政治こそ寛容であれ内閣支持率が低迷しているそうだ。
だから何だと言うのか?
我々が投じた選挙結果で与党となった党首が首相をしているだけの事。
嫌なら次の選挙で選ばなければいい。
何故支持率などというものをさも重大な様に報道するのか?
国民もいつの間にか政治を監視する体制にあるようだ・・・
それは先の大戦で旧日本政府が暴走したツケなのだろう。
しかしその考えにひとつ疑問がある。
監視するのは政府なのか?と言う事だ。
本来監視するものは?話は変わるが、相互フォロー推進委員会のHPが立ちあがったようだ。
しかしすぐに反勢力からのサーバアタックを受け、今はその対策をしている様子。
当初の環境をしっかり僕が作っていなかったために担当者には気苦労をかけてしまったようです。
Yahooで検索すると当初の僕のアカウントが検索ログに残っているようだ。
それをまた無断で貼りつけする輩もいるようで、ネット社会はモラルハザードの坩堝である事は言うまでもない。
そんな異常な行動をする彼らにも正義はあるのだろう。
その正義は果たして有識なものであるかどうかはさておいて、彼らの言動を見ていると現政府に対するマスメディアの報道を連想してしまう。
まるで自分達が政治の監視人であるかのように立ち居振る舞い、政府の挙げ足を取りそれを報道するマスメディア。
しかしそのマスメディアの糧はスポンサーとなっている企業から来ている。
つまりマスメディアは企業の儲けに対して都合のよい報道をしているに過ぎない。
本来我々国民が監視するものは政治ではなくマスメディアの報道内容そのものである。
旧日本政府が例え暴走をしたとしても、マスメディアの報道が異常でなければ国民はあの不幸な戦争を体験する事はなかっただろう。裏を返せばマスメディアに政府と国民が踊らされていたと考えても過言ではない。
ゆあらいふの目指すもの僕がこどもの頃に漫画やアニメに興じる大人は少なかった。
最近では漫画やアニメは当たり前の文化の様に言い放つ幼稚な大人が増えた。
また公共の電車内で平然とゲームを愉しむサラリーマンもいる。
大人社会をここまで堕落させたのは企業の仕業である。
国力は衰え、競争力もなく、活気ある目をした大人が減って来ている。
それを加速させたのもマスメディアである。
本来の道徳を無視し、大人がガキの遊びに興じる文化を企業の思惑に乗って作り上げてしまった。
ゆあらいふは、この文化を打っ壊し、大人が大人として責任ある地位を確立し、こどもにその世界を託す事が目的である。
誰もこんな堕落した社会を受けつぎたい世代などいないのだから。
ガキ頃の夢は、大人らしく叶えてやるさ