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政府の情報管理は、たががはずれているのではないか。尖閣諸島近海で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した場面を映したビデオ映像がインターネットの動画投稿サイトに流出した。[記事全文]
ミャンマー(ビルマ)で7日、20年ぶりに総選挙が実施される。タン・シュエ国家平和発展評議会議長率いる軍事政権は「民政移管への仕上げ」と位置づけるが、盛り上がりは国中でほとんどみられないと伝え[記事全文]
政府の情報管理は、たががはずれているのではないか。尖閣諸島近海で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した場面を映したビデオ映像がインターネットの動画投稿サイトに流出した。
映像は海保が撮影したものとみられる。現在、映像を保管しているのは石垣海上保安部と那覇地検だという。意図的かどうかは別に、出どころが捜査当局であることは間違いあるまい。
流出したビデオを単なる捜査資料と考えるのは誤りだ。その取り扱いは、日中外交や内政の行方を左右しかねない高度に政治的な案件である。
それが政府の意に反し、誰でも容易に視聴できる形でネットに流れたことには、驚くほかない。
ビデオは先日、短く編集されたものが国会に提出され、一部の与野党議員にのみ公開されたが、未編集の部分を含めて一般公開を求める強い意見が、野党や国民の間にはある。
仮に非公開の方針に批判的な捜査機関の何者かが流出させたのだとしたら、政府や国会の意思に反する行為であり、許されない。
もとより政府が持つ情報は国民共有の財産であり、できる限り公開されるべきものである。政府が隠しておきたい情報もネットを通じて世界中に暴露されることが相次ぐ時代でもある。
ただ、外交や防衛、事件捜査など特定分野では、当面秘匿することがやむをえない情報がある。警視庁などの国際テロ関連の内部文書が流出したばかりだ。政府は漏洩(ろうえい)ルートを徹底解明し、再発防止のため情報管理の態勢を早急に立て直さなければいけない。
流出により、もはやビデオを非公開にしておく意味はないとして、全面公開を求める声が強まる気配もある。
しかし、政府の意思としてビデオを公開することは、意に反する流出とはまったく異なる意味合いを帯びる。短絡的な判断は慎まなければならない。
中国で「巡視船が漁船の進路を妨害した」と報じられていることが中国国民の反感を助長している面はあろう。とはいえ中国政府はそもそも領有権を主張する尖閣周辺で日本政府が警察権を行使すること自体を認めていない。映像を公開し、漁船が故意にぶつけてきた証拠をつきつけたとしても、中国政府が態度を変えることはあるまい。
日中関係は、菅直人首相と温家宝(ウェン・チアパオ)首相のハノイでの正式な首脳会談が中国側から直前にキャンセルされるなど、緊張をはらむ展開が続く。
来週は横浜でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議が開かれ、胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席の来日が予定されている。日中両政府とも、国内の世論をにらみながら、両国関係をどう管理していくかが問われている。
ビデオの扱いは、外交上の得失を冷徹に吟味し、慎重に判断すべきだ。
ミャンマー(ビルマ)で7日、20年ぶりに総選挙が実施される。タン・シュエ国家平和発展評議会議長率いる軍事政権は「民政移管への仕上げ」と位置づけるが、盛り上がりは国中でほとんどみられないと伝えられている。
2008年に制定した憲法により、上下院の4分の1は軍が指名する。投票で決まるのはその残りだ。
軍政の翼賛政党がほぼ全選挙区に候補を立てた。軍服を脱いだばかりの候補者たちが資金力や利益誘導などで圧勝する見通しだ。
アウン・サン・スー・チーさんが書記長を務める国民民主連盟(NLD)は解党に追い込まれ、投票ボイコットを呼びかけている。メンバーの一部が国民民主勢力(NDF)を結成したが候補者は少なく、スー・チーさんの支持もないので多くは望めない。
軍政派だけが盛んに選挙運動を展開する一方、民主化勢力は資金難でポスターを張ることもままならない。勝負の行方も決まっていれば、国民がしらけるのは当たり前だ。
そもそも正統性のない選挙である。
軍政は、NLDが8割の議席を獲得した1990年の総選挙の結果を一方的にほごにし、不法な統治を続けた。スー・チーさんらを不当に拘束・軟禁し、今回の選挙から排除した。すべて自らの権益を守るためだ。
選挙の実務も、公平さは確保されていない。供託金を高額にして、野党候補の立候補を難しくした。軍政に抵抗してきた少数民族が多数を占める地域では選挙の中止を決めた。
外国からの選挙監視団は断り、外国メディアの入国も認めない。前回の総選挙で投票日に外国人記者らに取材を許したことが、大敗につながったという「教訓」からだろう。選挙の透明性はないに等しい。
選挙後、招集された国会が大統領を選び、組閣する。軍政のいう「民主化ロードマップ」の完成だ。
軍による政府と議会の支配を合法化する選挙といえる。憲法改正には国会で4分の3を超す賛成が必要であり、圧政の固定化をも意味する。
外遊嫌いのタン・シュエ議長が7月にインド、9月に中国を訪問し、首脳会談で総選挙の実施に理解を求めた。
公正な選挙を求める内外の声を阻む最大の壁は、ミャンマーの資源とインド洋への補給路確保をねらう中国だ。対抗して軍政に急接近するインドも、選挙に否定的な姿勢はみせない。天然ガスを輸入するタイなども含め、これらの政府には、人権侵害に苦しむ隣国の民への想像力が欠けている。
日本政府はスー・チーさんが参加しない選挙は「自由で公正」とは認められないと指摘してきた。それが果たされない以上、新政府に対して厳しい姿勢で臨まなくてはならない。