすら思えぬいようさを放っており、それに睨まれた俺の喉は恐怖からヒュウと息を飲み込んだ。
 人の身に有り余るほどの憎悪を俺は一身に受け止め、酸欠の魚のように黙って口をパクパクさせるだけが精一杯であり、反論や言い訳を全て封殺されてしまっていた。

「私はこの身を持って早乙女一門を再興させてみせます。 アルトさん、あなたはどうしますか?」

「…………」

「今となっては早乙女の血を引くのはあなただけです。 ですが、私からはあなたを求めません。 ただそれでも、私と共に早乙女の者として生きるというのならば、それを拒むつもりはありません。 求めず、拒まず。 あなたの意志をもって決断してください」

 踵を返して遠ざかる兄さんの背はゆっくりと小さくなっていく。 俺はどうしたい? 今ならまだ大声を出せば兄さんにも聞こえるだろう…… 俺はとにかくがむしゃらに兄さんへ声をかけようと大きく息を吸い込み――乾いて開く事のない唇が絶望とともに沈黙を飲み下していたのだった。




 バジュラ本星攻略作戦[Operation ANGEL HALO]発動2日前、作戦準備に明け暮れる軍上層部は大きな混乱に陥っていた。 別段それは遅れている準備を済ませよいと急いでいる程度の混乱ではなく、もっと重大で切羽詰まった内容だった。

『ギャラクシー船団との交信途絶える』

 作戦を目前に控えており連絡を密にしていたフロンティアとギャラクシーだが、今朝になって朝の定時連絡をギャラクシーが怠った事から全てが始まった。 こちらから再三通信を試みていたがいっこうに通信は繋がらず、あまつさえ昼頃にはその船団まで見失う失態をおかしてしまっていたのだ。
 だからこそ、私は目の前に立っている女性を椅子に座りながら睨み付けていた。

「大事な作戦を前におたくの船団は雲隠れのようですが、いったい何をお考えなのかお聞かせ願いたい」

「その…… 私にもわかりません」

「これはこれはグレイス女史らしからぬお言葉ですな。 私はギャラクシーの所存を聞きたいんです」

「今朝からギャラクシーに置かれた私の本体との連絡が途絶えました……」

「ギャラクシーがバジュラに叩かれたと?」

「それはあり得ません」

「おや? 人類を目の敵とするバジュラはギャラクシーを叩かないと?」

「ギャラクシーの軍はサイボーグ兵を基幹としていて、バジュラ程度では失陥しないという事ですわ」

 そう言って薄く笑う狸を内心で罵りつつ、とにかく今は少しでも相手の出方を伺う為に談笑を楽しむふりをする。 私達上層部の想定ではギャラクシーが反旗を翻すならば本星陥落後だと考えられてきたが、まさかここで揺さぶってくるとは思わなかった。
 リスクなどを考慮すればギャラクシーはフロンティアと合同で本星を叩き、そこから利権争いに持ち込まれるのが常套だと想定していた。 なんと言ってもギャラクシーだけで本星を落とすには被害が大きいだろうし、そもそもフロンティアだけを行かせて落とせるとは思えないだろう。 だからこそ、本星陥落後だと考えていたが…… 楽観視しすぎただろうか。
 そんなおりに、私のもとへ1本の電話が入った。

「失礼」

「どうぞ、電話に出てください」

「私だ」

『こちらバトル·フロンティア艦橋。 大統領、ギャラクシー船団との交信は未だに繋がりませんが、レーダー上にギャラクシー船団をキャッチしました!』

「よろしい。 ギャラクシー船団の進路はどうなっている?」

『ギャラクシー船団は作戦通りの航路をとり、バジュラ本星へ向けて進撃中です』

「わかった。 そのままギャラクシー船団への通信を続けろ」

『サー·イエッサー』

 吉報に安堵のため息を吐いて受話器を置けば、こちらも安堵のため息を吐いているグレイス女史と目があった。 彼女はまた薄く笑うと「では、私もギャラクシー船団との連絡に戻ります」と言って部屋から出て行ってしまった。
 そこで、ふと思い出した。 何でもS.M.Sはガリア3で識別不明の戦艦と戦ったらしかったな…… 私はゆっくりと体を休めるように、そのS.M.Sから提出された報告書を読み始めた。



[11932] 20.最凶兵器
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/01/08 20:17
 どんよりと重く湿った空気を切り裂くランカの歌声は、家や家族を失った住民の不安を消し去る事に成功していたが、しかしながらマクロス·クォーターの艦橋を包む暗い空気を消し去るには至らなかった。
 手元に纏められた調査報告書を開けば、上から下まで不明や不能の文字文字文字…… まずあの戦艦についてだが、それこそ結論として艦種から何から不明となっている。 そもそもあれは撃沈したはずの戦艦であり、あの艦は2番艦すら竣工されたという記録すら無い。
 それにあの機動だけとってみても、それこそゴーストの再来とも思わせる高機動を実現してみせていた。 そう、戦艦という大型艦なのにだ!
 あの機動をマクロス·クォーターで行うならば、それこそエンジンから何から何まで取り付けられているリミッターを片っ端からぶち壊し、更には理性の糸を纏めてダース単位で引き抜いた狂人のクルーを配置しないと不可能だろう。 そもそも戦艦を如何に硬く強固に作ろうと、中に乗るのが人間であればドッグに戻る頃には誰とも知れない合挽きができあがっているだろう。
 だが、まだそれはいい。 なんといっても今度こそ撃沈が確認され、その話はもう終わったのだ。
 問題はこちらである。 モニターに映るのは表情を無くし、ただただ黙々と復興作業を続ける早乙女アルトと、そんなアルトを心配そうに手伝っているクランの両名である。
 調査報告書にはこう綴られている。

『早乙女アルト並びにクラン·クラン両名は、ガリア3遭遇戦において心的負荷により若干の記憶損傷がみられる』

 あれ以来だが、アルトはシェリル·ノームに関する一切の記憶を失い、クランはミシェルの名前を聞くだけで精神的ショックを起こすようになっていた。
 アルトに関してはたぶんだが、不幸にもR-9Wの中で気絶もできずにシェリルのあの悲鳴を聞いたものだと考えられ、その悲鳴によって受けた恐怖から逃れる為にシェリル自体の記憶封印をしたのではないかと診断が出ている。
 そして、更に重症なのはクランだった。 ガリア4宙域から離脱する際に何度も何度も「私だけでもミシェルの捜索に残らせてくれ」と言われ、俺たちは断腸の想いで真実をクランに伝えた…… そしてそれを受け入れられなかったクランは失神し、ミシェルの名前を聞くと狂ったように暴れだしては失神するようになってしまった。 しかも、失神した事を本人は全く覚えておらず、目が覚める度に何故ベットにいるのか尋ねていたのだった。
 そういう意味でもアルトはまだ戦力になるが、クランに関してはいつパニックに陥るかわからない分だけ戦場で戦力としてあてなするのは難しくなっただろう。 まあ、問題はそのアルトも何かしら抱えて塞ぎこんでいることか。

「ねぇオズマ…… 作戦決行まで日がないけど2人はどうするの?」

「どうする、と言われてもな。 外傷ならどうとでもなるが内傷――しかも精神的なものになると、俺はお手上げだ。 そもそも医者はなんて言ってるんだ?」

「『早乙女アルトに関しては速やかに通院を、クラン·クランに関しては可及的速やかに入院を』との打診ね」

 難しい表情でボビーが言うが、誰もがわかっているがバジュラとの激戦が予想される本星攻略作戦を前にエースの2枚看板を外すわけには行かず、どう頑張っても入院どころか作戦が始まれば通院すらさせるわけにはいかなかった。
 そこから細々と艦橋で2人の処遇について話し合ったが、残念ながら俺たちがアルトとクランに出した結論は軍務に参加させ、その上で作戦遂行上問題があった場合は外すという、なんともその場任せな内容だった。
 そうと決まれば次の議題はR-9Aについてである。 これこそがS.M.Sの力の象徴であり、今では鏃という愛称で呼ばれる機体となっている。 それを今まで通りクランに任せ、もし戦場でパニックになれば士気の崩壊は免れられないだろう。 一応に備えて俺もR-9Aの慣熟訓練を受けてはいるが、最終的な決断は艦長に任されている。

「まず聞くが、オズマ少佐がR-9Aに乗った感想を聞きたい」

「感動する程の機動力と破壊力ですね」

「行けそうかね?」

「可能です…… 可能ですが――恥ずかしながらアルト少尉やクラン大尉ほどの機動は無理ですね」

 乗ってみてわかったが、操縦桿の感度が異常ともとれるほどに高く、徹底的にゼロコンマ以下にまで削られたレスポンスはミリ単位の操作を要求していた。 冷静に考えればわかったことだが、あれほどの機動を満足に行うならば究極的にまで機体の反応速度を高め、繊細で緻密な操縦技能が無ければ不可能だろう。

「クラン大尉は今まで通りR-9Aの専属とする!」

「ハッ!」

「あらん? でも、そうするとアルトちゃんはR-9Wが無くなったからVF-25Fに戻るのかしら?」

「それについては、TEAM·R-TYPEより新型機を1機拝領してるわ」

「新型機? 俺は聞いてないぞ」

「昨日の大統領――お父様の国葬の時にレオンから打診を受けたのよ」

 そう言って笑うキャシーの表情は疲れきっており、それでも俺たちを心配させないように笑っていた。 そんな健気さをみせるキャシーにおもうところはあるが、俺たちはもうそういう関係ではないと口をつぐむ。

「明日にでも機体は届くそうよ」

「へぇそうだったのん。 ところで、その新型機の名前は?」

「名前はR-9WF…… 暗号名はスウィートメモリーズよ」

「暗号名が『美しい記憶』だなんて、随分と詩的な名前ねぇ」

 そう言ってうっとりするボビーだが、『甘い過去』とは確かにロマンチックな名前だな。 こんな詩人がTEAM·R-TYPEに居るとは驚きだ。
 そんなどうでもいいことを考えつつ、不覚にもその機体がどれだけ名前に反して凶暴で、どれだけ圧倒的な力を魅せてくれるのか期待している俺がいたのだった。



 今日はお兄ちゃんたちがバジュラの星に出撃する前日で、何でもS.M.Sの人たちは全員が英気を養う為に休暇をもらっているらしくて、私はライブが終わってからいてもたってもいられなくってアルト君にグリフィスパークの丘の上に来てくれるようお願いしていた。
 そして今は、アルト君の誕生日の焼き直しのように私は走ってモニュメントへ向かう。 電話口で聞いたアルト君の声は冷たくて無機質で怖かったけど、でもでも大好きなアルト君に会いたくてしょうがなかった。
 グリフィスパークの丘をかけ登り、段々とモニュメントが近くなってくると、そこにはアルト君が空を睨み付けるように立っているのが見えた!

「アルト君!」

 我慢できなくて大声で名前を呼ぶけど、どうやらアルト君には聞こえなかったみたいで不動のまま空を睨んでいる。 そんなアルト君に少し不安を感じるけど、久しぶりに会えた事が嬉しくてそのまま棒立ちしているアルト君の胸に私は飛び込んでいた。

「お帰りなさいだよアルト君!」

「あ、ああ…… ただいまランカ」

 そう言って不自然に笑うアルト君だけど、抱きついた私の頭をゆっくりと撫でてくれるとそんな違和感はなくなってしまい、私の中のいつものアルト君と同じに見えてくる。
 私達はそのまま芝生の上に座り、空いっぱいに広がった星空を静かに眺める。 特に何もしていない、ただそれだけなのにアルト君が隣に居ると安心感があるし楽しいのはなんでなのかな?
 でも、私はこんなにアルト君の隣で安心してるのに、アルト君はなんだか張りつめた弦みたいに何かに思い詰めているように見えるんだけど……

「ね、ねぇ、大丈夫なのアルト君?」

「……なにがだランカ?」

「えっと、私でよかったら相談にのるからね」

「これはランカには…… ましては他人に相談する内容じゃない」

「あ…… そうだよね。 あはは、なに言ってるんだろ私」

 でも、とても悲しそうな目で私を見るアルト君は、やっぱりまだ行方不明のままのシェリルさんを心配してるんだろうな…… マスコミの発表とかを聞いてると、ガリア4の状態から考えてシェリルさんの生存確率が低いってどこも言っている。
 私はシェリルさんは生きてるって信じてるし、それにアルト君を好きだと思うシェリルさんが勝手に居なくなっちゃうなんて想像できない。 けどガリア4まで行って探したアルト君はシェリルさんが心配なんだろうな……

「あのね、アルト君。 シェリルさんなら絶対に大丈夫だよ! もう少ししたらひょっこり現れて、またアルト君と――アルト君と…… むぅ」

 フロンティアに帰って来て早々アルト君にくっつくシェリルさんが頭に浮かんでくるけど、私のアルト君に当たり前のように抱きついた想像しかできないシェリルさんに少し嫉妬してしまう。 私だって売れてきたし…… アルト君も振り向いてくれるかな?

「その、ランカ」

「何かなアルト君」

「シェリルって誰だ?」

「――え?」

「医者にも言ったんだけど、俺とランカともう1人誰かが居た気がするんだけど…… それがシェリルって奴なのか?」

 急に私の記憶に映るシェリルさんが色褪せた気がした…… アルト君はシェリルさんを覚えてないの?

「う、嘘だよね?」

「医者の話だとショック症状だって話なんだけど、俺はシェリルってのとそんなに親しかったのか? ルカは仕事で本社にかかりきりだし、他の人に聞いてもわからないとしか言われないし…… あの銀河の妖精? だかと俺はどんな関係だったんだ?」

 目を閉じたら消えてしまいそうな儚い表情で私にそう聞くアルト君に、私はいったいなんて答えればいいんだろう?
 2人は友達だった? でも、キスをするのは友達じゃないよね?
 2人は恋人だった? でも、付き合ってるなんてシェリルさんは言わなかった。
 じゃあ、なんて答えればいいの?

「あのね、私達3人は仲良しだったんだよ」

「……泣いてるのかランカ?」

「え?」

 アルト君に言われて両目に手を添えれば、確かに指先が涙に触れて水気を帯びていた。

「あれ? な、何で泣いてるのかな……」

「ランカ!」

 泣いた私の表情を隠すように、アルト君は私の頭を胸に押しつけて強く抱きしめてくれた。 それでも私は泣き止む事はなく、泣き疲れてしまってアルト君の腕の中で眠ってしまったのだった。



[11932] 21.足枷
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/01/15 02:19
 復興の進むフロンティア1の大動脈たる大通りは、過去に例を見ない熱狂に包まれていた。
 かろうじて被害を逃れた高層建築からはカラフルな紙吹雪が舞い、熱狂する住民は通りを整然と抜ける人類の希望たる勇姿に拍手を贈り、その勇ましい姿を称える歌が随所で歌われた。
 そう、今日こそが我々の――いや、人類の歴史と繁栄を賭した運命の日である。 あれほどまでに大々的に発表し、折れたフロンティア住民の心を立て直し奮い起たせる為に過剰な広告を行なったバジュラ本星攻略作戦の発動日である。 それにともないS.M.Sには最後の仕上げとして、今は船団内部で軍事パレードを敢行してもらっていた。
 前日は重要だと言ってしまえばそれまでだが、機体や兵器の調整自体は新型の移動理論における体感時間で2日間という猶予があり、機体を飛ばすようなパレードを要求さえしなければ本日の23時に出征するのになんら問題はない。
 そう、我々は新たなフォールドに次ぐであろう移動理論の発見に成功していた。 いや、発見したというより教えられたと言うべきだろうか? TEAM·R-TYPEは以前より鹵獲していたR戦闘機の解析に専念しており、そこで何とかR戦闘機から抜き出せたデータを読み取り、現在の我々が用いる低レベルな科学へとフィードバックした結果としてR戦闘機に積まれたものと較べれば大きく劣化しているが、それでも現行の技術と較べれば未来技術を手に入れたと言えた。
 今現在我々が使っているフォールド航法は、重力が存在すると空間は歪みその歪みにより光は曲がる事を利用し、その空間を重力制御することにより人工的に歪みをつくり遠く離れた空間と空間を折りたたむようにして空間ごと転移することである。
 このフォールド航法は超高速を用いての移動とは異なり速度を上げるのではなく、道を畳んで近道をすると捉えれば良い。 ただし、質量の高いエネルギーや既に空間に歪みが生じている場所でのフォールドは困難であり、その場合フォールドを敢行すると想定空間とは別の空間に転移してしまう可能性が高い。
 しかしながら、TEAM·R-TYPEによって解析された手法を用いれば従来のフォールド航法よりも高いエネルギーを消費するが、それでもフォールド断層すら突破できるようになっていた。 私はそれの専門家ではないからよくはわからないが、研究者曰く跳躍空間や逆流空間と呼ばれるワープ空間に突入し、そこをフォールド航法とは違い高速で移動するらしい。 そしてチューブ構造に似ているとされ複雑に枝分かれをしているワープ空間を移動し、ワープアウトする事でフォールド航法以上に柔軟な移動を可能とするらしかった。 現在はその装置の取り付けの関係上、S.M.Sに所属する整備兵の何割かとTEAM·R-TYPEはマクロス·クォーターにおり、今も軍事パレードには参加せずに作業を続けている事だろう。 そして、取り付けが完了次第TEAM·R-TYPEに所属する機体整備班はR戦闘機が無くなったのでS.M.Sへと異動し、更にはギャラクシー船団の動きを逐一報告するよう命令してあった。

 話は変わるが前大統領のパレードは不完全な形で中断してしまい、その悲しみを忘れ鬱憤を晴らす為に軍事パレードの要素を足した今回の演出は成功しており、残るは主役たるランカ·リーによるライブをもって終了である。
 その会場を目指し私はランカ·リーとオープンカーに乗り、軍事パレードの最前線をゆっくりと走って進み、もう目とはなの先まで近づいた会場をみやり今日の予定を思い出す。
 現在定まっている予定としては、このあと会場に着き次第私の挨拶が入っているが、それは抜かして考えれば衆愚の前での華やかしい仕事が済みしだい会議が決まっていた。 それも既に議題が決まっており、更には会議の流れまでが既に決まりきっていた。
 議題はバジュラ本星攻略作戦成功後のS.M.Sの処遇であり、私の率いる最大派閥ではS.M.Sを新統合軍によって解体し編入する案を会議で通す予定である。 その障害になるであろう新統合軍の練度の低さに失望した政治家からなる親S.M.S派を解体·放逐·再編する事も目的としている。 S.M.S出資者であるリチャード·ビルラー氏との会談も秘密裏にだが、特に大きな混乱もなく円滑に進めてS.M.Sを放棄する事への合意を取り付けていた。 その代償として『リン·ミンメイ』の捜索を新統合軍で引き受ける事となったが、それは然程負担になるわけでもないので快諾していたのだった。 彼もどれほど財をなした傑物とはいえ、あれは過去に名高きリン·ミンメイの尻尾を追い求めて固執する俗物でしかないのだった。
 人事は尽くした、後は天命を待つのみである。 いや、問題はR-9WFがまともに運用できるのか…… TEAM·R-TYPEに残された最後のR戦闘機であり、波動砲試験において3人もの廃人を生み出した狂気の戦闘機。 機体性能だけを見れば他の追随すら許さぬR戦闘機…… 作戦の根幹に関わるだろう事は疑う余地さえなかった。



 今はまだフロンティアでパレードが行われているなか、俺は1人格納庫で新たに拝領した機体の前で腕を組んでいた。
 VF-25FやR-9A等の勇壮がパレードに並ぶ中で、この機体は外見上の理由でパレードからは外されていた。 そう、あまりにもコックピットとなるキャノピーの外見が試験管に似ており、それは国民士気を考慮した上で外されたのである。
 R-9WFは異質な機体だった。 まずその搭乗方法からして異質であり、試験管キャノピーと呼ばれる物を先に取り外して搭乗し、そのキャノピーをR-9WFに差し込むようにして搭乗するのだそうだった。 それを知った整備兵が小さく笑いながら「試験管とパイロットを増やせば入れ替え自由だな」と言っていたが、何故か俺にはそれが本質を突いた言葉に聞こえて仕方なかった。
 ゆったりと静かに時が流れる中で、しかしながらその静寂を突き破る喧騒が近づいてきた。 そっと時計に目を移せば既にパレードはランカのライブまで滞りなく終わり、今はほぼ空となつた格納庫の中身たる機体が帰っているのだった。
 喧騒と共に機体が運び込まれ、静かだった格納庫という空間は今は残っていない。騒がしいとまでは行かないが、各々が作業に没頭し叫びをあげる声は秩序めいて耳に心地よく、声が秩序めいていればいるだけ末端に至るまでの練度の高さをしめしていた。
 しかし、そんな彼らもこの機体には近づこうとしらしない。 何故ならば、この機体には専門の整備班が着いており、それも新統合軍に所属するTEAM·R-TYPEきらの出向人事となればS.M.Sに所属する名目上民間人でしかない整備兵は近寄りたがらず、この付近だけぽっかりとあながあいていた。
 だけど、それは今の俺には幸いだった。 今は出来れば他人とはあまり話したくなかった…… ランカと会ったのも自分が追い詰められすぎていると思い、気分を変える為に会った部分が大きい。
 だが会ったのは失敗だと感じてしまう。 俺はまったくそんなつもりはなかったがランカを泣かせてしまい、更には最も失敗だと感じさせられる約束をしてしまっていた。




 悲しそうな顔をして泣いてしまい、そのまま腕の中で眠ってしまったランカの頭をゆっくり撫でてやる。
 ついでにそのまま突っ立っているのもあれなので、ランカを腕に抱いたまま芝生に寝転がり、そのままランカを俺に寄り添わせるように横たえる。 そこまでしてからふと思ったが、そういえば前回ここでランカと会った時もこの公園で寝ていた覚えがある。
 そこまで思い出した俺は、気分が少しずつ軽くなっていくのを感じながらもランカの頬を突っついてやる。 すると、くすぐったそうにランカが身動ぎし、それが俺の重く曇った心を更に透明にしていくような気がした。 だからだろうか? 嫌な事から目を背けてしまい、緩んだ緊張感のまま喋ってしまったのだろう。

「ん…… うぅ」

「起きたかランカ?」

「え? アルト…… 君?」

 ランカが眠りこけてから1時間ほど経ってから、焦点のあわない目をぼんやりと擦りながらランカは目覚めたようだった。 頭がまだ目覚めていないランカの頭を撫でながら「おはようランカ」と挨拶してやると、ランカも満面の笑みで「おはようアルト君」と返してくれていた。
 それから頭が回りだしたランカは現状を把握し、顔を真っ赤にして慌てながらも色々2人で話していたが、時計を見たランカはそろそろ次の仕事があるらしく、もうここを出て撮影現場を目指さないといけないようだった。 まあ、今となってはフロンティアのトップアイドルに上り詰めたランカのスケジュールはそれこそ分刻みであり、これだけ長時間の休みも久しぶりだと笑って話していた。
 そんなランカとの別れ際で、何か心配そうな目で俺を見ていたランカが口を開いた。

「ねぇ…… アルト君」

「なんだ?」

「アルト君は、絶対に帰って来てくれるよね?」

「…………」

「絶対に生きてここに――私の所に帰って来てくれるよね?」

 それはランカのどんな感情なんだろうか?
 泣きそうでありながらも何かを決意した表情であり、そして何かを求めながらも小さく諦感したような瞳には俺だけが映っていた。 その問いかけは力のある言葉で、何故かその質問を無視する事は俺にはできなかった。

「帰ってくるよ…… ランカの為に」

「――約束だよ?」

「――ああ、約束だ」

 俺の言葉に大きく頷いたランカは、まるで幸せを噛みしめるように俺へと大きく手を振って、そのまま「約束だよアルト君!」と叫んでグリフィスパークから出て行ってしまった。 そんなランカを眺めて俺は小さく笑みを漏らし――そして、こんな約束を安易にしてしまった自分を自嘲してしまっていた。
 そもそも俺は兄さんとの話すら決断する事ができず、未だにどうするか決めかねていた…… 決断から目を背けていたと言っていい。
 そんな俺は、決断から逃れる方法を考えてしまい、最悪の手段として他の船団への亡命や、このままバジュラと戦って敗れて戦死する事すら名案だと考えている節があったのだ。 そんな俺が安易にしてしまった約束…… 俺は本当にランカの元へ帰ってくるのだろうか? 俺はいったいどうしたいのか…… 生き残りたいのかすら自信を持って言えないでいた。



[11932] 22.異物
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/01/20 23:14
 マクロス·クォーターの出航にあたり、手のあいている者にはフロンティアから見えやすい位置に立たせ、俺たちの出航を見守る住民やマスコミに向けて帽子を振らせている。
 外から見れば俺たちの士気は天をも突かんばかりであり、まさか艦橋がこうも揺れに揺れているとは知りもしないだろう。

「……それはどういう意味だ?」

「そのままの意味ですオズマ少佐。 我々TEAM·R-TYPEがマクロス·クォーターに座乗している以上、早乙女アルト少尉への直接指揮権は我々へ移譲されます」

「ちょ、ちょっと、私は整備班としてあなたたちが来るとしか聞いてないわよ!」

 艦橋に居るのは寝耳に水だと激するキャシーと、周りのクルーから敵意しか向けられていないのに無表情を崩さないTEAM·R-TYPEから派遣されてきた白衣の男だった。

「こちらを艦長へ」

 そう言って突き出された封筒を俺は訝しみながらもふんだくるように奪い、艦長席で無言を決め込んでいた艦長へと手渡す。 小さく礼を言って艦長は封筒を受け取ると、封筒の蝋を切って中から手紙を取り出してゆっくりと読み始めた。
 ただただ艦長が手紙を読んで紙が擦れる小さな音だけが艦橋を支配するなか、俺は隣に立っていたキャシーに視線をやったが、怒りにわなわなと拳を握りしめるだけであった。

「……了解した。 早乙女アルト少尉並びにR-9WFの指揮権を預ける」

「艦長!」

「ありがとうございます艦長」

 帽子を深く被りなおして指揮権の移譲を宣言する艦長を信じられず、俺は大声を出してしまった。 いったいその手紙になんと書いてあったのか気になるが、それは艦長から重い声で「軍機だ」と言われてしまえば俺には黙る事しか出来ない。
 そんな流れをよしと思ったのか、TEAM·R-TYPEから来た男は整備班として与えられた部屋へと1度下がって行く。 そして、奴が完全に居なくなったのを確認してから、俺たちは詰め寄るように艦長へと向かって行った。

「どういう事なんです艦長!」

 今まではこうやって聡明な艦長へ諫言する機会はなかったが、流石に今はそういう訳にはいかなかった。 詰め寄る俺にキャシーは続き、ボビーを含めたオペレータ陣は心配そうな目で艦の制御を行なっていた。 だがそんな状況であれ、艦長は黙ったままである。

「黙っていてはわかりません艦長!」

「やはり、私の責任なんでしょうか艦長……」

「ふぅ…… これから私の言う事には箝口令を敷くが、問題ないな?」

 小さくため息を吐いた艦長は、ゆっくりとその重い口を開き始めようとしていた。 屈辱を噛みしめるような表情の艦長を見て、俺たち艦橋に居る全てが黙り込む。

「封筒の内容は2通。 1つはS.M.Sのオーナーでもあるリチャード·ビルラー氏からの連絡と、もう1つはフロンティア大統領であるレオン·三島からの辞令だ」

「オーナーと…… レオンから?」

「オーナーからの手紙は簡潔な話で、氏が我々S.M.Sの所有権を放棄するというものだ。 そして、放棄された所有権はそのまま新統合軍に移され、今作戦が終了しだい正式に軍へ編入させられるそうだ」

「S.M.Sの所有権を放棄だって?!」

「それに伴い、大統領命令としてTEAM·R-TYPEの指揮権分離を要請されている」

「そういえば、アルト少尉はTEAM·R-TYPEに所属して……」

 艦橋から音が消えて、全員が黙り込んでしまう。 ここまで根回しされてしまえば、俺たちに打てる手は何も残ってさえいない…… 完全に諦めだけが艦橋にのさばる中で、ボビーが何か思ったのか声をあげた。

「でも、どうしてアルトちゃんの話をしたのかしら?」

「何を言ってるんだ…… そんなの指揮権の混乱を避けるためだろう」

「だけど、アルトちゃんは元々TEAM·R-TYPEの指揮権が分離すれば、それに従って私達の手から離れるようになってたんでしょ? 拡大解釈したりしてR-9WFとR-9Aの両機と、アルトちゃんとクランちゃんを指揮下に置くならわかるんだけど、もう1機のR戦闘機であるR-9Aについては一言も出てないし……」

「そう言われてみれば、R-9Aやそれに乗るクラン大尉については何も言われてないわね。 R-9WFとアルト少尉の指揮権だけは掌握したのに、なんでかしら?」

 キャシーから視線で「オズマはわかる?」と聞かれたが、そこは俺にも予想すらつかなかった。 これで2機とも掌握されてしまえば、それこそ2枚看板という現有戦力の生命線を握る形になって俺たちに対して優位に出るといった邪推もできるが、2枚看板の内1枚を横取ったからとはいえ大きな顔ができるとは考えないと思うんだが……
 とにかく現状としては、TEAM·R-TYPEという不安要素はあるが全員で一丸となって作戦にあたる事を確認し、俺は一度艦橋を後にした。




 私はS.M.Sにとって今は異物でしかなかった。
 以前だったらこうやってマクロス·クォーターの艦内を散策し、いつだって人が居る艦橋を歩けばそこで作業するオペレータ等と会話を楽しみ、いつだって喧騒溢れる格納庫を歩いていれば慌ただしく動く整備兵も笑いながら口を開き、愛機の整備を眺めるパイロットと次の出撃について語り合ったりする事は多々あった。
 しかし、前回の作戦で私が疲労で失神してからというもの、誰も彼もがよそよそしくしか私と接しようとはせず、私に悪い点があるならあるで言えばいいのに今ではオズマ少佐とキャシー大尉くらいしか自分から私に声をかけてくる隊員は居なくなっていた。
 大きくため息を吐きながら慌ただしい格納庫を歩いているが、今も他の隊に所属するパイロットと目があったがそそくさと目を逸らして他へ行ってしまった。 そこまでされれば私だって自身が異物として扱われ、浮いた存在へと変貌しているのは理解できたが…… 何故そんな扱いをされなければならないのか感情では納得できず、私の心は小さくだが確実に荒み始めていた。
 そして、私はそんな感情を嘲笑うかのように、オズマ少佐やキャシー大尉は私に会って話す度に作戦開始までの療養を勧めてくるのに嫌気がさしていた。 今現在私のS.M.S内での扱いなんて見ればわかるのに、そんな私へ気をつかって「クラン大尉が疲れているから心配」だの何だのと部屋へ籠る事を推奨して、特に他の対応をしようともしない2人に不信感を抱いてすらいた。
 確かに私の疲労が極限まで達して失神して以来、最初は少なくない回数の失神を繰り返していたが今は小康状態であり、むしろ体には異変がないとフロンティアの病院で診断されたからには完治とされておかしくはない。 そんな暗い落ち窪んだ思考に頭をとられ、無意識で格納庫を歩いていたからだろうか? ふと気付けば辺りからは喧騒が嘘のように消え失せ、ただただ不可解な機体が目の前に1機とそれを眺めるアルトが居るだけになっていた。

「……この機体がアルトの次の機体か?」

「ああ。 これが俺の新しい機体――今まで乗っていたR-9Wの後継機のR-9WF」

「R-9WF……」

 その機体の異様さが生む威圧感に気圧されて、私は小さくだが息を飲む。 あまりにもそれはVF-25Fとは設計思想がかけ離れ、あまりにもR-9Aとすら隔絶された外見。 以前アルトが乗っていたR-9Wとすら雰囲気が一変しており、このキャノピーが取り外し式だと聞いた時にはパイロットすら替えのきくパーツ扱いかと感じてしまう程だった。
 だが、そんなおぞましさすら感じてしまえるR-9WFだが、その機体を説明するアルトは嬉々として説明しており、その暗く濁った硝子球のような作り物染みた眼球さえ除けばアルトからは幸福感すら感じられた。
 私はそんなアルトに少なくない恐怖を抱きながらも、それをアルトに悟らせないよう努力しながらも機体を2人で眺めていると、気が付けば私達の後ろに1人の白衣の男が私達――いや、アルトを観察するようにして立っていた。

「――早乙女アルト少尉ですね?」

「あ、ああ」

「私は大統領命令でTEAM·R-TYPEから派遣されたオーティズです」

 TEAM·R-TYPEから来たオーティズと名乗る男はそう言って軽く頭を下げると、アルトに向けて静かに右手を出した。 それを見たアルトは何を求められているのか理解できず最初は何かと首を傾げていたが、手を突きだしたままで肩を竦めるオーティズを見て得心がいったのか、慣れない動作で出された手を握って握手をしている。
 そんなアルトを見ながらTEAM·R-TYPEについて考えるが、今現在TEAM·R-TYPEについて開示されている情報はあまりにも少なく、どうやって私の乗るR-9Aや新型機とされるR-9WFを生産しているのかすら不明だった。 これは私が無知なだけの話ではなく、S.M.Sに所属するほぼ全員の総意だと思いたい。

「……それで、そのTEAM·R-TYPEから何のためにここへ?」

「バジュラとの決戦を前にして、R戦闘機のスペシャリストとして我々が派遣されました。 それに伴い、早乙女少尉の指揮権はTEAM·R-TYPEになります」

「スカル小隊からは?」

「スカル小隊からは正式に脱隊し、早乙女少尉一機のみですがTEAM·R-TYPEとしての部隊を形成していただきます」

「アルト1人で部隊?!」

 困惑するアルトと驚く私を置き去りにするようにに然りと頷いたオーティズは、それがさも当然だと諭すように口を開いた。

「そもそも、バルキリーとR戦闘機を同じ小隊に入れて運用することがナンセンスなんです。 それに、最新機であるR-9WFはある難点を抱えており、そのことも考えると尚更同じ小隊での運用は考えられません」

「だ、だったら私も! 私もその部隊に入るべきじゃないのか!」

「いえ。 R-9Aは既に数多の実戦データの収集に成功していますし、そちらでも運用ノウハウや整備方法が蓄積されているので、我々としてはあなたとR-9Aは必要ありません」

「そうか…… 私は不要か」

 隣でアルトが私に何かを言っているが、私にはよく聞こえない。 だけど、どうせアルトも私を不要だと遠ざけようと…… 排斥しようとしているに違いない。
 私は今までの仲間から疎まれ、新しい仲間には求められない無駄な存在なのかもしれない。 とにかく今は1人になりたい…… 光のない絶望に押し潰されそうになりながらも、アルトを無視して熱に魘されたように私はその足でふらふらと、艦内に孤独を求めてさまよっていた。



[11932] 23.跳躍26次元
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/01/26 05:13
 艦橋にいる全員が全員、これから行われる事に緊張を隠せず固唾を飲んで各々が画面や窓を見守っていた。
 どんな素晴らしい言葉であろうと、夢想家ならば口で何だって言うことが出来る。 どんな素晴らしい理論であろうと、紙に言葉を記すだけならSF作家に任せればいい。
 俺たちは傭兵であり軍人である。 ならば俺たちが求めるのはどんな言葉よりも泥臭く、どんな理論よりも現実に裏打ちされた実績しか求めていないと言っていい。 軍人は現実主義者じゃないとならない…… 夢も希望も無いものこそが戦場である。
 艦橋に新しく取り付けられた装置を弄るTEAM·R-TYPEから派遣された者達を見るが、何でもあの装置を使ってマクロス·クォーターに搭載された次元跳躍装置を制御するらしいとの説明だった。 その次元跳躍装置の理論とやらを詳しく説明されたが、生憎とその辺の分野は門外漢の俺にはまったく意味が理解できず、とりあえずわかったのは小型機の実験では成功しているが、これほどの大型艦での実験はしていないというある種これが実験の一環だと匂わせる話だけだった。
 まあ、それでも全く実験をせずにモルモットになるよりは、小型機とはいえ成功しているらしいという話を聞けたのは精神衛生上よかったと言えるだろう。

「……フォールドクォーツ回路励起」

「出力上昇確認。 70%…… 80%…… 90%――準備完了」

「よし…… では艦長、次元跳躍の許可を」

 こちらを立てる為かは知らないが、白々しくもこちらが上だと立てるように口を開く白衣の男に苛つきながらも、そんな事は気にしないとばかりに艦長は頷いて許可を出す。
 すると、準備として艦内にけたたましいサイレンが鳴り響き、総員対ショック警戒態勢が敷かれて艦橋に居る俺たちもシートベルトを取り付けて一応のショックに備える。 これは次元跳躍の際に何らかの振動があった時の為のもので、実際に振動等が起こるかはわからなかった。
 TEAM·R-TYPEから派遣されてきた奴等も、各々の担当する機械を操作しながらもシートベルトをつけて安全をはかっている。 そうしながらもてきぱきとキーボードで何かを入力し、それが終わるや否や2人が自身の前に設置された機械のボタンを押した瞬間――世界が変わった。
 いや、実際には何も変化していない。 ただそれでも、まるで世界が変わったかのような衝撃を受けたのは事実だ。
 事実かはわからない感覚的な話だが、若干重力の数値が変わったのか手足が軽く感じる。 それに三半規管が狂ったかのように周囲の空間が歪み、遠近感覚なんてあって無いようなものになっている。
 更には窓の外を見て、大きく息を飲んでしまう…… 艦橋の窓から外を眺めると宇宙空間に膜がかかったような、掴み所がなく、そして落ち着かない宇宙がそこにあった。 今まで慣れ親しんだ宇宙とは全く違い、そこは雲のような霧のような靄が散布された空間で、見たことのない恒星のようなものが靄の外に見えたり、隕石のような物がぐにゃぐにゃと歪みながら空間に漂っていた。

「仮想26次元への跳躍に成功。 フォールドクォーツ回路に異常なし」

「回路出力値…… 83%にて安定。 想定内です」

「回路の維持に勤めろ。 艦長、我々は跳躍空間への突入に成功しました。 一応ですがマクロス·クォーターを速やかに停船し、本艦への影響を調べるように具申します」

「具申を許可する」

 艦長の許可を受けて、オペレータ陣は慣れない跳躍空間での作業に戸惑いつつも、即座に対ショック態勢の解除を艦内に報せるとシステムチェックに入った。 隣に居たキャシーも現状の不可思議な感覚に戸惑いつつも、機関部や動力部等の各部署との連絡を密にしながら、簡易的なチェックを指示している。
 俺もこの未知の感覚に興味を持って、椅子へと体を縛り付けるシートベルトから身を解き放ち、不可思議な感覚を楽しむように腕を突きだしてみる。 脳も感覚も全てが腕を真っ直ぐに伸ばしており、結果もなんら面白いものはなく腕が予定通り前に突き出された結果に終わった。
 しかし、しかしだ。 当たり前の結果でしかなく当然の結果でしかなかったが、その過程はまさに人智を超えたものだった。
 視界に映ったのは、真っ直ぐのばした腕が歪むようにうねった後に、真っ直ぐと腕が伸びた結果だった。 腕を動かした瞬間に、腕は確実に歪みねじ曲がっていた。 それも、肘が曲がったといったレベルの話ではなく、腕の骨がそもそも関節云々ではなく軟体動物のようにぐにゃりと曲がり、腕が止まった瞬間にはそれが見間違いとでも言うかのように元に戻っている。
 人間はものを見るという行為を、眼球を使って見たいものから反射した光を受け取る事で、そこにそのものがある事を確認している。 当然光が直進するからそこにそれが存在すると、今までの法則では思っていた。 しかし、ここの――跳躍空間での法則は違う。 ものが動く事で動かしたものの周辺にある空間が歪むのか、それとも光が直進しないのか…… これも専門家が見れば垂涎ものなのかもしれないが、まあその手の人間がTEAM·R-TYPEくらいしか居ない以上は興味を持っても意味はない。
 むしろ、それよりも問題は

「…………むっ」

 前に一歩進んだと思った瞬間に、重心が崩れたかのように膝が軽く砕けて転びそうになる。 たった一歩を歩いただけでこれだ…… どれだけ俺たち人間が視覚に頼って生きてきたか、まさかこんな形で教えられるとはな。

「……むむむっ」

 今度はその場でジャンプをしてみるが、思った以上に視界が歪んでその場に尻餅をついてしまう。 そのまま視線をTEAM·R-TYPEの奴等の方へ向けてみれば、あっちもあっちでこの不可思議な法則に翻弄されつつも、せっせと機械のメンテナンスを行なっているようだった。 たぶん、今はマクロス·クォーターのどこへ行っても同じ情景が見れるだろう。
 そんな時に、ふと強烈な視線を感じて横を見れば、そこには少し笑いながらも不機嫌な雰囲気を駄々漏らしにしたキャシーが俺を睨んでいた。

「何をしてるのオズマ?」

「見れば解ると思うが、少しばかり転んでるんだ」

「……はぁ。 楽しそうね」

「なんと言っても初体験だからな。 楽しいと言ってしまえば、ここまで狂っていれば確かに楽しいな」

「手伝う気は無いの?」

「俺としては、今すぐにでもこの感覚に慣れておかないと、もしもの出撃でまともに機体を操る事すらできないからな」

 言外に手伝う気は無いと答えておく。 なんと言っても、この跳躍空間独特の感覚はある意味癖になる。
 今までの当然が打破された新しい法則は、俺としては子供に新しい玩具が与えられたようなもので、確かに俺の言っている事に一理も二理もあるが口元がにやけるのを止められない。
 それを見てキャシーは苦笑しつつもため息を吐くと、小さく「しょうがないわねぇ」と口にして作業に戻ってしまう。
 俺も流石にそろそろ立つかと歪む視界にわくわくしながらも立ち上がり、窓の外に目を向けたからこそそれが見えたんだろう。 見えたのは赤い5つ程度の点だった。 その点はゆっくりと歪みながらも段々と大きくなっていき、その姿を大きくし始める。

「おい…… あれは何だ?」

「え? レーダーは沈黙しています」

「有視界で見えるあれだ」

「映像拡大します」

 拡大された映像がモニターに映し出される。 それは、俺たちの知識にあるもので、最も近いものに例えるならばバジュラだった。
 ただ、それは今まで見たことのあるバジュラとは明らかに姿形が崩れており、その明らかに間違った進化の末に生まれたような外見はおぞましさと憎悪に満ち溢れており、ただの一瞥ですら生理的嫌悪が止めようもなく増していく。 これは既に吐き気をもよをすといった次元の話ではなく、この存在と同じ空間や次元に居る事にすら許せずに、今すぐにでもあれを殺してしまいたくなる。

「――マ! オズマ!」

「なっ! キャシー?」

「どうしたの…… そんな怖い顔して?」

「いや、何でもない。 それより、今すぐ出撃を「バルキリーによる出撃は禁止します」――バジュラを前にして何を言ってるんだ?」

「ここは仮説段階ですが便宜上26次元あるとされています。 この領域に未対応のバルキリーが出撃すれば、その機体はこの26次元から弾き出され…… 元の次元に戻る事はなく死ぬまで様々な次元をさまよう事になるでしょう」

「対抗手段がないのなら、今すぐにでもこの跳躍空間から脱出しないと!」

「今ここで跳躍空間から抜け出す事は、実質不可能です」

「なんでよ!」

「ここは26次元あり、元の世界である3次元世界とは法則が異なっています。 この跳躍空間に入ってたった少しの距離しか移動していませんが、ここが元の次元のどこに該当するのか…… たった数mの距離なのか、それとも幾億もの光年の距離があるのか」

 あまりにもこの跳躍空間が、その本質を理解されずに運用されている事実に俺は絶句してしまう。 目的地へ進むべき計算は済んでいるが、それ以外はちんぷんかんぷんとしか言わざるを得ないこの理論に、今更ながら絶望すらわいてくる。
 だが、絶望にかまけている暇はない。 絶望を踏み砕き前進する事が兵士の役割であり、正面から絶望の化身が戦列を組んでやって来たのならば、俺たちは俺たちの仕事をしないとならない。

「むざむざやられる訳にはいかない! 俺は出撃するぞ!」

「お待ち下さい。 跳躍空間への対応兵器に出撃させます」

「対応兵器?」

「R戦闘機は26次元に対応しています」

「R戦闘機が…… ?」

「はい。 R戦闘機は様々な戦場が想定された、所謂全対応兵器になっています。 我々は即座に早乙女少尉をR-9WFに乗せて出撃させます」

 そこまで説明すると、奴は通信機を使って格納庫に待機しているであろうTEAM·R-TYPEの奴等に連絡を入れている。 俺たちも第1種戦闘態勢に入りつつも、出撃できるのはクラン大尉のR-9Aだけである。 そう考えてしまうと、やはりR-9Wを失ったのは大きな痛手だったとしか言えないだろう。
 艦橋で甲板から出撃する2機を見守りつつ、俺は失ったR-9Wを思って唇を噛みしめていた。



[11932] 24.欠陥機
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/02/05 21:47
 目の前にはR-9WFから取り出され、機体の主である俺が乗るのを今か今かと待っている試験管が宙吊りになり、あとは俺の搭乗だけだとTEAM·R-TYPEから派遣された整備兵が待ちわびていた。
 この試験管キャノピーへの搭乗の為だけに拵えられた専用の階段を登り、試験管が2つに折られたかのように開いたキャノピーに乗り込み、操縦用のケーブルを首の後ろに差し込む。 首の裏からカチリとはまる金属音とともに、体の感覚が世界に溶けて広がって侵食するかのような相変わらずの感触とともに、ゆっくりとリラックスしながら目を瞑って背を預ける。
 R-9WFの周囲で作業に駆け回るTEAM·R-TYPEの面々は、この跳躍空間独特の法則によって体を歪ませつつ、各自の作業を遂行する為に全力を傾けていた。 その作業を目で見ずに感覚的に捉えつつ、俺は次元跳躍の前に行われた機体の説明について考えを巡らせていた。




 何も聞こえず見えないかのように、瞳孔が開いて曖昧な状態になったクラン大尉は俺の言葉を無視し、ゆらりとどこかへ歩いて行ってしまった。
 クラン大尉のその様子に、まるで鬼気迫るというか何かの限界のようなものを感じたので俺はその後ろ姿を追うために踵を返そうとしたが、そんな俺の肩を無表情なオーティズさんが掴んで首を横に振った。

「私が彼女の気に障る事を言ったのなら謝るが、今は早乙女少尉の敬愛する上官よりも私の話を優先して欲しい」

「……はぁ」

「ではまず聞きますが、我々が計測したR-9WFのカタログはご覧に?」

「ええ」

「カタログスペックではR-9AどころかR-9Wすら凌駕し、もはやR-9WFが1機あれば艦隊戦すら制せそうなものになっていますが、この機体にはいくつかの欠点が存在しています」

「欠点?」

 俺は1度読んでいたR-9WFのカタログスペックを思い出すが、そのスペックにおける欠点が出てこない。 R-9WFの航続距離はR-9Wと同等かそれ以上であり、弾薬の積載量はR-9Aの倍近く積めるだろう。 速度系統も問題なく――まあR-9Aに乗った時の事を思い出せば、攻守どちらの面からみてもフォースが無いのが大きな欠点だが、そもそもそれはR-9Wにもなかったものだからそれが欠点というわけじゃないだろう。
 だとすると、いったい欠点は何だったのかと悩んでいたが、そんな俺にオーティズさんは「これはご内密に」と前置きしてから、この機体についてTEAM·R-TYPEでわかっていることはと話始めた。

「この機体は、その…… 不可解な機体です」

「不可解?」

「R-9WFに搭載された幻影波動砲のエネルギーが、今までの機体以上にわからないのです…… 早乙女少尉もご存知の通りR-9Wに搭乗して波動砲を撃つと、ナノマシン波動砲は脳が細かく綿密な計算をする事でその軌道を変幻自在に変化させます。 が、その際にはかなりの消耗があったはずです。 それと同じように、R-9WFは波動砲を撃つだけで異常なまでに体力を消耗します」

「って事は、こいつの幻影波動砲もR-9Wのナノマシン波動砲みたいに、波動砲の軌道が変えられるのか?」

「軌道の変化等は確認されていません…… わかっているのは、この幻影波動砲の威力が不安定とはいえR-9AやR-9Wの波動砲の威力を上回っている事と、波動砲の効果範囲が大きくなった事です」

「それを得る為にパイロットの俺が消耗するのか……」

「今まで通りに運用すれば、それは確実にあなたの体を蝕む形で確実に現れます。 当然我々はR-9WFの最大火力である波動砲を使うなとは言いません…… 言いませんが、早乙女少尉自身の体調等を考慮した上での運用を厳命します」

 そう言うオーティズさんは真顔であり、今までの話にいささかの冗談すら混じっていない程に真剣に、この機体に巣食った欠陥を教えてくれた。
 しかし、だからと言って俺も頷く事は難しい。 R-9Wに乗っている時から波動砲による消耗があり、その時から既に波動砲の運用は乱用を多少控えていたが、だからといってR戦闘機に搭載されたまさに人智を超えた最強の兵器と言える波動砲を使わない手はない。
 こればかりは実際に体験し、どの程度の消耗なのか体感しなければ使用回数との折り合いを想定できず、もしもこのまま当初の予定通りバジュラと遭遇せずに本星まで行けた場合、かなりの危険を背負う事になるだろう…… 消耗が今までと同等かそれ以下ならば問題ないが、それこそたった2発を撃っただけで朦朧としてしまってはR戦闘機は飾りにもなりはしない。 可能ならば、今すぐにでも実戦を…… そこで俺は
 説明は終わったと去っていくオーティズさんの背中を見つつ、俺は自分の考えに少し驚愕してしまった。
 まさか、俺はいま敵を――バジュラを求めたのか?
 俺たち人類を憎み殲滅せんと猛威をふるってきた化物を、態々今は戦闘の必要のないこの場所で俺が戦いたい為だけに求めた? もしもバジュラと出会ってしまえば、俺たちが秘密裏にバジュラ本星へ向かっているのを知らせない為にも全力でそのバジュラと戦闘を行い、もしかするとその戦闘で仲間がバジュラに殺されるかもしれないのに。
 それに、俺は他に何を願った? 俺はバジュラと出会って今すぐにでも死――クソッ、頭痛がしてきた。
 とにかく、もう間もなく次元跳躍だと艦内放送が入り対ショック態勢をとる為に、俺も部屋に戻って椅子にシートベルトで体を固定する。 ここから先は未知の空間だ。 そこはバジュラとの遭遇確率はほぼ0に近く、戦闘要員である俺は手持ちぶさたになるだろうが、もしかしたら最期の休養になる可能性があるのでゆっくり休ませてもらおう。
 それだけを考えて、俺は静かに目を瞑った。




 頭に浮かぶ計器を順繰りに見やり、そのどれもが正常な値を出している事を確認し、艦橋に居るであろうTEAM·R-TYPEから派遣されたオペレータに合図を送る。
 当初の予定は脆くも崩れ去っていた。 この空間にはバジュラが居ないはずだったが、それでも現にバジュラらしきもの――何故かバジュラと断言されていない――と会敵しており、休養を満喫する暇もなくこうして俺はR-9WFへ駆り出されていた。
 予定なんて狂うものであり、元々かなうことはない。 俺のR-9WFとクラン大尉のR-9Aだけが粛々と発艦準備を進める格納庫には喧騒も活気も少ない。 何でもR戦闘機以外は跳躍空間での戦闘に非対応らしく、俺とクラン大尉の2人だけがR戦闘機に乗って迎撃に出るらしく、他はどこまで跳ぶかわからない対空砲を存分に使って迎撃を試みるようだった。
 そこから導き出される結論は、俺たち2機に命運がかかってるという事である。

『早乙女少尉、発艦スタンバイどうぞ』

「了解」

 初めて顔を合わせるオペレータの声に従って、俺は格納庫からR-9WFを甲板へと送り出す。 そして甲板でR-9Aと並んだ瞬間にマクロス·クォーターの全身から一斉に対空砲が発射され、それを追う形で俺たちの発艦許可が下された。
 それを受けた俺とクラン大尉は即座に甲板から飛び出すと、放たれた対空砲をそれこそ追い抜いて――いや、もう少し物事を正しく表現するならば、俺たちが甲板から発艦した時には既に対空砲はこの空間特異の法則によって進行方向すら乱されており、元々そこまで狙って撃たれていない対空砲火は右へ左へ歪んだ表六玉ならぬ表六弾とでも言うべき軌跡を残し、機体が弾を抜かす前にはどことも知れぬ異次元へ飲み込まれるようにして消えてしまった。
 あちこちで消え行く砲火を見てしまえば、如何にR戦闘機に乗っているとはいえ不安がゆっくりと鎌首をもたげてくる。
 もしもバジュラとの戦闘中にR-9WFが異次元へ飲み込まれたら? もしもバジュラにあと一撃といった場面でR-9WFのレールガンが異次元に消えたら?
 機体に関しては大丈夫だと説明を受けてはいるが、万が一はわからないだろう。 レールガンから吐き出される弾丸に関しては、これは26次元に対応したものではない為にさっきの対空砲の弾となんら変わらないらしく、バジュラに接近戦を挑みR戦闘機を操って弾が消えない距離で格闘戦をしてこいと言われている。
 あんまりと言えばあんまりな方針だが、あんた対空砲火を間近に見てしまえばそんな方針だって魅力的に聞こえるのが嫌らしい。 冷静に考えれば考える程にあの対空砲にはバジュラを近づけ難い程度の意味しかなく、バジュラとの格闘戦がどれだけ現実的かが見えてくる。

『早乙女少尉、現状を報告してください』

「対空砲火全弾ロスト。 レーダー上のバジュラは未だ後退中」

『了解。 追撃を続けてください』

 追撃の継続を聞き終わると同時に通信を切り上げ、レーダーに光点として表されたバジュラを追撃する。 ただしそれにあたり、少しと言うには大きすぎる疑問がわいていた。
 まず、バジュラとR戦闘機の差は圧倒的である筈なのに、遅々として後退するバジュラの背後を未だに突けないでいた。 それこそカタログスペックだけで見てしまえば、乗っている俺たちの体に合わせた最高速度だとしてもバジュラと比較すれば、それこそ俊敏な兎と怠惰な亀ほどのものがあるはずなのだが…… それに、この計器――バイド係数を測っている計器がちょこちょこと反応を示していた。
 これはR-9Aには搭載されていなかったが、R-9WとR-9WFには搭載されているようだった。 まあ、R-9Aのコックピットは複製品だから、目的が不明の計器を知らずオミットしていたのかもしれないが、それが困った試しがないから問題はなかった。
 今問題なのはそこではなく、前回このバイド係数なるものが観測された時である。 それはガリア3周辺での出来事であり、これが確認されると同時に異様な戦艦の出撃があったのを鮮明に覚えている。
 だとすると、またあの戦艦が近くに潜んでいるのだろうか?
 いや、あれは確かに撃沈したらしいとの話は聞いている。 このバイド係数とやらがいったい何を示しているのかはわからないが、それでも何かがあるかもしれないと先にわかっているのは1つのアドバンテージになるのかもしれない。 問題は"かもしれない"との予測ばかりであって、存在しないものに怯えて腕がじゅうぜんにふるえない方が問題である。
 ふと、レーダーに映った光点が後退を取り止めていた。 バジュラの癖に機動防御のような類いを仕掛けて来るのかと思ったが、全くそんなものはなく狂ったように後退を突撃に切り替えて俺たちの方へ飛んで来た。 距離が近づくだけでバイド係数が上昇するが、物思いに耽るという贅沢は戦闘が終わってからすればいい。
 加速的に近づく相対距離を眺めつつ、俺は気づかずに小さく舌なめずりをしていたのだった。



[11932] 外伝2 Proud of You
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/02/10 22:11
 復興を求めるみんなと、復興を目指すみんなを集めたチャリティーコンサートは盛大に、そして他に類をみない高揚感と一体感に包まれながらも惜しまれつつ幕を下ろした。
 以前私が初めてシェリルさんのライブを観て、それに初めてアルト君とも出会った思い出の会場は瓦礫の山になってしまっていて、その豪奢でいて聳えるような姿は既に無くなってしまっていた。
 だから私はその倒壊した会場の近くに私達は場所を借りて、つい今まで特設ステージで野外コンサートを行なっていた。

「ふぅ…… 疲れちゃったかも」

「お疲れさまですランカちゃん!」

「ありがとうございますエルモさん」

 ステージから退いてきた私は、わざわざこのライブの為だけに建てられた控室に帰って来てソファーに身を沈めれば、そんな私にエルモさんがタオルとスポーツドリンクを差し出してくれたから、笑顔で感謝を述べてそれを受け取って一息つく。
 一息ついた私は空を見上げて小さく笑ってしまう。 そう、この特設控室には天井がない。 私の我が儘でしかないけど、少しでも空を――アルト君やお兄ちゃんたちが向かった宇宙が見えるように、天井を無くして空が望めるようにお願いしていたのだ。 でも――

「――そらが見えないよアルト君」

 バジュラからの奇襲を恐れたフロンティア政府は、少しでもその脅威から逃れる為に私達の方舟に蓋をしてしまっていたのだった。
 これじゃあ私にはアルト君が見えない…… アルト君に歌が届かない! それだって私の我が儘にしか過ぎないし、それに天井を無くす様な我が儘とは度が違い過ぎる。
 だから私は強く出ていったお兄ちゃんたちの無事を願い、ここに残ったフロンティアのみんなの希望を願い、そしてアルト君の生還を願って歌い続けた。
 例えば私は[アイモ O.C.]を歌って、私達の繁栄と勝利を願う心をみんなに伝えたかった。
 例えば私は[星間飛行]を歌って、私達の希望と未来を想う心をみんなに伝えたかった。
 例えば私は[ライオン]を歌って、私達の為にお兄ちゃんたちが戦っているんだとみんなに伝えたかった。
 例えば私は[アナタノオト]を歌って、私の知らない宇宙にいてもアルト君の事を感じると伝えたかった。
 例えば私は[ダイアモンド クレバス]を歌って、私だけじゃなくてシェリルさんも…… 例えアルト君が忘れても、シェリルさんはアルト君を見守ってるって伝えたかった。
 きちんとここで聞いているみんなに伝わったかな、私のこの意思が…… きちんと遠くにいるお兄ちゃんたちまで通じたかな、私のこの意志が…… きちんとアルト君に通じたかな、私のこの――想いが!

「――ちゃん! ランカちゃん!」

「えっ? あの、なんですかエルモさん?」

「ほら、難しい顔で考えてないで周りの声に耳を向けて下さい!」

「周りの声に…… ですか?」

 興奮するエルモさんに言われて、私は目を瞑って周りの声に耳を向ける。 すると、私の耳にもその声が、熱狂が、想いが聞こえて来た。

『アンコール! アンコール!』

「アンコールですよランカちゃん!」

「はい! その、アンコールを受けていいですか?」

「ランカちゃんをみなさん待ちわびてますから、早く行ってあげて下さい!」

「あ、ありがとうございます!」

 顔の汗をもう一度拭いて、私は力強く立ち上がって控室を後にした。 この控室からステージまでは近いけど、それこそ逸る気持ちを抑えながらゆっくりと呼吸を整えるようにして歩いていく。
 そして私はステージの裾に登ってから深呼吸をして、スタッフのゴーサインを受けてステージ中央に駆け戻った。

「みんなー! アンコールありがとう!」

 私がステージに戻ったのを観たみんなは、アンコールの声を止めると鳴り止まない万雷の拍手で私を迎えてくれた。 その顔はみんながみんな笑顔になっていて、バジュラの襲撃を受けた痛みを少しでも忘れてくれているようで、私としても嬉しくて笑顔が自然とこぼれてしまう。
 そんな私の笑顔を見て、会場のみんなも更に笑みを深めてくれるから私は自分の心がとても暖かくなっていくのを感じて、嬉しくて嬉しくて…… それなのに涙が溢れてきてしまった。

『ランカちゃん泣かないでー!』

『がんばれランカちゃーん!』

 嬉しいのに泣いちゃったせいでみんなに心配をかけちゃった私は、溢れ続ける涙を拭うとそのまま満面の笑みに変えて左側から順に会場に手を振る。 すると、それに合わせる形で手を振り返してくれるみんなが、左側から順にウェーブのように移動して会場の一体感が更に増したような気がした。

「みんな聞いて。 S.M.Sの人達がフロンティアから離れ、今は私達の知らない宇宙で今も頑張ってる…… 例え自分の命を危険に曝しても、それでも愛する人の為に守るべき人の為に今この瞬間も戦ってる! そんな人達に私の心を――フロンティアに住むみんなの心を届けたい」

 静かになった会場に向けてそう呼びかけて、私は大きく息を吸ってから目を瞑る。 そこに浮かび上がるのはパレードに出ていたS.M.Sのみんなの姿。 これから絶望があるかもしれないのに…… これからバジュラとの戦いがあるのに全員が誇らしげに、そして笑顔だった。
 お兄ちゃんはいつにも増してフロンティアに残す私を心配してくれて、ルカ君は凄く凛々しい顔で何かを覚悟するように前を見据えて歩いていた。 アルト君はパレードに参加してなかったけど、その後で電話が来て心配するなって言ってくれた。
 私はみんなをS.M.Sのみんなを――アルト君を信じてる!
 そう思って手をギュッと握って会場のみんなに目を向けると、そんな私の気持ちが伝わったのかS.M.Sに家族や恋人が居る人は誇らしげに、そしてS.M.Sの作った平和の上にいることを考えた人は応援するかのように会場では『S.M.S』コールがわき起こった。
 そんなみんなの声を聞きながら、私は次の曲を…… 今日の最後の曲を歌う事にした。

「今から歌うのは、フロンティアから離れ宇宙の奥深くに向かったそんな誇りたかいS.M.Sのみんなに捧げる歌です。 聞いて下さい、私の新曲…… [Proud of You]」

 この曲はフロンティア大統領がOperation ANGEL HALOについて宣言して、お兄ちゃんやアルト君たちS.M.Sがフロンティアから離れて行くって知ってから作り上げた歌で、今まで戦ってきて亡くなった人や今も戦っている人へ捧げる歌。 残された人の願いの歌。
 ゆっくりと始まる前奏を聞いて、新曲の言葉にざわめいていたみんなも息を飲むように静かになる。 そして私は歌い始め、歌詞に合わせてゆっくりと体が動き出す。
 目を瞑ればバジュラの襲撃で受けたみんなの悲しみや、そけで流した涙が空にたゆたっているのが感じられ、両手を差し出すようにしてそれを掬って集めようとイメージする。 いくら零れないように努力しても、それは小さいけど確実に掌から零れて旋律とともに輝いて消えてしまう。 掌に溢れる雫を愛おしく想い、零れて輝きを放つものには慈しみを感じて涙を流し胸に抱きしめる。 ただそれだけが私にできる慈愛の現れのように。
 目に入るのは悲しい現実。 フロンティアにあった美しい景色も、天を突くようなビルの数々も、みんなが誓いあった想いも願いも今は破壊の傷痕しか残っていない。 だから目を瞑れば見えてくる…… 美しい景色にアルト君が居た記憶、街中をアルト君と一緒に歩いた記憶、口にはできなかったアルト君への私の心の誓いと想い。 今はもうそれは夢でしかないけど、私の恋はアルト君だけを向いているからがんばれる。 戦うアルト君と一緒に居たいから、私もみんなの為に戦える!
 それでも立ち上がれない人もいる…… 壊れた街で泣いてる人がいた。 壊れた家で帰らぬ人を待ってる人や、病院で目覚めぬ人に絶望している人がいた。 そんな人達は生きる事すら辛いかもしれないけど、だからこそ私はそんな人達の助けになりたかった。
 街だった場所や公園だった場所を歩いても、今は子供の笑い声は聞こえてくる事はなかった。 みんな親を亡くした絶望や、破壊の恐怖に震えて悲嘆に暮れている。 そんな子供にこそ今は少しでも眠って欲しい…… 私の愛じゃ親の代わりになれないけど、今はそれでも悲しみを私の愛で閉じ込めて眠って欲しい。
 会場には私の歌に涙を流す人達や、明日への希望を見出す人がたくさん居てくれるのが私の小さな歌の力であり、小さな小さな私の誇りでもある。 これならお兄ちゃんにも安心してもらえるか? これならアルト君にも胸を張れるかな? S.M.Sのみんなもフロンティアで復興の礎を築こうとするみんなも私の誇りです。
 遠い宇宙でお兄ちゃんやアルト君が戦うのは私には見えない…… フロンティアに住むみんなが今この瞬間もフロンティアの1日も早い復興を目指しているのは、今ここで歌ってる私には見る事ができない。 それでも私はみんなをみてる! 感じてる! その呼吸もその想いも私の体に届いてる!
 だからみんなには忘れないで居て欲しいの…… いつも、いつだって、どんな時も私が傍に居ることを。 みんなから私が見えなくても、私が傍にいる事とを! お兄ちゃんやアルト君の傍には私の想いがある事を!


 歌が終わって曲の余韻が止まると、野外なのに全ての音が止まったかのような印象を受けた。 ゆっくりと、ただ確実に余韻から覚めていくのを感じながら、真っ直ぐ空を見上げる。
 そこには空はあるけど宇宙はない。 ただ、それでも私の声と心は空を抜けて宇宙を駆けてお兄ちゃんやアルト君たちに届いたって信じてる!
 鳴り止まない洪水のような拍手のなかで、私には蓋のされた空から宇宙が見えた気がして嬉しくて、惜しみない拍手に応えるようにステージから手を振ってステージから退いた。 そんな私を呼ぶカーテンコールの声が耳に心地よかった。



[11932] 25.悪夢
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/02/15 06:24
 距離感が掴めずに視界が歪む。 これは三半規管が麻痺しているわけではなく、跳躍空間での常識でしかないのだから宇宙は広いと言える。
 あちこちに歪みながらも、それでも確実にこちらを狙ってくるミサイルを回避しつつも、今も戦っているバジュラをやたらと観察してしまう。 話によればバジュラは緑のタイプから成長するに従って黄色くなり、最後には赤いタイプになると言われていて、バジュラには色以外に種類はないと教わってきたわけだが……

「明らかに別物だよな?」

 元々バジュラは昆虫的な要素をもった外観をしていたが、ここにいるバジュラはそれに輪をかけておぞましい外観をしており、狂った芸術家が思い思いで描いた化物が額縁から飛び出したかのようですらある。 例えばあの紫に染まったバジュラは堅牢な装甲となっている外骨格がねじくれ曲がって抉れ、その外骨格で守るべきてらてらと光って粘液を撒き散らす内臓が外骨格を突き破って飛び出してしまっている。
 そこまで観察してから、俺は再びR-9WFを狙って飛んできた肉腫をかわしながらそちらに目を向ける。 すると、そこにはまるで寄生虫に侵されたかのように、関節や腹部にぶくぶくと大きな肉腫を抱えた化物のようなバジュラがおり、それはミサイルだけじゃなくその身を侵しているであろう肉腫すら飛ばして攻撃してくるのである。
 そんな俺達の知っているバジュラの常識を覆すような吐き気さえもよおす化物との戦いも、今となっては終始こちらのペースで進んでいる。
 波動砲――それはR-9WFに限らずに、TEAM·R-TYPEによって修復されたR戦闘機に搭載された最強の矛である。 その最強を誇る矛は、この跳躍空間でもその絶対的な破壊力を遺憾なく発揮しており、クラン大尉の乗ったR-9Aは最強の盾であり波動砲に次ぐ矛でもあるフォースを巧みに操り、どこからわいて来たのかすらわからないバジュラをことごとく屠っている。 その姿はまるでバジュラがどんな姿でも虫けらでしかないと言うようで、敵として相対しているから路端の石を蹴るかのように淡々とその命を刈り取る死神にすら見えてくる。
 それを横目に俺は写しながら、このあまり使用するなとマクロス·クォーターからの発艦間際ですら耳にたこができる程に言われ続けた波動砲をチャージし、頭の中でメーターがゆっくりと上昇していくのを感じていく。 このメーターが少しずつ上昇するに従って、俺の体から何かがうっすらと抜けていくような感覚を受ける。 それはまるで大きく膨らませた風船から小さく抜けていく空気のようで、今までに感じた事のない何か大切なものが抜けていくのを本能的に感じてしまう。
 これほどの喪失感はこの短い人生で今までに感じた事がなく、まるでぽっかりと心に穴が空いていくかのようである。 奪われ盗られ吸われ減り続ける何かを俺は惜しみつつも、それでもこの魅力溢れる破壊力は何物にも代えがたく、ただ敵を殲滅する為に波動砲を使ってしまう。
 頭の中に映し出される波動砲のメーターは既に100%の頭打ちを指し示しているが、俺はそんなものを無視して無心で波動砲のトリガーを握りしめる。 そうすれば、後ろから狙われた肉腫を避ける頃にはそのメーターが反転するかのように2ループ目に突入する。
 まるで生きたまま頭を腑分けされて脳を検分されるかのような絶望感とともに、俺の心は溢れんばかりに荒れ狂う破壊衝動に襲われる。
 だからだろうか? R-9WFをめがけて飛び交う肉腫やミサイル等を波動砲で蹴散らし、その薄汚い獣を消滅させる度に頭にちらつく映像が不可解なまでに残虐なのは。

『――ねぇアルト』

「……クソッ、お前は誰だよ」

 頭にちらつくのは闇夜に立ち尽くすストロベリーブロンドの髪の少女で、勝ち気な表情で俺を見ながらもその瞳はガラス玉のように作り物然としており、その瞳からは生気すら感じられない死んだ魚のようですらあった。
 そんな彼女は俺に向けて右手を伸ばすと、全く身に覚えのない話をいかれたラジオのようにノイズを撒き散らしながら、それこそ実体験を振り返るかのように楽しそうにがなり散らした。 そして、何が面白いのか大口を開いて歯すら見えない深淵を見せびらかし、首や肩をカタカタと揺らしては怪音とでも例えればいいかわからないが、きんきんと甲高い声をあげては笑っている。
 笑い声のような汚濁を吐き出す口を今すぐ閉じてやりたいが、あくまで妄想の産物でしかない彼女を殺してでも黙らせるのには無理がある。 激しい嫌悪感をわざとひきおこさせるような癇に障る声をケラケラとあげる少女を見れば、いつの間にやらそこはどことも知れないステージになっていた。
 そこでも楽しそうにカタカタと手足を震わせる少女はまるで操り人形に見え、この背景のステージも奥行なんて欠片もない書き割りに見えてさえ来るのは妄想上の彼女の才能だろうか? その人形はへどの出るような口を使い、楽しそうに俺の名前を出してはこちらが聞いているか確認をしてくる。
 忌々しいながらも頭からそんな人形を踏み砕いてでも消滅させたいと思いつつも、それを一向に実行できない俺はその声を聞き続けざるを得ない。
 そして、その笑い声もピタリと止んだ。
 やっと大人しくなったと安堵する一方で、そもそもこの人形は何だと考えに耽ろうとすれば頭痛がして深く考えられない。 まあ、この人形が別に何であろうと俺には関係ないと頭の片隅に押しだそうとした時、さっきまでの不快な声ではなく何か懐かしさすら感じられ声を人形が出していたので、俺は不覚にも人形にみいっていた。

『ねぇアルト………… けて』

「誰なんだよお前は」

『ねぇアルト――助けてぇぇぇぇ!』

 人形は急にもがき苦しむように手足をばたつかせると、力を失ったかのように地面へと倒れ伏して下から俺を仇のように睨み付けている。 その瞳はただただ怨嗟と憎悪に濁り、生気の代わりに悪意を爛々と輝かせて俺を睨む。

『どうして助けてくれなかったの?』

「え?」

『どうして助けに来てくれなかったの?』

 殺意すら生ぬるい視線を俺に向けながらも、救いを求めるように彼女は俺へと地面を這いずりながらも腕を伸ばす。 それにほんの少しの戸惑いを感じていれば、地面を這いずる彼女に変化が訪れていた。

『ヒィ!?』

 彼女は急に悲鳴をあげたかと思えば、俺へと伸ばされた腕が指の先から抉れるように消し飛び始めていた。 それはゆっくりとゆっくりと手から指を消し飛ばしており、そこから付随する圧倒的な痛覚を感じているのか狂人さながらに彼女は全身を暴れさせ、口の端に泡を垂らして泣きじゃくっていた。
 彼女は狂えたらどれだけ楽だろか? 痛みの奔流から逃れる為に精神が発狂を求め暴れるが、津波のように押し寄せる痛みは発狂に逃れたいとおもう理性すら揉み潰し、絶対的な痛みを正気で味わう事を求めてくる。 見れば手からだけではなく足も消し飛んでいるのか、傷口から溢れる血液が空気に触れると激しい泡立ち音と共に沸騰し血煙をあげている。
 そんな拷問のような声を聞かされる俺も狂えたらと切に願うが、自身の冷静な部分はたかが妄想で狂うことまかりならんと正気を保たせる。 手足では消し飛び加減が違うのか、腕はまだ肘を過ぎた辺りまでしか無くなっていないものの、足は既に腹部を越えており彼女の虚ろな瞳からは憎悪の炎はとうに消え去り、今はただ肉体の脊髄反射だけでびくびくと痙攣を繰り返すだけである。
 だがそんな彼女も、首まで消し飛んだ時には今までの状態が嘘のように復調し、その視線を俺に絡めていた。

『あなたが私を殺したのよ』

 そう言って狂ったように笑う彼女の声は、いつの間にか消え去り空間が沈黙に侵された。 もうステージには彼女が居た証拠は何も残っておらず、毛の1本たりとも全てが消し飛んでしまっていた。
 それを実感すると急に胸が痛くなった…… 彼女はもうこの世に居ない。 彼女は――シェリルはもうこの世に……!

『よう、姫』

 絶望を感じて立ち尽くす俺の肩を掴み、懐かしい声をかけられた。 後ろを振り返ればそこにはメガネをかけたミシェルが、まるで氷のような眼差しで俺を見ていた。

「ミシェル……」

『彼女な、お前に助けを求めてたんだぜ?』

「……彼女? 彼女って誰だよ」

 ミシェルから言われた"彼女"について考えると、酷い頭痛と吐き気がするだけで誰かは思い当たらなかった。 そんな俺を見て『やれやれ、姫は姫だな』と肩を竦めるミシェルに苛つきを感じてしまう。
 だから俺は苛つきに任せ、肩に置かれたミシェルの腕を振り払った。 そこまで力をいれていなかったそれは、まるで呆気ないような軽い音を鳴らして地面に何かが落ちた。 ごとりと言う音を鳴らして落ちたものを見れば、それは一目瞭然である。

「ミ、ミシェ、ル?」

『姫はいいご身分だよな。 R戦闘機に乗れてさえいれば、俺だって死ななかったのに』

 もげた腕は地面で血飛沫を撒き、ステージを紅に染め上げる。 酷く薄い笑いを俺に向けるミシェルは、腕から全身へゆっくりと皹をいれ始めていた。 それは神秘的でもなんでもなくおぞましいの一言につき、腕から体が崩壊していくミシェルは俺を嘲り笑うかのような目で俺を見ていた。

『そもそも、元々俺じゃなくアルトがR戦闘機に乗って行けば、他には悪いが彼女を連れて脱出できた可能性があったし、そうともなれば俺は死ななかったしクランもああはならなかったのにな』

「ち、違う! 俺は悪くない!」

『次は誰を殺すんだ?』

「俺は――俺はぁぁぁぁ!」

『――ト! ――ト!』

「俺が殺したんじゃない!」

『アルト! おいアルトしっかりしろ!』

「ク、ラン大尉?」

『どうしたアルト…… だいぶ唸ってたぞ』

 そう言ってクラン大尉は首を傾げるが、俺にはそれが何よりも安心できて、そしてそんなことでさっきまでの事を忘れようとする自分に吐き気がした。
 しかし、頭に浮かぶ計器を見てそんな感情も一瞬で吹き飛ぶ。 明らかにさっきまでレーダーに表示されていたバジュラが居なくなっていた。

「クラン大尉…… さっきまでのバジュラは?」

『何言ってるんだアルト? 今はそれどころじゃないだろ!』

「え?」

『さっきのバジュラは陽動だ! マクロス·クォーターが襲われている!』



[11932] 26.緑の恐怖
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/06/25 23:33
 母艦であるマクロス·クォーターとの距離が近づくだけで、何故か俺の体は微かに身震いがしてしまう。
 さっきまで何か嫌なものを見てた気がするが、今となってはそんなものは尾をひく程度の不快感しか残っておらず、わきあがる焦燥感の前には無駄な感情と斬って捨てられていた。
 だが、いかに焦り急ごうと機体をこれ以上速く飛ばすわけにもいかない事情がある。 機体の持っているポテンシャルから考えれば、この程度の速度ではほんのさわりくらいのものでしかなくそれこそ倍以上の余力が残ってはいるが、これ以上の出力アップは搭乗しているパイロットである俺達の命に関わっている。 R戦闘機がいかに高性能であれ、乗ってる俺達は普通の人間でしかないのだ。
 そこまで考えれば、さっきまでの焦燥感は嘘のようになくなっており、心に余裕が生まれたような気がした。 その余裕は自身に無駄な思考を許し、俺は人類を滅ぼそうと躍起になっている存在であるバジュラについて考え始めた。
 バジュラとはいったい何なのか?
 初めての遭遇から人類とはまともにコンタクトを取ろうとせずに、ただただ戦い人類の殲滅だけを至上目的とでもするかのように愚直に人類と衝突を続ける節足動物に似た宇宙生命体。 その生態については殆どが謎に包まれていて、わかっているのは成体に至るまでに幾つかの段階をふんで成長している事と、何故かランカの歌に反応してその動きを止めること。 そして、愚直に物量戦を挑むだけだったのが、今となっては陽動だけとはいえども戦術を用いるようになったことか。
 そもそも、何故バジュラは人類を執拗に狙って滅ぼそうとするんだろうか? 種族は違えども、生物同士での闘争にはなんらかの理由が発生する。 それは闘争する生物同士の生物としての格が高ければ高い程に複雑化していき、生物としての格が低ければ低い程に単純化していく。
 例えば猫と鼠の闘争理由は単純明快であり、それは食物連鎖における猫による単純な捕食活動から発生した闘争でしかない。 ではバジュラと人間はどうか? バジュラが人類と接触してから何度も闘争が繰り広げられてきたが、未だにバジュラが殺した人間を捕食して食料にしていたとの報告は聞いたことがない。
 例えば人間と人間の闘争理由は複雑怪奇であり、それこそ幾百幾千もの理由が存在している。 人類には領土や人種等の理由で闘争してきた歴史はごまんとあるし、それこそ相手が気に入らないという理由ですら闘争が生まれる。 ではバジュラと人間はどうか? いや、この問いに答えはない。 大元の問題としてバジュラが生物としての格が高いのかがわかっておらず、こじつければどんな理由だってあり得てしまうのだ。
 しかし、生物としての格が高いのか低いのかはわからないが、バジュラは確実に人類と戦う事で進化しているのだろう。 今もバジュラが居ないと目されたこの跳躍空間にバジュラは存在し、陽動という戦術を用いて人類に牙を剥いている。 実際にどの程度の影響を人類はバジュラに対して与えているのかは未知数だが、それでも良い意味であれ悪い意味であれ戦術をバジュラに教えたのは人類ということになる。
 そして人類との接触を機に、バジュラは遠く離れた本星から俺達のフロンティア船団を目指すかのように勢力圏を広げてきていた。 このバジュラの行動理由は不明であり、最も有力な説ではバジュラは膨大な破壊衝動をその身に抱えており、その破壊衝動の捌け口として人類を選んだと言われているが真実は闇の中である。
だが、バジュラの行動理由がわからないとはいえども、その侵攻方向をフロンティア船団へと向けているのは純然たる事実であり、それこそ人類に対しては並々ならぬこだわりがあるのか長距離をフォールドしてまでやって来ていた。
 やはり宇宙は広いようで狭い…… こうやって広大な宇宙の片隅で、人類は何度闘争に巻き込まれなければならないんだろうか? ゼントランやメルトランとの闘争に始まり、宇宙で綴られた闘争の歴史はいつ終止符が打たれるんだろうか? 人類とバジュラ、別々の銀河系にいた生物同士が出会わなければ、こうした闘争を繰り広げずにいられたのだろうか?
 それとも、バジュラは人類以外の標的を見つけ、今と同じように標的との闘争の渦へとその身を投じるのだろうか?
 そこまで考えて頭をゆっくり横に振る。 これ以上のバジュラ考察に意味はない…… こんなものの答えは学者に任せるのが一番だし、そもそも闘争の渦で矢面に立ってバジュラを塵に還している俺がバジュラについて考えるべきじゃない。
 思考を空にして頭の計器を眺めるが、特に機体に問題は生じていないようである。 しかし、マクロス·クォーターに近づけば近づくほどにバイド係数が上昇しているのがわかる。
 それを見て、また思考が埋めつくされる。 このバイド係数とはなんなのだろうか? R-9Aには壊れて存在していなかったが、R-9WとR-9WFには搭載されたこの計器は確実にバジュラについて探知していると思われた。 今までもバジュラについて先に探知するのはバイド係数で、今回の戦いでもバジュラに対してバイド係数をだしている。
 もしかしたら、この機体を造った文明では敵をバジュラではなくバイドと呼んでいたのかもしれない。 そして、人類は未だにそんな文明と接触していないことから考えれば、その文明はバジュラとの闘争の果てに既に滅びた可能性がある。
 確かにR戦闘機は凶悪ともいえる性能があり、それこそ並みの戦艦の主砲以上はあるだろう波動砲をもち、更には原理さえわからない悪魔のようなフォースまで持ってはいるが数にはかなわないのだろう。 こんなピーキーともいえる特化型のR戦闘機が数機あったところで、宇宙を埋めつくすような数のバジュラに勝てなかったのだ。
 だが、ながい目でみればこんな文明の不幸も人類にとっては知らぬうちに与えられた幸運なのかもしれない。 こんな機体を作る文明がR戦闘機を量産でもしたならば、俺達人類には闘争という土俵にあがる暇もなく消し飛ばされていた可能性もあるのだから。
 そんな身も蓋もない事を考えていると、マクロス·クォーターのあるであろう場所を隠すかのように、巨大な何かが存在していた。
 それはあまりにも巨大であり…… あまりにも不可解なものだった。
 装甲が巨大だった。
 全長が巨大だった。
 メインエンジンのノズルが巨大だった。
 船体各所でおきる爆発すら巨大だった。
 それは爆煙たなびく船体を威風堂々とさらし、見たかぎりだがその船体の半分近くをを破壊されて失った姿であれど、それをものともせずに人類への敵対行動をとり続けていた。
 機体に取り付けられた計測器は高い値を弾きだし、この半壊した戦艦がバジュラの戦艦であるとバイド係数をうなぎ登りにし、止むことのない警鐘を鳴り響かせている。 脳裏に浮かぶ計器が悲鳴をあげ、俺の知らない知識を頭に流し込んでくる。
 そう、あれは、あの戦艦は――

「――グリーン·インフェルノ」

 聳え立つ緑の巨体はこの跳躍空間に降り立った破壊神の姿であり、例え半壊していようともその殺意と憎悪には一辺の陰りすらないだろう。 それこそ矢がつきて剣が折れようと、あれは…… グリーン·インフェルノはただひたすらに跳躍空間で出会ったものを鏖殺しようと全力を傾ける存在である。
 グリーン·インフェルノに備えられたレーダーという機械の眼にはマクロス·クォーターが捉えられており、過剰にも搭載された破壊の魔手は全てがレーダーに捉えられた獲物を消滅させんが為に、絶対的な暴力の津波となって俺達に牙を剥く。
 そんなグリーン·インフェルノに対して、こちらの母艦であるマクロス·クォーターは半壊したそれとほぼ同じ大きさであり、確かに生きた砲はグリーン·インフェルノより数が多いがそもそもネジ曲がる弾道は当たる気配を見せず、しっかり命中する弾もあるがそれは全体の数割りに過ぎず実質火力としては船体から爆煙を絶やさず砲も絶え絶えとしているグリーン·インフェルノと同等ないしそれ以下でしかなかった。
 だが、それもマクロス·クォーターだけでの話である。 この跳躍空間における火力は母艦のそれを上回るR戦闘機が戦闘に参加した場合、その天秤は明らかにこちらに傾くことになる。

『波動砲を撃つから続けアルト!』

 体にかなりの負担があるだろうに、クラン大尉はフォースを盾として更なる加速に踏み切っていた。 それに遅れをとらない為に俺も機体の加速を促すと、内臓への酷とも言える圧力が増加した重力を感じさせ、相対速度のあがった敵弾が光の矢を印象づける。
 フォースを装備していない俺は幾つもの砲が死んで穴だらけになった弾幕を掻い潜り、時にはR-9Aが通った軌跡に機体を隠したりしながら巨体へと迅速に接近していく。 そして、近付いて見れば見るほどその船体の異様さがみてとれる。
 既に船体のあちこちにはどのような武器を用いたのか想像もつかない破壊の痕が残っていて、抉れた船体から覗く内部には隔壁すら閉じた様子を伺えない…… 何故まだ統率された組織的な攻撃を行えているのか不明としか言いようがない。
 それでも攻撃を続けているならばそれは敵である証拠であり、目の前で波動砲を緑の巨体に叩き込んで破壊の痕を増やす以外に道はない。 通信から聞こえてくるのも役に立たない話しかなく、未だにマクロス·クォーターが変形せずに戦艦の形を保っているのはTEAM·R-TYPEが強硬に反対しているからといったものしかなく、現状の打破にはなんの意味もないものだった。
 無駄でしかないマクロス·クォーターからの通信を聞き流し、俺はゆっくりとまた波動砲のチャージを開始する。 それとともに何かが抜ける感覚に陥るが、それすらも戦闘に関係ないものだと切り捨ててループし始めた波動砲ゲージを注視しながらグリーン·インフェルノからの砲火を避け続ける。
 荒れ狂う波動砲を解き放った時、頭には厳めし顔で俺を睨む人が立っていた。 それは明らかに今までよく見てきたあの人…… 切っても切れない父親という血を分けた人だった。



[11932] 外伝3 素敵なホームビデオ
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/06/23 05:51
 右手に持った小さなチップを弄び、私は眉間のシワを揉みながらブレラから受けた不可解な報告について頭を使っていた。
 この右手にあるチップは別になんらおかしな物ではなく、広く一般に出回っているものである。
 こういった記憶媒体の場合、一番に問題視されるのはその内容だが…… これも別に誰にも見られてはならない軍事機密が入っているわけでもなく、公開されれば政府が転覆するような国家機密が入った重要なものでもなく、内容はただただ全編が暖かな家庭で録画されたであろうホームビデオである。 だが、むしろそのホームビデオに大きな問題があった。
 どこにでもありそうなホームビデオには、今時どの世代にも流行りそうもない三流にも劣る設定のB級パニックホラーが入っており、それは設定は食傷すら通り越して黴が生えたものであるが、しかしながらそんな設定に反して役者の演技はエキストラすら迫真の演技であり、気の弱い人間が見れば少なくとも三日三晩は悪夢に魘されるであろう内容だった。

「どうなっているの?」

『良くできた映画ってことは?』

『それにしては、リアルに過ぎるね』

 頭の中で会議をいくら続けても答えはでず、ギャラクシー船団との秘匿回線すら繋がらないいま、漠然とした不安だけが頭にこびりつきながらももう1度最初から再生する事にした。




 暖かな陽射しが降り注ぎ、涼しげな風が庭を吹き抜け小さな娘のスカートを揺らす。
 今日は娘であるティアの7歳の誕生日であり、我が家の庭では近所の人や娘の友達を呼びバーベキューと洒落こんでいた。

「パパー、パーパ!」

「はいはい、なんだいティア?」

「お風でスカートが揺れるから、今は撮っちゃダメなのー!」

 ぷんぷんと小さな頬を膨らますティアだが、いったいぜんたいどうしてこんなおませな娘に育ってしまったのか…… そんな娘の成長には妻も困っているようで、娘の言い分に苦笑を隠しきれていなかった。 そんな妻の笑みにすら心惹かれてしまう私は、本当に妻を愛している幸福者だと深く感じてしまう。
 子供達は美味そうに焼けた肉を食べていて、いつもなら野菜も食べろという親も酒が進んでいるのか、特に誰もそう言うことがなく幸せそうに肉をかじっている。 そんな子供達と一緒に肉を食べている娘をカメラに捉えつつ、アルコールが入り過ぎたのか頬を赤らめて縁側に座る妻の左横に座る。

「早いもんだね…… ティアなんかまだまだ小さいと思ってたけど、もう7歳か」

「そうね。 私にはまだまだ手のかかる娘だけど、それでも早いものね」

 ゆっくりとだが成長する娘に感慨深い思いがあるが、それもこの妻が居てくれたからの事である。 互いに慣れない子育てに疲れ、時には育児について対立することもあったが、その時の珍しく怒った妻すらいまではいい思い出である。
 2人が育んだ命――2人だから育めた命の結晶である娘。 何があっても娘を、そして妻を支えて助けようと、夫として深く誓う。

「パパ! ママはティアのなの!」

「あらあら、ティアったら」

 またまた頬を膨らませたティアの登場に、自分の頬が緩んでしまうのが自覚できる。 縁側に座る妻の膝に登って座る様など、招待した近所の人すら笑みをこぼしてしまう程に愛らしく、ますます自分の笑みが深くなっていく。
 美しい妻が居て幸せだった。
 かわいらしい娘が居て幸せだった。
 楽しい近所付き合いができて幸せだった。
 娘に友達が多くて幸せだった。
 そしてなにより、こうして幸せを実感できる瞬間が何よりも最高だった。

「愛してるよシィル」

「ええ、私もよバルボ」

「愛してるよティア」

「むー…… お酒臭いパパ嫌いー」

 妻と口づけをかわし、口づけをいやいやする娘の頬をくすぐってから、娘の左手をとり柔らかくてすべすべの手の甲に口づけを落とす。 恥ずかしそうに身を捩らせ妻にくっつく娘を見て笑ってしまい、もう一度口づけを落とそうとしたその時――庭を破砕音が支配した。
 それは"ドン"とも"ガン"とも例えられないような音で、高速の何かが塀をぶち破りバーベキューセットをバラバラに吹き飛ばし、そのままの勢い収まらず家に激突していた。 自分は何かが家に激突したその衝撃で、左側に強く弾き跳ばされ地面に打ち付けられた衝撃で肺から空気がなくなり、過呼吸にでもなったかのようにぜぇはぁと呼吸を繰り返す。
 いったい何だ…… 何があったんだ?
 今は激突の衝撃を物語るかのように砂煙がまっていて、それがなんだか見えることはない。
 段々とその煙が晴れてきて、その惨状が全貌を現し始めた。
 まず目に入ったのは、高速だった"それ"の侵入経路である塀だった。 それは衝撃を見せつけるように内側に崩れ、どれほどの破壊力だったのかを語りかけている。
 次に目に入ったのは、ひしゃげてひっくり返ったバーベキューセットと人間だった。 地面に撒き散らされた肉や野菜の彩りが現実感を失わせるが、手足や首をあらぬ方向へねじ曲げた子供達や焼く係りを買ってでていた人達が地面に倒れ伏し、赤い染みを広げている。
 次に目に入ったのは、家に正面から突っ込んだゴミ収集車と、縁側があったであろう場所から流れる赤いなにか。 自分の頭が沸騰しそうな程に熱くなるのがわかるが、逆に心が冷えていくのもわかる。
 何があったかよく考えろ。 ゴミ収集車が塀をぶち破り、人間を轢いて自分が座っていた右側に突っ込み、自分はその衝撃で左側へ吹き飛ばされた。
 その時、自分は誰の隣に座ってた?
 その時、妻は誰の隣に座ってた?
 その時、娘は誰の膝に座ってた?
 今この時、自分の右手が掴んでる腕は誰だ?

「あ、あぁ、ああああああああああああああ!?」

 震える右手が掴む小さな腕は、肘から上が何か強い力で潰され千切れていた。 誰だ? この腕は誰の腕だ!?
 頭が狂いそうなまでに激情だけが感情を支配し、その次に起きた事を怒りに苛まされながらも、黙って見ているしか自分にはできなかった。
 ゴミ収集車から2台の人型清掃ロボットが降りてくると、いそいそと機械にインプットされた作業を始めていた。 彼等に与えられた作業は単純なものであり、まさに名は体を表すように清掃が彼等に与えられた作業である。 彼等は機械だから文句は言わないし、間違いだって犯さない。 与えられた作業をきちんと完遂する為に、ゴミ収集車に轢かれ地面に伏せる人間だったモノをゴミ収集車に放り込み、新しく人間だったモノがそこに入る度に機械で圧縮しているのか、ぐちゃりべちゃりと潰れる音が聞こえてきた。
 誰も動けなかった…… 余りにも予想外で想定外で想像の範囲外な出来事が起きていて、バカみたいにマヌケみたいに呆けたみたいに死にたいみたいに黙って作業を見ていたから、清掃ロボットの行動から逃げる気にならなかった。

「ひぃ!?」

 清掃ロボットが地面に落ちていた人間を拾うと、それはまだ生きているのか悲鳴を漏らした。 手足がそれぞれ1本ずつ折れてはいるが、お隣さんである彼はまだ生きていた。
 だが、清掃ロボットは与えられた作業を確実に遂行し、悪夢だけを見せつけてきた。

「や、やめて…… 助けて」

 彼も折れていない手足で必死に抵抗するが、そもそも力仕事であるゴミ収集を担当する為に造られた清掃ロボットとはスペックが違い、一般生活を目的としたサイボーグ化ごときでは手も足もでない。 だからこそ彼は軽々と持ち上げられ――そのままゴミ収集車へと放り込まれた。

「ぎゃぁぁぁ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

 弾ける音や砕ける音と共に、この世ならざる悲鳴が耳をつんざく。 ぐちゃぐちゃべちゃべちゃがちゃがちゃとゴミ収集車から音がする度に、中からは絶叫がする。

「助けて…… 何で俺が…… 助け……………………」

 その悲鳴すらやんだ時、生き残った人間は恐怖のあまり逃げ出す事を選択していた。

「う、うわぁぁぁ!」

「助けてぇ!」

「きゃー!」

 それぞれが思い思いの絶叫を口にし、声を出すことで恐怖を紛らわせてこの地獄から逃げ出す。 冷静な心は絶望する…… 今日の誕生会には10人以上居たはずなのに、絶叫をあげて逃げるのは自分を含めて3人しか残っていなかったのだ。
 逃げ出す際に、恐怖から娘の腕を置いてきてしまい、その腕が清掃ロボットによりゴミ収集車に放り込まれ、潰れる音とともに血飛沫が舞ったのが我が家でみた最後の光景だった。


 そこからは地獄の連続だった。
 知らない人と合流すれば、何でも彼等は突然輸送システムが暴走して仲間が殺されるなか、何とか命かながら逃げてきたらしかった。
 そして合流した彼等は、一緒に逃げる途中で人間と鳥と車を滅茶苦茶に繋げたような奴に喰われて死んだ。
 知ってる人と合流すれば、何でも彼等は勤務先の食品工場が暴走してロボットが人間を捕らえては調理する地獄から、何とか命かながら逃げてきたらしかった。
 そして合流した彼等は、一緒に逃げる途中で暴走した警備ロボットに射殺されて死んだ。
 誰かに会って話を聞けば聞くほど、いったい何処へ逃げればいいのかわからなくなる。 そこで、誰かが言った。 飛行機に乗ってギャラクシーから逃げようと。
 生きて逃げる為に一致団結した自分達は、何度も仲間を殺されながらも何とか航空機の確保に成功した。 それに全員で乗り込み、ギャラクシーの緊急事態を伝える為に呪われた船団から逃げ出し……

「……あれ、なんだったんだろうな」

「さぁな……」

「父さん…… 母さん」

 ギャラクシーから離れ全員が絶望を吐露し始めた時、急に機内の空気が薄くなったのを感じた。 泣き出す者や喚く者、絶望する者など様々な反応があるが、確かに体感する空気が薄くなってはいるが機体の計器は正常値である。
 そんなおりに、機内で赤い花が咲いた。 人間が内側から弾け飛んだのだ。
 そこで全員が気付いた…… 空気が薄くなったのではなく、気圧が下がったのだと。
 そこから連鎖するように人間が弾けるなか、頭が弾け飛んで赤く染まる視界の中で、恐怖からか握ったまま離せなかったカメラがまだ回っている事に驚き、もしこれを誰かがみてギャラクシーの緊急事態を伝えてくれればと願いバルボは意識を無くした。




 何度見返しても不可解だという結論しか出てこない。 ギャラクシーがパニックホラーの撮影地になっていて、これがその最優秀作品だと言われたほうが納得できるほどのリアリティだった。
 判断は急ぐべきだが決断を急ぐ必要はない…… 会議で決まった決定に則り、私は静かにチップを机の引き出しにしまいこんだ。



[11932] 27.激戦区
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/06/25 23:30
 巨大な船体を覆う緑の装甲に向けて、私は果敢にも波動砲を叩き込んでいく。
 だが、この戦艦はいったいどのような材質を装甲に用いているのか、蜂の巣のように穴を穿たれた船体に威力の殆どを阻まれてしまい、本当にこれが波動砲による攻撃なのか疑いたくなってしまうような小さな穴しか穿てないでいた。

『こちらオズマだ! 2人とも聞こえるか!』

「こちらスカル4、聞こえているぞオズマ」

『おいスカル――イメージ1応答しろ!』

「オズマ、アルトは……」

 この戦艦との戦いが始まってからというもの――いや、前回のバジュラとの戦いから兆候があったが、急に虚ろな目をしたかと思えば悲鳴や唸り声を発したり一転黙り込んだりかなり情緒不安定になっていた。 そんな状態であってもR-9WFの軌道は小揺るぎもせず、先ほどのバジュラもなんら問題なく駆逐していたのでそれほど問題視はしていなかったが、それでも通信機から垂れ流されてくる絶望に侵されたアルトの声はホラー映画の比ではなかった。

『チッ…… イメージ1は使えるのか?』

「戦闘に問題はない。 アルトはあんな状態でも私より巧くて強い」

『マクロス·クォーターの対空砲じゃダメージを殆ど与えられていない…… 波動砲はどうだ?』

「R-9Aの波動砲じゃ敵の装甲が堅すぎてまともなダメージを与えられていない……」

 新たに解き放たれた波動砲は敵に牙を剥くが、硬く閉ざされた装甲に威力が減衰してしまい、砲塔を巻き込みながら小さい穴をあけるだけで破壊の奔流は消え去ってしまう。 今までのバジュラとは大違いの装甲に、操縦桿を握る手にも汗が浮かぶ。

『だったら、敵の砲を潰してもらえないか?』

「了解! その程度ならR-9Aでも叩ける」

 命令を聞き入れた私は――アルトも聞いたかは不明だが――そのまま近づいて、まだ生きている敵の砲へむけて機銃掃射を敢行してみれば、如何に装甲が硬く頑丈とはいえど砲身まで凶悪ともいえる硬度はないようで、弾丸が消えさえしなければ波動砲すら使わずにうるさい対空砲を黙らせる事に成功した。
 もう僚機というわけではないが、後ろを見ればアルトも波動砲や機銃掃射を併用することで、効率的に攻撃を続ける砲を沈黙させていっている。
 私もアルトのその化物のような機動を学びたいものだが、自分も同じパイロットだから理解できる。 あれはそもそも違い過ぎる…… 機体の性能差なんかでは埋めきれない圧倒的なまでの才能差と、搭乗者自身の身を一切省みない徹底的なまでの急制動。
 自意識過剰ではないが、私だって戦闘機乗りとしての才能は人並み以上にあると思っている。 だけど、それにしてもアルトは悪魔に――いや、このR戦闘機に魂を売り渡したかのようなセンスには到底及ばず、更にはその才能が人体への影響を考えてギリギリのラインを無意識に引いてしまい、アルトのような無茶苦茶な高機動ができないでいた。

「……ちっ!」

 視界外から迫る敵弾に気付くのが遅れ、気付いたときには急制動でしか避けられない状況に陥り、そんな視界外からの敵弾すら見えているかのようにするりと避けているアルトに嫉妬してしまう。
 急制動で全身に異常なまでの負荷を感じつつも敵弾を避け、チャージしていた波動砲でちまちまと攻撃し続けるが、いくら砲を潰した所で効果が見えてこない。 それでも、私たちはまるでそれしか知らないかのように、砲へ近づいては機銃を放ち、すこし離れれば波動砲で少しずつだが確実に砲を黙らせていく。
 だが、いくら敵弾を避けて懐に飛び込み生き残っている砲を潰してもこちらに飛来する敵弾は減らず、更にはマクロス·クォーターへ撃たれる弾も何とかピンポイントバリアで防いではいるものの、着弾命中を示すピンポイントバリアが減る事がない。

『スカル4! 何をやってるんだ! 一向に敵弾が減ってないぞ!』

「う、うるさい! こっちだって、敵弾を避けながら全力を出してるんだ!」

『だったら結果を出せ!』

「――それなら、マクロス·クォーターも無駄弾ばかり撃ってないで、もっと黙って当ててみろ!」

 急に入ってきたやたらと苛立つオズマの声に、こちらも苛立ちを隠せずに怒鳴ってしまう。 私だってマクロス·クォーター艦橋側のストレスは理解できる…… いくらマクロス·クォーターが対空砲を撃っても敵艦に当たらず、脅威的な戦闘力を持ったR戦闘機だけが遊撃手として自由に飛び回り、恐ろしく巨大な敵艦へと攻撃を悠々と行なっている。 それなのに敵艦からの攻撃が途絶える事がなく、艦橋からすればこちらが気を抜いていると感じているのだろう。
 しかしながら、そのストレスはこちらにもないわけではない。 僚機と言うべきアルトとはまともな意志疎通ができず、狙って弾すら撃てないマクロス·クォーターは役に立たないなか、たかが弾幕と言う言葉では表しきれない途切れのない敵弾は面として襲いかかって来て、それをなんの援護もないまま縫い目を読むように飛び込む極限状態であり、視界に敵弾以外見えないような状況もままある。
 そんな状況下で私の精神力は確実に削られ続けており、それは反動として沸々と苛立ちを募らせているというところへ、あのオズマからの通信である。 通信機ごしから『ちょっ、ちょっとオズマ……』オズマを諌める声が聴こえてくるが、強くオズマに諫言しないということは心中では近い想いを抱いているのだろう。
 だったら今すぐにでも甲板に戻ってやるから、あいつらに最前線を代わって欲しい。 こちらは機体のサイズから見れば小さな主翼の翼端数mmの距離で弾幕を避け、壊しても壊しても壊しても壊しても減らない砲を潰しているのは数が数ゆえに効果が見られず、じり貧にしかならない戦闘は気が触れるんじゃないかという程の威圧感しか感じない。
 こんなような状況で、艦橋は私たちにいったいどこまで求めているのだろうか? まさか、R戦闘機に乗っているんだから、こんなでかいだけの敵艦を即座に撃沈しろとでも言うんだろうか?
 その時だったが、アルトのR-9WFから放たれた波動砲の奔流が敵艦に当たり、偶々そこの装甲板が弱っていたのか大穴をあける事に成功した。 あいたばかりの大穴へR-9WFは迷わず突入したのを見て、私もそれを追いかけるように大穴へ突入していた。




 頭にこびりついた血塗れの親父を振り払うように解き放った波動砲はグリーン·インフェルノに直撃し、そこに大穴をあけることができていた。 ちらりと頭の中の計器に思考を振れば、そこには半壊したグリーン·インフェルノの中心部近くから強いバイド係数を感知していて、とにかく埒が明かない戦闘から脱する為にそこを叩くべくR-9WFで突入する。
 内部も外観に負けず劣らず破壊されていて、幸いにもそのおかげで壊れて広い内部を縦横無尽に駆け抜ける。 バイド係数の多い方へ、バイド係数の強い方へ向けてR-9WFを操り、グリーン·インフェルノ内部にすらポツポツと配置された砲を叩き潰し、愚直にただただ一直線に核へと向かって行く。
 その道程を邪魔する者はバジュラを部品として創られた戦闘機でも、ゼントラーディを部品として創られた生命体でも、メルトランディを部品として創られた機械でも、人間を部品として創られた壁ですら関係なく粉砕し、目的の為だけに奥へ奥へと侵入していく。
 殲滅全滅壊滅破滅だけが行動原理であり、その衝動につき従う暴力的な意志でもって敵を叩き潰し続ける。 壊し壊され破壊し破壊され閉じかけたシャッターを喰い破った瞬間、そこにあったモノを見て心を奪われる。
 先ほどまでとは隔絶された広い空間には、中央に赤く胎動を繰り返す何かが存在していた。 悪意の欠片すら感じられないその佇まいには神聖さすら漂わせ、胎動を続けながら震える様は両翼をへし折られてなお祭壇で祈りを捧げる女神さながらであり、苦しみを負っても頑なに再生を願う優しさすら感じとれる。
 俺は即座にそれを無害と判断し、赤い何かを無視するように更に奥へと壁を突き破り飛び込んでいく。 そこは破壊の傷痕が存在しない整えられた通路であり、ここからは何の妨害もなく進んでいく。 耳が痛くなる程の静寂が身を包み、誘われるように真っ直ぐ前へと進み続けていると、行き止まりのように道を塞いでいた壁が自然と開き更なる1室へ俺を通した。
 そこも先程の空間に近いものを感じるが、パイロットとしつの知識が格納庫ではないかと頭に語りかける。 格納庫…… そう考えればたしかに広い空間にはガラス張りの管制室のようなものがあり、床のラインも発着を誘導する為のものにも見える。
 そこでくるりと周囲を見回し、それをみた瞬間にゴクリと唾を飲み込んだ。
 それは、余りにも似ていた。
 あれはバルキリーではない。
 あれはクァドランではない。
 あれは、あれはそう――R戦闘機だった。
 急に頭の中で情報が暴走す…… あの機体についての報告が雪崩のように脳容量を圧迫し、割れるような痛みが頭を苛む。 だが、それでわかった。
 あれは、ひずみのない全方位画像データを収集するために、レドーム部を球形に改造した機体。 R戦闘機でありながら早期警戒球形レドーム装備型という、索敵と情報処理に特化した特務機体。
 自らの操るR-9WFを格納庫に着陸させ、急いでそれへ向かって走り寄る。

「R-9ER…… パワード·サイレンス」

 R-9ERには目視する限り破損や欠損はなく、完璧な状態でそこに留まっていた。 跳躍空間というR戦闘機以外には行動ができない現状において、こうして新たな力が手に入るという行幸は驚くべきことであり、そんな驚愕を上回る歓喜が体を支配する。
 そのまま急いでR-9ERのコックピットへ乗り込み、コンソールを操作して機体の内部までも精査する。 これだけ喜んだ挙句、実は壊れていたとなればぬか喜びこの上ない。
 そんな不安が頭を過るなか、精査するシステムが機体のオールグリーンを伝えてきたのをみて、更なる歓喜がこのみを襲った。
 だが、そんな喜びに水をさすかのように無音空間だった格納庫へ爆発音が聞こえたかと思うと、船体が大きく揺れだしたのがわかった。 俺も急いでグリーン·インフェルノから脱出する為に急いでコンソールを操作して、このR-9ERが自動操縦でR-9WFについてくるように操作すると、そのまま自機であるR-9WFに戻りいち早く脱出を開始した。



[11932] 28.真実
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/07/13 18:02
 アルトのR-9WFを追いかける形で突入した内部も外観に負けず劣らず破壊されていて、幸いにもそのおかげで壊れて広い内部を縦横無尽にR戦闘機で駆け抜けることができる。 しかしながら、まるでゆっくりだが敵艦内部が再生しているようにも見える…… 破片の端々が融けて癒着し分裂し結合する、単細胞生物かなにかの印象を受ける。
 まあとにかく今はR-9WFが向かう奥へ向けてR-9Aを操り、艦内にすらポツポツと配置された砲を叩き潰すアルトの取りこぼしを叩き、ただただ一直線に奥へと向かって行く。
 その道程を邪魔する者は破壊の化身と化したR-9WFに叩き潰され、戦闘機も生命体も機械も壁ですら関係なく粉砕し、何もない破片ですら存在を許さないとばかりに攻撃を続けている。
 今のアルトから感じるのは破滅的な意識だけであり、その衝動につき従い振り回され暴力的な意志を出させられ敵を叩き潰し続けている。 そんなアルトだが、閉じかけたシャッターを喰い破った瞬間、私はそこにあったモノを見て心を奪われる。
 先ほどまでとは隔絶された広い空間には、中央に赤く胎動を繰り返す何かが存在していた。 この世の全ての悪意を混ぜ合わせ捏ね合わせたかのようなそれは、吐き気すら感じるその佇まいに邪悪さすら漂わせ、ひきつるようにおぞましい胎動を続けている。
 その震える様は善意の欠片さえ存在しないバフォメットさながらであり、魔女の釜で憎悪や嫉妬や強欲などを煮立て負の感情を凝縮する事で、劣悪で醜悪な人間を嘲笑うかのような敵意すら感じとれる。
 私は即座にそれが全人類にとって有害だと判断し、赤い何かを是が非でも破壊しようと判断を下したが、なんとアルトはそんな化物を無視するように更に奥へと壁を突き破り飛び込んでいく。
 あり得ない…… いったいどんな判断基準でこれを見たら、今すぐ破壊せずにいられるんだろうか?

「イメージ1! アルト、おいアルト! 応答しろ!」

 私もアルトへ必死に通信を試みるが、聞こえているのだろうにアルトからの返答はなく、もうここからではR-9WFの姿は見えなくなっていた。
 自然と舌打ちが漏れるが私は気を取り直し、この最悪を打倒すべくそれと対峙する。 そこで気付いたが、私はこれを前にも見なかったか?
 機械的な存在でありながらも、生物的な胎動を繰り返す揺りかご。 嫌悪感を掻き立てる光沢をもながら、糸をひく粘性をもった唾棄すべき存在。

「……これはガリア4で見た戦艦の核?」

 その風体、その存在感の全てが頭の中で一致する。
 そうか…… これはあれの仲間なのか。

「ぐッ…… 頭が……」

 例えるならば、まるで脳みそが上下左右に暴れているかのような痛みが私を襲い、それと同時に思い出したくない――忘れていたい真実が意識を蹂躙する。
 死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ!
 生きてるなんて希望的観測に過ぎない! 死んだ死んだ死んだ!たぶん死んだ、きっと死んだ、絶対に死んだ!
 ミシェル! ミシェルミシェルミシェルミシェル!
 ミシェルは殺された! こんなやつに殺された! こいつの仲間に殺された!
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!

「殺してやる!」

 私の怒りに歓喜するように恐怖するようにそれは胎動を繰り返し、傲慢にも嘲笑い人間の尊厳を踏みにじるように、ゆっくりとゆっくりと成長を続けている。
 噛み締めた口の端から血が垂れるのがわかるが、今はその程度のことは意識からはずし、ただの1秒でもはやくこれの存在に審判を下すべきである。
 どす黒い衝動に身を任せ、波動砲のチャージを始める。 その時間すら狂おしい程に長く永遠にも感じてしまう。

「――これで死ねぇ!」

 渾身の力で振り上げた拳を叩きつけるように、チャージを解除し波動砲を解き放つ。 輝く光の奔流は軌道に存在する全てを断罪するかのように、破壊された壁の破片があれば貪欲に喰い潰し、粉塵すらもさらに粒子へと砕きつくしながら核を目指す。
 そこには心外ながらもあの核と同じく欠片ほどの善性すらなく、無慈悲に断罪せしめんと核へとめどない燐光の牙を剥く。 そして波動砲は呆気なく――最後までなんの妨害や障害を受けることなく、悪意しかない核へ牙を突き立てると核の半身を喰いちぎった。

「ふざけるな…… ふざけるな! ミシェルを殺したんだろ! もっと反撃しろよ!」

 こんなのじゃミシェルの魂へ捧げ足りない…… この程度じゃミシェルが報われない。 もっともっと壊して削って砕いて否定しないと、ミシェルを想う私の心が壊れてしまう。
 即座に波動砲をチャージしなおして残る半身も粉砕し、次なる獲物を求めて視線をレーダーへ向ける。 するとR-9WFの現在位置が見えたが、アルトは通路を奥へ奥へと進んだ結果、位置的にマクロス·クォーターからかなり離れてしまっているようだった。 それにしても、R-9WFもその場で留まっているようだがいったい何があるんだ?
 視界にもレーダーにも敵の表記はなく、ならば動きの無いアルトの方へ向かおうとした瞬間、制御を失った艦内で爆発が起こりだした。

「なっ?!」

 アルトが向かった通路は爆発で潰れ、そちらには救援に向かえなくなってしまう。 が、爆発はそれだけではなく艦内随所で起きているのか、艦内に爆音と振動が充満していて、今は少しでも早く私も撤退すべきだと理性が訴える。
 だが、アルトを見捨てていいのか? また仲間が死ぬのか?

「うっ…… クソッ、死ぬんじゃないぞアルト!」

 跳躍空間において動ける機体はR戦闘機だけであり、私のR-9AとアルトのR-9WFが共倒れになるわけにはいかない! それに、アルトはそもそも私では追い付けないほどの操縦技術と才能があり、アルトなら突破してきてくれるという確信があった。
 だから私は閉じ込められた形になったアルトを意識からはずし、脱出に全神経を傾ける。 視界は爆煙で霞がかり、今もやまぬ爆発が炎や破片となりR-9Aの機体を舐めあげる。
 本来の機体だったらこんな状況下ではバトロイド形態になり、速度を殺してでも走破性と安全性を求めているところだが、R戦闘機はまったく違う。 確かに元々可変戦闘機ではないが、それでもR-9Aは戦闘機でありながらもmm単位にも及ぶ操作性と遊びのない反応があり、このような悪条件ですら旧来の――いや、現最新鋭のVF-25Fに後塵すら拝ませない高機動。
 ここにはもうパイロットと機体との信頼感を通り越し、既にそれは確信とまでいえる領域に入っており、だからこそこのような状況でもなんの心配もなく突破することができた。
 入口となった穴を塞ごうとする壁を波動砲で消し飛ばし、邪悪の権化の巣から凱旋するように跳躍空間へと脱する。 歪む跳躍空間からながめる敵艦は既に攻撃が止んでいて、外殻を巻き込むように爆発を繰り返すさまに多少の溜飲が下がるが、だからといってこの程度では感情が納得することはない。
 小爆発と大爆発を交互に繰り返し、装甲が剥がれ船体が壊れるなかで、何故かレーダーに映るR-9WFのマーカーが移動することがなく、もしかすると最悪の事態が起きているのではないかと不安にかられ、遠回りになるのはわかっているが船体を回り込むようにアルトのいる場所を目指す。

『おい、スカル4! 何をやってるんだ、早く帰投しろ』

「しかし、アルトが!」

『何を言ってるんだクラン? アルトなら今さっきマクロス·クォーターに帰還しているぞ』

「は、え? いや、アルトのマーカーならまだ敵艦の内部に…… あれ?」

 アルトへの不安にかられる私にオズマから返ってきた言葉は、むしろ私を心配するような内容だった。 詳しくレーダー画面を精査するが敵艦内部からはアルトのマーカーが消えており、本当に消えるかのようにそのマーカーはマクロス·クォーター内に移動している。 さっきまで確かにR-9WFは敵艦内部にいたはずなんだが。

『まあいいさ。 お前たちR戦闘機のおかげでバジュラの脅威は去ったから、とりあえずR-9Aのレーダー周りも故障がないか気になるから、とにかく早く帰ってきて休め』

「了解」

 オズマからの通信をうけて進路をマクロス·クォーターへと変更し、そこでやっとこの激戦をくぐり抜けられたのだと安心したのか、途端に大きなため息がこぼれてしまう。
 私の小さな肉体は、対空砲を避ける戦闘軌道で既に疲労困憊であり、精神も機体の数mm先を通り抜ける敵弾によりかなり磨り減ってしまっていて、そんな戦闘が機体へのしわ寄せとなりレーダーのような精密機器がダメージを追ったのかもしれない。
 それにしても、疲れた…… 今は早くマクロス·クォーターに帰ってゆっくり眠りたいが、それにしてもあの戦艦はなんなんだろうか?
 ガリア4で会敵した高機動を実現した戦艦といい、跳躍空間で見た半壊しつつも他を圧倒する巨大な戦艦。 今まで見てきたどんなバジュラの戦艦とも違い、たったの1機すらバジュラの編隊が配置されていない。
 そもそも、バジュラは何故戦艦だけを単機で運用するんだ?
 確かに戦術的運用をし始めたバジュラだが、物量だけを売りにしていたのが急に人間が使う戦艦を模倣し、それどころか圧倒的なまでに進化させるような化物なのか?
 それに、目の前で大爆発を起こし完全に沈黙した戦艦は、いったいどこの誰が半壊に追い込んだんだ? 謎や疑問は尽きないが、答えは誰も教えてくれやしない。
 もう一度私は大きなため息を吐くと、思い切り頭を振って雑念を振り払う。 疲れていると思考が淀んでしまい、悪い方へ悪い方へネガティブに進んでしまうな。
 これについて考えるのは後にしよう。 なあ、ミシェル…… 私はお前の分まで頑張っているぞ。 あいつらは私が――私が絶対に絶滅させるから、だから私に力を分けてくれ!



[11932] 29.邪悪
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:cb7db364
Date: 2010/11/09 21:41
 会戦時から半壊していた正体不明の巨大な戦艦を撃破し、先程までのひりつくような緊張感が艦長以下艦橋から失われるが、それでもまだ俺達の仕事が終わったわけではない。
 艦橋という艦の頭脳は戦闘が終わってからも、戦闘の後始末が残っているのだ。

「よーし、戦闘配備を第1種から第2種へ引き下げろ」

「了解艦長。 こちら艦橋のオズマだ、これよりマクロス·クォーターを第2種戦闘配備へ引き下げる。 周囲の安全が確保され次第順次引き下げるから、お前たちも周囲の警戒を怠るな」

「艦長! マクロス·クォーターのダメージは軽微ですが、何発かはピンポイントバリアをかい潜り命中したようです」

「火災の有無を確認し、怪我人がいるならば衛生兵を派遣してくれ」

「了解です!」

 被害が軽微だったとはいえ、やはりまだ艦橋はゆっくり休めそうにはないらしく、艦長を中心として各種連絡や命令が激しく行き交っている。
 だからこそ、艦橋にいる艦長もオペレータも全員が全員仕事をしているなか、他人には見せられない間抜け面をさらしながらレーダーを凝視しているキャシーは目立っていて、さすがにこれ以上は支障をきたすと感じた俺は声をかけていた。

「おいキャシー…… 疲れてるのは全員同じなんだから、もう少しだけ頑張ってくれ」

「…………ねぇオズマ、これは何だと思う?」

 キャシーが指差す先には、レーダーに映ったR-9WFのマーカーが光輝いている。 が、キャシーの指はその後ろのマーカーを指差していた。
 それはIFFでは味方だと確認がとれず、それにしてはあのアルトが後方数mを敵機に占位されたまま増速どころか戦闘軌道すらとらず、後ろにそれがついてくるのが当たり前のように飛んでいる。
 クランのR-9Aは他の位置に――何故かマクロス·クォーターから離れて行くが――確認でき、そうなればR-9AのIFFが故障したという線が除外できるが、最も有力なそれを除外した時点で他の案は皆無である。

「オーティズ君、これはどういう事かね?」

「え? その、私にも何が何やらで……」

 話を途中から聞いていたのか、それについて艦長が艦橋要員として残っていたオーティズ技術少佐に尋ねるが、TEAM·R-TYPEとしてもこれは不測の事態のようで錯綜する情報1つ無いようだった。 ここまで情報が無いならば通信を受動的に待つべきではなく、能動的にこちらから連絡を入れるべきだろと考え、即座に通信のチャンネルをアルトのイメージ1へと切り替える。

「こちらマクロス·クォーターよりイメージ1へ。 おいアルト、こちらのレーダーでR-9WF後方40m程を何かが占位しているが、そっちで確認できるか?」

『………………あ、その、グリーン·インフェルノの格納庫にて、無傷のR-9ERを発見したので鹵獲しました少佐殿』

「ん? ああ、そうか。 とりあえず、早く帰艦しろ」

 R-9WFとの通信を切り上げ、アルトから聞いた話をかいつまんで艦長に説明し、隣にいるキャシーの「あなたもぼーっとしてないで働きなさいよ」と言う視線を無視し、真っ暗になった通信モニターを俺は睨み付ける。
 確かにクランからの通信で、アルトのメンタル面が潰れているとは聞いていたが、その瞳にはたしかに生気がうかがえなかった。
 それに、あの表情はまるで通信相手が誰だかわからず、階級章をみて無理矢理呼んだかのような…… いや、今はそれどころじゃないな。
 そんな事を考えるなんて俺が今いる戦場は砲火の飛び交う前線じゃなかったが、それでもやはり疲れているようだった。

「ん? これは」

 イメージ1から送られてきたデータを開くと、そこには鹵獲したというR-9ERのスペックデータが記載されており、それを見る限りではどうやらR-9ERは今までのR戦闘機とは毛色が違う存在のようだった。
 この外見の丸みだけを考えればとても戦闘重視の機体とは考えずらいのが特徴的だが、それ以上にR戦闘機を造った文明からすれば普通なのかもしれないが、こちらからすればあきらかに過剰とも思われる画像処理能力を有しているのが1番の特徴である。
 それに、今までの機体と比べてしまえば歴然ともいえるまでに低下した戦闘能力を鑑みると、この機体の運用理念は偵察機か何かだろう。

「よし、俺も着艦するR-9ERの格納作業を手伝いに下りるぞ。 それと、そうだな…… ルカにも格納庫へ来るように伝えてくれ」

 新しい機体を格納するスペースを作るべく格納庫では奮闘しており、そこへ下りて手伝うのも当然重要な仕事であるのだがそれをよしとしないのがキャシーだった。

「あなたが格納庫に遊びに行けるほど暇じゃないのよオズマ?」

「キャシー…… 俺は手伝いにだな」

 どうにも彼女は俺が格納庫に遊びに行くと勘違いしているらしく、なんとか自分の考えを力説するのだがどうにも困ったように額に指をあててから苦笑すると「だったら、その新しい玩具を貰ったような笑みは消してから行きなさい」と言われてしまい、慌てて無意識に出ていた笑みを消すと恥ずかしさからかクスクス笑いながらも、意図をくんでTEAM·R-TYPEの連中に搭乗者にルカを推しているのが聞こえてくる艦橋を背にして歩き始めた。



 ここはバルキリーやR戦闘機の区別なく、着艦した機体をしまう為の格納庫である。
 普段であれば数人の整備兵がチェックの為に歩きまわっては機体を弄っているが、今日に限ってはまさに狂乱とも言うべき騒ぎが起こっていた。
 当然彼等は戦闘時にこそここを戦場に例えられる程の奮闘をこなし、機体が着艦すれば武器弾薬を担いで走り装甲に被弾痕があれば装甲板を貼り付けて修理する。 これも当然の話だが、機体の整備以外に母艦であるマクロス·クォーターの修理も請け負っており、今でも母艦のあちこちでは修理機材を持った整備兵に出会えるだろう。
 だから今の格納庫には必要最小限の整備兵とTEAM·R-TYPEの面々しかおらず、狂乱といっても着艦したのはR-9WFとR-9ERの2機しかないのでこの狂乱は忙しさから来ているものではないのがわかる。 では、何故狂乱が起きているのかというと――

「うわぁぁぁ! やめろ化物ぉぉぉ!」

「殺せぇ! 早くそいつを殺せぇ!」

 こうして2人が獣のように喚き散らし、それを周囲の人間が取り押さえているからである。 そんな場面にいきなりでくわしたオズマからしてみれば、上級指揮官としては落第としか言えないが首を傾げて状況に目を白黒させているのを責められるだろうか?

「……何の騒ぎだ?」

「あっ、オズマ少佐!」

 そんな呟きが聞こえたのか、近くに居た整備兵がこちらに敬礼したので答礼を返すと状況を確認すべく話を聞いてみることにしたのだが。

「いえ、それが、あのR-9ERってのが着艦して、R-9WFからアルト少尉が出てきたのを見たら急に喚きだしまして……」

「原因は不明だと」

「ええ。 とりあえず、落ち着くまでは営倉にでも入っててもらいますよ」

 それだけ報告すると、彼は「2人を営倉に連れて行きます」と言ってから何人かで取り押さえたまま営倉へ行ってしまった。 取り残されたのは不安からか少しだけ浮わついた空気と、喧騒が掻き消えた静寂のみである。
 だがそんな静寂も長く続く事はなく、今ではTEAM·R-TYPEの面々や整備兵たちも自分の仕事を思い出したのか、先程の喧騒ほどではないが騒がしげに作業を開始している。

「ん? おいアルト!」

 活気を取り戻し無秩序に秩序だった動きをみなが始める中で、ただただ幽鬼然としてその場に立ち尽くすのみで動く気配がなく、そこだけ時間のくくりから切り離されたかのようですらあった。

 そんな不安からアルトに声をかけ――こちらを向いたので知らず知らずの内に安堵感を感じていたのに気付かなかった。

「早乙女アルト、ただいま帰還しました」

「ご苦労。 それで後ろの機体が……」

 視線は既にアルトから離れてしまい、今までのR戦闘機とはまた違ったその丸みををびたフォルムに釘付けになる。
 スペックだけをみるならばR-9Aにも劣る存在でしかないR-9ERだが、このような機体に至ってやっとVF-25Fのような新鋭機が肩を並べられるという遥かな高みの話でしかない。
「ア、アルト先輩!」

 どこかよそよそしい雰囲気を放つアルトから鹵獲の経緯を聞き出していると、ルカも格納庫に到着したようで小走りにアルトの元へ駆け寄って来ていた。 俺だけではなくルカにまでよそよそしく見えているが、あれだけの激戦だった為に精神的な負荷で疲れているのかもしれないた。
 少しばかり会話に興じていると、どうやらクランが着艦したようでエレベーターが格納庫へと降りてくるらしく、R-9Aの搬入準備が始まったようだ。

「オズマ少佐、よろしければ実機に慣れる為に1度フライトしたいんですが」

「そうだな…… 鹵獲時に機体チェックはしたんだよな?」

「機体に損傷や不良はありません」

 本来ならバラしてでも1度詳細に機体をチェックすべきではあるが、ここもバジュラの勢力圏だとわかった以上は1機でも周辺警戒に入っているのは精神的に楽であり、それが実機訓練にもなるならば止めることもないかもしれないな。

「だったら、周辺警戒も兼ねて出てもらえるか? 当然だが調子に乗って本艦から離れ過ぎるなよ」

「はっ、はい! 行ってきます!」

 ルカは笑顔で敬礼を済ませると、そのまま好奇心剥き出しでR-9ERへと走って行くので、俺はルカがまだまだ子供だなとR-9ERを見た時の自分を棚上げにして見送っていた。




 背中を預けるシートが若干の軋み声をこぼし、私は着艦シークエンスが終了してR-9Aを載せたエレベーターが降下を開始している事に気付いた。
 何も考える余裕がなく、何に怒ればいいのか何を悲しめばいいのか何が悲劇なのかすら考えられず、ただ闇雲にミシェルの顔が浮かんでは消えていくのだけが理解できた。

「脆いな…… 私は」

 何に怒りをぶつけているのかすらわからずに、気付いたら噛みきってしまい口の端から血が流れるのを舐めとり自嘲する。
 いや、怒りをぶつける対象はこれだけ想いながらもその存在を消し去っていた私だろう。 そういう意味では正しい自傷行為なのかもしれない。
 無駄な思考をしていれば時間は止まらず正しく進んでおり、こうしてエレベーターもそろそろ格納庫に降りきろうとしている時にキャノピーを開き、それは私の視界に入ってきた。
 笑みを浮かべたオズマ少佐が見える。
 無表情で佇むアルトが見える。
 力の象徴たるR-9WFの勇姿が見える。
 そして――おぞましい粘液を垂らしててらつく醜悪な肉塊のような何かに、笑顔でそのみを捧げて喰われるように取り込まれるルカの後ろ姿が見えてしまった。


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