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[9374] 赤屍さんと聖杯戦争 (奪還屋×Fate) 
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2010/01/10 13:02
赤屍さんと聖杯戦争




◇序章◇




漆黒の闇夜が蔓延る柳洞寺に佇む一人の影。
この暗黒の世界と同様の色をしたローブを目深に被り、近代科学を行使する現代において、その格好は次代錯誤の極みと万人は見るだろう。
そして、次に見るのは、彼女のその美貌だろう。何せ美人だ、絶世の美女、異性だけでなく、同姓すら虜にしてしまえる美を持ち合わしている。
全体的にうっすらと、ローブ越しに浮かび上がる体の線は細く、女性特有の丸みを備えていた。

一見すると、奇抜な格好をした女と判断できるが、そう判断した者は、確実に八つ裂きにされるだろう。
何せ、彼女の持つ力は強大かつ凶大。仮に現代の魔術師が、何十、何百と集まろうと、彼女に叶う道理はない。
生前は“裏切りの魔女”などと悪名を付けられた彼女であるが、ギリシャ神話で最も名高い魔女の一人、キルケの秘蔵っ子だったのだ。
神話上で最も知恵と才能に恵まれた彼女は、それに見合うだけの力を持ち合わしていた。
その英雄の名は―――メディア。彼女の真名である。


――――そして彼女のクラスは“キャスター”


歴史上でも類見える魔力を持つ彼女にとって、キャスターのクラスは妥当と言える。
今回で五度目となる聖杯戦争であるが、キャスターのクラスに関しては、正当な英雄が呼び出されたと言える。
魔法と同等の魔術を行使する魔術使い。強力な英霊である事に違いはない。

そんな西洋の過去の英雄が今いる場所は、彼女が生きた遥か未来。
さらに場所は、東の最果ての地でもある日本という国の一つの寺の境内である。
和風と洋風の入り混じった、何ともミスマッチな組み合わせであるが、不思議と違和感なく、彼女は境内の風景に溶け込んでいた。

夜空に浮かぶ宝石のように煌く無数の星、そして満月の賛嘆たる姿を彼女は眺めていた。
時刻は真夜中の0時前。“日”という概念が新たな“日”に変わる刻限。
地面に書き記した巨大な魔法陣の中心に彼女は立つ。今から行うのは―――召喚の儀。
“サーヴァントがサーヴァントを召喚する”という、何ともこの戦争の常識を度外視した事を、彼女はこれから行うのだ。

何せ、この闘いは熾烈極まる展開になることは、この闘いに身を投じる者ならば、誰でも容易に想像できる。
いくら彼女の魔術が強大であっても、この闘いを勝ち抜く事は、正直厳しい。
それにキャスターのクラスは、七つあるクラスの中でも下の位置に値する。

何故なら、サーヴァントは基本的に高い対魔力を持っている。魔術を行使するキャスターにとっては、それは無視できない事柄だ。
なので、自ずとキャスターのサーヴァントは、計略を練り、策を講じる事で対抗する事が多い。
こういった禁じ手に手を染めるのは、何も驚きに値する事ではない。勝つ為に必要なら、やるべきであると彼女は結論を下したのだ。


「すぅ……」


空気を吸う、呼吸をする。それに釣られて彼女は魔力を高めていく。
つい先日まで、枯渇しかかっていた魔力だったが、この数日で驚くべき速度で回復した。
その一番の理由は、この冬木の地に漂う魔力(マナ)が、霊地であるここ柳洞寺に集中してくれている事に他ならない。
魔術師でないマスターから、魔力供給を期待できない彼女にとって、ここに陣地を構える事ができたのは、幸運としか言いようが無かった。



(あの日……もはや消えてなくなるだけしかなかった私を……あの方は助けて下さいました)



――――葛木 宗一郎。それが彼女の今のマスターの名。



以前の臆病で馬鹿なマスターを裏切った私は、魔力供給を断たれ、この世界の現界することが叶わなくなった。
身も心も力のなくなった彼女を、男は救った。それがどんな理由であろうと、彼女は救われたのだ。
その彼女の救世主は言った―――「困った事があれば、手を貸す」
どこぞの知れぬ女の戯言ともとれる話、それを葛木は疑いの余地もなく、心から信じ、力を貸してくれる。

キャスター―――メディアにとって、葛木 宗一郎のような人間を他に知らない。
あれほど表と裏もない人間、まるで、一切の不純物を取り除いた水の如き心の主を見たことが無かった。
それは逆に何も持ち得ない虚空の心の持ち主。だが、だからこそ彼は彼女を信じ、全力で彼女の目的を果たしてくれる。
仮にキャスター自身が敗れ去っても、葛木は闘い続けるだろう。あの男はそういう男、そういう生き物なのだ。


(そう、だから……だからこそ、負けられないッ)


魔力が満ちる、満ちる、満ちる。
それは光速の速度で体に満ち溢れ、地に敷いた陣もキャスターの魔力呼応し、円に満ちた赤い光は線を通り、また円の中を通る。
赤い光は遂に、キャスターの立つ位置、彼女の真下の小さな円まで満ちると、次に発生したのは暴風。

荒れ狂う風は、樹齢幾百を超える木々を軋ませ、周囲の建造物に衝突し、暴れまわる。
雄叫びにも似た風の咆哮が満天の夜空の下、柳洞寺の境内に木霊する。
この時、既にキャスターの全身には魔力が行き渡り、いつでも召喚を行える


――――あと数秒。


あと数秒で日が変わる。
新たな歴史、新たな事象、新たな始まりを告げる時刻。
“0”とは、全てがそこにあり、何も無い。魔術を極めんとする者は、皆全て“0”への到達を目指す。
何も無いから、全てがあり、全てがあるから、何もない。この言葉遊びを発したのは一体誰であったのだろうか。
それは決められた定義。この世界がこの世界であるために必要な決められた定義なのだ。
だから、望むべき物は全て“0”の内にある。彼女はそう確信していた。
そして、もちろん彼女が望む者は―――


(最強の英霊―――なら、いいのだけれど……)


だが、彼女とて己が力と現実の非情さ、叶わぬ運命というモノが存在する事は知っている。
高望みをするなら最強の英霊だが、最低でも、せめて陣地構成したこの柳洞寺を、確実に守護できうる者なら合格と踏んでいた。
ちなみに依り代は何もない。彼女の持つ魔術の腕と、この霊地に満ちた強大な魔力のみでの召喚だ。
最初はあの山門を依り代にしようかと思ったが―――止めた。
何故かは分からないが、彼女の第六感が、それを中止させたのだ。理由などないに等しい。
それが吉と出るか、凶と出るかは分からないが、少なくとも、キャスターは自分の感に賭けてみたくなった。


「……ふふ」


我ながら、何とも無計画なものだと、キャスターは自身を鼻で笑った。
こういった不確かな事で物事を行う事は嫌いであったのに、何故今はそれに縋るのか、彼女は分からなかった。
だが、今回の闘いはその不確かなモノすら御しえる必要すらありそうだと彼女は思った。

過去と未来、数多の英霊が互いに競い合い、殺しあうこの闘いを勝ち抜くには、力と知恵だけでなく、天運すら味方に付ける必要があると、彼女は考えていた。
だから、例え、ここで天運に見放されても、それならそれで戦うと、彼女は心に誓っていた。
どんな卑劣で畜生にすら劣る所業を行おうと、例え無関係な者の命を奪う事になろうと、聖杯は手に入れる。

力強く閉じていた瞳を、力強い意志で抉じ開ける。
その瞬間、日付は変わり、新たな日が始まり―――彼女は0時ジャストで召喚の儀を行った。









世界を真っ白に浄化してしまうか如く放たれた召喚の光はほんの一瞬。
しかし、自身の内部―――魔術回路で暴れまわる魔力を制御するのに、彼女は必死だった。
ほんの数秒の召喚の儀が、キャスターにとっては何十分、何時間と呼ぶに相応しい長い時間を体感させていた。
額にうっすらと浮かぶ汗、絶大な魔力を誇るキャスターにとって、サーヴァントの召喚など朝飯前かとも思えたが、予想を遥かに超える体への付加、大半の魔力の消費を鑑みるに、どうやら彼女が呼び出したのはかなり強力な英霊のようだった。

砂塵が舞う境内に描かれた魔法陣は光を失い、その中心に佇む疲労困憊のキャスター。
崩れ落ちそうになる足を何とか堪えつつ、乱れる呼吸を整えようとする。
しかし――――



「おやおや、これはこれは………また奇怪な場所に飛ばされましたね」



聞こえてきた音は、若い男の声。
淡々とした言葉であったが、しかし、その声からは、とてつもない冷酷さと残酷さを滲み出していた。
まるで、子供の悪戯を受けたクールな大人のような台詞を放つ男の声は、何故か活き活きとしていた。
砂塵が消え去り、ようやく男の姿が、月明かりの境内に晒され、キャスターの前にそれは現れた。



――――漆黒の男、第一印象はそれだった。



偉く縁の長くて、丸い黒い帽子に、黒のスーツに黒ネクタイ、その上からさらに黒のロングコートと、全身黒尽くめであった。
肩まで伸びた、これまた黒の髪を風に遊ばせ、彼は「クスッ」と小さな笑みを浮かべてキャスターに歩み寄る。
目深に被った黒の帽子のせいで、顔全体は伺えないが、唯一見える口元は常に端を吊り上げている。笑っているのだ。


「さて、一つお尋ねしたいのですが」


「な、何?」


「貴方が私のマスターであるとお見受けしますが、相違ないですか?」


男は片手で帽子の縁を摘み、目深に被っていた帽子を少しだけ上に引き上げる。
それで、ようやく男の顔が見えるようになった。

一言で言えば、綺麗な顔つきだった。
男にしては少し白みがかった肌の色、そして、細く閉じられた口は絶えず笑みを浮かべ、瞼を閉じているのか開いているのか定かでない目。
パッと見では無邪気な笑みを浮かべる好青年と取られるかもしれないが、この男の放つ気は尋常の域ではなかった。


喋りかけるだけで殺されそうな…………


触れるだけで殺されそうな…………


まるで、剣のような、いや、それ以上に危険な存在。


キャスターは、先程まで掻いていた汗が全て、冷や汗に変わるのを自覚しながらではあるが、その問いに答える。


「ええ、私が貴方を呼び出しました。貴方が私のサーヴァントですね?」


「そのようですね。私としても、このような出来事は初めての事ですから、少し胸が踊っていますよ」


男は吊り上げた笑みをさらに吊り上げて、本当に喜んでいるようだった。
彼女はその笑みに押されながらも、依然として毅然とした態度は崩さない。主である自分が使い魔に舐められては、沽券に係わるからだ。
胸に抱いた恐れを押し殺しながら、あくまで命令口調で言葉を紡ぎ出す。


「では、まず貴方のクラスは?」


「私のクラスは“アサシン”、マスターの呼びかけに従い、召喚に馳せ参じました―――と、これで宜しいので?」


「アサシン…………ですか」


その言葉でキャスターは少しばかり肩を落とす。それも無理ない事だった。
アレだけの魔力を消費して、呼んで出てきたクラスが、キャスターと同じく下級クラスのアサシンであったのだ。
せめて三騎士のうちのどれかが当たってくれれば良かったのにと、キャスターは内心悔やんだ。
こんな事なら、あの山門を依り代にでもすれば、もう少しマシなクラスを呼び出せたかもしれないと、今さらながら後悔を感じていた。


「何かご不満でも?」


そんな彼女の様子に、やはり笑みを崩さずに問い掛けるアサシン。
彼女としては、そんな様子など微塵も見せた気はないのだが、それを気取られるとは思いもしなかった。
隠しても無駄と知り、開き直って素直にその問いに答えるキャスター。


「ええ、不満です。あれだけの魔力を行使して引き当てたのがアサシンでは……ね」


「ほう、では何を当てたかったのですか?」


「もちろん、最優と誉れ高いセイバーに決まっています」


聖杯戦争で最も優れたサーヴァントととして名高いセイバー。
そう言われる所以は、今まで行われた聖杯戦争のほとんどを最後まで勝ち残る所にある。
さらにセイバーのクラスは、最も高い対魔力を備えているので、魔術を駆使するキャスターな彼女にとっては、是が非でも欲しい駒だった。何せ、彼女の天敵と呼べる存在だからだ。



「最優……ですか。それは非常に興味深いですね……」


男はそのまま肩を震わせて佇んでいる。笑っているのだ。


「では、私もそれに負けない働きぶりをしませんと、ね……そうでしょう、マスター?」


「ええ、貴方には馬車馬のように働いてもらいます。覚悟はよろしくて?」


「構いませんよ。私は“結果”よりも“過程”が楽しめれば良いのですから……」


そう言って、境内の出口、山門に向かって歩み始めるアサシン。
その背中に―――


「待ちなさいッ! まだ契約は完了していませんよ」


アサシンは立ち止まる。しかしこちらに振り向かない。
そのままゆっくりとした口調で―――


「赤屍 蔵人」


「それが私の真名です」


そう言った瞬間、キャスターの右腕が熱く光る。
光が治まると、そこには三つの線で描かれた模様が浮かび上がっていた。


――――令呪


これで、キャスターとアサシンの契約は完了した。
それを察し、再びアサシン―――赤屍 蔵人は歩み始める。


「ちょ、ちょっとお待ちなさいッ! どこに行くのです!?」


「少し町を見物してきます」


そう言って、アサシンは山門の階段を降りていった。
追うことも止めることも出来ずに、ただキャスターはその場に佇んだ。
夜風がローブと頭巾の裾をはためかせ、キャスターはただそのまま夜空を見上げた。


「はあ……これから先、大丈夫かしら……」


キャスターの溜息混じりの言葉がそのまま境内にポツリと零れ落ちた。





続く





・あとがき
キャス子はとんでもないのを召喚していきました☆
赤屍さんが降臨した聖杯戦争、どうなることやら。
あ、更新はかなり不定期です。なので、次の更新は未定です。





[9374] ACT.1 ドクタージャッカル①
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2009/06/12 16:48
赤屍さんと聖杯戦争





◇ACT.1 ドクタージャッカル①◇





風が強く咲き乱れる冬木大橋。
赤く塗装された鉄骨は、幾十、幾百、幾千のボルトで互いを繋ぎ合わせ、巨大なアーチを描き出していた。
新都と深山町を繋ぐこの橋は、この町の人々の生活を為し、この町の象徴でもある。
昼間は車やバスなどが必死に往来しているのだが、今の時刻は午前0時半。橋を渡る車の影もほとんど見当たらない。
歩道を行く人もなく、この時間のこの橋は、穏やかで静寂な時を、ゆったりと過ごしていた。

そして、その静寂な空気とほとんど同化し切っている縁のえらく広い、黒のシルクハットを被った男―――赤屍は、ゆっくりと歩道を歩んでいた。
今、彼が足を向けている先は新都への道。人通りもなく、この道を歩くのは、彼のみであった。
未遠川の川上から川下に突き抜ける冬の風。その冷たい風に黒く変色した白衣の裾を遊ばせながら、彼は構わず前に進む。

特に行き先も決めずに、彼はただ歩いていた。
視線は常に足元。自分が歩く一歩を一歩を、その目で確認しながら進んでいるようにも見える。
別の違う世界から召喚された彼にとって、この世界の在り方その物に新鮮さを感じていた。
例え、彼の世界と同じく、科学文明が発達するこの世界に於いても、一つ一つの違いあることに彼は感心していた。

似た文明、似た生物、似た社会構造―――しかし、どれをとっても、決して元いた彼の世界と同一には成り得ない。
それは彼の頭の中に叩き込まれたこの世界の基本知識、サーヴァントとして、この世界に召喚される事に必要な要素。
その入り込んだ知識と、彼の世界の知識を見比べて、比較、検討を先程から散歩がてら行っていた。

無論、この歩みにも意味はある。実際に世界に歩を刻むことにより、この世界自身を体感できるのだ。
知識として知った世界を見るのと、体感した世界を見るのとでは全く価値観は異なる。
そこには必ずしも知識だけでは埋められない“何か”が存在するのだ。以前の世界でも彼はそれを経験している。


――――知識だけでは、到底理解できない領域がある。


だから、知識だけで知った冬木市ではダメだ。
この町の構造、在り方、それらは実際にこの目で見て、この肌に感じる事に意義がある。
彼はそう考えていた。そして、赤屍 蔵人は半刻ほどで、深山町の散歩を終え、今こうして次なる目的地、新都に足を向けているのだ。
だが―――その止まらぬ筈の歩みを、彼は止めた。

橋の中ほどまで歩んできた彼は、その場に停止する。
ここまでは、気兼ねなく歩んでこれたアサシンだったが、ここに来て彼は、非常に不快な気分を味わっていた。
不快さを与える原因を、彼は橋の入り口辺りから気づいていたが、我慢していた。だが、遂にその我慢にも限界が来た。
自分自身、ここまで我慢強く持った方だと、赤屍は自己を褒め称えた。その喜びで、気が高ぶって仕方が無い。


「全く、覗きとは無粋ですね」


不満そうに呟く彼。だが、その言葉とは対称的に、彼の口は、三日月のような笑みを作り出している。
風で飛ばされないように、黒のシルクハットを押さえる彼。しかし、その狂喜の瞳は、真っ直ぐ遥か遠方を見つめていた。

新都最大のビル―――センタービル。
屋上で明滅する、航空障害灯の赤い光は、星を散りばめた暗黒の夜空に確かに輝いていた。
赤の灯火と漆黒のカーテン、その二つが生み出す光景は、赤屍の内にある衝動を大きく刺激させた。









センタービルから見下ろす新都を見るのは、これで何度目になるのだろうか。
自分自身で生み出した、そんなどうでもいい思考に、アーチャーは自嘲気味に鼻で笑った。
赤い外套が屋上に突き刺さる強風で弄ばれる。白く染まった短髪もそれに習うように、風に翻弄される。

冬の寒い風は、高所に位置するセンタービル屋上で、猛威を振るっている。並の人間なら、彼と同じぐらい薄着であったなら、三秒と持たずに根を上げるだろう。
しかし、彼はサーヴァント。強靭の肉体を誇る彼にとって、この程度の冷気では、彼を揺るがす事はできない。
無駄に強く吹く風程度に、思考の深遠に佇む彼を呼び戻す事などできはしなかった。


(俺は………帰ってきたのか)


しかし、そこに喜びなどというモノは存在し得なかった。
その理由については、彼はよく分かっている。仕方ない、それは仕方のない事だ。
喜びというモノなど、とうに彼は持ち得ない。それは、英雄として、世界の守護者になる時に、捨てたものなのだから。
いや、もしかしたら、あの時―――もう、ほとんどその時の記憶は残っていないが、あれだけは覚えている。


熱くて、暑くて、けれど、その後は寒かった。
まるでゴミのように打ち捨てられた、自分の哀れの末路。周囲にはたくさんの人が死んでいた。
それでも、彼は助かりたかった。だって当然だ、それが生物として当然だ。


――――だから、助けを求めた。


助けを求めて手を伸ばした時に、助けられた瞬間の幸福。
もう死ぬだけしか残されなかった子供は、ある男に助けられた。
その男の顔を未だに忘れない。助けられたのは自分で、幸福を感じるのは自分なのに、
男の顔には、堪えきれない幸福に、涙を浮かべ、笑みを刻んでいた。
それが――――凄く美しいものに感じた。だから、彼は憧れていた。その在り方に、生き方にただ憧れた。


(だが、それはもう………破綻しているのだが、な)


静かに瞳を閉じてアーチャーは、それを後悔していた。
後悔、そう、自分の人生を振り返り、そこには後悔という感想しか述べることができない。
何と、つまらない人生だったのだろう。何と悔いる人生だったのだろう。
けれども、だから、彼はここに再び存在する。彼はこの時に戻ってきた。

それは当然の事のように確立された、捻じ曲げる事のできない定義だった。再び戻ってきた、この五度目の聖杯戦争。
しかし、彼の内には喜びというモノはなかった。ただ―――淡々と、その事実を受け入れるだけであった。
だが、彼の脳裏にあるもの、それが、彼の胸のうちを大きく鼓動させる。



エミヤ・シロウ―――ただ、その単語だけが頭に焦げ付いていた。



その名を聞くだけで、彼は嫌気を通り越して、憎悪した。
同族嫌悪などと、生易しい言葉では片付ける事のできない、この胸の内に秘める黒い物。
矛盾の為に生き、ただ矛盾の為に死ぬ。

偽者の理想を掲げ、偽者の願いで己を形成するその歪さ。
そんな生き方を良しとしていた過去に、彼は吐き気を催した。

絶望の中で絶望を味わい尽くし、自己を犠牲にして、報われない最後を謳歌した。後悔という種は、着実に彼の体の内で育まれていった。
彼は悔やんだ、呪った、憎悪した。出来るなら、今からでも、その目的を果たしたいと願う。
何千、何万という絶望に耐えたのは、この時間に己が在る為だった。再びこの時間を感じ得る為だった。

身を焦がす程の憎悪は、気を抜くと外に漏れ出しそうになる。彼はそれを必死に抑えていた。
だが、時と機が満ちた時、彼は躊躇い無く行動すると心に決めていた。
周囲を取り巻く冷気よりも冷たく下した決断は、どこまでも冷酷にだと思えた。
だが、それと同時に彼の覚悟の中には、毛ほどであるが、確かな迷いが生まれつつあった。
それは―――


「アーチャー、そっちはどう?」


彼の名を呼ぶ声は、うら若き乙女の声。
しなやかさと力強さ、何よりも美しさを併せ持った黒い長髪は彼女の自慢の一品。
魔術師として、そして、一人の女性として、それは彼女―――遠坂 凛にとって、大きな武器の一つだ。

鮮烈な赤をイメージさせる彼女。それを自覚しているのか、彼女が今着ている服も、大多数が赤の色で占められている。
見事な程に似合った赤の洋服の上に、赤いロングコートを羽織っている。どこまでもポジティブな姿勢で物事に当たる彼女にとって、その色が一番似合っていると、アーチャーは思った。
もちろん、そんな事を臆面もなく言う必要もないし、言うつもりもない。生来からこういった事に関しては、素直になれない彼であった。


「いや、特に何もない」


彼は頭を振ってそう答えた。
その答えに、凛は口元に手を当てて、考え込むように唸る。


「う~ん……」


「どうした? 何もない事は良い事と思うが?」


そんな暢気なアーチャーの発言に、凛は溜息を吐く。


「どうしてアンタは、そう暢気なのよ……」


「君は肩肘張り過ぎだと思うがな。もう少し力を抜いてみてはどうだ?」


腕を組み、やれやれといった表情のアーチャーに、凛は眉を寄せる。


「余計なお世話よ。アンタはもっと緊張感を持ちなさい」


「これは心外だな。私はいつ何時でも臨戦態勢だと言うのに」


その言葉に偽りはない。彼が彼女とこんなやり取りができるのは、敵がいないからである。
彼も腐っても英雄である。如何なる時でも闘いに対する思考の切り替えなど造作もないことだ。
凛も無論、それは分かっているが、ここまで成果が上がらないのでは、彼と無駄話もしたくもなる。
だが、すぐにそれも終わる。凛の表情が真剣のものに変わった。


「はいはい、分かったわよ。それより、やっぱり妙だと思わない?」


「ああ、それには私も同感だ」


最近、新都に起こる連日の昏睡事件。
凛とアーチャーが、連日、新都にまで足を運んでいる理由がそれだった。

これに関して凛は、悪質なマスターの仕業ではないかと考えた。そして、こうして夜は新都のあっちこっちを彼女たちは、毎日探索していた。
その成果として、やはり凛の考えの通り、この事件には他のマスターが関与しているという事が確信付けられた。
何せ、何度も何度も、魔術で作られたゴーレムとの戦闘。魔力を奪われ、昏睡した人々。証拠は十分に揃っていた。
だが今日―――それが一件も発生していなかった。その事に彼女たちは少なからず疑問を抱いていた。


「あれだけ毎日毎日、魔力調達に励んでいたのに、今日でパッタリと止めたのは何故かしらね?」


「必要な分だけ、魔力が貯蔵できたと見るのが妥当かもしれん。だが、それならこちらに何か仕掛けてくると踏んでいたのだがな……」


確実に自分たちは、この悪事を起こした性悪マスターに目を付けられてる筈だった。
だから、こうして邪魔をしていれば、自ずと向こうから、遅かれ早かれ、何らかのアクションを起こすと踏んでいた。
そして、今日になってパッタリと止まった魔力供給。ようやく向こうからお出ましかと凛たちは息巻いて、夜の新都に足を向けて来たのだが―――


「予想が外れたな」


「全く、積極的なんだか、消極的なんだか分からないヤツね」


特に何も起きなかった。本当に何も起こらなかったのだ。
数日ぶりに、一時的ではあるが、平穏を取り戻した新都は、静かな夜を過ごしていた。
そして、その静けさと同様に、アーチャーも静かな口調で凛に問う。


「さて、どうする? 何の成果も得られないのでは、これ以上は時間の浪費でしかないぞ?」


彼の言う事も最もだ。日が落ちてから、今の今まで十分な成果なんてこれっぽっちもない。
ならば、ここは大人しく引き下がり、明日に事を構えるべきだとアーチャーは言っている。
凛もその考えに同意する。


「そうね、確かに今日はもう引き上げた方がいいかもね」


「そうしろ、明日も学校なのだろう? 睡眠不足にでもなられても困るしな」


「あら、珍しい。それって心配してくれてるのかしら?」


彼の言葉に、凛は茶化すような笑みでアーチャーを見る。
が、彼は「やれやれ」と愚痴を零して、呆れた表情で彼女を見下ろした。


「ああ、心配だとも。ここぞという時に、寝不足で、力を出し切れない等となっては困るからな」


その答えに、凛はムッとする。
面白くないと言わんばかりに口元を尖らせる。


「本当に素直じゃないわね、アンタ」


「君にだけには言われたくないな」


「う、うるさいッ」


再びアーチャーが「やれやれ」と漏らす。彼の口癖だ。
その言葉を最後に、このまま二人はここから去るつもりだった。
このまま凛と共に、遠坂邸に戻り、いつものように言葉を交わして、今日を終えるつもりだった。
だが―――


「―――なんだ、アレは?」


「アーチャー?」


先程まで軽い面持ちでいたアーチャーの表情に緊張が走った。
その変化に凛は気づくが、その原因を彼女は分からないでいた。
無理もない、その原因は、ここから遥か数キロ先にある橋の上にあるのだから。

アーチャーは、その卓越した視力―――千里眼で、遥か遠方の橋入り口を見る。
そこには、黒い男が居た。男がゆっくりとこちらに、新都に向かって歩いてきていた。
線の細い長身の男、それが第一印象だった。偉く大きな黒いシルクハットが、その男のシンボルであるとも思えた。

アーチャーは頬に伝わる汗を感じた。背筋に何か言いようのない寒いモノを感じた。
男がどうやら、自分と同じサーヴァントであるのは分かった。だが、彼はそれ以上の何かを男から感じていた。


――――アレは、とても危険だ。


脳でそれが分かっているのだが、どうしても目が離せない。
肉体が己が考えに従ってくれない。そのもどかしさを、彼は漫然と感じていた。


「ちょっと、どうしたのよ、アーチャー?」


その問いに答えられない。答える暇などない。
彼は、何とか“それ”から目を離そうと必死になっていたのだから。だが、どんなに努力しても目が言う事を聞かない。
すると、黒の男が橋の中ほどまでに至ると、ふいにその足を止めていた。
そして――――男は真っ直ぐにこちらを直視していた。


「―――ッ!?」


その男の瞳には、いや、その男の存在自体が殺意そのものだった。
どこまでも鋭く、何よりも純粋で、どんなことよりも楽しげに、男はアーチャーを見つめていた。

数多の戦場を経験し、数多の強敵と戦ってきたアーチャーだったが、これほど純粋すぎる殺意を感じた事はなかった。
そのあまりの純粋さに、背筋が凍りついていた。そして、その殺意は明らかにこちらに向けられている。
彼は、凛の腕を急いで引っ掴む。


「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!?」


事態を全く理解できない彼女。凛としても、これほど切羽詰った表情を見せる彼を初めて見た。
いつも淡々とした口調、憎らしい態度を彼女に取り続けてきたアーチャー。彼女にとって、彼のその豹変ぶりに、凛は動揺していた。
対するアーチャーは、そのまま屋上から飛び立ち、一気にここから離れようとしていた。
ここに居ては危ないと、彼の本能がそう告げている。アレは―――とんでもないモノだ。
そのまま足に力を篭めて、屋上から飛び降りようとするが―――




「綺麗な満月ですね、見事なものです」




感嘆とした男の声は、二人の後ろから発せられた。
ゆっくりと、アーチャーは後ろを振り返る。その途中で、凛の顔を確認していた。
彼女はいきなり出てきたその存在に目を丸くしていた。先程まで、この屋上には、彼女たち二人しかいない筈だった。
しかし、その第三者はいきなり現れた。


「知っていますか? 満月の夜は罪を犯す咎人が多く生まれるそうです」


「それは、満月には人を狂わす魔力が備わっているからだそうです」


そして、ようやくアーチャーは、その男の全体像を見た。
上から下―――帽子から靴まで、見事に黒で統一された服装。
黒いシルクハットの縁を指で摘み、風で飛ばされないようにしている。
アーチャーは驚愕していた。何しろ“数秒前まで、橋の上にいた男が、今目の前にいる”のだから。

先程まで、遥か彼方にいた男。ここから直線距離にして、数キロメートル。
しかし、実際にここ―――センタービルに至るまで、その倍の距離を走らねばならない。
無論、いくらサーヴァントである彼らでも、その距離をたった数秒程度で埋める程の身体能力を持ち合わしていない筈だ。

魔術の類であれば可能であるかもしれないが、それならば、魔術行使を行った魔力の流れ、魔力痕が残される筈であるが、それも一切感じない。
もしかしたら、令呪を使ったのであろうか、と彼は考えた。それならば、この距離を一瞬で駆ける事はできる。

サーヴァントの行動を強化したり、純粋魔力に変換し、サーヴァントの備蓄魔力の増加―――つまりガソリンとすることもできる。
それに令呪は、願望器としての性質も持ち合わしている。
マスターとサーヴァント、そのいずれもが実現不可能な奇跡でさえ実現できるだろう。

在り得ない事は在り得ない。現にこの男は、あの橋からここまでやってきて、今、目の前に入るのだ。
少なからず動揺していた彼の心だったが、何がしかの理由で収まる事だったので、すぐに冷静さを取り戻せた。
アーチャーは、凛を自分の後ろに下がらせる。そして、敵意を篭めた視線で、黒づくめの男を見る。


「何者だ」


その言葉と共に、彼の右手が淡い光に包まれていく。
光が収まると、その手には白く無骨な刀身を持つ一振りの陽剣―――干渉が握られていた。
彼はその切っ先を、男に迷わず向ける。しかし、男は構わずゆっくりと歩み寄る。


「ただのつまらない男ですよ。貴方と同類のね」


「同類?」


凛が訝しげな表情で、男の放った単語を繰り返す。
対するアーチャーは一切の隙を見せず、ただ静かな表情で男を見る。


「貴様もサーヴァントだな。マスターはどうした?」


「あいにく、今日はお疲れのご様子でしたからね。今頃、お休みになられているでしょう」


(では、この男は単独で行動しているのか?)


そうなると、先程アーチャーが予想した期待を大きく裏切る事になる。
この男の話が本当なら、男は“令呪の力なしにここまで一瞬で来たことになる”
無論、男の話が本当だという確証はない。もしかしたら、このセンタービル内に、ヤツのマスターが潜んでいるかもしれない。
アーチャーとしては、そちらの方が“ありがたいこと”なのだが。
彼は、干渉をさらに強く握り締める。それはある種の覚悟を決めたからだ。


『凛、今から私達は、屋上から飛び降りる』


彼女の頭に、アーチャーの声が響き渡る。
凛はアーチャーを見るが、彼は依然として、黒尽くめの男に視線を向けている。
どうやら、彼は、思念で彼女に語りかけてきていた。


『地上に着いたら、私があの男を引き付ける。君はその間に、何とか遠くに逃げろ』


「アーチャー………」


彼の横顔を覗き見る。
その表情は、どこか切羽詰ったような感じを受けた。それを見て確信した。


――――目の前の男――このサーヴァントは本当に強い。


もしかしたら、自分のサーヴァントは、この男に負けてしまうかもしれない。
そんな言いようのない不安を凛は感じていた。このまま全てをアーチャーに任せてしまっては、彼はやられてしまう。
そんな気がした。だから―――


「バカ言ってんじゃないわよ」


「凛ッ」


「いい? 私は、まだアンタの実力がどの程度かも知らない。だっていうのに―――そう、じゃあ任した♪ なぁ~んて言うと思ってんの?」


「…………」


「アンタは、私に言ったわよね? “私の呼び出したサーヴァントが最強でない筈がない”って」


「ああ」


「なら、ここで証明してみせなさいよ。私のいる目の前でッ。それとも………私の呼び出したサーヴァントは、あんなヤツにやられる程度なの?」


「………ふッ」


アーチャーは笑う。彼の顔に再び笑みが戻る。
まさか彼女にそう諭されるとは思いもしなかった。何より、彼女の言う事があまりにもその通りなので、笑わずにはいられない。
自分は何をそんなに気負う事があろうか。相手の気に押されていたとはいえ、何とも無様な姿を晒していた事を、彼は自嘲した。

彼女の場違いな程、悪戯めいた言葉。しかし、その言葉で、アーチャーの体から固い重しが取れてなくなった。
いつもの柔らかい表情で、彼女を横目で見つめる。


「全く、本当にとんでもないマスターに引き当てられたものだな」


「そう、残念だったわね。しょうがないから、諦めて頑張ってみてくれない?」


「ああ、そうしようか………」


彼は歩む、目の前の敵に向けて。
アーチャーはさらに左手に武器を生み出す。その手に握られるは、干渉と対極を為す黒い刀身。陰剣――莫耶。
白と黒の夫婦剣。互いに持つ性質は陽と陰。しかし、だからこそ引き合う性質。それを携え、彼は雄雄しく歩を刻む。



――――不敵な笑みを浮かべ、アーチャーは、魔人と対峙する。





続く







・あとがき
初っ端から、アーチャーVS赤屍。
とりあえず思ったよりも早めの投稿になりました。

この作品の為に、奪還屋の公式ガイドブック買ってみましたが、漫画で描かれた総集編みたいな感じでがっかりしましたorz
赤屍さんの過去話とか詳しく載ってるかと思ってたのですが、あまり有益な情報はなかったです。1000円がぁ~!

赤屍さんのチート能力ですが、無論、かなり制限が入ります。
それでも、トップクラスの実力ですけど、上手くバランス取っていきたいと思います。




[9374] ACT.1 ドクタージャッカル②
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2009/07/03 15:31
赤屍さんと聖杯戦争





◆ACT.1 ドクタージャッカル②◇





「もうよろしいのですか?」


赤屍はその顔に笑みを貼り付けたまま、彼に問うてくる。
その凍りつくような冷酷な笑みを、赤い外套を纏ったアーチャーに向けるが、男は不敵な笑みを持って、それを涼しく受け流していた。
そして、それが答えと言わんばかりに、両手に持つ、白と黒の中華剣を構える。

対する赤屍は依然、両手をポケットに突っ込んだまま悠然と佇んでいる。
構えもなにもない。しかし、黒づくめの男は決してアーチャーを侮ってはいない。
彼は“誰に対してもこの
だが、無防備のそれに近い赤屍のそれは、何故か一部の隙も窺わせないものだった。

じりじりと詰まる両者の距離。場の空気が緊張で悲鳴を上げかねなかった。
アーチャーは内に湧き上がった得たいの知れない恐怖を押し殺していた。
今すぐにでも逃げる算段に思考を汚染されそうになる彼だが、先程の少女の言葉が胸に反芻していた。
その思いに応えるには、どうしてもこの男を倒さなければならない。


(全く……とことん運がない)


そう愚痴る対象は、無論自身の事であった。
額から垂れた汗が頬を伝わり、やがて地に落ちる。
まるでそれに合わせるように、赤屍は口を開いた。



  
「では、始めますか……手術オペを」




――――その言葉が合図となった。











最初に仕掛けたのは、双剣の主。
アーチャーは、勇猛果敢にまっすぐ赤屍へと突き進む。
弾けるように躍り出た足は、一瞬で間合いに詰め寄り、そのまま上空に振りかぶった干将を敵に叩きつける。
遠慮容赦なしに振るわれた白の刀身の一撃は、吸い込まれるように人体の急所―――赤屍の細い首に向かっていた。
しかし―――


≪ギンッ≫


風の咆哮を切り裂くように、乾いた金属音が辺りに木霊する。
奇しくも、アーチャーの初撃は見事に防がれた。
黒のシルクハットの男の右手に握られた、一本の医療器具。月明かりで銀色に光る刃物―――メスによって。
そして、まさかそんな物で攻撃を防がれるとは思いもしなかった彼は、当然ながら動揺するしかなかった。


(メスだと!?)


そんな物を操る英霊など、聞いたことも見たこともなかった。
しかも、こんな細く儚い、ただの金属棒如きに防がれるほど、彼の一撃は軽くない。
踏み込む速度と、それに追随する力、さらに彼の腕力から繰り出す、常人では決して防ぎきれない一撃。
例えこのメスが、どれほどの硬度を秘めていようと、男の細腕から生み出される腕力どうこうで何とかできるレベルの斬撃ではなかった筈だ。
その勢いに押されて、数歩ほど後退する素振りを見せるかと思ったが、男は依然、地に根を生やした大樹のように微動だにしていなかった。

刀身を挟んで、両者はお互いの目を引き合わせる。
赤屍は依然としてその表情に無邪気で、しかしどこか無機質な笑みを貼り付けており、対するアーチャーの表情には焦りの色が濃く映っていた。
そうなった原因は、初撃を易々と防がれたことにではなく、相手の得物があまりにも“在り得ない物”だったからだ。


(なんだ、コレは…………メス、なのか?)


生来より、彼は物の構造、在り方から、その物が刻んだ歴史の根幹までもを把握する術に長けていた。
特に武器関係―――その中でも剣に限定された武装の内部構造の解析に於いては、自分の右に出る者などいないと唯一自負できるモノと彼は信じている。
さらにそれから研鑽と経験を重ねて、今では一目見るだけで、それがどういう構築式を成して、どのような性質を持ち、それ自身が作り上げてきた歴史までも完全に把握できる。
例えそれが、霊格、神格化した武具―――宝具という伝説の域にまで到達した一品でも彼は理解することができる。
それこそが彼にとって、英霊である者の唯一にして、最大の武器の根源と言っても過言ではない。
それがなければ彼は彼ではないと言ってしまってもいいだろう。

だが、今この瞬間に彼の自負が打ち壊されていた。
相手の持つ一振りの刃―――銀褐色に煌くメスの構築式がまるで把握できない。
どれほど必死に目を凝らしても解析できない。ただの医療用刃物の筈のそれは、アーチャーにとっては正体不明の怪物に思えた。
唯一分かったことと言えば、それはメスだけでなく、いろいろなモノに変化し得る可能性が、それこそ無限の彼方まで伸びているように見える。
メスよりも武器として、武器よりも存在として全てが異常。
これを形容しうる言葉を導き出すことが、アーチャーには出来なかった。


「―――ちっ」


金属の火花の鈍く、激しい光が彼を思考の淵から呼び戻す。
全体重と全身の力の限りを叩きつけた一撃は、やはり漆黒の男には届いていない。
割って入った“メスらしき物”が、それをがっちりと阻んでいる。
思わず舌を打つが、無論状況は何ら変わってはくれない。彼は地を蹴って後退する。

しかし、男はそれを許さない。
恐ろしい速度で詰め寄り、間合いを空けさせない。
そしていつの間に取り出したのか、すでに敵の左手には、四本の銀の鋭い輝き。

まるで猛獣の爪のように、容赦ない刀身の生々しさは、見ているだけで肝が冷えるほど鋭利であった。
地面を滑走し、そのまま飛び立たんとする敵の攻撃は恐ろしく速い。
速いが、アーチャーの目はそれの動きをはっきりと捉えていた。
アーチャーの顎下から脳天目掛けて突き抜けるような軌道は至ってシンプル。何の問題なく、彼はそれを防ぐ筈だった。
しかし――――


(違うッ!)


その防御行動に反するように、己が経験とそれにより培われた感が、けたたましく警告音を鳴らし喚く。
脳裏がベッタリと冷や水を浴びせられる嫌な感覚に、彼は露骨に顔を引きつらせた。
アーチャーは迷わず、己が直感を信じ、迫り来る前面の攻撃を完全に無視して――――黒の中華剣を“自分の真上に振り上げた”


――――その瞬間、刀身に固い何かがぶち当たる。


とんでもない衝撃が真上から襲いかかってくるが、彼の強靭な足腰がそれに耐え抜いた。
すぐに視線を上に向けると、いつの間にそこに移動したのか、“先程まで正面にいた筈の赤屍がそこにいた”


「ほう……」


感心の言霊はアーチャーの真上から零れ落ちる。
黒のシルクハットの縁の切れ目から、男は極細の目元を若干開き、初撃を防ぎきった白髪の男の顔を覗きこんでいた。
黒の男は足のつま先を天空に真っ直ぐ向け、さながら見事な倒立を空中で決めながら、夜空の闇と同化していた。
莫耶の漆黒の刀身と対照的な銀褐色の四本のメスが食い込むように火花を散らす。

アーチャーは攻撃を防いだと一息吐く暇もなく、そのまま上手く攻撃を真下に受け流すと同時に、彼は二度後方へと後退する。
赤屍はそのまま重力に倣うように落ち、体を反転させ、地面に音もなく爪先から着地する。
この間に、アーチャーは十分な距離を取ることができていた。そして、ようやく肺に溜まった空気を外に吐き出していた。
動悸が激しく体内で乱痴気騒ぎのように暴れ回る。少しでも落ち着けようと、彼は必死に諌めるが、そう簡単に治まる筈などなかった。


(何という、スピードだ……)


相手の常識外れな移動速度に彼は驚愕していた。
さきほどの攻撃を防げたのは、強運としか言い様がなかった。
常に隣り合わせで死を感じた戦場で、無様に生き続ける事で養われた直感の力の偉大さを彼は久しぶりに噛み締めていた。
しかしそれと同時に、目の前の敵がどれほど恐ろしい者なのかを確定付けるには、それは十分過ぎる程の衝撃を与えてくれた。


(次も無傷で済んだら、それはもう奇跡だな………)


それは冗談でも何でもない事実だったので、顔では笑えたが、心は笑えなかった。
だがやらねばならない。そうでなくてはあっという間に細切れにされるだろうことは分かり切っていた。
途方もない、しかし一瞬の作業はしばらく続きそうだった。
彼に心静める暇もなどない。今度は赤屍から攻撃を仕掛けてきた。



――――アーチャーは先程よりもさらに神経を尖らせ、全力で敵を迎え撃つ。











凍りつくような屋上風は先程よりも強烈に吹き付ける。
響き渡る音という音全てが風。しかし、二人の剣撃はそれすらも切り裂くように乾いた音を屋上に響かせている。
激しさを増す二人の戦いに呼応するかのように、風の乱れ具合もさらに加速していく。

そんな激闘を繰り広げる彼ら二人から、かなり離れた位置に黒髪の魔術師はいた。
屋上の唯一の出入り口である、下界に続く扉。それに体を預けながら、凛は二人の戦いをただじっと見守っていた。
風がもはや立っているのも辛いぐらいに吹き荒れているというのも、ここに身を潜めている理由の一つだが、一番の理由は――――これ以上、二人に近づくと危険すぎるからだ。

魔術という英知の力を持つ彼女。しかし、その肉体自体は通常の人間のソレと大して変わらない。
一応、毎日筋力鍛錬を欠かさず行ってはいるものの、腕立てや腹筋の数十回程度で肉体が人間の領域を大きく飛び越える訳などない。
深遠に近しき魔術師ならば、人を超えた何かを持つ事が出来ようが、彼女はまだその域にまで達していない。
ソレに届く素質は大いにあるかもしれないが、それは今ではなく、まだ訪れぬ先の話。

兎にも角にも、彼女は彼らの戦いをただ見守るしか術がなかった。
脆弱にして、か弱い小娘の肉体など、あの剣風に飲み込まれれば、あっという間にバラバラにされてしまうだろう。
既に互いの剣舞は、周囲を巻き込む暴風と化している。


(人間じゃないわね、二人とも)


もう何度そう思ったのか分からないくらい、凛は二人の人間離れした闘いを見つめながら心の内で漏らしていた。
二人の闘いが始まって、まだ数十秒しか経っていない―――にも関わらず、彼らは既に数十合を超える攻防を繰り広げていた。
一秒という時間すら濃密に感じる、激しすぎる互いの剣撃。二人の持つ冷酷な刀身が相手の命を喰らおうと躍起になる。そして、同時に己が主を守ろうと必死になっていた。
パッと見たところ、二人の闘いは拮抗しているかのようにも思えるが…………残念ながらそうではない。
そんなことは二人の表情を見れば一目瞭然だった。

彼女のサーヴァント―――アーチャーの顔には、全く余裕がない。
歯を食いしばり、頑として目を見開き、必死になってただ男の攻撃に対抗している。
双剣が描き出す歪曲した剣の軌跡は、愚直にただ真っ直ぐ、敵の猛攻を捌いていた。

対照的に敵は余裕と言わんばかりの表情。
憎らしいとまで思うヤツの顔には、やはり依然と変わりなく、うっすらとした笑みを絶やしていない。
アーチャーのたまに繰り出す反撃も、男は軽くあしらっている様に見える。
さらに男の攻撃は次第に速度を上げている。それは一気にではなく、徐々にゆっくりと上がっている。
それを見て凛は激しく苛立った。悔しくなった。


(遊ばれてる……)


どう見てもそれは遊ばれている。
他の者から見ても分かると言うのに、戦っている本人は顕著にそれを感じている事だろう。
その思惑は見事に的中し、アーチャーの顔には屈辱の二文字が刻まれている。
闘いに身を投じる者にとって、真剣勝負で手を抜かれる事は、最大の侮辱に等しい。
彼の悔しさは彼女の芯にまで伝わってきていた。


「……なによ」


握る拳に力が篭る。あのニヤニヤした男の顔面を思いっきり張り飛ばしてやりたい。
しかしそれができない事は分かっている。自分では返り討ちに遭うのがオチだった。
魔術で援護しようにも、あれだけ両者が速く動かれては、アーチャーを巻き込んでしまいかねない。
彼女はやはり、ここでただ事態を見守る以外ないと再び思い知らされた。


「なんなのよッ、アイツは!」


やり場のない彼女の拳は、鉄の扉に放たれた。
鈍い音と、僅かに軋んだ鉄の摩擦は一瞬で潰える。
それにより、彼女の拳に熱い痛みがじわじわと湧き上がる。
だが、そんな痛みすら感じさせない程、悔しさは大きく凛の胸に燻り続けていた。



しかし、その時―――唐突に剣撃の音が鳴り止んでいた。









「この程度ですか……」


「……くッ」


アーチャーは答えない、応えられない。
敵が繰り出す悪夢のような攻撃の数々。それを彼は肉体の稼動限界ギリギリまで行使し、何とか防いでいた。
最初の方は彼も度々反撃を行う機会は何度か見受けられたが、際限なく上がる敵の攻撃速度に、アーチャーは次第に追い詰められていった。
その証拠に、彼の四肢には薄皮を切り裂かれた傷がいくつも出来上がっている。

彼の血の滲む鍛錬と培われた経験で練り上げた保有スキル―――“心眼”を持ってしても、これが限界だった。
僅かな勝率が存在すれば、その可能性を僅かながらでも手繰り寄せる技能だが、これっきりだ。
彼が出来る限界を考えて“これしかなかった”。


「まあ、思ったよりかは楽しめましたよ、貴方は……及第点は与えてあげます」


ゆっくりと、赤屍は右手を握り締める。
相手のその行動が何を意味するのかアーチャーは分からなかったが、危険を察知した肉体は双剣をしかと構える。
それを見た赤屍は、凍るような笑みを浮かべ―――赤屍の強烈な殺意がアーチャーを貫いた。



「終わりにしましょう」



その瞬間、赤屍は空に向かって右腕を一気に振り上げた。
よく見ると、開かれた手のひらから、次々と無数のメスが上空に舞い上がっていく。
それは上空で今も尚荒れ狂う、暴れ風に飲み込まれ、そして様々な方向に散乱していく。



「……赤い雨ブラッディレイン



そして次に赤屍はアーチャー目掛けて無数のメスを投げ放つ。
軌道は非常に単純で避けることは何ら造作ないことだ。“左に避ければ確実と言える”。
だが、それはアーチャーを左に避けさせる為の布石に違いなかった。
恐らく先程上空に放り投げたメスは、左に避けた後、彼に降り注ぐことは必然と言える。

だから、アーチャーはこれを右に何とか回避を試みる。
厚い断層のように迫り来るメスの群れの中を何とか掻い潜り、その先は安全地帯の筈だった。
上手く一本も被弾することなく潜り抜けた彼は、どことなく勝った気分でいた。
が、その直後―――アーチャーの体に雨が降り注いだ。


「なッ!?」


彼の体に降り注いだモノは、先程赤屍が上空に投げ放った無数のメス。
それが雨となって、彼に降り注いだのだ。
彼の驚愕した表情を見て、赤屍は吊り上げた口の端をさらに吊り上げた。

無論赤屍とて、こんな小細工で彼を仕留めれるとは思っていない。
だが、敵の予想を大きく裏切る攻撃は、例えどんなに取るに足らないことでも動揺を誘う。
アーチャーの今までの闘いを見るに、こちらの思惑を裏切ろうとする行為が多く見受けられた。
その中から限りある可能性を導き出し、どんな相手でも打倒しようとする意気は見事と思う。

しかし、それが自分だけでなく、他者も同様なのはお約束と言えよう。
赤屍の経験則から、彼は左に逃げるスペースを作っておけば、必ず危険な右に避けると推測していた。
あえて危険な方に身を投じることで活路を見出す男。赤屍は彼をそう断じていた。
そして、それは見事に的中したのだ。

慌てて彼は双剣で上空から降り注ぐ刀身を弾き落とす。
しかし、あまりにもこちらの予想を反する事態に、彼はその全てを弾き落とすことはできなかった。
一本、二本と、彼の右肩と左上腕に鋭い刃が突き刺さる。

それは彼にとって取るに足らない痛手だが、一瞬とは言え、瞬きをしてしまった。
さらに迫り来るメスの雨を弾き落とす事に気を取られ、敵の動きを彼はよく見ていなかった。
そして、それが決定的となった。



王手チェックメイトです」



「―――ッ!」


首筋にメスの切っ先を突きつけられる。
冷たい銀の切っ先が、彼の首筋を優しく撫でる。
アーチャーはその場で膝を屈し、赤屍は悠々と佇んでいる。
その光景は、誰がどう見ても勝敗は明らかであった。


「アーチャー!」


凛の割れるような声が響き渡る。
闘いの終焉と同時に、屋上で荒れ狂っていた風もいつの間にか収まっていた。
アーチャーは静かに目を閉じると同時に双剣を手放す。黒と白の双剣は、ひび割れた地面に落ちていく。


「最後に何か言うことはありますか?」


「……っ……」


彼の口が僅かに動く。それが何を言葉にしているのか赤屍は聞き取れなかった。
これにより、アーチャーは可能な限りの最善を尽くしたと言える。
もう一度だけ―――赤屍は最後の問いかけのつもりで質問を繰り返す。


「なければ、貴方には死んで頂きますが?」


「……一つだけ、ある」


「なんでしょう? 僭越ながら聞いて差し上げましょう」


語る言葉は一つだけ。
それは単純にして、簡潔な言葉と言えよう。
ゆっくりと目を開き、アーチャーは敵を仰ぎ見る。

敵は夜空の満月を背景に取り、漆黒の衣を纏った死神のように見えた。
月明かりに照らされた顔には、やはり、冷酷な微笑が映し出されている。
それを見て、アーチャーは“不敵な笑み”を浮かべた。
そして、先程自身に放たれた言葉をアーチャーは、そっくりそのまま返してやった。



 
王手チェックメイトだ」




その瞬間―――赤屍の体は後方に弾き飛ばされた。


「―――ッ!?」


驚きの声を上げる暇もなく、赤屍は後方の壁に叩きつけられる。
衝撃が背中を突きぬけ、前面の肺にまで衝撃が伝わる。
彼の口から漏れ出た嗚咽には、微量ながら血が混じっていた。
当然だ。彼の腹には、古より伝わる西洋剣が深々と突き刺さっていた。


「こ、これは……ッ!?」


さらに何処からともなく飛来した四本の剣が、赤屍の四肢を次々と突き穿つ。
壁に磔にされた赤屍は身動きが取れなくなっていた。
アーチャーは静かにその場から立ち上がり、彼の唇が静かに、しかし重く語り始める。




「――――――I am the bone of my sword我が骨子    は 捻 じれ    狂う




彼の左手に無骨な弓が、右手に螺旋の刀身を描き持つ剣が現れる。
そして、剣は光の矢と変化し、アーチャーはそれを弓の弦に番え、構える。
弦を引き絞り、狙いを壁に磔にされた漆黒の死神に光の矢を向ける。
アーチャは躊躇なく、そして容赦など一切なく――――アサシンを滅殺する。



「――――――“偽・螺旋剣”カラドボルグ




放たれた光の矢は、真っ直ぐに死神に放たれる。
それを―――



「クスッ……」



漆黒の死神は、やはり笑みを浮かべて、ソレを受け入れた。











未遠川の上を跨ぐように架かる冬木大橋の脇にある公園。
夜とあって、そこには公園の中心には外灯が点火され、小さな公園を照らし出していた。
そして、その外灯の傍に一人の少女が佇んでいた。

雪のような美しく流麗な髪を腰まで伸ばしたソレは、外灯の光に当てられて銀色に輝いていた。
赤いクリクリとした瞳はただじっと夜空を見上げていた。
少女の名は、イリヤ―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
彼女も、今回の聖杯戦争の参加者の内の一人だった。


「む~~」


イリヤは何故か頬を膨らませて、空を恨めしい思いで睨みつけていた。
そんな事で天候は表情を変えてはくれないことは分かりきっていたが、それでもやはり面白くなかったのである。
寒空の下で毛皮で編まれたコートを着込んだ雪の少女は、雪が降るのを望んでいた。


(あ~あ~、今日は降ると思ってたのになぁ……)


空はからっきし何も降らせてはくれない。
彼女が大好きだけど、大嫌いな雪は今日はどうやらお出ましにならないようだった。
がっくりと項垂れるように彼女は地面を見る。


(それなら、それでいいや……今日はバーサーカーと一緒に町をお散歩しよう)


(もしかしたら、他のマスターと会えるかもしれないしね)


そうなれば、そいつを殺すだけだ。
彼女のサーヴァント―――バーサーカーの圧倒的な強さを敵に見せ付けてやる。
絶対の信頼を置く彼女の僕は最強にして最凶。
これを打ち破る事のできる英霊など、本当に限られた者しか存在し得ない。
今回の聖杯戦争を勝ち抜くのは、自分達であると、イリヤは確信に近いモノを持っていた。
彼女はとりあえず、新都に向かうことにした。


「行くよ、バーサーカー」


その問いかけに応えたのは、茂みの中から現れた巨人だった。
最強のサーヴァントは少女の声に従い、駆けるように走り出したイリヤの後ろにただ黙って付いていった。









やがて冬木大橋の歩道を彼女らは歩く。
イリヤはくるくると回りながら、ゆっくりと前に進む。
その後ろにはバーサーカー。端から見て、何とも対照的な二人と思う。
一般人が見たら、回れ右をすることだろう。
しかし、二人の会話は至ってほのぼのとしたモノだった。


「星が綺麗だねぇ、バーサーカー」


「…………」


「何であんなに綺麗なのか知ってる? って言っても、私も知らないけどね」


「…………」



「あっ、アレってオリオン座だよね。ほら、バーサーカーも見てよ」


「…………」


「どう、分かった?」


「…………」


「もう、ダメじゃない、バーサーカー」


「…………」


そんな会話がしばらく続いていた。
少女の問いかけに、巨人はただイリヤを見続けているだけであった。
凶化したことにより、彼の思考などないに等しい。
恐らく彼女の質問が何を指しているのか、彼にはよく分かっていないことだろう。

しかし、その代わり、バーサーカーの瞳には少しばかり、少女の無邪気な姿を微笑ましく思う光が宿っていた。
それは子を見守る父親のソレと似ているような気がした。
そんな中、急に強い風が吹き荒れた。


「きゃあ!」


「…………」


いきなりの強い風に煽られて、イリヤは転びそうになる。
それをバーサーカーは寸での所で、その丸太のような腕で小さな少女の体を支える。
強烈な風は尚も続く。



――――そして、遠くのセンタービル屋上から伸びる、光の奔流を二人は見た。



「あれは……」


「…………」


凄まじい魔力の渦が夜空を切り裂くように天まで駆け巡っていた。
そして、先程彼女らを襲った暴風は、ソレで生じた衝撃波であり、この橋の中ほどにまで届いている。
それは、あの閃光の圧倒的な破壊力を物語るには十分なことと言えた。
ようやく風が収まった頃には、夜空を照らした光の軌跡も収まり、夜の空は再び静けさを取り戻していた。


「バーサーカー」


「…………」


彼は己が主である小さき雪の少女を、その逞しく盛り上がった肩に乗せる。
肩に乗った少女の顔には、先程まで見せていた無邪気さは欠片も残っていない。
冷徹に吊り上げた赤い瞳に、どことなく艶の混じった表情は魔術師のモノ。
最強のサーヴァントを連れた、アインツベルンが誇る最高のマスターがセンタービルを見る。


「いくわよッ、バーサーカー!」


「――――!!!!!」


重厚な雄叫びは獣の如き遠吠えと化し、夜空に木霊する。
重戦車のように走り出したソレを止めることは、もはや誰にもできない。




――――最強のコンビは、真っ直ぐにセンタービルに向かって、橋を走り抜けていく。






続く






[9374] ACT.1 ドクタージャッカル③
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2009/07/03 16:02
赤屍さんと聖杯戦争





◆ACT.1 ドクタージャッカル③◇






暴力的な光の奔流は全てを飲み込んでいった。
壁に磔にされたサーヴァントどころか、射線軸に存在した空間を根こそぎ吹き飛ばしていた。
燻るように虚空が淡く燃え立つ。断層が引き起こすほどの熾烈なアーチャーの投擲。
それのおかげで、微笑の死神は問答無用で滅されていた。


(あの威力……間違いなく、Aランクの宝具に該当するわね)


敵のサーヴァントも確かに強かった。
常識離れしたスピードと、嵐のように迫り来るメスの雨。
まだまだ底を見せてはいないようだったが、それも今となってはどうでもいいことだった。
かくして、彼女のサーヴァントは見事にその力を示してくれた。
先程まで心に抱いていた不快な物が抜け落ちたような気がして、凛は爽快な気分だった。

アーチャーはしばらく吹き飛ばした屋上の一角を見つめていた。
しかしそれも終わり、確かな足取りで主の下に歩み寄った。
体中に無数の傷を刻まれながら、しかし、その顔には勝利の余韻が浮かび上がっていた。


「さて、これで満足したか?」


「まあね……アンタこそ、スカッとしたんじゃないの?」


「む?」


と、そこで何故か眉を細めるアーチャー。
どうやら、彼女の言った事がイマイチ理解できなかったようだ。


「何のことだ?」


「いや、だってアンタ、アイツに手を抜かれて悔しそうな顔してたから……」


「ああ……そういうことか」


と、そこでアーチャーは凛の言いたいことに気づいた。
確かに彼はそんな風に見える顔をしていたかもしれない。
だがそれは別に、手を抜かれて悔しいとか、そういった感情で歪められたモノではなかった。
そもそも、騎士道等というクソの役にも立ちもしないモノなど、彼の内には一切合切存在しない。
アーチャーは腰に手を当て、何とも意地悪な顔で凛を見た。


「ああ、成る程、私があんなヤツにいいように弄ばれるのを見て、君は悔しかったわけだ」


「はぁ!? 何言ってんのよ、アンタは!?」


真っ赤な顔で全力で否定する辺り、どうやら図星のようだと彼は断じた
それを意地悪い顔で見るのと同時に、彼は心で彼女の心配に懐かしさを感じ得ていた。
本当は凄く心配してくれたに違いない。だというのに、それを素直に表に出さない彼女の可愛らしい一面はこの時から健在だ。
そして、彼は最後にトドメの一言を言い放つ。


「帰ったら拳を冷やしておいた方がいいぞ? 案外腫れるからな」


「んなッ!?」


クックックッと、くぐもった笑い声を上げながら、アーチャーは横でギャアギャア喚く凛の声には耳を貸さなかった。
その時、一瞬だけ彼の頭に激痛が走り、彼は顔を曇らせる。
足取りがふらつきそうになるが、何とか堪える。


(やはり“連続投影”は少々負担が大きかったか……)


彼が顔を歪めた原因は、そういうことであった。
あの激しく濃密な打ち合いの中、彼はそれと同時に“投影”を行っていた。
相手の力量がかなりのものであることは、最初にヤツを目にしてた時から、アーチャーは感づいていた。
なので、凛に言われた最強を示すという言葉に便乗するかのように、彼は最初から持てる最善を尽くしていた。

こちらが持つ虎の子のカードを切らなければ、この敵は打倒できない。
そして幸いにも、敵は自分を侮り、手を抜いてくれていた。彼にとって、それは僥倖だった。
しかしそれでも敵の攻撃は苛烈だった。よく五体が満足でいてくれたと、彼は自らの事ながら感心し切っていた。
とりあえず、今はそれだけで十分だった。


「ちょっと、アーチャー聞いてるの!?」


「ああ、残りは家でいくらでも聞いてやろう。我が偉大なるマスターよ」


「……アンタやっぱり私を馬鹿にしてんでしょ?」


「さてな……」


吹き飛ばされたフェンスを超えて、彼ら二人は屋上の縁に立つ。
そして、そのまま屋上から飛び出し、今度こそ本当に遠坂低に帰るつもりだった。
夜も深まり、帰って太陽の輝きをまた見ることにしていた。
しかし―――それは二度、背後から聞こえたあの男の笑い声で食い止められてしまった。



「クスクス」



二人ともその場で固まる。それは無理もない。
跡形も無く吹き飛ばした筈の脅威が、再び彼らの前に舞い降りたのだから。


「ククク、面白い……いや、実に―――ね……」


「馬鹿な……」


――――舞い戻った死神は、やはり冷酷な微笑を浮かべていた。


先程まで熱く滾っていた勝利の余韻はどこぞに吹き飛ばされ、アーチャーは額から流れ出る汗に冷たさを感じていた。
螺旋剣の投擲をまともに喰らい、尚も悠々と佇む男の姿は、彼にとって信じられない魔物と化していた。


(直撃だったはず……)


四本の剣が男の四肢を貫き、壁に磔にし、そこに空間を断裂させるほどの一撃を投射した。
並のサーヴァントなら即死。そうでなくとも、少なからずダメージは受けたはずだ。
しかし、今目の前にいる男を見る限り、どこにも損傷した箇所が見受けられない。
剣で串刺しにした筈の手足も血を流すことなく、何の異常もないかのように、しっかりと地に足を着け、しっかりと片手で帽子を摘んでいた。
化け物と断ずるに以外に、形容の仕様が無かった。


「う……そでしょう……」


まるで悪夢を見たかのような凛の一声。
そして、その言葉の通り、これは悪夢だとアーチャーは思いたかった。
掴んだ彼女の手を引き、アーチャーは男から凛を己が体で隠すように前に出る。
再びその手に白の中華剣を生み出し、先程と全く同じ状況となる。
そして、かける言葉もこれまた同じだった。


「――――改めて問う。貴様は何者だ?」


「……普通なら、貴方から名乗りを上げるのが礼儀と思いますが…………まあいいでしょう。面白いものを見せてくれたお礼です」



男は帽子を取り、紳士のように会釈を入れながら、答える。
そして、その名を二人は絶対に忘れることはない。
今回の聖杯戦争に於いて、間違いなくダークホース的存在に男の名。
その名は、非常にその男を冠するに相応しいモノだと思われた。
血を好み、人を殺すことが趣味という悪質極まりない男の真名と二つ名は、どちらも血で赤く濁っていた。




「私の名前は―――赤屍 蔵人。親しい人からは“ドクタージャッカル”とも呼ばれてますね」 












「―――って、ちょっと待ちなさいよ! アンタ!」


その男―――赤屍の自己紹介を終えた途端に、凛が弾けるように前に出た。
アーチャーがそれを手で制するが、凛は止まらない。
そんな彼女を見て、赤屍は静かに問いかける。


「なんでしょうか? 可愛らしいお嬢さん」


「あ、アンタ今の名前って、真名なんじゃないの……?」


恐る恐る彼女は尋ねる。
まさか敵に堂々と自分の真名を名乗り上げる馬鹿英霊など、彼女は聞いたことがない。
しかし、実はそんな馬鹿英霊が以前の聖杯戦争でいたことは彼女は無論知らない。


――――だがそれはまた別に話。


広い世の中には、堅牢に縛られたルールを簡単にぶち壊してみせる、途方もない人間が希少ながら存在する。
それはルールなどという小さな枠に収まりきらないほどの器のでかさを持った者か、あるいは掛け値なしの馬鹿かどちらかである。
そんな己が真名を馬鹿正直に名乗った目の前の男は、凛にとって在り得ない存在と化していた。


「ええ、そうですよ。それが何か?」


「な、なにかって……貴方ね……」


凛は思わず頭を抱えてしまう。彼女にとって、目の前の男は、もはやいろいろ在り得なかった。
こんな考えなしの英霊なぞに、自分達は追い詰められてるかと思うと、無性に腹が立ってきていた。
しかし、次の赤屍の言葉で彼が考えなしの馬鹿英霊ではないことを思い知らされる。


「では聞きますが、貴方がたは私の真名を聞いて、何か心当たりのある英霊を連想できましたか?」


「―――ッ!」


「…………」


その言葉に彼女はハッとさせられた。
確かに赤屍の言う通り、彼女の知識の中にはそのような過去の英雄の名など聞いたことがない。
メスを武器とする英雄などもちろん知りもしない。
凛は問いかけるようにアーチャーを無言で見上げる。
しかし、無論彼もその問いに答えられない。

世界の守護者として、長年に渡り、様々な時代に召喚され、様々な相手と戦い歩いてきた彼でも、赤屍という英雄の名は耳にした事がない。
そもそもメスを武器に戦うこと自体が稀な存在である。もしかしたら、自分のまだ知らない英霊がいたとしても何ら不思議ではない。
ないのだが、しかし、それでもやはり矛盾は多く存在する。

まず、赤屍の使うメスの形状が、明らかに近代的な物ということである。
古の時代からメスは無論存在している。彼の知識下では、数千年前の古代エジプトまで溯る。
しかし、赤屍の持つ銀に光る医療ナイフのソレは、黒曜石でもなく、鉄でもなく、近代科学が誇る材質―――チタン合金。
つまり、この男はそう遠くない過去、未来から来た英霊と相成る。
しかし、そうであるならば、アーチャーは高い可能性で彼を知りえている筈である。


「なるほど……つまり、真名を明かしても、貴様にとっては不利益になることは一切ない。そういうことか」


「その通りです。まあ、そうでなくとも、私は偽りなく名乗り上げるでしょう。誰も自身に嘘を付きたくないものですから」


「…………」


その言葉を聞き、アーチャーは少しだけ苦々しく顔を歪める。
その顔が何を物語るのかは、正直本人しか分からない。
彼はゆっくりと一度だけ瞼を閉じ、そして次に開けた時―――その瞳にはある種の覚悟が刻まれていた。


「赤屍―――と言ったか?」


「はい」


「何故生きている?」


「その問いは何を根拠に基づいてでしょうか?」


「私の放った一撃は、無傷で済むほど、軽いものではなかったのだがな……」


彼が先程放ったのは、エクスカリバーの原型―――カラドボルグの改良版である。
アーチャー独自に改良を施し、捻じ曲がった螺旋の刀身から紡ぎ出される威力は、恐ろしいまでの貫通力を生む。
それは空間を切り裂き、卓越した高度な防御結界すらも貫き通す、まさにアーチャーの切り札でもあった。
しかし、その切り札を赤屍は―――


「ああ、それは簡単なことです。“あの程度では、私を殺せませんよ”」 


そう断じた。
単純にして真理。それが答えだった。
その答えに彼はもはや笑うしかなかった。


「ふっ、そうか。あの程度ときたか……くくく、これは参ったな……」


「アーチャー……」


凛が彼を心配そうに見つめる。
当然だ。自分の切り札たる物があっけなく一蹴されたのだ。
しかも取るに足らない物だと断じられては、当の本人は笑うしかなかった。
規格外の化け物を打倒しうる術は、もはや存在し得ないのかと思われた。

赤屍は静かに彼らに向けて歩を刻む。
その分だけ、反射的に二人は後方に退がる。


「よければ、貴方の名を教えてもらいたいものですね」


「ふっ、申し訳ないが、今の私は少々記憶が飛んでいてね。自分の名前すら思い出せないのでな」


チラッと、後ろの少女の顔を見ながら、そう彼は呟いた。
その言葉に凛はそんな意地悪を言うアーチャーの顔を睨みつけた。
小さな声で「性悪サーヴァント」などと、侮蔑に近い感情を込めて吐かれたが、アーチャーは取るに足らないと受け流した。
しかし、次に赤屍が告げた一言は、アーチャーの精神に大きなダメージを与えた。


「それは残念ですね。では、これからは僭越ながら“アーチャー君”と呼ばせてもらいましょう」


「…………」


「…………」


しばらく二人は固まってしまった。
アーチャーは呆然と突っ立っており、凛は笑いを堪えるに必死だった。
そんな二人を見て、何がおかしかったのか分からないと言わんばかりに赤屍は首を傾げる。


「どうかしましたか? アーチャー君?」


「い、いや、なんでもない……」


「……くくッ……ぷぷッ」


アーチャーは、また別の意味で、赤屍からダメージを喰らった。
切り札を防がれたことよりも、この年になって、まさか“君”付けで呼ばれるとは思いもしなかった。
凛は必死で笑い堪えるが、思いっきり漏れ出ていたので、無論すぐ傍にいるアーチャーには筒抜けとなった。
わざとらしく咳払いをして、アーチャーは凛の堪えきれない笑いを無理矢理諌める。


「それは置いといて、そろそろ続きを始めるか? ジャッカルよ」


「―――ッ!」


その言葉に凛の顔に、再び緊張が走る。
そう、目の前の敵は未だ健在。ならば、先の続きをするのが道理。
出会ってしまったからには、互いの命を貪りつくすまで戦う。それはいつの世の闘いもそうだ。

それに、アーチャーは目の前の男はここで倒しておかないと、後々マズイことになるような予感がしていた。
一体それが何か分からないが、放っておくことができないのは確かだ。
というか、目の前の男がこのまま引き下がるとも彼には思えなかったからである。
アーチャーは再び干将を力強く握り締め、再び思考を闘争のソレに塗り替えていく。
が、しかし―――赤屍はまたこちらの意図を裏切る言葉を放つ。


「いえ、恐れながら、今日はもう帰らせて頂きます」


「……なに?」


以外にも、赤屍はそんなことを言った。
肩透かしを食らった気分で、アーチャーはその理由を問いただす。


「何ゆえだ?」


「そうですね……しいて言うなら、これ以上の戦闘の継続は危ないんですよ。こちらとして――――ね」


「……どういうことだ?」


「さすがにそこまではお教えできません。それは貴方自身で考えてみるとよろしいでしょう」


「…………」


「では、また会いましょう。その時は、心ゆくまで―――ね」


そう言って、踵を返し、屋上の出入り口である扉に向かう赤屍の背を、二人はただ見ているしかなかった。
と、その歩みを急に止めて、再び赤屍は彼ら見る。


「貴方がたも、早くお帰りになられたほうがよろしいでしょう。何やら、とんでもない者がここに向かっているようですし」


そう言って、今度こそ赤屍はその場を立ち去った。
宝石の魔術師と鍛鉄の英霊。
その二人に圧倒的な恐怖と存在感を刻みつけて、ジャッカルは彼のマスターの下に足を向けた。












赤屍が柳洞寺に戻った頃には、既に空は太陽の光で白み始めていた。
彼としても、ここまで戻ってくるのに時間が掛かるとは思っていなかった。
というのも、それは仕方のないことでもあるか、と彼は思い直していた。
彼は自分の手を見つめ、そう断じる以外に他は無かった。


(やはり……ですか)


体がどこまでも重く感じる。
それがはっきりとしたのは、アーチャーとの闘いの最中。
いつもの赤屍なら、彼を一瞬でバラバラにするのは容易い筈だった。
しかし、それができなかった。何故なら、それは―――


「おや?」


「…………」


遥か頂の山門まで伸びる階段。見上げると、そこには一人の女性の姿。
こめかみに怒りマークを刻みつけ、並の人間ならば尻尾を捲いて逃げ出す程の恐ろしい表情で赤屍を見下ろしていた。
無論それは、彼のマスターである、キャスターのサーヴァントのメディアであった。


「おかえりなさい」


低く押し殺した声とは裏腹に、彼女の聡明で美しい顔には笑顔が浮かんでいる。
それが返って、恐ろしさを倍増させているのだが、赤屍はその恐怖の笑みを――――やはり、笑顔で返した。


「ただいま戻りました。マスター」


「随分と遅かったですね? 何か言うことはありませんか?」


「言う事…………ですか?」


「ええ」


「…………」


赤屍は顎に手を当てて、しばらく考え込んだ。
そして、その細い目が彼女の姿を改めて見直してから、ニコリと笑って一言申した。


「その着物、非常に良くお似合いですよ。マスター」


「あら、ありがとう―――ってそうじゃないでしょう!」


ちなみに今のキャスターの服装は、数時間前までの黒のローブ姿ではなく、白と紫の着物を羽織っていた。
それを褒められた直後、頬を赤くして、尖った耳を忙しなく動かしていた彼女だが、すぐにそれに突っ込みを入れる。


「私が聞きたいのは、今の今まで貴方がどこをほっつき歩いていたのかを言っているのです!」


「ああ、そういうことですか」


「そうです! さあ、一から十まで話して御覧なさい!」


そして、赤屍は笑みを一切崩さずに言われた通り、丁寧に一から十まで説明した。
町を一晩中歩き、センタービルでのアーチャーとの戦闘の一部始終を喋り終えた。
説明を終えると、そこには額の怒りマークが三つぐらい追加されたキャスターの姿があった。
そして、何かが切れる音が聞こえたかと思うと―――



――――キャスターの怒りの叫び声が、しばらくお山全体を揺るがしていた。










しばらくしてようやく事態は収束に向かう。
彼女の思いつく罵詈雑言の数々を彼に浴びせるが、赤屍は終始どこの吹く風と受け流していた。
一応、ふんぎりの良い頃合と思い、肩で息をするキャスターに向けて、赤屍は口を開く。


「もうよろしいでしょうか?」


「はあ、はあ、はあ…………まだまだ言い足りませんわ!!」


しかし彼女の怒りは静まらぬ様子。だが、赤屍はそれを無理矢理遮るように、続ける。


「お言葉は後でいくらでも聞きましょう。ですが、早くしないと間に合わなくなるもので……」


「……間に合わない?」


その言葉にキャスターは首を傾げる。
彼のその言葉が何を意味するのか、彼女は最初分からなかった。
しかし、しばらくして、ようやく目の前にいる男の状態に気づく。


「……ちょっとお待ちなさい」


「はい」


「どういうことですの?」


「…………」


「私は、貴方に20日の間だけ現界させる魔力を与えた筈ですよ?」


「ええ、そのようですね」


「…………なら、どうして―――」


ふるふると震える肩は怒りか、途方もなさすぎて呆れいってしまったかは分からない。
彼女はもうこれが夢であればと思った。そう思えばどれだけマシか。
キャスターはその後の言葉を続ける気すら起きなかった。

見ると、赤屍の体は少し透けているように見える。
それは日の光を浴びて尚、顕著に確認することができる。
そう、一言で簡単に言うと――――彼は消えかけていた。
しかし、そんな状態にあると言うのに、彼は変わらず笑みを浮かべ、己が真実を堂々と口にした


「ええ、既に頂いた魔力のほとんどがもう枯渇してしまいました。このままでは、私はこの世に現界することができなくなります」


「…………」


「ですので、マスター。ただちに魔力を補給させてもらいたいのですが?」


「…………た」


「はい?」


「…………たった数時間で……使い切ってしまった、というの?」


「はい」


赤屍はにこやかに、どこまでも明るい笑顔でそう答えた。
並のサーヴァントを20日現界させておくだけの魔力を、赤屍はたった一回の戦闘で使い切ってしまっていた。
彼のあまりの燃費の悪さに、キャスターはその場に崩れ落ちてしまった。



(ああ…………もういや……)



――――彼女の心の声に、聖杯も苦笑いを浮かべるしかなかった。





◇ ACT.1 ドクタージャッカル 完 ◇





ACT.2に続く……








[9374] ACT. 2 刃を持つ死神①
Name: オタオタ◆7253943b ID:916f7640
Date: 2009/08/13 04:18
赤屍さんと聖杯戦争







◇ACT.2 刃を持つ死神①◇







突き抜けるような太陽の日差しが、閑散とした柳洞寺を照らす。
天高く舞い上がりかけた日ごろの時刻、境内から山道の階段に向かって歩く一人の青年。
彼の名は、柳洞一成―――この柳洞寺の跡取り息子である。
一成は、穂群原学園の制服に身を包み、鞄を片手に学校へ行くところであった。

今日は授業は休みなのだが、こうして彼が祝日でも学校に登校することは、別段珍しいことでもない。
季節は一月の終わり――――この時期になると、来る新年度の文科系、体育会系の部活予算の調整に追われる毎日。
さらに、近く三年生の卒業式もあるし、それが終わると、四月には新たな新入生を盛大に歓迎する時期に突入する。

つまり、なかなかに忙しいこの時期は、彼はたまにこうして休みを返上して登校する。
上で挙げた例以外にも、彼の仕事はなかなかに多いので仕方のないこと。
だが、別にそれを彼は疎ましくなど思ってなどいない。
生徒会長である彼にとって、それは確実にこなさなければならない宿命であると、彼は思ってる。
というか、こういう役目に身を置くのが、ただ性に合っていると納得していた。

彼は境内の出入り口である山門を潜り抜ける。
そして、眼下に広がる深山町の姿が日差しと共に視界に映りこむ。
そのあまり変わり映えしない景色ではあるが、彼はその景色を見るのが好きだった。
しかし、今日はその変わり映えしないはずの世界の中に、一つの小さな変化が訪れていた。

規則正しく石段を引っかく音が耳に付く。主に彼の下から。
一成はそれに目を向ける。
そこにいたのは長身の男だった。



「おはようございます、一成君」



第一印象は黒い男。
そういった言葉が一番この男にはしっくりくると思われる。
頭から足まで、男の服装は全身黒で統一されているのだから、当然といえば当然の見解である。
清々しいほど晴れ渡る笑みを浮かべる男―――赤屍は一成を見上げていた。


「おはようございます、赤屍さん」


挨拶を挨拶で返す。当然の儀礼だ。
一成は“ホウキとチリトリ”を持つ彼の傍まで降りる。


「掃除ですか」


「はい」


「客人である貴方がそのようなことをせずとも……」


「いえいえ、構いませんよ。うちのマスターの命令でもありますし………それに、案外面白くもありますしね」


「ほう……どのような所が?」


赤屍は掃き溜めたゴミをチリトリに履き入れる。
プラスチック製のその中に、枯葉が枯葉に埋まっていく。


「同じ石段でも、そこにあるゴミの質と量は違います。枯葉の多い段もあれば、砂と石ころの多い段があり、たまにゴミ一つない綺麗な段もある。不思議な事に……ね」


「不思議……ですか?」


「ええ、それが当然の如く起こり得る事が不思議ですね。同じ造りの石段で、それぞれ隣り合った存在であるというのに、彼らの上には全く違う大きさや形の物が降りかかっている」


「…………」


「それは当然です、何せ彼らがそれぞれいる場所が違う。例え、数十センチの距離であろうと、彼らの於く環境があまりにも違うのですから」


赤屍は次の段へと進める。


「まあ、簡単に言うと…………これほど近く、共に同じ意味をもたらされて造られた物でも、“全てが同一には成りえない”―――という事実が面白いということです。石段にしろ―――“世界”にしても」


赤屍の語りに、思わず一成でも唸り声を上げさせた。


「……ううむ……なんとも、哲学的なお話ですね……」


「いえいえ、ただの暇つぶしです。ありきたりな角度ばかり見ていては、物事はすぐに飽きてしまいますからね」


「なるほど……見方を変える、ですか」


「ええ、そうすれば、その物の様々な本質が見えてきます。掃除にしろ、何にしろ」


そして、最後の石段を彼は掃き終えた。


「今日は学校ですか?」


「はい、今日は休みなので授業はありませんが、生徒会の集まりがありまして……」


「そうですか……では、道中お気をつけ下さい。何やら最近は物騒ですからね」


「その言葉痛み入ります…………では、行って参ります」


「はい」


そのまま、一成は階段を下っていく。
その後ろ姿を、赤屍はしばらく眺めていた。
と、そこへ―――


「掃除は終わったのかしら? アサシン」


偉く不機嫌なキャスターがお出ましになった。
しかし、赤屍は変わらず笑顔で応対する。


「ええ、今終えたところですよ、マスター」


「……そう…………」


キャスターは視線を一瞬だけ下界に向ける。
太陽は随分と高く上がり、既に10時を回っていた。
彼女はそれを見て、赤屍に確認を取る。


「……今日の夜12時までですよ?」


「はい。それまでにお持ちしましょう」


「……そう、ならいいですわ……」


そして、キャスターは踵を返し、寺に引き返して行った。
赤屍はホウキとチリトリを片付け、山を下りていった。
















時間は遡り―――二日前のこと……



厳密に言うと、赤屍がアーチャーと一戦やらかした次の日のことである。
彼はキャスターに魔力を補充させてもらい―――そして、その後、彼は質問攻めを喰らっていた。
実は、マスターであるキャスターは、彼の詳細をまだよく掴めていなかったのだ。

マスターとサーヴァントの繋がりを持ちながら、キャスターが知る情報が――“赤屍 蔵人”という名前だけ。
彼がどれほどの能力の持ち主なのかすら、見えてこない。
そして、何より…………彼女は赤屍 蔵人という英霊など知らない。

通常、過去からなる英霊に該当する場合は、例え、キャスターことメディアが死した後の英霊でも、彼女は知り得ているはずである。
彼女もこの世界に召喚されしサーヴァント。
召喚の際に、この世界に於ける一般的な常識から、世に名を轟かせ続ける数多の英霊の名まで彼女は与えられている。

無論、知名度の高い英霊ほど彼女はよく存じている。
しかし、無名の英霊という存在もこの世には確かにいる。
だが、それでも、この赤屍というアサシンのサーヴァントはありえないことだらけだったのだ。
その一つとして―――


「霊体化できない!?」


「ええ」


障子の薄紙が彼女の声量に脅されるように打ち震える。
八畳からなる一つの和室の中、キャスターと赤屍は囲炉裏を挟んで対峙していた。


「どういうことですの? 貴方は“英霊”なのでしょう? それなのに、霊体化できないなんて……」


彼女の言葉は至極最もな話である。
英霊とは死して霊となり、この世に伝え継がれる者。
そして、サーヴァントとしてこの世に存在する彼らは、基本的に霊的な存在である。もちろん、霊体に戻ることも可能である。
しかし、赤屍はそれが出来ないと言う。


「簡単な話ですよ。私はまだ“死んでいない”ということです」


「………ありえませんわ」


「そうでもないですよ。こうして、ありえない私がいるんですから」


「………霊体化もできない、アサシンねぇ……」


それに一体何の価値があるのか?
ここにきて、先ほど魔力を補充してやったことを激しく後悔するキャスターであった。
しかし、それは、彼の戦闘力を知り得ていない以上、仕方の無い話だった。


「まあ、理由はどうあれ……貴方が霊体化できないということは一応理解しておいてあげましょう」


「ありがとうございます」


キャスターは着物の裾を摘み、指で弄り倒す。
そして、淡い光を放つ囲炉裏から、炭が弾ける音が部屋に木霊する。
赤屍は続ける。


「そして、それが原因かどうかは分かりかねますが、恐らく私の異常な魔力消費に繋がっていると思います」


「“それ”って、つまり貴方が死なずにサーヴェントとしてこの世界にいることがですか?」


「……恐らく、この世界は私という存在を早く叩き出したいようですね。指一つ動かすにも、多大な魔力が流れていってしまいます」


そう言って彼は片手を上げ、手のひらを握ったり、開いたりする。
キャスターはその赤屍の考えに顔をしかめる。


「なるほど……世界は常に貴方を拒絶し続けている。だから、何をするにも、世界からの強烈な圧力が貴方に圧し掛かっていると……」


「恐らく」


それが答えだった。
赤屍というあり得ない存在はこの世に容認されていない。
それは、他のサーヴァントも同様だが―――だからこそ聖杯という物があり、それがあるからこそ英霊達はサーヴァントとして、この世界に在ることができるのだ。
だが、赤屍という存在は、聖杯という強大な力でさえ、それを保身し続けることができない規格外のモノということになる。

それを今は魔力というモノで無理矢理固定しているだけの話。
先ほどキャスターから魔力補充を貰い受けた彼ではあるが、それも何時まで持つか分からない。
何せ、召喚した数時間後に消えるという、前代未聞の燃費の悪さなのだから。
だが、キャスターは少なからず安堵していた。

仮定とは言え、一応の原因が分かっているのなら、それに対する対策は立てられる。
何も分からない状態と、おぼろげに理由が見えているとでは、全く違うからだ。
それに時期も時期で、これ以上、このような事に時間を割く猶予もない。

それは既にサーヴァントは“六人目まで揃っている”。
あと一人のサーヴァントも遅かれ早かれ時期に現れるだろう。


――――そうなれば聖杯戦争は始まる。


だから、それまでには何としても準備を万端にしておきたいのが彼女の切実なる願いだった。
だが、だからこそ―――その前に一つだけ消化しなければならない問題がある。


「……貴方の異常な魔力消費の原因は…………まあ、一応そういうことにして於いておきましょう。それよりも重大な問題が残っていますから……」


「……問題、ですか?」


「ええ、簡単な話です。貴方が私にとって―――使い物になるかならないかの話です」


「…………」


「はっきり言いましょう。私は貴方が本当に役に立ってくれるのか疑わしく思っています」


「…………」


「霊体化すらできない、魔力はすぐに尽きる―――貴方は、これを跳ね除けてしまえる程の利益を私に与えてくださいますの?」



それは当然の思考の帰結だった。
これほど意味不明なサーヴァント、しかも、霊体化できないアサシンなどに、一体何の価値があるというのか。
さらに魔力消費は―――それこそ燃費の悪いどころのレベルではない。

キャスターの言い分は正しい。
正しいのだが――――次の一言が余計だった。


「私は役立たずに施しを与えるほど、寛容ではありません。もし、貴方がそうであるなら、すぐに契約を打ち切ってあげ……て……」


言葉が途中で儚く途切れていく。
それは無理もないことだ。
何故なら、この部屋の空気は先ほどとは完全に別な物へと変貌してしまっていたからだ。


「…………」


「…………」


炭がまた弾ける。
赤い火花が二人の中間に飛び交い、灰溜まりへと落ちていく。
しばしの沈黙。両者ともに視線は逸らさない。

赤屍は笑顔を崩さないが、僅かに目を見開いている。
どこまでも深く、暗い深淵の瞳の色に、キャスターは背筋がゾッとした。
さらに、段々と場の空気が凍り付いていくのを実感していた。


「……マスター」


「……何かしら……」


額から滲み出た汗が、ゆっくりと彼女の頬を伝う。
その何とも言えない嫌な感触に、しかし、彼女はそれを手で拭うことすら出来ない。
視線はとっくに自由を奪われている。


「一つだけ、教えておきましょう」


赤屍は笑う。
しかし、いつもとは違う笑みをその顔に浮かべる。
キャスターは、どうしてもそれから目が離せられない。


「私は、いずれ来る戦い―――聖杯戦争というモノを非常に楽しみにしています」


部屋が冷めていく。世界が凍っていく。
熱を失っていく世界はいずれ色すら失い、その身をセピア色に染め上げていくだろう。
そして、既に囲炉裏の火は燻り始めている。


「ですので、その楽しみを奪う真似だけはして欲しくありません……」


「……ッ……」


喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
当然だ。それだけは断じて出してはならない。
もし、それを出してしまえば、この主従関係は完全に逆転してしまう。
彼女はその場に何とか踏みとどまる。


「お願いします、マスター」


「…………分かりました……」


そこでようやく張り詰めた空気が緩和された。
彼女は胸を両手で押さえて、大きな安堵の溜息を吐く。
そして―――



「―――ですが、マスターの言い分も最もです…………そこで一つ、私から提案があります」



「―――提案?」




――――そして、その提案にキャスターは素っ頓狂な声を上げざるを得なかった。















――――そして、話は二日後に戻る。




赤屍は山を降り、深山町を練り歩いていた。
商店街は、まだ午前中ということもあったが、今日は祝日だったので人が多く混み合っている。
しかし、彼を見た人は自然と道を開けていった。なので、彼は悠々と商店街のど真ん中を突き進んで行った。

そして、次に向かったのが、洋風建築立ち並ぶ丘の上。
最初の夜に深山町の大体を歩き通していたが、こちらの方には足を向けていないことに彼は気づく。
彼はそちらに足を向け、急な斜面を登っていく。
両脇に立ち並ぶ洋館の煌びやかな姿を目に納めながら、彼はゆっくりと歩を刻む。

だが、上を目指す赤屍の視線の中に、一人の男の姿が入り込む。
見ると、坂の上から下りてくる一人の金髪の男がいる。
赤屍はそれを視界に収めながら、ただ坂を上っていく。


「…………」


赤屍は、こちらに歩み寄る男の顔を見る。
まず何よりも目を引くのが、やはり、その黄金に染まる金色の髪だろう。
さらに端正な顔つきと、細身の長身、かなりの好青年だった。
しかし、その双眸に光る真っ赤な紅蓮の瞳を見るに、それだけで収まる器ではないことが伺い知れる。

金髪の男は真っ直ぐ坂を下る。
そして、赤屍も真っ直ぐに坂を上っていく。


「…………」


「…………」


二人は互いの横を通り過ぎる。
漆黒と黄金は、互いに関心を寄せることなく、視線すら合わせようともしない。
台風と台風がぶつかることなく、そのまま事なき終えようとしていた。
だが―――



「―――失礼、そこの御方」



赤屍が、その金色の主に声を掛けた。
ピタッと足を止め、男は彼に振り向く。


「―――なんだ? に何か用か?」


炎の色に染まる双眸が、漆黒の男に注がれる。
全てを見下しきったその瞳を、赤屍は―――やはり笑顔で返した。
そして、スッと手を差し出す。



「―――落としましたよ」



その手には、彼が先ほど落とした財布があった。
全て、金、金、金で作り上げられた、豪華絢爛の長財布。
男はそれを見る――――が、一向に受け取る気配を見せない。


「…………」


「どうしました? 貴方の財布でしょう?」


「……いらん」


男はそのまま踵を返し、再び坂を下っていく。
そして―――


「もう持ち歩く気にすらならん。それは貴様にくれてやる」


そのまま坂を歩み去っていった。
赤屍は長財布を片手に、しばらくその場に佇んでいた。










続く










・あとがき
何か変な所で切れてしまった。それに少し短いです。すいません。
しかし、それよりも一成の喋りって、こんな感じでしたっけ? 何か違和感が……
まあ、それは於いといて、とりあえずACT2開始です。
今回は、いろいろなサーヴァントと絡ましてみたいですね。
時期的にも、そろそろセイバー召喚なので、彼女との戦いも書いてみたいかも……
変わらず不定期更新ですが、少しずつ執筆を進めていきたいと思います。






[9374] ACT. 2 刃を持つ死神②
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2009/09/15 17:21
赤屍さんと聖杯戦争








◆ACT.2 刃を持つ死神②◆








≪A≫


アーチャーはただひたすらこの状況に戸惑っていた。いや、理解できないというのが正しいかもしれない。
つまり、彼はこの状況を全く予見していなかったのだ。それは無理もないこと。
彼はチラリと凛を見やる。彼女はどうにか平静を装っているようだが、愛用の猫印のマグカップを持つ手が震えている。


「しかしまあ、なんだってこんな状況になってるのかしらね……」


「さてな」


アーチャーとて目の前の彼が何の用でここに現れたのかなど知る由もない。いや、彼でなくてもこの者の考えることなど分かる者など存在しまい。
溜息を漏らしたおかげで幾分心が軽くなったのか、彼女の手の震えは止まりかけている。
さすがは一流の魔術師と称したくなるほど、彼女は体も精神も強くあるが、如何せん、今回は相手が相手なので仕方が無い。
アーチャーは凛の向かいの椅子に腰掛ける、相変わらずの“黒づくめの男”に目をやる。


「ええ、私もこの扱いはないと思います。こちらとしては、穏便に事を済ませて帰りたいのですが?」


「それは無理な相談ね」


凛は彼の言葉を切って捨てる。当然といえば当然の反応だ。ここでそれを受け入れるのは馬鹿というもの。
まあ、既にこの状況に陥ってしまっている時点で馬鹿な事である。アーチャーは内心で溜息を漏らす。

男の周囲を囲むように投影された剣の総数は六。
その一つ一つがそれぞれの固有能力を持ち、一斉に投擲されるのを今か今かと刀身を煌かせている。
しかし、それでも男の顔から笑みを吹き飛ばすことはできなかった。男は相変わらずだった。

男は来客用のカップの縁をコツコツと指で叩く。そのたびに中に満ちたハーブティーが静かに波紋を立てる。
窓から見える太陽の位置は既に正午過ぎ。眩しい光が室内を明るく照らしているが、この異空間と化した室内の張り詰めた殺気を払拭することなど到底できなかった。
いわゆる、この状況―――カオスと言わざるを得ないだろう。

つい先刻の事である。
家で少しくつろいでいた二人の下、遠坂低に一人の来客が訪れてきた。
いや、来客ではなく、彼女たちから見れば来敵とでも言えばよいのだろうか。とにかく、この屋敷に一人の男がやってきていた。
もちろん、凛とアーチャーはその男の顔をよく知っている。というか、忘れようにも忘れるはずがないのである。

彼女たち二人がコンビを組んで初めて相対した強敵。
悪魔のようなスピードと、この世の者とは思えない殺気を発する、確実に常軌という扉をこれでもかとぶち抜いた一匹の殺人狼。
――――ドクタージャッカルこと、赤屍蔵人。
今、彼らが再び相対している者の名である。

しかし、そのような相手にでも、こうしてキチンと茶を出す辺り、アーチャーは凛の胆力に驚かされていた。
『常に優雅でアレ』が家訓にしても、この状況では少し意味が違っているような気がしてならないアーチャーだった。


「―――美味しいですね。これはセージ茶ですか? なかなかに心を落ち着かせてくれますね」


「そう? 私にはあまり効果がないのよ、これ。誰かさんのせいでね」


「それはそれは、困った人がいるものだ」


セージ茶にはイライラや不安といった神経のバランスの乱れを整え、やる気を起こさせる効能がある。
最近は彼女はこの茶を好んでいる。というのも、例の戦闘以来、どうも凛は精神的に少し不安定であった。
というのも、初戦のサーヴァントが彼女の持つ聖杯戦争の基礎知識を、それはもう悉くぶち壊してくれたのがそもそもの問題であったりする。
あの日の夜をアーチャーは思い起こす。それはもう、彼にとってはいろいろと大変な一日だった。
多くを語りはしないが、それはもう大変だったらしい。

話は戻るが、無論、セージ茶は抜群の作用をもたらしてくれた。
しかし、彼女が今抱いている不安のでかさには、そんな茶如きの微々たる効能でどうにか解消されるわけなどないのだ。
何しろ、凛にとってのイライラと不安の原因が目の前にいるのだから、心中穏やかであるはずがない。
凛はそれを飲み干し、一息ついて本題を引き出す。


「それで、いい加減用件を話しなさいよ。こっちは別に、アンタと馴れ合う気なんてさらさらないんだから」


「おや、それは困りましたね。それでは私の用件を満たす事ができません」


「……どういうこと? まさか本当に私たちと馴れ合いたい―――そういうんじゃないでしょうね?」


「そのまさかです」


赤屍の顔は変わらず笑みのまま。対するアーチャーと凛には困惑の表情が浮かぶ。
だが、赤屍は構わず、彼らの予期していなかった言葉を言い放つ。


「まあ、端的に申しますと、私と手を組む気はありませんか?」


「「は?」」


間抜けな声が二つ重なっていた。

















赤屍が遠坂邸を後にしたのは、太陽が西へとわずかに傾き始めた時刻の時。
凛は二階の自室の窓から、“破壊された我が家の門”を潜り抜けていく漆黒の殺人者を眺めていた。
そんな彼女の背に、赤い外套を纏いし弓兵が声をかける。


「よかったのか?」


「なにがよ?」


凛はアーチャーに視線を向けずに少し尖った口調で言う。
分かりきっている問いに答える。それに面白味などないし、意味もまたない。


「無論、先ほどの話についてだ」


「アーチャー」


凛の鋭い視線が彼を貫く。
しかし、彼はそれでも口を止めない。


「あのサーヴァントが強力なのは、先日の件で十分分かりきっている。うまく協力できれば、この戦いを勝ち抜く事は造作もないだろう」


「それ、まさか本気で言ってるの?」


もちろん彼女はそんな提案など断った。当たり前のことだが。
まだ七人目も出てきていないこの状況、聖杯戦争すら始まっていないのに、敵からの同盟の申し出。 
無論、まだ七人揃っていないということを彼女は知りもしないが、まだ戦い自体が始まってすらいないというのに、そのような事をするはずがない。
凛にとって、赤屍からの同盟の提案は、これまた全くといって、その意図すら分からなかった。

そもそも同盟とは、各個ではどうにもできない強大な敵を倒すのに、利害が一致する陣営が力を合わせ、互いにとっての強大な敵を討ち破るというのが定説だ。
しかし、まだ戦争自体が始まっていない。そして、それぞれの個々の力どころか、まだ出会ってすらいない。
どこのどのサーヴァントが強いかなど、現状で知りえるはずもない。それで同盟を組む―――そんなもの論外である。


「いや、私としてもごめん被りたい提案だったからな。君の勇気ある判断に感謝しているよ」


「だったら、なんでいちいちそんなことを言い出すのよ?」


「―――いやな、もしヤツと上手く共闘出来た場合、それによって生みだされる結果は絶大なるものだろうと、ただそういっているだけだ」


「それはありえない話じゃない? だって、あいつは絶対に普通に仲間とか裏切るヤツよ。それも笑顔満開で」


「そうだろうな」


彼はあっさりと凛の意見に同意した。
そして、その考えは至極正しいものである。
歪んだ殺人狼は、決して群れることはない。ただ、己の利に従順する為だけに生きている。

直に彼と戦ったアーチャーだけが確信している。
アレはどのような者でも御しえる事はできない。アレは、そもそもそういう枠に捉えること自体間違えている。
結局、赤屍を御しえる者は――――赤屍自身にありえないのだ。


「勘違いしてもらっては困るが、私は別にヤツと同盟を組めなかった事を悔やんでいるわけではない。というか、先ほどのヤツを見てある予感が確信に変わっただけだ」


「確信?」


「つまりだ。“アレを上手く扱えれば、この戦いは勝ち抜ける”………それは事実であるが、しかし、それと同時に―――“アレを倒さん限り、我々が聖杯を手にすることはできないということだ”」


「…………」


「まあ、そういうことだ」


赤屍という存在は、確実に聖杯の前に立ちはだかる。アーチャーはそう言っている。
アレを上手く扱える者がいるかどうかは知らないが、もし、それがいるならば、間違いなくそいつが最有力候補だろう。
だが、彼のマスターがかなりの臆病者が、ただの使い魔不信に陥っているかどうかは知らないが、同盟の件は赤屍の意向とは思えないような気がする。
第一に、今のところ、互いに利とするものがないからだ。それは向こうも十分に分かっているだろうに。
凛は窓を指で撫でる。


「まあ、それはひとまず於いて置くにして、貴方はあの提案の意図はどこにあったと思う?」


「さてな…………私には、ヤツが何を考えてあんな提案をしてきたのかすら、全く持って理解できん」


「そうよね。ほんと、何だったのかしら?」


「だが、些か気になる事が一つあったがな」


「気になる事?」


凛が食いついた魚のようにアーチャーに顔を向ける。
それを見て、彼は胸の前で腕を組み、少し眉を細めながら言う。


「気になる、というか、違和感のようなものか? どうにも先ほどの赤屍は、こう、何か違っていた」


「違う?」


「ああ、以前対峙した時のような圧迫感を全く感じなかった。私の目からすれば、あれはどうにも“赤屍ではなかったかのように思える”」


「……どういうことよ?」


「さてな。私もよく分からん。ただ―――そう思っただけだ」


酷く引っ掛かりを感じるアーチャーの言葉。
それがいったい何を意味するのか、当の本人もよく分かっていない。
それ以上は詮索しようがなかったので、凛は会話を切り替える。


「じゃあ、今度はこっちの質問をするわ。アーチャー、正直に答えてね」


「ああ」


「アンタは“アレ”を倒せる?」


しばらくの沈黙。
アーチャーが答えたのは、二呼吸後のことだった。


「―――分からん」


今日の彼は分からんこと尽くしだった。
はっきりしない答えではあるが、それでも凛は口を挟む事はしなかった。
アーチャーは続ける。


「まず、ヤツの力の底が分からん。少なくとも、私が戦っていた時は、明らかに手の内を見せていなかったからな」


「そうみたいね」


「それに、私の投擲を受けて無傷ときている。困った事にな」


螺旋剣での投擲。
Aランクに相当する一撃でさえ、彼を倒すことはできなかった。
それ以上の攻撃手段をアーチャーは―――――持ってはいるが、それすら通じるかどうか分からないというのが本音だった。
だから、分からない。倒せるかどうか。


「ずいぶんと弱気になってるわね」


「ああ、あの日から私は少し弱気だ。仕方なかろう」


「諦めの早いサーヴァントねぇ……先が思いやられるわ」


凛は少し彼を馬鹿にしたかのような口調で言う。
戦いも始まってもいないというに、そんなことでは先行き思いやられるどころか、本末転倒である。
だが、彼がその程度の男ではないと、凛は信じてたりした。
彼女の言葉をアーチャーは鼻で笑いながら、



「―――諦めが早い? そう見えるか?」



憎ったらしい不適な笑みを彼は浮かべた。それこそが彼の本調子の証。
それを見て、凛の顔にも気力と笑みが蘇る。



「いいえ、全然」



なんだかんだいって、この二人が良きコンビであることに間違いない。
そして、心に引っかかる物もまた同じだった。


「…………しかし、あれだな」


「アイツは結局何しにきたっていうの?」


同盟を断ると、案外あっさり赤屍は引き上げていった。
てっきりこの館を全壊させるだけの戦闘が勃発するかもしれないと凛は覚悟していたが、それも過ぎ去った不安だった。
結局二人は赤屍の思惑を知ることなどできはしなかった。




――――漆黒の血は、主へと帰還する。














<< 同時刻 >>


≪B≫


双子館という建物がある。
遠坂邸のすぐ近くにあり、彼の館よりも少しだけ控えめの形の作りになっている。
そして、その名の通り、同じ造りをした館がもう一つ新都にあったりする。坂の上の教会、その坂から少し外れた森の中。
そこに行くまで、深山町からは車でも普通に一時間以上掛かる。だが、そんな距離も赤屍蔵人にとっては苦にならない。
だが、彼の本来の目的は、そこではなくこちらにある。

枯れ葉を踏み砕く音が辺りに木霊していく。
不規則な連鎖を奏でる乾いた破壊音は、しかしどこか心地よいものだと赤屍は思った。
しかし、それも先ほど終わり、今はこうして館の玄関扉に手をかけていた。
鍵は残念ながら閉まっている。まあ、そんなこと彼には全く関係ないことだが。
―――どこからともなく取り出したメスがそれを切り落とした。扉ごと。


「お邪魔しますね」


無人の館の主に対して彼はそう告げる。彼は変なところも礼儀正しい。
赤屍はただ真っ直ぐに一つの部屋に足を向けていた。
そして、辿り着いた先は、別段どうといって変わりないただの部屋だった。
白で統一された壁には時代錯誤な時計が針音を休まず動かし、室内の中心には高級そうなソファが一つ。
暖炉も完備され、円形の小さなテーブルの上には何故か未完成の白花のパズルが一つ置かれている。
赤屍はじっと部屋を見渡す。

室内は思ったよりも清潔に保たれている。
埃一つない床といい、窓からは淀みない日の光がただ室内を明るく照らしている。
無人の館。それがこの館の正体のはずだった。
――――しかし、今日は来訪者が二人いる。



「誰だてめえは?」



一つの空間から一人の男の姿が現れる。いや、元々そこにいて、霊体から実体化しただけの話だった。
男は青を基調とした服に身を宿していた。体つきは獣のようにしなやかで柔軟性がありそうだった。
ブルーの頭髪を逆立て、ランサーことクーフーリンという男は、館に訪れたもう一人の来客者――――赤屍をその鋭い眼差しで貫く。
それに対し、赤屍は笑う。彼らしく、いつものように笑っていた。


「おや、これはこれは意外ですね」


「あぁ?」


「まさか、ここにサーヴァントが“三体”も揃うことになるとは、ね?」


その言葉にランサーは一瞬だけ室内を見渡した。
しかし、もちろんここにはランサーと赤屍の二人しかいない。それ以外には何もない、はずだ。
ケルトの大英雄は勇ましく腕を振るう。すると、その直後に彼の手に現れたのは2メートル超の赤い魔槍だった。


「な~にわけわかんねえこと言ってやがる。ここには俺とお前、俺達しかいないはずだぜ?」


「ええ、そうみたいですね。――――今は」


赤屍はゆっくりとポケットから両手を抜く。
それを見たランサーはさらに警戒心を強めていく。室内の空気がどんどん密度を増していくように感じる。
窓から入りこむ風は鳴りを潜め、日の光すら雲の後ろに隠れる始末。そのおかげで部屋には少しばかり陰りが見え始めていた。
静寂が支配する異空間。もし、並の人間などがこの部屋に足を踏み入れていれば、一瞬で意識を失ってしまうだろう。
それほどの、殺気と闘気と覇気で場は狂い、満たされつつあった。


「まさか昼間っから他のサーヴァントとやりあうことになるとは思わなかったぜ。てめえは何のサーヴァントだ? まあ、とても真っ当な騎士様なんかにゃ見えねえし、アサシンかライダーって所か?」


「―――アサシンです。そういう貴方はランサーのようですね」


「―――如何にも」


くるくると回る赤い槍は、途端に動きを止め、矛先を漆黒の殺戮者に向ける。
それに対するは白銀の刃。彼の血から生まれし、有象無象の現象たち全てを切り裂く刀身は全部で五つ。
それらは互いに敵を捕捉し、見定め、完了次第、殺しあう。
だが、ランサーは一言、赤屍に提案を促す。


「……場所を変えねえか? ここじゃあ、ちっと戦いづらい」


「構いませんよ」


互いに窓から外に出る。
幸いにも、庭は広く、住宅地から少し離れた森の中で、周囲に人の気配も感じられない。
木々のざわめきが怯えたように木霊する。


「ありがとよ」


「いえいえ、礼には及びません」


黒と青の獣。最速と最速の戦士。
それらが互いに動いた。目的はただ一つ。



――――目の前の敵の抹殺だった。
















<< 同時刻 >>


≪C≫


――――アインツベルンの森には一つの結界が張られている。


敷地内の結界に敵が触れた瞬間、敵の侵入をこの森の主は察知することができる。
その為、今こうして男が森に足を踏み入れている時点で、彼の侵入は向こうに察知されている。
男も当然それには気づいている。まあ、そんなことは彼にとってはどうでもいいことだった。
構わず彼は歩を進める。既に森に入って二時間は経過していた。

男は少し足を止める。耳に神経を尖らせる。
聞こえてきたのは、なんとも形容しがたい重低音の獣の声。
広大にして広大な森の全てに、その声は響き渡っているように思える。いや、きっと響き渡っているだろう。
それはつまり、侵入者に対し、森の主が放った刺客ということ。
相手はこちらを警戒し、それに対し、全力で潰しに掛かってきたようだった。

男はさらに歩を進める。
枯葉と砂利が擦れあう。疲弊した葉が彼の頭上に舞い落ちてくる。
彼はそれを少しの間眺める。そして、同時に彼は思う。


世界はこのように乱雑に生まれ、乱雑に疲弊し、ただ散るばかりなのだろうか。
生も死も、ただ乱雑にあり続けるだけなのだろうか。
遠き日の記憶が蘇る。
あれは、あの日は、いったい何が間違っていたのだろうか?


――――答えは依然として出ていない。



「…………」



男はさらに歩を進める。
目的地はどうやらもう少しのようだ。
なぜなら、放たれた刺客が彼のすぐ近くにいる。
彼の軽い足取りとは違い、その者の歩みは重く、なんとも荒々しい限りである。
距離は既に狭まりつつあり、振り向けば、もしかしたら見える位置にいるかもしれない。



森が開ける。



そこにはなんとも時代錯誤的とも言わんばかりの、西洋の城が雄雄しく聳え立っていた。
鋭く天に向かう屋根は、まるで剣のように見える。白地の城壁は、太陽の光に眩しく輝いている。
どことなく冬、という印象を受けるのは、彼の気のせいではない。

常冬の城で寒く、基本的に明かりが落とされる事のない不夜城。
建造物その物は俯瞰すれば凹字型になっており、中央のへっこみ部分が中庭に当たる。
対霊加工は完璧で、半端な幽霊では進入出来ない。出来るとしたらそれは霊格の高い、名のあるモノのみ。
男はこの世界では無名の英霊だが、まったくもって問題がない。

彼はそのまま、しばらく城を少し眺めていたかった。
だが、そのような感傷に浸るにもここまでだった。
男は前に飛ぶ。


――――その瞬間、男が先ほどまで立っていた地面が深く穿たれる。


土砂が高らかに空中に舞い上がり、立ち込める土煙の中に落ちていく。
飛び散り、付着した土を男は手で払いのけ、彼の前に現れた敵に目を向ける。
それは―――なんとも大きな怪物だった。


「ほう」


男は見上げる。
怪物の身長は2メートル半ほど。ほとんど裸に近い格好ではあるが、その体は鋼の筋肉で覆われていた。
四肢は丸太よりも太く、浅黒く変色した肌の色が何とも威圧的である。
一般人がこれを目にすれば、完全に腰を抜かすであろう。
怪物の手には、これまた荒々しい造形の剣のような物が握られている。

それは斧剣。
ただ敵を押し潰し、薙ぎ払うだけの武器。
元は状況に応じて様々な武器として形を変える万能宝具であった。
彼の真名を思うに、恐らく弓を主体として使っていたのだろう。

しかし、今はその名残すら見当たらない。
凶戦士は卓越された武技を失い、ただ我武者羅に敵を殲滅する怪物と成り果ててしまった。



「■■■■■■■■■■■ーーー!」



バーサーカーの重く、荒々しい雄たけびが男に放たれる。
歴戦の英霊ですら、この雄たけびの前に身を堅くするだろう。
しかし、男は逆に、ゆるやかな動きでそれを迎え撃つ。
そして、彼はやはり――――“赤屍”は笑っていた。


「クスッ」


赤屍は手のひらから、一つの武器を生み出す。
それは禍々しき鮮血の剣。赤と黒の色をきたし、その剣の威力は絶大である。
何故なら、彼の剣は本調子であれば、神に近しき者すら殺してのける。
その名は――――




赤い剣ブラッディソード




――――最強の英霊と最凶の英霊が、真っ向から衝突した。






続く

















・あとがき

さて、今回で大分いろいろと動き始めました。
どこに向かっているのか、作者もよく分かっていません(ぇ
まあ、恐らく何とかなると思います。赤屍さんが勝手に動き回ってくれます、きっと。
しかし、前の更新から大分開きました。相変わらず遅くてすみません。
なので、作者の書き方にも以前と少し違ってきてたりするかもしれません。成長してればよいのですが……。
士郎を今回出そうと思いましたが、叶わぬ夢となりました。すいません。
あと、赤屍さんの力は相変わらず制限掛かったままなので、原作よりも大分弱体化してます。
その辺りご了承くださいますと幸いです。
次回もがんばります。

追記:少し誤字修正。推敲はキチンとしないとダメですね……(´・ω・)



[9374] ACT. 2 刃を持つ死神③
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2009/10/11 14:57
赤屍さんと聖杯戦争








◆ACT.2 刃を持つ死神③◆








太陽が黄金色に輝き始めていた。
世界を照らす責務を負った我らがお天道様は、やるべき事を終えて今日も西へと帰っていく。
黄昏色に照らされた柳洞寺の境内。門前に佇む一つの人影。キャスターは眩しそうに目を細めながら、遠くの空をただ眺めていた。
風に弄ばれる美しい紫の髪を手で押さえながら、かなり肌寒い冬風をただ彼女は心ここにあらずのまま、それを正面から堂々と浴びていた。
思考に沈んでいた彼女の無表情の顔が、ふと悩ましげな顔に変貌する。こめかみ辺りを指で突いている。


「はぁ………」


最近自分は少し疲れてきているかもしれない。自身の状態があまり芳しくない事を彼女は自覚していた。
それというのも、自身の使い魔の使い勝手の悪さに起因するところにある。
今ここにいないアサシンの事を考え、気分がどこまでも下に転がっていく。深い溜息は今日で何回目だろうか。


(……赤屍蔵人、か………)


確かに彼は最強のサーヴァントだ。戦闘力も申し分ない。アレならほとんどの英霊とも真っ向からぶつかっても互角以上に渡り合う事だろう。
ここにきて、ようやく彼女は自身のサーヴァントの能力の値を判別できるくらいに至っていた。キャスターと赤屍、両者の間に引かれた精神的な繋がりが日に日に強くなってきている。
当初彼女は彼の実力すらもあまりハッキリと識別することができなかった。しかしそれも数日という期間で大分改善されてきている。今朝方、ようやく彼の能力の半分ほどが明らかになった。




――――現在キャスターが分かっている赤屍の能力値は、次の通りだった。






―――――――――――――――――――――
CLASS アサシン
  マスター /  キャスター
   真名  /  赤屍 蔵人
   性別  /    男
 身長・体重/ 186㎝・86㎏
  属性  /  混沌・中庸
―――――――――――――――――――――
筋力■■■■■ A   魔力■■■■■ A
耐久■■■■■ A   幸運■■□□□ D
敏捷■■■■■ A  宝具■■■■■ EX
―――――――――――――――――――――
~~クラススキル~~


 気配遮断: A  サーヴァントとしての気配を遮断する。完全に気配を絶てば発見することはほぼ不可能になる。
             ただし、自ら攻撃を仕掛けると気配遮断のランクが低下する。


~~保有スキル~~


 殺人衝動 : A 殺人を生きがいとする本質。対象が強ければ強いほどパラメーターが向上していく。
             ただし、対象が弱者の場合パラメーターが低下する。


  圧力   : EX  世界からの存在の否定。ありえない存在と力を抹消しようとする強大な意志。その為、本来の力を発揮できない。
              一日の現界必要魔力量は並のサーヴァントの数百倍以上を要する。


? ? ?  : EX   ※不明


~~宝具~~

 ※不明


―――――――――――――――――――――






本人は世界からの圧力により本来の力のほとんどを出せていないと言うがそれでも彼女にとっては怪物と言ってもいいぐらいのモノだった。
歴代最強のアサシンと言っても過言ではない。



(それは認めます……しかし、やはりネックなのが………)



――――彼の魔力消費量。



これが何といっても一番頭を悩ませている。
以前彼に与えた二十日分の魔力。しかし、赤屍はたったの数時間(厳密に言うと一時間足らず)で使い切ってしまった。
なので、今回は以前の数十倍の魔力を彼に与えている。並のサーヴァントなら半年は不自由なく現界できるほどの膨大な魔力量である。
しかし、それでも恐らくこの聖杯戦争中に枯渇してしまうだろう。それほど彼の魔力消費量は異常なのだ。

だからこそ、キャスターはこの機会で彼を見極めようと思っている。もちろん、その事は赤屍本人も了承済みだった。
彼と果たした約束。期日は今日の終わり。時刻が零に戻る刻限までである。
それまでに彼が約束の“モノ”を持ってこれなかったら、彼は用済みの烙印を刻まれる。問答無用で契約を破棄し、彼女は新たなサーヴァントの召喚を行う心づもりでいる。
だが、もし彼が“ソレ”を持ってこられたなら、流石に彼女も彼の有用性を認めざるを得ないだろう。
二日前に互いに交わした約束。彼女は、赤屍の言った大言を一字一句忘れずに覚えていた。



『――二日後までに聖杯の器をお持ち致しましょう。マスターが今一番望んでいるのはソレなのでしょう?」



いつもと変わらぬ笑みと口調で、彼はハッキリとそう言った。
キャスターはそれを聞いて、とても変な声を上げてしまった。それを思い出して彼女は少し奥歯を噛み締める。
それを隠すように口元に手を押し当てる。冷たく悴んだ手が自身の唇に触れる。吐く息が少し暖かいと感じた。
そんな折に、背後から歩み寄る一人の男。



「―――何をしている?」



淀みのない足捌き。偽りのない歩法。
彼の名は葛木宗一郎。穂群原学園の一教師にして、彼女―――キャスターの現マスターである。
先ほどまで暖かな室内にいたせいか、彼の淡白な眼鏡のレンズが薄っすらと曇っている。彼は懐から取り出したハンカチで曇りを落としている。
キャスターはゆっくりと振り返る。


「少し、考え事を………」


「何か悩みでもあるのか? ―――話してみろ。力になれるかどうかは分からんが、まず話だけは聞いておこう」


「いえ、悩みという程の事でもありません。ただ………これからの事を少し、考えていました」


「そうか………」


「はい………」


束の間の沈黙。二人は二月の寒空を仲良く見上げる。
無数に散らばる星は差はあれど輝き続ける。何億年、何十億年と光は絶えないだろう。
彼女がまだ生きていた時代も星空はあった。それが何千年という月日が絶っても、星の光は変わらずここにあった。
悴んだ手を温めようと息を吹きかける彼女。そこに、葛木は持ってきた上着を彼女にそっと羽織らせる。


「あ………」


「今日は冷え込みが激しい。サーヴァントといえど、体調管理だけはしっかりしておけ」


「は、はい。ありがとう………ございます」


「私はこれから零観殿と酒を嗜んでくる。用があるなら零観殿の部屋を訪れるがよい」


事務的な言葉を述べて、葛木はそのまま踵を返し、その場を去っていった。
感情の篭らない言葉の節に見受けられる彼の優しさ。それを受けてキャスターは少し胸が暖かくなっていた。
火照る顔に両手を押し当てる。鏡を見れば、今の彼女は相当に顔が赤い。
肩にかかる彼の上着にしばし顔を埋め、自身の目的と意志を再確認していた。



(そう、私は決して負けられない………私は必ず聖杯を手に入れてみせる………ッ!)



そう、だからこの賭けは自分が勝たないと意味がない。
赤屍に施した魔力量は決して安いモノではない。あれほどの量をかき集めるのに、それこそ三日は要する。
これほどの代償を払ったのだ。上手くいかなければそれこそ後がない。そして、もしその時は問答無用で彼との契約を破棄する。
水晶球を通して得られた状況を見るに、事は順調に運ばれているようであった。しかし、不安は尽きない。





――――彼が言った約束の時まであと五時間に迫っていた。













≪C≫



竜巻が荒れ狂う。
重なる剣戟を積上げ、どこまでもどこまでも熱く肥大していく。
豪腕から繰り出される剣戟が木を二、三本ほど一気に吹き飛ばす。散らばる木の破片が地面に突き刺さる。
迫り来る一撃粉砕の剛戟。無骨な斧剣が周囲の地形を次々と変貌させていく。それは一言で言うなら羅刹。全てを破壊する鬼そのモノだった。
だが、そんな怪物に真っ向から立ち向かうは、これも同等にしてそれ以上の怪物だった。

赤屍はすぐ横を通り抜ける自身よりも巨大な斧剣の一撃をゆっくりと流し目で見つめる。
次に迫り来る断続的な三つの横薙ぎも宙に舞い回避する。そのまま重力に倣うように落ちて、真下から繰り出されたバーサーカーの一撃を赤の剣で推し量る。
鍔迫り合いを起こす両者の激突。互いに互いを貫き、押し殺すのに必死だった。それは互いに均衡を保ち、終始互角。
しかし、赤屍はそんな状況の中、いつもと変わらない笑みを零していた。


「クスッ」


その笑みが勘に触ったのかどうかは分からない。理性を持たないはずのバーサーカーの腕にさらなる力が宿る。
それは保たれていた均衡を崩すには十分だった。彼は上空高く舞い上げられ、剣を通して衝撃が右肩の根元まで襲い掛かる。
くるくると回りながら赤屍は着地する。そして、そんな彼にバーサーカーは問答無用で突撃する。
全身全霊の咆哮と力を重ね、振り上げた斧剣が雄たけびを上げるように空気を断裂させていった。
だが、当然のように赤屍はこれをも回避してみせた。

彼の頭、数センチ上を通過する凶悪な一撃。その風圧で帽子が遠方へと弾き飛ばされる。
赤屍はそれを横目で確認しながら、次々と迫り来る連撃を受け流していく。
次第に戦況は赤屍の劣勢のように見える。だが、例え制限を受けていたとしても、こんな程度が彼の今の実力ではない。
横薙ぎから縦薙ぎ、そこからさらに下から掬い上げるようなバーサーカーの一撃。その最後の一撃に対し、赤屍が一歩前へと踏み込む。
今まで押れ気味だった赤屍だったが、ここに来て攻めに転ずる。
バーサーカーの一撃を真っ正直に受けとめ、なんとそのまま力ずくで今度は逆に弾き飛ばしてしまった。



「■■■■■■■■■■■ーーー!?」



自重三百キロを超えるバーサーカーの巨体が後方に数メートルほど吹き飛ばされる。
最強の暴力を持つ筈の彼が押し負ける。理性のない代わりにバーサーカーの肉体が驚きを上げていた。
さらに赤屍はそれを追うように前へと大きく踏み込む。数メートルの距離が、たった二歩の歩みで打ち消された。
バーサーカーは懐に入られてしまった。彼の斧剣では近すぎる距離。そして、赤屍の赤い剣にとっては最も威力を発揮できる距離だった。

赤屍は力を込める。この怪物をここで仕留める。長期戦に縺れ込めば確実に自分が追い込まれる。
そうなっては、彼にまず勝ち目がない。すでに補給した魔力の半分は消費していた。
この“影”に施された残り少ない魔力―――それのほぼ全てをぶつける。
踏み込んだ領域から切り裂いた領域まで。踏み込んだ右足は、大柄すぎる怪物を見事に通過した。





――――冷酷な魔剣が、凶戦士の体を上下に分断した。
















≪B≫


鮮血の矛先が唸りを上げる。
切っ先から生み出された閃光の数は十二。
一秒にも満たないその一瞬、ランサーの赤い魔槍が、数メートルの空間を十二回貫く。
穿孔された空気が悲鳴を上げ、抵抗も虚しく次々と切り裂かれていく。
その一撃一撃全てが、その先にある赤屍の急所に迷うことなく伸びてくる。
右目、左目、額、左首筋、心臓、肩口、上腕骨隙間、肘後部、アキレス腱。
いずれも損傷をきたせば確実に対象の戦闘力は無力化される。ひっきりなしに迫り来る彼の攻撃は一ミリの誤差なく正確だった。

直線的に迫り来る弾幕のようなランサーの苛烈な攻撃。
並のサーヴァントですら見てから捌くことは難しい。これを捌くには、長年の経験で積み重ねた洞察力で得た心眼。未来予知に等しい直感。
彼の攻撃はそういった並の人間では届かない。超常的能力を駆使せずに防ぐ事は不可能な領域。
無論、赤屍もそういった芸はお手の物。最も彼の本当の力は、そんな枠すら超越する。しかし、今はそれに歯止めが掛かっている。
彼の戦闘力は本来の赤屍の実力の半分―――いや、十分の一にも満たない。
彼の持つ様々な固有能力。それら全てが本来の機能水準を満たしていない。その証拠に、この彼は“源となる自分の力”それにすら届かない。よくて七割といったところだ。



――――だが、彼は十分にそんな状況を楽しんでいた。



「クスッ」



メスが迫り来る槍の一撃を次々と捌ききる。
軌道を逸らされた一つの槍の衝撃が、赤屍の後方にある木を揺るがす。さらにもう一つ、右斜め上空に逸らした衝撃が悠々と空を飛んでいた鳥を直撃し、気絶させた。
寸分の狂いなく繰り出される絶技。それ故に威力も申し分ない。当たれば、腕が吹き飛ぶ。首が寸断される。
ランサーは驚異的だ。赤屍は嬉しくて仕方なかった。―――この世界はなかなかに、カタイ。
これを打ち破るには相当の代価が必要となる。現時点ではその打開策は全くといっていいほど思い浮かばないのも彼にとっては嬉しい事だ。
障害はでかければでかい方が良い。



「(――ッ。キリがねえな……!)」



ランサーは内心で舌打ちを打った。この敵は思ったよりも強い。
際限ない程に速度が上がっていくランサーの攻撃。すでに彼の攻撃速度は、一秒間の間に二十数発という反則的な域に達している。
先ほどから直線的だけでなく、横薙ぎ、縦斬りを入れた上下左右からの連続攻撃を繰り出していた。
直線慣れした相手の目には、この変化は厳しいだろうと踏んでいた。だがしかし、赤屍はその攻撃を嬉々とした表情で次々と捌いていく。
つまり、赤屍の速度もランサーと同じく、際限なく上がっているのだ。
二人の戦いは完全に拮抗している。今の所は。しかし、それでは決着が着かない。

ランサーは仕切りなおしの為、大きく距離を取る。
赤屍はそれを追わずに、切り裂かれたゴム手袋を外す。無事だった片方もその場に捨てる。
十字架が刻まれた彼の両手のひら。それが赤く鈍く光り始める。


「一つ、聞いてもいいか?」


「どうぞ」


「てめえにとって、戦いってのはなんだ?」


「―――戦いは私にとっての喜びです。特に、その過程が濃密であればあるほどに、ね………」


思わず笑ってしまう。ランサーの予感通り、彼も一種の戦闘凶だった。
―――ただし、さらなる深みに達しているのは赤屍の方であった。


「私は己の底を知りました。思ったよりも深くない自身の限界………呆気ないほどにね………」


「それを悔いているのか?」


「いえ、ただ試したくなっただけですよ。この程度で自分がどれほどの事ができるのか………私には“何がやれたのか”」


赤屍の左手に再び五つのメスが現れる。鋭利な刀身が、ただ切り裂くだけに輝きを続ける。
そして、弛緩されていた空気が一気に張り詰めていく。
ランサーの警戒心が最大級にまで高まっていく。頭と胸に響く地鳴りのような警告音。それがけたたましく鳴り響く。
同時に、彼に掛けられた一つの命令―――令呪の効果も。


「―――ッ!」


「今の私はそれが知りたい………。それが知りたくて、ここまで来たんですよ………」


「そうか………なら、そうしたいなら、まず俺を殺さないといけねえな?」


「ええ、そうですね。そうさせていただきます」


「……言うじゃねえか。なら、こっちも手加減抜きで相手するしかねえわなッ!」


咆哮と共にランサーは構える。ただ前面に押し出ようとするその構え。先ほどよりも低く構えたその姿は、まさしく獣のソレに似る。
しなやかに伸びた四肢の筋肉が柔らかく解れていく。同時に思考が一つの事に固まっていく。
彼の赤き魔槍が唸り声を上げる。静かに高らかに、それは森に確かに木霊していく。
絶対必中の呪いの魔槍。一度放たれれば、それはどんなことがあろうとも対象の心臓を貫き通す。
確実な死を与える死の槍。心臓に到達した瞬間、それは千の棘になり内部から破壊し、絶命させる。



「その心臓、貰い受ける―――!」



彼の宝具が嬉々として軋みを上げる。
因果を逆転させる絶対遵守の呪い。それは確実に対象の心臓を刺し貫く。
この魔槍からは、絶対に逃れられない。



「クスッ」



それでも赤屍は笑う。自らの命が絶たれる数秒手前。彼は依然として変わりない。
代わりに、赤屍は十字架をランサーの体に運び届ける。呪われし――――赤き十字架を。



「――――――赤い十字架ブラッディ・クロス



「――――――刺し穿つ死棘の槍ゲイ ボルグ






――――赤と赤が交差した。














そして、立っているのは一人だけだった。
青の装束に身を包む槍のサーヴァント――――ランサーは心臓を刺し貫かれた彼をただ静かに見下ろしていた。
槍にこびりついた赤屍の血が、槍の切っ先からただ静かに大地に滴り落ちる。
アサシンのサーヴァントは最後まで笑顔のままだった。


「わりぃな………一対一なら、負ける気がしねーんだよ………」


彼の持つ槍の名はゲイボルグ。因果を逆転させる呪いの魔槍。
対象の心臓を貫いたという結果が先にある。つまり、発動させたが最後、槍はただ敵の心臓を食い破るまでどこまでも追い縋る。
これを避けるには、因果すらも踏み越える超越的な幸運の高さが必要となる。そのような英霊は、なかなかに存在しない。
そして、彼もその部類には入らない。故に、結果は既に決まっていた。

赤屍の体が静かに溶けていく。
それはサーヴァントが脱落した証。光の粒子となってそのまま消え去るだけだった………………………そうなる筈だった。
ランサーはようやく異変に気づく。




――――だが、既に遅かった。





「―――――な、なんだ、こりゃあ………ッ!」





赤屍の死体が真っ赤な血の塊へと変貌する。それは人の形を崩し、凝縮され、ただ一つの血の一滴に帰る。
そして、その血の一部分は、彼の槍―――――ゲイボルグの切っ先にも付着している。
すると、付着した血液が彼の槍の全てを覆ってしまった。慌てて手を離すランサー。そして、勝手に一人歩きを始めるゲイボルグ。




――――そして、そのままゲイボルグは赤屍の血と共に、遥か彼方へと飛んでいってしまった。




残されたランサーのサーヴァント―――クーフーリンは唖然として自身の宝具が飛んでいった方角をただ眺めていた。
そして、一言彼は呟く。



「俺の………………………槍が………………………」



日も暮れて夜の帳が落ちる時刻。
ランサーはただ呆然としばらく立ち尽くすしかなかった。









続く















◇あとがき◇




どうしてこうなった……




ランサー大好きな人達申し訳ない………。
あと、赤屍さんのステータスはこんなもんでしょうか? これならまだ望みはあるかも………
次回でようやくの騎士王様が登場。次回も頑張ります。

というか、ステータス表記が上手くいかない……
+でかすぎだろ……。諦めました。orz



[9374] ACT. 2 刃を持つ死神④
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2010/01/11 00:20
赤屍さんと聖杯戦争










◆ACT.2 刃を持つ死神④◆










 端的に言うと、同一である世界とは全くもってこの世には存在しない。
 世界にはそれぞれのロジック(論理性)というモノがあり、自己を主張することで他世界と相違であるということを第一としているのだ。
 これはとてもとても重要な事であり、重要であるからこそ、この"ロジック"というものは強力な意味と力を持っている。

 一つの論理が生まれると同時に、さらに別の論理が生まれる。その論理がさらに間逆の論理性を生み、それに釣られて別の論理性がまた誘われてくる。可能性が可能性を呼び、さらなる可能性を生み出し、終わりのない可能性の連鎖が、同一でないロジックという名の怪物を、それこそ無限に作り出していくのだ。
 
 有限ないこの世全ての成り立ちと生い立ち、だからこそ、彼らの数だけ世界があり、その数だけ物語が描かれていく。不協和音な関係はここではとても重要な意味を持つということだ。

 それは当然だ。何せ個性を失っては、もうその世界は世界として確立することができないのだから。個性の消滅とは、その存在の死を意味する。だからこそ、個性は死守されているのだ。
 
 それはつまり、世界の生存本能であり、人間の持つ根源思想――"自己の生存"と何ら遜色ない願望であるということ。

 赤屍は、赤屍という存在を束縛している"鎖"を見て、そう思ってしまっていた。



――下の者は上の者には勝てない。



 それは、以前彼が口にした言葉だった。そして、その言葉は紛れもない真実だった。
 事実、彼が今まで見てきたどの世界もこのロジックを主軸として確立されていた。上には上があり、その上にもさらなる上がある。そして、その頂点に君臨する存在が、その世界の象徴となっていく。その論理性は一つの文句の入りようもなく認められていた。
 
 過去の赤屍もそのロジックを真摯に受け入れていた。疑いもなく、ただただ疑いもなくそれを抱いて歩いてきたのだ。それを否定するモノ、彼は容赦なく切った、刺した、切り捨てた、バラバラに解体した。

 赤屍はその事実を確かめるように手袋を取り、手のひらを覗き見た。そして、二度、三度と手を動かした。


「…………」


 重たくはなかった。何も残っていないのだから、それは当然のことだった。
 しかし、彼はこの手で、幾千、幾万の血肉と魂を喰らってきた。何トン、何十トン、何百トン、それ以上の血飛沫をこの手で上げてきた。死神らしく、向かって来る命の数だけ、彼はこの手で散らしてきたのだ。
 
 ドクタージャッカル、死神、最凶最悪の運び屋――そんな呼び名を与えられた男の真名は赤屍蔵人。彼のように"殺害"を糧として生きてきた男にとっては、その名はとても相応しく思えた。そして、その"文字"こそ相応しいものなのだと誰もが感じた。
 
 当然、そんな彼の手元には何も残っていなかった。他者を殺める事で満たされる存在なのだから、それ以外のものが欠如していくのは当然のことだった。しかし、彼はそんな事実すらも冷ややかな笑みで一笑してみせた。

 そうやって彼は、そのロジックを証明し続けてきた。上を確立させる為に、彼に劣る存在を、何度も何度も切り捨ててきたのだ。ゴミ屑のように、虫を掃うように、彼はそのロジックを証明し続けてきた。それが覆される事は、決してないと思っていた。今思えば、それはどうしようもなく矛盾し、何とも滑稽な信念だったと赤屍は笑った。
 
 そう、過去に一度、たった一度だけ、彼のそのロジックが完膚無きまでに叩きのめされたことがあった。
 それを為したのは誰でもない、自分に抗うことなどできない筈の者――――下で生きる者たちだった。後にも先にも、彼を負かしたのは、あの二人組だけ。その二人を思い出し、懐かしむような柔らかい笑みが、赤屍の口に宿っていた。
 
 しかし、その笑みも地に落ちる雪結晶のようにあっさりと消える。そして、赤屍は、もう一度確かめるように手のひらを握りしめた。その感覚はさっきとは別の意味で――とても重かった。


(まだ、ですね)


 本調子にはまだまだ遠い。力の行使は不十分。供給される魔力量はやはり必要最低値にすら達していない。
 キャスターほどの膨大な魔力量を持ってしても、彼が実力を十二分に発揮するだけの魔力を提供できていないのが現状である。彼の異常性は底が知れない。

 キャスターから供給されている魔力量を100とする。これは一流の魔術師がサーヴァントに供給できる魔力量のおよそ数十倍。にも関わらず、それでも彼は全力を出せない。恐らく出した瞬間に彼はこの世界から消え去ってしまうことだろう。
 サーヴァントとして呼ばれた彼にとって、これはどうしても覆せないロジックとなっていた。これを打開することが重要。しかし、それはあまりにも難解な問題だった。
 

 だが、それでも彼は――――いつものように笑うのだ。


「くっくっくっ……」


 立ち上がる。ゆっくりと、まるで殻から抜け出るように赤屍は立ち上がる。

 彼が今いる場所は新都と深山町を繋ぐ冬木大橋の鉄骨の上。地上と空の境界線上。地上数十メートルの高さの場所で、冬木町の各地に散った彼ら――赤屍が生み出した鮮血の闇がここに集う。
 
 小さな小さな闇の雫達。ポツポツと各所から沸いて出てきた彼の分身達、その全てが吸い寄せられるように彼に帰還する。舞い戻った闇は血液へと姿を変え、あるべき場所へと戻っていく。そして、最後の一つは主に献上物を持って帰ってきていた。


「来ましたか」


 夕暮れに焼かれた黄昏の世界。その中を高速で飛来する一際赤く燃える一条の槍の軌跡。それはまるで彼に引き寄せられるように、まっすぐに彼の元へと文字通り飛んできたのだ。それを赤屍は無造作に掴み取った。


――ゲイボルグ。因果を逆転させる呪いの魔槍。
 

 投げれば30の鏃となって降り注ぎ、突けば30の棘となって破裂する、神代の武器。ケルト神話における大英雄で、アイルランドの光の皇子・クー・フーリンの呪いの魔槍。しかし、赤屍の血に侵されたソレは、すでに主であるランサーの手の中から抜け出してしまった。
 
 赤屍はそれをさらに強く握りしめる。すると、鮮血の槍は音もなくその場から消え去ってしまった。そこに残るは虚空。形あるものは彼の内に取り込まれたようだった。
 
 風が強く吹き荒れる。衣服を揺らし、赤屍は下界を冷たく見下ろした。


「さて、では行きますか」
 

 未だ帰ってこない彼。それはつまり当たりを引いたという事に他ならない。幸先は順調だった。
 そして、赤屍は何の躊躇もためらいもなく橋の頂より、そのまま地上へと飛び降りた。
 

















 怪物同士の戦いに終止符が打たれた。
 打ち上げられた土砂がゆっくりと地上に舞い戻る。茶褐色の粉雪が両者に降り積もり、それの原因である怪物はじっと変形した大地を睨む。は当然一人のみ。その者は敗者を見下ろし、そして暗闇に包まれ始めた空を見上げた。
 
 肺に溜まった熱い空気が外に漏れていく。戦闘で高ぶった体の熱も収まっていく。ただ、彼の傷もまた深かった。こうして立ち上がって見下ろすのに五分を要した。
 そして、彼は一人の少女の姿を見定める。雪の精霊を彷彿とさせる彼女――イリヤは彼に近づいてきた。


「どうやら、終わったようね」


「…………」


 イリヤの問いに彼は答えない。答えるだけの思考を彼は持たないのだから当然だ。
 その代わりに、彼は力を手に入れた。神々の数々の試練を耐え抜いてきたこの肉体、その肉体を狂化することにより、更なる力を得ているのだ。そんな自分をそう易々と突破できるものではいない。彼は――――バーサーカーは本能でそう自負していた。
 
 しかし、だからといって受けたモノは生半可な攻撃でもなかった。バーサーカーは、再びその場に片膝を着いた。刻み込まれた傷は深く、より深くバーサーカーを抉っていた。


「それにしても驚いたわ。まさかたったの一撃で、バーサーカーが三回も殺されるなんて……」


 そう、赤屍は、たった一度の斬撃で彼を三度も殺したのだ。無名の英霊にしては、それは些か大きすぎる武勲だ。
 バーサーカーの反撃で粉みじんに砕かれたか、それともすでに魔力切れで消え去ってしまったのかは定かではない。だが、サーヴァントの気配を何一つ感じないので、敵は見事に消え去ってしまったのだろう。
 
 そんな彼に二人は最大級の賛辞を送った。風もその念に引き寄せられたのか、穿たれた大地の窪みに先ほど風に運ばれて飛んでいった黒の帽子が、柔らかくひらりと落ちてきた。イリヤはそれを拾い上げ、そして、自身の小さな頭にスポッと被せた。


「似合うかしら?」


「…………」


「ふふ、たまにはこういう色も悪くはないわ」


 黒と白のコントラスト。相反する色は、思った以上に噛み合っていた。純白の天使が黒の帽子をおしゃれに着飾る。漆黒の暗雲から、真っ直ぐに降る清浄なる白い光の雨のような髪。彼女の神秘的な様相は、いつもよりさらに拍車をかけていた。
 バーサーカーはそんな彼女をただじっと見つめていた。理性のない瞳にすら、それは何かを思わせるほどに幻想的だったのか、知性の皆無な凶戦士は目を奪われていることにすら気づかなかった。


「バーサーカー」


 そんな彼に、イリヤはぴょんと小さく跳ねながら彼に進み寄った。白と黒の雪の精霊は、彼の傷つき、爛れた腹にその小さな手のひらをそっと置いた。生暖かな血と肉の感触。けれどもイリヤは嫌な顔一つしなかった。


「暖かいね、バーサーカーは」


「…………」


「痛い?」


「…………」


 彼は何も言わない、言えない。しかし、答える代わりにそのまま肩膝を地面から離し、立ち上がった。イリヤはその小さな胸を撫で下ろした。
 そして、そのまま肩に飛び乗り、彼の丸太の如き首筋にがっちりと腕を回した。その場所は彼女だけの特等席――いや、彼がいる場所こそが彼女の特等席なのだ。なにせ、彼女とバーサーカーはいつも一緒なのだから。


「じゃあ、帰ろう、バーサーカー」


「…………」

 
 本当は今日はまたお出かけしに行こうと思っていたのに、変なサーヴァントのせいでバーサーカーが傷ついちゃったし。それに何だか気分が優れない。まるで底なしの雪溜まりに足を突っ込ませたような感覚が足にこびりつく。寒くないのに寒い、イリヤはそんな感覚を味わっていた。

 巨人は雪の少女を肩に乗せたまま城へと去っていく。
 もちろん警戒はしていた。いや、如何なる時でも彼は注意を怠るわけがない。凶戦士である前に、彼は歴史にその名を轟かせた英雄の一人である。歴代最強クラスの英霊がそんなミスを犯す訳がない。それに凶戦士となった彼の感覚は鋭敏さを増している。彼らに見つからずにこの森の中で居られる事はほぼ不可能に近い。
 けれども、消えた筈の彼は最初からそこにいたかのように現れた。














 夜が更けこむ冬木市。二月の始まりと共にさらに寒さが増している。
 星の煌きを仰ぎながら、士郎は帰路を歩んでいた。バイトだったとは言え、既に時刻は夜の十時を過ぎてしまっている。今日はバイトの片割れのヤツが急な用事で入れない事となってしまった為、結局彼がその穴を時間という貴重な財産を浪費する事で埋めた。
 
 居酒屋の仕事は実にハードだ。二時間半の延長でも体にかなり堪える。しかし、士郎は何一つ文句を言わず、黙々と作業を終えたのだった。しかも他のバイトがするべき作業すら彼は率先してやってのけた。お人よし?な彼にとっては、それは極自然な事で、当然の事でもあった。そして、ようやくその勝手たる任を終えて、こうして橋の歩道を練り歩いていた。


(しっかし、本当に寒いなぁ……マフラーしてきて大正解だったなこりゃ……)


 桜手製の毛編みマフラー。白の生地に黄色い花(向日葵)の柄をした、何とも女の子なデザインではあるが、それでもこの寒さを幾分紛らわせてくれるだけ有りがたかった。しかし、それでも冷たい冷気は無防備な顔を襲ってくる。士郎はマフラーを口の高さまで引き上げた。
 そして、腕時計にふと目を落とす。時刻はすでに夜の十時半を回っていた。


(十時半過ぎかぁ……桜も藤ねえも帰っちまってるなぁ、こりゃ……)


 最終のバスに乗り遅れたのが痛かった。こうして橋を超えるのに優に三十分は掛かっている。おかげで作業で火照った体はすっかり冷え切ってしまっていた。風邪を引いてもしたら適わないと、士郎は足を速めた。







 
 ようやく新都から深山町へと彼が帰ってきた頃には十一時過ぎのことだった。
 閑散とした道を士郎は黙々と歩く。視界に広がる道は薄暗闇一色で、人通りは疎らだった。すれ違う人達は視線を下に落とし、それぞれの持つ暖かな家庭へと歩を歩んでいた。そして、もちろん士郎自身もその内の一人だ。

 十字路に差し掛かった時、士郎の真横をかなりの速度で通り過ぎる白い車の姿。ソレのトップライトに照らされたカーブミラーの光に一瞬目を焼かれる。大口径のマフラーから流れる耳障りな爆音の旋律に耳を塞ぎ、それが無くなった頃には視界は元の風景に戻っていた。今のは一体なんだったんだと呆け、街灯の明滅する音で再び歩き出した。
 
 交通量の少ないこの辺りでも、あんな速度で走り回るバカがいるのか。高校生にもなって、幼稚園児のように手を上げて横断歩道を渡りはしないが、念のため二、三回左右の安全を確かめてから士郎は二車線の道路を横切った。

 先ほど照らされたカーブミラーの真下まで来た。このまま右に曲がって真っ直ぐ行けば、自分の家に辿り着く。労働と寒さで消耗した肉体は、一刻も早く我が家に帰る事を望んでいた。居間の畳の上に、それこそ思いっきり大の字になって寝転びたいという衝動に駆られた。
 何より、早くこの冷めた体を風呂か何かで温めてやりたかった。
 しかし――――
 

「…………」


 士郎はその場に立ち止まった。
 何故か、このまま素直に帰るということが躊躇われた。何故そんな気分になったのかは士郎には分からない。しかし、体はその予感に反して帰る事を望んでいた。その葛藤のせいで、彼はその場からしばらく動けずにいた。ふいに襲われる不安。士郎は思わず、一歩後ろへと後退する。そして、その背中にちょん、と何かが当たった。彼は息を呑んで振り向いた。


「はい。こんばんわ、衛宮君」


「え、あ……とお、さか?」

 
 振り向いた先には学年、いや、学校一の美少女と名高い女性――遠坂凛その人が片手を上げてそこにいた。士郎は、それがあの"遠坂凛"であると認識するのに少なくとも数秒は掛かった。そして、認識すると共に、心音が一気に大きくなるのを感じた。
 不意打ちを食らった士郎は、よく回らない舌でたどたどしく口を開く。


「な、なんで遠坂がここに……?」


「あら、いけないかしら? 私だってこの時間に外をほっつき歩きたくなるものなのよ。衛宮君、そういう貴方こそ、こんな時間にこんなところで何してるの?」


 真上から照らされる街灯の灯りに濡れて光る黒髪は腰まで零れ落ち、それと同じ色をした黒いリボンで左右に分かたれていた。肌が白い分だけ、髪や睫の黒さが目立っている。そして何より彼をドキッとさせたのは、彼女のその大きくて綺麗な青い瞳だった。士郎は気力を振り絞り、その綺麗過ぎる瞳から何とか目を逸らさないようにとやってみたが、駄目だった。


「あ、ああ、いや、俺はバイト帰りだよ。家に帰る途中なんだ」


 視線を僅かに逸らしながらの士郎の返事を聞いて、凛は目をキョトンとさせた。


「バイト? 衛宮君ってバイトやってたの?」


「ああ、新都にある居酒屋でな、そこで働かせてもらってる」


「へぇ、そうなんだ。……ひょっとしてアレ? カウンターでこんなコトとかしてるの?」


 両の手を合わせ、頭の横でシャカシャカと振りだす凛。どうやらバーテンダーの真似をしているらしい。それを見て士郎は苦笑いを浮かべつつ、顔の前で手のひらをパタパタと扇いだ。


「違うよ。俺のやってるのは単なる荷物運び――力仕事だよ。ビール樽運んだり、ケース運んだりするだけさ」


「なんだ、それじゃ行っても全然面白くないわね。残念だわ」


 来る気だったのか――と、口には出さないが、士郎は内心そう突っ込んでいた。
 だが、彼女がこうして自分に興味を持っているというのは意外だった。学校でも言葉を交わした事はほとんどない。たまに一成と彼女が衝突したりするのを横か遠巻きで見ているだけだったので、実際こうして面と向かって喋るのは士郎にとって初めての事だった。
 
 そして、こうして実際に話していると、士郎が抱いていたイメージの遠坂凛とはまたかけ離れているのも気のせいではなかった。いつぞや一成が言っていた事「あれは妖怪だ、女狐だ、いや、そんな枠すら超える、性悪大妖怪だ」などと偉くマジメな顔で言っていたのを思い出した。
 
 何を根拠にそんな事を言うのか、士郎には全く持って分からなかった。一成が珍しく他人の陰口っぽい事を言う事がちょっと意外だなぁと、その時はそれ以上の感想は持てず、真摯に受け止めはしなかった。
 しかし、その一成の言葉を肯定するかの如く、凛は薄紅色の唇の端をいきなり持ち上げた。


「それにしても意外だったわ」


「な、なにがだよ遠坂……」


 その邪悪な笑みを見て、士郎は少しばかり体を仰け反らした。
 そして、士郎は確かめた。彼女の怪しい視線が自分のどこに注がれているのかを。それが分かればまだダメージは少なくて済むはずだと思ったのだ。しかし、残念ながらそれよりも早く、敵に先手を打たれた。


「ん~ん~別にぃ。ただね、異性として忠告してあげるけど、男である衛宮君はそんな可愛いらしいのを着けない方が良いと思うのよね~」


 その一言でようやく士郎は気づいた。自分がこの寒さから逃れる為に、縋るように口元まで持ってきたモノ――とても可愛らしく女の子した白くて花柄なマフラーの存在に。士郎は体が急速に高まっていくのを感じた。顔が熱い。


「あ、別に駄目とは言わないわよ、ダメとわ。人にはそれぞれの私的趣向とかセンスとかこだわりとか性癖とか、その他いろいろあると思うし、それを貶すつもりはすご~~~くあるけど、否定する気は私は毛頭ないわよ? でも、客観的意見を取りえるのも重要な事だと私は思うわ。まあ、それでも主観的に俺は生きるてやるってのも、ある意味男らしくはあるわね。幻滅はするけど。
 それにしても可愛らしい柄よねぇ、向日葵? 季節的にどうかと思うけど、でも、向日葵って暖かく真っ直ぐってイメージが強いから、逆に今日みたいに憎らしいほどに寒い日には持っておきたい一途な願い事でもあるわよね。そう考えると、そういうマフラーもアリと言えばアリかもしれないけど、やっぱりそういう柄は、衛宮君には似合わないと思うわ」
 

「……え、えっと、あ、ああ~~~~そう、なのかな?」


 花柄マフラー一つでここまでの量の感想を思いつくというのもまた凄いな。遠坂って普段はこういう性格なのか。自分としては、お淑やかで清純なお嬢様的なキャラを想像していただけに、このギャップはまた激しいものがある。でも、何故かこっちの方が遠坂らしいと言えばらしいなぁ、と思ってしまう士郎であった。


「とにかく、衛宮君はもう少し男らしい柄を選ぶ事を推奨するわ。異性である私の意見、少しは参考になったかしら?」


「あ、ああ、すごく参考になった。ありがとう遠坂」


 彼女は、自分にとって少しでも気に入らない、気に食わない事があれば、口で言ってしまわないと気が済まない性質であることよくがわかった。そして、女の子という生き物は、表面上だけではとても計り知れないモノだということも。今度から少し女の子に対する見方を変えた方が良いのかもしれないと士郎は思ってしまった。 

 士郎のそんな心構えを置き去りにし、凛は急に口元から笑みを消した。


「まあ、そんなどうでもいい話はここまでにしといて…………衛宮君、早く家に帰りなさい。最近はやたらと物騒だし、ね」


 そのまま凛は身を翻し、彼とは全く逆の道に向かっていく。彼女の家があるであろう洋館立ち並ぶ丘の上ではない。どうやら、まだ夜の街を歩き回る様子だった。
 人には危険だから早く帰れと言って置いて、自分はまだあちこち歩き回ろうと言うのか。才色兼備な優等生にあるまじき行動である。そんな不良優等生に、士郎はその小さな背中に向かって言った。


「それは俺の台詞だよ。女の子がこんな時間にうろつくもんじゃない」


「あら、私はいいのよ。だって私は――――」


 首を回した横目で凛は言った。小さく囁くように、彼に聞こえないように――――"魔術師だから"と彼女は言ったのだ。
 
 しかし、そんな気遣いは全くもって無用だった。何せ、突如上がった轟音に、全ての音はかき消されてしまったのだから。
 そして、その音は衛宮家のある方角から聞こえたのだった。

 












 武家屋敷である衛宮邸の周りは、屋根瓦を乗せた白い壁で周囲を覆っている。敷地内に入るには、正面にある門か、裏手にある小さな勝手口ぐらいからしか入れない。よって、それ以外の場所から入るには、単純に壁を越えてくるしかないのだが、この度、新たな入場口が設けられてしまっていた。
 

「な、んだ、これ……?」

 
 息を切らしながら、士郎は目の前に広がる光景を信じられないといった気持ちで目にしていた。
 見事にぶち破られた白い壁面。穴ではなく大穴。それは乗用車一台ぐらいがすっぽり通過できそうなくらいのものだった。辺りに飛び散った欠片は壁の一部や屋根瓦だったモノだろう。それを靴裏で踏みしめながら、士郎は顎を下に落として唖然とするしかなかった。

 
「い、一体なにが……?」


 事態は全く把握できていないが、士郎はとりあえず中に入る事にした。
 開かれた大穴を飛越え、出た先は衛宮邸の敷地内、ここは衛宮邸の自慢の一つでもある、少し広めの純和風庭園広がる庭先だったのだが、それも随分と様相が変わってしまっていた。
 
 メチャクチャに薙ぎ倒された草木や置物。地面にはしっかりと刻まれた荒々しいタイヤ跡。そして――縁側に突き刺さった白い乗用車の姿が一番強烈だった。それに、士郎はその乗用車にどこか見覚えがあった。そして、あの車がこの破壊を生み出した張本人であると士郎は思い至った。

 だが、怨みや怒りよりもまず、士郎は急いでその車に駆け寄った。そんな感情よりも助けなくては、という思いがずっとずっと強かったからだ。
 
 急いで近くに寄って見ると、白い車はあっちこっちがボロボロになっていた。正面のフロントガラスは全体がひび割れているし、ボンネットは盛大に家の支柱にめり込んでいる。救いだったのは、ちょうど居間の入り口に当たる所でそれは静止している。この支柱がなければ、それこそ居間を突き破って、廊下の真っ只中くらいまで突き進んでいたかもしれない。士郎は意外にも頑丈な自分の家の作りに感服したい気持ちだった。

 液漏れのような音も様子もない。このまま爆発炎上というお決まりの流れにはなりそうになかった。しかし、それは素人的な見方であるし、100%信用に足るものでもない。とにかく、士郎はヘリ曲がった運転席の扉を急いで叩いた。中からは反応がない。
 

「大丈夫ですか!? 返事をして下さい!!」


 全ての窓に黒いスモークが施されている為、中の様子が一切分からない。扉も変形しており、男手一人の腕力ではどうにもならない。しかし、それでも士郎は何とかこじ開けようとしたが――――どうにもそれは無茶な事だった。
 
 歪に変形した扉は車体本体の内側に食い込むように突き刺さっている。これをこじ開けるには、機械的な力を借りる以外に打開する方法はない。もちろん、そんな物がここにあるわけがない。
 士郎は考えた。そして、単純な事に気がついた。


「窓をぶち破ればいいんだ……ッ」


 そこらにあった手ごろなサイズの石を掴み取り、そのまま力任せに窓ガラスに叩き付けた。焦る気持ちに連なって、振るう腕により一層力が篭る。このまま目の前で誰かが死ぬのは嫌だった。救える可能性が少しでもあるなら諦める訳にはいかない。士郎はその想いに駆られ、必死だった。
 
 五発目でようやく窓ガラスは砕け散った。そして、士郎の目の前に、運転席のエアバックにぐったりともたれかかった小さな銀髪の少女の姿が映りこんだ。それを見て、士郎はもうそこからは我武者羅になって助けようとした。
 
 残った邪魔なガラスを手で払いのけ、その際、手のひらを少しばかり切ったりもした。開いた窓に上半身を突っ込んで、その際に腹部辺りに何か鋭利な物がめり込む感覚を覚えるが、今はそんなことどうでもよかった。早くこの娘を助けてやりたかった。
 
 どうってことはない。滴る血で濡れたその手で、士郎はその子の柔らかな肌に触れた。そして、力を振り絞り、女の子を少しずつ少しずつ、車内から引きずり出した。そして、その小さな体を担いで、急いで車から離れた。


「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」


「…………」


 少女はピクリとも動かない。縁側からかなり距離を置いた所で、士郎は少女の体を地面に横たえた。そして、呼びかけた。必死に、一生懸命に呼びかけた。


「大丈夫だ、もう大丈夫だから。すぐに医者につれてってやるから。だから、だから死ぬな! 絶対に死んじゃ駄目だ! だから、なんでもいい、応えてくれ!」


「…………」


「頼む!」


「…………っぅぁ」


「!」


 僅かだが反応があった。その花びらのような唇を震わせ、士郎の声に反応し、ゆっくりと瞼が開いていく。そして、その瞳の色を見て、士郎は全身に何かが走るのを感じた。
 
 赤かった。血のように赤く、夕焼けの黄昏よりもずっと赤い、ルビーのような瞳の赤い輝き。不吉な色の筈であるその色を、しかし士郎はとても綺麗だと思った。その小さな真っ白な手が少しずつ上がってきた。そして、少女の口は何かを呟いていた。士郎は顔を近づける。


「……っと、……てきてくれた……」


 少女は視線の定まらない目で士郎の顔を見つめ、懸命に上げた手のひらで士郎の頬を撫でた。まるで愛おしい者を撫でるように、愛していた大切な人の帰りを喜ぶように。思わず士郎は、その小さな儚い手を握り返し、懸命に呼びかけた。


「おい、おい! しっかりしろ!!」


「……じょうぶ……わたしは……イイ子……待ってたよ……?」


 会話が噛み合っていない。士郎は呼びかけを止めて、少女の言葉に耳を傾けた。けれど、次の言葉がどうやら終わりのようだった。


「……おかえり、パ……パ……」


 その一言を言い終えると、少女は糸の切れた人形のように腕を落とし、瞼を閉じた。士郎はまさかと思い、慌てて少女の胸と口に手を当てた。そして――――



「…………よかった、生きてる」



 心臓は、動いている。息も、している。生きている。士郎は体を脱力させた。どうやら彼女は意識を失っただけのようだった。士郎は少しだけ安心した。
 そして、その時になって後方から聞こえる一つの軽い足音。


「衛宮君!」
 

「遠坂、どうして……」


「どうしてって……そりゃあんな音聞いたら普通駆けつけるでしょ? けど、これまた凄いわね、一体何があったっていうの? それに、その子は――――ッ!!」


 矢継ぎ早に質問攻めをしようとした彼女。しかし、それは押し留められてしまった。
 彼女は凄い勢いで後ろを振り返る。そして、凛の表情はまるで化け物を見るかのような表情で固まってしまっていた。見ると、彼女の視線は遥か上空、かなりの高さの所に達していた。
 一体どうしたのかと、士郎もまたそれを確かめる為にその視線を追った。
 

「どうしたんだ? 遠さ――」


 そして、彼もソレの姿を見て固まってしまった。いや、固まらざるを得なかった。これほどの殺気を受けて平然としている人間などいるはずもない。二人の反応は至極当然のものだった。


 黒のベールに包まれた空には、少し欠けた月が昇っていた。満月の時を通り過ぎた空は移り、十六夜と呼ばれる少し控えめな月をポツンと描き出していた。けれども、星の輝きが少ないその黒いキャンバスのような空の上で、月はいつも以上に十分に輝いて見えた。
 しかし、そんな存在感すらも凌駕する存在があった。それはソレは、とても大きくてとても恐ろしいモノで、小さな笑みを吹かせながら、衛宮邸の自慢の道場の屋根瓦の上に立っていた。


(なんだ……あれは……)


 夜空と同化した黒の白衣とシルクハット。剣のように尖った毛先を持つこれまた漆黒の長い髪を夜風に靡かせ、全身黒づくめの男。片手に赤い剣をぶら下げながら、真っ直ぐに彼ら二人を見下ろしていた。そのあまりにも冷たすぎる視線に、士郎は言い様のない恐怖を感じた


 そして、聞こえた。彼のその堪えきれないと言わんばかりの――その確かな笑いを。




「クスッ」




――午後11時28分  




 長い、とても長い夜の三十分が幕を開けた。


 




続く








◇あとがき◇

 風邪を引いちまいました。やばいです。
 ティッシュの消費量がやばい。今日だけで一箱消費する勢いです。

 とまあ、作者の体調は置いておきましょう。
 ようやく投稿できました、Act2④です。Act2は長くなりそうな予感……というか結構長くなります。
 今回セイバー出したかったんですが、区切り悪いんで切りました。次回こそ彼女が出陣します。しかし、それよりも衛宮家の安否が……。

 相変わらずの一ヶ月に一話更新。次回はもっと遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちください。(=゚ω゚)




[9374] ACT. 2 刃を持つ死神⑤
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2010/01/25 11:27
赤屍さんと聖杯戦争










◆ACT.2 刃を持つ死神⑤◆










 月が映し出すは今宵一度限りの世界。二度とは巡り帰らぬ時間のこの時に、十六夜の月は一つのとある戦いに焦点を置いていた。
 彼らが見上げているのは、彼の月でも夜空に輝く星でもない。幾千幾万という年月、それ以上の膨大な月日を重ねた偉大なる彼らの存在など、今の彼らの目には映ってなどいなかった。
 それよりも近く、彼らよりも少しだけ天に近い所にいる漆黒の男。彼がここに存在する全てを圧倒していたのだ。

 月光に濡れた黒髪は風に揺られ、彼の身を包む黒衣もそれに倣う様に裾を振り乱していた。片手に下げた西洋の赤い剣の切っ先は血で濡れている。滴り落ちる赤い血は、段々と屋根瓦に鮮血の道を作り出していた。
 
 雲から月が完全に抜け出る。そして、彼の顔が大地にいる彼らに晒された。男は――赤屍は、相変わらずの冷笑で彼らを見下ろしていた。


「赤屍……蔵人……」


 "殺害"という事象の体現者。喉の震えを必死に抑えながら、凛はギリっと唇を噛んで赤屍を睨んだ。
 アカバネ クロウド――凛が放ったその言葉は恐らくあの黒衣の男の名であろう事を士郎は感じていた。士郎は銀髪の少女に頭を添えたままの姿勢で彼女に疑問を投げかけた。


「遠坂、アイツを知ってるのか?」


 その言葉を聞いて、凛は唇の端を釣り上げた。


「ええ、そうね。よ~く知ってるわ。知り合ったのはつい最近だけどね」


「あいつはいったい――」


 しかし、士郎の言葉は凛の言葉に遮られた。


「衛宮君、その子を連れて逃げなさい、今すぐにッ」


「遠坂!」


 士郎は訳が分からなかった。この状況も、そして、こんな状況下で彼女とあの男は何をしようとしているのか。
 分かる事は、あの屋根の上に佇む男のとてつもない異常性――こうして見ているだけでも卒倒しそうな程の濃密な殺気。背筋に走る悪寒を、士郎はどうしても止められなかった。士郎は少女を抱え上げ、凛に一歩踏み出す。


「アーチャー!」


 その声に応え、赤い外套の男が二人の狭間に実体化する。士郎の歩みを拒むように、アーチャーは背中越しで言い放った。


「邪魔だ」


「なっ!?」


 士郎は目の前にどこからともなく男が現れたという驚きよりも、それ以上に怒りを覚えた。何故だか分からない。分からないが、その男の声に姿に在り方に、激しく嫌悪していた。
 対するアーチャーも同じく、先ほどから彼の声と姿を見た時から激しくその在り方を憎悪していた。その証拠に、自身の耳にしか分からぬくらいに、小さく舌打ちをした。そして、そうこうするうちに死神が大地に降り立つ。


「こんばんわ、ですね。アーチャー君、遠坂さん」


 凛は応えない。代わりに懐に手を忍ばせる。アーチャーはそんな彼女を、赤屍から覆い隠すように前に出た。


「やれやれ、私達はつくづく運がないようだ……。貴様とはしばらく会いたくはなかったのだがな」


「おやおや、つれないですね。私としては、君とはもう一度こうして戦いたいと思っていたのですよ? アーチャー君」


「ふむ、それはあまり喜ばしいことではないな」


「クスッ、私は嬉しいですよ?」


 赤屍はゆっくりと、一歩ずつ彼らに向かって進んでいく。それと同時に、アーチャーの手が光に包まれ、その両の手に白と黒の双剣が投影される。
 その直後、凛の頭の中にアーチャーの声が響き渡った。


(――凛。聞こえるか?)


(――ええ、聞こえてるわ。アーチャー、アイツ……)


(――ああ、以前とは比べ物にならん。正直、足止めすら困難かもしれん)



 赤屍から立ち昇る魔力の塊。ついこの間のセンタービルでの一戦、そして先刻遠坂邸に訪れた時の彼――その時よりも明らかに力が漲っている。アーチャーは己が内で覚悟を結んだ。


(――凛、頼みがある。後ろにいるその男を、あの建物の中に連れて行ってくれ)


 アーチャーは右手の干将を肩と平行になるまで持ち上げた。凛はその切っ先の指し示すモノを見た――そこは土蔵だった。


(――どういうこと?)


 それでは自ら逃げ場所を失くすようなもの。むしろここは自分の屋敷に戻った方が懸命な判断だと凛は考えていた。あそこなら自分達にとってデメリットとなる事はない。彼女はてっきりそうだとばかり思っていた。凛は、再び土蔵の建物を見る。

 合掌造りの屋根。白で染められた壁はそれほどまでに頑強とは言い切れない。きっと自分の魔術でも、あの建物ごと吹き飛ばせる自信がある。微弱ながら魔力の渦を感じるが、それ以外は特に何もない。正直、敵から身を守るには、とてもうってつけの場所とは思えない。
 そんな彼女の考えを予想してか、アーチャーの思念の声が真剣味を増す。


(――時間がない。いいからその男を早く連れていけ。"時は満ちている筈だ")


 凛は彼の最後の言葉に引っ掛かりを感じた。だが、それ以上は追求しなかった。
 どのみち"アレ"を打倒する術は、悔しいが自分の中に見当たらない。ならば、ここは長年に渡り戦い歩いてきた英霊の男の言葉を信じるしかない。あの怪物の相手を、彼に頼るしかないのだ。


(でも、せめて――ッ)


 凛は懐から手を抜き、掴んだ物を大地に落とした。そして、士郎の方へと向き直る。


「衛宮君、こっちよ!」


「え、あ、ああ……ッ」


 一体何が何なのか、士郎には何一つ分からない。ただ分かる事は、あの得物を持った赤と黒の二人が今から戦う。それくらいは、場に渦巻く殺気と闘気を見て分かっていた。
 
 士郎は言われるがままに凛の後ろをついていく。銀髪の少女がうわ言で何か呟いた気がしたがよく聞き取れなかった。とにかく今はこの場から離れなければならない――本能で、そう感じていた。

 
 そして、彼らが土蔵の扉の前まで来た時に、後方から剣戟の音が鳴り始めていた。
 




――午後11時31分
















「どうやら順調のようね」


 漆黒に包まれた闇の一室。キャスターは台座に置いた水晶を操り、遠く離れた柳洞寺で今までの一部始終を彼女は見ていた。そしてその顔に、久しぶりに魔女と謡われた頃の微笑が浮び上がっていた。
 
 水晶に映る男の顔を見る。決して崩れることのない冷徹の笑み。きっとこの男は、自分が死ぬ最後の最後までその顔に笑みを刻んでいるだろう。それ以外に考えられない。
 
 遠く離れたこの場所で、しかも水晶越しであるというのに、赤屍の戦闘の際に見せる濃密な殺意が伝わってくる。こうして見ているだけで体が強張ってしまう。キャスターは本当に、彼が自分のサーヴァントであることに胸を撫で下ろしていた。
 そしてキャスターは、今回の敵である彼らに同情の念を送る。


「ふふ、かわいそうに……」


 運が悪かったと言わざるを得ない。自分が、彼を引き当ててしまった強運を、彼らが此度の聖杯戦争に参加してしまった彼らの凶運を。
誰のせいでもない。これはきっと、最初から約束されていた事なのだろう。運命という現象はこうしてここに存在しているのだ。


「あと、二十八分……」


 待ち遠しい時間だ。しかし、その間はこうしてずっと笑っていよう。もうすぐ、彼が"器"を持って帰ってくるのだから。それまで、自分はこうして高みの見物とゆこう。

 キャスターはただ一人、闇の中で此度の戦争の勝利を確信しきっていた。






――午後11時32分















「……っ……うぅ」


 目が覚める。薄っすらと霧がかかった視界には、自分を見る二つの顔。その光景がいつぞやの光景と重なる。父と母――二人の面影を、イリヤは一瞬だけ垣間見ていた。
 しかし、それも土蔵の外から押し寄せる大きな爆音にかき消される。イリヤの赤い目がパチッと開く。


「……ここ、は?」


「――ッ! 気がついたか! 良かった……」


 オレンジ色の髪の少年が胸を撫で下ろして安堵している。そして、次にイリヤに語ってきたのは黒い髪の女だった。


「大丈夫? 今の自分の状況、分かる?」


「……じょう、きょう……?」


 まだ覚醒しない頭に手を添える。こめかみの辺りがズキズキとする。そこに手をやると、何かが巻かれている。それはハンカチだった。


「ごめんなさいね。ここ、ガラクタしか置いてないから、そんな物でしか……」


 それはどうやら黒い髪の女の所有物であるとイリヤは認識した。横にあったひび割れた鏡に目をやると、自分の額を一周するように可愛らしい猫の刺繍が入った白のハンカチが巻かれている。イリヤは再び彼ら二人を交互に見つめた。そして、オレンジの髪の男に目を止める。


「アナタ、は……」


 イリヤはマジマジと男の顔を見つめる。


「ああ、そういえば、この間そこの道で会ったよな。覚えてるか?」


 もちろん覚えている。イリヤは無言で首を縦に振った。
 あの時自分はこの男に警告をしに行ったのだ。彼女が抱いた唯一の慈悲。せめて魔術師として、マスターとしてこの男と殺しあう為に、自分はああ言ったのだ。



『早く呼ばないと死んじゃうよ? お兄ちゃん』



 しかし、彼の傍にサーヴァントは見当たらない。どうやら彼はまだ"ソレ"を為していないようだ。だが、彼の右手に視線を落とした時にイリヤはその考えを打ち消した。


(そう、じゃあ、そろそろなんだ……)


 薄っすらと浮かび上がる"ソレ"は、あと少しで輝きを帯びるだろう。イリヤは目を伏せた。そして、そんな彼女に士郎は手を差し伸べる。


「俺は衛宮士郎。よろしくな」


「エミヤシロ?」


「衛宮士郎」


「エミヤ、シロ?」


「はぁ、言い難いなら士郎でいい――ってうお!」
 

「はいはい、時間がないから。さっさと退いてね?」


 ドンっと脇に押しのけられる士郎。そして、代わりに黒い髪の女がイリヤの前に立ち、自身の名を堂々と語る。


「――私はトオサカ、遠坂凛よ。こういえば分かるかしら? Miss・Einzbern?」


 トオサカ――当然、彼女はその名に聞き覚えがあった。イリヤの顔が僅かに冷徹の色を帯びる。


「……ええ、よく分かるわ。凛――でいいかしら?」


「ええ、何でもいいわよ、好きにして」


「そう、じゃあ私も名乗らないとね。貴方の言うとおり、私の名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。イリヤで構わないわ」


「ええ、分かったわイリヤ」


 実際こうして名乗らずとも、お互いに相手の正体はある程度分かっていた。ただ、凛がイリヤの正体を知ったのは、つい先ほどの事だった。
 
 凛は一瞬だけだが、"イリヤの全身に浮かび上がった令呪"を見て取っていた。これだけの規格外な令呪を持つ者など、"始まりの御三家"のマスター以外に考えられない。そしてその一つが自分で、もう一つの間桐家は完全に衰退してしまっている。となれば、残ったアインツベルン以外に考えられない。彼女の推測は、見事に的中していた。

  
「――で、色々と聞きたい事とかたくさんあるんだけど、今は正直それどころじゃないわ。だから質問を限定させてもらうわ」


 凛は指を三つ立てた。 


「貴方に聞きたいのは三つよ。一つ目は、あの男は貴方のサーヴァントなのかしら?」


 もしかしたら、イリヤが赤屍のマスターである可能性は捨てきれない。だからこその確認だ。そしてその問いを聞いて、イリヤはキッと凛を睨みつけた。


「そんなわけないでしょ! 私のサーヴァントはバーサーカーだけだもん!」


「そう、なら次の質問よ。あなたのサーヴァント、そのバーサーカーはどうしたのかしら?」


「……ッ……バ、バーサーカーは……」


「アイツに、やられたの?」


 凛の言葉を振り払うように、イリヤは髪を振り乱しながら首を横に振った。


「違うもん! バーサーカーは生きてる! あんなヤツらにやられたりなんてしないッ」


 そう、バーサーカーは"まだ生きてる"。こうして彼との繋がりを、イリヤははっきりと感じている。ただその繋がりが、段々と弱くなってきている事にも彼女は気がついていた。
 凛はただ淡々と、三つ目の指を立てた。


「ごめん、質問が増えたわ。今、あなたは"ヤツラ"って言ったわね? どういうこと? 他にもあなたを狙っているヤツがいるってこと?」


 イリヤはまた首を横に振った。


「違う。あの男だけよ。でも違うの。"アイツは1人じゃなくて、たくさんいるのよ"」


「たくさん……」


 凛は唇に指を添え、思考の淵に沈んだ。
 

(どういうこと? 赤屍は他にもたくさんいるって事? アサシンのサーヴァントはヤツだけじゃ――いや、違う。この子は"あの男だけ"と言った。恐らくそれは正しくて、つまりそれは……)


 それは、あまり考えたくもない想像だった。1人でアレなのだ。ただでさえ化け物染みたヤツがその想像通りであるのであれば、それは悪夢以外の何物でもない。彼女は思考を終え、床を蹴る。


「衛宮君、貴方はその子と一緒にここに隠れてなさい。いいわね?」


「お、おい遠坂! どこに行くんだよ!」


 士郎の言葉に応えず、凛はそのまま土倉の扉を開いた。その後を追おうとしたが、服の裾が何かにつっかえた。振り返ると、それはイリヤの手だった。


「ダメ。シロウはここにいないといけないんだよ」


「はぁ? どうしてだよ。何か知らないけど、外でさっきの連中が暴れ回ってるんだろ? なら、遠坂が危ないじゃないか!」


「大丈夫。凛はきっと大丈夫だよ。でも、でもね、"大丈夫にするには、シロウはここにいないといけないの"」


「イリヤ……?」


「お願いシロウ。今は何も聞かないで、ここにいて」


「…………」


「お願い……」


 弱々しく服を掴む、少女の儚くて小さな手のひら。士郎はそれを振り払おう気にはなれなかった。イリヤの言葉の意図は汲み取れなくとも、彼はその言葉に従った。そして、士郎は扉から手を離し、そのままイリヤの頭を軽く撫でた。


「三分だけな。それ以上は待たないからな」


「……うんッ」

 
 そんな彼らの僅か数メートル後ろ。何もない筈の地面の上に、段々と微弱な光が魔方陣を描き始めていた。






――午後11時35分
 
















 鉄が砕け散る音と共に、三本目の干将が塵と消えた。
 鉄塊の雨の中、その隙間から滑り込むように迫り来る鮮血の剣。それをひび割れた莫耶で上空へと軌道を逸らす――――成功。ただし、四本目の莫耶もその直後に崩壊する。


「くッ」


 即座に"待機状態"に置いていた干渉・莫耶を投影――その間、赤屍が先ほど投げ放ったメスが上空から落下してくる。アーチャーは後方へと飛ぶ。しかし、辿り着いたその先に、揺らめく黒衣の影。赤屍は手に持つ赤色の剣で、彼を横薙ぎにしようと振り被った。
 

「!!」


 しかし、赤屍はそれを中止し、即座に回避行動に移る。そして、先ほどまで赤屍がいた空間を"捻れ曲がった三本の刃"が鋭く貫いた。それは地面に着弾し、爆音を起こし、地面を深く陥没させる。


「クスッ、あぶない危ない。また磔にされる所でしたよ」


 舞い上がる土煙と土塊を振り払い、赤屍はアーチャーから大きく距離を取る。ちょうど縁側に突っ込んだ白い外車、白い煙を上げる車上の上に彼は静かに足を着けた。
 そしてそこでようやく、アーチャーは胸に溜まった空気を吐き出した。その途端、頬を一つ二つ三つと大粒の汗が流れていった。

   
(化け物め……ッ) 


 アーチャーは即座に自身の内に埋没、一つ一つの魔術回路に高速で設計図を叩き込んでいく。
 創造理念、基本骨子、構成材質、製作技術、憑依経験、蓄積年月の再現――以上の肯定を終えて、彼の投影は完成を果たす。彼が投影する物は、古の昔に失われた宝具の数々。それはオリジナルに限りなく近い力を秘める。
 
 だが、ここに至るまで投影した八十の宝具その全てが、赤屍の右手に持つ赤色の魔剣に悉く粉砕されていた。


(さて、どうするか……)


 頑強を誇る干渉・莫耶でさえたった数撃しか耐えられない。彼の自慢の双剣は、幾度も悲鳴を上げ、打ち砕かれた。改めてアーチャーは認める。このサーヴァントは間違いなく最強だ。こうして二本の足で立っているのが信じられないくらいに。
 
 彼は考える。ここで自分は切り札を出すべきなのだろうか。確かに"あの空間"ならこの男を打倒できるかもしれない。だが、詠唱を口にする暇が全く設けられない。

 今こうして佇む束の間の時間も、疲弊した体力と神経の回復にアーチャーは充てていた。たったの数分足らずで、赤屍は数え切れない闘争を戦い抜けてきた英霊を消耗させていたのだ。


「それにしても、貴方は本当に面白いですね、アーチャー君」


「……ッ……?」


「正直な所、私は貴方を過小評価していました。まさか"今の私"相手にここまでやれるとは、見事なものです」


「…………」


「ですが残念です。これは私にとっても予想外なんですよ。まさかここまで時間を取られるとは思いもしませんでした。ですから、一言ね」


「……何が言いたい」


「ええ、つまりですね」


 赤屍の体が左右に"ブレた"。その直後に彼にかけられる赤屍の声は――――アーチャーのすぐ右横から聞こえた。



「――貴方はここで終わりなんですよ」



 死神の冷たい囁く声が耳に絡みつく。濃密な死の香りを振り払おうと、アーチャーは力の限り抗おうとした。しかし、無慈悲に振り下ろされる血色の刀身の煌き。避けきれる道理などなかった。
 
 そして、死神のその一振りは、アーチャーの視界を分断した。







――午後11時36分














 土蔵から出た瞬間、凛は思わず固まってしまった。空中に血飛沫が舞い上がる、それが己のサーヴァントから上がっているのを、凛はその目で見てしまった。振り切られた赤屍の剣の刀身には、べっとりとアーチャーの血液がこびり付いていた。


(そんなッ……! アーチャー!)


 前回は見事にあの黒衣の死神を撃退した彼。だが今回は、その立場が完全に逆転してしまっている。停止していく思考回路。凛はその光景を、ただ眺めているだけだった。そして、その場に膝を折ってしまいたかった。
 
 しかし、それを押し留めたのは、頭に響く一つの決死の思いだった。彼の、アーチャーの思念が、凛の頭の中になだれ込む。



(……終わり、だと? ふざけるなッ! 俺は、俺はまだ――――ここで何も果たしていない……ッ!!)



 彼の強烈な不屈の闘志に満ちた思念が、凛の頭だけでなく全身を駆け巡る。彼との繋がりは衰えず、危機に瀕したこの瞬間にこそ、それは今までにないほどに高まっていた。

 アーチャーの意志はまだ死んではいない。ならば、自分は彼を救わなければならない。そして、幸運にも敵は"あの位置にいる"。それを瞬時に見て取って、凛は反射的に思念でアーチャーに後退を指示し、彼女のその口は力ある言葉を唱えた。


(――後ろに跳んで!!)


「――Einsアインス!!」


 凛の言葉に反応し、赤屍の足元にあった赤い宝石が赤く光る。彼女のその言葉で、10年間毎日貯めに貯め続けた濃密な魔力の塊が一気に解放され、破裂する。


「――――!」


 死神の上げる声をかき消し、炸裂した魔力の塊は――爆発――爆砕――閃光――爆音――を敷地内に轟かせた。庭の中心で起こった魔力爆発は、爆風と衝撃波を周囲に撒き散らす。敷地内の端にいた凛の立つ地点にも、ソレは容赦なく襲い掛かる。

 彼女は閃光に目を焼かれ、耳は許容量を超えた爆音で機能を停止した。視界は白一色で染め上げられ、四肢は微動だにできず、迫り来る爆風を彼女は全身で浴びる事になる。ひ弱な少女の体は為す術もなくその濁流のような衝撃に飲み込まれてしまう――筈だった。


(……やれやれ、君は本当に末恐ろしいマスターだな)


 先ほどとは違い、いつもと変わらぬ彼の声が、凛の頭の中に鮮明に響き渡る。
 段々と回復していく視界と聴覚。鮮明になっていく視界のすぐ傍に、凛の目の前に彼の大きな背中があった。赤い外套に身を包んだ鍛鉄の英霊。屈強な彼の肉体が、爆風から凛を守ってくれていた。

 そして、アーチャーは振り返らず、その口を開いた。


「まさか自分のサーヴァントである、私もろとも巻き添いにして攻撃するなど、狂気の沙汰だ」


「ア、アーチャー、良かった……無事だったのね」


「ああ、無事さ。君の破天荒極まりない行動の結果だ。ささやかながら感謝しているよ」


「なんでそんなに言葉にトゲがあるの」


「気のせいだ。私の自慢のマスターよ」


「あんたねぇ――――ッて、ちょ、ちょっと……」


 ようやく凛は気づく。彼の体の異変に、彼の顎の先から、次々と滴り落ちる血の雫に。凛は血相を変えて、アーチャーの前に出た。そして、"彼のソレ"を見て彼女の顔が青ざめていく。


「……アーチャー、あなた……」


 彼の血が地面に振り落ちていく。出血は酷い。だがしかし、アーチャーは淡々と答える。


「ああ、心配はいらん。どうってことはない。戦闘は可能だ」


 それを聞いて凛は胸を手で締め付けた。そして、髪を振り乱して叫んだ。


「そんなわけないでしょ! だって、だって、アンタ、その右目……ッ」


「大した事はない」


 嘘、それは嘘だ。凛は喉が震えるのを抑え切れなかった。右半分が真っ赤に染まったアーチャーの顔。鋭い切っ先で抉り取られた肉の断面から、滝のように血が溢れかえっていた。



「――右目が……潰されてるじゃない……」



 弓兵にとって、目とは命の要。いや、戦士として目を潰されるというのは致命的だ。彼の右目のあるべき箇所に、深い裂傷が刻み込まれていた。アーチャーは、それを覆い隠すように顔の右半分を手のひらで押えた。


「……落ち着け凛。確かに右目は機能してないが、他は問題ない、私はまだ戦える。だから、今は私の心配よりも――」


 アーチャーは顔から手を離し、その手に剣を掴む。次に投影したのは、絶世の名剣デュランダル。先端に近づくにつれて細くなった白い刀身は、決して折れる事のない"不滅の聖剣"。
 
 その切っ先を、アーチャーは前方へと振りかざした。そして、その先にある爆心地から上がる、単調でゆったりとした一つの小さな喝采。再び現れた敵の影を、赤い外套の戦士が睨む。



「――あの化け物から生き延びる事だけを考えろ」



「クスッ」



 そして、その時になってようやく、土蔵から強烈な白い光が漏れ出していた。




――午後11時39分















 士郎は唖然としていた。土蔵の中が強い白光で満ち、彼は細めたその目でいつのまにか出現した、光り輝く一つの魔方陣を見る。
 そして、その中心から現れた一人の小柄な少女の姿を、士郎はイリヤと一緒に見つめていた。現れたソレは、静かに瞼を持ち上げ、酷く散らかってしまった部屋の光景をその目に納めた。そして、ただ静かに士郎達を見下ろした。
 
 月明かりただ一つとなった土蔵の中で、その少女はとても美しく気高く綺麗に輝いていた。光に濡れた金の髪はまさに黄金の輝き。青を基調とした洋服の上に、白銀のプレートメイルを身に着け、それはさながらにして姫騎士と呼ぶに相応しい姿だった。
 
 そんな、この世のモノとは思えぬ美しさをもつその少女は、精悍な顔つきのまま、花びらのような可憐な唇を静かに開いた。


「――サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した」


 深緑の瞳が士郎の目を、本当に真っ直ぐ見つめていた。そして、彼に語りかけた。



「――問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 その姿に、士郎はただ見惚れていた。そのあまりの美しさに、彼は言葉を失っていた。格子から見える夜空の月の輝きも、彼女の前では霞んで見えるほどに、士郎は目の前にある存在に心奪われていた。
 そんな士郎の代わりに、イリヤが彼女に答える。


「うん、そうだよ、セイバー。今回の貴方のマスターは、このシロウなんだよ」


「……な、マス、ター?」


「そうですか。では騎士として、ここに誓いの言葉を立てましょう」

 
 士郎は右手の甲を押えた。痛みと熱で疼くそれは、否応なくこれが現実であると思い知らせてくれる。その間にも、彼女――セイバーは言葉を紡いでいく。


「――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した」


「あ、あ、え?」


「もうシロウってば。シロウはこれで立派なマスターになったんだから、ちゃんと誓いに応えてあげなきゃダメでしょ?」 


「あ、え~と、そのよ、よろしく……でいいのか?」


 それを聞いて、イリヤは大きな溜息を漏らした。せっかくの神聖な儀式が台無しだと彼女は思った。


「はい、よろしくお願いします。それでは、早速敵を打ち倒して参ります。マスターとイリヤスフィールはここで待っていてください」


 そう言うと、セイバーは颯爽と土蔵から飛び出していった。無論、士郎もその後に着いて行く、あっという間に遥か前を行く、少女のその小さな背中を追って。しかし、同時に彼は大声を上げて狼狽した。



「あ~もう! いったいなんだってんだ! 誰か教えてくれ!」


 
 その問いに彼女らは今は答えない。答える暇などない。士郎の望みが叶えられるのは、もう少し後の事だった。






――午後11時41分








続く









◇あとがき◇

Fateの劇場版が始まりましたね。ひっじょ~に見に行きたいです。

来週くらいに見に行こうと思ってます。でも、一人で行くってのも寂しい……。

とりあえず、一番の期待はアーチャーと士郎の一騎打ちの場面ですね。本当に楽しみです。


劇場の話はここまでにしといて、今回の話ですが、まあ、無難といえば無難な展開になりました。

恐らくAct2は残り二話ぐらいになると思います。

ではでは、次回の更新も気長にお待ちください。(・ω・)ノ




[9374] ACT.2 刃を持つ死神⑥
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2010/06/02 13:52
赤屍さんと聖杯戦争









◆ACT.2 刃を持つ死神⑥◆









 そもそもの話、彼自身も【死】という現象については正確に理解できないでいる。
 人だけでなく、生物という固体となるには、例外なく“生きて死に至る過程”を踏む事が絶対条件とされている。その枠に留まる以上、それ以外の例外を作り出すのは、到底不可能な話である。
 生きて死ぬ事が生物の定義とされているのだから、それに倣うのは言わずもがな当然の話だった。
 
 多種多様に生き、千差万別に死んでいく彼らの根源には、いつだって生と死が張り付いている。それを異常と思えるモノなど生物にはなく、ただそれを享受することが、生物の根源的目的意志であることに誰もが首を捻らなかった。
 そういった存在は、ただひたすら定義という名の歯車の上で流され続けているだけだった。

 だが、彼は違った。彼はその流れに逆らったのだ。
 生物であり、その輪の中に生きる人間という種でありながら、その円の中で決められたルールを己が力で突き崩そうと、彼は今までこうして駆け抜け、他を切り裂いて生きてきた。
 死を理解できず、それを理解できるまで彼は人を殺め続けた。
 
 それが間違いであったと後悔はしていない。
 ただ、後ろを振り返る度に己が作り上げた赤い道に、彼は眉根を寄せ、奥歯を噛み締めながら笑った。
 代価がそれだけだというのなら、支払われるのがその程度のモノならば、問題はないと彼は思った。例えこの先にどのような苦痛と悲しみが彼を襲おうが、彼は永遠に笑い、全てを見下すことができるだろう。 
 だが、その道がいつ終焉を迎えるのだろうか。ソレは、こうして歩を刻む彼自身にも分からない。
 

 幾千幾万の死体を積み上げた。
   
   あとどれだけの死体を積み重ねれば、その答えを、彼は掴むことができるのだろうか。



 彼の本来の願いは、すでに踏み砕かれている。その結果に頭は垂れず、ただ彼は前を進み続けるしかない。
 幾千幾万の他者の血で練り上げられた修羅の道。一度の甘えも許されず、ただ彼の身に突き刺さるのは、凍れるような現実の冷たさだけであった。それでも、彼の目に涙はない。
 その事実が、あまりにも悲しすぎる。













 言峰教会。
 新都の中心部から少し外れた所。傾斜の緩やかな坂の上の途中には墓地があり、それをさらに超えた先にその建物はある。
 剣のように鋭く尖った屋根の上には十字架を、その上空には月が夜空の中心に堂々と居座っている。白地の壁面には影と月明かりの二種類の色が刻まれ、漂う雲の加減によって、その模様を多種多様に変化させていた。
 
 そんな深夜の膝元。金髪の青年は、教会の入り口へと続く石畳の中央で、ただじっとそんな空を見上げていた。
 黄金のサーヴァント――英雄王ギルガメッシュは、下ろした前髪の隙間からその赤い双眸で虚空を見つめ続けていた。


「――こんなところで何をしているのだ、ギルガメッシュ」


 低く重い声が彼の名を呼ぶ。ギルガメッシュはちらりとそちらを一瞥する。
 声の主は彼のよく知る人物。前回の聖杯戦争を共にした男。此度の彼は、表では聖杯戦争の監督役として立ち振る舞い、そして、同時に一人のマスターとして戦う二つの役を負った魔術師。
 その男の名前は、言峰綺礼。
 
 190を優に超える長身。漆黒に染まった神父服。聖堂教会の人間と示す十字架は、彼の厚い胸板の上で左右に揺れていた。
 光の宿らない、焦点が定まっているのかどうかさえ危うい闇の瞳。彼は王の後姿を見つめている。
 夜風の音色。その隙間に、綺礼の淡々とした足音が微弱に響く。


「言峰よ、どうやら全員揃ったようだな」


 否応なく威厳を振りまく高格な声色は、並の人間なら思わず平伏しそうになる言霊を秘めている。力も存在も、この男の全てが“王”と名乗りを上げている。
 
 彼の言葉の意味するモノを、当然ながら綺礼は承知している。
 ギルガメッシュの立っている位置よりも少し後方で、綺礼は足を止めた。そして、少しの間を後に、その答えを口にした。

    
「そのようだな。これで今回も滞りなく、聖杯戦争を始められるというものだ」


「万事抜かりなし、か」


 含みのある彼の言葉。言峰は、いつもと少し様子の違うギルガメッシュの様子に眉間の間に皺を寄せた。


「何か気になることでもあるのか?」


「…………」


 その問いには答えず、ギルガメッシュは一度瞼を静かに落とした。
 抜かりはない。言峰のその言葉は、普通ならこれで間違いはない。
 確かに、此度の聖杯戦争の準備も万全と整っている。だが、ギルガメッシュは、それとは別の意味でその言葉に心の内で異を唱えていた。
 靴の底で石を踏みつける。ジャリっという音を立てながら、ギルガメッシュは月を背に綺礼の方に振り返った。


「言峰よ」


「なんだ?」


「滞りなくと言っていたな」


「そのはずだが?」


「……残念だが、今回もどうやら、前回とは違う意味でだが、上手く行かぬかもしれんぞ、言峰」
 

「なに?」


「今回の聖杯戦争は前回とは違い、さらに“異質”だ。それは、貴様も分かっているのではないか?」


「……何の話だ?」


 口の端を吊り上げながら出したギルガメッシュの言葉。言峰はそれに眉根を寄せた。  
 そんな反応を見せる言峰を見て、ギルガメッシュは唇の先を尖らせた。


「ほう、これは意外だな。我と同じく“アレ”と繋がっているお前なら、この違和感を共有できているのだと思っていたのだがな」


「違和感、だと?」


 言峰の問いにギルガメッシュは答えない。答えぬ代わりに、彼は言峰に再び背を向けて夜空を見上げた。


「分からぬのであれば、それでよい。それに……」


 右腕を振り上げる。月と重なったその手は内側に硬く閉ざされた。握りこぶしとなったその手に、柔らかで強力無比の紫電が絡みつく。暴力の塊と化す彼の右腕。それに近づく愚かな一匹の羽虫。それは圧倒的な熱の前に、問答無用で一瞬で蒸発した。
 ジュッという音を立て、ソレは跡形もなく消え去った。残ったモノは、それの残した僅かな死臭のみ。
 焼け焦げた微かな匂いが風に乗り、綺礼の鼻腔を刺激した。そして、そんなことよりも、綺礼は目の前で起きた事実が理解できないでいた。
 

(なんだ、今のは……?)


 言峰のその問いには誰も応えられない。きっと目の前にいる彼自身にも。
 しかし、それも早々に解決してくれることであろう。答えが出るのは、そう遠くない未来の話。そして、その答えは、彼らにとって決して悪いことではない。

 月をその手で鷲づかみにしたまま、彼はその異質な事実すらも、他愛のないモノの話のように飲み込もうとしていた。
 この世に受肉し、第二の生という奇跡を起こした彼にとっては、これは当然の反応だ。
 それは生前も今も変わりはしない。彼は唯一無二の英雄王。彼と同じ場所で同じ景色を感じる者はいない。同じ風を感じる覇者もいない。彼と肩を並べる者は、後にも先にもいない。
 それを肯定するように、彼はその紅蓮の瞳をギラリと見開き、そして笑った。 


「――この変化は、決して悪いモノではない」


 自身の体に満ちてくる正体不明の力。最初は戸惑いこそすれど、ギルガメッシュはそれを無碍にはしなかった。悪い気はしなかった。この力は、純粋にして強大。どこから流れてきたモノかは知れないが、これは自身と非常に相性が良い。
 異界からの贈り物。それがどのような経緯で彼の元にやってきたのかは分からない。あの“泥”を通じてやってきたのかと思っていたが、言峰の反応からして、どうやらそうではないとギルガメッシュは判断していた。
 

「安心しろ、言峰」


 振り上げた右腕を再びポケットに仕舞い込み、英雄王は再び言峰の方へと振り返った。
 そして、何時の間に逆立ったのか、前髪で隠れたその唯我独尊に満ちた表情がついに暴かれる。


「――答えはすぐに出る。例え、相手が神であろうと、この我を律する事などできぬのだからな」
 

 誰が選択し、どのようにしてこの過程を結んだのかは分からない。吉と出るか凶と出るか、当然それすらも誰にも分からない。
 しかし、一つだけ言えることがある。彼ら二人は、再び合間見える運命にあると。夜空の星もソレを告げるように、二度三度光を瞬かせた。
 
 
 それは一見して、その流れの結末に怯えているようにすら見える。












 黄金の流星が衛宮低の庭の大地を駆け抜けていく。
 土蔵の扉から飛び出したセイバーは、その小柄な姿からは想像も付かない脚力で、まるで流星と見紛うほどの速度で衛宮低の庭を文字通り真っ二つに両断した。中央を走り抜ける彼女の描く軌跡を、その場で対峙していた三人の目が釘付けとなった。
 

(光……?)


 常人の目からは、彼女の金の髪と鎧の光沢が残す軌跡しか見えない。その証拠に、凛の目はセイバーの姿をその眼に捉える事が出来なかった。後から押し寄せてきた風で反射的に瞼を落とし、視界を閉ざしてしまう。 
 
 しかし、“彼”と“彼”は違った。どちらもその眼に、しっかりと彼女――最優のサーヴァントであるセイバーの姿を、網膜の奥の奥まで焼き付けていた。
 特に、赤い外套の英雄は、彼女の姿をその目にした瞬間、全身に衝撃が走り抜けていくのを感じていた。

 血流に塗れ、使い物にならなくなった右目の代わりに、アーチャーの左目はその光景を余すことなくその眼球に納めていた。
 金色の流星は闇に向かい、躊躇も怯みも恐怖もなく、ただ勇ましく一直線に走り抜ける。笑みの絶えない漆黒の魔人に切りかかった。何も持たない少女のその手で。
 空手の筈のソレは、まるで何かを持っているかのように上段に振り上げ、一気にソレを振り下ろす。何もない筈の一メートル程度の空間。しかし、その何もないように見えるその空間に、今、何があるのかを彼は知っている。
 
 夜空の闇をも吹き飛ばす、光り輝く黄金の刀身。
 イングランドの王になるべき選ばれた者のみしか持つことを許されない、伝説の騎士王剣。
 不可視と化した風の鞘に包まれ、竜巻の奥底に眠る獅子の刀身。アーチャーの目は、いや、脳裏にはその姿が克明に映し出されていた。
 
 彼にとってあれほど見知った剣はない。
 使用率の最も高い“干将莫耶”と同等。いや、それ以上にあの剣の事は手に取るように分かる。この手で模造する事など、魔力が満ち足りていれば造作もない。
 だが、模造であろうとなんであろうと、アレの柄を握る人間は彼女ただ一人だ。過ぎ去った記憶――寸分違わぬセイバーの面影をその瞳に移しつつ、しかし、その姿に彼は歯噛みした。


(……セイバー、お前は、何時になったら……っ)

 
 脳裏に浮かび上がった思い。しかし、彼の苦悩は、二人の作り出した激しい剣戟の音であっという間に吹き飛ばされてしまった。
 見えざる刃と赤色の魔剣の衝突。金属の弾ける音が、鍔迫り合う刀身の軋みが、それによって巻き起こる突風が、二人の周囲に炸裂し、周囲の土や石を紙くずのように吹き飛ばしていく。
 
 両者の鋭い一撃は互いに届かず、衝突した力と力が堪らず悲鳴を上げて破裂した。
 赤屍はその場から一歩も動じず、体重の軽いセイバーは上空にふわっと打ち上げられ、クルクルと落ちて地面に華麗に着地した。そして、その瞬間を狙っていたかのように、雲隠れしていた月明かりが、ちょうど彼女が着地した箇所をゆっくりと照らし始めた。


(女の子……?)


 自身よりも遥かに体格の劣る小柄で華奢な女性。精巧な人形のように整った綺麗な顔立ちに、凛は思わず目を奪われた。
 結った黄金の髪は月明かりに濡れ、騎士と名乗る白銀のプレートメイル。線の細く小さなその体躯――しかし、それ以上に大きく見えるのは、彼女の強大な魔力量と揺るぎないその闘志にある。

 碧色に輝くその実直な瞳が、一瞬だけアーチャーの視線とぶつかった。どこまでも真っ直ぐで、こちらが呆れ返るくらいに強い意志の篭ったその瞳を、アーチャーは険の取れた顔で眺めていた。
 記憶と寸分の差もない。アーチャーは、一度深く目を瞑った。



『――問おう、貴方が私のマスターか?』


 
 土蔵の小さな窓枠、その格子の隙間から差し込む月の光。それを背に佇む彼女。そして、そのあまりにも美しいその在り方。
 今でも鮮明に思い出せる。心に刻まれたあの想いは、決して消えることはない。
 磨耗した心は歪に彼を歪めてしまった。それでも、こうして変わらないモノがあるという事実が、彼をまだこちらに繋ぎ止めている。
 




――午後11時42分













「なるほど、貴方が最後のサーヴァントですね?」


 帽子を片手で摘みながら、赤屍はクスクスっと楽しそうに笑った。肝が冷え凍るようなその笑い声。しかし、セイバーの鋼の闘志は揺るぎはしなかった。ただ目前の敵となりうるを倒すまでだと、セイバーは目尻をさらに鋭く尖らせ、柄を持つ両手に力を籠める。
 対称的に、赤屍は軽く会釈を入れながら自身の名を名乗り始めた。


「初めまして。私の名前は赤屍蔵人。此度の聖杯戦争では“アサシン”のクラスを務めさせて頂いています。よろしくお願いしますね」


「……っ」


 いきなり堂々と真名を晒す彼のその行動に、セイバーは面食らった。それと同時に、かつての強敵の姿を思い出す。
 豪胆と勇猛――己が名前を語るに迷いも恥じらいも一切なく、長い歴史の中で構築された聖杯戦争のルールを鼻で笑った征服王。それがどうしたと笑い飛ばしあの男の事を。姿形は似ても似つかないが、どうやらこの男もあの男同様に、己が名と存在に絶対の自信を持っているのだとセイバーは確信した。
 
 それがただの自己顕示欲の強い者ならまだ良かった。だが、この相手はそんな陳腐な者では片付けられない。
 彼女の天性とも言うべき直感は、相手の力量を瞬時に己が本能に悟らせていた。
 

「……此度のアサシンは、少々度が過ぎているな」


 度が過ぎる。その言葉は見事に的を得ている。
 いや、恐らくは、そんな言葉ですら生ぬるいほどに、この敵は規格外過ぎる。こうして向き合っているだけで、呼吸が乱れる。汗が吹き出そうになる。
 
 波立った呼吸をセイバーは整える。
 向けた切っ先を地に落とし、セイバーはチラッと真横にいる二つの影を見た。
 赤い外套を纏う長身の男は、サーヴァント。女の方はそのマスターといったところ。セイバーは二人を見定め、そして、もう一度視線を数メートル先にいる男に矛先を戻す。

 黒のシルクハット。黒衣の裾を風に揺らし、赤屍は血の色の染まった剣を右手にぶら下げ、ただ静かな笑みを刻んでいる。
 無傷の人食い狼に、手負いの鷹。
 セイバーにとっての優先すべき敵は、すでに決まっていた。
 呼吸が、一定のリズムを刻んでいく。


「貴方はどのサーヴァントなのでしょうか? よろしければ、教えて頂けますか?」


 応える代わりに、セイバーはその場を駆け出した。僅か数歩であれほど離れていた距離を潰し、踏み込んだ間合いは、彼の首まで二メートル強。
 振るえば寸断できる距離。その距離で、彼女は、彼の問いに応えた。 


「――サーヴァント、セイバー」


 最優のサーヴァント。その言葉に、赤屍は歓喜した。
 そして、再び二つの刀身が激突する。




――午後11時45分











「だああああぁぁぁ!!」


 燃え上がる咆哮と共に、セイバーは赤屍を攻め立てる。
 上段、中段、下段――幾重にも繰り出される剣撃の速度は神速。上下からの切り返し。左右から津波のように押し寄せる乱舞。そのどれもが極上の一撃。当れば、当然タダでは済まされない。
 歴史上でも最高ランクの英雄。円卓の騎士を統べる“騎士王”の剣舞は苛烈で隙がなく、それでいて、とても美しい。
 
 彼女の戦いに一切の遊びはない。セイバーの戦いという名の辞書の中に“手加減”や“遊び”など存在しない。
 敵と認めた相手には、全力を持って応ずる。己が出せる力の限りで、敵を殲滅する。それが、彼女の戦い。常勝を極めたイングランドの覇者は、気高く雄雄しく正々堂々と戦いに応ずるのみ。
 だが、それだけでは聖杯戦争という戦いは、とても最後まで勝ち残れるものではない。

 前回の聖杯戦争の経験。アレがあるからこそ、彼女は此度の戦、一切退くつもりはない。後退はない。もう、迷いなどしない。
 セイバーは、初めから全力だ。そんな彼女に対し赤屍は、


「クスっ」


 当然のように笑みを浮かべていた。彼はやはり、この状況も楽しんでいる。
 突き抜けていくセイバーの剣撃の衝撃が首筋を撫でる。彼は、その感触に口の端をさらに歪めた。自身の肉体ギリギリに迫る絶技の数々。そのどれもが、今日ここに至るまでに体感したどの一撃よりも赤屍を最も嬉々とさせていた。
 視界全域に繰り出される彼女の攻撃を捌きながら、赤屍はただ楽しんでいる。
 相手の余力を感じ取り、セイバーは一呼吸後に奥歯を噛み締めた。そして、一つ荒い息を吐き出した。


「――ふっ!」


 加速する。セイバーの中でまた一つギアが上がる。剣速は跳ね上がり、もはや常人の目如きでは、その軌跡すら捉えることができない領域にまで昇華した。
 凛が一つ瞬きをする合間に、セイバーの剣は五つの剣閃を描いた。月が雲に隠れ、再び顔を出すほどの数秒間。その間に彼女の攻撃はすでに五十を超えていた。


「……すごい」

 
 見とれていた。凛は、目の前で繰り広げられる攻防――それによって次々と派生していく闘争の光景に、開いた口が塞がらなかった。
 先ほどのアーチャーが描いた攻防。その更に上を行く戦い。あんなちっちゃくて可愛い女の子が、それを作り出している。凛は、それがとても信じられなかった。
 
 しかも、相手が相手だ。相手は、あの赤屍だ。アレがどれほどの強敵かなんて、以前のセンタービル、先ほどのアーチャーとの二度目の対戦。そして、その結果付けられた傷で思い知っている。そのどれもが、あの男の強さを粛々と物語っているから。
 恐らくは最強ランクの英雄。そんな赤屍と、彼女は互角に渡り合っている。いや、もしくはそれ以上だ。凛の目からは、彼ら二人がどのような攻防を繰り広げているかなんて分からない。けれど、段々と赤屍が後ろに後退し、彼女はひたすら前進していた。
 それは、どう見ても彼女が優勢であると見えてしまっても仕方がない。というか、実際の所、ほんの少しだけこの状況はセイバーに分がある。

 赤屍の剣は、セイバーの剣よりも二十センチほど刀身が長い。さらに、赤屍の手足の長さもセイバーよりも遥かに長い。彼と彼女のリーチ差は、恐らく一メートル以上に及ぶ。普通なら、セイバーは彼が描く剣の結界の中に立ち入ることすら出来ないはず。
 そういった要素は、一対一の戦いの場合には、特に重要な事である。
 だが、彼女とて最優のサーヴァント。それを埋め尽くす要素を十分に彼女は用いている。
 
 魔力放出による加速。剣から発する突風。不可視の刀身。そのどれもが彼女のプラスとなっている。
 圧倒的な魔力放出による加速は、一ある距離を瞬時にゼロに潰す。剣から漏れ出す突風は、風向きによって迫りくる相手の攻撃を柔らかく受け流してくれる。不可視の刀身については、説明する必要もないだろう。
 それら全てが互いに相乗した結果、彼女と赤屍の間合いは、ずっとこの距離で保たれているのだ。

 常に相手の内に。セイバーは、常に赤屍の懐を離れない。
 その距離こそが、彼女の攻撃が最も威力を発揮する距離であり、その距離こそが、逆に赤屍の攻撃を和らげる要因となっている。
 繰り広げられる攻防。しかし、均衡は次第に傾いていく。このまま行けば、きっと勝つのはあの娘の方だ。凛は、そう楽観視しかけ、すぐに頭を振った。
 
 その時、後ろから彼女の名が呼ばれる。
 そちらに振り返ると、士郎とイリヤがこちらに向かって走ってきていた。
 

「遠坂。良かった、無事だったんだな」


「ええ、おかげさまでね。うちの相方と、“あなたの相方のおかげでね”」


「え、あ、ああ」


 相方という言葉に士郎が言葉を詰まらせる。それも当然の反応で、彼はまだこの戦いの状況も意図もまったく掴めていないのであるから無理もない。
 士郎の後ろから、ひょこっとイリヤが顔を出す。


「それで、状況はどうなってるの? 見たところ、貴方のサーヴァントが負けて、セイバーが代わりにアイツと戦っているってところかしら?」


「負けてないわよ」


「あ、そう。まあ、そんなことはどうでもいいわ。それより……ふ~ん、セイバーが押してるわね。このままだと、セイバーがアイツをやっつけちゃいそうね」


 そんな暢気な事を言ってのけるイリヤが、凛は少し羨ましいと思った。
 先ほどは自分もそう思った。しかし、自分はよく知っている。あの赤屍が、この程度で終わるわけがないと。あの化け物が、このままただの化け物で終わるわけがないと。


「……本当にそう思ってるの?」


「……まさか」
  

 その反応を見て、先ほどのイリヤの言葉も、そうあって欲しいという願望であったのだと凛は分かった。
 そう、それで終わるならどんなにいいだろうか。それは楽観的過ぎると言われようが、人は目の前にある“高すぎるハードル”が低くなるように願うこともある。
 だが、実際のハードルの高さは変わらない。つまり、彼がその程度で追い詰められるわけがない。
 ソレは、そんな彼女達のやり取りの後にすぐに起こった。


「――!?」


 セイバーの顔に動揺が走る。頭の裏側を撫でていく“死の予感”。先ほどまでなかった真後ろの圧倒的な気配。それに対し、彼女の本能はその場から全力で離脱しろと叫んでいる。
 攻撃にと行使していた彼女のプラス要素は、この瞬間、一気に避難へと切り替わった。
 
 背中から胸へと、衝撃が突き抜ける。
 痛みを感じる暇もなく、彼女はそのまま庭の中央から縁側に突き刺さっている車まで吹っ飛ばされる。  
 

「ぐぅっ!」


 訳が分からなかった。大地へとずり落ちていく最中、セイバーは状況の把握に専念していた。
 確かに敵は前面に居たはずだ。自身の攻撃を捌きながら、ジリジリと後ろに後退していた。状況は自分が支配していた。そう思った矢先の一撃。揺れた視界を手で押さえながら、セイバーは、ソレを見た。


「「クスクスッ」」

 
 二つの魔人が静かに笑う。
 共に持つは赤色のツルギ。切っ先から血を滴らせ、彼の全てが狂喜しているように見えた。
 化け物は、ここに来てその数を増やす。
 新たな絶望が生まれる。その原因の張本人――赤屍の二つの笑い声が、混沌と化した衛宮邸に静かに木霊する。
 
 二人の赤屍が、共に空を見上げる。
 時刻はもうすぐ零。すべての始まりと終わりの時間になる。それが、彼の今宵の刻限。タイムリミットが差し迫ったこの瞬間、ついに赤屍がここに来て牙を剥いた。




「「――遊びは、終わりです」」
 




――午後11時50分

 









◇あとがき◇



やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。

このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。



うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。



でも、この作品のタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

昨今の殺伐とし過ぎた世の中に、こういったゆったりとした更新速度もありだと思うような気がするんだ。

つまり、要約すると――すいませんでした。orz


いやぁ、何時ぶりの更新だろうか。下手したら四ヶ月ぐらいですか。

更新遅くなりすぎました。ゆっくりもええところですね、はい。

夏までにはAct2終わらしたい所存です。(・ω・`)

きっと次回の更新も相当後かと思います。気長にお待ちください。


 



[9374] ACT. 2 刃を持つ死神⑦
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2010/08/01 09:00
赤屍さんと聖杯戦争









◆ACT.2 刃を持つ死神⑦◆





 


 
 その瞬間、誰もが理解出来なかった。目の前で何が起こっているのか、それすら把握しない、したくない。
 先ほどまで浮かんでいた願望は露と消えた。そんな願いすら胸に抱くことなど許されない。そう語るように、怪物は堪えきれぬ笑いと共にこの場に居る全員を絶望のどん底へと叩き落した。


「「クスっ」」


 月を背後に背負う二つの死神が、半円を分かち合うように並び立つ。
 欠けた円を補うように雲が月に差し掛かり、それを払うかのように二人の赤屍は一斉に剣を振り上げた。二つの血色の刀身が不気味に重なり合う。それは死神の饗宴の始まり。牙を剥いた狼は、情け容赦なしに獲物を喰らう。
 夜空の雲が晴れる。
 唐突に、瞬間的に、夜空は完全なる漆黒に堕ちる。星の輝きも失われた。
 輝く光はただ一つ。血に濡れた二つの魔剣、その刀身が打ち出した火花だけ。その音は、見た目を裏切る心地良い音だった。
 増殖する絶望。希望は摘み取られ、これから行われるは、血に飢えた獣達の殺戮ショー。ここにいる誰もが、その光景を容易に想像できた。
 血溜まりと化す庭先。そうなる確立は、ここから生還する確立より遥かに高い。
 だが、可能性はまだ残っているはずだ。それを誰よりも感じたアーチャーと士郎が互いに声を張り上げた。


「「――逃げろ、セイバーッ!!」」


「!?」


 二人の重なる声が、停止していた戦いを再生させる。その悲痛な叫びは叶わず、赤屍はすでにセイバーへと動き出していた。
 二つの漆黒の動きをセイバーは、怒りで染まった瞳で力強く見据えた。


(…………逃げろ、だと?)


 許せなかった。
 守るべきマスターにそんな命令をされることが。敵であるサーヴァントからそう言われること――それは何たる屈辱であろうか。自らのあまりの不甲斐なさに怒りを感じずにはいられない。
 英霊として、数百という戦場を駆け、常に勝利してきた騎士王。
 それがまさかこのような体たらくを晒すことになるとは、セイバーは想像もしてなかった。
 
 立ち上がる。
 立ち上がり、怒りに震える心を闘志へと変え、勝利を約束する剣の柄をこれでもかと強く握り締める。気高き獅子は咆哮し、自ら抱える恐怖と不安を全て捨て去り、元凶である死神たちへとただ向かう。
 間近に迫る死の香りは濃厚。だが、それでも背中など向けはしない。それが騎士としての――いや、この剣を担う者としての誇り。
 後悔で締めくくられた彼女の人生。しかし、その中で育まれたモノだけは決して間違いなどではない。
 そんな強固な意志を感じ取ったのか、新たに生まれ出た赤屍二人もセイバーへと標的を定めた。
 

――――赤い雨ブラッディレイン


 掌から放たれたメスの雨が、その刀身を彼女の血で赤く染めようと襲い掛かる。
 それを、 


「――はあああああぁぁぁっ!!」 


 紐解かれる風の結界。竜の咆哮の如き凄まじい炸裂音を立てて打ち出された暴風は、迫り来る何十というメスを次々と吹き飛ばしていく。しかし、そんな破壊的な暴風を突破するメスもまた十数本。
 セイバーはそれら全てを一撃で地面に叩き落とし、直後に背後に生まれた殺気に矛先を向ける。


(――そんな手は読めているッ!!)


 耳の裏を抉り取られるような殺意。それを消し去るために、手にした剣を横になぎ払う。
 しかし、手ごたえはない。切ったものは虚空のみ。そして、新たに生まれた殺気は、頭上の風切音と共に送られる。
 

(――上ッ!?)


 振った剣の勢いを殺さず、セイバーは体を半回転、そのまま刀身の軌道を上空へと切り替える。
 降り注ぐメスの雨。磁石のようにセイバー目掛けて振り落ちてくる赤屍のメスを、しかし、彼女は再び刀身に巻きつく風によってそれらを易々と吹き飛ばす。
 次々と攻撃は食い止めるセイバー。だが、次第に濃くなっていく死の予感がセイバーの頭の後ろを突き抜けていく。
 そして、その予感は現実のものとなる。 


「これは……ッ!」


 気づいた時にはもう遅かった。
 自身を囲む三つの影。左右、そして正面と真上――四人の赤屍が振り下ろす斬撃の軌跡は、彼女の視界に納めただけでも十六。
 死角から繰り出される数も入れれば、その倍以上に及ぶ。
 逃げ場はない。ならば――


(――自らの手で作り出すッ!)

 
 回避不能な全方位攻撃。
 だがそんなものは正面から打ち破ればいい。セイバーは正面にいる赤屍へと、四人の中で最も動きの鈍い者へと全力で斬りかかった。


「――だああああああああああぁぁぁ!!」


 衝突する二つの刀身。
 魔力放出を全開にして加えたセイバーの一撃は、先ほどまで繰り出していた威力の数倍以上。バーサーカーを彷彿させる重い斬撃に、その赤屍では完全に受け止め切れず後退を余技なくされる。
 結果、彼女は見事に赤屍たちが繰り出した全方位攻撃を無傷で突破を果たす。 
 しかし、突破した先には――――更なる黒い影三つ。


「!?」


 無慈悲に繰り出される二段構えの全方位攻撃。
 先ほど突破した赤屍たちも加わり、セイバーに走る斬撃の数、投擲されたメスの数はさらなる数になり、優に百を超える。
 今度こそ完全無欠の回避不能攻撃。避けるという道理は剥奪され、その過程が導く結果は、セイバーの消滅――そのはずだった。
 だがそれでも、騎士王は死地より尚も生還する。


「――舐めるなッ!!」


 セイバーの剣速が、ここにきてさらに速度を上げる。
 視界に入る剣閃全てを的確かつ最小限必要な斬撃で叩き落し、飛来するメスの嵐も急所に当るモノのみを瞬時に把握し、弾き落とす。
 露わとなった獅子の牙は夜を照らし、ジャッカルたちの牙を次々と噛み砕いていく。 

 
「これは驚きましたね」 

 
 この結果は赤屍にとって予想外の事だった。
 今、仕掛けた攻撃でセイバーの死は確定していると思っていたからだ。その期待を見事に裏切ってみせるとは、そこから生きながらえるとは、真に賞賛に値する。
 赤屍はその細目を少しだけ見開き、セイバーを愛でるように見つめた。


「くぅ……ッ」


 粉雪のようにふり落ちる打ち上げられた土砂。砂煙が晴れると、そこには深く傷ついたセイバーの姿。


「セイバー!」

 
 士郎の目からは一瞬の出来事。しかし、その一瞬の間にセイバーは変わり果てた姿となった。
 急所は外したものの、セイバーは重傷を負っている。
 頭部に受けた裂傷により、彼女の左顔面は赤く染まり、体中に突き刺さった大量のメスがなんとも痛々しい。
 そして、特に酷いのは、右腕の裂傷である。
 肩口から肘にかけて深く切り込まれ、傷口から噴水のように大量の血液が溢れ出ている。あまりの出血の多さ、傷の深さに士郎は目を強張らせた。

 
(……なんだ、これは)


 士郎にとって、この半刻の間に起こったことは、まさに非日常的すぎる光景の連続だった。
 バイトの帰り道でいきなり遠坂に話しかけられ――それは別に嬉しかったのだが、その後に聞こえた爆音を聞きつけて自宅に向かえば、縁側に高級車がキレイに突き刺さっており、それを運転していたのが明らかに自分よりも年下の女の子であったことに驚きつつ、さらに今度は屋根の上に全身黒づくめの怖い男が現れ、そしてまたもや唐突に遠坂の隣に現れた赤い外套の男に何故か意味不明な怒りと嫌悪感を感じたり、そしてその男に言われるままに遠坂と土蔵に向かえば、またまた唐突に女の子が地面に描かれた魔方陣から出てきて、その女の子にいきなり「マスター」などと呼ばれ、肝心な説明は全部後回しにされ、セイバーは外に飛び出してあの黒づくめの男と戦いだし――そして、今に至る。
 正直、分からないことだらけで頭が沸騰しそうになっている。士郎はこの場に起きていること、自分がどのような立場になり、何に巻き込まれてしまったのかも一切分かっていない。


(――だけどなッ) 


 それでも、この感じる怒りだけは、決して間違いではない。
 大の男たちが、あんな女の子を切り刻んで悦に浸っている、喜んでいる。そんな光景を見せ付けられて、怒りを覚えないヤツは人間じゃない。
 でも、それ以上にこうして目の前で女の子が傷つけられるのをただ見ているだけの自分は、もっともっと許せない。
 握り締めた拳から血が出ている。分かっている、自分ではあの場に入った瞬間に細切れのミンチになることくらい、士郎は十分にそれを理解している。
 行けば死。されど、彼は正義の味方を目指す者。彼の目指す正義は、こうして恐怖に怯えて、ただ人が殺されるところを眺めているだけの臆病者などではない。
 士郎はその場から駆け出した。駆け出そうとして――しかしその足は、彼が最も嫌悪する者、アーチャーの大きな背中にがっちりと阻まれた。


「――やめておけ。犬死にしたいのか」


 アーチャーの低く重い声が士郎に圧し掛かる。
 犬死。そう言われてしまった士郎は、頭が一気に熱くなるのを感じる。立ち塞がった大きな背中を押しのけようとするが、ビクともしない。 


「どけッ!」


「私個人としては、そうしたいのは山々なのだがな。しかし、それを許せば、この場からセイバーを失うことになる。そうなってしまっては、もう我々に打つ手がなくなってしまう。それでは困る」


「うるさい! だったら、俺が彼女を助ければいいだけだろう!」


「どうやって? 盾にでもなるつもりか? 言っておくが、それは全くの無意味だ。というか、そもそもそれは彼女の、セイバーのためにならない。彼女はお前を守るために戦っているのだ。それなのに、お前が彼女の盾になって無駄死にすれば本末転倒だろう」


「だからって、こんなところでただ突っ立ていられるかよ!」


「衛宮くん、落ち着きなさい! そんでもって――――ちょっとだけ痛いわよ?」


「え?」


 凛は、いきなり士郎の首に腕を回してくる。いきなりの不意打ちに士郎の胸が高鳴るが、凛の何とも言えない邪悪な笑みを見て、すごく嫌な予感が脳裏を走る。
 その予感は的中し、凛はそこから士郎の太ももに足をかけ、上手い具合に彼の体を腰に乗せて、そのまま地面に思いっきり投げ倒した。


「ぐあッ!」


「受身くらい取りなさいよ。まあ、いいわ」


(ちょっとどころじゃねえ……)

 
 背中を強く打って呼吸が上手く出来ない士郎に対し、仰向けになった彼の顔を上から覗き込んで、凛はこう告げた。


「衛宮くん、あなたにできることは今のところないわ。だからね、時間もないことだし、そんな感じで身を低くしててくれるかしら? あ、ちなみにこれは命令よ? 言うこと聞かないと、今の痛みなんか鼻で笑えるくらいの苦痛を与えるわよ?」


 笑顔のままそう言われると何も言えなくなる。背筋の悪寒は気のせいではなく、恐らく彼女は本気でそれをやりかねないと士郎は思った。
 士郎の無言を肯定と取ったようで(本当は投げられた衝撃で喋れなかった士郎)凛は、アーチャーに視線を向ける。


「アーチャー、魔力の方はどう? 少しは回復した?」


 セイバーが赤屍と戦っている間、別に凛とアーチャーはただ突っ立ていただけではない。
 先ほどの赤屍との戦いによる宝具の大量投影により、アーチャーの魔力は枯渇しかかっていた。マスターである凛が当然それに気づき、すぐに彼に対して己の魔力の半分以上を、持っていた宝石の魔力全てを彼に分け与えていたのだ。
 そのおかげとあって、先ほどまでほとんど機能していなかった自動修復も息を吹き返し、アーチャーの右目からはすでに出血が止まっていた。


「三割弱――といったところか。必要な分は確保できたが、戦闘後は実体化できるかどうかも怪しい」


「それで十分よ。さっき伝えた通りに頼むわよ。戦闘後のことは気にしないで、思いっきりやりなさい。後は私が何とかするから」


「ふっ、きみがマスターで良かったよ。そこで這い蹲っている役立たずがマスターでなくて、私は本当に幸せ者だ」


「!! てめえ……っ!」


「――えみやくん?」


 その言葉でカッとなって立ち上がろうとするが、凛の睨みで大人しくなる士郎であった。


「喧嘩なら後でたっぷりしてちょうだいお二人さん。それで――イリヤ」


「ん、分かってる。大丈夫よ」


「頼んだわよ。アイツを倒すには、もうそれしかないんだから」


「分かってるわ、リン。というか、心配しているのは、どちらかというと私のほうなんだけどね」


「?」


「――あなたのサーヴァントよ。本当にあれだけの数のあいつを一人で倒せるの? アイツの戦闘力は、間違いなく今回の聖杯戦争で最強を誇るわ」


 現時点で赤屍の人数は本体を合わせて八体。
 一人であれだけの戦闘力を有しているサーヴァントが八体――絶望的状況もいいところだ。
 しかし、昼間赤屍もどきに出会っているアーチャーと凛は、赤屍の行使する能力にも僅かながら欠点があることを看破していた。


「問題はない。あの赤屍たちは、オリジナルの赤屍よりも戦闘力が明らかに低い。セイバーが連中の攻撃に対し、ああして生き残っていることが何よりの証拠だ」


 セイバーと互角に打ち合っていた赤屍がそのまま八人に増えていれば、いくらセイバーとてあの攻撃から生還することはできなかっただろう。
 しかし、生還している。先ほどの攻防の際にも、セイバーは四人の中で一番動きの遅い正面の赤屍へと突っ込んだ。それは、彼女が一瞬で敵の力量を見抜く力に長けているという他ない。 
  

「そう、分かったわ。あなたの言うことを信じてあげる。どのみち、もう手段はそれしかなさそうだしね」


「ふっ、物分りが良くて助かる。では、まずはセイバーを助けるとしようか」


「ええ、頼むわよ、アーチャー」


 二人の期待を一身に背負い、アーチャーは静かに自己に埋没する。
 






――午後11時52分














 
 自身のマスターの声もどこか遠くに聞こえる。揺れる視界の先で死神たちの影の数を彼女は数えた。
 影は八つ。その全てが楽しそうに笑っているように見える。
 未来予知に近いセイバーの“直感”により、赤屍が繰り出した攻撃の八割を迎撃することに成功した。だがしかし、すでに展開されていた三十六の異なる攻撃の全てを防ぐまでには至らず、こうして深い傷を負う結果となった。
 もっとも、並のサーヴァントでは即死していたであろう波状攻撃からこうして生還したこと、流石は最優のサーヴァントの名に恥じぬ英霊であるというべき他ない。
 距離を取った“赤屍たち”は、セイバーを追わず、この結果に静かな笑みを零して笑っていた。その笑みは、獲物のタフさに狂喜しているものであるのは言うまでもない。
 血が左目に流れ込む。視界が赤く染まっていく。自身の死が段々と近づいてくるのをセイバーは肌で感じ取る。
 

(――だが、まだだッ!)


 首はある。四肢は繋がっている。戦闘の継続は可能。ならば、自分はまだ戦える。こんなところで終われない。
 まだ召喚されたばかり――ましてや、聖杯戦争はたった今始まったばかりなのだ。最優のサーヴァントたるセイバーとして、このような序盤で脱落するなどあってはならない。
 それは、セイバーとしてではなく、彼女の――騎士王としてのプライドが絶対に許しはしない。


「はあああああぁッ!!」


 突き刺さった十数本のメスを魔力放出で全て吹き飛ばす。セイバーの血を吸ったメスが次々と地面にバラバラと落ちていく。
 体の節々から漏れ出る魔力光。渦巻くように立ち昇るソレは、昇竜のように天空へと昇っていく。膨れ上がる闘気と魔力。身形は既に血塗れなれど、セイバーの戦闘力はまだまだ健在である。
 
 
『クスクス、楽しませてくれますね。セイバーさん、あなたとの戦いは本当に楽しい』


 赤屍たちの動きは全て同一。八人が八人とも同じ言葉で同じ表情で彼女に話しかける。


『ですが、そろそろあなたには退場していただきましょう。私達の用事はもうすでに済んでいますが、あなたを野放しにしておくと、今後色々と厄介なことになりそうですからね』


 途端、世界に更なる影が生まれる。
 先ほどセイバーが吹き飛ばしたメスが血に孵り、それが一箇所に集まって、さらに四体の赤屍を作り上げる。
 これにより、この場にいる赤屍は全てで十二体となった。
 

「これは、悪夢か……」


 あまりの絶望にセイバーの口から何とも弱弱しい言葉が漏れ出るが、それは仕方のないことだ。いくらセイバーでも、一人で同等の打ち合いを果たした相手が十二人、いくらなんでも荷が重過ぎる。
 いや、例えどのサーヴァントでも、この囲いを突破することは不可能ではないだろうか。
 セイバーは剣を深く握り締める。心と体は常に勝利を手繰り寄せる為に動く。しかし、この場にて、彼女の体は硬直してしまっている。
 どのように動いても、勝利は勝ち取れない。可能性は限りなくゼロ――そのはずだった。
 
 だが、その可能性を作ったのは――――隻眼の赤き弓兵。


「――――――I am the bone of my sword」 


「!?」
 

 己が道を悔いる言葉により投影された剣は全部で十二。
 空中に突如として出現したソレは、アーチャーの意志と共に虚空から即座に放たれる。
 ヒュンとなびく風切音を愛でつつ、赤屍たちはセイバーの囲いを放棄。打ち出された十二の剣は、まるでセイバーを守護するように円を描くように地面に撃ち立てられ、剣の格子となりて騎士王を守護する。
 高速で、それも突如出現するアーチャーの投擲を躱すのは、それこそ至難の業。躱しきれなかった二体の赤屍もどきは一滴の血液へと孵り、宿主である中心の赤屍へと音を立てずに戻っていく。


(あれが、本体か……)


 二体を取り込んだ赤屍の魔力が大きく膨れ上がる。いや、分散していた魔力を元に戻しただけという言い方のほうが正しいのかもしれない。
 とにかく、中心の赤屍がこの場にいる赤屍たちの頭であることは間違いない。
 アーチャーの戦線復帰により、これで戦力比は二対十。まだまだ状況は圧倒的に不利だが――
 
 
「どういう、つもりだ……っ」


 剣の牢獄に閉じ込められたセイバーだったが、その囲いを一撃で破壊した。多少の傷を負っているとはいえ、彼女の戦闘力はまだまだ健在であるようだと、表情には出さないが、アーチャーは内心安堵していた。
 そして、先ほどまで出血死しそうなほどに体のあちこちから流血していたセイバーだったが――
 

「やれやれ、こいつは驚いたな」


 自動修復のおかげか、外面的な傷がほぼ無くなっている。思わずアーチャーは舌を巻いていた。なんという恐るべき回復力だと。
 しかし、それは完全に完治したというわけではないことも彼は分かっている。その証拠にセイバーの剣の持ち方が先ほどと若干変わっている。
 傷を負った右手を庇うように、右手は柄を完全に握りこんでいない。先ほどの赤屍から受けた傷により、彼女の右腕は機能障害に陥っていた。


「どうして、私を助けたのだ……?」
 
   
「どうもこうもない、あの男は私の敵だからだ。そして、アレを倒すにはお前の力が必要なのだ。だから助けた」


「私は、助けなど頼んだ覚えはありません」


「まあそういうな。どのみちその腕では、さっきのようには戦えまい。そして、都合の良いことに、私一人ではあの男は手に余るものでな」


 そんな弱気なことを言う割りには、その態度から余裕が些かも消えないところを見るに、本当にそう思っているのか疑わしく思うセイバーだった。
 しかし、恐らく彼は事実を述べているだけなのだろう。そして、この現状で両者が取りうるべき最善の選択肢が一つしかないことも彼は分かりきった上でこの態度なのだ。
 セイバーはアーチャーに向けていた剣を下げる。


「共闘――というわけですか」


「弓兵風情では不満か?」


「まさか」


 セイバーは小さく笑った。そして、赤屍たちに向けて剣を再び構える。それに倣うように、アーチャーも表情を引き締めた。
 

「セイバー、邪魔な偽者どもは私が全て始末する。お前は本体だけを狙え」


 返事はなく、セイバーは無言で頷いた。
 風が巻き起こる。セイバーの剣からではなく、それは天空から飛来する重苦しい夜風が、場に満ちる闘気に恐怖で震え上がるように揺れている。
 異様な雰囲気が周囲を走り抜ける。誰もが悟っている。次の激突が一気に戦いの終焉へと突き進んでいくことを。
 
 第五次聖杯戦争。
 死闘で始まった此度の戦争は、間違いなく今まで最大級の混沌を招くことになる。
 その結果がどうなるかは、無論だれにも分からない。
 ただ一つ言えることは、彼にとって今回の“仕事”は、喜ばしいほど濃密な“過程”を得ることできそうであること。
 その舞台に招き入れた存在に感謝しつつ、向かってくる“濃密な過程”を与えてくれる二人に対し、赤屍は、今日一番の笑みを送った。



「――――お礼として、後悔を抱く暇も与えずに、」



「――――殺してあげましょう」
 
 




――午後11時56分




















◇あとがき◇


夏来ましたね。来ちゃいましたよ、夏。

毎日暑いですね。水漏れするクーラーに四苦八苦しながら執筆してたら、また無駄二ヶ月も経ってたという罠。

いや、本当に申し訳ない。時間見つけながら執筆してるんですけど、本当に筆が進まないススマナイ(汗)

スランプなのかなぁ。どうにかしたいけど、どうにもできないもどかしさ。

まあ、とにかく頑張ります~。次回もなるべく早く投稿できるように頑張ります。

 



[9374] ACT.2 刃を持つ死神⑧
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2010/09/03 01:12
赤屍さんと聖杯戦争









◆ACT.2 刃を持つ死神⑧◆









 遡ること二日前。
 赤屍に脅されて涙目になりかけていたキャスターに、赤屍から一つの提案が出されていた。
 己の実力を示すために、赤屍はキャスターにこんな提案を出していた。


「――――二日後に、貴方の天敵であるバーサーカーを討ち取ってみせましょう」


 思わず息を呑んだ。
 この男はなぜ易々とこんなことを言ってのけてしまうのか。キャスターは目の前にいる男が当然のようにそんな提案をしてしまえることが恐ろしくも思えた。
 バーサーカー。
 恐らくは、此度の聖杯戦争で間違いなく最強の一角であるサーヴァント。
 キャスターはこの町に召喚されてから、ずっと他のマスターやサーヴァントの情報収集に力を入れていた。
 七つのサーヴァントの中でも“最弱”の烙印を押されているキャスターにとって、三騎士のように正面から敵を粉砕するような英雄らしい戦い方などただの自殺行為に等しい。
 元々高い対魔力を持つサーヴァント相手では、魔法使いすらも凌駕しうるキャスターの魔術でも絶対的優位に立てる可能性は極めて低い。
 そのため、自ずとキャスターのサーヴァントは頭脳を駆使し、様々な策で他の敵を溺れ落とすように戦うのがセオリーだ。
 策を練ろうにも相手の情報が皆無ではお話にならない。キャスターは、己の持つ陣地を着々と構成しつつ、今日までの間に冬木市の各地に使い魔を放逐していたのだ。
 そして、集めた情報の中でも特に力の飛び抜けたサーヴァント。
 キャスターにとっての最悪の天敵が、まさにそのバーサーカーなのである。


「貴方、それは本気で言っているのかしら?」


「もちろんですよ」


 語尾に“♪”が付きそうなくらいにケロっと笑顔で答える赤屍に対し、キャスターはさっきから空いた口が塞がらなかった。
 自分のサーヴァントが底なしの自信過剰家なのか、それとも本当にそれをやってのけるほどの強者なのか、この時のキャスターは判断を付けられなかった。
 彼女が赤屍の能力を知るのは、一日半後のこと。
 この時点で正体不明の謎な英霊である赤屍の腕を信じることなど、彼女にとっては土台無理な話。 
 しかも、アーチャーすらも討ち取れずにおめおめと帰ってきたアサシン如きが、“あのバーサーカー”を倒せるわけがない。
 アレは、まさに怪物である。
 水晶越しでしか見たことがないが、アレは並のサーヴァント程度ではどうあっても倒すことは不可能。
 空いた口をようやく塞ぎ終わってから、キャスターは鼻を鳴らした。


「それで、どうやって“アレ”を倒すというのかしら? アーチャー如きも倒せない貴方では、バーサーカーを倒すなど夢のまた夢の話ですよ?」


 無論、赤屍とてバーサーカーの実力を知らずにこんなことを言っているのではない。
 センタービルからここに帰ってくるまでの間に、橋の上を重戦車のように全速前進していく黒い怪物、バーサーカーの姿を赤屍はその目で見ていた。  
 彼を見て、赤屍の胸がまた高鳴ったのも無理はないが、あの時は消えかかる寸前だったので素通りを許したのだった。
 そして、彼は決めたのだった。次の標的は“アレ”にすると。
 その為には、この提案はどうしても必要なことだった。
 今はあまり動きを見せたくないキャスターにとって、バーサーカーを倒すのは聖杯戦争の後半戦を予定していたのだった。
 だが、そこまで赤屍が大人しくできるわけがなかった。
 あれほどの面白そうな過程を見つけて、ずっと指を咥えて見て待っていられるほど、彼は優しくない。


「“今の私では無理でしょうね”。そこで、マスターに二、三ほど協力して欲しいことがあるのですよ」


「協力して欲しいこと?」


「先ほども言ったように、私はこの世界では大幅に力を抑制されてしまっています。先ほどマスターから頂いた程度の魔力では、どうにも話にならないのです」


 話にならない。
 確かに、たったの数時間も存在を維持できない魔力程度では、まさにその言葉通りだろう。
 もっとも、その“お話にならない程度の魔力”とは、並のサーヴァントを二十日ほど現界させるだけの魔力量であったのだが、彼にとっては雀の涙ほども有り難味を感じないらしい。
 大きな溜息を吐いた後に、キャスターはしかめた眉に指を当てる。
 赤屍と話せば話すほど、彼女は頭が痛くなってくるのに滅入っている。
 

「つまり、今度はもっと大量の魔力を貴方に与えろと――――そういうことですか?」


「ええ、最低でも前回の魔力量の二十倍。それだけあれば、二日程度なら不自由せずにあなたの為に動くことができると思います」


「…………それでたったの二日、ですか」


 呆れて言葉も出ない。
 そんな彼女の気持ちも知らずに、赤屍はもう一つの要求をキャスターに促す。


「もう一つは、私に少々“アレ”を貸して欲しいのですよ」


「アレって…………アレのことかしら?」


「ええ、アレです」


「それは構いませんが……しかし、そんなものでバーサーカーを本当に倒せるのですか?」


「ええ、倒してみせましょう」


「…………」


「どうでしょう? それでもし私がバーサーカーを倒せなければ、私の処遇は如何様にしてもらっても構いません」


「………………そうですね」


 キャスターは考える。
 もし、赤屍が約束通りにバーサーカーを討ち取ってくれればこれ以上の戦果はない。他のサーヴァントを見ても、バーサーカーを打倒できうる者が見当たらない上、彼女が最も手に入れたい物を手にするには、どうあってもバーサーカーは倒さなくてならない存在なのだ。
 それがたったのそれだけの魔力で事足りるなら願ってもないこと。しかし、もし失敗すれば少なくない損害でもある。
 二十倍とはまたふっかけてきたものだと、キャスターは顎の先に指を添えた。
 燻っていた火鉢が再び部屋を赤く灯し始め、赤屍は冷めたお茶を一口してから再び口を開く。
 そして、その言葉が意味するものを彼女は知っていた。


「――――聖杯の器」


「!?」


「それは、貴方にとって最も必要な物」


 どうして?
 その単語がキャスターの頭の中をグルグルと回っていた。
 どうしてその言葉を知っている? まだこの聖杯戦争は始まってもいないというのに、それを何故“お前も”知っているのだとキャスターは見開いた目で赤屍を見ていた。
 そして、そんな彼女を見て、赤屍は楽しそうに笑うのだった。 



「――――そうでしょう? マスター」 



 クスクスと、赤屍の笑い声が部屋に木霊する。
 応ずるように、壁にへばり付いている彼の影もおかしそうに笑っているように見えた。
 二日後の午前零時。
 彼は彼女の求める物を手に入れることを確約していた。



















 最初に動いたのは、アーチャーだった。
 空手のまま、アーチャーは血に飢えたジャッカルの集団へと突き進む。
 自殺志願者――そう思われても仕方がない光景だが、赤屍はここまでの戦いで、アーチャーの能力をある程度熟知しているつもりだった。
 アーチャーの能力は、強力な宝具による高速投擲。
 それも予備動作がほとんどないため、攻撃の発生予測が困難であり、アーチャーの視界に収まる空間内の全てから投擲が可能であると赤屍は見ていた。
 しかし、サーヴァントには多くても宝具は二つ三つほどしかないと赤屍はキャスターから耳にしていたが、目の前に迫り来る敵はその情報から大きく逸脱していた。
 赤屍の記憶では、彼が自分に繰り出してきた宝具の数は優に百に達している。そのような英雄が果たして今までに存在していたのだろうか。
 奇しくも赤屍の世界とこの世界の歴史構造は、ほとんどが一致している。
 例えば昼間に戦ったランサーのサーヴァント。赤い魔槍を操る彼の宝具の名は“ゲイボルグ”。
 ケルトの大英雄であり、光の御子と称される彼の真名はクーフーリン。無論、彼という英雄の存在は、赤屍の住む世界にもその歴史に名を刻みつけている。
 自身のマスターであるキャスターの真名――裏切りの魔女メディアも当然ながら向こうの世界に実在している。
 恐らくはバーサーカー、セイバー、まだ見ぬライダーもあの世界の歴史に名を残した英霊であり、彼らの宝具を看破できればその真名を当てる自信が赤屍にはあった。
 だが、ここまで散々に宝具を見せびらかしているアーチャーだけは、皆目検討も付かない。
 赤屍にとって、アーチャーはこの世界の常識を覆す存在のように見えていた。だから、彼は今まで出会ったサーヴァントの中では、彼を最も危険視していた。
 と同時に、彼に最も興味を抱いているのだった。



『――――赤い奔流ブラッディストリーム

 

 空気が、空間が断裂していく。
 十人の赤屍から繰り出されたメスの一斉掃射。スパイラル回転する刀身が通過した空気を巻き込み、渦巻く鋭利な奔流を発生させていた。
 貫通力の増した百数十のメスが、今度こそアーチャーの全身を食い破ろうと雄たけびを上げる。
 絶命を奏でる死の音色。
 しかし、アーチャーの目に恐怖など微塵もない。
 彼が歯を食い縛っているのは、死の恐れではなく、これから脳に叩き込まれる“激痛”に耐えるが為。
 彼がこれより投影する力は、ギリシャ史上最大の英霊の宝具。



「――――投影トレース開始オン


 
 左手を握り締める。
 未だ現れない架空の柄を、これでもかと強く握り締める。
 冷たく歪な岩の塊。辛うじて剣と見られるその重量は圧倒的。
 しかし、巨重なはずのソレを、アーチャーは軽々と左手で振りかぶってみせた。
 

 それは、バーサーカーの斧剣。


 未だここにいないはずの彼の宝具を、まだ戦ってもいないはずの彼の怪力すらも寸分違わずアーチャーは複製する。
 飛来するジャッカルの無数の爪をアーチャーは、荒々しい豪撃の一振りで全てを夜空の彼方へと弾き飛ばしてしまった。


「――――これは!?」


 アーチャーは視認する。
 本体までの道程にある赤屍の複製は九つ。それら全てを吹き飛ばすには、“ただの一撃程度では到底不可能な話”。
 ならば、それら全てを殲滅しうる暴力を振るうまで。
 

 撃鉄を落としていく。

 
 加速する魔力回路。高速で流れていく工程と比例するように、アーチャーの魔力量も急激な勢いで減少していく。
 しかし、それを感じることが何故か心地良かった。アーチャーは、己の担った役割を果たすことに全力を尽くす。己がマスター、そして今こうして肩を並べているセイバーを彼は心の底から信じているから。
 工程が、さらに加速していく。
 


「――――投影トレース装填オフ



 脳裏に描くは九つの極撃。
 体内に沈む二十七の魔術回路を総動員し、一切の余裕を与えることなく、一撃で蠢く偽りの影どもを絶殺する。
 襲いくる死の影。
 偽りのアサシンたちは、それぞれの手に持つ血の剣を振り上げ、アーチャーを惨殺せしめんと左右に展開。視界に映る全ての光景が、激痛に耐えるアーチャーの左目ははっきりと捉えていた。
 互いに、刃圏の間合い。
 夜を引き裂く九つの猛獣の一撃は、それを凌駕する神速の一撃によって打ち砕かれる。
  


全工程投影完了セット――――是、射殺す百頭開始ナインライブズブレイドワークス
 
 




――午後11時57分















 セイバーは見た。
 彼に迫り来る無数の影。どれもが一筋縄ではいかぬ強敵であり、それが繰り出してきた攻撃のどれもが致死。
 しかし、赤い外套の弓兵は、弓兵らしからぬ大剣によってその全てを完膚なきまでに葬り去った。
 道は、確かに開けた。
 腹から昇る咆哮は、もう喉元を過ぎて彼女の口から解き放たれていた。


「だああああああああああああっ!!」


 踏み込む。
 役目を果たしたアーチャーの背中を超えて。敵である彼の戦果を無言で称えて。そして、それに報いるべく、セイバーは動かぬ右手に激を飛ばして本体である赤屍へと突き進む。
 仕留めろ。
 ここが際の際。
 これを逃せば、もう二度と逆転の目はない。
 彼女の直感がそう告げている。だからこそ、この一撃には全てを込めて――――



「――――足りませんね」



 とてつもない衝撃が体を突き抜けていった。
 受けたのは、斬撃を叩き込むはずのセイバーの剣からではなく、彼女の左脇腹。赤く濁った鮮血の剣が、奇妙にもセイバーの脇腹を貫いていた。
 そして、セイバーの剣は、赤屍の首元に、あと数ミリのところで停止していた。
 届かなかった。


「――――あ」


 腰から崩れ落ちていく。
 受けた傷は致命傷。これ以上動くこと叶わず、駆けるどころか、このまま血溜まりを地面に広げて無様に転がるしかない。それがこの後のセイバーに残されたただ一つの結末。
 何と言う役立たず。せっかくアーチャーが切り開いてくれた道をムダにしてしまった。
 敵ではあるが、このような感情を持つことは間違いではない。
 

 申し訳ない。


 そんな気持ちに体が蝕まれて、急速に世界が縮んでいくのをセイバーは感じた。目の前に映る敵の姿もよく見えなくなっていく。一秒にも満たぬ間に、セイバーはどうしようもないほどに己を責め立てた。 
 もう終わりなのか。ここで私の戦いは終わるのか?
 それを受け入れられるか、否か。このまま無様に消えていくだけが、私の残された道なのかと。もうそれを受け入れるしかないのか?
 ああ、仕方がない。
 仕方がない。
 そうだ、こんな結末は――――


(――――ふざけるな……ッ!)


 動かないはずの体に鞭を入れる。
 神経がパキパキと割れていく感覚。そんなものどうということはない。
 これ以上の醜態をマスターの前で晒すことよりも。このまま、何の役目を果たせぬままに眠ってしまうよりも百倍はマシだった。
 終われない。このまま終われるわけがない。
 せめて、この男の首筋に剣を押し当てなければ、気が済まない!
 一歩だけでもいい。あと一歩だけでいいから、動いてくれ!!



「――――あああああああああああああああッ!!!!」
 


 それは、ただの前進だった。
 動かないはずの足。致命傷を受けたはずのセイバーの体が一歩だけ前へと進んだ。
 それで何が変わったのか。ただ単に赤屍は一歩後ろへと後退しただけであった。
 それだけだ。それで何かが変わるというのか。
 この一歩後退するという行為。それだけで、自分にどういったデメリットが起こるというのか。そんなものは、決してないはずだと赤屍は思っていた。
 そう、思っていたのだ。
 彼の真後ろに、“ソレ”が現れるまでは。






「■■■■■■■■■■■ーーー!!!!!!!」






 “ソレ”は既に剣を振り下ろしていた。


(なるほど)

 
 全身をズタズタに引き裂かれ、浅黒く変色した鋼の肉体。


(そういうことになりましたか……)


 数えるのも馬鹿らしいほどに、彼の体のありとあらゆる箇所に銀色のメスが突き刺さっていた。


(それはそれで、残念ですね……)


 太すぎる両腕で持つ物は、先ほどアーチャーが持っていた歪な斧剣。しかし、それこそが間違いのないただ一つのオリジナルであり、彼こそがその担い手である。


(こうなる前に終わらせる予定だったのですが、ね……)


 回避は不可能。
 彼のマスターであるイリヤは、今までの恐怖やら鬱憤やらを発散するように、その小さな体から精一杯の声を張り上げて、彼の名を呼んだ。






「――――殺っちゃえ!! バーサーカー!!!!」 






 その思いに応えるように、バーサーカーの全身の筋肉がさらに力強く脈動する。
 さらなる力の篭った全力全壊のバーサーカーの一撃は、問答無用で赤屍を叩き潰したのだった。






――午後11時58分








続く









◇あとがき◇

今度は一月で書けました。

前回よりも少ないですけど、褒めてくださ――――無理ですか、そうですか(´・ω・`)

さて、Act2も残すところあと一話。

次はさらに早く書けるようにしたいです。




[9374] ACT.2 刃を持つ死神⑨
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2010/11/09 23:56
赤屍さんと聖杯戦争









◆ACT.2 刃を持つ死神⑨◆









 大地を砕くバーサーカーの一撃は、衛宮邸の庭に小規模のクレーターを作り出した。
 空高く舞い上がった大量の土砂がバラバラと地面に散り積もっていく。圧倒的な破壊を為した当の怪物は、地面に刀身を叩き込んだまま静止していた。
 それは強敵を倒した余韻に浸っているようにすらも見え、同時にギリシャ最大の英雄として恥じぬ堂々たる漢の立ち姿でもあった。
 全身に無数に走る深い裂傷。消滅していてもおかしくないほどの深い傷。
 しかし、彼は立っている。
 その両の足で膝を屈することなく、その場に凶戦士は立ち続けている。


「す、すげえ……」


 士郎が思わず漏らしたその言葉に、異を唱える者などいるはずもない。
 それほどまでに凄まじい一撃だった。そして、さらに恐ろしいことに、彼はこれだけの破壊を“筋力のみで生み出してみせた”。
 もし、彼に理性があり、自身の宝具を自在に操っていればどうなっていたか、考えただけでもゾッとする。
 この場限りの共闘とはいえ、セイバーもアーチャーも凛も、バーサーカーのとてつもない強さをまざまざと見せ付けられる形となった。そして、直感した。聖杯を手にするには、間違いなくこの怪物を打倒しなければならないと。
 単純な物理攻撃力ならば、まさしく最強を誇るバーサーカーの渾身の一撃。
 あの一撃をまともに受けた赤屍は、恐らく原型すらも留めていないだろう。
 最高のタイミングに最高の一撃。いくら赤屍といえども回避は不可能だったようだ。そして、自身もその破壊に巻き込まれそうになったことに、今さらながら背筋が泡立つセイバーだった。
 そんな彼女はというと、そこから少し離れた所でアーチャーの腕に腰からガッチリと抱き抱えられていた。


「あ、ありがとう、ございます……」


「礼などいらん、ただの気まぐれだ。次は期待しない方がいい」


「わ、分かっています。そ、それより、は、はやく降ろしなさい……ッ」 


 ワタワタと彼の腕から離れようとするが、上手く力が入らない。赤屍から受けた傷は、さすがのセイバーでもすぐに回復するものではなかった。
 

「何を言っている。自分の足で歩けもしないくせに。ついでだ、アレ(マスター)の所まで運んでやる」


「け、結構です……ッ。自分で歩けますッ!」


 そう言って、セイバーは力を振り絞って、彼の腕から体を脱出させた。
 そして案の定、すぐにその場に膝を落としてしまう彼女を見てアーチャーは思わず溜息を漏らす。


「……まったく、お前は相変わらずだな……」(ボソッ)


(……え?)







――午後11時58分23秒








「アーチャー!」


「セイバー!」


 凛と士郎が彼らの身を案じ、二人の元に駆け寄ってくる。
 そして、イリヤはバーサーカーの元に駆け寄り、傷だらけの血塗れな彼の体に思いっきり抱きついた。服が顔が彼の血で塗れるが、そんなこと全然気にしなかった。それ以上に、イリヤは自分のサーヴァントが強敵を打ち倒したことを褒めちぎることに夢中になっている。


「すごい! すごいよ、バーサーカー! やっぱりバーサーカーはすごく強いんだね!」


「………………」


「私、信じてたよ。バーサーカーがあんなヤツにやられるわけないって。きっと、アイツをやっつけてくれるって、ずっとずっと信じてた!」


「………………」


「あ、キズは大丈夫? こんなにやられて……。帰って治療しないと……」


「………………」


 光のない瞳で、無言のままバーサーカーは足元で彼の腕に抱きついているイリヤを眺めている。
 彼は理性を持たない凶戦士。標的を圧殺するだけの猛獣であり、それ以外の感情は決して持ち得ない筈だった。
 だが、イリヤを見る彼のその目は、どこか優しく感じるのは気のせいではない。バーサーカーがイリヤに従っているのは、きっとサーヴァントとマスターだけの関係ではない。
 父と娘。その言葉が一番的確かつ事実であるかもしれない。
 そんなイリヤの陽気な笑い声とは対照的に、こちらはそんな空気には程遠かった。


「セイバー! 大丈夫なのか! セイバー!」


「……申し訳ありません、マスター。何とも無様な初陣となってしまって……」


「なにいってんだよ! とにかく生きててなによりだ。というか、そのマスターってのはどうにかならないか? あー、そうじゃなくて……お前には聞きたいこととか言ってやりたいことが山ほど――――」


「衛宮くん。それは後にしてちょうだい。それよりも――」


 士郎を押しのけて、凛はセイバーのおでこにおでこを押し付けた。


「あなたがセイバー?」


「は、はい」


 きょとんと目を丸くしたセイバーとジト目の凛。
 しかし、凛の胸中は様々な気持ちが入り乱れていることなど当のセイバーは知る由もない。
 

(すっごく可愛い……)


 そして、とても綺麗な女の子だった。
 女として羨ましくなるほどの綺麗な黄金の髪。新緑に光る大きな瞳はどこまでも真っ直ぐでいて、その目に思わずドキリとさせられる。
 自分よりも小柄な女の子。どう見ても美少女。こんな可愛い女の子がセイバーなわけがないッ!!
 いや、それはそれですごくイイのだが、何というか、長年欲していたセイバーのサーヴァントを、こんなへっぽこ野郎に取られたことに理不尽な怒りを感じてしまっている凛であった。
 互いの運のなさに腹の底から溜息が出る。


「はぁ~~あなたも私も運がなかったわね~……」


「?」


「凛、それはどういう意味かな?」


「別に~」 


 アホ毛を揺らして首を傾げるセイバー。凛にすっ飛ばされた士郎は相変わらずの蚊帳の外。勘の鋭いアーチャーは凛の一言に突っ込みを入れるが、彼女は惚けた表情でスルーするのだった。




 
――午後11時58分56秒





「さて、イリヤ。さっきの約束だけど……」


「ええ、分かっているわ、凛。サーヴァントの傷が完全に回復するまで、互いに危害を加えない。つまり休戦ってことでしょ?」


 バーサーカーの体に生々しく刻まれた傷は一向に治る気配を見せない。彼の反則染みた宝具である【ゴッドハンド】ですらも完全に赤屍の攻撃をキャンセルすることができなかった。
 その事実こそが、あの男の異常性をまざまざと証明し続けている。
 対するアーチャーはほとんど魔力が残っていない上、傷も深い。セイバーとて最後に受けた赤屍の一撃は思ったよりも重く、彼女の高い自動修復能力でもまだ完全に傷口が塞がりきっていない。実際のダメージは両者ともに相当なものになっている。
 互いにこのような有様では、例えこのまま戦ったところでどちらが勝ってもここにいない第三者が漁夫の利を得るだけになる。それだけは凛もイリヤも望むところではない。よって凛からイリヤに休戦を申し出ていたのだった。
 イリヤもそれを承諾していた。
 しかし、ここに一人それに異を唱える王様がいた。


「私はまだまだ戦えます。敵はここで倒すべきです」


 見えない刀身を持ち上げ、ぷるぷると震える膝を持ち上げながら、剣を構えるセイバー。
 その猪突猛進の騎士の雄雄しき姿に、流石の凛も溜息を吐かざるを得ない。


「衛宮君、あなたの可愛いサーヴァントが何か言っているわよ?」


「かわ――!?」


 その言葉にセイバーは大変ご立腹となったが、マスターである士郎は当然ながらセイバーの意志に首を横に振る。
 

「ダメだ、セイバー。戦うなら、まず俺に全部説明してからにしてくれ。……というか、立っているのがやっとじゃないか」


「そ、そんなことは……!」


「あら? セイバーともあろうサーヴァントがマスターの指示に従わないっていうんだ?」


「…………」


 凛の言葉に渋々と剣を降ろすセイバー。
 それを見てイリヤはバーサーカーの肩の上に飛び乗った。立ち上がるバーサーカー。自然とイリヤを見る全員の視線が一気に上へと上がった。
 そこが自分の席であると主張するようにイリヤはバーサーカーに微笑んだ。


「じゃあ、帰りましょう、バーサーカー。今日はもう疲れちゃったもんね」


「…………」


 その命令にバーサーカーは行動で肯定。凛たちにその大きな背中を向ける。


「凛、次に会った時は今日のお礼として、苦しまずに殺してあげるね」


 彼らに振り返り、そう告げるイリヤ。すでにその顔からはあどけない子供の表情は消えうせ、妖艶で冷酷な魔術師の笑みを浮かべていた。
 恐ろしいほどまでに赤いその瞳。しかし、凛は笑ってみせる。


「そう、期待しないで待っておくわ」


 不適な笑みを浮かべる彼女。凛に一切の不安はない。自信があるのは当然である。
 今回明らかになったアーチャーの実力。そして、偶然にもセイバーの実力もおおよそが知れた。
 二人ともまだまだ隠し持っている力はあるだろうが、この二人の力があればバーサーカーを打倒することも難しくはないかもしれない。つい先ほどまで向かい合っていた絶望に比べれば、まだこちらの方が遥かにマシなように思えてしまう。
 そして最後に「お兄ちゃん」と、イリヤは士郎に声をかけた。


「お兄ちゃんも待っててね。――――次は、必ず殺してあげるから」


「……イリヤ」


 イリヤは士郎を殺すためにいる。そのために彼女はここにいる。
 そのための十年だった。時間は雪のように積み重ねられる。降り積もった雪を踏みしめる快感に似たその瞬間をイリヤは心から待ち望んでいたのだから。
 イリヤは、そのためにここにいるから。
 
 時は流れていく。
 
 イリヤが積み重ねた十年。その間にあったことはもちろん一言では表せない壮絶な時間だった。
 一秒の中にあったこと。一分の中にあったこと。一時間の中にあったこと。一日の中にあったこと。一年の中にあったこと。
 その全てを積み重ねた時間の中で、イリヤはバーサーカーという最高の相棒を得た。
 最強のサーヴァント。たった一人取り残されたイリヤにとって、心から信頼できる唯一の存在が彼であった。
 イリヤはバーサーカーを信じ、バーサーカーはイリヤの為に剣を振るう。それはマスターとサーヴァントという関係だけでなく、それは、父と娘のような、淡いようで深い絆。
  

「――――――――――――」


「あ」


 雪が落ちてきた。白い宝石。天上からの贈り物。
 街灯に照らされた雪は白く、月に濡れた雪は影を含めて光輝いた。柔らかな羽毛のような雪が大地に降り落ちる。イリヤの目もまたキラキラと嬉しそうに輝いた。
 イリヤは寒いのが嫌いだった。けれど、彼女は雪が大好きだった。
 雪はイリヤにとって数少ない幸せの象徴。
 父であるあの人と共に雪の上を駆けた。一瞬で閃光のような幸福な時間。あの時の記憶は彼女の内に確かに眠っている。
 そして、雪の上で彼と手を繋いだ。互いに血だらけで、獣の死体の中心で彼らは互いに互いを認め合った。その純粋で綺麗な記憶があるから。だから彼らはこれからも互いに歩み続けると信じて疑わなかった。
 そう、信じて疑わなかった。




――午後11時59分36秒
 


 

 時刻はまもなく、午前0時。
 これで今日が終わると思っていた。これが今日という結果だと誰もが思っていた。
 しかし、所詮は全てが彼の手の平で踊っていただけかもしれない。どれだけ足掻こうが、絶望は彼らの希望を理不尽に奪い去る。
 過程をいくら歪めようが、彼は必ず彼の望む結果を手にする。それだけの力と意志が彼の強さであり、全てである。




「――――。」



 
 聞こえないはずの声がした。倒したはずの風が鳴いた。
 過程は終わりを迎え、それでは、次に結果を打ちたてようと彼は剣を握り締めた。
 タイムリミット三秒前。
 全てが予定調和。
 覆せない道理。
 絶望よりも先に訪れた感情はなんだったのか。アーチャーとセイバーがいち早くそれに気づいたが間に合わない。
 二人の築いた絆を、不死身の死神は強制的に断ち切る。




「――――クスッ」




 キャスターとの約束通り――――“赤屍は、バーサーカーの心臓を背後から剣で串刺しにした”






――午前0時00分00秒















「え?」


 イリヤは理解できなかった。それは心臓を貫かれたバーサーカー本人ですらも。
 消える。バーサーカーの体が淡く儚い白い光となっていく。バーサーカーの肉体だった光の粒子は、まるで雪のように空高く舞い上がり、そしてあっという間に消失した。
 静寂が場を包み込む。
 地面に落下したイリヤは何が起きたのか分からず、ただ目の前にいる赤屍を見上げることしかできなかった。


「――――12回」


 それは赤屍がバーサーカーを殺した回数だった。
 血に濡れた鮮血の剣の刀身。そこから離れていく白い光はバーサーカーの血液だった。


「……なるほど、ヘラクレスの十二の試練ですか。その偉業こそが彼の宝具だったとは、なかなか手を焼きましたよ」


 いつもと変わらぬ赤屍の声だけが不気味に場に木霊していく。
 アーチャーも凛もセイバーも士郎も声すら発せない。目の前で笑うこの男が、どうして生きているのか理解できないからだ。
 人形のように生気の抜けたイリヤの前に、赤屍は膝を着いて彼女の顎に手を添えた。


「さて、ご同行願えますでしょうか? ――――Little Lady?」


「………………………………や、」


 底なしの恐怖がイリヤを襲った。
 唇をワナワナと震わせ、目からは涙が零れ落ちる。髪を振り乱しながら、イリヤはあらん限りを尽くして拒絶した。
 

「いや、やだ、やだやだやだ…………ッ! いやああああああああああぁぁぁ!!」


 イリヤの絶叫が響き渡る。バーサーカーを突如として失った彼女は錯乱状態に陥っていた。
 

「――――イリヤぁッ!!」


 駆け出す。
 士郎はどうしてこの瞬間に、自分の足がこうして動いてしまったのか分からなかった。思考を裏切って体が勝手に動いたと言ってもいい。
 セイバーの静止を求む声が遠く聞こえる。分かっている。本当はこんなことをしても何も意味はないかもしれない。
 何もできやしない。
 相手は大地を砕いたバーサーカーの一撃を受けてもなお無傷。そんな相手にこの拳が通用するわけがない。
 ただ殺されて終わり。
 死んで終わり。
 無様に犬死に。
 結果は無残に。
 でも、それでも、衛宮士郎が止まるわけがない。


「いい加減にしろよ、てめえッ!!」


 自身の内から湧き上がった激情に身を委ね、士郎は振りかぶった拳を赤屍の顔面に叩き付け、
 ――――瞬間、腕が飛んだ。


「――――え?」


 その感覚があまりにも唐突過ぎて、肉体も脳もまだ理解できていなかった。
 腕の中に風の感触。そんなことを感じるはずがないのに、しかし、そうなった原因はすぐに知れた。
 右腕が宙を舞っている。肘の辺りからバッサリと切られ、孤を描きながら血飛沫を上げて気持ち悪い音を立てて。風を感じたのは、それは赤屍の鋭利な斬撃。
 顔に降りかかる自身の暖かい血の感触を感じながら、そして、その温もりを帳消しにするほどの無慈悲な氷の刀身が彼の腰の辺りを軽く薙ぎ払った。
 落ちていく。体の感覚は急速に失われて、士郎の見る世界が死んでいく。
 最後にどうやってそれに触れたのか分からなかった。左手が赤屍の頬に触れていたように見えた。それすらももう分からない。士郎の意識は死んでいっているから。
 潰れていく意識の中で、イリヤの叫び声が妙に脳に響いた。
 

「に、げ、ろ……いり、や……」

 
 泣き別れになった自身の下半身はあんなに遠く。空から血の雨が降ってくる。
 その中にイリヤの涙があったことなど気づくこともなく、士郎の意識は深い闇の底へと堕ちていき、
 
 


「――――――――――――――――え」





 彼は、全ての始まりを知ることになる。
 

   

 








続く












<あとがき>

ラスト一話とかいいながら終わらなかった……。すみません。

次は終わると思います、きっと。



[9374] 番外編
Name: オタオタ◆7253943b ID:f07d9861
Date: 2009/12/02 00:03
赤屍さんと聖杯戦争 番外編










※今回の話は本編とまったく関係ありません。ご了承ください。
 キャラクターのロリ化、ショタ化が頻発しているので、そちらもご注意下さい。





















――――赤屍蔵人は人気のない静かな通路を歩いていた。



彼の柔らかでしっかりとした足取りが、授業直前の廊下にコツコツと響いていた。
そんな彼の隣を歩くは隣のクラス――3-C担当の言峰綺礼。
二人は適当な雑談を交わしつつ、互いの受け持つ教室へと向かっていた。


「――であるからして、私は紅洲宴歳館・泰山特製の激辛麻婆豆腐が究極だと信じる。というのも、アレを超える物にまだ巡りあっていないのだからな」


「ほう、それほどですか……それは興味をそそられますね……」


「究極の辛味と至高の旨味。それがバランスよく調和されている。辛ければいいというものでもなし、旨ければよいというものでもない。それら二つが合わさり、あのマーボーは新たな境地に達している。一言で言ってしまえば――“カラウマ”というヤツだな」


職員室を出てからしばらくの間、彼らはずっとマーボーの話をしている。


「クスッ。それは一度食してみたいものですね。非常に食欲をそそられる……」


「そうか? では、今度の週末に私が連れて行ってやろう。――喜べ、赤屍蔵人。しかもそれは私のおごりだ」


「それは魅力的なお誘いですね。よろしいのですか?」


「構わん。給料日前で厳しい所はあるが、マーボー同士が増えれば私はそれで満足だ。遠慮する事などない」


「では、お言葉に甘えさせて貰いましょう。――それでは、また後で……」


「ああ、ではな」


爽やかで辛い約束を交わし、3-Cの教室の前で二人は別れた。
そのまま赤屍は隣のクラス、自分の受け持つ教室へと足を運ぶ。
時刻は九時一分前。目的地の教室に辿り着いた。
扉の上には【3-B】と書かれているプレートがある。それを見上げて教室から生徒達の声に耳を傾ける。
今日も彼らは元気一杯だ。それはとても良い事だと赤屍は思った。

だが、チャイムが鳴ると、その声はピタリと鳴り止む。それを確認して、彼はまた満足そうに笑みを浮かべる。
扉に手をかけ、そして入室。そのまま無言で教壇に彼は立つ。
そして――――クラス委員長の金髪アホ毛な少女が号令をかける。



「きり~つ! れ~!」



「「「赤屍先生、おはようございます!!!!」」」



元気な生徒達の挨拶が教室に響き渡る。
赤屍はニコッと爽やかに微笑んだ。



「はい、おはようございます。今日も皆さん元気ですね。先生は嬉しいです」



――――死神先生の授業が始まった。












~~もしも赤屍さんが小学校の先生だったら~~












毎日の日課である朝のホームルーム。
赤屍は出席簿片手に彼らの名前を読み上げていく。


「では出席を取りますよ、元気よく返事してくださいね? では――――アーチャー君」


「ああ……」


「おや、いきなり元気がないですね。風邪ですか? ……先生が診て差し上げましょうか?」


爽やか笑顔でメスを取り出しながら言う、漆黒の白衣を着た赤屍の言葉にアーチャーは先ほどの三倍でかい声を出した。
それに満足した赤屍はメスを体内に納める。


「では、次に―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンさん」


「はいは~い!」


「クスッ。今日も元気ですね、イリヤさん」


「うん! 私はいっつも元気よ! ね、バーサーカー!」


無言で頷く学校一の巨体。
みっちりと軋む机と椅子。今にも弾けそうだと悲鳴を上げている。


「次に――――衛宮士郎君」


「はい!」


「キャスターさん。……おや? キャスターさん、いませんか?」


「……葛木先生……」


彼女はうっとりとした表情で葛木宗一郎の写真を眺めていた。


「キャスターさん、いるなら返事をしてください――ね?」≪ヒュ≫


飛んできたメスが机に置いていた彼女の指の隙間に次々と突き刺さる。
それでようやくキャスターは我に返った。


「わ、わかりました、わかりましたわ!」


キャスターは厚さ十センチはあるアルバムを机に仕舞う。
ちなみにそれに納められている数百枚の写真全て葛木宗一郎が映った写真のみである。ちなみに八割盗撮である。
『彼女の未来が心配だ』――――とある剣豪がそんな事を口にしていたのを赤屍は思い出した。
ひとまずその問題は置いて、先ほどから今か今かと待ちわびている彼女の名を読み上げる。



「セイバーさん」



「はい!!!」



教室に突風が吹き荒れた。
廊下側の窓ガラスが一枚見事に割れた。


「今日もイイ返事ですね、セイバーさん」


「はい。元気よくと言われたので――――全力を尽くしました」


「いい心構えですね。皆さんも見習ってください」


皆が表面は肯定し、腹の中では否定していたのは言うまでもない。
セイバーは満足した笑みとアホ毛を回転させながら、そのまま箒とチリトリを持ち、廊下に飛び散ったガラスの破片を回収してから席に着いた。
出欠確認は続く。


「遠坂凛さん」


「はい」


「間桐桜さん」


「は、はい!」


「間桐慎二くん」


「ふふん、ここにいるよ」


「ライダーさん」


いなかった。


「ランサーくん」


これもいなかった。
そして、最後に――――「バーサーカーくん」彼の名を呼んだ。




「■■■■■■■■■■■ーーー!!」




またも部屋の窓ガラスが割れる。今度は三枚だ。
セイバーが疾風のように箒とチリトリで片していく。士郎も手伝った。


「もう、ダメじゃないバーサーカー」


しかし、死神先生はかなりご満悦だった。
元気がよければそれでいい。彼の教育方針はそんな感じだった。


「くっくっく、まあ、元気がいいのは良い事です。……では、これで出欠確認を終わりに――――」



――――その時、教室の窓ガラスを突き破って侵入する影二つ。



一つはスポーツバイクに跨ったライダー。
彼女は鮮やかな放物線を空中で描き、着地と同時に間桐慎二の顔面を巻き込みながらスピンターンを決めて停止した。
そしてもう一人はランサー。
彼はアーチャー目掛け、プロレスラーばりのドロップキックで入場する。しかし、余裕で回避されてしまい、そのまま背中を強打した。


「くっくっく……これはこれは、相変わらずですね、二人とも……」


遅刻常習犯二人組み。いつも彼らは毎朝正門でバッタリと会い、そしていつもどちらが教室に先に着くか競争している。
戦績は三十二対三十二と拮抗していた。血みどろのついた愛車(ビアンキ)を拭きながら、ライダーはライバルに敬意を抱いていた。


「また同着、ですか。……やりますね」


「オマエもな。まあ、今日もなかなか白熱したな。ついでに間に合ったようだし」


壇上に立つ担任にチラリと目配せ。
その視線に赤屍はニコリと微笑んで事実を容赦なく突きつけた。



「――いえ、アウトですよ、お二人さん♪」



その後、二人は学校一怖い先生に遅刻した罰をこってり与えられましたとさ。
ちなみに間桐慎二は、保健係のイリヤがバーサーカーに命令して保健室に搬送させた。





















その後は特に変わりなく平穏な授業が続く。
遅刻した二人がしばらく教室の壁に磔にされたままだったが、それ以外は特に問題ない授業風景であった。
そして、ついに給食の時間が訪れる……ッ。


「いくわよ、アーチャー!!」


「承知した。凛、今日の献立は?」


「カレーライス、サラダ、牛乳に、先着五クラス限定のスペシャルメニューのプリンッ!」


その単語だけでクラスが唸り声を上げた。
小学生にとって、プリンとはまさに究極のデザートといえる。


「バーサーカー、頑張ってね! 他の組のヤツラなんか蹴散らして、今日のスペシャルメニューをゲットしてくるのよ!」


「■■■■■■■■■■■ーーー!!」


今日の給食係である凛とアーチャーとバーサーカーがチャイムと同時に教室を飛び出した。
三人の勇ましい出陣を見送り、教室に残ったそれぞれは昼食の準備に取り掛かる。


「シロウ、今日も一緒に昼食を摂りましょう」


「ああ、いいぜセイバー。桜もどうだ?」


「はい、ありがとうございます。ライダーも一緒に食べよう」 


「はい、ではお言葉に甘えさせてもらいます、桜」


「あ~! 私もわたしもぉ! 私もシロウと食べるんだから!!」


「あ~、わかった、わかったよイリヤ」


「クスッ、本当に仲がよろしいですね、皆さんは」


赤屍はそんな様子を生暖かい目で見守った。
和気藹々組は今日も平和な様相だった。
そして、その一団から少し離れた所では、小さな魔女キャスターが二つの弁当を机の上において何やらブツブツと独り言を呟いている。


「……く、葛木先生! わ、私と、お、お食事でもご一緒しませんこと? ……あ、あの、実は、あのあのお弁当作ってきたので、その……だから……あ~! もう! ダメですわ! こんなんじゃ全然ダメですわ!!」


「うるせーなぁ……さっきからブツブツなに言ってんだ……?」


隣の机にうつ伏して寝ていたランサーが顔を上げる。


「うるさいわよ駄犬。貴方には関係ないでしょう。犬らしく校庭でも走り回ってなさいな」


「噛み付くねぇ……。大方その弁当をあの根暗に渡す練習ってところか?」


「――訂正なさい。今の発言は万死に値しますよ?」


彼女の頭上に巨大な魔方陣が現出する。


「おお、怖いねえ。ま、せいぜい頑張りな」


ランサーは片手を振ってそのまま机にうつぶせで再び眠り始めた。


「ふん、まったくもって失礼ですわね、この男は……」


キャスターは弁当を持ち、廊下へと駆け出した。
目指すは彼の待つ職員室。キャスターは全力で彼に惚れていた。



「葛木先生……ッ! 待っていてくださいませ!!」



それと入れ替わりで、給食係の三人が戦場から帰還を果たす。
彼らが持ち帰った量を見るに、収穫は上々だった。


「今日のスペシャルメニューのプリン…………見事にゲットしてきたわよ!!」


凛は高々とプリンが入った箱を頭上に抱え上げた。
クラスの皆から盛大な拍手が巻き起こる。テンションは鰻上りだった。
しかし、その中で唯一アーチャーだけは少し苦い顔であった。


「目的は確かに達成できた。……だが、C組連中の邪魔がなければもう一箱手に入れていたのだがな……」


「仕方ないわ。まさかあそこで金ぴかが出張ってくるなんて思わなかったもの。むしろ、一つ手に入っただけでも上々すぎるぐらいだわ」


他の分は全てC組に奪われた模様。流石はライバルの3-Cと言った所である。


「あれ? バーサーカーは?」


「ああ、そのことだがな……」


初っ端、バーサーカーは天の鎖でがんじがらめで動きを封じられてしまい、その圧倒的な力を完全にを奪われてしまった。
しかし、屈強なる壁として、彼ら二人を無事に逃がすという大役は見事に果たしてみせたのだ。
その他にも、アーチャーが固有結界を発動するなどして、C組委員長の圧倒的な蹂躙から難を逃れたのだ。
死闘に次ぐ死闘。彼らは英霊となったバーサーカーを偲んで黙祷を捧げた。
見事に任務を達成した彼らに赤屍がニコリと微笑む。


「よく頑張りましたね。お疲れ様です。では、食事にしましょうか」


壇上前に並べられる机の上に置かれる今日の献立たち。
右から順に、ご飯、サラダ、カレーライス、牛乳、そしてプリンと並ぶ。


「お、ようやくメシが届きやがったか」


ランサーがカレーの匂いをかぎ分けて目を覚ます。
そして皆がトレイと食器を携え、あっというまに列が形成されていく。
そんな彼らの先陣を切るは、もちろん我らがセイバーである。


「この戦、負けるわけにはいきません」


食には全力で望む。それが彼女の姿勢であり、生き方でもある。
その後ろにランサー、イリヤ、桜、士郎、赤屍が並ぶ。


「先生も先にどうぞ。俺は最後でいいですよ」


「いえいえ、そのような気遣い無用ですよ、士郎君。……というか、私が食に対して卑しいと――――そう君は仰るのですか?」


「……ごめんなさい先生、全然そんなこと思ってないです。だからそんな真っ赤な剣を喉に突きつけないで下さい」


「ふふ、冗談ですよ。君はからかいがいがありますから、つい、ね」


そんな濃い殺気を放ちながら、人をからかわないで欲しいと士郎は全力で思った。
赤屍の方は彼の持ち味である自己犠牲っぷりを見せられ、相変わらずこの子は面白いとか思ってたりした。
そして、その間に配膳は次々と進んでいく。


「――大盛でお願いします、凛」


ちなみにご飯担当は凛。サラダ担当はアーチャー。
本命のカレーは未だ帰ってこないバーサーカーの代わりにライダーが配膳担当となった。


「はいはい、言わなくても分かってるわよ。……んしょ、よっ………………こんなものかしら?」


こんもりと皿から溢れそうなくらいに盛られる白いご飯。
それを見て腹ペコ王は大変満足そうに次なる領地へと足を踏み出した。


「セイバー、こっちも大盛りでいいのか?」


「はい、感謝します。アーチャー」


「ふ、気にするな。(君に食べ物関係で恨まれては堪らんからな……)」


綺麗に盛られたシーザーサラダがアーチャーから支給される。見栄えも量も完璧だった。
そして遂にメインディッシュのカレーへと辿り着く。
鍋から沸き立つスパイスの匂いに、セイバーはごくりと喉を鳴らした。
そんなセイバーを、三角巾にエプロン姿、カレーの熱気で曇り気味の眼鏡越しにライダーが見る。


「セイバー……貴方はもう少し自重という言葉を覚えておいた方が良いですね」


三角巾を着けた頭を抱えて、ライダーは深い溜息を吐く。
盛られたご飯の量を見て、彼女は至極マジメな意見を述べた。


「……どういうことでしょう? 私は何かおかしい事をしてしまっているのでしょうか?」


「いえ、自覚がないならもういいです」


「?」


その言葉にどこか引っ掛かりを感じるセイバー。
しかし後方が順番待ちをしているので、それ以上は追求せずにセイバーは大盛りのカレーを持ってホクホク顔で席に戻った。
そして最後の一人がようやくカレーに辿り着いた。


「ふふん、僕はルー多めで頼むよ、ライダー」


いつの間にか保健室から復活した慎二。
その原因となった張本人前にしていつもと変わらぬ態度。どうやら直前の記憶が飛んでいる様子だった。
前髪をかきあげながらルー多めを所望する。そんなナルシスト的な行動など目に毒と、ライダーは眼鏡全体をわざと曇らせた。
内心とは裏腹に、ライダーは快くその要望を引き受けた。
そっと皿を受け取り、お玉でルーを掬い上げ――――二、三滴だけかけてあげた。


「え、あの……らい、だー?」


「すみません、もうルーが切れてしまいました」


そう言いながら、ライダーは鍋の中にあるカレーのルーをお玉で掻き混ぜる。


「いや、普通にあるだろ! 鍋の中に! 並々と残ってるじゃないか!!」


「それは幻覚ですよ。――――そうですよね?」



――――魔眼発動。



「ああ……そうみたいだね……ごめんよ、ライダー……」


「分かればよいのです」


そのまま慎二は何事もなかったかのように席へと戻った。
そしてセイバーの「いただきます」の声で、皆が待ちに待った昼食が開始された。
ほのぼのとしたお昼の光景を眺めつつ、生徒達の健やかなる成長を願う赤屍は、カレーをスプーンで掬い上げて一言。



「イジメはありません」



そのまま美味しくカレーを頂戴した。
しばらくしてバーサーカーが死地から舞い戻ってきた。
だが、セイバーがおかわりしまくったので、彼の分はとっくになくなっていた。





















午後からの授業はいつもと少し違った内容となった。
というのも、来月頭にある社会科見学について色々と決めなくてならないからだ。
赤屍は一枚のプリントを取り出した。


「まず、その社会科見学の場所ですが………………先日の職員会議でようやく決定しました」


生徒達がオオッと声を上げる。
赤屍はその反応を見て嬉々とした表情で行き先を告げた。


「場所は冬木市。午前中はバスで市内をぐるりと回り、言峰教会の裏にある墓地が終点となり、そこで昼食を摂る事となります。午後からの予定は――――秘密です」


生徒達のテンションが大きく下がった。


「モロに地元なんですけど……」


士郎が右隣のツインテールに同意を求める。


「自分の家の近くを見学って……ねぇ?」


「ね、ねえさん……ッ」


妹が慌てて注意を促すが、彼女と士郎の声は筒抜けだった。


「おや? お二人とも、何かご不満でも?」


「いや、不満というか……」


士郎は理由をもったいつけるが、ツインテールはズバッと本音を告げた。


「不満です」


「遠坂さん、それは何故でしょうか?」


「――地元だからです」


正論だった。
だが、死神先生はクスリと笑う。


「だから気が向かないと、そういうことですか?」


「はい。どうせならロンドンの時計塔とか行ってみたかったです」


旅費という問題を丸投げして、黒ニーソは無茶な事を言い始める。
それを聞いてアーチャーが大きな溜息を吐き、イリヤはバーサーカーの腕に止まった蚊を手で叩き潰し、ライダーは眼鏡をゴシゴシと拭いていた。


「しかし、自分の町を深く知っておくというのも重要な事と私は思いますよ? 特に貴方は将来冬木の管理者になるのでしょう?」


「それは、そうですけど……」


凛は納得はできてないが、無理矢理納得するしかなかった。
これ以上食い下がっては遠坂の教えに反する事でもあるし、何より相手が相手である。
目付け役のアーチャーはそれを見てホッとしていた。


「では次に、班決めをしたいと思います。仲の良い人同士で組むのも良いのですが――――」


すると、赤屍は一つの赤い箱を取り出した。
上面部に腕がすっぽり入る穴が開いており、真ん中に“くじびき”と書かれていた。



「くじ引きで決めちゃいましょう」



そして、その結果――――



A組・衛宮士郎×アーチャー×イリヤ


B組・セイバー×バーサーカー


C組・ライダー×間桐桜


D組・ランサー×遠坂凛×キャスター


E組・ワカメ



以上の組み合わせとなった。


「おかしいだろ?」


間桐慎二だけ何故か異議を申し立てた。


「なにがですか? 間桐慎二君」


「いや、先生気がついてくれよ。僕だけ見事に一人だろ? 見事にハミってるでしょ? それとワカメってなに?」


「クスッ」


「いや、クスッじゃなくて。これはどう見ても班として成り立ってないだろう!?」


ワカメが頭のワカメを掻き毟った。
これ以上は絵的にキツイので、赤屍は腕を組んでどうしようかと思案する。


「……ふむ、それは確かにそうですね。では、他の班に貴方を組み込むしかありませんね」


赤屍は壇上に立ち、皆をぐるりと見渡した。


「では、彼を入れてもよいという班は手を上げてください」


「ふふん、畏まる事はないさ。遠慮せずに手を上げてくれ給え」



≪し~ん……≫



「ARE?」


当然のように誰も手を上げなかった。


「ふむ……では、しょうがありません、ね」


「え?」


赤屍はポンとワカメの肩に手をおく。




「――先生と組みましょうか」




――――ここに赤屍×ワカメ組が誕生した。





















一日が終わり、世界が夕暮れに包まれていく。
白地で塗り上げられた校舎の中、赤屍は戸締りのチェック兼、生徒が居残ってないかを確認するべく一つの一つの教室を見て回った。
グラウンドで駆け回る天真爛漫な吸血鬼の生徒。それを追いかけるメガネをかけた生徒の声がここまで届いていた。
そして、赤屍は自身の受け持つ教室の前に辿り着き――――


「………ぅう、うう……」


教室の中から泣き声が聞こえてきた。
赤屍はそっと扉を開けると、中には一人の女の子がいた。
机の上に未開封の弁当箱二つ置いて、彼女は顔に手を当てて泣いていた。
赤屍は彼女の名を呼ぶ。


「どうかしましたか? キャスターさん」


彼の声にビクッと体を強張らせ、驚いた顔で彼を見上げた。
泣いていたのを見られて恥ずかしいのか、少女は頬を赤らめて必死で涙を拭い去った。


「な、なんでもありません!」


「なんでもなくはないでしょう。意味もなく涙する人なんていません。……特に、貴方のような可愛らしい乙女レディなら特に、ね」


「か、からかわないでくださいな!!」


プイっとそっぽを向いてしまうキャスター。
しかし、彼女の耳が忙しくピクピク動いているのを見るに、どうやら照れているようだった。
赤屍は彼女の向かいの席に腰を落ち着けた。


「それで……いったいどうされたのですか? 貴方は昼休みからずっと姿を見ていませんでしたが……?」


「それは、その……」


「――まあ、予想は大方ついていますからご安心を。葛木教諭の所ですか?」


「……分かっているなら、聞かないでもらいたいですわね」


「これは失礼。しかし、これを見る限り、どうやらあまり結果は芳しくなかったようですね」


残された弁当二つ。キャスターが夕べから入念に下ごしらえをして、尚且つ早起きして作った物だった。


「……そう、ですね……そうなのですよね。私、わたし、どうしたらいいのか……」


「よければお聞かせください。誰かに話すと楽になるものですよ?」


彼女は無言で頷き、語り始めた。


「……昼休み、私は葛木先生を探しにいきました。ですが、学校のどこを探しても彼の姿を見つけられなかったのです」


「……そういえば今日彼は隣町の学校に特別講師として出向いていましたね」


「ええ、そうなのです。ですので私――――わざわざ隣町の学校まで走っていったのです」


「それは、とても行動的ですね」


「当然です。例え彼が妖精卿に赴こうと、私は死に物狂いで追いかけます」


「次元の壁すら超越しますか」


赤屍はその心意気に感心した。


「それで? 彼には会えたのですか?」


「……結果から言うと会っていません。見つける事はできましたが……」


「何故会わなかったのですか?」


キャスターはそこで一度顔を下に落とした。
そして、搾り出すような声で彼の問いに答えた。


「彼が……お、女の人と、た、楽しそうに喋っていたからです……ッ」


「……彼が? 楽しそうに?」


ありえないと赤屍は思った。
あの寡黙極まる武人。精密機械のように感情のない彼が、女性と談笑?
赤屍には想像もできなかった。


「そして、貴方はそのまま帰ってきてしまった、と?」


コクリと小さく頷いた。


「……それは貴方の勘違いかもしれませんよ? どういった感じだったのですか?」


「葛木先生が笑っていました。あんな……楽しそうな声、私は聞いた事もありません!!」


(笑う? 彼が?)


赤屍はまたもや想像してみた、が――――できようはずもなかった。
すると、キャスターは肩を震わせてまた泣き始めた。


「せっ、かく……がんばって……つくった、のに……」


「………………」


「たのしく……ひく、くずきせんせいと、おしょくじ、できると……おもったのに……くうぅ………ッ」


小さな魔女は心に深いダメージを負っていた。
ここで紳士的な主人公なら優しく抱擁の一つでもするかもしれない。


――――だが、彼は赤屍蔵人である。


事情を大体把握した赤屍は、そのまま席を立つ。そして、そのまま背中越しに彼女に助言を言い残す。


「葛木教諭なら、今職員室におられますよ?」


「!!」


「まずは彼本人に話を聞いてみるとよいでしょう。……しかし、もし事実であれば……」


赤屍の顔に冷酷な笑みが宿る。



「――殺してでも奪い取る」



「!!」



「そんな選択肢も、あるにはありますね」



生徒に最高の助言を与えつつ、ついでに早く帰宅するようにと、教師らしい言葉を残して赤屍は教室を出た。
その後すぐに、キャスターは教室を飛び出した。




















赤屍は見回りを終えて職員室に戻った。
そして、中から先ほどまで耳にしていた一人の女の子の声を聞きつける。
彼はまたソッと扉を開けて中の様子を伺う。そして、その光景を見て赤屍は静かに笑みを零した。


「ど、どうでしょうか? く、葛木先生……おいしい、ですか……?」


「……少し塩が多いな。塩分の摂りすぎは人体に悪影響を及ぼす」


「も、申し訳ありません……」


縮こまる小さな魔女。小動物のようにチビチビと彼の席の隣で食べるその姿はどこか愛らしい。
しかし、彼の答えに少し泣きそうになっていた。


「だが――」


「?」


「――感謝するぞ、キャスター。今日は昼食を摂る時間すらなかったからな」


「………ぁ」


「それになかなかに美味だと私は思う」


「は、はい! ありがとうございます!」


そして、二人は弁当を平らげた。
葛木宗一郎は少し温くなった茶を飲み、彼女に一言。


「用件は以上か?」


役目を終えた機械は、対象に確認を取る。


「は、はいッ」


「ではもう帰るといい。既に下校時刻は過ぎている」


「は、はい。申し訳ありません!」


「うむ」


空いた弁当箱を彼女に返す。
そのとき、少しだけ手が触れた事で、キャスターの顔は耳まで真っ赤になった。


「どうした? 風邪か?」


「い、いえ、なんでもありません!」


彼女の胸はバクバクと爆音を立てていた。そして、同時に得たいの知れない勇気が沸いてきていた。
彼女はそこでようやく、一日中ずっと抱いていた疑問を投げかける。


「あ、あの……ッ」


「ん?」


「く、葛木先生は、お付き合いしている御方とか、いらっしゃるの、ですか……?」


葛木は眼鏡を机に置き、光が欠落した空虚な瞳で彼女を見る。


「それはつまり、男と女の仲という事か?」


「は、はい」


「何故いきなりそんなことを聞いてくる? それがお前にどんな利益を与えるというのだ?」


「そ、それは……」


そこまでは流石に言えない。
彼女は俯き、どう答えればよいのか分からなくなった。


「答え辛いか?」


「…………申し訳ありません」


「では、理由は聞かん。そして、その問いの答えだが――――」


「……ッ……」


キャスターは思わず胸を押える。破裂しそうな程に高まった動悸で、上手く呼吸が出来ないほどだった。
倒れそうだった。だが、彼女は砕けそうな意識に檄を飛ばし、覚悟を決めた。
もし、彼にそのような人がいるとしたら、私はもう躊躇わないと――――担任から貰い受けた助言を実行しようと心に誓った。
それが正しいと、ジワジワと歪な闇が心を焦がしていく。そして、遠くなっていた耳にもハッキリ聞こえるくらい、葛木宗一郎は淡々と答えた。


「いない」


二人しかいない広やかな職員室。
まるで時が止まったかのような静けさが発生した。


「………………………………え?」


「そんなものはいないと言ったのだ」


「そ、それでは………………今日のアレは……」


「――今日のアレ?」


「あッ! い、いえ、その、あの……ッ」


「なんだ、今日のアレとは。……話してみるがいい。それが先ほどの問いが発生した原因なのだろう?」


「い、いえ、その、大した事ではありません! 別に葛木先生が女性の方と楽しく談笑しているのを見かけたからというわけでは――――って、あッ!」


テンパって全部喋ってしまった。
葛木は腕を組み、椅子から少し体を前に乗り出した。


「何故お前があの時刻にあの場所にいたのか、それは気になる所ではある」


「うぅ……」


「だが、それはひとまず置いておこう。単刀直入に言うぞ。――あの方は、私の何でもない。ただの知り合いだ」


「ほ、本当ですか……ッ?」


「本当だ。彼女は隣町の学校の教師をしている。私と彼女は男女関係を結んではいない」


「で、ですが……」


では何故あのように楽しく語り合っていたのか?
何故これだけ感情の起伏の乏しすぎる人を笑わせる事ができるのか?
ただの教師仲間という言葉だけでは説明がつかない。


「あ、あんなに楽しそうに笑っておられる葛木先生は初めてみたので、その……」


「笑う……? 確かに笑ってはいたが、アレは楽しくて笑っていたのではない、というか、アレは笑ってなどいない」


「え?」


「私は彼女に言われたのだ。『貴方はもう少し笑ってみてはどうか』とな」


すると、葛木はジッと顔に力を込めた。


「どうだ?」


「え?」


「笑っているか?」


どうやら笑っているつもりらしい。
だが、顔は一ミリだりとも変化がなかった。


「い、いえ……その……」


「やはりダメか」


少し彼は肩を落としているように見えた。


「恐らくお前が見たのは私がその練習をさせられている時だろう」


「では、あの笑い声も……」


「ああ、彼女曰く、笑い声を上げれば上手くいくのではと言われてな。やってはみたのだが、な」


「ダメ、だったのですか?」


「ああ、彼女的には不合格らしい」


それは当然だ。
石に笑えと言って笑えるわけなどない。
だが――――


「だが、希望がないことはないらしい」


「え?」


「お前は、私が楽しそうに笑っていると思ったのだろう? では――――もしかしたら私は笑えていたのかもしれない」


「…………ぁ」


葛木の大きな手が、キャスターの頭を優しく撫でる。
彼女はポ~ッとした顔で彼を見上げた。


「礼を言うぞ、キャスター」


「は、はい」


赤くなった耳がピクピクと動く。
心地良さそうに顔を和らげ、キャスターはしばしその感触を楽しんでいた。





















「よかったですね。キャスターさん」


彼はそのまま踵を返し、校舎を出た。
赤屍は思う。闇の救いと光の救い。彼女はどちらかというと、こちら側に近い存在だと彼は思った。
闇の根源。それに到達した赤屍に当然ながら光の救いなどある筈がない。
だが、彼女はどうやら自分と違い、まだ向こう側に行く事ができるようだ。



――――それならそれでいい。



赤屍個人としては何とも思えない結果であったが、教師としては喜ばしい結果だった。
歪な過程は正され、ただ純粋に――――少女の願いは叶えられた。
それもまた一つの結果。規定された運命だったのだろう。
段々と闇に侵食され始めた空を見上げ、彼は帰路へと足を向けた。
その途中で懐かしき二人組みと出会い、壮絶なバトルを繰り広げたらしいが、それはまた別の話である。



――――世界は回り続ける。様々な“過程”と“結果”を乗せて…………。





















◇あとがき◇

桜がなんで同じ学年なの? って思った方はスルーしていただければ幸いです。

とまあ、そんなことは置いといて、正直やっちゃった感が頭を蔓延しております……。

思いつきで書き始めて、丸々一ヶ月掛かってしまうという悪循環。

とりあえず10万PV近かったので、少し早いですが10万記念という事で投稿しました。

赤屍さんを小学校の先生にしてみたらと、何故そんな事を思ったのだろうか……?

決してロリセイバーとか、ロリキャス子とか書いてみたいとか、そんな事思ってなかったはずなんですがね。

一体何が原因だったのだろうかと……。まあ、いいか。

番外編は続くかどうかは未定です。気が向いたらまた書くかもしれません。

というか、そんなことより本編進めろって話ですよね。頑張ります。

年内に次話を投稿したいなと思ってます。




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