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波乱万丈、覚醒剤逮捕も…アニメ「ヤマト」プロデューサー転落死の謎 (2/2ページ)
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日大芸術学部卒業後、手塚治虫さんのマネジャーを務め、虫プロ商事で1972年に「海のトリトン」、74年にテレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」を制作。最初のテレビ放送時は注目を集めなかったが、再放送で人気に火がついた。
77年に劇場版アニメ映画を公開。「テレビでコケた内容を映画にしてもダメだと誰もが思っていたが、西崎さんだけがヒットを確信していた。公開初日の朝、新宿の映画館の前に観客が行列しているのを見て、西崎さんに怒鳴られ続けて徹夜したスタッフみんなが号泣した」と当時のベテラン宣伝マンが振り返る。
西崎さんは相次ぎ「ヤマト」シリーズを送り出したが、91年には代表を務める「ウエスト・ケープ・コーポレーション」が倒産。97年に覚せい剤取締法違反などで逮捕され、99年にも再び覚醒剤所持、銃と銃弾の所持で逮捕され、実刑判決を受け服役した。また、漫画家の松本零士氏(72)とは「ヤマト」の著作権をめぐり訴訟合戦になり、2003年に過去の作品は両者の共同著作とすることで、ようやく和解した。
昨年公開された「宇宙戦艦ヤマト 復活編」では監督を務め、来月1日公開の実写版「SPACE BATTLESHIP ヤマト」(山崎貴監督)にも原作者としてエールを送っていたという。
西崎さんに近い映画関係者は「昨年の映画は思ったようなヒットにならず、息子に任せている会社の資金繰りは大変だったようだ。大の海好きだけに、新たな船出を飾ろうとしたのだろうか…」と驚きを隠さなかった。