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菅首相、貿易自由化に向けて発進

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 【東京】菅直人首相は、国際会議のホストという自らに訪れた初の大きなチャンスを利用して、アジア地域での日本のリーダーシップの拡大のみならず、日本経済の海外への開放と、日本の貿易自由化への取り組みを長きにわたって阻んできた農業保護の撤廃という難しい決断に踏み切ろうとしている。

イメージ Getty Images

菅直人首相

 だが、多国籍企業からは意欲的な貿易自由化協定の締結を迫られる一方で、農業ロビイストや党内からは根強い反発を受けている。

 13日から2日間にわたって横浜市で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を前に、6日に行ったインタビューで菅首相は、「この地域の成長を維持していく、そして格差をできるだけ少なくしていく、またそれに向けての自由貿易の促進、こういうことがAPECの議長としての仕事だと思っている。それと関連して日本の総理としては、この日本の農業の再生と貿易の自由化ということを両立させて進めることが重要だと考えている」と述べた。

 APECは米国とカナダを含む環太平洋地域の21カ国で構成されている。

 農業改革推進の公約は、菅首相にとって著しい政治的リスクを伴う。日本の農業セクターは、他国同様、手厚い保護を受けている上、多大な政治的影響力を有している。そのため、歴代首相は、海外や国内財界首脳からの激しいプレッシャーにもかかわらず、改革にはあえて手をつけようとしてこなかった。

 政府が新たに掲げる貿易政策のなかで特に物議を醸しているのが、原則10年以内に加盟国間の関税全廃を目指す、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加だ。中国との競争激化に加え、積極的な貿易自由化政策による韓国の台頭を目の当たりにし、日本の製造産業は政府から協定加盟の約束を取りつけようと必死だ。

 菅首相が貿易自由化を推進するのは、ある意味納得がいく。農業改革は、地方農村部に強力な支持基盤を有する自民党によって長年阻止されてきた。地方は人口に不釣り合いな選挙区割りゆえに、政治的に大きな影響力を与えられている。だが、民主党は昨年、都市部の強力な支持をバックに政権交代を果たしている。菅首相自身も、地方出身者が圧倒的に多かった歴代首相と異なり、東京都出身だ。

 農業セクターの衰退について、菅首相はインタビューで「現在農業に従事している人の平均年齢は65.8歳、このままでは貿易の自由化と、関係があっても無くても、これだけの高齢化が進んでいくと農業は維持できない。もっと若い人たちが農業に参加できるように、農業の大改革が必要だ」と、率直に述べている。

 だが、菅首相は党内においてさえも合意を形成できずにいる。6日夜に発表したTPPの交渉参加に向けた基本方針が、あいまいな内容にとどまったのもそのためだ。農業を含むあらゆるセクターの自由化検討を開始し、協定締結に向けて他国と協議を進めるとしたものの、正式な交渉開始時期については明記されなかった。

 TPPが日本経済にどのように影響するかについては、政府内でも見解が分かれている。内閣府は、TPPへの参加によって日本の国内総生産(GDP)は、年間最大3.2兆円押し上げられるとしているのに対し、農林水産省は、国内の農業生産高の急減によって、むしろ減少するとしている。

 地方有権者からの支持喪失を警戒する与党議員約110名は10月、「TPPに関する緊急勉強会」を開催し、TPP参加の決断を早まるべきではないとの意向を表明した。その中心となったのは、鳩山由起夫前首相や、鳩山政権下で郵政民営化見直しを推進した前金融・郵政改革担当相の国民新党の亀井静香代表だ。

 農水省の篠原孝副大臣はインタビューで「FTA(自由貿易協定)とかEPAとかの前に日本の農業、地方はがたがただ。すでに存亡の危機に面しているところに、このTPPは追い討ちをかけることになる」と述べた。

 高齢化が急速に進む農村部の多くは小規模なコメ農家だ。現在8倍近い輸入米の関税の撤廃に日本が同意すれば、最も影響を受けるのは彼らだ。民主党政権は今年、日本がTPPに加盟した場合の関税全廃による収入減の穴埋めを狙いとして、戸別所得補償制度により農家に対する補助金支給を開始している。

 TPP加盟反対派は、より大胆な関税放棄や市場自由化が要求されるTPPにいきなり加盟するよりも、中国や韓国、欧州連合(EU)などとの二国間協定締結に向けた取り組みに集中すべきだと主張する。

 現在TPPに加盟しているのはシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4カ国で、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの5カ国が加盟交渉中だ。正式加盟に向けた交渉に参加するには、それら各9カ国と、通信、労働基準、知的財産権など広範な分野の関税や非関税障壁の撤廃について、合意を得る必要がある。日本以外に、カナダやフィリピンも最近加盟への関心を表明している。

 米国は、オバマ大統領が5年で輸出倍増計画を発表して以来、TPP参加へ向けた取り組みを加速している。専門家の一部は、先の中間選挙での共和党の躍進により、米民主党の支持基盤である労組の影響力が弱まり、TPP加盟をはじめとする貿易自由化へ向けた歩みが大きく前進する可能性があるとしている。

 民主党内のTPP加盟反対派を主導する山田正彦前農林水産相はインタビューで「党内には、この問題について非常に心配している人が多い。(TPPは)農業や、年金や、人の働き方といったことまで、国の形そのものを変えてゆく問題だ」と述べた。

 一方、自由貿易協定成立に向けた世界的な盛り上がりに取り残されることを懸念しているのが、日本の製造業界だ。現在、自由貿易協定の対象となっているのは、日本の全貿易量の16.5%。それに引き換え、中国は21%、韓国は近々26%にまで上昇する見込みだ。

 韓国が先月EUと自由貿易協定を締結してからは、とりわけ政府への風当たりは強くなっている。来年7月以降、韓国からEUへの輸出品の大半について関税が撤廃されることになる。そうなれば、現代自動車などの韓国自動車メーカーは、輸出関税なしで乗用車をEUに輸出できるため、10%の関税負担を強いられているトヨタ自動車などの日本メーカーと比較して非常に有利だ。韓国は、米国とも近いうちに自由貿易協定を締結する見込み。

 日本の財界ロビイストは、こうした潮流に乗り遅れまいと異例の団結力を見せている。企業経営者800人余りが1日、都内ホテルに集結し、TPPへの参加を求める「緊急集会」を開催した。一部民主党議員や与党議員も出席し、参加支持の姿勢をアピールした。

 住友化学社長で日本経団連会長の米倉弘昌氏は、「国益を見誤ることなく国政を正しい方向に導いてほしい」と述べ、菅首相に対してAPEC首脳会議でのTPP加盟交渉への参加表明を要求した。

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日本版コラム〔11月8日更新〕